杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #5 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 192

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #5 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 192
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。內人紅袖泣,王子白衣行。#2
宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。
あなたにたよろうかとおもうのだが、いま隴右へゆかれるので、むかし王粲が劉表に依った故事にならって、わたしもすぐにでもついていこうかと思うのだ、また、禰衡がきらわれた様にあなたが自分を嫌がられはしまいかと疑ってしまうのである。
漸衰那此別,忍淚獨含情。
わたしはだんだん歳を重ね、衰えかかってきはじめたのでここでお別れをすることができようものか。ただはふり落ちんとする涙をこらえてひとりでじっと胸のつらさをもちこたえるしかないのである。』
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。
叛乱のために、廃墟のようになった県や村では狐や狸が語り合いをしているだけらしい。逃村や略奪、強奪で住む人も無い村では残っているのは虎や豹になって争っているのだ。
人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
人々はいまや頻りに塗炭の苦しみにおちいっている、あなたがこの国に対して精真な誠の念を忘れることがありましょうか。
元帥調新律,前軍壓舊京。
元帥、広平王淑俄は新しき銅管を吹いて音調をととのえて軍紀を正し、その前軍の大将李嗣業は長安を占圧する勢いになってきている。
安邊仍扈從。莫作後功名。#5

あなたも隴右の辺境を安寧化されるとそのまま天子の車駕のおともをして都の方へとたちかえられ、他人が功名を立てるのにおくれをとる様なことがあってはなりません。

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。
#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

DCF00195

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #5

徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

(下し文) #5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ


(現代語訳)
あなたにたよろうかとおもうのだが、いま隴右へゆかれるので、むかし王粲が劉表に依った故事にならって、わたしもすぐにでもついていこうかと思うのだ、また、禰衡がきらわれた様にあなたが自分を嫌がられはしまいかと疑ってしまうのである。
わたしはだんだん歳を重ね、衰えかかってきはじめたのでここでお別れをすることができようものか。ただはふり落ちんとする涙をこらえてひとりでじっと胸のつらさをもちこたえるしかないのである。』
叛乱のために、廃墟のようになった県や村では狐や狸が語り合いをしているだけらしい。逃村や略奪、強奪で住む人も無い村では残っているのは虎や豹になって争っているのだ。
人々はいまや頻りに塗炭の苦しみにおちいっている、あなたがこの国に対して精真な誠の念を忘れることがありましょうか。
元帥、広平王淑俄は新しき銅管を吹いて音調をととのえて軍紀を正し、その前軍の大将李嗣業は長安を占圧する勢いになってきている。
あなたも隴右の辺境を安寧化されるとそのまま天子の車駕のおともをして都の方へとたちかえられ、他人が功名を立てるのにおくれをとる様なことがあってはなりません。



(訳注)#5
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。

径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
あなたにたよろうかとおもうのだが、いま隴右へゆかれるので、むかし王粲が劉表に依った故事にならって、わたしもすぐにでもついていこうかと思うのだ、また、禰衡がきらわれた様にあなたが自分を嫌がられはしまいかと疑ってしまうのである。
依劉表 劉表が三国の時、荊州の長官であったとき、魏の王粲が往って彼に依った。今、王粲を以て自ずから比し、劉表を以て郭嘉に此する。○厭禰衡 後漢の禰衡は文才があったが、曹操は彼を穀そうと思い、黄祖が性急であることを知って祖のもとに赴かせたところ、祖はついに彼を殺した。禰㤚を以て自ずから比す。厭うとは郭がいとうこと。

漸衰那此別,忍淚獨含情。』
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
わたしはだんだん歳を重ね、衰えかかってきはじめたのでここでお別れをすることができようものか。ただはふり落ちんとする涙をこらえてひとりでじっと胸のつらさをもちこたえるしかないのである。』
漸衰 自ずからいう、だんだん老衰する。○那此別 どうしてここに別れられよう。○含情 むねのうちにつらさをじっともちこたえている。


廢邑狐狸語,空村虎豹爭。
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
叛乱のために、廃墟のようになった県や村では狐や狸が語り合いをしているだけらしい。逃村や略奪、強奪で住む人も無い村では残っているのは虎や豹になって争っているのだ。
廃邑 廃墟のようになった県や村。○狐狸語 きつね、たぬきがかたりあう。○空邸人なきむら。○虎豹争 虎や豹がけんかをする。狐狸、虎豹は盗賊をたとえていう。廃邑、空村は兵乱にあらされた地方をいう。


人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
人々はいまや頻りに塗炭の苦しみにおちいっている、あなたがこの国に対して精真な誠の念を忘れることがありましょうか。
 人々。○墜塗炭 「尚書」仲他之語に「民ハ塗炭二墜ツ」とみえる、泥や炭火のなかにおちたほどの苦しみをうけること。○ 郭嘉をさすことで、ここでは、郭英乂をさす。○精誠 朝廷に対してはげみ、誠をつくす。


元帥調新律,前軍壓舊京。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
元帥、広平王淑俄は新しき銅管を吹いて音調をととのえて軍紀を正し、その前軍の大将李嗣業は長安を占圧する勢いになってきている。
元帥 広平王淑供(玄宗の子)をさす。○調新律 律は銅管のふえ、その音によって羣衆をととのえる、調は音声をととのえること。この意味は、新らたに軍紀を整備することをいう。集結し、忠誠を誓い、軍を整備すること言う。○前軍 李嗣業の軍をさす。淑の配下に嗣業をおき、部曲を整えて長安を回復させようとした。○旧京 長安。


安邊仍扈從。莫作後功名。』
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ 
あなたも隴右の辺境を安寧化されるとそのまま天子の車駕のおともをして都の方へとたちかえられ、他人が功名を立てるのにおくれをとる様なことがあってはなりません。
安辺 辺地(陳右)を安寧化ならしめる。○ そのまま。○扈從 扈はあとに従うこと、扈從とは天子の奉賀のあとにつきしたがうことをいう。○後功名他 人が功名をたてるのよりもおくれる。


郭嘉 (かく か、170年 - 207年)は中国後漢末期の武将・政治家。字は奉孝(ほうこう)。郭奕の父、郭深・郭敞(『世語』)の祖父、郭猟の高祖父。頴川郡陽翟県の人。『三国志』魏志に伝がある。曹操に仕えた軍師の1人。曹操の覇業を助けたが若死し、曹操に惜しまれた。


劉表 (りゅう ひょう、漢安元年(142年) ? - 建安13年(208年)8月)は、後漢末期の政治家・儒学者。字は景升(けいしょう)。山陽郡高平県[1]の人。前漢の景帝の第4子である魯恭王・劉余の子孫[2]。後漢の統制力が衰えた後に荊州に割拠した。


隬衡 魏の禰衛は「鸚鵡賦」を即座に作り一字を改めなかったという。
禰衡は自分は発狂したと仕官を断ってしまった。しかし曹操は才能を重んじていたので、又、孔融のべた褒めを聞いていたので殺そうとはしなかった。
劉表の元では文才を発揮し、また劉表に対しては下手に出た。しかし、その配下に対しては傲慢な態度をとったうえ、酷評を行なったため、劉表配下の面々から恨まれた。このため、讒言により劉表の不興を買って遠ざけられた。
劉表の家臣で黄祖の子・黄射と友人になり、黄射の仲介で黄祖と出会う。黄祖は禰衡をはじめは高く評価したが、次第に禰衡が傲慢な態度をとるようになったため、遂に堪忍袋の緒が切れた。そして部下に禰衡の処刑を命じ、その部下も禰衡を恨んでいたので、早速殺してしまった。禰衡は死の直前まで黄祖を罵り続けた。黄祖は禰衡を殺したことを後に悔いたという。 彼の死後、黄射は彼の遺体を鸚鵡洲という地(現湖北省武漢市)に埋葬した。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #4 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 191
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。內人紅袖泣,王子白衣行。#2
宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。
圭竇三千士,雲梯七十城。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
恥非齊說客,秖似魯諸生。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
通籍微班忝,周行獨坐榮。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4

そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。

徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。
#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。

#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

宮島(7)

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #4

妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。

(下し文) #4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。


(現代語訳)
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。


(訳注)"#4
妙譽期元宰,殊恩且列卿。

妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
妙譽 巧妙な世上の美しいうわさばなし。○元宰 宰相。○殊恩 天子の特別のおぼしめし。○列卿 卿の例位にあるもの。御史中丑は正四品下、太僕寺卿は従三品である。今英乂は中丞にして卿を兼ねるのは優恩による。


幾時回節鉞,戮力掃欃槍?』
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。』
幾時 何の時と同じ。○回節鉞 節鉞とは天子より軍権を御委任あるしるしとして賜わる鉞(まさかり)。回とは隴右道の方面から長安の方へと方向転換することをいう。○戮力 中央の人々とカを合わせること。○掃欃槍 目標槍はほうき星、兵乱の象、禍の不吉なものとされる星、掃とははらいのけること。


圭竇三千士,雲梯七十城。
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
圭竇 門の傍の生け垣のくぐり穴、その穴の頂辺が将棋のこまの頭のような鋭角である飾り気の全くないさまをいう。貧士の居宅のさま。 〇三千 多いことをいう。これは孔子の弟子三千人と数えなくていうものと同様な数値。○雲梯 「墨子」に楚の荘王が公輸椴をして雲梯を作って宋を攻めさせたという話がある。雲梯は雲まで届く高いはしごで、これを用いて敵城にのぼる。城郭の壁の高さが15m以上あったとされるから。20m~25m以上の梯子であろうか。〇七十城 漢の酈食其は弁舌を振って斉の七十余城を降らしめたという話がある。張良、韓信の時代。・漢の酈食其 身長は8尺ほどあり読書を好んだが、貧乏で家業を持たなかった。のちに村の門番となるが、周囲からは「狂生(気狂い先生)」と呼ばれ相手にされなかった。韓信が斉攻略が進んでいるときに、酈食其は進言して斉との和平交渉に臨み、その弁舌で以って斉の七十余城を一旦帰順せしめることに成功する。杜甫ができることは弁舌、詩文で戦うことができるということをいうものである。


恥非齊說客,秖似魯諸生。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
斉説客 説客は弁舌でもって戦う、ネゴシエーター遊説の人、即ち酈食其を杜甫自身という。○魯諸生 魯の国の書生たち、魯には儒学を修める人物が多い。 


通籍微班忝,周行獨坐榮。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
通籍 名ふだを宮中に通じておく、仕官すること。○微班 つまちない位列、左拾遺は従八品上である。〇 その位をはずかしめる、謙遜の辞。○周行 「詩経」巻耳の詩にみえる。「周ノ列位」ととく。周の列位とは周の朝廷の臣をさす。○独坐栄 後漢の宜乗という者が御史中丞となったとき、光武帝は彼に司隷校尉・尚書令と並に席を専らにして坐ることを許したので、都人たちは彼らを三独坐と号したという。今英叉もさようの待遇をうけて栄をになうという意。


隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。
随肩 我が肩を先方のあとにしたがえること、つまりはすかいに一歩後れてあるく、郭のあとにつくことをいう。○趨漏刻 漏刻は水どけい、参朝の時刻をいう。趨はおもむく、はしる、でかけてゆくこと。○短髪 作者が老境に入って髪がみじかくなる。○寄簪纓 寄とは我が身を寄託しておくこと。簪纓は冠をとめるかんざし、ひも、官吏の礼装。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 190

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 190
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。內人紅袖泣,王子白衣行。#2

宸極妖星動,園陵殺氣平。
大空の中心でかがやいているべき天子の星うすれ、不吉をあらわす星の彗星が光をうごかしている、歴代天子の山陵には殺伐の気がみなぎり、高い陵を平らにするほど高く被いみなぎっているのだ。
空餘金碗出,無複穗帷輕。
陵御陵に敬いのためともに埋葬された黄金の「わん」が掘りだされてまた、死者を人間界へ出だす様なことが盗賊の叛乱軍によってなされている、魏の曹操がした様に御陵を望んで伎楽を奏するために台上に軽らかに幔幕をはってこの地の気を安らかにするということはもうないのかもしれない。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。
叛乱軍が王朝軍の残党を追跡し、宗廟を打ち壊した、天はこれに悲しまれ大雨と風をふかせた、そして、宮殿を焚きごがし、その火は夜明けまで燃えて夜空を染めたのだ。
罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
御殿の縁側に張られた鳥よけの網などのすべてが朝までに焼け落ち、くずれ落ちた、棆の木でできた窓格子の木は夜の間に同様に壊れ果てた。』
三月師逾整,群凶勢就烹。
略奪をほしいままにしてきた者たちを757年6月に粛宗が即位し、足かけ3カ月経過することで王朝軍の師団は整備され臨戦態勢に入ってきた。乱暴狼籍のまの異民族の人間と、唐人の不満分子が入り混じるものたちもその勢が釜茹での刑に処せられそうな雲行きになって来たのだ。
瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#
3
この時、あなたは下あごの矢を受けた。身に傷をうけながら敵と戦をまじえられ、まずの成功に近いものであなたの勇決は第一等と賞されるものであった

妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。
#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出ずるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

gogyu10680


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #3
宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。


(下し文) #3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。


(現代語訳)
大空の中心でかがやいているべき天子の星うすれ、不吉をあらわす星の彗星が光をうごかしている、歴代天子の山陵には殺伐の気がみなぎり、高い陵を平らにするほど高く被いみなぎっているのだ。
陵御陵に敬いのためともに埋葬された黄金の「わん」が掘りだされてまた、死者を人間界へ出だす様なことが盗賊の叛乱軍によってなされている、魏の曹操がした様に御陵を望んで伎楽を奏するために台上に軽らかに幔幕をはってこの地の気を安らかにするということはもうないのかもしれない。
叛乱軍が王朝軍の残党を追跡し、宗廟を打ち壊した、天はこれに悲しまれ大雨と風をふかせた、そして、宮殿を焚きごがし、その火は夜明けまで燃えて夜空を染めたのだ。
御殿の縁側に張られた鳥よけの網などのすべてが朝までに焼け落ち、くずれ落ちた、棆の木でできた窓格子の木は夜の間に同様に壊れ果てた。』
略奪をほしいままにしてきた者たちを757年6月に粛宗が即位し、足かけ3カ月経過することで王朝軍の師団は整備され臨戦態勢に入ってきた。乱暴狼籍のまの異民族の人間と、唐人の不満分子が入り混じるものたちもその勢が釜茹での刑に処せられそうな雲行きになって来たのだ。
この時、あなたは下あごの矢を受けた。身に傷をうけながら敵と戦をまじえられ、まずの成功に近いものであなたの勇決は第一等と賞されるものであった。


sas0033
(訳注) #3
宸極妖星動,園陵殺氣平。
大空の中心でかがやいているべき天子の星うすれ、不吉をあらわす星の彗星が光をうごかしている、歴代天子の山陵には殺伐の気がみなぎり、高い陵を平らにするほど高く被いみなぎっているのだ。
宸極 天の中心をいう、帝星の在る所。・宸 天子のおわすところ。天子の住まいの屋根。大空。仙界、天上、皇帝というものは一体化しており、ここでは大空の中で微動だにしない中心を言う。○妖星 不吉をあらわす星。彗星、ほうき星を指す。○動 星の光がうごく。○園陵 天子の山陵をいう。陵には園があって属する。鳳翔から長安まで歴代王朝皇帝陵がある。○殺気平 殺伐の気が高い陵を平らにおおう。


空餘金碗出,無複穗帷輕。
陵御陵に敬いのためともに埋葬された黄金の「わん」が掘りだされてまた、死者を人間界へ出だす様なことが盗賊の叛乱軍によってなされている、魏の曹操がした様に御陵を望んで伎楽を奏するために台上に軽らかに幔幕をはってこの地の気を安らかにするということはもうないのかもしれない。
空余 いたずらにそんなことがのこっている。金椀は黄金のお椀、陵墓中に葬った器物。出とは掘られて人間界へでること。皇帝の権威が落ち御陵を守る物が減って盛んに盗掘がなされることを言う。叛乱軍は組織的に盗掘した。○穗帷 穗は細くして目のあらい布、穗帷とはそれをもって作った幔幕。魏の曹操が死ぬとき遺言して銅爵台上に六尺の牀を施し穗帷を張り、その前に伎楽を奏して生日の如くし西陵(操の華を望ましめたとある。謝跳の「銅爵台」の詩に「繚惟ハ井幹二執り云々」とみえる。玄宗の陵墓を望んで伎楽を奏するものもないという意。
 
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。

叛乱軍が王朝軍の残党を追跡し、宗廟を打ち壊した、天はこれに悲しまれ大雨と風をふかせた、そして、宮殿を焚きごがし、その火は夜明けまで燃えて夜空を染めたのだ。
毀廟 叛乱軍が洛陽・長安の宗廟をこわす。・毀1 破りこわす。「毀棄・毀傷・毀損/破毀」 2 悪口を言う。そしる。「毀誉/誹毀(ひき)・謗毀(ぼうき)廟にはそこを守る護軍隊が配置されていたので、軍が集結する恐れがあったので、軍事的に支配者の側は逃げ隠れしているものを追跡したことを言う。○天飛雨 雨は天の涙、天も悲感して雨をふらせる。○焚宮 南京の宮殿をやく。○徹明 明は天明、よあけ、徹はとおる、よあけまでとおしてもえる。


罘罳朝共落,棆桷夜同傾。』
御殿の縁側に張られた鳥よけの網などのすべてが朝までに焼け落ち、くずれ落ちた、棆の木でできた窓格子の木は夜の間に同様に壊れ果てた。』
罘罳 簷際(エンガワ)に張った鳥よけの網。『大雲寺贊公房四首 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 164』 「雨瀉暮簷竹,風吹春井芹。」とある。○棆桷 棆はクスに似る木、桷は格子になっている木を言う。○同傾 ひとしくゆがむ。


三月師逾整,群凶勢就烹。
略奪をほしいままにしてきた者たちを757年6月に粛宗が即位し、足かけ3カ月経過することで王朝軍の師団は整備され臨戦態勢に入ってきた。乱暴狼籍のまの異民族の人間と、唐人の不満分子が入り混じるものたちもその勢が釜茹での刑に処せられそうな雲行きになって来たのだ。
三月 玄宗が長安より逃げだしたのは757年天宝十五載(即ち至徳元載)の六月であり、この頃の年月計算は足かけを言うので6,7,8月が三カ月であるから作時の八月と合致する。○師逾整 唐王朝軍がいよいよ整う。時に王思礼は武功に軍し、王難得は西原に軍し、郭英乂は東原に軍した。○羣胡 もろもろの胡軍隊。異民族の人間と、唐人の不満分子が入り混じる。○就烹 釜茹での刑に処せられるような勢いになってきた。


瘡痍親接戰,勇決冠垂成。
この時、あなたは下あごの矢を受けた。身に傷をうけながら敵と戦をまじえられ、まずの成功に近いものであなたの勇決は第一等と賞されるものであった。
瘡痍 箭によるきり傷。致命傷ではない。○親接戦 英乂自身に敵と戦をまじえる。この年二月に安守忠が武功に寇(急襲)し、英乂は戦って不利な戦いをした。流失に頤(おとがい:したあご)を貫かれてが戦った。○勇決 勇武果決。○冠垂成 冠は他人の首となることをいう。垂成は成るになんなんとすること、功が成就しかけておることをいう。功垂レ成の時において英乂の勇武は第一である。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #2 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 189

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御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1

和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
古來於異域,鎮靜示專徵。
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
內人紅袖泣,王子白衣行。
#2
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。


宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。

#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #2

和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
內人紅袖泣,王子白衣行。

(下し文)
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。

(現代語訳)
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。

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(訳注)#2
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
和虜 虜と和睦すること、虜とは夷狄をさす。○懐恵 こちらの恵みになつけるようにする。○防辺 国の辺地を防禦する。○驚震驚させることをいう。

古來於異域,鎮靜示專徵。』
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
於異域 於とは対してはということ。異域は外国をいう、ここは隴右の辺境たる吐蕃の地などをさす。○鎮静 おちついてしずかにする。○示専 征示とは敵手にみせること、専征とは節度使は天子から征伐を専断施行してもよいとの権力を委任されてあることをさす。


燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
燕薊 燕は六国時の国名。薊は薊州、燕の都。共に今の河北省順天府の地、安禄山の根拠とする処。○封豕 大きいいのしし、安禄山をたとえていう。「左伝」に「呉ハ封家長蛇為り、以テ軍l上国二食セシム。」とみえる。○周秦 周は洛陽をいい、秦は長安をいう。○觸駭鯨 陳琳の檄に駭鯨ノ網二觸レルガ若し、とみえる。駭鯨はおどろく所の勢いのさま、觸とはあみにふれること。洛陽・長安を網に安禄山を鯨にたとえる。鯨がふれると網はめちゃめちゃに破られる。

中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
中原 河南地方、洛陽方面、黄河下流域。○ 無惨を或は惨に作るが、惨に従う。惨は混沌として清澄でないさま、頬はけがれる。○遺孽 孽は妾隷の子をいう、安禄山の残した養子安慶緒をさす。○縦横 勢いのはびこること。横暴な振る舞い。

箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
箭入 矢がとびこむ。○昭陽殿 昭陽は漢の成帝の皇后趙飛燕の妹の居った殿舎の名、ただし当時の唐人は飛燕を楊貴妃にたとえ、昭陽を貴妃の居所としてたとえ用いる例が多い。例えば哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 162詩にも「昭陽殿裏第一ノ人」と見えるがごとくである。○笳吹 あしぶえが吹きならされる。吟とは音がすること。○細柳営 漢の周亜夫が兵を屯した処、陝西省西安府咸陽県の西南にある。ここは武将の営所をさす。


內人紅袖泣,王子白衣行。
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。
内人 玄宗は教坊を設けて伎女に歌舞を教え、そのすぐれたものを宜春院に入れたが、院に入ったものを内人という。梨園の弟子参照紅袖 あかいそで、伎女の装。○王子 諸王のこどもたち。○白衣行 粗服をつけて路にさまようこと。

哀王孫 杜甫140  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 140-#1



梨園の弟子
宮中に左教坊・右教坊なる教習所を設け、また梨園では、梨園の弟子とし、玄宗は唐の宮廷楽団を「立部伎」および「座部伎」に分け、「立部伎」は立ったままで演奏し、室外で行う比較的に規模の小さいもの。「座部伎」は室内で座って演奏し、規模は比較的大きく、豪華さと迫力を重んじるものだった。

 玄宗は、梨園で選び抜いた300人に自ら音楽を教え、間違いがあるとすぐに指摘し正すなど厳しく指導していた。その場所には、梨が多く植えられていたことから「梨園」といわれている。唐玄宗の指導を受けた300人は後に、梨園弟子と呼ばれた。演出に参加した数百人の女官も梨園弟子と呼ばれた。ここの楽人をいう。また、西域から外来音楽を好んで移入したために、その曲調は広まり、のちの詞のメロディーにも影響する。

参考
本ブログで2011/9/25~2011/10/4 玄宗皇帝について(1)~(9)に詳しく述べている。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 188

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 188
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。 5分割で掲載、その1回目。


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻

このたび、太樸卿を兼ね隴右節度使に充てられた 郭英乂 中丞に送り奉ります 三十韻の詩。
詔發山西將,秋屯隴右兵。
このたび粛宗皇帝の詔を以て山西出身の将であるあなたを出発させ、秋の時節に瀧右での兵卒を駐屯せしめられることとなった。
淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
隴右ではあなたの父君に仕えた部隊の部、曲のものが不安な気もちをしながらのこっている、あなたとあなたの家の名声は今に始まったことではないのです。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。
あなたはこの秋に乗じて雕鶚(くまたか)のようにあちらへゆかれるのであるが、驊騮の駿馬のように旧主をふりかえって嘶くことでありましょう。
艱難須上策,容易即前程。
今、都が落されるという国家の存亡、艱難辛苦の時で之を救うには最上のはかりごとを要することである。だからあなたは準備周到迅速にこれから先の作戦に応じた旅程にとりかかられるのである。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。
あなたの西に行く先には、夕日が馬車の防護蓋に照らしかけて、して、西からのたかく吹く秋の風が旌旗などをふきまくる、
松悲天水冷,沙亂雪山清。#1

天水のあたりでは西風が松の音を悲しみの声にしてすべてを冷たくするのだ、沙嵐もあるが遠く雪山の清き姿を望むことであろう。

和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。內人紅袖泣,王子白衣行。#2
宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。

#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。
#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。

妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文)
#1

詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。

(下し文)
(郭中丞、太樸卿を兼ね隴右節度使に充てられたのを送り奉る 三十韻)
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。

(現代語訳)
このたび、太樸卿を兼ね隴右節度使に充てられた 郭英乂 中丞に送り奉ります 三十韻の詩。
このたび粛宗皇帝の詔を以て山西出身の将であるあなたを出発させ、秋の時節に瀧右での兵卒を駐屯せしめられることとなった。
隴右ではあなたの父君に仕えた部隊の部、曲のものが不安な気もちをしながらのこっている、あなたとあなたの家の名声は今に始まったことではないのです。
あなたはこの秋に乗じて雕鶚(くまたか)のようにあちらへゆかれるのであるが、驊騮の駿馬のように旧主をふりかえって嘶くことでありましょう。
今、都が落されるという国家の存亡、艱難辛苦の時で之を救うには最上のはかりごとを要することである。だからあなたは準備周到迅速にこれから先の作戦に応じた旅程にとりかかられるのである。
あなたの西に行く先には、夕日が馬車の防護蓋に照らしかけて、西からのたかく吹く秋の風が旌旗などにふきつけまくる。
天水のあたりでは西風が松の音を悲しみの声にしてすべてを冷たくするのだ、沙嵐もあるが遠く雪山の清き姿を望むことであろう。

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(訳注)
奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #1
(郭中丞、太樸卿を兼ね隴右節度使に充てられたのを送り奉る 三十韻)
このたび、太樸卿を兼ね隴右節度使に充てられた 郭英乂 中丞に送り奉ります 三十韻の詩。
郭中丞 御史中丞郭英乂。○太樸卿 太樸寺の卿の官。○隴右節度使 唐の隴右道は鄯州(甘粛省西寧府碾伯県治)に治する。節度使はその軍務の長官。

杜甫乱前後の図003鳳翔


詔發山西將,秋屯隴右兵。
このたび粛宗皇帝の詔を以て山西出身の将であるあなたを出発させ、秋の時節に瀧右での兵卒を駐屯せしめられることとなった。
山西将 「漢書」超充国伝に「山東ハ相ヲ出シ、山西ハ将ヲ出ス。」とみえる。山は大行山をいう。郭英乂は瓜州長楽の人(瓜州は今の甘粛省安西州治)ゆえ山西の将という。○ とどまらせておく。駐屯。


淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
隴右ではあなたの父君に仕えた部隊の部、曲のものが不安な気もちをしながらのこっている、あなたとあなたの家の名声は今に始まったことではないのです。
淒涼 ものがなしいさま。○余部曲 部曲は小部隊、余とはまだのこっておることをいう。英乂の父は知運といい、鄯州都督、隴右諸軍節度大使で、英乂は父の功により官に任ぜられたもの。其の軍の配下にかつて父の時の部隊であったものが残っているという。漢以来、大将軍に配下が五部あり、部に校尉一人、部の下に曲、曲に軍候一人で構成されていた。○燀赫 燀はあついこと、烜(けん)は火の明かなこと、赫は火のあかいこと。○旧 ふるびていること、父親以来のことであるからである。○家声 家名のこと。


雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。
あなたはこの秋に乗じて雕鶚(くまたか)のようにあちらへゆかれるのであるが、驊騮の駿馬のように旧主をふりかえって嘶くことでありましょう。
雕鶚 千里を見渡して獲物をとるというくまたか、たかの類。英父をたとえていう。○乗時 時節につけこんで。秋の節にあたっていることをいう。○驊騮 千里を駆け抜ける名馬、英乂をいう。○顧主 主は主人、天子をさす。
 
艱難須上策,容易即前程。
今、都が落されるという国家の存亡、艱難辛苦の時で之を救うには最上のはかりごとを要することである。だからあなたは準備周到迅速にこれから先の作戦に応じた旅程にとりかかられるのである。
難難 国家のなんぎ。安禄山の反乱がおこっていること。○須上策 須つとはいりようのこと、上策は最上のはかりごと。○容易 準備周到迅速に。○即前程 これから先の作戦に応じた旅程をいう。


斜日當軒蓋,高風卷旆旌。
あなたの西に行く先には、夕日が馬車の防護蓋に照らしかけて、西からのたかく吹く秋の風が旌旗などにふきつけまくる。
斜日 ゆうひ。○軒蓋 くるまの防護の蓋かさ。○高風 西からのたかく吹く風、秋の風。○卷旆旌 はたをふきまく。

松悲天水冷,沙亂雪山清。
天水のあたりでは西風が松の音を悲しみの声にしてすべてを冷たくするのだ、沙嵐もあるが遠く雪山の清き姿を望むことであろう。
松悲 松風の音もかなしげである。○天水 郡の名、甘粛省秦州西南。○雪山 甘粛省蘭州府河州の西南にあり、雪嶺ともいう。


和虜猶懷惠,防邊詎敢驚
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
和虜 虜と和睦すること、虜とは夷狄をさす。○懐恵 こちらの恵みになつけるようにする。○防辺 国の辺地を防禦する。○驚震驚させることをいう。


古來於異域,鎮靜示專徵。』
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
於異域 於とは対してはということ。異域は外国をいう、ここは隴右の辺境たる吐蕃の地などをさす。○鎮静 おちついてしずかにする。○示専 征示とは敵手にみせること、専征とは節度使は天子から征伐を専断施行してもよいとの権力を委任されてあることをさす。


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