杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

草堂逸詩拾遺

741 《又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <648>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3550 杜甫詩1000-648-904/1500〔草堂逸詩拾遺-(17)〕

杜甫《又送》涪江を中に左右に峯が広がり、寂しさが広がるこの春の梓州の高楼を前にして立つ。傍にはたけの林が青々としてあり、送別の宴において旅客者として酒をすすめられ、その盃に日が射している。
 

2014年1月5日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(46)#17-3 文選 賦<112―46>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1000 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3548 (46)#17-3
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-8韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <913>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3549韓愈詩-238
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 741 《又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <648>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3550 杜甫詩1000-648-904/1500〔草堂逸詩拾遺-(17)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 245 《歎昨日三首其一》盧仝 中唐詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3551 (01/05)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 10 -4 酒泉子一首 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-401-10-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3552
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

741 《又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <648  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3550 杜甫詩1000-648-904/1500〔草堂逸詩拾遺-(17)

 

 

詩 題:又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 七言律詩 

詩題: 又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺-(17) 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  惠義寺 (劍南道北部 梓州 ・綿州 (劍南道北部 綿州 綿州)     

交遊人物: 辛員外 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

 

掲 載; 杜甫1000首の648首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-904回目

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(17)

又送(惠義寺園送辛員外)

(惠義寺の園で辛員外で送別の宴をし、綿州まで送ってそこ施また送別の宴をする)

峰寂寂對春臺,萬竹青青照客杯。

涪江を中に左右に峯が広がり、寂しさが広がるこの春の梓州の高楼を前にして立つ。傍にはたけの林が青々としてあり、送別の宴において旅客者として酒をすすめられそのれに日が射している。

細草留連侵坐軟,殘花悵望近人開。

芽生え始めた草は少し続いて、断続し、草の上の筵の宴はすわり心地をやわらかくする。散り残った花がこの別れで寂しく望んでいるけれど、人々は近くに集まって宴を楽しく始めている。

同舟昨日何由得,並馬今朝未擬迴。

昨日は同じ船に乗って遊んだが、何というわけがあったのだろうか。この朝は馬を並べてすすめるけれど、未だにグルッとまわってかえってくるようなことはない。

直到綿州始分首,江邊樹裡共誰來。

くつわを並べていくとただちに綿州に到着するだろう、すると始めて行く方向を変えることする、この涪江のほとりの樹林の中の宴では今度は誰と一緒に來るのだろうか。

 竹林0021

 

『又送』 現代語訳と訳註

(本文)

又送(惠義寺園送辛員外)

雙峰寂寂對春臺,萬竹青青照客杯。

細草留連侵坐軟,殘花悵望近人開。

同舟昨日何由得,並馬今朝未擬迴。

直到綿州始分首,江邊樹裡共誰來。

 

(下し文)

又た送る(惠義寺の園で辛員外を送る)

雙峰 寂寂として春臺に對し,萬竹 青青として客杯を照す。

細草 留連して坐るを侵して軟かなり,殘花 悵望して人を近くし開く。

同舟 昨日のこと 何ぞ由し得て,並馬 今朝のこと 未だ迴えらんと擬わず。

直に綿州に到れば始めて首を分つ,江邊 樹の裡 共に誰か來らん。

 

(現代語訳)

(惠義寺の園で辛員外で送別の宴をし、綿州まで送ってそこ施また送別の宴をする)

涪江を中に左右に峯が広がり、寂しさが広がるこの春の梓州の高楼を前にして立つ。傍にはたけの林が青々としてあり、送別の宴において旅客者として酒をすすめられ、その盃に日が射している。

芽生え始めた草は少し続いて、断続し、草の上の筵の宴はすわり心地をやわらかくする。散り残った花がこの別れで寂しく望んでいるけれど、人々は近くに集まって宴を楽しく始めている。

昨日は同じ船に乗って遊んだが、何というわけがあったのだろうか。この朝は馬を並べてすすめるけれど、未だにグルッとまわってかえってくるようなことはない。

くつわを並べていくとただちに綿州に到着するだろう、すると始めて行く方向を変えることする、この涪江のほとりの樹林の中の宴では今度は誰と一緒に來るのだろうか。


四川省西部地区略図

 

(訳注)

又送(惠義寺園送辛員外)

(惠義寺の園で辛員外で送別の宴をし、綿州まで送ってそこ施また送別の宴をする)

惠義寺園で辛員外を送別の宴を開かれ、杜甫は船で、綿州まで送っていった。そこで辛外員を送別し、杜甫は梓州に帰ることになるということをつげているのである。

 

雙峰 寂寂 對春臺 ,萬竹 青青 客杯

涪江を中に左右に峯が広がり、寂しさが広がるこの春の梓州の高楼を前にして立つ。傍にはたけの林が青々としてあり、送別の宴において旅客者として酒をすすめられ、その盃に日が射している。

「雙峰」涪江を真ん中に両側に山峰崖嶺。

「寂寂」語義類別:物、形容詞彙(物)、環境狀態、寂寂。

「春臺」春たけなわの惠義寺の庭園の楼閣。

「萬竹」一帯に、一杯に竹林。

 

細草 留連侵 坐軟 ,殘花 悵望 近人

芽生え始めた草は少し続いて、断続し、草の上の筵の宴はすわり心地をやわらかくする。散り残った花がこの別れで寂しく望んでいるけれど、人々は近くに集まって宴を楽しく始めている。

「細草」細いシュッとした草。芽吹いたばかりの若い草。

「侵坐軟」草深い所に筵を引いた様子を云う。

「殘花」散り始めた中で花を咲かせている。

「悵望」心をいためて思いやること。うらめしげに見やること。魚玄機『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。』「悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。」(悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。)

 

同舟 昨日 何由得,並馬 今朝 未擬

昨日は同じ船に乗って遊んだが、何というわけがあったのだろうか。この朝は馬を並べてすすめるけれど、未だにグルッとまわってかえってくるようなことはない。

「舟昨日、馬今朝」昨日は船に同乗っする。今朝からは轡を並べて一緒に進む。綿州にはひと山越えるので、このようにいう。

「未」語義類別:其他、其他詞彙、否定詞、不。

「擬」はかるなぞらえるまがいもどき1 どうしようかとはかり考える。思案する。「擬議」2 他のものと引き比べてみる。本物らしく似せる。なぞらえる。

 

直到 綿州 始分首 ,江邊 樹裡 共誰

くつわを並べていくとただちに綿州に到着するだろう、すると始めて行く方向を変えることする、この涪江のほとりの樹林の中の宴では今度は誰と一緒に來るのだろうか。

「到綿州」無粋礼を越えて、綿州に到着する。

綿州。

「分首」ここまで送ってきて綿州で別れる。

「江邊」涪江のほとり。
成都遂州00 

740 《惠義寺園送辛員外》 蜀中転々 杜甫 <647>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3545 杜甫詩1000-647-903/1500〔草堂逸詩拾遺-(16)〕

杜甫《惠義寺園送辛員外》 君とは万里先のこんなところで互いに遭遇し、手を貪り取り合うことが出来るなんて思いもしなかった。君の才能が高いことは分かっていて、この別れの宴でもって十分発揮されることを希望するものである。
 

2014年1月4日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(45)#17-2 文選 賦<112―45>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩999 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3543
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-7韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <912>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3544韓愈詩-237
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 740 《惠義寺園送辛員外》 蜀中転々 杜甫 <647>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3545 杜甫詩1000-647-903/1500〔草堂逸詩拾遺-(16)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 244  《東都遭春》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3546 (01/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 10 -3 謁金門一首 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-400-10-#3 牛學士希濟十一首 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3547
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

740 《惠義寺園送辛員外》 蜀中転々 杜甫 <647>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3545 杜甫詩1000-647-903/1500〔草堂逸詩拾遺-(16)

 

 

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 七言 

詩題: 惠義寺園送辛員外〔草堂逸詩拾遺-(16)

及地點:  惠義寺 (劍南道北部 梓州 )     

交遊人物: 辛員外 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

 

 

掲 載; 杜甫1000首の647首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-903回目

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(16)

惠義寺園送辛員外

(惠義寺の中庭の園で辛員外君を送別する)

朱櫻此日垂朱實, 郭外誰家負郭田。 

さくらんぼがこの送別の日に紅い実を垂らしている。城外のその家には城内のどこぞの家で実っていたものをもらって植えたものであるという。

萬里相逢貪握手, 高才卻望足離筵。 

君とは万里先のこんなところで互いに遭遇し、手を貪り取り合うことが出来るなんて思いもしなかった。君の才能が高いことは分かっていて、この別れの宴でもって十分発揮されることを希望するものである。

桜桃002 

 

『惠義寺園送辛員外』 現代語訳と訳註

(本文)

惠義寺園送辛員外

朱櫻此日垂朱實, 郭外誰家負郭田。 

萬里相逢貪握手, 高才卻望足離筵。 

 

 

(下し文)

惠義寺の園 辛員外を送る

朱櫻 此日 朱實を垂る, 郭外 誰が家に 郭田を負わんか。 

萬里 相い逢い握手を貪り, 高才 卻て筵を離るを足らんとするを望む。 

 

(現代語訳)

(惠義寺の中庭の園で辛員外君を送別する)

さくらんぼがこの送別の日に紅い実を垂らしている。城外のその家には城内のどこぞの家で実っていたものをもらって植えたものであるという。

君とは万里先のこんなところで互いに遭遇し、手を貪り取り合うことが出来るなんて思いもしなかった。君の才能が高いことは分かっていて、この別れの宴でもって十分発揮されることを希望するものである。

 

 

(訳注)

惠義寺園送辛員外

(惠義寺の中庭の園で辛員外君を送別する)

 

朱櫻 此日 垂 朱實 ,郭外 誰家 負郭田 。

さくらんぼがこの送別の日に紅い実を垂らしている。城外のその家には城内のどこぞの家で実っていたものをもらって植えたものであるという。

「朱櫻」桜桃【おうとう】のこと。1㋐バラ科サクラ属の落葉小高木。晩春、葉より先に白い花をつけ、6月ごろ、球形で紅色の果実がなる。中国の原産で、日本へは明治初期に渡来。みざくら。しなみざくら。㋑食用になる桜ん坊。、中国には昔から華北・華中を中心に、支那桜桃(シナノミザクラ, Prunus pseudocerasus)・唐実桜(カラミザクラ)がある。口に含んで食べることから一名を含桃といい[5]、漢の時代に編纂された礼記『月令』の仲夏(旧暦5月)の条に「是月也,天子乃以雛嘗黍,羞以含桃,先薦寢廟」との記述がある。

「郭外」城郭都市(じょうかくとし)とは周囲を堀、土塁、城壁(市壁)などの防御施設によって囲んだ都市をいう。囲郭都市、城塞都市ともいい、城壁で囲んでいる場合は特に城壁都市をいう。

「郭田」 城郭内にある田畑。

 

 

萬里 相逢 貪 握手 ,高才 卻望 足離筵 。

君とは万里先のこんなところで互いに遭遇し、手を貪り取り合うことが出来るなんて思いもしなかった。君の才能が高いことは分かっていて、この別れの宴でもって十分発揮されることを希望するものである。

「萬里」おそらく長安で知り合っていたものであろう。長安から見て万里の先で出会ったことを云う。

「貪握手」久しぶりに出会ったことで手を取り合って喜びあったのだろう。

「離筵」別離の宴席。 
珠櫻001 

739 《惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)〕》 蜀中転々 杜甫 <646>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)〕

杜甫≪惠義寺送王少尹赴成都≫広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。
 

2014年1月3日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(44)#17(狩猟後の饗宴と昆明地ⅱ)-1 文選 賦<112―44>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩998 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3538
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-6韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <911>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3539韓愈詩-236
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 739 《惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)〕》 蜀中転々 杜甫 <646>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 243 《石佛谷》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3541 (01/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 10 -2 中興樂一首 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-399-10-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3542
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

739 《惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)〕》 蜀中転々 杜甫 <646  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)

 

詩 題:惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 惠義寺 (劍南道北部 梓州 )    ・成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀    

交遊人物: 王少尹

掲 載; 杜甫1000首の646首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-902回目   41001

〔草堂逸詩拾遺-(15)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

苒苒谷中寺,娟娟林表峰。 

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

闌干上處遠,結構坐來重。 

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

騎馬行春徑,衣冠起晚鐘。 

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

雲門青寂寂,此別惜相從。 

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。

泰山の道観02 

 

『惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

苒苒谷中寺,娟娟林表峰。 

闌干上處遠,結構坐來重。 

騎馬行春徑,衣冠起晚鐘。 

雲門青寂寂,此別惜相從。 

 

(下し文)

惠義寺にて王少尹を成都に赴むくを送る〔得峰字。〕

苒苒【ぜんぜん】として谷中の寺,娟娟【えんえん】として林表の峰。 

闌干 遠くする處に上り,結構 坐ろに重ね來る。 

騎馬 春徑を行き,衣冠 晚鐘に起る。 

雲門 青くして寂寂たり,此の別 相に從って惜む。 

杏の白花012

(現代語訳)

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。

 

(訳注)

〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3050 杜甫詩1000-563-#1-804/1500

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3055 杜甫詩1000-563-#2-805/1500

688 《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》 蜀中転々 杜甫 <594  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3280 杜甫詩1000-594-850/1500

739 《惠義寺送王少尹赴成都【案:得峰字。】〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <646>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)

740 《惠義寺園送辛員外〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <647>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3545 杜甫詩1000-647-903/1500〔草堂逸詩拾遺-(16)

741 《又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <648>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3550 杜甫詩1000-648-904/1500〔草堂逸詩拾遺-(17)

『赴青城縣出成都寄陶王二少尹』

老被樊籠役,貧嗟出入勞。

客情投異縣,詩態憶吾曹。

東郭滄江合,西山白雪高。

文章差底病,回首興滔滔。

赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

 

苒苒 谷中 ,娟娟 林表

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

「苒苒」苒は草が盛んに繁るさま。やわらかく弱いさま。くさがしだいにのびるさま。苒苒となるから広範囲なところでが盛んに繁る様子、荏苒。

「娟娟」美しいさま。美しく清らかなさま。しなやかに舞うさま。

「峰」山峰崖嶺、峰。 杜甫が韻字として与えられたもの。

 

闌干 上處 ,結構 坐來

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

「結構」1 全体の構造や組み立てを考えること。また、その構造や組み立て。構成。2 もくろみ。計画。

 

騎馬 春徑 ,衣冠 晚鐘

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

「晚鐘」○四時 ・1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。・1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。・一日中の4回の読経の時。早晨(そうしん)(朝午前4時)・晡時(ほじ)(昼午前10時)・黄昏(こうこん)(夕方午後8時)・後夜(ごや)(夜午後8時)の座禅。ここでは一日中の4回の読経のとき。

 

雲門 寂寂 ,此別 相從

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。
DCF00047 

738 《愁坐〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <645>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3535 杜甫詩1000-645-901/1500〔草堂逸詩拾遺-(14)〕

《愁坐》梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

 

《愁坐》十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは宵に月が出ると水に月をうつすのだ。

 

《愁坐》このとき杜甫は梓州の州官舎の事務室によく出入りしており、長安洛陽に帰りたいと願っていたがこの詩の中で葭萌関と左擔関が異民族によって侵略され封鎖されていたため、蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたということを詠う。


2014年1月2日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(43)#16-3 文選 賦<112―43>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩997 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3533
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-5韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <910>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3534韓愈詩-235
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 738 《愁坐〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <645>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3535 杜甫詩1000-645-901/1500〔草堂逸詩拾遺-(14)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 242《陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉)》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3536 (01/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 10 -1 生查子一首 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-398-10-#1 牛學士希濟十一首 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3537
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

738 《愁坐〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <645  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3535 杜甫詩1000-645-901/1500〔草堂逸詩拾遺-(14)

 

詩 題:愁坐〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 愁坐【〔草堂逸詩拾遺-(14) 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 高齋 (劍南道北部 梓州 梓州・葭萌 (山南西道 利州 葭萌)   ・左擔 (劍南道北部 劍州 陰平)     

掲 載; 杜甫1000首の645首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-901回目

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(14)

愁坐

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

高齋常見野,愁坐更臨門。 

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月山寒重,孤城月水昏。 

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

終日憂奔走,歸期未敢論。 

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

 

愁坐

高齋 常に野を見て,愁坐して更に門を臨む。 

十月 山 寒く重くなり,孤城 月 水昏す。 

葭萌 氐種 迥い,左擔 犬戎 存す。 

終日 奔走するを憂い,歸期 未だ敢えて論ぜず。 

剣門関01 

 

『愁坐』 現代語訳と訳註

(本文)

愁坐

高齋 常見野,愁坐更臨門。 

十月山寒重,孤城月水昏。 

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

終日憂奔走,歸期未敢論。 

異文

高齋常見野,愁坐更臨門。

十月山寒重,孤城月水昏【孤城水氣昏】。

葭萌氐種迥,左擔犬戎存【左擔犬戎屯】。

終日憂奔走,歸期未敢論。 

 

(下し文)

愁坐

高齋 常に野を見て,愁坐して更に門を臨む。 

十月 山 寒く重くなり,孤城 月 水昏す。 

葭萌【かみょう】氐種【ししゅ】 迥【むか】い,左擔【さたん】犬戎【けんじゅう】存す。 

終日 奔走するを憂い,歸期 未だ敢えて論ぜず。 

 nat0017

(現代語訳)

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは宵に月が出ると水に月をうつすのだ。

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

 

 

(訳注)

愁坐

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

このとき杜甫は梓州の州官舎の事務室によく出入りしており、長安洛陽に帰りたいと願っていたがこの詩の中で葭萌関と左擔関が異民族によって侵略され封鎖されていたため、蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたということを詠う。

 

 

高齋 常見 ,愁坐 更臨門

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

「高齋」州の州官舎の事務室。

「門」長安に向かう剣門一帯方面のこと。 杜甫は3年前の同じ時期に北の秦州方面から蜀道で剣門を経てせいとにはいったのである。

 

十月 山寒 ,孤城 月水

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

「孤城」涪江の西側にある梓城。近くには何もなくポツンとある。月が黄昏時に出てくるということは十月半ばころということになる。したがって山には雪が積もり始めている。

 

葭萌 氐種 迥,左擔 犬戎

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

「葭萌」利州、葭萌関。()〔所在地:四川省広元市昭化古城〕現在は昭化古城という地名になっている。葭萌関に戦いにおいて、張飛と馬超が死闘を繰り広げたと言われる場所。百合とも言われる一騎打ちは決着が付かず、野戦をするため松明を用いて勝負したが結局、勝敗が付かなかった。古城内には蜀の武将の塑像が作られている。

「氐種」紀元前3世紀から1世紀ごろにかけて東アジア、中央アジアに存在した遊牧民族、民族邦國名、氐族は「後漢書」の西南諸国の中に、昆明の東北に「氐種属する白馬国がある」とみえることから、氐氏は本来雲南地方に発するとおもわれる。

「左擔」剣南道北部剣州陰平(e)地名、行政地名、左擔。

「犬戎」【けんじゅう】古代中国の西戎(せいじゅう)の一。殷・周・春秋の時代に陝西省方面で勢力を振るったが、秦に圧迫されて衰えた。犬夷(けんい)。昆夷(こんい)

 

終日 奔走 ,歸期 未敢

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

成都遂州00 

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(14)

愁坐

高齋常見野,愁坐更臨門。 

十月山寒重,孤城月水昏。 

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

終日憂奔走,歸期未敢論。 

 

--------------------------------------------------------------------------------

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

737 《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <644>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3530 杜甫詩1000-644-900/1500 〔草堂逸詩拾遺-(13)〕

《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城》吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。
 

2014年1月1日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(42)#16-2 文選 賦<112―42>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩996 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3528
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <909>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3529韓愈詩-234
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 737 《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <644>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3530 杜甫詩1000-644-900/1500 〔草堂逸詩拾遺-(13)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 8 -11 喜遷鶯一首 毛文錫(毛司徒文錫)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-397-8-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3532
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

737 《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <644  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3530 杜甫詩1000-644-900/1500

〔草堂逸詩拾遺-(13)

詩 題:閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の644首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-900回目

 

〔草堂逸詩拾遺-(13)

作時年:  763年廣德元年  52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 閬州 (山南西道 閬州 閬州) 別名:閬、巴城   長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都   青城 (劍南道北部 蜀州 青城)    紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)   秦嶺 (隴右道東部 秦州 秦嶺縣) 別名:秦嶺     

交遊人物: 崔二十四

 

〔草堂逸詩拾遺-(13)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

聞道王喬舄,名因太史傳。 

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

如何碧雞使,把詔紫微天。 

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

秦嶺愁回馬,涪江醉泛船。 

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

青城漫雜,吾舅意淒然。 

靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。

(閬州 二十四舅の使に送り奉る,京自青城に赴任するを)

聞道らく王喬の舄,名因して太史の傳。 

如何ぞ碧雞の使,把詔して紫微の天。 

秦嶺 回馬を愁い,涪江 泛船に醉う。 

青城 漫ろに雜じ,吾が舅 意 淒然たり。 

 

 杏の白花012

『閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城』 現代語訳と訳註

(本文)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

聞道王喬舄,名因太史傳。 

如何碧雞使,把詔紫微天。 

秦嶺愁回馬,涪江醉泛船。 

青城漫雜,吾舅意淒然。 

 

(下し文)

(閬州 二十四舅の使に送り奉る,京自青城に赴任するを)

聞道らく王喬の舄,名因して太史の傳。 

如何ぞ碧雞の使,把詔して紫微の天。 

秦嶺 回馬を愁い,涪江 泛船に醉う。 

青城 漫ろに雜じ,吾が舅 意 淒然たり。 

 

(現代語訳)

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。

泰山の道観02

 

(訳注)

〔草堂逸詩拾遺-(13)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

 

聞道 王喬 ,名因 太史

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

「聞道」きくならく。

「王喬」 鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。

 伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入った。30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。

 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。

 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。。

「舄」、鞋:足を覆うように作った履物の総称。。

「太史傳」太史公曰世之傳酈生書。

太史公曰世之傳酈生書

多曰漢王已拔三秦東擊項籍而引軍於鞏洛之閒

酈生被儒衣往漢王乃非也

自沛公未入關與項羽別而至高陽得酈生兄弟

余讀陸生新語書十二篇固當世之辯士

至平原君子與余善是以得具論之

太史公曰く、「世間の酈生(酈食其)を伝える書は、

多くが曰く、漢王劉邦がすでに三秦を攻め落とし、東に西楚覇王項籍(項羽)を撃ちに進んで、漢軍を鞏、洛の間に引いたとき、酈生(酈食其)が儒者の衣を着て、漢王劉邦を説いたと。すなわちそうではないのである。

沛公劉邦が未だ関に入らないうちより、項羽と別れて(陳留の)高陽に至ったときに酈生(酈食其)の兄弟を得た。

余は陸生(陸賈)の「新語」の書、十二篇を読んだが、まことに当世の弁士である。

平原君(朱建)の子に至って、余と仲が善く、ここにこれを具(つぶさ)に論ずるを得たのである」と。

 

如何碧雞 使 ,把詔 紫微 天。

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

「碧雞」神鬼仙人の碧雞。

「使」使者。

「紫微」宮城の紫微殿。太宗皇帝は貞観二二年(六四八)二月に玉華宮を視察し、玉華太宗皇帝は王孝積に命じて顕道門の奥に十三軒の紫微殿を建てさせた。

 

秦嶺 回馬 ,涪江 泛船

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

「秦嶺」隴右道東部 秦州 秦嶺縣。

「涪江」閬州を流れているのは西漢水(嘉陵江)であり、成都に向かうのはひと山越えて涪江に入り、遡って岷江に向かう運河に入って成都に下って入ってゆく。

 

736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕

杜甫《客舊館》 風に幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
 

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 240《九辯 第八段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3526 (12/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)

 

詩 題:客舊館〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 客舊館〔草堂逸詩拾遺-(12)

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

掲 載; 杜甫1000首の643首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-899回目 

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

 子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 aki010

 

『客舊館』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

 

(下し文)

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 

(現代語訳)

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(訳注)

金燈花03〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

杜甫は梓州の官舎の楼閣から出発して東に下って行こうと思っている時期にわずかの間旅客者としてお世話になった宿舎について詠ったものである。

 

陳跡 人事 ,初秋 此亭

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

「陳跡」射洪県令の段簡による誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことをいう。陳 子昂(ちん すごう、661年(龍朔元年) - 702年(長安2年))は、中国・唐代(初唐)の詩人。梓州射洪(現在の四川省遂寧市射洪県)の人。字は伯玉。 略伝[編集]. 陳子昂はもともとは先祖代々潁州(安徽省)出身であり、4代前から梓州に住むようになった。

696年(万歳通天元年)から、武攸宜(武則天の一族)の率いる契丹討伐軍に参謀(記室参軍)として参加した。戦果をなかなか挙げられない武に対し、策を上書し諫言を呈するも受け入れられず、かえって降格処分となった。聖暦年間に入ると、老父の世話をするために帰郷する。父が死去するとショックを受け、病弱な体質から体調が悪化し、さらに県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。段簡が陳子昂を陥れた理由として、陳家の財産に目を付けたから、また武一族に指嗾されたからとの説がある。

立秋(りっしゅう)は、二十四節気の第13七月節(旧暦6月後半 - 7月前半)。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。
・処暑(しょしょ)は、二十四節気の第14。七月中(通常旧暦7月内)。
・白露(はくろ)は、二十四節気の第15。八月節(旧暦7月後半 - 8月前半)。大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
秋分(しゅうぶん)は、二十四節気の第16。八月中(旧暦8月内)。
・寒露(かんろ)は、二十四節気の第17。九月節(旧暦8月後半 - 9月前半)。露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。
・霜降(そうこう)は、二十四節気の第18。九月中(通常旧暦9月内)。露が冷気によって霜となって降り始めるころ。『暦便覧』では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明している。
楓や蔦が紅葉し始めるころ。この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶ。
・立冬(りっとう)は、二十四節気の第19。十月節(旧暦9月後半 - 10月前半)。初めて冬の気配が現われてくる日。『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。
秋分と冬至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる

 

重來 梨葉 ,依舊竹林

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

 

風幔 何時 卷,寒砧 昨夜

風がふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

「風幔」語義類別:物、器物、帳幕、幔。

「時」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、時。

「寒」語義類別:物、天候氣象、冷寒、寒。

「砧」搗衣
  
亦知戍不返,秋至拭清砧。已近苦寒月,況經長別心。
  
寧辭搗衣倦,一寄塞垣深。用盡閨中力,君聽空外音。

搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

 

無由 江漢 ,愁緒 冥冥

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
成都遂州00 

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)〕

杜甫《隨章留後新亭會送諸君》「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。
 

2013年12月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ239  《九辯 第七段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3521 (12/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性LiveDoor9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩韓愈全詩李白全集文選花間集 古詩源 玉台新詠

  

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)          

 

詩 題:隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の642首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-898回目

 

 

作時年:  763  廣德元年  52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺。】 

及地點:  新亭 (劍南道北部 梓州 梓州)   ・峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山     

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(11)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新亭有高會,行子得良時。

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

葷終不改,勸酒欲無詞。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

 

miyajima594 

『隨章留後新亭會送諸君』 現代語訳と訳註

(本文)

隨章留後新亭會送諸君

新亭有高會,行子得良時。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

葷終不改,勸酒欲無詞。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

 

 

(下し文)

章留後に隨いて新亭の會で諸君を送る

新亭 高きの會有り,行子 良時を得る。

日動 江幕に映え,風鳴 檻旗を排す。

葷【くん】をちて 改めざるを終り,酒を勸めて 詞を無からんと欲す。

已に「峴山の淚」墮ち,因に零雨の詩を題す。

 

 

(現代語訳)

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

蜀中転々圖 

(訳注)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

 

新亭 高會 ,行子 良時

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、これから旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

「新亭」新しい楼閣の亭のお披露目。

「高會」高官の宴会。

「行子」旅に出る諸君。

 

日動 江幕 ,風鳴 排檻旗

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

 

終不改 ,勸酒 欲無詞

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

「葷」葷酒のこと。 - 臭気の強いネギ・ニラなどの野菜と酒。また、それらを飲食すること。禅寺の山門の脇の戒壇石に刻まれる言葉として、「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)葷酒は、心を乱し修行の妨げになるので、寺の門内に持ち込むことは許さない。

 

 

已墮 峴山 ,因題 零雨

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

「墮峴山淚」堕涙碑の故事に基づく。・峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。漢水とおなじ。長江の一番大きな支流。 

李白『襄陽曲四首 其三』

峴山臨漢江、水淥沙如雪。

上有墮淚碑、青苔久磨滅。

○堕涙碑 晋の羊祜は、荊州の都督(軍事長官)として襄陽のまちを治めて人望があった。かれは生前、峴に登って酒を飲み、詩を作つたが、かれが死ぬと、襄陽の人びとはその人となりを偲んで、山上に石碑を立てた。その碑をみる人は、かれを思い出して涙を堕さないではいられなかったので、堕涙碑と名づけられた。名づけ親は、羊祜の後任で荊州の都督となった杜預、(杜甫の遠い先祖にあたる)である。

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293

305 孟浩然 与諸子登峴山 
309  〃   輿黄侍御北津泛舟②
310  〃   峴山送張去非遊巴東(峴山亭送朱大)

311  〃   過故人莊
     
312  〃   峴山送蕭員外之荊州
  ⑤
313  〃   登峴山亭寄晉陵張少府

kimo003 

734 《題郪縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)〕

杜甫縣郭三十二明府茅屋壁≫涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。
 

2013年12月29日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《瀧吏-9分割1回目〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 734 《題郪縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 238  《九辯 第六段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3516 (12/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 17 喜遷鶯三首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-394-9-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3517
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

734 《題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)

 

詩 題:題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

及地點:  (劍南道北部 梓州 ) 別名:  ・巴東 (山南東道 歸州 巴東)      

交遊人物/地點: 郭三十二明府 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

掲 載; 杜甫1000首の641首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-897回目   40996       〔草堂逸詩拾遺-(10)

蜀中転々圖 

〔草堂逸詩拾遺-(10)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)江頭且繫船,為爾獨相憐。

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

頻驚適小國,一擬問高天。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

『題縣郭三十二明府茅屋壁』 現代語訳と訳註

(本文)

縣郭三十二明府茅屋壁

江頭且繫船,為爾獨相憐。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

頻驚適小國,一擬問高天。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

 

 

(下し文)

縣の郭三十二明府が茅屋の壁に題す。)

江頭 且つ船を繫ぎ,爾じ獨り相い憐れんと為す。

雲散 壇雨を灌ぎ,春青 澤田に彭す。

頻に小國に適くに驚く,一たび高天を問う擬らす。

別後して 巴の東路,人に逢うては 幾賢を問う。 

  

成都遂州00

 

(現代語訳)

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

(訳注)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

縣 劍南道北部 梓州 縣(e・f2・3)のこと。 別名:

隋朝 ⇒ 唐朝 の行政区画変遷

新州 ⇒ 梓州

新城郡 ⇒梓州

昌城郡

高渠郡

塩亭郡

湧泉郡

 

射洪県

塩亭県 

通泉県

昌城県 射洪県

高渠県

塩亭県

湧泉県 光漢県

飛烏県

・明府 漢の時代の県令の尊称であった。明府は県令、少府は県尉のこと、親族が同じ県の長と次長をしていたことになるのである。

 

 

江頭 且繫船 ,為爾 獨相憐

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

「江頭」涪江のほとり、城と渡し場。

 

 

雲散 灌壇雨 ,春青 彭澤田

風雲が強く、太公望が釣りをしていたような桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

「雲散灌壇雨」太公望が三顧礼で迎えられる前に釣り糸を垂れていたところのナウだということ。

「春青 彭澤田」彭澤縣の県令を辞して歸田した陶淵明を指す。《宋書》卷九十三隱逸列傳·陶淵明。『帰去来の辞』『歸園田居五首』あり。

 

頻驚 適小國 ,一擬 高天

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

 

別後 巴東 ,逢人 幾賢

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

「別後」杜甫は梓州を起点に行動していた。梓州の隣にがある。

「巴東」語義類別:地、地名、行政地名、巴東。杜甫は閬州など三巴を漂泊している。
80022008

733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕

杜甫《奉使崔都水翁下峽》 此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 237 《九辯 第五段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3511 (12/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 16 喜遷鶯三首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-393-9-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3512
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)

 

 

詩 題:奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】〔草堂逸詩拾遺〕卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 白狗峽 (山南東道 歸州 歸州 黃牛峽 (山南東道 峽州 黃牛山) 別名:黃牛     

交遊人物: 崔都水

掲 載; 杜甫1000首の640首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-896回目

詩題:

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(9)

奉使崔都水翁下峽

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

無數涪江筏,鳴橈總發時。

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

別離終不久,宗族忍相遺。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

所過頻問訊,到日自題詩。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

浮桟橋00 

『奉使崔都水翁下峽』 現代語訳と訳註

(本文) 奉使崔都水翁下峽

無數涪江筏,鳴橈總發時。

別離終不久,宗族忍相遺。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

所過頻問訊,到日自題詩。

 

(下し文)

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

 

(現代語訳)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

 

(訳注)

奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】

〔草堂逸詩拾遺-(9)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

・崔都水 杜甫の義母の兄弟、おじ。

四川省西部地区略図 

 

無數 涪江 ,鳴橈 總發

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

「涪江」江城 涪江にそった城、梓州の城をいう。四川省を流れる大きな川で、嘉陵江の支流。源流は四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州であり、岷山山脈の主峰・雪宝頂の付近、松潘県と九寨溝県の間の分水嶺に発する。涪江は岷山山脈の深い山間を南へ流れ平武県(綿陽市)を通り、四川盆地へ出て江油市、綿陽市、射洪県、遂寧市を通り、重慶市合川区で嘉陵江に合流する。全長は700km、流域面積は3.64万平方km。平武から河口の合川までの552kmは航行可能だが、土砂で川が浅くなった部分もあり水運には困難を伴う部分もあるため、河川改修工事が地元市政府により行われている。また豊富な水量を活用してダムなどを造り、水力発電や四川盆地に対する大規模な灌漑を行う計画(武都引水工程)も1980年代後半以来進んでいる。

「筏」木材,竹,アシ,皮袋を並べてつなぎ合わせ,それらの浮力を利用するいかだは,沿岸,礁湖,河川,湖などでの漁労活動や運搬の用具として世界の各地に分布する。

「鳴橈」かいで 舟をこぐので、かいが鳴る。

 

別離 終不久 ,宗族 相遺

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

「宗族」本家と分家をあわせた全体。一族。一門。中国では、 父系の同族集団をいう。

 

白狗 黃牛峽 ,朝雲 暮雨

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

「白狗」白狗峽。三峡の瞿塘峡の「雄」、巫峡の「秀」に対し、西陵峡は「奇」とされている。西陵峡のなかでも著名 な部分には、破水峡、兵書宝剣峡、米倉峡、鎮山峡、白狗峡、牛肝馬肺峡、黄牛峡 燈影峡などがある。特に北岸の兵書宝剣峡、牛肝馬肺峡や、南岸の燈影峡は有名。

「黃牛峽」三峡の西陵峡の中にある、黃牛峽。

「朝雲暮雨祠」宋玉「高唐の賦」にもとづくもの。巫山の神女。雨は楚の王が夢のなかで交わった神女の化身。「重ねて聖女両を過ぎる」夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。

杜甫『散愁二首 之一』 

久客宜旋旆,興王未息戈。

蜀星陰見少,江雨夜聞多。

百萬傳深入,寰區望匪他。

司徒下燕趙,收取舊山河。

散愁二首 之一 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -11)  杜甫 <399  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1930 杜甫詩1000-399-580/1500

 

所過 頻問訊 ,到日 自題詩

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

732 《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔草堂逸詩拾遺-(8)〕》 蜀中転々 杜甫 <639>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3505 杜甫詩1000-639-895/1500〔草堂逸詩拾遺-(8)〕

杜甫《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問》魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。


2013年12月27日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(37)#14-3 文選 賦<112―37>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩991 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3503
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
229嶺南行(2)《食曲河驛》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <904>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3504韓愈詩-229 嶺南行(2)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ732 《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔草堂逸詩拾遺-(8)〕》 蜀中転々 杜甫 <639>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3505 杜甫詩1000-639-895/1500〔草堂逸詩拾遺-(8)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor9 15-#2 離別難一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-392-9-15-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3507
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠


732
《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔一本「聞袁判官自來欲有按問」作自注。〕〔草堂逸詩拾遺-(8)〕》 蜀中転々 杜甫 <639  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3505 杜甫詩1000-639-895/1500〔草堂逸詩拾遺-(8)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(8)

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言古詩 

詩題: 贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔一本「聞袁判官自來欲有按問」作自注。〕〔草堂逸詩拾遺-(8)

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:  南部 (山南西道 閬州 南部)     

交遊人物/地點: 裴南部 書信往來(山南西道 閬州 南部)

袁判官 書信往來(山南西道 閬州 南部)

掲 載; 杜甫1000首の639首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-895回目

 

 

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしば草や、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

人皆知飲水,公輩不金。 

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

即出黃沙在,何須白髮侵。 

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

使君傳舊德,已見直繩心。 

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。

DCF00003 

 

『贈裴南部聞袁判官自來欲有按問』 現代語訳と訳註

(本文)

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

人皆知飲水,公輩不金。 

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

即出黃沙在,何須白髮侵。 

使君傳舊德,已見直繩心。 

 

(下し文)

(裴南部が袁判官に自ら按問有らんと欲して來るを聞くを贈る)

塵滿つ「萊蕪甑」,堂 單父の琴を橫える。 

人皆 水を飲むを知るなり,公輩 金をばず 

「梁獄」書 因みに上げ,秦臺 鏡に臨まんと欲す。 

獨り醒むるは時に嫉する所なり,群小 謗 能く深くする。 

即ち出でては 黃沙在る,何んぞ須らく白髮侵さん。 

使君 舊德を傳う,直ちに繩心するを見るを已む。 

 

(現代語訳)

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしば草や、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。

 

(訳注)

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

裴南部 山南西道 閬州南部という県の裴県令。

・按問 罪を調べたずねること。吟味する。

 

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしばくさや、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

・萊蕪甑 「後漢書」独行伝の、范冉(はんぜん)の故事を云う。范冉が長い間飯をたかなかったため、釜にぼうふらがわいたということ、非常に貧しいことのたとえをいう。【萊草】しば. 荒れ地や道端に生える雑草の総称。同じ意味につかわれる范冉の「釜中魚を生ず‎」という語句もある。蕪:栽培のしやすさと、痩せた土地でも育つ。甑(こしき)は古代中国を発祥とする米などを蒸すための土器。需とも。竹や木などで造られた同目的のものは一般に蒸籠と呼称される。

 

 

人皆知飲水,公輩不金。 

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っている。偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

 

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

・梁獄 『史記、魯仲連鄒陽傳』無位無冠の知謀の士といわれた魯仲連は、梁の孝王に投獄されながらも、獄中からの上書によって梁の上客となったという 「鄒陽」の伝の故事に基づく。

・秦臺鏡 晋の宮殿に置かれた鏡。嘘を見抜くといわれたもの。南朝宋・劉敬叔『異苑』に、山鶏は自分の美しい羽を愛し、水に映った姿に見とれて舞う習性があり、魏の武帝(曹操)の時に南方から献じられた山鶏の前に鏡を置くと、舞い続けて死んだという。

李商隠『破鏡』

玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。

秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

 

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

・嫉【嫉妬】 自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。「他人の出世を―する」

 

即出黃沙在,何須白髮侵。 

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

・黄沙  . 黄色い砂。 . 砂漠。 . 黄土。 . 中国大陸の黄土地帯の細かい砂が強風で吹き上げられ,しだいに降下してくる現象。

 

使君傳舊德,已見直繩心。 

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。
成都遂州002 

731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)〕

杜甫≪送竇九歸成都≫ 書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

2013年12月26日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(36)#14-2 文選 賦<112―36>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩990 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3498 (36)#14-2
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <903>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3499韓愈詩-228-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ235 《九辯 第三段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3501 (12/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor9 15-#1 離別難一首-#1(薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-391-9-15-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3502
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
 

731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)

 

詩 題:送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀  ・雲閣觀 (劍南道北部 益州 成都・錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     

交遊人物: 竇九で劍南道北部 梓州において

掲 載; 杜甫1000首の638首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-894回目

 

成都遂州002 

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

非爾更苦節,何人符大名。 

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

我有浣花竹,題詩須一行。 

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 江畔独歩尋花

 

『送竇九歸成都』 現代語訳と訳註

(本文)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

非爾更苦節,何人符大名。 

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

我有浣花竹,題詩須一行。 

 

 

(下し文)

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 

 

(現代語訳)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

 

 

(訳注)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

 

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

・拾遺1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの。2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。3 中国で、君主を助けて、その過失をいさめ補うこと。また、その官。拾遺補闕(ほけつ)

 

 

文章 亦不盡 ,竇子 縱橫。

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

「竇子」語義類別:人、人名、待考、竇九(待考)。この句はオベンチャラである。

 

非爾 更苦節 ,何人 符大名

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

 

讀書 雲閣觀 ,問絹 錦官城

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

「讀書」書籍。

「雲閣觀」建築專名(寺廟道觀)、雲閣觀。

「問絹」官場活動、問絹。

「錦官城」建築專名(宮室屋廬)、錦官城。

 

我有 浣花 ,題詩 一行

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

「浣花」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、浣花溪。

「竹」語義類別:物、生物、植物專名(禾本)、竹。

「題詩」藝文活動、題詩、詩文を作るということ
杜甫像0012 

730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)〕

杜甫《柳邊》 都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


2013年12月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(35)#14(上林苑の狩猟)-1 文選 賦<112―35>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩989 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3493 (35)#14(上林苑の狩猟)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)

 

詩 題:柳邊〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

 

掲 載; 杜甫1000首の637首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-893回目   40992

 

 

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

只道梅花發,那知柳亦新。 

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。 

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

漢南應老盡,霸上遠愁人。  

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

燕002 

 

『柳邊』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(6)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

只道梅花發,那知柳亦新。 

枝枝總到地,葉葉自開春。 

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

漢南應老盡,霸上遠愁人。 

 

(下し文)

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

 

(現代語訳)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

隋堤01 

(訳注)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

 

只道 梅花 ,那知 亦新

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

・只1 取り立てて値打ちや意味がないこと。普通。「―の人」「―のからだではない」2 何事もなく、そのままであること。無事。「見つかったら―では済まない」3 (只)代金のいらない.

 

枝枝 總到地 ,葉葉 自開春

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

「枝枝」枝というえだはすべて~。

「葉葉」葉という葉はすべて~。。

 

紫燕 翻翼 ,黃鸝 不露

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

「紫燕」現在において同名の者はあるが、生まれたばかりの燕と考える。ここは、アメリカ大陸に広く生息する鳥類で、北アメリカでは最大のツバメである。体長は1821センチメートルで、オスは背面だけでなく喉、胸部、腹部もツヤのある濃紫色ないし黒色をしているのが特徴。メスの腹部は白っぽい灰色。尾の先は左右がやや突出するが、ツバメと違って完全な燕尾服状に分かれてはいない種類である。一般にはパープル・マーティン(Purple Martin)と呼ばれる。

ムラサキツバメ(紫燕・学名 Narathura bazalus、シノニム:Arhopala bazalus)は、チョウ目・シジミチョウ科に属するチョウの一種。温暖な地域の照葉樹林帯に分布するチョウである。

翅を広げた開長が3.6-4 cm程度。オスの翅の表側は、ほぼ全体が深い紫色に輝く鱗粉で覆われ、周囲を黒褐色で縁取られている。メスでは、紫色は翅全面ではなく、黒褐色の地色の中に、より狭い部分がオスよりもかなり明るい紫色に輝く。翅の裏面は、オスメスとも薄い褐色で、色の濃い斑紋が数個並ぶ。後翅には細い尾状突起が1対ある。近縁種のムラサキシジミとは、本種がわずかに大型であること、前翅の前縁の先端が丸くなること、後翅に尾状突起があることで区別できる。

「黃鸝」黃鶯。コウライ鶯。

 

漢南 老盡 ,霸上 愁人

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

「漢南」漢とは唐のこと、南とは杜甫の居る蜀のこと

「霸上」長安の東南にある㶚陵を指すことで長安を意味する。
楊貴妃清華池002 

729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)〕

杜甫《花底〕》深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(18)#11-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <901>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3489韓愈詩-227-18
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 233  《九辯 序文と一段目》 宋玉  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3491 (12/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)

 

 

詩 題:花底〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 花底【案:草堂逸詩拾遺。】 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  河陽 (都畿道 河南府 河陽) 別名:潘安縣 
掲 載; 杜甫1000首の636首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-892回目

pla006 

 

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深知好顏色,莫作委泥沙。 

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

美女004 

 

『花底』〔草堂逸詩拾遺-(5)〕 現代語訳と訳註

(本文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(下し文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(現代語訳)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

金燈花01 

 

 

(訳注)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

杜甫の作品で「花底」という語を使っている作品は757年①『晚出左掖』758年左遷先に向かう途中作『題鄭縣亭子』で前向きな児の作品ではないこの作品も心情的には先行き不安な時期という意味では不安定なころのものである。。

『晚出左掖』

晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。

退朝花底散,歸院柳邊迷。

樓雪融城濕,宮雲去殿低。

避人焚諫草,騎馬欲雞棲。

昼刻 伝呼 浅く、春旗 簇仗【ぞくじょう】齊【ひと】し。

退朝 花底に散じ、帰院【きいん】柳辺【りゅうへん】に迷う。

楼雪【ろうせつ】融けて城湿【うるお】い、宮雲 去りて殿低し。

人を避けて諌草【かんそう】を焚く、馬に騎れば鶏棲【けいせい】ならんと欲す。

夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。

昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。

そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。

南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。

人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。

晚出左掖 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 240

『題鄭縣亭子』

鄭縣亭子澗之濱,牖憑高發興新。

雲斷岳蓮臨大路,天晴宮柳暗長春。

巢邊野雀欺群燕,花底山蜂趁遠人。

更欲題詩滿青竹,晚來幽獨恐傷神。

(鄭県の亭子に題す)

鄭県【ていけん】の亭子【ていし】澗【かん】の浜【ひん】、牖【こゆう】 高きに憑【よ】れば発興【ほつきょう】新なり。

雲断えて岳蓮【がくれん】大路【たいろ】に臨み、天晴れて宮柳【きゅうりゅう】長春【ちょうしゅん】に暗し。

巣辺【そうへん】には野雀【やじゃく】羣【むら】がりて燕を欺【あなど】り、花底【かてい】には山蜂【さんぽう】遠く人を趁【お】う。

更に詩を題して青竹に満【み】てんと欲するも、晩来幽独【ゆうどく】にして恐らくは神を傷【いた】ましめん。

鄭県の宿場の傍、谷間の水辺にある、その宿場の戸や窓から高処に寄って眺めると新しく興が沸き起こる。

雲が途絶えて華岳の蓮峰が大道にさしかかっており、空は晴れ渡って河向かいの長春宮のあたりに柳が小暗く見えている。

やや近くでは燕の巣の傍へ野の雀が群がってやって来てそれをあなどっており、花樹のあいだを通って行く人を山蜂が同じようにどこまでもとくっついて行く。(遠景近景ともにおもしろい。あるいは、朝廷内のことを揶揄しているのか)

そこでわたしは宿場の傍の青竹の幹にもっと詩をかきつけていっぱいになるほどにしようかと思うのだが、いかにせん、夕方になって。竹藪の奥深い所、寂しく一人でいることで、いろんなおもい、心の傷が浮かんでくる。(だからこのまま竹林の奥にひっそりと棲みたいものだ。)

題鄭牌亭子 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 270

 

紫萼 扶千蕊 ,黃鬚 萬花

花の根元が紫の咢片が千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。勇壮なチジレ髯は万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

「紫」花の根元のこと、花に比較してきれいではないけれど花が咲くために名なくてはならないものであるということ。。

「萼」萼(がく、蕚は異体字、英: calyx)とは、植物用語の一つで、花冠(花弁、またはその 集まり)の外側の部分をいう。ひらがな書きで「がく」とすることも多い。萼の個々の部分を 萼片(がくへん、英: sepal)という。多くの場合、花弁(「花びら」のこと)の付け根。

「黃鬚」虎のようなヒゲのこと。当時の色の範囲は現代より広いので、黄色と言っても本物の虎のように真っ黄色である必要はなくチジレ髯を云う

 

忽疑 暮雨 ,何事 入朝 霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

*喜び勇んで朝廷の左拾遺となったが花を咲かせる前に散ってしまったということを連想させる。

 

恐是 潘安縣 ,堪留 衛玠

此れは晋の潘岳のような美男子がその県を歩くことが出来なくこのことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

「潘安」陸機と並んで西晋時代を代表する文人。また友人の夏侯湛と「連璧」と称されるほど、類稀な美貌の持ち主としても知られている。 『世説新語』によると、潘岳が弾き弓を持って洛陽の道を歩くと、彼に出会った女性はみな手を取り合って彼を取り囲み、彼が車に乗って出かけると、女性達が果物を投げ入れ、帰る頃には車いっぱいになっていたという。潘岳の作る文章は修辞を凝らした繊細かつ美しいもので、特に死を悼む哀傷の詩文を得意とした。 愛妻の死を嘆く名作「悼亡」詩は以降の詩人に大きな影響を与えた。

潘安縣としているが河陽の潘安縣という場所を示すのではなく個人の名前である。。

「衛玠」、西晋の丞相とした衛瓘の孫・衛玠。 河東安邑出身で、今の山西省出身。衛玠は一番美しい容貌であった。後世の中国に衛玠の名前はもう美男子あるいは二枚目の象徴である。

 王武子は衛玠の母方のおじで、美男子の名誉も持ったが、

体がよわかった。東晋の王丞相(王導)は衛玠を見て、「羅綺を堪えないね」と言ったという。西晋が北方の少数民族に滅ぼされた後、衛玠も建康(東晋の都、今の南京市)へ来た。建康についた日、人々が衛玠の美男子の名声のため街へ出かけて衛玠を見たかった!人の群れは壁のようだったので、衛玠の車が移動し難かった。衛玠の体はもとは弱かったので、今は疲れを堪えなくて、病気になってすぐに他界した。それは正に中国の歴史上の「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざになっている。

 

深知 顏色 ,莫作 委泥沙

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

「顏色」美男子でなくても健康でなければいけない。潘岳のように美辞麗句の詩文より、筋の通ったしっかりした詩文でなくてはならない。

「泥沙」泥沙。 ここでは文章、詩文の作品が上手くないことを云う。
 菜の花001

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕

杜甫《巴山》山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 232  《桃源圖》 韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3486 (12/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)

 

詩 題:巴山〔草堂逸詩拾遺〕
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 
掲 載;
杜甫1000首の635首目-場面杜甫
ブログ
1500回予定の-891回目   40990

 

 

卷別:    卷二三四              文體:  五言律詩

詩題:    巴山〔草堂逸詩拾遺〕

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州)

及地點: 巴山 (山南東道 峽州 巴山)  ・陜城 (都畿道 陜州 陜縣)・邵伯 (淮南道 揚州 邵伯)・望仙臺 (京畿道 華州 華陰)

 

 

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

巴山遇中使,云自陜城來。

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 kimo003

『巴山』 現代語訳と訳註

(本文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山遇中使,云自陜城來。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

 

(下し文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山 中使に遇し,自ら陜城に來たるを云う。

盜賊 還た奔突す,輿に乘りて未だ回らざるを恐ろ。

天寒く 邵伯の樹,地闊がりて 望仙の臺。

狼狽するは風塵の裡に,群臣は安在する哉。

 

(現代語訳)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 終南山05

 

(訳注)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山というものあちこちにある。(つれづれに思うこと)

 

巴山 中使 ,云自 陜城

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は粛宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

「巴山」大巴山脈(大巴山、あるいは巴山、拼音: Dàbā shān )は、中国西南部の大きな山脈。

狭義の大巴山脈は、四川省(および重慶市)の北・陝西省の南・湖北省の西の境界に位置し、陝西省南部から湖北省に広がる漢水水系と、四川省東部の嘉陵江水系との分水界をなす。海抜はおよそ1,300mから2,000m。大巴山脈の東端にある主峰・神農架は湖北省の神農架林区に位置し、その最高峰・神農頂は標高3,105.4mの高さである。

広義の大巴山脈は湖北省から四川省、陝西省、西は甘粛省にまで至る各省の境界に連なる山脈を指し、大巴山脈北西の米倉山脈なども含める。広義の大巴山脈は四川盆地と漢中盆地を隔て、東は神農架山脈・巫山山脈にまで広がり、西は摩天嶺に接し、北は漢水に面する。巴蜀(四川盆地)を他の地方から隔てる山脈として、古くから軍事的に重要であった。

「遇」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、遇。

「中使」宮中からの使者。勅使。

「陜城」語義類別:物、建築物、建築專名(宮室屋廬)、陜城。陜城 (都畿道 陜州 陜縣)

「來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來。

 

盜賊 還奔突 ,乘輿 未回

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

「盜賊」史朝義を討って安史の乱は終結したものの、朝廷の権威は失墜し、各地で反乱謀叛が頻発し、安史軍討伐に援軍を派遣していたウイグルは各地で略奪の限りを尽くし、吐蕃は隴西地方を侵略していたが視線を破り長安に侵攻したため、代宗は陜州に逃避、果ては江陵に逃げのびるといううわさが流れていた。

 

天寒 邵伯 ,地闊 望仙臺

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

「邵伯 樹」『史記·燕召公世家』「召公之治西方,甚得兆民和。召公巡行邑,有棠樹」

「望仙臺」語義類別:物、建築物、建築專名(亭臺樓閣)、望仙臺。漢の文帝(前180-157)が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという。陜州にたてたという臺。文帝(ぶんてい)は、前漢の第5代皇帝(恵帝の子とされる2人の少帝を除外し、第3代皇帝とする場合もある)。諱は劉恒(りゅう かん)。高祖劉邦の四男(庶子)。妻に竇漪がいる。

 

 

狼狽 風塵 ,群臣 安在 哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

「狼狽」不意の出来事などにあわててうろたえること

「風塵裡」人民の中。
蜀中転々圖 




















草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)    
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

 

727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕

杜甫《早花》長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 231 《桃源行》 王維 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3481 (12/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)

 

 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 早花〔草堂逸詩拾遺〕 

寫作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

寫及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

巴江 (黔中道 黔州所領 巴江)     

掲 載; 杜甫1000首の634首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-890回目   40989

 杏の花0055

 

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

西京安穩未,不見一人來。 

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

臘日巴江曲,山花已自開。 

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

早花 異文

西京安穩未,不見一人來。

臘日巴江曲【臘月巴江曲】,山花已自開。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅【豔豔待香梅】。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催【誰憂客鬢催】。 

杏の白花012 

『早花』 現代語訳と訳註

(本文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京安穩未,不見一人來。 

臘日巴江曲,山花已自開。 

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

 

(下し文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京 安穩未だしなり,見ざる一人來。 

臘日 巴江 曲,山花 已に自ら開く。 

盈盈として當に杏を雪とす,豔豔として春梅を待つ。 

直ちに苦しく風塵暗し,誰か憂う容鬢催すを。 

 

(現代語訳)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

 

(訳注)

早花〔草堂逸詩拾遺〕

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

〔草堂逸詩拾遺-(3)

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

 

西京 安穩 ,不見 一人

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

「西京」長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

臘日 巴江 ,山花 已自開

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

「臘日」【ろうじつ】1年の最後の日。大みそか。大つごもり。《季 冬》

「巴江」語義類別:地、地名、行政地名、巴江。

「曲」語義類別:人、文藝、樂曲泛稱、曲。

「山花」秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせる。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤や、白や、ピンクなど様々である。童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られる。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれる。

「開」語義類別:物、生物狀態、植物生命狀態、開。

 

盈盈 當雪杏 ,豔豔 春梅

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

「盈盈」「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。

「豔豔」色あざやかな,あでやかな装華やかな服装.(1) うらやむ,あこがれる羡うらやむ.(2) 色恋(いろこい)がらみの,情事にまつわる情色

「春梅」早梅。春になって楽しいことを意味する。

 

直苦 風塵 ,誰憂 容鬢 催。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。
Flower1-005 

草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕

杜甫《遣憂》みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 230  《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3476 (12/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)  

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 遣憂〔草堂逸詩拾遺〕 

掲 載; 杜甫1000首の633首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-889回目

 

 

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

紛紛乘白馬,攘攘著巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

miyajima594 

『遣憂』 現代語訳と訳註

(本文)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

受諫無今日,臨危憶古人。

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

 

(下し文)

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

 

(現代語訳)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

 

(訳注)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)

○遣憂 うれえのこころをおいはらう。

 

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

○乱離 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを。

○消息 天子の動向でさえも消息、みやこからのたより。

 

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

○受諌 郭子儀は代宗に対して吐蕃を警戒せねばならぬということをいったが、代宗は用いなかった、受諫とは代宗が郭子儀のいさめを受け用いられたならばの意。

江陵望幸

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

724 《江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500

○今日 今日の騒乱をいう。

○臨危 国家のあやういときにさしかかっては。

○古人 むかしの賢人。

 

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

○紛紛、乱れ散るさま。混じり乱れるさま ともにみだれるかたち。

『麗春』

百草競春華,麗春應最勝。

少須好顏色,多漫枝條剩。

紛紛桃李枝,處處總能移。

如何貴此重,卻怕有人知。

江頭五詠:麗春 蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500

『貧交行』 

翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。

君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。

手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる、入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 

貧交行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48 

○乗白馬、著黄巾 反乱者、盗賊のおこること。梁の武帝のとき謀反をおこした侯景は白馬に乗っていた。後漢の霊帝のとき鉅鹿の人張角は自ずから天公と称して兵をあげたが、其の兵三十六万人はみな黄巾を著けていた。(黄巾の乱)

 

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

○隋氏 隋朝をいう、唐のことであるが遠慮して隋という。

○留宮室 唐の宮室は隋以来のもの、隋がとどめおいたものといったのである。○焚焼 宮室を焼きはらうこと。広徳元年吐蕃が人造したとき、辺将は急を告げたが、程元振はみなは奏聞しなかった。十月吐蕃が深く侵入して来たとき、代宗ははじめて軍隊を出動させたが、吐蕃はすでに長安の北、渭水の便橋を渡っていた。代宗は逃れて陝州に幸した。吐蕃は長安に入って大いに宮室を焼きはらった。詩はその事をきいて詠じたもの。

kimo003 

参考

江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

(江陵 幸を望む)       

雄都元【はじめ】に 壯麗なるも,幸を望みて欻【たちま】ち 威神あり。

地利 西のかた 蜀に通じ,天文 北のかた 秦を照らす。

風煙は 越鳥を 含み,舟楫【しゅうしゅう】は 呉人を 控す。

未だ 周王の駕を 枉げざるも,終【つひ】に 漢武の巡を 期す。

甲兵聖旨【せいし】を 分かち,居守 宗臣に 付す。

早く 雲臺【うんだい】の仗を 發して,恩波 涸鱗【こりん】を 起こさんことを。

杏の白花012




草堂逸詩拾遺(1)   
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)  
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)  
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)  
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)  
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
  紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
  忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
  恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
  深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)  
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1)〕》 蜀中転々 杜甫 <632>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500

≪與嚴二郎奉禮別≫〔草堂逸詩拾遺-(1) 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。


2013年12月20日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(30)#11-2 文選 賦<112―30>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩984 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3468
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(14)#9-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <897>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3469韓愈詩-227-14
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1)〕》 蜀中転々 杜甫 <632>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 229  《桃花源幷記》 陶淵明(陶潜) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3471 (12/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1) 蜀中転々 杜甫 <632  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500

 

詩 題:與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言古詩 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

掲 載; 杜甫1000首の632首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-888回目

人物/地點: 嚴二郎

 

 

與嚴二郎奉禮別

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

別君誰暖眼,將老病纏身。

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

出涕同斜日,臨風看去塵。

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

商歌還入夜,巴俗自為鄰。

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

尚愧微軀在,遙聞盛禮新。

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

山東群盜散,闕下受降頻。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

諸將歸應盡,題書報旅人。

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。

 

嚴二 郎に禮別し奉つる〔草堂で逸詩拾遺する〕

君と別し誰か暖眼せん,將に老して病は身に纏う。

出涕 斜日と同うする,臨風 塵と去るを看る。

商歌 還た夜に入り,巴俗 自ら鄰と為す。

尚お愧ずは軀在るを微かにするを,遙かに聞く 盛んに禮新たにす。

山東 群盜散り,闕下 受降頻りなり。

諸將 應に盡く歸り,書を題すは旅人に報ずる。

 

草堂002 

『與嚴二郎奉禮別』現代語訳と訳註

(本文)

與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺〕

別君誰暖眼,將老病纏身。

出涕同斜日,臨風看去塵。

商歌還入夜,巴俗自為鄰。

尚愧微軀在,遙聞盛禮新。

山東群盜散,闕下受降頻。

諸將歸應盡,題書報旅人。

 

(下し文)

嚴二 郎に禮別し奉つる〔草堂で逸詩拾遺する〕

君と別し誰か暖眼せん,將に老して病は身に纏う。

出涕 斜日と同うする,臨風 塵と去るを看る。

商歌 還た夜に入り,巴俗 自ら鄰と為す。

尚お愧ずは軀在るを微かにするを,遙かに聞く 盛んに禮新たにす。

山東 群盜散り,闕下 受降頻りなり。

諸將 應に盡く歸り,書を題すは旅人に報ずる

 

(現代語訳)

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。

 

(訳注)

與嚴二郎奉禮別

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

・嚴二郎 嚴別駕のこと。『相逢歌贈嚴二別駕』「我行入東川,十步一回首。城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。  梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 

厳八は厳武、厳武の父厳挺之は作者の友人であり、武は後輩である。杜甫の強力な援助者である。特に成都紀行、成都浣花渓草堂期に世話になる。厳武が没して成都を離れる。 

留別賈嚴二閣老兩院補缺,得雲字

田園須暫往,戎馬惜離群。

去遠留詩別,愁多任酒醺。

一秋常苦雨,今日始無雲。

山路晴吹角,那堪處處聞!

留別賈嚴二閣老兩院補缺 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 275

 

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

・拾遺1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの。2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。3 中国で、君主を助けて、その過失をいさめ補うこと。また、その官。拾遺補闕(ほけつ)

 杜甫草堂詳細図02

別君 暖眼 ,將老 纏身

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

 

出涕 同斜日 ,臨風 去塵

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

 

商歌 還入夜 ,巴俗 為鄰

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

「商歌」五音と総称される宮・商・角・徴・羽で、「商」と「徴」は、本来別の音であるのに(「変徴」は「徴」より半音ほど低い音)、陶淵明は、なぜ「商音」と言っている。また、五音には宮 - 君主、商 - 臣下、角 - 民、徴 - 事、羽 - 物といういみがある。ここで「商歌」ということは厳別駕が琵琶を弾いていたので、その曲が、臣下の忠誠に関する曲であったもの。。

 

尚愧 微軀 ,遙聞 盛禮

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

「愧」 綜合情感であり慚愧自責をいう。

 

山東 群盜 ,闕下 受降 頻。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

「山東」安史の盗賊が支配し影響が強かったところである。杜甫の義母・弟が住んでいるのが山東である。

「盜」・「群盗」 群盗のはびこるときにあたっての意、群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

『王閬州筵奉酬十一舅惜別之作』 

萬壑樹聲滿,千崖秋氣高。 

浮舟出郡郭,別酒寄江濤。 

良會不復久,此生何太勞。 

窮愁但有骨,群盜尚如毛。 

吾舅惜分手,使君寒贈袍。 

715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩

『戲題寄上漢中王,三首之三』

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

諸將 應盡,題書 旅人

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。
杜甫像0012 


















草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)    
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

 

プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
記事検索
最新記事(画像付)
最新記事
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ