漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2013年11月

班孟堅(班固)《西都賦》(10)#4-1 文選 賦<112―10>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩964 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3368

班固《西都賦》(10)(王室の七陵)-1 さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。


2013年11月30日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《西都賦》(10)4-1 文選 賦<1121018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩964 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3368

 

 

(10)4-1

(王室の七陵)-1 

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

則南望杜,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

三選七遷,充奉陵邑。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)4-1

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

則南望杜,北眺五陵。

名都對郭,邑居相承。

英俊之域,紱冕所興。

 

(下し文)

若し乃ち其の四郊を観、近縣に浮遊すれば、

則ち南に杜㶚【とは】を望み、北に五陵をむ。

名都、郭に封し、邑居 相い承【う】く。

英俊の域、紱冕【ふつべん】の興る所。

 

(現代語訳)

(王室の七陵)-1 

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(訳注) (10)4(王室の七陵)-1

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

〇四郊 城外の地。国城を去る五十里までを近郊、百里を遠郊という。

〇観 つらつらみる。

〇浮遊 周流して遊ぶ。

〇近県 国都に隣接する県。

 

則南望杜㶚,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

〇杜㶚 渭水の南方長安のやや東よりの杜陵(漢の第八代宜帝の陵)と㶚陵(第四代文帝の陵)。

〇眺 だんだんに順を追って見わたすこと。

〇五陵 長陵(第一代高帝)・安陵(第二代恵帝)・陽陵(第五代景帝)・茂陵(第六代武帝)・平陵(第七代昭帝)をいう。いずれも渭水の北にあり、まず五陵のうち、長陵から始まり、その東よりの安陵、すぐその西の陽陵、そして長陵の西方のはしにある茂陵、そこから東よりの平陵という順序で述べる。地図参照。李白少年行』「五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。五陵の若者は 金市の東、繁華街、銀の鞍の白馬にまたがって春風の中を颯爽と行く。一面に舞い散る花を踏み散らし  どこへ遊びに出かけるのかにぎやかに笑いながら、碧眼の胡姫の酒場へ行こうというのか

李白 17少年行

長安付近図00 

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

○名都 名高い都。王城の都でなく、漢代陵を守るためにおかれたまち。高位高官、富豪などの高級住宅がある。

〇邑居 むらぎとの住居。邑は都より小さい行政区画の名称。

 

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

〇英俊 人材。英は智万人に過ぎたるもの、俊は千人に過ぎたるものをいう。

〇紱冕 紱は綬、官職をあらわす印、または凧玉をおびる組みひも。長さ一丈二尺、広さ三尺(渾官儀)。冕は冠。大夫以上の冠で、朝儀・祭礼などにつける正装。形は広さ八守、長さ一尺六寸の前門後方、前下後高の木製、玉すだれの飾りがある冠。
函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固)《西都賦》(9)#3-3 文選 賦<112―9>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩963 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3363

(班固)《西都賦》(9) 長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

金城の萬雉【ばんち】なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛【がいく】洞達【どうたつ】し、閻【りょえん】且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること疆【かぎり】無し。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

曲豪舉,游俠之雄。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

節慕原嘗,名亞春陵。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

連交合眾,騁騖乎其中。

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

長安付近図00 

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

(下し文)

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

 

(現代語訳)

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

 

(訳注) 3-3

都人士女,殊異乎五方。

都の士人、士女は、どこの土地よりも違って気の利いたなりふりをする。

列韓 町なみをなす店。品物の種類によって店は類別された。

 

士擬於公侯,列肆侈於姜。

遊び人のだて男は、公侯の大名に見まがわんばかり、商家のならぶ町の女は、宮中の貴婦人をしのぐぜいたくさである。

姫姜 周は姫姓、斉は妻姓の国。いずれも大国で、そこから大国の貴婦人の意味に用いる。

 

曲豪舉,游俠之雄。

長安の田舎の村里・在所の豪傑気取りの顔役であり、豪族、遊侠の大親分である。

郷曲 行政区画の一つ。その一隅を曲という。ここは長安の田舎の村里。

豪挙 勢力ある侠気の男。在所の顔役。

 

節慕原嘗,名亞春陵。

戦国の平原君・孟嘗君の義侠を慕い、春申君・信陵君の名声にならい、任侠、人柄により、

原嘗・春陵 戦国四君、趙の平原君、斉の孟嘗君、楚の春申君、魏の信陵君、をいい、その名声によって君主よりも勢力をもつといわれた宰相で、戦国末期に国際政治及び外交に力を発揮した。彼らの特徴は自らの能力というよりは、その出身と器量によって多くの食客を養い、その食客をよく使ったということで、任侠、人柄であり、人間的魅力に富んだ人ということである。

 

連交合眾,騁騖乎其中。

友として集まり、任侠で従え、徒党を組み、その中を馳せまわる。

騁騖 まっすぐ馳せることと、縦横にはせること。はせまわる。
pla024 

班孟堅(班固)《西都賦》(8)#3-2 文選 賦<112―8>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358

班固《西都賦》(8) それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

 

2013年11月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(8)#3-2 文選 賦<112―8>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 》 蜀中転々 杜甫 <610>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 87蘇武 《詩四首 其四》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3361 (11/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固)《西都賦》(8)3-2 文選 賦<112818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩962 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3358

 

 

(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

金城の萬雉【ばんち】なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛【がいく】洞達【どうたつ】し、閻【りょえん】且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること疆【かぎり】無し。

 

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

唐長安城図

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7)3(市場の繁栄)3-2

人不得顧,車不得旋。

闐城溢郭,旁流百廛。

紅塵四合,煙雲相連。

於是既庶且富,樂無疆。

 

(下し文) 3-2

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城に闐【み】ち郭にれて、旁【あまね】百廛【ひゃくてん】に流る。

紅塵四【よも】に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること担無し。

 

 

(現代語訳)

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。

 

 

(訳注) 3-2

人不得顧,車不得旋。

それぞれ小路を異にして陳列される。路行く人は、身動きもできず、車はぐるりとまわれない。

 

闐城溢郭,旁流百廛。

人波は城内をうずめ、城郭にあふれて、至るところ店という店に流れだした。

闐城 さかんに人波が城内をうずめる。

百廛 多くの店舗。

 

紅塵四合,煙雲相連。

舞い上がる塵は日光に赤ばみ四方にたちこめ、空の雲にまでつづいて一つになる。

煙雲 地上のかすみから天の雲間でつながっている。

 

於是既庶且富,樂無疆。

さればもとより人も多い上に富裕でであったから、豪華を享楽してきりがないのである。
長安 五原八水00 長安付近図00

班孟堅(班固)《西都賦》(7)#3-1 文選 賦<112―7>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩961 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3353

班固《西都賦》(7)(市場の繁栄)城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。


2013年11月27日  の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《西都賦》(7)3-1 文選 賦<112718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩961 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3353

(市場の繁栄)

 

 

(7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九市開場,貨別隧分。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

 

(8)3-2

人不得顧,車不得旋。

闐城溢郭,旁流百廛。

紅塵四合,煙雲相連。

於是既庶且富,樂無疆。

 

(9)3-3

都人士女,殊異乎五方。

士擬於公侯,列肆侈於姜。

曲豪舉,游俠之雄。

節慕原嘗,名亞春陵。

連交合眾,騁騖乎其中。

 

金城の萬雉なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛洞達し、閻且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

人は顧るを得ず、は旋るを得ず。

城にち郭にれて、百廛に流る。

紅塵四に合ひて、煙雲相連る。

是に於て既ににして且つ富み、娯楽すること担無し。

 

都人士女は五方に殊異にす。

遊士は公侯に擬し、列肆は姫よりも侈る。

郷曲 の豪撃、遊侠の雄、

節は原を慕ひ、名は春陵に亜ぐ。

交を連ね衆を合せて、其の中に騁騖す。

 

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

披三條之廣路,立十二之通門。

則街衢洞達,閭閻且千。

九市開場,貨別隧分。

 

(下し文) (7)3-1

金城の萬雉なるを建て、周池をにして淵を成し、

路を披いて、十二の通門を立つ。

内には則ち街衛洞達し、閻且に千ならんとす。

九市、場を開いて、貨別れ分る。

 

(現代語訳)

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

九つの市場は、売り場を設け、百貨は各種各様に分かれている。

唐長安城図 

 

(訳注) (7)3(市場の繁栄)-1

建金城而萬雉,呀周池而成淵。

(市場の繁栄) 城まわり万丈の堅固な城を建て、城をめぐる堀は、ひろびろと大きくとって深い淵となる。

金城 堅固な城。張良が劉敬(婁敬のこと。高祖より劉姓を賜う)の長安説を支持し、「金城千里、天府の国なり」(『史記』)という。

雉 長さ三丈、高さ一丈の城壁をいう。万雉は大きな城壁の形容。実測では、周囲二万五千一百メートル、約六十里(「漢長安城考考古工作的初歩収穫」)。

池 城のまわりの溝池、掘。

 

披三條之廣路,立十二之通門。

三条の大道を切りひらき、十二の通行する門が立つ。

三粂 城の四方にそれぞれ三門があり、三条の大道路(広路)が通る。全部で十二門六条。

 

則街衢洞達,閭閻且千。

門内は大通りがつき抜け、道にそう居住地区の町は、ほぼ千ばかりある。

街衛 四通八達の道。

洞達 つきぬける。
長安 五原八水00 

班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348

班固《西都賦》(6) まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。


2013年11月26日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(26)-#24韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <873>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3349韓愈詩-220-#24
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 85蘇武 《詩四首 其二》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3351 (11/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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(3)#2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)#2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

 (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

長安 五原八水00 


 


『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6)#2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 


(下し文) (6)#2-4

是に於いて秦嶺を睎【のぞ】み,北阜【ほくふ】【み】る

灃・灞【ほう・は】を【さしはさ】んで,龍首に據【よ】る。

皇基を億載【おくさい】に【はか】り,宏規を度【はか】りて大いに起す。

高自り肇【はじ】めて平に終り,世【よよ】に飾を增して以って麗を崇【ま】し。

十二の延祚【えんそ】を歷【へ】たり,故に泰【おごり】を窮めて侈【おごり】を極む。

 


(現代語訳)

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

 


(訳注) (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

〇睎 遠くを見る。

〇秦嶺 終南山、または南山という。秦嶺山脈は終南山3015mから太白山3767mに続く平均3000mの嶺を云う。

 視る。注視する。

〇北阜 北方の山。

 


挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

〇灃 終南山に源を発し、長安の西方を北流して渭水に注ぐ。

〇灞 秦嶺山脈より発し、長安の東方を北流し滻水と合流して渭水に注ぐ。

〇龍首 長安城内にのびてきている龍首の山には、これにそって宮殿など建てられた。

長安付近図00 


圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

〇皇基 皇は大。大きな都城建築の基礎。

〇億 十万を億と名づけられている。載は年。

〇度 はかる。一本「慶」に作る。羌に通じ、その場合「ああ」という意。

 


肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

〇増・崇 前者はもとの物につけ加えてます。後者はその事のため美観をますこと。

 


歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

〇十二之延祚 高祖・意帝・呂后・文帝・景帝・武帝・昭帝・宣布二刀帝・成帝・京帝・平帝まで十二帝。前二〇六年より紀元五年まで二百十一年。延は長い。辞は帝位。班固は宣帝の曾孫花子嬰の在位を認めない。僅か三年で王葬に廃せらる。

〇泰 汰と同じ。おごり。侈も意味的には同じだが、泰は気分的、侈は物質的。

終南山03




 


 


 




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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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(3)#2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)#2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

 (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

杏の花01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

 

(下し文) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

 

(現代語訳)

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。


長安付近図00

(訳注) (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

○受命 天命を受ける。秦に代わって漢王朝に天命がくだったこと。

 

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

○東井 二十八宿の恒星のうち朱雀(南方)の座にある星の名。漢の元月に「五星東井に韓る」とある。五星は金木水火土の五遊星、それが東井に集まるは、天下を取るしるし。東井は秦の分野に当たる星で、蕹州に帝都を定めるしるしにもなる。東井は水を司る星で、五行思想では水徳。実は前王朝秦は水徳だが、火徳の周にうち勝った意味がある。漢は秦王朝を認めず、周につぐものを漢と見た。後に漢を火徳としたのは、五行相勝説から五行相生説にかえたためである。

〇河図 黄河より現れた龍馬の背にあった図。中央は五の数、四方は一から九までの数を組み合わせてしるした紋様。易の八卦の源流となる。これが受命のしるしとなる。抽象的な記号のような紋様は、神秘的だが、天地の動かしがたい秩序を示すと考えられたのであろう。

 

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

〇奉春 婁敬のこと。劉邦は決めかねていたが張良が長安を推したために長安に決した。最初に長安を勧めた功により劉敬は劉姓を賜り、婁敬から名を改め劉敬とし、郎中に任じられ奉春君の称号を貰った。

 

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

〇皇明 皇は高祖、明は明察。高祖の明察は万里を超えていたと称される。

 

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

〇京 帝都。
カンナ223 

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2013年11月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(4)2-2 文選 賦<112418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩958 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3338

 

(3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

(6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

華山000 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

防禦之阻,則天地之隩區焉。

是故橫被六合,三成帝畿。

周以龍興,秦以虎視。

 

(下し文) (4)2-2

華實の毛は,則ち九州の上腴【じょうゆ】にして、

防禦の阻は,則ち天地の隩區【おうく】なり。

是の故に六合に橫被し,三たび帝畿と成る。

周以って龍興し,秦以って虎視す。

 

(現代語訳)

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

終南山03 

(訳注) (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

○華実之毛 毛は、草、桑、麻、五穀の類をいう。後文に「五穀穎(ほ)を垂れ、桑麻棻(かおり)を鋪(し)く」と対応する。

○上腴 上等の肥沃な土壌。

 

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

隩區 人が安住できる安全な土地。はくまの意。

 

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり

○横被 長安一帯の大地の恩恵が、広く行きわたる。

○六合 天地四方 

○帝畿 畿は帝都に最も近接する地。方千里を王畿という。

 

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

龍興 『尚書』「陛下雖龍興鳳翔。」陛下は龍が天に昇り、鳳凰が飛翔するように、漢の天命を受けました。

○虎視 虎が獲物をねらうときのように、鋭い目つきで見まわすこと。転じて、じっと機会をうかがうこと。
yuugure02 

班孟堅(班固)《西都賦》(3)#2-1 文選 賦<112―3>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩957 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3333

班固《西都賦》(3) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。


2013年11月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(3)2-1 文選 賦<112318分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩957 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3333

 

 

(3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

防禦之阻,則天地之隩區焉。

是故橫被六合,三成帝畿。

周以龍興,秦以虎視。

(5)2-3

及至大漢受命而都之也,

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

奉春建策,留侯演成。

天人合應,以發皇明。

乃眷西顧,寔惟作京。

(6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (3)2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

眾流之隈,汧涌其西。

 

(下し文) (3)2-1

漢の西都は,雍州に在り,寔れを長安と曰う。

左は函谷二崤【にこう】の阻に據り,表にする太華・終南の山を以ってす。

右は褒斜【ほうや】隴首の險に界にし,帶【めぐ】らせに洪河・涇・渭の川を以ってす。

眾流【しゅうりゅう】の隈,汧【けん】其の西に涌く。

 

(現代語訳)

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

長安付近図00 

 

(訳注) (3)2-1

西都賦  (3)2-1

西都長安の客が、東都の主人の求めに応じて、西都の地の利、建築を始めとする豪華な数々の物質文明、豊富な産物、豪傑的人物の輩出、世界最強の軍隊、狩猟、都邑の繁栄、そしてこれを統率する天子の偉大で神のごとき姿を説いて聞かせる。その心は、西都を無視するな、東都はそまつで内部の比でないと説得するにあった。その3回目

 

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

雍州 九州のうちの一つ。挟西省一帯。

○長安 今の西安の西北二十里(約三里)、渭水の南にある。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

○左 東。

○函谷 河南省の北部、秦嶺山脈の東端にある峡谷の地。

二崤 函谷の山にある南峰と北嶋の二山の名。峰がけわしい。

○太華(華山)・終南 陝西省の南部を東西に走る秦嶺山脈の山岳の名。前者は華陰県の南、後者は長安の南にある。ともに高峰。

 

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

○右 西。

○褒斜 秦嶺山脈の西部(陝西)の峡谷で南口を褒、北口を斜という。漢の時四川(蜀)に通ずる交通路として完成。桟道になっている(『史記』の貨殖伝)。長さ四百七十里269km○隴首 山名。頂高山の意。陝西の西にあり、雍州の喉もとにあたる。

○洪河 大河黄河のこと。

○涇 涇水。長安北より、隴山山脈にそって、長安の北東で渭水に流入する川。

○渭 渭水。甘粛省より陝西に入り、秦嶺にそい東流し、北岸は洴水・涇水・洛水を、南岸は秦嶺から発する黒水・灃水・滻水・㶚水その他大小の河川衆流を集め、咸陽・長安を経て潼関で黄河に合流する。
Ta唐 長安近郊圖  新02 

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

○隈 水が陸地に入りこむところ。「衆流之隈、所涌其西」の句は、『後漢書』古抄本にない。前後の行文よりしても疑わしい(『文選』李注義疏)。

○汧水 鳳翔を流れる洴水。陝西の省境前山より流れ、渭水に合流する。文公(765‐前716)のときには,汧水(けんすい)と渭水が合流する付近に都を置いたが,勢力の拡大とともに春秋時代には平陽(陝西省岐山県南西),雍(よう)(陝西省鳳翔県南)に置かれた。

班孟堅(班固)《西都賦》(2)#1-2 文選 賦<112―2>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328

班固《西都賦》(2) 貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。


2013年11月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(2)#1-2 文選 賦<112―2>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(22)-#20韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <869>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3329韓愈詩-220-#20
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 江城子 二首 其一 張泌ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-357-7-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3332
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(2)1-2 文選 賦<112218分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩956 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3328

 

 

西都賦#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

唐長安城図2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

博我以皇道,弘我以漢京。」

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

賓曰:「唯唯。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

主人 其の故を聞き 其の制を睹【み】たるか?」と。主人曰く:

「未し也。願わくば賓、舊【むかし】を懷うの蓄念【ちくねん】を攄【の】べ,古を思うの幽情【ゆうじょう】を發す。

我を博【ひろ】うするに皇道を以てし,我を弘うするに漢京を以てせよ。」とと

賓 曰く:「唯唯。」と。

長安付近図00
『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

博我以皇道,弘我以漢京。」

賓曰:「唯唯。

 

(下し文) 2)#1-2

主人 其の故を聞き 其の制を睹【み】たるか?」と。主人曰く:

「未し也。願わくば賓、舊【むかし】を懷うの蓄念【ちくねん】を攄【の】べ,古を思うの幽情【ゆうじょう】を發す。

我を博【ひろ】うするに皇道を以てし,我を弘うするに漢京を以てせよ。」とと

賓 曰く:「唯唯。」と。

 

(現代語訳)

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

 

(訳注) 2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

貴殿はそのいきさつを耳にされたか、またその都づくりを目にされたか。」東都の主人がいう、

 

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

「まだですよ。願うなら、客人よ、旧都の長安を慕うその積もる思いのたけを、開陳してほしい、古きことを忘れない深い心情をうち明けてほしいのです。

 抒と同じ意。口に出してのべる。

 つもる思い。

 

博我以皇道,弘我以漢京。」

古えよりの帝王の道を語られ、私の足らぬ知識をひろげることになるので、漢の旧都を語っていただき、私のせまい心をひろくしてください。」

○博我 『論語』に「我を博むるに文を以てす」(顔淵篇)。○皇道 帝王の道。

 

賓曰:「唯唯。」

客人はいう、「はいはい。」と二つ返事をする。

漢魏隋唐の洛陽城 


班孟堅(班固)《西都賦》(1)#1-1 文選 賦<112―1>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩955 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3323

班固《西都賦》(1) 東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。


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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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班孟堅(班固)《西都賦》(1)1-1 文選 賦<112118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩955 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3323

 

 

固(はん こ、32 - 92年(建武八年 - 永元四年)は中国後漢初期の歴史家、文学者。字は孟堅。班超、班昭の兄。班勇(班超の三男)の伯父。「漢書」の編纂者として一般に知られるが、文学者としても「両都賦」などで名高い。

父班彪も歴史家であり、班固に先立ってすでに65編を編纂していた。班固は勅命により、父の業績を引き継ぎ、漢書をほぼ完成させたが、永元4年(92年)、和帝は竇憲一派の逮捕を命令し、班固もまた竇一族の娘を娶っていたため、この事件に連座して獄死した。

その後、未完の部分は妹の班昭が完成させた。

 

83年(章帝建初8年)頃の成立。題は西都(長安)賦と東都(洛陽)賦の意。

東都の主人と西都の客とを登場させ、西都の客が旧都長安の美しさ、文化や制度が整っていることを誇張表現し、そのあと東都主人が西都の客の主張に論じかえしながら、東都の美しさを語らせたもの。

班固は後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた。

『文選』等に収録されている。

 

 

西都賦#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

2)#1-2

主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:

「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。

博我以皇道,弘我以漢京。」

賓曰:「唯唯。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

西都賦  (1)-#1-1

有西都賓問於東都主人曰:

「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。

輟而弗康,寔用西遷,作我上都。

 

(下し文)

西都の賦  (1)-#1-1

西都の賓有り東都の主人に於て問いて曰く:

「蓋し、聞く皇漢の初め、經營するや,嘗て 河洛に都にするに意有りしか。

輟【や】めて康かる弗【まじ】として,寔【ここ】を用て西に遷り,我が上都を作れりと。

 

(現代語訳)

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 

 

(訳注)

西都賦  (1)-#1-1

西都長安の客が、東都の主人の求めに応じて、西都の地の利、建築を始めとする豪華な数々の物質文明、豊富な産物、豪傑的人物の輩出、世界最強の軍隊、狩猟、都邑の繁栄、そしてこれを統率する天子の偉大で神のごとき姿を説いて聞かせる。その心は、西都を無視するな、東都はそまつで内部の比でないと説得するにあった。

 

有 西都賓 問 於東都 主人曰:

東都に現れた西都の客人が、東都の主人に尋ねていう、

 

「蓋聞 皇漢之初 經營 也,嘗 有意乎 都 河洛矣。

「たしか聞くところによれば、漢が初め計画をたて都を営むに当たり、高祖は一時河洛の地洛陽に都したいと思われたことがあったという、

○皇漢 皇は美称。漢の国または王室。

○河洛 洛陽。東都は黄河の南、洛水の北にある。下図に示す通り漢魏の洛陽は小規模で唐時代の洛陽の1/5以下であった。

<!--[if !vml]-->漢魏隋唐の洛陽城<!--[endif]-->



輟 而弗康,寔 用 西遷,作 我 上都。

落ち着かぬと中止され、そこで西の長安にうつり、我が帝都を作られたという。

 停止する。中止と同じ。

弗康 落ちつかぬ。

○我 敬愛をこめた表現。

○上郡 天子の居る都。
杏の白花012


 

<!--[if !vml]-->touRAKUYOjou600<!--[endif]-->

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(8) 文選 賦<111―8>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩954 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3318

班固《兩都賦序》(8) 西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(20)-#18韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <867>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3319韓愈詩-220-#18
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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#6

#6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

#7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

カンナ113 

#8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおり、

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 pla033

 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

折以今之法度。其詞曰。

 

 

 

(下し文)

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 

(現代語訳)

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

杏の白花012 

(訳注) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

西土 洛陽の西地方の長安。

耆老 者は六十歳(『爾雅』、曲礼)、または七十以上(『説文』)。老は七十(『説文』)、五十以上の説あり。父老。漢に三老の制があり教化の職に当たる。

上之睠顧 天子の愛顧。

 

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

晒 せまい。後漢初めの文人杜篤(ととく)に「都を論ずるの賦」がある。その中に「洛邑の淳濚(小さいさま)たる、なんぞぞ以て万乗(光武帝)を居らしむるに足らんや。」という。洛陽遷都に反対し帝王を風刺する一節。洛陽が長安より小さいことが問題となっていた一例である。ただし実は旧都長安を見棄てはすまいかという不安があったからである。この杜篤も長安近く杜陵の人であった。「洛邑を陋とする議あり」の中には、この賦のことも班固の念頭にあったろう。

雒邑 洛陽の都。邑は国都。

 

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

眩曜 まばゆいばかりに光りかがやくこと。まぶしくて目がくらむこと。また、目をくらますこと。

 

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。
 珠櫻001

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313

(班固)《兩都賦序》(7) さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。


2013年11月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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班孟堅(班固) 《両都賦序》(7) 文選 賦<111713分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313

 

#6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

#7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

 

#8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

折以今之法度。其詞曰。

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

nat0022 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #7

臣竊見海清平,朝廷無事,

京師脩宮室,浚城隍,

起苑囿,以備制度。

 

(下し文) #7

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

 

(現代語訳)

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

 

(訳注) #7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

 四海のうち。世界の四方の地の果ては、断崖があり大海であること。

無事 平穏。明帝の世をいう。班固は明帝に親しまれた。明帝の時は、異民族の帰順もあり、諸制度も整備され、王室の子弟の学校教育も、諸王族、功臣の子弟の教育も盛んであった。瑞祥の出現もあり、これはしくまれたものであったかも知れないが、ともかくも太平の時代とされたことをいう。

 

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

京師 京は高い岡。『風俗通義』(応邵の著)に「絶【はなは】だ高大なるものを京となす。天地の性の自然なり。」師は衆(抽)い。高丘に都を築き人の集まる所。ここは洛陽をいう。

 

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

苑囿  古代中国において広大な範囲に禽獣を放し飼いにした自然庭園で,本来は城郊に設けられ,皇帝の巡狩(じゆんしゆ)に使用された場所であった。上林苑:中国、長安の西方にあった大庭園。秦の始皇帝が創設し、漢の武帝が拡張した。周囲約150キロに及び、内に苑36、宮12、観25を設け、世界の珍獣・奇草を集めたという。
終南山04 

班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111―6>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308

班固《兩都賦序》(6) これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

2013年11月18日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111―6>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(18)-#16韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <865>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3309韓愈詩-220-#16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 77《蒿里曲》 無名氏  挽歌 漢・樂府  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3311 (11/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 酒泉子 二首之二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-353-7-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3312
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111613分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308

 

 

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

#5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

 #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

 

カンナ113 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

斯事雖細,然先臣之舊式,

國家之遺美,不可闕也。

 

(下し文) #6

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

(現代語訳)

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

 

(訳注) #6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

 皐陶、奚斯など。

 

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

 司馬相加以下言語侍従の臣に、侃寛以下公卿大臣。

先臣 相如以下の人々を指す。

 

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

国家 王室をいう。せまく限定すれば天子。『後漢書町に「皆国家の謀慮に自(よ)る」(漏異伝)とあるが、これは光武帝を指す。DCF00021

班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111―5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303

班固《兩都賦序》(5) だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。
 

2013年11月17日  の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111―5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(5) 文選 賦<111513分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩951 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3303

 

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

#5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。 

01boudake5 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #5

且夫道有夷隆,學有麤密,

因時而建德者,不以遠近易則。

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

 

(下し文) #5

且つ夫れ道に夷隆有り,學に麤密【そみつ】有り。

因って時に 德を建つる者は,遠近を以って則を易えず。

故に皋陶【こうよう】の虞を歌い,奚斯【けいし】の魯を頌せる,

同じく孔氏に采られて見,于詩書に列せり,其の義一なり。

 

(現代語訳)

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

sunrise001 

 

(訳注) #5

且夫道有夷隆,學有麤密,

そういうことから、世の道の歩みには、盛衰があり、文人の学問も粗密・深浅がある。

夷隆 衰うと盛んなると。

 

因時而建德者,不以遠近易則。

だが時運に応じ、学徳を積む者は、今も昔も頌歌を作るしきたりをかえるものではない。

遠近 古今。

 

故皋陶歌虞,奚斯頌魯,

だから堯舜の世の賢臣といわれた皐陶は、舜の賛歌を歌い、周の世の魯の公子奚斯は、魯のため頭歌を作り、

皐陶 有虞氏 舜の臣。

歌虞 舜を歌う。

奚斯 魯の公子奚斯。

 

同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。

二つとも同じく孔子に採られて、『詩経』や『書経』に組み入れられた。その道理はいつの時代でも同じである。

詩書 『詩経』や『書経』。孔子の死後、儒家は八派に分かれた。その中で孟軻(孟子)は性善説を唱え、孔子が最高の徳目とした仁に加え、実践が可能とされる徳目義の思想を主張し、荀況(荀子)は性悪説を唱えて礼治主義を主張した。『詩』『書』『礼』『楽』『易』『春秋』といった周の書物を六経として儒家の経典とし、その儒家的な解釈学の立場から『礼記』や『易伝』『春秋左氏伝』『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』といった注釈書や論文集である伝が整理された(完成は漢代)。
終南山04 

班孟堅(班固)《兩都賦序》(4) 文選 賦<111―4>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩950 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3298

(班固)《兩都賦序》(4)そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。


2013年11月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《兩都賦序》(4) 文選 賦<111413分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩950 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3298

 

 

東漢·班固 兩都賦序

        或曰:賦者,古詩之流也。昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。大漢初定,日不暇給。至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,以興廢繼,潤色鴻業。是以庶悅豫,福應尤盛,白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。神雀五鳳甘露龍之瑞,以為年紀。故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,朝夕論思,日月獻納;而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。故孝成之世,論而之,蓋奏御者千有餘篇,而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

 

        且夫道有夷隆,學有密,因時而建德者,不以遠近易則。故皋陶歌虞,奚斯頌魯,同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。稽之上古則如彼,考之漢室又如此。斯事雖細,然先臣之舊式,國家之遺美,不可闕也。臣竊見海清平,朝廷無事,京師脩宮室,浚城隍,起苑囿,以備制度。西土耆老,咸懷怨思,冀上之顧,而盛稱長安舊制,有陋邑之議。故臣作兩都賦,以極人之所眩曜,折以今之法度。其詞曰。

 

 

#1

或曰:賦者,古詩之流也。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

大漢初定,日不暇給。

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

「賦は古詩の流派」という者がある。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

以興廢繼,潤色鴻業。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

 

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文)  #4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

 

(下し文) #4

或は以て下情を抒べて諷諭を通じ、或は以て上徳を宣べて忠孝を盡し、

薙容揄揚して、後嗣に著せり。抑【そもそ】も亦た雅頌の亜【つぎ】なり。

故に孝成の世、論じて之を録す。蓋し奏御せる者、千有餘篇なり。

而る後大漢の文章、炳焉【へいえん】として三代と風を同うせり。

 

(現代語訳)

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

 

 

(訳注) #4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,

あるいはそれで下々のようすを把握して、天子に直諫せずそれとなく諭す。あるいは天子の徳を全て具体的に明らかにすることで、忠孝をつくすのである。

抒 取り出してのべる。

下情 宣帝紀に地節二年「群臣をして封事を奏するを得しめて下情を知る」とある。

諷諭 それとなくさとす。直諫ではない。

 

雍容揄揚,著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

天子にふさわしく大らかにほめそやして、その時代の世の人に見せてくれる。そもそもこういうことは『詩経』の雅と頌とに次ぐものなである。

薙容 つりあいがとれて、ゆとりのあるさま。天子にふさわしく大らかに。

揄揚 揄は説文に「引」、ひっぱる。揚はあがる。物に託して高くする意。ほめそやす。

雅頌 『詩経』の六義に風・賦・比・興・雅・頌とあり、文体の名。雅は「天下の事を言ひ、四方の風を形す。これを雅と謂ふ。」(『詩経』の大序)。頌は「盛徳の形容を美とし、其の成功を以て、神明に告ぐる者なり。」(同上)とある。朕は『詩経』の雅頌に次ぐ文学とみられた。

 

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

されば成帝の代に、経伝、諸子、詩賦を整理してこれを記録した。およそ天子に奏上したものはこの時、激増して、千篇を遙かに超えるものであったという。

論而録之 芸文志に「成帝の時に至り、光緑大夫劉向に詔して、経伝、諸子、詩賦を校せしむ。」とある。

千有余篇 成帝は、謁者の官(詔を奉ずる使者)の陳虔というものに命じ、全国から書を求めさせた(河平三年)。この年劉向は宮廷の秘書を校訂した。芸文志によると「凡そ詩賦百六家千三百一十八篇」とある。ここから歌詩の類を除いても、七十八家一千四篇となる。宣帝と成帝の代に激増した。

 

 

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

かくて大漢の文学は、あきらかに夏・殷・周の三代と文風を同じくしたのである。

文章 文学。

柄焉 あきらかに。

三代 夏・殷・周。

班孟堅(班固)《兩都賦序》(3) 文選 賦<111―3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩949 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3293

(班固)《兩都賦序》(3) 武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。



班孟堅(班固)《兩都賦序》(3) 文選 賦<111―3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩949 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3293



《兩都賦序》#1

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

以興廢繼

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,
そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向とい

った面々が属し、
朝夕論思,日月獻納;

朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

而公卿大臣,御史大夫倪寬、
そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常孔臧、太中大夫董仲舒、
太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。
宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

桜桃002

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。


 (下し文)

雀【しんじゃく】五鳳【ごほう】甘露【かんろ】黄龍【こうりょう】の瑞【ずい】、以て年紀と為す。

故に言語侍従の臣には、司馬相如、虞丘轟王、東方朔、枚皐、王襲、劉向の属の若き、

朝夕に論思して、日月に厳刑す。

而して公卿大臣には、御史大夫侃寛、太常孔威、大中大夫董仲野、宗正劉徳、太子太樽蒲望之等、時時間作る。


(現代語訳)

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

文具-峡



(訳注) #3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

神雀()、五鳳、甘露、黄龍の瑞祥は、年号にあてられる。

神雀五鳳甘露黃龍 宣帝の在位期間中(前73年 - 前49年)の年号

本始 : 前73年 - 前70年

地節 : 前69年 - 前66年

元康 : 前65年 - 前61年

神爵 : 前60年 - 前58年

五鳳 : 前57年 - 前54年

甘露 : 前53年 - 前50年

黄龍 : 前49年

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,朝夕論思,日月獻納;

そうして、言語で天子に侍従する文学の臣には、司馬相如・虞丘寿三・東方朔・枚皋・王褒・劉向といった面々が属し、朝から夕方まで討論沈思して、日々月々に天子に善言をたてまつるのである。

言語 言葉。孔門の四科の一つ。辞令(ことばづかい)と同じ。その修辞にすぐれている侍従の臣を言語侍従の臣という。

司馬相加 あざなは長卿(前石九-前二七)。宮廷賦家。「子虚・上林の賦」「長門の賦」は『文選』にある。外に「大人の賦」も有名。

司馬相如 《子虚賦 》(1)#00 文選 賦<109-#0-09分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩880 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2948

司馬相如 《子虚賦 》(26)#10-3 文選 賦<109-#10-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩905 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3073

司馬相如 《上林賦 》(41)―#13-5  文選 賦<110-#13-5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278 (上林賦―最終回)

虞丘寿王 吾丘とも書く。生歿年月未詳。格五(五目ならべの頼)で宮廷にとり入り、学者董仲野に『春秋』を学び、言論で知られた。辞賦の作品は記録がない。元鼎四年、宝鼎が出土した時、群臣は周のものを得たとはめでたいとしたが、寿王だけ反対した。武帝にとがめられて、こう答えた。「周は名天子がいたから鼎が出た。秦は始皇帝がこれを求めても出なかった。漢は高祖以来武帝まで聖天子であったから、おのずから出土することになった。まさに天が漢に賜ったもの。周の宝でなく漢の宝である」と(『漢書』本伝)。まさに言語侍従の臣である。

東方朔 (前154‐前93)中国,前漢時代の文学者。字は曼倩。滑稽と弁舌とで武帝に侍した,御伽衆(おとぎしゆう)的な人物。うだつの上がらぬ彼を嘲笑した人々に答えて〈答客難〉を書く。彼は,自分は山林に世を避けるのではなく朝廷にあって隠遁しているのだと主張する。この〈朝隠(ちよういん)〉の思想は六朝人の関心をあつめ,例えば彼の生き方をたたえる夏侯湛〈東方朔画賛〉には王羲之の書がのこることで有名である。また漢代すでに彼にまつわる神仙伝説が発展し,太白星の精であり,長寿を得たともされるほか,トリックスターとして,孫悟空の天宮を閙(さわ)がすといった物語のもとになる伝説も彼に付随する。

枚皋 あざなは少帯(在世年数未詳)。有名な賦家枚乘の庶子。「平楽観の賦」を作り、武帝にみとめられ、郎となる。「皇太子生るるの賦」を東方朔とともに作り、武帝は枚皋の作を東方朔のより上だと評した。賦の題材は種々で、天子の巡行にも従い、狩猟、射術、馬術、蹴鞠、刻鐘(彫刻)などを始め、武帝が感ずるところがあれは、すぐ賦にのせたという。大文人の司馬相如よりでき上がるのが早く、そのため俳侶なみに見なされた。東方朔も同じだが、朔を嘲笑し、そしてみずからも自嘲したといわれる。戯れの賦多く、人をよろこばす芸人の卑屈さを知っていたのであろう。読むに足るもの百二十篇があったというが、読むに足らぬ数十篇とともに今は見ることができない(『漢書』本伝)。朗詞による修辞の妙技、それにのせた内容が低級にせよ一種の賦であり、知識階級はともかく、一般の人々には人気があり、楽しまれたであろう。それは高級作品の現れてくる底辺の広さを示するものであり、文学の域を広げるものである。

王褒 あざなほ子淵、前漢中期宜帝の時の賦家(在世年数未詳)、蜀郡士女讃の人。武帝に関する故事ならびに六芸の群書に通じた。諌大夫に任用さる。宣帝の文学奨励のもとでその文才をみとめられる。「洞簫の賦」(『文選』)はその最大傑作。宣帝の太子は後宮の貴人らにこれを詞読させた。また「頌」と題する「甘泉の頌」「金馬碧鶏の頌」(以上「全漢文」)、「聖主賢臣を得るの頌」(「全供文」所載)を作る。「頌」と題するが賦体である。前記「洞篇の賦」を「頌」に作る(『漢書』)例もあり、賦が宮廷頌歌である場合では、「賦頌」ともいわれた。蜀の益州刺史王褒のため作った「中和、楽職、宣布の詩」は、宣帝の文教政策が地方におよんだことを示すものであるが、これも頌といわれた。この外「九懐」(『楚辞』系)、「四子講徳論」(『文選』)、「傽約」(「全漢文」)などがあり、後の二第も賦体をなす。最後の一第は奇文といわれ、宮廷頒歌と違い局の民間地主と使用人との対話をユーモア気味に表現した。『漢書云文志』には、十六篇あったと記す。神雀(爵とも書く)、五鳳、甘露、黄龍などの瑞祥がしきりに現れ、宣帝は年号の名とした。天下太平のしるしであり、文学の土はこれに対応したのである。

劉向 前漢の学者。本名は更生(成帝即位の年,前32年に向と改名),字は子政。沛(はい)(江蘇省沛県)の人。漢高祖の同父弟である楚元王交の子孫。12歳で任子により郎官となり諫大夫に任用される。宣帝が学者をブレーンとして集めたとき,彼もそこに加わる。春秋学の中の春秋穀梁学を修め,また宮中の図書館(石渠閣)で五経を講じた。郎中から給事中,光禄大夫,中塁校尉と官職を歴任するが,特に元帝期には蕭望之,同堪らとともに国政を指導,元帝期の宦者(かんじや)石顕,成帝期の外戚王氏らの横暴に反対し,ためにしばしば投獄免官される。

而公卿大臣,御史大夫倪寬、

そして公卿大臣には、御史大夫の侃寛を、

公卿 三公九卿、三公は武帝のころは、丞相、御史大夫、大司馬を指す。成帝の時は、丞相、大司空、大司馬。哀帝の末年は、大司徒、大司空、大司馬とする。九卿は、太常(宗廟の礼を掌る)。光緑勲(宮殿の門を掌る)、衛尉(または中大夫令といい、宮門を警衛、駐屯する兵を掌る)、太僕(輿馬を掌る)、廷尉(または大理といい刑獄を掌る)、大鴻矑(または大行令。諸侯、属国の蛮夷を掌る)、宗正(または宗伯といい、王族を掌る)、大司農(または大農令。穀物家畜を掌る)、少府(山海地沢の税を掌る)。以上九人の中央官庁の長官をさしていう、行政に当たる。

大臣 官位の高貴なものの敬称。

倪寬 兒にも作る。あざな、在世年数未詳。刻苦して学問にはげみ、試験に及第、司法関係の職につき、御史大夫となり、武帝に知らる。侍御史、中大夫(諌大夫の上位の官)、左内史(京師の左馮翊地区の長官も歴任した。司法はもとより、農業、潅漑工事、租税などの問題を解決、また封禅には、諸儒に反対し、司馬相如の遺書(封禅文のこと。『文選』に見える)を見せ、武帝の意にそうて新しい礼を行う。典型的模範官僚。そして「よく文を属(車)る。然れども武につたなし」といわれた。芸文志に「賦二篇あり。亡ぶ。」とある。


太常孔臧、太中大夫董仲舒、

太常の官の孔臧、大中大夫の董仲舒を、

 孔子九世の子孫孔鮒の従曾孫、孔子十二世の子孫孔安国(武帝の時諌議大夫)の従兄。あざな、在世年数未詳。文辞の時蓼公となる。武帝の時太常(前掲)。官吏の文教政策を推進、五経博士らとはかり、地方官の再教育を太常で行い、また小吏の律令に暗いものも教育し、文学礼儀の士をそこから抜擢した。辺地の郡では暗詞の優劣できめた。これには細則もついており、それぞれ服務する官位も定まっていた。賦家としては、芸文志に賦二十簾と記すも今は多くはほろんでしまった。

太中大夫 議論を掌る官。この下に中大夫、諌太夫あり。

董仲舒 前漢の学者。広川(河北省)の人。若くして春秋公羊学(くようがく)を修め,3年のあいだ庭に出ることもなく,猛勉強したという。人柄が謙虚であり,言動はつねに礼法にかなっていたので,信望が高く,景帝のとき博士となった。武帝が位につくと,賢良として策問に応じて,〈六芸(りくげい)の科,孔子の術にあらざる〉諸子百家をしりぞけて,儒教を唯一の正統思想とすべきことを奏上し,この意見がきっかけとなって儒教の国教化が実現した。


宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

宗正の官の劉徳、太子太傳の蕭望之などのお歴々が、時々こもごもに文を綴る。

劉德 あざなは路叔。在世年数は未詳。劉向の父。宗主の中で抜群の人材であった。宗正には武帝の子の昭帝の時になったが、その間謀叛事件を裁き、大鴻矑の丞、大中大夫となる。時の権力者霍光を非難し庶人となったが、一年有余で復帰する。宣布擁立の功で、関内侯の爵位を得、ついで陽城侯となる。子の錬金術失敗を罪すべしと上書し、大臣の資格なしとされ、諡を繆侯とされた。一生を漢家の護持にささげたといってよかろう。芸文志に「陽成侯劉徳の賦、九篇」とあるが今は全くほろんで残った断片もない(『漢書』本伝)。

太子太傳 太子の教育輔導官。ここは、宣帝の皇子、後の元帝。宣帝の許皇后自殺後、王皇后に表わる。

蕭望之 (しょう ぼうし、? - 紀元前46年)は、前漢の政治家。字は長倩、東海郡蘭陵の人で後に杜陵に移る。実家は代々農業を家業としていたが、彼は学問を好み、詩経、論語、儀礼(礼服篇)などを学び、長安でも名を知られるようになった。

大将軍霍光の時代、その部下であった丙吉が彼を推薦したが、霍光が面会の際に武器を持っているか身体検査をし、更に両脇に役人がつき従うという扱いに抗議し、周公旦の態度との違いを直言したことで霍光に嫌われ、任用されなかった。

その後、問題に対する解答が優秀であったことで郎になるが、数年後、弟が法を犯したことで罷免され、郡の役人となった。その後当時御史大夫だった魏相が彼を御史府の役人に取り立て、孝廉に挙げられ大行治礼丞となった。 民間にいた時代に学問を学び、既に儒者蕭望之の名を知っていた宣帝は、霍氏を排除して有能な者を任用せよという上奏を納れ、彼を謁者とした。蕭望之は更に諫大夫、丞相司直と一気に昇進し、一年間で二千石の官にまで登り、霍氏が排除されると更に重用されるようになる。

宣帝は彼を平原太守に任命したが、朝廷で活躍することを望む蕭望之は「朝廷が重要であって外郡が治まらないのは憂うまでもない」と暗に自分を朝廷に戻すことを要求し、納れられて少府に任命された。 その後、蕭望之を今度は左馮翊に任命した。今回も蕭望之はこれを左遷と考えて病気を称し仕事に就こうとしなかったが、治民の能力を試す必要があるという宣帝の説得で仕事に就いた。 左馮翊として優れた実績を挙げ、大鴻臚に移り、神爵3年(紀元前59年)御史大夫丙吉が丞相に昇進すると御史大夫となった。

あさがお002 




2013年11月15日 の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(2) 文選 賦<111―2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩948 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3288

(班固)《兩都賦序》(2) 武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
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『花間集』継続中 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(2) 文選 賦<111213分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩948 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3288

 

 

兩都賦序#1

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

#2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

以興廢繼,潤色鴻業。

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

#3

神雀五鳳甘露黃龍之瑞,以為年紀。

故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,

朝夕論思,日月獻納;

而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。

#4

或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,

著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。

故孝成之世,論而錄之,蓋奏御者千有餘篇,

而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

01boudake5 

 

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

以興廢繼,潤色鴻業。

是以眾庶悅豫,福應尤盛,

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

 

 

(下し文) #2

武宣【ぶせん】の世に至りて、乃ち禮官を崇び、文章を考う。

内には金馬、石渠【せききょ】の署を設け、外には欒府、協律の事を興し、

以てれたるを興し、絶えたるを継ぎ、鴻業【こうぎょう】を潤色す。

是を以て衆庶【しゅうしょ】悅豫【えつよ】して、がん福應【ふくおう】尤も盛なり。

白麟【はくりん】赤雁【せきがん】、芝房【しぼう】寶鼎【ほうてい】の歌、郊廟【こうびょう】に薦める。

 

 

(現代語訳)

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

魚玄機が宮島に 

 

(訳注) #2

至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,

武帝・宣帝の代になり、はじめて礼楽の制度を重視し、文教政策を検討し、

 前漢の武帝・帝。前漢の第9代皇帝。武帝の曾孫。初め民間に育ち、霍光に擁立されて皇帝に即位した。

 礼を司る官の総称。『漢書(武帝紀)』に、元朔五年六月、詔して、今礼楽はくずれてしまっているから、礼官をして学を勧め、散逸の文献を記録させ、礼楽を復興させよとある。また武帝の曾孫の宣帝紀に、甘露一年詔して、五経の同異を講ぜしめ、帝みずから是非を決めたとある。そのころの賦家王褒は、「四子講徳論」を作り、六芸を衣服にまとったような帝王だと、宣帝をたたえた。

 

設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,

宮廷内には、文学の士の出仕する金馬門という役所、石葉という図書館を設け、宮廷外には、楽府という音楽関係の役所、協律都尉という音楽長官の制度を新設し、

金馬 漢の官門の名。門のそばに銅鳥があった。門は官署の門である。鋼馬は中央アジアの大宛国の汗血馬を得た武帝が作らせたもの。金馬門の官署に、文学の士が任官の詔の下るのを待った。

石渠 閣の名。『三輔黄図』にょると、蕭何の造営、石をしき渠(ほり)を作り、水を引く。秦の図書をここに収め、成帝の時には大切な秘書の書庫とした。

楽府 天を祭る礼をさだめ、そのため音楽の役所(府)を設けた。そして地方の詩歌まで集め、楽器にかけた。それより、この類の歌を楽府という。

協律 音律をととのう。武帝は李延年をその任にあて、司馬相如ら数十人に、詩賦を作らせ、律呂をしらべ、楽器に合わせた。以上『漢書』の礼楽志による。

 

以興廢繼,潤色鴻業。

廃止されたものを再興し、中絶したものを継続し、偉大な帝業を潤色して飾る。

潤色 色とは飾ること。

 

是以眾庶悅豫,福應尤盛。

そのため、万民は悦び楽しみ、めでたいしるしは、ことの外盛んに現れる。

福応 祥瑞。

 

白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。

その瑞祥にちなみ、白麟、赤雁、芝房、宝鼎の歌が作られて、天地を祭る廟にささげられる。

白麟 元狩元年、蕹(陝西省の西境)に行幸し、これを得て歌を作る(武帝紀)。

赤雁 大始三年、東海(山東省江蘇以東の郡名)に行幸し、これを得て朱雁歌を作る(同上)。

芝房 元封二年、甘泉官(陝西の甘泉山にあり)に行幸し、その後房に、九茎連葉の瑞草、一名霊芝が生えたので、後房を芝房といい、その歌を作る(同上)。この瑞草は長寿の仙草。

寶鼎 元鼎四年、汾陰の后土(太一の神)を祭るそばから、珍しい鼎が出た。また駿馬が水中より出たので神馬と称し、宝鼎天馬歌を作る。序文は天馬を省く。礼楽志には元鼎五年とし、神馬は元狩三年とす。また芝房は斎房と記す。
花蕊夫人006 

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(班固)《兩都賦序》(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

2013年11月13日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《兩都賦序》文選 賦<1111>8分割8回 Ⅱ李白に影響を与えた詩947 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3283

 

 

固(はん こ、32 - 92年(建武八年 - 永元四年)は中国後漢初期の歴史家、文学者。字は孟堅。班超、班昭の兄。班勇(班超の三男)の伯父。「漢書」の編纂者として一般に知られるが、文学者としても「両都賦」などで名高い。

父班彪も歴史家であり、班固に先立ってすでに65編を編纂していた。班固は勅命により、父の業績を引き継ぎ、漢書をほぼ完成させたが、永元4年(92年)、和帝は竇憲一派の逮捕を命令し、班固もまた竇一族の娘を娶っていたため、この事件に連座して獄死した。

その後、未完の部分は妹の班昭が完成させた。

 

両都賦(りょうとふ)は、中国の詩作品のひとつである。中国後漢の歴史家・文学者である班固(32 - 92年)の作。

 

 

83年(章帝建初8年)頃の成立。題は西都(長安)賦と東都(洛陽)賦の意。

東都の主人と西都の客とを登場させ、西都の客が旧都長安の美しさ、文化や制度が整っていることを誇張表現し、そのあと東都主人が西都の客の主張に論じかえしながら、東都の美しさを語らせたもの。

班固は後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた。

『文選』等に収録されている。

 

序文は、賦の文学論を説いたのでない。西漢の文人にならい、洛陽の長安にまさる美点をうたう東漢の賛歌を作るというのである。次の「両都の賦」は、長安洛陽の比較論である。賊は修辞文学という宿命を脱することはできないが、時の王室、政治そして文明に対する批評もある。賛歌の壁を破れないため、批評の表現も弱められているが、修辞にひそむ風刺は看取できるであろう。西漢の宣帝の時、辞賦ほさしあたり必要ないものだとの意見に対し、宣帝は『論語』を引いて、なにもしないより将棋でもするがましだというが、辞既の大なるものは古詩と同じ価値があり、小なるものでも、美麗で楽しめる。女の手わざに綾ぎぬがあり、音楽に衡衛の娯楽音楽があり、世俗の耳目をなぐさめる。これにくらべると辞賦は、仁義も風刺もあり、鳥獣草木などの知識も得られ、倡優や将棋よりはるかにまきるといったという(『漢書』の王褒伝)。この言は為政者の文教政策的意識があり、倫理的価値観から賦を見ており、今日の近代的文学観にさほど遠いとしても、時評的な「両部の賦」と「二京の賦」とは、その批評精神によって、現代にも通じる文学性をもっている。

 

 

(原文)
東漢·班固 兩都賦序

        或曰:賦者,古詩之流也。昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。大漢初定,日不暇給。至於武宣之世,乃崇禮官,考文章,設金馬石渠之署,外興樂府協律之事,以興廢繼,潤色鴻業。是以庶悅豫,福應尤盛,白麟赤雁芝房寶鼎之歌,薦於郊廟。神雀五鳳甘露龍之瑞,以為年紀。故言語侍從之臣,若司馬相如虞丘壽王東方朔枚皋王褒劉向之屬,朝夕論思,日月獻納;而公卿大臣,御史大夫倪寬、太常孔臧、太中大夫董仲舒、宗正劉德、太子太傳蕭望之等,時時間作。或以抒下情而通諷諭,或以宣上德而盡忠孝,雍容揄揚,著於後嗣,抑亦雅頌之亞也。故孝成之世,論而之,蓋奏御者千有餘篇,而後大漢之文章,炳焉與三代同風。

 

        且夫道有夷隆,學有密,因時而建德者,不以遠近易則。故皋陶歌虞,奚斯頌魯,同見采於孔氏,列于詩書,其義一也。稽之上古則如彼,考之漢室又如此。斯事雖細,然先臣之舊式,國家之遺美,不可闕也。臣竊見海清平,朝廷無事,京師脩宮室,浚城隍,起苑囿,以備制度。西土耆老,咸懷怨思,冀上之顧,而盛稱長安舊制,有陋邑之議。故臣作兩都賦,以極人之所眩曜,折以今之法度。其詞曰。

 

 兩都賦序 #1(8分割) 

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

(兩都の賦序)

或ひと曰く:賦は,古詩の流れ也と。昔 成康沒して 頌聲【しょうせい】寢【や】み,王澤【おうたく】竭【つき】て 詩作【おこ】らず。大漢初めて定めて,日 給するに。

暇あらず。 

くちなしの実01 

『兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文)

兩都賦序

或曰:賦者,古詩之流也。昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。大漢初定,日不暇給。

 

(下し文)

(兩都の賦序)

或ひと曰く:賦は,古詩の流れ也と。昔 成康沒して 頌聲【しょうせい】寢【や】み,王澤【おうたく】竭【つき】て 詩作【おこ】らず。大漢初めて定めて,日 給するに。

暇あらず。

 

(現代語訳)

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

「賦は古詩の流派」という者がある。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

 

(訳注)

兩都賦序

(後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた賦。序文)

班固は後漢の皇帝である和帝(在位88 -105年)が都を洛陽(東都)から前漢時代の都の長安(西都)に移そうとするのを危惧して、この賦を作りいさめた。『文選』等に収録されている。西漢の文人にならい、洛陽の長安にまさる美点をうたう東漢の賛歌を作るというものである。「西都賦」、「東都賦」により、長安洛陽の比較論をしている。賊は修辞文学という宿命を脱することはできないが、時の王室、政治そして文明に対する批評もある。賛歌の壁を破れないため、批評の表現も弱められているが、修辞にひそむ風刺は看取できるもである。

班孟堅/班固(はんこ、32 - 92年(建武八年 - 永元四年)は中国後漢初期の歴史家、文学者。字は孟堅。班超、班昭の兄。班勇(班超の三男)の伯父。「漢書」の編纂者として一般に知られるが、文学者としても「両都賦」などで名高い。

父班彪も歴史家であり、班固に先立ってすでに65編を編纂していた。班固は勅命により、父の業績を引き継ぎ、漢書をほぼ完成させたが、永元4年(92年)、和帝は竇憲一派の逮捕を命令し、班固もまた竇一族の娘を娶っていたため、この事件に連座して獄死した。

その後、未完の部分は妹の班昭が完成させた。

 

 

或曰:賦者,古詩之流也。

「賦は古詩の流派」という者がある。

・古詩之流 『詩経』序曰「詩有六義焉,一曰風,二曰賦,三曰比,四曰興,五曰雅,六曰頌。上以風化下,下以風刺上,主文而譎諫,言之者無罪,聞之者足以戒,故曰風。」

 『詩経』の大序に「詩に六義あり。一に日く風、二に日く賦、三に日く比、四に日く興、玉に日く雅、六に日く頌」とある。(上は以って下を風化し、下は以て上を風刺す。文を主とし譎諫【きつかん】す。之を言う者は罪無く,之を聞く者は以て戒しむるに足る,故に風と曰う。)

故に賦は古詩の流を為す也。文證を諸引し,皆 先ず以って明後に舉ぐ,以て作者は必ず祖述ぶ所有りと示す也。他 皆 此に類す。

 

昔成康沒而頌聲寢,王澤竭而詩不作。

思えば、昔周の初期、成王・康王が世を去って、頌歌の声はいつのまにかとだえ、康王の恩沢はつきはてて、詩はあらたに復活することもなかった。

・成康 周の成王と康王。成王は武王の子。康主は成王の子。成康時代は天下太平であったが、康王の子昭王の代より傾いた。

・頌 『詩経』の大序に「その成功を以て神明に告ぐるなり」とある。

・王澤 具体的には成・康両王のめぐみ。「礼儀に止まるは先王の沢なり」(『詩経』の序)。

・詩不作 「王者の跡息(や)みて詩亡ぶ」(『孟子』)。

 

大漢初定,日不暇給。

大漢の御代が定まったばかりのころは、多事多忙、詩を作る余裕はない。

大漢 漢の美称。光武帝の天下平定をいう。
魚玄機が宮島に

司馬相如 《上林賦 》(41)―#13-5  文選 賦<110-#13-5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278 (上林賦―最終回)

司馬相如 《上林賦 (41)(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。


2013年11月12日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(41)―#13-5  文選 賦<110-#13-5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278 (上林賦―最終回)
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(12)-#10韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <859>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3279韓愈詩-220-#10
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ688 《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》 蜀中転々 杜甫 <594>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3280 杜甫詩1000-594-850/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ71魏武帝(曹操) 《短歌行》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3281 (11/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor浣渓沙 十首 其九 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-347-7-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3282
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
 

司馬相如 《上林賦 (41)#13-5  文選 賦<110-13513分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278

(上林賦―最終回)

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

向風而聽,隨流而化;

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

德隆於三皇,而功羨於五帝:

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

疲車馬之用,抏士卒之精,

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

費府庫之財,而無德厚之恩;

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

務在獨樂,不顧衆庶。

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

忘國家之政,貪雉兔之獲,則仁者不由也。

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。
杏の白花012

 

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。



長安付近図00 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。」

 

 

 

(下し文) (41)#13-5

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀sじからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。

 

 

 

(現代語訳)

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

 

 

(訳注) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

 

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

 

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

・墾辟 開墾

 

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

・諸侯之細 諸侯の分際というほどの意。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

・愀然 (1) (表情が)不快げな.(2) 厳粛な,重々しい.

・超若 がっかりして気が抜けた様子。

 

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

・忌諱 いやがって嫌うこと。いみはばかること。

 

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

 

 

 

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀しからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。」と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。

終南山04 

司馬相如 《上林賦 》(40)―#13-4  文選 賦<110-#13-4>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩945 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3273

司馬相如《上林賦 (40) もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。

 

2013年11月11日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(40)―#13-4  文選 賦<110-#13-4>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩945 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3273
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(11)-#9韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <858>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3274韓愈詩-220-#9
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ70  謝靈運(謝康楽) 《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值(曹植)》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3276 (11/11)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor浣渓沙 十首 其八 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-346-7-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3277
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

司馬相如 《上林賦

(40)#13-4  文選 賦<110-13413分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩945 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3273

 

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

向風而聽,隨流而化;

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

德隆於三皇,而功羨於五帝:

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

疲車馬之用,抏士卒之精,

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

費府庫之財,而無德厚之恩;

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

務在獨樂,不顧衆庶。

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

忘國家之政,貪雉兔之獲,則仁者不由也。

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。

 

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。

 Ta唐 長安近郊圖  新02

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

疲車馬之用,抏士卒之精,

費府庫之財,而無德厚之恩;

務在獨樂,不顧衆庶。

忘國家之政,貪雉兔之獲,

則仁者不由也。

 

 

(下し文) (40)#13-4

若し夫れ終日 馳騁【ちてい】して,神を勞やし形を苦しめ,

車馬の用を疲らし,士卒の精を抏【そこ】ない

府庫の財を費し,而も德厚の恩無く、

務め獨樂に在りて,衆庶【しゅうしょ】を顧みず。

國家の政を忘れて,雉兔【ちと】の【えもの】を【むさぼ】ることは,則ち仁者は由らざるなり。

 

 

(現代語訳)

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。

終南山03 

 

(訳注) (40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

・馳騁 1 馬を走らせること。2 奔走すること。また、思いのままに動きまわること。

 

疲車馬之用,抏士卒之精,

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

抏 損なう。

 

費府庫之財,而無德厚之恩;

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

 

務在獨樂,不顧衆庶。

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

 

忘國家之政,貪雉兔之獲,則仁者不由也。

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。上林苑01

司馬相如 《上林賦 》(39)―#13-3  文選 賦<110-#13-3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩944 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3268

司馬相如 《上林賦 》(39) 盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。
 


2013年11月10日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(39)―#13-3  文選 賦<110-#13-3>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩944 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3268
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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司馬相如 《上林賦 》(39)#13-3  文選 賦<110-13313分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩944 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3268

 

 

(37)#13-1

「於是歷吉日以齋戒,襲朝服,乘法駕;

こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。

建華旗,鳴玉鸞;

美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。

游乎六藝之囿,馳騖乎仁義之塗,

儒教の基本的経典の六経の園に遊び、仁義の道を疾走してゆく。

覽觀春秋之林。

『春秋』の林を観覧されたのであった。

射貍首,兼騶虞;

ここに、鯉首と鮪虞を射とめられ、

弋玄鶴,舞干戚;

玄鶴を弋で捕らえ、干戚の舞いを舞わせられた。

載雲,揜羣雅;

大きな網を車に載せ、多くの賢者を覆い捉えられた。

悲伐檀,樂『樂胥』。

「伐檀」 の詩を悲しみ、「楽胥」 の語を慕われた。

 

takadonosky01

「是に於いて吉日を歷【えら】びて以って齋戒し,朝服を襲,法駕【ほうが】に乘り、

華旗を建て,玉鸞【ぎょくらん】を鳴らして、

六藝の囿【その】に游び,仁義の塗に馳騖【ちぶ】し,

春秋の林を覽觀【らんかん】す。

貍首【りしゅ】を射,騶虞【すうぐ】を兼ね、

玄鶴を弋【いぐるみ】て,干戚【かんせき】を舞わす。

【うんかん】を載せ,羣雅【ぐんが】を【おお】い、

伐檀【ばつだん】を,『樂胥【らくしょ】』を樂【ねが】う

 

(38)#13-2

修容乎禮園,翔乎書圃。

『礼』の園で威儀を正され、『書』の畑を巡察され、

述易道,放怪獸;

『易』の道理に従われて、怪奇な獣たちを追放された。

登明堂,坐清廟。

そして、明堂に登り、清廟に座し、

恣羣臣,奏得失;

群臣を並べて、政治の方策を奏上させられた結果、

四海之,靡不受獲。

四海の内に、その成果の恩恵を蒙らない者は、一人としていなかったのである。

 

容【かたち】を禮園に修め,書圃を翔【こうしょう】す。

易道を述べて,怪獸を放つ。

明堂に登り,清廟に坐る。

羣臣を恣いで,得失を奏ぜしむ。

四海の,不獲を受けずということ靡【な】し。

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

向風而聽,隨流而化;

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

德隆於三皇,而功羨於五帝:

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

斯の時に於て,天下 大いに【よろこ】び,

風に向いて聽き,流に隨いて化し、

芔然【きぜん】として道に興りて義に遷り,刑 錯いて不用いられず。

德 三皇よりも隆んにして,功 於五帝よりも羨【ゆた】かなり。

若此くのごときが,故に獵【かり】をば乃ち喜ぶ可し。

 

 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (39)#13-3

於斯之時,天下大

向風而聽,隨流而化;

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

德隆於三皇,而功羨於五帝:

若此,故獵乃可喜也。

 

 

DCF002102

(下し文) (39)#13-3

斯の時に於て,天下 大いに【よろこ】び,

風に向いて聽き,流に隨いて化し、

芔然【きぜん】として道に興りて義に遷り,刑 錯いて不用いられず。

德 三皇よりも隆んにして,功 於五帝よりも羨【ゆた】かなり。

若此くのごときが,故に獵【かり】をば乃ち喜ぶ可し。

 

 

(現代語訳)

この時に至って、万民は大いに喜び、

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

 

(訳注) (39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

 

向風而聽,隨流而化。

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

 

芔然興道而遷義,刑錯而不用、

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

・芔然 芔は草を総称していう漢字である。草草が盛んな様子から、地道に繰り返し行うことで、盛んになることをいう。

 

德隆於三皇,而功羨於五帝。

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

〇三皇五帝、中国古代伝説上の8人の帝王の総称。三皇と五帝に分かれる。戦国時代末に,伝説的な帝王を3人あるいは5人にまとめる考えがあり,天皇・地皇・人皇(泰皇ともいう)の三皇説があらわれる。これは天・地・人の三才によって考えた人為的抽象的なものである。漢代末になると,燧人,伏羲,神農,女媧などから3人を選んで三皇とする説が行われる。《白虎通》という書物には燧人・伏羲・神農とし,《春秋元命苞》では伏羲・女媧・神農とする。

 

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

司馬相如 《上林賦 》(38)―#13-2  文選 賦<110-#13-2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩943 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3263

司馬相如 《上林賦 (38) 『礼』の園で威儀を正され、『書』の畑を巡察され、『易』の道理に従われて、怪奇な獣たちを追放された。

 

2013年11月9日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(38)―#13-2  文選 賦<110-#13-2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩943 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3263
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(9)-#7韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <856>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3264韓愈詩-220-#7
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ685 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor浣渓沙 十首 其六 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-344-7-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3267
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
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司馬相如 《上林賦 (38)#13-2  文選 賦<110-13213分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩943 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3263

 

 

(37)#13-1

「於是歷吉日以齋戒,襲朝服,乘法駕;

こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。

建華旗,鳴玉鸞;

美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。

游乎六藝之囿,馳騖乎仁義之塗,

儒教の基本的経典の六経の園に遊び、仁義の道を疾走してゆく。

覽觀春秋之林。

『春秋』の林を観覧されたのであった。

射貍首,兼騶虞;

ここに、鯉首と鮪虞を射とめられ、

弋玄鶴,舞干戚;

玄鶴を弋で捕らえ、干戚の舞いを舞わせられた。

載雲,揜羣雅;

大きな網を車に載せ、多くの賢者を覆い捉えられた。

悲伐檀,樂『樂胥』。

「伐檀」 の詩を悲しみ、「楽胥」 の語を慕われた。

 

「是に於いて吉日を歷【えら】びて以って齋戒し,朝服を襲,法駕【ほうが】に乘り、

華旗を建て,玉鸞【ぎょくらん】を鳴らして、

六藝の囿【その】に游び,仁義の塗に馳騖【ちぶ】し,

春秋の林を覽觀【らんかん】す。

貍首【りしゅ】を射,騶虞【すうぐ】を兼ね、

玄鶴を弋【いぐるみ】て,干戚【かんせき】を舞わす。

【うんかん】を載せ,羣雅【ぐんが】を【おお】い、

伐檀【ばつだん】を,『樂胥【らくしょ】』を樂【ねが】う

 

(38)#13-2

修容乎禮園,翔乎書圃。

『礼』の園で威儀を正され、『書』の畑を巡察され、

述易道,放怪獸;

『易』の道理に従われて、怪奇な獣たちを追放された。

登明堂,坐清廟。

そして、明堂に登り、清廟に座し、

恣羣臣,奏得失;

群臣を並べて、政治の方策を奏上させられた結果、

四海之,靡不受獲。

四海の内に、その成果の恩恵を蒙らない者は、一人としていなかったのである。

 

容【かたち】を禮園に修め,書圃を翔【こうしょう】す。

易道を述べて,怪獸を放つ。

明堂に登り,清廟に坐る。

羣臣を恣いで,得失を奏ぜしむ。

四海の,不獲を受けずということ靡【な】し。

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

向風而聽,隨流而化;

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

德隆於三皇,而功羨於五帝:

若此,故獵乃可喜也。

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

疲車馬之用,抏士卒之精,

費府庫之財,而無德厚之恩;

務在獨樂,不顧衆庶。

忘國家之政,貪雉兔之獲,

則仁者不由也。

 

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。

 

文具-峡 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (38)#13-2

修容乎禮園,翔乎書圃。

述易道,放怪獸;

登明堂,坐清廟。

恣羣臣,奏得失;

四海之,靡不受獲。

 

 

(下し文) (38)#13-2

容【かたち】を禮園に修め,書圃を翔【こうしょう】す。

易道を述べて,怪獸を放つ。

明堂に登り,清廟に坐る。

羣臣を恣いで,得失を奏ぜしむ。

四海の,不獲を受けずということ靡【な】し。

 

 

(現代語訳)

『礼』の園で威儀を正され、『書』の畑を巡察され、

『易』の道理に従われて、怪奇な獣たちを追放された。

そして、明堂に登り、清廟に座し、

群臣を並べて、政治の方策を奏上させられた結果、

四海の内に、その成果の恩恵を蒙らない者は、一人としていなかったのである。

 

 

(訳注) (38)#13-2

修容乎禮園,翔乎書圃。

『礼』の園で威儀を正され、『書』の畑を巡察され、

 《書経》(鷹などが)空に輪を描いて飛ぶ.

・「禮」園,「書」圃 儒教の基本的経典である六経の『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』のことで、ここは『書経』・『礼経』をいう

 

述易道,放怪獸;

『易』の道理に従われて、怪奇な獣たちを追放された。

・易道 『易経』の道理。

 

登明堂,坐清廟。

そして、明堂に登り、清廟に座し、

○登明堂、坐清廟 明堂は、天子が、教化に関する大典を行った場所。活廟は宗廟(先祖のみたまや)のこと。両者の場所や制度については諸説があり、同一の場所とする説もある。

 

恣羣臣,奏得失;

群臣を並べて、政治の方策を奏上させられた結果、

 

四海之,靡不受獲。

四海の内に、その成果の恩恵を蒙らない者は、一人としていなかったのである。

・四海 天下の意。古代の中国人は中国の四方を海がとりまいていると考えた。《爾雅(じが)》が中国の九州の外に四極,その外に四荒,さらにその外に四海がひろがり,四海は九夷,八狄,七戎,六蛮など野蛮人の住地であるというのは,海hǎiと晦huìの音声の類似から,海が文明の光のとどかぬ“晦(くら)い”ところと意識されたからである。また中国医学では,人間のからだに髄海,血海,気海,水穀の海の四海を想定し,十二経水がこれら四海に注ぐと考えた。
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司馬相如《上林賦 》(37)―#13-1  文選 賦<110-#13-1>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩942 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3258

司馬相如《上林賦 (37)こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。
 
 

2013年11月8日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如《上林賦 》(37)―#13-1  文選 賦<110-#13-1>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩942 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3258
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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司馬相如《上林賦 (37)#13-1  文選 賦<110-13113分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩942 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3258

 

 

(37)#13-1

「於是歷吉日以齋戒,襲朝服,乘法駕;

こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。

建華旗,鳴玉鸞;

美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。

游乎六藝之囿,馳騖乎仁義之塗,

儒教の基本的経典の六経の園に遊び、仁義の道を疾走してゆく。

覽觀春秋之林。

『春秋』の林を観覧されたのであった。

射貍首,兼騶虞;

ここに、鯉首と鮪虞を射とめられ、

弋玄鶴,舞干戚;

玄鶴を弋で捕らえ、干戚の舞いを舞わせられた。

載雲,揜羣雅;

大きな網を車に載せ、多くの賢者を覆い捉えられた。

悲伐檀,樂『樂胥』。

「伐檀」 の詩を悲しみ、「楽胥」 の語を慕われた。

 

「是に於いて吉日を歷【えら】びて以って齋戒し,朝服を襲,法駕【ほうが】に乘り、

華旗を建て,玉鸞【ぎょくらん】を鳴らして、

六藝の囿【その】に游び,仁義の塗に馳騖【ちぶ】し,

春秋の林を覽觀【らんかん】す。

貍首【りしゅ】を射,騶虞【すうぐ】を兼ね、

玄鶴を弋【いぐるみ】て,干戚【かんせき】を舞わす。

【うんかん】を載せ,羣雅【ぐんが】を【おお】い、

伐檀【ばつだん】を,『樂胥【らくしょ】』を樂【ねが】う

 

(38)#13-2

修容乎禮園,翔乎書圃。

述易道,放怪獸;

登明堂,坐清廟。

恣羣臣,奏得失;

四海之,靡不受獲。

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

向風而聽,隨流而化;

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

德隆於三皇,而功羨於五帝:

若此,故獵乃可喜也。

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

疲車馬之用,抏士卒之精,

費府庫之財,而無德厚之恩;

務在獨樂,不顧衆庶。

忘國家之政,貪雉兔之獲,

則仁者不由也。

 

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。

haqro04 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (37)#13-1

「於是歷吉日以齋戒,襲朝服,乘法駕;

建華旗,鳴玉鸞;

游乎六藝之囿,馳騖乎仁義之塗,

覽觀春秋之林。

射貍首,兼騶虞;

弋玄鶴,舞干戚;

載雲,揜羣雅;

悲伐檀,樂『樂胥』。

 

 

(下し文) (37)#13-1

「是に於いて吉日を歷【えら】びて以って齋戒し,朝服を襲,法駕【ほうが】に乘り、

華旗を建て,玉鸞【ぎょくらん】を鳴らして、

六藝の囿【その】に游び,仁義の塗に馳騖【ちぶ】し,

春秋の林を覽觀【らんかん】す。

貍首【りしゅ】を射,騶虞【すうぐ】を兼ね、

玄鶴を弋【いぐるみ】て,干戚【かんせき】を舞わす。

【うんかん】を載せ,羣雅【ぐんが】を【おお】い、

伐檀【ばつだん】を,『樂胥【らくしょ】』を樂【ねが】う

 

 

(現代語訳)

こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。

美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。

儒教の基本的経典の六経の園に遊び、仁義の道を疾走してゆく。

『春秋』の林を観覧されたのであった。

ここに、鯉首と鮪虞を射とめられ、

玄鶴を弋で捕らえ、干戚の舞いを舞わせられた。

大きな網を車に載せ、多くの賢者を覆い捉えられた。

「伐檀」 の詩を悲しみ、「楽胥」 の語を慕われた。

 

 

(訳注) (37)#13-1

「於是歷吉日以齋戒,襲朝服,乘法駕

こうして、天子は、吉日を選んで、斎戒され、礼服をまとい、法駕に乗られる。

○法駕 天子の乗る六頭立ての馬車。

 

建華旗,鳴玉鸞

美しい旗を建て、玉の鈴を鳴らしながらゆく。

○玉鸞 玉で作った車の鈴。

 

游乎六藝之囿,馳騖乎仁義之塗。

儒教の基本的経典の六経の園に遊び、仁義の道を疾走してゆく。

〇六芸 儒教の基本的経典である六経の『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』のこと。

 

覽觀春秋之林。

『春秋』の林を観覧されたのであった。

 

射貍首,兼騶虞

ここに、鯉首と鮪虞を射とめられ、

○射理首、兼騶虞 鯉首は、散逸して題名のみ伝わる『詩』の篇名。騶虞は『詩経』「召南」の最後の篇。『周礼』春官「楽師」によれば、天子が射礼を行う時は、騶虞が演奏され、諸侯の時は、狸首が演奏されたという。それに基づいた表現。なお、騶虞とは、虎に似た霊獣の名。

 

弋玄鶴,舞干戚;

玄鶴を弋で捕らえ、干戚の舞いを舞わせられた。

〇七玄鶴、舞干戚 玄鶴は、李善が「古は玄鶴を舞はして以て瑞と為す」というように、舞楽の名。干(盾)と戚(斧)は、武楽を舞う時、手にするもの。

 

載雲,揜羣雅;

大きな網を車に載せ、多くの賢者を覆い捉えられた。

 

悲伐檀,樂『樂胥』。

「伐檀」 の詩を悲しみ、「楽胥」 の語を慕われた。

○伐檀 『詩経』魏風の篇名。「序」によれは、位に在るものが貪欲で、功無くして俸禄を受けているので、君子が仕官できないでいるのを刺ったもの。

○樂胥 『詩経』小雅「桑麀」の「君子楽胥、受天之祜」などからとった表現。鄭玄箋によれば、王者が胥(才能学問のある人材)を得ようと楽(ねが)うこと。
錦雞鳥00 

司馬相如《上林賦 》(36)―#12-2  文選 賦<110-#12-2>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩941 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3253

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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司馬相如《上林賦

(36)#12-2  文選 賦<110-12213分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩941 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3253

 

 

12-1

「於是酒中樂酣,天子芒然而思,

さて、酒宴もたけなわにして、天子は、ぼんやりと考えこまれ、

似若有亡曰:『嗟乎,此大奢侈!

何かを失ったような様子であった。そしてこうおっしゃった。『ああ、これは贅沢が過ぎるというものだ。

朕以覽聽餘閒,無事棄日,

朕は、政務の余暇に、何もしなければ日を無駄にするかと思い、

順天道以殺伐,時休息於此;

天の働きに従って、狩猟という殺傷を行い、時にはここに休息をしたわけであるが、

恐後世靡麗,遂往而不返,

もしかすると、我が子孫たちは、さらに嬌奢に流れ、限度を忘れて遊楽にふけり、政治を顧みなくなってしまうかもしれない。
非所以為繼嗣創業垂統也。』

これは、子孫のために、基礎を築き、継承させて行く正しいやり方ではない。

 

「是に於いて酒中ば樂しみ酣【たけなわ】にして,天子 芒然として思い,

亡えること有るが若くに似たり、曰く:『嗟乎【ああ】,此れ大【はなは】だ奢【おご】り侈【おご】れり!

朕 覽聽【らんちょう】の餘閒,事無くして日を棄つるを以て,

天道に順いて以て殺伐し,時に此に於いて休息す。

恐るらくは後の世の靡麗【びれい】にして,遂に往きて返らざらんことを。

繼嗣の為に業を創【はじ】め統う垂るる所以に非ず。』と。

泰山の夕日0212-2

於是乎乃解酒罷獵,而命有司曰:

-かくして、天子は、酒宴も狩猟も中止され、役人に命令を以下のように下された。

『地可墾闢,悉為農郊,以贍氓隸;

『上林苑の中で、開墾可能な土地は、すべて農地とし、蒼氓、賤民に与えよ。

隤墻填塹,使山澤之人得至焉。

垣根を崩し、堀を埋め、山沢の住民たちが、出入りできるようにせよ。

實陂池而勿禁,虛宮館而勿仞。

上林苑内のため池を魚で満たし、氓隸民の採るのを禁じてはならない、離宮・別館には、人員や物資を置くのをやめよ。

發倉廩以救貧窮,補不足;

朝廷の倉庫を開き、困窮貧者を救い、乏しい者に補い与えよ。

恤鰥寡,存孤獨。

やもめ、後家、独り者に恵み、孤児・孤老を慰問せよ、

出德號,省刑罰;

恵み深い命令を出し、刑罰を減らせよ。

改制度,易服色;

制度を改め、服色をわかりやすく変えよ。

革正朔,與天下為更始。』

天子の統治・暦を改正し、天下と共に、新たに再出発することとしよう。


是に於てか 乃ち酒を解【しりぞ】けて獵【りょう】を罷め,有司に命じて 曰く、

『地 墾闢【こんへき】す可からんをば,悉く農郊と為して,以って氓隸【ぼうれい】を贍【にぎわ】えよ。

墻を隤【くず】し塹【みぞ】を填【み】てて,山澤の人をして焉【ここ】に至るを得しめよ。

陂池【ひち】を實【みた】して禁ずること勿かれ,宮館を虛【むな】しくして仞【み】つること勿かれ。

發倉廩【そうりん】を【ひら】いて以って貧窮を救い,足らざるを補い、

鰥寡【かんか】を恤【めぐ】み,孤獨を存せよ。

德號【とくごう】を出だし,刑罰を省【はぶ】き、

制度を改め,服色を易【か】え、

革正朔【せいさく】を【あらた】め,天下と與【とも】に為更始。』

 

 nat0022

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) 12-2

於是乎乃解酒罷獵,而命有司曰:『地可墾闢,

悉為農郊,以贍氓隸;

隤墻填塹,使山澤之人得至焉。

實陂池而勿禁,虛宮館而勿仞。

發倉廩以救貧窮,補不足;

恤鰥寡,存孤獨。

出德號,省刑罰;

改制度,易服色;

革正朔,與天下為更始。』

 

 

(下し文) 12-2

是に於てか 乃ち酒を解【しりぞ】けて獵【りょう】を罷め,有司に命じて 曰く、

『地 墾闢【こんへき】す可からんをば,悉く農郊と為して,以って氓隸【ぼうれい】を贍【にぎわ】えよ。

墻を隤【くず】し塹【みぞ】を填【み】てて,山澤の人をして焉【ここ】に至るを得しめよ。

陂池【ひち】を實【みた】して禁ずること勿かれ,宮館を虛【むな】しくして仞【み】つること勿かれ。

發倉廩【そうりん】を【ひら】いて以って貧窮を救い,足らざるを補い、

鰥寡【かんか】を恤【めぐ】み,孤獨を存せよ。

德號【とくごう】を出だし,刑罰を省【はぶ】き、

制度を改め,服色を易【か】え、

革正朔【せいさく】を【あらた】め,天下と與【とも】に為更始。』

 

 

(現代語訳)

-かくして、天子は、酒宴も狩猟も中止され、役人に命令を以下のように下された。

『上林苑の中で、開墾可能な土地は、すべて農地とし、蒼氓、賤民に与えよ。

垣根を崩し、堀を埋め、山沢の住民たちが、出入りできるようにせよ。

上林苑内のため池を魚で満たし、氓隸民の採るのを禁じてはならない、離宮・別館には、人員や物資を置くのをやめよ。

朝廷の倉庫を開き、困窮貧者を救い、乏しい者に補い与えよ。

やもめ、後家、独り者に恵み、孤児・孤老を慰問せよ、

恵み深い命令を出し、刑罰を減らせよ。

制度を改め、服色をわかりやすく変えよ。

天子の統治・暦を改正し、天下と共に、新たに再出発することとしよう。

 

 

(訳注) 12-2

於是乎乃解酒罷獵,而命有司曰:

-かくして、天子は、酒宴も狩猟も中止され、役人に命令を以下のように下された。

 

『地可墾闢,悉為農郊,以贍氓隸;

『上林苑の中で、開墾可能な土地は、すべて農地とし、蒼氓、賤民に与えよ。

○氓隸 賤民、蒼氓【そうぼう】。民(たみ)。人民。蒼生。

 

隤墻填塹,使山澤之人得至焉。

垣根を崩し、堀を埋め、山沢の住民たちが、出入りできるようにせよ。

 

實陂池而勿禁,虛宮館而勿仞。

上林苑内のため池を魚で満たし、氓隸民の採るのを禁じてはならない、離宮・別館には、人員や物資を置くのをやめよ。

陂池 堤を作って池を作ったため池。上林苑には大きな池が十数か所あった。杜甫の詩にも数か所出てくる。

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發倉廩以救貧窮,補不足。

朝廷の倉庫を開き、困窮貧者を救い、乏しい者に補い与えよ。

 

恤鰥寡,存孤獨。

やもめ、後家、独り者に恵み、孤児・孤老を慰問せよ、

○鰥寡 年長で独身の男と女、やもめ、後家。

○孤独 身よりのない子供と老人。

 

出德號,省刑罰。

恵み深い命令を出し、刑罰を減らせよ。

○德號 恩徳・孝徳・報徳・慈徳・惠徳の奨励する命令

大声をあげる。「号泣・号令/呼号・怒号」2 呼び名。「雅号・元号・国号・山号・称号・商号・尊号・俳号」3 合図。しるし。「号砲/暗号・記号・信号・番号・符号・略号」4 順序・等級を表す語。「号外・号数・号俸/創刊号」

 

改制度,易服色。

制度を改め、服色をわかりやすく変えよ。

○服色 王朝として尊ぶべき、車馬衣服の色。

 

革正朔,與天下為始。』

天子の統治・暦を改正し、天下と共に、新たに再出発することとしよう。

○正朔 1《「正」は年の初め、「朔」は月の初めの意》正月朔日。11日。元日。2 暦のこと。3 《古代中国で、天子が代わると暦を改めたところから》天子の統治。
yuugure02 

司馬相如《上林賦 》(35)―#12-1 文選 賦<110-#12-1>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩940 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3248

司馬相如《上林賦 (35) さて、酒宴もたけなわにして、天子は、ぼんやりと考えこまれ、何かを失ったような様子であった。そしてこうおっしゃった。『ああ、これは贅沢が過ぎるというものだ。朕は、政務の余暇に、何もしなければ日を無駄にするかと思い、


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司馬相如《上林賦 (35)#12-1 文選 賦<110-12113分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩940 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3248

 

 

12-1

「於是酒中樂酣,天子芒然而思,

さて、酒宴もたけなわにして、天子は、ぼんやりと考えこまれ、

似若有亡曰:『嗟乎,此大奢侈!

何かを失ったような様子であった。そしてこうおっしゃった。『ああ、これは贅沢が過ぎるというものだ。

朕以覽聽餘閒,無事棄日,

朕は、政務の余暇に、何もしなければ日を無駄にするかと思い、

順天道以殺伐,時休息於此;

天の働きに従って、狩猟という殺傷を行い、時にはここに休息をしたわけであるが、

恐後世靡麗,遂往而不返,

もしかすると、我が子孫たちは、さらに嬌奢に流れ、限度を忘れて遊楽にふけり、政治を顧みなくなってしまうかもしれない。

非所以為繼嗣創業垂統也。』

これは、子孫のために、基礎を築き、継承させて行く正しいやり方ではない。

 

「是に於いて酒中ば樂しみ酣【たけなわ】にして,天子 芒然として思い,

亡えること有るが若くに似たり、曰く:『嗟乎【ああ】,此れ大【はなは】だ奢【おご】り侈【おご】れり!

朕 覽聽【らんちょう】の餘閒,事無くして日を棄つるを以て,

天道に順いて以て殺伐し,時に此に於いて休息す。

恐るらくは後の世の靡麗【びれい】にして,遂に往きて返らざらんことを。

繼嗣の為に業を創【はじ】め統う垂るる所以に非ず。』と。

12-2

於是乎乃解酒罷獵,而命有司曰:『地可墾闢,

悉為農郊,以贍氓隸;

隤墻填塹,使山澤之人得至焉。

實陂池而勿禁,虛宮館而勿仞。

發倉廩以救貧窮,補不足;

恤鰥寡,存孤獨。

出德號,省刑罰;

改制度,易服色;

革正朔,與天下為始。』

花蕊夫人006 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) 12

「於是酒中樂酣,天子芒然而思,

似若有亡曰:『嗟乎,此大奢侈!

朕以覽聽餘閒,無事棄日,

順天道以殺伐,時休息於此;

恐後世靡麗,遂往而不返,

非所以為繼嗣創業垂統也。』

 

 

(下し文) 12

「是に於いて酒中ば樂しみ酣【たけなわ】にして,天子 芒然として思い,

亡えること有るが若くに似たり、曰く:『嗟乎【ああ】,此れ大【はなは】だ奢【おご】り侈【おご】れり!

朕 覽聽【らんちょう】の餘閒,事無くして日を棄つるを以て,

天道に順いて以て殺伐し,時に此に於いて休息す。

恐るらくは後の世の靡麗【びれい】にして,遂に往きて返らざらんことを。

繼嗣の為に業を創【はじ】め統う垂るる所以に非ず。』と。

 1781180

 

(現代語訳)

さて、酒宴もたけなわにして、天子は、ぼんやりと考えこまれ、

何かを失ったような様子であった。そしてこうおっしゃった。『ああ、これは贅沢が過ぎるというものだ。

朕は、政務の余暇に、何もしなければ日を無駄にするかと思い、

天の働きに従って、狩猟という殺傷を行い、時にはここに休息をしたわけであるが、

もしかすると、我が子孫たちは、さらに嬌奢に流れ、限度を忘れて遊楽にふけり、政治を顧みなくなってしまうかもしれない。

これは、子孫のために、基礎を築き、継承させて行く正しいやり方ではない。

 

 

(訳注) 12

「於是酒中樂酣,天子芒然而思,

さて、酒宴もたけなわにして、天子は、ぼんやりと考えこまれ、

○芒然而思 #11で妖艶な女性に目を奪われていることから、ここでは見とれて考えもつかないことを云う。

 

似若有亡曰:『嗟乎,此大奢侈!

何かを失ったような様子であった。そしてこうおっしゃった。『ああ、これは贅沢が過ぎるというものだ。

 

朕以覽聽餘閒,無事棄日,

朕は、政務の余暇に、何もしなければ日を無駄にするかと思い、

 

順天道以殺伐,時休息於此、

天の働きに従って、狩猟という殺傷を行い、時にはここに休息をしたわけであるが、

○順天道以殺伐 郭環が「秋気に困るなり」と言うように、秋冬は生気が衰え、殺気が盛んになる時期と考えられたので、それに順って狩猟を行ったことをいう。

 

恐後世靡麗,遂往而不返,

もしかすると、我が子孫たちは、さらに嬌奢に流れ、限度を忘れて遊楽にふけり、政治を顧みなくなってしまうかもしれない。

○靡麗 嬌奢に流れ、限度を忘れて遊楽にふけること。

 

非所以為繼嗣創業垂統也。』

これは、子孫のために、基礎を築き、継承させて行く正しいやり方ではない。

○創業垂統 『孟子、梁恵王章下』「君子創業垂統、為可継」(君子は業を創め銃を垂れ継ぐ可きと為すなり)の表現を用いたもの。

 魚玄機が宮島に

司馬相如 《上林賦 》(41)―#13-5  文選 賦<110-#13-5>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278 (上林賦―最終回)

司馬相如 《上林賦 (41)(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

 

司馬相如 《上林賦 (41)#13-5  文選 賦<110-13513分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278

(上林賦―最終回)

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

向風而聽,隨流而化;

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

德隆於三皇,而功羨於五帝:

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

疲車馬之用,抏士卒之精,

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

費府庫之財,而無德厚之恩;

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

務在獨樂,不顧衆庶。

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

忘國家之政,貪雉兔之獲,則仁者不由也。

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。

 終南山03

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀しからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。」と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。


nat0022 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。」

 

 

(下し文) (41)#13-5

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀しからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。

 

 

 

(現代語訳)

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

 

 

(訳注) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

 

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

 

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

・墾辟 開墾

 

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

・諸侯之細 諸侯の分際というほどの意。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

・愀然 (1) (表情が)不快げな.(2) 厳粛な,重々しい.

・超若 がっかりして気が抜けた様子。

 

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

・忌諱 いやがって嫌うこと。いみはばかること。

 

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。
上林苑01 

司馬相如 《上林賦 》(34)― #11-4 文選 賦<110-#11-4>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩939 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3243

司馬相如 《上林賦 (34) 薄絹の長い袖をなびかせ、衣はゆったりとして、形がよく仕立てられている。その衣が美しく広がった様子は、世間の衣服とは異なっている。彼女たちは、芳しい香りを盛んにたちこめ、香気が強く、漂わせ、香気がかぐわしい。


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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
 

司馬相如 《上林賦 (34)― #11-4 文選 賦<110-11413分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩939 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3243

 

 

31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

撞千石之鐘,立萬石之虡;

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

千人唱,萬人和;

千人が歌いたし、万人が唱和し、

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

山々も振動し、谷川も波立つのである。

是に於てか、遊戯懈怠【かいたい】し、酒を顥天【こうてん】の臺に置き、樂を膠嵑【こうかつ】の㝢【う】に張る。

千石の鐘を撞【つ】き,萬石の虡を立つ。

翠華の旗を建て,靈鼉【れいだ】の鼓を樹つ。

陶唐氏の舞を奏し,葛天氏の歌を聽く。

千人唱【とな】へ,萬人和す。

山陵之が為に震い動き,川穀【せんこく】之が為に波を蕩【うご】かす。

 

 

(32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、

族居遞奏,金鼓迭起。

各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、

鄢、郢繽紛,激楚結風。

鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

【はゆ】、宋、蔡,淮南、干遮【かんしゃ】,文成、顛歌【てんか】。

族【あつ】まり居て遞【たが】いに奏で,金鼓迭【たが】いに起こる。

鏗鎗【こうそう】闛鞈【とうとう】として,心を洞【とお】し耳を駭【おどろ】かす。

荊、、鄭、衛の聲,韶【しょう】、濩【ご】、武、象の樂,陰淫【いんいん】案衍【あんえん】の音;

鄢【えん】、郢【えい】繽紛【ひんぷん】として,激楚【げきそ】結風あり。

 

(33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

芸人や背丈が並み外れて低い人、西戎の楽人など、

所以耳目、樂心意者,

耳目を楽しませ、心を喜ばせるものばかり、

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

眼前に麗しく展開し、あとには、美しい姿を見せる。

若夫青琴、宓妃之徒:

また、かの青琴・宓妃といった神女に劣らぬ侍女たちがおり、

殊離俗,妖冶閑都;

世に比類なき者ばかりで、あでやかで雅びやかである。

靚莊刻飾,便嬛綽約,

化粧は美しく、髪型もきちんとし、身軽でしなやかで、

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

身が柔かく曲がりくねらす、そして、ほっそりしてかわいらしい。

 

俳優 侏儒【しゅじゅ】,狄鞮【てきてい】の倡、

耳目をしませ、心意を樂します所以【ゆえん】の者,

前に於て麗靡【れいび】たりて爛漫【らんまん】たりて,後に於て靡曼【びまん】たる美色あり。

若し夫れ青琴、宓妃【ふくひ】の徒は、

殊にして俗を離れ,妖冶【ようや】閑都【かんと】、

靚莊【せいそう】刻飾【こくしょく】,便嬛【べんけん】綽約【しゃくやく】,

柔橈【じゅうとう】𡣬𡣬【えんえん】,嫵媚【ぶび】孅弱【せんじゃく】たり。
 

 (34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削;

薄絹の長い袖をなびかせ、衣はゆったりとして、形がよく仕立てられている。

便姍屑,與俗殊服。

その衣が美しく広がった様子は、世間の衣服とは異なっている。

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

彼女たちは、芳しい香りを盛んにたちこめ、香気が強く、漂わせ、香気がかぐわしい。

皓齒粲爛,宜笑的皪。

白い歯を輝かせながら、美しい微笑に笑顏を絶やさない。

長眉連娟,微睇緜藐,

長い眉は細く伸び、流し目で遠くを見やる。

色授魂與,心愉於側。

その容色を見ては、魂も奪われ、心はその側で楽しむのである。

 

獨繭【どくけん】の褕【ゆえい】を曳き,眇と閻【えん】 易を以って戌削【じゅつさく】たり。

便姍【べんせん】屑【べつせつ】として,俗と服を殊にせり。

芬芳【ぶんほう】漚鬱【おううつ】として,酷烈【こくれつ】淑郁【しゅくいく】たり。

皓齒【こうし】粲爛【さんらん】として,宜笑【ぎしょう】的皪【てきれき】たり。

長眉 連娟【れんけん】として,微睇【びてい】緜藐【めんぼく】たり,

色授けて魂 與【あた】え,心 側【かたわら】に愉しむ。

 終南山04

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削;

便姍屑,與俗殊服。

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

皓齒粲爛,宜笑的皪。

長眉連娟,微睇緜藐,

色授魂與,心愉於側。

 

 

 

(下し文) (34)― #11-4

獨繭【どくけん】の褕【ゆえい】を曳き,眇と閻【えん】 易を以って戌削【じゅつさく】たり。

便姍【べんせん】【べつせつ】として,俗と服を殊にせり。

芬芳【ぶんほう】漚鬱【おううつ】として,酷烈【こくれつ】淑郁【しゅくいく】たり。

皓齒【こうし】粲爛【さんらん】として,宜笑【ぎしょう】的皪【てきれき】たり

長眉 連娟【れんけん】として,微睇【びてい】緜藐【めんぼく】たり

色授けて魂 與【あた】え,心 側【かたわら】に愉しむ。

 

 

(現代語訳)

薄絹の長い袖をなびかせ、衣はゆったりとして、形がよく仕立てられている。

その衣が美しく広がった様子は、世間の衣服とは異なっている。

彼女たちは、芳しい香りを盛んにたちこめ、香気が強く、漂わせ、香気がかぐわしい。

白い歯を輝かせながら、美しい微笑に笑顏を絶やさない。

長い眉は細く伸び、流し目で遠くを見やる。

その容色を見ては、魂も奪われ、心はその側で楽しむのである。

 

 

(訳注) (34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削、

薄絹の長い袖をなびかせ、衣はゆったりとして、形がよく仕立てられている。

○獨繭之褕 独繭は、一つの繭から作った細かい布の意。褕は、良く垂れ下った袖。

○閻易 衣がゆったりとしている様子。

○戌削 衣がきちんと形よく仕立てられている様子。

 

便姍屑,與俗殊服。

その衣が美しく広がった様子は、世間の衣服とは異なっている。

○便柵蟹層 便柵も蟹層も畳韻語で、たがいに双声の関係にあり、同義。衣が美しく広がった形容。

 

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

彼女たちは、芳しい香りを盛んにたちこめ、香気が強く、漂わせ、香気がかぐわしい。

○漚鬱 香りが盛んにたちこめる形容の双声語。

○酷烈淑郁 酷烈は香気が強いこと。淑郁は、香気がかぐわしいこと。

 

皓齒粲爛,宜笑的皪。

白い歯を輝かせながら、美しい微笑に笑顏を絶やさない。

○宜笑 美しい笑顏。

 

長眉連娟,微睇緜藐,

長い眉は細く伸び、流し目で遠くを見やる。

 

色授魂與,心愉於側。

その容色を見ては、魂も奪われ、心はその側で楽しむのである。
函谷関長安地図座標005















漢文委員会紀頌之タイトル 

司馬相如《上林賦 》(33)― #11-3 文選 賦<110-#11-3>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩938 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3238

司馬相如《上林賦 (33) 芸人や背丈が並み外れて低い人、西戎の楽人など、耳目を楽しませ、心を喜ばせるものばかり、眼前に麗しく展開し、あとには、美しい姿を見せる。また、かの青琴・宓妃といった神女に劣らぬ侍女たちがおり、世に比類なき者ばかりで、あでやかで雅びやかである。

 

2013年11月4日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
司馬相如《上林賦 》(33)― #11-3 文選 賦<110-#11-3>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩938 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3238
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(4)-#2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <851>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3239韓愈詩-220-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ680 《上牛頭寺》 蜀中転々5P16 杜甫 <586>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3240 杜甫詩1000-586-842/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ63  謝靈運 《擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子》(曹丕) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3241 (11/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
司馬相如《上林賦

(33)― #11-3 文選 賦<110-11313分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩938 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3238

 

 

(31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

撞千石之鐘,立萬石之虡;

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

千人唱,萬人和;

千人が歌いたし、万人が唱和し、

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

山々も振動し、谷川も波立つのである。

是に於てか、遊戯懈怠【かいたい】し、酒を顥天【こうてん】の臺に置き、樂を膠嵑【こうかつ】の㝢【う】に張る。

千石の鐘を撞【つ】き,萬石の虡を立つ。

翠華の旗を建て,靈鼉【れいだ】の鼓を樹つ。

陶唐氏の舞を奏し,葛天氏の歌を聽く。

千人唱【とな】へ,萬人和す。

山陵之が為に震い動き,川穀【せんこく】之が為に波を蕩【うご】かす。

 

 

(32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、

族居遞奏,金鼓迭起。

各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、

鄢、郢繽紛,激楚結風。

鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

【はゆ】、宋、蔡,淮南、干遮【かんしゃ】,文成、顛歌【てんか】。

族【あつ】まり居て遞【たが】いに奏で,金鼓迭【たが】いに起こる。

鏗鎗【こうそう】闛鞈【とうとう】として,心を洞【とお】し耳を駭【おどろ】かす。

荊、、鄭、衛の聲,韶【しょう】、濩【ご】、武、象の樂,陰淫【いんいん】案衍【あんえん】の音;

鄢【えん】、郢【えい】繽紛【ひんぷん】として,激楚【げきそ】結風あり。

 

(33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

芸人や背丈が並み外れて低い人、西戎の楽人など、

所以耳目、樂心意者,

耳目を楽しませ、心を喜ばせるものばかり、

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

眼前に麗しく展開し、あとには、美しい姿を見せる。

若夫青琴、宓妃之徒:

また、かの青琴・宓妃といった神女に劣らぬ侍女たちがおり、

殊離俗,妖冶閑都;

世に比類なき者ばかりで、あでやかで雅びやかである。

靚莊刻飾,便嬛綽約,

化粧は美しく、髪型もきちんとし、身軽でしなやかで、

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

身が柔かく曲がりくねらす、そして、ほっそりしてかわいらしい。

 

俳優 侏儒【しゅじゅ】,狄鞮【てきてい】の倡、

耳目をしませ、心意を樂します所以【ゆえん】の者,

前に於て麗靡【れいび】たりて爛漫【らんまん】たりて,後に於て靡曼【びまん】たる美色あり。

若し夫れ青琴、宓妃【ふくひ】の徒は、

殊にして俗を離れ,妖冶【ようや】閑都【かんと】、

靚莊【せいそう】刻飾【こくしょく】,便嬛【べんけん】綽約【しゃくやく】,

柔橈【じゅうとう】𡣬𡣬【えんえん】,嫵媚【ぶび】孅弱【せんじゃく】たり。

 

 (34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削;

便姍屑,與俗殊服。

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

皓齒粲爛,宜笑的皪。

長眉連娟,微睇緜藐,

色授魂與,心愉於側。

 

獨繭【どくけん】の褕【ゆえい】を曳き,眇と閻【えん】 易を以って戌削【じゅつさく】たり。

便姍【べんせん】屑【べつせつ】として,俗と服を殊にせり。

芬芳【ぶんほう】漚鬱【おううつ】として,酷烈【こくれつ】淑郁【しゅくいく】たり。

皓齒【こうし】粲爛【さんらん】として,宜笑【ぎしょう】的皪【てきれき】たり。

長眉 連娟【れんけん】として,微睇【びてい】緜藐【めんぼく】たり,

色授けて魂 與【あた】え,心 側【かたわら】に愉しむ。

 魚玄機が宮島に

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

所以耳目、樂心意者,

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

若夫青琴、宓妃之徒:

殊離俗,妖冶閑都;

靚莊刻飾,便嬛綽約,

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

 

 

(下し文)  (33)― #11-3

俳優 侏儒【しゅじゅ】,狄鞮【てきてい】の倡、

耳目をしませ、心意を樂します所以【ゆえん】の者,

前に於て麗靡【れいび】たりて爛漫【らんまん】たりて,後に於て靡曼【びまん】たる美色あり。

若し夫れ青琴、宓妃【ふくひ】の徒は、

殊にして俗を離れ,妖冶【ようや】閑都【かんと】、

靚莊【せいそう】刻飾【こくしょく】,便嬛【べんけん】綽約【しゃくやく】,

柔橈【じゅうとう】𡣬𡣬【えんえん】,嫵媚【ぶび】孅弱【せんじゃく】たり

 

 

 

(現代語訳)

芸人や背丈が並み外れて低い人、西戎の楽人など、

耳目を楽しませ、心を喜ばせるものばかり、

眼前に麗しく展開し、あとには、美しい姿を見せる。

また、かの青琴・宓妃といった神女に劣らぬ侍女たちがおり、

世に比類なき者ばかりで、あでやかで雅びやかである。

化粧は美しく、髪型もきちんとし、身軽でしなやかで、

身が柔かく曲がりくねらす、そして、ほっそりしてかわいらしい。

 

 

(訳注)  (33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

芸人や背丈が並み外れて低い人、西戎の楽人など、

侏儒 1 背丈が並み外れて低い人。こびと。2 見識のない人をあざけっていう語。

狄鞮 西戎の楽の名という。元来は、『礼記』「王制」に見える、西方異民族の通訳官の名。

 

所以耳目、樂心意者,

耳目を楽しませ、心を喜ばせるものばかり、

 

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

眼前に麗しく展開し、あとには、美しい姿を見せる。

 

若夫青琴、宓妃之徒:

また、かの青琴・宓妃といった神女に劣らぬ侍女たちがおり、

○青琴必妃 青琴は、古の神女の名。必妃は、洛水の神女の名。

 

殊離俗,妖冶閑都;

世に比類なき者ばかりで、あでやかで雅びやかである。

妖冶閑都 妖治は、あでやかで美しいこと。閑都は、雅びやかで麗しいこと。

 

靚莊刻飾,便嬛綽約,

化粧は美しく、髪型もきちんとし、身軽でしなやかで、

靚莊刻飾 靚莊は双声語で、美しく化折をした様子。刻飾は侵韻語で、髪型などをきちんとした様子。

○便嬛綽 便は畳韻語で、身動きが軽い形容。約は畏韻語で、身がしなやかな形容。

 

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

身が柔かく曲がりくねらす、そして、ほっそりしてかわいらしい。

○柔椀嘩嘆 柔杭は、身が柔かく曲がること。膜嬢は、底本では「埠準に作るが、胡克家の説に従い、『漢書』の用字に改める。やはり、体が柔かくて弱々しくしなやかな様子。

○撫媚繊弱 撫媚は双声語で、かわいらしい様子。繊弱は、ほっそりして弱々しいこと。
楊梅ヤマモモ000 

司馬相如《上林賦 》(32)― #11-2 文選 賦<110-#11-2>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩937 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3233

司馬相如《上林賦 (32) さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

 

2013年11月3日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如《上林賦 》(32)― #11-2 文選 賦<110-#11-2>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩937 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3233
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(3)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <850>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3234韓愈詩-220-#1
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ679 《泛江送客》 蜀中転々 杜甫 <585>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3235 杜甫詩1000-585-841/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ62  謝靈運(謝康楽) 《擬魏太子鄴中集詩八首 幷序》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3236 (11/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor《西溪子》牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-338-6-#25 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3237
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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司馬相如《上林賦 (32)― #11-2 文選 賦<110-11213分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩937 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3233

 

 

(31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

撞千石之鐘,立萬石之虡;

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

千人唱,萬人和;

千人が歌いたし、万人が唱和し、

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

山々も振動し、谷川も波立つのである。

是に於てか、遊戯懈怠【かいたい】し、酒を顥天【こうてん】の臺に置き、樂を膠嵑【こうかつ】の㝢【う】に張る。

千石の鐘を撞【つ】き,萬石の虡を立つ。

翠華の旗を建て,靈鼉【れいだ】の鼓を樹つ。

陶唐氏の舞を奏し,葛天氏の歌を聽く。

千人唱【とな】へ,萬人和す。

山陵之が為に震い動き,川穀【せんこく】之が為に波を蕩【うご】かす。

 

 

(32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、

族居遞奏,金鼓迭起。

各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、

鄢、郢繽紛,激楚結風。

鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

【はゆ】、宋、蔡,淮南、干遮【かんしゃ】,文成、顛歌【てんか】。

族【あつ】まり居て遞【たが】いに奏で,金鼓迭【たが】いに起こる。

鏗鎗【こうそう】闛鞈【とうとう】として,心を洞【とお】し耳を駭【おどろ】かす。

荊、、鄭、衛の聲,韶【しょう】、濩【ご】、武、象の樂,陰淫【いんいん】案衍【あんえん】の音;

鄢【えん】、郢【えい】繽紛【ひんぷん】として,激楚【げきそ】結風あり。

 

(33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

所以耳目、樂心意者,

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

若夫青琴、宓妃之徒:

殊離俗,妖冶閑都;

靚莊刻飾,便嬛綽約,

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

 

(34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削;

便姍屑,與俗殊服。

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

皓齒粲爛,宜笑的皪。

長眉連娟,微睇緜藐,

色授魂與,心愉於側。

 

nat0022 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

族居遞奏,金鼓迭起。

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

鄢、郢繽紛,激楚結風。

 

(下し文) (32)― #11-2

【はゆ】、宋、蔡,淮南、干遮【かんしゃ】,文成、顛歌【てんか】

【あつ】まり居て遞【たが】いに奏で,金鼓迭【たが】いに起こる。

鏗鎗【こうそう】闛鞈【とうとう】として,心を洞【とお】し耳を駭【おどろ】かす

荊、、鄭、衛の聲,韶【しょう】、濩【ご】、武、象の樂,陰淫【いんいん】案衍【あんえん】の音;

【えん】、郢【えい】繽紛【ひんぷん】として,激楚【げきそ】結風あり。

 

(現代語訳)

さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、

各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。

鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、

鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

 

(訳注)(32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

さらに、巴・宋・蔡・淮南・干遮・文成・顛歌といった、

○巴、宋、蔡 巴は四川省西部の地力名。は川の名。「蜀郡の賦」の「舞」の注によれば、巴の賓人という民族が、水のほとりに住み、勇壮な歌舞を好み、漢の高祖に気にいられていたという。宋、蔡は、ともに河南省の、商丘・上蔡付近の古国名。

○淮南干遮 淮南は淮河以南、長江以北の地方名。

○文成 文成県は西遼郡に属し、今の遼寧省建昌の東。その県の人は歌が上手であった。は、益州郡池県(雲南省晉寧の東)で、その県の民は西南夷の歌を歌うことが上手であった。

 

族居遞奏,金鼓迭起。

各地の民謡を演奏する者たちが、それぞれ集まっていて、順番に歌い、鐘と太鼓が次々と鳴り響く。

 

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

鐘はカンカン、太鼓はドンドンと、心臓に響き、耳を驚かせる。

鏗鎗闛鞈 鏗鎗は畳韻語で、金属の楽器の鳴る音。闛鞈は、双声語で、鼓の鳴る音。

 

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、

韶、濩、武、象之樂 は舜の楽。は湯王の楽。武は大武で、武王の楽。象は周公の楽。

陰淫案桁 陰淫と案桁は、ともに畳韻語で、節度がなく放縦な形容。たがいに双声の関係にある。

 

鄢、郢繽紛,激楚結風。

鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

○鄢、郢繽紛,激楚結風 鄢(湖北省宜城の南)も、(湖北省江陵の北)も、ともに春秋時代の楚の都。激楚と結風は、ともに急調子な楚の楽曲の名という。

上林苑01 

司馬相如《上林賦 》(31)― #11-1 文選 賦<110-#11-1>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩936 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3228

司馬相如《上林賦 (31) こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

 


2013年11月2日

 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如《上林賦 》(31)― #11-1 文選 賦<110-#11-1>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩936 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3228
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(2)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <849>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3229韓愈詩-220-#0-2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ678 《送路六侍御入朝》 蜀中転々5P14 杜甫 <584>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3230 杜甫詩1000-584-840/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor定西番 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-337-6-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3232
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

司馬相如《上林賦(31)― #11-1 文選 賦<110-11113分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩936 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3228

 

 

(31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

撞千石之鐘,立萬石之虡;

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

千人唱,萬人和;

千人が歌いたし、万人が唱和し、

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

山々も振動し、谷川も波立つのである。

是に於てか、遊戯懈怠【かいたい】し、酒を顥天【こうてん】の臺に置き、樂を膠嵑【こうかつ】の㝢【う】に張る。

千石の鐘を撞【つ】き,萬石の虡を立つ。

翠華の旗を建て,靈鼉【れいだ】の鼓を樹つ。

陶唐氏の舞を奏し,葛天氏の歌を聽く。

千人唱【とな】へ,萬人和す。

山陵之が為に震い動き,川穀【せんこく】之が為に波を蕩【うご】かす。

 

(32)― #11-2

、宋、蔡,淮南、干遮,文成、顛歌。

族居遞奏,金鼓迭起。

鏗鎗闛鞈,洞心駭耳。

荊、、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;

鄢、郢繽紛,激楚結風。

 

(33)― #11-3

俳優侏儒,狄鞮之倡;

所以耳目、樂心意者,

麗靡爛漫於前,靡曼美色於後。

若夫青琴、宓妃之徒:

殊離俗,妖冶閑都;

靚莊刻飾,便嬛綽約,

柔橈𡣬𡣬,嫵媚孅弱。

 

(34)― #11-4

曳獨繭之褕,眇閻易以戌削;

便姍屑,與俗殊服。

芬芳漚鬱,酷烈淑郁;

皓齒粲爛,宜笑的皪。

長眉連娟,微睇緜藐,

色授魂與,心愉於側。

4岳陽樓詩人003 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

撞千石之鐘,立萬石之虡;

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

千人唱,萬人和;

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

 

 

(下し文) (31)― #11-1

是に於てか、遊戯懈怠【かいたい】し、酒を顥天【こうてん】の臺に置き、樂を膠嵑【こうかつ】の㝢【う】に張る。

千石の鐘を撞【つ】き,萬石の虡を立つ。

翠華の旗を建て,靈鼉【れいだ】の鼓を樹つ。

陶唐氏の舞を奏し,葛天氏の歌を聽く。

千人唱【とな】へ,萬人和す。

山陵之が為に震い動き,川穀【せんこく】之が為に波を蕩【うご】かす。

 

 

(現代語訳)

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

千人が歌いたし、万人が唱和し、

山々も振動し、谷川も波立つのである。

 

 

(訳注) (31)― #11-1

「於是乎游戲懈怠,置酒乎顥天之臺,張樂乎膠葛之㝢;

こうして、狩りの遊びに倦み疲れたところで、天に届く高楼に酒席を設け、広大な建物の中で音楽が演奏される。

○顛天之台 顛天は昊天と同じで、明るい青空のこと。青空にとどかんはかりにそびえる楼台の意。

○膠葛之㝢 㝢は宇に同じ。膠葛は双声語で、深く広々としている形容。建物の屋根が広大なことをいう。

 

撞千石之鐘,立萬石之虡;

千石(十二万石)の重さの鐘を、万石の台に並べて下げ、

 

建翠華之旗,樹靈鼉之鼓。

打ち鳴らし、劣翠の旗を建て、わに皮の鼓を設ける。

○靈鼉 ワニ罌。

 

奏陶唐氏之舞,聽葛天氏之歌;

そして、堯の舞いを演じ、葛天氏の歌を奏でれば、

○陶唐氏之舞 陶唐氏は帝堯のこと。その舞は、咸池という。

○葛天氏之歌 葛天氏は太古の帝王の号。その楽とは、三人が牛の尾を持ち、足を投げだして八曲を歌うもので、載氏・玄鳥・育草木・奮五穀・敬天常・徹帝功・依地徳・総禽獣之極と名づけられている。『呂氏春秋』「古楽」 に見える。

 

千人唱,萬人和;

千人が歌いたし、万人が唱和し、

 

山陵為之震動,川穀為之蕩波。

山々も振動し、谷川も波立つのである。上林苑01

司馬相如 《上林賦 》(30)―#10-5  文選 賦<110-#10-5>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩935 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3223

司馬相如《上林賦 (30) 家臣たちが集まり、踏み散らかし、そこに至って究極のところ、逃げまわって疲労困優し、恐怖に倒れ、傷も受けないで死んでしまった動物たちもあって、それらの死骸が乱雑に重なり合い、溝を埋め、谷を満たし、平地を覆い、沢に溢れている。



司馬相如 《上林賦 (30)#10-5  文選 賦<110-10513分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩935 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3223

 

 

梁王の死後,失職して四川の臨卭(りんぎよう)に帰り,不遇をかこっていたが,やがて〈子虚の賦〉が武帝の目にとまって,都に召し出され,宮廷文人の列に加わった。彼の文名を決定づけたのは,長編の韻文〈天子游猟の賦〉(《文選》では〈子虚の賦〉〈上林の賦〉の2部に分けられる)で,武帝の上林苑とそこにくりひろげられる天子の狩猟のさまを,壮麗な美文で描きあげる。漢を代表する文学様式〈賦〉は,事実上この作品によって完成された。

 

 

10-1

「於是乘輿弭節徘徊,翔往來。

さて、この上林苑において天子は車馬に乗りあちこちを回って、そして、旋回し、そして、行きつ戻りつして、

睨部曲之進退,覽將帥之變態。

巡り行き、部隊の動き具合いや、指揮官たちの様々な姿をご覧になる。

然後侵淫促節,倐遠去;

その後、次第に、馬の歩調を速められ、たちまちのうちに、遠方へ駆け去って行かれる。

流離輕禽,蹴履狡獸;

小鳥たちをけちらし、すばやい獣たちを踏み倒し、

𨎥白鹿,捷狡兔;

白い鹿を車軸に当て、すばやい兎を捕獲される。
軼赤電,遺光耀,

さらに、赤い妖光を追い越し、その光を後ろに見て、

追怪物,出宇宙。

怪しい鳥獣を追い求め、天地の果てを超えて進まる。

 

10-2

彎蕃弱,滿白羽;

古代からの良弓の蕃弱の弓をひき、白羽の矢を引き絞り

射游梟,櫟蜚遽。

走る梟羊、飛ぶ遽を射とめられるのである。

擇肉而後發,先中而命處;

天子の弓の腕前は、どの場所の肉に矢を当てるかを決めてから、矢を放たれ、その矢が命中する前に、その場所を口にされるほどである。

弦矢分,藝殪仆。

矢が弦を離れるやいなや、的となった鳥獣は倒れ伏すのだ。

然後揚節而上浮,凌驚風,

その後、天子は、馬あしを上に向け、空に浮かび昇られ、疾風を越え、

歷駭猋,乘虛無,與神俱。

つむじ風を横切り、虚空に上り、神霊に出会われる。

 

10-3

藺玄鶴,亂昆鷄;

そこでは、黒い鶴を踏みつけ、昆鶉の群れを乱し、

遒孔鸞,促鵕䴊

孔雀と鸞鳥に追いつき、鵕䴊を捕らえ、

拂翳鳥,捎鳳凰;

鳳の一種である翳鳥を払いのけ、鳳凰を打ち、

捷鵷雛,揜焦明。

鵷雛を促え、焦明を抑えてとるのである。

道盡塗殫,迴車而還;

やがて、道が窮まると、車を廻らせてお帰りになる。

招搖乎襄羊,降集乎北紘;

ゆったりと巡り行き、北の果てに、天から下り立ち、

率乎直指,晻乎反

そこから、上林苑まで、まっすぐに向かい、速やかにお戻りになる。

 

10-4

蹶石闕,歷封巒;

石闕観を越え、封巒観を過ぎ、

過鳷鵲,望露寒;

鳷鵲観をぬけ、露寒観を眺めつつ、

下棠梨,息宜春。

棠梨観へと下り、宜春宮に休まれ、

西馳宣曲,濯鷁牛首;

西を指して宜曲宮に急ぎ、牛首池に船を浮かべ、

登龍臺,掩細柳;

龍台に登り、細柳観に留まられるのである。

 

10-5

觀士大夫之勤略,鈞獵者之所得獲,

ここで、天子は、士大夫たちの勤労の成果をご覧になり、その獲物を公平に分配されるのであるが、

徒車之所𨏼轢,步騎之所蹂

見れば、車や騎馬や歩兵たちが、轢いたり、踏みにじって殺した動物たちばかりでなく、

人臣之所蹈藉,與其窮極倦𠙆

人、家臣たちが集まり、踏み散らかし、そこに至って究極のところ、逃げまわって疲労困優し、

驚憚讋伏,不被創刃而死者,

恐怖に倒れ、傷も受けないで死んでしまった動物たちもあって、

佗佗藉藉,填阬滿谷,揜平彌澤。

それらの死骸が乱雑に重なり合い、溝を埋め、谷を満たし、平地を覆い、沢に溢れている。

 

10-1

「是に於いて乘輿 節を弭【なび】かして徘徊し,翔【こうしょう】として往來す。

部曲の進退を睨【み】,將帥の變態を覽る。

然る後 侵淫【しんいん】として節を促やかに,倐【しゅくけい】として遠く去る。

輕禽【けいきん】を流離し,狡獸【こうじゅう】を蹴履【しゅくり】す。

白鹿を𨎥【す】り,狡兔【こうと】を捷る。

 

10-2

赤電を軼【す】き,光耀【こうよう】を【のこ】し

怪物を追い,宇宙より出づ。

蕃弱【はんじゃく】を【ひ】きて,白羽を滿し、

游梟【ゆうきょう】を射,櫟蜚遽【ひきょ】を【う】つ

肉を擇【えら】びて而して後に發ち,中【あた】るにだちて而して處を命ず。

弦矢【げんし】分れて,藝【まと】【たお】れ【ふ】す

然る後 節を揚げて而して上り浮かべ,驚風を凌ぐ。

駭猋【がいひょう】を【へ】,虛無に乘り,神と俱にす。

 

10-3

玄鶴【げんかく】を【ふ】み,昆鷄を亂り、

孔鸞【こうらん】を【せめと】り鵕䴊【しゅんぎ】を【せめと】り。

翳鳥【えいちょう】を拂い,鳳凰を捎【う】ち、

鵷雛【えんすう】を捷【と】り,焦明【しょうめい】を揜【おお】う。

道盡き塗殫【つ】きて,車を迴らせて還える。

招搖【しょうよう】乎【こ】として襄羊【じょうよう】し,乎として北紘に降集す。

 

10-4

率乎【そつこ】として直に指し,晻乎【えんこ】として反り【おか】う。

石闕【せきけつ】を蹶【ふ】み,封巒【ほうらん】を歷【へ】、

鳷鵲【しじゃく】を過【よぎ】り,露寒を望み、

棠梨【とうり】に下り,宜春【ぎしゅん】に息う。

西のかた宣曲に馳せ,鷁【げき】を牛首に濯う。

 

10-5

龍臺に登り,細柳に掩【とど】まる。

士大夫の勤略を觀て,獵者【りょうしゃ】の得獲【とくかく】する所を鈞【ひと】しくする,

徒車の𨏼【ふ】み【ふ】む所と,步騎の蹂【ふ】み【にし】る所と

人臣の蹈【ふ】藉【ふ】む所と,其の窮極 倦𠙆【けんげき】し

驚憚【きょうたん】讋伏【しょうふく】し,創刃を被らずしてに死する者に與り

佗佗【たた】藉藉【せきせき】として,阬【たに】に【み】ち谷に滿ちて,平【はら】を【おお】い澤を彌【わた】れり

denen01255 

 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10-5

觀士大夫之勤略,鈞獵者之所得獲,

徒車之所𨏼轢,步騎之所蹂

人臣之所蹈藉,與其窮極倦𠙆

驚憚讋伏,不被創刃而死者,

佗佗藉藉,填阬滿谷,揜平彌澤。

 

 

 

(下し文) 10-5

龍臺に登り,細柳に掩【とど】まる。

士大夫の勤略を觀て,獵者【りょうしゃ】の得獲【とくかく】する所を鈞【ひと】しくする,

徒車の𨏼【ふ】み轢【ふ】む所と,步騎の蹂【ふ】み【にし】る所と,

人臣の蹈【ふ】藉【ふ】む所とを,其の窮極 倦𠙆【けんげき】し,

驚憚【きょうたん】讋伏【しょうふく】し,創刃を被らずしてに死する者に與り,

佗佗【たた】藉藉【せきせき】として,阬【たに】に填【み】ち谷に滿ちて,平【はら】を揜【おお】い澤を彌【わた】れり。

 

 

(現代語訳)

ここで、天子は、士大夫たちの勤労の成果をご覧になり、その獲物を公平に分配されるのであるが、

見れば、車や騎馬や歩兵たちが、轢いたり、踏みにじって殺した動物たちばかりでなく、

人、家臣たちが集まり、踏み散らかし、そこに至って究極のところ、逃げまわって疲労困優し、

恐怖に倒れ、傷も受けないで死んでしまった動物たちもあって、

それらの死骸が乱雑に重なり合い、溝を埋め、谷を満たし、平地を覆い、沢に溢れている。

 

 

(訳注) 10-5

觀士大夫之勤略,鈞獵者之所得獲,

ここで、天子は、士大夫たちの勤労の成果をご覧になり、その獲物を公平に分配されるのであるが、

 

徒車之所𨏼轢,步騎之所蹂

見れば、車や騎馬や歩兵たちが、轢いたり、踏みにじって殺した動物たちばかりでなく、

 

人臣之所蹈藉,與其窮極倦𠙆

人、家臣たちが集まり、踏み散らかし、そこに至って究極のところ、逃げまわって疲労困優し、

蹈藉 ふみちらかす。

𠙆 逃げまわって疲労困優する。

 

驚憚讋伏,不被創刃而死者,

恐怖に倒れ、傷も受けないで死んでしまった動物たちもあって、

 

佗佗藉藉,填阬滿谷,揜平彌澤。

それらの死骸が乱雑に重なり合い、溝を埋め、谷を満たし、平地を覆い、沢に溢れている。

○佗佗藉藉 動物の死骸が乱雑に重なり合って、散らばっている様子。

○填阬 填:1 はまること。ぴったりおさまること。また、あてはまること。2 分別をなくして失敗すること。特に、女性の色香に迷って失敗すること。また、そのための失費。阬:1.もんのたかいさま。2.地にほったあな。3.たに。4.みぞ。
幻日環01 

2013年11月1日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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