杜甫 可歎 #5
用為羲和天為成,用平水土地為厚。王也論道阻江湖,李也丞疑曠前後。
死為星辰終不滅,致君堯舜焉肯朽。吾輩碌碌飽飯行,風后力牧長回首。
天も、伝説の義和の四人の者を用いたから天を完成させることができたし、舜より、禅譲を受けた禹は水土をおさめ、人徳の厚い施政を行うことで安寧の世を造ったのである。
王生よ! 君は道を論ずること、三公の如き人物であるけれども、現在、江湖を隔ておるではないか。李生よ! 君は丞・疑としで天子輔佐の役としたら前後に其の人を見ぬほどのものである。
彼らは君を堯舜の地位にのぼらせる人物だから其の名は決して朽ちることはない、それどころか、死んだら星辰にまでもなってあくまでほろびることのない人たちである.
これにくらべると吾が輩は碌碌たる者で、ただ、たらふく飯をたべて、ぶらぶらあるいているにすぎないもので、それで風后・カ牧の様な彼等に期待をかけて、いつもその方へ、ふりむいてながめている次第である。
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杜少陵集21-05-#5 |
可 歎 #5 |
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杜甫詩index-15 |
767年大暦2年56歲 22-#5 |
1142 <1592> |
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杜甫詩1500-1142 <1592>/2500
年:767年大暦2年56歲-22-#5
卷別: 卷二二二 文體: 七言古詩
詩題: 可歎
作地點: 目前尚無資料
及地點: 豐城 (江南西道 洪州 豐城)
洪州 (江南西道 洪州 洪州) 別名:豫章
交遊人物/地點:王季友 詩文提及(江南西道 洪州 豐城)
李勉 詩文提及(京畿道 京兆府 長安)
詩文:
可歎 #1
(なげかわしきことについてのべた詩。)
天上浮雲如白衣,斯須改變如蒼狗。
天上に浮んでいる雲をみるに白いきもののようであるが、しばらくするとかわって胡麻塩の狗の様になる。
古往今來共一時,人生萬事無不有。
むかしも今もかわりがある様で、かわりがないことは同時の如きものであって、人間社会にはどんなことでも無い事はないほどのものである。
近者抉眼去其夫,河東女兒身姓柳。
ちかごろ河東の女子で姓を柳氏というものが“眼をくじる”様に夫を棄てたといふ事件がある。
#2
丈夫正色動引經,酆城客子王季友。
このことについて世間の男子は真顔になってややもすれば經典の文句まで引っぱりだして女の夫で鄭城の客となっている王季友をかれこれと非難する。(王季友はそんなことで非難するにはあたらぬ人物なのだ)
群書萬卷常暗誦,孝經一通看在手。
王季友は万巻の羣書をつねに暗誦し、一本の孝経を、いつも、いつも、手にして見ている。
貧窮老瘦家賣屐,好事就之為攜酒。
彼は貧窮で老い、かつ痩せて家では下駄を売り、揚雄のように、好事の熱心家が酒をもっていって教えを請うている、というような人物である。
#3
豫章太守高帝孫,引為賓客敬頗久。
それで我が唐の高祖の曾孫にあたる豫章の太守李勉が、王季友を引いて賓客とし、随分久しく之を尊敬しておられる。
聞道三年未曾語,小心恐懼閉其口。
きくところによると、王季友は三年のあいだ何等妻のことについては話さず、おとなしく謹慎して口をとじているということであった。
太守得之更不疑,人生反覆看亦醜。
太守は王季友を得ては彼を信用しきってすこしも疑わないというもので、それはもっともなことであり、きょうは信じ、あすは疑うという様な世の人生反覆の状態は醜いものであり、太守はそんなことがない人である。
#4
明月無瑕豈容易,紫氣鬱鬱猶衝斗。
明月の珠にも傷が無いというのはめったにあるものではないし、まして王季友の場合では鄭城の古剣の如く紫気がさかんに斗牛をも衝かんとするという故事があったではないか、それを思い出すべきである。
時危可仗真豪俊,二人得置君側否。
明月の珠にも傷が無いというのはめったにあるものではないし、まして王季友の場合では鄭城の古剣の如く紫気がさかんに斗牛をも衝かんとするという故事があったではないか、それを思い出すべきである。
太守頃者領山南,邦人思之比父母。
李太守はこのごろまで山南道を支配しておられたのであるが、いまでもその地方の人民はこのお方を父母の様に慕っているという。
王生早曾拜顏色,高山之外皆培塿。
自分は王生には早くからお目にかかっているが、彼はたとえば崇高な高山の様なもので、之にくらべると世にいる他のものどもはみな小山ぐらいのものにすぎぬ。
#5
用為羲和天為成,用平水土地為厚。
王也論道阻江湖,李也丞疑曠前後。
死為星辰終不滅,致君堯舜焉肯朽。
吾輩碌碌飽飯行,風后力牧長回首。
天も、伝説の義和の四人の者を用いたから天を完成させることができたし、舜より、禅譲を受けた禹は水土をおさめ、人徳の厚い施政を行うことで安寧の世を造ったのである。
王生よ! 君は道を論ずること、三公の如き人物であるけれども、現在、江湖を隔ておるではないか。李生よ! 君は丞・疑としで天子輔佐の役としたら前後に其の人を見ぬほどのものである。
彼らは君を堯舜の地位にのぼらせる人物だから其の名は決して朽ちることはない、それどころか、死んだら星辰にまでもなってあくまでほろびることのない人たちである.
これにくらべると吾が輩は碌碌たる者で、ただ、たらふく飯をたべて、ぶらぶらあるいているにすぎないもので、それで風后・カ牧の様な彼等に期待をかけて、いつもその方へ、ふりむいてながめている次第である。
(歎ず可し)
天上の浮雲は白衣に似たり、斯須改變して蒼狗の如し。
古往 今來 共に一時,人生 萬事 有らざる無し。
近者眼を抉りて其の夫を去る,河東の女兒 身姓は柳。
#2
丈夫 正色 動【ようや】く經を引く,酆城の客子 王季友。
群書 萬卷 常に暗誦し,孝經 一通 看るに手に在る。
貧窮 老瘦 家 屐を賣り,好事 之に就きて為に酒を攜う。
#3
豫章の太守 高帝の孫,引きて 賓客と為し敬すること頗る久し。
聞道く 三年 未だ曾て語らず,小心 恐懼 其の口を閉ず と。
太守 之を得て更に疑わず,人生 反覆 看るに亦た醜なり。
#4
明月 瑕無き 豈に容易ならんや,紫氣 鬱鬱として 猶お斗を衝く。
時危くして仗る可きは真に豪俊なり,二人 君側に置くことを得んや否や。
太守 頃者 山南を領し,邦人 之を思いて 父母に比す。
王生には早く曾て顏色を拜し,高山の外は 皆 培塿なり。
#5
用いて羲和を為さば 天の為に成らん,用いて水土を平げば 地の為に厚からん。
王や 論道 江湖を阻つ,李や 丞疑 前後を曠【むな】しくす。
死して星辰と為り 終に滅せず,君を堯舜に致す 焉んぞ肯えて朽ちん。
吾が輩碌は 碌 飯に飽きて行き,風后 力牧 長に 首を回らす。
『可歎』現代語訳と訳註解説
(本文)
#5
用為羲和天為成,用平水土地為厚。
王也論道阻江湖,李也丞疑曠前後。
死為星辰終不滅,致君堯舜焉肯朽。
吾輩碌碌飽飯行,風后力牧長回首。
(異文)
用為羲和天為成,用平水土地為厚。王也論道阻江湖,李也疑丞曠前後【李也丞凝曠前後】。死為星辰終不滅,致君堯舜焉肯朽。吾輩碌碌飽飯行,風后力牧長回首。
(下し文)
#5
用いて羲和を為さば 天の為に成らん,用いて水土を平げば 地の為に厚からん。
王や 論道 江湖を阻つ,李や 丞疑 前後を曠【むな】しくす。
死して星辰と為り 終に滅せず,君を堯舜に致す 焉んぞ肯えて朽ちん。
吾が輩碌は 碌 飯に飽きて行き,風后 力牧 長に 首を回らす。
(現代語訳)
#5
天も、伝説の義和の四人の者を用いたから天を完成させることができたし、舜より、禅譲を受けた禹は水土をおさめ、人徳の厚い施政を行うことで安寧の世を造ったのである。
王生よ! 君は道を論ずること、三公の如き人物であるけれども、現在、江湖を隔ておるではないか。李生よ! 君は丞・疑としで天子輔佐の役としたら前後に其の人を見ぬほどのものである。
彼らは君を堯舜の地位にのぼらせる人物だから其の名は決して朽ちることはない、それどころか、死んだら星辰にまでもなってあくまでほろびることのない人たちである.
これにくらべると吾が輩は碌碌たる者で、ただ、たらふく飯をたべて、ぶらぶらあるいているにすぎないもので、それで風后・カ牧の様な彼等に期待をかけて、いつもその方へ、ふりむいてながめている次第である。
(訳注) #5
可歎 #5
(なげかわしきことについてのべた詩。)
【題義】王季友を弁護し且つ季友と李勉との二人の偉器なることに関してのべる。767年大暦2年4月以前の一作であり、杜甫、56歲、この年、22作目。
1 可歎 王季友が妻に家出されたことを世人が非難して、其の人物の大きさを見ないことをなげかわしいとするなり。
用為羲和天為成,用平水土地為厚。
天も、伝説の義和の四人の者を用いたから天を完成させることができたし、舜より、禅譲を受けた禹は水土をおさめ、人徳の厚い施政を行うことで安寧の世を造ったのである。
39 用為羲和天為成 伝説の天に仕えた義和の四人の者を用いたから天も完成した。・義和:古代の伝説上の人物で太陽の御者とか太陽を生んだ母といわれる。のちに東南西北のそれぞれの地の天文に関する任務を担当する羲仲 (ぎちゅう) ,羲叔 (ぎしゅく) ,和仲,和叔の4人兄弟の総称であるという説も生れた。神話の女神。帝俊の妻で10個の太陽を産み,毎日産湯をつかわせているという。のち太陽の御者とされ,馬または竜の引く車に太陽を載せて天空をかけるとも。なお,《書経》では非神話化され,羲仲・羲叔・和仲・和叔の4人の総称で,天文をつかさどる官吏。・天為成:地平天成世の中が平穏で、天地が治まること。▽「地平」は地の変動がなく、世の中が平穏に治まること。「天成」は天の運行が順調で、万物が栄えることをいう。《尚書、大禹謨》: 帝曰:「俞!地平天成,六府三事允治,萬世永賴,時乃功。」
40 用平水土地為厚 舜より、禅譲を受けた禹は水土をおさめ、人徳の厚い施政を行うことで安寧の世を造った。・平水土:治水に功があり,舜より禅譲を受けて夏の国を治めたといわれる。《尚書·虞書·舜典》. 帝曰:「俞!咨禹,汝平水土,惟時懋哉!」
王也論道阻江湖,李也丞疑曠前後。
王生よ! 君は道を論ずること、三公の如き人物であるけれども、現在、江湖を隔ておるではないか。李生よ! 君は丞・疑としで天子輔佐の役としたら前後に其の人を見ぬほどのものである。
41 王也論道 王は王季友であり、論道は、治國の大道を論ずることを言う。《尚書・周官篇》「三公論道經邦,燮理陰陽。」(三公は道を論じ邦を經し,燮は陰陽を理す)三公は官職の細務を議せず治國の大道を論ずものであり、宰相は森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から国を治めること。
42 阻江湖 長江、洞庭湖を間におくように朝廷から隔離されている状況を言う。
43 李也 李勉のこと。
44 丞疑 古代王者の顧問に備わる官職名。《尚書大傳》「古者天子必有四鄰,前曰疑,後曰丞,左曰輔,右曰弼。」
45 曠前後 前にも後にもその人を見ることはない。
死為星辰終不滅,致君堯舜焉肯朽。
彼らは君を堯舜の地位にのぼらせる人物だから其の名は決して朽ちることはない、それどころか、死んだら星辰にまでもなってあくまでほろびることのない人たちである.
46 死為星辰 人が死後、昇天して星になったということを言う。《莊子大宗師》「傅說得之,以相武丁,奄有天下,乘東維,騎箕尾,而比於列星。」
47 致君堯舜 君を堯舜のような地位にいたす。《孟子、中語》「致君堯舜上,再使風俗淳。」
48 焉肯朽 其の名は決して朽ちることはない。
吾輩碌碌飽飯行,風后力牧長回首。
これにくらべると吾が輩は碌碌たる者で、ただ、たらふく飯をたべて、ぶらぶらあるいているにすぎないもので、それで風后・カ牧の様な彼等に期待をかけて、いつもその方へ、ふりむいてながめている次第である。
49 碌碌 ごろごろとつまらなきさま。
50 飽飯行 ごはんをたらふくたべて、ぶらぶらしてあるいたりする。謙譲用語。
51 風后力牧 黃帝の時の相・将の名、「帝王世紀」にみえる。以て王季友と李勉に比す。
52 長回首 いつもそれにむかってふりむきながめる。理想をそこにおくなり。













