漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2011年07月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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古風五十九首 第十八 李白

古風五十九首 第十八 李白110

古風 第十八であるが、古風での道教の詩としてはここまでである。はじめと終りとに栄華の無常をい、中ごろではそのはかない栄華に得々たる権力者たちを心憎いまでに描写して効果を深めてゐる。しかしこの無常感は、仏教のそれとは全く異なる老荘の説に基くものである。咸陽の市に黄犬を牽いた得意の時を過ぎて、刑場に就く李斯と対照されている鴟夷子は越王勾践の相だった范蠡(はんれい)であるが、李斯を以て当時の李林甫、楊国忠にたとえたものとすれば、呉を亡したのち髪を散らし、姓名を変じて斉に赴いた無欲の范蠡は李白の理想とする姿にほかならない。李白のもっとも言いたかったものではなかろうか

其十八
天津三月時、千門桃與李。』
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。』
朝為斷腸花、暮逐東流水。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。』
前水復后水、古今相續流。
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
新人非舊人、年年橋上游。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
雞鳴海色動、謁帝羅公侯。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
月落西上陽、余輝半城樓。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
衣冠照云日、朝下散皇州。』
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。』
鞍馬如飛龍、黃金絡馬頭。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。』
行人皆辟易、志氣橫嵩丘。
道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。
入門上高堂、列鼎錯珍羞。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
香風引趙舞、清管隨齊謳。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。
七十紫鴛鴦、雙雙戲庭幽。』
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。』
行樂爭晝夜、自言度千秋。
昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 
功成身不退、自古多愆尤。
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
黃犬空嘆息、綠珠成舋讎。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかって、仕打ちをされた。
何如鴟夷子、散發棹扁舟。』
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。』


古風 其十八
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。』
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。』

道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。』

昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかって、仕打ちをされた。
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。



古風 其の十八

天津 三月の時、千門 桃と李と。』
朝には断腸の花と為り、碁には東流の水を逐う。』
前水 復た後水、古今 相競いで流る。
新人は 旧人に非ず、年年 橋上に遊ぶ。
鶏 鳴いて 海色動き、帝に謁して 公侯を羅ぬ。
月は西上陽に落ちて、余輝 城楼に半ばなり。
衣冠 雲日を照らし、朝より下りて 皇州に散ず。』
鞍馬 飛竜の如く、黄金 馬頭に給う。』
行人 皆辟易し、志気 嵩邸に横たわる。
門に入りて 高堂に上れば、鼎を列ねて 珍羞を錯う。
香風 超舞を引き、清管 斉謳に随う。
七十の 紫鴛意、双双として 庭幽に戯むる。』
行楽 昼夜を争い、自ずから言う 千秋を度ると。
功成りて 身退かざれば、古えより 慾尤多し。
黄犬 空しく嘆息、緑珠 費健を成す。
何ぞ加かんや 塊夷子が、撃を散じて 届舟に樟させるに。』



天津三月時、千門桃與李。』
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。
天津 橋の名。唐の東のみやこ洛陽をめぐって洛水が流れ、その川にかかっている。初唐の詩人劉廷芝の「公子行」は、「天津橋下陽春の水、天津橋上兼葦の子」という詞句で始まっており、李白はその詩の出だしのイメージを借りている。参照。劉廷芝の詩は「怨詩」である。〇千門 宮殿には多くの門があり、迷路のように門戸が連続している。千門万戸という表現は李白の得意とするところ。


朝為斷腸花、暮逐東流水。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。
断腸花 真っ赤な花の咲き誇っているさまをいう。李白が断腸という語を使用するとき、女心、嫉妬、焦燥の気持ちを表す際に多い。李白「春思」「清平調詞其三」にある。○東流 東が下流で流れ去る、消えていくことをします。

前水復后水、古今相續流。
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
前水復后水 水は次から次へと、上流から下流へと流れていくのが「道」理である。この聯と次の聯は道教の真理「道」についての表現である。


新人非舊人、年年橋上游。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
 往来すること。交流する。


雞鳴海色動、謁帝羅公侯。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
海色 夜明け前のほのぐらい色。○謁帝 朝の朝礼。夜明けに集合。


月落西上陽、余輝半城樓。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
○西上陽 洛陽の宮城の西南隅に上陽宮があり、さらにその西側に西上陽宮という宮殿があった。touRAKUYOjou0036
 唐時代 洛陽城図 参照
 
衣冠照云日、朝下散皇州。』
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。
衣冠 衣冠をつけた人。朝廷の吏官。○皇州 帝都のこと。


鞍馬如飛龍、黃金絡馬頭。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。


行人皆辟易、志氣橫嵩丘。
道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。

嵩丘 洛陽の近くにある嵩山。道教の総寺観があった。

入門上高堂、列鼎錯珍羞。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
 足が三本ある一種の鍋。○珍羞 珍しい御馳走 


香風引趙舞、清管隨齊謳。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。


七十紫鴛鴦、雙雙戲庭幽。』
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。
七十紫鴛鴦 楽府古辞(漢時代の民謡)の中に、「鴛鴦が七十二羽、二羽ずつつがいになって、きれいにならんでいる」という意味の詩句が見える。鴛おしどりのオス。鴦おしどりの雌。


行樂爭晝夜、自言度千秋。
昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 


功成身不退、自古多愆尤。
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
退 引退。范蠡は、斉で鴟夷子皮(しいしひ)と名前を変えて商売を行い、巨万の富を得た。そのあと引退し悠々自適の生活をした。〇愆尤 けんゆう あやまち。失敗。

黃犬空嘆息、綠珠成舋讎。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかってしうちをされた。
黃犬 このブログ 襄陽歌 李白49に示す。「咸陽市中歎黄犬、何如月下傾金罍。」咸陽の町のまん中で「黄色い犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、黄金の杯を傾けているほうが、どれだけよいことか。 ・歎黄犬:李斯の故事をいう。〇綠珠 晋の石崇は、富を集め豪奪な生活をした人だが、綠珠という女を愛していた。彼女は美しく、色っぽく、上手に笛を吹いた。孫秀という男が人を遣わして綠珠をしつこく求めた。石崇は立腹して言った。緑珠はわたしの愛人だ、と。恨んだ孫秀は、超王倫に告げ口をして石崇を殺そうとした。綠珠は樓から身を投げて自殺し、崇の親兄妻子はみな穀書された。「晋書」にある話。○舋讎 仲たがいのあだ、うらみ。○ 讐と同じ。

何如鴟夷子、散發棹扁舟。』
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。
鴟夷子 越王勾践は呉王夫差と戦って会稽山で和を請うた。その後二十年、嘗胆の苦しみを経て、氾蠡の助けを得て軍隊を訓練し、呉と戦って会稽の恥をそそいだ。越が呉を滅ぼすと、汚轟は越を去った。小舟に乗り、江湖に浮かび、姓名を変じて斉の国におもむき、怨夷子皮と名のった。鴎夷とは馬の革でつくった袋である。呉の功臣伍子背が呉王夫差に死を命ぜられた上、死体は線夷につつまれて揚子江に投げこまれた。泡轟は賢いから、自分もぐずぐずしていたら、そんな目にあっただろうという意味で、こういう皮肉な名前をつけたのである。○散髪 役人のかむる冠で髪を拘束しないこと。


<ウィキペディアから 抜粋>
范蠡(はんれい 生没年不詳)は、中国春秋時代の越の政治家、軍人。氏は范、諱は蠡、字は少伯。越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者。
范蠡は夫差の軍に一旦敗れた時に、夫差を堕落させるために絶世の美女施夷光(西施(せいし))を密かに送り込んでいた。思惑通り夫差は施夷光に溺れて傲慢になった。夫差を滅ぼした後、范蠡は施夷光を伴って斉へ逃げた。
 
越を脱出した范蠡は、斉で鴟夷子皮(しいしひ)と名前を変えて商売を行い、巨万の富を得た。范蠡の名を聞いた斉は范蠡を宰相にしたいと迎えに来るが、范蠡は名が上がり過ぎるのは不幸の元だと財産を全て他人に分け与えて去った。 斉を去った范蠡は、かつての曹の国都で、今は宋領となっている定陶(山東省陶県)に移り、陶朱公と名乗った。ここでも商売で大成功して、巨万の富を得た。老いてからは子供に店を譲って悠々自適の暮らしを送ったと言う。陶朱公の名前は後世、大商人の代名詞となった(陶朱の富の故事)。このことについては、史記の「貨殖列伝」に描かれている

「古風」 第九首 李白109

「古風」 第九首 李白109

 はじめに荘子の「斉物論」を引き、ついで秦の東陵侯邵平をと引き合いに出し、損得勘定にあくせくする俗人に対して夢を持つことを述べている。


古風 其九
莊周夢胡蝶。 胡蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
一體更變易。 萬事良悠悠。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富貴故如此。 營營何所求。

富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


(書き下し文)
荘周胡蝶を夢み
胡蝶は荘周となる。
一体たがひに変易し
万事まことに悠悠たり。
すなはち知る蓬莱の水の
また清浅の流れとなるを。
青門に瓜を種うるの人は
旧日の東陵侯なり。
富貴はもとよりかくのごとし
営々なんの求むるところぞ。 


莊周夢蝴蝶。 蝴蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
荘周 紀元前四世紀の人。いまの河南省に生れた。哲学者。「荘子」の著者。○夢蝴蝶 「荘子」の「斉物論」篇に見える話。あるとき荘周が夢のなかで蝴蝶になった。ひらひらと空を舞う蝴蝶。かれはすっかりいい気持になり、自分が荘周であることをわすれてしまった。ところが、ふと目がさめてみると、まぎれもなく、荘周にかえっている。かれは考えた。荘周が夢をみて蝴蝶となったのか、それとも、蝴蝶が夢をみて荘周になっているのだろうか。荘周と蝴蝶とは、はっきりと区別される。すると、これは「物の変化」ということであろうか。つまり、荘子は、人間と蝴蝶、夢と現実を区別する常識的な分別を問題にせず、渾沌とした世界の中で自由にたのしむことをよしと考えたのである。


一體更變易。 萬事良悠悠
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
一体更変易 万物は本来一つであるということを明らかにするのが、荘子の斉物論である。世の中のあらゆる現象は、もともと一体であるものが、いろいろに姿をかえているのである。○悠悠 無限に運動するさま。

乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
蓬莱水 蓬莱というのは、東海の中にあるといわれる仙人の島。麻姑という女の仙人が言った。「東の海が三遍干上って桑畑にかわったのを見たが、先ごろ蓬莱島に行ってみると、水が以前の半分の浅さになってしまっている。またもや陸地になるのだろうか。」王遠という者が嘆いて言った。「聖人はみな言っている、海の中もゆくゆくは砂塵をまきあげるのだと。」「神仙伝」に見える話。

青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
青門 長安城の東がわ、南から数えた第一の門を新開門という。青い色であったから通称を青城門、または青門といった。下図 曲江の東にある門
mapchina00201長安城の図 東南側は陵墓と瓜畑が広がっていた。
種瓜人 広陵の人、邵平は、秦の時代に東陵侯であったが、秦が漢に破れると、平民となり、青門の門外で瓜畑を経営した。瓜はおいしく、当時の人びとはこれを東陵の瓜 押とよんだ。

富貴故如此。 營營何所求。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。
富貴 ふうき 富んでいて尊いこと。富んでいて尊敬できる人。○営営 あくせくとはたらいて利益を追求すること。損得勘定により行動をすること。


<参考>
荘周 「夢蝴蝶」
以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。 自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。 ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。 荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。
<原文>
 昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。
俄然覚、則蘧蘧然周也。
 不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。
此之謂物化。
<書き下し文>
 昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。 自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。 知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。

古風五十九首 其七 李白 108/350

古風五十九首 其七 李白108/350


古風五十九首 其七
客有鶴上仙、飛飛凌太清。
鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
揚言碧雲裏、自道安期名。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
兩兩白玉童。雙吹紫鸞笙。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
去影忽不見、囘風迭天聾。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
拳首遠望之、諷然若流星。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
願餐金光草、詩興天斉傾。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。

鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。


(下し文)古風 其の七
客に鶴上の仙有り、飛び飛んで 太清を凌ぐ
言を揚ぐ 碧雲の裏、自ずから道う 安期が名。
両両たり 白玉の童、双び吹く 紫鸞の笙
去影 忽ちに見えず、回風 天声を送る
首を挙げて 遠く之を望めば、諷然として 流星の若し
願わくは金光の草を餐し、寿 天と斉しく傾かん


客有鶴上仙、飛飛凌太清。
鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
凌 のりこえる。○太清 天上にある世界。道家でいわゆる三清の一つ。聖人は玉清に登り、真人は上清に登り、仙人は太滑に登るという。 李白の詩は、道教の説明をきちんと入れなければいけない。
三清(さんちん):
最高神である上合虚道君応号元始天尊、右に霊宝天尊、左に道徳天尊(太上老君)を配した3神のことである。
三清境に住み、玉清には元始天尊が、上清には霊宝天尊が、太清には太上老君がそれぞれ宮殿を構えていると言われている。6世紀以降、それまで最高神として扱われていた道家の創始者・太上老君を三身一体の一部として組み入れ、元始天尊をリーダーとして道教の最高神として祭られるようになった。
元始天尊 三清の中央に位置する神。三清界の玉京(玉清)という場所に住むという。上合虚道君応号元始天尊 玉清元始天尊、玉清とも呼ぶ。道と万物の創造神であると言われ、道士の信仰が熱い。
霊宝天尊 別名太上道君。三清界の上清境に住むので上清、上清天尊とも呼ばれる。
太上老君 別名道徳天尊。三清の1人で道家の創始者。三清境の太清に宮殿を構えることから太清とも呼ばれる。
 
揚言碧雲裏、自道安期名。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
揚言 名乗りを上げる。○碧雲 青雲。李白は青い色にこの文字を多用する。好きな文字なのであろう。○安期 仙人の名。安期宅秦の墳邪の人で、学問を河上文人に受け、東海のほとりで薬を売っていた。当時の人は千歳公と呼んだ。始皇帝が山東に遊んだとき、三旦二晩ともに語った。金崗数千万を賜わったが、みな置いたまま立去り、「数十年のちに、われを蓬莱山のふもとにたずねよ」という置手紙をのこした。始皇はかれを海上にさがさせたが、使者は風波にあい引返した。漢の武帝の時、李少君という者が帝に報告した。「臣がかつて海上に遊んだとき、安期生を見た。かれは瓜のように大きいナツメを臣に食わせた、云云」武帝もまた、方士を海に派遣して安期生をさがさせたという。「列仙伝」や「史記」『三国志』「魏書」に登場する話。

兩兩白玉童。雙吹紫鸞笙。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
白玉童 白玉のような清らかな顔の童子。○紫鸞笙 王子喬という仙人は笙の名手であったが、かれの笙は紫檀で鳳翼にかたどって製ってあった。鸞は、鳳風の一種。
 
去影忽不見、囘風迭天聾。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
囘風 向かい風。上句の「去」の対語としての「囘」は帰ることで天からこちらへ送ってくれた調べとなる。回風はつむじ風。○天声 天上の音楽。
 
拳首遠望之、諷然若流星。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
 そらんじる。天上の音楽のこと。  ○然若 しかり・・・・ごとく

願餐金光草、壽興天斉傾。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。
金光草 仙人草。 
senninso01日本ではよく見かける。
 ○ せい齊 ととのえる。ならべる。 ・さい齋つつしむ。神仏へのそなえもの。学問をするところ。
 心を傾ける。帰服する。

無題(乗是重言去紹躍) 李商隠 19

無題(乗是重言去紹躍)李商隠 19
七言律詩 六朝時代の謝朓、李白、の閨怨の詩を受け継ぎ李商隠風に発展させた詩である。


無題
題をつけない詩。閨怨の詩。
來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。

劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


題をつけない詩。閨怨の詩

また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


(下し文)無題
来るとは是れ空言 去って蹤を絶つ
月は斜めなり 楼上 五更の鐘
夢に遠別を為して啼けども喚び難く
書は成すを催されて墨未だ濃からず
蝋照 半ば籠む 金翡翠
麝薫 微かに度る 繍芙蓉
劉郎は己に恨む 蓬山の遠きを
更に隔つ 蓬山 一万重
 
無題
無題 題をつけない詩。閨怨の詩
空閏、とどかぬ思い、胸の痛み、あのお方はなぜ来ない。やり切れぬ思い、女性の側から恋情を歌ったもの。

來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
空言 事実に裏付けされない言葉。空約束。絵空事。〇五更鐘 一夜を五分し、その度に夜番の者が更代(交代)する。五更は午前四時。

夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
 声をあげて悲しみ泣く。梁の蕭綸(未詳―551)の秋胡の婦に代って閨怨する詩に「涙は尽く夢啼の中。」とある。○催成 催は催促されて気がせくこと。被催はせかされること。(夜明けが始業時間、朝廷の官僚も暗いうちから出勤した)したがって書被催成とは、夜が白みかけたら人の往来がある四、夜明けの鐘とともに使者が出発するので、それに間に合わないといけないために、早く手紙を書かかなければと焦っている状態を示す。また梁の劉孝威(496~549)の冬暁と題する詩に「妾が家は洛陽に辺す、慣れ知る暁鐘の声。鐘声猶お未だ尽きず、漢使応に行くべきを報ず。天寒くして硯の水凍る、心は悲しむ書の成らざるに。」寒くて墨がすれない。また、薄墨の言伝は心がないこと別れを意味する。だから、紛らわしくない濃い墨でとどけないといけない。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
金翡翠 蝋燭の光で閨に置く羽の飾り物が金色を散らしたようにみえる。翡翠はカワセミの長い綺麗な羽をいう。この翅は節句の飾りつけにつかわれる。○麝薫 麝薫 麝香鹿:中央アジア産の鹿の類 の腹からとった香料のかおり。○繍芙蓉 ぬいとりの蓮花模様。しとねの模様である。杜甫(712-770)の李監の宅の詩に「屏は開く金孔雀、裕は隠す繍芙蓉。」と。

劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。
劉郎 中唐の詩人李賀(790-817)の「金銅仙人の漢を辞するの歌」に『茂陵の劉郎秋風の客。』から出る言葉。元来は漢の武帝劉徹を指すがそれにひっかけながらここは待っている人という意味で用いられている。○蓬山 東方海上、三仙山の一つ。〇 わたる。渡にひとしい。香りが漂いわたる。


   道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。

杜甫 6 兗州城楼

杜甫 6 兗州城楼
開元25年 737年 26歳

五言律詩。河南・山東に放浪生活を送っていたころ、兗州都督府司馬の官にあった父の杜閑を訪れた折の詩。

chinatohosantomap
登兗州城楼
東郡趨庭日、南楼縦目初。
浮雲連海岱、平野入青徐。
孤嶂秦碑在、荒城魯殿余。
従来多古意、臨眺独躊厨。

東郡ここ兗州の地で父の教えを奉じている日にあって、州城の南楼で眺めをほしいままにしたその初めのときだ空に浮かぶ雲は海や泰山のかなたにまでつらなり、平野は青州や徐州の方まで入りこんでいた。
ひとりそばだつ屏風山には秦の始皇帝の石碑が今なお残っており、荒れはてた町には魯王の宮殿がそのあとをとどめているのだ。
これまで古をなつかしむ気持ちの多かったわたしは、城楼に登り立って四方を眺めながらただひとりたち去りかねているのだ。

(下し文)兗州の城楼に登る
東郡  庭に趨(は)する日、南楼  目を縦(ほしい)ままにする初め
浮雲は 海岱に連なり、平野は 青徐に入る
孤峰には秦碑在り、荒城には魯殿余る
従来 古意多し、臨眺して独り躊厨す


東郡趨庭日、南楼縦目初。
東郡ここ兗州の地で父の教えを奉じている日にあって、州城の南楼で眺めをほしいままにしたその初めのときだ。
東郡 秦のときの郡名で、兗州はその郡に属していた。○趨庭 庭さきを走りまわる。 『論語』季氏篇に、孔子の子の鯉が「庭を趨って」過ぎたとき、父の孔子が呼びとめて「詩」と「礼」とつまり、詩経と書経を学ぶようにさとしたとあるのにもとづき、子供が父の教えを受けることをいう。この『論語』のことばを使用するのは、兗州のすぐ東に孔子の故郷である曲阜があることによる。この後、望嶽を作るも孔子にあやかる。○南楼 兗州楼の南門の楼。○縦目 ほしいままに見渡す。

浮雲連海岱、平野入青徐。
空に浮かぶ雲は海や泰山のかなたにまでつらなり、平野は青州や徐州の方まで入りこんでいた。
○海岱 東の海と東北にそびえる泰山のこと。○青徐 青州と徐州。ともに太古の九州の一つで、青州は兗州の北、徐州は兗州の南にひろがる地域をいう。『書経』萬貢篇に「海岱は唯れ青州」とある。

孤嶂秦碑在、荒城魯殿余。
ひとりそばだつ屏風山には秦の始皇帝の石碑が今なお残っており、荒れはてた町には魯王の宮殿がそのあとをとどめている。
孤嶂 兗州の東南数十キロにある嘩山をいう。○秦碑 紀元前三世紀のころ、秦の始皇帝が巡幸の記念として建てた石碑。○荒城 ?州のすぐ東にある曲阜をさす。○魯殿 紀元前二世紀、漢の景帝の息子、魯の共王が建てた霊光殿をいう。

従来多古意、臨眺独躊厨。
これまで古をなつかしむ気持ちの多かったわたしは、城楼に登り立って四方を眺めながらただひとりたち去りかねているのだ。
臨眺 高い所に登って遠くをながめる。○躊厨 躊躇。行くことをためらう。

○韻字 初・徐・余・厨。

杜甫は『登兗州城楼』と題した詩を書き兗州城の南楼からの眺めをうたっている。当時の兗州城は戦乱で荒廃し現存しないが、南楼の跡の崩れたレンガが積み重なってできた丘は少陵台と呼ばれ今も兗州の県城内の北寄りに位置する。

兗州市は、昔から「東文、西武、北岱、南湖」と呼ばれてきた
(東に孔子ゆかりの「三孔」を仰ぎ,西に水滸伝ゆかりの「梁山泊」があり、北には「泰山」がそびえ、南には「微山湖」を望むため)
また、「杜甫」ゆかりの地である少陵台もこの市にる。
少陵台

少陵台は杜甫ゆかりの地である。この詩の5・6年後杜甫は李白と兗州で会い、終生の友誼を交わした。

古風五十九首 其五 李白

古風五十九首 其五 李白 107

古風五十九首 其五
太白何蒼蒼、星辰上森列。
太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。
去天三百里、邈爾與世絕。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
中有綠髪翁、披云臥松雪。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
不笑亦不語、冥棲在岩穴。
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
我來逢真人、長跪問寶訣。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
粲然啟玉齒、授以煉藥說。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
銘骨傳其語、竦身已電滅。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
仰望不可及、蒼然五情熱。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
吾將營丹砂、永與世人別。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。

太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。


(下し文)
太白 何んぞ蒼蒼たる、星辰 上に森列す。
天を去る 三百里、邈爾として世と絕つ。
中に綠髪の翁有り、雲をかぶりて松雪に臥す。
笑わず 亦 語らず、冥棲 岩穴にあり。
我來って 真人に逢い、長跪して寶訣を問う。
粲然として 玉齒を啟き、授くるに煉藥の說を以てす。
骨に銘じて其語を傳うるに、身を竦めて已に電の滅ゆ。
仰て 望むも及ぶべからず、蒼然として五情 熱す。
吾 將に 丹砂を營み、永く世人と別れんとす。

太白何蒼蒼、星辰上森列。
太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。 
太白 長安の西方80kmにある3767m、陝西省武功県、の南にある山の名。標高もあり、山頂には年中積雪がある。○蒼蒼 山があおあおとしている、そのようす。○星辰 星も辰も、ほし。○森列 いかめしくならぶ。

去天三百里、邈爾與世絕。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
去天三百里 「武功の太白、天を去ること三百里」という言いつたえがある。○邈爾 ばくじ はるか遠くにあること。

中有綠髪翁、披云臥松雪。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
 着物としてきる。 ○云 雲。云は古来文字。

不笑亦不語、冥棲在岩穴。
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
冥棲 ひっそりとしたところに棲む。
 

我來逢真人、長跪問寶訣。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
真人 道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだ人。○長跪 ちょうき 長く両ひざをついてお辞儀をする姿勢をとること。○寶訣 ほうけつ 修行をして体得した悟りとか奥義。

粲然啟玉齒、授以煉藥說。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
粲然 にこやかに笑うさま。あざやかなさま。○煉藥 仙薬を練ること。丹砂:水銀と硫黄の化合した赤色の土を何回もねり上げると金丹:黄金となり、それを飲むと仙人になれるという。覚醒状態にさせる薬。


銘骨傳其語、竦身已電滅。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
竦身已電滅 仙人は、上はよく身を雲霄にそばだて、下はよく形を川海にひそめる、という。

仰望不可及、蒼然五情熱。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
蒼然 春の草木が萌え出るさま。〇五情 喜び・怒。・哀しみ・楽しみ・怨みの五つの感情。

吾將營丹砂、永與世人別。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。

五嶽 中国の五つの名山。東嶽(泰山1024m・山東省)南嶽(衡山1290m・湖南省)西嶽(華山2160m・陝西省)北嶽(恒山2017m・山西省)中嶽(嵩山1440m・河南省)


太白山 3767m 五嶽より圧倒的に高い。古来、五嶽を基本のして地方を9つに分けて考えられていた世界観からすれば太白山はその世界を外れた天に続く山とされていたのだろう。  


登太白峯  李白 20
西上太白峯、夕陽窮登攀。
太白与我語、為我開天関。
願乗泠風去、直出浮雲間。
挙手可近月、前行若無山。
一別武功去、何時復更還。
西方登は太白峰、夕陽は山擧に窮めた。
太白星は我に語りかけ、私のために天空の門を開いた。
爽やかな風に乗り、すぐにも出たい雲のあいだを。
手を挙げれば月に近づき、前にすすめば遮るものも無いかのように。
ひとたび去る武功の地、いつまた帰ってこられるのか。

古風五十九首 其三 李白

古風五十九首 其三 李白 106


  これまで約二十首連続で、酒に関する詩を取り上げてきた。それらの詩により、李白の考え方は次のようにまとめられる。
李白は、神仙となって長命を得ることは道を得る機会が増えることであり、奨励されると考えており、真理としての宇宙観には多様性があるとするのが道教の思想であると考えていた。食生活においてはとりわけ、酒飲むことを基本とし、この相乗効果として、さまざまな食物を得ることで均衡が取れ、長生きすると考えていた。


次に李白に人生の集大成とも思われる「古風」五十九首のうちで道教に関するものと思われるものを見ていこう。この詩は、神仙思想というものから見れば、始皇帝の行った数々のことはおろかなことである、神仙を愚弄したものであり、結果は、「金棺の寒灰を葬る。」と。


古風五十九首 其三
秦皇掃六合、虎視何雄哉。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
揮劍決浮云、諸侯盡西來。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
明斷自天啟、大略駕群才。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(使いこなしていない)
收兵鑄金人、函谷正東開。
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。
銘功會稽嶺、騁望琅琊台。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
刑徒七十萬、起土驪山隈。』
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
尚采不死藥、茫然使心哀。
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
連弩射海魚、長鯨正崔嵬。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
額鼻象五嶽、揚波噴云雷。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
鬈鬣蔽青天、何由睹蓬萊。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
徐市載秦女、樓船幾時回。
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
但見三泉下、金棺葬寒灰。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(使いこなしていない)
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。


(下し文)古風 其三
秦皇 六合を掃いて、虎視 何ぞ 雄なる哉。
劍を揮って 浮云を決れば、諸侯 盡く西に來る。
明斷 天より啟き、大略 群才を駕す。
兵を收めて 金人を鑄、函谷 正に東に開く。
功を銘す 會稽の嶺、望を騁ず 琅琊の台。
刑徒 七十萬、土を起す 驪山の隈。』

尚 不死の藥を采り、茫然として 心哀しましむ。
連弩 海魚を射、長鯨 正に崔嵬。
額鼻は五岳に象かたどり、波を揚げて云雷を噴はく。
鬈鬣きりょう 青天を蔽おおう、何に由りてか 蓬萊を睹みん。
徐市じょふつ 秦女を載す、樓船 幾時か回える。
但見る三泉の下、金棺 寒灰を葬ほうむるを。



古風五十九首 其三

秦皇掃六合、虎視何雄哉。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
秦皇 秦の始皇帝。〇六合 天地と四方と。すなわち、宇宙。世界。天下国家。○虎視 猛虎がニラミをきかすこと。勢意の盛んで強いことのたとえ。

 
揮劍決浮云、諸侯盡西來。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
揮劍決浮雲 「荘子」に「天子の剣は、上は浮雲を決り、下は地紀(大地の根本)を断つ。」とあるのにもとづくもの。○諸侯尽西来 戦国時代の諸侯、すなわち斉・楚・燕・韓・魏・趙の六国の王たちは皆降伏して当時は一番西に位置したので(西のかた)秦に来た。中国初めての統一国家とされているが、実質的には隋王朝の国の体をなした国家、すなわち、律令国家体制こそが初めての統一国家といえるもののではなかろうか。

明斷自天啟、大略駕群才。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(人材をうまく使いこなしているわけではない)
明断 英明な決断力。○大略 大計画。


收兵鑄金人、函谷正東開。
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。 
収兵鋳金人 「史記」の始皇本紀の二十六年の条に「天下の兵(武器)を収めて咸陽に集め、これをとかして鐘鐻(しょうきょ:鐘や鼓をかける台)と金人(銅製の大人形)十二をつくり、重さはそれぞれ千石(一石は普通人がかつげる重さ)で、宮廷に置いた」とある。○函谷 秦の東境にある関所の名。いまの河南省の西端。秦は自然の要塞でもあるここを厳重守っていたが、六国を滅ぼして天下を統一したので「東に開」いたわけである。


銘功會稽嶺、騁望琅琊台。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
銘功会稽嶺 「史記」の始皇本紀、三十七年に「会稽山(浙江省紹興)に登って大禹(夏の商王)を祭り、南海を望んで石を立て、文字を刻んで秦の徳をたたえた」とある。杭州が中国南部統治の要衝地であった。その象徴ともいえる山が会稽山である。地図上での南は海南方面であるが李白の時代唐時は交通手段が川・運河であったためこの地を南としていた。○騁望琅琊台 琅邪は琅琊とも、また琅邪とも書く。同じく始皇本紀、二十八年「南のかた琅邪山(山東省諸城県東南)に登って大いに楽しみ、滞留三か月、平民三万戸を琅邪山のふもとに移し、十二年間免税することにし、琅邪台を作って石を立て、秦の徳をたたえた」。この地が最東の要衝地であった。

刑徒七十萬、起土驪山隈。』
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
刑徒七十万 同じく始皇本紀、三十五年「始皇は阿房宮を作った。東西五百歩つまり3,000尺・南北五十丈つまり500尺という。なお、メートル法に換算すると、乗数に諸説があるため東西600-800m・南北113-150mなどの幅がある。ウィキペディア中国語版では、693mと116.5mと記述されている。 二階建で上は万人を坐らすことができ、下は五丈の旗を建てることができた。殿外には柵木を立て、廊下を作り、これを周馳せしめ、南山にいたることができ、複道を作って阿房から渭水を渡り咸陽の宮殿に連結した。これは、天極星中の閣道なる星が天漢、すなわち天の川を渡って、営室星にいたるのにかたどったものである。その建築に任じた刑徒の数は70余万に昇った。なおも諸宮を造り、関中に300、関外に400余、咸陽付近100里内に建てた宮殿は270に達した。このために民家3万戸を驪邑に、5万戸を雲陽にそれぞれ移住せしめた。」。○驪山 いまの陝西省臨潼県の東南、つまり咸陽の東の郊外にある山。 

尚采不死藥、茫然使心哀。
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
○尚採不死薬 「史記」始皇本紀三十二年「韓終・侯公・石生に仙人の不死の薬を求めさせた」。

連弩射海魚、長鯨正崔嵬。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
連弩 数本ないし数十本の矢を連続して発射できるような仕掛の石弓。○海魚 大鮫。○連弩射海魚 始皇本紀、二十八年「斉の人、徐市らが上書して「海中に三つの神山があり、蓬莱・方丈・瀛洲と申して、仙人が住んでおります。斎戒して童男童女を連れ、仙人を探したいと思います」と言った。そこで徐市を派遣し、董男童女数千人を出して海上に仙人を求めさせた」。三十七年「方士の徐市らは、海上に神薬を求めて、数年になるが得られず、費用が多いだけだったので、罰せられることを恐れ、いつわって、「蓬莱では神薬を得られるのですが、いつも大鮫に苦しめられて、島に行くことができないのです。上手な射手を附けていただけば、現われたら連弩で射るのですが」と言った。……そこで海上に行く者に大魚を捕える道具を持たせ、大魚が出たら、始皇みずから連弩で射ようと、琅邪から労山・成山(いずれも山東省)まで行ったが、ついに現われなかった。之罘に行くと大魚が出たので、一魚を射殺した」。 〇崔嵬 高くて急な、石山の形容。

額鼻象五嶽、揚波噴云雷。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
五嶽 中国の五つの名山。東嶽(泰山・山東省)南嶽(衡山・湖南省)西嶽(華山・陝西省)北嶽(恒山・山西省)中嶽(嵩山・河南省)

鬈鬣蔽青天、何由睹蓬萊。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
鬈鬣 ひれとひげ。○蓬莱 海上にあるといわれる仙人の島。

徐市載秦女、樓船幾時回。
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
徐市 じょふく(一+巾)秦の始皇帝をだましたイカサマ師。徐福ともいう。日本に来て住んだという。紀州にその墓がある。○楼船 二階づくりの屋形船。

但見三泉下、金棺葬寒灰。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。
三泉 始皇本紀に「始皇を驪山に葬る。始皇帝が初めて帝位に即いた時、驪山のふもとに陵をつくるため穴を掘り、天下をあわせたのちは、天下の徒刑の罪人七十余万人をつかって三泉の下まで掘り、銅を以て下をふさぎ、外棺を入れた。塚の中に宮殿や百官の席をつくり、珍奇な器物をいっぱい入れた」とある。三泉とは、地下水の層を三つ掘りぬいた深い地底。○寒灰 つめたい灰。死骸は火葬しないが、次第に風化して灰になることをいう。


 この詩も、神仙を願うことに反対しているのではない。また始皇帝をひきあいにだして、玄宗を諷刺したというものでもなく、ただ神仙の道を求める資格が、なかったことをいっているのである。晩年の豪奢と強権、宦官に任せた始皇帝には、不老長寿を求める資格はない、たとえ徐市(徐福)に始皇帝を欺く意志があったとしてもである。


 ○韻 哉、來、才、開、台、隈、哀、嵬、雷、萊、回、灰。

 
毎日のkanbuniinkai紀頌之5大詩 案内
 
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝?・?信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場《李白全詩》
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春日獨酌二首 其二  李白 105

五言古詩
春日獨酌 二首 其二 105


春日獨酌 二首 其二
我有紫霞想、緬懷滄洲間。
私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
且對一壺酒、澹然萬事閑。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松、把酒望遠山。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。
長空去鳥沒、落日孤雲還。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。
但恐光景晚、宿昔成秋顏。

ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。



私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。
ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。


其の二
我 紫霞想 有り、
緬(はるか)に 滄洲の間を懐(なつか)しむ。
且つ 一壷の酒に対し、澹然(たんぜん)として万事閑なり。 
琴を横たずさえて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。
長空 鳥去って没し、 日落ち 雲孤り還る。
但だ恐る 光景 晩(くれ)、宿昔 秋顔を成すを。



我有紫霞想、緬懷滄洲間。
私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。 また紫は天子を示す。また。・ 遙かな。 ・滄州 河が湾曲して洲になっているところ。隠者の棲む場所。


且對一壺酒、澹然萬事閑。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教え。


橫琴倚高松、把酒望遠山。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。
ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  ・宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  ・秋顔 老顔。

春日獨酌二首 其一  李白 104

春日獨酌 二首  李白104
五言古詩  春日に独り酌む 二首
 

春日獨酌 二首 其一
東風扇淑氣、水木榮春暉。
東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
白日照綠草、落花散且飛。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。
孤雲還空山、眾鳥各已歸。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
彼物皆有托、吾生獨無依。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
對此石上月、長醉歌芳菲。

このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。



東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。



 其の一
東風 淑気(しゅくき)を扇(あふ)ぎ、
水木 春暉に栄ゆ。
白日 緑草を照らし、
 落花 散じ且つ飛ぶ。
孤雲 空山に還り、
衆鳥 各(おのおの)已に帰る。
彼の物 皆 托する有るも、
 吾が生 独り依る無し。
此の石上の月に対し、
 長酔して芳菲に歌ふ。



東風扇淑氣、水木榮春暉。
東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
東風 春風。○淑気 おごそかな気。○春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。○空山 隠者の住む山。人気のない山。 ○ 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
 身を寄せる。


對此石上月、長醉歌芳菲。
このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
 
○韻 氣、暉、飛、歸、依、菲。

待酒不至 李白 103

待酒不至 李白 103
五言律詩「酒を待てど至らず」


待酒不至
酒を待てど至らず
玉壺系青絲、沽酒來何遲。
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
山花向我笑、正好銜杯時。
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
晚酌東窗下、流鶯復在茲。
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)
春風與醉客、今日乃相宜。
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)

酒を待てど至らず
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)


酒を待てど至らず
玉壺 青絲に繫ぎ、沽酒 何ぞ遲れて來る
山花 我に笑って向う、正に好む杯時銜ふくむを。
晩酌す 東窗の下、流鶯 復た茲に在り
春風 醉客にあたうる、今日乃ち相ひ宜し。


玉壺系青絲、沽酒來何遲。
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
玉壺 丸い形の酒壺。輝く綺麗な人。○青絲 青い糸。細い柳の枝。李白「將進酒」では黒髪をきれいに整髪しているさま。○沽酒 世間で売られている酒。酒を買ってこいではない。仙界の高楼にいる李白は持ってこさせているのである。

山花向我笑、正好銜杯時。
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
 くつわ。口にくわえる。


晚酌東窗下、流鶯復在茲。
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。
(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)


春風與醉客、今日乃相宜。
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)


○韻 絲、遲、時、茲、宜。

 普通に読むと、「前半では買いにやらせた酒がなかなか来ないこということにいらだつさまが描かれ、後半では春風に吹かれながら心地よく酔う楽しみが語られている。」とされるが、玉、壺、花、笑、好、銜、窓、鶯、茲、春、相。すべて、女性を詠う際に使われる語である。儒教的な考えでこの詩を見ると酒の事しか歌っていないものが、悦楽も人生の大切な要件であるという見方からすれば、ありきたりの詩が、断然に違った世界を見せるのである。李白の詩の素晴らしさがここにあるといってもおかしくないのではないだろうか。 
 

友人會宿  李白 102 獨坐敬亭山

友人會宿  李白 102
五言古詩

友人會宿
友人と共に宿る。
滌蕩千古愁。 留連百壺飲。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
良宵宜清談。 皓月未能寢。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ。
醉來臥空山。 天地即衾枕。

すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。


友人と共に宿る。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ。
すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。
miyajima 709330



友人會宿;友人と共に宿る。
○会宿 一緒に宿泊する。

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
○滌蕩 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

良宵宜清談、皓月未能寢。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ
 夜。 ○清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  〇時月  白く輝く月。

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。


賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



○韻字 - 飲、寝、枕。


------------------------------------------------
獨坐敬亭山 李白 
獨坐敬亭山
獨り 敬亭山に坐して
眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。
数多く集まっていた鳥が 空高く飛んで消えていく、ポツンと浮かんでいた雲も いつのまにか流れ去って閑けさが戻ってきた。
相看兩不厭。 只有敬亭山。

互いに看合っていて双方が厭きることがないものは、只そこにあるのは 敬亭山。

獨り 敬亭山に坐して
数多く集まっていた鳥が 空高く飛んで消えていく、ポツンと浮かんでいた雲も いつのまにか流れ去って閑けさが戻ってきた。
互いに看合っていて双方が厭きることがないものは、只そこにあるのは 敬亭山。
miyajima 697

(下し文) 獨り 敬亭山に坐す
眾鳥 高く飛んで盡き、孤云 獨り去って閑なり。
相 看て兩に厭ざるは、只 敬亭山 有るのみ。


○敬亭山 李白の敬愛した六朝詩人謝朓が宜城の太守だったときしばしばここで遊んでいる。それを意識してこの詩を詠っている。李白の足跡5
地図のc4にある安徽省宜城市の北北西5kmにある敬亭山。
 

○韻 閑、山。

月下獨酌四首 其四


月下獨酌四首 其四
窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
且須飲美酒,乘月醉高臺。

ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。



思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


其の四
窮愁きゅうしゅう千萬端美酒 三百杯
愁い多くして酒少なしと雖いえども、酒傾くれば愁ひは来たらず
所以ゆえに酒の聖なるを知り、酒酣たけなわにして心自ら開く
粟ぞくを辞して 首陽に臥し、屡しばしば空しくて顔回飢う
当代飲むを楽しまずんば、虚名安いずくんぞ用ひんや
蟹螯かいごうは即ち金液きんえき、糟丘そうきゅうは是れ蓬莱ほうらい
且しばらく須すべからく美酒を飲み、月に乗じて高台に酔ふべし


窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
窮愁 思うにまかせぬ愁いや哀しみ。「窮」は、物ごとが思いどおりにならず、行きづまること。政治的・社会的・経済的など、種々の面で用いられる。 ○ 心の緒。各種の心情のありかたを数える単位。量詞。


愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない


所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
○賢 濁り酒と清酒 賢人と仙人


辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
辞粟臥首陽 殿周革命の際、伯夷・叔斉の兄弟は、周の武王が殷の紂王を伐つのを諌めて聞かれず、暴力によって天下を奪った周の栗(穀物=俸禄)を受けることを辞退して、首陽山(一説に、河南省偃師県の西北)に隠れ、薇(野生の豆類)を採って食とし、ついに餓死した。(『史記』巻六十一「伯夷伝」)。○屡空 孔子の弟子の顔回は、「屡と空し(常に米櫃が空で経済的に困窮していた)」(『論語』先進)と孔子に評される貧困の中で、学を好み人格を磨いたが天折した。


當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。


蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
蟹堅 カニのハサミ(の肉)。ここでは、晋の畢茂世の言葉が意識されていよう。「一手に蟹の贅を持ち、一手に酒の盃を持ち、酒池の中に拍浮げは、便ち一生を了うるに足らん」(『世説新語』「任誕、第二十三」 の二一)。○金液1道教で黄金から精製するという不老不死の仙薬。○糟丘 酒糟で作った丘。○蓬莱 東海の中にあると伝えられる不老不死の仙山。

且須飲美酒,乘月醉高臺。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


*韻字 杯・来・開・回・哉・莱・台。




竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。

賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
○賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



  道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。

李白 月下獨酌四首其三100 月下獨酌四首其四101

  月下獨酌四首其一、其の二は李白の自分自身の考え方生き方と酒を詠っている。今回の其三、其四は自分の考え生き方と酒それに対する、儒教の思想に対する批判を述べている。
 其一から其四まで通して読まないと李白の思想生き方と酒が一体化していること、儒教的な生き方を自分はしないということを酒を称賛することで述べているので深い理解ができないのである。多くの李白の詩を紹介していてもこのように手を抜かないで紹介しているものは少ないと思う。
 現在、この李白ブログ、李商隠、杜甫を連載していますがどれも手を抜かないで行く予定である。
 
「トイレの神様」を自作した歌手が紅白出場に際して、「自分の詩はカットして短くすることはできない」と言って他の歌手たちの倍くらいの時間をとった。その結果、多くの人にそれぞれ違う涙を誘うことできた。詩に、省略ということはろう。 月下獨酌四首は其一だけ、二だけとか一と四とか通常、である。このブログでは可能な限り、割愛をしないでいきたい。
 
月下獨酌四首 其三 
三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
不知有吾身,此樂最為甚。

酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。


春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。 
  
其の三
三月 咸陽城、千花 昼 錦の如し
誰か能よく春 独り愁ふ、此に対して径ただちに須すべからく飲むべし
窮通きゅうつうと修短と、造化の夙つとに稟ひんする所
一樽 死生を斉ひとしく、万事 固もとより審つまびらかにし難し
酔ひし後 天地を失い、兀然ごつぜんとして孤り枕に就く
吾が身の有るを知らず、此の楽しみ 最も甚はなはだだしと為す



三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
咸陽城 長安 ・春の長安は牡丹が咲き乱れる。韋荘「長安の春」中唐・・中唐・孟郊「登科後」
昔日齷齪不足誇、今朝放蕩思無涯。
春風得意馬蹄疾、一日看尽
長安花

の花は牡丹である。貴族の邸宅は、牡丹を植えていた。
春の花は梨花早春の花といえば梅、赤いといえば牡丹、白い花は、雪と対にして梨の花が詠われている。ここでは千花晝如錦(千花昼錦の如し)綿のようにとあるのは蘇東坡の「和孔密州五言絶句 東欄梨花」にある柳絮が加わる。
梨花淡白柳深靑,柳絮飛時花滿城。
惆悵東欄一株雪,人生看得幾淸明。

・柳絮〔りうじょ〕柳の花が咲いた後の風に舞う綿毛のある種子。風に従って動くものの譬喩。流離(さすら)うもの。政治的な節操もなく情況に流されて揺れ動く者 李白は遊子の自分のことを示しているということになる。
千花は梅、牡丹、梨の花、柳絮ということになる。

誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。


窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
窮通 窮達とおなじ。困窮と栄達。  ○修短 長短と同じ。長いことと短いこと。○ つとに。朝早くから仕事をする。○ 天から受けた性質。俸給のこと。

一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
 整える。並べる。ただしい。○ 強く固める。固くなる。そなえる。


醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もありはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
兀然 こつぜん 高くそびえたつ。ゆったりしないさま。無知なさま。


不知有吾身,此樂最為甚。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。



○韻 綿、飲、稟、審、甚




月下獨酌四首 其四
窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
且須飲美酒,乘月醉高臺。

ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。
 


思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


其の四
窮愁きゅうしゅう千萬端美酒 三百杯
愁い多くして酒少なしと雖いえども、酒傾くれば愁ひは来たらず
所以ゆえに酒の聖なるを知り、酒酣たけなわにして心自ら開く
粟ぞくを辞して 首陽に臥し、屡しばしば空しくて顔回飢う
当代飲むを楽しまずんば、虚名安いずくんぞ用ひんや
蟹螯かいごうは即ち金液きんえき、糟丘そうきゅうは是れ蓬莱ほうらい
且しばらく須すべからく美酒を飲み、月に乗じて高台に酔ふべし


窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
窮愁 思うにまかせぬ愁いや哀しみ。「窮」は、物ごとが思いどおりにならず、行きづまること。政治的・社会的・経済的など、種々の面で用いられる。 ○ 心の緒。各種の心情のありかたを数える単位。量詞。


愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない


所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
○賢 濁り酒と清酒 賢人と仙人


辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
辞粟臥首陽 殿周革命の際、伯夷・叔斉の兄弟は、周の武王が殷の紂王を伐つのを諌めて聞かれず、暴力によって天下を奪った周の栗(穀物=俸禄)を受けることを辞退して、首陽山(一説に、河南省偃師県の西北)に隠れ、薇(野生の豆類)を採って食とし、ついに餓死した。(『史記』巻六十一「伯夷伝」)。○屡空 孔子の弟子の顔回は、「屡と空し(常に米櫃が空で経済的に困窮していた)」(『論語』先進)と孔子に評される貧困の中で、学を好み人格を磨いたが天折した。


當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。


蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
蟹堅 カニのハサミ(の肉)。ここでは、晋の畢茂世の言葉が意識されていよう。「一手に蟹の贅を持ち、一手に酒の盃を持ち、酒池の中に拍浮げは、便ち一生を了うるに足らん」(『世説新語』「任誕、第二十三」 の二一)。○金液1道教で黄金から精製するという不老不死の仙薬。○糟丘 酒糟で作った丘。○蓬莱 東海の中にあると伝えられる不老不死の仙山。

且須飲美酒,乘月醉高臺。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


*韻字 杯・来・開・回・哉・莱・台。




竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。

賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
○賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



  道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。

李白 98 月下獨酌四首 其一  99 月下獨酌四首其二

744-006182_22.1-#1 月下獨酌四首其一(卷二三(二)頁一三三一)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之

 

月下獨酌四首其一(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

 

744-006

月下獨酌四首 其一(卷二三(二)頁一三三一)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7619

全唐詩巻182_-22.-1

李白集校注巻 23-006

767年大暦256  (11)

 

 

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷二三(二)頁一三三一

  卷182_22  1

巻二二-6 

詩題

月下獨酌四首 其一

文體

五言古詩

 

 

詩序

 

 

 

作地點

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點

0

0

交遊人物

 

交遊地點

 

 

 

744-006

月下獨酌四首 其一(卷二三(二)頁一三三一)

(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

花間一壺酒,獨酌無相親。

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。

舉杯邀明月,對影成三人。

そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。

月既不解飲,影徒隨我身。

そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

暫伴月將影,行樂須及春。

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

醒時同交歡,醉後各分散。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

永結無情遊,相期邈雲漢。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

 

(月下獨酌 四首 其の一)

花間、一壺の酒,獨酌、相い親しむ無し。

杯を舉げて 明月を邀へ,影に對して 三人を成す。

月、既に飲を解せず,影、徒らに我が身に隨う。

#2

暫く月と影とを伴うて,行樂、須らく春に及ぶべし。

我歌えば、月、徘徊し,我舞えば、影、零亂す。

醒時、同じく交歡し,醉後、各の分散す。

永く無情の遊を結び,相期して雲漢たり。

 

月下獨酌四首其一

花間一壺酒,獨酌無相親。

舉杯邀明月,對影成三人。

月既不解飲,影徒隨我身。

 

暫伴月將影,行樂須及春。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

醒時同交歡,醉後各分散。

永結無情遊,相期邈雲漢。

 

月下獨酌四首其二

天若不愛酒,酒星不在天。

地若不愛酒,地應無酒泉。

天地既愛酒,愛酒不愧天。

已聞清比聖,復道濁如賢。

賢聖既已飲,何必求神仙。

三杯通大道,一斗合自然。

但得酒中趣,勿為醒者傳。

 

 

月下獨酌四首其三

三月咸陽城,千花晝如錦。

〈上二句一作「好鳥吟清風,落花散如錦」;一作「園鳥語成歌,庭花笑如錦」〉

誰能春獨愁,對此徑須飲。

窮通與修短,造化夙所稟。

一樽齊死生,萬事固難審。

醉後失天地,兀然就孤枕。

不知有吾身,此樂最爲甚。

 

月下獨酌四首其四

窮愁千萬端,美酒三百杯。

愁多酒雖少,酒傾愁不來。

所以知酒聖,酒酣心自開。

辭粟臥首陽,屢空飢顏回。

當代不樂飲,虛名安用哉。

蟹螯即金液,糟丘是蓬萊。

且須飲美酒,乘月醉高臺。

 

李太白集校注(王琦)

  月下獨酌四首

花間一作下文/苑作前一壺酒、獨酌無相親。舉杯邀明月、對影成三人。

月既不解飲、影徒随我身。暫伴月将影、行樂須及春。

我歌月徘徊、我舞影零亂。醒時同交歡、醉後各分

永結無情遊、相期邈雲漢。文苑作/碧巖畔

  其二

天若不愛酒酒星不在天地若不愛酒地應無酒文苑/作醴

泉天地既愛酒愛酒不媿天巳聞清比聖復道濁如賢

賢聖既已飲何必求神仙三杯通大道一斗合自然但

得酒繆本/作醉中趣勿為醒者傳孔融與曹操論酒禁書天/垂酒星之耀地列酒泉之

郡晋書軒轅右角南三星曰酒旗酒官之旗也主宴享/酒食漢書酒泉郡武帝太初元年開應劭註其水若酒

故曰酒泉也顔師古註相傳俗云城下有金泉泉味如/酒藝文類聚魏畧曰太祖禁酒而人竊飲之故難言酒

以濁酒為賢人清酒為聖人晋書孟嘉好酣飲愈多不/亂桓温問嘉酒有何好而卿嗜之嘉曰公未得酒中趣

耳跡胡震亨曰此首乃馬子才詩也胡元瑞云近舉李/墨 為證詩可偽筆不可偽耶琦按馬子才乃宋元祐

中人而文苑英華已載/太白此詩胡説恐誤

  其三

三月咸陽城一作/千花晝如錦一作好鳥吟清風落花/如錦一作園鳥語

歌庭花/笑如錦誰能春獨愁對此徑須飲窮通與修短造化夙

所禀一樽齊死生萬事固難審醉後失天地兀然就孤

枕不知有吾身此樂最為甚梁元帝詩黄龍戍北花如/錦洛陽伽藍記春風扇

花樹如錦淮南子輕天下/細萬物齊死生同變化

  其四

窮愁千萬一作/有千端美酒三百一作/惟数杯愁多酒雖少酒傾

愁不來所以知酒聖一作/聖賢酒酣心自開辭粟卧首陽/

餓伯/屢空飢一作/顔回當代不樂飲虚名安用哉蟹螯

即金液糟丘是蓬萊且須飲美酒乘月醉髙臺晋書畢/卓嘗謂

人曰得酒滿数百斛船四時甘味置兩頭右手持酒杯註/左手持蟹螯拍浮酒船中便足了一生矣金液見五巻

糟丘見/七巻註

 

 

 

《月下獨酌四首 其一》現代語訳と訳註解説
(
本文)

月下獨酌四首 其一#2

暫伴月將影,行樂須及春。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

醒時同交歡,醉後各分散。

永結無情遊,相期邈雲漢。


(下し文)
(月下獨酌 四首 其の一)#2

暫く月と影とを伴うて,行樂、須らく春に及ぶべし。

我歌えば、月、徘徊し,我舞えば、影、零亂す。

醒時、同じく交歡し,醉後、各の分散す。

永く無情の遊を結び,相期して雲漢たり。


(現代語訳)
(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一#2

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

 


(訳注と解説) 

月下獨酌四首 其一

(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

1.【題義】 この詩は、ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。

 

花間一壺酒,獨酌無相親。

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。

2.無相親 この場において伴侶となるべき人がいないことを言う。

 

舉杯邀明月,對影成三人。

そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。

3. 明月 旧暦八月十五日の月を明月という。曇りなく澄みわたった満月。また、名月。《季 秋》「―や無筆なれども酒は呑む/漱石」明月地に堕ちず白日度を失わず天体の運行は不変の法則によって営まれる。天運にさからうことはできないことをいう。

4. 三人 自分がいて、そこに月が出てくる、月を擬人化して二人目とし、やがて、月がのぼり、自分の影が人の形を成してきて三人目。

 

月既不解飲,影徒隨我身。

そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

 

 

暫伴月將影,行樂須及春。

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

5. 行樂 山野などに行って遊び楽しむこと。遊山(ゆさん)。寒食、清明節の時期に行う。

李白に《宮中行樂詞八首》がある。○宮中行楽詞 宮中における行楽の歌。李白は数え年で四十二歳から四十四歳まで、足かけ三年の間、宮廷詩人として玄宗に仕えた。この宮中行楽詞八首と、つぎの晴平調詞三首とは、李白の生涯における最も上り詰めた時期の作品である。唐代の逸話集である孟棨の「本事詩」には、次のような話がある。

 玄宗皇帝があるとき、宮中での行楽のおり、側近の高力士にむかって言った。「こんなに良い季節、うるわしい景色を前にしながら、単に歌手の歌をきいてたのしむだけでは物足りぬ。天才の詩人が来て、この行楽を詩にうたえば、後の世までも誇りかがやかすことであろう」と。そこで、李白が召されたのだ。李白はちょうど皇帝の兄の寧王にまねかれて酒をのみ、泥酔していたが、天子の前にまかり出ても、ぐったりとなっていた。玄宗は、この奔放な詩人に、律詩を十首つくるよう命じた。五言律詩は、対句が基本、最も定型的な詩形である。李白はあまり得意としない詩形であった。玄宗は知っていて、酔っているので命じたのである。そし二、三人の側近に命じて、李白を抱きおこさせ、墨をすらせ、筆にたっぷり警ふくませて李白に持たせ、朱の糸で罫をひいた絹幅を李白の前に張らせた。李白は筆とると、少しもためらわず、十篇の詩を、たちまち書きあげた。しかも、完璧なもので、筆跡もしっかりし、律詩の規則も整っていた。現在は八首のこっている。

宮中行樂詞八首其一  李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白142

 

我歌月徘徊,我舞影零亂。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

6. 零亂 乱れ動く。

 

醒時同交歡,醉後各分散。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

7. 交歡・分散 酔いがさめると互いに喜びあい、酔いが回ると、それぞれが分散して取り留めなくなる。

 

永結無情遊,相期邈雲漢。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

8. 無情遊 ここにある「無情」は精神や感情などの心の働きのないことという悪い意味ではなく、俗世界とは無縁、世俗の情思にとらわれることのないことを言う。

9. 雲漢 天の川と仙界。河漢 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。

天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

秦州抒情詩(8)  初月 杜甫 <293> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1346 杜甫詩 - 413

743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才393-#2Index-23-2-743年天寶二年43歳 94-74) Ⅰ李白詩1751 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7295

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99 月下獨酌四首 其二

月下獨酌四首其二
天若不愛酒、酒星不在天。
天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
地若不愛酒、地應無酒泉。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。
天地既愛酒、愛酒不愧天。

天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。

已聞清比聖、復道濁如賢。

酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。

賢聖既已飲、何必求神仙。

賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。

三杯通大道、一斗合自然。

三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。

但得酒中趣、勿為醒者傳。

ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。
 
其の二

天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。

天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。

酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。

賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。

三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。

ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。



其の二
天 若し酒を愛さざれば、酒星しゅせい 天に在らず
地 若し酒を愛さざれば、地 応まさに酒泉しゅせん無かるべし
天地 既に酒を愛す、 酒を愛するも 天に愧はじず。
已に聞く清は聖に比すと、 復た道いふ濁は賢の如しと。
賢聖 既すでに已すでに飲む、何ぞ必ず神仙を求めん
三杯 大道たいどうに通じ、 一斗 自然に合す。
但ただ酔中すいちゅうの趣を得んのみ、醒者せいしゃの為に伝ふること勿なかれ
 

天若不愛酒、酒星不在天
天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
酒星 酒が醗酵するのは壽星にある。天が酒を造ったという考え。


地若不愛酒、地應無酒泉。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。
酒泉 酒にはいい湧き出る泉の水がないといけない。


天地既愛酒、愛酒不愧天。
天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。
天地 万物を作りたもうた神仙。○愛酒 酒を愛することであるが、現実界の悦楽を得ることを含む。道教の教え。


已聞清比聖、復道濁如賢。
酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。
○清、聖:濁、賢 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。


賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え

三杯通大道、一斗合自然。
三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。
大道 道教の教え天師道 ○自然 道教の神仙説


但得酒中趣、勿為醒者傳。
ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。
 酒を飲むにはこれだけの趣がある。 ○醒者 儒教者のことを指す。



道教は老荘思想に天師道、神仙説の融合したものであること、多くの要素から成立しているのであるから、その影響の仕方も様々であって、ある場合には老荘の説に基く純思想とする場合と、天師道の儀式のようなある意味愚民のたぶらかしとなる場合もある。
李白の場合にはこれらすべてが、彼の詩と生活とに根強い影響を与えているのである。この詩の中に道教を否定する、あるいは愚弄するかのような部分は儒教的な見方からのもので、李白は道教を否定はしていない。
李白は、詞と、酒と、自然が彼の生活の中で一体化しているのである。



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李白 97 把酒問月

李白 97 把酒問月


把酒問月、故人賈淳令余問之。
酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。
靑天有月來幾時,我今停杯一問之。
青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってとどめて、月にきいてみようとおもう。
人攀明月不可得,月行卻與人相隨。
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。
白兔搗藥秋復春,嫦娥孤棲與誰鄰。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっち住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
今人不見古時月,今月曾經照古人。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。
古人今人若流水,共看明月皆如此。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。

ただ、願わくは、歌をうたい、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。




酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。

青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってとどめて、月にきいてみようとおもう。 
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっち住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
ただ、願わくは、歌をうたい、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。


(下し文)酒を把(と)りて 月に問う

                       
靑天 月 有り  來(こ)のかた 幾時 ぞ,我 今 杯を停(とど)めて ひとたび之に 問わん。
人 明月に 攀(よ)じんとするも 得(う)べからず,月行 卻って  人と 相 隨う。
皎(きょう)として 飛鏡の  丹闕(たんけつ)に臨むが如く,綠煙 滅び尽くして  清輝 發す。
但 見る 宵に海上より 來り,寧ぞ 知らん 曉に  雲閒に向ひて 沒するを。
白兔 藥を搗いて  秋 復(ま)た 春,嫦娥 ひとり棲み  誰と鄰りせん。
今人は 見ず 古時の月,今月は 曾經(かつ)て  古人を照らせり。
古人 今人  流水の若く,共に 明月を看る  皆 此(か)くの 如し。
唯 願う 歌に當たり  酒に對するの時,月光 長(とこし)えに  金樽の裏(うち)を照らさんことを。


把酒問月;故人賈淳令余問之
酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。
 ・把酒 酒の入った盃を持つ。
李白87~すべて酒に関して詩である。李白 67 宣州謝朓樓餞別校書叔雲 
棄我去者、昨日之日不可留,亂我心者、今日之日多煩憂。
長風萬里送秋雁,對此可以酣高樓。
蓬莱文章建安骨,中間小謝又清發。
倶懷逸興壯思飛,欲上青天覽明月。
抽刀斷水水更流,舉杯銷愁愁更愁。
人生在世不稱意,明朝散髮弄扁舟。
でも酒杯をもって詠う。

青天有月来幾時、我今停杯一問之。
青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってどめて、月にきいてみようとおもう。  
靑天 青空。大空。天。蒼天。人の運命をみつめる青空。大空。青天。 ・有月 月が現れて。・來:…から。…より。…このかた。時間的に続いていることを表す。 ・幾時 どれくらいの時間。 ・一問 すこし尋ねるが。一回、尋ねるがではない。漠然としているもの。

人攀明月不可得、月行卻與人相隨。
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
 よじる。手の力でつかむこと。 ・明月 澄んだ月。 ・不可得 あり得ることではない、不可能だが。 ・行 月の運行。月の動き。 ・卻 反対に、(思い)とは逆に。かえって。 ・與 …と ・人 ひと、人間。月に対して使っている。 ・ …に。動作が対象に向かっていることをいう。・ ついていく。くっついていく。
李白 88 下終南山過斛斯山人宿置酒
暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。

皎如飛鏡臨丹闕、綠煙滅盡淸輝發。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
 ・皎 けう 白い。月光が白い。 ・飛鏡 大空を飛ぶ鏡で、月の形容として使われている。 ・丹闕 赤く色を塗った仙人の住む宮殿の門。宮居。 ・丹 あかい。仙人、天子を暗示するものである。 ・闕 宮城の門。・綠煙 緑色の靄。 ・滅盡 すっかり無くなってしまうこと。 ・淸輝 清らかな光。月光のこと。

但見宵從海上來、寧知曉向雲間沒。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。 
但見 ただ…だけを見ているが(しかしながら)。「但見」は、逆接の意味が含まれる。 ・ よい。夜。 ・從 …より。 ・ ここでは昇ってくること。・寧 どうして…か。なんぞ。いずくんぞ。 ・ 夜明け。あかつき。 ・ …に。 ・雲閒 くもま。雲間。 ・ しずむ。

白兔搗藥秋復春、嫦娥孤棲與誰鄰。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっちで住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
白兔 白ウサギ。月に住むという。 ・搗藥 不老不死の薬をつく。晉の傅玄『擬天問』「月中何有?白兔搗藥」。等による。『搜神記』等で、羿の妻、嫦娥は、西王母からに与えた不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔った、という伝説に因り、白ウサギ(玉兎)が不死の薬を搗いている。 ・秋復春 秋になって、(冬が過ぎて)、また、春になっても。長い間。ずうっと。・嫦娥の妻。1. 道教の影響 2. 芸妓について 3. 李商隠 12 嫦娥 参照  ・孤棲 ひとりだけで住んでいた。・與誰鄰 誰と隣り合って暮らすのか。交わりがないだろうと同情している。

今人不見古時月、今月曾經照古人。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。  
曽経 かつて。

古人今人若流水、共看明月皆如此。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
流水 年月の経過を云う・如此 このように月を見ている。

唯願當歌對酒時、月光長照金樽裏。
ただ、願わくは、歌を唱い、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。
金樽 黄金の口の広いおおきな酒器。素晴らしい杯。 ・ なか。うち。



 大空に明るく輝く月とむかいあって、この月明かりに自分を全く同化していく、趣興などをとりどりに面白く、詩を愛することを深くしている。こうした趣向は、六朝の詩人陶淵明から発して、初唐の詩人王維、王勃などにも見られるものであるが、その作品の数の多さと、実際の生活が融和している点では、李白に比すべき詩人は全くいない。

 老荘思想、神仙思想、仙人たる隠遁生活にあこがれをもち、詩と酒をこよなく愛した。

 酒の詩はまだ続く。





李白 94 尋蕹尊師隠居 ・95自遣 ・96 獨坐敬亭山

・94尋蕹尊師隠居  ・95自遣李白  ・95 獨坐敬亭山


五言古詩
尋蕹尊師隠居
群峭碧摩天、逍遥不記年。
群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。
撥雲尋古道、倚樹聴流泉。
雲をおし開いて、古い道を尋ね歩いた、木によりかかって流れる泉の音をきいた。
花暖青牛臥、松高白鶴眠。
花は太陽にあたためられ、青い牛がねそべっていた。松の木は高く、その上に白い鶴が眠っていた。
語來江色暮、濁自下寒煙。
尊師と語りあっているあいだに川辺の色は暗くなっていた。自分ひとり、つめたい夕もやの山路を下った。


尋蕹尊師隠居
群峭 碧 天を摩し、逍遥して 年を記さず。
雲を撥いて古道を尋ね、樹に倚って流泉を聴く。
花は暖にして 青牛臥し、松高うして白鶴眠る。
語り来れば 江色暮れ、独り自ずから 寒煙を下る

尋蕹尊師隠居
○尊師蕹というのは道士すなわち道教の法師の名。尊師は道士の尊称。

群峭碧摩天、逍遥不記年。
群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。
○群峭 峭とは、高くけわしい峰。○摩天 天をこする、それほど高いこと。○逍遥 のんびりするさま。・悠々自適に生活する。・荘子の逍遥游 心を時々俗世界に遊ばせる。○不記年 何歳になったかわからない。仙人である尊師の年齢は分からない。

撥雲尋古道、倚樹聴流泉。
雲をおし開いて、古い道を尋ね歩いた、木によりかかって流れる泉の音をきいた。
○撥雲 雲を開く。

花暖青牛臥、松高白鶴眠
花は太陽にあたためられ、青い牛がねそべっていた。松の木は高く、その上に白い鶴が眠っていた。


語來江色暮、濁自下寒煙。
法師と語りあっているあいだに川辺の色はくらくなっていた。自分ひとり、つめたい夕もやの山路を下った。


 この詩は、隠遁生活、道教の基本そのもので、詩の雰囲気からも知識、情報量も多くない、場所の特定もはっきりしない。しかし、道教に対する姿勢ははっきりさせている。


韻 泉、眠、煙。


李白 95 自遣 

五言絶句  
自遣
對酒不覺暝,落花盈我衣。
醉起歩溪月,鳥還人亦稀。



自ら遣る   

酒に對して  暝(ひく)るるを 覺えず,
落花  我が衣に 盈(み)つ。
醉(ゑひ)より起きて  溪月(けいげつ)に 歩めば,
鳥 還(かへ)り  人も亦た 稀(まれ)なり。



自遣
みずから 憂さを晴らす。みずからを慰める。みずからやる。のどかな詩である。しかし、詩題から考えれば、以下のようにもとれる:情況は「不覺」であり、「暝」であり、作者に向かってくるものは「落(花)」で、それのみが作者に「盈」ちてくる。周りは「鳥還」であり、作者を訪ねてくる「人」も、鳥が還ってしまったのと同様に人も亦、「稀」になっている、という心象風景である。
 ・遣 うさをはらす。はらす。

對酒不覺暝,落花盈我衣。
酒に向かっていたら、日の暮れるのに気づかなかった。散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちていた。 
・對酒:酒に向かう。 ・不覺:悟らない。気づかなかい。思わなかった。分からなかった。いつの間にか。 ・暝 暮れる。日が暮れる。・落花:散ってくる花。花びらの意になる。 ・盈 次第に多くなってみちる。だんだんみちてくる。みたす。 ・我衣 わたしの衣服。李白の衣服になる。88「下終南山過斛斯山人宿置酒」綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。同じように使う。

醉起歩溪月,鳥還人亦稀。
酔いから醒めて、月明かりの谷川を散策すれば。鳥還人亦稀:鳥は、ねぐらに帰り、人影も、稀(まれ)になっている。 
・醉起 酔いから醒める。 ・歩:散歩をする。あゆむ。「踏月」の「踏」でもある。月影を踏む。月明かりの中を散歩する。 ・溪月 けいげつ 谷川に出た月。月明かりの谷川。 ・還 かえる。でかけていったところからもどる。 ・亦 …もまた。「鳥がねぐらに帰って、あたりが静かになる」ということに「人がだれも往来しなくなって静かである」を付け加えて言う。「鳥還」と「人稀」を繋ぐ時にリズムを整えるためにも「亦」を使う。 ・稀き まれ。まれである。
李白93「春日酔起言志」覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
同じように使う。


○韻 衣、稀。

李白の足跡5c4に安徽省宣城市


李白 95 獨坐敬亭山

獨坐敬亭山
眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。
相看兩不厭。 只有敬亭山。

○この詩は唐詩選にある。○敬亭山 安徽省宜城県の北にある。李白の敬愛する六朝の詩人、謝朓が宣城の長官であった時、つねにこの山に登ったといわれ、絵のような景色が眺められるという。

謝朓①玉階怨 ②王孫遊 金谷聚 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 謝靈運:東陽谿中贈答 班婕妤と蘇小小 
李白60宣州謝朓樓餞別校書叔雲 李白61秋登宣城謝眺北楼 李白62久別離 李白63估客行

眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑
たくさんの島たちは、空高く飛んで行ってしまった。ただひとら浮かんでいた雲も、のんびりと流れて


相看兩不厭。 只有敬亭山。
いつまでもながめあって、たがいにアキのこないのは、敬宇山よ、おまえだけだ。


獨 敬亭山に 坐す
眾鳥 高く飛び盡くし、 孤雲 獨 去って閑なり。
相看て 兩 厭かず、只 有り 敬亭山。


韻 閑、山。

  

李白の略歴であるがほとんど定住していない。
・718 李白18歳 載天山に隠れる。
・722 李白22歳岷山に隠れる。小鳥を懐ける。 科挙試験に推挙されたが拒否
・727 李白27歳 友人呉指南と、楚に遊ぶ。
・730 李白30歳前後2~3年長安地方に滞在。
・732 李白32歳 安陸白兆山で許幸師の孫と結婚
・735 李白35歳 太原に遊ぶ。「太原早秋」
・740 李白40歳  山東に遊ぶ。酒びたりの生活。
この間、各地にある道教の寺観を中心にして遊んでいたと考える。
詩に劇的な変化は見えない。

詩のイメージとしてもほとんど変わりはない。
86 太原早秋 87游南陽清泠泉  88下終南山過斛斯山人宿置酒 李白 89 將進酒 李白 90 夏日山中、91 山中與幽人對酌、92 山中答俗人 李白 93 春日酔起言志 94尋蕹尊師隠居 95 自遣 96 獨坐敬亭山

恋歌詩人・李商隠            杜甫の詩 青年期連載中   
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李白 93 春日酔起言志

李白 93 春日酔起言志

春日醉起言志
處世若大夢,胡爲勞其生。
この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
浩歌待明月,曲盡已忘情。

大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。


春日 醉より起きて 志を言う 

この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。



春日 醉より起きて 志を言う (下し文)      
世に 處るは  大夢の若(ごと)く,胡爲(なんすれ)ぞ  其の生を勞するを。
所以(ゆえ)に  終日 醉ひ,頽然として  前楹に 臥す。
覺め來りて  庭前を 盼(なが)むれば,一鳥  花間に 鳴く。
借問す  此れ 何(いづ)れの時ぞ,春風に  流鶯 語る。
之(これ)に感じて  歎息せんと 欲し,酒に對して  還(ま)た 自ら傾く。
浩歌して  明月を 待つに,曲 盡きて  已(すで)に 情を忘る。



春日醉起言志
春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。 
春日 春。春の日。春の昼。 ・醉起 酔いより起きる。酔っぱらって。 ・言志 思いを言う。

 
處世若大夢,胡爲勞其生。
この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
處世 しょせい 世の中を生きてゆくこと。世間で暮らしを立てること。世の中で生活をしてゆくこと。「處」は動詞。上声。 ・ …のようである。ごとし。如。 ・大夢 大いなる夢。夢のまた夢。紀元前三世紀の思想家の荘子は、あるとき夢のなかで胡蝶になり、ひらひらと飛んでたのしかった。目がさめると掌にかえったが、かれは考えた。胡蝶が夢をみて掌になっているのではなかろうかと。 ・胡爲 こい どうして…なのか。なんすれぞ…(や)。 ・ 気苦労をする。骨を折る。苦労する。労する。 ・其生 その人生。

所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
 ・所以 しょい そうだから。それゆえ。だから。 ・終日 朝から晩まで。昼間ずっと。一日中。・頽然 たいぜん 酔いつぶれるさま。くずれるさま。 ・前楹 ぜんえい 入り口の丸い柱。 ・ えい 棟の正面の東西にある丸柱。

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來 目覚めてきて。 ・ 目覚める。 ・-來 …てくる。 ・ はん 望む。眺める。希望する。美人が目を動かす。めづかいする。目許が美しい。 ・庭前 庭先。 ・一鳥 一羽の鳥。とある鳥。 ・花間 花の咲いている中に。

借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
・借問 お訊ねする。 ・此 これ。 ・語 かたる。さえずる。ここでは、(小鳥が)さえずる意で、使われている。 ・流鶯 ウグイスの鳴き声が流麗である。

感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
 春の日の情景。軽くリズムをとる言葉。 ・欲:…しようとする。 ・歎息 たんそくたいへん感心する。讃える。褒める。次の酒を誘導するための語句。 ・ 歌声に合わせて唱える。讃える。褒める。たいへん感心する。歎く。・對酒 酒に向かって。酒を前にして。酒に対して。 ・ なお。なおもまた。 ・自傾 酒壷を自分で傾ける。

浩歌待明月,曲盡已忘情。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。 
・浩歌 こうか 大きな声でのびやかに歌う。 
明月 澄みわたった月。 ・曲盡 音曲が終わる。 ・已 とっくに。すでに。 ・忘情 気持ちを忘れてしまう。  ・ おもむき。あじわい。心。感情。なさけ。


 李白は酔いから覚めると芸妓と一緒に過ごしたことに気が付いた。芸妓は唄ってくれていた。美しい声で唄ってくれ、また夢心地にしてくれる。ああ、素晴らしいと感嘆してしまう。歌を聴きながら思わず知らず酒樽を独りで傾けていた。歌を唄いきってしまうと・・・・・。

このブログで取り上げた李白の同形式の「婉情詩」は多い
李白93 春日酔起言志   -------------- 曲盡已忘情。
李白87 游南陽清泠泉   -------------- 曲盡長松聲。 
李白88下終南山過斛斯山人宿置酒---  曲盡河星稀。

 これは李白の神仙思想の表れで、現実世界にいかにたのしく生きてゆくか、海のかなたにある仙人の住む山に行かなくても、仙人の不老長寿の薬よりも回春薬の金丹よりも酒があれば最高なのだ。と解釈するが、このことが、道教の神仙思想を李白が否定したということではなく、ただ、手近な酒に求めることが賢人であると述べているのである。
 「曲尽きて」というのは、情けを交わし合ったことの終わりを示すもの。

李白 92 山中答俗人

李白 92 山中答俗人
七言絶句 (山中問答)

山中答俗人
問余何意棲碧山,笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
桃花流水杳然去,別有天地非人間。

「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


山中答俗人
余に問ふ 何の意ありてか  碧山に棲むと,
笑って 答へず  心 自(おのづか)ら 閑なり。
桃花 流水  杳然と 去る,
別に 天地の  人間(じんかん)に 非ざる 有り。


山中答俗人
山に入って脱俗的な生活をするということに対する当時の文化人の姿勢が窺われる。陶淵明の生活などに対する憧れのようなものがあることを古来よりの問答形式をとっていること、具体的に転句結句の「桃花流水杳然去」である。

問余何意棲碧山、笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
  ・何意  どういう訳で。なぜ。 ・棲  すむ。本来は、鳥のすみか。 ・碧山 :緑の色濃い山奥。白兆山、湖北省安陸県にあり、李白は嘗てここで過ごしたことがある実在の山をあげる解説も多いが、ここでは具体的な場所と見ない方がよい。 ・棲碧山 隠遁生活をすること。この語もって、湖北の安陸にある白兆山に住むとするとされるが、「隠遁生活をする」ことにあこがれを持ち

李白 84 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
の詩で見るように結婚をして住んだ形跡があるものの、間もなくこの地から旅立って、他の地で隠遁している。李白の神仙思想から言ってもここは一般的な場所と考えるべきである ・笑而 笑って…(する)。 ・不答 返事をしない。返事の答えはしないものの、詩の後半が答の思いとなっている。 ・自閑 自ずと落ち着いている。自閑は隠遁者の基本中の基本である。おのずと静かでのんびりすること、尋ねられても答えない、会いに行ってもあえないというのが基本である。

桃花流水杳然去、別有天地非人間。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。 
桃花 モモの花。ここでは、モモの花びら。「桃花」は陶淵明の『桃花源記』や『桃花源詩』を聯想させるための語句である。 ・流水 流れゆく川の流れ。 ・杳然 ようぜん はるかなさま。 ・ さる。 ・別有天地 別な所に世界がある。 ・非人間 俗世間とは違う。この浮き世とは違う世の中。 ・人間 じんかん 俗世間。


○韻 山、閑、間。   この詩は、陶淵明の詩のイメージを借りつつも陶淵明を李白自身が乗り越えたことを示す作品と解釈する。


道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。



杜甫 詩 独立しました。toshi blog BN

李白 91 山中與幽人對酌

李白 91 山中與幽人對酌
七言絶句

山中與幽人對酌
兩人對酌山花開。 一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
我醉欲眠卿且去。 明朝有意抱琴來。

わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中にて 幽人と對酌
兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復(ま)た 一杯。
我 醉って眠らんと欲す  卿(きみ)且(しば)らく 去れ,
明朝 意有れば  琴を 抱いて來たれ。

山中與幽人對酌
山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす

兩人對酌山花開。一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
 ・山中 山奥に。 ・幽人 世を遁れた人。隠者。隠棲している人。 ・對酌 差し向かいで酒を飲む。『山中對酌』ともする。 ・ 咲く。擬人的に微笑むという感じ。 ・兩人 二人。 ・山花 山中に咲く花。 

一杯一杯、また一杯と(繰り返した)。 ・一杯一杯 酒を飲む動作が繰り返される表現。 ・ くりかえす。ふたたびする。また。ふたたび。

我醉欲眠卿且去、明朝有意抱琴來。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。
我醉 わたしは酔った。 ・ …たい。…としようとする。 ・ ねむる。 ・ きみ。人の尊称。 ・ しばし。しばらく。短時間をいう。てきとうなところで、かってなときに、 ・去:さる。 私をほったらかしにしといていいよ。 ・明朝 明日の朝。 ・有意 意志がある。 ・抱琴 琴をかかえる。琴は古代より隠者を象徴するものでもある。隠者は弦のない琴を肴に酒を飲んだ。酒を抱えてきてくれと解釈する。 ・ 来る。

・韻 開、杯、來。

李白 90 夏日山中、 91 山中與幽人對酌、 92 山中答俗人

李白 90 夏日山中
五言絶句 李白が陶淵明の隠遁のイメージを借りてうたっている。

夏日山中
懶搖白羽扇。 裸體青林中。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。
脫巾挂石壁。 露頂灑松風。

頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした


夏の日に山の中(で過ごす)。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。
頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした



夏日山中
白羽扇を 搖(うご)かすに  懶(ものう)し,
裸袒(らたん)し  靑林の中(うち)。
巾を脱して  石壁に挂(か)け,
頂(いただき)を露(あら)わして  松風に灑(そそ)ぐ。


懶搖白羽扇、裸袒青林中。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。 
 らん ものうい。面倒くさい。たいぎである。面倒である。怠る。 ・ 揺り動かす。ゆらす。 ・白羽扇 白い羽の団扇。竹林の七賢が清談するときに用いたとされる。三国時代の諸葛孔明も日常的に使った。李白の仲間、竹渓の六逸もこれをまねて使った。 ・裸袒 らたん 左の方の肩を脱ぐ。また、もろ肌をさらす。左右両方の肩を着物から脱いで、上半身を現す。右の方の肩を晒すのは謝罪を表すもの。 ・ かたぬぐ。はだをさらす。 ・青林 青々と木の茂った森林。

脱巾挂石壁、露頂灑松風。
頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした。 
脱巾 頭巾を脱ぐ。 ・巾 きん ずきん。 ・ かい つるす。ひっかける。掛ける。からまる。 ・石壁 岩の壁面。 ・露頂 かんむりをつけないで頭を丸出しにする。頂はまげを結った頭のてっぺん。 ・ そそぐ。 ・松風:松の木を吹き抜ける風。


韻 中、風。

 世俗を離れ、自由な仙人の世界へ入った李白の詩。酒を讃える詩は続く。




李白 91 山中與幽人對酌
七言絶句

山中與幽人對酌
兩人對酌山花開。 一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
我醉欲眠卿且去。 明朝有意抱琴來。

わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中にて 幽人と對酌
兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復(ま)た 一杯。
我 醉って眠らんと欲す  卿(きみ)且(しば)らく 去れ,
明朝 意有れば  琴を 抱いて來たれ。

山中與幽人對酌
山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす

兩人對酌山花開。一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
 ・山中 山奥に。 ・幽人 世を遁れた人。隠者。隠棲している人。 ・對酌 差し向かいで酒を飲む。『山中對酌』ともする。 ・ 咲く。擬人的に微笑むという感じ。 ・兩人 二人。 ・山花 山中に咲く花。 

一杯一杯、また一杯と(繰り返した)。 ・一杯一杯 酒を飲む動作が繰り返される表現。 ・ くりかえす。ふたたびする。また。ふたたび。

我醉欲眠卿且去、明朝有意抱琴來。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。
我醉 わたしは酔った。 ・ …たい。…としようとする。 ・ ねむる。 ・ きみ。人の尊称。 ・ しばし。しばらく。短時間をいう。てきとうなところで、かってなときに、 ・去:さる。 私をほったらかしにしといていいよ。 ・明朝 明日の朝。 ・有意 意志がある。 ・抱琴 琴をかかえる。琴は古代より隠者を象徴するものでもある。隠者は弦のない琴を肴に酒を飲んだ。酒を抱えてきてくれと解釈する。 ・ 来る。

・韻 開、杯、來。


李白 92 山中答俗人
七言絶句 (山中問答)

山中答俗人
問余何意棲碧山,笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
桃花流水杳然去,別有天地非人間。

「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。

 
山中答俗人
余に問ふ 何の意ありてか  碧山に棲むと,
笑って 答へず  心 自(おのづか)ら 閑なり。
桃花 流水  杳然と 去る,
別に 天地の  人間(じんかん)に 非ざる 有り。


山中答俗人
山に入って脱俗的な生活をするということに対する当時の文化人の姿勢が窺われる。陶淵明の生活などに対する憧れのようなものがあることを古来よりの問答形式をとっていること、具体的に転句結句の「桃花流水杳然去」である。

問余何意棲碧山、笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
  ・何意  どういう訳で。なぜ。 ・棲  すむ。本来は、鳥のすみか。 ・碧山 :緑の色濃い山奥。白兆山、湖北省安陸県にあり、李白は嘗てここで過ごしたことがある実在の山をあげる解説も多いが、ここでは具体的な場所と見ない方がよい。 ・棲碧山 隠遁生活をすること。この語もって、湖北の安陸にある白兆山に住むとするとされるが、「隠遁生活をする」ことにあこがれを持ち

李白 84 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
の詩で見るように結婚をして住んだ形跡があるものの、間もなくこの地から旅立って、他の地で隠遁している。李白の神仙思想から言ってもここは一般的な場所と考えるべきである ・笑而 笑って…(する)。 ・不答 返事をしない。返事の答えはしないものの、詩の後半が答の思いとなっている。 ・自閑 自ずと落ち着いている。自閑は隠遁者の基本中の基本である。おのずと静かでのんびりすること、尋ねられても答えない、会いに行ってもあえないというのが基本である。

桃花流水杳然去、別有天地非人間。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。 
桃花 モモの花。ここでは、モモの花びら。「桃花」は陶淵明の『桃花源記』や『桃花源詩』を聯想させるための語句である。 ・流水 流れゆく川の流れ。 ・杳然 ようぜん はるかなさま。 ・ さる。 ・別有天地 別な所に世界がある。 ・非人間 俗世間とは違う。この浮き世とは違う世の中。 ・人間 じんかん 俗世間。


○韻 山、閑、間。   この詩は、陶淵明の詩のイメージを借りつつも陶淵明を李白自身が乗り越えたことを示す作品と解釈する。


道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。



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李白 89 將進酒(李白と道教)

李白 89 將進酒(李白と道教)


 盛唐期  恐らくこの時代に最も不幸だったのは、玄宗皇帝だともいえる。この帝のデビューはすさまじいものであった。710年に中宗を毒殺し、父親の睿宗を即位させた、しかし翌年暮、クーデターを起こし712年即位したのである。唐朝は玄宗がクーデターを起こすまでの足かけ10年、政争を繰り返し政治的に不安定な状態であった。しかし、初唐期における律令体制は間違いなくこの国を他の周辺諸国に比較して圧倒的に豊かにしていった。国土もかってない広大なものとなったのは農耕民族の勝利でもあった。この蓄積を使い果たしたのが、玄宗なのである。

 唐は、道教の僧の予言(隋の煬帝期)の通り、李世民大宗皇帝により、盤石な地盤を整え、諸々の問題はあったとしても則武天(則天武后)が発展させた。しかし、則武天は道教から仏教を重視しようとしたため、政争は、仏教か、道教かの争いでもあった。玄宗は道教と宦官を背景にクーデターを成功させた。

 玄宗の時代の前半は「開元の治」と天下、泰平を謳歌した。しかしこの繁栄の陰に、律令体制の一翼である府兵制度が崩壊したのであるが、不幸なことはここに何の手も加えなかったこと、皇帝の力の及ぶ軍隊が消滅していくのを修正しなかった。李林甫と宦官に政治をゆだね、楊貴妃と奢侈な生活に逃避した。道教を国教とし、宦官と結託して行う陰湿な体制ができあがることを阻止できなくなっていった。そのことは何よりも皇帝、朝廷の権威も失墜させたのだ。血筋、地籍を重んじる朝廷に、無籍の官僚の台頭を許した。李林甫は、敵対派、皇帝側近を貶謫,投獄し、大量殺戮により、玄宗時代を継続させたが、李林甫(65歳位)が病死、楊国忠がこれに変わったが、いつ、クーデターが起こってもおかしくない時代に入っていく。そして、玄宗が逃避・享楽するために求めたのが、楊貴妃と道教とであったが、哀れにもこの双方に裏切られた。玄宗の最後は哀れというよりない。

 道教は、したたかに儒虚精神に飽き飽きしていた国民の支持を得、国の全土に寺観を建てることができた。皇帝、朝廷に対して、宦官を使うことと、神仙思想、回春の媚薬は最大の力を発揮した。

李白・杜甫、多くの詩人は、こうした時代に生まれ、育ち、生きたのである。

 李白の幸福は、他人より勝っている点は何より明朗であることと酒である。酒は前述の如く、彼にとっては道教的生活への入門であったけれど、同時にこの道教生活に徹底しなかったことは救いであるともいえるのではないだろうか。

雑言古詩

將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
岑夫子,丹丘生。
岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 


將進酒
楽府旧題。鼓吹曲辭になる。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ


この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。


君不見黄河之水天上來、奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
 ○君不見 あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。樂府体に使われる。 ○黄河之水 黄河の流れ。 ・天上來:天上より流れ来る。黄河の源は(伝説の)崑崙とされた。 ・奔流 激しい勢いの流れ。 ○到海 海に到る。 ○不復 二度とは…ない。永遠に…ない。一度も…ない、ということ。 ○回 かえる。もどる。


君不見高堂明鏡悲白髮、朝如青絲暮成雪。

君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
 ○高堂 立派なお屋敷の高貴な人々の意味。 ○明鏡 澄みわたった鏡。 ○悲白髮 (鏡を覗き込んで)白髪の老齢になったことを悲しむ。
○「朝」「暮」は、一日のうちの日の出、日の入りを指すが、ここでは人生の「朝」「暮」の時期のことをいう。 ○朝 あさ。あした。 ○青絲 黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。 ○暮 夕方。 ○成雪 雪のように真っ白になる。


人生得意須盡歡、莫使金尊空對月。

人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
○人生 人が生きる。人生。 ○得意 自分の気持にかなうこと。目的を達して満足していること。意を得る。また、自分の気持を理解する人。 ○須 する、必要がある。せねばならぬ。すべからく…べし。 ○盡歡 充分に楽しむ。よろこびをしつくす。歓楽を尽くす。
○莫使 …させてはいけない。…に…させてはいけない。○金尊 黄金製の酒器。また、黄金の酒樽。 ○空 むなしく。無意味に。 ○對月 月に向かう。

天生我材必有用、千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
○天生 天は…を生む。また、生まれつき。 ○我材 わたしという人材。 ○必有用 きっと、用いるところがあるはずだ。○千金 大金。 ○散盡 使い果たす。 ○還復來 また再び帰ってくる。

烹羊宰牛且爲樂、會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
○烹羊宰牛 羊や牛を料理する。 ○烹宰 食物の料理をすること。 ○烹 煮る。 ○宰 さい 料理する。切る。屠る。 ○且:しばし。しばらく。短時間の間をいう。 ○爲樂 楽しみとする。 ○會須 きっと必ず…べきだ。まさに…(す)べし。 ○一飮三百杯 一回の飲酒の席では、三百杯飲む。後漢・経学家の鄭玄は、三百杯を飲んで酔わなかったという。『襄陽歌』では「杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯」 と使う。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ



岑夫子,丹丘生。 岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
 一般的解釈で、「宴席でこの二人が賓客となって李白が主宰して接待をしていることになる」が、そうではなくて、道教で尊敬する両人に宴で酒を進めているのである。李白の性格と、資産状況で主催できるはずがない。 ○岑夫子 岑先生。岑勳のこと。同時代の詩人、岑参といわれてもいたが李白より10歳も年したで状況に当てはまらない。 ○丹丘生 道教の先輩。丹丘君。不老不死の神仙の道を求める道士・元丹邱のこと。李白45 元丹丘歌(李白と道教(1))  (2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子   参照 

將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
 ○將進酒 酒をお勧めする。 ○杯 さかづき。 ○莫 禁止、否定の語。ここでは、(~する)なかれ。 ○停 (手を途中で)とめる。途中でとどめる。「杯莫停」を「君莫停」ともする。君停(とどむ)るなかれ
 
與君歌一曲、請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。 
○與 …ために。為に。 ○君 あなた。岑夫子、丹丘生を指す。 ○歌 唱う。動詞。
○請君:あなたにお願いする。どうか…(て)ほしい。 ○爲我 わたしのために。 ○傾耳 耳を傾ける。傾聴する。 ○聽 (聴こうと意識をして)聴く。注意して聞く。聞き耳を立てて聴く。

鐘鼓饌玉不足貴、但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
○鐘鼓 カネや太鼓。音楽のこと。 ○饌玉 せんぎょく ごちそう。飲食物。 ○不足 …とするにたらない。 ○貴 とうとい。 ○但願 ひたすら…であることを願う。 ○長醉 長はいつも。とこしえに。 ○不用 用いるまでもない。いらない。  ○醒 (酔いから)さめる。
 

古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
 ○古來 昔から今に至るまで。今まで。 ○聖賢 聖人と賢人。 ○皆 みな。ことごとく。全部。 ○寂寞 ひっそりとしてもの寂しいさま。○惟有 ただ…だけがある。=唯有。 ○飮者 飲み助。呑兵衛。 ○留其名 その勇名を記録に留め(てい)る。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
陳王の曹植は平楽観で宴を開いたとき。 陳王・曹植は斗酒を大金で手に入れ、よろこびたわむれることをほしいままにした。
○陳王 三国時代魏の曹植のこと。 ○昔時 むかし。 ○宴 うたげをする。 ○平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。○斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 ○斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 ○斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 ○十千 一万。 ○恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 ○歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
○主人 酒屋のあるじ。 ○何爲 何ゆえ。どうして。 ○言 声に出して言う。 ○少錢 お金が足らない。お金が少ない。 ○徑 直ちに。速く。ついに。 ○須 ぜひとも…する必要がある。すべからく…べし。 ○沽取 こしゅ 酒を買い取る。手に入れる。酒を持ってこさせるという意味。 ○酌 酒を注(つ)ぐ。

五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
 ○五花馬 美しい毛並みの馬。青白雑色の馬。 ○千金裘 高価な皮衣。白狐のかわごろも。狐裘のこと。狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服。戦国時代の孟嘗君が持っていたという白狐の皮衣。天下に二つとないもの。

呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 
○兒 年若い使用人。ボーイ。給仕。 ○將出 持ち出す。 ○換 交換する。○爾 あなた。なんぢ。 ○ 同じくする。動詞としての用法。 ○銷 消す。とかす。≒消。 ○萬古愁 昔から永遠に解かれることのない愁い。死の恐怖。



將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
天生我材必有用,千金散盡還復來。
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
岑夫子,丹丘生。
將進酒,杯莫停。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
五花馬,千金裘。
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

將進酒
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻(かへ)らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝(あした)には青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
羊を烹(に)、牛を宰(に)て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子(シンプウシ) 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側(そばだ)てて 聴け。
鐘鼓 饌玉(センギョク) は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽(かい)取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換(か)へ、なんじとともに銷(け)さん 万古の愁。 

 この「将進酒」と題する長篇は、元丹邱と岑夫子とに対して憂鬱を打ち明けたという詩である。ここで李白は「万古の愁い」を消してくれる酒を飲もう。竹林の時代より酒こそが一番だ。道教の先輩たちに李白の明朗さは酒を愛したことによるものだろうか。「天生我材必有用、千金散盡還復來。」(天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。)この思想が李白の基本であり、道教の思想である。

杜甫 3 題張氏隠居 

杜甫 3 題張氏隠居 

張氏とよぶ人の隠れ家にかきつけた詩で、736年 25歳 開元24年、斉州に遊んだ時の作。
七言律詩

題張氏隠居
春山無伴獨相求,伐木丁丁山更幽。
澗道餘寒歷冰雪,石門斜日到林丘。
不貪夜識金銀氣,遠害朝看麋鹿遊。
乘興杳然迷出處,對君疑是泛虛舟。


題張氏隠居
張氏がどんな人物なのかは未詳。竹渓の六逸の一人張叔明だといわれている。又、杜甫の「秋述」に登場する叔卿と同一人かそれとも兄弟かなどというが、いずれも臆説にすぎない。詩中の「石門斜日」の句によれば、其の人は石門山に隠れて居た者であることがわかる。

張氏が隠居に題す
春の山をだれもつれがなく自分一人で尋ね入ると。木びきの音がざあざあときこえて山は音あるためにいっそう静かな感じになる。 
君の品位はすこしも貪欲の念は無いが夜となれば霊地に埋蔵してある金銀の気はおのずからそれとわかり、害に近づくことなくして朝にはつねに麋鹿たちと遊んでいるのを見つけた。  
かかる場所へ来てみるとおもしろくてどんなに山深く仙境にわけ入ったかと思われ、ここの野で去るべきか、立ちどまって居るがよいか迷ってしまう。 君と相対しているときの感じをたとえたとすると、君は「荘子」のいわゆる虚舟を泛(うかべ)る者でその無心さがなんともいえないのである。 


張氏が隠居に題す
春山伴無く独り相求む
伐木丁丁として山更に幽なり
澗道の余寒に冰雪を歴
石門の斜日に林丘に到る
余らずして夜金銀の気を識り
害より遠ざかりて朝に廉鹿の遊ぶを看る
興に乗じて杏然として出処に迷う
君に対すれば疑うらくは足れ虚舟を淀ぶるかと

題張氏隠居:張氏が隠居に題す。 
張氏がどんな人物なのかは未詳。竹渓の六逸の一人張叔明だといわれている。又、杜甫の「秋述」に登場する叔卿と同一人かそれとも兄弟かなどというが、いずれも臆説にすぎない。詩中の「石門斜日」の句によれば、其の人は石門山に隠れて居た者であることがわかる。

春山無伴獨相求、伐木丁丁山更幽。
春の山をだれもつれがなく自分一人で尋ね入ると。木びきの音がざあざあときこえて山は音あるためにいっそう静かな感じになる。 
 ・伴:つれ。 ・相求:求とはその人を尋ねにゆくこと。相とは必ずしも相互的とはかぎらず、相手がありさえすれば使用し得る。ここはこちらから先方を求めるのである。・丁丁:木を伐る音、字面は「詩経」の伐木篇にある。 ・潤道: 谷沿いの道。


澗道餘寒歷冰雪、石門斜日到林丘。
余寒のおりに谷沿いの道を辿って冰や雪のある処をすぎてゆくと、石門に夕日がかかるその時君の住んでいる林丘にたどり着いた。
・余寒:春の残寒。 ・石門:山の名であろう。石門山は曲阜県の東北五十里にある。李白の集に「魯郡の東の石門にて重ねて杜甫に別る」という詩がある。李杜の集に石門というのは同一地をさすものであろう。 ・斜日:よこにさす日光、夕日。 ・林丘:はやしのある丘、張氏の住む処である。


不貪夜識金銀氣、遠害朝看麋鹿遊。

君の品位はすこしも貪欲の念は無いが夜となれば霊地に埋蔵してある金銀の気はおのずからそれとわかり、害に近づくことなくして朝にはつねに麋鹿たちと遊んでいるのを見つけた。  
・金銀気:地下に金銀があると、その気は自のずから上騰する。 ・麋:くじか。

乘興杳然迷出處、對君疑是泛虛舟。
かかる場所へ来てみるとおもしろくてどんなに山深く仙境にわけ入ったかと思われ、ここの野で去るべきか、立ちどまって居るがよいか迷ってしまう。 君と相対しているときの感じをたとえたとすると、君は「荘子」のいわゆる虚舟を泛(うかべ)る者でその無心さがなんともいえないのである。 
・乗興 おもしろさにのりきになる。 ・杳然:おくふかいかたち。 ・出処:いくべきか、処(居)るべきかの二つ。 ・君: 張氏をさす。  ・淀虚舟:「荘子」山木篇に舟で河をわたるとき虚船(人の乗っていない空の舟)が来てぶっつかったなら、いくら意固地の人でも怒らないという話がある。ここは張氏の自己というものの無い人がらをたとえていう。

李商隠 3 聞歌

恋歌詩人・李商隠 3 聞歌


李商隠の詩は小説である。漢詩ととらえて、言葉だけを並べたのでは何の意味か分からないものになってしまう。これまでの李商隠1,2ではまだ通常の現代訳(kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ)という形でよかったが、それでは、李商隠の詩の良さは分からない。詩商隠の詩は、その語句の背景にある物語を考え併せて読んでいかないと李商隠の素晴らしさが伝わらないのである。
 李商隠は詩を書くのにほとんど自分の部屋で、机のまわりにいろんな書物、故事に関連したものなど並べて書いたそうである。「獺祭魚的方法」で書かれている。したがって、その背景こそ重要なものなのである。
また、密偵、内通などにより、親しい人、官僚の死、流刑、左遷と衰退していく唐朝の中で暗黒の時代でもあった。男女の愛についてもこうした背景で見ていかないと、単に死んだ妻を偲んで詠ったもの的な解釈になるのである。李商隠における「エロ」的表現には社会批判、当時の権力者への批判が込められている。そういう意味で味わい深い詩なのである。


ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。

かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひちたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしない、歌っている薄幸の宮女よ。

聞歌
斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
靑冢路邊南雁盡,細腰宮裏北人過。
此聲腸斷非今日,香灺燈光奈爾何。


歌を聞く
笑を斂 眸
(ひとみ)を凝らして意歌わんと欲し,高雲 動かず  碧 嵯峨(さが)たり。
銅臺 望むを罷めて   何處にか歸り,玉輦
(ぎょくれん) (かへ)るを忘るる事 幾多(いくばく)ぞ。
靑冢
(せいちょう)の路邊  南雁 盡き,細腰宮 裏  北人 過(よぎ)る。
此の聲の腸(はらわた)斷つは  今日のみに 非ず,香 灺(き)え 燈 光り  爾(なんぢ)を 奈何(いかん)せん。

靑冢は王昭君のこと 紀頌之のブログ参照 34 王昭君二首 五言絶句 王昭君二首 雑言古詩 35李白王昭君詠う(3)于巓採花

聞歌
1 斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
2 銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
3 靑冢路邊南雁盡,細腰宮裏北人過。
4 此聲腸斷非今日,香灺燈光奈爾何。

歌を聞く
1 笑(わらひ)を斂(をさ)め 眸(ひとみ)を凝(こ)らして  意 歌はんと欲し,高雲 動かず  碧 嵯峨(さが)たり。
2 銅臺 望むを罷めて   何處にか歸り,玉輦(ぎょくれん) 還(かへ)るを忘るる事 幾多(いくばく)ぞ。
3 靑冢(せいちょう)の路邊  南雁 盡き,細腰宮 裏  北人 過(よぎ)る。
4 此の聲の腸(はらわた)斷つは  今日のみに 非ず,香 灺(き)え 燈 光り  爾(なんぢ)を 奈何(いかん)せん。


1 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。


2 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。


3 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

4 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひちたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしない、歌っている薄幸の宮女よ。


聞歌
○聞歌 落塊した官女が歌うのを聞いて作った詩。晩唐の詩人杜牧(803-852年)の杜秋娘の詩にも見られるように、落塊してさすらい、流転せぬまでも、仏教寺院、道教の観に寵を得ないまま、移された宮女は、当時はなはだ多かった。作者李商隠は、全国から選りすぐって集められた宮女、後宮女、芸妓(実質同じ意味を持つ)に目を向け、日ごとのやるせない思い、満たされない思い、そしてこの詩のように、別の皇帝が即位する際、これまでの宮女はすべて、寺院、寺観(唐時代国教になった時「観」というようになった)に預けられた。李商隠は唐時代、宦官らによる皇帝の毒殺が多く、被害者ともいえる宮女を詩に取り上げているのも社会批判の一つと考える。


1 
斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。

○斂 れん おさめる。ひきしめる。かくす。 ○笑:えみ。わらい。笑い顔。名詞。 ○凝 ぎょう こらす。定める。固まる。 ○眸 ぼう ひとみ。目の黒い部分。 ○意 表現されんとする人間の意志。恨みの思いという訳のあたることが多い。 ○欲 ~をしたい。 ○高雲不動 高い空の雲の動きを(歎きで)止(とど)める。 ○碧 へき みどり。李白と李商隠の愛用語。 ○嵯峨 さが 山の嶮しく石のごつごつしているさま。

2 

銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

○銅台罷望 銅台は規の武帝曹操(155~220年)が河南省臨漳県に建てた宮殿銅雀台をさす。
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西晋の文学者陸機の「弔魏武帝文」によると、298年、陸機は宮中の書庫から曹操が息子たちに与えた遺言を目にする機会を得た。遺言には「生前自分に仕えていた女官たちは、みな銅雀台に置き、8尺の寝台と帳を設け、そこに毎日朝晩供物を捧げよ。月の1日と15日には、かならず帳に向かって歌と舞を捧げよ。息子たちは折にふれて銅雀台に登り、西にある私の陵墓を望め。残っている香は夫人たちに分け与えよ。仕事がない側室たちは履の組み紐の作り方を習い、それを売って生計を立てよ。私が歴任した官の印綬はすべて蔵にしまっておくように。私の残した衣服はまた別の蔵にしまうように。それができない場合は兄弟でそれぞれ分け合えよ」などと細々した指示が書き残されていたという。これを見た陸機は「愾然歎息」し、「徽清絃而獨奏進脯糒而誰嘗(死んだ後に歌や飯を供して誰が喜ぼうか)」「貽塵謗於後王(後の王に醜聞を伝える)」と批評している。李商隠は曹操が没後、宮女たちすべて放遂されていることを述べている。
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 ○歸:本来居るべき所(自宅・故郷・墓地)などへ帰っていく。 ○何處 どこ(に)。
○玉輦 ぎょくれん天子の鳳輦(れん)。天子の乗り物。ここでは、隋・煬帝を指している。煬帝〔ようだい〕569~618年(義寧二年)隋の第二代皇帝。楊広。英。宮殿の造営や大運河の建設、また、外征のため、莫大な国費を費やし、やがては、隋末農民叛乱を招き、軍内の叛乱で縊(くび)り殺された。 ○忘還事 宮廷に帰還することを忘れて遊蕩に耽った出来事。煬帝の悪政と自身の頽廃した生活が史書に残されている。
○幾多(いくばく)どれほど。どれほどの多数。
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『隋書・帝紀・煬帝下』に「六軍不息,百役繁興,行者不歸,居者失業。人飢相食,邑落爲墟,上不之恤也。東西遊幸,靡有定居,毎以供費不給,逆收數年之賦。所至唯與後宮流連耽湎,惟日不足,招迎姥媼,朝夕共肆醜言,又引少年,令與宮人穢亂,不軌不遜,以爲娯樂。」
皇帝の軍隊は、休む閑が無く、数多くの仕事が次から次に起こり、出て行った者は帰ってくることがなく、留まっている者は失業している。(煬帝は)各地を遊び回り、定まった住所が無く、お金を渡すことはなく、逆に数年分の税金を取り立てる。ただ、後宮の女性の所に居続け、それでもの足らないときは、熟年の老女を呼び込み、朝夕に亘って、醜い言葉をほしいままにしていた。その上、若者に対して宮人に穢らわしいことをさせて、むちゃくちゃなことをさせ、それを楽しみとしていた。)とある。
〔煬帝の概要]
即位した煬帝はそれまでの倹約生活から豹変し奢侈を好む生活を送った。また廃止されていた残酷な刑を復活させ、謀反を企てた楊玄感(煬帝を擁立した楊素の息子)は九族に至るまで処刑されている。
洛陽を東都に定めた他、文帝が着手していた国都大興城(長安)の建設を推進し、また100万人の民衆を動員し大運河を建設、華北と江南を連結させ、これを使い江南からの物資の輸送を行うことが出来るようになった。対外的には煬帝は国外遠征を積極的に実施し、高昌に朝貢を求め、吐谷渾、林邑、流求(現在の台湾)などに出兵し版図を拡大した。
更に612年には煬帝は高句麗遠征(麗隋戦争)を実施する。高句麗遠征は3度実施されたが失敗に終わり、これにより隋の権威は失墜した。また国庫に負担を与える遠征は民衆の反発を買い、第2次遠征途中の楊玄感の反乱など各地で反乱が発生、隋国内は大いに乱れた。各地で李密、李淵ら群雄が割拠する中、煬帝は難を避けて江南に逃れた。
煬帝は現実から逃避して酒色にふける生活を送り、皇帝としての統治能力は失われていた。618年、江都で煬帝は故郷への帰還を望む近衛兵を率いた宇文化及兄弟らによって、末子の趙王楊杲(13歳)と共に50歳にして殺害された。
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3 
靑冢路邊南雁盡、細腰宮裏北人過。
 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

 ○盡 姿がつきる。無くなる。 ○青冢 〔せいちょう青塚〕青い草の生えている塚で、王昭君の陵墓をいう。王昭君の墓所には、冬でも青々と草が生えていた故事に因る。現・呼和浩特(フホホト)沙爾泌間の呼和浩特の南九キロメートルの大黒河の畔にある。杜甫の『詠懷古跡五首』之三とある。常建の『塞下曲』とある。白楽天も王昭君二首を詠う。李白は三首詠(李白33-35 王昭君を詠う 三首)っている。王昭君自身は、『昭君怨  王昭君 』 詳しくは漢文委員会「王昭君ものがたり」に集約して掲載。 ○路邊 道端の。 ○南雁 南の方の郷里である漢の地に飛んで帰るカリ。故郷への雁信。 ○盡 姿がつきる。無くなる。
 ○細腰宮:(春秋)楚の宮殿。『漢書・馬寥伝』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」からきている。
在位BC614~BC591。楚の穆王(商臣)の子。即位して三年の間、無為に過ごし、奢侈をきわめ、諫める者は死罪にすると触れを出した。激やせした状態の女性を好み、宮女たちは痩せるため、食を減らし、絶食する者もいた。そのため多くの宮女、侍女たちに餓死者が出た。皇帝のわがままによる宮女たちの悲惨な出来事をとらえている。
  ○細腰 温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」と詠われる美女の形容でもある。(紀頌之ブログ7月8日蘇小小) ○北人:北方人。春秋・楚は、長江流域にあった中国南部の大国。漢民族の故地である黄河流域の中原とは、『楚辭』に象徴されるように、異なった文明を持つ。その後漢は黄河流域に栄えるが、三国、五胡十六国、南北朝と、原・漢民族は南下し、その間、前秦北魏などが北方を制し、突厥が北方を伺った。(その後も金(女真人)、元(モンゴル人)清(女真→満洲人)という流れ)。「南風不競」という通り、「北人」には「征服者」という感じが籠もる。現・漢民族の外見的な特徴は、(「南人」と比べてのイメージとしてだが)背が高く、大柄(「南人」は小柄)。目が切れ長でつり上がっている(「南人」はぱっちりとした二重まぶたの目)。南朝の繊細華麗優美な文化に比べ北朝の武骨な文化を野暮なものとしている。 ・過:よぎる。通り過ぎる。

4 

此聲腸斷非今日、香灺燈光奈爾何。
 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひとたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしないのだ、歌っている薄幸の宮女よ。
 ○此聲:元、しかるべき地位にあった女性の淪落後の歌声。 ○腸斷:非常な悲しみを謂う。 ○非今日:今日だけではない。 ○香灺:香が燃え尽きる。 ○灺 しゃ ともしびの燃え残り。蝋燭の余燼。 ・燈光 ともしびが輝く。ここは、「燈殘」ともする。 ○奈爾何 あなたをどうしようか。 ○奈何 どのようにしようか。 ○爾 なんぢ。女性を指すか。香を指すのか。

李白詩の整理(7/18ぶんまで)

李白詩の整理  整理番号 と Index

5月23日 1.訪載天山道士不遇
       2.峨眉山月歌
       3.江行寄遠
5月24日 4.秋下荊門
       5.渡荊門送別
       6.望天門山
       7.金陵酒肆留別
6月1日  8.蘇台覧古
6月2日  9.越中覧古
6月3日  10採蓮曲
6月4日 11緑水曲
 李白 12 越女詞 其一 
 李白 13 越女詞 其二
 李白 14 越女詞 其三
 李白 15 越女詞 其五
 李白 16 越女詞 其四
6月5日 西施ものがたり
6月6日 李白 17 淮南臥病書懐寄蜀中趙徴君
 李白 18李白 贈孟浩然
 李白 19 李白 黄鶴楼送孟浩然之広陵
6月7日 李白 20 登太白峯
6月8日 孟郊
6月9日 李白 21 少年行
6月10日 杜甫 少年行
6月11日 王維 少年行
6月12日 李白 22 相逢行
 李白 23 玉階怨
6月13日 李白 24 春思
 李白 25 秋思
6月14日 李白 26 子夜呉歌其一 春  
 李白 27 子夜呉歌其二 夏
6月15日 李白 28 子夜呉歌其三 秋  
 李白 29 子夜呉歌其四 冬
6月16日 李白 30 塞下曲六首 其一(五月) 
 李白 31 塞下曲六首 其二(天兵) 
 李白 32 塞下曲六首 其三(駿馬) 
 李白 33 塞下曲六首 其四(白馬) 
6月17日 李白 34 塞下曲六首 其五(塞虜) 
 李白 35 塞下曲六首 其六(烽火) 
 李白 36  塞上曲(大漢)
6月18日 李白 37 玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首(録一) 雑言古詩
6月19日 李白 38 関山月 五言古詩
6月20日 李白 39 王昭君二首 五言絶句
 李白 40 王昭君二首 雑言古詩
 李白 41 王昭君詠う(3)于巓採花
6月21日 李白 42 楊叛児 雑言古詩
6月22日 李白 43 静夜思 五言絶句
6月23日 李白 44 酬坊州王司馬与閻正字対雪見贈 五言古詩
6月24日 李白 45 玉階怨 五言絶句
6月25日 李白 46 春帰終南山松龍旧隠 五言古詩
6月26日 李白 47 烏夜啼 七言古詩
6月27日李白 48 梁園吟
6月28日李白 49 杜陵絶句
6月29日李白 50 春夜洛城聞笛
6月30日李白 51 元丹丘歌(李白と道教(1))
7月1日李白 52 西岳云台歌送丹邱子 李白と道教(2)
7月2日李白 53 寄東魯二稚子 李白と道教(3) 
陶淵明 責子
7月4日李白 54 襄陽歌ⅰ 李白と道教(5)
李白 54 襄陽歌ⅱ 
7月5日李白 55 襄陽曲 其一 李白と道教(6)
李白 56 襄陽曲 其二
李白 57 襄陽曲 其三
李白 58 襄陽曲 其四
7月6日李白 59 大堤曲 李白と道教(7)
李白 60 怨情 李白と道教(8)
李白 61 贈内 李白と道教(9)
李白 62 客中行 李白と道教(10)
7月7日李白 63 夜下征虜亭 李白と道教(11)
李白 64 春怨 李白と道教(12)
李白 65 陌上贈美人
7月8日李白 66 宣州謝朓樓餞別校書叔雲
7月9日李白 67 秋登宣城謝眺北楼
李白 68 久別離
7月9日李白 69 估客行
7月11日李白 70 清溪半夜聞笛
李白 71 秋浦歌十七首 其二
李白 72 清溪行
李白 73 宿清溪主人
7月12日李白 74 遠別離
李白 75 長門怨二首 其一
李白 76 長門怨二首 其二
7月13日李白 77 丁都護歌
李白 78 勞勞亭 五言絶句 
李白 79 勞勞亭歌 七言古詩
7月14日李白 80 白紵辭 其一
李白 81 白紵辭 其二
李白 82 巴女詞
7月15日李白 83 長干行
7月16日李白 84 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
7月17日李白 85 太原早秋
李白 86 遊南陽清泠泉
7月18日李白 87 下終南山過斛斯山人宿置酒
 
 
 
 
  阮籍 詠懐詩 、 白眼視
 
  嵆康 幽憤詩
      幽憤詩 嵆康 訳注篇
 
 李白と道教(4)陶淵明 .責子
 
 謝朓 ① 玉階怨
 謝朓 ② 王孫遊
 謝朓 ③ 金谷聚
 謝朓 ④ 同王主薄有所思
 謝朓 ⑤ 遊東田
 謝靈運 東陽谿中贈答
 班婕妤
 蘇小小 

李白 87 下終南山過斛斯山人宿置酒

李白 87 下終南山過斛斯山人宿置酒
五言古詩


下終南山過斛斯山人宿置酒
暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
相攜及田家。 童稚開荊扉。
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
歡言得所憩。 美酒聊共揮。
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
長歌吟松風。 曲盡河星稀。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
我醉君復樂。 陶然共忘機。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。




終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す

日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。



終南山過斛斯山人宿置酒
終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す
終南山 陝西省長安の南にある山。唐時代道教の本山があった。 ○斛斯山人 斛斯は姓。山人は山中に隠遁している人。 ○置酒 酒を用意してもてなしてもらうこと。


暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
山月 山の月。登ってきた月。登ってきた月はまだ山に近い。


卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
蒼蒼 こんもりとした青い色。 ○翠微 山の中腹。


相攜及田家。 童稚開荊扉。
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
相攜 友と連れだって。 ○田家 百姓家。  ○童稚 こども。 ○荊扉 柴で作った粗末な開き戸。


綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
幽徑 暗い寂しい小道。  ○青蘿 青いツタ。○行衣 旅衣。


歡言得所憩。 美酒聊共揮。
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
歡言 よろこんで話をする。○ 休息。 ○ ちょっと。 ○ ふるう、振り回す。さしずする。


長歌吟松風。 曲盡河星稀。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
河星 星屑の天の河。


我醉君復樂。 陶然共忘機。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。
陶然 心持よく酒に酔う。 ○忘機 世のからくりや人間のたくらみを忘れる。道教の主張する淡泊自然の心境を言う。


○韻 下、歸、微、扉、衣、稀、機。


 斛斯(こくし)山人とは李白の道士仲間である。その人と共に山中で道教を学び、その帰りに田家に立ち寄って、酒を飲み、泊まらせてもらった。山中問答の詩、游南陽清泠泉と同じような趣を詠った李白の道教的な考え、あるいは理想を表したものだ。「遊南陽清泠泉」の3聯と下終南山過斛斯山人宿置酒の6聯類似している。

李白 「遊南陽清泠泉」
1.惜彼落日暮、愛此寒泉清。    
2.西耀逐流水、蕩漾遊子情。
3.空歌望雲月、曲尽長松声。
(空しく歌い雲間の月を眺めている、曲が終われば、高い松を抜ける風の音がするばかりだ。)
下終南山過斛斯山人宿置酒
1.暮從碧山下。 山月隨人歸。
2.卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
3.相攜及田家。 童稚開荊扉。
4.綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
5.歡言得所憩。 美酒聊共揮。
6.長歌吟松風。 曲盡河星稀。
(長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。)
7.我醉君復樂。 陶然共忘機。




終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す
暮に碧山從(より)下れば、 山月 人隨って歸える。
卻(かえ)って來る所の徑を顧みれば、蒼蒼として翠微(すいび)に橫たう。
相攜(あいたずさ)えて田家に及べば、童稚(どうち) 荊扉(けいひ)を開く。
綠竹 幽徑(ゆうけい)に入り。 青蘿(せいち) 行衣を拂う。
歡言 憩う所を得。 美酒 聊(いささ)か共に揮(ふる)う。
長歌 松風に吟じ。 曲盡きて河星 稀なり。
我 醉うて 君も復た 樂しむ。 陶然して 共に機を忘る。

杜甫 2 遊龍門奉先寺

杜甫 2 遊龍門奉先寺
736年25歳 杜甫が竜門の奉先寺に遊んで、そこに宿したことをのべた詩である。
五言律詩(開元24年) もっとも初期の作品とされる
 

遊龍門奉先寺
己従招提遊、更宿招提境。
いま、私はこの尊きお寺にて勉強させていただいたが、さらに此の寺の境内に泊まることにした。
陰壑生虚籟、月林散清影。
とまってみると北の谷では、うつろな風の音がしている、月光をあびた林はきよらかな活き影を地上に散乱している。
天闕象緯逼、雲臥衣裳冷。
天への門かと怪しまれるこの高処には、上から星象が垂れ、近づくようであり、雲の降りているところに身を横えていると着物も冷やかに感じてくる。
欲覚間島鐘、令人畿深省。

あけがた目が覚めようとする頃、あさの鐘の音を聞いていたら、それが聞く者に深い悟りの念を起さずにはいられない。

龍門の奉先寺に遊ぶ

いま、私はこの尊きお寺にて勉強させていただいたが、さらに此の寺の境内に泊まることにした。
とまってみると北の谷では、うつろな風の音がしている、月光をあびた林はきよらかな活き影を地上に散乱している。
天への門かと怪しまれるこの高処には、上から星象が垂れ、近づくようであり、雲の降りているところに身を横えていると着物も冷やかに感じてくる。
あけがた目が覚めようとする頃、あさの鐘の音を聞いていたら、それが聞く者に深い悟りの念を起さずにはいられない。


遊龍門奉先寺
竜門 地名、伊闕ともいう。河南省洛陽の西南三十支部里(十七キロ)にあり、伊水によって断たれた峡谷。○奉先寺 竜門の北岸にあって、南に香山寺と対する。今も遺址が存する。

己従招提遊、更宿招提境。
いま、私はこの尊きお寺にて勉強させていただいたが、さらに此の寺の境内に泊まることにした。
招提 寺院をいう。梵語の拓鬭提奢を略して拓提といい、拓の字を更に写し訛って、招となったものという。○境:境域の内をいう。

陰壑生虚籟、月林散清影。
とまってみると北の谷では、うつろな風の音がしている、月光をあびた林はきよらかな活き影を地上に散乱している。
陰壑 北向きの日をうけない谷のこと。○虚籟 すがたが見えずしてきこえるひびき。草木などの風にふれている月林月光をうけたはやし。○清影 きよいかげ。○天闕 天の門。断峡のそびえているのをたとえていう。

天闕象緯逼、雲臥衣裳冷。
天への門かと怪しまれるこの高処には、上から星象が垂れ、近づくようであり、雲の降りているところに身を横えていると着物も冷やかに感じてくる。
象緯 象はすがた、緯は機のよこいと。天において二十八の経(たていと)とし、五星を緯(よこいと)とする。象緯とは星象の経緯の義であるが、ここでは単に星辰のことに用いている。此の句は又「天闕は象緯に逼せまる」と解す。○雲臥 作者が臥すのであり、雲とは高処なのでかくいう。雲に臥するとは悟りの心を連想する。

欲覚間島鐘、令人畿深省。
あけがた目が覚めようとする頃、あさの鐘の音を聞いていたら、それが聞く者に深い悟りの念を起さずにはいられない。
 めざめる。 ○晨鐘 あさのかねの音。 〇 聞く人一般を言って、自己は其の中に含める。 ○ おこすことをいう。 ○深省 省は大悟することをいう。

竜門の奉先寺に遊ぶ 
己に招技の遊びに従い 更に招技の境に宿す
陰峯に虚鞄生じ 月林清影を散ず
天閲に象緯逼(せま)る 雲に臥すれば衣裳冷やかなり
覚めんと欲して農鐘を聞く 人をして深省を発せしむ



 はじめの二句で寺を散策し泊まったことを述べている。中四句は僧坊にいて室外の風の音に耳を澄まし、樹林が月の光を反射して輝くのを見ている。そしてさらに龍門のふしぎな夜の様子に思いをめぐらし、最後の二句は、翌朝、目覚めたときを想像して結びとするもので、朝に聞く鐘の音は朝の目覚めと悟りの目覚めを掛けている。杜甫にとって、この場所は印象的だったのだ。「深省を発せしめん」とそれは聞くすべての者に、深い悟りの念を起こさせずにおかないと厳かな気持ちを詠っている。

已従 招提遊、更宿 招提境。
陰壑 生虚籟、月林 散清影。
天闕 象緯逼、雲臥 衣裳冷。
欲覚 聞晨鐘、令人 発深省。

詩の特徴 
 杜甫のもっとも得意とするのは五言、七言の古詩である。通常、律詩は、八句のうち前半四句を叙景もしくは叙事にあて、後半四句を感懐にあてる形式とるものなのだが、杜甫ははじめの二句を導入部、中四句を事柄の描写、最後の二句を結びの感懐に充てる形式をとることが多い。「龍門の奉先寺に遊ぶ」もそのようになっている。
 杜甫の特徴は題材の大きさにあり、場面の移り代わりが心の中に及んでいくことの見事さにある。

恋愛詩人・李商隠 2 房中曲 五言律排

李商隠 2 房中曲 五言律排

房中曲
薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。

憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰来已不見、錦瑟長於人。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。

今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁到天地翻、相看不相識。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。


庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。

この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。

思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。

今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。

房中曲
房中曲 言葉の意味は私室の中の歌ということ。漢の高祖劉邦(紀元前247~195年)の時、その妃唐山夫人が房中詞を作り、また漢の武帝劉傲(紀元前157~87年)の時に房中歌という歌曲があった。それは周の房中楽に基づくのだという。3年で喪が開ける。表だっての派手な行動ははばかられる時期。851年李商隠四十歳頃の作。

薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい。
泣幽素 幽素は人知れずひっそりと。素は飾りけのないことであり、色が白いこと。南北朝の劉昼の「春の花は日を見て笑うに似て、秋の露は滋くして泣くが如し。」とみえる。○花銭小 薔薇の花が銅貿のように小さいことをいう。

嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。』
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
嬌耶 まだまだ若さを保った男。自分のことを言う。○抱日 雲が帆を包み抱く。

枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
龍宮石 石枕のことを龍宮石というが、この龍宮が水の中の宮殿。龍宮は次の秋波につながる。そして秋波は蒙羅の碧という言葉を呼び起こす。波は男女の行為を言う。
 
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。』
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。
玉箪 箪はたかむしろ。もと竹で作る。 ○蒙羅 うす絹のかけ布団。あるいは、うすぎぬの机着。

憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。

帰来已不見、錦瑟長於人。』
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。
長於人 大琴の長さが人の背たけほどの長さで、そこにあるということ。


今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
今日澗底松 澗は谷川。松は、万木枯れてのち松の青きを知るというように、不変なものを象微する樹。○明日山頭檗 明日は山頂のミカンの木。檗はミカンの木。

愁到天地翻、相看不相識。』
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。




 この詩は約一年半前に別れ旅立っている間に死んだ妻を偲んで詠ったものとされているものですが、人の大きさの琴は、宮廷の芸紀、地方政府の宮廷の芸妓、などが使っていたもの。そして、綺麗な石枕⇔竜宮⇔秋波⇔玉箪⇔柔膚⇔蒙羅 と男女の営みの語字を使い、そして、行為を次々連想させ、広げさせてくれる。 作者の寂しさは誰に向けられたものなのか。

李商隠の詩は、こうした独特の世界を広げてくれます。

○韻 小、暁 / 色、碧 / 辛、人 / 檗、識

四句ごとに韻を変えている、絶句(四句)が四つで、聯は対句をなし、律排詩にに構成されている。それそれを絶句としてみるとこの詩が妻の死を悲しむ歌なんかじゃなくて、巧みに字、語、句を配置させ、四句ごとに転韻させ、それぞれ意味が全く違うもので詩が出来上がったいる。初めrの四句「起」庭の素肌の白い花(女)と太陽(女)小銭のような花びら(女)、翠帯(男)雲(男)という暗号のように、男女を示す。つづく「承」は竜宮城から始まる男女の行為を連想させます。「転」で一転して帰ってみたら女の人はいなかった。「結」で人生はいろいろある。橋だけでも楽しもうよ。後にお互い年を取って誰だかわからないっということでもいいじゃないか。

房中曲
薔薇 幽素に泣き、翠帯 花銭 小さく。
嬌郎は癡(おろか)なること雲の若く、日を抱く 西簾(せいれん)の暁。』
枕は是 龍宮の石、割き得たり 秋波の色を。
玉箪(ぎょくてん)柔膚を失し、但 見る蒙羅の碧き。』
憶 得る 前年の春、未だ語らずして 悲辛を含む。
帰り来れば 已に見えず、錦瑟 人よりも長し。』
今日 澗底の松、明日 山頭の檗。
愁は到らん天と地の翻(ひるがえり)、相看る相識らざるまでに。』

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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恋愛詩人・李商隱 1 錦瑟(きんしつ)

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 人には口外できないような不幸な恋愛、思いを遂げえない恋愛、漢詩でありながら小説的構成を持つ妖艶、妖気な恋愛、ポルノ写真にモザイクがかかったようなもの、酒宴で詠われたもの・・・・・・というとらえ方でしばらく李商隠を取り上げる。 
李商隱1錦瑟(きんしつ)

錦瑟  
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
(夫婦仲の良いことをいう琴瑟の片方で、かつて妻が奏でた)立派な瑟(おおごと)がわけもなく(悲しげな音色を出す)五十弦の。 一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)を(見るにつけ)、若く華やいでいた年頃を思い起こさせる。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
荘周(さうしう:そうしゅう=荘子)が夢で、蝶(ちょう)になり、自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのか、と迷い。(そのように、あなたの生死について迷い)。
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
青い海に月が明るく照らして、人魚は(月の精ともいうべき)真珠の涙をこぼして。曾て、真珠は海中の蚌(はまぐり)から生まれるものと思われた。また蚌(はまぐり)は月と感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

わたしのこの(哀しみの)心情は、(時間が経過して)当時のことを追憶とする今となってのみ、可能なことだったのだろうか(いや、違う。その当時からすでにあったのだ)。

それはあなたが亡くなった当時から、已(すで)に気落ちしてぼんやりとしていたのだ。


錦瑟
(夫婦仲の良いことをいう琴瑟の片方で、かつて妻が奏でた)立派な瑟(おおごと)がわけもなく(悲しげな音色を出す)五十弦の。 
一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)を(見るにつけ)、若く華やいでいた年頃を思い起こさせる。
荘周(さうしう:そうしゅう=荘子)が夢で、蝶(ちょう)になり、自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのか、と迷い。(そのように、あなたの生死について迷い)。
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
青い海に月が明るく照らして、人魚は(月の精ともいうべき)真珠の涙をこぼして。曾て、真珠は海中の蚌(はまぐり)から生まれるものと思われた。また蚌(はまぐり)は月と感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。
(作者の妻が葬られた近辺の)藍田山(らんでんさん)に日(ひ)が暖かに射して、藍田に産する玉(=妻の容貌)が靄(もや)を生(しょう)じているように、朧(おぼろ)に輝いてくる。
わたしのこの(哀しみの)心情は、(時間が経過して)当時のことを追憶とする今となってのみ、可能なことだったのだろうか(いや、違う。その当時からすでにあったのだ)。

それはあなたが亡くなった当時から、已(すで)に気落ちしてぼんやりとしていたのだ。


錦瑟 琴の胴の部分に錦のような絵模様が描かれた大琴で、一般的に亡き妻をしのんで詠ったとされるが(漢文委員会ジオ倶楽部)、ここではおもい焦がれる恋しい人(たとえば不倫相手:逢いたくてもあうことのできなかった時)に対しての詩とした。この解釈のほうが詩の矛盾が、謎がすべて消える。

錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
(あの人と仲の良いことをいう琴瑟の片方で、ことを奏でる)立派な瑟(おおごと)がいつものように五十弦を弾いている。一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)をあなたとの逢瀬を思い起こしている。たとえ逢えないないことがあってもこの恋は壊せはしない。
 ○無端 何の原因もなく。ゆえなく。わけもなく。端(はし)無く。これというきざしもなく。思いがけなく。はからずも。いつもどおい何の変りもなく。 ○五十弦 古代の瑟は五十弦のものは宮女(宮廷の芸妓)が使ったもの。後に二十五弦と改められたと、琴瑟の起源とともに伝えられている。 ・華年 あなたと逢瀬を過ごしているこの年月。

莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
 昔、荘子がで、蝶になった夢をみて、その自由さに暁の夢が覚めてのち、自分の夢か、、蝶の夢かとと疑ったという。蝶のように華麗で自由にあなたのもとに飛んでいければいいのに。また、昔の望帝はその身が朽ちて果ててもの春目くその思いを、杜鵑(ホトトギス)に托したという。愛への思い焦がれる執着心はそのように、昼も夜も四六時中、哀鳴するものなのだ。。
 ○莊生 荘周。荘子。 ○迷 自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのかということで迷う。 ○蝴蝶 荘周が夢の中で蝶になり、夢からさめた後、荘周が夢を見て蝶になっているのか、蝶が夢を見て荘周になっているのか、一体どちらなのか迷った。 ○望帝 蜀の望帝。蜀の開国伝説によると、周の末に蜀王の杜宇が帝位に即き、望帝と称した。望帝は部下のものに治水を命じておきながら、その妻と姦通し、その後その罪を恥じて隠遁した。旧暦二月、望帝が世を去ったとき、杜鵑(ホトトギス)が、哀鳴した。  ○春心 春を思う心。相手と結ばれたいとを思う心。 ○春心托杜鵑 相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑(ホトトギス)に托す。 ・杜鵑:〔とけん〕ほととぎす。血を吐きながら悲しげに鳴くという。

滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
 あなたの心が青い海に向かうとき、わたしはすぐ月が明るく照らしてくれることを思う、人魚が面影を追って真珠の涙をこぼしてしているように。藍田の玉山のようなところで朦朧としているこの気持ちをはっきりと暖かくしてくれようとするものなのか、いや荘ではなく五色の雲煙が立ち込めて思いはとどかない。
 月と真珠は縁語であり、感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。つまり、滄⇔海⇔月⇔明⇔珠⇔有⇔涙それぞれの語字が関連、連携して男女の思いを強調する効果を出している。 ○滄海 ここでは、思い浮かべる架空の青い海。他界の大海原。 ○ ここでは真珠。「蚌中の月」。 ・有涙:鮫人の涙。南海に住み、水中で機(はた)を織り、泣くときは真珠の涙をこぼすという。 ○藍田 陝西省藍田県東南にある山の名で、名玉を産する。美玉を産し、玉山ともいうが、ここでは想像上の逢瀬の場所をいう。 ○日暖 陽光が射す。はっきりする。 ○生煙 五色の雲煙が生じて宝気が立ち上るという。瑟の音色の形容でもあり、雲煙が慕情をさらに包み込んでいくことをしめす。

此情可待成追憶、只是當時已惘然。
 わたしのこのせつない心情(失意)は、追憶とするときだからそう思うのか、いや、違う。その当時からいつもせつないおもいをしていたのだ。公をはばかる恋というものは、初めからもどかしいやりきれなさを持っているものなのだ
 ○此情 この(鬱々とした)心情。失意  ○可待 何を待とうか。待つまでもないことだ。反語的な語気を含む。

 ○當時 その頃。その時。その頃。 ○ とっくに。すでに。はじめから  ○惘然 〔ぼうぜん〕気落ちしてぼんやりするさま。もどかしいやりきれなさ。



 なさぬ恋、悲恋の詩と解釈した。道ならぬ恋を「望帝」を持ち出して示唆している。これまでのように死に別れたつ前の気持ちを詠うのに姦通の故事を詠いこむのはおかしい。この歌は、貴族の歌会や、酒宴で披露したことを想定してみると実に奥深い趣のある芸術性に富んだしとなる。恋歌は不倫の詩である。李商隠の力作である。


錦瑟  李商隱
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。


錦瑟きんしつ端無はし なくも  五十弦ご じうげん,一弦いちげん一柱いっちゅう  華年かねんを思う。
莊生さうせいの曉夢ぎょう む は  蝴蝶こ ちょう に迷い,望帝ぼうていの春心しゅんしん は  杜鵑 と けん に托たくす。
滄海そうかい 月 明あきらかにして  珠たまに涙 有り,藍田らんでん 暖かにして  玉は煙を 生ず。
此の情 追憶と成なるを 待つ可べけんや,
只 是れ 當時より  已すでに惘然ぼうぜん

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杜甫 1 端午日賜衣

杜甫 1 端午日賜衣

758乾元元年の五月五日 杜甫47歳
左拾遺であったとき、宮中より衣をたまわったことをのべている。杜甫が子供のように喜んでいる。杜甫人生、全詩の中から唯一無二の作品である。杜甫をスタートするにふさわしい本当に象徴的な作品。杜甫が分かればわかるほどこの作品時の杜甫がいとおしくなる。杜甫は誠実な詩人、苦悩することから、逃避していない。道教的な部分はなく、中国の良心ともいえる杜甫詩少しづつ見ていきます。杜甫の詩は作時期がはっきりしているが、必ずしも順序については、違っている。(長い詩が多いためで、私は長編詩を区切って紹介するのは、間違っていると思うので、それが理由で少し変わる可能性があるということである。)きっちり通してみていていくと杜甫のことがよく理解できると思う。

杜甫 1 端午日賜衣

五言律詩
端午日賜衣
宮衣亦有名,端午被恩榮。
細葛含風軟,香羅疊雪輕。
自天題處濕,當暑著來清。
意內稱長短,終身荷聖情。



こんど賜わった宮中でつくられた衣については、自分ほどのものの姓名まで御下賜者のなかにあって、端午のお祝い日にありがたき栄誉を被った。
その着物は、細い葛の糸を用いたのは風を含んでしなやかであり、香を燻らした薄絹のものは雪色を畳んでふわりとしている。
御筆で題されたところは墨のあともまだ乾かず、暑さにあたって之を身に着ければいと清々しい。
腹の中で積もってみるにこの着物は真に自分のからだの寸法によく合っている。これを下さった我が君のお情けのかたじけなさは自分が一生涯のいただきものである。


 この詩は、杜甫の数ある四の中で、トップに取り上げるとすればおそらく初めてのことではないだろうか、杜詩を、何度も読み返している。一千首以上もあるのでそのたびに違った印象を受けたり、新たな発見ができたりしている。何度読み返して飽きることのない作者である。
 実は、この詩を頂点に詩の内容がガラッと変わっていくのである。正確にいえばこの詩の前後20首で変わっているのだ。
 ただ、このブログの趣旨は杜甫のエポックメーキングの考察にはないので一般論で紹介していくこととする。







意內稱長短,終身荷聖情。
腹の中で積もってみるにこの着物は真に自分のからだの寸法によく合っている。これを下さった我が君のお情けのかたじけなさは自分が一生涯のいただきものである。
○意内 自己のこころのなかではかってみる。一説に天子の意内とするが、恐らくは天子は一々臣下の身の寸法をはからせることはあるまい。 ○称 つりあいのよろしいこと、去声によむ。○長短 きもののせたけ、そでたけ等の長いこと、短いこと。○荷 いただいている。○聖情 聖君のお情け心。



自天題處濕,當暑著來清。
御筆で題されたところは墨のあともまだ乾かず、暑さにあたって之を身に着ければいと清々しい。
〇自天 「題署自天子」( 天子 自ら題署す)を省略して、題の字を下におく。役職名と名前を書いてある、天子みずから名を題したまえることをいう。○題処 かき記されたもの、此の句は首句の「有名」を承けるもの。○湿 墨の痕がうるおう、かきたてであることをいう。○当暑 あつさのおりに。 ○清 さっぱりしてすがすがしいこと。



細葛含風軟,香羅疊雪輕
その着物は、細い葛の糸を用いたのは風を含んでしなやかであり、香を燻らした薄絹のものは雪色を畳んでふわりとしている。
○細葛 ほそいくずのいとでつくった衣をいう。 ○含風気孔が多くて風をいれやすいこと。 ○軟 しなやかなこと。 ○香羅 かんばしいうすぎぬの衣、香とは香をたきこめたのであろう。○畳雪 雪とは純白色をたとえていう、白衣を畳んであるのをみて雪をたたむと表現したもの。○転 ふわりとしている。



宮衣亦有名,端午被恩榮

こんど賜わった宮中でつくられた衣については、自分ほどのものの姓名まで御下賜者のなかにあって、端午のお祝い日にありがたき栄誉を被った。
○宮衣 宮女のつくった衣、即ち下の葛、羅を以て製したもの。 ○亦有名 「我亦た名有り」の義、宮中に名札版があり、賜衣者の列内に自分の姓名を確認できたのだ。最高に喜んでいる雰囲気を感じ取れる。○端午 夏暦では正月を寅とし、五月は午にあたる。五月が午であるために五の日をまた午とする、端は初の義、端午とは五月の初旬の午の日の義であるという。○恩栄 天子の御恩による栄誉。



 この詩は、杜甫の数ある四の中で、トップに取り上げるとすればおそらく初めてのことではないだろうか、杜詩を、何度も読み返している。一千首以上もあるのでそのたびに違った印象を受けたり、新たな発見ができたりしている。何度読み返して飽きることのない作者である。
 実は、この詩を頂点に詩の内容がガラッと変わっていくのである。正確にいえばこの詩の前後20首で変わっているのだ。
 ただ、このブログの趣旨は杜甫のエポックメーキングの考察にはないので一般論で紹介していくこととする。


○韻 名,榮、軽、清、情。

(端午の日衣を賜う)
宮衣亦名有り 端午恩栄を被る
細葛風を含んで軟やかに 香羅雪を畳んで軽(かるし)
天よりして題する処 湿い 署に当って 著け 来れば 清(きよし)。
意内 長短に 称う、 終身 聖情を 荷なう

86 太原早秋 87 遊南陽清泠泉

李白 86 太原早秋

五言律詩 
 太原早秋
歲落眾芳歇、時當大火流。
霜威出塞早、云色渡河秋。
夢繞邊城月、心飛故國樓。
思歸若汾水、無日不悠悠。

この年の盛りも過ぎて多くの花が散り去った、時はまさに火星が西に流れる秋だ。城壁の外では霜が猛威を振るい、雲の色が黄河に反映するさまは秋の気配を感じさせる
我が夢はこの辺地の城を巡っている月のようにさまよい、心は故郷の高殿のほうへと飛んでいく。、帰ろうと思えばその思いは汾水の流れのように、一日としてはるかな憂いにとらわれぬ日はない


歲落眾芳歇、時當大火流。
年の盛りも過ぎてたくさんの花が散り去った、時はまさに火星が西に流れていく秋がきた。
眾芳 眾は衆。たくさんの花。○大火 火星。さそり座の首星アンタレスの中国名。真夏の星の代名詞。


霜威出塞早、云色渡河秋。
城壁の外では霜が猛威を振るい、雲の色も黄河の秋が反映している。
出塞 異民族から守る塞を示すが、ここでは太原のまちの城壁を示す。南から来た李白にとって、北の果ての街の早霜に驚いたのだろう。○云色 雲の色 ○河秋 秋模様の黄河。このあたりの黄河は文字通り、黄色に濁った大河であり、秋の枯葉の黄色とあわせたもので河まで秋になった。


夢繞邊城月、心飛故國樓。

我が夢はこの辺地の城を巡っている月のようにさまよい、心は故郷の高殿のほうへと飛んでいく。
故國樓 故国とあるが故郷とする。故郷の高殿。この時、李白は故郷とはどこか、どこの高殿を指すのか。生活様式の違いに驚いたのだろう。蜀と江南の違いとは全く違ったものだったのだろう。


思歸若汾水、無日不悠悠。
帰ろうと思えばその思いは汾水の流れのように、一日としてはるかな憂いにとらわれぬ日はない
汾水 汾水は黄河から太原に別れた支流であり、見るものすべて故郷につながったのか。


李白 太原の早秋
歳落ちて衆芳歇(や)み、時は大火の流るるに當る
霜威塞を出でて早く、雲色河を渡って秋なり
夢は繞る邊城の月、心は飛ぶ故國の樓
歸らんと思へば汾水の若く、日として悠悠たらざるは無し
 

735年李白は35歳のとき、安陸を離れて洛陽に旅し、続けて太原を訪れた。洛陽で知り合った帰省する元演に誘われて太原までの長途の旅をしたのだ。この詩はその太源に滞在中かかれた詩で、唯一残っているものである。




李白 87 遊南陽清泠泉
五言古詩 

遊南陽清泠泉
惜彼落日暮、愛此寒泉清。    
西耀逐流水、蕩漾遊子情。
空歌望雲月、曲尽長松声。



儒教的現代訳
故郷と同じ沈みかけた夕日を惜しんでいる、ここの南陽の寒々とした澄み切った泉を愛でている。
西の空だけが耀いており、水流れをおいかけて輝かせる、定まらない気持ちというのは、旅人の心というもの。
空しく歌い雲間の月を眺めている、曲が終われば、高い松を抜ける風の音がするばかりだ。


本来の意味
夕暮れになると無性に心が切ない。この寒泉の清々しさを愛している。
旅に出て、浮気心は旅人の心情、月を抱くように女性を抱いた。その行為が終わったら後に残るのは、貞操感である。

南陽 河南省南陽市  ○ 地中から湧き出る水。源。女性をあらわす。
○蕩漾 とうよう ・蕩 ふわふわと揺れる。水が流れる。心惑わす。・漾 水が漂う。水が揺れる。性行為を連想させる。 ○遊子 よその国にいる旅人。○長松 高くそびえる松。
雲間の月は男女の営みをあらわし、長松は、厳然とした貞操を示す。


李白が、行楽地に来て、夕日を見て、故郷が寂しくつきをみあげてそっと涙する・・・・・、ということがあるわけはない。遊びに来ているのだから、酒も女も・・・・・、というのが当然のこと。
 これが李白の芸術性である。見たもの感じたものをストレートに表現しない、しかし、詠み人を右から左まで想像力たくましく誘ってくれる。人間のあり方を自然に考えている。

 礼節に飽き飽きした当時の様子を代表しているのではないだろうか。道教が、政治的な癒着から広がったのは否定できないが、儒教に飽き飽きした庶民から多くの支持が出たのも理解できる。

南陽の清泠泉に遊ぶ
彼(か)の落日、暮れたるを惜しむ、 此の寒泉(かんせん)の清けさを愛す
西耀(せいよう)は流水を逐(お)い、蕩漾(とうよう)は  遊子(ゆうし)の情。
空しく歌って雲月(うんげつ)の望、曲尽きて長松(ちょうしょう)の声

李白85 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰

 

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李白85 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰


安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
安陸の白兆山桃花巌にて劉侍御綰に寄す 

云臥三十年。 好閑復愛仙。
浮雲暮らしで30年、その間、隠遁の閑暇を好み、また神仙の道を愛してきました。
蓬壺雖冥絕。 鸞鶴心悠然。
蓬萊山の宮女の部屋ははてしなく遠いけれど、鸞鳳のような心はゆったりとしています。
歸來桃花岩。 得憩云窗眠。
桃花巌に帰ってきた、雲に抱かれ夢心地の窓辺で眠れました。
對嶺人共語。 飲潭猿相連。
山を相手に人は語り合いができるが、淵の水を飲む猿であっても手をつなぎ合っている。(私たちは手を取り合っています)
時升翠微上。 邈若羅浮巔。
時として青い山々に靄が立ち込めている山に登れば、はるかかなたの羅浮山のいただきにいる気がしてくるのです。
兩岑抱東壑。 一嶂橫西天。
二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような山が西の空を横切っています。
樹雜日易隱。 崖傾月難圓。
樹々は茂り合って日陰になりやすく、崖は急で  満月の形も見えにくいものです。
芳草換野色。 飛蘿搖春煙。
草は、ほのかにかおり、野色を変え、飛蘿(ひかげかずら)は春霞のようはゆらめいています。
入遠構石室。 選幽開上田。
遠く山中に岩屋をかまえ、分け入って、奥深い場所を選んで高いところに田をひらきました。
獨此林下意。 杳無區中緣。
ひとり山中の情を維持します、世間との縁はすっかり切れてしまったとしても。
永辭霜台客。 千載方來旋。
侍御史の客となって永の暇を告げましたが、いつの日にかまた参上いたしましょう。


浮雲暮らしで30年、その間、隠遁の閑暇を好み、また神仙の道を愛してきました。
蓬萊山の宮女の部屋ははてしなく遠いけれど、鸞鳳のような心はゆったりとしています。
桃花巌に帰ってきた、雲に抱かれ夢心地の窓辺で眠れました。
山を相手に人は語り合いができるが、淵の水を飲む猿であっても手をつなぎ合っている。(私たちは手を取り合っています)
時として青い山々に靄が立ち込めている山に登れば、はるかかなたの羅浮山のいただきにいる気がしてくるのです。
二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような山が西の空を横切っています。
樹々は茂り合って日陰になりやすく、崖は急で  満月の形も見えにくいものです。
草は、ほのかにかおり、野色を変え、飛蘿(ひかげかずら)は春霞のようはゆらめいています。
遠く山中に岩屋をかまえ、分け入って、奥深い場所を選んで高いところに田をひらきました。
ひとり山中の情を維持します、世間との縁はすっかり切れてしまったとしても。
侍御史の客となって永の暇を告げましたが、いつの日にかまた参上いたしましょう。

云臥三十年。 好閑復愛仙。
浮雲暮らしで30年、その間、隠遁の閑暇を好み、また神仙の道を愛した
○愛仙 道教の神仙の道

蓬壺雖冥絕。 鸞鶴心悠然。
蓬萊山の宮女の部屋ははてしなく遠いけれど、鸞鳳のような心はゆったりとしている
○蓬壺 蓬は蓬莱山。中国東方の海中にあって、不老不死の仙人が住むところ。壺は竜宮城の女官の住む部屋。 ○冥絕 果てしなく遠いさま。手の届かない存在。 ○鸞鶴 想像上の鳥。天子の乗る御車。 ○悠然 ゆったりとしたさま。。

歸來桃花岩。 得憩云窗眠。
桃花巌に帰ってきた、雲に抱かれ夢心地の窓辺で眠れた
○得憩 ゆっくりと休めた。 ○云窗 雲中の窓というのは男女の営み行為を連想させる言葉。この前後の句は儒教的な解釈では理解できない。道教的な考え方と、詩人李白の想像力は読む人にも想像を与えてくれる。


對嶺人共語。 飲潭猿相連。
山を相手に人は語り合いができる、淵の水を飲む猿であっても手をつなぎ合っている。(私たちは手を取り合っています)

時升翠微上。 邈若羅浮巔。
時として青い山々に靄が立ち込めている山に登れば、はるかかなたの羅浮山のいただきにいる気がしてくる。
○升 のぼる。成熟する。○翠微 青い山々に靄が立ち込めているさま。山の八合目あたり。萌黄いろ。男女のことを示唆。○邈 ばく はるか、はなれる。もだえる。 ○巔 てん 山頂。ものの上側。おちる。


兩岑抱東壑。 一嶂橫西天。
二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような山が西の空を横切っている
○兩岑 二つの先のとがった山。 壑 がく 谷間。あな。いわや。女性の体を示唆している聯である。抱く東と横わる西が対句になるのでこの東西は直接的な意味はなく胸の乳頭とその谷間横たわる軆体と解釈する。


樹雜日易隱。 崖傾月難圓。
樹々は茂り合って日陰になりやすく、崖は急で  満月の形も見えにくい。


芳草換野色。 飛蘿搖春煙。
草はほのかにかおり野色を変える、飛蘿(ひかげかずら)は春霞のようはゆらめいている。
(体からほのかにいい匂いがしきて、体に紅色がさしてきた、二人は春カスミのなかで揺らめいている。)


入遠構石室。 選幽開上田。
遠く山中に岩屋をかまえ、分け入って、奥深い場所を選んで高いところに田をひらく。


獨此林下意。 杳無區中緣。
ひとり山中の情があるのみで、世間との縁はすっかり切れてしまった。
○杳 よう くらい。はるかな。はっきりしない。 ここは悦楽を示唆する。


永辭霜台客。 千載方來旋。
侍御史の客となって永の暇を告げ、また参上できるのは  いつの日だろうか


○韻 年、仙、然、連、巔、天、圓、煙、田、緣、旋。
李白は多くの長編の古詩に変韻を使うが、ここでは一気に最後まで韻を踏襲している。お礼状としてのありがたさを増していることと感じられる。
   
安陸白兆山桃花巌寄劉侍御綰
    
安陸の白兆山桃花巌にて劉侍御綰に寄す     
雲臥(うんが)すること三十年、閑(かん)を好み復(ま)た仙(せん)を愛す
蓬壷(ほうこ)  冥絶(めいぜつ)すと雖も、鸞鳳(らんほう)  心(こころ)悠然たり
帰り来る桃花巌(とうかがん) 、雲窻(うんそう)に憩(いこ)うて眠るを得たり
嶺(みね)に対(むか)って人は共に語り、潭(ふち)に飲んで猿は相い連なる
時に翠微(すいび)の上に昇(のぼ)れば、邈(ばく)として羅浮(ふら)の巓(いただき)の若(ごと)し
両岑(りょうしん) 東壑(とうがく)を抱(いだ)き、一嶂(いつしょう) 西天(せいてん)を横(よこ)ぎる
樹(き) 雑(まじ)って 日 隠れ易(やす)く、崖(がけ) 傾いて 月 円(まどか)なり難し
芳草(ほうそう) 野色(やしょく)を換(か)え、飛蘿(ひら) 春煙(しゅんえん)を揺るがす
遠きに入りて石室(せきしつ)を構え、 幽(ふか)きを選んで山田(さんでん)を開く
独り此の林下(りんか)の意(い)のみ、杳(よう)として区中(くちゅう)の縁(えん)無し
永く辞す霜台(そうだい)の客、千載(せんざい) 方(まさ)に来(きた)り旋(めぐ)らん

 李白は官を辞して隠遁している劉綰(りゅうわん)という人に随州でお世話になったことを風雅に表現してお礼を述べているもの。六朝からの男女の営みを、想像力豊に表現する伝統の艶辞表現を李白が集大成した見事な詩になっている。儒教的な解釈だとわけのわからない詩となってしまう。李商隠などに影響を与えたものであろう。

別に詩題が「春歸桃花岩貽許侍御 」春帰る桃花岩にて許侍御に貽(おくる)としている。
この場合、舅の許氏へ夫婦仲睦まじく暮らしておりますご安心くださいという詩になる。いずれも男女のことを詠っていることには違いはない。

李白 84 長干行

李白 84 長干行


五言古詩長干行

妾發初覆額、折花門前劇。』
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。』
郎騎竹馬來、繞床弄青梅。
あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
同居長干里、兩小無嫌猜。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
十四為君婦、羞顏未嘗開。
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。
低頭向暗壁、千喚不一回。
うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。
十五始展眉、愿同塵與灰。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。
常存抱柱信、豈上望夫台。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした
十六君遠行、瞿塘灩澦堆。
16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
五月不可觸、猿聲天上哀。
5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
門前遲行跡、一一生綠苔。』
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました』
苔深不能掃、落葉秋風早。
その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています
八月胡蝶來、雙飛西園草。
仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります
感此傷妾心、坐愁紅顏老。』
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。』
早晚下三巴、預將書報家。
いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
相迎不道遠、直至長風沙。』

お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。』




 
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。』

あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。
うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした

16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました』

その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています

仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。』

いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。』


長干行
 行は、うた。長干は今の南京の南にある小さな町。出稼ぎの商人たちの居住した町。
楽府「雑曲歌辞」長江下流の船頭の妻の生活を詠う。男女の愛を歌ったもので、六朝時代の楽府を下敷きにしている。李白三十歳代の作品だとされる。二首あるが、其の二は後人の偽作とも言われている。李白の連作、連歌とは思えない雰囲気のものである。

toujidaimap216南京、三峡、三巴を示した



妾發初覆額。 折花門前劇。』
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。
 女の一人称。○ あそびたわむれる。

郎騎竹馬來。 繞床弄青梅。
あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
 男の二人称。○竹馬 中国の竹馬は、一本の竹にまたがって走る。馬のたてがみをあらわす房が端についており、片端は地にひきずって走る。○青梅・繞床 男女の性行為を示唆する。からまる。性行為という意識を持たないで遊びでしていた。(おいしゃさんごっこ)


同居長干里。 兩小無嫌猜。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
嫌猜 こだわり。嫌も、猜も、うたがうこと。性に対する表現で葛藤とした。


十四為君婦。 羞顏未嘗開。
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。


低頭向暗壁。 千喚不一回。

うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。


十五始展眉。 愿同塵與灰。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。

常存抱柱信。 豈上望夫台。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした
抱柱信 むかし尾生という男が、橋の下で女とあう約束をした。女はいくら待っても来ない。突然、洪水がおしよせてきた。尾生は約束の場所を離れて信を失うことを願わず、橋の柱を抱いて溺死した。「荘子」(死んでも約束を守る固い信義)○望夫台 山の名。ある人が家を離れて久しく、かれの妻は山の上で夫を待ち望んで、ついに石のかたまりになったという。中国各地に今でも望夫山という山が残っている。


十六君遠行、瞿塘灩澦堆。
16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
瞿塘 長江の三峡の一つ。絶壁が両岸にせまり流れのはげしく危険なところ。○灩澦堆 瞿塘峡に横たわる大きな暗礁。亀のような形をしている。


五月不可觸。 猿聲天上哀。

5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
五月不可觸 五月の増水期には水嵩が上がり大岩が隠れてしまい危険で近づけない。


門前遲行跡、一一生綠苔。』
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました


苔深不能掃、落葉秋風早。

その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています


八月胡蝶來。 雙飛西園草。
仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります


感此傷妾心、坐愁紅顏老。 』
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。


早晚下三巴、預將書報家。
いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
三巴 巴郡・巴東・巴西の絃称で、今の四川省の東部にあたる。


相迎不道遠、直至長風沙。 』
お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。
長風沙 安徽省安慶氏の長江沿いの地南京からは350kmくらい上流地点。


○韻 額、劇/來、梅、猜、開、回、灰、台、堆、哀、苔/掃、早、草、老/巴、家、沙。


李白 五言古詩

長干行
妾が髮初めて額を覆ふとき、花を折って門前に劇(たはむ)る』

郎は竹馬に騎って來り、床を遶りて青梅を弄す
同じく長干の里に居り、兩つながら小(おさな)くして嫌猜無し
十四 君が婦(つま)と為り、羞顏 未だ嘗て開かず
頭を低れて暗壁に向ひ、千喚に一も回(めぐ)らさず
十五 始めて眉を展べ、願はくは塵と灰とを同(とも)にせん
常に抱柱の信を存し、豈に望夫臺に上らんや
 十六 君遠く行く、瞿塘 艶澦堆
五月 觸るべからず、猿鳴 天上に哀し
門前 遲行の跡、一一 綠苔を生ず』

苔深くして掃ふ能はず、落葉 秋風早し
八月 蝴蝶來り、雙び飛ぶ西園の草
此に感じて妾が心を傷ましめ、坐(そぞろ)に愁ふ紅顏の老ゆるを。』

早晩三巴を下らん、預(あらかじ)め書を將(も)って家に報ぜよ
相ひ迎ふるに遠きを道(い)はず、直ちに至らん長風沙』




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李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

李白81白紵辭其一


白紵辭其一
揚清歌、發皓齒。
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて「白紵」の舞を踊っている。
長袖拂面為君起、寒云夜卷霜海空。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたは応じてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。

白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。

白紵辞(はくちょじ) 其の一
清歌を揚げ、皓歯を発く。
北方の佳人 東隣の子、且つ白紵を吟じて 緑水を停め
長袖 面を払って 君が為に起つ、寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち。
胡風天を吹いて 塞鴻諷える
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず

現代語訳と訳註
(本文)
揚清歌、發皓齒。
北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
長袖拂面為君起、寒云夜卷霜海空。
胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。

(下し文)
白紵辞(はくちょじ) 其の一
清歌を揚げ、皓歯を発く。
北方の佳人 東隣の子、且つ白紵を吟じて 緑水を停め
長袖 面を払って 君が為に起つ、寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち。
胡風天を吹いて 塞鴻諷える
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず

(現代語訳)
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたはおおじてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。



(訳注)
白紵辞

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。


揚清歌、發皓齒。
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
清歌 澄みきった声で唄う 〇皓齒 まっしろな歯。


北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
北方佳人 漢の俳優、 その妖艶な色香の一瞥で城をも滅ぼすほどの美貌。漢の協律郎<李延年>が妹を武帝劉徹(紀元前157~87年)に薦めて歌った詩の一節、「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾けん。」からこの語にしている。唐代では皇帝好みの美人を差し向け、麗しい色気と回春の媚薬とでとりこにし、やがて中毒死させていくのである。この役割の一端を宦官が担っていた。これを「傾国」という。
 紀頌之の漢詩ブログの別のブログ 特集李商隠 4 曲江で「傾城色」(7月14日)とあらわしている。その後妹が武帝に寵愛され、彼女は李夫人と呼ばれるようになった。李夫人は男子を産んだが早死にした。また、李延年は協律都尉に任命されて二千石の印綬を帯び、武帝と寝起きを共にするほど寵愛された。李夫人の死後、李延年の弟が宮女と姦通し、武帝は李延年や兄弟、宗族を誅殺した。○東鄰子 宋玉の賦の中に出てくる美人。〇綠水 古代の舞曲の名。白紵よりも古い舞。

長袖拂面為君起、寒雲夜卷霜海空。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたは応じてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
○踊る時に流し目をし、顔を覆い隠す所作をしめす。誘うためのしぐさ。○霜海空 悦楽、エクスタシーをしめす。

(この句は今まで意味不明として訳されていない句であった。雲に抱かれる、水の流れ、海の波、霜の白さ、それぞれがセックスを連想させる語で、霜の白き肌、海の竜宮、雲に乗る心地を連想する。愛の詩、恋の詩、芸術表現である。)

胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。
胡風 えびすの風。白絹の似合う、西域の異国の色白な肌。○塞鴻 国境の大雁。国境近くから来た女。○玉顔 玉のように美しい顔。


すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたはおおじてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。



白紵辞82其二
館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。
館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢中白雪且莫吟、子夜吳歌動君心。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
動君心、冀君賞。
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。
 

館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。


館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。
館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
○館娃 かんあ 戦国時代の呉の国の宮殿の名。遺跡は江原省蘇州にある。○沈沈 夜がふけてしずかな様子。


美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
○穀 ちぢみおりで飾る。


郢中白雪且莫吟、子夜吳歌動君心。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。
○郢中白雪 郢は春秋時代の楚の国の都。いまの湖北省江陵県。「白雪」は楚の国の歌曲の名。宋玉の「楚王の問いに対う」という賦の中にこんな話がある。ある旅人が郢に来て歌をうたった。はじめ「下里巴人」(かりはじん)という歌をうたったところ、国中でいっしょについて歌った者が、数千人もいた。つぎに「陽阿薤露」という歌をうたったら、いっしょに歌った者が、数百人いた。さいごに「陽春白雪」の歌をうたったら、国中でいっしょに歌った者が、わずか数十人であったという。低俗な歌の流行していた郢の中では「白雪」のような高尚な歌曲は向かないという故事である。○子夜呉歌 古い歌曲の名。晋の時代、呉の地方(江蘇竺帯)の子夜という少女の作った民謡と伝えられる。李白にも有名な作がある。


動君心、冀君賞。
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
○冀 こいねがう。承諾をとる。


愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。
○天池 天子の御苑の中の池。「荘子」がいう天上の池。○鴛鴦 鴛 おしどり。鴦 おしどりの雌。



館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。



館娃(かんあ)日落ちて 歌吹(かすい)深く、月寒く江清く 夜沈沈。
美人一笑 千の黄金、羅(うすもの)を垂れ 穀を舞わして 哀音を揚ぐ。
郢中(えいちゅう)白雪 且つ吟ずる莫れ、子夜呉歌 君の心を動かす。
君の心を動かして、君の賞を冀う。
願わくは天池の双鴛鴦(そうえんおう)と作り、一朝飛び去らん 青雲の上





83 巴女詞


巴女詞
巴水急如箭、巴船去若飛。
巴水は矢のようにはやくながれる、巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。
十月三千里、郎行幾歳歸。
十月には三千里にも遠くなる。男は、行ったきり、いくつになったら帰るのやら。

巴水は矢のようにはやくながれる、巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。
十月には三千里にも遠くなる。男は、行ったきり、いくつになったら帰るのやら。



○巴 四川省重慶地方のこと。○巴水 重慶地方を流れる長江の流れ。○巴船 重慶地方の船は、急流にのれる船。○郎 芸妓などの女性が男を示す。


 この詩は故郷、四川に残した女性について詠ったものではないと思う。当時の社会は男に、妾を含め、女性がいることは男の甲斐性なのである。したがって、李白はこの種の詩をたくさん作っているが、どの詩も、女性が誰なのか、特定しにくい表現がほとんどである。詩を読んでくれているのは、李白を支えてくれている人たちである。パトロン、スポンサーは多種多様であったであろうと思う。

巴水 急なること箭(や)の如し、巴船 去こと飛が若し。
十月 三千里、郎 行きて幾歳か歸える。


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李白77丁都護歌 李白 五言古詩 78 勞勞亭 五言絶句 李白 79 勞勞亭歌 七言古詩

李白69丁都護歌



丁都護歌
雲陽上征去、兩岸饒商賈。
吳牛喘月時、拖船一何苦。
水濁不可飲、壺漿半成土。
一唱都護歌、心摧淚如雨。
萬人鑿磐石、無由達江滸。
君看石芒碭、掩淚悲千古。


丁都護の歌。
雲陽のまちから、江南の運河をさかのぼってゆくと、
両岸には、商人の店が賑わっている。
呉の地の水牛が月を見てさえ喘ぐという、暑い暑い夏の日盛りに、生身の人間が船を引くとは、何と苦しいこ

とか。
川の水は濁って、飲むことができない、壷に汲んでおいた水も、半ばは泥となって沈んでいる。
ひとたび「丁都護」の歌をうたえば、心臓も張り裂け、雨のように涙がこぼれる。
大勢の人々が駆り出され、大きな石に綱をかけて引いてゆくのに、石は重く、人は疲れ、長江のほとりに達す

るすべもない。
君よ見たまえ、あの大きな重い石を。あまりの痛ましさに顔を掩って泣き、永遠の深い悲しみに沈むのだ。



丁都護歌
『楽府詩集』巻四十五「清商曲辞、呉声歌曲」に、「丁督護歌」として収められる。『宋書』巻十九「楽志=

の「督葦」には、以下のような本事が記される。彰坂内史の徐逵之が殺され、その葬儀を命ぜられた督護(都

護=地方の軍事官)の丁旿に対して、徐逵之の妻(宋の高祖の長女)が呼びかける「丁督護よ」という嘆息の

声が哀切だった。後人は、その声に因ってその曲を整えた。(要旨)。李白のこの詩では、船引き人夫の労働

の苦しみを詠っている。


雲陽上征去、兩岸饒商賈。
雲陽のまちから、江南の運河をさかのぼってゆくと、両岸には、商人の店が賑わっている。
○雲陽-現在の江蘇省丹陽県。鎮江市の南で運河ぞいの町。○上征-上流に向かってゆく。○商賈-商人。本

来は、「商」は行商人、「賈」は店をもつ商人。


吳牛喘月時、拖船一何苦。
呉の地の水牛が月を見てさえ喘ぐという、暑い暑い夏の日盛りに、生身の人間が船を引くとは、何と苦しいこ

とか。
○呉牛喘月-呉の地方の水牛は、きびしい暑さを恐れるあまり、月を見ても太陽と思いこんで喘ぎだす、とい

う伝承。『世説新語』(「言語、第二」の二〇)の「満奮(姓名)風を畏る」の条と、その劉孝標注。


水濁不可飲、壺漿半成土。
川の水は濁って、飲むことができない、壷に汲んでおいた水も、半ばは泥となって沈んでいる。
○壷奬-壺の中の水。奬は酒や水のような液体。

一唱都護歌、心摧淚如雨。
ひとたび「丁都護」の歌をうたえば、心臓も張り裂け、雨のように涙がこぼれる。


萬人鑿磐石、無由達江滸。
大勢の人々が駆り出され、大きな石に綱をかけて引いてゆくのに、石は重く、人は疲れ、長江のほとりに達す

るすべもない。
○盤石-大きな岩石。○江滸-長江のほと。・水辺。


君看石芒碭、掩淚悲千古。
君よ見たまえ、あの大きな重い石を。あまりの痛ましさに顔を掩って泣き、永遠の深い悲しみに沈むのだ。
○芒碭 大きく重いさま。韻母と声調(平声)を共有する畳韻のオノマトベ。○掩涙-涙をおおいかくす、お

さえる。顔を掩って泣く。


○韻 賈、苦、土、雨、滸、古。


丁都護の歌
雲陽より上征し去けは、両岸に商貢餞し
呉牛 月に喘ぐの時、鵬を軒く↓に郁ぞ割しき
水濁りて飲む可からず、壷菜も半ば土と成る
一たび都護の歌を唱えば、心推けて 涙 雨の如し
万人にて盤石を繋ぐも、江瀞に達するに由無し
君看よ 石の空揚たるを、涙を掩いて千古に悲しむ




李白 70 勞勞亭 五言絶句

勞勞亭
天下傷心處,勞勞送客亭。
春風知別苦,不遣柳條靑。



勞勞亭
天下 心を傷ましむるの處,勞勞 客を送るの亭。
春風 別れの苦なるを知り, 柳條をして青からしめず。

勞勞亭 建康(現・南京)郊外南南西6キロメートルの油坊橋畔あたりにあった労労亭のこと。
 

天下傷心處、勞勞送客亭。
(労労亭は、歴史上)国中の心をいたましめる処だ。旅をする人を見送り(迎えてきた)宿である。 
○天下 天の下。この国全部。国家。国中。 ○傷心處 心をいたましめるところ。亡国の恨みのあるところ

。 ○勞勞 いたわる。ねぎらう。疲れを慰める。 ○送客:旅人を見送り(旅人を迎える)。 ○亭 宿場

。宿屋。街道に長亭、短亭が置かれた。ここでは前出、労労亭のこと。


春風知別苦、不遣柳條靑。
春風は、(数多くの)別離の苦しみ(晉が胡に滅ぼされた後、故地中原を後にして江南に渡り流れてきた苦難

など)を記憶している。 (春風は、別れの哀しみがあまりにも深いので、送別の儀礼・折楊柳に必要な)柳

を青くさせないでいる。(折楊柳をさせないで、この地に留まるようにさせている)。
○春風 はるかぜ。 ○知 分かっている。記憶している。 ○別苦 (西)晉が胡に滅ぼされた後、故地中

原を後にして江南に渡り流れてきた苦難をいう。
○遣 (人をつかわして)…に…させる。…をして…しむ。使役表現。 ○柳條 ヤナギの枝。シダレヤナギ

の枝。=柳枝。折楊柳は、漢代より人を送別する際の儀礼でもある。 ○靑 青くなる。動詞としての用法。




李白 71 勞勞亭歌 七言古詩

勞勞亭歌
金陵勞勞送客堂。 蔓草離離生道旁。
古情不盡東流水。 此地悲風愁白楊。
我乘素舸同康樂。 朗詠清川飛夜霜。
昔聞牛渚吟五章。 今來何謝袁家郎。
苦竹寒聲動秋月。 獨宿空簾歸夢長。



労労亭の歌。
金陵の労労亭は、旅人を送る離堂。
蔓草が離離として生い茂り、道はたを埋めつくす。
懐古の情は、東流する長江の水に似て尽きることなく、
ここに吹く悲しい風は、自楊の葉を愁わしげに翻す。
わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らか

に朗詠する。
昔はこの牛渚で、「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。
いまここで詠う我が歌が、衰家の息子、衰宏に及ばぬはずはない。
しかし、それを賞でる謝尚のような人はなく、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけ。ただ

独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるのだ。




労労亭歌
○労労亭-宋本・王本などの題下注に、「江寧県(南京市)の南十五里(約八キロ)に在り。古の送別の所。

一に臨漁観と名づく」とある。○無雑-多義語であるが、ここでは、草の生い茂るさま。


金陵勞勞送客堂。 蔓草離離生道旁。
金陵の労労亭は、旅人を送る離堂。蔓草が離離として生い茂り、道はたを埋めつくす。


古情不盡東流水。 此地悲風愁白楊。
懐古の情は、東流する長江の水に似て尽きることなく、
ここに吹く悲しい風は、自楊の葉を愁わしげに翻す。
○悲風愁白楊-悲しみを誘う風が自楊(ポプラの一種)の樹を愁しませる。「古詩十九首、その十四」に二白

楊に悲風多く、粛々として人を愁殺す」とある。○素痢-飾り立ててない素朴な大船。「画肪」の反意語。


我乘素舸同康樂。 朗詠清川飛夜霜。
わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らか

に朗詠する。
○康楽-六朝宋代の詩人、康楽公に封ぜられた謝霊運。その「東陽(新江省金華)の渓中、贈答、その二」の

詩に、「縁流乗素肘」(流れに縁って素肘に乗る)とある。○清川飛夜霜-清らかな川面の上を夜の霜が流れ

飛ぶ。「霜」は空から降ると考えられていた。これは謝霊運の詩句と考えられているが、現存の作品中には見

られない。


昔聞牛渚吟五章。 今來何謝袁家郎。
昔はこの牛渚で、「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、衰家の息子、衰

宏に及ばぬはずはない。
○牛渚-牛渚磯。現在の安徽省馬鞍山市にある采石磯のこと。「労々亭」の上流約三〇キロであるが、ここで

は同じ地域と意識されている。○吟五章1五章の(詠史の)詩を吟ずる。東晋の衰宏が、若いころ牛渚磯で船人

足をしながら自作の「詠史」の詩を諷詠していたとき、鎮西将軍の謝尚がそのすぐれた興趣を聞きつけて賞賛

し、秋の風月のもとで夜明けまで歓談した、という故事(『世説新語』「文学、第四」の八八、等)を踏まえ

る。蓑宏の「詠史詩」は、現在、二首が残る。○何謝 どうして見劣りがしようか。この「謝」は、「及ばな

い・劣る」の意。○袁家郎 衰家の若者、息子。上記の衰宏(若い時の名は「虎」)をさす。


苦竹寒聲動秋月。 獨宿空簾歸夢長。
しかし、それを賞でる謝尚のような人はなく、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけ。ただ

独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるのだ。
○苦竹-竹の一種。タケノコの味が若いので名づけられた。○空簾十-人のいない部屋の簾。ここでは、歓談

の相手のいない部屋、の意。

○韻 堂・傍・楊・霜・章・郎・長


労労亭の歌
金陵の労労 客を送る堂
蔓草 離離として 道の傍に生ず
古情 尽きず 東流の水
此の地 悲凰 白楊を愁えしむ
我れ素肘に乗じて 康楽と同じくし
朗詠す 清川に夜霜を飛ばすと
昔聞く 牛渚に五章を吟ぜしを
今来って何ぞ謝せん 衰家の即に
苦竹 寒声 秋月に動く
独り空簾に宿して 帰夢長し




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李白74 遠別離 75長門怨二首其一 76長門怨二首其二

李白66 遠別離

李白に「久別離」がある。(7月9日ブログ)
この詩は、舜のふたりの皇后、皇・英を主人公にして、権力の簒奪を憤ったものである。李白の政治性を示すためのもので故事にならってのものを示したものと考える。老荘思想の政治舞台から引き込んでの隠遁ということと道教はこの時代積極的に朝廷への働きかけを行っていた。

遠別離
古有皇英之二女、乃在洞庭之南、瀟湘之浦。
海水直下萬里深、誰人不言此離苦。
日慘慘兮雲冥冥、猩猩啼煙兮鬼嘯雨。
我縱言之將何補。』

皇穹竊恐不照余之忠誠、雷憑憑兮欲吼怒。      
堯舜當之亦禪禹      
君失臣兮龍為魚、權歸臣兮鼠變虎
或云堯幽囚、舜野死。
九疑聯綿皆相似、重瞳孤墳竟何是 』


帝子泣兮綠雲間、隨風波兮去無還。
慟哭兮遠望、見蒼梧之深山。      
蒼梧山崩湘水絶、竹上之涙乃可緘。』

段落は便宜的に韻で区切った。

昔ふたりの皇后がいた、名を皇と英といった。ふたりは洞庭の南の瀟・湘の岸辺に立った。
ふたりが悲しみのために流した涙は、海水の万里の深さまで流れ落ちた、この別れの悲しみはだれが言うことができようか、できはしない。
日は見る間に黒い雲にかき消され、ひいひいと猿は霧の中で啼き叫び、幽鬼が雨の中で雄叫びをあげる。
わたしがたとえ何を言っても何ができようか。』

天の大空をかすみとってもわたしたちの忠誠を照らすことはないのです、雷が轟々となって怒りくるう声を上げるのは、堯・舜にかわって禹が帝位につくからです
君が臣下を失えば竜も小さな魚となり、臣下が権力を握ればネズミもトラに変わります、あるいは堯が幽囚せられたら、舜は野たれ死したという。
九つの偽りの山がそこに並んでいまる、どれも同じようにみえるが、いったいそれらの山のどこに、わたしたちの夫の墓があるというのか』

こうして皇后たちは綠雲の間に泣かれ、涙は風波に隨って飛び散っていった、ふたりが慟哭しながら遠くを眺めると、蒼梧の深山がみえる。
この山が崩れ湖水が絶えるときでないと、ふたりの涙がやむことはないでしょう



雑言古詩 遠別離
古有皇英之二女、乃在洞庭之南、瀟湘之浦。
海水直下萬里深、誰人不言此離苦。
日慘慘兮雲冥冥、猩猩啼煙兮鬼嘯雨。  
我縱言之將何補  』
    

古(いにしへ) 皇と英 二女有り、乃ち洞庭の南に在り、瀟と湘の浦。
海水直(ただち)に下る 萬里の深さ、誰人か此の離れの苦しみを言わせず。
日は慘慘として 雲は冥冥たり、猩猩煙に啼いて 鬼は雨に嘯(うそぶ)く
我に縱(たとい) 之を言う 將って何をか補わん

昔ふたりの皇后がいて、名を皇と英といわれた。ふたりは洞庭の南の瀟・湘の岸辺に立たれた、
ふたりは悲しみのために涙を流され、それが海水のように万里の深さまで流れ落ちていく、それほどふたりの別離の悲しみは深かったのだ、日は黒い雲に覆われ、猿は霧の中で叫び、幽鬼が雨の中で雄叫びをあげる
わたしがたとえ何を言っても何ができようか。』

皇穹竊恐不照余之忠誠、雷憑憑兮欲吼怒。      
堯舜當之亦禪禹      
君失臣兮龍為魚、權歸臣兮鼠變虎
或云堯幽囚、舜野死。
九疑聯綿皆相似、重瞳孤墳竟何是  
    

皇穹 窃に恐る 余への忠誠を 照らさざるを 
雷は憑憑として 吼へ怒らんと欲す 
堯・舜之に當って 亦 禹に禪(ゆずる)
君 臣を失えば 龍 魚に為り、權 臣に帰れば 鼠 虎に變ずる
或は云う 「堯は幽囚せられ、舜は野死す」と
九疑 聯綿として皆 相 似たり
重瞳の孤墳 竟に何れか是なる


天もわたしたちの忠誠を照らすことはないのです、雷が轟々となって怒りの声を上げるのは、堯・舜にかわって禹が帝位につくからです
君が臣下を失えば竜も小さな魚となり、臣下が権力を握ればネズミもトラに変わります、あるものは堯は幽囚せられ、舜は野死したといいます、九つの偽りの山がそこに並んでいますが、どれも同じようにみえます、いったいその山のどこに、わたしたちの夫の墓があるのでしょう


帝子泣兮綠雲間、隨風波兮去無還。
慟哭兮遠望、見蒼梧之深山。      
蒼梧山崩湘水絶、竹上之涙乃可緘。

帝子は泣く 綠雲の間、風波に隨って 去って還ること無し
慟哭して遠く望めば、蒼梧の深山を見る
蒼梧山崩れて 湘水絶えなば、竹上の涙 乃ち緘す可けん

こうして皇后たちは綠雲の間に泣かれ、涙は風波に隨って飛び散っていった、ふたりが慟哭しながら遠くを眺めると、蒼梧の深山がみえます、この山が崩れ湖水が絶えるときでないと、ふたりの涙がやむことはないでしょう


伝説によれば、堯は自分のふたりの娘、皇・英を舜に嫁がせた上で舜に帝位を譲ったが、宰相たちが陰謀をたくらんで舜を失脚させ、禹を帝位につかせた。

 唐朝は玄宗以前、政争続きであったが、玄宗により、唐朝は最盛期を迎えていた。その裏で、李林甫と、宦官らによって、朝廷はゆだねられ始めていた。
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68長門怨二首

其一
天囘北斗挂西樓。 金屋無人螢火流。
月光欲到長門殿。 別作深宮一段愁。

天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかった。黄金造りの家には人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛ぶ。
月の光が長門殿に差し込んで来ようとした時、 更に宮殿にひとしお憂いが増してゆく。


長門怨
○長門怨 古くからある歌謡の題。漢の武帝の陳皇后のために作られたものである。陳皇后は、幼い頃は阿嬌とよぱれ、いとこに当る武帝のお気にいりであ。たが、帝の寵愛が衛子夫(のちに皇后)に移ると、ひどいヤキモ
チをやいたので、ついに長門宮に幽閉された。長門宮は、長安の東南の郊外にある離宮である。悶悶と苦しんだ彼女は、当時の文豪、司馬相如にたのみ、黄金百斤を与えて、帝の気持をこちらへ向けなおすような長い韻文を作ってもらった。これが「長門の賦」である。後世の人は、その話にもとづき「長門怨」という歌をつくった。


天囘北斗挂西樓。 金屋無人螢火流。
天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかった。黄金造りの家には人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛ぶ。
○北斗 北斗七屋。○西楼 長安の宮中の西楼。
○金屋 金づくりの家。武帝は少年の日、いとこの阿嬌が気に入って言った。「もし阿嬌をお嫁さんにもらえたら、黄金づくりの家(金屋)に入れてあげる

月光欲到長門殿。 別作深宮一段愁。
月の光が長門殿に差し込んで来ようとした時、 更に宮殿にひとしお憂いが増してゆく。

長門殿にはやきもちの憂いが漂っている、後宮において皇帝の寵愛を受けている時分、怨が最高潮に達する。


天は北斗を囘らして西樓に挂かる。 金屋 人 無く 螢火 流れる。
月光 到らんと欲す 長門殿。 別に作す 深宮一段の愁。

69
其二
桂殿長愁不記春。 黃金四屋起秋塵。
夜懸明鏡青天上。 獨照長門宮里人。
 
柱の香木の御殿にすみながら、あまり長く愁にとじこめられて、幸福だった春の日の記憶もなくなった。
黄金を張りつけた四方の壁も、衰えゆく季節とともに、塵を立てるだけだ。
 夜が明るい鏡を青天の上にかけてくれても、長門宮の中にすむ人を、ただひとり、さびしく照らすだけ である。



桂殿長愁不記春。 黃金四屋起秋塵。
柱の香木の御殿にすみながら、あまり長く愁にとじこめられて、幸福だった春の日の記憶もなくなった。
黄金を張りつけた四方の壁も、衰えゆく季節とともに、塵を立てるだけだ。
○桂殿 香のよい桂の木でつくった宮殿。○記 心にとめる。記憶する。○起秋塵 六朝の鮑照の詩に「高墉宿寒霧、平野起秋塵」とある。(高い城壁につめたい霧が立ちこめ、平野に秋の塵がおこる) 


夜懸明鏡青天上。 獨照長門宮里人。
 夜が明るい鏡を青天の上にかけてくれても、長門宮の中にすむ人を、ただひとり、さびしく照らすだけ である。
○夜懸明鏡 司馬相如の「長門の賦」に「懸明月以自照兮、徂清夜於洞房」とある。(明月を空にかけて自分を照らし、清らかな夜を奥深い部屋でくらす)○長門宮裏人 陳皇后。

桂殿 長く愁て 春を記せず。 黃金四屋 秋塵起る。
夜 明鏡を懸け青天の上。 獨照らす長門宮里の人。





李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人

 
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李白の清渓、現在の安徽省池州、下の地図(c4)のあたりの景勝の地を詠ったものを取り上げた。黄山を挟んで北のほうが貴池(池州)であり、南が秋浦である。

李白70清溪半夜聞笛 五言絶句

清溪半夜聞笛
清溪せいけいの夜ふけに笛を聞く
羌笛梅花引、吳溪隴水情。
きょうの笛で聞く「梅花の引うた」、江南の吳溪ごけいが隴西ろうせいの清らかな隴水ろうすいのようで情に通う。
寒山秋浦月、腸斷玉關聲。

寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。

清溪の夜ふけに笛を聞く
羌の笛で聞く「梅花の引(うた)」、江南の吳溪が隴西の清らかな隴水のようで情に通う。
寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。


○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。

○羌笛 羌(チベット族)の吹く笛の音。 ○梅花引 引は楽曲の意。梅花のうた。 ○吳溪 呉の地方の渓谷。秋浦と清渓、全体を示す。  ○隴水 甘粛省隴山から長安方面に流れる渭水に合流する川の名。チベット;吐蕃との国境をながれる。○腸斷 腹の底からの感情を示す。悲哀の具象的表現。「楽府特集」二十五巻≪横笛曲辞≫「隴頭の流水、鳴声幽咽す。はるかに秦川(長安)を望み、心肝断絶す。」李白「秋浦歌其二」 ○玉關聲 玉門関に出征している夫の悲痛なる気持ち。唐代の玉門関は漢代のそれより、約100km西方へ移動している。

○韻 情、聲(しょう)

清溪 半夜に笛を聞く
羌笛 梅花の引、吳溪 隴水の情。
寒山 秋浦の月、腸斷つ玉關の聲。


李白の足跡5李白の詩は-4 あたりのもの

五言古詩
李白71秋浦歌十七首 其二
 
秋浦歌十七首 其二
秋浦猿夜愁、黄山堪白頭。
秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓非朧水、翻作断腸流。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
欲去不得去、薄遊成久遊。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
何年是帰日、雨泪下孤舟。

いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる

秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる


秋浦の歌 十七首其の二
秋浦  猿は夜愁(うれ)う、黄山  白頭(はくとう)に堪えたり。
青渓(せいけい)は朧水(ろうすい)に非(あら)ざるに、翻(かえ)って断腸(だんちょう)の流れを作(な)す。
去らんと欲(ほっ)して去るを得ず、薄遊(はくゆう)  久遊(きゅうゆう)と成る。
何(いず)れの年か  是(こ)れ帰る日ぞ、泪を雨(ふ)らせて孤舟(こしゅう)に下る。
 


五言古詩
李白72清溪行

清溪行 
清溪清我心。 水色異諸水。
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない
借問新安江。 見底何如此。
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人行明鏡中。 鳥度屏風里。
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
向晚猩猩啼。 空悲遠游子。
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

李白の五言古詩「清溪の行(うた)」
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない、
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

清溪は安徽省秋浦の近くを水源とする川の名、水が澄んでいることで有名だったらしい

○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。○「行」は詩歌の一体。○借問 少し尋ねたい。  ○新安江 浙江省の大河浙江の上流部分あたりの呼称。中流は富春江、下流は銭塘江で、六朝以来の自然叙景の詩跡(歌枕)となっている。 ○明鏡 明るい鏡。水面の清澄をいう。 ○猩猩啼 大型の猿の鳴き声。旅人の悲哀を増すものとして詩歌につかわれた。 ○遠游子 故郷から遠く離れた旅人。

○韻 水、此、裏、子。

清溪 我が心を清くす、水色 諸水に異なる。 
借問す 新安江、底を見ること 此と何如。
人は行く明鏡の中、鳥は度る屏風の里(うち)。
晩に向(なんなん)として猩猩啼き、空しく遠游子を悲しましむ





五言古詩
李白73 宿清溪主人


宿清溪主人
清溪の主人の家に宿泊した
夜至清渓宿、主人碧厳裏。
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
簷楹挂星斗、枕席響風水。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
月落西山時、啾啾夜猿起。

しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

清溪の主人の家に宿泊した
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

○清渓  安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。  ○碧厳 木々が生い茂っている岩山。そこにある岩に緑の苔がいっぱいに生えている。碧は李白の愛用字。

○簷楹 えんえい、軒天の端。軒梁。 ○挂 掛かる。 ○星斗 北斗七星。星のきらめき。 ○枕席 ちんせき、枕と敷物。ねどこ。○時 ・・するとき~が起きる につながる。  ○啾啾 野猿の鳴き声。 ○夜猿 旅人の悲哀を呼び起こす夜の猿。

○韻 裏、水、起。

清溪の主人に宿す
夜 清渓に至って宿す、主人碧厳の裏。
簷楹には星斗が挂かり、枕席には風水が響く。
月 西山に落つる時、啾啾として夜猿 起る。





李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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 李白の漢詩特集 連載中
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幽憤詩 嵆康 訳注篇



 阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩 から

「幽憤詩」
嗟余薄祜,少遭不造  哀焭靡識,越在繦緥

母兄鞠育,有慈無威  侍愛肆姐,不胴不師

爰及冠帯,馮寵自放  抗心希古,任其所尚

託好老荘,賤物貴身  志在守撲,養素全眞
曰余不敏,好善闇人  子玉之敗,屢増惟塵

大人含弘,蔵垢懐恥  民之多僻,政不由己
惟此褊心,顕明臧否  感悟思愆,怛若創痏

欲寡其過,謗議沸騰  性不傷物,頻致怨憎
昔慙柳恵,今愧孫登  内負宿心,外恧良朋

仰慕厳鄭,楽道閑居  与世無営,神気晏如
咨予不淑,嬰累多虞  匪降自天,寔由頑疎
 
理弊患結,卒結囹圄  對答鄙訊,縶此幽阻
實恥訟冤,時不我與  雖曰義直,神辱志沮
澡身滄浪,豈云能補  

邕邕鳴鳫,奮翼北遊  順時而動,得意忘憂
嗟我憤歎,曾莫能儔  事與願違,遘茲淹留
窮達有命,亦又何求  古人有言,善莫近名  
奉時恭默,咎悔不生  萬石周愼,安親保榮
世務紛紜,祗攪予情  安衆必誡,乃終判貞

煌煌靈芝,一年三秀  予獨何為,有志不就
懲難思復,心焉内疚  庶勗将来,無馨無臭
采薇山阿,散髪厳岫  永嘯長吟,頤性養壽


*区切りは韻によって便宜上わけた。

嗟余薄祜,少遭不造  哀焭靡識,越在繦緥
ああ、私は倖(しあわ)せうすく 幼い時に父を失い 憂い悲しむことを知らず 褓繦(むつき)の中にくるまっていた 

母兄鞠育,有慈無威  侍愛肆姐,不胴不師
母と兄とに養い育てられ 慈(いつく)しまれるも厳しさを知らず 愛に甘えて傲(おご)り高ぶり 訓(さと)されず師にもつかなかった

爰及冠帯,馮寵自放  抗心希古,任其所尚
成人して出仕するに及んでも 恩寵を頼んで恣(ほしいまま)に振舞い 心を高ぶらせて元古の世を慕い よしと思う道をひたすらに追い求めた 

託好老荘,賤物貴身  志在守撲,養素全眞
老荘の教えをこよなく愛し 外物をいやしんでおのれ一身を尊び 自然のまま飾(かざ)らぬ を志し 本質をつちかい真実を貫こうとした

曰余不敏,好善闇人  子玉之敗,屢増惟塵
だが私は愚かであったため 善意ばかりで世事に疎く 子文(しぶん)が子玉(しぎょく)の失敗を責められたように 窮地に陥ったこともしばしばであった 
○子玉 子文は楚の宰相で、子玉を信頼して大任を委譲したが、子玉がその器でなかったため失敗した.楚の蔿賈(いこ)は子玉の人間を見抜き失敗を予言して、子文を責めた。

大人含弘,蔵垢懐恥  民之多僻,政不由己
大人物は度量が広く 清濁をあわせのむものだが 悪事を働く人民が多い時に 責任のない地位にありながら 


惟此褊心,顕明臧否  感悟思愆,怛若創痏
狭い心を持ったばかりに さしでがましくも事の善悪を弁別した それを過失(あやまち)と悟った時には 打身のように胸は疼(うず)き 

欲寡其過,謗議沸騰  性不傷物,頻致怨憎
過失(あやまち)を犯すまいと努めても 非難の声はすでに沸きあがる 人を傷つけようとは思わなかったのに しきりに怨みと憎しみを招いてしまった 

昔慙柳恵,今愧孫登  内負宿心,外恧良朋
昔の人では柳下恵(りゅうかけい)に面目なく 今の人では孫登(そんとう)に会わす顔なく 内にかえりみてはかねての志に背(そむ)き 外に対しては良友に恥ずかしく思う
○柳恵 柳下恵は春秋魯の賢人、3度仕えて3度退けられても怨みに思うことなく、直道を貫いた。○孫登 孫登は嵆康と同時代の隠者。中山の北に居り、嵆康も修業を志して共にいたが、嵆康にはものも言わず、嵆康が去るに際して「子(きみ)は才多く、識寡(すくな)し、今の世に免れること難たし」と言った。

仰慕厳鄭,楽道閑居  与世無営,神気晏如
 かくして厳君平(げんくんぺい)や鄭子真(ていししん)のように 道を楽しみひっそりと暮らし 世間との交際(まじわり)を絶ち 精神を安らかに保とうと考えた
○厳鄭 厳君平も鄭子真もともに漢代の隠者。出仕せず、身を修め性(さが)を保った。厳君平が成都で売卜し、必要な収入をあげると店をたたんで、『老子』を説いたという。


咨予不淑,嬰累多虞  匪降自天,寔由頑疎
ああ私がいたらぬばかりに 煩(わずら)わしい ことに巻きこまれ心配が絶えぬ それは天のなせる業ではなく 実にかたくなで疎漏(そろう)な性格(さが)による 

理弊患結,卒結囹圄  對答鄙訊,縶此幽阻
道理は崩れ災禍(わざわい)は動かぬものとなって ついに囚獄(ひとや)につながれる身となり いやしい獄吏の訊問に答えつつ 奥深く隔てられ捕らわれている 

實恥訟冤,時不我與  雖曰義直,神辱志沮  澡身滄浪,豈云能補
訴えが理由(わけ)なくとも恥ずかしいことだが 時勢は私にみかたせぬようだ 真実はこちらにあるとはいえ 魂は屈辱にまみれ 志は挫(くじ)け 蹌踉(そうろう)の水に身を清めても もはや汚濁(おじょく)はぬぐいきれぬ


邕邕鳴鳫,奮翼北遊  順時而動,得意忘憂
雁はなごやかに鳴きかわし 大きく羽ばたいて北に飛び 季節に従って移り行き 満ち足りて思いわずらうこともない

嗟我憤歎,曾莫能儔  事與願違,遘茲淹留
 ああ私は嘆きまた憤(いきどお)る まったく雁とはくらべられぬ 事態は願望とくい違い 囚人としてここに留めおかれている 

窮達有命,亦又何求  古人有言,善莫近名
人生が天命に左右されるものであれば 何を求めようと詮無いことだ 古人も言ったではないか 「善行はつむとも名声をえてはならぬ」と 

奉時恭默,咎悔不生  萬石周愼,安親保榮
時の流れに従いつつましく生きれば 後悔などしなくともすむ 万石君(ばんせきくん)父子は慎み深かったゆえ 親は安らかで繁栄を保ったのだ 
○萬石 万石君は漢の石奮(せきふん:生年未詳~BC124年)のこと。石奮及びその子四人はともに二千石の大官となったので、景帝は「万石君父子」と呼んだという。ともに極めて謹直であって一門は栄えた。儒教の教え。

世務紛紜,祗攪予情  安衆必誡,乃終判貞
世の中はごたごたと用務が多く わが心をひたすらに乱すが 安楽であっても警戒を怠らなければ 順調にまた正しく生き抜けよう


煌煌靈芝,一年三秀  予獨何為,有志不就
光り輝く霊芝(れいし)は 一年に三度花開く この私だけが何ゆえに 志を抱くも遂げられぬか 

懲難思復,心焉内疚  庶勗将来,無馨無臭
災禍(わざわい)に懲り本来に戻ろうと思うが 戻れないもどかしさに恐れ心ひそかに憂慮する 願わくは望みを将来に託し 名誉もなく非難もなく 
○内疚 心の病。やろうとおもうができない○庶勗 勗:勖 務める。努力する

采薇山阿,散髪厳岫  永嘯長吟,頤性養壽
薇(のえんどう)を山かげに摘み ざんばら髪のまま岩山に隠れ 口笛を長く吹き詩を長閑(のどか)に吟じ 天性を養い寿命を永く保ちたいものだ

 阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩

 李白60宣州謝朓樓餞別校書叔雲で「蓬萊の文章 建安の骨、中間の小謝 又 清發。」と李白の時代と建安の武骨者の時代その中間に小謝、謝朓の存在影響を述べている。中間にあたる小謝、大謝については7月7日のブログで謝朓6首、謝霊運1首を挙げた。

 建安の武骨者は、竹林の七賢であるが、この7人は一緒に清談をしたのではないことは周知のことと思う。建安の思想的背景は道教にあると考えている。道教と老荘思想と関係ないという学説もあるが、儒教国学から嫌気を老荘思想に映っていく時代背景に戦国時代があり、道教に老荘思想が取り込まれ、また変化している。一般に老荘思想はものの生滅について「生死は表層的変化の一つに過ぎない」と言う立場を取るとされが、不老長寿の仙人が道教において理想とされることは、老荘思想と矛盾しているように見える。しかし、道教の思想において両者は矛盾するものではない。
 老荘思想の「道」は道教にも、仏教にも取り込まれて行ったのである。思想は時代によって進化し、衰退するものである。


 李白が影響受けたのは自由奔放だった阮籍と反骨の嵆康である。
戦国の世、交代が進む世にあっては、いつ何時政争に巻き込まれ、諫言、策略、陥れあらゆることが身を危険にする時代である。阮籍は「仙人」「佯狂」を装うことによって危険から距離を置いた。李白は影響受けたであろう。

詠懐詩  阮籍

夜中不能寐、起坐弾鳴琴。
薄帷鑒明月、清風吹我襟。
孤鴻號外野、朔鳥鳴北林。
徘徊将何見、憂思独傷心。

深夜を迎えたというのに眠ることができない、床より出て座して琴を弾く、帳には名月が影を落とし、涼しい風が我が襟を吹く
孤鴻は外野に叫び、朔鳥は北林に鳴く、その声に誘われてあたりをうろうろと歩き回っては、悲しい思いにふけるのだ

夜中 寐(い)ぬる能はず、起坐して鳴琴を弾ず
薄帷に明月鑒(て)り、清風 我が襟を吹く
孤鴻 外野に號(さけ)び、朔鳥 北林に鳴く
徘徊して 将に何をか見る、憂思して独り心を傷ましむ

 
酒を飲む場所が、酒場でなく野酒、竹林なのは老荘思想の「山林に世塵を避ける」ということの実践である。お酒を飲みながら、老子、荘子、または王弼の「周易注」などを教科書にして、活発な論議(清談、玄談)をしていた。談義のカムフラージュのためである。
この思想は、子供にからかわれても酒を飲むほうがよい。峴山の「涙堕碑」か、山公かとの選択(李白襄陽曲四首)につながっていく。

また仙人思想につながっていくのは、
【晋書・巻四十九・阮籍伝】
「籍又能為青白眼、見禮俗之士、以白眼對之。」
〈籍、又 能(よ)く青白眼を為(な)し、禮俗(れいぞく)の士に見(まみ)ゆるに、白眼を以て之(これ)に對(たい)す。〉

阮籍は、青(黒)目と白目を使い分ける事ができ、礼儀作法にとらわれている俗人と会う時には、白目をむいて向かい合った。(儒教は国に盲従する思想である。老荘思想を正面切っては語れない時代であった)白眼とは人を正面からまともに見ない、視線をそらす、ということが実際にはしたらしい。
まともに目をあわせると、黒目がしっかりと見える。これが青眼で、顔はむけけてても視線をそらせると、相手に自分の白目を多くみせることになる。これが白眼である。視線をそらすとか相手の目をちゃんとみないというのは、不誠実のあらわれであることは今でもいわれることだ。
つまり、阮籍は世俗人には実に自由奔放に、気の無い冷たい態度で接するということで自分の意思を示したのである。

 仙人思想は、隠遁を意味するわけであるが、宗教につてすべての宗教上のすべてのこと、すべての行事等も、皇帝の許可が必要であった。一揆、叛乱の防止のためであるが、逆に、宗教は国家運営に協力方向に舵を切っていったのである。その結果道教は、不老長寿の丸薬、回春薬を皇帝に提供し、国教にまで発展したのである。老荘思想の道教への取り込みにより道教内で老境思想は矛盾しないものであった。

 李白は直接的には反骨精神を示してはいないが、心情的には、容認していた。建安文学の中での嵆康についてみていこう。


幽憤詩 嵆康

 嵆康(けいこう、224~262)は、三国時代の魏の文人。竹林の七賢の一人で、曹操(155~220年)の曽孫の長楽亭を妻とし、魏の宗室の姻戚として中散大夫に任じられたので、嵆中散とも呼ばれる。子に嵆紹(253~304年)がいる。非凡な才能と風采をもち、日頃からみだりに人と交際しようとせず、山中を渉猟して仙薬を求めたり鍛鉄をしたりするなどの行動を通して老荘思想に没頭した。友人の山濤(205~283年)が自分の後任に嵆康を吏部郎に推薦した時には「与山巨源絶交書」(『文選』所収)を書いて、それまで通りの生活を送った。この絶交書は自らの生き方を表明するために書かれたものである

当時の陰惨な状況では奔放な言動は死の危険があり、事実、嵆康は讒言により死刑に処せられている。彼らの俗世から超越した言動は、悪意と偽善に満ちた社会に対す憤りと、その意図の目くらましであり、当時の知識人の精一杯で命がけの批判表明とされる。

呂安の異母兄呂巽(りょせん)が呂安の妻と密通し、発覚を恐れてかえって呂安を不孝の罪で告発した。嵆康は友人のために弁護したが、当時の権臣鍾会(しょうかい、225~264年)の怨みを買われていたで、彼自身も有罪となり死刑に処されることになった。「幽憤詩」は呂安の事件で入獄中に作ったという。四言の長編に悶々の情と共に彼の精神史を書き綴っている。

「幽憤詩」
嗟余薄祜,少遭不造  哀焭靡識,越在繦緥

母兄鞠育,有慈無威  侍愛肆姐,不胴不師

爰及冠帯,馮寵自放  抗心希古,任其所尚

託好老荘,賤物貴身  志在守撲,養素全眞
曰余不敏,好善闇人  子玉之敗,屢増惟塵

大人含弘,蔵垢懐恥  民之多僻,政不由己
惟此褊心,顕明臧否  感悟思愆,怛若創痏

欲寡其過,謗議沸騰  性不傷物,頻致怨憎
昔慙柳恵,今愧孫登  内負宿心,外恧良朋

仰慕厳鄭,楽道閑居  与世無営,神気晏如
咨予不淑,嬰累多虞  匪降自天,寔由頑疎
 
理弊患結,卒結囹圄  對答鄙訊,縶此幽阻
實恥訟冤,時不我與  雖曰義直,神辱志沮
澡身滄浪,豈云能補  

邕邕鳴鳫,奮翼北遊  順時而動,得意忘憂
嗟我憤歎,曾莫能儔  事與願違,遘茲淹留
窮達有命,亦又何求  古人有言,善莫近名  
奉時恭默,咎悔不生  萬石周愼,安親保榮
世務紛紜,祗攪予情  安衆必誡,乃終判貞

煌煌靈芝,一年三秀  予獨何為,有志不就
懲難思復,心焉内疚  庶勗将来,無馨無臭
采薇山阿,散髪厳岫  永嘯長吟,頤性養壽



*区切りは韻によって便宜上わけた。

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李白67宣州謝朓樓餞別校書叔雲 李白68秋登宣城謝眺北楼 李白69久別離 李白70估客行

李白は5つのとらえ方で詩をとらえていかないといけない。その中でかなり多いのが、故事を新しくしてよみがえらせることに大きな役割を示している。
李白は第一に、叙事性を発展させた。李白の楽府を前代のものにくらべると「おはなし」的要素がふえている。第二に、シーン造型が巧みであり、豊富である。六朝の類型的な表現をやぶって、情景を印象ぶかく描き出し、その上に、可能なかぎりの連想をはたらかせている。第三に空想力がたくましい。無限の可能性をもつ世界へのあこがれは、ひろい民衆の層の共感をかちえた。第四に快楽を謳歌した。従来の詩人がおおむね感情の沈潜に向うのに反して、李白は活動的であり、びとびとのよろこびやすい詩をつくった
 第五に、これらの四つの事項は李白天才性を表している。そして思想的背景に道教にあり、すべてに関連しているのだ。。


李白67宣州謝朓樓餞別校書叔雲


宣州謝朓樓餞別校書叔雲
棄我去者昨日之日不可留、亂我心者今日之日多煩憂。
長風萬里送秋雁。對此可以酣高樓。
蓬萊文章建安骨。中間小謝又清發。
俱懷逸興壯思飛。欲上青天覽明月。
抽刀斷水水更流。舉杯消愁愁更愁。
人生在世不稱意。明朝散髪弄扁舟。


わたしを棄てて去っていく者、昨日という日に戻すことはできない。わたしの心をかき乱だす今日という日、いやな憂多い日にしてしまった。
ひゅうと長い風が萬里はるばる秋の雁を送ってきた、此の風を前にして高樓で酒盛りをしようではないか。
漢の時代の「蓬萊の文章」 建安の時代の気骨の者たち、その時から今のちょうど中間の時代の「小謝」(謝眺)は清々しく溌剌している。

彼らは皆、ずば抜けた高まった気持ちを抱きながら、元気盛んな思いを飛ばした。青空に上って明月を手に取ってみたいと思う。
刀を抜いて水を断ち切ってみても水はそのまま流れてゆく。杯を挙げて愁いを消そうとしても愁いは愁いを重ねていく。
人生というものは、この世間では思うようにならない。 明朝、髪をみだして勤めをやめ、小舟で湖上をさまよいたい

宣州の謝朓樓にて校書叔雲に餞別す
我を棄てて去る者は昨日の日にして留まる可からず、我が心を乱れる者は今日の日にして煩憂多し。
長風萬里 秋雁を送る、此に対して以って高樓に酣なるべし。
蓬萊の文章 建安の骨、中間の小謝 又 清發。
俱に逸興を懷いて 壯思 飛ぶ、青天に上りして 明月を覽と欲す。
刀を抽いて水を斷てば、水更に流れ、杯を挙げて愁を消せば、愁 更に愁。
人生 世に在りて 意に稱(かな)わざれば、明朝 髪を散じて、扁舟を弄せん。


宣州謝朓樓餞別校書叔雲
○宣州 安徽省宣城県。長江の南にある。 ○謝朓樓 六朝の南斉の詩人、謝朓が宣城の長官であった時、建てられた。北楼、謝公楼と呼ばれた。後世、畳嶂楼に改名された。 ○餞別 別れ、見送ること。 ○校書叔雲 校書は役職名。叔雲という人物。


棄我去者昨日之日不可留、亂我心者今日之日多煩憂。
わたしを棄てて去っていく者、昨日という日に戻すことはできない。わたしの心をかき乱だす今日という日、いやな憂多い日にしてしまった。
○煩憂 いろいろある心配事。

長風萬里送秋雁。對此可以酣高樓。
ひゅうと長い風が萬里はるばる秋の雁を送ってきた、此の風を前にして高樓で酒盛りをしようではないか。
○酣 たけなわ。


蓬萊文章建安骨。中間小謝又清發。
漢の時代の「蓬萊の文章」 建安の時代の気骨の者たち、その時から今のちょうど中間の時代の「小謝」(謝眺)は清々しく溌剌している。
○蓬萊 漢の時代の宮中のたくさんの書を収める書庫を東観という。仙人の書籍についてはすべて蓬莱山にあるという伝説になぞらえて東観を蓬莱と呼んだ。このことから『蓬莱の文章』というのは漢時代の文学のことを言う。  ○建安 2世紀末から3世紀にかけて三曹七賢とたくさんの詩人が出た。竹林の七賢といわれたが李白は竹渓の六逸と称して文人と交友した。  ○小謝 謝朓のこと。謝霊運を「大謝」という。  ○清發 すっきりして気が利いていること。


俱懷逸興壯思飛。欲上青天覽日月。
彼らは皆、ずば抜けた高まった気持ちを抱きながら、元気盛んな思いを飛ばした。青空に上って明月を手に取ってみたいと思う。
○逸興 ずば抜けた気分のたかまり。 ○壯思 元気盛んなおもい。 ○覽 手にとって見る。

抽刀斷水水更流。舉杯消愁愁更愁。
刀を抜いて水を断ち切ってみても水はそのまま流れてゆく。杯を挙げて愁いを消そうとしても愁いは愁いを重ねていく。


人生在世不稱意。明朝散發弄扁舟。
人生というものは、この世間では思うようにならない。 明朝、髪をみだして勤めをやめ、小舟で湖上をさまよいたい。
○散發 役人の象徴の頭にかぶる冠を捨てて、自由なザンバラ髪になること。   ○扁舟 小舟。




李白68秋登宣城謝眺北楼


秋登宣城謝眺北楼
江城如畫裏、山曉望晴空。
兩水夾明鏡、雙橋落彩虹。
雙橋落彩虹、人烟寒橘柚。
人烟寒橘柚、秋色老梧桐。
誰念北樓上、臨風懷謝公。


長江に臨む宣城の街は、さながら絵の中の風景。山に日が傾くころ晴れわたった空を眺める。
街を流れる両の川は 夕日に映えてあかるい鏡のようで双つの橋を彩やかな虹の輝きを落おとす
人いえの煙は立ち上る ミカンの実は寒そうだ。秋の気配に青色の桐は枯れている。
いま、誰たれが北楼の上で佇んでいる、秋風に吹かれているここでありし日の謝公を懐う気持ちはたれが分かってくれるのか

秋登宣城謝朓北樓
(秋あき、宣城せんじょうの謝朓しゃちょう北楼ほくろうに登のぼる) 
◦五言律詩。空・虹・桐・公(平声東韻)。
『宋蜀刻本唐人集叢刊 李太白文集』(上海古籍出版社)には、題下に「宣城」との注あり。
 
江城如畫裏、山曉望晴空
長江に臨む宣城の街は、さながら絵の中の風景。山に日が傾くころ晴れわたった空を眺める。
◦曉 … 『瀛奎律髓刊誤』(掃葉山房)では「色」に作り、「曉」との傍注あり。『靜嘉堂文庫蔵宋刊本 李太白文集』(平岡武夫編『李白の作品』、京都大学人文科学研究所)、『宋蜀刻本唐人集叢刊 李太白文集』(上海古籍出版社)、『分類補註李太白詩』(『四部叢刊 初篇集部』所収)、『(分類補註)李太白詩』(『和刻本漢詩集成 唐詩2』所収)、『李翰林集』(江蘇廣陵古籍刻印社)、王琦編注『李太白全集』(中国書店)では「晩」に作る。
 
兩水夾明鏡、雙橋落彩虹。
街を流れる両の川は 夕日に映えてあかるい鏡のようで双つの橋を彩やかな虹の輝きを落おとす

人烟寒橘柚、秋色老梧桐。
人いえの煙は立ち上る ミカンの実は寒そうだ。秋の気配に青色の桐は枯れている。
◦寒  『宋蜀刻本唐人集叢刊 李太白文集』(上海古籍出版社)、王琦編注『李太白全集』(中国書店)には「一作空」との注あり。
 
誰念北樓上、臨風懷謝公。
いま、誰たれが北楼の上で佇んでいる、秋風に吹かれているここでありし日の謝公を懐う気持ちはたれが分かってくれるのか
◦懷 … 『瀛奎律髓刊誤』(掃葉山房)では「憶」に作る。

江城こうじょう 画裏がりのごとく、山やま暁あけて 晴空(せいくう)を望のぞむ。
両水りょうすい 明鏡めいきょうを夾はさみ、双橋そうきょう 彩虹さいこうを落おとす
人烟じんえん 橘柚きつゆう寒さむく、秋色しゅうしょく 梧桐ごとう老おゆ。
誰たれか念おもわん北楼ほくろうの上うえ 、
風かぜに臨のぞんで謝公しゃこうを懐おもわんとは


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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謝朓①玉階怨 ②王孫遊 金谷聚 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 謝靈運:東陽谿中贈答 班婕妤と蘇小小 

 李白が女性について詠ったのは、一時期にかぎられたものではない。女性にたいすることに関してはある意味一貫しているのではないか。
 李白に大きな変化を及ぼしたのは言うまでもなく長安を放遂されたこと、この時期をおいてほかにない。足かけ3年の宮廷時期の詩を挟むように前後の作品には違いがある。そしてその前半を前後に二分するという李白のエポックメーキングは周知のことではある。
 漢文委員会の目的は、李白の詩を時系列にし、李白を描析することにない。漢詩を数多く紹介することが第一義なのである。杜甫の詩は、すべての詩を時系列に並べ、それぞれが関連しあっているので、一詩をピックアップして紹介していくことはできない。李白も前提のように、同じことが言える部分があるのかもしれないが、李白自身はそれを望んでいない。李白の思想である。李白は後年わざわざ整理して、時期をわからなくしたとしか思えないのである。

 李白は、朝廷に上がり、絶頂を体感する。それまでの「就職大作戦」が見事に成功したのである。道教も、交友も、隠遁も、女性についても、「大作戦」の一貫と考えたら謎も解けるのではないか。絶頂期から過去を振り返るとすべての偶然が、必然であったように感じられたはずである。有頂天になるのも仕方あるまい。しかし、詩文については、この期のものははっきりとした時期が判明する。もしということはないが、仮に李白が朝廷から放免がなかったら、李白の生涯のなぞの部分はほとんどなくなっていたはずである。


 李白は、詩人でいつづけたいというのは一貫していた。それは、政治とおなじ、最も有能な人材がすべきものである。李白は自覚していた。思いもしなかった放免、絶頂から、奈落のそこへ落とされた。「行路難」でもがき、悩み、苦しみを吐露したが、詩人としての矜持は忘れていない。
 「詩」が大切な仕事であるという考えは、中国の詩人が一般にもっている傾向ではあるが、李白はとくに自覚がつよかった。その後も詩を作り続けたのである。


 李白の初期の作品に柔らかさを加えたのは謝朓らの影響が強い。これまで見てきた詩のうち柔らかい詩は普通に見れば模倣とみられるほどの影響を受けている。少し李白と道教から遠ざかるように感じられるかもしれないが触れないわけにいかない。


 謝朓①玉階怨、李白にも同名の詩がある(このブログ李白39)ことは、示しているが次にあげるは250年前後昔の南斉の詩人謝朓(464~499)である。謝公亭を建設した人物。
          
謝朓①玉階怨
夕殿下珠簾,流螢飛復息。
長夜縫羅衣,思君此何極。


大理石のきざはしで区切られた中にいての満たされぬ思い。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。


玉階怨
楽府相和歌辞・楚調曲。『古詩源』巻十二にも録されている。


夕殿下珠簾、流螢飛復息。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
・夕殿:夕方の宮殿で。 ・下:おろす。 ・珠簾:玉で作ったスダレ。 ・流螢:飛び交うホタル。 ・飛復息:飛んでは、また、とまる。飛んだりとまったりすることの繰り返しをいう。・息 とまる。文の終わりについて、語調を整える助詞。


長夜縫羅衣、思君此何極。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。 
・長夜:夜もすがら。普通、秋の夜長や冬の長い夜をいうが、一人待つ夜は長い。ホタルのように私もあなたのもとに飛べればいいのにそれはできない。せめてあなたにまとってもらいたい肌着を作っている。 ・縫:ぬう。 ・羅衣:うすぎぬのころも。肌着。・思君:貴男を思い焦がれる。 ・此:ここ。これ。 ・何極:終わる時があろうか。


玉階怨(玉のきざはしにさえぎられた思い)
夕殿 珠簾を下し,流螢 飛び 復(また) 息(とま)る。
長夜 羅衣を 縫ひ,君を思うこと 此に なんぞ 極(きわ)まらん。


李白の『玉階怨』
「玉階生白露、 夜久侵羅襪。却下水晶簾、 玲瓏望秋月。」
(白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、 夜は更けて羅(うすぎぬ)の襪(くつした)につめたさが侵みてくる。露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。)


 詩名は同じだし、雰囲気も同じにしている、しかし、圧倒的に違うのは、場面の情報量と語の使い方の面白さにある。「似て非なるもの」と言わざるを得ない。影響は受けているが格段の違いがある。しかし、謝朓の詩の雰囲気についてかなりの影響を受けたものである。


謝朓②王孫遊 
綠草蔓如絲,雜樹紅英發。
無論君不歸,君歸芳已歇。


緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。
いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あなたが帰ってきたときは、若きかおりはすでにおとろえていることでしょう。


王孫遊
綠草  蔓(つる) 絲の如く,雜樹  紅英 發く。
無論  君 歸えらず とも,君 歸えるとも  芳(かを)り 已(すで)に歇(や)む。


王孫遊
雑曲歌辞。公子が女性のもとを離れて旅路に就いている。通い婚で、より寄り付かなくなったのか。当時は身分が低くても妾を持った。身分が高ければ妻がたくさん居てもおかしくない。


綠草蔓如絲、雜樹紅英發。
緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。 
・綠草:緑の草。 ・蔓:ツル。つる草。 ・如絲:糸のようである。また、「絲」「思」「男女」の掛詞で、糸のように伸びて絡みつくこと。 ・絲:「思」「姿」に掛けている。 ・雜樹:雑木(林)。 ・紅英:赤い花びら。美しい花。 ・發:開く。


無論君不歸、君歸芳已歇。

いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あ