漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2013年09月

司馬相如 《子虚賦 》(24)#10-1 文選 賦<109-#10-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩903 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3063

司馬相如 《子虚賦 》(24それに、斉は、東は大海に臨み、南は琅邪山まで領有しています。成山に台を建て観察し、之罘山で狩りをおこなった。渤海に船を浮かべ、孟諸の沢に遊びます。東北に在る粛慎國と隣り合い、東は湯谷を境界としています。

 

2013年9月30日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(24#10-1 文選 賦<109-#10-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩903 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3063

 

 

武帝の宮廷へ

ところで、中央では景帝が死に、武帝が皇帝の位についていた。武帝は景帝と違って、文学を大変好んでいた。あるとき、武帝は「子虚の賦」を読んで、大いに感動し、「この賦の作者と同じ時代に生きられなかったのは残念だ」とまで言った。武帝は「子虚の賦」が、ずっと昔の人によって書かれたと思っていたのだ。司馬相如と同郷である側近の楊得意という者が、「子虚の賦」の作者が今生きている人間で、名を司馬相如というと武帝に教えた。

武帝は早速司馬相如を召した。そのとき、司馬相如は、「子虚の賦」が諸侯のことを書いた内容であり、天子(皇帝)にたてまつるのにはふさわしくないと言った。そして、司馬相如は天子にふさわしくなるように「子虚の賦」を改作して、「天子游獵賦(『文選』では「子虚賦」と「上林賦」に分割。「子虚・上林賦」と称されることが多い。)」として、武帝にたてまつった。武帝は大いに喜び、司馬相如を郞に復職させた。

 

 

(24)10-1

且齊東陼鉅海,南有琅邪,

それに、斉は、東は大海に臨み、南は琅邪山まで領有しています。

觀乎成山,射乎之罘;

成山に台を建て観察し、之罘山で狩りをおこなった。

浮勃澥,游孟諸。

渤海に船を浮かべ、孟諸の沢に遊びます。

邪與肅慎為鄰,右以湯谷為界,

東北に在る粛慎國と隣り合い、東は湯谷を境界としています。

 (25) #102

秋田乎青丘,傍偟乎海外,

吞若雲夢者八九,其於匈中曾不蔕芥。

若乃俶儻瑰偉,異方殊類,

珍怪鳥獸,萬端鱗崒,

(26) #103

充仞其中者,不可勝記,

禹不能名,契不能計。

然在諸侯之位,不敢言游戲之樂,苑囿之大;

先生又見客,是以王辭不復,

何為無以應哉!」

 

(24) #10-1

且つ齊は東のかた鉅海【きょかい】を陼【しきり】とし,南のかた琅邪【ろうや】を有【たも】てり,。

山に觀 乎【つく】り,之罘【しふ】に射る。

勃澥【ぼっかい】に浮かび,孟諸【もうちょ】に

【なな】めに肅慎【しゅくしんと】鄰たり,右は湯谷を以って界と為せり。

(25) #102

秋には青丘に田【かり】し,海外に傍偟【ほうこう】す

雲夢の若き者も八九を吞めども,其の匈中に於て曾て蔕芥【たいかい】にもせず

若し乃ち俶儻【てきとう】瑰偉【かいい】として,方を異にし類を殊にするは,

珍怪鳥獸,萬端にして鱗【うろこ】もごとく【あつま】る

(26) #103

其の中に充仞【じゅうじん】し,勝【あ】げて記す可からず。

禹も名つくること能わず,契も計【かぞ】うること能わず。

然れども諸侯の位に在りては,敢て游戲の樂しみ,苑囿【えんゆう】の大いなることを言わず。

先生 又た 客と見【せ】られたり,是を以って王辭して復【こた】えず

何んぞ以って應【こた】うること無しと為さんや!」

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10

且齊東陼鉅海,南有琅邪,

觀乎成山,射乎之罘;

浮勃澥,游孟諸。

邪與肅慎為鄰,右以湯谷為界,

 

 

(下し文) (24) #10-1

且つ齊は東のかた鉅海【きょかい】を陼【しきり】とし,南のかた琅邪【ろうや】を有【たも】てり,。

山に觀 乎【つく】り,之罘【しふ】に射る。

勃澥【ぼっかい】に浮かび,孟諸【もうちょ】に

【なな】めに肅慎【しゅくしんと】鄰たり,右は湯谷を以って界と為せり。

 

 

(現代語訳)

(烏有先生の言葉の続き)

それに、斉は、東は大海に臨み、南は琅邪山まで領有しています。

成山に台を建て観察し、之罘山で狩りをおこなった。

渤海に船を浮かべ、孟諸の沢に遊びます。

東北に在る粛慎國と隣り合い、東は湯谷を境界としています。

 

 

(訳注) 10

(#10の理解のため)

2巡行秦始皇帝

・始皇帝の二回目の巡行は、B.C.219年、一回目の一年後である。二回目は東方の郡県をめぐり、南方に下ってかえった。

・鄒の嶧山に上り、魯の儒生らを招いてこの時封禅のことを問うた。 儒家の一致しない意見を無視して封禅を行った始皇帝は、山を下りた時ににわかに風雨に遭い、五大夫松の下で休んだという。

・そして渤海に沿って東行し、黄縣を通り、成山を極め、之罘山に登って秦の頌徳碑を立てた。そして南の琅琊山に登り大いに楽しみ、滞留3ヶ月、 黔首3万戸を琅琊山の麓にうつし、12年間賦税を免除して琅琊台を作った。

・ここで徐芾に命じて童男童女数千人を出して海上に僊()人を求めた。

・彭城を通ったとき、斎戒して祈り、周の鼎を泗水から引き揚げようと1000人に命じて水中に探させたが見つからなかった。この逸話は、おそらく後世儒家が作り出した話である。

・南行して南郡で長江に浮かび、湘山祠に行ったところ、大風にあい、舟が覆りそうになる事件があった。 始皇帝は大いに怒って罪人3000人を使い湘山の樹をみな伐って禿げ山にした。そして南郡から武関を通って咸陽に帰った。

 

且齊東陼鉅海,南有琅邪。

それに、斉は、東は大海に臨み、南は琅邪山まで領有しています。

・鉅海 大きな海。 勢力のあるうみ。

・琅邪 中国の古地名。瑯邪,瑯琊,琅とも書く。春秋時代越王句践(こうせん)が現在の山東省膠南県南西の地に黄海を望む台館を起こし,諸侯と会盟を行ったという。秦の始皇帝はここを治所に琅邪郡を置き,28(219)の泰山封禅ののち琅邪台を設け,秦朝の頌徳碑を建てた(琅邪台刻石)。前漢も今の諸城県を治所に琅邪郡を置き,後漢は今の臨沂(りんぎ)県を中心に琅邪国とした。東晋・南朝で第一流の名族とされた王導一族は,琅邪・臨沂の出身である。

 

觀乎成山,射乎之罘。

成山に台を建て観察し、之罘山で狩りをおこなった。

・之罘 之罘山

 

浮勃澥,游孟諸。

渤海に船を浮かべ、孟諸の沢に遊びます。

・孟諸 孟諸沢は宋城の東北に沼沢が広がっていて、良い猟場であった。

 

邪與肅慎為鄰,右以湯谷為界。

東北に在る粛慎國と隣り合い、東は湯谷を境界としています。

・粛慎 先秦時代の古典に見える東北境外の民族。〈東夷〉の一つで,中国の威徳を慕って来朝し,特産品の楛矢石砮(こしせきど)(人参木の枝で作った矢に石のやじりをつけたもの)を献上したことが記されているが実体は不明。3世紀,魏・晋期以降になると,今の吉林・黒竜江両省から沿海州方面に居住した漢代の挹婁(ゆうろう),南北朝期の勿吉(こつきつ),隋・唐期の靺鞨(まつかつ),宋以降の女真をその後裔とする考えが行われた。

・湯谷 《山海經》記載之湯谷就在古琅琊(現山東省日照市)
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司馬相如 《子虚賦 》(23)#9-3 文選 賦<109-#9-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩902 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3058

司馬相如 《子虚賦 》(23つまり、主君の欠点を言いたてたことになるか、御自身の信義を失うことになるかのいずれかである。いずれにしても、あなたにとって良いことではありません。私の正義もきずつく、この二つのことが一つにすべきではない。



2013年9月29日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(23#9-3 文選 賦<109-#9-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩902 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3058

 

 

(21)#9-1

烏有先生曰:「是何言之過也!

烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!

足下不遠千里,來況齊國,

あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

悉境之士,備車騎之眾,

斉王は、国中の兵士を動員され、多くの車馬を整え準備された。

與使者出田,乃欲戮力致獲,

使者であるあなたと共に、狩猟を催されたのです。これはつまり、力を尽くして収穫をあげる。

 

(22)#9-2

左右也,何名為夸哉!

あなたを楽しませようという意図です。どうして「自慢した」などといえましょうか。

問楚地之有無者,願聞大國之風烈,

また、王が楚国のありさまについて質問されたのは、大国の教化功業の跡をうかがわれた。

先生之餘論也。

それにあわせてあなたのご高説をもうかがおうとされたものです。

今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,

ところが、あなたは、楚王の高徳をたたえもせず、盛んに雲夢沢の自慢話をし、

奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。

楚王の度を越した贅沢な狩猟について吹聴されました。私としては、あなたのためを考えると、感心できません。


 (23) #9-3

必若所言,固非楚國之美也。

もし、あなたのおっしゃることが真実だとすれば、実際のところ、楚国を褒めたことになりません。

有而言之,是章君之惡也,

有りもしないことを述ベられたのだとしたら、これであなたの信用が傷つくでしょう。

無而言之,是害足下之信也。

つまり、主君の欠点を言いたてたことになるか、御自身の信義を失うことになるかのいずれかである。

章君惡,傷私義,二者無一可,

いずれにしても、あなたにとって良いことではありません。私の正義もきずつく、この二つのことが一つにすべきではない。

而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

にもかかわらず、あなたはこのようなことをなさった。必ずや、斉国には侮られ、楚國にも害を及ぼすでしょう。

#9-1

烏有先生曰わく:「是れ何ぞ言の過【あやま】てるや!

足下 千里を遠しとせずして,來りて齊國に況【たまもの】せり,

王 悉【ことごと】く境士,車騎の眾を備えり,

使者と出でて田【かり】し,乃ち力を戮【あわ】せて獲を致す。

#9-2

以って左右を【たのし】ませんと欲すや,何くんぞ名づけて夸【ほこ】ると為さんや!

楚地の有無を問うは,大國の風烈,先生の餘論【よろん】を聞かんことを願いてなり。

今 足下 楚王の德の厚さを稱せずして,盛んに雲夢を推して以て驕と為す。

【ひろ】く淫樂【いんらく】をい而侈靡【しび】を【あらわ】す,竊【ひそか】に足下の為に取らざるなり。

#9-3

必ず言う所の若【ごと】くんば,固【まこと】に楚國の美に非ず。

有りて之を言わば,是れ君の惡を章【あらわ】すなり

無くして之を言わば,是れ足下の信を害するなり。

君の惡を章【あらわ】して,私の義を傷【やぶ】るは,二の者 一も可なること無し,

而うして先生之を行う,必ず且【まさ】に齊に輕んじられて 楚を累【わずら】わさんとす

錦雞鳥00 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) #9-3

必若所言,固非楚國之美也。

有而言之,是章君之惡也,

無而言之,是害足下之信也。

章君惡,傷私義,二者無一可,

而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

 

 

 

(下し文)

必ず言う所の若【ごと】くんば,固【まこと】に楚國の美に非ず。

有りて之を言わば,是れ君の惡を章【あらわ】すなり,

無くして之を言わば,是れ足下の信を害するなり。

君の惡を章【あらわ】して,私の義を傷【やぶ】るは,二の者 一も可なること無し,

而うして先生之を行う,必ず且【まさ】に齊に輕んじられて 楚を累【わずら】わさんとす。

 

 

(現代語訳)

もし、あなたのおっしゃることが真実だとすれば、実際のところ、楚国を褒めたことになりません。

有りもしないことを述ベられたのだとしたら、これであなたの信用が傷つくでしょう。

つまり、主君の欠点を言いたてたことになるか、御自身の信義を失うことになるかのいずれかである。

いずれにしても、あなたにとって良いことではありません。私の正義もきずつく、この二つのことが一つにすべきではない。

にもかかわらず、あなたはこのようなことをなさった。必ずや、斉国には侮られ、楚國にも害を及ぼすでしょう。

 

 

(訳注) #9-3

必若所言,固非楚國之美也。

もし、あなたのおっしゃることが真実だとすれば、実際のところ、楚国を褒めたことになりません。

 

有而言之,是章君之惡也,

有りもしないことを述ベられたのだとしたら、これであなたの信用が傷つくでしょう。

 

無而言之,是害足下之信也。

つまり、主君の欠点を言いたてたことになるか、御自身の信義を失うことになるかのいずれかである。

 

章君惡,傷私義,二者無一可,

いずれにしても、あなたにとって良いことではありません。私の正義もきずつく、この二つのことが一つにすべきではない。

 

而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

にもかかわらず、あなたはこのようなことをなさった。必ずや、斉国には侮られ、楚國にも害を及ぼすでしょう。
haqro04 

司馬相如 《子虚賦》(22)#9-2 文選 賦<109-#9-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩901 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3053

司馬相如 《子虚賦》(22あなたを楽しませようという意図です。どうして「自慢した」などといえましょうか。また、王が楚国のありさまについて質問されたのは、大国の教化功業の跡をうかがわれた。それにあわせてあなたのご高説をもうかがおうとされたものです。

 

2013年9月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦》(22)#9-2 文選 賦<109-#9-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩901 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3053
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹植(曹子建) 《贈王粲》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3056 (09/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦》(22#9-2 文選 賦<109-#9-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩901 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3053

 

 

(21)#9-1

烏有先生曰:「是何言之過也!

烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!

足下不遠千里,來況齊國,

あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

悉境之士,備車騎之眾,

斉王は、国中の兵士を動員され、多くの車馬を整え準備された。

與使者出田,乃欲戮力致獲,

使者であるあなたと共に、狩猟を催されたのです。これはつまり、力を尽くして収穫をあげる。

 

22)#9-2

左右也,何名為夸哉!

あなたを楽しませようという意図です。どうして「自慢した」などといえましょうか。

問楚地之有無者,願聞大國之風烈,

また、王が楚国のありさまについて質問されたのは、大国の教化功業の跡をうかがわれた。

先生之餘論也。

それにあわせてあなたのご高説をもうかがおうとされたものです。

今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,

ところが、あなたは、楚王の高徳をたたえもせず、盛んに雲夢沢の自慢話をし、

奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。

楚王の度を越した贅沢な狩猟について吹聴されました。私としては、あなたのためを考えると、感心できません。


 (23) #9-3

必若所言,固非楚國之美也。

有而言之,是章君之惡也,

無而言之,是害足下之信也。

章君惡,傷私義,二者無一可,

而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

#9-1

烏有先生曰わく:「是れ何ぞ言の過【あやま】てるや!

足下 千里を遠しとせずして,來りて齊國に況【たまもの】せり,

王 悉【ことごと】く境士,車騎の眾を備えり,

使者と出でて田【かり】し,乃ち力を戮【あわ】せて獲を致す。

#9-2

以って左右を【たのし】ませんと欲すや,何くんぞ名づけて夸【ほこ】ると為さんや!

楚地の有無を問うは,大國の風烈,先生の餘論【よろん】を聞かんことを願いてなり。

今 足下 楚王の德の厚さを稱せずして,盛んに雲夢を推して以て驕と為す。

【ひろ】く淫樂【いんらく】をい而侈靡【しび】を【あらわ】す,竊【ひそか】に足下の為に取らざるなり。

#9-3

必ず言う所の若【ごと】くんば,固【まこと】に楚國の美に非ず。

有りて之を言わば,是れ君の惡を章【あらわ】すなり

無くして之を言わば,是れ足下の信を害するなり。

君の惡を章【あらわ】して,私の義を傷【やぶ】るは,二の者 一も可なること無し,

而うして先生之を行う,必ず且【まさ】に齊に輕んじられて 楚を累【わずら】わさんとす

sunrise001 

 


『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) #9-2

左右也,何名為夸哉!

問楚地之有無者,願聞大國之風烈,

先生之餘論也。

今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,

奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。

 

冬00 

(下し文) #9-2

以って左右を【たのし】ませんと欲すや,何くんぞ名づけて夸【ほこ】ると為さんや!

楚地の有無を問うは,大國の風烈,先生の餘論【よろん】を聞かんことを願いてなり。

今 足下 楚王の德の厚さを稱せずして,盛んに雲夢を推して以て驕と為す。

奢【ひろ】く淫樂【いんらく】をい言て而侈靡【しび】を顯【あらわ】す,竊【ひそか】に足下の為に取らざるなり。

 

(現代語訳)

あなたを楽しませようという意図です。どうして「自慢した」などといえましょうか。

また、王が楚国のありさまについて質問されたのは、大国の教化功業の跡をうかがわれた。

それにあわせてあなたのご高説をもうかがおうとされたものです。

ところが、あなたは、楚王の高徳をたたえもせず、盛んに雲夢沢の自慢話をし、

楚王の度を越した贅沢な狩猟について吹聴されました。私としては、あなたのためを考えると、感心できません。

 

 

(訳注) #9-2

左右也,何名為夸哉!
あなたを楽しませようという意図です。どうして「自慢した」などといえましょうか。

・夸哉 「自慢した」などという。

 

問楚地之有無者,願聞大國之風烈,

また、王が楚国のありさまについて質問されたのは、大国の教化功業の跡をうかがわれた。

・大國之風烈 大国の教化功業の跡。

 

先生之餘論也

それにあわせてあなたのご高説をもうかがおうとされたものです。

・餘論 ご高説。

 

今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,

ところが、あなたは、楚王の高徳をたたえもせず、盛んに雲夢沢の自慢話をし、

・雲夢 雲夢沢。古代に湖北省から湖南省にかけて存在したという大湿地。揚子江中流の武漢付近の湖沼群はその跡といわれる。漢代から、洞庭湖(主に北部)は雲夢大沢(うんぼうだいたく)と呼ばれており、現在の湖北省にあたる地域ではその栄養豊かな堆積物が農業用に珍重され、多くの田が造られてきた。

 

奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。

楚王の度を越した贅沢な狩猟について吹聴されました。私としては、あなたのためを考えると、感心できません。

・奢言淫樂而顯侈靡 度を越した贅沢な狩猟について吹聴されたということ。

・竊為足下不取 あなたのためを考えると、感心できませんというほどの意味。

司馬相如 《子虚賦 》(21)#9-1 文選 賦<109-#9-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩900 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3048

司馬相如 《子虚賦 》(21烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

 

2013年9月27日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(21#9-1 文選 賦<109-#9-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩900 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3048

 

#9

烏有先生曰:「是何言之過也!足下不遠千里,來況齊國,王悉境之士,備車騎之眾,與使者出田,乃欲戮力致獲,以左右也,何名為夸哉!問楚地之有無者,願聞大國之風烈,先生之餘論也。今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。必若所言,固非楚國之美也。有而言之,是章君之惡也,無而言之,是害足下之信也。章君惡,傷私義,二者無一可,而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

 

(21)#9-1

烏有先生曰:「是何言之過也!

烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!

足下不遠千里,來況齊國,

あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

悉境之士,備車騎之眾,

斉王は、国中の兵士を動員され、多くの車馬を整え準備された。

與使者出田,乃欲戮力致獲,

使者であるあなたと共に、狩猟を催されたのです。これはつまり、力を尽くして収穫をあげる。

 

22)#9-2

左右也,何名為夸哉!

問楚地之有無者,願聞大國之風烈,

先生之餘論也。

今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,

奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。

(23) #9-3

必若所言,固非楚國之美也。

有而言之,是章君之惡也,

無而言之,是害足下之信也。

章君惡,傷私義,二者無一可,

而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

#9-1

烏有先生曰わく:「是れ何ぞ言の過【あやま】てるや!

足下 千里を遠しとせずして,來りて齊國に況【たまもの】せり,

王 悉【ことごと】く境士,車騎の眾を備えり,

使者と出でて田【かり】し,乃ち力を戮【あわ】せて獲を致す。

#9-2

以って左右を【たのし】ませんと欲すや,何くんぞ名づけて夸【ほこ】ると為さんや!

楚地の有無を問うは,大國の風烈,先生の餘論【よろん】を聞かんことを願いてなり。

今 足下 楚王の德の厚さを稱せずして,盛んに雲夢を推して以て驕と為す。

【ひろ】く淫樂【いんらく】をい而侈靡【しび】を【あらわ】す,竊【ひそか】に足下の為に取らざるなり。

#9-3

必ず言う所の若【ごと】くんば,固【まこと】に楚國の美に非ず。

有りて之を言わば,是れ君の惡を章【あらわ】すなり

無くして之を言わば,是れ足下の信を害するなり。

君の惡を章【あらわ】して,私の義を傷【やぶ】るは,二の者 一も可なること無し,

而うして先生之を行う,必ず且【まさ】に齊に輕んじられて 楚を累【わずら】わさんとす

haqro04 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) #9-1

烏有先生曰:「是何言之過也!

足下不遠千里,來況齊國,

悉境之士,備車騎之眾,

與使者出田,乃欲戮力致獲,

 

 

 

(下し文) #9-1

烏有先生曰わく:「是れ何ぞ言の過【あやま】てるや!

足下 千里を遠しとせずして,來りて齊國に況【たまもの】せり,

王 悉【ことごと】く境士,車騎の眾を備えり,

使者と出でて田【かり】し,乃ち力を戮【あわ】せて獲を致す。

 

 

(現代語訳)

烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!

あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

斉王は、国中の兵士を動員され、多くの車馬を整え準備された。

使者であるあなたと共に、狩猟を催されたのです。これはつまり、力を尽くして収穫をあげる。

 

 

(訳注) #9-1

烏有先生曰:「是何言之過也!

烏有先生は、子虛の言葉を聞き終わると、こう言った。「あなたは、何と誤ったことをおっしゃるのか。!

 

足下不遠千里,來況齊國,

あなたが、千里先も遠くないという距離より足を運ばれて、斉に贈り物をもたらされたのだ。

 

悉境之士,備車騎之眾,

斉王は、国中の兵士を動員され、多くの車馬を整え準備された。

・境之士 国中の兵士を動員する。

・車騎之眾 多くの車馬を整え準備。

 

與使者出田,乃欲戮力致獲,

使者であるあなたと共に、狩猟を催されたのです。これはつまり、力を尽くして収穫をあげる。

・出田/出畋 狩猟を催される。

・戮力 力を尽くす。
DCF00118 

司馬相如 《子虚賦 》(20)#8-2 文選 賦<109-#8-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩899 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3043

司馬相如 《子虚賦 》(20その点、大王(斉王を指す)が、一日中馬を走らせ、車から一歩も降りられないのだ。肉をぶつ切りにしては、車輪の塩に摺りつけて食べられるのとは、大違いです。私が人知れずこれらを見て思いますところ、斉は楚に及びますまい。」


2013年9月26日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(20)#8-2 文選 賦<109-#8-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩899 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3043
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【案:徽。】閣老張十八助教》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <812>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3044韓愈詩-192
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 657 《短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】》 蜀中転々 杜甫 <562>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3045 杜甫詩1000-562-803/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹植(曹子建) 《七歩詩》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3046 (09/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 歸國遙二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-300-5-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3047
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(20#8-2 文選 賦<109-#8-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩899 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3043

 

 

19#8-1

「將息獠者,擊靈鼓,起烽燧,

ここで、狩猟の参加者を休息させるため、六面の太鼓を打ち鳴らし、のろしを上げて合図とする。

車案行,騎就隊,

それに応じて、中も騎馬も隊列を整える。

纚乎淫淫,班乎裔裔。

あとからあとから、絶えることなく、流れるように進んでゆく。

於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,

(以下、子虛の締めくくりの言葉)かくして楚王は、雲陽の楼台に上られ、安らかに心をしすめ、精神統一をされます。

澹乎自持,勺藥之和具而後御之。

(狩りの獲物にしても)五味の調った料理となってから、はじめて召し上がられるのです。

20#8-2

不若大王終日馳騁,曾不下輿,

その点、大王(斉王を指す)が、一日中馬を走らせ、車から一歩も降りられないのだ。

割輪淬,自以為

肉をぶつ切りにしては、車輪の塩に摺りつけて食べられるのとは、大違いです。

臣竊觀之,齊殆不如。

私が人知れずこれらを見て思いますところ、斉は楚に及びますまい。」私がこう申し上げたところ、

於是王無以應僕也。」

斉王は、何も言い返すことが、巨 おできにならなかったのです。」

 

#8-1

「將に獠者【りょうしゃ】を息わしめんとし,靈鼓を擊ち,烽燧【ほうすい】を起こす,

車は行を案じ,騎は隊に就く,

纚乎【しこ】淫淫【いんいん】として,班乎 裔裔【えいえい】たり。

是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,

澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。

#8-2

大王の終日 馳騁【ちてい】して,曾て輿【くるま】より下りずして,

【れんかつ】輪淬【りんさい】して,自ら以てしみと為すがくならず。

臣 竊【ひそか】に之を觀るに,齊は殆んど如かずと。」

是に於いて王 以て僕に應【こた】うる無し也。」と。

珠櫻001 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) 20#8-2

不若大王終日馳騁,曾不下輿,

割輪淬,自以為

臣竊觀之,齊殆不如。」

於是王無以應僕也。」

 

 

(下し文) #8-2

大王の終日 馳騁【ちてい】して,曾て輿【くるま】より下りずして,

割【れんかつ】輪淬【りんさい】して,自ら以てしみと為すが若くならず。

臣 竊【ひそか】に之を觀るに,齊は殆んど如かずと。」

是に於いて王 以て僕に應【こた】うる無し也。」と。

 

(現代語訳)

その点、大王(斉王を指す)が、一日中馬を走らせ、車から一歩も降りられないのだ。

肉をぶつ切りにしては、車輪の塩に摺りつけて食べられるのとは、大違いです。

私が人知れずこれらを見て思いますところ、斉は楚に及びますまい。」私がこう申し上げたところ、

斉王は、何も言い返すことが、巨 おできにならなかったのです。」

 

 

(訳注) 20#8-2

不若大王終日馳騁,曾不下輿,

その点、大王(斉王を指す)が、一日中馬を走らせ、車から一歩も降りられないのだ。

馳騁 1 馬を走らせること。 2 奔走すること。また、思いのままに動きまわること。

 

割輪淬,自以為

肉をぶつ切りにしては、車輪の塩に摺りつけて食べられるのとは、大違いです。

 肉をぶつ切りにすること。

 

臣竊觀之,齊殆不如。」

私が人知れずこれらを見て思いますところ、斉は楚に及びますまい。」私がこう申し上げたところ、

・竊 1 他人の物をこっそりぬすみ取る。2 ひそかに。人知れず。

 

於是王無以應僕也。」

斉王は、何も言い返すことが、巨 おできにならなかったのです。」
李清照0002211道観 

司馬相如 《子虚賦 》(19)#8-1 文選 賦<109-#8-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038

《子虚賦 》(19(以下、子虛の締めくくりの言葉)かくして楚王は、雲陽の楼台に上られ、安らかに心をしすめ、精神統一をされます。(狩りの獲物にしても)五味の調った料理となってから、はじめて召し上がられるのです。

 

2013年9月25日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
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 Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(19#8-1 文選 賦<109-#8-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038

 

 

19#8-1

「將息獠者,擊靈鼓,起烽燧,

車案行,騎就隊,

纚乎淫淫,班乎裔裔。

於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,

澹乎自持,勺藥之和具而後御之。

ここで、狩猟の参加者を休息させるため、六面の太鼓を打ち鳴らし、のろしを上げて合図とする。

それに応じて、中も騎馬も隊列を整える。

あとからあとから、絶えることなく、流れるように進んでゆく。

(以下、子虛の締めくくりの言葉)かくして楚王は、雲陽の楼台に上られ、安らかに心をしすめ、精神統一をされます。

(狩りの獲物にしても)五味の調った料理となってから、はじめて召し上がられるのです。

20#8-2

不若大王終日馳騁,曾不下輿,

割輪淬,自以為

臣竊觀之,齊殆不如。」

於是王無以應僕也。」

 

#8-1

「將に獠者【りょうしゃ】を息わしめんとし,靈鼓を擊ち,烽燧【ほうすい】を起こす,

車は行を案じ,騎は隊に就く,

纚乎【しこ】淫淫【いんいん】として,班乎 裔裔【えいえい】たり。

是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,

澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。

#8-2

大王の終日 馳騁【ちてい】して,曾て輿【くるま】より下りずして,

【れんかつ】輪淬【りんさい】して,自ら以てしみと為すがくならず。

臣 竊【ひそか】に之を觀るに,齊は殆んど如かずと。」

是に於いて王 以て僕に應【こた】うる無し也。」と。

銅雀臺00 

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) 19#8-1

「將息獠者,擊靈鼓,起烽燧,

車案行,騎就隊,

纚乎淫淫,班乎裔裔。

於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,

澹乎自持,勺藥之和具而後御之。

 

 

 

(下し文)

#8-1

「將に獠者【りょうしゃ】を息わしめんとし,靈鼓を擊ち,烽燧【ほうすい】を起こす,

車は行を案じ,騎は隊に就く,

纚乎【しこ】淫淫【いんいん】として,班乎 裔裔【えいえい】たり。

是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,

澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。

 

 

(現代語訳)

ここで、狩猟の参加者を休息させるため、六面の太鼓を打ち鳴らし、のろしを上げて合図とする。

それに応じて、中も騎馬も隊列を整える。

あとからあとから、絶えることなく、流れるように進んでゆく。

(以下、子虛の締めくくりの言葉)かくして楚王は、雲陽の楼台に上られ、安らかに心をしすめ、精神統一をされます。

(狩りの獲物にしても)五味の調った料理となってから、はじめて召し上がられるのです。

 

 

(訳注) 19#8-1

「將息獠者,擊靈鼓,起烽燧,

ここで、狩猟の参加者を休息させるため、六面の太鼓を打ち鳴らし、のろしを上げて合図とする。

靈鼓 神々へ届ける六面、八面の太鼓を云う。

・烽燧 のろしを上げて合図すること。

 

車案行,騎就隊

それに応じて、中も騎馬も隊列を整える。

 

纚乎淫淫,班乎裔裔

あとからあとから、絶えることなく、流れるように進んでゆく。

 髪を包む黒い絹。つづく、つらなる。連れ立って行く。

・淫淫 涙や水の盛んに流れるさま。増してゆくさま。遠く去るさま。往来するさま。

・裔裔 いくさま。飛び流れる。舞うさま。

 

於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,

(以下、子虛の締めくくりの言葉)かくして楚王は、雲陽の楼台に上られ、安らかに心をしすめ、精神統一をされます。

・陽雲之臺 「雲臺」後漢の光武帝の天下統一を助けた28人の功臣である。官吏登用制度たる郷挙里選においては孝行・廉潔を旨とする孝廉の科目が重視され、36年(建武12年)には三公らが毎年一定数の孝廉を推挙するよう規定された。さらに56年(建武中元1年)には洛陽に教化・祭礼の施設として明堂・霊台・辟雍を設置した。雲臺。高台。 物を乗せる台。特に仏像を乗せる台や美術工芸品を乗せる台のこと。前者の多くは蓮の花を模しており、後者の多くは天板に短い脚が四本付いた構造。

 

澹乎自持,勺藥之和具而後御之。

(狩りの獲物にしても)五味の調った料理となってから、はじめて召し上がられるのです。

勺藥 柄杓。わずか。少量。容積の単位。

・和具 料理。
漢文委員会紀頌之タイトル 

司馬相如 《子虚賦 》(18)#7-3 文選 賦<109-#7-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩897 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3033

司馬相如 《子虚賦 》(18 船頭は、むせび泣くような調子の歌を歌う。水中の動物は驚き騒いで、大波を起こす水は沸きかえって、波はぶつかりあい水底の多くの石が触れあって、ゴロゴロと音をたて、数百里のかなたまで鳴り響く笛鴫のようである。

 

2013年9月24日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(18)#7-3 文選 賦<109-#7-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩897 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3033
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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五言律詩 題張十八所居【案:籍。】 韓愈(韓退之) <188>Ⅱ中唐詩803 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2999
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3035 杜甫詩1000-561-801/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 120上行杯 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-298-5-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3037
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩  
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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 
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 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
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司馬相如 《子虚賦 》(18#7-3 文選 賦<109-#7-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩897 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3033

 

 

#7-

「於是乃羣相與獠於蕙圃,

そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。

媻珊勃窣,上金隄,

侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。

揜翡翠,射鵕鸃

カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

微矰出,孅繳施,

細い糸のついた小さな矢を放っては「射()(くる)み」をしカスミ網の仕掛けをした。

弋白鵠,連駕鵞,

非常に高い所を飛ぶ白鵠に当て取り、野生のがちょうをも捕らえた

 

#7-

雙鶬下,玄鶴加。

つかいのマナヅルを落とし、黒い鶴もつかまえる。

怠而後游於清池,

それに倦きれば、場所を移動して、かの清らかな池に遊ぶ。

浮文,揚旌枻,

風によく耐えて大空を飛ぶという鷁を船首に鮮やかに描いた船を浮かべ、船の両側の舷に旗を掲げた。

張翠帷,建羽蓋,

翡翠の羽のを張って、羽飾りのかさをたてる。

罔毒冒,釣紫貝,

そして、玳瑁を網ですくい、高貴な紫色貝を釣り上げる。

金鼓,吹鳴籟,

鉦を打ち鳴らし、簫の笛を吹きならした。

 

#7-

榜人歌,聲流喝,

船頭は、むせび泣くような調子の歌を歌う。

水蟲駭,波鴻沸,

水中の動物は驚き騒いで、大波を起こす

湧泉起,奔揚會,

水は沸きかえって、波はぶつかりあい

礧石相擊,琅琅礚礚,

水底の多くの石が触れあって、ゴロゴロと音をたて、

若雷霆之聲,聞乎數百里之外。

数百里のかなたまで鳴り響く笛鴫のようである。

 

#7-

「是に於いて乃ち 羣 相い與に蕙圃【けいほ】に獠【かり】す。

媻珊【はんさん】勃窣【ぼつそつ】として,金隄【きんてい】に上る。

翡翠【ひすい】を揜【おお】い,鵕鸃【しゅんぎ】を射る。

微矰【びそう】出でて,孅繳【せんしゃく】施さる。

白鵠【はくこく】【いぐる】み,駕鵞【かが】をぬ。

#7-

雙鶬【そうそう】下りて,玄鶴【げんかく】加えらる。

【う】みて後に而【はつ】し、清池に游ぶ。

【ぶんげき】を,旌枻【せいえい】を揚ぐ。

翠帷【すいい】を張り,羽蓋【うがい】をつ。

毒冒【たいまい】を罔もてとり,紫貝【しばい】をる。

金鼓【きんこ】を【う】ち,鳴籟【めいらい】をく。

#7-

榜人 歌いて,聲流 喝【あい】たり。

水蟲【すいちゅう】駭【おどろ】きて,波鴻 沸く。

湧泉 起きて,奔揚【はんよう】會す。

礧石【らいせき】相い擊ちて,琅琅【ろうろう】礚礚【かいかい】として,

雷霆【らいてい】の聲の,乎數百里の外に聞こゆるが若し。」と。

幻日環01 

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文)

#7-

榜人歌,聲流喝,

水蟲駭,波鴻沸,

湧泉起,奔揚會,

礧石相擊,琅琅礚礚,

若雷霆之聲,聞乎數百里之外。」

 

 

(下し文)#7-

榜人 歌いて,聲流 喝【あい】たり。

水蟲【すいちゅう】駭【おどろ】きて,波鴻 沸く。

湧泉 起きて,奔揚【はんよう】會す。

礧石【らいせき】相い擊ちて,琅琅【ろうろう】礚礚【かいかい】として,

雷霆【らいてい】の聲の,乎數百里の外に聞こゆるが若し。」と。

 

(現代語訳)

船頭は、むせび泣くような調子の歌を歌う。

水中の動物は驚き騒いで、大波を起こす

水は沸きかえって、波はぶつかりあい

水底の多くの石が触れあって、ゴロゴロと音をたて、

数百里のかなたまで鳴り響く笛鴫のようである。

 

 

(訳注) #7-

榜人歌,聲流喝,

船頭は、むせび泣くような調子の歌を歌う。

・榜人歌 船頭が歌う歌。

 

水蟲駭,波鴻沸,

水中の動物は驚き騒いで、大波を起こす

 

湧泉起,奔揚會,

水は沸きかえって、波はぶつかりあい

・奔揚會 湧き上がった何がぶつかり合う。

 

礧石相擊,琅琅礚礚,

水底の多くの石が触れあって、ゴロゴロと音をたて、

・礧石 水底の多くの石。

 

若雷霆之聲,聞乎數百里之外。

数しろ百里のかなたまで鳴り響く笛鴫のようである。
詩人李白5x5 

司馬相如 《子虚賦 》(17)#7-2 文選 賦<109-#7-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩896 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3028

司馬相如 《子虚賦 》(17つかいのマナヅルを落とし、黒い鶴もつかまえる。それに倦きれば、場所を移動して、かの清らかな池に遊ぶ。風によく耐えて大空を飛ぶという鷁を船首に鮮やかに描いた船を浮かべ、船の両側の舷に旗を掲げた。

 

2013年9月23日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹植(曹子建) 《送應氏二首 其二》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3031 (09/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 119上行杯 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-297-5-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3032
 
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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 
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 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
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 Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(17#7-2 文選 賦<109-#7-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩896 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3028

 

 

#7-

「於是乃羣相與獠於蕙圃,

そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。

媻珊勃窣,上金隄,

侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。

揜翡翠,射鵕鸃

カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

微矰出,孅繳施,

細い糸のついた小さな矢を放っては「射()(くる)み」をしカスミ網の仕掛けをした。

弋白鵠,連駕鵞,

非常に高い所を飛ぶ白鵠に当て取り、野生のがちょうをも捕らえた

 

#7-

雙鶬下,玄鶴加。

つかいのマナヅルを落とし、黒い鶴もつかまえる。

怠而後游於清池,

それに倦きれば、場所を移動して、かの清らかな池に遊ぶ。

浮文,揚旌枻,

風によく耐えて大空を飛ぶという鷁を船首に鮮やかに描いた船を浮かべ、船の両側の舷に旗を掲げた。

張翠帷,建羽蓋,

翡翠の羽のを張って、羽飾りのかさをたてる。

罔毒冒,釣紫貝,

そして、玳瑁を網ですくい、高貴な紫色貝を釣り上げる。

金鼓,吹鳴籟,

鉦を打ち鳴らし、簫の笛を吹きならした。

 

#7-

榜人歌,聲流喝,

水蟲駭,波鴻沸,

湧泉起,奔揚會,

礧石相擊,琅琅礚礚,

若雷霆之聲,聞乎數百里之外。

 

#7-

「是に於いて乃ち 羣 相い與に蕙圃【けいほ】に獠【かり】す。

媻珊【はんさん】勃窣【ぼつそつ】として,金隄【きんてい】に上る。

翡翠【ひすい】を揜【おお】い,鵕鸃【しゅんぎ】を射る。

微矰【びそう】出でて,孅繳【せんしゃく】施さる。

白鵠【はくこく】【いぐる】み,駕鵞【かが】をぬ。

#7-

雙鶬【そうそう】下りて,玄鶴【げんかく】加えらる。

【う】みて後に而【はつ】し、清池に游ぶ。

【ぶんげき】を,旌枻【せいえい】を揚ぐ。

翠帷【すいい】を張り,羽蓋【うがい】をつ。

毒冒【たいまい】を罔もてとり,紫貝【しばい】をる。

金鼓【きんこ】を【う】ち,鳴籟【めいらい】をく。

#7-

榜人 歌いて,聲流 喝【あい】たり。

水蟲【すいちゅう】駭【おどろ】きて,波鴻 沸く。

湧泉 起きて,奔揚【はんよう】會す。

礧石【らいせき】相い擊ちて,琅琅【ろうろう】礚礚【かいかい】として,

雷霆【らいてい】の聲の,乎數百里の外に聞こゆるが若し。」と。

haqro04 

 





『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) #7-

雙鶬下,玄鶴加。

怠而後游於清池,

浮文,揚旌枻,

張翠帷,建羽蓋,

罔毒冒,釣紫貝,

金鼓,吹鳴籟,

 

 

 

(下し文)

#7-

雙鶬【そうそう】下りて,玄鶴【げんかく】加えらる。

【う】みて後に而【はつ】し、清池に游ぶ。

【ぶんげき】を,旌枻【せいえい】を揚ぐ。

翠帷【すいい】を張り,羽蓋【うがい】をつ。

毒冒【たいまい】を罔もてとり,紫貝【しばい】をる。

金鼓【きんこ】を【う】ち,鳴籟【めいらい】をく。

 

 

(現代語訳)

つかいのマナヅルを落とし、黒い鶴もつかまえる。

それに倦きれば、場所を移動して、かの清らかな池に遊ぶ。

風によく耐えて大空を飛ぶという鷁を船首に鮮やかに描いた船を浮かべ、船の両側の舷に旗を掲げた。

翡翠の羽のを張って、羽飾りのかさをたてる。

そして、玳瑁を網ですくい、高貴な紫色貝を釣り上げる。

鉦を打ち鳴らし、簫の笛を吹きならした。

 

 

(訳注) #7-

雙鶬下,玄鶴加。

つかいのマナヅルを落とし、黒い鶴もつかまえる。

・鶬 真鶴。全長120-153㎝。全身の羽衣は灰色や暗灰色。頭頂から喉、後頸にかけての羽衣が白い。

 

怠而後游於清池,

それに倦きれば、場所を移動して、かの清らかな池に遊ぶ。

・怠 倦怠。飽きること。ここまで登場した鳥はいずれも水鳥である。

 

浮文鷁,揚旌枻,

風によく耐えて大空を飛ぶという鷁を船首に鮮やかに描いた船を浮かべ、船の両側の舷に旗を掲げた。

・文鷁 鮮やかに描かれた鷁鳥。鷁:中国で、想像上の水鳥。白い大形の鳥で、風によく耐えて大空を飛ぶといわれ、船首にその形を置いて飾りとした。

・枻 船の両側の舷(げん)に渡した板。櫓を漕いだり棹をさしたりするところ。 2 口の縁が1の形をした香炉や盆。

 

張翠帷,建羽蓋,

翡翠の羽のを張って、羽飾りのかさをたてる。

・翠帷 翡翠の羽の帷。

 

罔毒冒,釣紫貝,

そして、玳瑁を網ですくい、高貴な紫色貝を釣り上げる。

毒冒 玳瑁のこと。

紫貝 貝紫の染色は美しさ、希少さから古代より権力者たちが求めて止まなかった高貴な紫色をいう。

 

金鼓,吹鳴籟

鉦を打ち鳴らし、簫の笛を吹きならした。

・鉦鼓 雅楽の打楽器。〈しょうご〉ともいう。皿型でシンチュウまたは青銅製。架台につるし,両手にもった各1本の木桴(きばち)で凹面を打つ。演奏の場によって次の3種を使い分ける。
 鶻

司馬相如 《子虚賦 》(16)#7-1 文選 賦<109-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩895 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3023

司馬相如 《子虚賦 》(16そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

 

2013年9月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(16)#7-1 文選 賦<109-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩895 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3023
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 654 《述古,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <559>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3025 杜甫詩1000-559-799/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 104 江城子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-296-5-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3027
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
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孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(16#7-1 文選 賦<109-#7-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩895 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3023

 

 

#7-

「於是乃羣相與獠於蕙圃,

そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。

媻珊勃窣,上金隄,

侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。

揜翡翠,射鵕鸃

カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

微矰出,孅繳施,

細い糸のついた小さな矢を放っては「射()(くる)み」をしカスミ網の仕掛けをした。

弋白鵠,連駕鵞,

非常に高い所を飛ぶ白鵠に当て取り、野生のがちょうをも捕らえた

 

#7-

雙鶬下,玄鶴加。

怠而後游於清池,

浮文,揚旌枻,

張翠帷,建羽蓋,

罔毒冒,釣紫貝,

金鼓,吹鳴籟,

#7-

榜人歌,聲流喝,

水蟲駭,波鴻沸,

湧泉起,奔揚會,

礧石相擊,琅琅礚礚,

若雷霆之聲,聞乎數百里之外。」

 

#7-

「是に於いて乃ち 羣 相い與に蕙圃【けいほ】に獠【かり】す。

媻珊【はんさん】勃窣【ぼつそつ】として,金隄【きんてい】に上る。

翡翠【ひすい】を揜【おお】い,鵕鸃【しゅんぎ】を射る。

微矰【びそう】出でて,孅繳【せんしゃく】施さる。

白鵠【はくこく】【いぐる】み,駕鵞【かが】をぬ。

#7-

雙鶬【そうそう】下りて,玄鶴【げんかく】加えらる。

【う】みて後に而【はつ】し、清池に游ぶ。

【ぶんげき】を,旌枻【せいえい】を揚ぐ。

翠帷【すいい】を張り,羽蓋【うがい】をつ。

毒冒【たいまい】を罔もてとり,紫貝【しばい】をる。

金鼓【きんこ】を【う】ち,鳴籟【めいらい】をく。

#7-

榜人 歌いて,聲流 喝【あい】たり。

水蟲【すいちゅう】駭【おどろ】きて,波鴻 沸く。

湧泉 起きて,奔揚【はんよう】會す。

礧石【らいせき】相い擊ちて,琅琅【ろうろう】礚礚【かいかい】として,

雷霆【らいてい】の聲の,乎數百里の外に聞こゆるが若し。」と。

 

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) #7-

「於是乃羣相與獠於蕙圃,

媻珊勃窣,上金隄,

揜翡翠,射鵕鸃

微矰出,孅繳施,

弋白鵠,連駕鵞,

 

 

 

(下し文) #7-

「是に於いて乃ち 羣 相い與に蕙圃【けいほ】に獠【かり】す。

媻珊【はんさん】勃窣【ぼつそつ】として,金隄【きんてい】に上る。

翡翠【ひすい】を揜【おお】い,鵕鸃【しゅんぎ】を射る。

微矰【びそう】出でて,孅繳【せんしゃく】施さる。

白鵠【はくこく】【いぐる】み,駕鵞【かが】をぬ。

 

 

(現代語訳)

そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。

侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。

カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

細い糸のついた小さな矢を放っては「射()(くる)み」をしカスミ網の仕掛けをした。

非常に高い所を飛ぶ白鵠に当て取り、野生のがちょうをも捕らえた。

 

 

(訳注) #7-

「於是乃羣相與獠於蕙圃,

そこで、侍女たちを伴って、かの香草の園で狩りを行う。

 

媻珊勃窣,上金隄,

侍女たちがサツサツと進み、ぜんたいではゆっくりと進んで、日に照らされ輝いている土手に上る。

・媻珊 侍女たちがサツサツと進むこと。媻;侍女たち 珊珊:玉などの鳴るおと。

・勃窣 ゆっくりと行く。

・隄 堤,土手.

 

揜翡翠,射鵕鸃

カワセミを網で捕獲し、奇麗な鳥の錦雞鳥を射とめる、

翡翠 かわせみ。【写真左】

鵕鸃 錦雞鳥。【写真右】

錦雞鳥00 

微矰出,孅繳施,

細い糸のついた小さな矢を放っては「射()(くる)み」をしカスミ網の仕掛けをした。

・矰《「射()(くる)み」の意》飛んでいる鳥を捕らえるための仕掛け。矢に網や長い糸をつけて、当たるとそれが絡みつくようにしたもの。

・孅繳 カスミ網の仕掛けを云うのであろう。孅:こまかい。かよわい。 繳:(1) 渡す,納入する。上納する.(2) (武器を)差し出させる,取り上げる

 

弋白鵠,連駕鵞,

非常に高い所を飛ぶ白鵠に当て取り、野生のがちょうをも捕らえた。

・鵠 鳥の名。くぐい。ハクチョウ。「鴻鵠(こうこく)」雁より大きく、羽は白く非常に高い所を飛ぶとり。

駕鵞 野生のがちょう。

司馬相如 《子虚賦 》(15)#6-2 文選 賦<109-#6-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩894 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3018

司馬相如 《子虚賦 》(15 体を回転させて飾り帯をとばしなびかせ、帯や後ろ髪に燕尾を垂らしている。きから支える動作や下から持ち上げる動作をするとはでで美しい、うす絹の衣は風をはらんでふくらみ、さらさらと音をたてる。

 

2013年9月21日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(15)#6-2 文選 賦<109-#6-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩894 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3018
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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送張道士 韓愈(韓退之) <188-#5>Ⅱ中唐詩807 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3019
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(15)#62 文選 賦<109-#6-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩894 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3018

 

 

#6

「於是鄭女曼,被阿錫,

ここにいる王に従う宮女たちは、鄭国出身の曼舞優雅な美人ぞろいで、皆、可愛く付き従う。

揄紵縞,雜纖羅,

薄手の麻布や絹布を頭にかぶり、白色の絹製で作った大帶をし、袖としてひきずり、細かなあやうす絹も雑えている。

垂霧縠,襞積褰縐,

霧のような縮み絹を裾にたらしている。衣は、折り重なって細かなひだを作っている。

紆余委曲、鬱橈谿谷

うねうねとした様子は、深く険しい渓谷のようである。

衯衯裶裶,揚戌削,

長く揺れ動く衣裳は、振りあげられたたもとから二の腕が見られ、清楚で瘦せたようすできちんと仕立てられている。

15)#62

襳垂

体を回転させて飾り帯をとばしなびかせ、帯や後ろ髪に燕尾を垂らしている。

扶輿猗靡,翕呷萃蔡,

きから支える動作や下から持ち上げる動作をするとはでで美しい、うす絹の衣は風をはらんでふくらみ、さらさらと音をたてる。

下摩蘭蕙,上拂羽蓋,

下は、地に生える香草に触れ芳しい香りを漂わせ、上は、羽飾りの車蓋を拂うかのようにかすめる。

錯翡翠之威蕤,繆繞玉綏,

翡翠の寶石と羽の豊かな首飾は、玉で飾った車の手綱にからみつく。

眇眇忽忽,若神髣髴。」

その妖艶な姿は、小さくなり、かすんでいて見定めができなくてうっとりしてしまう、それは神仙の世界のぼんやりした有様のようだ。

 

#6

「是に於いて鄭女【ていじょ】曼【まんき】,阿錫【あせき】を被り,

紵縞【ちょこう】を【ひ】き,纖羅【せんら】【まじ】る

霧縠【むこく】をれたり,襞積【へきせき】褰縐【けんしゅう】として

紆余【うよ】委曲紆余委曲【いきょく】として、鬱橈【うつこう】谿谷あり。

衯衯【ふんぷん】裶裶【ひひ】として,揚【あふ】れる【そで】戌削【じゅつさく】たり。

15)#62

【せん】を蜚【とば】し【そう】をる。

扶輿【ふよ】猗靡【いび】として,翕呷【きゅうこう】萃蔡【すいさい】たり,

下は蘭蕙【らんけい】を摩り,上は羽蓋【うがい】を拂う。

翡翠の威蕤【いずい】たるを錯【まじ】え,玉綏【ぎょくすい】に繆繞【りょうじょう】す。

眇眇【びょうびょう】忽忽【こつこつ】たること,神仙の髣髴【ほうふつ】たるが若し。

 

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) 15)#62

襳垂

扶輿猗靡,翕呷萃蔡,

下摩蘭蕙,上拂羽蓋,

錯翡翠之威蕤,繆繞玉綏,

眇眇忽忽,若神髣髴。」

 

 

(下し文)

15)#62

【せん】を蜚【とば】し【そう】をる。

扶輿【ふよ】猗靡【いび】として,翕呷【きゅうこう】萃蔡【すいさい】たり,

下は蘭蕙【らんけい】を摩り,上は羽蓋【うがい】を拂う。

翡翠の威蕤【いずい】たるを錯【まじ】え,玉綏【ぎょくすい】に繆繞【りょうじょう】す。

眇眇【びょうびょう】忽忽【こつこつ】たること,神仙の髣髴【ほうふつ】たるが若し。

 

 

(現代語訳)

体を回転させて飾り帯をとばしなびかせ、帯や後ろ髪に燕尾を垂らしている。

きから支える動作や下から持ち上げる動作をするとはでで美しい、うす絹の衣は風をはらんでふくらみ、さらさらと音をたてる。

下は、地に生える香草に触れ芳しい香りを漂わせ、上は、羽飾りの車蓋を拂うかのようにかすめる。

翡翠の寶石と羽の豊かな首飾は、玉で飾った車の手綱にからみつく。

その妖艶な姿は、小さくなり、かすんでいて見定めができなくてうっとりしてしまう、それは神仙の世界のぼんやりした有様のようだ。

 

 

(訳注) 15)#62

襳垂

体を回転させて飾り帯をとばしなびかせ、帯や後ろ髪に燕尾を垂らしている。

・蜚 飾り帯をなびかせること。妖艶な様子を云う。

・垂 燕尾を垂らす。図に示すように服の前側の帯を垂らすことと、後ろ髪の形の場合もある。

燕尾を垂らす
 

扶輿猗靡,翕呷萃蔡,

きから支える動作や下から持ち上げる動作をするとはでで美しい、うす絹の衣は風をはらんでふくらみ、さらさらと音をたてる。

・扶輿 わきから支える動作や下から持ち上げる動作をする。

・猗靡 ① 他の力に従う。なびく。「靡然/風靡」② 衰える。「萎靡(いび)」③ はでで美しい。「猗靡(いび)」④ おごる。ぜいたく。

・翕呷 衣は風をはらんでふくらむ様子を云う。

・萃蔡 さらさらと音をたてる

 

下摩蘭蕙,上拂羽蓋,

下は、地に生える香草に触れ芳しい香りを漂わせ、上は、羽飾りの車蓋を拂うかのようにかすめる。

 

錯翡翠之威蕤,繆繞玉綏,

翡翠の寶石と羽の豊かな首飾は、玉で飾った車の手綱にからみつく。

・翡翠 深緑の半透明な宝石のひとつ。 翡翠色→□; 鳥の名前(『カワセミ』。川蝉とも書く。

・威蕤 豊かな首飾。

 

眇眇忽忽,若神之髣髴。」

その妖艶な姿は、小さくなり、かすんでいて見定めができなくてうっとりしてしまう、それは神仙の世界のぼんやりした有様のようだ。

・眇眇  小さいさま。取るに足りないさま。

・忽忽 (1)速やかなさま。たちまち変わるさま。 (2)心がうつろなさま。 (3)我を忘れて、うっとりしているさま。

・髣髴 ① ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのものを思い浮かべること。② ぼんやりしている.
 美女004

司馬相如 《子虚賦 》(14)#6-1 文選 賦<109-#6-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩893 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3013

司馬相如 《子虚賦 》(14ここにいる王に従う宮女たちは、鄭国出身の曼舞優雅な美人ぞろいで、皆、可愛く付き従う。薄手の麻布や絹布を頭にかぶり、白色の絹製で作った大帶をし、袖としてひきずり、細かなあやうす絹も雑えている。

 

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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司馬相如 《子虚賦 》(14)#61 文選 賦<109-#6-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩893 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3013

 

 

#6

「於是鄭女曼,被阿錫,

ここにいる王に従う宮女たちは、鄭国出身の曼舞優雅な美人ぞろいで、皆、可愛く付き従う。

揄紵縞,雜纖羅,

薄手の麻布や絹布を頭にかぶり、白色の絹製で作った大帶をし、袖としてひきずり、細かなあやうす絹も雑えている。

垂霧縠,襞積褰縐,

霧のような縮み絹を裾にたらしている。衣は、折り重なって細かなひだを作っている。

紆余委曲、鬱橈谿谷

うねうねとした様子は、深く険しい渓谷のようである。

衯衯裶裶,揚戌削,

長く揺れ動く衣裳は、振りあげられたたもとから二の腕が見られ、清楚で瘦せたようすできちんと仕立てられている。

 

襳垂

扶輿猗靡,翕呷萃蔡,

下摩蘭蕙,上拂羽蓋,

錯翡翠之威蕤,繆繞玉綏,

眇眇忽忽,若神髣髴。」

 

#6

「是に於いて鄭女【ていじょ】曼【まんき】,阿錫【あせき】を被り,

紵縞【ちょこう】を【ひ】き,纖羅【せんら】【まじ】る

霧縠【むこく】をれたり,襞積【へきせき】褰縐【けんしゅう】として

紆余【うよ】委曲紆余委曲【いきょく】として、鬱橈【うつこう】谿谷あり。

衯衯【ふんぷん】裶裶【ひひ】として,揚【あふ】れる【そで】戌削【じゅつさく】たり。

bijo02 

【せん】を蜚【とば】し【そう】をる。

扶輿【ふよ】猗靡【いび】として,翕呷【きゅうこう】萃蔡【すいさい】たり,

下は蘭蕙【らんけい】を摩り,上は羽蓋【うがい】を拂う。

翡翠の威蕤【いずい】たるを錯【まじ】え,玉綏【ぎょくすい】に繆繞【りょうじょう】す。

眇眇【びょうびょう】忽忽【こつこつ】たること,神仙の髣髴【ほうふつ】たるが若し。

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) #6

「於是鄭女曼,被阿錫,

揄紵縞,雜纖羅,

垂霧縠,襞積褰縐,

紆余委曲、鬱橈谿谷

衯衯裶裶,揚戌削,

 

 

(下し文) #6

「是に於いて鄭女【ていじょ】曼【まんき】,阿錫【あせき】を被り,

紵縞【ちょこう】を【ひ】き,纖羅【せんら】【まじ】る

霧縠【むこく】をれたり,襞積【へきせき】褰縐【けんしゅう】として

紆余【うよ】委曲紆余委曲【いきょく】として、鬱橈【うつこう】谿谷あり。

衯衯【ふんぷん】裶裶【ひひ】として,揚【あふ】れる【そで】戌削【じゅつさく】たり。

 

 

(現代語訳)

ここにいる王に従う宮女たちは、鄭国出身の曼舞優雅な美人ぞろいで、皆、可愛く付き従う。

薄手の麻布や絹布を頭にかぶり、白色の絹製で作った大帶をし、袖としてひきずり、細かなあやうす絹も雑えている。

霧のような縮み絹を裾にたらしている。衣は、折り重なって細かなひだを作っている。

うねうねとした様子は、深く険しい渓谷のようである。

長く揺れ動く衣裳は、振りあげられたたもとから二の腕が見られ、清楚で瘦せたようすできちんと仕立てられている。

 

 

(訳注) #6

於是鄭女曼,被阿錫,

ここにいる王に従う宮女たちは、鄭国出身の曼舞優雅な美人ぞろいで、皆、可愛く付き従う。

  (1) 優美な曼舞優雅に踊る.(2) 引き伸ばした,長い.曼德

阿錫 自分の意志を曲げて人に従い杖のように付き添うこと。可愛く付き従う。阿:1 山や川の曲がって入りくんだ所。「山阿」2 自分の意志を曲げて人に従う。「阿世・阿諛(あゆ)」3 人を呼ぶ語に冠して親しみを表す語。「阿兄・阿父・阿母・阿蒙(あもう)」4 梵語の第一字母aの音写。「阿吽(あうん)・阿字」5 アフリカ。「南阿」6 阿波(あわ)国。「阿州」・錫:1 金属の一。すず。「錫石」2 僧の杖。「錫杖(しゃくじょう)/挂錫(かしゃく)・巡錫」

 

揄紵縞,雜纖羅,

薄手の麻布や絹布を頭にかぶり、白色の絹製で作った大帶をし、袖としてひきずり、細かなあやうす絹も雑えている。

・紵縞 紵衣と縞帶。紵衣は苧麻の纖維を用いて織成した衣服を指す。縞帶は白色の絹製で作った大帶をいう。

 

垂霧縠,襞積褰縐,

霧のような縮み絹を裾にたらしている。衣は、折り重なって細かなひだを作っている。

・霧縠 霧のような縮み絹を裾にたらしている

・襞積 衣を折り重ねること。

・褰縐 細かなひだを作ること。

 

紆余委曲、鬱橈谿谷

衣の下でうねうねとした体の曲線は、深く険しい渓谷のようである。

 

衯衯裶裶,揚戌削,

長く揺れ動く衣裳は、振りあげられたたもとから二の腕が見られ、清楚で瘦せたようすできちんと仕立てられている。

・衯衯 衣服が体の線を引き立たせるようにながく綺麗な様子。

裶裶 衣服が体の線を引き立たせるようにながく綺麗に揺れ動く。

・揚 袖口の廣いものをたくし上げて腕を見せる様子。

戌削 衣服の裁制ぬいあげること。2.清楚で瘦せたようす。
紅梅002 

司馬相如 《子虚賦 》(13)#5-3 文選 賦<109-#5-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩892 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3008

司馬相如 《子虚賦 》(13胸を貫き、腋の下へ抜け、心臓の脈を断ち切るのである。こうして、捕獲し殺された獣の死骸は、そこここに散らばり、大から降ってきたかのようであり、草も地面も覆い尽くされてしまう。

 

2013年9月19日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(13)#53 文選 賦<109-#5-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩892 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3008

600moon880 

 

(11)#5-1

「於是乃使專諸之倫,手格此獸。

ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

大魚のひげを柄にしたしなやかな旗や、明月の如き珠玉で飾った旗をなびかせて、

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

名匠の王将が鍛えた刺戟を掲げられる。左には紋様の美しい烏号の弓を、右には夏后氏のえびらに入れた男な矢を置かれた。

 (12)#5-2

陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒,

陽子が陪乗として中央の席に、繊阿が御者として右の席に乗りこみ、馬の歩を抑え、それも充分に速度を出さないうちにである。

即陵狡獸。蛩蛩,轔距虛,

早くもすばやい獣たちを踏みこえ、蛩蛩を蹴たおし、距虛を車輪にかける。

軼野馬,騊駼,乘遺風,

野馬をやりすごし、陶駼も追い越し、遺風に追いつく。

射游騏,儵倩浰,雷動焱至,

走る騏を射るし、王の車は、すばやく移動し、とどろく雷鳴、吹きあれるつむじ風のようである。

星流電擊,弓不虛發,中必決眦,

流れる雪落ちかかる稲妻のように動きまわる。弓から放たれた矢はすべて命中し、あたれば必ず、眼のふちをえぐるのである。

 (13)#5-3

洞胸達腋,乎心繫,

胸を貫き、腋の下へ抜け、心臓の脈を断ち切るのである。

獲若雨獸,揜屮蔽地。

こうして、捕獲し殺された獣の死骸は、そこここに散らばり、大から降ってきたかのようであり、草も地面も覆い尽くされてしまう。

於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,

かくして楚工は、馬の歩みを抑えて巡り行き、ゆったりと落ち着いた様子であった。

覽乎陰林,觀壯士之暴怒,

暗い林の力を眺められる。そこでは、勇士たちが怒り狂うのである。

與猛獸之恐懼,徼疲受詘,殫覩眾物之變態。

猛獣たちが恐れおののいている姿が見られる。獣たちは、疲れきった所を、行く手を遮られ、力尽きたところを捕らえられてしまう。そういった動物の示す、あらゆる姿態をつぶさに観察されるのである。

 

 

(11)#5-1

「是に於いて乃ち專諸【せんしょ】が之れ倫【ともがら】をして,手ずから此の獸を格【う】た使【し】む。

楚王は乃ち馴駁【しゅんばく】の駟に駕し,彫玉【ちょうぎょく】の輿に乘り,

魚須【ぎょしゅ】の橈旃【とうせん】を靡【なびか】せ,明月の珠旗を曳き,

干將【かんしょう】の雄戟【ゆうげき】を建て,烏號【うごう】の雕弓【ちょうきゅう】に左し,夏服の勁箭【けいせん】を右にせり。

(12)#5-2

陽子 驂乘【さんじょう】し,孅阿【せんあ】御と為る、節を案じて未だ舒【の】びざるに。

即ち狡獸【こうじゅう】を陵ぐ、蛩蛩【きょうきょう】を【ふ】み,距虛【きょきょ】【ふ】み

野馬を軼【す】り騊駼【とうと】を逾え。遺風【いふう】に乘り。

游騏【ゆうき】を射る、儵【しゅくしん】倩浰【せんれん】として,雷のごとく動焱【つむじかぜ】のごとくに至り。

星のごとくに流れ電擊のごとく,弓 虛【むな】しく【はな】たれず,中【あ】たれば必ず眦【まなじり】を決した。

 (13)#5-3

胸を洞し腋【わき】を【とお】して,乎心の繫【お】を

【えもの】獸を雨【ふ】らすが,屮【くさ】を【おお】い地を蔽す。

是に於いて楚王乃ち節を弭【なびか】して徘徊し,【こうしょう】容與【ようよ】たり。

陰林を覽て,壯士の暴怒【ぼうと】する,猛獸の恐懼【きょうく】すると觀る。

【つ】かれたるを徼【さえぎ】り詘【くじ】けたるを受け,殫【ことごと】く眾物【しゅうぶつ】の變態【へんたい】を覩る。」

yamanoki02 

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文)(13)#5-3

洞胸達腋,乎心繫,獲若雨獸,揜屮蔽地。

於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,

覽乎陰林,觀壯士之暴怒,

與猛獸之恐懼,徼疲受詘,殫覩眾物之變態。

 

 

(下し文) (13)#5-3

胸を洞し腋【わき】を達【とお】して,乎心の繫【お】をつ。

獲【えもの】獸を雨【ふ】らすが若く,屮【くさ】を揜【おお】い地を蔽す。

是に於いて楚王乃ち節を弭【なびか】して徘徊し,翔【こうしょう】容與【ようよ】たり。

陰林を覽て,壯士の暴怒【ぼうと】する,猛獸の恐懼【きょうく】すると觀る。

憑【つ】かれたるを徼【さえぎ】り詘【くじ】けたるを受け,殫【ことごと】く眾物【しゅうぶつ】の變態【へんたい】を覩る。」

 

 

(現代語訳)

胸を貫き、腋の下へ抜け、心臓の脈を断ち切るのである。

こうして、捕獲し殺された獣の死骸は、そこここに散らばり、大から降ってきたかのようであり、草も地面も覆い尽くされてしまう。

かくして楚工は、馬の歩みを抑えて巡り行き、ゆったりと落ち着いた様子であった。

暗い林の力を眺められる。そこでは、勇士たちが怒り狂うのである。

猛獣たちが恐れおののいている姿が見られる。獣たちは、疲れきった所を、行く手を遮られ、力尽きたところを捕らえられてしまう。そういった動物の示す、あらゆる姿態をつぶさに観察されるのである。

 

 

(訳注) (13)#5-3

洞胸達腋,乎心繫,

胸を貫き、腋の下へ抜け、心臓の脈を断ち切るのである。

 

獲若雨獸,揜屮蔽地。

こうして、捕獲し殺された獣の死骸は、そこここに散らばり、大から降ってきたかのようであり、草も地面も覆い尽くされてしまう。

・揜屮 草におおわれる。

 

於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,

かくして楚工は、馬の歩みを抑えて巡り行き、ゆったりと落ち着いた様子であった。

翔容與 ゆったりと落ち着いた様子をいう。

 

覽乎陰林,觀壯士之暴怒,

暗い林の力を眺められる。そこでは、勇士たちが怒り狂うのである。

 

與猛獸之恐懼,徼受詘,殫覩眾物之變態。

猛獣たちが恐れおののいている姿が見られる。獣たちは、疲れきった所を、行く手を遮られ、力尽きたところを捕らえられてしまう。そういった動物の示す、あらゆる姿態をつぶさに観察されるのである。

・疲:(左谷+右凡)
yuugure02 

司馬相如 《子虚賦 》(12)#5-2 文選 賦<109-#5-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩891 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3003

司馬相如 《子虚賦 》(12陽子が陪乗として中央の席に、繊阿が御者として右の席に乗りこみ、馬の歩を抑え、それも充分に速度を出さないうちにである。早くもすばやい獣たちを踏みこえ、蛩蛩を蹴たおし、距虛を車輪にかける。

 

2013年9月18日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

司馬相如 《子虚賦 》(12)#52 文選 賦<109-#5-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩891 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3003

 

 

(11)#5-1

「於是乃使專諸之倫,手格此獸。

ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

大魚のひげを柄にしたしなやかな旗や、明月の如き珠玉で飾った旗をなびかせて、

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

名匠の王将が鍛えた刺戟を掲げられる。左には紋様の美しい烏号の弓を、右には夏后氏のえびらに入れた男な矢を置かれた。

 (12)#5-2

陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒,

陽子が陪乗として中央の席に、繊阿が御者として右の席に乗りこみ、馬の歩を抑え、それも充分に速度を出さないうちにである。

即陵狡獸。蛩蛩,轔距虛,

早くもすばやい獣たちを踏みこえ、蛩蛩を蹴たおし、距虛を車輪にかける。

軼野馬,騊駼,乘遺風,

野馬をやりすごし、陶駼も追い越し、遺風に追いつく。

射游騏,儵倩浰,雷動焱至,

走る騏を射るし、王の車は、すばやく移動し、とどろく雷鳴、吹きあれるつむじ風のようである。

星流電擊,弓不虛發,中必決眦,

流れる雪落ちかかる稲妻のように動きまわる。弓から放たれた矢はすべて命中し、あたれば必ず、眼のふちをえぐるのである。

DCF00118 (13)#5-3

洞胸達腋,乎心繫,獲若雨獸,揜屮蔽地。

於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,

覽乎陰林,觀壯士之暴怒,

與猛獸之恐懼,徼(左谷+右凡)受詘,殫覩眾物之變態。」

 

 

(11)#5-1

「是に於いて乃ち專諸【せんしょ】が之れ倫【ともがら】をして,手ずから此の獸を格【う】た使【し】む。

楚王は乃ち馴駁【しゅんばく】の駟に駕し,彫玉【ちょうぎょく】の輿に乘り,

魚須【ぎょしゅ】の橈旃【とうせん】を靡【なびか】せ,明月の珠旗を曳き,

干將【かんしょう】の雄戟【ゆうげき】を建て,烏號【うごう】の雕弓【ちょうきゅう】に左し,夏服の勁箭【けいせん】を右にせり。

(12)#5-2

陽子 驂乘【さんじょう】し,孅阿【せんあ】御と為る、節を案じて未だ舒【の】びざるに。

即ち狡獸【こうじゅう】を陵ぐ、蛩蛩【きょうきょう】を【ふ】み,距虛【きょきょ】【ふ】み

野馬を軼【す】り騊駼【とうと】を逾え。遺風【いふう】に乘り。

游騏【ゆうき】を射る、儵【しゅくしん】倩浰【せんれん】として,雷のごとく動焱【つむじかぜ】のごとくに至り。

星のごとくに流れ電擊のごとく,弓 虛【むな】しく【はな】たれず,中【あ】たれば必ず眦【まなじり】を決した。

 (13)#5-3

胸を洞し腋【わき】を【とお】して,乎心の繫【お】を

【えもの】獸を雨【ふ】らすが,屮【くさ】を【おお】い地を蔽す。

是に於いて楚王乃ち節を弭【なびか】して徘徊し,【こうしょう】容與【ようよ】たり。

陰林を覽て,壯士の暴怒【ぼうと】する,猛獸の恐懼【きょうく】すると觀る。

【つ】かれたるを徼【さえぎ】り詘【くじ】けたるを受け,殫【ことごと】く眾物【しゅうぶつ】の變態【へんたい】を覩る。

 kaminari000

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) (12)#5-2

陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒

即陵狡獸蛩蛩,轔距虛

軼野馬,騊駼,乘遺風

射游騏,儵倩浰,雷動焱至

星流電擊,弓不虛發,中必決眦

 

 

 

(下し文) (12)#5-2

陽子 驂乘【さんじょう】し,孅阿【せんあ】御と為る、節を案じて未だ舒【の】びざるに。

即ち狡獸【こうじゅう】を陵ぐ、蛩蛩【きょうきょう】を【ふ】み,距虛【きょきょ】【ふ】み

野馬を軼【す】り騊駼【とうと】を逾え。遺風【いふう】に乘り。

游騏【ゆうき】を射る、儵【しゅくしん】倩浰【せんれん】として,雷のごとく動焱【つむじかぜ】のごとくに至り。

星のごとくに流れ電擊のごとく,弓 虛【むな】しく【はな】たれず,中【あ】たれば必ず眦【まなじり】を決した。

 

 

(現代語訳)

陽子が陪乗として中央の席に、繊阿が御者として右の席に乗りこみ、馬の歩を抑え、それも充分に速度を出さないうちにである。

早くもすばやい獣たちを踏みこえ、蛩蛩を蹴たおし、距虛を車輪にかける。

野馬をやりすごし、陶駼も追い越し、遺風に追いつく。

走る騏を射るし、王の車は、すばやく移動し、とどろく雷鳴、吹きあれるつむじ風のようである。

流れる雪落ちかかる稲妻のように動きまわる。弓から放たれた矢はすべて命中し、あたれば必ず、眼のふちをえぐるのである。

 

 

(訳注) (12)#5-2

陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒

陽子が陪乗として中央の席に、繊阿が御者として右の席に乗りこみ、馬の歩を抑え、それも充分に速度を出さないうちにである。

・舒 (1) 伸びる,伸ばす.(2) 伸びやかな.

 

即陵狡獸、蛩蛩,轔距虛

早くもすばやい獣たちを踏みこえ、蛩蛩を蹴たおし、距虛を車輪にかける。

狡獸 ずるい こすい悪賢い。ずるい獣。

 

軼野馬,騊駼,乘遺風

野馬をやりすごし、陶駼も追い越し、遺風に追いつく。

 

射游騏,儵倩浰,雷動焱至

走る騏を射るし、王の車は、すばやく移動し、とどろく雷鳴、吹きあれるつむじ風のようである。

・儵倩浰 すばやく移動することをいう。

・焱 つむじ風。

 

星流電擊,弓不虛發,中必決眦

流れる雪落ちかかる稲妻のように動きまわる。弓から放たれた矢はすべて命中し、あたれば必ず、眼のふちをえぐるのである。

・決眦 眼のふちをえぐる。
 岳陽楼00

司馬相如 《子虚賦 》(11)#5-1 文選 賦<109-#5-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩890 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2998

司馬相如 《子虚賦 》(11ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

 

2013年9月17日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(11)#5-1 文選 賦<109-#5-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩890 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2998
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

司馬相如 《子虚賦 》(11)#51 文選 賦<109-#5-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩890 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2998

 

 美女004 

(11)#5-1

「於是乃使專諸之倫,手格此獸。

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

(12)#5-2

陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒,

即陵狡獸。蛩蛩,轔距虛,

軼野馬,騊駼,乘遺風,

射游騏,儵倩浰,雷動焱至,

星流電擊,弓不虛發,中必決眦,

(13)#5-3

洞胸達腋,乎心繫,獲若雨獸,揜屮蔽地。

於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,

覽乎陰林,觀壯士之暴怒,

與猛獸之恐懼,徼(左谷+右凡)受詘,殫覩眾物之變態。」

 


(11)#5-1

「於是乃使專諸之倫,冬00手格此獸。

ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

大魚のひげを柄にしたしなやかな旗や、明月の如き珠玉で飾った旗をなびかせて、

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

名匠の王将が鍛えた刺戟を掲げられる。左には紋様の美しい烏号の弓を、右には夏后氏のえびらに入れた男な矢を置かれた。

 

(11)#5-1

「是に於いて乃ち專諸【せんしょ】が之れ倫【ともがら】をして,手ずから此の獸を格【う】た使【し】む。

楚王は乃ち馴駁【しゅんばく】の駟に駕し,彫玉【ちょうぎょく】の輿に乘り,

魚須【ぎょしゅ】の橈旃【とうせん】を靡【なびか】せ,明月の珠旗を曳き,

干將【かんしょう】の雄戟【ゆうげき】を建て,烏號【うごう】の雕弓【ちょうきゅう】に左し,夏服の勁箭【けいせん】を右にせり。

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文)(11)#5-1

於是乃使專諸之倫,手格此獸。

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

 

 

(下し文) #5-1

「是に於いて乃ち專諸【せんしょ】が之れ倫【ともがら】をして,手ずから此の獸を格【う】た使【し】む。

楚王は乃ち馴駁【しゅんばく】の駟に駕し,彫玉【ちょうぎょく】の輿に乘り,

魚須【ぎょしゅ】の橈旃【とうせん】を靡【なびか】せ,明月の珠旗を曳き,

干將【かんしょう】の雄戟【ゆうげき】を建て,烏號【うごう】の雕弓【ちょうきゅう】に左し,夏服の勁箭【けいせん】を右にせり。

 

 

(現代語訳)

ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。

王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

大魚のひげを柄にしたしなやかな旗や、明月の如き珠玉で飾った旗をなびかせて、

名匠の王将が鍛えた刺戟を掲げられる。左には紋様の美しい烏号の弓を、右には夏后氏のえびらに入れた男な矢を置かれた。

 

 

(訳注) (11)#5-1

於是乃使專諸之倫,手格此獸。

ここで楚は、專諸の如き勇者たちに命ぜられ、素手でこれらの獣に打ちかからせる。

 

楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,

王自らは、よく馴れた四頭の駁(一角獣)に引かせた、王の彫刻で飾った車に乗られた。

 

靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,

大魚のひげを柄にしたしなやかな旗や、明月の如き珠玉で飾った旗をなびかせて、

・魚須 大魚のひげ。

・橈旃 しなやかな旗。

 

建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。

名匠の王将が鍛えた刺戟を掲げられる。左には紋様の美しい烏号の弓を、右には夏后氏のえびらに入れた男な矢を置かれた。
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司馬相如 《子虚賦 》(10)#4-3 文選 賦<109-#4-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩889 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2993

司馬相如 《子虚賦 》(10水中に棲むのは、霊力ある亀とか、蛙・竃・塙環・簡・鹿である。北の一帯には、暗い林が広がり、・相・豫章など以上全て楠の類、桂(もくせい)・椒(さんしょう)・木蘭・檗(きはだ)・離(やまなし)・朱い楊(やなぎ)・樝(こぼけ)・梨・(さるがき)・栗が生え、橘や柚子が香りを放っている。

 

2013年9月16日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(10)#4-3 文選 賦<109-#4-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩889 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2993
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

司馬相如 《子虚賦 》(10)#43 文選 賦<109-#4-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩889 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2993

 

 

(8)#4-1

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,

雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、

穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。

穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

其南則有平原廣澤,登降阤靡,

雲夢沢の南の一帯には、廣い野原や広湿地があり、そしてなだらかに起伏している。

案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。

どこまでも平らに続いている。長江の流れが周囲を巡り、巫山が縁どりとしてそびえている。

其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。

高く乾燥した土地に生えている植物は、葴【おおあい】・析苞(あぶらがや)荔(おおにら)薛(かわらよもぎ)莎(はますげ)青薠(大きなはますげ)である。

 

其の東には則ち蕙圃【けいほ】有りて,衡蘭【こうらん】芷若【しじゃく】,

穹窮【きゅうきゅう】昌蒲【しょうぶ】,江離【こうり】麋蕪【ひぶ】,諸柘【しょしゃ】巴且【はしょ】あり。

其の南には則ち平原廣澤【こうたく】有りて,登り降り阤靡【いび】として,

案衍【あんえん】壇曼【たんまん】たり,緣【めぐ】らすに大江を以ってし,限るに巫山を以ってす。

其の高燥には則ち葴析【しんし】苞荔【ひょうれい】,薛莎【せつさ】青薠【せいひん】を生いたり。

 

(9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

一方、低く湿った土地には、藏莨蒹(おぎ)葭(あし)・彫胡(まこものみ)・蓮(はすのみ)・藕(はすのね)觚蘆(ひょうたん)奄閭(いぬよもぎ)軒于(むらちどり)が生えている。

眾物居之,不可勝圖。

様々な植物が繁茂しており、とてもすべてを描きつくすことはできない。

其西則有湧泉清池,激水推移。

さて、西の一帯には、湧き水が清らかな池となり、激しく波だって流れてゆく。

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

その水面には、蓮や菱が花を開き、その底には、大きな山や白い砂が沈んでいる。

 (9)#4-2

其の卑【ひしつ】には則ち藏莨【ぞうろう】蒹葭【けんか】,東【とうしょう】彫胡,蓮藕【れんごう】觚蘆【ころ】,奄閭【えんろ】軒于【けんう】を生いたり。

眾物【しゅうぶつ】之に居り,勝【まさ】に圖【えが】く可からず。

其の西には則ち湧泉【ゆうせん】清池有りて,激水 推し移る。

外には夫容【ふよう】菱華【りょか】をっしには鉅石【きょせき】白沙を隱【かく】せり

 

(10)#4-3

其中則有神龜蛟鼉,玳瑁鼈黿。

水中に棲むのは、霊力ある亀とか、蛙・竃・塙環・簡・鹿である。

其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,

檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。

北の一帯には、暗い林が広がり、・相・豫章など以上全て楠の類、桂(もくせい)・椒(さんしょう)・木蘭・檗(きはだ)・離(やまなし)・朱い楊(やなぎ)・樝(こぼけ)・梨・(さるがき)・栗が生え、橘や柚子が香りを放っている。

其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。

その樹樹の上では、宛雛・孔雀・鸞、猿・射干等の鳥獣が飛び回り、

其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

その下には、白虎・黒豹・が徘徊している。

 (10)#4-3

其の中には則ち神龜蛟鼉【こうだ】,玳瑁【たいまい】鼈黿【べっけん】有り。

其の北には則ち陰林巨樹有りて,楩楠【べんなん】豫章【よしょう】,桂椒【けいしょう】木蘭,

檗離【はくり】朱楊【しゅよう】,樝梨【さり】栗【えいりつ】,橘柚【きつゆう】芬芳【ふんぽう】たり。

其の上には則ち宛雛【えんすう】孔鸞【こうらん】,騰遠【とうえん】射干【やかん】有り。

其の下には則ち白虎玄豹【げんぴょう】,蜒【まんえん】貙豻【ちゆかん】有り。」

 Nature1-011

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)#4-3

其中則有神龜蛟鼉,玳瑁鼈黿。

其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,

檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。

其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。

其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

 

 

(下し文) (10)#4-3

其の中には則ち神龜蛟鼉【こうだ】,玳瑁【たいまい】鼈黿【べっけん】有り。

其の北には則ち陰林巨樹有りて,楩楠【べんなん】豫章【よしょう】,桂椒【けいしょう】木蘭,

檗離【はくり】朱楊【しゅよう】,樝梨【さり】栗【えいりつ】,橘柚【きつゆう】芬芳【ふんぽう】たり。

其の上には則ち宛雛【えんすう】孔鸞【こうらん】,騰遠【とうえん】射干【やかん】有り。

其の下には則ち白虎玄豹【げんぴょう】,蜒【まんえん】貙豻【ちゆかん】有り。」

 

 

 

(現代語訳)

水中に棲むのは、霊力ある亀とか、蛙・竃・塙環・簡・鹿である。

北の一帯には、暗い林が広がり、・相・豫章など以上全て楠の類、桂(もくせい)・椒(さんしょう)・木蘭・檗(きはだ)・離(やまなし)・朱い楊(やなぎ)・樝(こぼけ)・梨・(さるがき)・栗が生え、橘や柚子が香りを放っている。

その樹樹の上では、宛雛・孔雀・鸞、猿・射干等の鳥獣が飛び回り、

その下には、白虎・黒豹・が徘徊している。

 

 

(訳注) (10)#4-3

其中則有神龜蛟鼉,玳瑁鼈黿。

水中に棲むのは、霊力ある亀とか、蛙・竃・塙環・簡・鹿である。

 

其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。

北の一帯には、暗い林が広がり、・相・豫章など以上全て楠の類、桂(もくせい)・椒(さんしょう)・木蘭・檗(きはだ)・離(やまなし)・朱い楊(やなぎ)・樝(こぼけ)・梨・(さるがき)・栗が生え、橘や柚子が香りを放っている。

 

其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。

その樹樹の上では、宛雛・孔雀・鸞、猿・射干等の鳥獣が飛び回り、

・宛雛 荘子:南方に宛雛(鳳凰のような鳥)という名の鳥がいて、南海から北海に飛ぶ時、こんなに遥かな道のりであるのに、アオギリの木でなければ休まず、竹の実でなければ食べず、甘泉でなければ飲まないそうです。

・射干 「やかん」と読む場合ヒオウギ(檜扇)という植物の漢名(本来の用法)。または、ヒオウギの根の生薬名。

 

其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

その下には、白虎・黒豹・が徘徊している。

蜒 こおろぎ。すずむし。

 古代、揚子江と漢水の一帯に分散して居住した部族。世人の言い伝えによると貙人は虎に化けることができた。

 中国北方に産する野犬、小形で口や鼻が黒くキツネ(狐)に似ているという
DCF00003 

司馬相如 《子虚賦 》(9)#4-2 文選 賦<109-#4-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩888 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2988

司馬相如 《子虚賦 》(9一方、低く湿った土地には、藏莨蒹(おぎ)葭(あし)・彫胡(まこものみ)・蓮(はすのみ)・藕(はすのね)觚蘆(ひょうたん)奄閭(いぬよもぎ)軒于(むらちどり)が生えている。様々な植物が繁茂しており、とてもすべてを描きつくすことはできない。

 

2013年9月15日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(9)#4-2 文選 賦<109-#4-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩888 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2988
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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早赴街西行香,贈盧、李二中舍人 韓愈(韓退之) <186>Ⅱ中唐詩801 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2989
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 648 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <553>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2990 杜甫詩1000-553-792/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 115 思帝郷 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-289-5-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2992
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

司馬相如 《子虚賦 》(9)#42 文選 賦<109-#4-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩888 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2988

 

 

(8)#4-1

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,

雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、

穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。

穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

其南則有平原廣澤,登降阤靡,

雲夢沢の南の一帯には、廣い野原や広湿地があり、そしてなだらかに起伏している。

案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。

どこまでも平らに続いている。長江の流れが周囲を巡り、巫山が縁どりとしてそびえている。

其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。

高く乾燥した土地に生えている植物は、葴【おおあい】・析苞(あぶらがや)荔(おおにら)薛(かわらよもぎ)莎(はますげ)青薠(大きなはますげ)である。

 

其の東には則ち蕙圃【けいほ】有りて,衡蘭【こうらん】芷若【しじゃく】,

穹窮【きゅうきゅう】昌蒲【しょうぶ】,江離【こうり】麋蕪【ひぶ】,諸柘【しょしゃ】巴且【はしょ】あり。

其の南には則ち平原廣澤【こうたく】有りて,登り降り阤靡【いび】として,

案衍【あんえん】壇曼【たんまん】たり,緣【めぐ】らすに大江を以ってし,限るに巫山を以ってす。

其の高燥には則ち葴析【しんし】苞荔【ひょうれい】,薛莎【せつさ】青薠【せいひん】を生いたり。

 

(9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

一方、低く湿った土地には、藏莨蒹(おぎ)葭(あし)・彫胡(まこものみ)・蓮(はすのみ)・藕(はすのね)觚蘆(ひょうたん)奄閭(いぬよもぎ)軒于(むらちどり)が生えている。

眾物居之,不可勝圖。

様々な植物が繁茂しており、とてもすべてを描きつくすことはできない。

其西則有湧泉清池,激水推移。

さて、西の一帯には、湧き水が清らかな池となり、激しく波だって流れてゆく。

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

その水面には、蓮や菱が花を開き、その底には、大きな山や白い砂が沈んでいる。

 (9)#4-2

其の卑【ひしつ】には則ち藏莨【ぞうろう】蒹葭【けんか】,東【とうしょう】彫胡,蓮藕【れんごう】觚蘆【ころ】,奄閭【えんろ】軒于【けんう】を生いたり。

眾物【しゅうぶつ】之に居り,勝【まさ】に圖【えが】く可からず。

其の西には則ち湧泉【ゆうせん】清池有りて,激水 推し移る。

外には夫容【ふよう】菱華【りょか】をっしには鉅石【きょせき】白沙を隱【かく】せり

 

(10)#4-3

其中則有神龜蛟鼉,玳瑁鼈黿。

其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,

檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。

其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。

其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

(10)#4-3

其の中には則ち神龜蛟鼉【こうだ】,玳瑁【たいまい】鼈黿【べっけん】有り。

其の北には則ち陰林巨樹有りて,楩楠【べんなん】豫章【よしょう】,桂椒【けいしょう】木蘭,

檗離【はくり】朱楊【しゅよう】,樝梨【さり】栗【えいりつ】,橘柚【きつゆう】芬芳【ふんぽう】たり。

其の上には則ち宛雛【えんすう】孔鸞【こうらん】,騰遠【とうえん】射干【やかん】有り。

其の下には則ち白虎玄豹【げんぴょう】,蜒【まんえん】貙豻【ちゆかん】有り。」

sas0023 

 

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

眾物居之,不可勝圖。

其西則有湧泉清池,激水推移。

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

 

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,

蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

眾物居之,不可勝圖。

其西則有湧泉清池,激水推移。

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

 

 

(下し文) (10)#4-3

其の中には則ち神龜蛟鼉【こうだ】,玳瑁【たいまい】鼈黿【べっけん】有り。

其の北には則ち陰林巨樹有りて,楩楠【べんなん】豫章【よしょう】,桂椒【けいしょう】木蘭,

檗離【はくり】朱楊【しゅよう】,樝梨【さり】栗【えいりつ】,橘柚【きつゆう】芬芳【ふんぽう】たり。

其の上には則ち宛雛【えんすう】孔鸞【こうらん】,騰遠【とうえん】射干【やかん】有り。

其の下には則ち白虎玄豹【げんぴょう】,蜒【まんえん】貙豻【ちゆかん】有り。」

 

 

 (現代語訳)

一方、低く湿った土地には、藏莨蒹(おぎ)葭(あし)・彫胡(まこものみ)・蓮(はすのみ)・藕(はすのね)觚蘆(ひょうたん)奄閭(いぬよもぎ)軒于(むらちどり)が生えている。

様々な植物が繁茂しており、とてもすべてを描きつくすことはできない。

さて、西の一帯には、湧き水が清らかな池となり、激しく波だって流れてゆく。

その水面には、蓮や菱が花を開き、その底には、大きな山や白い砂が沈んでいる。

 

 

(訳注) (9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

一方、低く湿った土地には、藏莨蒹(おぎ)葭(あし)・彫胡(まこものみ)・蓮(はすのみ)・藕(はすのね)觚蘆(ひょうたん)奄閭(いぬよもぎ)軒于(むらちどり)が生えている。

・莨  ナス科の多年草。日本では一年草。高さ1.52メートルになり、大きい楕円形の葉が互生する。夏、細長いらっぱ状の淡紅色の花を多数開く。葉にニコチンを含み、喫煙用に加工したり、殺虫剤の原料としたりする。

・蒹葭 あしのくさ。蒹とは。・蒹葭アシやヨシの類.葭 片葉の葦(かたはのあし)

  摧折不自守,秋風吹若何?暫時花戴雪,幾處葉沈波。

  體弱春苗早,叢長夜露多。江湖後搖落,亦恐蹉跎。

兼葭 杜甫 <298> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1361 杜甫詩 700- 418

『詩経・秦風・蒹葭』「兼葭蒼蒼,白露為霜。所謂伊人,在水一方。溯洄從之,道阻且長;溯游從之,宛在水中央。

 

眾物居之,不可勝圖。

様々な植物が繁茂しており、とてもすべてを描きつくすことはできない。

 

其西則有湧泉清池,激水推移。

さて、西の一帯には、湧き水が清らかな池となり、激しく波だって流れてゆく。

 

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

その水面には、蓮や菱が花を開き、その底には、大きな山や白い砂が沈んでいる。
泰山の夕日02 

司馬相如 《子虚賦 》(8)#4-1 文選 賦<109-#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩887 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2983

司馬相如 《子虚賦 》(8雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

 

2013年9月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(8)#4-1 文選 賦<109-#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩887 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2983
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司馬相如 《子虚賦

》(8)#41 文選 賦<109-#4-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩887 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2983

 

 

(8)#4-1

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,

雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、

穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。

穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

其南則有平原廣澤,登降阤靡,

雲夢沢の南の一帯には、廣い野原や広湿地があり、そしてなだらかに起伏している。

案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。

どこまでも平らに続いている。長江の流れが周囲を巡り、巫山が縁どりとしてそびえている。

其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。

高く乾燥した土地に生えている植物は、葴【おおあい】・析苞(あぶらがや)荔(おおにら)薛(かわらよもぎ)莎(はますげ)青薠(大きなはますげ)である。

 

其の東には則ち蕙圃【けいほ】有りて,衡蘭【こうらん】芷若【しじゃく】,

穹窮【きゅうきゅう】昌蒲【しょうぶ】,江離【こうり】麋蕪【ひぶ】,諸柘【しょしゃ】巴且【はしょ】あり。

其の南には則ち平原廣澤【こうたく】有りて,登り降り阤靡【いび】として,

案衍【あんえん】壇曼【たんまん】たり,緣【めぐ】らすに大江を以ってし,限るに巫山を以ってす。

其の高燥には則ち葴析【しんし】苞荔【ひょうれい】,薛莎【せつさ】青薠【せいひん】を生いたり。

 

(9)#4-2

其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,

蓮藕觚蘆,奄閭軒于。

眾物居之,不可勝圖。

其西則有湧泉清池,激水推移。

外發夫容菱華,隱鉅石白沙。

(10)#4-3

其中則有神龜蛟鼉,毒冒鼈黿。

其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,

檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。

其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。

其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

DCF00003 

 

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (8)#4-1

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,

穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。

其南則有平原廣澤,登降阤靡,

案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。

其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。

 

 

(下し文)

其の東には則ち蕙圃【けいほ】有りて,衡蘭【こうらん】芷若【しじゃく】,

穹窮【きゅうきゅう】昌蒲【しょうぶ】,江離【こうり】麋蕪【ひぶ】,諸柘【しょしゃ】巴且【はしょ】あり。

其の南には則ち平原廣澤【こうたく】有りて,登り降り阤靡【いび】として,

案衍【あんえん】壇曼【たんまん】たり,緣【めぐ】らすに大江を以ってし,限るに巫山を以ってす。

其の高燥には則ち葴析【しんし】苞荔【ひょうれい】,薛莎【せつさ】青薠【せいひん】を生いたり。

 

 

(現代語訳)

雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、

穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

雲夢沢の南の一帯には、廣い野原や広湿地があり、そしてなだらかに起伏している。

どこまでも平らに続いている。長江の流れが周囲を巡り、巫山が縁どりとしてそびえている。

高く乾燥した土地に生えている植物は、葴【おおあい】・析苞(あぶらがや)荔(おおにら)薛(かわらよもぎ)莎(はますげ)青薠(大きなはますげ)である。

 

 

(訳注) (8)#4-1

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,

雲夢沢の東の一帯には、香草の茂る園があり、杜衡【かんあおい】・蘭・よろい草・杜若【やぶみょうが】があり、

・蕙圃 香草の茂る園

 

穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。

穹窮昌蒲江離麋蕪諸柘(さとうきび)・巴且(みょうが)が生じている。

 

其南則有平原廣澤,登降阤靡,

雲夢沢の南の一帯には、廣い野原や広湿地があり、そしてなだらかに起伏している。

・登降阤靡 なだらかに起伏している。

 

案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。

どこまでも平らに続いている。長江の流れが周囲を巡り、巫山が縁どりとしてそびえている。

・案衍 どこまでも+1 余分にあまる。余計な。「衍字・衍文」2どこまでも+ 延び広がる。押し広げる。

・壇曼 土を盛り上げてつくった、祭りその他の儀式を行うような場所が広がり続く。他より一段高くこしらえた場所が広がり続く。

 

其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。

高く乾燥した土地に生えている植物は、葴【おおあい】・析苞(あぶらがや)荔(おおにら)薛(かわらよもぎ)莎(はますげ)青薠(大きなはますげ)である。
 DCF00021

司馬相如 《子虚賦 》(7)#3-2 文選 賦<109-#3-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩886 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2978

《子虚賦 》(7の土地からは、丹砂・空靑・赤玉・白土・雌黄・白坿・錫・碧玉・金・鎚が掘り出される。さまざまな色彩が輝いて、龍の鱗がきらめくようだ。さらに、石としては、赤玉・攻塊・琳・琨珸・瑊玏・玄厲・石・武夫などが採れる。

 

2013年9月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(7)#3-2 文選 賦<109-#3-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩886 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2978
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    

 

 

司馬相如 《子虚賦 》(7)#32 文選 賦<109-#3-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩886 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2978

 

 

(6)#3-1

「僕對曰:「唯唯。臣聞楚有七澤,

私は、「かしこまりました」と言いました。聞くところ、楚には七つの大湿地帯があるという

嘗見其一,未睹其餘也。

その一つを見たことがあるだけで、残りはまだ知らない。

臣之所見,蓋特其小小者耳,名曰雲夢。

私が見た場所などは、なかでもとりわけ小さなちいさなものであろう。その名を「雲夢沢」という。

雲夢者,方九百里,其中有山焉。

雲夢沢は、九百里四方で、その内には山々を含んでいるのである。

其山則盤紆岪鬱,隆崇律崒,

その山はうねうねと重なり、高くそびえて立っている。

岑崟參差,日月蔽虧

ギザギザの隆々は、日月の光すらさえぎる。

 

(7)#3-2

交錯糾紛,上干青雲

もつれあった山々は、青空に触れんばかりである。

罷池陂陁,下屬江河。

その斜面は、池に向かってなだらかに下っていって、大河のほとりへ続いていく。

其土則丹青赭堊,雌黃白坿,錫碧金銀

この土地からは、丹砂・空靑・赤玉・白土・雌黄・白坿・錫・碧玉・金・鎚が掘り出される。

眾色炫燿,照爛龍鱗。

さまざまな色彩が輝いて、龍の鱗がきらめくようだ。

其石則赤玉玫瑰,琳琨珸,

瑊玏玄厲,石武夫。

さらに、石としては、赤玉・攻塊・琳・琨珸・瑊玏・玄厲・石・武夫などが採れる。

 

#3-1

「僕 對えて曰く:「唯唯。臣聞く 楚 七澤有り。」と。

「嘗て其の一を見しも,未だ其の餘を睹ず。

臣の見たる所は,蓋し特【ひと】り其の小小なる者ならんのみ,名を雲夢と曰う。

雲夢は,方 九百里,其の中に山有り。

其の山は則ち盤紆【ばんり】岪鬱【ふつうつ】,隆崇【りゅうしゅう】律崒【りつしゅつ】たり。

岑崟【しんきん】參差【しんし】として,日月 蔽われ虧【か】く。

32

交錯【こうさく】糾紛して,上 青雲を干【おか】す。

罷池【ひち】陂陁【はだ】として,下 江河に屬す。

其の土は則ち丹青【たんせい】赭堊【しゃあく】,雌黃【しこう】白坿【はくふ】,錫碧【せきへき】金銀あり。

眾色【しゅうしょく】炫燿【げんよう】として,照爛【しょうらん】として龍の鱗のごとし。

其の石は則ち赤玉【せきぎょく】玫瑰【ばいかい】,琳【りんびん】琨珸【こんご】

瑊玏【かんろく】玄厲【げんれい】【ぜんせき】武夫【ぶふ】あり

 

 

 

『子虛賦』 現代語訳と訳註

(本文)(7)#3-2

交錯糾紛,上干青雲

罷池陂陁,下屬江河。

其土則丹青赭堊,雌黃白坿,錫碧金銀

眾色炫燿,照爛龍鱗。

其石則赤玉玫瑰,琳琨珸,

瑊玏玄厲,石武夫。

 

 

(下し文) 32

交錯【こうさく】糾紛して,上 青雲を干【おか】す。

罷池【ひち】陂陁【はだ】として,下 江河に屬す。

其の土は則ち丹青【たんせい】赭堊【しゃあく】,雌黃【しこう】白坿【はくふ】,錫碧【せきへき】金銀あり。

眾色【しゅうしょく】炫燿【げんよう】として,照爛【しょうらん】として龍の鱗のごとし。

其の石は則ち赤玉【せきぎょく】玫瑰【ばいかい】,琳【りんびん】琨珸【こんご】,

瑊玏【かんろく】玄厲【げんれい】,石【ぜんせき】武夫【ぶふ】あり。

 

 

(現代語訳)

もつれあった山々は、青空に触れんばかりである。

その斜面は、池に向かってなだらかに下っていって、大河のほとりへ続いていく。

この土地からは、丹砂・空靑・赤玉・白土・雌黄・白坿・錫・碧玉・金・鎚が掘り出される。

さまざまな色彩が輝いて、龍の鱗がきらめくようだ。

さらに、石としては、赤玉・攻塊・琳・琨珸・瑊玏・玄厲・石・武夫などが採れる。

 

 

(訳注)(7)#3-2

交錯糾紛,上干青雲

もつれあった山々は、青空に触れんばかりである。

・交錯 もつれあう。

・糾紛 ここでは山々のことをいう。

 

罷池陂陁,下屬江河。

その斜面は、池に向かってなだらかに下っていって、大河のほとりへ続いていく。

・罷池陂陁 斜面は、池に向かってなだらかに下っていくことをいう。

 

其土則丹青赭堊,雌黃白坿,錫碧金銀

この土地からは、丹砂・空靑・赤玉・白土・雌黄・白坿・錫・碧玉・金・鎚が掘り出される。

・丹青赭堊 丹:丹砂、青:空靑、赭:赤玉、堊:白土。

 

眾色炫燿,照爛龍鱗。

さまざまな色彩が輝いて、龍の鱗がきらめくようだ。

 

其石則赤玉玫瑰,琳琨珸,瑊玏玄厲,石武夫。

さらに、石としては、赤玉・攻塊・琳・琨珸・瑊玏・玄厲・石・武夫などが採れる。

 

司馬相如 《子虚賦 》(6)#3-1 文選 賦<109-#1-5>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩885 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2973

司馬相如 《子虚賦 》(6私は、「かしこまりました」と言いました。聞くところ、楚には七つの大湿地帯があるという。その一つを見たことがあるだけで、残りはまだ知らない。私が見た場所などは、なかでもとりわけ小さなちいさなものであろう。その名を「雲夢沢」という。

 

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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(6)#3-1 文選 賦<109-#1-5>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩885 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2973
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司馬相如 《子虚賦 》(6)#31 文選 賦<109-#1-59分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩885 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2973

 

 

(6)#3-1

「僕對曰:「唯唯。臣聞楚有七澤,

私は、「かしこまりました」と言いました。聞くところ、楚には七つの大湿地帯があるという

嘗見其一,未睹其餘也。

その一つを見たことがあるだけで、残りはまだ知らない。

臣之所見,蓋特其小小者耳,名曰雲夢。

私が見た場所などは、なかでもとりわけ小さなちいさなものであろう。その名を「雲夢沢」という。

雲夢者,方九百里,其中有山焉。

雲夢沢は、九百里四方で、その内には山々を含んでいるのである。

其山則盤紆岪鬱,隆崇律崒,

その山はうねうねと重なり、高くそびえて立っている。

岑崟參差,日月蔽虧

ギザギザの隆々は、日月の光すらさえぎる。

 

(7)#3-2

交錯糾紛,上干青雲

罷池陂陁,下屬江河。

其土則丹青赭堊,雌黃白坿,錫碧金銀

眾色炫燿,照爛龍鱗。

其石則赤玉玫瑰,琳琨珸,

瑊玏玄厲,石武夫。

 

#3-1

「僕 對えて曰く:「唯唯。臣聞く 楚 七澤有り。」と。

「嘗て其の一を見しも,未だ其の餘を睹ず。

臣の見たる所は,蓋し特【ひと】り其の小小なる者ならんのみ,名を雲夢と曰う。

雲夢は,方 九百里,其の中に山有り。

其の山は則ち盤紆【ばんり】岪鬱【ふつうつ】,隆崇【りゅうしゅう】律崒【りつしゅつ】たり。

岑崟【しんきん】參差【しんし】として,日月 蔽われ虧【か】く。

32

交錯【こうさく】糾紛して,上 青雲を干【おか】す。

罷池【ひち】陂陁【はだ】として,下 江河に屬す。

其の土は則ち丹青【たんせい】赭堊【しゃあく】,雌黃【しこう】白坿【はくふ】,錫碧【せきへき】金銀あり。

眾色【しゅうしょく】炫燿【げんよう】として,照爛【しょうらん】として龍の鱗のごとし。

其の石は則ち赤玉【せきぎょく】玫瑰【ばいかい】,琳【りんびん】琨珸【こんご】

瑊玏【かんろく】玄厲【げんれい】【ぜんせき】武夫【ぶふ】あり

 幻日環01

 

 







『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6)#3-1

「僕對曰:「唯唯。臣聞楚有七澤,

嘗見其一,未睹其餘也。

臣之所見,蓋特其小小者耳,名曰雲夢。

雲夢者,方九百里,其中有山焉。

其山則盤紆岪鬱,隆崇律崒,

岑崟參差,日月蔽虧

 

 

(下し文) #3-1

「僕 對えて曰く:「唯唯。臣聞く 楚 七澤有り。」と。

「嘗て其の一を見しも,未だ其の餘を睹ず。

臣の見たる所は,蓋し特【ひと】り其の小小なる者ならんのみ,名を雲夢と曰う。

雲夢は,方 九百里,其の中に山有り。

其の山は則ち盤紆【ばんり】岪鬱【ふつうつ】,隆崇【りゅうしゅう】律崒【りつしゅつ】たり。

岑崟【しんきん】參差【しんし】として,日月 蔽われ虧【か】く。

 

 

(現代語訳)

私は、「かしこまりました」と言いました。聞くところ、楚には七つの大湿地帯があるという

その一つを見たことがあるだけで、残りはまだ知らない。

私が見た場所などは、なかでもとりわけ小さなちいさなものであろう。その名を「雲夢沢」という。

雲夢沢は、九百里四方で、その内には山々を含んでいるのである。

その山はうねうねと重なり、高くそびえて立っている。

ギザギザの隆々は、日月の光すらさえぎる。

 

 

(訳注) (6)#3-1

「僕對曰:「唯唯。臣聞楚有七澤,

大鷹01私は、「かしこまりました」と言いました。聞くところ、楚には七つの大湿地帯があるという

・七澤 七つの大湿地帯。楚の地にあったという広大な沼沢地。その一部に雲夢の沢がある。

 

嘗見其一,未睹其餘也。

その一つを見たことがあるだけで、残りはまだ知らない。

 

臣之所見,蓋特其小小者耳,名曰雲夢。

私が見た場所などは、なかでもとりわけ小さなちいさなものであろう。その名を「雲夢沢」という。

 

雲夢者,方九百里,其中有山焉。

雲夢沢は、九百里四方で、その内には山々を含んでいるのである。

 

其山則盤紆岪鬱,隆崇律崒,

その山はうねうねと重なり、高くそびえて立っている。

・盤紆岪鬱 ドグロを巻くように曲がりくねり、重なり合う。

・隆崇律崒 崇高に高く聳え立つ。

 

岑崟參差,日月蔽虧。

ギザギザの隆々は、日月の光すらさえぎる。

・岑崟 高くとがっているさま。

・參差 とがってへこんでいるさま。

・蔽虧 蔽:雲によっておおわれる。ここでは山に倚って覆われる。虧:きげつ【虧月】とは。意味や解説。満月から新月までの間の、欠けて細くなってゆく月。 

司馬相如 《子虚賦 》(5)#2-2 文選 賦<109-#1-4>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩884 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2968

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

司馬相如 《子虚賦 》(5)#2-2 文選 賦<109-#1-49分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩884 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2968

 

 

(4)#2-1

子虛曰:「可。

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

列卒滿澤,罘罔彌山.
兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、
掩莵轔鹿,射麋格麟。

麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。
騖於鹽浦,割鮮染輪。
射中獲多,矜而自功。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

楚王之獵,孰與寡人?」

そして、「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。

 

(5)#2-2

僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也

私は、車より降りて、「私は、楚国の田舎者に過ぎません。

幸得宿衛十有餘年,時從出遊,

幸いなことに、楚王の宿直警護役として、十年余り務めさせていただき、時には王の遊楽のお供にして出かけた。

遊於後園,覽於有無,

それは裏庭などを巡ることであり、そこに何が有るかを見知ることなのです。

然猶未能遍睹也;又烏足以言其外澤者乎?」

そのくせ、宮中のことも、完全に見尽くすことはできておりません。ましてや、地方にある沼沢地に関しては、どうして、私などが申し上げることができましょうか」とお答えしました。

齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。

斉王が重ねて、「そうでもあろうが、あなたが見聞された範囲でよいから、大体語られよ」といわれた。
moon2011 







(4)
#2-1

子虛 曰く:「可なり。」と。「王駕車は千乘【せんじょう】,

徒【と】萬騎を選びて,海濱に田【かり】す。

列卒 澤に滿ち,罘罔【ふもう】山に彌【わた】り,

莵【うさぎ】を掩い鹿を轔【す】り,麋【び】を射 麟【りん】を格す。

鹽浦【えんぽ】に騖【は】せ,鮮を割きて輪に染【なす】る。

射中【あ】てて獲【えもの】多く,矜【ほこ】りて自ら功とす。

顧【かえり】みて僕に謂いて曰く:

「楚にも亦 平原廣澤、游獵の地の饒【ゆた】かに樂しきこと此【か】くの若き者 有りや?」と。

「楚王の獵【りょう】,寡人【かじん】孰與【いずれ】ぞ?」と。

 

(5)#2-2

僕 下車より 對えて曰く:「臣は,楚國の鄙人【ひじん】なり。

幸いにして宿衛【しゅくえい】を得たること十有餘年。

時に從いて出で遊び,後園に遊び,有無を覽たり。

然れども猶お未だ遍【あまね】く睹【み】る能わず;

又 烏【いずく】んぞ以て言其の外澤【がいたく】をいうに足らんや?」と。

齊王 曰く:「然りと雖も,略【ほぼ】 子が之聞き見たらん所を以て之を言え。」と。

 600moon880



 

『子虚賦』4回目 現代語訳と訳註

(本文) (5)#2-2

王屋山01僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也

幸得宿衛十有餘年,時從出遊,

遊於後園,覽於有無,

然猶未能遍睹也;又烏足以言其外澤者乎?」

齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。

 

 

(下し文) (5)#2-2

僕 下車より 對えて曰く:「臣は,楚國の鄙人【ひじん】なり。

幸いにして宿衛【しゅくえい】を得たること十有餘年。

時に從いて出で遊び,後園に遊び,有無を覽たり。

然れども猶お未だ遍【あまね】く睹【み】る能わず;

又 烏【いずく】んぞ以て言其の外澤【がいたく】をいうに足らんや?」と。

齊王 曰く:「然りと雖も,略【ほぼ】 子が之聞き見たらん所を以て之を言え。」と。

 

 

(現代語訳)

私は、車より降りて、「私は、楚国の田舎者に過ぎません。

幸いなことに、楚王の宿直警護役として、十年余り務めさせていただき、時には王の遊楽のお供にして出かけた。

それは裏庭などを巡ることであり、そこに何が有るかを見知ることなのです。

そのくせ、宮中のことも、完全に見尽くすことはできておりません。ましてや、地方にある沼沢地に関しては、どうして、私などが申し上げることができましょうか」とお答えしました。

斉王が重ねて、「そうでもあろうが、あなたが見聞された範囲でよいから、大体語られよ」といわれた。 

 

(訳注) (5)#2-2

僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也

私は、車より降りて、「私は、楚国の田舎者に過ぎません。

鄙人 田舎者。

 

幸得宿衛十有餘年,時從出遊,

幸いなことに、楚王の宿直警護役として、十年余り務めさせていただき、時には王の遊楽のお供にして出かけた。

・宿衛 楚王の宿直警護役。

 

遊於後園,覽於有無,

それは裏庭などを巡ることであり、そこに何が有るかを見知ることなのです。

後園 裏庭。

 

然猶未能遍睹也;又烏足以言其外澤者乎?」

そのくせ、宮中のことも、完全に見尽くすことはできておりません。ましてや、地方にある沼沢地に関しては、どうして、私などが申し上げることができましょうか」とお答えしました。

・遍睹 もれなくすべてに及んでいるさまをみる。広くみる。一般にみる。

 

齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。

斉王が重ねて、「そうでもあろうが、あなたが見聞された範囲でよいから、大体語られよ」といわれた。
 

司馬相如 《子虚賦 》(4)#2-1 文選 賦<109-#1-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩883 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2963

司馬相如 《子虚賦 》(4子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

 

2013年9月10日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(4)#2-1 文選 賦<109-#1-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩883 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2963
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

司馬相如 《子虚賦 》(4)#2-1 文選 賦<109-#1-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩883 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2963

 

 

(4)#2-1

子虛曰:「可。

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

列卒滿澤,罘罔彌山.
兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、
掩莵轔鹿,射麋格麟。

麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。
騖於鹽浦,割鮮染輪。
射中獲多,矜而自功。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

楚王之獵,孰與寡人?」

そして、「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。

 

(5)#2-2

僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也,幸得宿衛十有餘年,

時從出遊,遊於後園,覽於有無,然猶未能遍睹也;

又烏足以言其外澤者乎?」

齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。」

 

(4)#2-1

子虛 曰く:「可なり。」と。「王駕車は千乘【せんじょう】,

徒【と】萬騎を選びて,海濱に田【かり】す。

列卒 澤に滿ち,罘罔【ふもう】山に彌【わた】り,

莵【うさぎ】を掩い鹿を轔【す】り,麋【び】を射 麟【りん】を格す。

鹽浦【えんぽ】に騖【は】せ,鮮を割きて輪に染【なす】る。

射中【あ】てて獲【えもの】多く,矜【ほこ】りて自ら功とす。

顧【かえり】みて僕に謂いて曰く:

「楚にも亦 平原廣澤、游獵の地の饒【ゆた】かに樂しきこと此【か】くの若き者 有りや?」と。

「楚王の獵【りょう】,寡人【かじん】孰與【いずれ】ぞ?」と。

 

(5)#2-2

僕 下車より 對えて曰く:「臣は,楚國の鄙人【ひじん】なり。

幸いにして宿衛【しゅくえい】を得たること十有餘年。

時に從いて出で遊び,後園に遊び,有無を覽たり。

然れども猶お未だ遍【あまね】く睹【み】る能わず;

又 烏【いずく】んぞ以て言其の外澤【がいたく】をいうに足らんや?」と。

齊王 曰く:「然りと雖も,略【ほぼ】 子が之聞き見たらん所を以て之を言え。」と。

野鴨0131 

 

『子虚賦』4回目 現代語訳と訳註

(本文) (4)#2-1

子虛曰:「可。王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

列卒滿澤,罘罔彌山,掩莵轔鹿,射麋格麟。

騖於鹽浦,割鮮染輪。射中獲多,矜而自功。

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

楚王之獵,孰與寡人?」

 

 

(下し文) (4)#2-1

子虛 曰く:「可なり。」と。「王駕車は千乘【せんじょう】,

徒【と】萬騎を選びて,海濱に田【かり】す。

列卒 澤に滿ち,罘罔【ふもう】山に彌【わた】り,

莵【うさぎ】を掩い鹿を轔【す】り,麋【び】を射 麟【りん】を格す。

鹽浦【えんぽ】に騖【は】せ,鮮を割きて輪に染【なす】る。

射中【あ】てて獲【えもの】多く,矜【ほこ】りて自ら功とす。

顧【かえり】みて僕に謂いて曰く:

「楚にも亦 平原廣澤、游獵の地の饒【ゆた】かに樂しきこと此【か】くの若き者 有りや?」と。

「楚王の獵【りょう】,寡人【かじん】孰與【いずれ】ぞ?」と。

  

(現代語訳)

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

そして、「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。

  

(訳注)(4)#2-1

子虛曰:「可。

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

 

王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

・千乘 千台の馬車。

・萬騎 万人の騎馬兵。

 畋【かり】

 

列卒滿澤,罘罔彌山

士卒たちは谷間にあふれ、獣を獲る網は山々を覆い尽くしたのです。

 

掩莵轔鹿,射麋格麟。

兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

・麋 (1)大きい鹿。 (2)ヘラジカ。

・麟 大きな雌じか。格麟=獲麟(かくりん)。中国の歴史書である『春秋』の最後に書かれた出来事で、後世には転じて「物事(あるいは人生)の終わり」の意味で用いられる。

 

騖於鹽浦,割鮮染輪。

海辺の入り江の湿地に馬を走らせながら、獲物の肉を割き、車輪についた海の塩にすりつけて食べるというありさまでした。

・鹽浦 海辺の入り江の湿地。

・割鮮 獲った獲物の肉を割くこと。

・染輪 (獲った獲物の肉を割いたものを)車輪についた海の塩にすりつけて食べる。

 

射中獲多,矜而自功。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

 

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

 

楚王之獵,孰與寡人?」

そして「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。
yayoipl07 

司馬相如 《子虚賦 》(3)#1-2 文選 賦<109-#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩882 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2958

司馬相如《子虚賦》 (2)子虚に尋ねた。子虛は「愉快でした」と答えた。「では、愉快なのは獲物が多かったからですか?」というと。答えた。「いや、少なかったのです」、「では、何が愉快だったのですか」と。


2013年9月9日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
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司馬相如 《子虚賦 》(3)#12 文選 賦<109-#1-29分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩882 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2958

 

 

子虚賦(1)-#1―1

楚使子虛使於齊,齊王悉發車騎,與使者出田。

国が、子虚という人物を、斉の国に使者として派遣した。斉王は、國中の車馬を駆り出して、使者の子虛と共に、狩猟に出かけた。

田罷,子虛過烏有先生,亡是公在焉。

狩りが終わってから、子虛は、烏有先生の家に立ち寄り、自慢話をした。その席には、亡是公も居た。

坐定,烏有先生問曰:「今日田樂乎?」

席が定まってから、烏有先生は、「今日の狩りは愉快でしたか」と、

子虚賦(2)-#1-2

子虛曰:「樂。」「獲多乎?」

子虚に尋ねた。子虛は「愉快でした」と答えた。「では、愉快なのは獲物が多かったからですか?」というと。

曰:「少。」「然則何樂?」

答えた。「いや、少なかったのです」、「では、何が愉快だったのですか」と。

曰:「僕樂王之欲夸僕以車騎之眾,而僕對以雲夢之事也。

といった問答を受けて、子虚は、「斉王か私に対して、車馬の数の多さを自慢なさろうとしたので、私は楚の雲夢沢ことをお答えしたのですが、それが愉快の原因なのです」と言った。

曰:「可得聞乎?」

烏有先生が、「どんなお話をされたか、お聞かせいただけますか」とたずねて言う。

 

鷹将 


子虚【しきょ】の賦(1)-#1―1

楚 子虛をして齊に使いたらしむ,齊王 悉く 車騎を發し,使者と出でて田【かり】す。

田【かり】罷【や】みぬるとき,子虛過【よぎ】りて烏有【うゆう】先生に【はじ】る,亡是【むぜ】公在【こうざい】せり

坐 定まりぬるとき,烏有先生 問いて曰く:「今日の田【かり】樂しかりしや?」と。
 

(2)-#1-2

子虛 曰く:「樂しかりし。」と。「獲【とも】の多かりしや乎?」と

曰く:「少なかりし。」と「然【しか】らば則ち何をか樂しむ?」と。

【こた】えて曰く:「僕 王の僕に夸【ほこ】るに車騎の眾【おお】きを以ってせんと欲し,而して僕 對【こた】うるに雲夢の事を以ってしつることを樂しむ。」と。

曰く:「得て聞きつ可き乎?」と。

 

『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (2)-#1-2

子虛曰:「樂。」「獲多乎?」

曰:「少。」「然則何樂?」

曰:「僕樂王之欲夸僕以車騎之眾,而僕對以雲夢之事也。

曰:「可得聞乎?」

 

 

(下し文) (2)-#1-2

子虛 曰く:「樂しかりし。」と。「獲【とも】の多かりしや乎?」と

曰く:「少なかりし。」と「然【しか】らば則ち何をか樂しむ?」と。

【こた】えて曰く:「僕 王の僕に夸【ほこ】るに車騎の眾【おお】きを以ってせんと欲し,而して僕 對【こた】うるに雲夢の事を以ってしつることを樂しむ。」と。

曰く:「得て聞きつ可き乎?」と。

 

(現代語訳)

子虚に尋ねた。子虛は「愉快でした」と答えた。「では、愉快なのは獲物が多かったからですか?」というと。

答えた。「いや、少なかったのです」、「では、何が愉快だったのですか」と。

といった問答を受けて、子虚は、「斉王か私に対して、車馬の数の多さを自慢なさろうとしたので、私は楚の雲夢沢ことをお答えしたのですが、それが愉快の原因なのです」と言った。

烏有先生が、「どんなお話をされたか、お聞かせいただけますか」とたずねて言う。

 

 

(訳注) (2)-#1-2

子虛曰:「樂。」「獲多乎?」

子虚に尋ねた。子虛は「愉快でした」と答えた。「では、愉快なのは獲物が多かったからですか?」というと。

 

曰:「少。」「然則何樂?」

答えた。「いや、少なかったのです」、「では、何が愉快だったのですか」と。

 

曰:「僕樂王之欲夸僕以車騎之眾,而僕對以雲夢之事也。

といった問答を受けて、子虚は、「斉王か私に対して、車馬の数の多さを自慢なさろうとしたので、私は楚の雲夢沢ことをお答えしたのですが、それが愉快の原因なのです」と言った。

・雲夢之事 楚の雲夢沢。中国で先秦時代の古い文献にみえる楚の国の地名。単独で雲,あるいは夢とも称される。この解釈をめぐって古くから議論があり,中国歴史地理の重要な問題の一つであった。現在では,雲夢とは長江(揚子江)中流域,今の湖北省中央部に形成されていた湖沼を中心に,周囲の山野をも含む広範囲を呼んだものと考えられている。その中央にあった湖沼は,この地点で長江に流入する漢水や沮水(しよすい)などの支流の流量を,自然に調整するために形成されていた遊水池の一つで,今の江陵県(楚呉の都,郢(えい)のあったところ)の東,漢水と長江の中間を広く占めていたもので,その範囲は降水量や氷河の伸長などによって一定してはいなかった。

 

曰:「可得聞乎?」

烏有先生が、「どんなお話をされたか、お聞かせいただけますか」とたずねて言う。

司馬相如 《子虚賦 》(2)#1-1 文選 賦<109-#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩881 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2953

司馬相如 《子虚賦 》(2国が、子虚という人物を、斉の国に使者として派遣した。斉王は、國中の車馬を駆り出して、使者の子虛と共に、狩猟に出かけた。狩りが終わってから、子虛は、烏有先生の家に立ち寄り、自慢話をした。その席には、亡是公も居た。席が定まってから、烏有先生は、「今日の狩りは愉快でしたか」と、

 

2013年9月8日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
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子虚賦(1)-#1―1

楚使子虛使於齊,齊王悉發車騎,與使者出田。

国が、子虚という人物を、斉の国に使者として派遣した。斉王は、國中の車馬を駆り出して、使者の子虛と共に、狩猟に出かけた。

田罷,子虛過烏有先生,亡是公在焉。

狩りが終わってから、子虛は、烏有先生の家に立ち寄り、自慢話をした。その席には、亡是公も居た。

坐定,烏有先生問曰:「今日田樂乎?」

席が定まってから、烏有先生は、「今日の狩りは愉快でしたか」と、

 (2)-#1-2

子虛曰:「樂。」「獲多乎?」

曰:「少。」「然則何樂?」

曰:「僕樂王之欲夸僕以車騎之眾,而僕對以雲夢之事也。」

曰:「可得聞乎?」

 

子虚【しきょ】の賦(1)-#1―1

楚 子虛をして齊に使いたらしむ,齊王 悉く 車騎を發し,使者と出でて田【かり】す。

田【かり】罷【や】みぬるとき,子虛過【よぎ】りて烏有【うゆう】先生に【はじ】る,亡是【むぜ】公在【こうざい】せり

坐 定まりぬるとき,烏有先生 問いて曰く:「今日の田【かり】樂しかりしや?」と。

(2)-#1-2

子虛 :「樂しかりし。」と。「獲【とも】のかりしや乎?」

:「少なかりし」と「然【しか】らば則ち何をか樂しむ?」と。

【こた】えて曰く:「僕 王の僕に夸【ほこ】るに車騎の眾【おお】きを以ってせんと欲し,而して僕 對【こた】うるに雲夢の事を以ってしつることを樂しむ。」と。

曰く:「得て聞きつ可き乎?」と。

 

600moon880 



『子虚賦』 現代語訳と訳註

(本文) (1)-#1―1

楚使子虛使於齊,齊王悉發車騎,與使者出田。

田罷,子虛過烏有先生,亡是公在焉。

坐定,烏有先生問曰:「今日田樂乎?」

 

 

 

(下し文)

子虚【しきょ】の賦(1)-#1―1

楚 子虛をして齊に使いたらしむ,齊王 悉く 車騎を發し,使者と出でて田【かり】す。

田【かり】罷【や】みぬるとき,子虛過【よぎ】りて烏有【うゆう】先生に【はじ】る,亡是【むぜ】公在【こうざい】せり

坐 定まりぬるとき,烏有先生 問いて曰く:「今日の田【かり】樂しかりしや?」と。

 

 

(現代語訳)

国が、子虚という人物を、斉の国に使者として派遣した。斉王は、國中の車馬を駆り出して、使者の子虛と共に、狩猟に出かけた。

狩りが終わってから、子虛は、烏有先生の家に立ち寄り、自慢話をした。その席には、亡是公も居た。

席が定まってから、烏有先生は、「今日の狩りは愉快でしたか」と、

 

 

 

(訳注) (1)-#1―1

楚使子虛使於齊,齊王悉發車騎,與使者出田。

国が、子虚という人物を、斉の国に使者として派遣した。斉王は、國中の車馬を駆り出して、使者の子虛と共に、狩猟に出かけた。

・楚 楚(そ ? - 紀元前223年)は、中国に周代、春秋時代、戦国時代にわたって存在した王国。現在の湖北省、湖南省を中心とした広い地域を領土とした。首都は丹陽(ただし、名前が同じだけで場所は何度か変わっている)。

・子虛 司馬相如は、「子虚の賦」が諸侯のことを書いた内容であり、天子(皇帝)にたてまつるのにはふさわしくないと言った。そして、司馬相如は天子にふさわしくなるように「子虚の賦」を改作して、「天子游獵賦(『文選』では「子虚賦」と「上林賦」に分割。

・齊/齊王 斉(齊、せい、Qi、紀元前1046 - 紀元前386年)は周代、春秋時代、戦国時代初頭に亘って現在の山東省を中心に存在した国(諸侯)。周建国の功臣太公望によって立てられた国である。

・出田 田:畋 狩猟。

 

田罷,子虛過烏有先生,亡是公在焉。

狩りが終わってから、子虛は、烏有先生の家に立ち寄り、自慢話をした。その席には、亡是公も居た。

烏有先生 架空の人物。この賦には子虚,烏有先生,亡是公(ぼうぜこう)の3人の人物が登場して,それぞれに楚王と斉王と天子の狩猟の盛大さを自慢しあうという枠組みで作品が展開する。注によれば,子虚の虚とは〈虚言(うそ)〉,烏有とは〈烏(いずくん)ぞ此の事有らんや〉,亡是とは〈是(こ)の人亡(な)し〉の意。いずれも架空の人物であることをその名をもって顕示する。賦の文学が本質として持つ虚構性につながる人物設定である。

亡是公 中国,前漢の司馬相如の〈子虚・上林の賦〉に登場する架空の人物。この賦には子虚,烏有先生,亡是公(ぼうぜこう)の3人の人物が登場して,それぞれに楚王と斉王と天子の狩猟の盛大さを自慢しあうという枠組みで作品が展開する。注によれば,子虚の虚とは〈虚言(うそ)〉,烏有とは〈烏(いずくん)ぞ此の事有らんや〉,亡是とは〈是(こ)の人亡(な)し〉の意。

 

坐定,烏有先生問曰:「今日田樂乎?」

席が定まってから、烏有先生は、「今日の狩りは愉快でしたか」と、

demen07 

司馬相如 《子虚賦 》(1)#0-0 文選 賦<109-#0-0>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩880 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2948

司馬相如《子虚賦 》(1司馬 相如は、中国の前漢の頃の文章家である。蜀郡成都の人。字は長卿。名は、もと犬子と言った。 賦の名人として知られ、武帝に仕え、その才能を高く評価された。また妻である卓氏との恋愛も有名である。


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司馬相如 《子虚賦 》(1)#00 文選 賦<109-#0-09分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩880 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2948

 

 

武帝の宮廷へ

中央では景帝が死に、武帝が皇帝の位についた。景帝と違って、武帝は文学を大変好んだ。
たまたま、武帝は「子虚の賦」を読んで感動し、「この賦の作者と同じ時代に生きられなかったのは残念だ」とまで言ったという。武帝は「子虚の賦」が、ずっと昔の人によって書かれたと思っていたのだ。司馬相如と同郷である側近の楊得意という者が、「子虚の賦」の作者が今生きている人間で、名を司馬相如というと武帝に教えた。
 

武帝は早速司馬相如を召した。そのとき、司馬相如は、「子虚の賦」が諸侯のことを書いた内容であり、天子(皇帝)にたてまつるのにはふさわしくないと言った。そして、司馬相如は天子にふさわしくなるように「子虚の賦」を改作して、「天子游獵賦(『文選』では「子虚賦」と「上林賦」に分割。「子虚・上林賦」と称されることが多い。)」として、武帝にたてまつった。武帝は大いに喜び、司馬相如を郞に復職させた。
ここでは
『文選』に遵い「子虚賦」を紹介し、ついで「上林賦」とすすめる。分からの分割は10分割(#1~#10)し、50~60文字前後を1回分としてブログを進めることする。 

 

幻日環01 

 











《子虛賦》漢・司馬相如

#1―(1)

楚使子虛使於齊,齊王悉發車騎,與使者出田。田罷,子虛過烏有先生,亡是公在焉。坐定,烏有先生問曰:「今日田樂乎?」子虛曰:「樂。」「獲多乎?」曰:「少。」「然則何樂?」曰:「僕樂王之欲夸僕以車騎之眾,而僕對以雲夢之事也。」曰:「可得聞乎?」

#2

子虛曰:「可。王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。列卒滿澤,罘罔彌山,掩莵轔鹿,射麋格麟。騖於鹽浦,割鮮染輪。射中獲多,矜而自功。顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?楚王之獵,孰與寡人?」僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也,幸得宿衛十有餘年,時從出遊,遊於後園,覽於有無,然猶未能遍睹也;又烏足以言其外澤者乎?」齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。」

#3

「僕對曰:「唯唯。臣聞楚有七澤,嘗見其一,未睹其餘也。臣之所見,蓋特其小小者耳,名曰雲夢。雲夢者,方九百里,其中有山焉。其山則盤紆岪鬱,隆崇律崒,岑崟參差,日月蔽虧,交錯糾紛,上干青雲;罷池陂陁,下屬江河。其土則丹青赭堊,雌黃白坿,錫碧金銀;眾色炫燿,照爛龍鱗。其石則赤玉玫瑰,琳琨珸,瑊玏玄厲,石武夫。

#4

其東則有蕙圃,衡蘭芷若,穹窮昌蒲,江離麋蕪,諸柘巴且。其南則有平原廣澤,登降阤靡,案衍壇曼,緣以大江,限以巫山。其高燥則生葴析苞荔,薛莎青薠。其卑則生藏莨蒹葭,東彫胡,蓮藕觚蘆,奄閭軒于。眾物居之,不可勝圖。其西則有湧泉清池,激水推移。外發夫容菱華,隱鉅石白沙。其中則有神龜蛟鼉,毒冒鼈黿。其北則有陰林巨樹,楩楠豫章,桂椒木蘭,檗離朱楊,樝梨栗,橘柚芬芳。其上則有宛雛孔鸞,騰遠射干。其下則有白虎玄豹,蜒貙豻。」

#5

「於是乃使專諸之倫,手格此獸。楚王乃駕馴駁之駟,乘彫玉之輿,靡魚須之橈旃,曳明月之珠旗,建干將之雄戟,左烏號之雕弓,右夏服之勁箭。陽子驂乘,孅阿為御,案節未舒,即陵狡獸。蛩蛩,轔距虛,軼野馬,(左車+右惠)騊駼,乘遺風,射游騏,儵倩浰,雷動焱至,星流電擊,弓不虛發,中必決眦,洞胸達腋,乎心繫,獲若雨獸,揜屮蔽地。於是楚王乃弭節徘徊,翔容與,覽乎陰林,觀壯士之暴怒,與猛獸之恐懼,徼(左谷+右凡)受詘,殫覩眾物之變態。」

#6

「於是鄭女曼,被阿錫,揄紵縞,雜纖羅,垂霧縠,襞積褰縐,鬱橈谿谷;衯衯裶裶,揚戌削,蜚襳垂。扶輿猗靡,翕呷萃蔡,下摩蘭蕙,上拂羽蓋,錯翡翠之威蕤,繆繞玉綏,眇眇忽忽,若神之髣髴。」

#7

「於是乃羣相與獠於蕙圃,媻珊勃窣,上金隄,揜翡翠,射鵕鸃,微矰出,孅繳施,弋白鵠,連駕鵞,雙鶬下,玄鶴加。怠而後游於清池,浮文,揚旌枻,張翠帷,建羽蓋,罔毒冒,釣紫貝,金鼓,吹鳴籟,榜人歌,聲流喝,水蟲駭,波鴻沸,湧泉起,奔揚會,礧石相擊,琅琅礚礚,若雷霆之聲,聞乎數百里之外。」

#8

「將息獠者,擊靈鼓,起烽燧,車案行,騎就隊,纚乎淫淫,班乎裔裔。於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,澹乎自持,勺藥之和具而後御之。不若大王終日馳騁,曾不下輿,割輪淬,自以為。臣竊觀之,齊殆不如。」於是王無以應僕也。」

#9

烏有先生曰:「是何言之過也!足下不遠千里,來況齊國,王悉境之士,備車騎之眾,與使者出田,乃欲戮力致獲,以左右也,何名為夸哉!問楚地之有無者,願聞大國之風烈,先生之餘論也。今足下不稱楚王之德厚,而盛推雲夢以為驕,奢言淫樂而顯侈靡,竊為足下不取也。必若所言,固非楚國之美也。有而言之,是章君之惡也,無而言之,是害足下之信也。章君惡,傷私義,二者無一可,而先生行之,必且輕於齊而累於楚矣。

10

且齊東陼鉅海,南有琅邪,觀乎成山,射乎之罘;浮勃澥,游孟諸。邪與肅慎為鄰,右以湯谷為界,秋田乎青丘,傍偟乎海外,吞若雲夢者八九,其於匈中曾不蔕芥。若乃俶儻瑰偉,異方殊類,珍怪鳥獸,萬端鱗崒,充仞其中者,不可勝記,禹不能名,契不能計。然在諸侯之位,不敢言游戲之樂,苑囿之大;先生又見客,是以王辭不復,何為無以應哉!」 

揚雄 《甘泉賦 》(26)#9-2 文選 賦<108-#25>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩879 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2943

揚雄 《甘泉賦 》(26) 眩ゆく光りかがやくなかで、眼前に幸福が降されてくるというものである。こうした天子のもとで、子々孫々まで、この幸いは絶えることがないであろう。

 

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

揚雄 《甘泉賦 》(26)9-2 文選 賦<108-#259分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩879 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2943

 

 

(25)#9-1

亂曰:崇崇圜丘,隆隱天兮。

乱の言葉である。円丘は気高くそびえ、その気は天をも蔽う。

登降峛崺,單垣兮。

斜めの道を登り降り、大きな円を描いて進む。

增宮差,駢嵯峨兮。

宮殿は高く重なり合い、高低さまざまに並んでいる。

嶙峋,洞無厓兮。

その内部は奇怪な石が重なり合ってあくまで奥深く、暗く、果てなく広がる。

上天之縡,杳旭卉兮。

天のはたらきというものは、人知を超えた神秘的なうごきで測り難いものである。

(25)#9-1

亂も曰く:崇崇【しゅうしゅう】たる圜丘【えんきゅう】,隆【さか】んにして天を隱【おお】う。

峛崺【りい】を登り降り,單【ぜん】として【けんえん】たり

增宮【そうきゅう】【しんし】として,駢【つら】なりて嵯峨【さが】たり

【れいえい】嶙峋【りんじゅん】として,洞【ほがら】かみして【かぎ】り

上天の縡【こと】,杳【はる】かにして旭卉【きょくき】たり

 (26)#9-2

聖皇穆穆,信厥對兮。

帝は威儀の隆盛な心で、大神の意にかなおうとされた。

徠祇郊禋,神所依兮,

謹んで天を郊外に祀り、霊祀を行われたところ、神霊は降りてまいられた。

俳佪招搖,靈𨒈兮。

神霊はその地を徘徊されいつまでも留まり、遊び憩われた。

煇光眩燿,隆厥福兮。

眩ゆく光りかがやくなかで、眼前に幸福が降されてくるというものである。

子子孫孫,長亡極兮。

こうした天子のもとで、子々孫々まで、この幸いは絶えることがないであろう。

 

 (26)#9-2

聖皇【せいこう】穆穆【ぼくぼく】として,信【まこと】に【そ】れ【かな】えり

郊禋【こういん】に【きた】り【つつし】みて,神の依る所なり,

俳佪 招搖して,靈【れいせい】𨒈【ち】す。

煇光【きこう】眩燿【げんよう】して,厥【そ】の福を隆【たか】す。

子子孫孫,長く極まり亡し。

 

『甘泉賦』 現代語訳と訳註

曙001

(本文) (26)#9-2

聖皇穆穆,信厥對兮。

徠祇郊禋,神所依兮,

俳佪招搖,靈𨒈兮。

煇光眩燿,隆厥福兮。

子子孫孫,長亡極兮。

 

 

(下し文) (26)#9-2

聖皇【せいこう】穆穆【ぼくぼく】として,信【まこと】に【そ】れ【かな】えり

郊禋【こういん】に【きた】り【つつし】みて,神の依る所なり,

俳佪 招搖して,靈【れいせい】𨒈【ち】す。

煇光【きこう】眩燿【げんよう】して,厥【そ】の福を隆【たか】す。

子子孫孫,長く極まり亡し。

 

 

(現代語訳)

帝は威儀の隆盛な心で、大神の意にかなおうとされた。

謹んで天を郊外に祀り、霊祀を行われたところ、神霊は降りてまいられた。

神霊はその地を徘徊されいつまでも留まり、遊び憩われた。

眩ゆく光りかがやくなかで、眼前に幸福が降されてくるというものである。

こうした天子のもとで、子々孫々まで、この幸いは絶えることがないであろう。

 

 

(訳注)(26)#9-2

聖皇穆穆,信厥對兮。

帝は威儀の隆盛な心で、大神の意にかなおうとされた。

・穆穆 美好。①天子のなごやかなお顔、②威儀の隆盛なさまをいう。

 

徠祇郊禋,神所依兮,

謹んで天を郊外に祀り、霊祀を行われたところ、神霊は降りてまいられた。

 

俳佪招搖,靈𨒈兮。

神霊はその地を徘徊されいつまでも留まり、遊び憩われた。

 

煇光眩燿,隆厥福兮。

眩ゆく光りかがやくなかで、眼前に幸福が降されてくるというものである。

 

子子孫孫,長亡極兮。

こうした天子のもとで、子々孫々まで、この幸いは絶えることがないであろう。

 

 

・揚 (よう ゆう、紀元前53年(宣帝の甘露元年) - 18年(王莽の天鳳五年))は、中国前漢時代末期の文人、学者。現在の四川省に当たる蜀郡成都の人。字は子雲。また楊雄とも表記する。蜀の地に在った若いころは、郷土の先輩司馬相如の影響から辞賦作りに没頭していたが、30歳を過ぎたとき上京する。前漢最末期の都長安で、何とか伝手を頼って官途にありつくと、同僚に王莽、劉歆らの顔があった。郷里では博覧強記を誇った揚雄も、京洛の地で自らの夜郎自大ぶりを悟り、成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成果を踏まえ「甘泉賦」「長揚賦」「羽猟賦」などを次々とものし、辞賦作家としての名声をほしいままにした。

幻日環01 

揚雄 《甘泉賦 》(25)#9-1 文選 賦<108-#24>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩878 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2938

揚雄 《甘泉賦 》(25) その内部は奇怪な石が重なり合ってあくまで奥深く、暗く、果てなく広がる。天のはたらきというものは、人知を超えた神秘的なうごきで測り難いものである。

 

2013年9月5日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 


揚雄 《甘泉賦
》(25)9-1 文選 賦<108-#249分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩878 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2938

 

 

(25)#9-1

亂曰:崇崇圜丘,隆隱天兮。

乱の言葉である。円丘は気高くそびえ、その気は天をも蔽う。

登降峛崺,單垣兮。

斜めの道を登り降り、大きな円を描いて進む。

增宮差,駢嵯峨兮。

宮殿は高く重なり合い、高低さまざまに並んでいる。

嶙峋,洞無厓兮。

その内部は奇怪な石が重なり合ってあくまで奥深く、暗く、果てなく広がる。

上天之縡,杳旭卉兮。

天のはたらきというものは、人知を超えた神秘的なうごきで測り難いものである。

 (26)#9-2

聖皇穆穆,信厥對兮。

徠祇郊禋,神所依兮,

俳佪招搖,靈𨒈兮。

煇光眩燿,隆厥福兮。

子子孫孫,長亡極兮。

 

(25)#9-1

亂も曰く:崇崇【しゅうしゅう】たる圜丘【えんきゅう】,隆【さか】んにして天を隱【おお】う。

峛崺【りい】を登り降り,單【ぜん】として【けんえん】たり

增宮【そうきゅう】【しんし】として,駢【つら】なりて嵯峨【さが】たり

【れいえい】嶙峋【りんじゅん】として,洞【ほがら】かみして【かぎ】り

上天の縡【こと】,杳【はる】かにして旭卉【きょくき】たり

(26)#9-2

聖皇【せいこう】穆穆【ぼくぼく】として,信【まこと】に【そ】れ【かな】えり

郊禋【こういん】に【きた】り【つつし】みて,神の依る所なり,

俳佪 招搖して,靈【れいせい】𨒈【ち】す。

煇光【きこう】眩燿【げんよう】して,厥【そ】の福を隆【たか】す。

子子孫孫,長く極まり亡し。

 
sunrise001 

 





『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (25)#9-1

亂曰:崇崇圜丘,隆隱天兮。

登降峛崺,單垣兮。

增宮差,駢嵯峨兮。

嶙峋,洞無厓兮。

上天之縡,杳旭卉兮。

 

 

(下し文)(25)#9-1

亂も曰く:崇崇【しゅうしゅう】たる圜丘【えんきゅう】,隆【さか】んにして天を隱【おお】う。

峛崺【りい】を登り降り,單【ぜん】として【けんえん】たり

增宮【そうきゅう】【しんし】として,駢【つら】なりて嵯峨【さが】たり

【れいえい】嶙峋【りんじゅん】として,洞【ほがら】かみして【かぎ】り

上天の縡【こと】,杳【はる】かにして旭卉【きょくき】たり

 

 

(現代語訳)

乱の言葉である。円丘は気高くそびえ、その気は天をも蔽う。

斜めの道を登り降り、大きな円を描いて進む。

宮殿は高く重なり合い、高低さまざまに並んでいる。

その内部は奇怪な石が重なり合ってあくまで奥深く、暗く、果てなく広がる。

天のはたらきというものは、人知を超えた神秘的なうごきで測り難いものである。

 

 

(訳注)(25)#9-1

亂曰:崇崇圜丘,隆隱天兮。

乱の言葉である。円丘は気高くそびえ、その気は天をも蔽う。

崇崇 崇高なさま。気高いさま

 

登降峛崺,單垣兮。

斜めの道を登り降り、大きな円を描いて進む。

峛崺 急斜面の道。斜めの道。

 大きな円を描く。

 

增宮差,駢嵯峨兮。

宮殿は高く重なり合い、高低さまざまに並んでいる。

 高く重なり合い。

・嵯峨 高低さまざまなさま。

 

嶙峋,洞無厓兮。

その内部は奇怪な石が重なり合ってあくまで奥深く、暗く、果てなく広がる。

・岭 山深邃貌。あくまで奥深いこと。

嶙峋 山の岩石が)ごつごつと重なっている.無数の岩が美しさを競い,奇怪な石が重なり合っている.

 

上天之縡,杳旭卉兮。

天のはたらきというものは、人知を超えた神秘的なうごきで測り難いものである。

・縡 争い、干渉。はたらき。

・旭卉 人知を超えた神秘的なうごきをする。

 

 

・揚 (よう ゆう、紀元前53年(宣帝の甘露元年) - 18年(王莽の天鳳五年))は、中国前漢時代末期の文人、学者。現在の四川省に当たる蜀郡成都の人。字は子雲。また楊雄とも表記する。蜀の地に在った若いころは、郷土の先輩司馬相如の影響から辞賦作りに没頭していたが、30歳を過ぎたとき上京する。前漢最末期の都長安で、何とか伝手を頼って官途にありつくと、同僚に王莽、劉歆らの顔があった。郷里では博覧強記を誇った揚雄も、京洛の地で自らの夜郎自大ぶりを悟り、成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成果を踏まえ「甘泉賦」「長揚賦」「羽猟賦」などを次々とものし、辞賦作家としての名声をほしいままにした。Nature1-011

揚雄 《甘泉賦 》(24)#8 文選 賦<108-#23>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩877 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2933

揚雄 《甘泉賦 》(24)三巒を通り過ぎ、棠黎館に休息された。こうした祭祀の祭りの結果、天の門は開き、地の境界は無くなり、辺境まで平和となり、万国が太平を謳歌したのである。


2013年9月4日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

揚雄 《甘泉賦 》(24)8 文選 賦<108-#239分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩877 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2933

 

 

(24)#8

於是事畢功弘,回車而歸。

こうして祭祀終わり、成果があがったところで、天子は、車をめぐらしてお帰りになった。

度三巒兮偈棠黎。

三巒を通り過ぎ、棠黎館に休息された。

天閫決兮地垠開,八荒協兮萬國諧。

こうした祭祀の祭りの結果、天の門は開き、地の境界は無くなり、辺境まで平和となり、万国が太平を謳歌したのである。

登長平兮雷鼓磕,天聲起兮勇士厲。

行列は長平の坂を登っていく、それに雷鼓をとどろかせていて、天にも響くその音に、勇士たちは奮いたった。

雲飛揚兮雨滂沛,于胥德兮麗萬世。

雲が湧きおこって飛び、雨が沛然として降りそそいだ。かくて万民あまねく徳がゆきわたり、万世までも輝くこととなった。

 

(24)#8

是に於いて事畢【お】わり功弘【ひろ】まり,車を回【めぐ】らして歸える。

三巒を度りて棠黎【とうり】に偈【いこ】う。

天閫【てんこん】決【ひら】けて地垠【ちぎん】開け,八荒【はっこう】協【かな】いて萬國諧【やわら】。ぐ

長平の登りて雷鼓【らいこ】磕【とどろ】き,天聲【てんせい】起こりて勇士厲【はげ】む。

雲飛【うんぴ】揚して 雨 滂沛【ほうはい】たり,于【ここ】に胥【みな】德あり萬世に麗【うるわ】し。

 華山000











 

『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (24)#8

於是事畢功弘,回車而歸。

度三巒兮偈棠黎。

天閫決兮地垠開,八荒協兮萬國諧。

登長平兮雷鼓磕,天聲起兮勇士厲。

雲飛揚兮雨滂沛,于胥德兮麗萬世。

 

 

(下し文) (24)#8

是に於いて事畢【お】わり功弘【ひろ】まり,車を回【めぐ】らして歸える。

三巒を度りて棠黎【とうり】に偈【いこ】う。

天閫【てんこう】決【ひら】けて地垠【ちぎん】開け,八荒【はっこう】協【かな】いて萬國諧【やわら】。ぐ

長平の登りて雷鼓【らいこ】磕【とどろ】き,天聲【てんせい】起こりて勇士厲【はげ】む。

雲飛【うんぴ】揚して 雨 滂沛【ほうはい】たり,于【ここ】に胥【みな】德あり萬世に麗【うるわ】し。

 

 

(現代語訳)

こうして祭祀終わり、成果があがったところで、天子は、車をめぐらしてお帰りになった。

三巒を通り過ぎ、棠黎館に休息された。

こうした祭祀の祭りの結果、天の門は開き、地の境界は無くなり、辺境まで平和となり、万国が太平を謳歌したのである。

行列は長平の坂を登っていく、それに雷鼓をとどろかせていて、天にも響くその音に、勇士たちは奮いたった。

雲が湧きおこって飛び、雨が沛然として降りそそいだ。かくて万民あまねく徳がゆきわたり、万世までも輝くこととなった。

 

 

(訳注) (24)#8

於是事畢功弘,回車而歸。

こうして祭祀終わり、成果があがったところで、天子は、車をめぐらしてお帰りになった。

 

度三巒兮偈棠黎。

三巒を通り過ぎ、棠黎館に休息された。

・三巒 遠巒(遠くに連なって見える山々。)翆巒(みどりの山。みどり色の連山。)峰巒(山の峰。また、山。)重巒(重なりあって連なる山。重嶺。)

・棠黎 棠黎館。

 

天閫決兮地垠開,八荒協兮萬國諧。

こうした祭祀の祭りの結果、天の門は開き、地の境界は無くなり、辺境まで平和となり、万国が太平を謳歌したのである。

・天閫 天への門。

・八荒 国の八方の果て。国の隅々。八極。

 

登長平兮雷鼓磕,天聲起兮勇士厲。

行列は長平の坂を登っていく、それに雷鼓をとどろかせていて、天にも響くその音に、勇士たちは奮いたった。

 

雲飛揚兮雨滂沛,于胥德兮麗萬世。

yamanoki02

雲が湧きおこって飛び、雨が沛然として降りそそいだ。かくて万民あまねく徳がゆきわたり、万世までも輝くこととなった。


・滂沛
 ①雨が盛んに降るさま。②水のひろびろとしてゆたかなさま。③意気の盛んなさま。④恩沢のあまねく行き渡っていく

揚雄 《甘泉賦 》(23)#7-2 文選 賦<108-#22>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩876 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2928

揚雄 《甘泉賦 》(23) 角のようにそり返った黒玉のひしゃくに、祭祀において神を降ろすのに用いられた香酒が用意された。香酒がなみなみと汲まれ神に捧げられた。その良い香りは、周囲にあふれ、広がった。

 

2013年9月3日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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揚雄 《甘泉賦 》(23)#7-2 文選 賦<108-#22>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩876 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2928
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

揚雄 《甘泉賦 》(23)7-2 文選 賦<108-#229分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩876 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2928

 

 

曙001(22)#7-1

於是欽柴宗祈,燎熏皇天,招繇泰壹。

そこで、天子は、慎んで柴を燃やし、尊崇の念で天に祈られた。

璧や犠牲を焼いた香りを天に届かせるのである。

ことさら泰一神に近づけるため、そのかがり火は、棒の先につけて高く掲げられた。

舉洪頤,樹靈旗,樵蒸焜上,配藜四施。

洪頤の旗をあげ、霊旗が立てられた中、柴の炎は固まって上り、四方へちらばっていつた。

東燭滄海,西燿流沙,

その光は、東は仙界につづく蒼海の海原を照らし、西は砂漠を照らす。

幽都,南煬丹厓。

北は幽都を照らし、南のはての丹水に続く崖を照らした。

(22)#7-1

是に於いて欽【つつし】み柴やき宗【たっと】び祈り,皇天に燎熏【りょうきん】し,泰壹【たいいつ】に招繇【しょうりゅう】す。

洪頤【こい】を舉げ,靈旗を樹つ,樵蒸【しょうじょう】焜【むらが】り上り,配藜【はいり】として四【よも】に施す。

東のかた滄海を燭【て】らし,西のかた流沙を燿【て】らす,

北のかた幽都を【て】らし,南のかた丹厓を煬【て】らす

 

(23)#7-2

玄瓚觩秬鬯泔淡,

角のようにそり返った黒玉のひしゃくに、祭祀において神を降ろすのに用いられた香酒が用意された。

肸嚮豐融,懿懿芬芬。

香酒がなみなみと汲まれ神に捧げられた。その良い香りは、周囲にあふれ、広がった。

炎感黃龍兮,熛訛碩麟。

燃えさかる炎は、黄竜や大いなる麒麟をも感動させ、招き寄せるほどであった。

選巫咸兮叫帝閽,開天庭兮延羣神。

優れた巫女を選んで、天の門番に呼びかけさせ、天の宮廷の門を開かせ、群神を招きよせた。

儐暗藹兮降清壇,瑞穰穰兮委如山。

神々の一行は、ひしめいて祭壇に降られ、瑞祥が満ち溢れて、山のように積もったのである。

 

(23)#7-2

玄瓚【げんさん】【きゅうりゅう】として秬鬯【きょよう】泔淡【かんたん】たり,

肸嚮【きつよう】豐融【ほうゆう】として,懿懿【いい】芬芬【ふんふん】たり。

炎は黃龍を感ぜしめ,熛【とぶひ】は碩麟【せきりん】を訛【うご】かす。

巫咸【ふかん】を選びて帝閽【ていこん】叫ばしめ,天庭を開きて羣神を延【まね】く。

儐暗【ひんあん】藹【あい】として清壇【せいだん】に降り,瑞【ずい】穰穰【じょうじょう】として委【つも】ること山の如し。

 

 

『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (23)#7-2

玄瓚觩秬鬯泔淡,

肸嚮豐融,懿懿芬芬。

炎感黃龍兮,熛訛碩麟。

選巫咸兮叫帝閽,開天庭兮延羣神。

儐暗藹兮降清壇,瑞穰穰兮委如山。

 

 

(下し文)

玄瓚【げんさん】觩【きゅうりゅう】として,秬鬯【きょよう】泔淡【かんたん】たり,

肸嚮【きつよう】豐融【ほうゆう】として,懿懿【いい】芬芬【ふんふん】たり。

炎は黃龍を感ぜしめ,熛【とぶひ】は碩麟【せきりん】を訛【うご】かす。

巫咸【ふかん】を選びて帝閽【ていこん】叫ばしめ,天庭を開きて羣神を延【まね】く。

儐暗【ひんあん】藹【あい】として清壇【せいだん】に降り,瑞【ずい】穰穰【じょうじょう】として委【つも】ること山の如し。

komichi03 

 

(現代語訳)

角のようにそり返った黒玉のひしゃくに、祭祀において神を降ろすのに用いられた香酒が用意された。

香酒がなみなみと汲まれ神に捧げられた。その良い香りは、周囲にあふれ、広がった。

燃えさかる炎は、黄竜や大いなる麒麟をも感動させ、招き寄せるほどであった。

優れた巫女を選んで、天の門番に呼びかけさせ、天の宮廷の門を開かせ、群神を招きよせた。

神々の一行は、ひしめいて祭壇に降られ、瑞祥が満ち溢れて、山のように積もったのである。

 

 

(訳注) (23)#7-2

玄瓚觩秬鬯泔淡,

角のようにそり返った黒玉のひしゃくに、祭祀において神を降ろすのに用いられた香酒が用意された。

玄瓚 古代の黒玉の匙(さじ)

 角のようにそり返える。

・秬鬯 鬯」字は酒の一種で、秬(黒黍)で醸造した酒に香草の鬱金を混ぜた香酒を指す。古代中国の祭祀において神を降ろすのに用いられた。この酒を「秬鬯」「鬱鬯」「鬱鬯酒」などともいう。

 

肸嚮豐融,懿懿芬芬。

香酒がなみなみと汲まれ神に捧げられた。その良い香りは、周囲にあふれ、広がった。

・肸 嚮 1 ある方向に向かう。「嚮導」2 以前。さきに。「嚮日」〈コウ〉向かう。「意嚮」

・懿懿 充実してりっぱである。 ・りっぱな行い。美徳。 だそうです。

・芬芬 周囲にあふれ、広がった。

 

炎感黃龍兮,熛訛碩麟。

燃えさかる炎は、黄竜や大いなる麒麟をも感動させ、招き寄せるほどであった。

・熛訛 火が燃え上がる。本来の話や考えなどの内容がいつのまにか変わる。

 

選巫咸兮叫帝閽,開天庭兮延羣神。

優れた巫女を選んで、天の門番に呼びかけさせ、天の宮廷の門を開かせ、群神を招きよせた。

・閽 門守の神・閽神とは. 門守の神・閽神 【かどもりのかみ】.

 

儐暗藹兮降清壇,瑞穰穰兮委如山。

神々の一行は、ひしめいて祭壇に降られ、瑞祥が満ち溢れて、山のように積もったのである。

・儐 すすめる、 うやまう、 あいさつ

・藹 草木がこんもりと茂っているさま。DCF00118

揚雄 《甘泉賦 》(22)#7-1 文選 賦<108-#21>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩875 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2923

揚雄 《甘泉賦 》(22) そこで、天子は、慎んで柴を燃やし、尊崇の念で天に祈られた。璧や犠牲を焼いた香りを天に届かせるのである。ことさら泰一神に近づけるため、そのかがり火は、棒の先につけて高く掲げられた。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
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揚雄 《甘泉賦 》(22)7-1 文選 賦<108-#219分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩875 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2923

 

 

(22)#7-1

於是欽柴宗祈,燎熏皇天,招繇泰壹。

そこで、天子は、慎んで柴を燃やし、尊崇の念で天に祈られた。

璧や犠牲を焼いた香りを天に届かせるのである。

ことさら泰一神に近づけるため、そのかがり火は、棒の先につけて高く掲げられた。

舉洪頤,樹靈旗,樵蒸焜上,配藜四施。

洪頤の旗をあげ、霊旗が立てられた中、柴の炎は固まって上り、四方へちらばっていつた。

東燭滄海,西燿流沙,

その光は、東は仙界につづく蒼海の海原を照らし、西は砂漠を照らす。

幽都,南煬丹厓。

北は幽都を照らし、南のはての丹水に続く崖を照らした。

 

(23)#7-2

玄瓚觩秬鬯泔淡,

肸嚮豐融,懿懿芬芬。

炎感黃龍兮,熛訛碩麟。

選巫咸兮叫帝閽,開天庭兮延羣神。

儐暗藹兮降清壇,瑞穰穰兮委如山。

 

(22)#7-1

是に於いて欽【つつし】み柴やき宗【たっと】び祈り,皇天に燎熏【りょうきん】し,泰壹【たいいつ】に招繇【しょうりゅう】す。

洪頤【こい】を舉げ,靈旗を樹つ,樵蒸【しょうじょう】焜【むらが】り上り,配藜【はいり】として四【よも】に施す。

東のかた滄海を燭【て】らし,西のかた流沙を燿【て】らす,

北のかた幽都を【て】らし,南のかた丹厓を煬【て】らす

 

(23)#7-2

玄瓚【げんさん】【きゅうりゅう】として秬鬯【きょよう】泔淡【かんたん】たり,

肸嚮【きつよう】豐融【ほうゆう】として,懿懿【いい】芬芬【ふんふん】たり。

炎は黃龍を感ぜしめ,熛【とぶひ】は碩麟【せきりん】を訛【うご】かす。

巫咸【ふかん】を選びて帝閽【ていこん】叫ばしめ,天庭を開きて羣神を延【まね】く。

儐暗【ひんあん】藹【あい】として清壇【せいだん】に降り,瑞【ずい】穰穰【じょうじょう】として委【つも】ること山の如し。

五行関係図 

 

『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (22)#7-1

於是欽柴宗祈,燎熏皇天,招繇泰壹。

舉洪頤,樹靈旗,樵蒸焜上,配藜四施。

東燭滄海,西燿流沙,

幽都,南煬丹厓。

 

 

(下し文)

是に於いて欽【つつし】み柴やき宗【たっと】び祈り,皇天に燎熏【りょうきん】し,泰壹【たいいつ】に招繇【しょうりゅう】す。

洪頤【こい】を舉げ,靈旗を樹つ,樵蒸【しょうじょう】焜【むらが】り上り,配藜【はいり】として四【よも】に施す。

東のかた滄海を燭【て】らし,西のかた流沙を燿【て】らす,

北のかた幽都を【て】らし,南のかた丹厓を煬【て】らす。

 

 

(現代語訳)

そこで、天子は、慎んで柴を燃やし、尊崇の念で天に祈られた。

璧や犠牲を焼いた香りを天に届かせるのである。

ことさら泰一神に近づけるため、そのかがり火は、棒の先につけて高く掲げられた。

洪頤の旗をあげ、霊旗が立てられた中、柴の炎は固まって上り、四方へちらばっていつた。

その光は、東は仙界につづく蒼海の海原を照らし、西は砂漠を照らす。

北は幽都を照らし、南のはての丹水に続く崖を照らした。

 

 

(訳注) (22)#7-1

於是欽柴宗祈,

そこで、天子は、慎んで柴を燃やし、尊崇の念で天に祈られた。

 

燎熏皇天,

璧や犠牲を焼いた香りを天に届かせるのである。

 

招繇泰壹。

ことさら泰一神に近づけるため、そのかがり火は、棒の先につけて高く掲げられた。

・泰壹 神名である。古くは「太一」「泰一」と記されている。史記封禅書によると、泰一・天一・地一は、古代における最高の三神である。漢の武帝は長安の郊外に泰一壇を造って三神を祭ったという。天一は陽神、地一は陰神であり、泰一は陰陽二神が分かれてくる根源の神であるから、三神の中でも最も尊い。易経に「易に太極あり、これ両儀を生ず」という有名な言葉があるが、泰一は太極の人格的表現であり、天一と地一は両儀(陰陽)の人格的表現と解される。道教の伝統では、この「泰一」を「太乙神」とか「皇上帝」などとよぶ。道教の基本理念である「道」(Tao)は、太乙神の哲学的表現ということができる。

 

舉洪頤,樹靈旗,樵蒸焜上,配藜四施。

洪頤の旗をあげ、霊旗が立てられた中、柴の炎は固まつて上り、四方へちらばっていつた。

 

東燭滄海,西燿流沙,

その光は、東は仙界につづく蒼海の海原を照らし、西は砂漠を照らす。

★東は東海三山、西は天竺が基本になったもの。五行思想が基本。

 

幽都,南煬丹厓。

北は幽都を照らし、南のはての丹水に続く崖を照らした。

★五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説である。

五行配当表

土用

中央

西

午後

肝臓

心臓

脾臓

肺臓

腎臓

(きのえ) 
(きのと)

(ひのえ) 
(ひのと)

(つちのえ) 
(つちのと)

(かのえ) 
(かのと)

(みずのえ) 
(みずのと)

 

揚雄 《甘泉賦 》(21)#6-5 文選 賦<108-#20>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩874 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2918

揚雄 《甘泉賦 (21) 一方、女色の戒めを悟られ、王女と虙妃をしりぞけられ、もはや、妻も、その清らかな瞳を向けることができず、虙妃も、その美しい眉で心をひくことができなくなってしまった。

 

2013年9月1日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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揚雄 《甘泉賦 》(21)#6-5 文選 賦<108-#20>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩874 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2918
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 明帝《種瓜篇》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2921 (09/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

揚雄 《甘泉賦 (21)6-5 文選 賦<108-#209分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩874 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2918

 

 

(17)#6-1

於是事變物化,目駭耳回,蓋天子穆然,珍臺閒館,

 しかし、大体には天子は、この美しくて閑静な楼閣の中で、たるきの端に美玉が輝き、曲がりくねった彫刻が施されたその中に、静かに座られているのであろう。

琁題玉英,蜎蠖濩之中。

しかし、大体には天子は、この美しくて閑静な楼閣の中で、たるきの端に美玉が輝き、曲がりくねった彫刻が施されたその中に、他日を期待して静かに座られているのであろう。

惟夫所以澄心清魂,儲精垂思,感動天地,逆釐三神者。

これこそ、心を澄ませ、魂を清め、精神を集中し、思索をめぐらし、大地を感動させ、そして大・地・人の神々より幸福を授けられるためのやり方なのである。

 

 

(18)#6-2

迺搜逑索偶,皋伊之徒冠倫魁能,

そこで大半は、己の輔佐となる仲間、たとえば、皐陶・伊尹のように、卓絶した能力のあるものを探し求められる。

函甘棠之惠,挾東征之意,

かの召公が人民に恩恵を施し・周公が東征をして砦安害せた、そうした人物を得ようと願われる。

相與齊乎陽靈之宮。

そして、選び出された者たちとともに、天神の宮殿で斎戒を行われる。

靡薜荔而為席兮,折瓊枝以為芳。

天子は、薜荔を敷いて席とし、玉の枝を折って、香として身につけ、空に流れる霞を吸い、若木の輝く露を飲まれる。

噏清雲之流瑕兮,飲若木之露英。

それから、天神を祭る庭に集まり、神をたたえる堂に登られる。

 

(19)#6-3

集虖禮神之囿,登虖頌祇之堂。

それから、天神を祭る庭に集まり、神をたたえる堂に登られる。

建光燿之長兮,昭華覆之威威。

天子の車は、光り輝く長いを立てて、華もようの車蓋はまことに壮観である。

攀琁璣而下視兮,行遊目虖三危。

こうして天子は、北斗七星によじ登って下を見おろし、三危山に目をやられる。

陳衆車於東阬兮,肆玉釱而下馳。

供の者とともに多くの車を東の岡に並べ、玉のくさびをつけた車輪で、勢いよく馳けおりて行かれる。

 

(20)#6-4

漂龍淵而還九垠兮,窺地底而上回。

龍淵に潜むところから浮かんで、それから九霊地の黄泉國を巡り見て、地上へ戻られた。

風傱傱而扶轄兮,鸞鳳紛其御蕤。

風は強く吹き寄せて車輪を支え、鸞や鳳凰がいり乱れて、車のひもをくわえて助けて飛ぶ。

梁弱水之濎濙兮,躡不周之逶蛇。

こうして、弱水を、浅い川を渡るようにのり越え、不周山をも、ゆるやかな丘同然にふみ越える。

想西王母欣然而上壽兮,屏玉女而卻虙妃。

聖母に思いをはせて、心に喜び、長寿を祝う哀をたてまつられた。


 

(21)#6-5

玉女亡所眺其清矑兮,虙妃曾不得施其蛾眉。

一方、女色の戒めを悟られ、王女と虙妃をしりぞけられ、もはや、妻も、その清らかな瞳を向けることができず、虙妃も、その美しい眉で心をひくことができなくなってしまった。

方擥道德之精剛兮,眸神明與之為資。

天子は、まさしく、道徳の精微剛強な力を持たれ、神々と同様、これをもって政治の指針と定められたのである。

 

 

(21)#6-5

玉女も其の清矑【せいろ】を眺る所亡く,虙妃【ふくひ】も曾【すなわ】ち其の蛾眉【がび】を施すことを得ず。

方【まさ】に道德の精剛【せいごう】を擥【と】り,神明に眸【ひと】しくして之を資【はかりごと】を為す。

 美女004

 

『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (21)#6-5

玉女亡所眺其清矑兮,虙妃曾不得施其蛾眉。

方擥道德之精剛兮,眸神明與之為資。

 

 

 

(下し文)(21)#6-5

玉女も其の清矑【せいろ】を眺る所亡く,虙妃【ふくひ】も曾【すなわ】ち其の蛾眉【がび】を施すことを得ず。

方【まさ】に道德の精剛【せいごう】を擥【と】り,神明に眸【ひと】しくして之を資【はかりごと】を為す。

 

 

(現代語訳)

一方、女色の戒めを悟られ、王女と虙妃をしりぞけられ、もはや、妻も、その清らかな瞳を向けることができず、虙妃も、その美しい眉で心をひくことができなくなってしまった。

天子は、まさしく、道徳の精微剛強な力を持たれ、神々と同様、これをもって政治の指針と定められたのである。

 

 

(訳注) (21)#6-5

玉女亡所眺其清矑兮,虙妃曾不得施其蛾眉。

一方、女色の戒めを悟られ、王女と虙妃をしりぞけられ、もはや、妻も、その清らかな瞳を向けることができず、虙妃も、その美しい眉で心をひくことができなくなってしまった。

虙妃 水と川を司る洛水の女神。黄河の神・河伯の妻。

 

方擥道德之精剛兮,眸神明與之為資。

天子は、まさしく、道徳の精微剛強な力を持たれ、神々と同様、これをもって政治の指針と定められたのである。

・精剛 精微剛強な力。
・資 政治指針。

Nature1-011

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