757年-006 崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡 杜詩詳注 卷一八(四)一六○一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7552
杜甫 崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡 (母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。) わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのである。
| 767年-06 | 崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡 | 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7592 |
| 杜詩詳注巻18-46 | ||
| 全唐詩巻二二九 32 | 767年大暦2年56歲 (6) |
杜甫詩1500-1160-1610/2500 767年大暦2年56歲-(6)
詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。
| 1 | 立春(卷一八(四)一五九七) |
| 2 | 江梅(卷一八(四)一五九八) |
| 3 | 庭草(卷一八(四)一五九八) |
| 4 | 愁(卷一八(四)一五九九) |
| 5 | 王十五前閣會(卷一八(四)一六○○) |
| 6 | 崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○ |
| 7 | 遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二) |
| 8 | 晝夢(卷一八(四)一六○三) |
| 9 | 暮春(卷一八(四)一六○五) |
| 10 | 即事(卷一八(四)一六○五) |
| 11 | 懷灞上遊(卷一八(四)一六○六) |
| 12 | 入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六) |
| 13 | 入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七) |
| 14 | 入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八) |
767年大暦2年56歲-(6) 18-46
| 作時年: | 767年 | 大暦2年 | 56歲 |
| 全唐詩 | 巻二二九 32 | 文體: | 七言律詩 |
| 杜詩詳注 | 巻18-46 | 卷一八(四)一六○ | |
| 詩題: | 崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡 | ||
| 序文 | 0 | ||
| 作地點: | 瀼西(山南東道 / 夔州 / 奉節) | | |
| 及地點: | 白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城 | ||
| | | | |
| 交遊人物: | 崔評事 書信往來 | | |
| 交遊人物: | 弟 | | |
卷229_32 《崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡》
崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡
(母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。)
江閣要賓許馬迎,午時起坐自天明。
わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。
浮雲不負青春色, 細雨何孤白帝城。
いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。
身過花間沾濕好,醉於馬上往來輕。
花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。
虛疑皓首沖泥怯,實少銀鞍傍險行。
君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのである。
(崔評事弟 相い迎うるを許す、到らず、應に老夫泥雨を見て出ずるを怯れ、必ず佳期を愆るを慮るなるべし。筆を走らせて戲れに簡す)
江閣 賓を要するに馬迎を許し,午時 起坐す 天明よりす。
浮雲にも負かず青春の色,細雨にも 何ぞ孤【そむ】かん 白帝城に。
身 花間を過ぐ 沾濕するも好し,醉 馬上に於て 往來するも輕し。
虛しく疑う 皓首 沖泥 怯るるかと,實に少く 銀鞍 險に傍いて行く。
杜甫詳注(仇兆鰲)
| 崔評事弟許相迎不到 應平/聲慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡 |
| 顧注當時大厯二年春在夔/州西閣作 邵注崔評事公 |
| 之表/弟 |
| 江閣邀賓許馬迎、午時起坐自天明。浮雲不負青春色 |
| 細雨何孤白帝城身過花間霑濕好醉於馬上往來輕 |
| 虛疑皓首衝泥怯實少銀鞍傍去/聲險行起結二聨賓主/雙闗中間四句 |
| 述坐時望迎之意倒本是邀賓江閣許馬迎天明起坐/至午時兩句皆用 裝法 卲注江閣公所寓白帝城 |
| 崔所居通首逐句順下俱帯戲詞車顧注剡溪漫筆云/王右軍在郡迎王敬仁敬仁每用 常惡其遲後以馬 |
| 迎敬仁雖復風雨亦不以車也杜詩江閣邀賓許馬迎/用此事於泥雨甚切 秦嘉詩起坐為不寧 别賦龍 |
| 馬銀/鞍 |
| 朱瀚曰為一酒食侵曉而待亦太無聊雲不負春色/語尚可通雨不孤白帝便無意義霑濕有何好處醉 |
| 則龍鍾何得體輕虛疑衝泥聲韻頽唐馬行/何必銀鞍且馬又何必傍險赴燕豈逃難耶 |
現代語訳と訳註解説
(本文)
〔崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡〕
江閣要賓許馬迎,午時起坐自天明。
浮雲不負青春色, 細雨何孤白帝城。
身過花間沾濕好,醉於馬上往來輕。
虛疑皓首沖泥怯,實少銀鞍傍險行。
(下し文)
(崔評事弟 相い迎うるを許す、到らず、應に老夫泥雨を見て出ずるを怯れ、必ず佳期を愆るを慮るなるべし。筆を走らせて戲れに簡す)
江閣 賓を要するに馬迎を許し,午時 起坐す 天明よりす。
浮雲にも負かず青春の色,細雨にも 何ぞ孤【そむ】かん 白帝城に。
身 花間を過ぐ 沾濕するも好し,醉 馬上に於て 往來するも輕し。
虛しく疑う 皓首 沖泥 怯るるかと,實に少く 銀鞍 險に傍いて行く。
(現代語訳)
崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡 (母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。)
わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。
いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。
花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。
君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのであ
る。
























