漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2013年04月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#4> 750 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2298

曹植 《上責躬應詔詩表》
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅲ杜甫詩1000詩集敬簡王明府 五言律詩 成都5-(18) 杜甫 <467>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2300 杜甫詩1000-467-654/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集歳暮 謝霊運(康楽)<60> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2301 (04/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#4> 750 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2298


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
舍罪責功者,明君之舉也。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。


(下し文) #4
七子 均しく養うは,鳲鳩の仁なり。
罪を舍てて功を責むるは,明君の舉なり。
愚を矜んで能を愛するは,慈父の恩なり。
是を以って愚臣 恩澤に徘徊して,而不敢て自ら棄てざる者なり。


(現代語訳)
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。


(訳注) #4
七子均養者,鳲鳩之仁也。

七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
〇七子均養 『詩経、曹風、鳲鳩』「鳲鳩在桑、其子七兮。」(鳲鳩桑に在り、其の子七つ)とあり、毛伝に「鳲鳩の其の子を養うや、朝は上よりして下り、暮には下よりして上り、平均なること一の如し」と注してある。
○鳲鳩 「ふふとり」「つつどり」「なわしろどり」「よぶこどり」などの和名がある。


舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
○舍罪 つみをゆるす。


矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。


是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293

曹植 《上責躬應詔詩表》 
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。

2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。


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『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。


(下し文) #3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
伏して惟んみれば陛下 德 天地に象り,恩 父母よりも隆んに,
施し 春風よりも暢び,澤い 時雨の如し。
是を以って荊棘を別たざるを,慶雲の惠なり。


(現代語訳)
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。


(訳注) #3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
・德象 徳の道理。道徳の表れ。


施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
・施 陛下の施政。
・澤 恩徳の施し。


是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

上責躬應詔詩表 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288

曹植 《上責躬應詔詩表》
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

竊かに相鼠【そうそ】の篇の禮無くんば遄【すみや】かに死せよとの義に感じ、形影【けいえい】相弔【とむら】ひ、五情【ごじょう】愧赧【きたん】す。
罪を以て生を棄てんとすれば則ち古賢【こけん】の夕べに改めよとの勸めに違い;垢【はじ】を忍んで苟【いや】しく全うすれば,則ち詩人の胡【なん】のお顏【かんばせ】かあるの譏【そしり】を犯す。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
 (本文)
#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
形影相弔,五情愧赧。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。


(下し文)
竊かに相鼠【そうそ】の篇の禮無くんば遄【すみや】かに死せよとの義に感じ、形影【けいえい】相弔【とむら】ひ、五情【ごじょう】愧赧【きたん】す。
罪を以て生を棄てんとすれば則ち古賢【こけん】の夕べに改めよとの勸めに違い;垢【はじ】を忍んで苟【いや】しく全うすれば,則ち詩人の胡【なん】のお顏【かんばせ】かあるの譏【そしり】を犯す。


(現代語訳)
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。


(訳注) #2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,

心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
○《相鼠》之篇 詩経、鄘風、相鼠に「相鼠有體、人而無禮。人而無禮、胡不遄死。」(鼠を相るに體有り、人にして禮無し。人にして禮無くんば、胡【なん】ぞ遄【すみやか】に死せざらんや。)とある。


形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
○悦帝 はじて赤面すること。


以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
○古賢夕改之勧 骨子の語(大蔵礼記、曾子立事)「君子朝に過あり夕に改むれば、則ち之に与す。夕に過あり朝に改むれば、則ち之に与す。」


忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。
○詩人胡顏之譏 「何の顔ありてか遄かに死せざる」の意。前に示した相鼠の句を受けていったのであろう。


上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283

曹植 文選上 《上責躬應詔詩表》
洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283
 上責躬應詔詩表


上責躬詩表
臣植言:臣自抱釁歸蕃,刻肌刻骨,追思罪戾,晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,形影相弔,五情愧赧。以罪棄生,則違古賢夕改之勸;忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。伏惟陛下德象天地,恩隆父母,施暢春風,澤如時雨。是以不別荊棘者,慶雲之惠也。七子均養者,鳲鳩之仁也。舍罪責功者,明君之舉也。矜愚愛能者,慈父之恩也。是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。

 前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,自分黃耇永無執珪之望,不圖聖詔猥垂齒召。至止之日,馳心輦轂,僻處西館,未奉闕庭,踴躍之懷,瞻望反側,不勝犬馬戀主之情。謹拜表並獻詩二首。詞旨淺末,不足采覽。貴露下情,冒顏以聞。臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
刻肌刻骨,追思罪戾,
晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
形影相弔,五情愧赧。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
舍罪責功者,明君之舉也。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。

2#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
自分黃耇永無執珪之望,
不圖聖詔猥垂齒召。
#6
至止之日,馳心輦轂,
僻處西館,未奉闕庭,
踴躍之懷,瞻望反側,
不勝犬馬戀主之情。
#7
謹拜表並獻詩二首。
詞旨淺末,不足采覽。
貴露下情,冒顏以聞。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
上責躬詩表 #1
bijo02臣植言:臣自抱釁歸蕃,
刻肌刻骨,追思罪戾,
晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。


(下し文)
(躬を責め詔に応ずる詩を上る表)
臣植言す。臣釁【つみ】を抱いて藩にしめ歸りしより、肌を刻み骨を刻みて、罪戻【ざいれい】を追思し、晝分【ちゅうぶん】にして食し、夜分にして寢ぬ。誠に以みるに天網【てんもう】重ねて罹【かか】る可からず、聖恩【せいおん】再び恃【たの】む可きこと難し。


 (現代語訳)
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。


(訳注)
上責躬応詔詩表
 #1
己の非を責めて天子に拝謁を願う詩と天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩
○曹植 あざなの子建から「チ」訓じる。


臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
○帰藩 藩は封地鄄城を指す。
○抱釁 私罪を受けること。・釁:物事のすきま。すき。また、仲たがい。


刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。

晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。


誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

吁嗟篇 曹植 魏詩<73-#3> 女性詩746 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2278

曹植 吁嗟篇 
焼けただれ、もえつきてしまうことは、苦痛でないことはないが、しかし、かつてのように株や根と運命をともにすることこそが、私の願いなのだ。

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
吁嗟篇 曹植 魏詩<73-#3> 女性詩746 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2278




吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
卒遇迴風起,吹我入雲間。

突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、われわれ「轉蓬」は雲間に吹き上げられる。

自謂終天路,忽然下沉泉。
これなら、天の路の終点まで行けるということだ。そのうちに、たちまち深い沈淵まで急降下する。
驚飆接我出,故歸彼中田。
もうだめだと観念したのだが、はげしく吹き上げる風がつれだしてくれる。今度はもとの通り、田んぼの中のあのすみかに、帰してくれるのであろう。
王屋山01當南而更北,謂東而反西。
当然これなら南に行くものと思っていると、さらに北に行く。東に行くのかと思っていると、あべこべに西に行ってしまう。
宕宕當何依?忽亡而復存。
この果しなくひろがる空間では、一体どこに身をよせたらよいのだろうか。ふと消えきっても、またあいかわらず生きのびている。

飄颻周八澤,連翩歷五山。
かくて、ふわふわ風に乗って舞い、水のあつまる八大沢をめぐる。そして、ひらひらとびつづけ、世界を作る五山をめぐり経てきた。
流轉無恆處,誰知吾苦艱。
このように世界を流転をしつづけ、定住の場所さえないのである。そのような私のくるしさを、誰がわかってくれるというのか。
願為中林草,秋隨野火燔。
やはり、政治の中心にある林の中の草となりたいと願うものであり、秋になれば、野焼きによって春を迎えたいのである。
糜滅豈不痛,願與株荄連。

焼けただれ、もえつきてしまうことは、苦痛でないことはないが、しかし、かつてのように株や根と運命をともにすることこそが、私の願いなのだ。


飄颻【ひょうひょう】として八沢を周る、連翩【れんべん】として五山を歴たり。
流転して恒の処無し、誰か 吾が苦【くかん】を知らんや。
願わくは 中林の草と為らんや、秋 野火に随いて【や】かれなん。
磨滅するは 豈に痛ましからざらんや、願わくは 株安と連ならん。



『吁嗟篇』 現代語訳と訳註
(本文)
飄颻周八澤,連翩歷五山。
流轉無恆處,誰知吾苦艱。
願為中林草,秋隨野火燔。
糜滅豈不痛,願與株荄連。

(下し文)
飄颻【ひょうひょう】として八沢を周る、連翩【れんべん】として五山を歴たり。
流転して恒の処無し、誰か 吾が苦【くかん】を知らんや。
願わくは 中林の草と為らんや、秋 野火に随いて【や】かれなん。
磨滅するは 豈に痛ましからざらんや、願わくは 株安と連ならん。


(現代語訳)
かくて、ふわふわ風に乗って舞い、水のあつまる八大沢をめぐる。そして、ひらひらとびつづけ、世界を作る五山をめぐり経てきた。
このように世界を流転をしつづけ、定住の場所さえないのである。そのような私のくるしさを、誰がわかってくれるというのか。
やはり、政治の中心にある林の中の草となりたいと願うものであり、秋になれば、野焼きによって春を迎えたいのである。
焼けただれ、もえつきてしまうことは、苦痛でないことはないが、しかし、かつてのように株や根と運命をともにすることこそが、私の願いなのだ。


(訳注)
吁嗟篇 流転の歌。この篇は転ぶ蓬に自己をたとえ、流転生活の悲愁を歌うが、悲愁は同胞離散のうらみをこめて、きわめて激烈な調子でつづられている。228年太和二年以後の作と推定しているのが通説のようだ。


飄颻周八澤,連翩歷五山。
かくて、ふわふわ風に乗って舞い、水のあつまる八大沢をめぐる。そして、ひらひらとびつづけ、世界を作る五山をめぐり経てきた。
・飄颻 風にひるがえるさま。
・八沢 昔の中国にあった八つの大きな沢、大野、大陸、楊淤、孟諸、雲夢、具區、海隅、圃田のこと。沢とは水のあつまる所、水が少なければ籔という。「尚書」禹貢では九沢と、「爾雅」釈地には十薮が、「漢書」
厳助伝には八薮と、それぞれのべている。
・連翩 飛翔するさま。ひっきりなしにつづくさまにも用いる。孟浩然 『望洞庭湖贈張丞相』「八月湖水平,涵虚混太淸。氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。」 
・五山 中華思想のもとになる五つの山、五嶽ともいい、世界(九州)を形作る物。したがって、それぞれの山は道教、儒教、仏教の中心的な山となっている。この五岳を象徴図形にしたものが五岳真形図(「五嶽眞形圖」)である。
華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市)
嵩山(中嶽;1,440m河南省鄭州市登封市)、
泰山(東嶽;1,545m山東省泰安市泰山区)、
衡山(南嶽;1,298m湖南省衡陽市衡山県)、
恒山(北嶽;2,016,m山西省大同市渾源県)


流轉無恆處,誰知吾苦艱。
このように世界を流転をしつづけ、定住の場所さえないのである。そのような私のくるしさを、誰がわかってくれるというのか。
・無恆處 きまった住所をもたぬ。黄帝のような仙人の悠悠としで楽しいことをいうが、曹植は自分自身が領地換えをされたことをいい、支持者が激減していったことを云う。


願為中林草,秋隨野火燔。
やはり、政治の中心にある林の中の草となりたいと願うものであり、秋になれば、野焼きによって春を迎えたいのである。
・中林 政治の中心にあることで、詩経の意に基づくものである。『詩経』国風 周南.兔罝「肅肅兔罝、施于中林。 赳赳武夫、公侯腹心。」(うさぎの罠は気付かれぬように仕掛ける。仕掛ける場所は林の中。隙を突いてはすり抜ける武人の如く。縄張るお前は分かり切っていた。)曹植は詩経の語句を単独で暗号のように使う。
・燔 焼く。


糜滅豈不痛,願與株荄連。
焼けただれ、もえつきてしまうことは、苦痛でないことはないが、しかし、かつてのように株や根と運命をともにすることこそが、私の願いなのだ。
・糜滅 やかれてただれほろぶ。・糜滅:〔びめつ〕(焼け)ただれる。 ・糜 ついえる。ただれる。形がぐちゃぐちゃになるまで煮る。
・不痛:痛くない。痛さを感じない。
・株荄 株はかぶ。荄は草の根(「爾雅」釈革)。私は「荄与株安連」の句を、同根である兄弟たちと、その運命をともにしたいと
泰山の道観

吁嗟篇 魏詩<73-#2> 女性詩745 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2273

曹植《吁嗟篇》 魏詩 曹植詩 第73-#1首目
歎きの歌。蓬に託して、変転きわまりない自らの境涯を歎き詠っている。陶淵明の『歸去來兮辭』は、この作品から大きな影響を受けている。後世の詩人に多大な影響を与えている。

2013年4月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩吁嗟篇 魏詩<73-#2> 女性詩745 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2273
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#3 宋玉  <00-#29>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 658 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2274
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-2) 杜甫 <464-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2275 杜甫詩1000-464-#2-649/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集和謝監靈運 顏延年 謝霊運の友 顏延年<55> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2276 (04/25)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277
 
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安安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

吁嗟篇 魏詩<73-#2> 女性詩745 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2273



吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
卒遇迴風起,吹我入雲間。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、われわれ「轉蓬」は雲間に吹き上げられる。

自謂終天路,忽然下沉泉。
これなら、天の路の終点まで行けるということだ。そのうちに、たちまち深い沈淵まで急降下する。
驚飆接我出,故歸彼中田。
もうだめだと観念したのだが、はげしく吹き上げる風がつれだしてくれる。今度はもとの通り、田んぼの中のあのすみかに、帰してくれるのであろう。
當南而更北,謂東而反西。
当然これなら南に行くものと思っていると、さらに北に行く。東に行くのかと思っていると、あべこべに西に行ってしまう。
宕宕當何依?忽亡而復存。
この果しなくひろがる空間では、一体どこに身をよせたらよいのだろうか。ふと消えきっても、またあいかわらず生きのびている。

飄颻周八澤,連翩歷五山。
流轉無恆處,誰知吾苦艱。
願為中林草,秋隨野火燔。
糜滅豈不痛,願與株荄連。


『吁嗟篇』 現代語訳と訳註
曹植5x5(本文)

自謂終天路,忽然下沉泉。
驚飆接我出,故歸彼中田。
當南而更北,謂東而反西。
宕宕當何依?忽亡而復存。


(下し文)
自ら 天路を終えんと謂【おも】いしに、忽然として沈淵【ちんえん】に下る。
驚飆【けいひょう】 我を接【むか】えて出だす、故より彼の中田に帰すなるや。
当に南すべくして更に北し、東せんと謂うに反って西す。
宕宕【とうとう】としで当【まさ】に何れにか依るべき、忽【たちまち】に亡びて復た存す。


(現代語訳)
これなら、天の路の終点まで行けるということだ。そのうちに、たちまち深い沈淵まで急降下する。
もうだめだと観念したのだが、はげしく吹き上げる風がつれだしてくれる。今度はもとの通り、田んぼの中のあのすみかに、帰してくれるのであろう。
当然これなら南に行くものと思っていると、さらに北に行く。東に行くのかと思っていると、あべこべに西に行ってしまう。
この果しなくひろがる空間では、一体どこに身をよせたらよいのだろうか。ふと消えきっても、またあいかわらず生きのびている。


(訳注)
吁嗟篇 歎きの歌。蓬に託して、変転きわまりない自らの境涯を歎き詠っている。陶淵明の『歸去來兮辭』は、この作品から大きな影響を受けている。後世の詩人に多大な影響を与えている。


自謂終天路,忽然下沉泉。
これなら、天の路の終点まで行けるということだ。そのうちに、たちまち深い沈淵まで急降下する。
・自:みずから。・謂:思う。・終:おえる。・天路:天の路。 
・忽然:ふいに。たちまち。・下:くだる。・沈泉:深い淵。


驚飆接我出,故歸彼中田。
もうだめだと観念したのだが、はげしく吹き上げる風がつれだしてくれる。今度はもとの通り、田んぼの中のあのすみかに、帰してくれるのであろう。
・驚飆 はげしいはやて。暴風。 ・接我:わたしを迎える。 ・接我出:わたしを(沈泉から)迎えて、出して。 ・接:迎える。現代語でも同義で使う、息の長い言葉。
・故:もと。以前。昔。いにしへ;わざと。ことさら。ゆえに。 ・歸:もどす。 ・彼:あの。彼(か)の。 ・中田:畑の中。田の中。


當南而更北,謂東而反西。
当然これなら南に行くものと思っていると、さらに北に行く。東に行くのかと思っていると、あべこべに西に行ってしまう。
・當:まさに…す。・南:南す。動詞。南へ行く。同様に「東、西、北、左、右」なども動詞の働きをする場合がある。 ・而:接続詞。 ・更:さらにまた。「當… 更…」。
・謂:思う。 ・反:反対に。「謂… 反…」。 ・西:この語(字)は韻脚になるべきところ。何故か押韻しないが…??


宕宕當何依?忽亡而復存。
この果しなくひろがる空間では、一体どこに身をよせたらよいのだろうか。ふと消えきっても、またあいかわらず生きのびている。
・宕宕 広大でとりとめのないさま。蕩蕩。 ・當:…べきである。まさに…べし。また、あたる。 ・何依:何に頼るのか。
・忽:たちまち。 ・亡:なくなる。 ・復:また。 ・存:。「忽… 復…」「…かと思うと、すぐに…」。

吁嗟篇 魏詩<73-#1> 女性詩744 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2268

曹植《吁嗟篇》 魏詩 曹植詩 第73-#1首目
流転の歌。この篇は転ぶ蓬に自己をたとえ、流転生活の悲愁を歌うが、悲愁は同胞離散のうらみをこめて、きわめて激烈な調子でつづられている。228年太和二年以後の作と推定しているのが通説のようだ。

2013年4月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩吁嗟篇 魏詩<73-#1> 女性詩744 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2268
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#2 宋玉  <00-#28>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 657 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2269
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Ⅲ杜甫詩1000詩集楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-1) 杜甫 <464-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2270 杜甫詩1000-464-#1-648/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初入南城 謝霊運<54> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2271 (04/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其四 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-145-17-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2272
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

吁嗟篇 魏詩<73-#1> 女性詩744 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2268


吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
yamanoki01長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
卒遇迴風起,吹我入雲間。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。

自謂終天路,忽然下沉泉。
驚飆接我出,故歸彼中田。
當南而更北,謂東而反西。
宕宕當何依?忽亡而復存。

飄颻周八澤,連翩歷五山。
流轉無恆處,誰知吾苦艱。
願為中林草,秋隨野火燔。
糜滅豈不痛,願與株荄連。


『吁嗟篇』 現代語訳と訳註
(本文)
吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
長去本根逝,宿夜無休閒。
東西經七陌,南北越九阡。
卒遇迴風起,吹我入雲間。


(下し文)
呼嗟 此の転蓬、世に居る 何んぞ独り然るや。
長く本根を去りて瀞き、夙夜 休閑無し。
東西 七階を経、南北 九肝を題ゆ。
卒に同風の起るに遇い、我を吹きで雲間に入れり。


(現代語訳)
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。


(訳注)
吁嗟篇

〇吁嗟篇 流転の歌。この篇は転ぶ蓬に自己をたとえ、流転生活の悲愁を歌うが、悲愁は同胞離散のうらみをこめて、きわめて激烈な調子でつづられている。228年太和二年以後の作と推定しているのが通説のようだ。


吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
○呼嗟ああ。嘆辞。
○転蓬 転ぶよもぎ。○転蓬 風に吹かれて転びゆく蓬。蓬は菊科の多年生草本、蓬は秋風が吹くや、根より抜けて風のまにまに飛ぶ。「飛蓬」ともいう。はかない人生の此喩として頻用される。多くの詩人が点々と旅する身を詠う。漂泊についても使う。
曹植『雜詩六首 其二』
轉蓬離本根,飄颻長隨風。
何意回飆舉,吹我入雲中。
高高上無極,天路安可窮。
類此遊客子,捐軀遠從戎。
毛褐不掩形,薇藿常不充。
去去莫復道,沈憂令人老。

転びゆく蓬は、もとの根より離れ、ひらひらと、遠く風の吹くまにまにひるがえってとばされる。
ところが、思いがけなくも、つむじ風が巻きおこったとすると我々蓬は雲中高く吹きあげられてしまうのだ。
高く高く吹き上げられると、どこまでも限りなく飛ばされるのだ。しかし、天の路こそは、どうしてその窮極の先まで行くというのか。
これはさすらう旅人に似ているというものであり、その身を犠牲にして、遠く従軍するというのはこのことをいうものなのだ。
その旅人が冬にきる短い皮ごろもは、身体を全ておおうことにならないし、食べるものも、わらびや豆の葉などで、いつも腹をみたすことはできないのである。
こんな話はやめなければ、そうだもうもうやめよう。二度とこのような言葉は繰りかえすことはしない。こんな深い憂愁な気分でいることは人をふけさせるものでしかないのだ。


長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
○長 はるかに、遠く。
○宿夜/夙夜 夙は早朝、夜は深夜。
○休閒 のんびりすること。


東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
〇七陌,九阡 陌,阡はともに田の中の畦で、束‥西を陌といい、南北を阡という。


卒遇迴風起,吹我入雲間。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。
○卒 にわかに
○迴風 つむじかぜ。風。曹植「雜詩」其二に「何意回飆舉,吹我入雲中。」(何んぞ意わん迴風の挙がり、我を吹きで雲中に入れんとは。)/回飆 旋風。飆は上から下に吹く風。

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263

曹植《妾薄命二首 其二》 曹植 魏詩 曹植詩 第72-#3首目
客賦既醉言歸,主人稱露未晞。
客はきまり文句の「既醉言歸」(もう酔いました。いざ帰りましょう)と歌った。すると主人は返し文句の「露未晞」(まだまだ。露はまだかわいていませんよ)と歌って返す。

2013年4月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#1 宋玉  <00-#27>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 656 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2264
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集贈虞十五司馬 成都5-(10-1) 杜甫 <463-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2260 杜甫詩1000-463-#1-646/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集入彭蟸湖口 謝霊運<53> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2266 (04/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263 


この詩は其一、其二の二首とされているが、内容的にみると一詩である。

妾薄命(二首)其一
攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。

其二 -#1
日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
日が昇り時間はすぎさって、日は西にかくれる、さらに、蘭香をたきこめた奥座敷の部屋に会合する。
華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
きらびやかな燭台は、外出用の幌幕にその光をひろげて、燦然とかがやき、日が扶桑からのぼり出たかと見間違えるほどである。
促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
宴がはじまると、大型の盃を引よせ、座席をともにして、たがいに酒をくみかわす。主人はたちあがってくるくる回って踊る。
能者穴觸別端,騰觚飛爵闌干。
踊り手のうまいひとが、それにあわせて楽しくうす絹を振って、踊り相手の踊り手の薄絹の端を持つ。こちらではたがいに觚や爵のさかずきで、献杯を繰返えし、酒を留めなく飲み続ける。
同量等色齊顏,任意交屬所歡。
主客何れも同じほど酒を飲み、みながそろって赤い顔になる。思いのままに、たがいに好いた女性を相手にお酌されて酒をのむ。
#2
朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。
やがて、女性たちの美しいかんばせに紅がさし、色気が顔に現れ、その容姿は、蘭のようになまめかしい。その舞う袖は、礼儀正しい姿態にしたがってゆれうごき、あらゆる感情を表現する。
妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
妙麗に舞うさまは、ひらりひらりと仙女の艶めかしさも軽やかだ。やがて、もすそはほどけ、履はぬげおち、冠のひもはきれる。
俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
僻せたる、仰いだり、笑いまた叫び、とどまるところを知らない。美人の玉のような顔を手にとり、客たちが見守る
齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
客たちは一せいに、黄金の杯や羞翠の盤を高くあげ、その妙技をたたえる。彼女はうけようとするが、手をうす絹の袖から出すのに、えらくもじもじしている。
腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。
腕がかぼそくなよやかで、真珠の腕輪にもたえぬ風情である。宴席の一座のものは、ため息をつき、思わず顔色をほころばせる。
#3
御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,
かつて、彼女は佩巾やおしろいを、君王のそばで用いたものだった。そのおしろいの中には、霍納・都梁というものであった。 
雞舌五味雜香,進者何人齊姜,恩重愛深難忘。
鶏舌などの香や、五つの種類がまじった香などがはいっていた。今や前にすすみ出たものは誰であろうか。ほかでもない、家筋として斉の国の美人にもくらべられる美しい女性である。彼女は深い情をうけた君王が忘れられないのだ。
召延親好宴私,但歌杯來何遲。
親しい人人ばかりを招待して、水入らずの宴会をする。人人はきまり文句の「杯の来るのがなんと遅い」と、声を合わせて歌う。
客賦既醉言歸,主人稱露未晞。

客はきまり文句の「既醉言歸」(もう酔いました。いざ帰りましょう)と歌った。すると主人は返し文句の「露未晞」(まだまだ。露はまだかわいていませんよ)と歌って返す。


(妾薄命(二首))
玉手を携え 車を同じくするを喜び、此びて 雲闇 飛除に上る。
釣台は蹇產として清虚、池塘 霊沼 娯しむ可し。
仰ぎて竜舟を緑波に汎べ、併しで神草の枝村を擢く。
彼の 宓妃の洛河を想い、退きて 漢女と湘蛾を詠ず。


日月既に逝きて西に藏【かく】る、更に 蘭室の洞房に会す。
華鐙 歩障に光を舒べ、皎として日の扶桑より出づるが若し。
樽を促し坐を合せて觴を行る、主人 起ちて舞うや婆盤たり。
能者は冗にして別端に触る、觚を騰げ爵を飛ばして闌干たり。
量を同じくし色を等しくし顔を斉しくす、意に任せて交ごも歓ぶ所に属ぐ。

朱顔 外に発【あらわ】れて 形 蘭たり、袖は礼容に随いて情を極め。
妙舞 仙仙として体軽し、裳 解け履遣りで纓を絶ち。
俯仰し笑喧して呈無し、佳人の玉顔を覧持ち。
斉しく金爵と翠盤を挙ぐ、手 羅袖より形わるるは良に難く。
腕 弱くして珠環に勝えず、坐する者 嘆息して顔を舒ぶ。

巾を御し粉を裛う君が傍、中に有り霍納と都梁と。
鶏舌と五味の雑香と、進む者は何人ぞ 斉姜なり。
恩は重く愛は深く 忘れ難し、親好を召延して宴私す。
但だ歌う 杯の来る何んぞ遅きやと、客は賦す 既に酔う言に帰らんと、主人は称す 露未だ晞【かわ】かずと。


『妾薄命二首 其二』 曹植 -#3 現代語訳と訳註
(本文)
#3
御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,
雞舌五味雜香,進者何人齊姜,
恩重愛深難忘。召延親好宴私,
但歌杯來何遲。客賦既醉言歸,主人稱露未晞。





花蕊夫人002




















(下し文)
巾を御し粉を裛う君が傍、中に有り霍納と都梁と。
鶏舌と五味の雑香と、進む者は何人ぞ 斉姜なり。
恩は重く愛は深く 忘れ難し、親好を召延して宴私す。
但だ歌う 杯の来る何んぞ遅きやと、客は賦す 既に酔う言に帰らんと、主人は称す 露未だ晞【かわ】かずと。


(現代語訳)
かつて、彼女は佩巾やおしろいを、君王のそばで用いたものだった。そのおしろいの中には、霍納・都梁というものであった。 
鶏舌などの香や、五つの種類がまじった香などがはいっていた。今や前にすすみ出たものは誰であろうか。ほかでもない、家筋として斉の国の美人にもくらべられる美しい女性である。彼女は深い情をうけた君王が忘れられないのだ。
親しい人人ばかりを招待して、水入らずの宴会をする。人人はきまり文句の「杯の来るのがなんと遅い」と、声を合わせて歌う。
客はきまり文句の「既醉言歸」(もう酔いました。いざ帰りましょう)と歌った。すると主人は返し文句の「露未晞」(まだまだ。露はまだかわいていませんよ)と歌って返す。


(訳注) #3
御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,

かつて、彼女は佩巾やおしろいを、君王のそばで用いたものだった。そのおしろいの中には、霍納・都梁というものであった。 
・御巾 衣服などを身につけること。また用いる。巾は佩巾で、ひれのこと。
・裛粉 裛は纏うこと。粉はおしろい。
君傍 君のそばで用いること。
・霍納 香の名。霍納という香。
・都梁 香の名。「水経注」資水によれば、今の湖南省武岡県の東北の山上に流れる川の中からとれる蘭草のこと。


雞舌五味雜香,進者何人齊姜,恩重愛深難忘。
鶏舌などの香や、五つの種類がまじった香などがはいっていた。今や前にすすみ出たものは誰であろうか。ほかでもない、家筋として斉の国の美人にもくらべられる美しい女性である。彼女は深い情をうけた君王が忘れられないのだ。
○雞舌 香の名。「広志」にみえる南海中及び剽國の産。
○五味雜香 香の名。五味、雑香各上独立した香。
○斉姜 本来は大国たる斉国の姜姓の娘(当時姜氏は第一流の貴族であった。)嫁としては最高のものという意味。
○恩重愛深難忘 文帝に対する曹植の真情をこめたもの。


召延親好宴私,但歌杯來何遲。
親しい人人ばかりを招待して、水入らずの宴会をする。人人はきまり文句の「杯の来るのがなんと遅い」と、声を合わせて歌う。
○親好 親しい人人。
○宴私 同姓の友だちや、肉親たちとうちわの宴会をすること。
○但 ただそれだけ。
○杯來何遲 当時の宴会の席上で、よく歌われた文句であった。現在の言葉でいえば「一気、一気」の雰囲気で盃を速く回せというのだろう。


客賦既醉言歸,主人稱露未晞。
客はきまり文句の「既醉言歸」(もう酔いました。いざ帰りましょう)と歌った。すると主人は返し文句の「露未晞」(まだまだ。露はまだかわいていませんよ)と歌って返す。
○賦詞する。うたう。
○酔言帰 「酔う言に帰らん」
○称 言う。
○露未晞 「露は日が出ないと乾かないように、君たちも酔わなければ、帰ってはいけませんよ。」というのが、その大意。

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#2> 女性詩742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2258

曹植《妾薄命二首 其二 曹植》 魏詩 曹植詩 第72-#2首目


2013年4月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#2> 女性詩742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2258 


妾薄命(二首)其一
攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。

其二 -#1
日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
日が昇り時間はすぎさって、日は西にかくれる、さらに、蘭香をたきこめた奥座敷の部屋に会合する。
華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
きらびやかな燭台は、外出用の幌幕にその光をひろげて、燦然とかがやき、日が扶桑からのぼり出たかと見間違えるほどである。
促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
宴がはじまると、大型の盃を引よせ、座席をともにして、たがいに酒をくみかわす。主人はたちあがってくるくる回って踊る。
能者穴觸別端,騰觚飛爵闌干。
踊り手のうまいひとが、それにあわせて楽しくうす絹を振って、踊り相手の踊り手の薄絹の端を持つ。こちらではたがいに觚や爵のさかずきで、献杯を繰返えし、酒を留めなく飲み続ける。
同量等色齊顏,任意交屬所歡。

主客何れも同じほど酒を飲み、みながそろって赤い顔になる。思いのままに、たがいに好いた女性を相手にお酌されて酒をのむ。
#2
朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。
やがて、女性たちの美しいかんばせに紅がさし、色気が顔に現れ、その容姿は、蘭のようになまめかしい。その舞う袖は、礼儀正しい姿態にしたがってゆれうごき、あらゆる感情を表現する。
妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
妙麗に舞うさまは、ひらりひらりと仙女の艶めかしさも軽やかだ。やがて、もすそはほどけ、履はぬげおち、冠のひもはきれる。
俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
僻せたる、仰いだり、笑いまた叫び、とどまるところを知らない。美人の玉のような顔を手にとり、客たちが見守る
齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
客たちは一せいに、黄金の杯や羞翠の盤を高くあげ、その妙技をたたえる。彼女はうけようとするが、手をうす絹の袖から出すのに、えらくもじもじしている。
腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。

腕がかぼそくなよやかで、真珠の腕輪にもたえぬ風情である。宴席の一座のものは、ため息をつき、思わず顔色をほころばせる。
#3
趙飛燕Hienso003御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,
雞舌五味雜香,進者何人齊姜,
恩重愛深難忘。召延親好宴私,
但歌杯來何遲。客賦既醉言歸,主人稱露未晞。


『妾薄命二首 其二』 曹植 現代語訳と訳註
(本文)
  -#1
朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。
妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。


(下し文)
朱顔 外に発【あらわ】れて 形 蘭たり、袖は礼容に随いて情を極め。
妙舞 仙仙として体軽し、裳 解け履遣りで纓を絶ち。
俯仰し笑喧して呈無し、佳人の玉顔を覧持ち。
斉しく金爵と翠盤を挙ぐ、手 羅袖より形わるるは良に難く。
腕 弱くして珠環に勝えず、坐する者 嘆息して顔を舒ぶ。


(現代語訳)
やがて、女性たちの美しいかんばせに紅がさし、色気が顔に現れ、その容姿は、蘭のようになまめかしい。その舞う袖は、礼儀正しい姿態にしたがってゆれうごき、あらゆる感情を表現する。
妙麗に舞うさまは、ひらりひらりと仙女の艶めかしさも軽やかだ。やがて、もすそはほどけ、履はぬげおち、冠のひもはきれる。
僻せたる、仰いだり、笑いまた叫び、とどまるところを知らない。美人の玉のような顔を手にとり、客たちが見守る
客たちは一せいに、黄金の杯や羞翠の盤を高くあげ、その妙技をたたえる。彼女はうけようとするが、手をうす絹の袖から出すのに、えらくもじもじしている。
腕がかぼそくなよやかで、真珠の腕輪にもたえぬ風情である。宴席の一座のものは、ため息をつき、思わず顔色をほころばせる。


(訳注)
朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。

やがて、女性たちの美しいかんばせに紅がさし、色気が顔に現れ、その容姿は、蘭のようになまめかしい。その舞う袖は、礼儀正しい姿態にしたがってゆれうごき、あらゆる感情を表現する。
○朱顔 美人の顔色をいう。『楚辞、招魂』に「美人既酔、朱顔離些。」(美人既に酔い朱顔離し。)と見える。李白『蜀道難』「使人聽此凋朱顏。」(人がこの言葉を聴けば、張りのある若さ紅顔も凋むことだろう。)
蜀道難 李白
○発外 エネルギーが顔にあらわれること。ここでは色気が顔にあらわれること。
○形蘭 その形は蘭のようになよやかに美しいこと。


妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
妙麗に舞うさまは、ひらりひらりと仙女の艶めかしさも軽やかだ。やがて、もすそはほどけ、履はぬげおち、冠のひもはきれる。
・仙仙 仙は仙女。仙女の艶めかしさを云う。


俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
僻せたる、仰いだり、笑いまた叫び、とどまるところを知らない。美人の玉のような顔を手にとり、客たちが見守る
○覽持佳人玉顏 佳人は舞を終えた美人をさす。覽は手にとり、客たちが見守る。


齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
客たちは一せいに、黄金の杯や羞翠の盤を高くあげ、その妙技をたたえる。彼女はうけようとするが、手をうす絹の袖から出すのに、えらくもじもじしている。
○斉挙 一せいにあげる。舞をたたえることであろう。客たちがそろってうけとる。
○翠盤 翠盤のこと。翡翠をちりばめた大きな皿。
○良 本当に、いかにも。
○この段は、舞終って、主客その労をねぎらったのに対し、佳人それにこたえるさまを歌ったものであろう。
○形 あらわれでる。


腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。
腕がかぼそくなよやかで、真珠の腕輪にもたえぬ風情である。宴席の一座のものは、ため息をつき、思わず顔色をほころばせる。
○珠環 真珠のうでわ。
○酔顔 かおつきをやわらげること。舒は和と同じ。

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#1> 女性詩741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2253


曹植《妾薄命二首 其二 曹植》-#1 魏詩 曹植詩 第72首目

2013年4月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#1> 女性詩741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2253
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#1> 女性詩741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2253 



妾薄命(二首)#1
攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
bijo02仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。

#2
日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
日が昇り時間はすぎさって、日は西にかくれる、さらに、蘭香をたきこめた奥座敷の部屋に会合する。
華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
きらびやかな燭台は、外出用の幌幕にその光をひろげて、燦然とかがやき、日が扶桑からのぼり出たかと見間違えるほどである。
促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
宴がはじまると、大型の盃を引よせ、座席をともにして、たがいに酒をくみかわす。主人はたちあがってくるくる回って踊る。
能者穴觸別端,騰觚飛爵闌干。
踊り手のうまいひとが、それにあわせて楽しくうす絹を振って、踊り相手の踊り手の薄絹の端を持つ。こちらではたがいに觚や爵のさかずきで、献杯を繰返えし、酒を留めなく飲み続ける。
同量等色齊顏,任意交屬所歡。
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朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。
妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。

御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,
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恩重愛深難忘。召延親好宴私,
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『妾薄命二首 其二』#2 現代語訳と訳註
(本文)

日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
能者冗觸別端,騰觚飛爵闌干。
同量等色齊顏,任意交屬所歡。


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華鐙 歩障に光を舒べ、皎として日の扶桑より出づるが若し。
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能者は冗にして別端に触る、觚を騰げ爵を飛ばして闌干たり。
量を同じくし色を等しくし顔を斉しくす、意に任せて交ごも歓ぶ所に属ぐ。


(現代語訳)
日が昇り時間はすぎさって、日は西にかくれる、さらに、蘭香をたきこめた奥座敷の部屋に会合する。
きらびやかな燭台は、外出用の幌幕にその光をひろげて、燦然とかがやき、日が扶桑からのぼり出たかと見間違えるほどである。
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主客何れも同じほど酒を飲み、みながそろって赤い顔になる。思いのままに、たがいに好いた女性を相手にお酌されて酒をのむ。


(訳注)
○この段は宴会愈上たけなわなる状態を歌うもの。

日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
日が昇り時間はすぎさって、日は西にかくれる、さらに、蘭香をたきこめた奥座敷の部屋に会合する。


華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
きらびやかな燭台は、外出用の幌幕にその光をひろげて、燦然とかがやき、日が扶桑からのぼり出たかと見間違えるほどである。
・華燈 きらびやかな燭台。
・步障 外出用の幌幕
・扶桑 桑畑は東に作る。


促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
宴がはじまると、大型の盃を引よせ、座席をともにして、たがいに酒をくみかわす。主人はたちあがってくるくる回って踊る。
・樽 大型の盃
・舞娑盤 くるくる回って踊る様子を云う。


能者穴觸別端,騰觚飛爵闌干。
踊り手のうまいひとが、それにあわせて楽しくうす絹を振って、踊り相手の踊り手の薄絹の端を持つ。こちらではたがいに觚や爵のさかずきで、献杯を繰返えし、酒を留めなく飲み続ける。
・能者 踊り手のうまいひと。
・穴觸 冗は楽しくうす絹を振って踊る。
・別端 別の踊り手の薄絹の端を持つ。
・騰觚飛爵 觚や爵のさかずきをくみかわす。
・闌干 酒を留めなく飲み続ける。


同量等色齊顏,任意交屬所歡。
主客何れも同じほど酒を飲み、みながそろって赤い顔になる。思いのままに、たがいに好いた女性を相手にお酌されて酒をのむ。
・等色斉顔 同じ顔色容貌になるをいう。
・任意 思いのまま。思いきり。
・属 酌をすること。
・所歓 すいた人。

妾薄命二首 其一 曹植 魏詩<71> 女性詩740 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2248

曹植《妾薄命二首 其一 曹植》 魏詩 曹植詩 第71首目


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

妾薄命二首 其一 曹植 魏詩<71> 女性詩740 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2248


妾薄命(二首)
bijo01攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。


日月既逝西藏,更會蘭室洞房。
華燈步障舒光,皎若日出扶桑。
促樽合坐行觴,主人起舞娑盤。
能者穴觸別端,騰觚飛爵闌干。
同量等色齊顏,任意交屬所歡。

朱顏發外形蘭,袖隨禮容極情。
妙舞仙仙體輕,裳解履遺絕纓。
俯仰笑喧無呈,覽持佳人玉顏。
齊舉金爵翠盤,手形羅袖良難。
腕弱不勝珠環,坐者嘆息舒顏。

御巾裛粉君傍,中有霍納都梁,
雞舌五味雜香,進者何人齊姜,
恩重愛深難忘。召延親好宴私,
但歌杯來何遲。客賦既醉言歸,主人稱露未晞。


妾薄命(二首)
攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。

玉手を携え 車を同じくするを喜び、此びて 雲闇 飛除に上る。
釣台は蹇產として清虚、池塘 霊沼 娯しむ可し。
仰ぎて竜舟を緑波に汎べ、併しで神草の枝村を擢く。
彼の 宓妃の洛河を想い、退きて 漢女と湘蛾を詠ず。


『妾薄命』 現代語訳と訳註
(本文)
(二首)其一
攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。


(下し文)
玉手を携え 車を同じくするを喜び、此びて 雲闇 飛除に上る。
釣台は蹇產として清虚、池塘 霊沼 娯しむ可し。
仰ぎて竜舟を緑波に汎べ、併しで神草の枝村を擢く。
彼の 宓妃の洛河を想い、退きて 漢女と湘蛾を詠ず。


(現代語訳)
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。


(訳注)
王屋山01妾薄命(二首)

○妾薄命 はかなき楽しみの歌。「楽府詩集」では二首に分け、(「玉台新詠」巻九では其二のみを収める。
其一は園遊をのべ、其二は宴会の楽しみのさまをのべる。制作年代を、建安中の作とする説と、黄初六年、文帝が東征よりの帰途、蕹丘に柾をたずねた時の作との説がある。詩の雰囲気、できばえからすると前者建安中の作と考える。


攜玉手喜同車,比上雲閣飛除。
玉のような手をたずさえて、心嬉しく同じ車に乗る。つれだって高い階段をふみ、雲にもとどく楼閣に登っていく。
○此上 ならんで登る。
○雲閣飛除 雲閣とは雲につながるほど高い楼閣。飛除は高い階段。


釣台蹇產清虛,池塘靈沼可娛。
釣をする高台はおごそかに高く、俗界より隔絶されてすずやかにたつ。円池や方池、きれいな沼があり、これらは見事であり、楽しむには好適である。
○蹇產 高いさま。漢の東方朝の「七諌」に「高山の幡隆たるを望む。」と見えるごとく、高いさまの意となる。
○清虚 俗界より隔絶されたすずやかさ。釣台を中心とした光景をいうものと考えたい。
○池塘 いけ。池は円く、塘は四角いのをさす。
○靈沼 霊は美称、沼は池。「詩経」大雅、霊台に「王霊沼に在り。」と見える。


仰泛龍舟綠波,俯擢神草枝柯。
あおぎみて竜舟を清らかな水波に浮べている、うつぶしてみては芙蓉の茎を抜きとる。
○龍舟 竜の形をした舟。天子の乗用である。
〇綠波 清らかな水。
〇俯擢神草枝柯 神草は霊芝のことで、枝柯は芙蓉のともに枝であるが茎の意。


想彼宓妃洛河,退詠漢女湘娥。
こうして見るとかの宓妃に守られた洛河が想い出され、そして、船遊を終えてのち、漢女や湘娥を詠じるのである。
○想彼宓妃洛河 宓妃は伏義民の娘で、伊水洛水(ともに洛陽附近に流れる川の名)の女神といわれる。曹植の賦の代表作たる「洛神の賦」は宓妃を歌ったものである。
○漢女 漢水の女神。。
○湘娥 湘水(広西省より洞庭湖に入る川)の女神。湘君又は湘夫人ともいう。堯の娘に娥皇・女英の二人がおり、それぞれ舜の后及び妃となったが、舜が死んだとき、ともに湘水に身を投じた。湘君、湘夫人は「楚辞」の離騒・九歌に見えるが、湘娥は張衝の「西京賦」に見える。正しくは娥皇のみをさすのだろうが、普通は女英も含めていうようだ。

○湘妃 舜の妻、娥皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。
○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。
○江 湘江をさす。 

娥皇と女英の故事にもとづく。古代の帝王舜は南方巡行の途中、蒼梧(湖南省寧遠県付近の山)で残した。二人の妃、娥皇と女英は舜を追い求めて湘江のあたりまで来たが、二人の涙がこぼれた。竹はまだらに染まった。そのためこの地の竹には斑紋がついているという(『博物志』、『述異記』)。湘江は長抄の西を通って洞庭湖に注ぐ。「浅深」はあるいは浅くあるいは深く、まだらになっていることをいう。




李白『妾薄命』 
漢帝寵阿嬌、貯之黃金屋。
咳唾落九天、隨風生珠玉。 」
寵極愛還歇、妒深情卻疏。
長門一步地、不肯暫回車。
雨落不上天、水覆難再收。 」
君情與妾意、各自東西流。
昔日芙蓉花、今成斷根草。
以色事他人、能得幾時好。 」
漢の武帝は皇太子の時、阿嬌を見初め、いつくしんだ、これよって金で飾られた家に住まわせたのだ。その権力と勢力、天下の真ん中だということを知らしめた、風までもそれに従い珠玉を生じていった。天子の寵愛が極限まで行ったその後に別の后妃に移った時、嫉妬心が深く人の心も疎んじていった。一族でさえひとたびその地を歩んだ、その後、車馬さえ回ってこなくなった。
雨が落ちてくるように天子のもとに上がることはなくなった、こぼされた水は再び元に収まることはないのだ。天子の愛情と后妃の思いはそれぞれ西と東に別れて流れたようなものだ。
昔は確かに、芙蓉の花のように 華麗に咲く花のような后妃であったが、それも廃位となった今はただ、根無し草となり、飛蓬のように、零落して各地を流浪するしかなくなったのだ。色香をもって、人につかえることしかできないものが、一体どれほどの期間、すばらしい時間とすることができるというのであろうか。

當欲游南山行 曹植 魏詩<70-#2> 女性詩739 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2243

曹植《當欲游南山行 曹植》 魏詩 曹植詩 第70-#2首目


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

當欲游南山行 曹植 魏詩<70-#2> 女性詩739 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2243

 


當欲游南山行
東海廣且深,由卑下百川。
東にながれこむ海は広くもまた深いものだが、それはうみは低いところにあればこそ、多くの川がくだり導き入れることができるのだ。
五嶽雖高大,不逆垢與塵。
聖地である五嶽は高くそびえていても、おり・かすやちりでよごれるのをこばむものではない。
良木不十圍,洪條無所因。
またよい木は、十かかえ以上でなければならず、その巨木でなければ、大きな枝をつけるわけにはゆかないのだ。

長者能博愛,天下寄其身。
同じょうに、徳行を備えた人は、びろく愛を及ぼすことができる。天下の人はそのもとに身をよせるのだ。
大匠無棄材,船車用不均。
また大いいなる匠の頭は、どんな材料でも、棄て去ることしないものだ。というのは、船には船に、事には車に、それぞれ適した材料を使いわけることをするのである。
錐刀各異能,何所獨卻前。
また、錐と小刀は、ともに加工してそれぞれそのはたらきはちがうものをいかしていく。どうして、ただ単に片方だけを用いることで、他方を使わなくてよいことがあろうか、あろうはずがないのである。
嘉善而矜愚,大聖亦同然。
できるものはほめてやり、できない愚かなものはあわれむのが大切なのだ。昔の聖人も、やはりそのようにせられたのは当然のことなのである。
仁者各壽考,四坐咸萬年。
『論語、蕹也』に「仁者壽」というように、仁徳の者は、長寿にめぐまれるものだ。ここに列席した人たち、全員に、何れも万年の寿をうけられることであろうことを祈念しておわる。


(南山に遊ばんと欲する行に当う)
東海 広くして且つ深く、卑きに由り 百川をして下らしむ。
五嶽 高大なりと雖も、垢と塵とを逆まず。
良木も十囲ならざれば、洪条 因る所無し。
長者 能く博愛、天下 共の身を寄す。

大匠 材を棄つる無く、船と車と 用うるは均しからず。
錐 刀 各おの能を異にす、何んの独り卻前する所ぞ。
善を嘉して愚を衿れむ、大聖も亦た同じく然り。
仁者 各おの寿考にして、四坐 咸な万年ならん。


『當欲游南山行』 現代語訳と訳註
aki02(本文)

大匠無棄材,船車用不均。
錐刀各異能,何所獨卻前。
嘉善而矜愚,大聖亦同然。
仁者各壽考,四坐咸萬年。


(下し文)
大匠 材を棄つる無く、船と車と 用うるは均しからず。
錐 刀 各おの能を異にす、何んの独り卻前する所ぞ。
善を嘉して愚を衿れむ、大聖も亦た同じく然り。
仁者 各おの寿考にして、四坐 咸な万年ならん。


(現代語訳)
また大いいなる匠の頭は、どんな材料でも、棄て去ることしないものだ。というのは、船には船に、事には車に、それぞれ適した材料を使いわけることをするのである。
また、錐と小刀は、ともに加工してそれぞれそのはたらきはちがうものをいかしていく。どうして、ただ単に片方だけを用いることで、他方を使わなくてよいことがあろうか、あろうはずがないのである。
できるものはほめてやり、できない愚かなものはあわれむのが大切なのだ。昔の聖人も、やはりそのようにせられたのは当然のことなのである。
『論語、蕹也』に「仁者壽」というように、仁徳の者は、長寿にめぐまれるものだ。ここに列席した人たち、全員に、何れも万年の寿をうけられることであろうことを祈念しておわる。


(訳注)
當欲游南山行

〇当欲遊南山行 長者(有徳の人)を慕う歌。当は擬及び代に同じ、かえうたの意。


大匠無棄材,船車用不均。
また大いいなる匠の頭は、どんな材料でも、棄て去ることしないものだ。というのは、船には船に、事には車に、それぞれ適した材料を使いわけることをするからである。
〇大匠無棄材,船車用不均 大匠とは大工の長をいう。適材を適所に配置すべきことをのべる。均は同じ。


錐刀各異能,何所獨卻前。
また、錐と小刀は、ともに加工してそれぞれそのはたらきはちがうものをいかしていく。どうして、ただ単に片方だけを用いることで、他方を使わなくてよいことがあろうか、あろうはずがないのである。
〇錐刀 錐はきり、刀はナイフ。ともに小さいもの、「左伝」昭公六年に「錐刀の末」と見える。
○卻前 卻は退ける、前は進める意にとり、人は各上能力を異にするが故に、人材を使う者はこの人間を退けて、他の人間を採用することをしないという意味。


嘉善而矜愚,大聖亦同然。
できるものはほめてやり、できない愚かなものはあわれむのが大切なのだ。昔の聖人も、やはりそのようにせられたのは当然のことなのである。
〇嘉善而矜愚 善は能力のあるもの。「論語」子張第十九の三に「君子尊賢而容眾,嘉善而矜不能。」(君子、賢を尊びて衆を容れ、善を嘉【よみ】して不能を矜【あわ】れむ。)と見える。衿は憐れむ。
○大聖 昔の聖人をさす。


仁者各壽考,四坐咸萬年。
『論語、蕹也』に「仁者壽」というように、仁徳の者は、長寿にめぐまれるものだ。ここに列席した人たち、全員に、何れも万年の寿をうけられることであろうことを祈念しておわる。
○仁者各壽考,四坐咸萬年 
『論語、蕹也』「子曰、知者樂水、仁者樂山、知者動、仁者静、知者楽、仁者壽」(子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿し。)
曹植『箜篌引【くごいん】』では「先民誰不死,知命復何憂。」(昔の人で死なぬものが誰かいたであろうか。長寿を祈っても甲斐ないこと、『易経』に云うように天命を知れば何を憂えることがあろうか。)
今も昔も宴会においては披露する詩の終わりは『祈念』する言葉である。

當欲游南山行 曹植 魏詩<70> 女性詩738 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2238

曹植《當欲游南山行》 魏詩 曹植詩 第70首目



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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

當欲游南山行 曹植 魏詩<70> 女性詩738 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2238 


當欲游南山行
東海廣且深,由卑下百川。
東にながれこむ海は広くもまた深いものだが、それはうみは低いところにあればこそ、多くの川がくだり導き入れることができるのだ。
五嶽雖高大,不逆垢與塵。
聖地である五嶽は高くそびえていても、おり・かすやちりでよごれるのをこばむものではない。
良木不十圍,洪條無所因。
またよい木は、十かかえ以上でなければならず、その巨木でなければ、大きな枝をつけるわけにはゆかないのだ。
長者能博愛,天下寄其身。

同じょうに、徳行を備えた人は、びろく愛を及ぼすことができる。天下の人はそのもとに身をよせるのだ。
大匠無棄材,船車用不均。錐刀各異能,何所獨卻前。
嘉善而矜愚,大聖亦同然。仁者各壽考,四坐咸萬年。


(南山に遊ばんと欲する行に当う)
東海 広くして且つ深く、卑きに由り 百川をして下らしむ。
五嶽 高大なりと雖も、垢と塵とを逆まず。
良木も十囲ならざれば、洪条 因る所無し。
長者 能く博愛、天下 共の身を寄す。

大匠 材を棄つる無く、船と車と 用うるは均しからず。
錐 刀 各おの能を異にす、何んの独り卻前する所ぞ。
善を嘉して愚を衿れむ、大聖も亦た同じく然り。
仁者 各おの寿考にして、四坐 咸な万年ならん。

泰山の道観

















『當欲游南山行』 現代語訳と訳註
(本文)

東海廣且深,由卑下百川。
五嶽雖高大,不逆垢與塵。
良木不十圍,洪條無所因。
長者能博愛,天下寄其身。


(下し文)
(南山に遊ばんと欲する行に当う)
東海 広くして且つ深く、卑きに由り 百川をして下らしむ。
五嶽 高大なりと雖も、垢と塵とを逆まず。
良木も十囲ならざれば、洪条 因る所無し。
長者 能く博愛、天下 共の身を寄す。


(現代語訳)
東にながれこむ海は広くもまた深いものだが、それはうみは低いところにあればこそ、多くの川がくだり導き入れることができるのだ。
聖地である五嶽は高くそびえていても、おり・かすやちりでよごれるのをこばむものではない。
またよい木は、十かかえ以上でなければならず、その巨木でなければ、大きな枝をつけるわけにはゆかないのだ。
同じょうに、徳行を備えた人は、びろく愛を及ぼすことができる。天下の人はそのもとに身をよせるのだ。


(訳注)
當欲游南山行
〇当欲遊南山行
 長者(有徳の人)を慕う歌。当は擬及び代に同じ、かえうたの意。
〇南山 曹植は洛陽、北の陵墓である邙山に対して生まれ育つ「南の山」という表現をしている。
『種葛篇』「種葛南山下,葛藟自成陰。」
葛篇 曹植 魏詩<62-#1> 女性詩722 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2158
『名都篇』 「攬弓捷鳴鏑,驅上彼南山。」
名都篇 曹植 魏<57-#2> 女性詩711 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2103


東海廣且深,由卑下百川。
東にながれこむ海は広くもまた深いものだが、それはうみは低いところにあればこそ、多くの川がくだり導き入れることができるのだ。
〇東海 東の方の海だが、ここでは大海と同じ。川は東流して行き海に至る。東海の三山を云う場合蒼海という場合が多い。
〇卑 低いこと。


五嶽雖高大,不逆垢與塵。
聖地である五嶽は高くそびえていても、おり・かすやちりでよごれるのをこばむものではない。
〇五嶽 五岳(ごがく)は中国の道教の聖地である5つの山の総称。五名山とも呼ばれる。
陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北 の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。
 東岳 泰山(山東省泰安市泰山区)
 南岳 衡山(湖南省衡陽市衡山県)
 中岳 嵩山(河南省鄭州市登封市)
 西岳 華山(陝西省渭南市華陰市)
 北岳 恒山(山西省大同市渾源県)
神話によると万物の元となった盤古という神が死んだとき、その五体が五岳になったと言われている。
〇逆 こぼむ、しりぞける。
○垢与塵 垢はおり、かす。「


良木不十圍,洪條無所因。
またよい木は、十かかえ以上でなければならず、その巨木でなければ、大きな枝をつけるわけにはゆかないのだ。
〇十圍 十かかえ。圍は円形のものを計る単位。
〇洪条 大きな枝。
〇因 附若しで生ずる。連接する。


長者能博愛,天下寄其身。
同じょうに、徳行を備えた人は、びろく愛を及ぼすことができる。天下の人はそのもとに身をよせるのだ。
〇長者 徳行を備えた者、有徳の人。年長者、富裕者に対する呼称。教の擁護者

桂之樹行 #2 曹植 魏詩<69> 女性詩737 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2233

曹植《桂之樹行 #2 曹植》 魏詩 曹植詩 第69首目


2013年4月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩桂之樹行 #2 曹植 魏詩<69> 女性詩737 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2233
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第四五段(とおし) 宋玉  <00-#21>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 650 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2234
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集野望因過常少仙 成都5-(5) 杜甫 <458>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2235 杜甫詩1000-458-641/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝惠連 五首その(4) 謝霊運<47>西陵遇風獻康楽 その4 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2236 (04/17)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬従弟謝惠連 五首その(4) 謝霊運<47>西陵遇風獻康楽 その4 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2236 (04/17)
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

桂之樹行 #2 曹植 魏詩<69> 女性詩737 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2233 

桂之樹行
桂之樹,桂之樹,桂生一何麗佳。
桂の樹。おお、桂の樹。桂の生いしげるさまは、いったいなんとまあ美しいことだろう。
揚朱華而翠葉,流芳布天涯。
桂の樹の赤い花とみどりしげる葉は目にもあざやかで、ただよう芳香は、空のはてまでおおいつつむ。
上有棲鸞,下有盤螭。
桂がしげる樹上には鸞がやどり、桂の木の根もとにはみずちがどぐろをまいている。
桂之樹,得道之真人,

おお、桂の樹。天地の道をきわめた真実の人たちがいる。

咸來會講仙,教爾服食日精,
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。
要道甚省不煩,淡泊無為自然。
至上の道理はごく簡単なもので、わずらわしさなど全くない。「老子」がいう道家の徳目「淡泊、無為、自然」いいのだ。
乘趫萬里之外,去留隨意所欲存。
仙人の飛行術であるわらぐつに乗って、万里の外をかけり行く。だから、行くのも、ととまるのも、心の思うままだ。
高高上際於眾外,下下乃窮極地天。
高く高くのぼり、際まで昇りつづけ天地の外に到達し、下降をつづけては、天涯と地の果てとの間をきわめるのである

桂の樹の行
桂の樹,桂の樹,桂の生ずる 一に何ぞ麗佳【れいか】なる。
朱華と翠葉【すいよう】を揚げ,芳を流して天涯の布く。
上には棲もう鸞あり,下には盤る螭【みずち】有り。
桂の樹,得道の真人,

咸【みな】な來りて會りて仙を講じ,爾に日精【じつせい】を服食するを教う,
要道【ようどう】は甚だ省にして煩ならず,淡泊 無為にして自然なり。
趫【きゃく】に乘る萬里の外,去留して隨意するは 存せん欲する所と。
高く高くし上りて眾外に際り,下る下りては乃わち地天を窮極す。



『桂之樹行』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)
桂之樹行
咸來會講仙,教爾服食日精,
要道甚省不煩,淡泊無為自然。
乘趫萬里之外,去留隨意所欲存。
高高上際於眾外,下下乃窮極地天。



(下し文)
咸【みな】な來りて會りて仙を講じ,爾に日精【じつせい】を服食するを教う,
要道【ようどう】は甚だ省にして煩ならず,淡泊 無為にして自然なり。
趫【きゃく】に乘る萬里の外,去留して隨意するは 存せん欲する所と。
高く高くし上りて眾外に際り,下る下りては乃わち地天を窮極す。


(現代語訳)
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。
至上の道理はごく簡単なもので、わずらわしさなど全くない。「老子」がいう道家の徳目「淡泊、無為、自然」いいのだ。
仙人の飛行術であるわらぐつに乗って、万里の外をかけり行く。だから、行くのも、ととまるのも、心の思うままだ。
高く高くのぼり、際まで昇りつづけ天地の外に到達し、下降をつづけては、天涯と地の果てとの間をきわめるのである。


(訳注)
○桂之樹行 桂之樹の歌。宴会の席上、客の長寿をことほぐためのものと想像される。この節の制作年代は不明である。


咸來會講仙,教爾服食日精,
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。
○日精 霞のこと。「太平御覧」巻六百七十に「九真筆妃」を引き、「日は霞の実にして、霞は日の構なh紀という。


要道甚省不煩,淡泊無為自然。
至上の道理はごく簡単なもので、わずらわしさなど全くない。「老子」がいう道家の徳目「淡泊、無為、自然」いいのだ。
○要道 道家の悟というほどの意。至の道理去ってもよい。この句は古詩源『善哉行』「淮南八公、要道不煩。」(淮南八公、要道煩わしからず。)に基づく。長寿の要術。
○淡泊、無為、自然 いずれも道家の教える徳目である。「老子」などに見える。淡泊は澹泊ともかく、あっさりしていること。


乘趫萬里之外,去留隨意所欲存。
仙人の飛行術であるわらぐつに乗って、万里の外をかけり行く。だから、行くのも、ととまるのも、心の思うままだ。
○乘趫 趫はわらであんだくつ。乘趫は仙人の飛行術をいう。
○意 心のほたらきをいう。
○存 思う、むかう。


高高上際於眾外,下下乃窮極地天。
高く高くのぼり、際まで昇りつづけ天地の外に到達し、下降をつづけては、天涯と地の果てとの間をきわめるのである。
○際 至る。
○衆外 一切の物の外。天地の外。。


桂之樹行 曹植 魏詩<68> 女性詩736 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2228

曹植《桂之樹行》魏詩<曹植詩-第68首目>

2013年4月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩桂之樹行 曹植 魏詩<68> 女性詩736 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2228
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段(とおし) 宋玉  <00-#20>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 649 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2229
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Ⅲ杜甫詩1000詩集赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝蕙運 五首その(2) 謝霊運<45>西陵遇風獻康楽 その2 謝蕙運 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2226 (04/15)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

桂之樹行 曹植 魏詩<68> 女性詩736 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2228



桂之樹行
桂之樹,桂之樹,桂生一何麗佳。
桂の樹。おお、桂の樹。桂の生いしげるさまは、いったいなんとまあ美しいことだろう。
揚朱華而翠葉,流芳布天涯。
桂の樹の赤い花とみどりしげる葉は目にもあざやかで、ただよう芳香は、空のはてまでおおいつつむ。
上有棲鸞,下有盤螭。
おお、桂の樹。天地の道をきわめた真実の人たちがいる。
桂之樹,得道之真人,
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。

咸來會講仙,教爾服食日精,
要道甚省不煩,淡泊無為自然。
乘趫萬里之外,去留隨意所欲存。
高高上際於眾外,下下乃窮極地天。

桂の樹の行
桂の樹,桂の樹,桂の生ずる 一に何ぞ麗佳【れいか】なる。
朱華と翠葉【すいよう】を揚げ,芳を流して天涯の布く。
上には棲もう鸞あり,下には盤る螭【みずち】有り。
桂の樹,得道の真人,

咸【みな】な來りて會りて仙を講じ,爾に日精【じつせい】を服食するを教う,
要道【ようどう】は甚だ省にして煩ならず,淡泊 無為にして自然なり。
趫【きゃく】に乘る萬里の外,去留して隨意するは 存せん欲する所と。
高く高くし上りて眾外に際り,下る下りては乃わち地天を窮極す。


『桂之樹行』 現代語訳と訳註
(本文)
桂之樹行
桂之樹,桂之樹,桂生一何麗佳。
揚朱華而翠葉,流芳布天涯。
上有棲鸞,下有盤螭。
桂之樹,得道之真人,

咸來會講仙,教爾服食日精,
要道甚省不煩,淡泊無為自然。
乘趫萬里之外,去留隨意所欲存。
高高上際於眾外,下下乃窮極地天。


(下し文) 桂の樹の行
桂の樹,桂の樹,桂の生ずる 一に何ぞ麗佳【れいか】なる。
朱華と翠葉【すいよう】を揚げ,芳を流して天涯の布く。
上には棲もう鸞あり,下には盤る螭【みずち】有り。
桂の樹,得道の真人,
咸【みな】な來りて會りて仙を講じ,爾に日精【じつせい】を服食するを教う,
要道【ようどう】は甚だ省にして煩ならず,淡泊 無為にして自然なり。
趫【きゃく】に乘る萬里の外,去留して隨意するは 存せん欲する所と。
高く高くし上りて眾外に際り,下る下りては乃わち地天を窮極す。


(現代語訳)
桂の樹。おお、桂の樹。桂の生いしげるさまは、いったいなんとまあ美しいことだろう。
桂の樹の赤い花とみどりしげる葉は目にもあざやかで、ただよう芳香は、空のはてまでおおいつつむ。
おお、桂の樹。天地の道をきわめた真実の人たちがいる。
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。


(訳注)
桂之樹行

○桂之樹行 桂之樹の歌。宴会の席上、客の長寿をことほぐためのものと想像される。この節の制作年代は不明である。


桂之樹,桂之樹,桂生一何麗佳。
桂の樹。おお、桂の樹。桂の生いしげるさまは、いったいなんとまあ美しいことだろう。
○桂 「楚辞」に登場する桂は、白い花をつける丹桂(牡桂)だがここでいう「朱華」は丹桂をさしている。
○麗佳 佳麗と同じ。桂樹叢生してうつくしい意に解する。楚辞『遠游』「麗佳樹之冬榮。」(佳樹之冬榮を麗しとす。)“桂は冬でも凋まずしげり、花の咲くのを美しいと思う。”に基づいている。


揚朱華而翠葉,流芳布天涯。
桂の樹の赤い花とみどりしげる葉は目にもあざやかで、ただよう芳香は、空のはてまでおおいつつむ。
○朱華 丹桂。


上有棲鸞,下有盤螭。
桂がしげる樹上には鸞がやどり、桂の木の根もとにはみずちがどぐろをまいている。
○鸞 鳳に似た霊鳥、青色のかった五色の鳥という。「広雅」釈鳥に見える。
○盤螭 盤はとぐろをまく。螭は和名ミズチ。竜の一種で霊獣である。中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる。


桂之樹,得道之真人,
おお、桂の樹。天地の道をきわめた真実の人たちがいる。
○得道之真人 道は天地の道。そこで真人を得たり


咸來會講仙,教爾服食日精,
みなここに集ってきて、神仙の道を談じ、君に霞を食う方法を教える。
○日精 霞のこと。「太平御覧」巻六百七十に「九真筆妃」を引き、「日は霞の実にして、霞は日の構なh紀という。

門有萬里客 曹植 Ⅰ魏詩<67> 735 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2223

曹植  門有萬里客

2013年4月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
 
門有萬里客 曹植 Ⅰ魏詩<67> 735 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2223



門有萬里客
門有萬里客,問君何鄉人?
門前をはるか万里のかなたからやって来た旅人がいる。「あなたは何処のお方ですか。」とたずねる。
褰裳起從之,果得心所親。
わたしはもすそをかかげて立ちあがり、そのひとのあとを追いかけた。思った通りのうちとけられる人であった。
挽裳對我泣,太息前自陳:
その人は私のもすそをひっぱって涙を流し、大きくためいきをつき、わたしの前で、自らすすんで話をしてくれた。
本是朔方士,今為吳越民。
「私はもと、北方の人間でしたが、今は江南の呉越の地に住んでおります。
行行將復行,去去適西秦。
それがそのひとは旅から旅を重ねていて、これからもまたはるばると西の秦の地へ、いくといいます。」


(門に万里の客有り)
門に万里の客有り、君に問う 何れの郷の人ぞと。
裳【もすそ】を褰【かか】げ 起ちて之に従い、果して心の親しむ所を得たり。
裳が挽き 我に対して泣き、太息し 前みて自ら陳ぶ。
本は是れ 朔方の士なるに、今は 呉越の民と為る。
行き行きで将に復た行かんとし、去り去りて西秦に適かん。

終南山03


『門有萬里客』 現代語訳と訳註
(本文)
門有萬里客
門有萬里客,問君何鄉人?
褰裳起從之,果得心所親。
挽裳對我泣,太息前自陳:
本是朔方士,今為吳越民。
行行將復行,去去適西秦。


(下し文) (門に万里の客有り)
門に万里の客有り、君に問う 何れの郷の人ぞと。
裳【もすそ】を褰【かか】げ 起ちて之に従い、果して心の親しむ所を得たり。
裳が挽き 我に対して泣き、太息し 前みて自ら陳ぶ。
本は是れ 朔方の士なるに、今は 呉越の民と為る。
行き行きで将に復た行かんとし、去り去りて西秦に適かん。


(現代語訳)
門前をはるか万里のかなたからやって来た旅人がいる。「あなたは何処のお方ですか。」とたずねる。
わたしはもすそをかかげて立ちあがり、そのひとのあとを追いかけた。思った通りのうちとけられる人であった。
その人は私のもすそをひっぱって涙を流し、大きくためいきをつき、わたしの前で、自らすすんで話をしてくれた。
「私はもと、北方の人間でしたが、今は江南の呉越の地に住んでおります。
それがそのひとは旅から旅を重ねていて、これからもまたはるばると西の秦の地へ、いくといいます。」


(訳注)
門有萬里客
門有萬里客,問君何鄉人?
門前をはるか万里のかなたからやって来た旅人がいる。「あなたは何処のお方ですか。」とたずねる。
○門有万里客 旅人の歌。遠い他国に旅行する旅人の悲しみを歌うものだが、頻頻と封地をかえられる曹植自身の悲しみを託したものとの説もある。制作年代は不明。


褰裳起從之,果得心所親。
わたしはもすそをかかげて立ちあがり、そのひとのあとを追いかけた。思った通りのうちとけられる人であった。
○褰裳 裳を両手でひっぱり上げること。すそをからげる。


挽裳對我泣,太息前自陳:
その人は私のもすそをひっぱって涙を流し、大きくためいきをつき、わたしの前で、自らすすんで話をしてくれた。


本是朔方士,今為吳越民。
「私はもと、北方の人間でしたが、今は江南の呉越の地に住んでおります。
○朔方 北方をいう。
○呉越 国名、江蘇浙江のあたりをさす。


行行將復行,去去適西秦。
それがそのひとは旅から旅を重ねていて、これからもまたはるばると西の秦の地へ、いくといいます。」
○行行将復行 遠い道のりを旅し、これからも更に旅をつづける。古詩十九首之一.
行行重行行、與君生別離。
相去萬餘里、各在天一涯。
道路阻且長、會面安可知。
胡馬依北風、越鳥巣南枝。
相去日已遠、衣帯日已緩。
浮雲蔽白日、遊子不顧返。
思君令人老、歳月忽已晩。
棄捐勿復道、努力加餐飯。
古詩十九首之一 (1) 漢詩<88>Ⅱ李白に影響を与えた詩520 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1377
○適 行く。
○西秦 秦は昔の国名、領土が陝西から甘粛に及ん
でいたので、その位置は西である。以上用いた地名は、必ずしも実際の土地をさしたものではなく、旅行が遠距離にわたることを示すもの。後世の六朝から唐になると長安・鳳翔方面を云うことになる。
李清照0002211道観

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#5>古詩源 巻五 女性詩734 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2218

曹植 聖皇篇 魏詩<66-#5>

2013年4月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#5>古詩源 巻五 女性詩734 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2218
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#5>古詩源 巻五 女性詩734 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2218


聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。

#2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
迫有官典憲。不得顧恩私。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。
諸王當就國。璽綬何累縗。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
便時舍外殿。宮省寂無人。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
主上增顧念。皇母懷苦辛。

天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。


#3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。
どういうわけかかずかずの贈り物を賜るのである。官の府庫を殆んど空にしての宝物をなくしてしまうのだ。
文錢百億萬。采帛若煙雲。
文銭は百億万ほど、五色の絹布は雲の如く多くである。
乘輿服御物。錦羅與金銀。
馬車、衣服には、錦や、うす絹、金銀の飾りをつけて。
龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
竜をえがいた旗には九つの吹き流しが垂れさがり、羽を飾った車蓋は、車の行列に入りまじっている。
諸王自計念。無功荷厚德。
諸王がみずから考えるのに、この厚恩をになうにたる功績は何もないのだ。


#4
思一效筋力。糜軀以報國。
思いを一つにして骨身をおしまず、疲弊するまでその身を犠牲にして国の恩にむくいようと心に期す。
鴻臚擁節衛。副使隨經營。
出発となると、案内接待役の鴻臚官は印の旗を押し立てて護衛し、副使はそれにお伴して、何くれと世話をしてくれる。
貴戚並出送。夾道交輜軿。
文帝の外戚の方々まで見送りに出ていならぶ、道の両側には垂れ幕のある車もまじっている。
車服齊整設。韡曄耀天精。
こちらには四頭馬車の前列2頭がきちんと鼻を整えている。そのかがやかしさは、晴天の日光に照りはえる。
武騎衛前後。鼓吹簫笳聲。

武装騎兵が前後を厳重警備し、鼓を打ち簫茄を吹き鳴らして見送るという大袈裟な護衛ぶりである。

#5
祖道魏東門、淚下沾冠纓。
魏都の東門に開かれた送別の宴にのぞんだ。涙がしたたり流れおち、冠のひもをうるおしている。
扳蓋因內顧、俛仰慕同生。
車蓋によじのぼり、車の内側から眺めやり、仰向いたり、うつむいたりして、兄との別れを惜んだ。
行行將日暮、何時還闕庭。
行けば行くほどに日は暮れていく。今この都を立ち去れば、いつまた朝廷に還ってくることができるだろうか。
車輪為徘徊、四馬躊躇鳴。
車輪がためらってふらふら進みかねており、四頭馬もまよいためらってただいななく。
路人尚酸鼻、何況骨肉情。

路ゆく人はなおいたみ悲しみ涕涙する。まして、骨肉の別れの情がどれほどにはたえがたいものであるのだ。

#5
魏の東門に祖道すれば。淚下りて冠纓【かんえい】を沾す。
蓋に扳【よ】じて內因顧。俛仰【ふぎょう】して同生を慕う。
行き行きて將に日暮れなんとし、何れの時にか闕庭【けつてい】に還らん。
車輪為に徘徊し、四馬 躊躇【ちゅうちょ】して鳴く。
路人すら尚お酸鼻【さんび】し、何ぞ況んや骨肉の情をや。

姑蘇台02
『聖皇篇』#5 現代語訳と訳註
(本文)
#5
祖道魏東門。淚下沾冠纓。
扳蓋因內顧。俛仰慕同生。
行行將日暮。何時還闕庭。
車輪為徘徊。四馬躊躇鳴。
路人尚酸鼻。何況骨肉情。


(下し文) #5
魏の東門に祖道すれば。淚下りて冠纓【かんえい】を沾す。
蓋に扳【よ】じて內因顧。俛仰【ふぎょう】して同生を慕う。
行き行きて將に日暮れなんとし、何れの時にか闕庭【けつてい】に還らん。
車輪為に徘徊し、四馬 躊躇【ちゅうちょ】して鳴く。
路人すら尚お酸鼻【さんび】し、何ぞ況んや骨肉の情をや。


(現代語訳)
魏都の東門に開かれた送別の宴にのぞんだ。涙がしたたり流れおち、冠のひもをうるおしている。
車蓋によじのぼり、車の内側から眺めやり、仰向いたり、うつむいたりして、兄との別れを惜んだ。
行けば行くほどに日は暮れていく。今この都を立ち去れば、いつまた朝廷に還ってくることができるだろうか。
車輪がためらってふらふら進みかねており、四頭馬もまよいためらってただいななく。
路ゆく人はなおいたみ悲しみ涕涙する。まして、骨肉の別れの情がどれほどにはたえがたいものであるのだ。


(訳注) #5
祖道魏東門、淚下沾冠纓。

魏都の東門に開かれた送別の宴にのぞんだ。涙がしたたり流れおち、冠のひもをうるおしている。
・祖道 道中安全を祈る祭を行なうこと。
祖は黄帝の子纍祖で、遠選を好み道中で死んだので旅行の神として祭るという。
・魏東門 魏都 洛陽の東門。


扳蓋因內顧、俛仰慕同生。
車蓋によじのぼり、車の内側から眺めやり、仰向いたり、うつむいたりして、兄との別れを惜んだ。
・扳蓋 車の蓋(きぬがさ)にのぼること。
・同生 肉身の兄弟、文帝のこと。


行行將日暮。何時還闕庭。
行けば行くほどに日は暮れていく。今この都を立ち去れば、いつまた朝廷に還ってくることができるだろうか。


車輪為徘徊。四馬躊躇鳴。
車輪がためらってふらふら進みかねており、四頭馬もまよいためらってただいななく。
・徘徊 あてもなく、うろうろと歩きまわること。
・躊躇 あれこれ迷って決心できないこと。ためらうこと。


路人尚酸鼻。何況骨肉情。
路ゆく人はなおいたみ悲しみ涕涙する。まして、骨肉の別れの情がどれほどにはたえがたいものであるのだ。
・酸鼻 悲しみ傷むことの甚だしいこと。酸は痛、悲しみの涕涙が流れ鼻腔の痛みを覚え

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#4>古詩源 巻五 女性詩733 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2213

聖皇篇 曹植 66-#4

2013年4月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#4>古詩源 巻五 女性詩733 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2213



聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。


#2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
迫有官典憲。不得顧恩私。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。
諸王當就國。璽綬何累縗。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
便時舍外殿。宮省寂無人。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
主上增顧念。皇母懷苦辛。
天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。


#3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。
どういうわけかかずかずの贈り物を賜るのである。官の府庫を殆んど空にしての宝物をなくしてしまうのだ。
文錢百億萬。采帛若煙雲。
文銭は百億万ほど、五色の絹布は雲の如く多くである。
乘輿服御物。錦羅與金銀。
馬車、衣服には、錦や、うす絹、金銀の飾りをつけて。
龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
竜をえがいた旗には九つの吹き流しが垂れさがり、羽を飾った車蓋は、車の行列に入りまじっている。
諸王自計念。無功荷厚德。
諸王がみずから考えるのに、この厚恩をになうにたる功績は何もないのだ。


#4
思一效筋力。糜軀以報國。
思いを一つにして骨身をおしまず、疲弊するまでその身を犠牲にして国の恩にむくいようと心に期す。
鴻臚擁節衛。副使隨經營。
出発となると、案内接待役の鴻臚官は印の旗を押し立てて護衛し、副使はそれにお伴して、何くれと世話をしてくれる。
貴戚並出送。夾道交輜軿。
文帝の外戚の方々まで見送りに出ていならぶ、道の両側には垂れ幕のある車もまじっている。
車服齊整設。韡曄耀天精。
こちらには四頭馬車の前列2頭がきちんと鼻を整えている。そのかがやかしさは、晴天の日光に照りはえる。
武騎衛前後。鼓吹簫笳聲。
武装騎兵が前後を厳重警備し、鼓を打ち簫茄を吹き鳴らして見送るという大袈裟な護衛ぶりである。
思えらく一たび筋力を效し、躯を糜【ただ】らして以て國に報ぜんと。
鴻臚は節を擁して衛【まも】り、副使は随って経営す。
貴戚遠に出でて送り、道を爽んで輜軿【しへい】を交う。
車服斉しく整設し、韡曄【かよう】として天精に曜【かがや】く。
武騎前後を衛【まも】り、鼓吹【こすい】簫笳【しょうか】の聲あり。

#5
祖道魏東門。淚下沾冠纓。
扳蓋因內顧。俛仰慕同生。
行行將日暮。何時還闕庭。
車輪為徘徊。四馬躊躇鳴。
路人尚酸鼻。何況骨肉情。


『聖皇篇』#4 現代語訳と訳註
浮桟橋00(本文)
#4
思一效筋力。糜軀以報國。
鴻臚擁節衛。副使隨經營。
貴戚並出送。夾道交輜軿。
車服齊整設。韡曄耀天精。
武騎衛前後。鼓吹簫笳聲。


(下し文)
思えらく一たび筋力を效し、躯を糜【ただ】らして以て國に報ぜんと。
鴻臚は節を擁して衛【まも】り、副使は随って経営す。
貴戚遠に出でて送り、道を爽んで輜軿【しへい】を交う。
車服斉しく整設し、韡曄【かよう】として天精に曜【かがや】く。
武騎前後を衛【まも】り、鼓吹【こすい】簫笳【しょうか】の聲あり。


(現代語訳)
思いを一つにして骨身をおしまず、疲弊するまでその身を犠牲にして国の恩にむくいようと心に期す。
出発となると、案内接待役の鴻臚官は印の旗を押し立てて護衛し、副使はそれにお伴して、何くれと世話をしてくれる。
文帝の外戚の方々まで見送りに出ていならぶ、道の両側には垂れ幕のある車もまじっている。
こちらには四頭馬車の前列2頭がきちんと鼻を整えている。そのかがやかしさは、晴天の日光に照りはえる。
武装騎兵が前後を厳重警備し、鼓を打ち簫茄を吹き鳴らして見送るという大袈裟な護衛ぶりである。


(訳注) #4
思一效筋力。糜軀以報國。

思いを一つにして骨身をおしまず、疲弊するまでその身を犠牲にして国の恩にむくいようと心に期す。
・糜 ①かゆ。②ただれる。疲弊する。


鴻臚擁節衛。副使隨經營。
出発となると、案内接待役の鴻臚官は印の旗を押し立てて護衛し、副使はそれにお伴して、何くれと世話をしてくれる。
・鴻臚 中国の官職名。外国からの来賓の応接を担当した職。周官大行人の職、朝賀慶弔の案内接待などを掌る官。
・節 鴻臚たる印の旗。
・副使 鴻臆の副使である。
・隨經營 鴻臚につき従って送行の事務を掌ること。


貴戚並出送。夾道交輜軿。
文帝の外戚の方々まで見送りに出ていならぶ、道の両側には垂れ幕のある車もまじっている。
・貴戚 文帝の外戚。
・輜軿 四面に屏障のある車、婦人用。


車服齊整設。韡曄耀天精。
こちらには四頭馬車の前列2頭がきちんと鼻を整えている。そのかがやかしさは、晴天の日光に照りはえる。
・車服 服は、四頭だての馬車の中央、なかえをはさんで並ぶ二頭の馬。
・韡曄 光りかがやくさま。
・天精 日光。


武騎衛前後。鼓吹簫笳聲。
武装騎兵が前後を厳重警備し、鼓を打ち簫茄を吹き鳴らして見送るという大袈裟な護衛ぶりである。
・武騎衛前後 武装騎兵が前後を守って護送を厳重にていること。朝廷がこの段階では漢から禅譲を得て文帝が即位したもの不安定であったための諸公を信じることが出来ない状況であったことをいう。

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208

曹植 聖皇篇 -#3

2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208


聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。

#2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
迫有官典憲。不得顧恩私。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。
諸王當就國。璽綬何累縗。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
便時舍外殿。宮省寂無人。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
主上增顧念。皇母懷苦辛。
天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。


#3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。
どういうわけかかずかずの贈り物を賜るのである。官の府庫を殆んど空にしての宝物をなくしてしまうのだ。
文錢百億萬。采帛若煙雲。
文銭は百億万ほど、五色の絹布は雲の如く多くである。
乘輿服御物。錦羅與金銀。
馬車、衣服には、錦や、うす絹、金銀の飾りをつけて。
龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
竜をえがいた旗には九つの吹き流しが垂れさがり、羽を飾った車蓋は、車の行列に入りまじっている。
諸王自計念。無功荷厚德。
諸王がみずから考えるのに、この厚恩をになうにたる功績は何もないのだ。

#3
何を以ってか贈賜【そうし】と為す。府を傾けて寶珍【ほうちん】を竭【つく】す。
文錢【もんせん】百億萬。采帛【さいはく】煙雲の若し。
乘輿【じょうよ】服御【ふくぎょ】の物。錦羅【きんら】と金銀と。
龍旗【りゅうき】垂九旒【きゅうりゅう】を。羽蓋【うがい】は班輪【はんりん】に參【まじ】わる。
諸王 自ら計り念う。功の厚德を荷なう無し。


泰山の夕日02









『聖皇篇』#3 現代語訳と訳註
(本文)
#3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。
文錢百億萬。采帛若煙雲。
乘輿服御物。錦羅與金銀。
龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
諸王自計念。無功荷厚德。


(下し文)
何を以ってか贈賜【そうし】と為す。府を傾けて寶珍【ほうちん】を竭【つく】す。
文錢【もんせん】百億萬。采帛【さいはく】煙雲の若し。
乘輿【じょうよ】服御【ふくぎょ】の物。錦羅【きんら】と金銀と。
龍旗【りゅうき】垂九旒【きゅうりゅう】を。羽蓋【うがい】は班輪【はんりん】に參【まじ】わる。
諸王 自ら計り念う。功の厚德を荷なう無し。


(現代語訳)
どういうわけかかずかずの贈り物を賜るのである。官の府庫を殆んど空にしての宝物をなくしてしまうのだ。
文銭は百億万ほど、五色の絹布は雲の如く多くである。
馬車、衣服には、錦や、うす絹、金銀の飾りをつけて。
竜をえがいた旗には九つの吹き流しが垂れさがり、羽を飾った車蓋は、車の行列に入りまじっている。
諸王がみずから考えるのに、この厚恩をになうにたる功績は何もないのだ。


(訳注) #3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。

どういうわけかかずかずの贈り物を賜るのである。官の府庫を殆んど空にしての宝物をなくしてしまうのだ。
・傾府 官の府庫を殆んど空しくすること。傾国と同じ。


文錢百億萬。采帛若煙雲。
文銭は百億万ほど、五色の絹布は雲の如く多くである。
・文銭 紋様ある銭貨。
・采吊 五色の絹布。


乘輿服御物。錦羅與金銀。
馬車、衣服には、錦や、うす絹、金銀の飾りをつけて。


龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
竜をえがいた旗には九つの吹き流しが垂れさがり、羽を飾った車蓋は、車の行列に入りまじっている。
・乗輿服御物 車馬、衣服の炉。
・竜族 族は端に鈴をかけたはた。昇り竜と下り竜とを描いた赤色のはたという。
・班輪 班次ある車輪。列をなした車輪。黄節の註では班鱗に同じと見、色のまじって光彩ある意とした。


諸王自計念。無功荷厚德。
諸王がみずから考えるのに、この厚恩をになうにたる功績は何もないのだ。
汜水関などの地図

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#2>古詩源 巻五 女性詩731 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2203

曹植 聖皇篇 -#2

2013年4月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#2>古詩源 巻五 女性詩731 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2203
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


聖皇篇 曹植 魏詩<66-#2>古詩源 巻五 女性詩731 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2203



聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。

#2
紅梅0021沉吟有愛戀。不忍听可之。
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
迫有官典憲。不得顧恩私。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。
諸王當就國。璽綬何累縗。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
便時舍外殿。宮省寂無人。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
主上增顧念。皇母懷苦辛。

天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。

沈吟【ちんぎん】して愛戀【あいれん】する有れども、之を聴可【ちょうか】するに忍へず。
迫るに官の典憲有りて、恩私を顧るを得ず。
諸王は國に就くに當りて、璽綬【じじゅ】何ぞ累縗【るいさい】たる。
便時に外殿に舎するに、宮省には寂として人無し。



『聖皇篇』―#2 現代語訳と訳註
bijo02(本文)
#2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
迫有官典憲。不得顧恩私。
諸王當就國。璽綬何累縗。
便時舍外殿。宮省寂無人。
主上增顧念。皇母懷苦辛。


(下し文)
沈吟【ちんぎん】して愛戀【あいれん】する有れども、之を聴可【ちょうか】するに忍へず。
迫るに官の典憲有りて、恩私を顧るを得ず。
諸王は國に就くに當りて、璽綬【じじゅ】何ぞ累縗【るいさい】たる。
便時に外殿に舎するに、宮省には寂として人無し。


(現代語訳)
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。


(訳注) #2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
この奏上を深く憂思していても、皇帝を慕わしく思う心情で心をこめて申しあげる。これをとりあげていちいち謁見をたまわる労には堪えがたい。
・沈吟 深く憂思して申し上げる。
・不忍听可之 いちいち謁見するに堪えがたい意。文帝が疑心をいだいて、面謁を許さぬことを婉曲にいったのである。听:(聽)(聼)


迫有官典憲。不得顧恩私。
且つ官のならわしとおきて、決まりに迫られ、恩愛があり、私情にとらわれることはできないとされている。


諸王當就國。璽綬何累縗。
諸王はそれぞれの国に帰任するに際して、諸王への印綬はすでに身に垂れて用意は整っている。
・累縗 印綬の連なって垂れたさま。縗はもと喪中に胸の前にたらす、長さ六寸巾四寸の布をいう。ここは前後を見て、単に垂下の意に用いるもの。


便時舍外殿。宮省寂無人。
出発に際し重ねて謁を乞うため、都合よろしい時にあわせて外殿に宿し待っている。宮廷は人を疎んじ遠ざけていてひっそりとして人の声もない。
・便時 謁見に都合よろしい時。
・舎外敵 疑われて内殿に入るを許されなかった。
・寂無人 人を疎んじ遠ざけている意。


主上增顧念。皇母懷苦辛。
天子は彼らをかえりみられ同情の念を増され、母卞太后も苦痛に思召され、かずかずの贈り物を賜るのである。
・皇母 文帝および作者の生母卞太后のこと。

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#1> 女性詩730 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2198

曹植 聖皇篇


2013年4月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#1> 女性詩730 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2198
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聖皇篇 曹植 魏詩<66-#1> 女性詩730 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2198

《曹植全集︰聖皇篇 》

 
聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
九州咸賓服。威德洞八幽。
三公奏諸公。不得久淹留。
蕃位任至重。舊章咸率由。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
#2
沉吟有愛戀。不忍听可之。
迫有官典憲。不得顧恩私。
諸王當就國。璽綬何累縗。
便時舍外殿。宮省寂無人。
主上增顧念。皇母懷苦辛。
#3
何以為贈賜。傾府竭寶珍。
文錢百億萬。采帛若煙雲。
乘輿服御物。錦羅與金銀。
龍旗垂九旒。羽蓋參班輪。
諸王自計念。無功荷厚德。
#4
思一效筋力。糜軀以報國。
鴻臚擁節衛。副使隨經營。
貴戚並出送。夾道交輜軿。
車服齊整設。韡曄耀天精。
武騎衛前後。鼓吹簫笳聲。
#5
祖道魏東門。淚下沾冠纓。
扳蓋因內顧。俛仰慕同生。
行行將日暮。何時還闕庭。
車輪為徘徊。四馬躊躇鳴。
路人尚酸鼻。何況骨肉情。


聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。

聖皇篇
聖皇暦数に應じ、正に康くして帝道休なり。
九州咸賓服し、威徳八幽に洞る。
三公誇公を奏し、久しく淹留するを得ざらしむ。
蕃位任は至りて重く、舊章咸【ことごと】く率由す。
侍臣文を省て奏し、陛下は仁慈を體す。

銅雀臺00
『聖皇篇』 現代語訳と訳註
(本文)
聖皇篇 
聖皇應歷數。正康帝道休。
九州咸賓服。威德洞八幽。
三公奏諸公。不得久淹留。
蕃位任至重。舊章咸率由。
侍臣省文奏。陛下體仁慈。


(下し文) 聖皇篇
聖皇暦数に應じ、正に康くして帝道休なり。
九州咸賓服し、威徳八幽に洞る。
三公誇公を奏し、久しく淹留するを得ざらしむ。
蕃位任は至りて重く、舊章咸【ことごと】く率由す。
侍臣文を省て奏し、陛下は仁慈を體す。


(現代語訳)
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。


(訳注)
聖皇篇 

泰山の夕日02・聖皇篇 
詩は曹操が死んで文帝即位後、諸侯王たる作者などが上謁を終わり、藩邑に帰任する時、帝徳を頌し、兄弟離別の情を叙したのである。この時、作者曹植はこれから疎んぜられることを知って、これを憂えた意をのべたものと思われる。おそらくは「贈白馬王彪」また文選に見える「上責窮応詔詩表」(窮を責め詔に応ずる詩を上る表)を作った223年黄初四年の作で、作詩の動機もそれによってうかがわれよう。
・聖皇 文帝を指す。


聖皇應歷數。正康帝道休。
聖天子は天の暦数に応じて即位し、天下の正道は安らかに、帝道は大いに行なわれる。
・応暦数 暦数は即位のめぐりあわせ。論語・堯日篇に「天の暦数爾が躬に在り」。ここは天意に応じて即位するの意。


九州咸賓服。威德洞八幽。
天下九州はみな賓として来たり平服し、威徳は八方幽遠の地までおよぶにいたった。
・九州 古、天下を分かって九州とした。
・賓服 賓として来たり服すること。
・八幽 八方幽遠の地。


三公奏諸公。不得久淹留。
このときの朝廷の重臣からの上奏があり、奉賀のため入朝した諸公王はいつまでも都にとどまってはならないとの勅命であった。
・三公 朝廷の重臣、大尉・司空・司徒。
・諸公 各地に封ぜられた藩士をいう。
・不得久掩留 黄初元年から藩公は必ず封地に赴任せねばならぬ定めであった。


蕃位任至重。舊章咸率由。
それはすべて旧来の法令にもとづいたもので、藩公の任は特に重いものであるから、藩公は速かに任地に帰ることを定めとしたのである。


侍臣省文奏。陛下體仁慈。
藩公から内奏した文書はいちいち侍臣が点検して奏上する定めであり、その上で陛下のなさけ深さにすがることになる。
・侍臣 近侍の重臣、すなわち、三公。
・省文奏 藩公のたてまつった文書を省察し、奏進すること。

當來日大難 曹植 魏詩<65> 女性詩729 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2193

曹植 當來日大難 


2013年4月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

當來日大難 曹植 魏詩<65> 女性詩729 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2193


當來日大難
日苦短,樂有餘,
一日はいやになるほど短いいのだが、楽しもうとおもえばありあまるほどある。
乃置玉樽辦東廚。
そこで酒だるをそなえ、料理場に仕度をととのえる。
廣情故,心相於。
そして、ここにいる皆々は心を大らかにしよう、互いに心から親しみ合おうではないか。
闔門置酒,和樂欣欣。
門は鍵のかんのきをかけてしめたし、酒は沢山準備してある。だから、なごやかに楽しみ、心嬉しく過ごせるのだ。
游馬後來,轅車解輪。
馬は外へだして自由にして遊ばせてやるし、車の轅を立てかけ、車の輪をはずして、客をひきとどめることした。
今日同堂,出門異鄉。
今日はこうしておなじ宴座で喜びをかわしても、門を出れば故郷は違うのだ。
別易會難,各盡杯觴。
別れるのはたやすいが、会うのは困難なことなのだ。それぞれ全員が、杯を傾け、飲み干そうではないか。

「来日【らいじつ】大に難し」に當【あた】る
日の短きを苦しみ、欒しみは餘りあり。乃ち玉樽【ぎょくそん】を置きて、東厨【とうちゅう】を辦【べん】ぜしむ。
情故【じょうこ】を廣くし、心相於【した】しむ。
門を闔【と】ざして酒を置き、和欒【わらく】して欣欣【きんきん】たり。
馬を遊ばして後れ来らしめ、轅車【えんしゃ】は輪を解かしむ。
今日堂を同じくするも、門を出づれは郷を異にす。
別るるは易く会ふは難し、各の杯觴【はいしょう】を盡せ。


『當來日大難』 現代語訳と訳註
aki02(本文)

日苦短,樂有餘,
乃置玉樽辦東廚。
廣情故,心相於。
闔門置酒,和樂欣欣。
游馬後來,轅車解輪。
今日同堂,出門異鄉。
別易會難,各盡杯觴。


(下し文)
「来日【らいじつ】大に難し」に當【あた】る
日の短きを苦しみ、欒しみは餘りあり。乃ち玉樽【ぎょくそん】を置きて、東厨【とうちゅう】を辦【べん】ぜしむ。
情故【じょうこ】を廣くし、心相於【した】しむ。
門を闔【と】ざして酒を置き、和欒【わらく】して欣欣【きんきん】たり。
馬を遊ばして後れ来らしめ、轅車【えんしゃ】は輪を解かしむ。
今日堂を同じくするも、門を出づれは郷を異にす。
別るるは易く会ふは難し、各の杯觴【はいしょう】を盡せ。


(現代語訳)
一日はいやになるほど短いいのだが、楽しもうとおもえばありあまるほどある。そこで酒だるをそなえ、料理場に仕度をととのえる。
そして、ここにいる皆々は心を大らかにしよう、互いに心から親しみ合おうではないか。
門は鍵のかんのきをかけてしめたし、酒は沢山準備してある。だから、なごやかに楽しみ、心嬉しく過ごせるのだ。
馬は外へだして自由にして遊ばせてやるし、車の轅を立てかけ、車の輪をはずして、客をひきとどめることした。
今日はこうしておなじ宴座で喜びをかわしても、門を出れば故郷は違うのだ。
別れるのはたやすいが、会うのは困難なことなのだ。それぞれ全員が、杯を傾け、飲み干そうではないか。


(訳注)
當來日大難

・当来臼大難 友を集めて、宴会を楽しむ歌。来日大難はおそらくは古楽府の題名であろう。古詩源巻二漢詩 楽府歌辭『善哉行』
善哉行                                 
來日大難,口燥唇乾。今日相樂,皆當喜歡。
經歷名山,芝草翻翻。仙人王喬、奉藥一丸。
自惜袖短,內手知寒。慚無靈輒,以報趙宣。
月沒參橫,北斗闌干。親交在門,饑不及餐。
歡日尚少,戚日苦多。以何忘憂,彈箏酒歌。 
淮南八公,要道不煩,參駕六龍,遊戲雲端。
の古詩の首句に来日大難とある。


日苦短,樂有餘,乃置玉樽辦東廚。
一日はいやになるほど短いいのだが、楽しもうとおもえばありあまるほどある。そこで酒だるをそなえ、料理場に仕度をととのえる。
・東廚 東にある調理場、台所。五行思想で台所は東に設置する。


廣情故,心相於。
そして、ここにいる皆々は心を大らかにしよう、互いに心から親しみ合おうではないか。
・廣情故 真情を大らかにする。
・相於 相親しむの意、中心相和通すること。


闔門置酒,和樂欣欣。
門は鍵のかんのきをかけてしめたし、酒は沢山準備してある。だから、なごやかに楽しみ、心嬉しく過ごせるのだ。
・闔門 門をとざす意と見る。一門をあげて、全家の意と見る解もあるがとらぬ。
・置酒 酒宴を開くこと。


游馬後來,轅車解輪。
馬は外へだして自由にして遊ばせてやるし、車の轅を立てかけ、車の輪をはずして、客をひきとどめることした。
・游馬 馬を自由にして遊ばせてやる。客が長くいるはずなので繋ぎっぱなしにしないことを云う。
・轅車解輪 車の轅を立てかけ、車の輪をはずすこと。客をひきとどめる意。


今日同堂,出門異鄉。
今日はこうしておなじ宴座で喜びをかわしても、門を出れば故郷は違うのだ。


別易會難,各盡杯觴。
別れるのはたやすいが、会うのは困難なことなのだ。それぞれ全員が、杯を傾け、飲み干そうではないか。
moon2011

當牆欲高行 曹植 魏詩<64> 女性詩728 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2188

曹植 當牆欲高行 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

當牆欲高行 曹植 魏詩<64> 女性詩728 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2188


當牆欲高行
龍欲升天須浮雲,人之仕進待中人。
龍が天にのぼろうとすれば、浮き雲が必要だし、良い雲が生じるのを待たねばならない。人が仕官しょうと思えば、君王に近く仕える宦官のたすけをからねば、意志がつたわらないのである。
眾口可以鑠金,讒言三至,慈母不親。
多くの人の口舌(民の声)は、金属をもとかす力がある。讒言も、一人でなく三人から言われると、慈母でさえ、子供から離れてしまう。(そのように宦官は君王にに讒言を何にもでささやくのである。)
憒憒俗間不辨偽真,願欲披心自說陳。
不平をいだく俗間の人、宦官は、偽りと誠を区別することはなく、利害で動くのだ。心にあるものをうちあけたいと、直接事情を申しのべたいのである。
君門以九重,道遠河無津。
君王は、こうした九つの門にとざされ、宦官によってさらに阻まれているのである。道のりは遠いうえに、河には渡し場さえないのである。

(牆【しょう】高からんと欲する行に当【こ】う)
竜 天に昇らんと欲すれば 浮雲に須【ま】ち、人の仕進は中人に待つ。
衆口 以って金を鑠【と】かす可く、讒言【ざんげん】三たび至りなば、慈母も親しまず。
憒憒【ふんぷん】たる俗間、偽と真とを弁ぜず、願わくは 心を披きて自ら說陳せんと欲するに。
君門【くんもん】以に九重【きゅうちょう】にして、道は遠く 河に津【しん】無し。


『當牆欲高行』 現代語訳と訳註
駿馬04(本文)
當牆欲高行
龍欲升天須浮雲,人之仕進待中人。
眾口可以鑠金,讒言三至,慈母不親。
憒憒俗間不辨偽真,願欲披心自說陳。
君門以九重,道遠河無津。


(下し文) (牆【しょう】高からんと欲する行に当【こ】う)
竜 天に昇らんと欲すれば 浮雲に須【ま】ち、人の仕進は中人に待つ。
衆口 以って金を鑠【と】かす可く、讒言【ざんげん】三たび至りなば、慈母も親しまず。
憒憒【ふんぷん】たる俗間、偽と真とを弁ぜず、願わくは 心を披きて自ら說陳せんと欲するに。
君門【くんもん】以に九重【きゅうちょう】にして、道は遠く 河に津【しん】無し。


(現代語訳)
龍が天にのぼろうとすれば、浮き雲が必要だし、良い雲が生じるのを待たねばならない。人が仕官しょうと思えば、君王に近く仕える宦官のたすけをからねば、意志がつたわらないのである。
多くの人の口舌(民の声)は、金属をもとかす力がある。讒言も、一人でなく三人から言われると、慈母でさえ、子供から離れてしまう。(そのように宦官は君王にに讒言を何にもでささやくのである。)
不平をいだく俗間の人、宦官は、偽りと誠を区別することはなく、利害で動くのだ。心にあるものをうちあけたいと、直接事情を申しのべたいのである。
君王は、こうした九つの門にとざされ、宦官によってさらに阻まれているのである。道のりは遠いうえに、河には渡し場さえないのである。


(訳注)
當牆欲高行

當牆欲高行 思い通ぜざる歌。この篇は皇帝との間をはばまれて、宦官の讒言により窮地におちこむ悲運を歌ったもの。この節の制作年代を、「応詔詩」と同じ頃(223年黄初四年、曹植32歳)とする。


龍欲升天須浮雲,人之仕進待中人。
龍が天にのぼろうとすれば、浮き雲が必要だし、良い雲が生じるのを待たねばならない。人が仕官しょうと思えば、君王に近く仕える宦官のたすけをからねば、意志がつたわらないのである。
○須浮雲 須浮雲は浮雲のたすけをまつ。須はまつ、であり、必要とするである。
○中人 君主の側近者である宦官。讒言が生まれる原因を云う。


眾口可以鑠金,讒言三至,慈母不親。
多くの人の口舌(民の声)は、金属をもとかす力がある。讒言も、一人でなく三人から言われると、慈母でさえ、子供から離れてしまう。(そのように宦官は君王にに讒言を何にもでささやくのである。)
○衆口可以鑠金 多くの人の口(民の声)は、金のようなものでも溶かすことができる。
○讒言三至,慈母不親 “むかし、曾参(孔子の弟子)と同姓同名の人が殺人を犯した。或る人が曾参の母親に、「息子さんが人を殺しましたよ。」と告げたが、息子を信ずる母親は平然としていた。しばらくして、又一人が同じことを告げたが、母親はやはり平然としていた。しかし三人目の人がつげると、彼女は機織りをやめて走り出したという話”が見える、基づく。本当の話になるまで嘘をつきとおす。という意味でもある。


憒憒俗間不辨偽真,願欲披心自說陳。
不平をいだく俗間の人、宦官は、偽りと誠を区別することはなく、利害で動くのだ。心にあるものをうちあけたいと、直接事情を申しのべたいのである。
○憤憤 不平まんまんのさま。宦官が中間にいる以上まともに意思が伝わらないことをいう。
○弁 わける。区別する。
○技心 心をうちわる、真実の心をあらわす。
○説陳 陳は陳述する。


君門以九重,道遠河無津。
君王は、こうした九つの門にとざされ、宦官によってさらに阻まれているのである。道のりは遠いうえに、河には渡し場さえないのである。
○君門以九重 皇帝のところへは関門が多くて行けない意。「楚辞」九弁に「君の門以に九重たり。」と見える。
○通達河無津 津はわたし場。道のりは遠く、河には渡し場がない。

漢魏隋唐の洛陽城

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#3> 女性詩727 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2183

曹植 浮萍篇<63-#3>


2013年4月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#3> 女性詩727 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2183



浮萍篇
浮萍寄清水,隨風東西流。
浮きくさは清らな水に、身をまかせ、風にその身を任せ東へ西へと流れる。
結髮辭嚴親,來為君子仇。
私は結髪の十五の年に、父母におわかれをつげ、ここへきて、あなたの妻になりました。
恪勤在朝夕,無端獲罪尤。
朝早くから夜おそくまで、身をつつしみはげみましたが、なんの理由もなく、だしぬけにあなたのおとがめを得てしまいました。
在昔蒙恩惠,和樂如瑟琴。
その昔は、恩愛のめぐみをうけて、妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとけたものでした。
#2
何意今摧頹,曠若商與參。
どういうわけか、今やうちくだかれました。遙かにへだたること、なかご星とからすき屋とのように東と西にわかれることになろう思もよらないことなのです。
茱萸自有芳,不若桂與蘭。
俗な茱萸にも、おのずとそなわる芳香をはなち、邪気をはらうのですが、高貴な肉柱や蘭の香には及ばないのかもしれません。
佳人雖成列,不若故所歡。
若い妻は、確かに次々と並べられるかもしれないのですが、その妻たちも若さを失えば喜びを過ごしたことも過去のものになってしまうのです。
行雲有反期,君恩儻中還。

男の人も空行く雲が、かえる時があるものです、あなたの愛情も、もしかしてこれから途中でかえってくることがあるでしょうか。
#3
慊慊仰天嘆,愁心將何訴。
心が満たされず、恋い慕う気持ちのままに天をあおぎみてためいきをつく。この悲しみ、どこへ訴えればよいのでしょうか。
日月不恆處,人生忽若寓。
太陽と月は、同じところにとどまることはない、人のいのちは、またたくうちで、この世はかりのやどりのようなものなのです。
悲風來入帷,淚下如垂露。
悲しい風は袖口から体に吹きこみ、涙はハラハラと、したたる露のようにおちるのです。
發篋造新衣,裁縫紈與素。
さあ、道具箱でもあけて、きものを作ろうと思いたったのです、ねり絹やしろ絹のきれを、裁断しまた縫うのです。


浮萍篇

浮萍 清水に寄り、風に随いて東西に流る。
結髪 厳親を辞し、来りて君子の仇と為る
恪勤して朝夕に在りしに、端無くも罪尤を獲たり。
在昔 恩恵を蒙り、和楽して瑟琴の如し。
#2
何んぞ意わん 今 摧頹し、曠かなること 商と参との若くならんとは。
茱萸 自から芳有れど、桂と蘭とには若かず。
新人 愛す可しと雖も、故の歓ぶ所に若くは無し。
行雲 反る期あり、君恩 儻しくは中ごろに還らん。
#3
bijo05慊慊【けんけん】として天を仰ぎて嘆じ、愁心 将に何くにか訴えんとする。
日月 恒には処らず、人生 忽として寓の若し。
悲風 來りで懐に入り、涙下って垂露の如し。
篋を発きて裳衣を造り、裁縫す 紈と素とを。


『浮萍篇』 現代語訳と訳註
 (本文)
#3
慊慊仰天嘆,愁心將何訴。
日月不恆處,人生忽若寓。
悲風來入帷,淚下如垂露。
發篋造新衣,裁縫紈與素。


(下し文) #3
慊慊【けんけん】として天を仰ぎて嘆じ、愁心 将に何くにか訴えんとする。
日月 恒には処らず、人生 忽として寓の若し。
悲風 來りで懐に入り、涙下って垂露の如し。
篋を発きて裳衣を造り、裁縫す 紈と素とを。


(現代語訳)
心が満たされず、恋い慕う気持ちのままに天をあおぎみてためいきをつく。この悲しみ、どこへ訴えればよいのでしょうか。
太陽と月は、同じところにとどまることはない、人のいのちは、またたくうちで、この世はかりのやどりのようなものなのです。
悲しい風は袖口から体に吹きこみ、涙はハラハラと、したたる露のようにおちるのです。
さあ、道具箱でもあけて、きものを作ろうと思いたったのです、ねり絹やしろ絹のきれを、裁断しまた縫うのです。


(訳注) #3
慊慊仰天嘆,愁心將何訴。
心が満たされず、恋い慕う気持ちのままに天をあおぎみてためいきをつく。この悲しみ、どこへ訴えればよいのでしょうか。
bijo01〇慊慊 あきたりぬさま。不満に思うさま。心が満たされぬまま、恋い慕うさま。
愁心將何訴 『古詩第十九首』
明月何皎皎,照我羅床緯。
憂愁不能寐,攬衣起徘徊。
客行雖雲樂,不如早旋歸。
出戶獨彷徨,愁思當告誰!
引領還入房,淚下沾裳衣。
そんなことを思いながら戸口を出てひとり彷徨い歩くだけなのだ。こんな心の愁いは誰につげたらよいものか。


日月不恆處,人生忽若寓。
太陽と月は、同じところにとどまることはない、人のいのちは、またたくうちで、この世はかりのやどりのようなものなのです。
○不恒処 きまったところにおることはない。時間がどんどんすぎさるのをいう。
〇人生忽若寓 寓はかりのやど。の意。

『古詩十九首之十三』

浩浩陰陽移,年命如朝露。
人生忽如寄,壽無金石固。
萬歲更相送,賢聖莫能度。
服食求神仙,多為藥所誤。
不如飲美酒,被服紈與素。


悲風來入帷,淚下如垂露。
悲しい風は袖口から体に吹きこみ、涙はハラハラと、したたる露のようにおちるのです。
○帷 垂れ幕。たれぎぬ。とばり。ここでは袖口から吹きこむ。


發篋造新衣,裁縫紈與素。
さあ、道具箱でもあけて、きものを作ろうと思いたったのです、ねり絹やしろ絹のきれを、裁断しまた縫うのです。

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#2> 女性詩726 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2178

曹植 浮萍篇<63-#2>

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#2> 女性詩726 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2178



浮萍篇
浮萍寄清水,隨風東西流。
浮きくさは清らな水に、身をまかせ、風にその身を任せ東へ西へと流れる。
結髮辭嚴親,來為君子仇。
私は結髪の十五の年に、父母におわかれをつげ、ここへきて、あなたの妻になりました。
恪勤在朝夕,無端獲罪尤。
朝早くから夜おそくまで、身をつつしみはげみましたが、なんの理由もなく、だしぬけにあなたのおとがめを得てしまいました。
在昔蒙恩惠,和樂如瑟琴。
その昔は、恩愛のめぐみをうけて、妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとけたものでした。
#2
何意今摧頹,曠若商與參。
どういうわけか、今やうちくだかれました。遙かにへだたること、なかご星とからすき屋とのように東と西にわかれることになろう思もよらないことなのです。
茱萸自有芳,不若桂與蘭。
俗な茱萸にも、おのずとそなわる芳香をはなち、邪気をはらうのですが、高貴な肉柱や蘭の香には及ばないのかもしれません。
佳人雖成列,不若故所歡。
若い妻は、確かに次々と並べられるかもしれないのですが、その妻たちも若さを失えば喜びを過ごしたことも過去のものになってしまうのです。
行雲有反期,君恩儻中還。
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#3
慊慊仰天嘆,愁心將何訴。
日月不恆處,人生忽若寓。
悲風來入帷,淚下如垂露。
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浮萍篇
浮萍 清水に寄り、風に随いて東西に流る。
結髪 厳親を辞し、来りて君子の仇と為る
恪勤して朝夕に在りしに、端無くも罪尤を獲たり。
在昔 恩恵を蒙り、和楽して瑟琴の如し。
#2
何んぞ意わん 今 摧頹し、曠かなること 商と参との若くならんとは。
茱萸 自から芳有れど、桂と蘭とには若かず。
新人 愛す可しと雖も、故の歓ぶ所に若くは無し。
行雲 反る期あり、君恩 儻しくは中ごろに還らん。

#3
慊慊として天を仰ぎて嘆じ、愁心 将に何くにか訴えんとする。
日月 恒には処らず、人生 忽として寓の若し。
悲風 來りで懐に入り、涙下って垂露の如し。
篋を発きて裳衣を造り、裁縫す 紈と素とを。


『浮萍篇』 現代語訳と訳註
aki02(本文)
#2
何意今摧頹,曠若商與參。
茱萸自有芳,不若桂與蘭。
佳人雖成列,不若故所歡。
行雲有反期,君恩儻中還。


(下し文) #2
何んぞ意わん 今 摧頹し、曠かなること 商と参との若くならんとは。
茱萸 自から芳有れど、桂と蘭とには若かず。
新人 愛す可しと雖も、故の歓ぶ所に若くは無し。
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(現代語訳)
どういうわけか、今やうちくだかれました。遙かにへだたること、なかご星とからすき屋とのように東と西にわかれることになろう思もよらないことなのです。
俗な茱萸にも、おのずとそなわる芳香をはなち、邪気をはらうのですが、高貴な肉柱や蘭の香には及ばないのかもしれません。
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男の人も空行く雲が、かえる時があるものです、あなたの愛情も、もしかしてこれから途中でかえってくることがあるでしょうか。


(訳注) #2
何意今摧頹,曠若商與參。
どういうわけか、今やうちくだかれました。遙かにへだたること、なかご星とからすき屋とのように東と西にわかれることになろう思もよらないことなのです。
○摧頹 くだける。時(盛んな時の意か)を失う意
○曠 はるか。むなしくとも読める。
○商参 商・参とも星の名。商星は辰星に同じ、なかごぼし。参宿(しんしゅく)、和名は唐鋤星(からすきぼし)、二十八宿の一つで西方白虎七宿の第7宿。オリオン座の中央に位置する。古来めったにあえぬことのたとえとして用いられ、また商星は東方、参星は西方に位遭するが故に、互に遠くへだたっていることにもたとえられる。


茱萸自有芳,不若桂與蘭。
俗な茱萸にも、おのずとそなわる芳香をはなち、邪気をはらうのですが、高貴な肉柱や蘭の香には及ばないのかもしれません。
○茱萸 和名ゴシ=(呉茱萸)、別名かわはじかみ。へンルーダ料の落葉小喬木。赤い実がなり、芳香をはなつ。邪気をはらうという。重陽節に髷に挿して高い所に登る。漢代、劉歆による『西京雑記』に、高祖の愛妾であった戚夫人が殺害された後、宮廷より放逐された侍女の賈佩蘭が、9月9日は宮廷では茱萸を肘に下げ、菊酒を飲み長寿を祈る習慣があったと人に話したことにより、民間でも祝われるようになったとある。
○桂與蘭 桂は肉桂、蘭とともに芳香で知られる。「楚辞」にはよく見える。


佳人雖成列,不若故所歡。
若い妻は、確かに次々と並べられるかもしれないのですが、その妻たちも若さを失えば喜びを過ごしたことも過去のものになってしまうのです。
○佳人 一夫多妻制の時代には若い女性を次々妻にし、次々棄てられた。その新しく妻となる者には結髪になった妓女であった。


行雲有反期,君恩儻中還。
男の人も空行く雲が、かえる時があるものです、あなたの愛情も、もしかしてこれから途中でかえってくることがあるでしょうか。
○行雲 雲は男を意味し、男性の思考、行動。
○反期 帰るやくそく。

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173

曹植 浮萍篇


2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173

浮萍篇
浮萍寄清水,隨風東西流。
浮きくさは清らな水に、身をまかせ、風にその身を任せ東へ西へと流れる。
結髮辭嚴親,來為君子仇。
私は結髪の十五の年に、父母におわかれをつげ、ここへきて、あなたの妻になりました。
恪勤在朝夕,無端獲罪尤。
朝早くから夜おそくまで、身をつつしみはげみましたが、なんの理由もなく、だしぬけにあなたのおとがめを得てしまいました。
在昔蒙恩惠,和樂如瑟琴。
その昔は、恩愛のめぐみをうけて、妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとけたものでした。
#2
何意今摧頹,曠若商與參。
茱萸自有芳,不若桂與蘭。
佳人雖成列,不若故所歡。
行雲有反期,君恩儻中還。
#3
慊慊仰天嘆,愁心將何訴。
日月不恆處,人生忽若寓。
悲風來入帷,淚下如垂露。
發篋造新衣,裁縫紈與素。


浮萍篇
浮萍 清水に寄り、風に随いて東西に流る。
結髪 厳親を辞し、来りて君子の仇と為る
恪勤して朝夕に在りしに、端無くも罪尤を獲たり。
在昔 恩恵を蒙り、和楽して瑟琴の如し。

#2
何んぞ意わん 今 摧頹し、曠かなること 商と参との若くならんとは。
茱萸 自から芳有れど、桂と蘭とには若かず。
新人 愛す可しと雖も、故の歓ぶ所に若くは無し。
行雲 反る期あり、君恩 儻しくは中ごろに還らん。
#3
慊慊として天を仰ぎて嘆じ、愁心 将に何くにか訴えんとする。
日月 恒には処らず、人生 忽として寓の若し。
悲風 來りで懐に入り、涙下って垂露の如し。
篋を発きて裳衣を造り、裁縫す 紈と素とを。


『浮萍篇』 現代語訳と訳註
白蘋005(本文)
浮萍篇
浮萍寄清水,隨風東西流。
結髮辭嚴親,來為君子仇。
恪勤在朝夕,無端獲罪尤。
在昔蒙恩惠,和樂如瑟琴。


(下し文)
浮萍篇
浮萍 清水に寄り、風に随いて東西に流る。
結髪 厳親を辞し、来りて君子の仇と為る
恪勤して朝夕に在りしに、端無くも罪尤を獲たり。
在昔 恩恵を蒙り、和楽して瑟琴の如し。


(現代語訳)
浮きくさは清らな水に、身をまかせ、風にその身を任せ東へ西へと流れる。
私は結髪の十五の年に、父母におわかれをつげ、ここへきて、あなたの妻になりました。
朝早くから夜おそくまで、身をつつしみはげみましたが、なんの理由もなく、だしぬけにあなたのおとがめを得てしまいました。
その昔は、恩愛のめぐみをうけて、妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとけたものでした。


(訳注)
浮萍篇
○浮萍篇
 うきくさの歌。「楽府詩集」では「蒲生行浮萍篇」相和歌辞、清調曲に列する。
曹丕『塘上行』
蒲生我池中,其葉何離離。
傍能行仁義,莫若妾自知。
眾口鑠黃金,使君生別離。
念君去我時,獨愁常苦悲。
想見君顏色,感結傷心脾。
念君常苦悲,夜夜不能寐。

莫以豪賢故,棄捐素所愛?
莫以魚肉賤,棄捐蔥與薤?
莫以麻枲賤,棄捐菅與蒯?
出亦復何苦,入亦復何愁。
邊地多悲風,樹木何修修!
從君致獨樂,延年壽千秋。
と関連する。
制作年代は、226年黄初7年35歳。
棄婦に託して、兄弟君臣の感を歌ったもの


浮萍寄清水,隨風東西流。
浮きくさは清らな水に、身をまかせ、風にその身を任せ東へ西へと流れる。
〇浮萍 うきぐさ。
〇寄 やどる。身をあずける。


結髮辭嚴親,來為君子仇。
私は結髪の十五の年に、父母におわかれをつげ、ここへきて、あなたの妻になりました。
〇結髪 髪をたばねをいう。男は二十歳、女は十五歳。笄で結い始める時の儀式である「笄礼」(けいれい)を成人式のように扱うことがある。このため「笄」には成人とした15歳という意味もある。
蘇武『留別妻』
結髮爲夫妻、恩愛兩不疑。
歡娯在今夕、燕婉及良時。
征夫懷往路、起視夜何其。
參辰皆已沒、去去從此辭。
行役在戰場、相見未有期。
握手一長歎、涙爲生別滋。
努力愛春華、莫忘歡樂時。
生當復來歸、死當長相思。
bijo02○君子仇 紳士の配偶者。仇は逑と同じ。


恪勤在朝夕,無端獲罪尤。
朝早くから夜おそくまで、身をつつしみはげみましたが、なんの理由もなく、だしぬけにあなたのおとがめを得てしまいました。
〇恪勤在朝夕 恪はつつしむ。勤はつとめる。朝夕は夙夜(早朝と深夜の意)に同じ。
○無端 なんの理由もなく。だしぬけに。
○尤 とが。


在昔蒙恩惠,和樂如瑟琴。
その昔は、恩愛のめぐみをうけて、妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとけたものでした。
○和樂如瑟琴 『詩経、小雅、棠棣』「妻子好合、如鼓琴瑟。 兄弟既翕、和楽且耽。」
家庭にあって妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとける」ということである。ここに家族=兄弟の問題をのべている。こういう詩を曹丕が皇帝でなくもし信長だったら絶対殺されるだろう。故云った抽象的であっても疑われる詩を多く書いている。かなり思い込みの強いタイプの性格であったことがわかる。
種葛篇 #1
種葛南山下,葛藟自成陰。
與君初婚時,結髮恩義深。
歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。

種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168

曹植 種葛篇


2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初去郡 謝霊運<34> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2171 (04/04)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168



種葛篇 #1
種葛南山下,葛藟自成陰。
葛を南の山のふもとにうえると、葛はつるをのばして、ひとりでに、かげをつくるようになった。
與君初婚時,結髮恩義深。
私とあなたとがはじめて結婚したのは、成年に達して結髪したての頃で、夫婦の情愛も深かった。
歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
二人の愛情の歓喜は枕の寝台とふとんにあり、夜ごと、かいまきをともにして、仲むつまじくしたものです。
竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。
また心ひそかに『詩経、小雅、棠棣』の詩をしたって思いつづけ、むつみ楽しみあうこと、琴家の和するようでありました。
#2
行年將晚暮,佳人懷異心。
だが、すぎゆく年というものは季節は暮れていくものであり私も女盛りをすぎる歳はくれていくものである。そんな恩紀曠不接,我情遂抑沈。
時にあなたの前に美人が出現したら、やがてと、あなたは他に心をうつされるだろう。
もはや、恵愛の筋道も、久しく接点すらなくなっている。私の心はとうとうおもくるしく沈みこんでしまうのです。
出門當何顧?徘徊步北林。
心中憂鬱で気が重いままに北門を出る、どこへ行くあてもないのだ。ただあてもなく北の方の林をさまよい歩く。
下有交頸獸,仰見雙棲禽。
地上には、首を寄せ合って親愛の情をあらわしている獣がおり、あおぎ見れば、二つ仲良くならんだ鳥が巣住まいをしている。
#3
攀枝長嘆息,淚下沾羅衿。
上を見たまま思わず、枝につかまって、長いためいきをついた。涙が流れてとまらずうす絹のえりをぬらす。
良馬知我悲,延頸代我吟。
良馬は私の悲しみを知り、くびをのばし、私にむかっていなないている。
昔為同池魚,今為商與參。
昔は、同じ池の魚のようにすごしたものでしたが、今では、西の方のなかご星と東のからすき星のように、めぐりあうこともなかなかできないのだ。
往古皆歡遇,我獨困於今。
その昔は、二人とも楽しんで相いに会うことができたのに、今では、私はただひとり、今のこの時をすごすことにくるしめられているのだ。
棄置委天命,悠悠安可任?

このようなことでは、天命にまかせるよりないのだが、はてしなくひろがるあてもない状態なのにどこにまかせられるというのだ。


種葛篇  #1
葛を種う 南山の下、葛は蔓のばして自から陰を成す。
君と初めて婚せし時、結髪 恩義探し。
歓愛 枕席に在り、宿昔 衣衾を同じくす。
窃かに《棠棣》の篇を慕い、好楽 瑟琴和せり。
#2
行年【こうねん】将に晩暮【ばんぼ】ならんとして、佳人【かじん】異心を懐く。
恩紀【おんき】曠【ひさ】しく接せず、我が情 遂に抑沈【よくちん】す。
門を出でて当に何をか顧みるべき、排禍【はいか】して北かぶ林に歩む。
下に 頸を交うる獣有り、仰ぎて 双び棲む禽を見る。
#3
枝に攣【よ】じて長嘆息し、涙下り 羅衿【らきん】を沾す。
良馬 我が悲しみを知り、頸を延べ 我に対して吟ず。
昔は 池を同じくする魚為り、今は 商【しょう】と参【しん】為り。
往古 皆な遇うを歓びたるに、我は独り 今に困しむ。
棄置して 天命に委ねんとするも、悠悠として安んぞ任【と】う可き


『種葛篇』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)
#3
攀枝長嘆息,淚下沾羅衿。
良馬知我悲,延頸代我吟。
昔為同池魚,今為商與參。
往古皆歡遇,我獨困於今。
棄置委天命,悠悠安可任?


(下し文)
#3
枝に攣【よ】じて長嘆息し、涙下り 羅衿【らきん】を沾す。
良馬 我が悲しみを知り、頸を延べ 我に対して吟ず。
昔は 池を同じくする魚為り、今は 商【しょう】と参【しん】為り。
往古 皆な遇うを歓びたるに、我は独り 今に困しむ。
棄置して 天命に委ねんとするも、悠悠として安んぞ任【と】う可き。


(現代語訳)
上を見たまま思わず、枝につかまって、長いためいきをついた。涙が流れてとまらずうす絹のえりをぬらす。
良馬は私の悲しみを知り、くびをのばし、私にむかっていなないている。
昔は、同じ池の魚のようにすごしたものでしたが、今では、西の方のなかご星と東のからすき星のように、めぐりあうこともなかなかできないのだ。
その昔は、二人とも楽しんで相いに会うことができたのに、今では、私はただひとり、今のこの時をすごすことにくるしめられているのだ。
このようなことでは、天命にまかせるよりないのだが、はてしなくひろがるあてもない状態なのにどこにまかせられるというのだ。


(訳注)#3
攀枝長嘆息,淚下沾羅衿。

上を見たまま思わず、枝につかまって、長いためいきをついた。涙が流れてとまらずうす絹のえりをぬらす。
〇涙下沾羅衿 羅衿はうす絹のえり。沾はうるおす。ぬらす。


良馬知我悲,延頸代我吟。
良馬は私の悲しみを知り、くびをのばし、私にむかっていなないている。
○良馬 良馬、自分を理解してくれるもの。。
○対我吟 互いにむきあっていななく。互いにわかるように互いに理解し合う。


昔為同池魚,今為商與參。
昔は、同じ池の魚のようにすごしたものでしたが、今では、西の方のなかご星と東のからすき星のように、めぐりあうこともなかなかできないのだ。
○同池魚 古人は魚をば男女相愛をあらわすものである、意見、主張が理解できるもの同士。
〇今為商与参 商・参とも星の名。商星は辰星に同じ、なかごぼし。参宿(しんしゅく)、和名は唐鋤星(からすきぼし)、二十八宿の一つで西方白虎七宿の第7宿。オリオン座の中央に位置する。古来めったにあえぬことのたとえとして用いられ、また商星は東方、参星は西方に位遭するが故に、互に遠くへだたっていることにもたとえられる。


往古皆歡遇,我獨困於今。
その昔は、二人とも楽しんで相いに会うことができたのに、今では、私はただひとり、今のこの時をすごすことにくるしめられているのだ。


棄置委天命,悠悠安可任?
このようなことでは、天命にまかせるよりないのだが、はてしなくひろがるあてもない状態なのにどこにまかせられるというのだ。

種葛篇 曹植 魏詩<62-#2> 女性詩723 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2163

曹植 種葛篇-#2


2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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種葛篇 #1
種葛南山下,葛藟自成陰。
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與君初婚時,結髮恩義深。
私とあなたとがはじめて結婚したのは、成年に達して結髪したての頃で、夫婦の情愛も深かった。
歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
二人の愛情の歓喜は枕の寝台とふとんにあり、夜ごと、かいまきをともにして、仲むつまじくしたものです。
竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。
また心ひそかに『詩経、小雅、棠棣』の詩をしたって思いつづけ、むつみ楽しみあうこと、琴家の和するようでありました。
#2
行年將晚暮,佳人懷異心。
だが、すぎゆく年というものは季節は暮れていくものであり私も女盛りをすぎる歳はくれていくものである。そんな時にあなたの前に美人が出現したら、やがてと、あなたは他に心をうつされるだろう。
恩紀曠不接,我情遂抑沈。
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下有交頸獸,仰見雙棲禽。
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#3
攀枝長嘆息,淚下沾羅衿。
良馬知我悲,延頸代我吟。
昔為同池魚,今為商與參。
往古皆歡遇,我獨困於今。
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種葛篇  #1
葛を種う 南山の下、葛は蔓のばして自から陰を成す。
君と初めて婚せし時、結髪 恩義探し。
歓愛 枕席に在り、宿昔 衣衾を同じくす。
窃かに《棠棣》の篇を慕い、好楽 瑟琴和せり。
#2
行年【こうねん】将に晩暮【ばんぼ】ならんとして、佳人【かじん】異心を懐く。
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門を出でて当に何をか顧みるべき、排禍【はいか】して北かぶ林に歩む。
下に 頸を交うる獣有り、仰ぎて 双び棲む禽を見る。
#3
枝に攣【よ】じて長嘆息し、涙下り 羅衿【らきん】を沾す。
良馬 我が悲しみを知り、頸を延べ 我に対して吟ず。
昔は 池を同じくする魚為り、今は 商【しょう】と参【しん】為り。
往古 皆な遇うを歓びたるに、我は独り 今に困しむ。
棄置して 天命に委ねんとするも、悠悠として安んぞ任【と】う可き。


『種葛篇』 現代語訳と訳註
李清照0002211道観(本文)
#2
行年將晚暮,佳人懷異心。
恩紀曠不接,我情遂抑沈。
出門當何顧?徘徊步北林。
下有交頸獸,仰見雙棲禽。


(下し文)#2
行年【こうねん】将に晩暮【ばんぼ】ならんとして、佳人【かじん】異心を懐く。
恩紀【おんき】曠【ひさ】しく接せず、我が情 遂に抑沈【よくちん】す。
門を出でて当に何をか顧みるべき、排禍【はいか】して北かぶ林に歩む。
下に 頸を交うる獣有り、仰ぎて 双び棲む禽を見る。


(現代語訳)
aki02だが、すぎゆく年というものは季節は暮れていくものであり私も女盛りをすぎる歳はくれていくものである。そんな時にあなたの前に美人が出現したら、やがてと、あなたは他に心をうつされるだろう。
もはや、恵愛の筋道も、久しく接点すらなくなっている。私の心はとうとうおもくるしく沈みこんでしまうのです。
心中憂鬱で気が重いままに北門を出る、どこへ行くあてもないのだ。ただあてもなく北の方の林をさまよい歩く。
地上には、首を寄せ合って親愛の情をあらわしている獣がおり、あおぎ見れば、二つ仲良くならんだ鳥が巣住まいをしている。



(訳注) #2
〇種葛篇 棄てられた妻の歌。曹楯は、妻が夫を思うことばを作ったとする。この詩の題は、首句のはじめの二字よりとったもの。226年黄初7年35歳の作詩。

行年將晚暮,佳人懷異心。
だが、すぎゆく年というものは季節は暮れていくものであり私も女盛りをすぎる歳はくれていくものである。そんな時にあなたの前に美人が出現したら、やがてと、あなたは他に心をうつされるだろう。
○行年 とる年。すぎゆく年。
○佳人懷異心 美人。懐異心は他に心をうつすこと。


恩紀曠不接,我情遂抑沈。
もはや、恵愛の筋道も、久しく接点すらなくなっている。私の心はとうとうおもくるしく沈みこんでしまうのです。
○恩紀 恩愛の道の意。恩はめぐみ、紀は筋道をきちんと立てたおきて。「紀律/官紀・軍紀・校紀・綱紀・風紀」 2 筋道や順序を追って整理・記録する。男女の仲の愛の筋道。古代は一夫多妻制の中での恩紀ということではあるが、君王の仁愛の問題をていきしている。
○曠 1 広々として何もない。「曠野」 2 むなしい。むなしくする。「曠日・曠世」 3 心がひろい。久しい意。むなしく、又はとおくともよめる。○抑沈 抑圧されて沈みこむ。抑はおさえる。


出門當何顧?徘徊步北林。
心中憂鬱で気が重いままに北門を出る、どこへ行くあてもないのだ。ただあてもなく北の方の林をさまよい歩く。
〇出門 『詩経、邶風、(出門)』に基づく。
出自北門、憂心殷殷。
終窭且貧、莫知我艱。
已焉哉。
天実為之,謂之何哉。
私は北門を出る、心中憂鬱で気が重い。貧しくて生活が行き詰っているのに、誰も私の辛さなやみはわからない。でも仕方がない。全ては天がなせるわざだ。どうあがいても変わらない。
〇北林 さきの南山に対す。語は「詩経」秦風、晨風に見える。


下有交頸獸,仰見雙棲禽。
地上には、首を寄せ合って親愛の情をあらわしている獣がおり、あおぎ見れば、二つ仲良くならんだ鳥が巣住まいをしている。
〇交頸猷 たがいにくびをよせあって、親愛の情をあらわしているけもの。
○双棲禽 二羽仲よくならび棲む鳥。

種葛篇 曹植 魏詩<62-#1> 女性詩722 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2158

曹植 種葛篇



2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集斎中讀書 謝霊運<32> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2161 (04/02)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162
 
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
種葛篇 曹植 魏詩<62-#1> 女性詩722 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2158



種葛篇 #1
種葛南山下,葛藟自成陰。
葛を南の山のふもとにうえると、葛はつるをのばして、ひとりでに、かげをつくるようになった。
與君初婚時,結髮恩義深。
私とあなたとがはじめて結婚したのは、成年に達して結髪したての頃で、夫婦の情愛も深かった。
歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
二人の愛情の歓喜は枕の寝台とふとんにあり、夜ごと、かいまきをともにして、仲むつまじくしたものです。
竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。

また心ひそかに『詩経、小雅、棠棣』の詩をしたって思いつづけ、むつみ楽しみあうこと、琴家の和するようでありました。

600moon880



#2
行年將晚暮,佳人懷異心。
恩紀曠不接,我情遂抑沈。
出門當何顧?徘徊步北林。
下有交頸獸,仰見雙棲禽。
#3
攀枝長嘆息,淚下沾羅衿。
良馬知我悲,延頸代我吟。
昔為同池魚,今為商與參。
往古皆歡遇,我獨困於今。
棄置委天命,悠悠安可任?

種葛篇  #1
葛を種う 南山の下、葛は蔓のばして自から陰を成す。
君と初めて婚せし時、結髪 恩義探し。
歓愛 枕席に在り、宿昔 衣衾を同じくす。
窃かに《棠棣》の篇を慕い、好楽 瑟琴和せり。

#2
行年 将に晩暮ならんとして、佳人 異心を懐く。
恩紀 曠しく接せず、我が情 遂に抑沈す。
門を出でて当に何をか顧みるべき、排禍して北株に歩む。
下に 頸を交うる獣有り、仰ぎて 双び棲む禽を見る。
#3
枝に攣じて長嘆息し、涙下り 羅衿を沾す。
良馬 我が悲しみを知り、頸を延べ 我に対して吟ず。
昔は 池を同じくする魚為り、今は 商と参為り。
往古 皆な遇うを歓びたるに、我は独り 今に困しむ。
棄置して 天命に委ねんとするも、悠悠として安んぞ任う可き


『種葛篇』 現代語訳と訳註
(本文)
 #1
種葛南山下,葛藟自成陰。
與君初婚時,結髮恩義深。
歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。


(下し文) 種葛篇  #1
葛を種う 南山の下、葛は蔓のばして自から陰を成す。
君と初めて婚せし時、結髪 恩義探し。
歓愛 枕席に在り、宿昔 衣衾を同じくす。
窃かに《棠棣》の篇を慕い、好楽 瑟琴和せり。


(現代語訳)
葛を南の山のふもとにうえると、葛はつるをのばして、ひとりでに、かげをつくるようになった。
私とあなたとがはじめて結婚したのは、成年に達して結髪したての頃で、夫婦の情愛も深かった。
二人の愛情の歓喜は枕の寝台とふとんにあり、夜ごと、かいまきをともにして、仲むつまじくしたものです。
また心ひそかに『詩経、小雅、棠棣』の詩をしたって思いつづけ、むつみ楽しみあうこと、琴家の和するようでありました。

yayoipl07


(訳注) 種葛篇
 #1
〇種葛篇 棄てられた妻の歌。「楽府詩集」では、雑曲歌辞に列する。この第は棄てられた要に託して、孤独な心情をのべたもの。『詩経、唐風、葛生』「葛生蒙楚,蘞蔓于野,予美亡此,誰與?獨處。 葛生蒙棘,蘞蔓于域,予美亡此,誰與?獨息。 角枕粲兮,錦衾爛兮,予美亡此,誰與?獨旦。 夏之日,冬之夜,百歲之後,歸于其居。 冬之夜,夏之日,百歲之後,歸于其室。をひき、曹楯は、妻が夫を思うことばを作ったとする。この詩の題は、首句のはじめの二字よりとったもの。226年黄初7年35歳の作詩。


種葛南山下,葛藟自成陰。
葛を南の山のふもとにうえると、葛はつるをのばして、ひとりでに、かげをつくるようになった。
〇南山 曹植は洛陽、北の陵墓である邙山に対して生まれ育つ「南の山」という表現をしている。
名都篇 #1
名都多妖女,京洛出少年。寶劍直千金,被服麗且鮮。
鬥雞東郊道,走馬長楸間。馳驅未能半,雙兔過我前。
攬弓捷鳴鏑,驅上彼南山。左挽因右發,一縱雙禽連。
余巧未及展,仰手接飛鳶。觀者咸稱善,眾工歸我妍。
歸來宴平樂,美酒斗十千。膾鯉皪胎濩,炮鱉炙熊蹯。
鳴儔嘯匹侶,列坐竟長筵。連翩擊鞠壤,巧捷惟萬端。
白日西南馳,光景不可攀。雲散還城邑,清晨復來還。
名都篇 曹植 魏<57-#2> 女性詩711 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2103

○葛藟 くずはつるをのはす。葛は和名クズ。豆科で蔓性の植物。「南有樛木.葛藟纍之.樂只君子.福履綏之詩経」周南、樛木に「南有樛木.葛藟纍之.樂只君子.福履綏之」(南に樛木有りて、葛と蔓と之に纍う。楽しき君子、福履之を綏んず)と見える。『詩経国風』。古人は葛のような蔓性の植物で男にからむ女の愛情にたとえた。


與君初婚時,結髮恩義深。
私とあなたとがはじめて結婚したのは、成年に達して結髪したての頃で、夫婦の情愛も深かった。
〇結髪 髪をたばねをいう。男は二十歳、女は十五歳。笄で結い始める時の儀式である「笄礼」(けいれい)を成人式のように扱うことがある。このため「笄」には成人とした15歳という意味もある。
蘇武『留別妻』
結髮爲夫妻、恩愛兩不疑。
歡娯在今夕、燕婉及良時。
征夫懷往路、起視夜何其。
參辰皆已沒、去去從此辭。
行役在戰場、相見未有期。
握手一長歎、涙爲生別滋。
努力愛春華、莫忘歡樂時。
生當復來歸、死當長相思。


歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
二人の愛情の歓喜は枕の寝台とふとんにあり、夜ごと、かいまきをともにして、仲むつまじくしたものです。
○歡愛在枕席,宿昔同衣衾。
#3為焦仲卿妻作-其二場面 (2)-1#3
結髮同枕席,黃泉共為友。共事二三年,始而未為久。
「髪を上に結い始めて仕官したことと同じくして枕席をともにする夫婦となって以来、黄泉のあの世までも添い遂げることにしたのです。」そして「仕事に仕えると共に一緒の生活をした足かせ三年というもの、まだ始めたばかりで日数もたっていないのです。」
○宿昔 そのむかし。ここではその当時の夜の事の意。


竊慕《棠棣》篇,好樂和瑟琴。
また心ひそかに『詩経、小雅、棠棣』の詩をしたって思いつづけ、むつみ楽しみあうこと、琴家の和するようでありました。
・棠棣篇 『詩経、小雅、棠棣』「妻子好合、如鼓琴瑟。 兄弟既翕、和楽且耽。」
家庭にあって妻子睦まじく、琴瑟が調律よく合奏し、家族が心から打ちとける」ということである。ここに家族=兄弟の問題をのべている。こういう詩を曹丕が皇帝でなくもし信長だったら絶対殺されるだろう。故云った抽象的であっても疑われる詩を多く書いている。かなり思い込みの強いタイプの性格であったことがわかる。

野田黄雀篇 曹植 魏詩<61> 女性詩721 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2153

曹植 野田黄雀篇


2013年4月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩野田黄雀篇 曹植 魏詩<61> 女性詩721 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2153
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

野田黄雀篇 曹植 魏詩<61> 女性詩721 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2153


野田黃雀行
高樹多悲風,海水揚其波。
高い樹におおくの悲しみをもった風がよく吹きつけるものであり、大海にその風が吹くと波たちわきあがるのである。
利劍不在掌,結友何須多。
権力を嵩にして剣を手にもつことはしない、そして権力を得るために何も多くの友だちを作る必要はなかろう。
不見籬間雀,見鷂自投羅。
あの垣根のあいだにとまっている雀を見ることが出来ないのか。それはハイ鷹を見ただけで、自分からカスミ網に飛びこんっでいくのである。
羅家得雀喜,少年見雀悲。
網をはっていた家の人は雀が手にはいって喜んだのだが、実直な若ものがそれを見て悲しんだ。
拔劍捎羅網,黃雀得飛飛。
若者は剣をぬいて網をきりはらったので、雀は自由に飛ぶことができるようにしたので飛んでいった。
飛飛摩蒼天,來下謝少年。
飛んで行って、青空にとどかんばかりに飛んでから、やがて降りて来て、若者に礼を言ったのである。
高樹 悲風多く、海水 其の波を揚ぐ。
利剣 掌に在らずんば、友を結ぶ何んぞ多きを須いん。
見ずや 籬間【りかん】の雀、鷂【たか】を見て自ら羅【あみ】に投ず。
羅する家 雀を得て喜び、少年 雀を見て悲しむ。
剣を抜きて羅網【らもう】を捎【はら】えば、黄雀 飛び飛ぶを得たり。
飛び飛びて蒼天【そうてん】を摩し、来り下りて少年に謝す。


『野田黃雀行』 現代語訳と訳註
(本文)

銅雀臺00高樹多悲風,海水揚其波。
利劍不在掌,結友何須多。
不見籬間雀,見鷂自投羅。
羅家得雀喜,少年見雀悲。
拔劍捎羅網,黃雀得飛飛。
飛飛摩蒼天,來下謝少年。


(下し文)
野田黄雀行
高樹 悲風多く、海水 其の波を揚ぐ。
利剣 掌に在らずんば、友を結ぶ何んぞ多きを須いん。
見ずや 籬間【りかん】の雀、鷂【たか】を見て自ら羅【あみ】に投ず。
羅する家 雀を得て喜び、少年 雀を見て悲しむ。
剣を抜きて羅網【らもう】を捎【はら】えば、黄雀 飛び飛ぶを得たり。
飛び飛びて蒼天【そうてん】を摩し、来り下りて少年に謝す。


(現代語訳)
高い樹におおくの悲しみをもった風がよく吹きつけるものであり、大海にその風が吹くと波たちわきあがるのである。
権力を嵩にして剣を手にもつことはしない、そして権力を得るために何も多くの友だちを作る必要はなかろう。
あの垣根のあいだにとまっている雀を見ることが出来ないのか。それはハイ鷹を見ただけで、自分からカスミ網に飛びこんっでいくのである。
網をはっていた家の人は雀が手にはいって喜んだのだが、実直な若ものがそれを見て悲しんだ。
若者は剣をぬいて網をきりはらったので、雀は自由に飛ぶことができるようにしたので飛んでいった。
飛んで行って、青空にとどかんばかりに飛んでから、やがて降りて来て、若者に礼を言ったのである。


(訳注)
野田黃雀行

○野田黃雀行 すずめを弱い立場の人として詠める歌。「楽府詩集」では相和歌辞琵調曲に、彼の「箜篌引 曹植 魏詩<50>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1993」(とともに、「野田黄雀行」の題名で述べている。黄雀のことは、黄鳥為悲鳴 『詩経、秦風、黃鳥篇』「交交黄鳥.止于棘. 誰從穆公.子車奄息. 維此奄息.百夫之特. 臨其穴._惴惴其慄. 彼蒼者天.殲我良人. 如可贖兮.人百其身. 交交黄鳥.止于桑. 誰從穆公.子車仲行. 維此仲行.百夫之防.」秦の穆公(春秋時代の諸侯)が死んだ時、殉死した百七十七人の中に、子車(子輿氏ともいう)の子の良臣、奄息・仲行・鍼虎の三人がいた。彼らは何れも善良のほまれが高い人であったので、秦国の人々は「黄鳥」の詩を作って哀しんだ。
曹植の『三良詩』にも述べている。三兄弟が穆公のため殉死させられたこと三良の死を悼んだことを詠う。黄鳥は今では黄雀という。うぐいすの一種。
この篇は、曹丕文帝即位の前後に曹植の侍臣たる揚修・丁儀・丁廙らが次次と誅されたのを哀しんで作ったと考えることが現在の所正しいようだ。さらにここにいう雀は、当時獄中にあった丁儀をさすと推定するのだ妥当と考える。したがって、この篇は220年黄初元年、曹植が二十九歳の時の作である。
三良詩 曹植 魏詩<24>文選 詠史 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1817


高樹多悲風,海水揚其波。
高い樹におおくの悲しみをもった風がよく吹きつけるものであり、大海にその風が吹くと波たちわきあがるのである。
○高樹多悲風,海水揚其波。 この篇を詠うことに対して、その置かれた状況を設定する句であり、それはそのまま曹植の心情をあらわしている。海は晦(くらい)で、暗憺たる感情をこめているのである。


利劍不在掌,結友何須多。
権力を嵩にして剣を手にもつことはしない、そして権力を得るために何も多くの友だちを作る必要はなかろう。
〇利剣 権力をもってする剣。権力を嵩にすること。
○結友 友人関係を結ぶ。
○何須多 何んで数を多くする必要があろう。


不見籬間雀,見鷂自投羅。
あの垣根のあいだにとまっている雀を見ることが出来ないのか。それはハイ鷹を見ただけで、自分からカスミ網に飛びこんっでいくのである。
○籬間 籬は柴や竹であんだ垣根附近にとまっている。
〇鷂 【兄鷂】: 鳥、ハイタカの雄。《「詩経」小雅・常棣から》兄弟、または仲間どうしが内輪でけんかをする。 兄弟(けいてい)は左右の手なり:と蟻兄弟のあら想を連想させる。。
〇羅 カスミ網。


羅家得雀喜,少年見雀悲。
網をはっていた家の人は雀が手にはいって喜んだのだが、実直な若ものがそれを見て悲しんだ。
○羅家 あみをはる人の家においての話。


拔劍捎羅網,黃雀得飛飛。
若者は剣をぬいて網をきりはらったので、雀は自由に飛ぶことができるようにしたので飛んでいった。
○摘 きりはらう。
○黄雀 すずめの別名。


飛飛摩蒼天,來下謝少年。
飛んで行って、青空にとどかんばかりに飛んでから、やがて降りて来て、若者に礼を言ったのである。
○摩蒼天 青空にすりつかんばかりに高く飛ぶ。
〇謝少年 若者に礼をいう。
贈徐幹 曹植

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紀 頌之

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