陪鄭広文遊何将軍山林十首
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 63
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九
牀上書連屋,階前樹拂雲。
寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
將軍不好武,稚子總能文。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
醒酒微風入,聽詩靜夜分。
酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。
絺衣掛蘿薜,涼月白紛紛。
細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。
寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。
細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。
牀上 書は屋に連なり 階前 樹は雲を払う
将軍は武を好まず 稚子は総べて文を能くす
酒を醒まさんとして微風入り 詩を聴けばかんとして静夜分かる
稀衣 蘿薜に掛くれば 涼月 紛紛に白たり
牀上書連屋,階前樹拂雲。
寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
○牀上 牀は坐榻であろう。 寝台。中国の寝台は大きくて広く、日本の居間の用をもなす。 ○書 書籍。○連屋 屋根の方までつらなる、高くつまれてあることをいう。○階 きざはし。○払雲 雲をはらってそのうえまでそびえる。
將軍不好武,稚子總能文。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
○将軍 何氏をさす。○稚子 おさなく何将軍の児をいう。
醒酒微風入,聽詩靜夜分。
酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。
○聴詩 詩を詞するのをきくこと。詞するものは必ず何氏の子弟であろう。○夜分 分とは前日と翌日との中分することで夜半になることをいう。
絺衣掛蘿薜,涼月白紛紛。
細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。
○絺衣 絺衣は暑さのとききるひとえの衣。絺はほそくこまかく織ったくず布。○掛蘿薜 蘿薜はつたかずらの類、掛とは我が衣をぬいでそれにひきかけることをいう。仇氏は蘿薜の影が我が衣上にかかると説く。○涼月 すずしそうな月のひかり。○紛紛 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其八 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 62
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其八
憶過楊柳渚,走馬定昆池。
思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
醉把青荷葉,狂遺白接蘺。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
刺船思郢客,解水乞吳兒。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
坐對秦山晩,江湖興頗隨。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。
思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。
憶う 楊柳の渚を過ぎて 馬を定昆池に走らせしを
酔うては青荷葉を把り 狂うては白接巌を遺しぬ
船を刺すには郢客を思い 水を解するには呉児を乞う
坐して泰山の晩に対すれば 江湖 興は頗る随う
この一篇は一第は定昆池の水遊をなして、後日さかのぼって追憶を記したものである。
憶過楊柳渚,走馬定昆池。
思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
○憶 この一字は全篇を貫ぬく。 ○楊柳渚 所在は未詳、下の定昆池の附近にあるのであろうという。地名とせず、ただ楊柳の生えているなぎさとみでも解し得られる。 ○定昆地 唐の楽安公主のうがった池の名、韋曲の北に在るという。
醉把青荷葉,狂遺白接蘺。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
○把 とってもてあそぶ。 ○荷葉 はすの葉。○狂 狂態をいう。○遺 おきわすれる。〇白接蘺:(はくせつり、りの草冠はあみ頭) 罷膏の山簡がかぶったという白巾の帽子。
刺船思郢客,解水乞吳兒。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
○刺船 竿刺しでふねを移動させること。○郢客:(えいきゃく) 郢の舟人、郢は楚の都した地、今の湖北省刑州府。 ○解水 水性をよく知ること、泳ぐのに巧みであることをいう。 ○乞 何氏にむかってよこしてくれとたのむこと。 ○呉児 呉のうまれの男。これも船夫をいう、呉は今の江蘇省蘇州府の地方。
坐對秦山晩,江湖興頗隨。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。
○秦山 終南山をいう。 ○江湖興 江湖とは中国の南方、呉楚の地方をさす、船あそびをするゆえ江南五湖方面の興という。○随 自己に伴うことをいう。
○韻字 池・蘇・児・随。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 61
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七
棘樹寒雲色,茵蔯春藕香。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
脆添生菜美,陰益食單涼。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野鶴清晨出,山精白日藏。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石林蟠水府,百裡獨蒼蒼。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
棘樹 寒雲の色 茵蔯 春藕のごと香し
脆は生菜の美を添え 陰は食単の涼を益す
野鶴は清晨に出で 山精は白日に蔵る
石林は水府に蟠り 百里 独り蒼蒼
山があってその上に棘が叢生している。作者はその下で朝食したときのありさまを叙したもの。
棘樹寒雲色,茵蔯春藕香。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
○棘樹:(きょくじゅ) 白色のものが[木束](カラタチ)、赤色のものが[木夷](スミ)である。 ○寒雲色 冬の雲のように寒々とした色、これは樹色を見たてていうもの。 ○茵蔯:(いんちん) 蓬(ヨモギ)のことという、根をたべる。○春藕香:(しゅんぐう かんばし) 藕は蓮根、これも茵蔯をたとえていう。
脆添生菜美,陰益食單涼。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
○脆 とけるようなうまみ。 ○生菜 なまの野菜、即ち茵蔯をいう。 ○美 うまいこと、此の句は第二句を承ける。 ○陰 かげ。からたち(樹のかげ。) ○食単 単は布単のことという、食事のとき地にしく布のこと。
野鶴清晨出,山精白日藏。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
○野鶴 たず。野育ちの鶴。○清晨:(せいしん) すんだあさのあいだ。 ○出 現れでる。 ○山精 山のおばけ、人の形をして一本足を有し、身のたけは三四尺、山の蟹を食い、夜は出て昼は蔵れるものという。
石林蟠水府,百裡獨蒼蒼。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
○石林 石が叢生して林の如くになっているものをいう。案ずるにこれは即ち椀(或は辣)樹の生えている地のことであろう。 ○蟠:(わだかまる) 山の根もとが水底にまではびこることをいう。 ○水府 水底の世界、竜宮の類。 ○百里 遠方より望むことをいう。○独この石林だけ。○蒼蒼 あおあお、上に樹叢が生えているためである。
○韻 香・涼・蔵・蒼。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 60
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六
風磴吹陰雪,雲門吼瀑泉。
風のわたる石段の路には凍りつくような雪しぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
酒醒思臥簟,衣冷欲裝綿。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
野老來看客,河魚不取錢。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって来たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
只疑淳樸處,自有一山川。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。
風のわたる石段の路には凍りつくような雪しぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって来たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。
風麓に陰雪の吹くは 雲門に港泉の吼ゆるなり
酒醒めて筆に臥さんことを思い 衣冷ややかにして綿を装わんと欲す
野老 来りて客を看 河魚 銭を取らず
只に疑う 淳僕の処 白から一山川有るかと
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六
風磴吹陰雪,雲門吼瀑泉。
風のわたる石段の路には凍りつく雪ようなしぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
○風橙 風のわたる石段の路。○陰雪 つめたい雪。雪とは実物をいうのではなく、下旬の瀑泉の飛沫を形容していう。凍りつく雪ようなしぶき。○雲門 雲をはき出す岩穴門のことで、石門というのに同じ。雲は山の岩のはく息であると考えられていた。瀑泉のかかっている断崖をさす。○吼 音をたててなる。○瀑泉 たきのいずみ。
酒醒思臥簟,衣冷欲裝綿。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
○簟 たかむしろ。○装綿 綿入れの衣をかさねてきる。
野老來看客,河魚不取錢。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって釆たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
○野老 百姓の老人。○看客 客とは自分たちをさす。○河魚 河でとったうお。○不取銭 贈り物としてただでおいてゆく。
只疑淳樸處,自有一山川。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。
○砥 字形は示届をよしとする。○淳樸 まじりけなく、かざりけなく性質の天真のままのこと。 〇一山川 この世とは異なる別の世界。晋の陶潜(五世紀)の「桃花源記」に、・・・林盡水源,便得一山。・・・ある漁師が桃の花びらを浮かべて流れる谷川をさかのぼって行ったところ、淳朴な人々の住む仙境に達したとある。
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陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 59
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五
剩水滄江破,殘山碣石開。
この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
綠垂風折筍,紅綻雨肥梅。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
銀甲彈箏用,金魚換酒來。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
興移無灑掃,隨意坐莓苔。
興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。
この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。
剰水滄江破れ 残山鳩石開く
緑は垂る風に折るる夢 紅は綻ぶ雨に肥ゆる梅
銀甲弾撃に用い 金魚酒に換え来る
興移って灑掃無し 随意に苺苔に坐す
剩水滄江破,殘山碣石開。
この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
○剰水 あまりの水。 ○滄江 あおい江水。○残山 のこった山。○碣石 海中石門の名、今の渤海湾秦皇島の附近にあったもの。
綠垂風折筍,紅綻雨肥梅。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
〇綠 筍の色。若竹色。○筍 たけのこ。若竹。○紅 梅の実の色。○肥 実の肉のふとること。
銀甲彈箏用,金魚換酒來。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
○銀甲 銀でつくった琴ひき用の爪。○金魚 黄金でつくった魚形の侃びもの、官員が身分によって侃用するものである。ここは何氏の物。○換酒 金魚を質において酒ととりかえる。
興移無灑掃,隨意坐莓苔。
興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。
○興移 おもしろさがうつりかわる。 〇灑掃 ほこりをはらい水をふりそそぐ。○随意 こころのまま。 ○莓 こけ。
○韻 開・梅・釆・苔。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 58
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四
旁舍連高竹,疏籬帶晩花。
隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
碾渦深沒馬,藤蔓曲藏蛇。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
詞賦工無益,山林跡未賖。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
盡撚書籍賣,來問爾東家。
わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。
隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。
旁舎は高竹に連なり 疏籬は晩花を帯ぶ
碾渦 深く馬を没し 藤蔓 曲りて蛇を蔵す
詞賦 工なるも益無く 山林 跡は未だ賖かならず
尽く書籍を捻りて売り 来りて爾の東家を問めん
旁舍連高竹,疏籬帶晩花。
隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
○旁舍 近傍のいえ。何将軍の山荘の中にある小作人の住む家。 ○連 生えつづく。○高竹 何氏園中のせの高い竹。第一首の「野竹」とあるものと同じ竹であろう。○疎鮭 目あらくゆったまがき。○晩花 夕方の花。遅咲きの花。
碾渦深沒馬,藤蔓曲藏蛇。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
○碾渦 碾:ひきうす。うすの水車の水の流れ、うずまきをいう。○没馬 馬をかくすほど。これは夕方馬に水をつかわせるものがあるのであろう。○藤蔓 ふじつる、範辺のもの。
詞賦工無益,山林跡未賖。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
○詞賦 詩文や賦。○工無益 工は巧。無益とは文学に長じていても作者の如く不遇では何のやくにもたたぬとの意。○山林 園林をいう。○未姶 近いということ。
盡撚書籍賣,來問爾東家。
わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。
○捻 指でつまみとること。○爾東家 爾(汝)とは何氏をさす。東家とは孔子を「東家の丘」とよぶことがあるが、そのこころもちで何氏の家をさしていう。実際の東西にかかわらぬと見てよろしい。ここではだれにもそうと知られずに農夫となって生きたいという気持を含む。
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kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首 Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊
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陪鄭広文遊何将軍山林十首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 57
753年天宝12載 42歳 五言律詩
陪鄭広文遊何将軍山林十首其三
萬裡戎王子,何年別月支。
戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
異花開絕域,滋蔓匝清池。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
漢使徒空到,神農竟不知。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
露翻兼雨打,開坼日離披。
露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。
戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。
万里戎王子 何の年か月支に別れし
異花絶域より来り 滋葦清池を匝る
漢使徒に空しく到る 神農寛に知らず
露翻兼ねて雨打 開折 日々に離披たり
萬裡戎王子,何年別月支。
戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
○戎王子 草花の名。うどの類であるとの説があるが未詳。〇月支 漢代、西域にあった国の名。
異花開絕域,滋蔓匝清池。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
○異花 めずらしい花、即ち戎王子をさす。○絶域 かけはなれた地方、即ち月支をさす。○滋蔓 しげりはびこる。
漢使徒空到,神農竟不知。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
○漢使 漢の張憲のこと。紀元前二世紀のころ、武帝の命を受けて中央アジアを探険し、諸国との交通を開き、葡萄、天馬、その他種々のものを将来した。○徒空 到いたずらにその地に到ったというのは此のような異草をたずさえてこなかったということ。○神農 中國上代の皇帝の名。医薬の神とされ、百草をなめて人間の食物と薬草とを定めた「本草経」を著わしたとする。○竟不知 知らずというのは本草経に戎王子の草名が録掲載されていないことをしめす。
露翻兼雨打,開坼日離披。
露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。
○露翻 露さえひるがえされる。○兼 また。そのうえ。〇雨打 雨にうたれる。 ○開折 花が押し開くこと。花がおし琶かれること。○離披 しどけなく咲きみだれるさま。
○韻 支・池・知・披。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55
天宝12載 753年 42歳 五言律詩
紀頌之の漢詩ブログは取り上げたシリーズ、たとえば、この十首すべて取り上げていく。
廣文館博士の鄭虔とともに何将軍の山荘に遊んでの詩。
其一の詩は長安の南郊外、詩中「南塘」街道にそってある何将軍の山荘に赴くところから始まる。
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一
不識南塘路,今知第五橋。
これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
名園依綠水,野竹上青霄。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
穀口舊相得,濠梁同見招。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
平生為幽興,未惜馬蹄遙。
平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ。
これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ。
識らず 南塘の路 今は知る 第五橋
名園は緑水に依り 野竹は青霄を上(さ)す
谷口とは旧より相得 濠梁に同じく招かれぬ
平生幽興の為には 未だ馬蹄の遥かなるを惜しまず
○鄭広文 鄭虔。虔は天宝九載広文館の博士となった。作者の親友である。鄭廣文 唐の鄭虔のこと。玄宗その才を愛し、特に「廣文館」を置きて 鄭虔を博士とせしことによる。詩書畫に巧みにして「鄭虔三絶」にて知らる。李白、杜甫らと交際す。何将軍の山荘にともに遊んだ廣文先生こと鄭虔は、杜甫が心を許した友であった。当時の杜甫は、科挙に落ちて前途の望みを絶たれ、就職活動もうまくゆかず、鬱々たる毎日を過ごしていた、鄭虔はそんな杜甫にとって、自分の境遇に似たものを感じさせた。鄭虔は廣文館博士という官職についていたが、単に名誉職的なものだったようだ。○何将軍 何は姓、名は未詳。○山林 園林。林中に山がある故に山林という。杜甫の住居は少陵原に在り、何将軍の山林は少陵原の西南にあった。


不識南塘路,今知第五橋。
これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
○南塘 地名、所在は未詳。ただ韋曲(少陵原の南に流れる欒川の隈曲の名)の附近にあると思われる。塘はため池、堤、土手ということで長安の南の土手の道ということか。〇第五橋 橋名。第五は姓、姓によって橋の名となる。韋曲の西にあったという。塘と橋、共に山林に至る途中経過の処である。地図上第五橋と詩の内容から何将軍の山林を橙色で示した。
名園依綠水,野竹上青霄。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
○名園 有名な園、何氏の園をさす。○俵 よりそうこと。○野竹 野生の竹。○青零 あおぞら。
穀口舊相得,濠梁同見招。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
○谷口 漢の鄭子真は賢人にして長安の南の子牛谷の口にかくれて鄭、道を楽しみひっそりと暮らし、世間との交際(まじわり)を絶ち 精神を安らかに保とうと考えた。その名は長安にまで著われた。ここは同姓の故事を借りて鄭虔をさす。○旧 ふるくよりの義。○相得 心を許した仲の意、交際の親しいことをいう。○濠梁 濠は水の名、梁は石橋。「荘子」秋水欝に荘子が恵子と濠梁の上に遊んだ問答がある、この園で遊ぶことを意味する。
平生為幽興,未惜馬蹄遙。
平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ。
○幽興 幽静の興趣。○未惜 情は愛惜すること、おしむ。○馬蹄進 とおく馬足をはこぶこと。
紀 頌之
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