杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

index-15 765年永泰元年54歲

765年永泰元年54歲-63 《草堂逸詩拾遺。放船》 杜甫index-15 杜甫<863> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5060

杜甫《放船》(忠州から雲安(四川省雲陽県)まで長江を下るときの岸辺の寒々としたようすが詠われている。)忠州を発って長江の急流に差し掛かったので帆を片づけ、幔幕を巻いて次々と早瀬を左右に回りながら水を追うようにして進む。

 
 2014年11月3日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
122 《靜夜思(静夜思)》Index-7 Ⅱ―2 727年開元十五年27歳 6首 <122> Ⅰ李白詩1302 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5058 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
24-1 《遠遊聯句〔韓愈、李翱、孟郊〕》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1212> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5044 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-63 《草堂逸詩拾遺。放船》 杜甫index-15 杜甫<863> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5060 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-520《南鄉子十首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-703-20-(520) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5062 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 


765年永泰元年54-63 《草堂逸詩拾遺。放船》 杜甫index-15 杜甫<863 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5060
杜甫詩
1500-863-1183/2500 765年永泰元年54-63

 

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言律詩

詩題:    放船【草堂逸詩拾遺。】

忠州では江辺の龍興寺に滞在し、華陰(陝西省華陰県)にかえる厳武の柩を見送っている。

 杜甫は忠州に三か月ほど滞在した。持病の悪化を治すためであった。忠州を離れたのは九月になってからである。

 詩は忠州から雲安(四川省雲陽県)まで長江を下るときの作とされており、岸辺の寒々としたようすが詠われている。長江に秋は深まり、雲安城下に船を繋いだのは、日暮れのまだ暗くならない時刻であった。

 

 

放船【草堂逸詩拾遺。】

(忠州から雲安(四川省雲陽県)まで長江を下るときの岸辺の寒々としたようすが詠われている。)

收帆下急水,卷幔逐回灘。

忠州を発って長江の急流に差し掛かったので帆を片づけ、幔幕を巻いて次々と早瀬を左右に回りながら水を追うようにして進む。

江市戎戎暗,山雲淰淰寒。

長江沿いの市街地には晩煙がさかんに揚がって暗くなるほどであり、そこに、山から湧き出る雲は何処の治まるのかゆらゆらあがっていくのを見ると寒さを覚えるのである。

荒林無徑入,獨鳥怪人看。

山は、入るべき小路もなく荒れ果てた林が続く、その中から、「怪し良い人か」と、こちらをにらんでいる一羽の鳥がいる。

已泊城樓底,何曾夜色闌。

やがて、雲安の城樓の街中に宿を見つけたが、宿で落ち着いてみると、まだまだ夜の盛りで、まだまだ更けていない、何と早く着いたものかと思うのだ。 

(船を放つ)

帆を収めて急水)を下り、幔を巻き 灘を回りて 逐う。

江市 戎戎として暗く、山雲淰淰【せんせん】として寒し。

荒林入るに径【こみち】無く、独鳥人を怪しみて看る。

已に泊す  城楼の底、何ぞ曾て夜色闌【たけなわ】ならん。

 

 

『放船』 現代語訳と訳註解説

(本文)

放船【草堂逸詩拾遺。】

收帆下急水,卷幔逐回灘。

江市戎戎暗,山雲淰淰寒。

荒林無徑入,獨鳥怪人看。

已泊城樓底,何曾夜色闌。

 

 

(下し文)

(船を放つ)

帆を収めて急水)を下り、幔を巻き 灘を回りて 逐う。

江市 戎戎として暗く、山雲淰淰【せんせん】として寒し。

荒林入るに径【こみち】無く、独鳥人を怪しみて看る。

已に泊す  城楼の底、何ぞ曾て夜色闌【たけなわ】ならん。

 

(現代語訳)

(忠州から雲安(四川省雲陽県)まで長江を下るときの岸辺の寒々としたようすが詠われている。)

忠州を発って長江の急流に差し掛かったので帆を片づけ、幔幕を巻いて次々と早瀬を左右に回りながら水を追うようにして進む。

長江沿いの市街地には晩煙がさかんに揚がって暗くなるほどであり、そこに、山から湧き出る雲は何処の治まるのかゆらゆらあがっていくのを見ると寒さを覚えるのである。

山は、入るべき小路もなく荒れ果てた林が続く、その中から、「怪し良い人か」と、こちらをにらんでいる一羽の鳥がいる。

やがて、雲安の城樓の街中に宿を見つけたが、宿で落ち着いてみると、まだまだ夜の盛りで、まだまだ更けていない、何と早く着いたものかと思うのだ。 

(訳注)

放船【草堂逸詩拾遺。】

(忠州から雲安(四川省雲陽県)まで長江を下るときの岸辺の寒々としたようすが詠われている。)

7659月から春まで雲安宮經にて過ごす。【草堂逸詩拾遺。】雲安で病気療養中に整理したためこの位置に置く。

○放船 船で出発したということ。

 

收帆下急水,卷幔逐回灘。

忠州を発って長江の急流に差し掛かったので帆を片づけ、幔幕を巻いて次々と早瀬を左右に回りながら水を追うようにして進む。

○收帆・卷幔 風がある内にかかわらず、急流に差し掛かるので帆や幔幕を巻き上げてしっかり括り付ける。この二句は、流れに逆らわず水流に乗って下ることをいう。

 

江市戎戎暗,山雲淰淰寒。

長江沿いの市街地には晩煙がさかんに揚がって暗くなるほどであり、そこに、山から湧き出る雲は何処の治まるのかゆらゆらあがっていくのを見ると寒さを覚えるのである。

○江市 長江沿いの市街地

○戎戎 ここは市街地の夕飯の支度の煙が谷間に充満することをいう。

○山雲 雲は、谷間、岩間、洞窟から湧き出るとされていた。ここでは煙と雲とで暗くなることをいう。

○淰淰 湧き出る雲が、留まることもなく曇ってきた厚い雲まで上がってゆくさまをいう。

 

荒林無徑入,獨鳥怪人看。

山は、入るべき小路もなく荒れ果てた林が続く、その中から、「怪し良い人か」と、こちらをにらんでいる一羽の鳥がいる。

○無徑入 入るべき小路もないことをいう。

 

已泊城樓底,何曾夜色闌。

やがて、雲安の城樓の街中に宿を見つけたが、宿で落ち着いてみると、まだまだ夜の盛りで、まだまだ更けていない、何と早く着いたものかと思うのだ。

○城樓底 城郭樓の下の繁華街のようなところ。

765年永泰元年54歲-62 《草堂逸詩拾遺。去蜀》 杜甫index-15 杜甫<862> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5055

杜甫《去蜀》自分は五か年のあいだ蜀郡の旅客となり、一か年のあいだ梓州で暮らした。どうしていつまでもこんな蜀盆地の関塞のなかにとじこめられているのか、これから方向をかえて南方滞湘の地方へ遊ぼうとおもうのだ。

 
 2014年11月2日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
121 《越女詞,五首之五》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <121> Ⅰ李白詩1301 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5053 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
23 《知音者誠希》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1214> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5054韓愈詩-23
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-62 《草堂逸詩拾遺。去蜀》 杜甫index-15 杜甫<862> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5055 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-519《南鄉子十首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-702-20-(519) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5057 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765年永泰元年54-62 《草堂逸詩拾遺。去蜀》 杜甫index-15 杜甫<862> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5055


杜甫詩1500-862-1182/2500765年永泰元年54
-62

 

年:765年永泰元年54

卷別:  卷二三四        文體:  五言律詩

詩題:  去蜀【案:草堂逸詩拾遺。】

杜少陵集 巻十四       

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:       

成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     

梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)      

 

 

去蜀

五載客蜀郡,一年居梓州。

如何關塞阻,轉作瀟湘遊。

世事已黃髮,殘生隨白鷗。

安危大臣在,不必淚長流。

(戦のトラウマにいたたまれなくて、ながなが住んだ局の成都よりたち去ろうとしでよんだ詩。)

自分は五か年のあいだ蜀郡の旅客となり、一か年のあいだ梓州で暮らした。

どうしていつまでもこんな蜀盆地の関塞のなかにとじこめられているのか、これから方向をかえて南方滞湘の地方へ遊ぼうとおもうのだ。

髪のけがかく黄色になっては、万事はおしまいだ、これからの老いさきは白い鴎にしたがってすごすのだ。

国家安危の重大事については当局者たる大臣がおられることであるし、自分みたようなものがしじゅう涙を流しているにもあたるまい。 

 

(蜀を去る)

五載も蜀の郡に客たり、一年 梓州に居る。

如何ぞ 関塞に阻せらるる、転じて瀟湘の遊びを作す。

世事 己に黄髪なり、残生 白鴎に随わん。

安危には大臣あり、必ずしも 涙 長【とこしえ】に流れしめず。

 

 

『去蜀』 現代語訳と訳註解説

(本文)

去蜀

五載客蜀郡,一年居梓州。

如何關塞阻,轉作瀟湘遊。

世事已黃髮,殘生隨白鷗。

安危大臣在,不必淚長流。

 

(含異文)

五載客蜀郡,一年居梓州。

如何關塞阻,轉作瀟湘遊。世事已黃髮【萬事已黃髮】,殘生隨白鷗。

安危大臣在,不必淚長流【何必淚長流】。

 

(下し文)

(蜀を去る)

五載も蜀の郡に客たり、一年 梓州に居る。

如何ぞ 関塞に阻せらるる、転じて瀟湘の遊びを作す。

世事 己に黄髪なり、残生 白鴎に随わん。

安危には大臣あり、必ずしも 涙 長【とこしえ】に流れしめず。

 

 

(現代語訳)

(戦のトラウマにいたたまれなくて、ながなが住んだ局の成都よりたち去ろうとしでよんだ詩。)

自分は五か年のあいだ蜀郡の旅客となり、一か年のあいだ梓州で暮らした。

どうしていつまでもこんな蜀盆地の関塞のなかにとじこめられているのか、これから方向をかえて南方滞湘の地方へ遊ぼうとおもうのだ。

髪のけがかく黄色になっては、万事はおしまいだ、これからの老いさきは白い鴎にしたがってすごすのだ。

国家安危の重大事については当局者たる大臣がおられることであるし、自分みたようなものがしじゅう涙を流しているにもあたるまい。 

 

 

(訳注)

去蜀

(戦のトラウマにいたたまれなくて、ながなが住んだ局の成都よりたち去ろうとしでよんだ詩。)

 永泰元年(765)の正月に、杜甫は成都の厳武幕府から浣花渓の草堂にもどる。節度参謀の職を辞した。厳武公は杜甫の辞職を認めたが、四月になると厳武が四十歳の若さで急死した。蜀州の刺史であった友人の高適も、すでに都に転任し、正月に長安で亡くなっていた。杜甫は成都が吐蕃の侵寇、政情不安で、再び、戦場、殺戮、逃避、捕縛などの死のトラウマ状態になった。

 最早従来の計画通り、長江から江漢の地に出てことにした。夏五月、錦江の渡津万里橋のたもとから船出し、杜甫は一家をあげて草堂を去った。この詩はその時作ったものであるが、後雲安で整理したもの。

 

 

五載客蜀郡,一年居梓州。

自分は五か年のあいだ蜀郡の旅客となり、一か年のあいだ梓州で暮らした。

○五載 75912月から、7655月、当時の正月を過ごした年数でいうと7年になるが、途中梓州に同様計算で2年三巴を転々としているから五載となる。

○客蜀郡 蜀郡は607年隋の郡制施行に伴い益州を蜀郡としたことで、この表現を用いた。隋朝が成立すると当初は益州が設置され719県を管轄した。582年(開皇2年)の新州玄武郡の廃止に伴い、その管轄県であった伍城県が益州に移管されている。607年(大業3年)、郡制施行に伴い益州は蜀郡と改称され下部に13県を管轄した

○一年 762年寶應元年7月から763年寶應二年の1年間。2載。同年秋、閬州に移り、764年廣徳3月成都草堂に帰る。

○居梓州 梓州刺史章彝の世話で官舎に住む。

 

如何關塞阻,轉作瀟湘遊。

どうしていつまでもこんな蜀盆地の関塞のなかにとじこめられているのか、これから方向をかえて南方滞湘の地方へ遊ぼうとおもうのだ。

○關塞 長安から秦嶺山脈山脈をこえる際にいくつもの関所があり、成都盆地に入る剣門關がある。西の吐蕃、南の雲南、北の回紇に対しての塞が多く築かれていたので、成都は、四方に關塞があった。

○阻 四方に關塞があるということは、その地の領有主権者の意向に倚り、状況は大きく変化するのであり(高適・厳武)、その上、玄宗が、この地に逃避したところであり、成都はそうした意味で、杜甫は安全な地域だから居住したのである。

○瀟湘遊 瀟湘八景に遊びたいという風流人、隠遁者の誰もが持つ願望である。瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。瀟湘八景(しょうしょうはっけい)とは、中国の山水画の伝統的な画題。またその8つの名所のこと。

 

世事已黃髮,殘生隨白鷗。

髪のけがかく黄色になっては、万事はおしまいだ、これからの老いさきは白い鴎にしたがってすごすのだ。

黃髮 五十代までの白髪という表現が六十台近くから、黃髮にかわってゆく。

 

安危大臣在,不必淚長流。

国家安危の重大事については当局者たる大臣がおられることであるし、自分みたようなものがしじゅう涙を流しているにもあたるまい。 

○安危 国家安危の重大事。

○大臣 杜甫は759年間を辞して秦州に行ったのであるが、758年房琯一派ということで、朝廷内の賀蘭進明・第五琦・宦官らにはじき出され、華州司功参軍に左遷されたわけで、大臣が良い政治を行っているということは皮肉以外の何でもないことである。

 

 

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(13) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-13 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4215 杜甫詩1500-1501-13-1014/2500永泰元年765-855 《承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之一》(遠聞房太守) 杜甫index-15 765年 杜甫<855 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4220 杜甫詩1500-855-1015/250053

永泰元年765-97-7 《承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二》 杜甫index-14 764年(丹旐飛飛日) 杜甫<856 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4225 杜甫詩1500-856-1016/250054

 

 

 

杜甫を理解するためには、以下の三作品は雑多遺不可欠のものである。

758年至徳二載 《奉謝口敕放三司推問狀 房琯関連 1-(9) 杜甫index-14 764 房琯関連 1-(9) 杜甫<1502-9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4385 杜甫詩1500-1502-9-1048/2500

 

757年至徳二載 《乾元元年華州試進士策問五首 (23) 全体》 杜甫<1509-T 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4340 杜甫詩1500/2500

 

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(13) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-13 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4215 杜甫詩1500-1501-13-1014/2500

 

 

765年永泰元年54歲-61-3 《狂歌行贈四兄》-#3 杜甫index-15 杜甫<861-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5050

杜甫《狂歌行贈四兄》 ああ、我が従兄殿よ! 我が従兄殿よ! あなたは昔から、巢父や許由の同類であるとは思っていたが、一生涯の間、喜怒哀楽をそのまま表すお方であるということに間違いはない。

 
 2014年11月1日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
120 《越女詞,五首之四》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <120> Ⅰ李白詩1300 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5048 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22ー(6) 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1213> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5049韓愈詩-22ー(6) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-61-3 《狂歌行贈四兄》-#3 杜甫index-15 杜甫<861-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5050 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-518《南鄉子十首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-701-20-(518) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5052 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-61-3 《狂歌行贈四兄》-#3 杜甫index-15 杜甫<861-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5050



杜甫詩
1500-861-#3-1181/2500765年永泰元年54-61-3

草堂逸詩拾遺。狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    樂府

杜少陵集 巻十四

詩題:    狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】【案:草堂逸詩拾遺。】

作地點:              嘉州(劍南道北部 / 嘉州 / 嘉州)

及地點:             

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京兆、京師、京畿、西都

嘉州 (劍南道北部 嘉州 嘉州)          

交遊人物:四兄

 

 

狂歌行贈四兄

與兄行年校一賢者是兄愚者弟。

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。

そして兄は富貴を浮雲のように軽いものと考えており、弟は巧名を狙って権勢を得ることを好んでいるというものだ。

長安の秋の雨の時には十日もぬかるみが乾かない、その時、我々は朝の鶏の鳴き声を聞いてから、馬に跨って出かける用意をする。

高級官僚、公卿はその邸宅の朱門をまだ明けないうちから、中堅以下の者たちは到着して、列を作って肩を揃えているのである。

 

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓。

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬。

その頃従兄は、穏やかに眠っていてまさに膝が伸びたままだった、それから、足袋も履かず、頭巾もかぶらず朝日を受けて、のっそのっそと散歩する。

男の子が泣き、女の子が泣きじゃくるということについて、我々は、ほとんどそのわけを知ろうとはしないけれど、彼等の身には、服を着せてやらねばならないし、腹の中に一杯になるまで食わしてやらねばならない。

今年になって、この従兄は、私が成都を旅だったことを知らせると、嘉州まで来てくれて落ち合ったのだ、というのも、嘉州は、酒が十分に芳醇で色濃く、花は楼閣の辺りには咲き誇っているからだ。

楼閣の辺りで喫酒して、楼閣の軒下で眠る、そうして起きれば酒を呑み、自分と長歌短詠のやり取りをするのである。

 

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人。

それでも、四季節ごとの八回のめでたい日には、きちんと礼儀をわきまえて、すべきことをされる。自分の娘に私の妻に対しての礼を拝し、男の子には、私に対しれの礼儀を尽くすように言い聞かせている。

ところが自分のこととなると、頭の髷に巻き付ける一幅の布とか、幅ひろの革の帯も身に着けるわけでもなく、頭は、あぶらと汚れでべとべとになり、足の汚れと垢でカサカサになっていても、綺麗に洗ったりすることなどしないのである。

ああ、我が従兄殿よ! 我が従兄殿よ! あなたは昔から、巢父や許由の同類であるとは思っていたが、一生涯の間、喜怒哀楽をそのまま表すお方であるということに間違いはない。

日が傾いても、肘を枕にして昼寝であってもぐっすりと寝込み、す-す-、ぐう-ぐう-、大いびきをかいて眠るという、その人はだれか、何を隠そう我が従兄、その人である。

(狂歌行 四兄に贈る)

兄と行年 校するに一賢者は是れ兄 愚者は弟。

兄は富貴を將って浮雲に等しくし,弟は功名を切にし 權勢を好む。

長安 秋雨 十日泥あり,我が曹 馬を鞴【よそお】いて晨雞を聽く。

公卿の朱門 未だ鎖を開かず,我が曹 已に到りて 肩相い齊【そろ】う。

 

吾が兄 睡り穩やかにして方に膝を舒ぶ,襪せず 巾せず 曉日を蹋む。

男啼き 女哭するも 我 知ること莫し,身上には 繒を須ち 腹中には實を。

今年 我を思うて嘉州に來り,嘉州は 酒 重くして 花 樓を繞る。

樓頭 酒を喫して 樓の下 臥し,長歌 短詠 還た相いに酬ゆ。

 

四時 八節 還た禮に拘わり,女は 弟が妻を拜し 男は弟を拜す。

幅巾 鞶帶 身に挂けず,頭には脂らつき 足には垢つくも 何ぞ曾て洗わん。

吾が兄 吾が兄 巢許の倫【ともがら】,一生 喜怒 長く真に任す。

日斜に 肘を枕にして寢るは已に熟す,啾啾 唧唧【しょくしょく】たるは何人か為さん。

 

蜀中転々圖 

『狂歌行贈四兄』 現代語訳と訳註解説

(本文)

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人。

 

(含異文)

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人【啾啾唧唧何為人】。

 

(下し文)

四時 八節 還た禮に拘わり,女は 弟が妻を拜し 男は弟を拜す。

幅巾 鞶帶 身に挂けず,頭には脂らつき 足には垢つくも 何ぞ曾て洗わん。

吾が兄 吾が兄 巢許の倫【ともがら】,一生 喜怒 長く真に任す。

日斜に 肘を枕にして寢るは已に熟す,啾啾 唧唧【しょくしょく】たるは何人か為さん。

 

(現代語訳)

それでも、四季節ごとの八回のめでたい日には、きちんと礼儀をわきまえて、すべきことをされる。自分の娘に私の妻に対しての礼を拝し、男の子には、私に対しれの礼儀を尽くすように言い聞かせている。

ところが自分のこととなると、頭の髷に巻き付ける一幅の布とか、幅ひろの革の帯も身に着けるわけでもなく、頭は、あぶらと汚れでべとべとになり、足の汚れと垢でカサカサになっていても、綺麗に洗ったりすることなどしないのである。

ああ、我が従兄殿よ! 我が従兄殿よ! あなたは昔から、巢父や許由の同類であるとは思っていたが、一生涯の間、喜怒哀楽をそのまま表すお方であるということに間違いはない。

日が傾いても、肘を枕にして昼寝であってもぐっすりと寝込み、す-す-、ぐう-ぐう-、大いびきをかいて眠るという、その人はだれか、何を隠そう我が従兄、その人である。

蜀成都1111

(訳注)

狂歌行贈四兄

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

狂歌行 古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れに作った詩。

四兄 四は排行、兄はいとこ関係にある人物。

 

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

それでも、四季節ごとの八回のめでたい日には、きちんと礼儀をわきまえて、すべきことをされる。自分の娘に私の妻に対しての礼を拝し、男の子には、私に対しれの礼儀を尽くすように言い聞かせている。

○四時:指春夏秋冬四季。

1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。

1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。

一日中の4回の座禅の時。黄昏(こうこん)(午後8時)・後夜(ごや)(午前4時)・早晨(そうじん)(午前10時)・晡時(ほじ)(午後4時)。

○八節:指立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至。泛指一年四季中各節氣。

1年のうちの、八つの季節の変わり目。二十四節気の中の、立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至をいう。

2節が八つあること。垣などの結い目が八段になっていること。転じて、節や段がたくさんあること。

拘禮 動詞 礼儀にこだわる.礼儀に拘束される。

 

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

ところが自分のこととなると、頭の髷に巻き付ける一幅の布とか、幅ひろの革の帯も身に着けるわけでもなく、頭は、あぶらと汚れでべとべとになり、足の汚れと垢でカサカサになっていても、綺麗に洗ったりすることなどしないのである。

○幅巾 頭の髷に巻き付ける一幅の布。

○鞶帶 幅ひろの革の帯。

○頭脂 あぶらと汚れでべとべとになる。

○足垢 足の汚れと垢でカサカサになること。

 

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

ああ、我が従兄殿よ! 我が従兄殿よ! あなたは昔から、巢父や許由の同類であるとは思っていたが、一生涯の間、喜怒哀楽をそのまま表すお方であるということに間違いはない。

○巢許倫 巢父や許由の同類、友達である

○任真 そのまま表すお方であるということに間違いはない。

 

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人。

日が傾いても、肘を枕にして昼寝であってもぐっすりと寝込み、す-す-、ぐう-ぐう-、大いびきをかいて眠るという、その人はだれか、何を隠そう我が従兄、その人である。

○枕肘 肘を枕にして昼寝。夜は枕で寝る。

○熟 ぐっすりと寝込むこと。

○啾啾唧唧 いびきをかいている音をいう。

為何人 いかなる人がなしているのであるか。誰でもない、我が従兄であるということ。
haqro01 

765年永泰元年54歲-61-2 《草堂逸詩拾遺。狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》 杜甫index-15 杜甫<861-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5045

杜甫《狂歌行贈四兄》-2 今年になって、この従兄は、私が成都を旅だったことを知らせると、嘉州まで来てくれて落ち合ったのだ、というのも、嘉州は、酒が十分に芳醇で色濃く、花は楼閣の辺りには咲き誇っているからだ。

 
 2014年10月31日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
119 《越女詞,五首之三》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <119> Ⅰ李白詩1299 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5043 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22―(5) 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1212> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5044 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-61-2 《草堂逸詩拾遺。狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》 杜甫index-15 杜甫<861-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5045 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-517《臨江仙二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-700-20-(517) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5047 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-61-2 《草堂逸詩拾遺。狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》 杜甫index-15 杜甫<861-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5045 

 

杜甫詩1500-861-#2-1180/2500765年永泰元年54-61-2

 

 

草堂逸詩拾遺。狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    樂府

杜少陵集 巻十四

詩題:    狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】【案:草堂逸詩拾遺。】

作地點:              嘉州(劍南道北部 / 嘉州 / 嘉州)

及地點:             

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京兆、京師、京畿、西都

嘉州 (劍南道北部 嘉州 嘉州)          

交遊人物:四兄

 

 

狂歌行贈四兄

與兄行年校一賢者是兄愚者弟。

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。

そして兄は富貴を浮雲のように軽いものと考えており、弟は巧名を狙って権勢を得ることを好んでいるというものだ。

長安の秋の雨の時には十日もぬかるみが乾かない、その時、我々は朝の鶏の鳴き声を聞いてから、馬に跨って出かける用意をする。

高級官僚、公卿はその邸宅の朱門をまだ明けないうちから、中堅以下の者たちは到着して、列を作って肩を揃えているのである。

 

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓。

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬。

その頃従兄は、穏やかに眠っていてまさに膝が伸びたままだった、それから、足袋も履かず、頭巾もかぶらず朝日を受けて、のっそのっそと散歩する。

男の子が泣き、女の子が泣きじゃくるということについて、我々は、ほとんどそのわけを知ろうとはしないけれど、彼等の身には、服を着せてやらねばならないし、腹の中に一杯になるまで食わしてやらねばならない。

今年になって、この従兄は、私が成都を旅だったことを知らせると、嘉州まで来てくれて落ち合ったのだ、というのも、嘉州は、酒が十分に芳醇で色濃く、花は楼閣の辺りには咲き誇っているからだ。

楼閣の辺りで喫酒して、楼閣の軒下で眠る、そうして起きれば酒を呑み、自分と長歌短詠のやり取りをするのである。

 

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人。

(狂歌行 四兄に贈る)

兄と行年 校するに一賢者は是れ兄 愚者は弟。

兄は富貴を將って浮雲に等しくし,弟は功名を切にし 權勢を好む。

長安 秋雨 十日泥あり,我が曹 馬を鞴【よそお】いて晨雞を聽く。

公卿の朱門 未だ鎖を開かず,我が曹 已に到りて 肩相い齊【そろ】う。

 

吾が兄 睡り穩やかにして方に膝を舒ぶ,襪せず 巾せず 曉日を蹋む。

男啼き 女哭するも 我 知ること莫し,身上には 繒を須ち 腹中には實を。

今年 我を思うて嘉州に來り,嘉州は 酒 重くして 花 樓を繞る。

樓頭 酒を喫して 樓の下 臥し,長歌 短詠 還た相いに酬ゆ。

 

四時 八節 還た禮に拘わり,女は 弟が妻を拜し 男は弟を拜す。

幅巾 鞶帶 身に挂けず,頭には脂らつき 足には垢つくも 何ぞ曾て洗わん。

吾が兄 吾が兄 巢許の倫【ともがら】,一生 喜怒 長く真に任す。

日斜に 肘を枕にして寢るは已に熟す,啾啾 唧唧【しょくしょく】たるは何人か為さん。

 

蜀中転々圖 

『狂歌行贈四兄』 現代語訳と訳註解説

(本文)

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓。

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬。

 

(含異文)

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓【嘉州酒重花滿樓】【嘉州酒香花繞樓】【嘉州酒香花滿樓】。

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬【長歌短歌還相酬】。

 

(下し文)

吾が兄 睡り穩やかにして方に膝を舒ぶ,襪せず 巾せず 曉日を蹋む。

男啼き 女哭するも 我 知ること莫し,身上には 繒を須ち 腹中には實を。

今年 我を思うて嘉州に來り,嘉州は 酒 重くして 花 樓を繞る。

樓頭 酒を喫して 樓の下 臥し,長歌 短詠 還た相いに酬ゆ。

 

(現代語訳)

その頃従兄は、穏やかに眠っていてまさに膝が伸びたままだった、それから、足袋も履かず、頭巾もかぶらず朝日を受けて、のっそのっそと散歩する。

男の子が泣き、女の子が泣きじゃくるということについて、我々は、ほとんどそのわけを知ろうとはしないけれど、彼等の身には、服を着せてやらねばならないし、腹の中に一杯になるまで食わしてやらねばならない。

今年になって、この従兄は、私が成都を旅だったことを知らせると、嘉州まで来てくれて落ち合ったのだ、というのも、嘉州は、酒が十分に芳醇で色濃く、花は楼閣の辺りには咲き誇っているからだ。

楼閣の辺りで喫酒して、楼閣の軒下で眠る、そうして起きれば酒を呑み、自分と長歌短詠のやり取りをするのである。

 

 

(訳注)

狂歌行贈四兄

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

狂歌行 古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れに作った詩。

四兄 四は排行、兄はいとこ関係にある人物。

 

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

その頃従兄は、穏やかに眠っていてまさに膝が伸びたままだった、それから、足袋も履かず、頭巾もかぶらず朝日を受けて、のっそのっそと散歩する。

襪 足袋。

巾 ずきん。

蹋 朝日を受けて、のっそのっそと散歩する。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

男の子が泣き、女の子が泣きじゃくるということについて、我々は、ほとんどそのわけを知ろうとはしないけれど、彼等の身には、服を着せてやらねばならないし、腹の中に一杯になるまで食わしてやらねばならない。

須繒 服を着せてやる必要がある。

腹中實 腹の中に一杯になるまで食わしてやらねばならない。

 

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓。

今年になって、この従兄は、私が成都を旅だったことを知らせると、嘉州まで来てくれて落ち合ったのだ、というのも、嘉州は、酒が十分に芳醇で色濃く、花は楼閣の辺りには咲き誇っているからだ。

今年 765年永泰元年、杜甫54

嘉州 四川省嘉定府楽山縣治。劍南道北部 / 嘉州揵爲郡

酒重 醸造期間の長い酒で色が濃くなる、楽山の酒である。酒が十分に芳醇で色濃い。

 

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬。

楼閣の辺りで喫酒して、楼閣の軒下で眠る、そうして起きれば酒を呑み、自分と長歌短詠のやり取りをするのである。

喫酒 酒を啜る。酒を肴で飲む。酒を呑む。

765年永泰元年54歲-61 《狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》草堂逸詩拾遺。 杜甫index-15 杜甫<861> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5040

杜甫《狂歌行贈四兄》草堂逸詩拾遺。(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。


 
 2014年10月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
118 《越女詞,五首之二【《越中書》所見也。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <118> Ⅰ李白詩1298 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5038 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22ー(4)§3 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1211> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5039韓愈詩-22ー(4) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍 
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-61 《狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》草堂逸詩拾遺。 杜甫index-15 杜甫<861> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5040 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ543 韓昌黎集 巻五  《奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻》韓愈 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5041 (10/30)
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-516《臨江仙二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-699-20-(516) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5042
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
  

765年永泰元年54-61 《狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】》草堂逸詩拾遺。 杜甫index-15 杜甫<861 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5040
杜甫詩
1500-861-1179/2500765年永泰元年54-61

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    樂府

杜少陵集 巻十四

詩題:    狂歌行贈四兄【短歌行贈四兄】【案:草堂逸詩拾遺。】

作地點:嘉州(劍南道北部 / 嘉州 / 嘉州)

及地點:             

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京兆、京師、京畿、西都

嘉州 (劍南道北部 嘉州 嘉州)          

交遊人物:四兄

 

 

狂歌行贈四兄

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

與兄行年校一賢者是兄愚者弟。

我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

そして兄は富貴を浮雲のように軽いものと考えており、弟は巧名を狙って権勢を得ることを好んでいるというものだ。

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

長安の秋の雨の時には十日もぬかるみが乾かない、その時、我々は朝の鶏の鳴き声を聞いてから、馬に跨って出かける用意をする。

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

高級官僚、公卿はその邸宅の朱門をまだ明けないうちから、中堅以下の者たちは到着して、列を作って肩を揃えているのである。

 

吾兄睡穩方舒膝,不襪不巾蹋曉日。

男啼女哭莫我知,身上須繒腹中實。

今年思我來嘉州,嘉州酒重花繞樓。

樓頭喫酒樓下臥,長歌短詠還相酬。

 

四時八節還拘禮,女拜弟妻男拜弟。

幅巾鞶帶不挂身,頭脂足垢何曾洗。

吾兄吾兄巢許倫,一生喜怒長任真。

日斜枕肘寢已熟,啾啾唧唧為何人。

(狂歌行 四兄に贈る)

兄と行年 校するに一賢者は是れ兄 愚者は弟。

兄は富貴を將って浮雲に等しくし,弟は功名を切にし 權勢を好む。

長安 秋雨 十日泥あり,我が曹 馬を鞴【よそお】いて晨雞を聽く。

公卿の朱門 未だ鎖を開かず,我が曹 已に到りて 肩相い齊【そろ】う。

 

吾が兄 睡り穩やかにして方に膝を舒ぶ,襪せず 巾せず 曉日を蹋む。

男啼き 女哭するも 我 知ること莫し,身上には 繒を須ち 腹中には實を。

今年 我を思うて嘉州に來り,嘉州は 酒 重くして 花 樓を繞る。

樓頭 酒を喫して 樓の下 臥し,長歌 短詠 還た相いに酬ゆ。

 

四時 八節 還た禮に拘わり,女は 弟が妻を拜し 男は弟を拜す。

幅巾 鞶帶 身に挂けず,頭には脂らつき 足には垢つくも 何ぞ曾て洗わん。

吾が兄 吾が兄 巢許の倫【ともがら】,一生 喜怒 長く真に任す。

日斜に 肘を枕にして寢るは已に熟す,啾啾 唧唧【しょくしょく】たるは何人か為さん。

 

長安付近図00 

『狂歌行贈四兄』 現代語訳と訳註解説

(本文)

狂歌行贈四兄

與兄行年校一賢者是兄愚者弟。

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

 

(含異文)

與兄行年校一,賢者是兄愚者弟【賢者是兄愚是弟】。

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

 

 (下し文)

(狂歌行 四兄に贈る)

兄と行年 校するに一賢者は是れ兄 愚者は弟。

兄は富貴を將って浮雲に等しくし,弟は功名を切にし 權勢を好む。

長安 秋雨 十日泥あり,我が曹 馬を鞴【よそお】いて晨雞を聽く。

公卿の朱門 未だ鎖を開かず,我が曹 已に到りて 肩相い齊【そろ】う。

 

 

(現代語訳)

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。

そして兄は富貴を浮雲のように軽いものと考えており、弟は巧名を狙って権勢を得ることを好んでいるというものだ。

長安の秋の雨の時には十日もぬかるみが乾かない、その時、我々は朝の鶏の鳴き声を聞いてから、馬に跨って出かける用意をする。

高級官僚、公卿はその邸宅の朱門をまだ明けないうちから、中堅以下の者たちは到着して、列を作って肩を揃えているのである。

美女画55101道観 

(訳注)

狂歌行贈四兄

(古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れで作ったように戯れて作った詩を従兄に贈る。)

狂歌行 古い時代の志が高く小事こととしないものが戯れに作った詩。

四兄 四は排行、兄はいとこ関係にある人物。

 

與兄行年校一賢者是兄愚者弟。

我が四兄と、私が経過した年齢を比べてみるとたった一つ違いであるが、賢いのはというと決まって兄の方で、おろかなのは弟というものである。

與兄 四兄のいとこをさす。

 比較とおなじ。

 

兄將富貴等浮雲,弟切功名好權勢。

そして兄は富貴を浮雲のように軽いものと考えており、弟は巧名を狙って権勢を得ることを好んでいるというものだ。

 

長安秋雨十日泥,我曹鞴馬聽晨雞。

長安の秋の雨の時には十日もぬかるみが乾かない、その時、我々は朝の鶏の鳴き声を聞いてから、馬に跨って出かける用意をする。

我曹 我々、我ら。

鞴馬 馬の装束して、車に着ける。

 

公卿朱門未開鎖,我曹已到肩相齊。

高級官僚、公卿はその邸宅の朱門をまだ明けないうちから、中堅以下の者たちは到着して、列を作って肩を揃えているのである。

肩相齊 朝礼で整列すること、肩を揃えている。

 

765年永泰元年54歲-60 《絕句,九首之九〔絶句三首之三〕》 杜甫index-15 杜甫<860> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5035 杜甫詩1500-860-1178/2500765年永泰元年54歲-60

 
 2014年10月29日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
117 《越女詞,五首之一【《越中書》所見也。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <117> Ⅰ李白詩1297 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5033 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22ー(3)§2-2 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1210> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5034 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-60 《絕句,九首之九〔絶句三首之三〕》 杜甫index-15 杜甫<860> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5035 杜甫詩1500-860-1178/2500765年永泰元年54歲-60 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-515《巫山一段雲二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-698-20-(515) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5037 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765年永泰元年54-60 句,九首之九〔絶句三首之三〕》 杜甫index-15 杜甫<860 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5035 杜甫詩1500-860-1178/2500765年永泰元年54-60

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言

杜少陵集 巻十四             

詩題:    句,九首之九〔絶句三首之三〕

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

 

 

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

 

句,九首之八〔絶句三首之二〕

水檻溫江口,茅堂石筍西。

移船先主廟,洗藥浣花溪。

(出発しようとする浣花渓草堂、この村と西都にはいろんな思い出があると詠う。)

春麗らかな濯錦江の入り江の口のようなところに草堂の前に四阿から濯錦江に臨んだ船着き場の欄干があり、その草堂は、成都の西門の近くに大通り石筍がありそこから西に来るとある。

浣花渓の畑で薬草を草堂の前の水檻で洗って成都の街で売ったりしたし、その成都には、蜀王の石鏡、石筍などがありここから船で出発しようと思っている。

 

句,九首の八〔絶句三首の二〕)

水檻 溫やかな江の口【いりくち】,茅堂 石筍の西。

船を移す 先主の廟,藥を洗う 浣花溪。

 

句,九首之九〔絶句三首之三〕

設道春來好,狂風大放顛。

吹花隨水去,翻卻釣魚船。

(気まぐれにこれまでのことを並べてみる)

いうことを並べてみると、まず、万物が成長する春が来るというのはとても良いことである、暴風が吹くというのは、「茅屋為秋風所破歌」でも経験したことで、家も部屋内もやりっぱなしで気が狂うほどのことであったし、安禄山の乱、朝廷での疎外、徐知道の乱、厳武の死、おおくの「狂風」があった。

また、花が風に吹かれて散り落ちても水が東流してゆく様にその流れに従って去ってゆく、釣り糸を垂れている漁船もやがて帰路に着くというものだ。

 

句,九首の九〔絶句三首の三〕

設いて道う 春 來るは好し,狂風は 大いいに放顛なり。

花を吹けば 水に隨うて去るなり,翻卻す 釣魚の船。

 

杜甫草堂 四絶句 

句,九首之九〔絶句三首之三〕 現代語訳と訳註解説

(本文)

句,九首之九〔絶句三首之三〕

設道春來好,狂風大放顛。

吹花隨水去,翻卻釣魚船。

 

(含異文)

設道春來好【謾道春來好】,狂風大放顛。

吹花隨水去【飛花隨水去】,翻卻釣魚船。

 

(下し文)

句,九首の九〔絶句三首の三〕

設いて道う 春 來るは好し,狂風は 大いいに放顛なり。

花を吹けば 水に隨うて去るなり,翻卻す 釣魚の船。

 

(現代語訳)

(気まぐれにこれまでのことを並べてみる)

いうことを並べてみると、まず、万物が成長する春が来るというのはとても良いことである、暴風が吹くというのは、「茅屋為秋風所破歌」でも経験したことで、家も部屋内もやりっぱなしで気が狂うほどのことであったし、安禄山の乱、朝廷での疎外、徐知道の乱、厳武の死、おおくの「狂風」があった。

また、花が風に吹かれて散り落ちても水が東流してゆく様にその流れに従って去ってゆく、釣り糸を垂れている漁船もやがて帰路に着くというものだ。

 

成都関連地図 00 

(訳注)

句,九首之九〔絶句三首之三〕

(気まぐれにこれまでのことを並べてみる)

この詩は特に表現が拙い、間違いなく後世のものの差し込み詩であろう。

 

設道春來好,狂風大放顛。

いうことを並べてみると、まず、万物が成長する春が来るというのはとても良いことである、暴風が吹くというのは、「茅屋為秋風所破歌」でも経験したことで、家も部屋内もやりっぱなしで気が狂うほどのことであったし、安禄山の乱、朝廷での疎外、徐知道の乱、厳武の死、おおくの「狂風」があった。

設道 いうことを並べてみる。話をしてみる。謾道:気楽に嘘話と思って言うけれど…

放顛 やりっぱなしで気が狂う。

楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-2) 杜甫 <464-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2275 杜甫詩1000-464-#2-649/1500

茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-3) 杜甫 <465-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2290 杜甫詩1000-465-#3-652/1500

 

吹花隨水去,翻卻釣魚船。

また、花が風に吹かれて散り落ちても水が東流してゆく様にその流れに従って去ってゆく、釣り糸を垂れている漁船もやがて帰路に着くというものだ。

765年永泰元年54歲-59 《絕句,九首之八〔絶句三首之二〕》 杜甫index-15 杜甫<859> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5030

杜甫《句,九首之八〔絶句三首之二〕》(出発しようとする浣花渓草堂、この村と西都にはいろんな思い出があると詠う。)浣花渓の畑で薬草を草堂の前の水檻で洗って成都の街で売ったりしたし、その成都には、蜀王の石鏡、石筍などがありここから船で出発しようと思っている。

 
 2014年10月28日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
116 《贈段七娘》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <116> Ⅰ李白詩1296 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5028 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22ー(2)§2-1 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1209> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5029 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ22ー(2)§2-1 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1209> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5029 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-514《巫山一段雲二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-697-20-(514) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5032 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-59 句,九首之八〔絶句三首之二〕》 杜甫index-15 杜甫<859 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5030
杜甫詩
1500-859-1177/2500765年永泰元年54-59

 

 

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言

詩題:    句,九首之八〔絶句三首之二〕

杜少陵集 巻十四

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:             

溫江 (劍南道北部 益州 溫江)          

石筍街 (劍南道北部 益州 成都)      

先主廟 (劍南道北部 益州 成都)      

浣花溪 (劍南道北部 益州 益州) 別名:花溪               

 

 

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

 

句,九首之八〔絶句三首之二〕

水檻溫江口,茅堂石筍西。

移船先主廟,洗藥浣花溪。

(出発しようとする浣花渓草堂、この村と西都にはいろんな思い出があると詠う。)

春麗らかな濯錦江の入り江の口のようなところに草堂の前に四阿から濯錦江に臨んだ船着き場の欄干があり、その草堂は、成都の西門の近くに大通り石筍がありそこから西に来るとある。

浣花渓の畑で薬草を草堂の前の水檻で洗って成都の街で売ったりしたし、その成都には、蜀王の石鏡、石筍などがありここから船で出発しようと思っている。

 

句,九首の八〔絶句三首の二〕)

水檻 溫やかな江の口【いりくち】,茅堂 石筍の西。

船を移す 先主の廟,藥を洗う 浣花溪。

 

 

句,九首之八〔絶句三首之二〕』 現代語訳と訳註解説

(本文)

句,九首之八〔絶句三首之二〕

水檻溫江口,茅堂石筍西。

移船先主廟,洗藥浣花溪。

 

(含異文)

水檻溫江口,茅堂石筍西。

移船先主廟,洗藥浣花溪【洗藥浣沙溪】。

 

(下し文)

句,九首の八〔絶句三首の二〕)

水檻 溫やかな江の口【いりくち】,茅堂 石筍の西。

船を移す 先主の廟,藥を洗う 浣花溪。

 

(現代語訳)

(出発しようとする浣花渓草堂、この村と西都にはいろんな思い出があると詠う。)

春麗らかな濯錦江の入り江の口のようなところに草堂の前に四阿から濯錦江に臨んだ船着き場の欄干があり、その草堂は、成都の西門の近くに大通り石筍がありそこから西に来るとある。

浣花渓の畑で薬草を草堂の前の水檻で洗って成都の街で売ったりしたし、その成都には、蜀王の石鏡、石筍などがありここから船で出発しようと思っている。

成都関連地図 00 

(訳注)

句,九首之八〔絶句三首之二〕

(出発しようとする浣花渓草堂、この村と西都にはいろんな思い出があると詠う。)

成都草堂にあった時の詩を765年永泰元年54 に整理してこの時期の作品とされているが、詩の品格から他人の作品といわれている。杜甫の絶句は必ず作られた時期のシリーズになっているものが、必ずその詩の相手先がわかるものが浦飛んでであるが、そういった雰囲気も感じられない。

 

水檻溫江口,茅堂石筍西。

春麗らかな濯錦江の入り江の口のようなところに草堂の前に四阿から濯錦江に臨んだ船着き場の欄干があり、その草堂は、成都の西門の近くに大通り石筍がありそこから西に来るとある。

水檻 草堂の前に四阿から濯錦江に臨んだ船着き場の欄干。

溫江口 春麗らかな濯錦江の入り江の口のようなところ。

石筍 成都の西門の近くに大通り石筍があり、石筍街という。草堂建設前に石筍街呆園坊の主人徐卿には果樹の苗を分けてもらっている。杜甫 <358>『詣徐卿覓果栽 』にある所だ。少し落ち着いてきたので草堂から56kmの所にある石筍街を訪れたのだ。

『石筍行』「君不見益州城西門,陌上石筍雙高蹲。益州の城郭の西門がある。大通りのほとりに石のタケノコの形をした左右二つの水鉢がある。

 

移船先主廟,洗藥浣花溪。

浣花渓の畑で薬草を草堂の前の水檻で洗って成都の街で売ったりしたし、その成都には、蜀王の石鏡、石筍などがありここから船で出発しようと思っている。

先主廟 蜀王が好色であることから様々な物語が伝えられている。杜甫は昨年760年の夏にも石犀行』、『石筍行』、『杜鵑行という蜀の故事をもとに詩を作っている。

杜甫草堂 四絶句

杜甫『江上水如海勢聊短述

為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。

老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。

新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。

焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。

(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)

人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。

老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。

新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。

焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。

(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)

わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。

ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。

もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。

こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。

江上水如海勢聊短述 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 11)  杜甫 <416  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500

杜甫『水檻』

蒼江多風飆,雲雨晝夜飛。

茅軒駕巨浪,焉得不低垂。

遊子久在外,門無人持。

高岸尚如谷,何傷浮柱攲。

扶顛有勸誡,恐貽識者嗤。

既殊大廈傾,可以一木支。

臨川視萬里,何必闌檻為。

人生感故物,慷慨有餘悲。

(水檻)

蒼江 風飆多く,雲雨 晝夜飛ぶ。

茅軒 巨浪に駕け,焉ぞ低く垂れざるを得ん。

遊子 久しく外に在り,門 人持つ無し。

高岸 尚お谷の如し,何ぞ傷かん 柱攲を浮ぶを。

顛を扶け 勸誡有り,貽を恐れ 識者嗤る。

既に殊に大廈傾き,以て一木支う可し。

川に臨み 萬里を視,何ぞ必ずしも闌檻為さんや。

人生 故物を感じ,慷慨して餘悲しむ有り。

(川に臨んだ船着き場の欄干)

緑深い大江に強風が渦を巻きながら激しく舞い上がる風が多い、そこに雲が湧き、雨を呼んでくると、昼も夜も飛んでくる。

時には大江に大きな波があがって茅葺の軒まで来ることがあったし、また、どうしたわけか水が干上がって、欄干が低く垂れさがってしまうことなどないという水深を得ている。

旅人として久しくここから閬州方面へ外出していたが、ここの門戸たずねてだれもくるものはいなかった。

岸の高い所から見ればまるで谷のようであるし、浮んでいる水檻の柱に寄って立っているとどうしてと感傷的になってしまうのだろうか。

頂を広げるのは公明正大であって悪を制することであり、悪事を続けて子孫におそれを抱くのは見識のあるものにとっては嘲られるべきことだ。

この国は、既にこともあろうに大屋根の家が傾きかけているのである。たった一本の木でささえてたもっているのだ。

そしてこの川を臨むと万里の先まで見ることが出来るし、この水檻の欄干は何のために必要なのだろうか。

人生というものは理由あってのもの、馴染んだものに感情を持ち、どんなに意気盛んであっても私にはあまりに悲しいことがありあまるほどあるのだ。

廣徳2764-34-1 《水檻―#1》 ふたたび成都 杜甫<6651 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3780 杜甫詩1000-6651-950/1500769

 

765年永泰元年54歲-58 《絕句,九首之七〔絶句三首之一〕》 杜甫index-15 杜甫<858> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5025

杜甫《句,九首之七〔絶句三首之一〕》(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

 
 2014年10月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
115 《對酒》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <115> Ⅰ李白詩1295 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5023 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
22―(1) 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1208> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5024 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-58 《絕句,九首之七〔絶句三首之一〕》 杜甫index-15 杜甫<858> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5025 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-513《漁歌子四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-696-20-(513) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5027 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-58 句,九首之七〔絶句三首之一〕》 杜甫index-15 杜甫<858>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5025
杜甫詩1500-858-1176/2500765年永泰元年54
-58

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言

詩題:    句,九首之七〔絶句三首之一

杜少陵集 巻十四

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:             

巴山 (山南東道 峽州 巴山)             

九江 (江南西道 岳州 岳州)             

 

 

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

巫山十二峰004 

句,九首之七〔絶句三首之一〕』 現代語訳と訳註解説

(本文)

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

 

(含異文)

聞道巴山裡,春船正好行【春船正好還】。

都將百年興,一望九江城【一望九江山】。

 

(下し文)

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

 

(現代語訳)

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

句,九首之七〔絶句三首之一〕

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

成都草堂にあった時の詩を765年永泰元年54 に整理してこの時期の作品とされているが、詩の品格から他人の作品といわれている。杜甫の絶句は必ず作られた時期のシリーズになっているものが、必ずその詩の相手先がわかるものが浦飛んでであるが、そういった雰囲気も感じられない。

 

聞道巴山裡,春船正好行。

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

巴山 大巴山脈(大巴山、あるいは巴山、拼音: Dàbā shān )は、中国西南部の大きな山脈。狭義の大巴山脈は、四川省(および重慶市)の北・陝西省の南・湖北省の西の境界に位置し、陝西省南部から湖北省に広がる漢水水系と、四川省東部の嘉陵江水系との分水界をなす。海抜はおよそ1,300mから2,000m。大巴山脈の東端にある主峰・神農架は湖北省の神農架林区に位置し、その最高峰・神農頂は標高3,105.4mの高さである。

広義の大巴山脈は湖北省から四川省、陝西省、西は甘粛省にまで至る各省の境界に連なる山脈を指し、大巴山脈北西の米倉山脈なども含める。広義の大巴山脈は四川盆地と漢中盆地を隔て、東は神農架山脈・巫山山脈にまで広がり、西は摩天嶺に接し、北は漢水に面する。巴蜀(四川盆地)を他の地方から隔てる山脈として、古くから軍事的に重要であった。

杜甫『巴山』

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山遇中使,云自陜城來。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山 中使に遇し,自ら陜城に來たるを云う。

盜賊 還た奔突す,輿に乘りて未だ回らざるを恐ろ。

天寒く 邵伯の樹,地闊がりて 望仙の臺。

狼狽するは風塵の裡に,群臣は安在する哉。

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道陜州の陜縣から来たということである。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)

 

都將百年興,一望九江城。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

九江 中国江西省の河港都市。揚子江南岸、dictionary/daijisen/gaiji/02010.gif" alt="" />(はよう)湖北岸にあり、茶の積み出し港。景勝地の廬山(ろざん)がある。

中国,江西省北部の都市。長江中流右岸にある水陸交通の要地。長江と【は】陽湖(はようこ)への入口に当たり,南潯鉄路で南昌と結ばれる。1858年開港。古くから米,茶の大市がたち,付近に産する磁器や紙など伝統工業製品を移出する。

中国,江西省北部の市。人口46(1994)。北は長江(揚子江)に面し,南は廬山を背にし,鄱陽(はよう)湖の入口にあって,長江中流域の要害の位置をなし,古くから戦略上の拠点であると同時に,水陸交通の要地であった。漢代から尋陽県が置かれ,三国時代には呉と魏の境界にあり,呉の水軍の基地であった。南朝により尋陽郡治が置かれて以来,江州,九江郡などと名称は変わっても,江西北部地区の中心で,茶や米の農産物,景徳鎮からの陶器,木材などの集散地として発展した。

 

 

遊子

巴蜀愁誰語,門興杳然。

九江春草外,三峽暮帆前。

厭就成都蔔,休為吏部眠。

蓬萊如可到,衰白問群仙。

(遊 子)

巴蜀 愁い誰とか語らん、呉門 興 杳然たり

九江 春草の外,三峽 暮帆の前。

就くことを厭【いと】う成都の蔔、為すことを休めよ 吏部の眠り。

蓬莱 如【も】し到る可くんば、衰白 群仙を問わん。

(旅に出よう)

巴蜀の地における愁いは何人とともにこれを語ろうか、かたるべき人はない。呉門の方まで興に乗って遊びにゆきたいと思うがそれはあてどもなくはるかなものだ。

いまここに春の草が生えつらなっておるが九江はその草のはてにある。暮の帆舟がめさきにみえるが三峡はその前の方に横たわっておるのだ。

自分は厳君平のように成都へいって売卜生活をするのはいやだ。隣合の同僚の酒を盗み飲んで眠るような畢卓のまねもしてはならぬ。(早くこの蜀を立ち去ることだ。)

東海はるかとおい蓬莱山にもし行きつけるものなら、老年ながらそこへ仙人たちをたずねていきたいと思うのだ。

廣徳2764-76 《遊子》 ふたたび成都遊子 杜甫<752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4090 杜甫詩1500-752-989/250040 

765年永泰元年54歲-57 《長吟》 杜甫index-15 杜甫<857> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5020

そんなことを思い出してみるが、分はもはや、形骸上に属した煩いことは、すっかり払い落としてしまい、今は、本当のことを言って、花が爛漫に咲き時期ほど十分に酔い潰れたいと思っているところだ。

 
 2014年10月26日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
114 《陌上贈美人【小放歌行】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <114> Ⅰ李白詩1294 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5018 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(7)§5 《上兵部李侍郎書 -7》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1207> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5019 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-57 《長吟》 杜甫index-15 杜甫<857> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5020 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-512《漁歌子四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-695-20-(512) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5022 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-57 《長吟 杜甫index-15 杜甫<857 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5020

杜甫詩1500-857-1175/2500765年永泰元年54-57

 

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言律詩

詩題:    長吟

杜少陵集 巻十四

 

 

長吟

(雲安で、成都にいる時の事を思い出して長吟したもの。)

江渚翻鷗戲,官橋帶柳陰。

長江の渚では、翻っているカモメが戯れており、官設の万里橋はやなぎの影を帯びている。

江飛競渡日,草見蹋春心。

丁度、舟の競争する日があり、花も散り始めている。また、草も青く伸びてきたのを人がふみつけるのを見ると、自分の春の心も踏みつけられたようで、気持ちも萎えてくるというものである。

已撥形骸累,真為爛漫深。

そんなことを思い出してみるが、分はもはや、形骸上に属した煩いことは、すっかり払い落としてしまい、今は、本当のことを言って、花が爛漫に咲き時期ほど十分に酔い潰れたいと思っているところだ。

賦詩歌句穩,不免自長吟。

幸い詩を作ってみると、穏やかな句が出来たので、思わずそれを口ずさんでみるのである。

 

長吟

江渚 翻鷗 戲る,官橋 柳陰を帶ぶ。

江 飛ぶ 競渡の日,草には見る 蹋春の心。

已に形骸の累を撥う,真に爛漫の深きを為す。

賦詩 歌句 穩やかなり,免げず 自ら長吟す。

 

成都関連地図 00 

『長吟』 現代語訳と訳註解説

(本文)

長吟

江渚翻鷗戲,官橋帶柳陰。

江飛競渡日,草見蹋春心。

已撥形骸累,真為爛漫深。

賦詩歌句穩,不免自長吟。

 

(含異文)

江渚翻鷗戲,官橋帶柳陰。

江飛競渡日,草見蹋春心【草見蹋青心】。

已撥形骸累,真為爛漫深。

賦詩歌句穩【賦詩新句穩】,不免自長吟【不覺自長吟】。

 

(下し文)

長吟

江渚 翻鷗 戲る,官橋 柳陰を帶ぶ。

江 飛ぶ 競渡の日,草には見る 蹋春の心。

已に形骸の累を撥う,真に爛漫の深きを為す。

賦詩 歌句 穩やかなり,免げず 自ら長吟す。

 

(現代語訳)

(雲安で、成都にいる時の事を思い出して長吟したもの。)

長江の渚では、翻っているカモメが戯れており、官設の万里橋はやなぎの影を帯びている。

丁度、舟の競争する日があり、花も散り始めている。また、草も青く伸びてきたのを人がふみつけるのを見ると、自分の春の心も踏みつけられたようで、気持ちも萎えてくるというものである。

そんなことを思い出してみるが、分はもはや、形骸上に属した煩いことは、すっかり払い落としてしまい、今は、本当のことを言って、花が爛漫に咲き時期ほど十分に酔い潰れたいと思っているところだ。

幸い詩を作ってみると、穏やかな句が出来たので、思わずそれを口ずさんでみるのである。

 

(訳注)

長吟

(雲安で、成都にいる時の事を思い出して長吟したもの。)

長吟 声を長く引っ張って詩を吟ずること。

杜甫草堂 四絶句 

江渚翻鷗戲,官橋帶柳陰。

錦江の渚では、翻っているカモメが戯れており、官設の万里橋はやなぎの影を帯びている。

官橋 官で設置した橋のことで、万里橋をいう。

柳陰 官で作った土手や端には柳が植えられていた。杜甫『西郊』 「時出碧雞坊,西郊向草堂。市橋官柳細,江路野梅香。傍架齊書帙,看題減藥囊。無人覺來往,疏懶意何長。」(時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。)

 

江飛競渡日,草見蹋春心。

丁度、舟の競争する日があり、花も散り始めている。また、草も青く伸びてきたのを人がふみつけるのを見ると、自分の春の心も踏みつけられたようで、気持ちも萎えてくるというものである。

競渡 憲宗の時、旧暦の二月二日が中和節で、また俗に「龍が頭(こうべ)をもたげる日」と言われてきた。この時、小舟を並べて互いに競争する。それまでは、五月五日屈原が汨羅に投身した日に行われていた。今は五月五日が一般的である。

草見蹋春心 草も青く伸びてきたのを人がふみつけるのを見ると、自分の春の心も踏みつけられたようで、気持ちも萎えてくるというものである・蹋 足で踏みつける。

 

已撥形骸累,真為爛漫深。

そんなことを思い出してみるが、分はもはや、形骸上に属した煩いことは、すっかり払い落としてしまい、今は、本当のことを言って、花が爛漫に咲き時期ほど十分に酔い潰れたいと思っているところだ。

已撥形骸累 雲安で療養中の自己分析をしている句であり、体はガタガタであるということをいう。

真為爛漫深 本当のことを言って、花が爛漫に咲き時期ほど十分に酔い潰れたいと思っている。

 

賦詩歌句穩,不免自長吟。

幸い詩を作ってみると、穏やかな句が出来たので、思わずそれを口ずさんでみるのである。
題新津北橋棲00 

765年永泰元年54歲-56 《懷錦水居止,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<856> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5015 杜甫詩1500-856-1174/2500765年永泰元年54歲-56

杜甫《懷錦水居止,二首之二》西の雪嶺の連峰は天に区切りをしっかりとつけて白い雪冠をつけているし、錦官城は夕日に映えて黄金で出来ているようで、黄金の風塵が舞うのである。

 
 2014年10月25日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
113 《秋夕旅懷》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <113> Ⅰ李白詩1293 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5013 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(6)§4-2 《上兵部李侍郎書 -6》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1206> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5014 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-56 《懷錦水居止,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<856> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5015 杜甫詩1500-856-1174/2500765年永泰元年54歲-56 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-511《漁歌子四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-694-20-(511) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5017 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-56 《懷錦水居止,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<856 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5015 杜甫詩1500-856-1174/2500765年永泰元年54-56

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    懷錦水居止,二首之二

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

 

 

懷錦水居止,二首之一

軍旅西征僻,風塵戰伐多。

猶聞蜀父老,不忘舜謳歌。

天險終難立,柴門豈重過。

朝朝巫峽水,遠逗錦江波。

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて詠ったもの。)

唐王朝の軍隊が西域の侵略から守り、征討するために来るけれど、僻地であることから、蜀の地は何時も兵乱の風塵があり、戦伐が多い。

しかし、蜀の長老・父老はいまも、舜のような聖天子であった、玄宗の徳を忘れずにいるというのである。

蜀の地はその四方が天險の地で、天然の要塞の地であるとしても、この地だ独立して存続することは難しく、だから、自分は再び成都草堂に柴門をくぐり、訪れる事は無いのである。

ただこうして、毎朝、毎朝、巫峡を流れてゆく水は、遠く錦江から流れてきている水と思えば、あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を懐かしくさえ思うのである。

(錦水の居止を懷う,二首の一)

軍旅 西征するは僻なるに,風塵 戰伐多し。

猶お聞く 蜀の父老に,「忘れず 舜の謳歌を」と。

天險 終に立ち難きも,柴門 豈に重ねて過ぎらんや。

朝朝 巫峽の水,遠く逗おる 錦江の波。

 

懷錦水居止,二首之二

萬里橋南宅,百花潭北莊。

層軒皆面水,老樹飽經霜。

雪嶺界天白,錦城曛日黃。

惜哉形勝地,回首一茫茫。

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて、景勝の地であったが兵乱のため、荒廃していると詠ったもの。)その二

少しばかりの薬草、野菜を成都に舟で売りに行き、街の南にある万里橋から船で自宅を行き来した。途中、百花潭を通り北に向かうと草堂である。

草堂までの間にある家はどの家もこの錦江に面して建てられていて軒が層を成している。老樹が結構多くあり、随分風霜を経ているのである。

西の雪嶺の連峰は天に区切りをしっかりとつけて白い雪冠をつけているし、錦官城は夕日に映えて黄金で出来ているようで、黄金の風塵が舞うのである。

沃野の地、形勝の地であるのではあるが、惜しいことに度重なる兵乱によって、何処を向いても、ただ茫茫としてよくわからないのである。

 

(錦水の居止を懷う,二首の二)

萬里橋 南の宅,百花潭 北の莊。

層軒 皆 水に面し,老樹 飽くまで霜を經む。

雪嶺は天に界いして白くし,錦城は日を曛じて黃【こがね】にす。

惜しい哉 形勝の地なれども,首を回らせば 一に茫茫たり。

 

 

 

『懷錦水居止,二首之二』現代語訳と訳註解説

(本文)

懷錦水居止,二首之二

萬里橋南宅,百花潭北莊。

層軒皆面水,老樹飽經霜。

雪嶺界天白,錦城曛日黃。

惜哉形勝地,回首一茫茫。

 

(含異文)

萬里橋南宅【萬里橋西宅】,百花潭北莊。

層軒皆面水,老樹飽經霜。

雪嶺界天白,錦城曛日黃。

惜哉形勝地,回首一茫茫。

 

(下し文)

(錦水の居止を懷う,二首の二)

萬里橋 南の宅,百花潭 北の莊。

層軒 皆 水に面し,老樹 飽くまで霜を經む。

雪嶺は天に界いして白くし,錦城は日を曛じて黃【こがね】にす。

惜しい哉 形勝の地なれども,首を回らせば 一に茫茫たり。

 

(現代語訳)

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて、景勝の地であったが兵乱のため、荒廃していると詠ったもの。)その二

少しばかりの薬草、野菜を成都に舟で売りに行き、街の南にある万里橋から船で自宅を行き来した。途中、百花潭を通り北に向かうと草堂である。

草堂までの間にある家はどの家もこの錦江に面して建てられていて軒が層を成している。老樹が結構多くあり、随分風霜を経ているのである。

西の雪嶺の連峰は天に区切りをしっかりとつけて白い雪冠をつけているし、錦官城は夕日に映えて黄金で出来ているようで、黄金の風塵が舞うのである。

沃野の地、形勝の地であるのではあるが、惜しいことに度重なる兵乱によって、何処を向いても、ただ茫茫としてよくわからないのである。

 

 

(訳注)

懷錦水居止,二首之二

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて、景勝の地であったが兵乱のため、荒廃していると詠ったもの。)その二

懷錦水居止 錦水は成都南を東流して岷江と合流して長江本流に流入する。居止はおり留まるところであるから、成都浣花渓の草堂をいう。

 

萬里橋南宅,百花潭北莊。

少しばかりの薬草、野菜を成都に舟で売りに行き、街の南にある万里橋から船で自宅を行き来した。途中、百花潭を通り北に向かうと草堂である。

萬里橋 萬里橋は今の成郡市の南門外の錦江に架けられている橋で、三国時代に奥の間へ使節となって出章する費韡を宰相の諸葛亮(孔明)が見返ったところで、費韡が「萬里の行、この橋より始まる」といったことから名づけられたもの。杜甫の草堂は、この橋の西にあり、杜詩に、「萬里橋西一草堂」の句で有名である。薛濤の住居も、その近くにあった。ちなみに、「長星橋」から「万里橋」に改名されたとされる。現在は更に改名され「老南門大橋」となっている。

南宅 南には歓楽街があるが、ここは諸葛亮孔明の廟がある。杜甫の草堂は西に位置する。杜甫も船で行き交う場合は万里橋に舟を止めたので南宅という表現をしたもの。

杜甫『蜀相』 

丞相祠堂何處尋,錦官城外柏森森。

映堦碧草自春色,隔葉黄鸝空好音。

三顧頻煩天下計,兩朝開濟老臣心。

出師未捷身先死,長使英雄涙滿襟。

成都(2)浣花渓の草堂(2-1) 蜀相 杜甫 <364  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1763 杜甫詩 700- 540

杜甫『狂夫』

万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。

風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。

厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。

欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。

成都(2)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545

○百花潭 草堂の位置は成都の背郭、碧難坊外、万里橋西南、百花渾すなわち浣花渓の西北に在った。

・百花潭 草堂から成都に向かう途中の淵になっているところで、現在百花潭 公園となっている。もともとこの地域全体沼と池が多くありそれぞれが水路、川でつながっていた。あちこちにこうした潭が多くあったところと考える。

 

層軒皆面水,老樹飽經霜。

草堂までの間にある家はどの家もこの錦江に面して建てられていて軒が層を成している。老樹が結構多くあり、随分風霜を経ているのである。

 

雪嶺界天白,錦城曛日黃。

西の雪嶺の連峰は天に区切りをしっかりとつけて白い雪冠をつけているし、錦官城は夕日に映えて黄金で出来ているようで、黄金の風塵が舞うのである。

雪嶺 西方の峰には中秋から初夏まで冠雪があり、杜甫は多くの詩を読んでいる。

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船

句,四首の三)

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天に上る

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

765年永泰元年54-28 句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54-28

 

惜哉形勝地,回首一茫茫。

沃野の地、形勝の地であるのではあるが、惜しいことに度重なる兵乱によって、何処を向いても、ただ茫茫としてよくわからないのである。

765年永泰元年54歲-55 《懷錦水居止二首之一》 杜甫index-15 杜甫<855> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5010

杜甫《懷錦水居止二首之一》ただこうして、毎朝、毎朝、巫峡を流れてゆく水は、遠く錦江から流れてきている水と思えば、あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を懐かしくさえ思うのである。

 
 2014年10月24日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
112 《王右軍》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <112> Ⅰ李白詩1291 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5003 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(5)§4-1 《上兵部李侍郎書 -5》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1205> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5009 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-55 《懷錦水居止二首之一》 杜甫index-15 杜甫<855> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5010 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-510《漁歌子四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-693-20-(510) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5012 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-55 《懷錦水居止二首之一》 杜甫index-15 杜甫<855 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5010

杜甫詩1500-855-1173/2500765年永泰元年54-55

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    懷錦水居止,二首之一

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:              萬里橋 (劍南道北部 益州 萬里橋)    

百花潭 (劍南道北部 益州 成都)       

雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺            

錦城 (劍南道北部 益州 錦城)           

 

 

懷錦水居止,二首之一

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて詠ったもの。)

軍旅西征僻,風塵戰伐多。

唐王朝の軍隊が西域の侵略から守り、征討するために来るけれど、僻地であることから、蜀の地は何時も兵乱の風塵があり、戦伐が多い。

猶聞蜀父老,不忘舜謳歌。

しかし、蜀の長老・父老はいまも、舜のような聖天子であった、玄宗の徳を忘れずにいるというのである。

天險終難立,柴門豈重過。

蜀の地はその四方が天險の地で、天然の要塞の地であるとしても、この地だ独立して存続することは難しく、だから、自分は再び成都草堂に柴門をくぐり、訪れる事は無いのである。

朝朝巫峽水,遠逗錦江波。

ただこうして、毎朝、毎朝、巫峡を流れてゆく水は、遠く錦江から流れてきている水と思えば、あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を懐かしくさえ思うのである。

 

錦水の居止を懷う,二首の一)

軍旅 西征するは僻なるに,風塵 戰伐多し。

猶お聞く 蜀の父老に,「忘れず 舜の謳歌を」と。

天險 終に立ち難きも,柴門 豈に重ねて過ぎらんや。

朝朝 巫峽の水,遠く逗おる 錦江の波。

 

瞿塘峡001 

『懷錦水居止,二首之一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

懷錦水居止,二首之一

軍旅西征僻,風塵戰伐多。

猶聞蜀父老,不忘舜謳歌。

天險終難立,柴門豈重過。

朝朝巫峽水,遠逗錦江波。

 

(含異文)

軍旅西征僻,風塵戰伐多。

猶聞蜀父老【獨聞蜀父老】,不忘舜謳歌。

天險終難立,柴門豈重過。

朝朝巫峽水,遠逗錦江波【遠遠錦江波】。

 

 

(下し文)

錦水の居止を懷う,二首の一)

軍旅 西征するは僻なるに,風塵 戰伐多し。

猶お聞く 蜀の父老に,「忘れず 舜の謳歌を」と。

天險 終に立ち難きも,柴門 豈に重ねて過ぎらんや。

朝朝 巫峽の水,遠く逗おる 錦江の波。

蜀中転々圖 

(現代語訳)

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて詠ったもの。)

唐王朝の軍隊が西域の侵略から守り、征討するために来るけれど、僻地であることから、蜀の地は何時も兵乱の風塵があり、戦伐が多い。

しかし、蜀の長老・父老はいまも、舜のような聖天子であった、玄宗の徳を忘れずにいるというのである。

蜀の地はその四方が天險の地で、天然の要塞の地であるとしても、この地だ独立して存続することは難しく、だから、自分は再び成都草堂に柴門をくぐり、訪れる事は無いのである。

ただこうして、毎朝、毎朝、巫峡を流れてゆく水は、遠く錦江から流れてきている水と思えば、あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を懐かしくさえ思うのである。

巫山十二峰003 

(訳注)

懷錦水居止,二首之一

(雲安で療養中に錦江のほとりの草堂を思い浮かべて詠ったもの。)

懷錦水居止 錦水は成都南を東流して岷江と合流して長江本流に流入する。居止はおり留まるところであるから、成都浣花渓の草堂をいう。

 

軍旅西征僻,風塵戰伐多。

唐王朝の軍隊が西域の侵略から守り、征討するために来るけれど、僻地であることから、蜀の地は何時も兵乱の風塵があり、戦伐が多い。

軍旅 唐王朝の軍隊が派遣されている。

西征僻 西域には吐蕃回紇雲南の各異民族が侵略してくる。前線基地であるため、僻地となっている。杜甫は友人であった厳武が死んだために彼を懼れていた異民族が活発化してきていることをいうのである。

 

猶聞蜀父老,不忘舜謳歌。

しかし、蜀の長老・父老はいまも、舜のような聖天子であった、玄宗の徳を忘れずにいるというのである。

舜謳歌 孟子の「萬章章句上、五」に基づくものであるが、ここでは玄宗が安禄山の乱で長安陥落時に成都に逃避し、徳を持っていることで再び長安を奪回したことをいう。

孟子 訟獄者,不之堯之子而之舜;謳歌者,不謳歌堯之子而謳歌舜。故曰『天』也。夫然後之中國,踐天子位焉。而居堯之宮,逼堯之子,是也,非天與也。

訟獄する者、一詩の子に劇かずして舜に迦く。謳歌する者丶一詩の子を謳歌せずして舜を謳歌す。故に天なり、と日えるなり。然る後に中国に趣き、天子の位を臨めり。耐るを嘉の宮に居り、一詩の子に顧らば、是れ舞うなり。天の与うるに非ざるなり。

 

天險終難立,柴門豈重過。

蜀の地はその四方が天險の地で、天然の要塞の地であるとしても、この地だ独立して存続することは難しく、だから、自分は再び成都草堂に柴門をくぐり、訪れる事は無いのである。

天險 蜀の地はその四方が天險の地で、天然の要塞の地である(ということで、安寧なところとして独立できる)。

柴門 成都草堂に柴門

 

朝朝巫峽水,遠逗錦江波。

ただこうして、毎朝、毎朝、巫峡を流れてゆく水は、遠く錦江から流れてきている水と思えば、あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を懐かしくさえ思うのである。

巫峽水 巫峡を流れてゆく水。

錦江波 あの草堂のほとりを流れる濯錦江の波を発てて流れた水(が下流の三峡・巫峡に流れてきている。)。
杜甫草堂 四絶句 

765年永泰元年54歲-54 《將曉,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<854> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5005

杜甫《將曉,二首之二》(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

 
 2014年10月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
111-2 《西施》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <111-2> Ⅰ李白詩1291 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5003 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(4)§3 《上兵部李侍郎書 -4》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1204> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5004 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-54 《將曉,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<854> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5005 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-509《浣溪紗四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-692-20-(509) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5007 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-54 《將曉,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<854 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5005

杜甫詩1500-854-1172/2500765年永泰元年54-54

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    將曉,二首之二

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

 

 

將曉,二首之一

(雲安の病床で世の明ける時に思い付いたことをうたう。)

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

岩石に囲まれた塞城で、夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。城門の妷の閂が射してあったが、それが、明けられようとする。

鼓角悲荒塞,星河落曙山。

草が荒れほうだいの塞に軍営の鼓角が悲しく鳴り響く。星、銀河があけぼのの山に落ちかかってゆく。

巴人常小梗,蜀使動無還。

ここ巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻。

こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

 

(將に曉けんとす,二首の一)

石城 擊柝【げきたく】除かる,鐵鎖 關を開かんと欲す。

鼓角 荒塞を悲しみ,星河 曙山に落つ。

巴人は常に小梗す,蜀使は動【やや】もすれば還ること無し。

老ゆるに垂【なんな】んとして 孤帆の色,飄飄として 百蠻を犯す。

 

將曉,二首之二

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

壯惜身名晚,衰慚應接多。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

歸朝日簪笏,筋力定如何。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

(將曉,二首の二)

軍吏 官燭を回し,舟人 自ら楚歌す。

寒沙 薄霧にわる,落月 清波より去る。

壯 惜む 身名も晚たるを,衰慚 應接多。

歸朝 日びに簪笏【しんこつ】せん,筋力 定めて如何。

 

瞿塘峡001 

『將曉,二首之二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

將曉,二首之二

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

壯惜身名晚,衰慚應接多。

歸朝日簪笏,筋力定如何。

 

(下し文)

(將曉,二首の二)

軍吏 官燭を回し,舟人 自ら楚歌す。

寒沙 薄霧にわる,落月 清波より去る。

壯 惜む 身名も晚たるを,衰慚 應接多。

歸朝 日びに簪笏【しんこつ】せん,筋力 定めて如何。

 

(現代語訳)

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

將曉,二首之二

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

杜甫は、県令の厳某に頼んで、長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めた。病状はよくならず、翌年春まで続く。持病の喘息、と神経痛で足が動かない状況であった。早く出発したいと船着き場の様子を見て詠ったものである。

 

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

軍吏 石城塞の兵士や官吏、小役人。県令など、塞に来た高官の出発の準備や見送りにきたものであろう。

回官燭 暗いうちから路から船着き場にかけて、かがり火を並べているのをs船が出発したので持ち帰ることをいう。

楚歌 調子の良い楚の歌を謡い始める

 

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

寒沙 放射冷却による寒気が谷間を蔽っている温度と、水面と上空の温度の違いによって靄が出る。

落月 二十日過ぎの名残月。

 

壯惜身名晚,衰慚應接多。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

壯惜 自分の青年のころのことを惜しむ。

身名晚 功名を得るのが遅すぎたこと。

衰慚 老衰してきたことで、できこととできないことが生じてきたことを愧じいる。

應接多 世間の交接が多いことを上手くできないこと。

 

歸朝日簪笏,筋力定如何。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

歸朝 自分が朝廷に戻る。

日簪笏 毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないこと。

定如何 これに堪えうるかということが計りかねる。
巫山十二峰004 

765年永泰元年54歲-53 《將曉,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<853> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5000 

巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

 
 2014年10月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
111-1 《西施》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <111-1> Ⅰ李白詩1290 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4998 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(3)§2-2 《上兵部李侍郎書 -3》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1203> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4999 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-53 《將曉,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<853> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5000  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-508《浣溪紗四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-691-20-(508) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5002 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-53 《將曉,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<853 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5000 

杜甫詩1500-853-1171/2500765年永泰元年54-53

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    將曉,二首之一

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

 

 

將曉,二首之一

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

鼓角悲荒塞,星河落曙山。

巴人常小梗,蜀使動無還。

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻。

(雲安の病床で世の明ける時に思い付いたことをうたう。)

岩石に囲まれた塞城で、夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。城門の妷の閂が射してあったが、それが、明けられようとする。

草が荒れほうだいの塞に軍営の鼓角が悲しく鳴り響く。星、銀河があけぼのの山に落ちかかってゆく。

ここ巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。

こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

 

(將に曉けんとす,二首の一)

石城 擊柝【げきたく】除かる,鐵鎖 關を開かんと欲す。

鼓角 荒塞を悲しみ,星河 曙山に落つ。

巴人は常に小梗す,蜀使は動【やや】もすれば還ること無し。

老ゆるに垂【なんな】んとして 孤帆の色,飄飄として 百蠻を犯す。

 

將曉,二首之二

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

壯惜身名晚,衰慚應接多。

歸朝日簪笏,筋力定如何。
蜀中転々圖
 

『將曉,二首之一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

將曉,二首之一

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

鼓角悲荒塞,星河落曙山。

巴人常小梗,蜀使動無還。

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻。

 

(含異文)

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

鼓角悲荒塞,星河落曙山【星河落曉山】。

巴人常小梗,蜀使動無還。

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻【飄飄犯白蠻】。

 

(下し文)

(將に曉けんとす,二首の一)

石城 擊柝【げきたく】除かる,鐵鎖 關を開かんと欲す。

鼓角 荒塞を悲しみ,星河 曙山に落つ。

巴人は常に小梗す,蜀使は動【やや】もすれば還ること無し。

老ゆるに垂【なんな】んとして 孤帆の色,飄飄として 百蠻を犯す。

瞿塘峡001 

(現代語訳)

(雲安の病床で世の明ける時に思い付いたことをうたう。)

岩石に囲まれた塞城で、夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。城門の妷の閂が射してあったが、それが、明けられようとする。

草が荒れほうだいの塞に軍営の鼓角が悲しく鳴り響く。星、銀河があけぼのの山に落ちかかってゆく。

ここ巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。

こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

 

(訳注)

將曉,二首之一

(雲安の病床で世の明ける時に思い付いたことをうたう。)

吐蕃と回紇が朝廷の不安定さに付け込んで、西域の各地を脅かしていて、成都は最も不安定の国境地帯であり、雲安は南と西の脅威から東に対しての西の防衛地点であったから、病床に遭有った杜甫の耳にも情報が入ってきたことに対してこの詩を述べている。このころ、渝州、開州の刺史殺害事件がある。

 

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

岩石に囲まれた塞城で、夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。城門の妷の閂が射してあったが、それが、明けられようとする。

石城 雲安には大小の天然の要塞である石城山があったという。

除擊柝 夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。夜空が白じんで来たことを意味する。

鐵鎖 日が沈む時に城門の閂をかけ、夜明ければ、城門の閂をあける。

 

鼓角悲荒塞,星河落曙山。

草が荒れほうだいの塞に軍営の鼓角が悲しく鳴り響く。星、銀河があけぼのの山に落ちかかってゆく。

鼓角 夜明けに伴い角笛と、整列、点呼の太鼓と打ち鳴らすこと。

荒塞 兵乱が続いていることで、綺麗な状態にするゆとりがない荒れ果てた城塞をいう。

星河 星、銀河。

 

巴人常小梗,蜀使動無還。

ここ巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。

巴人 巴は現在の四川省の東部分保寧・重慶方面のことで、閬州、渝州、夔州をいう。

小梗 渝州、開州の刺史殺害事件、などのこと。

蜀使 使は節度使、兵馬使の騒乱をいう。剣南東川節度使兵馬使段子璋の乱、剣南西川節度使兵馬使徐知道の乱と杜甫が成都に入ってたてつづけに起こり、蜀中転々とした苦い思いがある。

無還 任地で殺され、朝廷に帰ることが出来なかったことをいう。

 

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻。

こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

垂老 歳をとって老化してゆくこと。特にこの地で喘息と通風で動けなかったので、老いを特に感じていたのだろう。

孤帆色 身一つで、船の帆を上げて船出しようという気持ち。

犯百蠻 南蛮の地に接した地点であり、異民族の間にいることをいう。
巫山十二峰004 

765年永泰元年54歲-52 《答鄭十七郎一絕》 杜甫index-15 杜甫<852> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4995

杜甫《答鄭十七郎一(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

 
 2014年10月21日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
110 《夜下征虜亭【《丹陽記》,亭是晉太安中征虜將軍謝安所立,因以為名。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <110> Ⅰ李白詩1289 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4993 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(2)§2-1 《上兵部李侍郎書 -2》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1202> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4994韓愈詩-21-(2)§2-1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-52 《答鄭十七郎一絕》 杜甫index-15 杜甫<852> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4995 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-507《浣溪紗四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-690-20-(507) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4997 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-52 《答鄭十七郎一 杜甫index-15 杜甫<852 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4995 杜甫詩1500-852-1170/2500765年永泰元年54-52

 

 

同時期の詩

836

哭嚴僕射歸櫬

素幔隨流水,

837

宴戎州楊使君東樓

驚身老,

838

渝州候嚴六侍御不到先下峽

聞道乘驄發,

839

撥悶【贈嚴二別駕】

聞道雲安麴米春,

840

聞高常侍亡【案:自注:忠州作。】

歸朝不相見,

841

宴忠州使君姪宅

出守吾家姪,

842

禹廟【案:此忠州臨江縣禹祠也。】

禹廟空山裡,

843

題忠州龍興寺所居院壁

忠州三峽

844

旅夜書懷

細草微風岸,

845

別常徵君

兒扶猶杖策,

846

句,三首之一

前年渝州殺刺史,

847

句,三首之二

二十一家同入蜀,

848

句,三首之三

殿前兵馬雖驍雄,

849

十二月一日,三首之一

今朝臘月春意動,

850

十二月一日,三首之二

寒輕市上山煙碧,

851

十二月一日,三首之三

即看燕子入山扉,

852

又雪

南雪不到地,

853

長江,二首之一

眾水會涪萬,

854

長江,二首之二

浩浩終不息,

855

承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之一

遠聞房太守,

856

承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二

丹旐飛飛日,

857

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

寒花開已盡,

858

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,

859

將曉,二首之一

石城除擊柝,

860

將曉,二首之二

軍吏回官燭,

861

懷錦水居止,二首之一

軍旅西征僻,

862

懷錦水居止,二首之二

萬里橋南宅,

863

長吟【案:若本逸詩。】

江渚翻鷗戲,

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言

詩題:    答鄭十七郎一

交遊人物:鄭十七郎

葭 あし002 

 

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

把文驚小陸,好客見當時。

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

 

(鄭十七郎み答う一)

雨後 過畦【かけい】潤い,花殘 步屐【ほげき】遲し。

文を把りて小陸に驚き,客を好むは當時を見る。

 

蜀中転々圖 

『答鄭十七郎一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

把文驚小陸,好客見當時。

 

(下し文)

(鄭十七郎に答う一)

雨後 過畦【かけい】潤い,花殘 步屐【ほげき】遲し。

文を把りて小陸に驚き,客を好むは當時を見る。

 

(現代語訳)

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

萱草002 

 

(訳注)

答鄭十七郎一

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。

舊摘人頻異,輕香酒暫隨。

地偏初衣裌,山擁更登危。

萬國皆戎馬,酣歌淚欲垂。

鄭十七郎 鄭十八の兄で鄭十七をいう。郎は若者を指して言う。

 

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

過畦 杜甫が歩いている田んぼのあぜ道。

花殘 田圃、野原に草花が枯れている中で残って咲いている花をいう。

步屐 あぜ道を歩く下駄をいう。

 

把文驚小陸,好客見當時。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

把文 あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられたというほどの意味。

小陸 晋の陸機兄弟に比較され、その弟に比較されるから「小陸」という鄭十八をさしていう。

好客 弟の賓客を嫌がりもせず、好んで歓迎する。

當時 漢の鄭當時 漢の鄭当時(字は荘)は常に長安の諸郊に駅馬を置いて日夜賓客を送迎した、山陽と鄭駅はともに鄭十七のことに比する。

杜甫《贈王二十四侍御契四十韻》「山陽無俗物,鄭驛正留賓。」(山陽 俗物無く、鄭駅 正に賓を留む。

竹林七賢の住んだ山陽に比すべきここには俗物はいないし、鄭当時が駅馬を置いて賓客をもてなしたようにあなたはお客をおひきとめになるのである。

○山陽 河内の山陽という、魏末に嵆康・向秀ら竹林七賢の居った処、今の河南省懐慶府修武県の北にある。河内郡位置 太行山 東南と 黄河 北。 十六: 汲県 、共県、林慮県、 嘉県 修武県 野王県 、州県、 懐県 (郡治)、 平皋県 河阳県 沁水県 山陽県 、朝歌県、 武徳県

○俗物 晋書の王戎伝に院籍(七賢の一人)が王戎にむかっていうのに、「俗物己二復夕来タリ、人意ヲ敗ル」とある。

廣徳2764-98-#7 《贈王二十四侍御契四十韻》 杜甫index-14 764年贈王二十四侍御契四十韻 杜甫<770-#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4465 杜甫詩1500-770-#7-1064/2500
晩菊001 

765年永泰元年54歲-51 《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫index-15 杜甫<851> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4990

杜甫《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》(雲安で重陽の節句に鄭賁が酒を持ってきた、それで他の諸公の後につて丘の上に昇って酒盛りをした。)

 
 2014年10月20日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
109-#2 《秋日登揚州西靈塔》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <109-#2> Ⅰ李白詩1288 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4988 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
21-(1)§1 《上兵部李侍郎書 -1》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1201> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4989 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-51 《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫index-15 杜甫<851> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4990 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-506《浣溪紗四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-689-20-(506) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4992 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-51 《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫index-15 杜甫<851 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4990 杜甫詩1500-851-1169/2500765年永泰元年54-51

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

杜少陵集 巻十四

詩題:    雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚         

交遊人物:鄭賁

 

 

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

(雲安で重陽の節句に鄭賁が酒を持ってきた、それで他の諸公の後につて丘の上に昇って酒盛りをした。)

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。

ここで咲く秋の花はみんな咲いてしまったが、菊の花だけは、枝に満ちて咲いている。

舊摘人頻異,輕香酒暫隨。

これまで花をつんだひと人とは、違う人と菊の花を積んでいる、この花のあっさりとした香りのする酒を呑むにためにちがった人に従って花を積むのである。

地偏初衣裌,山擁更登危。

この南にかたよった地は暖かいので、ここに来てやっと袷を着るようになり、山に囲まれているものの此処自体も高い場所ではあり、この日はもっと高い所に昇るのである。

萬國皆戎馬,酣歌淚欲垂。

ところが今は何処へ行っても兵乱で、この国は万国戦だらけであるから、酔って歌って故郷を思って涙を垂らすのである。

 

(雲安の九日に,鄭十八酒を攜えて 諸公の宴に陪す)

寒花開くこと已に盡く,菊蕊獨り枝に盈つ。

舊摘 人頻りに異なり,輕香に 酒 暫く隨う。

地偏にして初めて裌を衣る,山に擁せられて更に危きに登る。

萬國 皆 戎馬,酣歌 淚 垂れんと欲す。

巫山十二峰003 

 

『雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴』 現代語訳と訳註

(本文)

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。

舊摘人頻異,輕香酒暫隨。

地偏初衣裌,山擁更登危。

萬國皆戎馬,酣歌淚欲垂。

 

(下し文)

(雲安の九日に,鄭十八酒を攜えて 諸公の宴に陪す)

寒花開くこと已に盡く,菊蕊獨り枝に盈つ。

舊摘 人頻りに異なり,輕香に 酒 暫く隨う。

地偏にして初めて裌を衣る,山に擁せられて更に危きに登る。

萬國 皆 戎馬,酣歌 淚 垂れんと欲す。

 

(現代語訳)

(雲安で重陽の節句に鄭賁が酒を持ってきた、それで他の諸公の後につて丘の上に昇って酒盛りをした。)

ここで咲く秋の花はみんな咲いてしまったが、菊の花だけは、枝に満ちて咲いている。

これまで花をつんだひと人とは、違う人と菊の花を積んでいる、この花のあっさりとした香りのする酒を呑むにためにちがった人に従って花を積むのである。

この南にかたよった地は暖かいので、ここに来てやっと袷を着るようになり、山に囲まれているものの此処自体も高い場所ではあり、この日はもっと高い所に昇るのである。

ところが今は何処へ行っても兵乱で、この国は万国戦だらけであるから、酔って歌って故郷を思って涙を垂らすのである。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

雲安で重陽の節句に鄭賁が酒を持ってきた、それで他の諸公の後につて丘の上に昇って酒盛りをした。

雲安 山南東道 夔州 雲安、別名を南楚という。

九日 九月九日、重陽節に、茱萸(「ぐみ」の一種)の枝をかざして兄弟や親しい友人が小高い丘に登り、菊の花びらを浮かべた酒を飲み、粽を食べて健康を祈るものなのだ。

鄭十八 鄭賁。

諸公 鄭賁の友人など。

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145 九月九日憶山東兄弟  王維

 

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。

ここで咲く秋の花はみんな咲いてしまったが、菊の花だけは、枝に満ちて咲いている。

寒花 秋に咲く花

 

舊摘人頻異,輕香酒暫隨。

これまで花をつんだひと人とは、違う人と菊の花を積んでいる、この花のあっさりとした香りのする酒を呑むにためにちがった人に従って花を積むのである。

舊摘人頻異 これまで花をつんだひと人とは、違う人と菊の花を積んでいる

輕香 この花のあっさりとした香りのする。

酒暫隨 酒を呑むにためにちがった人に随って花を摘むのである。

 

地偏初衣裌,山擁更登危。

この南にかたよった地は暖かいので、ここに来てやっと袷を着るようになり、山に囲まれているものの此処自体も高い場所ではあり、この日はもっと高い所に昇るのである。

衣裌 袷を着る。

山擁 山に囲まれている

登危 重陽の節句には高い山に登って故郷の方に向って菊酒を呑むということを意味する。

 

萬國皆戎馬,酣歌淚欲垂。

ところが今は何処へ行っても兵乱で、この国は万国戦だらけであるから、酔って歌って故郷を思って涙を垂らすのである。

戎馬 765年永泰元年9月僕固懐恩が回紇と吐蕃に誘いかけ、入寇したのだが、その前に吐蕃を奉天に、、吐谷渾奴刺を籃屋(B-1)に赴かしめ、回紇はこれらをバックアップするように後に続いた。この詩の人々はこの時、長安側から逃げた人をいう。 

駱谷 駱谷関のこと。長安側から、黒川をさかのぼって、太白山の東側の蜀へ通づる関所。杜甫《三句,三首之二》「二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。自二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。」765年永泰元年54-41 《三句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54-41

酣歌 酔って歌うこと。

 

765年永泰元年54歲-50 《承聞故房相公靈櫬,自閬州啟殯歸葬東都有作,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<850> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4985

 
 2014年10月19日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
109-#1 《秋日登揚州西靈塔》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <109-#1> Ⅰ李白詩1287 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4983 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(22)§11-2 《上宰相書 -(22)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1200> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4984韓愈詩-20-(22)§11-2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-50 《承聞故房相公靈櫬,自閬州啟殯歸葬東都有作,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<850> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4985 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-505《菩薩蠻三首,其三》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-688-19-(505) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4987 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-50 《承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<850 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4985 杜甫詩1500-850-1168/2500

 

 

承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首の一)

 

其一   

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)

遠聞房太守,歸葬陸渾山。

はるかに聞くところによると大尉房公はご自身が若いころ10年もの間勉強された故郷の陸渾山へ帰葬されることのようだ。

一德興王后,孤魂久客間。

房琯公は中興の天子の後にあたって不易の一徳をいだいてはいるものの流寓諸客のあいだにさびしい魂を迷わせておられた。

孔明多故事,安石竟崇班。

房琯公は諸葛孔明のようにいろいろの故事をもっておられる、謝安石のようにとうとう死後にその位を高められるというようにおなりになった。

他日嘉陵涕,仍霑楚水還。

自分はいつぞやお墓におわかれをするとき嘉陵江に涙をそそいだことであったが、いままたその涙が楚地の水をうるおしてゆくことになった。

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の一)

房大尉の 陸渾の山に帰葬すと遠く聞く。

一徳は興王の后なり、孤魂は久客の間にあり。

孔明は故事多く、安石は 竟に崇班なり。

他日 嘉陵の涙、仍お楚水を霑して還らんとす。

 

其二

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)その2

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

風塵終不解,江漢忽同流。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

劍動新身匣,書歸故國樓。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

盡哀知有處,為客恐長休。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん。

 

<!--[if !vml]-->

蜀中転々圖


『承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

其二    

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

風塵終不解,江漢忽同流。

劍動新身匣,書歸故國樓。

盡哀知有處,為客恐長休。

 

(下し文)

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん。

 

(現代語訳)

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)その2

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

 

<!--[if !vml]-->三者の思惑が合致 

(訳注)

承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首 其二

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首の二)

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)

(2)この第二首は洛陽陸渾に帰って哭そうと欲することをいう。

 

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

○丹旐 銘旐、これは死者の姓名を記したはたをいう。のぼりのような場合もあり。

 

風塵終不解,江漢忽同流。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

○風塵 兵馬の塵。

○江漢 江は長江、漢は西漢水、すなわち嘉陵江。

○同流 房琯の枢舟と杜甫自身の舟とが同じ流れにうかぶことをいう。

 

劍動新身匣,書歸故國樓。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

○剣動 房公の霊、兵乱を平らげようと欲するかのごとくであることをいう。

○新身匣 匣は剣を入れた新しいはこ、身とは公の屍のことをいう。

○書 書籍、公の愛読したもの。この二句は房琯の二つの実績、一つは剣で、二つは書ということ。

○故国 故郷の河南をいう。

 

盡哀知有處,為客恐長休。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

○尽哀 一哀を尽くして哭すること。一哀は、「礼記」の檀弓上、曾子問篇にみえる。

○有処 処とは陸津山の公の墓地をさすが、杜甫がわざわざなく場所があるといっているのは、朝廷が763年寶應二年四月特進・刑部尚書に拝されており、たしかに途中で病にかかり、763年廣徳元年八月(宝応二年七月広徳と改元)閬州の僧舎に卒したとはいえ、本葬儀に対して朝廷がかかわるべきである。太尉を贈られたのであれば朝廷がかかわる必要があるということをいうのである。作者の旧荘もまた陸渾にあるゆえに陸渾の地と解するのは単純すぎる。763年廣徳元年1501 《祭故相國清河房公文-(1)》 杜甫index-13 763年祭故相國清河房公文-(1) 杜甫<765> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4155 杜甫詩1500-765-1002/2500 

を全13回にわたって通訳しているので参照されたい。

○長休 休は休止である、『禮記』五経典に『易経』『書経』『詩経』『儀礼』『春秋』がある。そのなかの『儀礼(ぎらい)』は古代中国の官吏階級の通過儀礼である、冠礼、婚礼、喪礼、外交儀礼などを細かく規定したもので、中国の文化の規範としての役割を担ってきたのであること、したがってここで哭せんと欲することが『儀礼』にのとったものでなければ泛ばれないというものである。そのまま哭することを得ずしてやむことをいう。房琯の名誉の為にも朝廷は再考ねがいたいということを思っているのだ。

 

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん
房琯は全隊を三軍にわけた 

続きを読む

765年永泰元年54歲-49 《承聞故房相公靈櫬,自閬州啟殯歸葬東都有作,二首之一(遠聞房太守) 》 杜甫index-15 杜甫<849> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4980 杜甫詩1500-849-1167/2500

左拾遺の官を拝命して、希望と使命感を抱いた杜甫が、一転して挫折と失望を味わうこととなった原因が、いわゆる「房琯擁護事件」であるといわれるが、実際には、朝廷内における「房琯一派」は、肅宗、宦官、賀蘭進明・第五琦の連合から朝廷からはじき出されたのである。この事について、杜甫の《乾元元年華州試進士策問五首》の訳註解説の中で詳しく述べているので参考にしてもらいたい。

 
 2014年10月18日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
108 《金陵酒肆留別》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <108> Ⅰ李白詩1280 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4948 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(21)§11-1 《上宰相書 -(21)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1199> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4979 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-49 《承聞故房相公靈櫬,自閬州啟殯歸葬東都有作,二首之一(遠聞房太守) 》 杜甫index-15 杜甫<849> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4980 杜甫詩1500-849-1167/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-504《菩薩蠻三首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-687-19-(504) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4982 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765

年永泰元年54-49 《承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之一(遠聞房太守) 杜甫index-15 杜甫<849> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4980 杜甫詩1500-849-1167/2500

 

 

 

757年至徳二載、杜甫は蘆子関で捕縛され、安禄山の叛軍に占領されていた長安に送られた。杜甫は軟禁の長安から命がけで脱出し、鳳翔の行在所に駆けつけた。その功によって粛宗に拝謁し、左拾遺(従八品上)の官を授けられた。必ずしも高い官職ではなかったが、その職掌は皇帝の政治の誤りを正すことにあり、同官を拝命した喜びは、杜甫にとって大きいものだった。ところが間もなく、杜甫は宰相房琯を弁護して粛宗の逆鱗に触れた。辛くも罪を問われることは免れたが、杜甫は徹底して朝廷内で疎外され、仕事に関して嫌気を感じていた。翌年には房琯の一党とされて、華州司功参軍に出される。杜甫が官を辞することはこの時期に到る詩には明確にあらわれている。そして759年乾元二年秋初、杜甫は粛宗の時代では、一縷の希望もないと、官職を捨てて秦州へと旅立つ。半官半隠の理想と人生は、捨てきれないものの後半生の漂泊はここに始まった。

左拾遺の官を拝命して、希望と使命感を抱いた杜甫が、一転して挫折と失望を味わうこととなった原因が、いわゆる「房琯擁護事件」であるといわれるが、実際には、朝廷内における「房琯一派」は、肅宗、宦官、賀蘭進明・第五琦の連合から朝廷からはじき出されたのである。この事について、杜甫の《乾元元年華州試進士策問五首》の訳註解説の中で詳しく述べているので参考にしてもらいたい。

 杜甫と房琯について杜甫の詩文は以下のようにある。

杜甫詩index-13  763年寶應二年 杜甫52歳 蜀中転々 92

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

721 《舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕》 蜀中転々 杜甫 <628>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3450 杜甫詩1000-628-884/1500

722 《得房公池鵝》 蜀中転々 杜甫 <629>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3455 杜甫詩1000-629-885/1500

廣徳2年764-88 《別房太尉墓》 杜甫index-14 764年閬州<764 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4150 杜甫詩1500-764-1001/250052

 

杜甫詩index-15  765年永泰元年 54歳 正月幕府を辞す 63

855 承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之一

856 承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首)

 

●文

奉謝口敕放三司推問状

◍祭故相国清河房公文(故の相国清河房公を祭る文)

○房大尉 宰相房琯、大尉はその贈官である、琯、字は次律、玄宗が蜀に幸したとき宰相に拝されたが、陳涛斜の敗戦(悲陳陶 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 152   悲青坂 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 153)によって房琯を貶されて邠州刺史となった。上元元年礼部尚書に改められ、ついで出されて晋州刺史とされ、八月漢州刺史に改められた。763年寶應二年四月特進・刑部尚書に拝されたが、途中で病にかかり、763年廣徳元年八月(宝応二年七月廣徳と改元)閬州の僧舎に卒した。六十七歳、太尉を贈られた。

764年広徳二年春、閬州より成都に赴こうとして房琯の墓に別れる情をのべた詩『別房太尉墓』がある。作者の文集中に広徳元年九月に作った「故相国清河房公を祭る文」がある。(全唐文にあるものを別に紹介する。)

763年廣徳元年1501 《祭故相國清河房公文-(1)》 杜甫index-13 763年祭故相國清河房公文-(1) 杜甫<765> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4155 杜甫詩1500-765-1002/2500 

763年廣徳元年1501 《祭故相國清河房公文-(1) 杜甫index-13 763年祭故相國清河房公文-(1) 杜甫<765 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4155 杜甫詩1500-765-1002/2500

 

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(2) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4160 杜甫詩1500-1501-2-1003/250054

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(3) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4165 杜甫詩1500-1501-3-1004/250055

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(4) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4170 杜甫詩1500-1501-4-1005/250056

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(5) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4175 杜甫詩1500-1501-5-1006/250057

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(6) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4180 杜甫詩1500-1501-6-1007/250058

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(7) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4185 杜甫詩1500-1501-7-1008/250059

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(8) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4190 杜甫詩1500-1501-8-1009/250060

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(9) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4195 杜甫詩1500-1501-9-1010/250064

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(10) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-10 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4200 杜甫詩1500-1501-10-1011/250065

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(11) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4205 杜甫詩1500-1501-11-1012/250066-#1

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(12) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-12 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4210 杜甫詩1500-1501-12-1013/250066-#2

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(13) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-13 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4215 杜甫詩1500-1501-13-1014/2500

 

 

続きを読む

765年永泰元年54歲-48 《長江,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<848> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4975 杜甫詩1500-848-1166/2500

(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

 
 2014年10月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
107 《口號〔口號留別金陵諸公〕》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》<107> Ⅰ李白詩1279 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4943 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(20) §10《上宰相書 -(20)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1198> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4974韓愈詩-20-(20) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-48 《長江,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<848> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4975 杜甫詩1500-848-1166/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-503《菩薩蠻三首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-686-19-(503) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4977 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-48 《長江,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<848 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4975 杜甫詩1500-848-1166/2500765年永泰元年54-48

 

 

年:       永泰元年

寫作時間:           765

寫作年紀:           54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    長江,二首之二

詩序:   

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

長江 (山南東道 夔州 雲安) 別名:蜀江、漢江            

灩澦堆 (山南東道 夔州 夔州)          

 

長江,二首之一

眾水會涪萬,瞿塘爭一門。

朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。

歸心異波浪,何事即飛翻。

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)

多くの水が涪州万州に会合し、それらの水が更に瞿塘峡が一門に向かって争いながれる。

この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

瞿塘では灔澦のひとつ石がかくれてわずかに馬のごとく、高処のひめかつらから水をのもうとする猿が垂れさがっている。

自分はそこをとおって荊州の方へゆこうとするのだが、自分の帰郷をおもう心は波浪ならいざ知らず波浪でもないくせに、いかなるせいかびっくりかえりつつあるのである。

(長江,二首の一)

衆水 涪 万に会し、瞿塘 一門を争う。

朝宗 人 共に拇り、盗賊 爾をば 誰か尊ばん。

孤石隱れて 馬の如し、高蘿に飲猿垂る。

帰心は 波浪に異なり、何事ぞ即ち飛翻するや。

 

長江,二首之二

浩浩終不息,乃知東極臨。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

(長江,二首の二)

浩浩終に息まず、乃ち知る東極に臨むことを。

衆流 海に帰するの意、万国君を奉ずるの心。

色は瀟湘の闊なるに借し、声は灔澦の深きを駆る。

未だ辞せず霧雨に添え、接上して衣襟を過ぐることを。

 

巫山十二峰004 

『長江,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

長江,二首之二

浩浩終不息,乃知東極臨。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

 

(含異文)

浩浩終不息,乃知東極臨【乃知東極深】。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深【聲驅灩澦沈】。

未辭添霧雨,接上遇衣襟【接上過衣襟】。

 

(下し文)

(長江,二首の二)

浩浩終に息まず、乃ち知る東極に臨むことを。

衆流 海に帰するの意、万国君を奉ずるの心。

色は瀟湘の闊なるに借し、声は灔澦の深きを駆る。

未だ辞せず霧雨に添え、接上して衣襟を過ぐることを。

 

(現代語訳)

(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

 瞿塘峡001

(訳注)

長江,二首之二

 

 

浩浩終不息,乃知東極臨。

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

○浩浩 大いなるさま。

○東極 ひがしのはて、東海をいう。中国は東西南北その行き着く地の果ては崖になっていて、広大な海となるという意味。四海、天涯なども同じ考え方。

 

眾流歸海意,萬國奉君心。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

眾流 衆水が海に帰することを朝宗 【ちょうそう】という。1 《「朝」は春に、「宗」は夏に天子に謁見する意》古代中国で、諸侯が天子に拝謁すること。2 多くの河川がみな海に流れ入ること。3 権威あるものに寄り従うこと。中國の河川は東流して海に入るということで、常識という意味になり、西南北の三方から支流が長江に合流して、東流するのである。「「詩経」(沔水)に、「沔たる彼の流水は、海に朝宗す」とあり、その鄭箋に、諸侯が春に天子にまみえることを朝といい、夏まみえることを宗という、とみえる。ここは諸侯が天子に帰する如く衆水が海に帰することをいう。

 

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

○色借 色は水色、借はかすことで、かることではない。

瀟湘闊 瀟湘は洞庭湖に流入する河川名で長江の支流である。は遠大なこと。

○声 波浪のおと。

灩澦深 灩澦は灔澦堆。艶預灘は深くて急流である。

 

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

○未辞 辞は辞退すること。

○添霧雨 添は加わる、霧雨があるうえに波浪が加わることをいう。

○接上 霧雨にくっついてのぼる。
巫山十二峰003 

765年永泰元年54歲-47 《長江,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<847> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4970 杜甫詩1500-847-1165/2500

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

 
 2014年10月16日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
106 《別儲邕之剡中》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <106> Ⅰ李白詩1278 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4938 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(18)§9―2 《上宰相書 -(19)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1197> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4969 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-47 《長江,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<847> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4970 杜甫詩1500-847-1165/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-502《酒泉子二首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-685-19-(502) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4972 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-47 《長江,二首之一》 杜甫index-15 杜甫<847 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4970 杜甫詩1500-847-1165/2500765年永泰元年54-47

 

 

 

 

年:       永泰元年

寫作時間:           765

寫作年紀:           54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    長江,二首之一

詩序:   

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

長江 (山南東道 夔州 雲安) 別名:蜀江、漢江            

涪州 (山南西道 涪州 涪州)             

萬州 (山南東道 萬州 萬州)             

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘     

 

 

長江,二首之一

眾水會涪萬,瞿塘爭一門。

朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。

歸心異波浪,何事即飛翻。

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)

多くの水が涪州万州に会合し、それらの水が更に瞿塘峡が一門に向かって争いながれる。

この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

瞿塘では灔澦のひとつ石がかくれてわずかに馬のごとく、高処のひめかつらから水をのもうとする猿が垂れさがっている。

自分はそこをとおって荊州の方へゆこうとするのだが、自分の帰郷をおもう心は波浪ならいざ知らず波浪でもないくせに、いかなるせいかびっくりかえりつつあるのである。

 

(長江,二首の一)

衆水 涪 万に会し、瞿塘 一門を争う。

朝宗 人 共に拇り、盗賊 爾をば 誰か尊ばん。

孤石隱れて 馬の如し、高蘿に飲猿垂る。

帰心は 波浪に異なり、何事ぞ即ち飛翻するや。

瞿塘峡001 

『長江,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

長江,二首之一

眾水會涪萬,瞿塘爭一門。

朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。

歸心異波浪,何事即飛翻。

 

 

(下し文)

(長江,二首の一)

衆水 涪 万に会し、瞿塘 一門を争う。

朝宗 人 共に拇り、盗賊 爾をば 誰か尊ばん。

孤石隱れて 馬の如し、高蘿に飲猿垂る。

帰心は 波浪に異なり、何事ぞ即ち飛翻するや。

 

(現代語訳)

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)

多くの水が涪州万州に会合し、それらの水が更に瞿塘峡が一門に向かって争いながれる。

この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

瞿塘では灔澦のひとつ石がかくれてわずかに馬のごとく、高処のひめかつらから水をのもうとする猿が垂れさがっている。

自分はそこをとおって荊州の方へゆこうとするのだが、自分の帰郷をおもう心は波浪ならいざ知らず波浪でもないくせに、いかなるせいかびっくりかえりつつあるのである。

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

長江,二首之一

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)

○長江 長江は朝宗がきちんとなされ、常識の川であるが、その常識が護れない連中がいるということでこの詩を作っている。

 

眾水會涪萬,瞿塘爭一門。

多くの水が涪州万州に会合し、それらの水が更に瞿塘峡が一門に向かって争いながれる。

万 州と万州のこと、州は重慶府の東北部にあり、万州は雲安(今の雲陽)の西南にある、雲安よりいえば浩・万はともに上流にあたる。この地点では、西南北之三方から支流が長江に合流する地点である。合流点に宿場町が形成されている。

○雀塘争一門 瞿塘峡は峡の名、夔州奉節県東十三里にある。広渓峡とも西陵峡ともいう。一門とは瞿塘峡の両岸が絶壁をなして門の如くであり、三峡の巫峡、西陵峡もおなじであることをいう、争とは争い赴くことをいう、雀塘争一門とは「争二赴雀塘之一門こことで、争の字の主語は上旬の「衆水」である。

 

朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

○朝宗 【ちょうそう】1 《「朝」は春に、「宗」は夏に天子に謁見する意》古代中国で、諸侯が天子に拝謁すること。2 多くの河川がみな海に流れ入ること。3 権威あるものに寄り従うこと。中國の河川は東流して海に入るということで、常識という意味になり、西南北の三方から支流が長江に合流して、東流するのである。「「詩経」(沔水)に、「沔たる彼の流水は、海に朝宗す」とあり、その鄭箋に、諸侯が春に天子にまみえることを朝といい、夏まみえることを宗という、とみえる。ここは諸侯が天子に帰する如く衆水が海に帰することをいう。

〇人共挹 挹はくみとることをいう、「詩経」(洞酌)に、「洞く彼の行淩を酌み、彼に挹りて茲に注ぐ」とみえる。ここは朝宗の義を取ることをいう。

○盗賊 永泰元年四月厳武は成都に卒した、行軍司馬杜済らは共に郭英乂を節度使となそうと請い、漢州の刺史崔旰、大将王崇俊を節度使となそうと請うたが、たまたま朝廷はすでに英乂を任命した。英乂は崇俊を殺し、旰を召して成都に還らせた。旰がやって来なかったために、英乂は兵をひきいて旰を攻めたが大敗して還り、簡州に弄ったが、普州の刺史韓澄は英乂を殺し、印・櫨・剣三州の牙将は各々兵を挙げて旰を討った。蜀中は大いに乱れた。盗賊は崔旰らの諸将をいう。この裏に、朝廷内の宦官、賀蘭進明、第五琦らとの裏取引があったから、杜甫はこの者たちを忌み嫌った。

○爾誰尊 爾をば誰か尊ばんや。爾とは盗賊をさす。朝廷な犬が権力闘争がなされていたので、諸侯への重しが効かなくなっていること。

 

孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。

瞿塘では灔澦のひとつ石がかくれてわずかに馬のごとく、高処のひめかつらから水をのもうとする猿が垂れさがっている。

○孤石 峡の水中にある灔澦堆の石をいう、この石は冬、水が滴れるときは水面にあらわれること二十余丈、夏、水が潜るときは没する、大きさは馬のごとくである。

○隠如馬 馬のちんぽこ。

○高蘿 高い処に生えているひめかつら。

○飲猿 川で水を飲もうとするさるをいう。

 

歸心異波浪,何事即飛翻。

自分はそこをとおって荊州の方へゆこうとするのだが、自分の帰郷をおもう心は波浪ならいざ知らず波浪でもないくせに、いかなるせいかびっくりかえりつつあるのである。

○異波浪 心という無形物と波浪という有形物を比較していう。

○飛翻 翻の字は波浪の縁語である。飛の字によって心の働きを見せている。

 

云亭巫山十二峰003 

769   長江二首

永泰元年        765   54

第一首は長江のながれの東海に帰することを説き、盗賊の其の義を知らぬことをいい、自己の帰心の翻浪に似ていることをのべて結びとした。永泰元年雲安にあっての作。

1       眾水會涪萬,瞿塘爭一門。朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

        孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。歸心異波浪,何事即飛翻。

       

2       浩浩終不息,乃知東極臨。眾流歸海意,萬國奉君心。

        色借瀟湘闊,聲驅澦深。未辭添霧雨,接上遇衣襟。

 

 

(長江,二首の一)

衆水 涪 万に会し、瞿塘 一門を争う。

朝宗 人 共に拇り、盗賊 爾をば 誰か尊ばん。

孤石隱れて 馬の如し、高蘿に飲猿垂る。

帰心は 波浪に異なり、何事ぞ即ち飛翻するや。

765年永泰元年54歲-46 《又雪》 杜甫index-15 杜甫<846> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4965 杜甫詩1500-846-1164/2500

その雪の降り方はかすかに太陽に向かって薄く降り、一しきり振っては、一しきり止みそしてひとしきり、人を去る遙か彼方に散らばるのである。

 
 2014年10月15日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
105 《廣陵贈別》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <105> Ⅰ李白詩1277 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4933 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(18)§9―1 《上宰相書 -(18)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1196> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4964 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-46 《又雪》 杜甫index-15 杜甫<846> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4965 杜甫詩1500-846-1164/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-501《酒泉子二首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-684-19-(501) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4967 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-46 《又雪》 杜甫index-15 杜甫<846 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4965 杜甫詩1500-846-1164/2500765年永泰元年54-46

 

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    又雪

 

 

又雪

(南に来ているというのに、また雪が降ったと詠う)

南雪不到地,青崖霑未消。

この南方の地に降った雪は地面に到着するまでに消えてしまうものだが、葵崖の所は、高いから霑っていて、まだ消えずに残っている。

微微向日薄,脈脈去人遙。

その雪の降り方はかすかに太陽に向かって薄く降り、一しきり振っては、一しきり止みそしてひとしきり、人を去る遙か彼方に散らばるのである。

冬熱鴛鴦病,峽深豺虎驕。

冬が篤いからオシドリは病気になるが、峡がふかいから豺や虎が威張っているのである。

愁邊有江水,焉得北之朝。

自分は愁いているけれど、長江の水は流れている、どうしたらこの流れを北に向けることが出来たなら朝廷に向って帰ることが出来るだろうにと思うのだ。

 

(又雪)

南雪 到地にらず,青崖 霑いて未だ消せず。

微微 日に向って薄らぎ,脈脈 人を去ること遙なり。

冬 熱くして鴛鴦 病み,峽 深くして 豺虎 驕る。

愁邊に 江水有り,焉んぞ之を北せしめて朝せしむることを得ん。

 

 瞿塘峡001

『又雪』 現代語訳と訳註

(本文)

又雪

南雪不到地,青崖霑未消。

微微向日薄,脈脈去人遙。

冬熱鴛鴦病,峽深豺虎驕。

愁邊有江水,焉得北之朝。

 

 

(下し文)

(又雪)

南雪 到地にらず,青崖 霑いて未だ消せず。

微微 日に向って薄らぎ,脈脈 人を去ること遙なり。

冬 熱くして鴛鴦 病み,峽 深くして 豺虎 驕る。

愁邊に 江水有り,焉んぞ之を北せしめて朝せしむることを得ん。

 

(現代語訳)

(南に来ているというのに、また雪が降ったと詠う)

この南方の地に降った雪は地面に到着するまでに消えてしまうものだが、葵崖の所は、高いから霑っていて、まだ消えずに残っている。

その雪の降り方はかすかに太陽に向かって薄く降り、一しきり振っては、一しきり止みそしてひとしきり、人を去る遙か彼方に散らばるのである。

冬が篤いからオシドリは病気になるが、峡がふかいから豺や虎が威張っているのである。

自分は愁いているけれど、長江の水は流れている、どうしたらこの流れを北に向けることが出来たなら朝廷に向って帰ることが出来るだろうにと思うのだ。

 

云亭 

(訳注)

又雪

(南に来ているというのに、また雪が降ったと詠う)

雲南で病床に伏している時の作。65年永泰元年54の冬。

 

南雪不到地,青崖霑未消。

この南方の地に降った雪は地面に到着するまでに消えてしまうものだが、葵崖の所は、高いから霑っていて、まだ消えずに残っている。

南雪 南方の地に降った雪。

 

微微向日薄,脈脈去人遙。

その雪の降り方はかすかに太陽に向かって薄く降り、一しきり振っては、一しきり止みそしてひとしきり、人を去る遙か彼方に散らばるのである。

微微 かすかに、うすく。

脈脈 一しきり止みそしてひとしきり。

 

冬熱鴛鴦病,峽深豺虎驕。

冬が篤いからオシドリは病気になるが、峡がふかいから豺や虎が威張っているのである。

 

愁邊有江水,焉得北之朝。

自分は愁いているけれど、長江の水は流れている、どうしたらこの流れを北に向けることが出来たなら朝廷に向って帰ることが出来るだろうにと思うのだ。

北之朝 この流れを北に向けることが出来たなら朝廷に向って帰る
巫山十二峰003 

765年永泰元年54歲-45 《十二月一日,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<845> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4960 杜甫詩1500-845-1163/2500

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、この春は床に伏していて春の興が進まないが次年の春こそは春に酔いたいと詠う)その三

 
 2014年10月14日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
104-#2 《淮南臥病書懷寄蜀中趙徵君蕤》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <104-#2> Ⅰ李白詩1282 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4958 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(17)§8-2 《上宰相書 -(17)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1195> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4959 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-45 《十二月一日,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<845> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4960 杜甫詩1500-845-1163/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-500《後庭花三首,其三》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-683-19-(500) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4962 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-45 《十二月一日,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<845 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4960 杜甫詩1500-845-1163/2500765年永泰元年54-45

 

 

765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

杜少陵集 巻十四

詩題:    十二月一日,三首之三

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

 

十二月一日,三首之一

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

一聲何處送書雁,百丈誰家上水船。

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天。

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩である)その一

今朝は、まだ、十二月になったばかりというに、春の気配が動き出しているようで、ここ雲安縣の前の長江の様子も、可愛らしいと思えるようだ。

雁が一声鳴いて飛んでゆくが、何処に書簡を届けるのだろうか、百丈の闌で、舟を引っ張ってゆくのは何処の邸宅にゆくのだろうか。

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならないので人に羨ましがられるけれども、今、自分は肺病を患っているから、どれだけ太陽が上り下りするのを見れば、参朝できるのであろうかわからないのである。

 

(十二月一日,三首の一)

今朝 臘月 春意動く,雲安 縣前 江憐れむ可し。

一聲 何れの處に書を雁に送らん,百丈 誰が家に 水の船に上らん。

未だし梅蕊を將って 愁眼を驚かさざらしむ,楸花【しょうか】を取って遠天に媚びんと要す。

明光 起草 人の羨む所なり,肺病 幾時か 日邊を朝せん。

 

 

十二月一日,三首之二

寒輕市上山煙碧,日滿樓前江霧黃。

負鹽出井此谿女,打鼓發船何郡郎。

新亭舉目風景切,茂陵著書消渴長。

春花不愁不爛漫,楚客唯聽棹相將。

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、早くこの地を離れたいと詠う)その二

寒さが軽くひろがり、この市街地の上には山にかけて緑色の煙が上がっている。太陽の光は、十分楼閣前に照りかがやき長江の霧が黄ばんで見える。

塩を背負って運んで井からでてくるのはこの地の谿女である。太鼓をたたいては船を出発させているのは、何処の若者だろうか。

周顗が新亭で、眼をあげて眺めた様に眺めると異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくる、茂陵に隠れて書を著した司馬相如のように、自分も朝廷の左拾遺から引っ込んで、消渴の病を永らく患って、詩文を暖めた。

ここでの春は、花が爛漫と咲こうと咲くまいとそんなことは心配することではない。自分は早く三峡を下り、楚の国の旅人として船頭と合いの手たちの舟を漕ぐ音を聞きながら、それを心にとめて行きたいと思っているのだ。

 

 (十二月一日,三首之二)

寒輕るくして 市上 山煙碧りに,日滿ちて 樓前 江霧黃なり。

鹽を負いて 井を出づ 此の谿女,鼓を打ちて 船を發す 何の郡郎ぞ。

新亭 目を舉ぐ 風景切なり,茂陵 書を著して 消渴長し。

春花 爛漫たらざるを愁えず,楚客 唯だ聽く 棹 相い將いるを。
 

十二月一日,三首之三

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、この春は床に伏していて春の興が進まないが次年の春こそは春に酔いたいと詠う)その三

即看燕子入山扉,豈有黃鸝歷翠微。

病床のその場でツバメが山樓の扉より飛び込んでくるのを見るだろうし、高麗鶯が山の中腹を渡ってゆくのを見ることになるのだ

短短桃花臨水岸,輕輕柳絮點人衣。

背丈の低い桃の花が水辺に覗き込むように咲いていて、より低くなっているだろうし、柳絮が軽やかに飛んで、行き交う人の着物にくっ付いて軽く揺れていることだろう。

春來準擬開懷久,老去親知見面稀。

春が来れば長らく会っていない親友、知友とあいたいとまちかまえようとおもっているが、年を取ってしまうと顔を合わすこと事態稀になっているのだ。

他日一杯難強進,重嗟筋力故山違。

このまま病床にいて、この春が過ぎ去り、他の日になって一杯の盃を強引に進めてみても、春の花の景色がなければ趣きがないだろうし、その上、筋力がさらに劣ってきて、故郷の山を登れないようだと間違った選択をしたことになってしまう。

 

(十二月一日,三首之三)

即ち燕子山扉に入るを看る,豈に黃鸝の翠微を歷る有り。

短短たる桃花 水岸を臨み,輕輕たる柳絮 人衣に點する。

春來らば準擬す 懷いを開かんと久しくするを,老去らば親知す 面を見んこと稀れなるを。

他日 一杯 強いて進め難し,重ねて嗟せん 筋力 故山に違うを。

 

蜀中転々圖 

『十二月一日,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

十二月一日,三首之三

即看燕子入山扉,豈有黃鸝歷翠微。

短短桃花臨水岸,輕輕柳絮點人衣。

春來準擬開懷久,老去親知見面稀。

他日一杯難強進,重嗟筋力故山違。

 

 

(下し文)

(十二月一日,三首之三)    

即ち燕子山扉に入るを看る,豈に黃鸝の翠微を歷る有り。

短短たる桃花 水岸を臨み,輕輕たる柳絮 人衣に點する。

春來らば準擬す 懷いを開かんと久しくするを,老去らば親知す 面を見んこと稀れなるを。

他日 一杯 強いて進め難し,重ねて嗟せん 筋力 故山に違うを。

 

(現代語訳)

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、この春は床に伏していて春の興が進まないが次年の春こそは春に酔いたいと詠う)その三

病床のその場でツバメが山樓の扉より飛び込んでくるのを見るだろうし、高麗鶯が山の中腹を渡ってゆくのを見ることになるのだ

背丈の低い桃の花が水辺に覗き込むように咲いていて、より低くなっているだろうし、柳絮が軽やかに飛んで、行き交う人の着物にくっ付いて軽く揺れていることだろう。

春が来れば長らく会っていない親友、知友とあいたいとまちかまえようとおもっているが、年を取ってしまうと顔を合わすこと事態稀になっているのだ。

のまま病床にいて、この春が過ぎ去り、他の日になっていっぱいの盃を強引に進めてみても、春の花の景色がなければ趣きがないだろうし、その上、筋力がさらに劣ってきて、故郷の山を登れないようだと間違った選択をしたことになってしまう。

瞿塘峡001 

(訳注)

十二月一日,三首之三

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、この春は床に伏していて春の興が進まないが次年の春こそは春に酔いたいと詠う)その三

この三首は第二首の詩意が最も述べたいことで、一首と三首は杜甫の置かれている状況を述べている。

読み方に諸説あるが、語句からくる雰囲気的に、文法を難しく考える必要はなく、単純に読み取ることが最良と考える。

 

即看燕子入山扉,豈有黃鸝歷翠微。

病床のその場でツバメが山樓の扉より飛び込んでくるのを見るだろうし、高麗鶯が山の中腹を渡ってゆくのを見ることになるのだ

即看 ①取りも直さず見る。②すぐその場で見る。③もし見るとすれば。ここは杜甫は、病床の暇をもてあまし、外を眺めているので②

 

短短桃花臨水岸,輕輕柳絮點人衣。

背丈の低い桃の花が水辺に覗き込むように咲いていて、より低くなっているだろうし、柳絮が軽やかに飛んで、行き交う人の着物にくっ付いて軽く揺れていることだろう。

短短・輕輕 対句を強調する語で、短い短いことは~で、軽-るい軽―るいことは~だ。

 

春來準擬開懷久,老去親知見面稀。

春が来れば長らく会っていない親友、知友とあいたいとまちかまえようとおもっているが、年を取ってしまうと顔を合わすこと事態稀になっているのだ。

準擬 まちかまえていること。

 

他日一杯難強進,重嗟筋力故山違。

このまま病床にいて、この春が過ぎ去り、他の日になっていっぱいの盃を強引に進めてみても、春の花の景色がなければ趣きがないだろうし、その上、筋力がさらに劣ってきて、故郷の山を登れないようだと間違った選択をしたことになってしまう。

故山違 成都で再び官を辞して故郷に向かう選択をしたものの、雲安で床に伏していることで間違った選択をしたことにはなりはしないかという危惧をしている。だから二首に言う、早く三峡を下りたいのである。
巫山十二峰003 巫山十二峰004

765年永泰元年54歲-44 《十二月一日,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<844> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4955 杜甫詩1500-844-1162/2500765年永泰元年54歲-44

周顗が新亭で、眼をあげて眺めた様に眺めると異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくる、茂陵に隠れて書を著した司馬相如のように、自分も朝廷の左拾遺から引っ込んで、消渴の病を永らく患って、詩文を暖めた。

 
 2014年10月13日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
104 《淮南臥病書懷寄蜀中趙徵君蕤》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <104> Ⅰ李白詩1281 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4953 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(16)§8-1 《上宰相書 -(16)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1194> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4954韓愈詩-20-(16)§8-1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-44 《十二月一日,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<844> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4955 杜甫詩1500-844-1162/2500765年永泰元年54歲-44 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-44 《十二月一日,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<844> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4955 杜甫詩1500-844-1162/2500765年永泰元年54-44

 

 

765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    十二月一日,三首之二

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

新亭 (江南東道 潤州 江寧)             

金城 (京畿道 京兆府 金城) 別名:興平、槐里           

 

 

十二月一日,三首之一

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

一聲何處送書雁,百丈誰家上水船。

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天。

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩である)その一

今朝は、まだ、十二月になったばかりというに、春の気配が動き出しているようで、ここ雲安縣の前の長江の様子も、可愛らしいと思えるようだ。

雁が一声鳴いて飛んでゆくが、何処に書簡を届けるのだろうか、百丈の闌で、舟を引っ張ってゆくのは何処の邸宅にゆくのだろうか。

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならないので人に羨ましがられるけれども、今、自分は肺病を患っているから、どれだけ太陽が上り下りするのを見れば、参朝できるのであろうかわからないのである。

 

(十二月一日,三首の一)

今朝 臘月 春意動く,雲安 縣前 江憐れむ可し。

一聲 何れの處に書を雁に送らん,百丈 誰が家に 水の船に上らん。

未だし梅蕊を將って 愁眼を驚かさざらしむ,楸花【しょうか】を取って遠天に媚びんと要す。

明光 起草 人の羨む所なり,肺病 幾時か 日邊を朝せん。

 

 

十二月一日,三首之二

寒輕市上山煙碧,日滿樓前江霧黃。

負鹽出井此谿女,打鼓發船何郡郎。

新亭舉目風景切,茂陵著書消渴長。

春花不愁不爛漫,楚客唯聽棹相將。

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、早くこの地を離れたいと詠う)その二

寒さが軽くひろがり、この市街地の上には山にかけて緑色の煙が上がっている。太陽の光は、十分楼閣前に照りかがやき長江の霧が黄ばんで見える。

塩を背負って運んで井からでてくるのはこの地の谿女である。太鼓をたたいては船を出発させているのは、何処の若者だろうか。

周顗が新亭で、眼をあげて眺めた様に眺めると異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくる、茂陵に隠れて書を著した司馬相如のように、自分も朝廷の左拾遺から引っ込んで、消渴の病を永らく患って、詩文を暖めた。

ここでの春は、花が爛漫と咲こうと咲くまいとそんなことは心配することではない。自分は早く三峡を下り、楚の国の旅人として船頭と合いの手たちの舟を漕ぐ音を聞きながら、それを心にとめて行きたいと思っているのだ。

 

 (十二月一日,三首之二)

寒輕るくして 市上 山煙碧りに,日滿ちて 樓前 江霧黃なり。

鹽を負いて 井を出づ 此の谿女,鼓を打ちて 船を發す 何の郡郎ぞ。

新亭 目を舉ぐ 風景切なり,茂陵 書を著して 消渴長し。

春花 爛漫たらざるを愁えず,楚客 唯だ聽く 棹 相い將いるを。

 

 瞿塘峡001

『十二月一日,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

十二月一日,三首之二

寒輕市上山煙碧,日滿樓前江霧黃。

負鹽出井此谿女,打鼓發船何郡郎。

新亭舉目風景切,茂陵著書消渴長。

春花不愁不爛漫,楚客唯聽棹相將。

 

 

(下し文)

(十二月一日,三首之二)

寒輕るくして 市上 山煙碧りに,日滿ちて 樓前 江霧黃なり。

鹽を負いて 井を出づ 此の谿女,鼓を打ちて 船を發す 何の郡郎ぞ。

新亭 目を舉ぐ 風景切なり,茂陵 書を著して 消渴長し。

春花 爛漫たらざるを愁えず,楚客 唯だ聽く 棹 相い將いるを。

 

(現代語訳)

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、早くこの地を離れたいと詠う)その二

寒さが軽くひろがり、この市街地の上には山にかけて緑色の煙が上がっている。太陽の光は、十分楼閣前に照りかがやき長江の霧が黄ばんで見える。

塩を背負って運んで井からでてくるのはこの地の谿女である。太鼓をたたいては船を出発させているのは、何処の若者だろうか。

周顗が新亭で、眼をあげて眺めた様に眺めると異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくる、茂陵に隠れて書を著した司馬相如のように、自分も朝廷の左拾遺から引っ込んで、消渴の病を永らく患って、詩文を暖めた。

ここでの春は、花が爛漫と咲こうと咲くまいとそんなことは心配することではない。自分は早く三峡を下り、楚の国の旅人として船頭と合いの手たちの舟を漕ぐ音を聞きながら、それを心にとめて行きたいと思っているのだ。

 

云亭

(訳注)

十二月一日,三首之二

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩で、早くこの地を離れたいと詠う)その二

杜甫は、県令の厳某に頼んで、長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めた。病状はよくならず、翌年春まで続く。持病の喘息、と神経痛で足が動かない状況であった。この時の詩が妙に明るいのはめいった気分を改めたかったのであろう。

 

寒輕市上山煙碧,日滿樓前江霧黃。

寒さが軽くひろがり、この市街地の上には山にかけて緑色の煙が上がっている。太陽の光は、十分楼閣前に照りかがやき長江の霧が黄ばんで見える。

 

負鹽出井此谿女,打鼓發船何郡郎。

塩を背負って運んで井からでてくるのはこの地の谿女である。太鼓をたたいては船を出発させているのは、何処の若者だろうか。

負鹽 塩井がある地域で女子が出来上がった塩を背負って運ぶ。

 

新亭舉目風景切,茂陵著書消渴長。

周顗が新亭で、眼をあげて眺めた様に眺めると異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくる、茂陵に隠れて書を著した司馬相如のように、自分も朝廷の左拾遺から引っ込んで、消渴の病を永らく患って、詩文を暖めた。

新亭舉目 晋の周顗 五胡の乱、武昌で挙兵した(王敦の乱)。この時、首都建康にいた王導は、劉隗により反乱者の同族として処刑されかけるが、周顗の取りなしにより事なきを得ている。

西晋末に起こった北方異民族(匈奴)の王・劉聡による叛乱のこと。八王の乱が起こり、晋室の勢力は後退し、五胡(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌の五民族)が自立するようになり、やがて南匈奴の劉淵が漢王と称して自立。やがて、皇帝の位に就いた。劉淵の子・劉聡は、西晋の都・洛陽を陥落させ、懐帝を漢の都・平陽に拉致して、二年後に殺した。やがて、西晋は滅び、その後亡、五胡十六国時代になる。その契機の変乱。

『晉書・列傳・王導』過江人士,毎至暇日,相要出新亭飮宴。周顗中坐而歎曰:「風景不殊,舉目有江河之異。」皆相視流涕。惟(王)導愀然變色曰:「當共力王室,克復神州,何至作楚囚相對泣邪!』衆收涙而謝之」。

北方の人士、乱を江南に避けるもの十に六、七なり。王導など暇日に新亭に出でて飲宴す、周顗中座して嘆じて曰く、「風景は殊ならず、目を舉ぐれば江河之異有り。」と。

皆 相い視て涕を流す。惟だ(王)導 愀然として色を變じて曰く:「當に共に力をあわせ王室に,神州を克復すべし,何ぞ相い對して楚囚の泣を作すに至らんや!」と。衆 涙を收めて之に謝す」。

風景切 異郷の風景が物悲しくひしひしと胸に迫ってくることをいう。

茂陵著書 茂陵に隠退した漢の司馬相如は、武帝に提起するための遺稿として「封禅の書」を書いたと言うが、この書物は私にとっての「封禅の書」である。

杜甫『琴台』 
茂陵多病後,尚愛卓文君。
酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。
歸鳳求凰意,寥寥不複聞。

(琴台)
茂陵 多病の後なるも,尚お卓文君を愛す。
酒肆【しゅし】人間【じんかん】の世,琴台【きんだい】日暮の雲。
野花 寶靨【ほうえん】を留め,蔓草【まんそう】羅裙【らくん】見る。
歸鳳は凰意を求めしも,寥寥【りょうりょう】複た聞かず。


司馬相如が晚年になって茂陵に退居した。持病が出て辛くなったためであった。しかし、その後は浮気をきっぱりと止め、妻の卓文君には深い愛情を持った。
ふんどし一つで卓文君と酒屋をしていた琴台のころのことは太陽が傾きかけたところに雲がかかったようなことかもしれないのではある。
確かに、その頃は野の花を首飾りにしていたかもしれないし、蔦蔓や草花でもって薄絹やスカートとしなければならなかったのかもしれない。
司馬相如と卓文君のように鳳凰鳥は鳳凰にふさわしい大望を持っているものでそこに帰着するものである。しかしこんなことは数少ない事例であって、ふたたびそのような出来事を聞くことはないのである。

琴台 杜甫 <432  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2105 杜甫詩1000-432-615/1500

 

春花不愁不爛漫,楚客唯聽棹相將。

ここでの春は、花が爛漫と咲こうと咲くまいとそんなことは心配することではない。自分は早く三峡を下り、楚の国の旅人として船頭と合いの手たちの舟を漕ぐ音を聞きながら、それを心にとめて行きたいと思っているのだ。

春花不愁不爛漫 春の花が爛漫と咲こうと咲くまいとそんなことは心配することではないということ。心は、花に向わないということ。

楚客 杜甫は、東蜀、山南東道 / 夔州 / 雲安にいる。三峡を下って楚の国の客となる。

765年永泰元年54歲-43 《十二月一日,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<843> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4950 杜甫詩1500-843-1161/2500765年永泰元年54歲-43

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

 
 2014年10月12日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
103 《估客行【估客樂】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <103> Ⅰ李白詩1275 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4923 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(15) §7-2《上宰相書 -(15)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1193> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4949 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-43 《十二月一日,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<843> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4950 杜甫詩1500-843-1161/2500765年永泰元年54歲-43 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-498《後庭花三首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-681-19-(498) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4952 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-43 《十二月一日,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<843 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4950 杜甫詩1500-843-1161/2500765年永泰元年54-43

 

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    十二月一日,三首之一

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚       

明光殿 (京畿道 京兆府 長安)         

 

 

十二月一日,三首之一

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

一聲何處送書雁,百丈誰家上水船。

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天。

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩である)その一

今朝は、まだ、十二月になったばかりというに、春の気配が動き出しているようで、ここ雲安縣の前の長江の様子も、可愛らしいと思えるようだ。

雁が一声鳴いて飛んでゆくが、何処に書簡を届けるのだろうか、百丈の闌で、舟を引っ張ってゆくのは何処の邸宅にゆくのだろうか。

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならないので人に羨ましがられるけれども、今、自分は肺病を患っているから、どれだけ太陽が上り下りするのを見れば、参朝できるのであろうかわからないのである。

 

(十二月一日,三首の一)

今朝 臘月 春意動く,雲安 縣前 江憐れむ可し。

一聲 何れの處に書を雁に送らん,百丈 誰が家に 水の船に上らん。

未だし梅蕊を將って 愁眼を驚かさざらしむ,楸花【しょうか】を取って遠天に媚びんと要す。

明光 起草 人の羨む所なり,肺病 幾時か 日邊を朝せん。

 

 

『十二月一日,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

十二月一日,三首之一

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

一聲何處送書雁,百丈誰家上水船。

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天。

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

 

(含異文)

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

聲何處送書雁,百丈誰家上水船【百丈誰家上瀨船】。

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天【更取楸花媚遠天】【更取椒花媚遠天】【要取椒花媚遠天】

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

 

(下し文)

(十二月一日,三首の一)

今朝 臘月 春意動く,雲安 縣前 江憐れむ可し。

一聲 何れの處に書を雁に送らん,百丈 誰が家に 水の船に上らん。

未だし梅蕊を將って 愁眼を驚かさざらしむ,楸花【しょうか】を取って遠天に媚びんと要す。

明光 起草 人の羨む所なり,肺病 幾時か 日邊を朝せん。

 

 

(現代語訳)

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩である)その一

今朝は、まだ、十二月になったばかりというに、春の気配が動き出しているようで、ここ雲安縣の前の長江の様子も、可愛らしいと思えるようだ。

雁が一声鳴いて飛んでゆくが、何処に書簡を届けるのだろうか、百丈の闌で、舟を引っ張ってゆくのは何処の邸宅にゆくのだろうか。

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならないので人に羨ましがられるけれども、今、自分は肺病を患っているから、どれだけ太陽が上り下りするのを見れば、参朝できるのであろうかわからないのである。

 

 

(訳注)

十二月一日,三首之一

(病気で、雲安の長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めのころ、気分転換に作った詩である)その一

杜甫は、県令の厳某に頼んで、長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めた。病状はよくならず、翌年春まで続く。持病の喘息、と神経痛で足が動かない状況であった。この時の詩が妙に明るいのはめいった気分を改めたかったのであろう。

 

今朝臘月春意動,雲安縣前江可憐。

今朝はもう、十二月になったばかりというに、春の気配が動き出しているようで、ここ雲安縣の前の長江の様子も、可愛らしいと思えるようだ。

臘月 12月の異名で.別に、 おうとう(黄冬)、おとづき(弟月)、おやこづき(親子月)、かぎりのつき(限月)、くれこづき(暮来月)、けんちゅうげつ(建丑月)、ごくげつ(極月)、しわす(師走)、はるまちつき(春待月)、ばんとう(晩冬)、ひょうげつ(氷月)、ぼさい(暮歳)、がある。

雲安縣 夔州府雲安縣で、現在の重慶市奉節、雲陽である。

 

一聲何處送書雁,百丈誰家上水船。

雁が一声鳴いて飛んでゆくが、何処に書簡を届けるのだろうか、百丈の竹縄で、舟を引っ張ってゆくのは何処の邸宅にゆくのだろうか。

 

未將梅蕊驚愁眼,要取楸花媚遠天。

春の気配があるといっても、さすがに開いていない梅の花ではわたしの愁眼をおどろかすことはできないけれど、正月の酒に山椒の花を入れて飲むのであるが、その代用として、遠き長安の空に向かって咲いている「楸花」を入れて酒を呑むということにしよう。

楸花 花楸樹は植物の名である。ナナカマド、バラ科の落葉高木,高山植物、園芸植物、薬用植物学名で、正月の酒に山椒の花を入れて飲むものであるが、その代用として、「楸花」を入れて酒を呑むという意味。節句には酒に時節の花を入れて飲む。

 

明光起草人所羨,肺病幾時朝日邊。

郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならないので人に羨ましがられるけれども、今、自分は肺病を患っているから、どれだけ太陽が上り下りするのを見れば、参朝できるのであろうかわからないのである。

明光起草 郎官になっているので、明光殿で詔勅の起草をせねばならない。

 朝廷に赴くこと。

日邊 太陽が上り下りすること。天子が太陽であるからそのおそばにいること。

765年永泰元年54歲-42 《三絕句,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<842> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4945 杜甫詩1500-842-1160/2500

近衛兵・禁軍は殿前兵馬と呼ばれる軍隊であるが、猛々しく雄雄しいという、ところが、勝手に暴虐なことをすることは、ほぼ羌族や渾兵などの騎馬、異民族の行為とおんなじだ。

 
 2014年10月11日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
102 《淥水曲》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》<102> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(14)§7-1 《上宰相書 -(14)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1192> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4944 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-42 《三絕句,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<842> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4945 杜甫詩1500-842-1160/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-497《木蘭花一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-680-19-(497) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4947 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-42 《三句,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<842 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4945 杜甫詩1500-842-1160/2500
765
年永泰元年54-42

 

 

卷別:    卷二二九              文體:    七言

詩題:    句,三首之三

 

 

句,三首之三

殿前兵馬雖驍雄,縱暴略與羌渾同。

聞道殺人漢水上,婦女多在官軍中。

(官軍の暴挙が異民族の暴挙と変わりなく、同じような略奪暴行をしたというのを叙した)

近衛兵・禁軍は殿前兵馬と呼ばれる軍隊であるが、猛々しく雄雄しいという、ところが、勝手に暴虐なことをすることは、ほぼ羌族や渾兵などの騎馬、異民族の行為とおんなじだ。

聞くところによると彼らは、漢水のほとりで、人民を殺戮し、その軍隊に多くの婦女子を略奪し、帯同させたというではないか。

 

(句,三首の三)

殿前の兵馬 驍雄なりと雖も,暴を縱まにするは 略與【ほぼ】 羌渾と同じ。

聞道く 殺人 漢水の上,婦女 多くは 官軍の中に在りと。

 

蜀中転々圖 

『三句,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,三首之三

殿前兵馬雖驍雄,縱暴略與羌渾同。

聞道殺人漢水上,婦女多在官軍中。

 

 

(下し文)

(句,三首の三)

殿前の兵馬 驍雄なりと雖も,暴を縱まにするは 略與【ほぼ】 羌渾と同じ。

聞道く 殺人 漢水の上,婦女 多くは 官軍の中に在りと。

 

 

(現代語訳)

(官軍の暴挙が異民族の暴挙と変わりなく、同じような略奪暴行をしたというのを叙した)

近衛兵・禁軍は殿前兵馬と呼ばれる軍隊であるが、猛々しく雄雄しいという、ところが、勝手に暴虐なことをすることは、ほぼ羌族や渾兵などの騎馬、異民族の行為とおんなじだ。

聞くところによると彼らは、漢水のほとりで、人民を殺戮し、その軍隊に多くの婦女子を略奪し、帯同させたというではないか。

浮桟橋00 

(訳注)

句,三首之三

(官軍の暴挙が異民族の暴挙と変わりなく、同じような略奪暴行をしたというのを叙した)

 

殿前兵馬雖驍雄,縱暴略與羌渾同。

近衛兵・禁軍は殿前兵馬と呼ばれる軍隊であるが、猛々しく雄雄しいという、ところが、勝手に暴虐なことをすることは、ほぼ羌族や渾兵などの騎馬、異民族の行為とおんなじだ。

殿前兵馬 近衛兵・禁軍をいう。天子の宮城(禁中,禁裏)を守衛する軍隊。皇帝権力の維持強化のため,各王朝では特権的身分を持たせた世襲的な精鋭部隊を皇帝の周辺に配置した。唐以前では,地方軍は皇帝直轄軍という性格は脆弱(ぜいじやく)で,禁軍だけが皇帝配下の軍隊であった。五代・宋以後では,地方軍閥の私兵などをしだいに禁軍に編入し,禁軍だけが精強な正規軍つまり国軍となり,皇帝の統帥だけを受けて国内の治安維持や外国との戦争に従事した。

驍雄 猛々しく雄雄しい。

羌渾 羌族や渾兵。羌族は吐蕃、吐谷渾、匈奴ウイグルのこと。安史の乱を境に各地で、略奪暴虐の限りを尽くした。

 

聞道殺人漢水上,婦女多在官軍中。

聞くところによると彼らは、漢水のほとりで、人民を殺戮し、その軍隊に多くの婦女子を略奪し、帯同させたというではないか。

殺人 良民、人民を殺戮。

漢水 西漢水、嘉陵江の流域、蜀の東側。

婦女 良民、人民を殺戮して、婦女子を略奪した。

官軍 近衛兵・禁軍をいう。

765年永泰元年54歲-41 《三絕句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54歲-41

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

 

 
 2014年10月10日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
李白 古風五十九首の全てを訳注解説 ブログ目次 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(13) §6-3《上宰相書 -(13)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1191> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4939韓愈詩-20-(13) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-41 《三絕句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54歲-41 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-496《定西番一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-679-19-(496) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4942 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-41 《三句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54-41

 

 

卷別:    卷二二九              文體:    七言

詩題:    句,三首之二

及地點:              駱谷關 (京畿道 京兆府 駱谷關)       

 

句,三首之二

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 

(句,三首之二)

二十一家 同じく蜀に入り,惟だ一人を殘して駱谷を出ず。

自らく 二女臂を齧みし時,頭を回して卻って秦雲に向って哭く。

 

 

『三句,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

句,三首之二

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

 

 

(下し文)

(句,三首之二)

二十一家 同じく蜀に入り,惟だ一人を殘して駱谷を出ず。

自らく 二女臂を齧みし時,頭を回して卻って秦雲に向って哭く。

 

 

(現代語訳)

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 

函谷関長安地図座標001

(訳注)

句,三首之二

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

 

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

入蜀 765年永泰元年9月僕固懐恩が回紇と吐蕃に誘いかけ、入寇したのだが、その前に吐蕃を奉天に、、吐谷渾奴刺を籃屋(B-1)に赴かしめ、回紇はこれらをバックアップするように後に続いた。この詩の人々はこの時、長安側から逃げた人をいう。 

駱谷 駱谷関のこと。長安側から、黒川をさかのぼって、太白山の東側の蜀へ通づる関所。(A-0地点)

 

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 生き残りの本人が言うこと。

齧臂時 おやこでいっしょににげるのはきけんということでべつべつににげる。その時安全と再会を祈念し誓いあって親子で肘を噛みあう。
長安付近図00 

765年永泰元年54歲-40 《三絕句,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<840> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4935 杜甫詩1500-840-1158/2500765年永泰元年54歲-40

(昨今、巴蜀に起こった乱について述べるもの)前年には渝州で刺史が殺される叛乱があり、今年には開州において刺史を殺す乱があった。

 
 2014年10月9日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
101 《長干行,二首之二 -#3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <103> Ⅰ李白詩1277 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4933 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(12) 《上宰相書 -(12)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1190> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4934韓愈詩-20-(12) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-40 《三絕句,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<840> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4935 杜甫詩1500-840-1158/2500765年永泰元年54歲-40 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-495《小重山一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-678-19-(495) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4937 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-40 《三句,三首之一》 杜甫index-15 杜甫<840 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4935 杜甫詩1500-840-1158/2500765年永泰元年54-40

 

 

 

年:       永泰元年

寫作時間:           765

寫作年紀:           54

卷別:    卷二二九              文體:    七言

詩題:    句,三首之一

及地點:           

渝州 (山南西道 渝州 渝州) 別名:渝             

開州 (山南西道 開州 開州)              

 

 

句,三首之一

前年渝州殺刺史,今年開州殺刺史。

群盜相隨劇虎狼,食人更肯留妻子。

(昨今、巴蜀に起こった乱について述べるもの)

前年には渝州で刺史が殺される叛乱があり、今年には開州において刺史を殺す乱があった。

このような群盜達が相次いで起こす害は虎狼らが起こす害より激しいものだ。虎狼が人を食う時は、女子供の見境はないものだが、奴らは妻子さえも食べつくしてしまうというものだ。

 

(三句,三首の一)

前年 渝州に刺史を殺し,今年 開州に刺史を殺す。

群盜 相い隨う 虎狼よりも劇し,人を食うに更に肯て妻子を留めんや。

 

蜀中転々圖 

『三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,三首之一

前年渝州殺刺史,今年開州殺刺史。

群盜相隨劇虎狼,食人更肯留妻子。

 

(含異文)

前年渝州殺刺史【去年渝州殺刺史】,今年開州殺刺史。群盜相隨劇虎狼,食人更肯留妻子。

 

(下し文)

(三句,三首の一)

前年 渝州に刺史を殺し,今年 開州に刺史を殺す。

群盜 相い隨う 虎狼よりも劇し,人を食うに更に肯て妻子を留めんや。

 

 

(現代語訳)

(昨今、巴蜀に起こった乱について述べるもの)

前年には渝州で刺史が殺される叛乱があり、今年には開州において刺史を殺す乱があった。

このような群盜達が相次いで起こす害は虎狼らが起こす害より激しいものだ。虎狼が人を食う時は、女子供の見境はないものだが、奴らは妻子さえも食べつくしてしまうというものだ。

安史の乱当時の勢力図 

(訳注)

句,三首之一

(昨今、巴蜀に起こった乱について述べるもの)

 

前年渝州殺刺史,今年開州殺刺史。

前年には渝州で刺史が殺される叛乱があり、今年には開州において刺史を殺す乱があった。

渝州 重慶。渝州(ゆしゅう)は中国にかつて存在した州。南北朝時代、梁の蕭紀(皇位僭称552-553年)により設置された楚州を前身とする。隋代、隋朝が成立すると当初は楚州は渝州と改称され33県を管轄した。607年(大業3年)、郡制施行に伴い渝州は巴郡と改称され下部に2県を管轄した。

開州 夔州府開縣。

 

群盜相隨劇虎狼,食人更肯留妻子。

このような群盜達が相次いで起こす害は虎狼らが起こす害より激しいものだ。虎狼が人を食う時は、女子供の見境はないものだが、奴らは妻子さえも食べつくしてしまうというものだ。

群盜 盗賊。

自閬州領妻子卻赴蜀山行 三首之一

汩汩避群盜,悠悠經十年。

不成向南國,複作遊西川。

物役水虛照,魂傷山寂然。

我生無倚著,盡室畏途邊。

廣徳2764-85 《自閬州領妻子卻赴蜀山行,三首之一》 杜甫index-14 764年ふたたび成都 杜甫<761 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4135 杜甫詩1500-761-998/250049 

765年永泰元年54歲-39 《別常徵君》 杜甫index-15 杜甫<839> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4930 杜甫詩1500-839-1157/2500

(徵士である常少仙君とまた、たがいに流転し別れることを詠う。)自分はこの秋の一時期病気で寝たので、子供に助けられ、その上、杖をついて歩くことが出来た。

 
 2014年10月8日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
101 《長干行,二首之二 -#2》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <102> Ⅰ李白詩1276 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4928 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(11) 《上宰相書 -(11)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1189> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4929韓愈詩-20-(11) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-39 《別常徵君》 杜甫index-15 杜甫<839> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4930 杜甫詩1500-839-1157/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-494《河滿子二首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-677-19-(494) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4932 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-39 《別常徵君》 杜甫index-15 杜甫<839 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4930 杜甫詩1500-839-1157/2500

765年永泰元年54-39

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    別常徵君

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

交遊人物:常少仙             

 

 

別常徵君

(徵士である常少仙君とまた、たがいに流転し別れることを詠う。)

兒扶猶杖策,臥病一秋強。

自分はこの秋の一時期病気で寝たので、子供に助けられ、その上、杖をついて歩くことが出来た。

白髮少新洗,寒衣寬總長。

白髪頭の毛量も少なくなったが新たに洗う、寒さに向けて着る着物は、余って丈が長くなってしまった。

故人憂見及,此別淚相忘。

古いなじみの人はこちらの病気のことを心配してくれるのはありがたいと思う、今度の別れには、涙ながらにながめるばかりで自分が流していることを忘れるほどであるばかりである。

各逐萍流轉,來書細作行。

おたがいが、それぞれ浮草のように移り歩いている身の上であるが、これから後に送ってくださる手紙には、細々したことまで幾行も書いて送ってくださるようにお願いしたい。

 

(常徵君に別る)

兒に扶けられて 猶お策を杖く,病に臥して 一きわ 秋強し。

白髮 少なるも新たに洗う,寒衣 寬にして總て長し。

故人 憂い及ばる,此の別淚 相い忘れん。

各の萍を逐いて流轉し,來書 細やかに行を作さん。

 

巫山十二峰003 

『別常徵君』 現代語訳と訳註

(本文)

別常徵君

兒扶猶杖策,臥病一秋強。

白髮少新洗,寒衣寬總長。

故人憂見及,此別淚相忘。

各逐萍流轉,來書細作行。

 

(下し文)

(常徵君に別る)

兒に扶けられて 猶お策を杖く,病に臥して 一きわ 秋強し。

白髮 少なるも新たに洗う,寒衣 寬にして總て長し。

故人 憂い及ばる,此の別淚 相い忘れん。

各の萍を逐いて流轉し,來書 細やかに行を作さん。

 

(現代語訳)

(徵士である常少仙君とまた、たがいに流転し別れることを詠う。)

自分はこの秋の一時期病気で寝たので、子供に助けられ、その上、杖をついて歩くことが出来た。

白髪頭の毛量も少なくなったが新たに洗う、寒さに向けて着る着物は、余って丈が長くなってしまった。

古いなじみの人はこちらの病気のことを心配してくれるのはありがたいと思う、今度の別れには、涙ながらにながめるばかりで自分が流していることを忘れるほどであるばかりである。

おたがいが、それぞれ浮草のように移り歩いている身の上であるが、これから後に送ってくださる手紙には、細々したことまで幾行も書いて送ってくださるようにお願いしたい。

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

別常徵君

(徵士である常少仙君とまた、たがいに流転し別れることを詠う。)

常徵君 常は姓、處士にして官に召された人を徵士という、君は敬語。隠遁しているころの呼び名を常少仙という。 

山南東道夔州 雲安で、765年永泰元年54、秋から冬にかけての作。

 

兒扶猶杖策,臥病一秋強。

自分はこの秋の一時期病気で寝たので、子供に助けられ、その上、杖をついて歩くことが出来た。

 

白髮少新洗,寒衣寬總長。

白髪頭の毛量も少なくなったが新たに洗う、寒さに向けて着る着物は、余って丈が長くなってしまった。

 

故人憂見及,此別淚相忘。

古いなじみの人はこちらの病気のことを心配してくれるのはありがたいと思う、今度の別れには、涙ながらにながめるばかりで自分が流していることを忘れるほどであるばかりである。

故人 古いなじみの人。杜甫の持病のことを知ってくれている友人。

憂見及 こちらの病気のことを心配してくれる。

淚相忘 涙ながらにながめるばかりで自分が流していることを忘れるほどである

 

各逐萍流轉,來書細作行。

おたがいが、それぞれ浮草のように移り歩いている身の上であるが、これから後に送ってくださる手紙には、細々したことまで幾行も書いて送ってくださるようにお願いしたい。

各逐 おたがいが、それぞれが追われるようにして、~する。

 浮草。

來書 これから後に送ってくださる手紙

細作行 々したことまで幾行も書くこと。
巫山十二峰002 

765年永泰元年54歲-38 《旅夜書懷》 杜甫index-15 杜甫<838> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4925 杜甫詩1500-838-1156/2500

私の乗った舟はたかいは帆柱をたててすすむが、夜になってもただひとり寝れずにいる。星の光は垂れさがっており、平野はずっと広がっている、月の光が湧いていて大江はゆったり流れる。

 
 2014年10月7日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
101 《長干行,二首之二》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <101> Ⅰ李白詩1273 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4913 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(10) 《上宰相書 -(10)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1188> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4924韓愈詩-20-(10) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-38 《旅夜書懷》 杜甫index-15 杜甫<838> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4925 杜甫詩1500-838-1156/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ520 韓昌黎集 巻五  《同水部張員外籍曲江春遊,寄白二十二舍人》韓愈(韓退之) 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4926 (10/07) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-493《河滿子二首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-676-19-(493) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4927 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-38 《旅夜書懷》 杜甫index-15 杜甫<838> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4925 杜甫詩1500-838-1156/2500765年永泰元年54-38

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:  卷二二九        文體:  五言律詩

詩題:  旅夜書懷

杜甫は、舟は錦江を下り、岷江の本流に出る。その後、嘉州(四川省楽山市)に着き、従兄の家にしばらく滞在し、五月末には戎州(四川省宜賓市)に着く。

戎州では楊刺史の招宴を受け、そこから渝州(四川省重慶市)へ向かう。渝州では北から嘉陵江が合流し、長江は水量を増し急流になるも、三峡の手前忠州でs宜ばらく寺の宿坊でとまる。以下の詩は、この時期のものである。

◍ 宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

◍ 赤霄行

◍ 哭嚴僕射歸櫬

◍ 宴戎州楊使君東樓

◍ 渝州候嚴六侍御不到先下峽

◍ 撥悶【贈嚴二別駕】

◍ 聞高常侍亡【自注:忠州作。】

◍ 宴忠州使君姪宅

◍ 禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

◍ 題忠州龍興寺所居院壁

◍ 旅夜書懷

◍ 別常徵君

 

 

 

 

旅夜書懷

(旅の夜に舟がかりして、思いを書き記した。)

細草微風岸,危檣獨夜舟。

長江の岸にほそい草が生えている、そこに微風が吹いて来て細やかに揺れている。私の乗った舟はたかいは帆柱をたててすすむが、夜になってもただひとり寝れずにいる。

星垂平野闊,月涌大江流。

星の光は垂れさがっており、平野はずっと広がっている、月の光が湧いていて大江はゆったり流れる。

名豈文章著,官因老病休。

名声についてはどうして自分ごときの文章を著すことで生まれるというのか。官職から退いたのは、老いてきて、かつ、病んだ身では休むしかなかったのだ。

飄飄何所似,天地一沙鷗。

自分のただようている境遇はいかなるものに似ているかといえば、それは天地のあいだにおけるひとつの沙鴎のようなものだ。

 

(旅の夜 懷を書す)

細草 微風の岸,危檣 獨りの夜舟。

星 垂れて 平野闊く,月 涌きて 大江流る。

名 豈に文章に著われんや,官 因みに老病に休すべし。

飄飄 何の似たる所ぞ,天地 一沙鷗。

 

三峡 巫山十二峰001 

『旅夜書懷』 現代語訳と訳註

(本文)

旅夜書懷

細草微風岸,危檣獨夜舟。

星垂平野闊,月涌大江流。

名豈文章著,官因老病休。

飄飄何所似,天地一沙鷗。

 

(含異文)

細草微風岸,危檣獨夜舟。

星垂平野闊【星隨平野闊】,月涌大江流。

名豈文章著,官因老病休【官應老病休】。

飄飄何所似【飄零何所似】,天地一沙鷗【天外一沙鷗】。

 

(下し文)

(旅の夜 懷を書す)

細草 微風の岸,危檣 獨りの夜舟。

星 垂れて 平野闊く,月 涌きて 大江流る。

名 豈に文章に著われんや,官 因みに老病に休すべし。

飄飄 何の似たる所ぞ,天地 一沙鷗。

 

(現代語訳)

(旅の夜に舟がかりして、思いを書き記した。)

長江の岸にほそい草が生えている、そこに微風が吹いて来て細やかに揺れている。私の乗った舟はたかいは帆柱をたててすすむが、夜になってもただひとり寝れずにいる。

星の光は垂れさがっており、平野はずっと広がっている、月の光が湧いていて大江はゆったり流れる。

名声についてはどうして自分ごときの文章を著すことで生まれるというのか。官職から退いたのは、老いてきて、かつ、病んだ身では休むしかなかったのだ。

自分のただようている境遇はいかなるものに似ているかといえば、それは天地のあいだにおけるひとつの沙鴎のようなものだ。

瞿塘峡001 

(訳注)

旅夜書懷

(旅の夜に舟がかりして、思いを書き記した。)

永泰元年秋、忠州より下江した際の作。

 

細草微風岸  危檣獨夜
星垂平野闊  月涌大江
名豈文章著  官因老病
飄飄何所似  天地一沙

●●○△●  ○△●●○

○○○●●  ●●●○○

○●○○△  ○○●●△

○○△●●  ○●●△○

 

細草微風岸,危檣獨夜舟。

長江の岸にほそい草が生えている、そこに微風が吹いて来て細やかに揺れている。私の乗った舟はたかいは帆柱をたててすすむが、夜になってもただひとり寝れずにいる。

・細草:細い草。また、葦。 

・微風:そよ風。かすかに吹く風。

・危檣:高い帆柱。 ・危:高い。 

・獨:ただひとりで自分だけ起きている。 

・夜舟:夜の小船。

 

星垂平野闊,月涌大江流。

星の光は垂れさがっており、平野はずっと広がっている、月の光が湧いていて大江はゆったり流れる。

・星垂:地の涯まで星空が見えるさま。 

・闊:〔かつ〕(門内が)ひろい。(見わたして)幅広である。

・湧:わき出る。わきあがる。あふれる。盛んに出る。吐く。普通、月の動きは「出」「上」等と表現するが、「湧」とするのは作者が動的な表現を狙って、一連の「垂」「闊」「流」とともに「湧」を使った。 

・大江:長江を謂う。

 

名豈文章著,官因老病休。

名声についてはどうして自分ごときの文章を著すことで生まれるというのか。官職から退いたのは、老いてきて、かつ、病んだ身では休むしかなかったのだ。

・名:名声。 ・豈:〔き〕どうして。あに。疑問・反語の助辞(字)。 ・文章:文学。 ・著:あらわす。

・官:官職。官位。杜甫の最終の官は節度参謀、検校工部員外郎。 ・應:当然…であろう。まさに…べし。 ・老病:〔ろうびゃう〕年をとって病身であること。 ・休:やむ。

 

飄飄何所似,天地一沙鷗。

自分のただようている境遇はいかなるものに似ているかといえば、それは天地のあいだにおけるひとつの沙鴎のようなものだ。

・飄飄:ひょうひょう 風に吹かれて軽く上がるさま。彷徨(さまよ)うさま。ひるがえるさま。風が物を翻すように吹くさま。 

・何所似:何に似ているだろうか。 ・何所-:どこ。どんな。何。後に動詞を附けて、行為の目標または帰着するところを謂う。

・天地:天と地。あめつち。天壌。世の中。 

・沙鴎:〔さおう〕砂浜にいるカモメ。

765年永泰元年54歲-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

 
 2014年10月6日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
100-#3 《長干行,二首之一 #3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <100-#3> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(9) 《上宰相書 -(9)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1187> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4919 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ519 韓昌黎集 巻五  《鎮州初歸》(韓退之) 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4921 (10/06) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-492《南歌子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-675-19-(492) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4922 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500

765年永泰元年54-37

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:  卷二二九        文體:  五言律詩

詩題:  題忠州龍興寺所居院壁

作地點:        忠州(山南東道 / 忠州 / 忠州)

寫及地點:龍興寺 (山南東道忠州 忠州)    

忠州 (山南東道忠州 忠州)        

 

題忠州龍興寺所居院壁

忠州三峽井邑聚雲根。

小市常爭米,孤城早閉門。

空看過客淚,莫覓主人恩。

淹泊仍愁虎,深居賴獨園。

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

 

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

 

蜀中転々圖 

『題忠州龍興寺所居院壁』 現代語訳と訳註

(本文)

 

(含異文)

忠州三峽,井邑聚雲根。

小市常爭米,孤城早閉門。

空看過客淚【豈看過客淚】,莫覓主人恩。

淹泊仍愁虎【淹薄仍愁虎】,深居賴獨園。

 

(下し文)

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

 

(現代語訳)

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

三峡 巫山十二峰001 

 

(訳注)

題忠州龍興寺所居院壁

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

永泰元年忠州にあっての作。

◍ 聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

◍ 宴忠州使君姪宅

◍ 禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

◍ 題忠州龍興寺所居院壁

 

忠州三峽井邑聚雲根。

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

〇三峡内 三昧には諸説があり、上流よりかぞえで夔峡(瞿塘峡)・巫峡・西陵峡(宜昌の西にあるもの)の三つをいうと為す説がよろしいようである。内とは杜甫が上流の成都から下ってきて、忠州にいて三峡の下流の方を「峡外」とし、上流側に三峡、忠州とあるので内とする、忠州は夔峡よりさらに上流にある。したがって、内である。

○井邑 井は田地九百畝を九等分した経界を意味するがここは忠州城郭の街衡の条理をいい、邑は県をいう。井邑は県城の人家をさす。

○雲根 崖壁のもとをいう、雲は、岩場や洞窟から生じるというのが古代の考え方。

 

小市常爭米,孤城早閉門。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

○争米 米を買おうとあらそう。値段交渉を争うという。

○早閉門 はやく城門をしめる、盗賊をふせぐためである。盗賊は山に住むもので、夜に襲ってくるのである。税負担に堪えられないものは「逃散」ということで人別帳から逃れ、山に入った。杜甫《北征》、《三吏三別》李商隠《行次西郊作一百韻》など多くに述べている。

北征 #12 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 219

行次西郊作一百韻 李商隠 白文  現代語訳 (全文)

 

空看過客淚,莫覓主人恩。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

○過客 作者自己をいう。

○主人 刺史姪をいう。

 

淹泊仍愁虎,深居賴獨園。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

○淹泊 ひさしくとまっておる。

○獨園 絵孤独の園、寺をいう、すでにみえる。ここは竜興寺をさす。

 

 

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

巫山十二峰002 

765年永泰元年54歲-36 《禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕》 杜甫index-15 杜甫<836> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4915 杜甫詩1500-836-1154/2500

禹が洪水を治めるため四種ののりものに乗って何処へでも行く、江山の疏鑿をやり、三巴の方面から水をみちびいたということは自分はつとに知っていたのだが、ここに来て、目の当たりその遺蹟を見るのである。

 
 2014年10月5日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
100-#2 《長干行,二首之一 #2》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <100-#2> Ⅰ李白詩1273 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4913 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(8) 《上宰相書 -(8)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1186> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4914 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-36 《禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕》 杜甫index-15 杜甫<836> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4915 杜甫詩1500-836-1154/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-491《南歌子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-674-19-(491) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4917 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-36 《禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕》杜甫index-15 杜甫<836> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4915 杜甫詩1500-836-1154/2500765年永泰元年54-36

 

 

忠州の禹廟に謁してよんだ詩。永泰元年秋、下江の際の作。

年:765年永泰元年54

卷別:  卷二二九        文體:  五言律詩

詩題:  禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

及地點:        禹廟 (山南東道 忠州 臨江)        

 

 

禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

(忠州臨江縣にある禹廟の祠に謁して詠んだ詩)

禹廟空山裡,秋風落日斜。

人もいない山のなかに南の廟があって、いまは秋風のおりに夕日が斜めにさしている。

荒庭垂橘柚,古屋畫龍蛇。

荒れた庭には橘柚の実が垂れさがり、ふるぼけた屋壁には竜蛇が画いてある。

雲氣生虛壁,江聲走白沙。

廟外では虚谷の崖壁に雲気がわきおこり、白い沙岸には江流の声がとどろきつつはしっている。

早知乘四載,疏鑿控三巴。

禹が洪水を治めるため四種ののりものに乗って何処へでも行く、江山の疏鑿をやり、三巴の方面から水をみちびいたということは自分はつとに知っていたのだが、ここに来て、目の当たりその遺蹟を見るのである。

(禹 廟)

禹廟 空山の裏、秋風 落日斜めなり。

荒庭 橘柚垂れ、古屋 竜蛇を画く。

雲気 虚壁に生じ、江声白沙に走る。

早く知る四載に乗じて、疏鑿三巴より控せしを。

 

云亭 

 

『禹廟』 現代語訳と訳註

(本文) 〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

禹廟

禹廟空山裡,秋風落日斜。

荒庭垂橘柚,古屋畫龍蛇。

雲氣生虛壁,江聲走白沙。

早知乘四載,疏鑿控三巴。

 

(含異文)

禹廟空山裡,秋風落日斜。

荒庭垂橘柚,古屋畫龍蛇。

雲氣生虛壁【雲氣噓清壁】,江聲走白沙。

早知乘四載【案:去聲,即乘輴等乘字義。】,疏鑿控三巴【流落控三巴】。

 

(下し文)

(禹 廟)

禹廟 空山の裏、秋風 落日斜めなり。

荒庭 橘柚垂れ、古屋 竜蛇を画く。

雲気 虚壁に生じ、江声白沙に走る。

早く知る四載に乗じて、疏鑿三巴より控せしを。

 

(現代語訳)

(忠州臨江縣にある禹廟の祠に謁して詠んだ詩)

人もいない山のなかに南の廟があって、いまは秋風のおりに夕日が斜めにさしている。

荒れた庭には橘柚の実が垂れさがり、ふるぼけた屋壁には竜蛇が画いてある。

廟外では虚谷の崖壁に雲気がわきおこり、白い沙岸には江流の声がとどろきつつはしっている。

禹が洪水を治めるため四種ののりものに乗って何処へでも行く、江山の疏鑿をやり、三巴の方面から水をみちびいたということは自分はつとに知っていたのだが、ここに来て、目の当たりその遺蹟を見るのである。

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

(忠州臨江縣にある禹廟の祠に謁して詠んだ詩)

禹(う、紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命(ぶんめい)、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。

 

禹廟空山裡,秋風落日斜。

人もいない山のなかに南の廟があって、いまは秋風のおりに夕日が斜めにさしている。

○禹廟 夏の禹王を祀った廟、忠州臨江県の南、眠江を過ぎること二里、江の南岸屏風山に在る。

 

荒庭垂橘柚,古屋畫龍蛇。

荒れた庭には橘柚の実が垂れさがり、ふるぼけた屋壁には竜蛇が画いてある。

○荒庭 あれている廟のにわ。

○垂橘柚 だいだい・ゆずの実が枝からたれている。

○古屋 屋というが、よごれている屋壁をいう。

 

雲氣生虛壁,江聲走白沙。

廟外では虚谷の崖壁に雲気がわきおこり、白い沙岸には江流の声がとどろきつつはしっている。

○虚壁 虚谷の崖壁。

○江声 揚子江の流れる水おと。

〇白沙 江岸の白沙。

 

早知乘四載,疏鑿控三巴。

禹が洪水を治めるため四種ののりものに乗って何処へでも行く、江山の疏鑿をやり、三巴の方面から水をみちびいたということは自分はつとに知っていたのだが、ここに来て、目の当たりその遺蹟を見るのである。

○早知 禹の事蹟についてはとっくにそれを知っていた。

○乗四載 「史記」の夏本紀によれば、禹は陸行には車に乗り、水行には船に乗り、泥行には橇(そり)に乗り、山行には檋(底に鉄くぎをうった足駄)に乗ったという。

○疏鑿 疏は通に同じ、江の水はきをつけること、聖は山をうがって穴をあけることをいう。晋の郭璞の「江賦」に、「巴東の峡は、夏后疏鑿す」とあるのにもとづく。

○控 班固の「西都賦」に、「准湖を控引して、海と波を通ず」とみえる。控は水を引くことをいう、「禹貢」の「眠山より江を導く」の導の字の意に用いる。

〇三巴 後漢末苛の劉璋は巴を分かち、永寧を以て巴東郡と為し、鑿江を巴郡と為し、閬中を巴西郡と為した、これを三巴と為す。
巫山十二峰003 

765年永泰元年54歲-35 《宴忠州使君姪宅》 杜甫index-15 杜甫<835> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4910 杜甫詩1500-835-1153/2500

むかし、私が酒の席で、晋の王戎のように、如意の舞を踊ったことがあったが、今日も、この宴の盛り上がりに牽かれるように、無理に踊ろうと思うので見てほしいものだ。

 
 2014年10月4日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
100 《長干行,二首之一》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》<100> Ⅰ李白詩1272 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4908 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(7) 《上宰相書 -(7)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1185> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4909韓愈詩-20-(7) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-35 《宴忠州使君姪宅》 杜甫index-15 杜甫<835> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4910 杜甫詩1500-835-1153/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-490《清平樂一首》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-673-19-(490) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4912 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-35 《宴忠州使君姪宅》 杜甫index-15 杜甫<835 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4910 杜甫詩1500-835-1153/2500

765年永泰元年54-35

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    宴忠州使君姪宅

作地點:              忠州(山南東道 / 忠州 / 忠州)

及地點:             

忠州 (山南東道 忠州 忠州)              

湖灘 (山南東道 萬州 萬州)              

漁陽 (河北道南部 薊州 漁陽)           

交遊人物:杜使君(おい)

 

 

宴忠州使君姪宅

(忠州の刺史である甥の家で酒宴をしたことを詠った詩)

出守吾家姪,殊方此日歡。

我が杜家から血を引く一族の甥は中央に出てから、この忠州の長官に赴任しているので、他郷ながら、今日はここでの楽しみをすることになった。

自須遊阮巷,不是怕湖灘。

我叔父という関係である私を自然に竹林の七賢の阮籍が甥の阮咸が巷で遊んだようにすべてを準備してくれている。そうはいっても私にはこれから、湖灘の難関があるからと言って、それを怖がってここに留まることはできないのである。

樂助長歌逸,杯饒旅思寬。

この宴においては長閑に歌を謡えば音楽がそれを助けてくれるし、盃が大きくて存分の飲めるから旅の心が十分にくつろぐのを後押ししてくれる。

昔曾如意舞,牽率強為看。

そういえば、むかし、私が酒の席で、晋の王戎のように、如意の舞を踊ったことがあったが、今日も、この宴の盛り上がりに牽かれるように、無理に踊ろうと思うので見てほしいものだ。

 

 

(忠州の姪使君が宅に宴す)

出でて守たる 吾が家姪【かてつ】,殊方【しゅほう】にて此の日 歡ぶ。

自ら須らく阮巷に遊び,是れ湖灘【こだん】を怕るることならず。

樂は助く 長歌の逸なるを,杯は饒【ゆた】かにす 旅思の寬なるを。

昔、曾って 如意の舞し,牽率【けんそつ】強いて為して看る。

 

蜀中転々圖 

『宴忠州使君姪宅』 現代語訳と訳註

(本文)

宴忠州使君姪宅

出守吾家姪,殊方此日歡。

自須遊阮巷,不是怕湖灘。

樂助長歌逸,杯饒旅思寬。

昔曾如意舞,牽率強為看。

 

(含異文)

出守吾家姪,殊方此日歡。

自須遊阮巷【自須遊阮舍】,不是怕湖灘【不是怕溪灘】。

樂助長歌逸【樂助長歌送】,杯饒旅思寬【林饒旅思寬】。

昔曾如意舞,牽率強為看。

 

(下し文)

(忠州の姪使君が宅に宴す)

出でて守たる 吾が家姪【かてつ】,殊方【しゅほう】にて此の日 歡ぶ。

自ら須らく阮巷に遊び,是れ湖灘【こだん】を怕るることならず。

樂は助く 長歌の逸なるを,杯は饒【ゆた】かにす 旅思の寬なるを。

昔、曾って 如意の舞し,牽率【けんそつ】強いて為して看る。

 

(現代語訳)

(忠州の刺史である甥の家で酒宴をしたことを詠った詩)

我が杜家から血を引く一族の甥は中央に出てから、この忠州の長官に赴任しているので、他郷ながら、今日はここでの楽しみをすることになった。

我叔父という関係である私を自然に竹林の七賢の阮籍が甥の阮咸が巷で遊んだようにすべてを準備してくれている。そうはいっても私にはこれから、湖灘の難関があるからと言って、それを怖がってここに留まることはできないのである。

この宴においては長閑に歌を謡えば音楽がそれを助けてくれるし、盃が大きくて存分の飲めるから旅の心が十分にくつろぐのを後押ししてくれる。

そういえば、むかし、私が酒の席で、晋の王戎のように、如意の舞を踊ったことがあったが、今日も、この宴の盛り上がりに牽かれるように、無理に踊ろうと思うので見てほしいものだ。

 

 

(訳注)

宴忠州使君姪宅

(忠州の刺史である甥の家で酒宴をしたことを詠った詩)

忠州 重慶市に位置する、唐代に忠州設置。重慶市の東北、夔州府の南西。

忠州使君姪宅 杜甫の甥が忠州の刺史をしていた。

 

出守吾家姪,殊方此日歡。

我が杜家から血を引く一族の甥は中央に出てから、この忠州の長官に赴任しているので、他郷ながら、今日はここでの楽しみをすることになった。

出守 太守は中央から赴任をしてきた。

家姪 杜家から血を引く一族の甥のこと。

殊方 他の土地。他郷。

 

自須遊阮巷,不是怕湖灘。

叔父という関係である私を自然に竹林の七賢の阮籍が甥の阮咸が巷で遊んだようにすべてを準備してくれている。そうはいっても私にはこれから、湖灘の難関があるからと言って、それを怖がってここに留まることはできないのである。

阮巷 竹林の七賢の阮籍が甥の阮咸といっしょに巷で遊んだことに喩える。

湖灘 山南東道 萬州にある難関場所の名。

 

樂助長歌逸,杯饒旅思寬。

この宴においては長閑に歌を謡えば音楽がそれを助けてくれるし、盃が大きくて存分の飲めるから旅の心が十分にくつろぐのを後押ししてくれる。

樂 音楽。楽器での演奏。

長歌逸 のどかに一節を長く引っ張って歌い、こぶしを利かす。

杯饒 盃が大きくて存分の飲めること。

寬 ゆるやか。くつろぐ。

 

昔曾如意舞,牽率強為看。

そういえば、むかし、私が酒の席で、晋の王戎のように、如意の舞を踊ったことがあったが、今日も、この宴の盛り上がりに牽かれるように、無理に踊ろうと思うので見てほしいものだ。

如意舞 晉の王戎が鳥のように舞をしたことをいう。西晋の高級官吏。竹林の七賢の一人。琅邪 (山東省) の人。字は濬沖。官吏としてはあえてその職分を尽そうともしなかった。廉潔な一面をもつが,利殖にたけて莫大な財産を積み,金銭に関しては親子,親戚の情愛も感じない人物であったとされる。

牽率 宴の盛り上がりに牽かれるように。

強為看 無理に踊ろうと思うので見てほしい

765年永泰元年54歲-34 《聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕》 杜甫index-15 杜甫<834> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4905

(成都にいる時に高適の詩を聞き、六月になって、改めて哀しみをこの詩に詠った)君は金華省へ登ったというのであるが、まだ改革の何もできていないではないか、それなのに、故人となり、黄泉の国の修文郎になったのと同じで、どこが違うというのだ。

 

 
 2014年10月3日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
99 《採蓮曲》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <99> Ⅰ李白詩1271 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4903 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(6) 《上宰相書 -(6)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1184> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4904 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-34 《聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕》 杜甫index-15 杜甫<834> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4905 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ516 中唐詩 449 《和韓侍郎題楊舎人林池見寄》白居易(白楽天)  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4906 (10/03) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-34 《聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕》 杜甫index-15 杜甫<834 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4905 杜甫詩1500-834-1152/2500

 

 

 

年:765年永泰元年54-34

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

交遊人物:高適    詩文提及

 

 

聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

(成都にいる時に高適の詩を聞き、六月になって、改めて哀しみをこの詩に詠った)

歸朝不相見,蜀使忽傳亡。

君が朝廷に召還されて帰った時には、会うことが出来なかった。君の死をつたえる使者は、朝廷からすぐに蜀に差し向けられ、傳えられた

虛歷金華省,何殊地下郎。

君は金華省へ登ったというのであるが、まだ改革の何もできていないではないか、それなのに、故人となり、黄泉の国の修文郎になったのと同じで、どこが違うというのだ。

致君丹檻折,哭友白雲長。

もし君が生きて朝廷改革を進めることができたなら、わが天子を三皇五帝の上に致し、朱雲のように丹庭を清め、あの紅い手摺まで折ったことであろうが、惜しいことに、君を哭しているけれど、ここには白雲が遠くまで、長く連なっているだけなのだ。

獨步詩名在,祗令故舊傷。

これからは、君の詩と名声が独り歩きを始めるということがあるだけで、我々は、ただ、君という旧友を哀傷させられるだけなのである。

 

(高常侍が亡するを聞く)

歸朝しとき相い見ず,蜀使のとき忽ち亡を傳う。

虛しく金華省を歷て,何ぞ地下の郎に殊ならん。

君を致して 丹檻 折れん,友を哭して 白雲 長からん。

獨り步みて 詩名 在り,祗だ 故舊 傷ま令む。

 

 

『聞高常侍亡』 現代語訳と訳註

(本文)

聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

歸朝不相見,蜀使忽傳亡。

虛歷金華省,何殊地下郎。

致君丹檻折,哭友白雲長。

獨步詩名在,祗令故舊傷。

 

 

(下し文)

(高常侍が亡するを聞く)

歸朝しとき相い見ず,蜀使のとき忽ち亡を傳う。

虛しく金華省を歷て,何ぞ地下の郎に殊ならん。

君を致して 丹檻 折れん,友を哭して 白雲 長からん。

獨り步みて 詩名 在り,祗だ 故舊 傷ま令む。

 

 

(現代語訳)

(成都にいる時に高適の詩を聞き、六月になって、改めて哀しみをこの詩に詠った)

君が朝廷に召還されて帰った時には、会うことが出来なかった。君の死をつたえる使者は、朝廷からすぐに蜀に差し向けられ、傳えられた

君は金華省へ登ったというのであるが、まだ改革の何もできていないではないか、それなのに、故人となり、黄泉の国の修文郎になったのと同じで、どこが違うというのだ。

もし君が生きて朝廷改革を進めることができたなら、わが天子を三皇五帝の上に致し、朱雲のように丹庭を清め、あの紅い手摺まで折ったことであろうが、惜しいことに、君を哭しているけれど、ここには白雲が遠くまで、長く連なっているだけなのだ。

これからは、君の詩と名声が独り歩きを始めるということがあるだけで、我々は、ただ、君という旧友を哀傷させられるだけなのである。

 

yuugure02 

(訳注)

聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

(成都にいる時に高適の詩を聞き、六月になって、改めて哀しみをこの詩に詠った)

高常侍 親友の高適のことで、左散騎常侍の役職にあった。65年永泰元年正月に卆した。廣徳元年、蜀より召還せられ、刑部侍郎となり、左散騎常侍に転じ、没後禮部尚書を送られる。

成都の幕府、草堂で書かなかったのは、朝廷改革について、露見してはいけないためである。

 

歸朝不相見,蜀使忽傳亡。

君が朝廷に召還されて帰った時には、会うことが出来なかった。君の死をつたえる使者は、朝廷からすぐに蜀に差し向けられ、傳えられた

歸朝不相見 この時の事情は《》に述べている「天涯春色催遲暮,別淚遙添錦水波。」(いまこの天涯という蜀の春景色は次第に変わっていて、自分の人生、日一日と晩暮もせまり来たるということである。この時に君と直接おあいしてお別れをすることができないけれど、遠く錦江の波に添えて涙をお送りするのである。)

廣徳2年764-66 《奉寄高常侍〔寄高三十五大夫〕》 杜甫<742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4040

 

虛歷金華省,何殊地下郎。

君は金華省へ登ったというのであるが、まだ改革の何もできていないではないか、それなのに、故人となり、黄泉の国の修文郎になったのと同じで、どこが違うというのだ。

虛歷 朝廷内の改革(杜甫と房琯・鄭虔・高適・荷将軍らで、賀蘭進明・第五琦の誤った経済政策、仁徳のない金権政治、宦官勢力らを改革、征圧することを目指していた)がまったく進んでいないことをいう。杜甫にとって、高適、厳武の死は、朝廷復帰の道を完全に断たれたことになる。

金華省 漢の未央宮にあった門下省と同じ行政省に喩えた。杜甫はこの省を改革のかなめの省と考えていた。

地下郎 修文郎は詩文章を作成する役であるが、それが黄泉の国であるということ。

 

致君丹檻折,哭友白雲長。

もし君が生きて朝廷改革を進めることができたなら、わが天子を三皇五帝の上に致し、朱雲のように丹庭を清め、あの紅い手摺まで折ったことであろうが、惜しいことに、君を哭しているけれど、ここには白雲が遠くまで、長く連なっているだけなのだ。

致君 君子を三皇五帝(堯舜禹)の上に致すこと。

丹檻折 漢の朱雲の故事。漢の孝成帝が、朱雲の強いいさめを怒り、朝廷から引きずり出そうとしたとき、朱雲が欄檻(らんかん)につかまったため、それが折れたということから、① 厳しくしかったり、こらしめの体刑を加えたりすること。② 強くいさめること。厳しく諫言(かんげん)すること。丹は丹庭(朝廷)を清め、改革すること。

哭友 高適を哭する。

白雲長 今となって、高適とつながるものは、白雲であるが、それもただ長く、はるか遠いものとなったという意味。

 

獨步詩名在,祗令故舊傷。

これからは、君の詩と名声が独り歩きを始めるということがあるだけで、我々は、ただ、君という旧友を哀傷させられるだけなのである。

 

蜀中転々圖

 

杜甫が高適についてのべた詩

 

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

寄高三十五書記  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢誠実な詩人 93

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 除夜作 高適

寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

贈高式顔(昔別是何処) 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 269

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#2> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1433 杜甫詩 700- 442

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#3> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1436 杜甫詩 700- 443

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#4> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1439 杜甫詩 700- 444

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1442 杜甫詩 700- 445

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1445 杜甫詩 700- 446

成都(1)浣花渓の草堂(1) 酬高使君相贈 杜甫 <354> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1723 杜甫詩 700- 530

因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

高楠 杜甫 <435  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2120 杜甫詩1000-435-618/1500

王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500

王竟攜酒,高亦同過,共用寒字 七言律詩 成都5-(39) 杜甫 <464  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2405 杜甫詩1000-464-675/1500

李司馬橋成,高使君自成都回 七言絶句 成都5-(42) 杜甫 <467  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2420 杜甫詩1000-467-678/1500

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【東山在潼川涪江上。】 蜀中転々 杜甫 <496ー#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2670 杜甫詩1000-496ー#2-728/1500

647 《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500

697 《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》 蜀中転々 杜甫 <604  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3330 杜甫詩1000-604-860/1500

廣徳2年764-66 《奉寄高常侍〔寄高三十五大夫〕》 ふたたび成都奉寄高常侍【寄高三十五大夫】 杜甫<742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4040 杜甫詩1500-742-979/250030

765年永泰元年54-34 《聞高常侍亡【自注:忠州作。】》 杜甫index-15 杜甫<834> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4905 杜甫詩1500-834-1152/2500765年永泰元年54-34

765年永泰元年54歲-33 《撥悶【贈嚴二別駕】》 杜甫index-15 杜甫<833> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4900 杜甫詩1500-833-1151/2500

(巡察で行く先々でうまい酒が飲めることを予想して、胸中が悶えると詠う)〔厳二殿が刺史(しし)の巡察に随行するというのでこの詩を贈る。〕

 
 2014年10月2日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
8 《楊叛兒》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <98> Ⅰ李白詩1270 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4898 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(5) 《上宰相書 -(5)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1183> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4899 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-33 《撥悶【贈嚴二別駕】》 杜甫index-15 杜甫<833> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4900 杜甫詩1500-833-1151/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ515 韓昌黎集 巻五 448 《早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4901 (10/02) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-33 《撥悶【贈嚴二別駕】》 杜甫index-15 杜甫<833 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4900 杜甫詩1500-833-1151/2500

 

 

 

年:765年永泰元年54-33

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    撥悶〔贈嚴二別駕〕

作地點:              忠州(山南東道 / 忠州 / 忠州)

及地點:雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚         

交遊人物:嚴別駕              書信往來

 

悶撥〔贈嚴二別駕〕

(巡察で行く先々でうまい酒が飲めることを予想して、胸中が悶えると詠う)〔厳二殿が刺史(しし)の巡察に随行するというのでこの詩を贈る。〕
聞道雲安麴米春,纔傾一醆即醺人。

聞くところによると、雲安の“麴米春”というお酒は、一盃飲めば、すぐに人を酔わせるという。

乘舟取醉非難事,下峽消愁定幾巡。

舟に乗ったら別に酔ってしまうことは難しいことではないはずだ。三峡に向って下ってゆけば、憂さ晴らしするのに数回は、飲まないといけないはずである。

長年三老遙憐汝,棙柁開頭捷有神。

長年にわたって、かじ取りの「三老」も、もう遠くから、その汝という酒を愛しておるから、早く飲もうと思って、舟先(開頭)を開くにも、楫を操ることも素早くやっておるではないか。

已辦青錢防雇直,當令美味入吾脣。

既に自分の船賃と酒の代金を支払うために、青銅錢を用意しているのであるから、美味しいやつを一時も速く私の唇に入れさせてくれないか。

 

悶を撥【はら】う〔嚴二の別駕するに贈る〕

聞道く 「雲安の“麴米春”,纔かに一醆を傾ければ即ち人を醺せしむ」と。

舟に乘じ醉を取るは難事に非らず,峽を下り 愁を消すは定めて幾巡ぞ。

長年 三老 遙かに汝を憐れむ,棙柁【れつだ】開頭 捷 神有り。

已に青錢を辦じて 雇直を防ぎ,當に美味を令て吾が脣に入らん。

 

巫山十二峰002 

『撥悶』 現代語訳と訳註

(本文)

撥悶〔贈嚴二別駕〕

聞道雲安麴米春,纔傾一醆即醺人。

乘舟取醉非難事,下峽消愁定幾巡。

長年三老遙憐汝,棙柁開頭捷有神。

已辦青錢防雇直,當令美味入吾脣。

 

(含異文)

聞道雲安麴米春【案:唐人呼酒為春。】,纔傾一醆即醺人。

乘舟取醉非難事,下峽消愁定幾巡。

長年三老遙憐汝,棙柁開頭捷有神【棙柁鳴鐃捷有神】。

已辦青錢防雇直,當令美味入吾脣。

 

(下し文)

悶を撥【はら】う〔嚴二の別駕するに贈る〕

聞道く 「雲安の“麴米春”,纔かに一醆を傾ければ即ち人を醺せしむ」と。

舟に乘じ醉を取るは難事に非らず,峽を下り 愁を消すは定めて幾巡ぞ。

長年 三老 遙かに汝を憐れむ,棙柁【れつだ】開頭 捷 神有り。

已に青錢を辦じて 雇直を防ぎ,當に美味を令て吾が脣に入らん。

 

(現代語訳)

(巡察で行く先々でうまい酒が飲めることを予想して、胸中が悶えると詠う)〔厳二殿が刺史(しし)の巡察に随行するというのでこの詩を贈る。〕

聞くところによると、雲安の“麴米春”というお酒は、一盃飲めば、すぐに人を酔わせるという。

舟に乗ったら別に酔ってしまうことは難しいことではないはずだ。三峡に向って下ってゆけば、憂さ晴らしするのに数回は、飲まないといけないはずである。

長年にわたって、かじ取りの「三老」も、もう遠くから、その汝という酒を愛しておるから、早く飲もうと思って、舟先(開頭)を開くにも、楫を操ることも素早くやっておるではないか。

既に自分の船賃と酒の代金を支払うために、青銅錢を用意しているのであるから、美味しいやつを一時も速く私の唇に入れさせてくれないか。

 

 三峡 巫山十二峰001

(訳注)

撥悶〔贈嚴二別駕〕

(巡察で行く先々でうまい酒が飲めることを予想して、胸中が悶えると詠う)〔厳二殿が刺史(しし)の巡察に随行するというのでこの詩を贈る。〕

別駕【べつが】 古代中国で、刺史(しし)の巡察に随行する官。自分も別に乗り物をもつところからいう。

 

聞道雲安麴米春,纔傾一醆即醺人。

聞くところによると、雲安の“麴米春”というお酒は、一盃飲めば、すぐに人を酔わせるという。

雲安 夔州府の縣名。杜甫はしばらくここで過ごす。

麴米春 雲安の酒の銘柄。

 さかずき。

 酔わせること。

 

乘舟取醉非難事,下峽消愁定幾巡。

舟に乗ったら別に酔ってしまうことは難しいことではないはずだ。三峡に向って下ってゆけば、憂さ晴らしするのに数回は、飲まないといけないはずである。

 三峡。

幾巡 航行の難所がいくつもあり、その度に酒を呑むこと。

 

長年三老遙憐汝,棙柁開頭捷有神。

長年にわたって、かじ取りの「三老」も、もう遠くから、その汝という酒を愛しておるから、早く飲もうと思って、舟先(開頭)を開くにも、楫を操ることも素早くやっておるではないか。

長年三老 このあたりの訛の言葉で、「長年」は篙師のことで、「三老」は舵取り(柁工)という。

遙憐汝 汝は、雲安の“麴米春”というお酒のことで、それがはるか先にあるということ。

棙柁 舵取り(柁工)があつかうこと。

開頭 船の進路方向をひらくこと。これは、「長年」は篙師のやくわり。

捷有神 早くやることが神がかりである。酒を早く飲みたいために急いでやっているということ。

 

已辦青錢防雇直,當令美味入吾脣。

既に自分の船賃と酒の代金を支払うために、青銅錢を用意しているのであるから、美味しいやつを一時も速く私の唇に入れさせてくれないか。

 じゅんびをすること。

青錢 銅銭のこと。

防雇直 防は準備すること、雇は船賃、直は酒大

美味 うまい味の酒、雲安の“麴米春”のこと。
云亭 

765年永泰元年54歲-32 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫index-15 杜甫<832> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4895 杜甫詩1500-832-1150/2500

(渝州で、侍御厳君が来るかこぬかと待ちわびていたけれど、来ないから先に三峡を下って行こうと思うと詠う)聞くところによるとあなたは驄馬で出発されたそうだが、自分は渝州の砂浜の辺津で舟を停泊して待っている。

 
 2014年10月1日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
97 《江行寄遠 李白 3》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<97> Ⅰ李白詩1266 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4878 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(4)§2-2 《上宰相書 -(4)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1182> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4894韓愈詩-20-(4) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-32 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫index-15 杜甫<832> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4895 杜甫詩1500-832-1150/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-487《更漏子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-670-19-(487) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4897 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-32 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫index-15 杜甫<832 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4895 杜甫詩1500-832-1150/2500765年永泰元年54-32

 

 

 

年:  765年永泰元年54

卷別: 卷二二九  文體: 五言律詩 

杜少陵集 巻十四

詩題: 渝州候嚴六侍御不到先下峽 

及地點:  渝州 (山南西道 渝州 渝州) 別名:渝     

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

一柱觀 (山南東道 荊州 松滋)     

交遊人物: 嚴武 書信往來

 

 

渝州候嚴六侍御不到先下峽

(渝州で、侍御厳君が来るかこぬかと待ちわびていたけれど、来ないから先に三峡を下って行こうと思うと詠う)

聞道乘驄發,沙邊待至今。 

聞くところによるとあなたは驄馬で出発されたそうだが、自分は渝州の砂浜の辺津で舟を停泊して待っている。

不知雲雨散,虛費短長吟。 

たがいが、舟と馬という雲と雨が飛び散ったように分かれていたことに気が付かないままに、その間を長短の詩を吟じて、空しく過ごしていたのだ

山帶烏蠻闊,江連白帝深。 

考えてみれば、馬で行く山は烏蠻が棲む遠き所まで帯のように連なっており、長江の流れに乗っても白帝山の方まで深く連なっているのである。

船經一柱觀,留眼共登臨。 

自分の船が荊州の一柱觀を通るところであなたの馬を注意深く見て、あなたが到着されるのを舞って一緒に観に登り、眺めようと思っている。

 

(渝州にて嚴六侍御を候するも 到らず 先に下峽をらんとす)

聞道く 驄に乘じて發す と,沙邊 待ちて 今に至る。 

知らず 雲雨の散ぜしことを,虛しく費やす 短長の吟。 

山は烏蠻の闊なるを帶び,江は白帝の深きに連なる。 

船は 一柱觀を經て,眼に留るものは 共に登臨せん。 

 

蜀中転々圖 

『渝州候嚴六侍御不到先下峽』 現代語訳と訳註

(本文)

渝州候嚴六侍御不到先下峽

聞道乘驄發,沙邊待至今。 

不知雲雨散,虛費短長吟。 

山帶烏蠻闊,江連白帝深。 

船經一柱觀,留眼共登臨。 

 

(含異文)

聞道乘驄發,沙邊待至今。

不知雲雨散,虛費短長吟。

山帶烏蠻闊,江連白帝深。

船經一柱觀,留眼共登臨【留滯共登臨】。 

 

(下し文)

(渝州にて嚴六侍御を候するも 到らず 先に下峽をらんとす)

聞道く 驄に乘じて發す と,沙邊 待ちて 今に至る。 

知らず 雲雨の散ぜしことを,虛しく費やす 短長の吟。 

山は烏蠻の闊なるを帶び,江は白帝の深きに連なる。 

船は 一柱觀を經て,眼に留るものは 共に登臨せん。 

 

(現代語訳)

(渝州で、侍御厳君が来るかこぬかと待ちわびていたけれど、来ないから先に三峡を下って行こうと思うと詠う)

聞くところによるとあなたは驄馬で出発されたそうだが、自分は渝州の砂浜の辺津で舟を停泊して待っている。

たがいが、舟と馬という雲と雨が飛び散ったように分かれていたことに気が付かないままに、その間を長短の詩を吟じて、空しく過ごしていたのだ

考えてみれば、馬で行く山は烏蠻が棲む遠き所まで帯のように連なっており、長江の流れに乗っても白帝山の方まで深く連なっているのである。

自分の船が荊州の一柱觀を通るところであなたの馬を注意深く見て、あなたが到着されるのを舞って一緒に観に登り、眺めようと思っている。

 

(訳注)

渝州候嚴六侍御不到先下峽

(渝州で、侍御厳君が来るかこぬかと待ちわびていたけれど、来ないから先に三峡を下って行こうと思うと詠う)

渝州 (山南西道 渝州 別名を渝。現在の重慶市。

候 まつこと。

嚴六侍御 侍御厳君。

下峽 三峡を下ること。

 

聞道乘驄發,沙邊待至今。 

聞くところによるとあなたは驄馬で出発されたそうだが、自分は渝州の砂浜の辺津で舟を停泊して待っている。

乘驄發 驄馬で出発する。元気のよい白(靑)馬。驄:馬青白雜毛也。「驄馬」は、青と白のけの雑じった馬で、御史の乗る馬、御史を指す。これは、後漢の桓典が御史に任命された時、宦官に憚る事無く、堂々と驄馬に乗っていた事に由来する。『後漢書』当該部分を以下に引用する。『後漢書』「桓榮丁鴻/焉孫典」辟司徒袁隗府,舉高第,拜侍御史.是時宦官秉權,典執政無所回避.常乘驄馬,京師畏憚,為之語曰:「行行且止,避驄馬御史.」

 

不知雲雨散,虛費短長吟。 

たがいが、舟と馬という雲と雨が飛び散ったように分かれていたことに気が付かないままに、その間を長短の詩を吟じて、空しく過ごしていたのだ

雲雨散 別離の喩え。高唐賦、「朝雲暮雨」。杜甫は男女の別れと解釈。

 

山帶烏蠻闊,江連白帝深。 

考えてみれば、馬で行く山は烏蠻が棲む遠き所まで帯のように連なっており、長江の流れに乗っても白帝山の方まで深く連なっているのである。

烏蠻 雲南を烏蠻・白蠻・南蛮、に波側につらない異民族の地が連なるという意味。

闊 杜甫は遠いという意味で使う。

白帝 白帝山・白帝城は白帝山にあり、奉節城の4キロメートルの処にある。元名前は紫陽城、前漢の晩期、改名して白帝城といわれ、、城壁の遺跡は今なおぼんやりと見える。

 

船經一柱觀,留眼共登臨。 

自分の船が荊州の一柱觀を通るところであなたの馬を注意深く見て、あなたが到着されるのを舞って一緒に観に登り、眺めようと思っている。

〇一柱觀 松滋県の東、丘家湖の中にあるという、むかし宋の臨川王劉義慶が、荊州の長官であったとき羅公洲に大きな観(てら)を立ててただ一本の柱を用いたという、荊州の名所をあげたものである。観は道教の寺。

杜甫《所思》

苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。

九江日落醒何處?一柱觀頭眠幾回。

可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。

故憑錦水將雙淚,好過瞿塘灩預堆。

成都(2)浣花渓の草堂(2 -11) 所思 杜甫 <374  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1803 杜甫詩 1000- 550
巫山十二峰002 

765年永泰元年54歲-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54歲-31

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 
 2014年9月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
96 《秋下荊門 李白 4》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<96> Ⅰ李白詩1265 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4873 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(3) 《上宰相書 -(3)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1181> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4889 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54歲-31 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-486《更漏子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-669-19-(486) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4892 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54-31

 

 

年: 765年永泰元年54

卷別: 卷二二九  文體: 五言律詩 

及地點:  戎州 (劍南道北部 戎州 戎州)     

東樓 (劍南道北部 戎州 戎州)     

交遊人物: 楊使君 當地交遊(劍南道北部 戎州 戎州)

 

 

宴戎州楊使君東樓

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

驚身老,情忘發興奇。 

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

座從歌妓密,樂任主人為。 

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ
重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

 

(戎州の楊使君が東樓に宴す)

勝 えて身の老ゆるに驚き,情 忘れて興の奇なるを發す。 

座は 歌妓の密なるに從し,樂は 主人の為さしむるに任す。 

重碧の春酒を拈【ひね】り,輕紅の荔枝を擘【やぶ】る。 

樓高くして 愁思せんと欲し,橫笛 未だ吹くことを休めず。 

 蜀中転々圖

 

『宴戎州楊使君東樓』 現代語訳と訳註

(本文)

宴戎州楊使君東樓

驚身老,情忘發興奇。 

座從歌妓密,樂任主人為。 

重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

 

(含異文)

驚身老,情忘發興奇。

座從歌妓密,樂任主人為。

重碧拈春酒【重碧拈筒酒】【重碧酤春酒】【重碧酤筒酒】【重碧擎春酒】【重碧擎筒酒】【重碧拓春酒】【重碧拓筒酒】,輕紅擘荔枝。

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

 

(下し文)

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 

 

(現代語訳)

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

 

四川省西部地区略図

(訳注)

宴戎州楊使君東樓

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

戎州 劍南道北部 戎州宜賓縣、嘉州より下流、この地点で雲南より下ってきた長江本流に合流、渝州に向って下る。

楊使君 戎州刺史楊某、使君は刺史の敬称。

東樓 劍南道北部 戎州(宜賓縣)城の東樓。

 

驚身老,情忘發興奇。 

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

 他にはない景勝地。

情忘 苦楽の情を忘れる。

發興奇 風流の中でも最高のものをいう。

 

座從歌妓密,樂任主人為。 

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 密着してくる。

 音楽。

楊梅ヤマモモ000 

重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

重碧 濃い青竹に入れている酒で、春に搾りたての新酒。長安新豊の新酒は口広の甕で油紙で、黄色いひもで縛っている。高温で焼いた瓶でこい茶色。緑色の酒という解釈をしている書物もあるが、間違い。

 酒を絞り出すこと、つくり出すこと。【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。「足を拈った」; 簡単に負かす。ここでは、盃はワイングラスのような形の銀製で作られるので右手でつまむようにして口元に持って行くと左手で隠しながら飲むので、盃をひねるようにして飲むことをいう。

 勢いよく突き破る。つよく裂き破る。

 

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

樓高欲愁思 高所恐怖症で、こわい思いがしてくる。

765年永泰元年54歲-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

 
 2014年9月29日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#3 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -3》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#3> Ⅰ李白詩1267 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4883 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(2) 《上宰相書 -(2)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1180> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4884韓愈詩-20 -(2) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-485《臨江仙二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-668-19-(485) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4887 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500765年永泰元年54-30

 

 

765年永泰元年54卷別: 卷二二九  文體: 五言律詩 

詩題: 哭嚴僕射歸櫬 

作地點: 目前尚無資料 

交遊人物: 嚴武 詩文提及

 

 

哭嚴僕射歸櫬

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

老親如宿昔,部曲異平生。 

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

一哀三峽暮,遺後見君情。 

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

 

(嚴僕射櫬に歸るを哭す)

素幔 流水に隨い,舟を歸して 舊京に返る。 

老親 宿昔の如し,部曲 平生に異る。 

風は送る 蛟龍の雨,天は長し 驃騎の營。 

一たび哀む 三峽の暮,遺後 君が情を見る。 

巫山十二峰002 

 

『哭嚴僕射歸櫬』 現代語訳と訳註

(本文)

哭嚴僕射歸櫬

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

老親如宿昔,部曲異平生。 

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

一哀三峽暮,遺後見君情。 

 

(含異文)

素幔隨流水,歸舟返舊京。

老親如宿昔【老親知宿昔】,部曲異平生。

風送蛟龍雨【風逆蛟龍雨】【風逆蛟龍匣】【風送蛟龍匣】,天長驃騎營。

一哀三峽暮,遺後見君情。 

 

(下し文)

(嚴僕射櫬に歸るを哭す)

素幔 流水に隨い,舟を歸して 舊京に返る。 

老親 宿昔の如し,部曲 平生に異る。 

風は送る 蛟龍の雨,天は長し 驃騎の營。 

一たび哀む 三峽の暮,遺後 君が情を見る。 

 

(現代語訳)

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

 

(訳注)

哭嚴僕射歸櫬

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

嚴僕射 厳武のこと。765年永泰元年4月卒す。年40歳、尚書に僕射を贈られる。

 棺のこと。成都から船で故郷に送られる。

 

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

素幔 白い帆を張った船。

流水 長江の流水。

歸舟 故郷に帰る船。

返舊京 長安の方に向かう。厳武の故郷は長安の東、華州華陰縣である。

 

老親如宿昔,部曲異平生。 

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

老親 厳武の年老いた母上のこと。

部曲 節度使軍のそれぞれの小隊。

 

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

蛟龍雨 金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束のこと。

天長 両岸に山が迫り、天だけが明るくて、成都の方につながっていることをいう。成都での功績で五光が射していると連想させる。

驃騎營 厳武を驃騎将軍霍去病に喩えていて、その将軍の陣営をいう。ここでは、剣南西川節度使、成都尹の陣営。

 

一哀三峽暮,遺後見君情。 

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

一哀 ここで一たび悲しむこと。

三峽暮 忠州においての時間経過をいう。三峡は忠州を過ぎて舟が向かう方向であり西の明るさに比較して東側の暗い方に進んでゆくことをいう。

遺後 舟を送って、この川べりに残された杜甫のこと。

見君情 君は厳武のこと。これまで厳武から受けた厚い情けのこと。
蜀中転々圖 

765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

 
 2014年9月28日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#2 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#2> Ⅰ李白詩1266 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4878 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(1) 《上宰相書 -(1)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1179> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4879 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-484《臨江仙二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-667-19-(484) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4882 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500765年永泰元年54-28

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

杜少陵集巻 十三

句,四首之四 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

杜甫草堂柴門06 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

句,四首の三

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

句,四首之四 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

 

句,四首之四

藥條 藥甲 潤いて青青たり,色棕亭を過ぎて草亭に入る。 

苗 空山に滿ちて譽を取るを慚じ,根 隙地に居て形を成さんことを怯る。 

杜甫草堂 四絶句 

 

句,四首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之四 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

 

(含異文) 藥條藥甲潤青青【藥條菜甲潤青青】,色過棕亭入草亭。苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

 

(下し文)

句,四首之四

藥條 藥甲 潤いて青青たり,色棕亭を過ぎて草亭に入る。 

苗 空山に滿ちて譽を取るを慚じ,根 隙地に居て形を成さんことを怯る。 

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

杜甫像0012 

(訳注)

句,四首之四 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

 

 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

藥條 藥木の小枝。

藥甲 薬草の芽ぐみ。

色 薬草、藥木の色。

棕亭 棕櫚の木を植えてある亭の所。

草亭 草ぶきの亭の辺り。

 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

空山 隠遁者にとってのこの薬草畑。

怯成形 不思議な形などに育っていること。人参が人型になることの不思議。

根 藥木の根。

隙地 薬草畑。

 

765年永泰元年54歲-28 《絕句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54歲-28

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

 
 2014年9月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#1 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <95> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
19-#2 《醉留東野 #2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1178> Ⅱ韓昌黎集 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4874韓愈詩-19-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-28 《絕句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54歲-28 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ510 韓昌黎集 巻五 443 《寄隨州周員外》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4876 (09/27) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-483《浣溪紗七首其七》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-666-19-(483) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4877 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-28 句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54-28

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

杜少陵集巻 十三

詩題:句,四首之三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 


句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

  

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

句,四首の三

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

杜甫草堂 四絶句 

句,四首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

 

 (含異文)

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船【自注:西山白雪,四時不消。】 

 

(下し文)

句,四首の三)

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天に上る

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

 

(訳注)

句,四首之三 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

○黄鸝 高麗うぐいす。

〇一行 ひとつら。

 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

○含 いれておく。

○西嶺 雪山。

○千秋雪 千年もとけぬゆき、雪の色をいう。

○東呉 東方の呉に向かってくだるべき。

○万里船 万里をゆくふね、草堂は成都の万里橋の西にあり、橋東に合江亨があって呉にくだろうとするものは、みな亨の処より船に乗った。門前に船が泊するのはそのためである。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-27 《絕句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54歲-27

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

 
 2014年9月26日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
94-#2 《荊門浮舟望蜀江 -#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <94-#2> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
19-#1 《醉留東野 #1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1177> Ⅱ韓昌黎集 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4869韓愈詩-19-#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-27 《絕句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54歲-27 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ509 韓昌黎集 巻五 442 《題廣昌館》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4871 (09/26) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-482《浣溪紗七首其六》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-665-19-(482) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4872 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-27 句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54-27

 

 

句,四首之二 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

詩題:句,四首之二 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 

  1

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 


兩箇鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。

 


藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。

 

 

杜甫草堂 四絶句

句,四首之二  』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之二 

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

 

欲作魚梁雲復湍【欲作魚梁雲覆湍】,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。 

 

(下し文)

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,四首之二 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

 

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

魚梁 魚梁漁のしかけ。

 

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

先 さきんじて。

竹石 やなの仕掛けの材料。

如山 山のように積み重ねておいている。

安 安置すること。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-26 《絕句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54歲-26

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

 

 
 2014年9月25日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
94 《荊門浮舟望蜀江》index-5 1-5 725年開元十三年25歳  <94> Ⅰ李白詩1263 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4863 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#5§3 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1176> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4864韓愈詩-18-#5 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-26 《絕句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54歲-26 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ508 韓昌黎集 巻五 441 《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4866 (09/25) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-481《浣溪紗七首其五》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-664-19-(481) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4867 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-26 句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54-26

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

詩題: 句,四首之一 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 

  1

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

 


兩箇鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。

 


藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。

 

草堂の位置的考察
◍ 草堂は錦江の西岸にあり、錦江がコの字型に蛇行するその内側に位置していたのではないかと思われる。
_居を卜す』の詩に、
◍ 「浣花溪水水西頭、主人為卜林塘幽。」
(浣花渓水 水の西頭、主人は為に卜(ボク)す 林塘の幽なるを)
とあり、西頭は西側の意味だから、住まいを定めたのは浣花渓の西側と読める。「東岸」よりも「西岸」の方がつじつまが合う。以下の四首はみな草堂作りの一年目の夏から秋にかけて草堂を舞台に近辺の出来事を詠じた詩である。それらの詩から蛇行する錦江に村全体が大きく包まれ、とくに草堂付近はその湾曲部(浣花渓)にあったことがわかる。

◍ 『_田舍』詩に、
「田舍清江曲、柴門古道旁。」 
(田舎は清江の曲(くま)、柴門は古道の旁(かたわら)
といい、

◍ 『_江村』詩に、
「清江一曲抱村流、長夏江村事事幽。」 
(清江 一曲 村を抱きて流れ、長夏 江村 事事に幽なり
という。清江は錦江のことで、柴門は杜甫の草堂の粗末な門のこと。
これらから草堂に位置を図示すると以下のとおりである。


 

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。  

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 成都関連地図 00

句,四首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。 

 

(下し文)

(句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 

(訳注)

句,四首之一

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

杜甫草堂 四絶句 

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

卻背村 浣花渓の村は杜甫草堂の東側と北側に多く存在した。

 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。 

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

梅熟 杜甫草堂のまわりには、野梅がたくさんなっていた。

『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』

老夫臥穩朝慵起,白屋寒多暖始開。

江鸛巧當幽徑沿,鄰雞還過短牆來。

繡衣屢許攜家醞,皂蓋能忘折野梅?

戲假霜威促山簡,須成一醉習池回。

(王十七侍御掄、酒を携えて草堂に至るを許す。此の詩寄せ奉り、便ち高三十五使君を邀えて同じく到らんことを請う)

老夫臥穏【がおん】にして朝起きるに慵【ものう】し、白屋寒多くして暖にして始めて開く。

江鶴【こうかく】巧みに幽径【ゆうけい】に当たって浴す、

隣鷄【りんけい】還た短牆【たんしょう】を過ぎ来たる。

繍衣【しゅうい】屡【しばし】ば許す家醞【かうん】を携うるを、【皂蓋そうがい】能く忘れんや野梅【やばい】を折ることを。

戯れに霜威【そうい】を仮りて山簡を促し、須【すべか】らく一酔を成して習池【しゅうち】を過るべし。

朱老 南鄰の朱山人のことであるが、杜甫が成都に来て間もないころから2年ぐらい酒を酌み交わしたりしている。道教の隠遁者であるが、この時は、妻を実家に還し、本人は行方知らずである。梅が熟す季節には、喫食することになっていたのだろう。

松高・阮生論 秦州でニラをもらった阮隠居ではなく建安の阮籍のこと。草堂は竹林に囲まれ竹林の七賢の条件を持っている。松は、筋を東して生きること、松の常緑は白眼ではなく、青眼で気の合ったものの間断を連想させる。

阮籍は竹林の七賢の一人であり、数々の奇行で知られるとともに、中国の詩歌史上、陶淵明以前のもっとも優れた詩人とされている。 魏晋の政権交代期前後に、竹林で清談にふけった者たちがいた。後漢の時代に、宦官の政治に反発して清議をなすことが流行ったが、竹林の清談は清議と異なり、政治を論ぜず老荘的な哲学を論じた。その中で、代表的な人々を七賢と呼んだのである。 「晋書・巻四十九・阮籍伝」に次のような一節がある。「 籍又能為青白眼、見禮俗之士、以白眼對之」(籍又能く青白眼を為す、禮俗之士を見れば、白眼を以て之に對す。)気の合った友人と会うと「青目」つまり普通の目で迎え、いやな人に会うと白目を向いたとあるから、好き嫌いを露骨に態度に表す人物だったらしい。人を白眼視するというのは、ここから出ている。

草堂の松について、

『憑韋少府班覓松樹子』

落落出羣非柳,青青不朽豈楊梅?

欲存老蓋千年意,為覓霜根數寸栽。

(韋少府の班に憑りて 松樹の子を覓む)

落落として羣を出づは欅柳に非ず、青青として朽ちず豈に楊梅ならんや。

存せんと欲するは老蓋千年の意あり、爲めに松根數寸の栽を覓めん。

成都(1)浣花渓の草堂(7) 憑韋少府班覓松樹子 杜甫 <357  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1747 杜甫詩 700- 536

この松が「四松」として成長している。

廣徳2年764-32 《四松#3》 ふたたび成都 杜甫<663-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3765 杜甫詩1000-663-3-947/1500766

 

草堂の柴門と木々と位置関係

『田舍』

田舍清江曲,柴門古道旁。

草深迷市井,地僻懶衣裳。

柳枝枝弱,枇杷樹樹香。

鸕鷀西日照,曬翅滿漁梁。

田舍【でんしゃ】は清かな江曲り,柴門は古道の旁にあり。

草深く市井に迷い,地僻にして衣裳に懶く。

柳 げて 枝枝 弱【わか】く,枇杷 樹樹 香しい。

鸕鷀【ろじ】日を西にして照し,曬翅【れいし】漁梁【ぎょりょう】に滿つ。

成都(2)浣花渓の草堂(2 -7) 田舍 杜甫 <370  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1787 杜甫詩 1000- 54

  《破船》

平生江海心,宿昔具扁舟。 

豈惟青溪上,日傍柴門遊。 

蒼皇避亂兵,緬邈懷舊丘。 

鄰人亦已非,野竹獨修修。

船舷不重扣,埋沒已經秋。 

仰看西飛翼,下愧東逝流。 

故者或可掘,新者亦易求。 

所悲數奔竄,白屋難久留。 

(破船)

平生 江海への心,宿昔 具に扁舟せん。 

豈に惟れ 青溪の上り,日傍 柴門に遊ぶ。 

蒼皇 亂兵を避け,緬邈 舊丘を懷う。 

鄰人 亦た 已に非らず,野竹 獨り 修修たり。

船舷 不扣を重ねず,埋沒して 已に秋を經る。 

仰看て 西に飛翼し,下愧じて 東に逝流せんとす。 

故者 或いは掘らる可し,新者 亦た求むる易し。 

悲しむ所 數ば 奔竄し,白屋して 久しく留り難し。 

廣徳2764-33-1 破船ー#1》 ふたたび成都3240 杜甫<6641 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3770 杜甫詩1000-6641-948/1500767

草堂における隣人関係

『過南鄰朱山人水亭』 

相近竹参差、相通人不知。

幽花敬満樹、細水曲通池。

辟客村非違、残樽席吏移。

看君多道東、従此敷追随。

(南鄰朱山人が水亭に過る)

相い近くして竹は参差【しんさ】たり 相い過れども人知らざるなり。

幽花【ゆうか】敬いて樹に満ち、細水【さいすい】】曲りて池に通ず。

辟客【へきかく】村遠きに非ず、残樽【ざんそん】席更に移す。

君を看る 道気【どうけ】の多きなるを、此れ従り数【しばし】ば追随【ついずい】せん。

過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500

同じように隣人につぃて

南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

北鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -3)  <385  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1867 杜甫詩1000-385-566/1500

 

杜甫草堂01

<!--[endif]-->

 

 

 

765年永泰元年54歲-25 《絕句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54歲-25

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

 
 2014年9月24日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
93 《望天門山  李白 6》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<93> Ⅰ李白詩1262 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4858 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#4§2-2 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1175> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4859韓愈詩-18-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-25 《絕句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54歲-25 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-480《浣溪紗七首其四》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-663-19-(480) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4862 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-25 句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54-25

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之六 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

 

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

 

句,六首の六

江 動き 月 石に移る,溪 虛し 雲 花に傍う。

鳥 棲み 故道を知る,帆 過ぎ 誰が家に宿す。 

杜甫草堂柴門06 

 

句,六首之六』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

 

(下し文)

句,六首の六

江 動き 月 石に移る,溪 虛し 雲 花に傍う。

鳥 棲み 故道を知る,帆 過ぎ 誰が家に宿す。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,六首之六 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

江動月移石 水に映る月が、ゆっくりと動いて、岩場の所まで移っていくという意味。

溪虛雲傍花 雨雲は渓谷、岩場、洞窟などから生ずるものであるが、今宵の雲は、そういった雲ではなく、ここに咲いた花の引き立て役として浮んでいるという意味。。

 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

鳥棲知故道 鳥は自分の塒に帰るということを必ずする。ということで、下句には自分の家に帰らないもののことを詠う。

宿誰家 上句の「鳥棲」を受けて、妻子のもとに帰らないものをいう、これから遊びに行くものがいるということ。成都には長安、揚州に次ぐ大きな歓楽街があった。

杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

 
 2014年9月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
92 《金陵望漢江》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1261 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4853 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#3§2-1 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1174> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4854韓愈詩-18-#3§2-1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-479《浣溪紗七首其三》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-662-19-(479) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4857 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之五 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

 

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

 

藤の花01


 

句,六首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。

 

(下し文)

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

杜甫像0012 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

 

(訳注)

句,六首之五 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

句,六首之一、三、五、の詩にこの詩の六首の中でも竹を一首ごとに潜行して詠っている。

 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

筍穿壁 南隣の家との間の竹林が成長し、根をはり、家の下から

藤刺簷 藤の花が垂れると庇を突き刺しているようだという。庭と船着き場との間に四阿を立てていてそこのひさしをいう。

 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

絲冉冉 地面の水分が糸(かげろう)を引いて次第に立ち上ってゆく

江白 濯錦江の水面に日が射し、白く光っていることをいう。
kagayaki880 

765年永泰元年54歲-23 《絕句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)


 
 2014年9月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
91 《望廬山五老峯》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1260 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4848 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#2§1-2 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1173> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4849韓愈詩-18-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-23 《絕句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-478《浣溪紗七首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-661-19-(478) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4852 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-23 句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之四 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

江畔独歩尋花 

 

句,六首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

 

(下し文)

句,六首の四)

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,六首之四 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

急雨 にわか雨。夕立。

捎溪足 浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたり。

斜暉 日が斜めに射す。夕方の光。

轉樹腰 樹木の腰の辺りに日が射しこむ。光が動く様子をいう。

 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

隔巢 鳥の巣が二つ離れて向き合う。

黃鳥 高麗鶯。

 「も」のくさ。

 おどる。はねる。

765年永泰元年54歲-22 《絕句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54歲-22

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

 
 2014年9月21日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
90 《望廬山瀑布二首其二(絶句)》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <91> Ⅰ李白詩1259 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4843 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
445-#1§1-1 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1172> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4844 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-22 《絕句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54歲-22 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-477《浣溪紗七首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-660-19-(477) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4847 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-22 句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54-22

 

 

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

海棠花021

 

句,六首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 

 

(下し文)

句,六首之三)

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 纜【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

江畔独歩尋花 

(訳注)

句,六首之三 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

 

 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

交棕葉 シュロの葉。

開渠 すいろ、みぞ。

斷竹根 杜甫の草堂の南側には竹林が大きく広がり、その根を断たないと庭が竹林になってしまうことをいう。

 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 艫綱がたおやかな状態である。大雨や、嵐が最近ないということをいう。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-21 《絕句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54歲-21

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

 
 2014年9月20日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89-#2 《望廬山瀑布水二首其一#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <90> Ⅰ李白詩1258 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4838 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
444 《天星送楊凝郎中賀正》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1167> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4819韓愈詩-444 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-21 《絕句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54歲-21 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-476《菩薩蠻一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-659-18-(476) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4842 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-21 句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54-21

 

 

作年: 65年永泰元年54-

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之二 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

江畔独歩尋花 

句,六首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之二

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。

幽棲身懶動,客至欲如何。 

 

(下し文)

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

草堂002 

(訳注)

句,六首之二

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

藹藹 花が蜂や蝶を呼ぶため、じゃもじゃと群がり出しているさま。

 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

幽棲 隠遁生活。

懶動 何にもしないで風景や事物を見ている隠遁者である。

客至欲如何 杜甫は、厳武の幕府を辞して草堂に帰っているのでここでお客というのは、厳武が訪ねてきたらどうしようという意味である。

765年永泰元年54歲-20 《絕句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54歲-20

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

 
 2014年9月19日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#5 《送汴州監軍俱文珍》韓愈(韓退之)ID <1170> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4834韓愈詩-443-#5 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-20 《絕句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54歲-20 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-475《醉公子一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-658-18-(475) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4837 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-20 句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54-20

 

 

作年: 65年永泰元年54-

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之一 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。 

 

 

句,六首之二  

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

 

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

杜甫草堂詳細図02 

 

句,六首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

 

 

(下し文)

(絕句,六首の一)

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

春水001 

(訳注)

句,六首之一 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

籬東水・舍北泥 草堂は濯錦江がうねった地点にあり、遊水地の様な位置関係にあるため東西南が濯錦江に面し、北側に沼、池、水路があったもの。

 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

翡翠 カワセミ。

鵾雞 鶤雞とうまる【唐丸/鶤鶏】とは。意味や解説。1 ニワトリの一品種(おおにわとり)。長鳴き鶏(どり)の一。羽色は一般に黒色で、新潟県で作り出された。2 「唐丸籠(かご)」の略。とうまるおくり【唐丸送り】江戸時代、罪人を唐丸籠(かご)に入れて護送すること。
江畔独歩尋花 

765年永泰元年54歲-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54歲-19

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 
 2014年9月18日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#4 《送汴州監軍俱文珍 幷序》韓愈(韓退之)ID <1169> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4829韓愈詩-443-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54歲-19 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-474《杏園方一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-657-18-(474) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4832 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765

年永泰元年54-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54-19

 

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之五

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)



春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

春日江村,五首之四

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 

(春日江村,五首之四)

扶病 朱紱【しゅふつ】を垂れ,歸休 紫苔に步す。

郊扉 晚計存し,幕府 群材に愧ず。

燕外 晴絲卷き,鷗邊 水葉開く。

鄰家 魚鱉【ぎょべつ】を送り,我を問うて數【しばし】ば能く來る。 

春日江村,五首之五

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

群盜哀王粲,中年召賈生。

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

登樓初有作,前席竟為榮。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

宅入先賢傳,才高處士名。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

異時懷二子,春日復含情。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 

(春日江村,五首之五)

群盜あるは 王粲哀み,中年で 賈生を召す。

登樓 初めて作有り,前席 竟に榮なりと為す。

宅 先賢傳に入り,才 處士の名を高くす。

異時 二子を懷い,春日 復た情を含む。

安史の乱当時の勢力図 

 

『春日江村,五首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之五

群盜哀王粲,中年召賈生。

登樓初有作,前席竟為榮。

宅入先賢傳,才高處士名。

異時懷二子,春日復含情。

 

(下し文)

(春日江村,五首之五)

群盜あるは 王粲哀み,中年で 賈生を召す。

登樓 初めて作有り,前席 竟に榮なりと為す。

宅 先賢傳に入り,才 處士の名を高くす。

異時 二子を懷い,春日 復た情を含む。

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 

 

(訳注)

春日江村,五首之五

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

群盜哀王粲  中年召賈
登樓初有作  前席竟為
宅入先賢傳  才高處士
異時懷二子  春日復含

○●○△●  △○●●△

○○○●●  ○●●○○

●●△○△  ○○●●○

●○○●●  ○●●○○

 

群盜哀王粲,中年召賈生。

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

群盜 後漢の世情と安史の乱以降の世情と似ており、各地に反乱がおこり、強盗がはびこったことをいう。

王粲 王粲」は後漢末、建安の文人。三層七子のひとり。曹操政権に入る前、洛陽から長安へ董卓のために強制移住させられ、董卓の暗殺のあと戦乱状態になった長安からさらに避難して、荊州の劉表のもとに身を寄せた。しかし重用されることはなく、不満を「登楼の賦」(『文選』巻11)に綴った。

賈生 漢の孝文帝劉恒(紀元前202157年)に仕えた文人賈誼(紀元前201―169年)のこと。洛陽の人。諸吉家の説に通じ、二十歳で博士となった。一年後、太中大夫すなわち内閣建議官となり、法律の改革にのりだして寵任されたが、若輩にして高官についたことを重臣たちに嫉まれ、長沙王の傅に左遷された。のち呼び戻され、孝文帝の鬼神の事に関する質問に答え、弁説して夜にまで及び、孝文帝は坐席をのりだして聴き入ったと伝えられる。その後、孝文帝の少子である梁の懐王の傅となり、まもなく三十三歳を以て死んだ。

 

登樓初有作,前席竟為榮。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

登樓初有作 王粲の故事。荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦「登樓賦」を作った。

前席竟為榮 賈誼の故事。首聯の注参照。

 

宅入先賢傳,才高處士名。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

先賢傳 王粲の宅が楚国先賢傳の記事にある。

處士 仕えることなく家居するものをいうが、才能があるという名声があった。

 

異時懷二子,春日復含情。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

二子 この詩は、才能があるのに、朝廷から疎まれたり、登用されなかったりしていることと、杜甫自身、朝廷から疎外され、はじき出され、官を辞すに至った。
三者の思惑が合致 

765年永泰元年54歲-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54歲-18

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 
 2014年9月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
88-#1 《登瓦官閣》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・金陵と遊ぶ。<88-#1>Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#3 《送汴州監軍俱文珍 幷序》韓愈(韓退之)ID <1168> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4824韓愈詩-443-#3 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54歲-18 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-473《滿宮花一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-656-18-(473) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4827 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54-18

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之四

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)      

 

 

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

春日江村,五首之四

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 

(春日江村,五首之四)

扶病 朱紱【しゅふつ】を垂れ,歸休 紫苔に步す。

郊扉 晚計存し,幕府 群材に愧ず。

燕外 晴絲卷き,鷗邊 水葉開く。

鄰家 魚鱉【ぎょべつ】を送り,我を問うて數【しばし】ば能く來る。

 

竹林0021 

『春日江村,五首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之四

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

 

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポン