漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2013年11月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

班孟堅(班固)《西都賦》(10)#4-1 文選 賦<112―10>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩964 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3368

班固《西都賦》(10)(王室の七陵)-1 さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。


2013年11月30日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《西都賦》(10)4-1 文選 賦<1121018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩964 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3368

 

 

(10)4-1

(王室の七陵)-1 

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

則南望杜,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

三選七遷,充奉陵邑。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)4-1

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

則南望杜,北眺五陵。

名都對郭,邑居相承。

英俊之域,紱冕所興。

 

(下し文)

若し乃ち其の四郊を観、近縣に浮遊すれば、

則ち南に杜㶚【とは】を望み、北に五陵をむ。

名都、郭に封し、邑居 相い承【う】く。

英俊の域、紱冕【ふつべん】の興る所。

 

(現代語訳)

(王室の七陵)-1 

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(訳注) (10)4(王室の七陵)-1

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

〇四郊 城外の地。国城を去る五十里までを近郊、百里を遠郊という。

〇観 つらつらみる。

〇浮遊 周流して遊ぶ。

〇近県 国都に隣接する県。

 

則南望杜㶚,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

〇杜㶚 渭水の南方長安のやや東よりの杜陵(漢の第八代宜帝の陵)と㶚陵(第四代文帝の陵)。

〇眺 だんだんに順を追って見わたすこと。

〇五陵 長陵(第一代高帝)・安陵(第二代恵帝)・陽陵(第五代景帝)・茂陵(第六代武帝)・平陵(第七代昭帝)をいう。いずれも渭水の北にあり、まず五陵のうち、長陵から始まり、その東よりの安陵、すぐその西の陽陵、そして長陵の西方のはしにある茂陵、そこから東よりの平陵という順序で述べる。地図参照。李白少年行』「五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。五陵の若者は 金市の東、繁華街、銀の鞍の白馬にまたがって春風の中を颯爽と行く。一面に舞い散る花を踏み散らし  どこへ遊びに出かけるのかにぎやかに笑いながら、碧眼の胡姫の酒場へ行こうというのか

李白 17少年行

長安付近図00 

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

○名都 名高い都。王城の都でなく、漢代陵を守るためにおかれたまち。高位高官、富豪などの高級住宅がある。

〇邑居 むらぎとの住居。邑は都より小さい行政区画の名称。

 

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

〇英俊 人材。英は智万人に過ぎたるもの、俊は千人に過ぎたるものをいう。

〇紱冕 紱は綬、官職をあらわす印、または凧玉をおびる組みひも。長さ一丈二尺、広さ三尺(渾官儀)。冕は冠。大夫以上の冠で、朝儀・祭礼などにつける正装。形は広さ八守、長さ一尺六寸の前門後方、前下後高の木製、玉すだれの飾りがある冠。
函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固)《西都賦》(9)#3-3 文選 賦<112―9>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩963 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3363

(班固)《西都賦》(9) 長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

金城の萬雉【ばんち】なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛【がいく】洞達【どうたつ】し、閻【りょえん】且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること疆【かぎり】無し。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

曲豪舉,游俠之雄。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

節慕原嘗,名亞春陵。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

連交合眾,騁騖乎其中。

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

長安付近図00 

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

(下し文)

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

 

(現代語訳)

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

 

(訳注) 3-3

都人士女,殊異乎五方。

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

列韓 町なみをなす店。品物の種類によって店は類別された。

 

士擬於公侯,列肆侈於姜。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

姫姜 周は姫姓、斉は妻姓の国。いずれも大国で、そこから大国の貴婦人の意味に用いる。

 

曲豪舉,游俠之雄。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

郷曲 行政区画の一つ。その一隅を曲という。ここは長安の田舎の村里。

豪挙 勢力ある侠気の男。在所の顔役。

 

節慕原嘗,名亞春陵。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

原嘗・春陵 戦国四君、趙の平原君、斉の孟嘗君、楚の春申君、魏の信陵君、をいい、その名声によって君主よりも勢力をもつといわれた宰相で、戦国末期に国際政治及び外交に力を発揮した。彼らの特徴は自らの能力というよりは、その出身と器量によって多くの食客を養い、その食客をよく使ったということで、任侠、人柄であり、人間的魅力に富んだ人ということである。

 

連交合眾,騁騖乎其中。

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

騁騖 まっすぐ馳せることと、縦横にはせること。はせまわる。
pla024 

班孟堅(班固)《西都賦》(8)#3-2 文選 賦<112―8>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358

班固《西都賦》(8) それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

 

2013年11月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(8)#3-2 文選 賦<112―8>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 》 蜀中転々 杜甫 <610>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 87蘇武 《詩四首 其四》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3361 (11/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固)《西都賦》(8)3-2 文選 賦<112818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358

 

 

(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

金城の萬雉【ばんち】なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛【がいく】洞達【どうたつ】し、閻【りょえん】且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること疆【かぎり】無し。

 

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

唐長安城図

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7)3(市場の繁栄)3-2

人不得顧,車不得旋。

闐城溢郭,旁流百廛。

紅塵四合,煙雲相連。

於是既庶且富,樂無疆。

 

(下し文) 3-2

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること担無し。

 

 

(現代語訳)

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

 

 

(訳注) 3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

 

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

闐城 さかんに人波が城内をうずめる。

百廛 多くの店舗。

 

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

煙雲 地上のかすみから天の雲間でつながっている。

 

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。
長安 五原八水00 長安付近図00

班孟堅(班固)《西都賦》(7)#3-1 文選 賦<112―7>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩961 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3353

班固《西都賦》(7)(市場の繁栄)城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。


2013年11月27日  の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《西都賦》(7)3-1 文選 賦<112718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩961 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3353

(市場の繁栄)

 

 

(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

闐城溢郭,旁流百廛。

紅塵四合,煙雲相連。

於是既庶且富,樂無疆。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

金城の萬雉なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛洞達し、閻且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城にち郭にれて、百廛に流る。

紅塵四に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること担無し。

 

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

披三條之廣路,立十二之通門。

則街衢洞達,閭閻且千。

九市開場,貨別隧分。

 

(下し文) (7)3-1

金城の萬雉なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛洞達し、閻且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

(現代語訳)

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

唐長安城図 

 

(訳注) (7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

金城 堅固な城。張良が劉敬(婁敬のこと。高祖より劉姓を賜う)の長安説を支持し、「金城千里、天府の国なり」(『史記』)という。

雉 長さ三丈、高さ一丈の城壁をいう。万雉は大きな城壁の形容。実測では、周囲二万五千一百メートル、約六十里(「漢長安城考考古工作的初歩収穫」)。

池 城のまわりの溝池、掘。

 

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

三粂 城の四方にそれぞれ三門があり、三条の大道路(広路)が通る。全部で十二門六条。

 

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

街衛 四通八達の道。

洞達 つきぬける。
長安 五原八水00 

班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348

班固《西都賦》(6) まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。


2013年11月26日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(26)-#24韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <873>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3349韓愈詩-220-#24
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 85蘇武 《詩四首 其二》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3351 (11/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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(3)#2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)#2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

 (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

長安 五原八水00 


 


『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6)#2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 


(下し文) (6)#2-4

是に於いて秦嶺を睎【のぞ】み,北阜【ほくふ】【み】る

灃・灞【ほう・は】を【さしはさ】んで,龍首に據【よ】る。

皇基を億載【おくさい】に【はか】り,宏規を度【はか】りて大いに起す。

高自り肇【はじ】めて平に終り,世【よよ】に飾を增して以って麗を崇【ま】し。

十二の延祚【えんそ】を歷【へ】たり,故に泰【おごり】を窮めて侈【おごり】を極む。

 


(現代語訳)

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

 


(訳注) (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

〇睎 遠くを見る。

〇秦嶺 終南山、または南山という。秦嶺山脈は終南山3015mから太白山3767mに続く平均3000mの嶺を云う。

 視る。注視する。

〇北阜 北方の山。

 


挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

〇灃 終南山に源を発し、長安の西方を北流して渭水に注ぐ。

〇灞 秦嶺山脈より発し、長安の東方を北流し滻水と合流して渭水に注ぐ。

〇龍首 長安城内にのびてきている龍首の山には、これにそって宮殿など建てられた。

長安付近図00 


圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

〇皇基 皇は大。大きな都城建築の基礎。

〇億 十万を億と名づけられている。載は年。

〇度 はかる。一本「慶」に作る。羌に通じ、その場合「ああ」という意。

 


肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

〇増・崇 前者はもとの物につけ加えてます。後者はその事のため美観をますこと。

 


歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

〇十二之延祚 高祖・意帝・呂后・文帝・景帝・武帝・昭帝・宣布二刀帝・成帝・京帝・平帝まで十二帝。前二〇六年より紀元五年まで二百十一年。延は長い。辞は帝位。班固は宣帝の曾孫花子嬰の在位を認めない。僅か三年で王葬に廃せらる。

〇泰 汰と同じ。おごり。侈も意味的には同じだが、泰は気分的、侈は物質的。

終南山03




 


 


 




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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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(3)#2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)#2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

 (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

杏の花01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

 

(下し文) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

 

(現代語訳)

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。


長安付近図00

(訳注) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

○受命 天命を受ける。秦に代わって漢王朝に天命がくだったこと。

 

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

○東井 二十八宿の恒星のうち朱雀(南方)の座にある星の名。漢の元月に「五星東井に韓る」とある。五星は金木水火土の五遊星、それが東井に集まるは、天下を取るしるし。東井は秦の分野に当たる星で、蕹州に帝都を定めるしるしにもなる。東井は水を司る星で、五行思想では水徳。実は前王朝秦は水徳だが、火徳の周にうち勝った意味がある。漢は秦王朝を認めず、周につぐものを漢と見た。後に漢を火徳としたのは、五行相勝説から五行相生説にかえたためである。

〇河図 黄河より現れた龍馬の背にあった図。中央は五の数、四方は一から九までの数を組み合わせてしるした紋様。易の八卦の源流となる。これが受命のしるしとなる。抽象的な記号のような紋様は、神秘的だが、天地の動かしがたい秩序を示すと考えられたのであろう。

 

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

〇奉春 婁敬のこと。劉邦は決めかねていたが張良が長安を推したために長安に決した。最初に長安を勧めた功により劉敬は劉姓を賜り、婁敬から名を改め劉敬とし、郎中に任じられ奉春君の称号を貰った。

 

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

〇皇明 皇は高祖、明は明察。高祖の明察は万里を超えていたと称される。

 

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

〇京 帝都。
カンナ223 

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2013年11月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(4)2-2 文選 賦<112418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩958 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3338

 

(3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

(6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

華山000 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

防禦之阻,則天地之隩區焉。

是故橫被六合,三成帝畿。

周以龍興,秦以虎視。

 

(下し文) (4)2-2

華實の毛は,則ち九州の上腴【じょうゆ】にして、

防禦の阻は,則ち天地の隩區【おうく】なり。

是の故に六合に橫被し,三たび帝畿と成る。

周以って龍興し,秦以って虎視す。

 

(現代語訳)

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

終南山03 

(訳注) (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

○華実之毛 毛は、草、桑、麻、五穀の類をいう。後文に「五穀穎(ほ)を垂れ、桑麻棻(かおり)を鋪(し)く」と対応する。

○上腴 上等の肥沃な土壌。

 

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

隩區 人が安住できる安全な土地。はくまの意。

 

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり

○横被 長安一帯の大地の恩恵が、広く行きわたる。

○六合 天地四方 

○帝畿 畿は帝都に最も近接する地。方千里を王畿という。

 

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

龍興 『尚書』「陛下雖龍興鳳翔。」陛下は龍が天に昇り、鳳凰が飛翔するように、漢の天命を受けました。

○虎視 虎が獲物をねらうときのように、鋭い目つきで見まわすこと。転じて、じっと機会をうかがうこと。
yuugure02 

班孟堅(班固)《西都賦》(3)#2-1 文選 賦<112―3>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩957 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3333

班固《西都賦》(3) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。


2013年11月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(3)2-1 文選 賦<112318分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩957 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3333

 

 

(3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

防禦之阻,則天地之隩區焉。

是故橫被六合,三成帝畿。

周以龍興,秦以虎視。

(5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

(6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

眾流之隈,汧涌其西。

 

(下し文) (3)2-1

漢の西都は,雍州に在り,寔れを長安と曰う。

左は函谷二崤【にこう】の阻に據り,表にする太華・終南の山を以ってす。

右は褒斜【ほうや】隴首の險に界にし,帶【めぐ】らせに洪河・涇・渭の川を以ってす。

眾流【しゅうりゅう】の隈,汧【けん】其の西に涌く。

 

(現代語訳)

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

長安付近図00 

 

(訳注) (3)2-1

西都賦  (3)2-1

西都長安の客が、東都の主人の求めに応じて、西都の地の利、建築を始めとする豪華な数々の物質文明、豊富な産物、豪傑的人物の輩出、世界最強の軍隊、狩猟、都邑の繁栄、そしてこれを統率する天子の偉大で神のごとき姿を説いて聞かせる。その心は、西都を無視するな、東都はそまつで内部の比でないと説得するにあった。その3回目

 

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

雍州 九州のうちの一つ。挟西省一帯。

○長安 今の西安の西北二十里(約三里)、渭水の南にある。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

○左 東。

○函谷 河南省の北部、秦嶺山脈の東端にある峡谷の地。

二崤 函谷の山にある南峰と北嶋の二山の名。峰がけわしい。

○太華(華山)・終南 陝西省の南部を東西に走る秦嶺山脈の山岳の名。前者は華陰県の南、後者は長安の南にある。ともに高峰。

 

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

○右 西。

○褒斜 秦嶺山脈の西部(陝西)の峡谷で南口を褒、北口を斜という。漢の時四川(蜀)に通ずる交通路として完成。桟道になっている(『史記』の貨殖伝)。長さ四百七十里269km○隴首 山名。頂高山の意。陝西の西にあり、雍州の喉もとにあたる。

○洪河 大河黄河のこと。

○涇 涇水。長安北より、隴山山脈にそって、長安の北東で渭水に流入する川。

○渭 渭水。甘粛省より陝西に入り、秦嶺にそい東流し、北岸は洴水・涇水・洛水を、南岸は秦嶺から発する黒水・灃水・滻水・㶚水その他大小の河川衆流を集め、咸陽・長安を経て潼関で黄河に合流する。
Ta唐 長安近郊圖  新02 

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

○隈 水が陸地に入りこむところ。「衆流之隈、所涌其西」の句は、『後漢書』古抄本にない。前後の行文よりしても疑わしい(『文選』李注義疏)。

○汧水 鳳翔を流れる洴水。陝西の省境前山より流れ、渭水に合流する。文公(765‐前716)のときには,汧水(けんすい)と渭水が合流する付近に都を置いたが,勢力の拡大とともに春秋時代には平陽(陝西省岐山県南西),雍(よう)(陝西省鳳翔県南)に置かれた。

班孟堅(班固)《西都賦》(2)#1-2 文選 賦<112―2>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328

班固《西都賦》(2) 貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。


2013年11月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(2)#1-2 文選 賦<112―2>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(22)-#20韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <869>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3329韓愈詩-220-#20
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 江城子 二首 其一 張泌ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-357-7-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3332
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(2)1-2 文選 賦<112218分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328

 

 

西都賦#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

唐長安城図2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

博我以皇道,弘我以漢京。」

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

賓曰:「唯唯。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

主人 其の故を聞き 其の制を睹【み】たるか?」と。主人曰く:

「未し也。願わくば賓、舊【むかし】を懷うの蓄念【ちくねん】を攄【の】べ,古を思うの幽情【ゆうじょう】を發す。

我を博【ひろ】うするに皇道を以てし,我を弘うするに漢京を以てせよ。」とと

賓 曰く:「唯唯。」と。

長安付近図00
『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

博我以皇道,弘我以漢京。」

賓曰:「唯唯。

 

(下し文) 2)#1-2

主人 其の故を聞き 其の制を睹【み】たるか?」と。主人曰く:

「未し也。願わくば賓、舊【むかし】を懷うの蓄念【ちくねん】を攄【の】べ,古を思うの幽情【ゆうじょう】を發す。

我を博【ひろ】うするに皇道を以てし,我を弘うするに漢京を以てせよ。」とと

賓 曰く:「唯唯。」と。

 

(現代語訳)

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

 

(訳注) 2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

 

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

 抒と同じ意。口に出してのべる。

 つもる思い。

 

博我以皇道,弘我以漢京。」

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

○博我 『論語』に「我を博むるに文を以てす」(顔淵篇)。○皇道 帝王の道。

 

賓曰:「唯唯。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

漢魏隋唐の洛陽城 


班孟堅(班固)《西都賦》(1)#1-1 文選 賦<112―1>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩955 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3323

班固《西都賦》(1) 東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。


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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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班孟堅(班固)《西都賦》(1)1-1 文選 賦<112118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩955 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3323

 

 

固(はん こ、32 - 92年(建武八年 - 永元四年)は中国後漢初期の歴史家、文学者。字は孟堅。班超、班昭の兄。班勇(班超の三男)の伯父。「漢書」の編纂者として一般に知られるが、文学者としても「両都賦」などで名高い。

父班彪も歴史家であり、班固に先立ってすでに65編を編纂していた。班固は勅命により、父の業績を引き継ぎ、漢書をほぼ完成させたが、永元4年(92年)、和帝は竇憲一派の逮捕を命令し、班固もまた竇一族の娘を娶っていたため、この事件に連座して獄死した。

その後、未完の部分は妹の班昭が完成させた。

 

83年(章帝建初8年)頃の成立。題は西都(長安)賦と東都(洛陽)賦の意。

東都の主人と西都の客とを登場させ、西都の客が旧都長安の美しさ、文化や制度が整っていることを誇張表現し、そのあと東都主人が西都の客の主張に論じかえしながら、東都の美しさを語らせたもの。

班固は後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた。

『文選』等に収録されている。

 

 

西都賦#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

博我以皇道,弘我以漢京。」

賓曰:「唯唯。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

西都賦  (1)-#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

 

(下し文)

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

 

(現代語訳)

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 

 

(訳注)

西都賦  (1)-#1-1

西都長安の客が、東都の主人の求めに応じて、西都の地の利、建築を始めとする豪華な数々の物質文明、豊富な産物、豪傑的人物の輩出、世界最強の軍隊、狩猟、都邑の繁栄、そしてこれを統率する天子の偉大で神のごとき姿を説いて聞かせる。その心は、西都を無視するな、東都はそまつで内部の比でないと説得するにあった。

 

有 西都賓 問 於東都 主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

 

「蓋聞 皇漢之初 經營 也,嘗 有意乎 都 河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

○皇漢 皇は美称。漢の国または王室。

○河洛 洛陽。東都は黄河の南、洛水の北にある。下図に示す通り漢魏の洛陽は小規模で唐時代の洛陽の1/5以下であった。

<!--[if !vml]-->漢魏隋唐の洛陽城<!--[endif]-->



輟 而弗康,寔 用 西遷,作 我 上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 停止する。中止と同じ。

弗康 落ちつかぬ。

○我 敬愛をこめた表現。

○上郡 天子の居る都。
杏の白花012


 

<!--[if !vml]-->touRAKUYOjou600<!--[endif]-->

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(8) 文選 賦<111―8>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩954 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3318

班固《兩都賦序》(8) 西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(20)-#18韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <867>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3319韓愈詩-220-#18
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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#6

#6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

#7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

カンナ113 

#8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおり、

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 pla033

 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

折以今之法度。其詞曰。

 

 

 

(下し文)

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 

(現代語訳)

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

杏の白花012 

(訳注) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

西土 洛陽の西地方の長安。

耆老 者は六十歳(『爾雅』、曲礼)、または七十以上(『説文』)。老は七十(『説文』)、五十以上の説あり。父老。漢に三老の制があり教化の職に当たる。

上之睠顧 天子の愛顧。

 

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

晒 せまい。後漢初めの文人杜篤(ととく)に「都を論ずるの賦」がある。その中に「洛邑の淳濚(小さいさま)たる、なんぞぞ以て万乗(光武帝)を居らしむるに足らんや。」という。洛陽遷都に反対し帝王を風刺する一節。洛陽が長安より小さいことが問題となっていた一例である。ただし実は旧都長安を見棄てはすまいかという不安があったからである。この杜篤も長安近く杜陵の人であった。「洛邑を陋とする議あり」の中には、この賦のことも班固の念頭にあったろう。

雒邑 洛陽の都。邑は国都。

 

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

眩曜 まばゆいばかりに光りかがやくこと。まぶしくて目がくらむこと。また、目をくらますこと。

 

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。
 珠櫻001

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313

(班固)《兩都賦序》(7) さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。


2013年11月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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班孟堅(班固) 《両都賦序》(7) 文選 賦<111713分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313

 

#6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

#7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

 

#8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

折以今之法度。其詞曰。

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

nat0022 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #7

臣竊見海清平,朝廷無事,

京師脩宮室,浚城隍,

起苑囿,以備制度。

 

(下し文) #7

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

 

(現代語訳)

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

 

(訳注) #7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

 四海のうち。世界の四方の地の果ては、断崖があり大海であること。

無事 平穏。明帝の世をいう。班固は明帝に親しまれた。明帝の時は、異民族の帰順もあり、諸制度も整備され、王室の子弟の学校教育も、諸王族、功臣の子弟の教育も盛んであった。瑞祥の出現もあり、これはしくまれたものであったかも知れないが、ともかくも太平の時代とされたことをいう。

 

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

京師 京は高い岡。『風俗通義』(応邵の著)に「絶【はなは】だ高大なるものを京となす。天地の性の自然なり。」師は衆(抽)い。高丘に都を築き人の集まる所。ここは洛陽をいう。

 

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

苑囿  古代中国において広大な範囲に禽獣を放し飼いにした自然庭園で,本来は城郊に設けられ,皇帝の巡狩(じゆんしゆ)に使用された場所であった。上林苑:中国、長安の西方にあった大庭園。秦の始皇帝が創設し、漢の武帝が拡張した。周囲約150キロに及び、内に苑36、宮12、観25を設け、世界の珍獣・奇草を集めたという。
終南山04 

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111―6>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308

班固《兩都賦序》(6) これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

2013年11月18日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111―6>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(18)-#16韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <865>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3309韓愈詩-220-#16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 77《蒿里曲》 無名氏  挽歌 漢・樂府  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3311 (11/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 酒泉子 二首之二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-353-7-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3312
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111613分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308

 

 

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

#5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

 #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

 

カンナ113 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

斯事雖細,然先臣之舊式,

國家之遺美,不可闕也。

 

(下し文) #6

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

(現代語訳)

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

 

(訳注) #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

 皐陶、奚斯など。

 

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

 司馬相加以下言語侍従の臣に、侃寛以下公卿大臣。

先臣 相如以下の人々を指す。

 

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

国家 王室をいう。せまく限定すれば天子。『後漢書町に「皆国家の謀慮に自(よ)る」(漏異伝)とあるが、これは光武帝を指す。DCF00021

班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111―5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303

班固《兩都賦序》(5) だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。
 

2013年11月17日  の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111―5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111513分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303

 

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

#5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。 

01boudake5 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #5

且夫道有夷隆,學有麤密,

因時而建德者,不以遠近易則。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

 

(下し文) #5

且つ夫れ道に夷隆有り,學に麤密【そみつ】有り。

因って時に 德を建つる者は,遠近を以って則を易えず。

故に皋陶【こうよう】の虞を歌い,奚斯【けいし】の魯を頌せる,

同じく孔氏に采られて見,于詩書に列せり,其の義一なり。

 

(現代語訳)

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

sunrise001 

 

(訳注) #5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

夷隆 衰うと盛んなると。

 

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

遠近 古今。

 

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

皐陶 有虞氏 舜の臣。

歌虞 舜を歌う。

奚斯 魯の公子奚斯。

 

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

詩書 『詩経』や『書経』。孔子の死後、儒家は八派に分かれた。その中で孟軻(孟子)は性善説を唱え、孔子が最高の徳目とした仁に加え、実践が可能とされる徳目義の思想を主張し、荀況(荀子)は性悪説を唱えて礼治主義を主張した。『詩』『書』『礼』『楽』『易』『春秋』といった周の書物を六経として儒家の経典とし、その儒家的な解釈学の立場から『礼記』や『易伝』『春秋左氏伝』『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』といった注釈書や論文集である伝が整理された(完成は漢代)。
終南山04 

班孟堅(班固)《兩都賦序》(4) 文選 賦<111―4>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩950 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3298

(班固)《兩都賦序》(4)そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。


2013年11月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(4) 文選 賦<111413分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩950 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3298

 

 

東漢·班固 兩都賦序

        或曰:賦者,古詩之流也。昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。大漢初定,日不暇給。至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,以興廢繼,潤色鴻業。是以庶悅豫,福應尤盛,白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。神雀五鳳甘露龍之瑞,以為年紀。故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,朝夕論思,日月獻納;而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。故孝成之世,論而之,蓋奏御者千有餘篇,而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

 

        且夫道有夷隆,學有密,因時而建德者,不以遠近易則。故皋陶歌虞,奚斯頌魯,同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。稽之上古則如彼,考之漢室又如此。斯事雖細,然先臣之舊式,國家之遺美,不可闕也。臣竊見海清平,朝廷無事,京師脩宮室,浚城隍,起苑囿,以備制度。西土耆老,咸懷怨思,冀上之顧,而盛稱長安舊制,有陋邑之議。故臣作兩都賦,以極人之所眩曜,折以今之法度。其詞曰。

 

 

#1

或曰:賦者,古詩之流也。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

大漢初定,日不暇給。

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

「賦は古詩の流派」という者がある。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

以興廢繼,潤色鴻業。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

 

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文)  #4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

 

(下し文) #4

或は以て下情を抒べて諷諭を通じ、或は以て上徳を宣べて忠孝を盡し、

薙容揄揚して、後嗣に著せり。抑【そもそ】も亦た雅頌の亜【つぎ】なり。

故に孝成の世、論じて之を録す。蓋し奏御せる者、千有餘篇なり。

而る後大漢の文章、炳焉【へいえん】として三代と風を同うせり。

 

(現代語訳)

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

 

(訳注) #4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

抒 取り出してのべる。

下情 宣帝紀に地節二年「群臣をして封事を奏するを得しめて下情を知る」とある。

諷諭 それとなくさとす。直諫ではない。

 

雍容揄揚,著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

薙容 つりあいがとれて、ゆとりのあるさま。天子にふさわしく大らかに。

揄揚 揄は説文に「引」、ひっぱる。揚はあがる。物に託して高くする意。ほめそやす。

雅頌 『詩経』の六義に風・賦・比・興・雅・頌とあり、文体の名。雅は「天下の事を言ひ、四方の風を形す。これを雅と謂ふ。」(『詩経』の大序)。頌は「盛徳の形容を美とし、其の成功を以て、神明に告ぐる者なり。」(同上)とある。朕は『詩経』の雅頌に次ぐ文学とみられた。

 

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

論而録之 芸文志に「成帝の時に至り、光緑大夫劉向に詔して、経伝、諸子、詩賦を校せしむ。」とある。

千有余篇 成帝は、謁者の官(詔を奉ずる使者)の陳虔というものに命じ、全国から書を求めさせた(河平三年)。この年劉向は宮廷の秘書を校訂した。芸文志によると「凡そ詩賦百六家千三百一十八篇」とある。ここから歌詩の類を除いても、七十八家一千四篇となる。宣帝と成帝の代に激増した。

 

 

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

文章 文学。

柄焉 あきらかに。

三代 夏・殷・周。

班孟堅(班固)《兩都賦序》(3) 文選 賦<111―3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩949 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3293

(班固)《兩都賦序》(3) 武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。



班孟堅(班固)《兩都賦序》(3) 文選 賦<111―3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩949 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3293



《兩都賦序》#1

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

以興廢繼

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,
そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向とい

った面々が属し、
朝夕論思,日月獻納;

朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

而公卿大臣,御史大夫倪寬、
そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常孔臧、太中大夫董仲舒、
太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。
宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

桜桃002

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。


 (下し文)

雀【しんじゃく】五鳳【ごほう】甘露【かんろ】黄龍【こうりょう】の瑞【ずい】、以て年紀と為す。

故に言語侍従の臣には、司馬相如、虞丘轟王、東方朔、枚皐、王襲、劉向の属の若き、

朝夕に論思して、日月に厳刑す。

而して公卿大臣には、御史大夫侃寛、太常孔威、大中大夫董仲野、宗正劉徳、太子太樽蒲望之等、時時間作る。


(現代語訳)

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

文具-峡



(訳注) #3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

神雀五鳳甘露黃龍 宣帝の在位期間中(前73年 - 前49年)の年号

本始 : 前73年 - 前70年

地節 : 前69年 - 前66年

元康 : 前65年 - 前61年

神爵 : 前60年 - 前58年

五鳳 : 前57年 - 前54年

甘露 : 前53年 - 前50年

黄龍 : 前49年

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,朝夕論思,日月獻納;

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

言語 言葉。孔門の四科の一つ。辞令(ことばづかい)と同じ。その修辞にすぐれている侍従の臣を言語侍従の臣という。

司馬相加 あざなは長卿(前石九-前二七)。宮廷賦家。「子虚・上林の賦」「長門の賦」は『文選』にある。外に「大人の賦」も有名。

司馬相如 《子虚賦 》(1)#00 文選 賦<109-#0-09分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩880 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2948

司馬相如 《子虚賦 》(26)#10-3 文選 賦<109-#10-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩905 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3073

司馬相如 《上林賦 》(41)―#13-5  文選 賦<110-#13-5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278 (上林賦―最終回)

虞丘寿王 吾丘とも書く。生歿年月未詳。格五(五目ならべの頼)で宮廷にとり入り、学者董仲野に『春秋』を学び、言論で知られた。辞賦の作品は記録がない。元鼎四年、宝鼎が出土した時、群臣は周のものを得たとはめでたいとしたが、寿王だけ反対した。武帝にとがめられて、こう答えた。「周は名天子がいたから鼎が出た。秦は始皇帝がこれを求めても出なかった。漢は高祖以来武帝まで聖天子であったから、おのずから出土することになった。まさに天が漢に賜ったもの。周の宝でなく漢の宝である」と(『漢書』本伝)。まさに言語侍従の臣である。

東方朔 (前154‐前93)中国,前漢時代の文学者。字は曼倩。滑稽と弁舌とで武帝に侍した,御伽衆(おとぎしゆう)的な人物。うだつの上がらぬ彼を嘲笑した人々に答えて〈答客難〉を書く。彼は,自分は山林に世を避けるのではなく朝廷にあって隠遁しているのだと主張する。この〈朝隠(ちよういん)〉の思想は六朝人の関心をあつめ,例えば彼の生き方をたたえる夏侯湛〈東方朔画賛〉には王羲之の書がのこることで有名である。また漢代すでに彼にまつわる神仙伝説が発展し,太白星の精であり,長寿を得たともされるほか,トリックスターとして,孫悟空の天宮を閙(さわ)がすといった物語のもとになる伝説も彼に付随する。

枚皋 あざなは少帯(在世年数未詳)。有名な賦家枚乘の庶子。「平楽観の賦」を作り、武帝にみとめられ、郎となる。「皇太子生るるの賦」を東方朔とともに作り、武帝は枚皋の作を東方朔のより上だと評した。賦の題材は種々で、天子の巡行にも従い、狩猟、射術、馬術、蹴鞠、刻鐘(彫刻)などを始め、武帝が感ずるところがあれは、すぐ賦にのせたという。大文人の司馬相如よりでき上がるのが早く、そのため俳侶なみに見なされた。東方朔も同じだが、朔を嘲笑し、そしてみずからも自嘲したといわれる。戯れの賦多く、人をよろこばす芸人の卑屈さを知っていたのであろう。読むに足るもの百二十篇があったというが、読むに足らぬ数十篇とともに今は見ることができない(『漢書』本伝)。朗詞による修辞の妙技、それにのせた内容が低級にせよ一種の賦であり、知識階級はともかく、一般の人々には人気があり、楽しまれたであろう。それは高級作品の現れてくる底辺の広さを示するものであり、文学の域を広げるものである。

王褒 あざなほ子淵、前漢中期宜帝の時の賦家(在世年数未詳)、蜀郡士女讃の人。武帝に関する故事ならびに六芸の群書に通じた。諌大夫に任用さる。宣帝の文学奨励のもとでその文才をみとめられる。「洞簫の賦」(『文選』)はその最大傑作。宣帝の太子は後宮の貴人らにこれを詞読させた。また「頌」と題する「甘泉の頌」「金馬碧鶏の頌」(以上「全漢文」)、「聖主賢臣を得るの頌」(「全供文」所載)を作る。「頌」と題するが賦体である。前記「洞篇の賦」を「頌」に作る(『漢書』)例もあり、賦が宮廷頌歌である場合では、「賦頌」ともいわれた。蜀の益州刺史王褒のため作った「中和、楽職、宣布の詩」は、宣帝の文教政策が地方におよんだことを示すものであるが、これも頌といわれた。この外「九懐」(『楚辞』系)、「四子講徳論」(『文選』)、「傽約」(「全漢文」)などがあり、後の二第も賦体をなす。最後の一第は奇文といわれ、宮廷頒歌と違い局の民間地主と使用人との対話をユーモア気味に表現した。『漢書云文志』には、十六篇あったと記す。神雀(爵とも書く)、五鳳、甘露、黄龍などの瑞祥がしきりに現れ、宣帝は年号の名とした。天下太平のしるしであり、文学の土はこれに対応したのである。

劉向 前漢の学者。本名は更生(成帝即位の年,前32年に向と改名),字は子政。沛(はい)(江蘇省沛県)の人。漢高祖の同父弟である楚元王交の子孫。12歳で任子により郎官となり諫大夫に任用される。宣帝が学者をブレーンとして集めたとき,彼もそこに加わる。春秋学の中の春秋穀梁学を修め,また宮中の図書館(石渠閣)で五経を講じた。郎中から給事中,光禄大夫,中塁校尉と官職を歴任するが,特に元帝期には蕭望之,同堪らとともに国政を指導,元帝期の宦者(かんじや)石顕,成帝期の外戚王氏らの横暴に反対し,ためにしばしば投獄免官される。

而公卿大臣,御史大夫倪寬、

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

公卿 三公九卿、三公は武帝のころは、丞相、御史大夫、大司馬を指す。成帝の時は、丞相、大司空、大司馬。哀帝の末年は、大司徒、大司空、大司馬とする。九卿は、太常(宗廟の礼を掌る)。光緑勲(宮殿の門を掌る)、衛尉(または中大夫令といい、宮門を警衛、駐屯する兵を掌る)、太僕(輿馬を掌る)、廷尉(または大理といい刑獄を掌る)、大鴻矑(または大行令。諸侯、属国の蛮夷を掌る)、宗正(または宗伯といい、王族を掌る)、大司農(または大農令。穀物家畜を掌る)、少府(山海地沢の税を掌る)。以上九人の中央官庁の長官をさしていう、行政に当たる。

大臣 官位の高貴なものの敬称。

倪寬 兒にも作る。あざな、在世年数未詳。刻苦して学問にはげみ、試験に及第、司法関係の職につき、御史大夫となり、武帝に知らる。侍御史、中大夫(諌大夫の上位の官)、左内史(京師の左馮翊地区の長官も歴任した。司法はもとより、農業、潅漑工事、租税などの問題を解決、また封禅には、諸儒に反対し、司馬相如の遺書(封禅文のこと。『文選』に見える)を見せ、武帝の意にそうて新しい礼を行う。典型的模範官僚。そして「よく文を属(車)る。然れども武につたなし」といわれた。芸文志に「賦二篇あり。亡ぶ。」とある。


太常孔臧、太中大夫董仲舒、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

 孔子九世の子孫孔鮒の従曾孫、孔子十二世の子孫孔安国(武帝の時諌議大夫)の従兄。あざな、在世年数未詳。文辞の時蓼公となる。武帝の時太常(前掲)。官吏の文教政策を推進、五経博士らとはかり、地方官の再教育を太常で行い、また小吏の律令に暗いものも教育し、文学礼儀の士をそこから抜擢した。辺地の郡では暗詞の優劣できめた。これには細則もついており、それぞれ服務する官位も定まっていた。賦家としては、芸文志に賦二十簾と記すも今は多くはほろんでしまった。

太中大夫 議論を掌る官。この下に中大夫、諌太夫あり。

董仲舒 前漢の学者。広川(河北省)の人。若くして春秋公羊学(くようがく)を修め,3年のあいだ庭に出ることもなく,猛勉強したという。人柄が謙虚であり,言動はつねに礼法にかなっていたので,信望が高く,景帝のとき博士となった。武帝が位につくと,賢良として策問に応じて,〈六芸(りくげい)の科,孔子の術にあらざる〉諸子百家をしりぞけて,儒教を唯一の正統思想とすべきことを奏上し,この意見がきっかけとなって儒教の国教化が実現した。


宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

劉德 あざなは路叔。在世年数は未詳。劉向の父。宗主の中で抜群の人材であった。宗正には武帝の子の昭帝の時になったが、その間謀叛事件を裁き、大鴻矑の丞、大中大夫となる。時の権力者霍光を非難し庶人となったが、一年有余で復帰する。宣布擁立の功で、関内侯の爵位を得、ついで陽城侯となる。子の錬金術失敗を罪すべしと上書し、大臣の資格なしとされ、諡を繆侯とされた。一生を漢家の護持にささげたといってよかろう。芸文志に「陽成侯劉徳の賦、九篇」とあるが今は全くほろんで残った断片もない(『漢書』本伝)。

太子太傳 太子の教育輔導官。ここは、宣帝の皇子、後の元帝。宣帝の許皇后自殺後、王皇后に表わる。

蕭望之 (しょう ぼうし、? - 紀元前46年)は、前漢の政治家。字は長倩、東海郡蘭陵の人で後に杜陵に移る。実家は代々農業を家業としていたが、彼は学問を好み、詩経、論語、儀礼(礼服篇)などを学び、長安でも名を知られるようになった。

大将軍霍光の時代、その部下であった丙吉が彼を推薦したが、霍光が面会の際に武器を持っているか身体検査をし、更に両脇に役人がつき従うという扱いに抗議し、周公旦の態度との違いを直言したことで霍光に嫌われ、任用されなかった。

その後、問題に対する解答が優秀であったことで郎になるが、数年後、弟が法を犯したことで罷免され、郡の役人となった。その後当時御史大夫だった魏相が彼を御史府の役人に取り立て、孝廉に挙げられ大行治礼丞となった。 民間にいた時代に学問を学び、既に儒者蕭望之の名を知っていた宣帝は、霍氏を排除して有能な者を任用せよという上奏を納れ、彼を謁者とした。蕭望之は更に諫大夫、丞相司直と一気に昇進し、一年間で二千石の官にまで登り、霍氏が排除されると更に重用されるようになる。

宣帝は彼を平原太守に任命したが、朝廷で活躍することを望む蕭望之は「朝廷が重要であって外郡が治まらないのは憂うまでもない」と暗に自分を朝廷に戻すことを要求し、納れられて少府に任命された。 その後、蕭望之を今度は左馮翊に任命した。今回も蕭望之はこれを左遷と考えて病気を称し仕事に就こうとしなかったが、治民の能力を試す必要があるという宣帝の説得で仕事に就いた。 左馮翊として優れた実績を挙げ、大鴻臚に移り、神爵3年(紀元前59年)御史大夫丙吉が丞相に昇進すると御史大夫となった。

あさがお002 




2013年11月15日 の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(2) 文選 賦<111―2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩948 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3288

(班固)《兩都賦序》(2) 武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(2) 文選 賦<111213分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩948 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3288

 

 

兩都賦序#1

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

以興廢繼,潤色鴻業。

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

01boudake5 

 

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

以興廢繼,潤色鴻業。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

 

 

(下し文) #2

武宣【ぶせん】の世に至りて、乃ち禮官を崇び、文章を考う。

内には金馬、石渠【せききょ】の署を設け、外には欒府、協律の事を興し、

以てれたるを興し、絶えたるを継ぎ、鴻業【こうぎょう】を潤色す。

是を以て衆庶【しゅうしょ】悅豫【えつよ】して、がん福應【ふくおう】尤も盛なり。

白麟【はくりん】赤雁【せきがん】、芝房【しぼう】寶鼎【ほうてい】の歌、郊廟【こうびょう】に薦める。

 

 

(現代語訳)

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

魚玄機が宮島に 

 

(訳注) #2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

 前漢の武帝・帝。前漢の第9代皇帝。武帝の曾孫。初め民間に育ち、霍光に擁立されて皇帝に即位した。

 礼を司る官の総称。『漢書(武帝紀)』に、元朔五年六月、詔して、今礼楽はくずれてしまっているから、礼官をして学を勧め、散逸の文献を記録させ、礼楽を復興させよとある。また武帝の曾孫の宣帝紀に、甘露一年詔して、五経の同異を講ぜしめ、帝みずから是非を決めたとある。そのころの賦家王褒は、「四子講徳論」を作り、六芸を衣服にまとったような帝王だと、宣帝をたたえた。

 

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

金馬 漢の官門の名。門のそばに銅鳥があった。門は官署の門である。鋼馬は中央アジアの大宛国の汗血馬を得た武帝が作らせたもの。金馬門の官署に、文学の士が任官の詔の下るのを待った。

石渠 閣の名。『三輔黄図』にょると、蕭何の造営、石をしき渠(ほり)を作り、水を引く。秦の図書をここに収め、成帝の時には大切な秘書の書庫とした。

楽府 天を祭る礼をさだめ、そのため音楽の役所(府)を設けた。そして地方の詩歌まで集め、楽器にかけた。それより、この類の歌を楽府という。

協律 音律をととのう。武帝は李延年をその任にあて、司馬相如ら数十人に、詩賦を作らせ、律呂をしらべ、楽器に合わせた。以上『漢書』の礼楽志による。

 

以興廢繼,潤色鴻業。

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

潤色 色とは飾ること。

 

是以眾庶悅豫,福應尤盛。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

福応 祥瑞。

 

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

白麟 元狩元年、蕹(陝西省の西境)に行幸し、これを得て歌を作る(武帝紀)。

赤雁 大始三年、東海(山東省江蘇以東の郡名)に行幸し、これを得て朱雁歌を作る(同上)。

芝房 元封二年、甘泉官(陝西の甘泉山にあり)に行幸し、その後房に、九茎連葉の瑞草、一名霊芝が生えたので、後房を芝房といい、その歌を作る(同上)。この瑞草は長寿の仙草。

寶鼎 元鼎四年、汾陰の后土(太一の神)を祭るそばから、珍しい鼎が出た。また駿馬が水中より出たので神馬と称し、宝鼎天馬歌を作る。序文は天馬を省く。礼楽志には元鼎五年とし、神馬は元狩三年とす。また芝房は斎房と記す。
花蕊夫人006 

班孟堅(班固)《兩都賦序》文選 賦<111―1>8分割8回 Ⅱ李白に影響を与えた詩947 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3283

(班固)《兩都賦序》(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

2013年11月13日  の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。