奉贈太常張卿洎(キ)二十韻 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 89
太常卿張洎に送った詩である。製作時は天宝十三載。



 

奉贈太常張卿洎(キ)二十韻
方丈三韓外,崑崙萬國西。
方丈という山は三韓の外にあり、崑崙の山は万国の西にある。
建標天地闊,詣絶古今迷。
天地の広潤なる間にたかい所に目印をたてているのだ、しかしそのような仙山へは実際行けることはないので、昔も今もそれがどこにあるのか迷っているのである。
氣得神仙迥,恩承雨露低。
貴君は天子の姫ぎみのお婿なのですでに俗界を遠く離れた神仙の気を得ておられるし、また天子の雨露の恩沢のそそぎかかるのを受けておられる。
相門清議眾,儒術大名齊。』
それから宰相たる君の御家門に向っては天下の清議が多くあつまり、父君(張説)殿の子ですから儒教に秀でておられるという点に於ては大名としてもお二人が同等であられるのだ。』

軒冕羅天闕,琳瑯識介圭。
軒車に乗り冤を戴く高位高官の人々は宮廷の門にたくさんつらなっているが、その多く高官、琳瑯ともいうべき玉の中で天子は大珪の玉を認識して君を任用されるに至った。
伶官詩必誦,夔樂典猶稽。
音楽の役人は必ず詩を朗詞するものである。(その詩や楽をつかさどる太常卿長官を任命するには軽々しくはしていない。)舜王の時、夔に音楽をつかさどらせるのに慎重であったように今の天子も古昔の例を十分かんがえて貴君を任命されたのである。
健筆淩鸚鵡,銛鋒瑩鷿鵜。
君は文筆がたっしゃで禰衡の「鸚鵡賦」を即座に作った以上であり、そのするどい筆さきは鷿鵜からとったあぶらでみがきをかけられたようにかがやいている。
友於皆挺拔,公望各端倪。
貴君の兄弟はなかまからずばぬけており、世評に三公の位につかれてもよいといわれるほどの世間の声望があるがそれもとうぜんのことといわれている。
通籍逾青瑣,亨衢照紫泥。
これまで貴君は宮中へ仕籍を通じて青瑣の門をこえて奥まではいり、宮中の道路を貴君が掌る紫泥の光りを以て照らした。(天子の制誥を起草する職に居た。)
靈虬傳夕箭,歸馬散霜蹄。
そうして漏刻が夕の刻をつたえる頃には馬に霜をふむひづめを散らさせながら家路の途へついたのだ。
能事聞重譯,嘉謨及遠黎。
最近には貴君の文学の才あることは通訳を重ねる遠方の胡地までも聞こえており、貴君の政治上のよいはかりごとはその遠地の人民にまで及んだ。
弼諧方一展,班序更何躋。』

それがこんどは太常卿になったので天子をして弼諧をなさしめ奉る志を、やっと一度のべることができるようになった。かく高い地位についた以上はこの上もはやのぼるべき官階はないかのようにみえる。』


適越空顛躓,游梁竟慘淒。
自分は宋人の如く越にいっても空しくつまずき、司馬相如の如く梁に遊んでもものがなしい心地が残るだけだった。
謬知終畫虎,微分是醯雞。
自分は貴君から謬って知遇を受けたが、結局、真の虎ではないことになった。自分の如きものの本分は「うんか」虫ぐらいのところである。
萍泛無休日,桃陰想舊蹊。
年中浮き草のように漂うており、休止する日などない、故郷の桃の木の下の昔ながらの小路がなつかしく想われる。
吹噓人所羨,騰躍事仍睽。
前に貴君から推薦してもらったときは他人から羨まれたが、抜擢されることはなく、思ったこととは反対の結果であった。
碧海真難涉,青雲不可梯。
碧海へでも逃れようとおもうが海の水はわたることができないし、上天したいとおもうが青雲には梯がかけられないのでのぼられないのだ。
顧深慙鍛煉,才小辱提攜。
貴君の恩顧が深いのに自分の鍛錬の足らないというのははずかしい、自分の才が小さいのに貴君が提携してくださるのはかたじけない。
檻束哀猿叫,枝驚夜鵲棲。
自分はたとえば手摺にしばられて猿が叫んでいるかのようであり、枝の上で驚きながら、それは夜のかささぎが木にとまっているようなものなのだ。
幾時陪羽獵,應指釣璜溪。』

いつになったら漢の揚雄のように天子の羽猟をなされるときのおともをすることができるのか、それはまさに天子が釣璜渓で太公望にされたように指さして人を求められるときであろうとおもう。』


奉贈太常張卿洎(キ)二十韻
方丈三韓外,崑崙萬國西。建標天地闊,詣絶古今迷。
氣得神仙迥,恩承雨露低。相門清議眾,儒術大名齊。』
軒冕羅天闕,琳瑯識介圭。伶官詩必誦,夔樂典猶稽。
健筆淩鸚鵡,銛鋒瑩鷿鵜。友於皆挺拔,公望各端倪。
通籍逾青瑣,亨衢照紫泥。靈虬傳夕箭,歸馬散霜蹄。
能事聞重譯,嘉謨及遠黎。弼諧方一展,班序更何躋。』
適越空顛躓,游梁竟慘淒。謬知終畫虎,微分是醯雞。
萍泛無休日,桃陰想舊蹊。吹噓人所羨,騰躍事仍睽。
碧海真難涉,青雲不可梯。顧深慙鍛煉,才小辱提攜。
檻束哀猿叫,枝驚夜鵲棲。幾時陪羽獵,應指釣璜溪。』


方丈三韓の外 崑崙萬國の西
標を建つ天地の迥なるに 詣ること絶えて古今迷う
気は神仙の過なるを得 恩は雨露の低れたるを承く
相門精議眾く  儒術大名斉し』


軒冕天闕になる 琳瑯に介珪を識る
伶官詩必ず詞す 夔楽典猶お稽う
健筆鸚鵡を凌ぎ 銛鋒鷿鵜に瑩たり
友子皆な挺抜  公望各々端倪倪あり
通籍青瑣を逾え 亨衢紫泥に照らさる
霊虬夕箭を伝え 帰馬霜蹄散す
能事重訳に聞え 嘉謀遠黎に及ぶ
弼譜方に一たび展ぶ 班序更に何くにか躋らん』


越に適くも空しく顛躓す 梁に遊ぶも竟に慘淒なり
謬知終に画虎 微分是れ醯雞
萍泛休する日無く 桃陰旧蹊を想う
吹嘘人の羨む所 騰躍事仍お睽く
碧海兵に捗り難く 青雲梯す可からず
顧深くして鍛錬を慙ず 才小にして提携を辱うす
檻に束ねられて哀猿叫び 枝に驚きて夜鵲棲む
幾時か羽猟に陪せん 応に項を釣るの渓を指すなるべし。』




奉贈太常張卿洎二十韻  訳註と解説
太常張卿娼太常卿の官である張洎をいう、太常の張洎卿という意である。前に八三頁に「贈翰林張四學士 杜甫36」詩がある。張洎は張説の子で、天宝十三載に出されて磻渓司馬とされたが、年内に召還され太常卿に遷された。詩は彼に贈ったものである。


方丈三韓外,崑崙萬國西。建標天地闊,詣絶古今迷。
氣得神仙迥,恩承雨露低。相門清議眾,儒術大名齊。』
方丈三韓の外 崑崙萬國の西
標を建つ天地の迥なるに 詣ること絶えて古今迷う
気は神仙の過なるを得 恩は雨露の低れたるを承く
相門精議眾く  儒術大名斉し』

方丈という山は三韓の外にあり、崑崙の山は万国の西にある。
天地の広潤なる間にたかい所に目印をたてているのだ、しかしそのような仙山へは実際行けることはないので、昔も今もそれがどこにあるのか迷っているのである。
貴君は天子の姫ぎみのお婿なのですでに俗界を遠く離れた神仙の気を得ておられるし、また天子の雨露の恩沢のそそぎかかるのを受けておられる。
それから宰相たる君の御家門に向っては天下の清議が多くあつまり、父君(張説)殿の子ですから儒教に秀でておられるという点に於ては大名としてもお二人が同等であられるのだ。』


方丈三韓外,崑崙萬國西。
方丈という山は三韓の外にあり、崑崙の山は万国の西にある。
○方丈 秦時の道教方士が東海中にあると考えた三神山の一、ほかに蓬莱山、瀛州山。〇三韓 馬韓・辰韓・弁韓の三韓、今の朝鮮。○崑崙 山の名、西王母の女仙人が住むと考えられた処。


建標天地闊,詣絶古今迷。
天地の広潤なる間にたかい所に目印をたてているのだ、しかしそのような仙山へは実際行けることはないので、昔も今もそれがどこにあるのか迷っているのである。
○建標 めじるしをたてる。これは山のそばだっていることをいう、方丈と崑崙とをあわせていう。○詣絶 詣ることたゆるととく。○古今迷 古人今人ともに迷う。方丈以下の四句は次の神仙の句を言わんがための序である。


氣得神仙迥,恩承雨露低。
貴君は天子の姫ぎみのお婿なのですでに俗界を遠く離れた神仙の気を得ておられるし、また天子の雨露の恩沢のそそぎかかるのを受けておられる。
○気 気象、意気。○神仙 通過は凡俗と遠く超越しておることをいう。この神仙というのは張洎が玄宗の女寧親公主の婿であるのによってかくいった、天子の女は仙女であり、その仙女の婿であるから神仙の気を得たものとみるのである。○恩 天子の恩寵。○雨露低 雨露は即ち恩沢、低とはこちらへむけてくだされることをいう。婿であるから恩寵も従ってあつい。


相門清議眾,儒術大名齊。』
それから宰相たる君の御家門に向っては天下の清議が多くあつまり、父君(張説)殿の子ですから儒教に秀でておられるという点に於ては大名としてもお二人が同等であられるのだ。』
○相門宰相の家門。頭の父張説は玄宗の宰相である。○精義衆清議とは正人君子の議論をいう、衆とは多くこの相門にあつまることをいう。○儒術 借のみちをいう。○大名斉世間の議に於て説、洎父子の大名が同等であるという意。



軒冕羅天闕,琳瑯識介圭。伶官詩必誦,夔樂典猶稽。
健筆淩鸚鵡,銛鋒瑩鷿鵜。友於皆挺拔,公望各端倪。
通籍逾青瑣,亨衢照紫泥。靈虬傳夕箭,歸馬散霜蹄。
能事聞重譯,嘉謨及遠黎。弼諧方一展,班序更何躋。』

軒冕天闕になる 琳瑯に介珪を識る
伶官詩必ず詞す 夔楽典猶お稽う
健筆鸚鵡を凌ぎ 銛鋒鷿鵜に瑩たり
友子皆な挺抜  公望各々端倪倪あり
通籍青瑣を逾え 亨衢紫泥に照らさる
霊虬夕箭を伝え 帰馬霜蹄散す
能事重訳に聞え 嘉謀遠黎に及ぶ
弼譜方に一たび展ぶ 班序更に何くにか躋らん』

 
軒車に乗り冤を戴く高位高官の人々は宮廷の門にたくさんつらなっているが、その多く高官、琳瑯ともいうべき玉の中で天子は大珪の玉を認識して君を任用されるに至った。
音楽の役人は必ず詩を朗詞するものである。(その詩や楽をつかさどる太常卿長官を任命するには軽々しくはしていない。)舜王の時、夔に音楽をつかさどらせるのに慎重であったように今の天子も古昔の例を十分かんがえて貴君を任命されたのである。
君は文筆がたっしゃで禰衡の「鸚鵡賦」を即座に作った以上であり、そのするどい筆さきは鷿鵜からとったあぶらでみがきをかけられたようにかがやいている。
貴君の兄弟はなかまからずばぬけており、世評に三公の位につかれてもよいといわれるほどの世間の声望があるがそれもとうぜんのことといわれている。
これまで貴君は宮中へ仕籍を通じて青瑣の門をこえて奥まではいり、宮中の道路を貴君が掌る紫泥の光りを以て照らした。(天子の制誥を起草する職に居た。)
そうして漏刻が夕の刻をつたえる頃には馬に霜をふむひづめを散らさせながら家路の途へついたのだ。
最近には貴君の文学の才あることは通訳を重ねる遠方の胡地までも聞こえており、貴君の政治上のよいはかりごとはその遠地の人民にまで及んだ。
それがこんどは太常卿になったので天子をして弼諧をなさしめ奉る志を、やっと一度のべることができるようになった。かく高い地位についた以上はこの上もはやのぼるべき官階はないかのようにみえる。』


軒冕羅天闕,琳瑯識介圭。
軒車に乗り冤を戴く高位高官の人々は宮廷の門にたくさんつらなっているが、その多く高官、琳瑯ともいうべき玉の中で天子は大珪の玉を認識して君を任用されるに至った。
○軒冕 (けんべん)馬車とかんむり、高官の用いるもの。○天闕 宮廷の門。○琳瑯 (りんろう)美玉。○識 しりわける。認識する。○介圭 長さ一尺二寸の大きな圭玉、珪の尖端は将棋のこまの状をなしている。これは頭をたとえていう。張洎の美質をしっていたので彼を太常卿に任ずるとの意。



伶官詩必誦,夔樂典猶稽。
音楽の役人は必ず詩を朗詞するものである。(その詩や楽をつかさどる太常卿長官を任命するには軽々しくはしていない。)舜王の時、夔に音楽をつかさどらせるのに慎重であったように今の天子も古昔の例を十分かんがえて貴君を任命されたのである。
○伶官 音楽を掌る役人。○夔楽 夔は舜の臣で、舜は夔に命じて音楽を掌らせたことが「書経」にみえる。○典 つかさどること。「書経」舜典に「夔、汝二命ジ楽ヲ典ラシム、冑子ヲ教エヨ」とある。○稽とは古の経典をかんがえることをいう。張洎を太常卿に任ずるについて慎重にしたことをいう。



健筆淩鸚鵡,銛鋒瑩鷿鵜。
君は文筆がたっしゃで禰衡の「鸚鵡賦」を即座に作った以上であり、そのするどい筆さきは鷿鵜からとったあぶらでみがきをかけられたようにかがやいている。
○健筆 たっしヤな文筆、洎の文才をいう。○淩鸚鵡 魏の禰衛は「鸚鵡賦」を即座に作り一字を改めなかったという。凌とはそれを凌駕することをいう。○銛鋒 するどい切尖き、これは詞銛を剣鉾を以てたとえていう。○瑩 光潔なさま。○鷿鵜 鳧(かも)のたぐい、そのあぶらは刀剣をみがくのに適している、ここはあぶらの義に用いる。鳥をいうのではない。



友於皆挺拔,公望各端倪。
貴君の兄弟はなかまからずばぬけており、世評に三公の位につかれてもよいといわれるほどの世間の声望があるがそれもとうぜんのことといわれている。
○友 子兄弟のこと。「書経」に「孝乎推孝、友二子兄弟」とあり、友子の二字を切りとって兄弟の義に用いる。洎の兄均も刑部尚書となった。○挺抜 なかまからずっとぬきんでる。○公望 三公の位であってもおかしくないという世間の声がある。○端倪 端は緒、倪は畔のことと注する。いとぐち、境目という意。世評がとりとめないことではなく当然のことであることをいう。



通籍逾青瑣,亨衢照紫泥。
これまで貴君は宮中へ仕籍を通じて青瑣の門をこえて奥まではいり、宮中の道路を貴君が掌る紫泥の光りを以て照らした。(天子の制誥を起草する職に居た。)
○通籍 籍とは二尺の竹ふだ、それに本人の年齢・名字・容貌・風体などかきつけ宮門に掛けておき、本人が宮廷に入ろうとするときは札と照らしあわせて中に入ることを許された。この札を官署へさしだして置くことによって通籍という。○逾青瑣 青瑣は門の戸に青色のくさりがたの模様を染めてあるため名づけられた。青瑣門は多く黄門侍邸のことに用いるが、ここは洎が翰林学士として制誥を掌ったときのことをいう。○亨衢 通達の跡の義で宮内のみちをさす。○照紫泥 天子の制誥はこれを封ずるのに紫色の泥を用いてそのうえに印を捺す、学士は制誥の起草を掌るゆえ紫泥をも使用する。その紫泥の色が宮路をてらすというのである。



靈虬傳夕箭,歸馬散霜蹄。
そうして漏刻が夕の刻をつたえる頃には馬に霜をふむひづめを散らさせながら家路の途へついたのだ。
○霊虬 霊威あるみずち、これは漏刻の体をいう。○夕箭箭は漏刻の刻を示すもので、今の時計の針のようなもの。夕方を報ずる箭が夕箭である。○帰馬 家へとかえるうま。○散霜蹄 霜蹄は霜をふむひづめ、此の句より上四句は翰林学士時代をいぅ。
 


能事聞重譯,嘉謨及遠黎。
最近には貴君の文学の才あることは通訳を重ねる遠方の胡地までも聞こえており、貴君の政治上のよいはかりごとはその遠地の人民にまで及んだ。
○能事 文筆の材能をいう。○聞重譯 重譯は言葉の通訳を幾度も量ねる遠方の国をいう、これ及び次句は虞渓司馬となったことをいう。○嘉諜 よいはかりごと、遠地を治めるについてのはかりごとである。○速黎 遠方の人民。


弼諧方一展,班序更何躋。』
それがこんどは太常卿になったので天子をして弼諧をなさしめ奉る志を、やっと一度のべることができるようになった。かく高い地位についた以上はこの上もはやのぼるべき官階はないかのようにみえる。』
○弼譜 人君たるものが古人の徳をふみ行い、自己の聡明を謀り広くして、自己の政事を輔け整えることとする。即ち、弼諧を 「政事を輔弼和諧すること」ととく、これは人君の事に属する。〇万一展 展とは志をのべることをいう。天子をして弼譜をなさしめることを得ることをいう。○班序 班爵之序をいう、位をわける順序次第、官位の階級。○更何躋 何は何処にかの意。官位がすでに高いのでそれ以外にのぼるべき場所がないという意、実際にはそうではないが高いことを誇張していったもの。
 


適越空顛躓,游梁竟慘淒。謬知終畫虎,微分是醯雞。
萍泛無休日,桃陰想舊蹊。吹噓人所羨,騰躍事仍睽。
碧海真難涉,青雲不可梯。顧深慙鍛煉,才小辱提攜。
檻束哀猿叫,枝驚夜鵲棲。幾時陪羽獵,應指釣璜溪。』

越に適くも空しく顛躓す 梁に遊ぶも竟に慘淒なり
謬知終に画虎 微分是れ醯雞
萍泛休する日無く 桃陰旧蹊を想う
吹嘘人の羨む所 騰躍事仍お睽く
碧海兵に捗り難く 青雲梯す可からず
顧深くして鍛錬を慙ず 才小にして提携を辱うす
檻に束ねられて哀猿叫び 枝に驚きて夜鵲棲む
幾時か羽猟に陪せん 応に項を釣るの渓を指すなるべし。』


自分は宋人の如く越にいっても空しくつまずき、司馬相如の如く梁に遊んでもものがなしい心地が残るだけだった。
自分は貴君から謬って知遇を受けたが、結局、真の虎ではないことになった。自分の如きものの本分は「うんか」虫ぐらいのところである。
年中浮き草のように漂うており、休止する日などない、故郷の桃の木の下の昔ながらの小路がなつかしく想われる。
前に貴君から推薦してもらったときは他人から羨まれたが、抜擢されることはなく、思ったこととは反対の結果であった。
碧海へでも逃れようとおもうが海の水はわたることができないし、上天したいとおもうが青雲には梯がかけられないのでのぼられないのだ。
貴君の恩顧が深いのに自分の鍛錬の足らないというのははずかしい、自分の才が小さいのに貴君が提携してくださるのはかたじけない。
自分はたとえば手摺にしばられて猿が叫んでいるかのようであり、枝の上で驚きながら、それは夜のかささぎが木にとまっているようなものなのだ。
いつになったら漢の揚雄のように天子の羽猟をなされるときのおともをすることができるのか、それはまさに天子が釣璜渓で太公望にされたように指さして人を求められるときであろうとおもう。』


適越空顛躓,游梁竟慘淒。
自分は宋人の如く越にいっても空しくつまずき、司馬相如の如く梁に遊んでもものがなしい心地が残るだけだった。
○適越、杜甫が壮年時代に越(今の浙江地方)にも梁(河南地方)にも遊歴した。又司馬相如は病身のために官をやめ梁に客遊した。○顛躓 ひっくりかえる、つまずく。○顛躓 ものがなし。
 


謬知終畫虎,微分是醯雞。
自分は貴君から謬って知遇を受けたが、結局、真の虎ではないことになった。自分の如きものの本分は「うんか」虫ぐらいのところである。
○謬知 知は洎が自己を知ってくれたこと、謬とは謙遜の辞。それほどの材器ではないのに先方が材器だとして知ってくれたのは謬って知ってくれたのだという意。○画虎 後漢の馬援の語に「虎ヲ画イテ成ラズンバ反ッテ狗二顆ス」という、自己が狗の如く真の虎となり得ないことをいう。○微分 分は本分、分限などの分。徴は細小をいう、謙蓮の辞。○醯雞(けいけい) うんかという虫の類、「荘子」に孔子が顔回に向かって自己の道は醯雞のごときか、といったとの話があるが、この虫は嚢の中にわき、要の外のひろい世界を知らぬものである。孔子の道の小さいことをいう。



萍泛無休日,桃陰想舊蹊。
年中浮き草のように漂うており、休止する日などない、故郷の桃の木の下の昔ながらの小路がなつかしく想われる。
○萍泛 うきくさの如く水にうかぶ、漂泊生活をたとえていう。○桃陰 桃の木のかげ、これは武陵桃源の故事を用いてしかも故郷の事に用いている。○旧蹊 むかしながらの小みち。

 

吹噓人所羨,騰躍事仍睽。
前に貴君から推薦してもらったときは他人から羨まれたが、抜擢されることはなく、思ったこととは反対の結果であった。
○吹嘘 いきをふきかける、自己を後援してくれること。此の語によれば張洎は作者の人材であることを知って、従来彼を推薦しくれたものであることを知っていたことをいう。○騰躍 馬のおどる如く高くおどりあがる、地位の急進することをいう。○睽 意に思ったこととは反対の結果となることをいう。



碧海真難涉,青雲不可梯。
碧海へでも逃れようとおもうが海の水はわたることができないし、上天したいとおもうが青雲には梯がかけられないのでのぼられないのだ。
○碧海 碧色の水をたたえたうみ、これは海中に逃れ去るという意である。海中に仙人の里があるといわれていた。○青雲 青大空の中の高い雲。○梯 はしごをかけてのぼる、これは仙人となって上天することをいう。



顧深慙鍛煉,才小辱提攜。
貴君の恩顧が深いのに自分の鍛錬の足らないというのははずかしい、自分の才が小さいのに貴君が提携してくださるのはかたじけない。
 張洎の自己に対して目をかけてくれることをいう。○慙 鍛錬の足らないのをほじること。○鍛錬 刀をきたえる、自己の才力を発達させること。○ 先方をはずかしめる。謙遜の辞。○提攜 洎が杜甫と手をひきあうこと。



檻束哀猿叫,枝驚夜鵲棲。
自分はたとえば手摺にしばられて猿が叫んでいるかのようであり、枝の上で驚きながら、それは夜のかささぎが木にとまっているようなものなのだ。
檻束 檻はてすり、束は束縛。○枝驚 木の枝上にて驚くこと。○ かささぎ。



幾時陪羽獵,應指釣璜溪。』
いつになったら漢の揚雄のように天子の羽猟をなされるときのおともをすることができるのか、それはまさに天子が釣璜渓で太公望にされたように指さして人を求められるときであろうとおもう。』
(天子をして磻渓を指ささしめるのには張洎の力を要するのである。此の末段は主として自己を叙している。)
幾時 何時に同じ。○陪羽猟 漢末の揚雄の故事、雄は成帝の羽猟に陪従して、「羽猟賦」をつくる。○応指 応(まさに云々するなるべし)は推測の辞であり、指はゆびざす。○釣璜渓 太公望の璜渓をいう。周の文王が璜渓(太公望の釣りを垂れた処)に至って太公望を見たとき、望は文王に答えて「望、釣シテ玉璜ヲ得、刻二日ク、姫命ヲ受ケ、呂検ヲ佐ク」といった。璜は佩び玉、釣璜渓とは璜を釣りし得た渓、即ち璜渓をいう、此の句は自己を太公望として、自己の釣りを垂れる処に之を求めて薦めよとの意を寓している。即ち洎の推薦を求めているのである。○磻渓 張洎の前の役職。