杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

#4

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #4 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 191

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #4 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 191
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。


奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。內人紅袖泣,王子白衣行。#2
宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。
圭竇三千士,雲梯七十城。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
恥非齊說客,秖似魯諸生。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
通籍微班忝,周行獨坐榮。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4

そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。

徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。
#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。

#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

宮島(7)

奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #4

妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。

(下し文) #4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。


(現代語訳)
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。


(訳注)"#4
妙譽期元宰,殊恩且列卿。

妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
だから世間の美しいうわさばなしではあなたが宰相になられる様に期待しているのだが、天子は特別の御恩を加えられとりあえずあなたを列卿の位に優恩によるおとりたてをされたのだ。
妙譽 巧妙な世上の美しいうわさばなし。○元宰 宰相。○殊恩 天子の特別のおぼしめし。○列卿 卿の例位にあるもの。御史中丑は正四品下、太僕寺卿は従三品である。今英乂は中丞にして卿を兼ねるのは優恩による。


幾時回節鉞,戮力掃欃槍?』
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
いつになったら、あたなは隴右の僻地から節鉞をうけて大方向転換して、唐王朝の中央師団と力をあわせて兵乱の表象ともいうべき禍の不吉なものとされる星をはらいのけてしまわれることであるのか。』
幾時 何の時と同じ。○回節鉞 節鉞とは天子より軍権を御委任あるしるしとして賜わる鉞(まさかり)。回とは隴右道の方面から長安の方へと方向転換することをいう。○戮力 中央の人々とカを合わせること。○掃欃槍 目標槍はほうき星、兵乱の象、禍の不吉なものとされる星、掃とははらいのけること。


圭竇三千士,雲梯七十城。
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
孔子の魯の国には生け垣の門をくくっている弟子の儒士が三千人もいたし、斉には雲梯で攻むべき不落の城が七十もある。
圭竇 門の傍の生け垣のくぐり穴、その穴の頂辺が将棋のこまの頭のような鋭角である飾り気の全くないさまをいう。貧士の居宅のさま。 〇三千 多いことをいう。これは孔子の弟子三千人と数えなくていうものと同様な数値。○雲梯 「墨子」に楚の荘王が公輸椴をして雲梯を作って宋を攻めさせたという話がある。雲梯は雲まで届く高いはしごで、これを用いて敵城にのぼる。城郭の壁の高さが15m以上あったとされるから。20m~25m以上の梯子であろうか。〇七十城 漢の酈食其は弁舌を振って斉の七十余城を降らしめたという話がある。張良、韓信の時代。・漢の酈食其 身長は8尺ほどあり読書を好んだが、貧乏で家業を持たなかった。のちに村の門番となるが、周囲からは「狂生(気狂い先生)」と呼ばれ相手にされなかった。韓信が斉攻略が進んでいるときに、酈食其は進言して斉との和平交渉に臨み、その弁舌で以って斉の七十余城を一旦帰順せしめることに成功する。杜甫ができることは弁舌、詩文で戦うことができるということをいうものである。


恥非齊說客,秖似魯諸生。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
自分は恥ずかしながら酈食其(れきいき)のように弁舌でもって敵の城を落せることができるというような説客、論客でなく、ただ生け垣をくぐって入るような魯の書生たちみたいな者でしかない。
斉説客 説客は弁舌でもって戦う、ネゴシエーター遊説の人、即ち酈食其を杜甫自身という。○魯諸生 魯の国の書生たち、魯には儒学を修める人物が多い。 


通籍微班忝,周行獨坐榮。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
自分はやっと仕籍を宮中に通じて下位をはずかしめるこでしかなくかたじけないことであるが、あなたは朝廷の列位に於て天子から専席独坐を賜わる程の栄誉をうけておられるのだ。
通籍 名ふだを宮中に通じておく、仕官すること。○微班 つまちない位列、左拾遺は従八品上である。〇 その位をはずかしめる、謙遜の辞。○周行 「詩経」巻耳の詩にみえる。「周ノ列位」ととく。周の列位とは周の朝廷の臣をさす。○独坐栄 後漢の宜乗という者が御史中丞となったとき、光武帝は彼に司隷校尉・尚書令と並に席を専らにして坐ることを許したので、都人たちは彼らを三独坐と号したという。今英叉もさようの待遇をうけて栄をになうという意。


隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
そうしてあなたとは肩をそろえず控えめにして、あとにつき従って朝参の時刻にはまかりいでるつもりである、老衰の短い頭髪ではあるが官吏の実を全うしたいと思っているのだ。
随肩 我が肩を先方のあとにしたがえること、つまりはすかいに一歩後れてあるく、郭のあとにつくことをいう。○趨漏刻 漏刻は水どけい、参朝の時刻をいう。趨はおもむく、はしる、でかけてゆくこと。○短髪 作者が老境に入って髪がみじかくなる。○寄簪纓 寄とは我が身を寄託しておくこと。簪纓は冠をとめるかんざし、ひも、官吏の礼装。

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彭衙行 #4 杜甫 135 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132

彭衙行 #4 杜甫 135 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132 (ほうがこう)


#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』
#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。
それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
誓將與夫子,永結為弟昆。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
遂空所坐堂,安居奉我歡。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
別來歲月周,胡羯仍構患。
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
何時有翅翎,飛去墮爾前?』

いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?』


此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』


彭衙行 #4 現代語訳と訳註
(本文)

從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』

幹。飧。昆。歡。肝。/患。前。

(下し文)
此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』

(現代語訳)
それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?』


(訳注)#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。

それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
従此 それから。○出妻孥 杜甫の妻子をださせて孫宰に面会させる。○相視 たがいによくみあう。○闌幹 あふれてながれるさま。


眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
衆雛 多くの幼少なこども。いつもは鳥のように騒いでいることをいうため雛と使う。○爛漫 ねむりのまっさかりにあるさま。○喚起 よびおこす。○宿 そのめぐみにうるおわしめる。○盤殆 盤は大皿、娘は食事。

誓將與夫子,永結為弟昆。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
○この二句は孫宰の言葉。夫子とは孫雫よりみた、杜甫のことをさす語、弟昆の昆は兄、弟昆は兄弟をいう。


遂空所坐堂,安居奉我歡。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
 からにしてあけてくれる。○所坐堂 主人がいつも使っている奥座敷。○安居 居どころを安穏にして。○奉我歓 我々に我々の歓ぶことをあたえでくれる。


誰肯艱難際,豁達露心肝。』
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
誰骨 次句までかかっている、反語である。だれがそんなにすることを承知しょうか、するものはない。○艱難 世事のなんぎなこと。○豁達 ひろびろと。○露心肝 心のおくそこまで他人にだしてみせる。この句までが二聯前から、かかっている。


別來歲月周,胡羯仍構患。
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
別来 わかれてこのかた。○周 抄とめぐりする。前年の夏より今年の秋までで一周である。○胡羯仍構患 叛乱軍、史忠明の兵が太原に攻め込み、安慶緒・尹子奇などに睢陽に赴かせた等のことをさしている。・仍 やっぱり。・構患 心配事をこしらえている。叛乱軍の勢いが止まらないこと。


何時有翅翎,飛去墮爾前?』
いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?。
翅翎 つばさ、はね。○ 汝、孫宰のこと。


○五言古詩
○押韻 幹。飧。昆。歡。肝。/患。前。


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彭衙行
#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』
#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』

#1
憶(おも)う  昔  賊を避けし初め、北に走って険難(けんなん)を経(へ)たり。
夜は深し  彭衙(ほうが)の道、月は照る  白水(はくすい)の山。
室(しつ)を尽くして久しく徒歩す、人に逢えば厚顔(こうがん)多し。
参差(しんし)として谷鳥(こくちょう)鳴き、遊子(ゆうし)還(かえ)るを見ず。
痴女(ちじょ)は飢(う)えて我れを咬(か)み、啼(な)いて畏(おそ)る  虎狼(ころう)の聞ゆるを。
中(うち)に懐(いだ)いて其の口を掩(おお)えば、反側(はんそく)して声愈々(いよいよ)嗔(いか)る。
小児(しょうに)は強(し)いて事を解し、故(ことさ)らに苦李(くり)を索(もと)めて餐(くら)う。』
#2
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』
#3
少(しば)らく同家窪(どうかあ)に留(とど)まり、蘆子関(ろしかん)に出でんと欲す。
故人(こじん)  孫宰(そんさい)有り、高義(こうぎ)  曾雲(そううん)に薄(せま)る。
客を延(ひ)くとき己に曛黒(くんこく)なり 燈を張りて重門(ちょうもん)を啓(ひら)く。
湯を暖めて我が足を濯(あら)わしめ 紙を剪(き)って我が魂を招(まね)く』
#4
此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』

唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

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自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 108 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-4

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自京赴奉先縣詠懷五百字 #4


#4 
歳暮百草零、疾風高岡裂。
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
天衢陰崢嶸、客子中夜発。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜厳衣帯断、指直不能結。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。
淩晨過驪山、御榻在帶臬。』
日の出かかる頃に驪山を過ぎようとしている、いまはこの山の高いところに我が君の御椅子が設けられてある。』


歳(とし)暮れて百草(ひゃくそう)零(お)ち、疾風に高岡(こうこう)裂く。
天衢(てんく)  陰として崢嶸(そうこう)たり、客子(かくし)  中夜(ちゅうや)に発す。
霜は厳しくして衣帯(いたい)断(た)え、指は直(ちょく)にして結ぶ能(あた)わず。
晨(あした)を凌(しの)いで驪山(りざん)を過ぐれば、御榻(ぎょとう)は帶臬(てつげつ)に在り。


自京赴奉先縣詠懷五百字 #4 現代語訳と訳註 解説

(本文)#4 
歳暮百草零、疾風高岡裂。
天衢陰崢嶸、客子中夜発。
霜厳衣帯断、指直不能結。
淩晨過驪山、御榻在帶臬。

(下し文)
歳(とし)暮れて百草(ひゃくそう)零(お)ち、疾風に高岡(こうこう)裂く。
天衢(てんく)  陰として崢嶸(そうこう)たり、客子(かくし)  中夜(ちゅうや)に発す。
霜は厳しくして衣帯(いたい)断(た)え、指は直(ちょく)にして結ぶ能(あた)わず。
晨(あした)を凌(しの)いで驪山(りざん)を過ぐれば、御榻(ぎょとう)は帶臬(てつげつ)に在り。

(現代語訳)
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。


(語訳と訳註)

歳暮百草零、疾風高岡裂。
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
百草 すべての草。○ 零落。


天衢陰崢嶸、客子中夜発。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
天衛 そらのみち、気のゆきかよう処、天上をいう。〇時嘆 陰気のたかくそびえるさま。○客子 たびびと、杜甫自身のこと。○中夜 よなか。○ 出発。


霜厳衣帯断、指直不能結。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ
持直 ゆびが棒のようになる。○ 衣帯をむすぶこと。


淩晨過驪山、御榻在帶臬。
日の出かかる頃に驪山を過ぎようとしている、いまはこの山の高いところに我が君の御椅子が設けられてある。』
凌晨 日出の頃をおかして。○驪山 長安の東臨潼県にある山の名、山下に温泉があり、玄宗の離宮である華清宮挙措宮はここにある。
杜甫乱前後の図002奉先

御榻 おんいす。○帶臬 山の高いさま。玄宗は大抵毎年十月離宮に行幸したが、此の時も楊貴妃と滞在中であった。
 
 
(解説)

杜甫は長安の朝のひとごみを避け真夜中に都を出た。初冬の暗い中馬車を進めている。寒さは厳しく、帯がほどけても指がかじかんで結ぶことができないのだ。やがて夜が明けになり、驪山の麓(長安から二十数km)にさしかった。ここには皇帝の離宮華清宮(楊貴妃と過ごすようになって名称をこれに変えた。それまでは、温泉宮。りはく「」)が築かれていて、山の険しいところに玉座のある宮殿が建っているのが見える。参照、李白朝廷翰林院の時、三首がある。

侍従遊宿温泉宮作 

駕去温泉宮後贈楊山人 

溫泉侍從歸逢故人 


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