漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2013年12月

班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523

班固《西都賦》(41) さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。
 

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 240《九辯 第八段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3526 (12/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<1124118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523      

 

 

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

原野蕭條,目極四裔。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

禽相鎮壓,獸相枕藉。

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

然後收禽會眾,論功賜胙。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

 

(42)162

割鮮野食,舉烽命釂。

饗賜畢,勞逸齊。

大路鳴鑾,容與徘徊。

集乎豫章之宇,臨乎昆明之池。

左牽牛而右織女,似雲漢之無涯。

茂樹蔭蔚,芳草被隄。

 

(43)163

蘭茞發色,曄曄猗猗。

若摛錦布繡,瀦燿乎其陂。

鳥則玄鶴白鷺,黃鵠鵁鸛。

鶬鴰鴇,鳧鷖鴻鴈。

朝發河海,夕宿江漢。

沈浮往來,雲集霧散。

 

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

是に於いて天子 乃ち屬玉の館に登り,長楊の榭を歷る。

山川の體勢を覽,三軍の殺獲を觀る。

原野 蕭條として,目 四裔【しえい】を極める。

禽は相い鎮壓【ちんあつ】し,獸は相い枕藉【しんしゃ】す

然る後 禽を收め 眾を會し,功を論じ胙を賜う。

輕騎を陳【つら】ねて以て炰【ほう】を【や】り,酒車を騰【あ】げてて斟酌【しんしゃく】す

 

(42)162

鮮を割【さ】きて野に食らわしめ,烽を舉げて釂【しゃく】を命ず。

饗賜【きょうし】畢【おわ】り,勞逸【ろういつ】齊しく。

大路鑾【すず】を鳴らし,容與【ようよ】として徘徊す。

豫章【よしょう】の宇に集まり昆明の池に,臨む。

牽牛を左にし織女を右にし,雲漢の涯【かぎり】無きに似たり。

茂樹【もじゅ】蔭蔚【いんうつ】して,芳草 隄に被う。

 

(43)163

蘭茞【らんし】色を發し,曄曄【えうえう】猗猗【いい】とする。

錦を摛【の】ぶると繡【しゅう】を布【し】くとの若く,其の陂【つつみ】に瀦【てり】燿【かがや】く。

鳥には則ち玄鶴【げんかく】白鷺【はくろ】,黃鵠【こうこく】鵁鸛【こうかん】あり。

鶬鴰【そうか】鴇【ほうげき】,鳧鷖【ふえい】鴻鴈【こうがん】あり

朝に河海を發し,夕べに江漢に宿す。

沈浮【ちんふ】往來して,雲のごとく集り霧のごとく散ず。

函谷関長安地図座標005 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

原野蕭條,目極四裔。

禽相鎮壓,獸相枕藉。

然後收禽會眾,論功賜胙。

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

 

(下し文)

是に於いて天子 乃ち屬玉の館に登り,長楊の榭を歷る。

山川の體勢を覽,三軍の殺獲を觀る。

原野 蕭條として,目 四裔【しえい】を極める。

禽は相い鎮壓【ちんあつ】し,獸は相い枕藉【しんしゃ】す

然る後 禽を收め 眾を會し,功を論じ胙を賜う。

輕騎を陳【つら】ねて以て炰【ほう】を【や】り,酒車を騰【あ】げてて斟酌【しんしゃく】す

 

(現代語訳)

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

nat0022 

 

(訳注)

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

屬玉 館の名。「属玉は水鳥、鵁鶄に似る」(宣帝紀晋灼注)。これを館に作ってすえてある。場所は三輔の一つ右扶風にあり(『三輔黄図』)。栢梁台の火災後、縁起をかついで火に勝つ意から、上林苑の建物は多く水鳥の名をつける(『西京雑記』)。属玉は一説玉で飾るとある。

長楊之樹 宮殿の名。樹は、土の台の上に木造の屋を建てたもの。「長楊の樹は長楊宮に在り。秋冬其の下に校猟し、武士に命じて禽獣を搏射せしめ、天子比に登りて以て観る」。

 

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

三軍 中国、周代の兵制で、上軍・中軍・下軍それぞれ12500人、合計37500人の軍隊。周代の軍制で、天子の統率した6個の軍。一軍が12500人で、合計75000人の軍隊。六師(りくし)

 

原野蕭條,目極四裔。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

 

禽相鎮壓,獸相枕藉

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

 

然後收禽會眾,論功賜胙。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

 ひもろぎ。神に供える肉。

 

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

 物を包んで焼く。

 馳す。
上林苑01 

班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518

班固《西都賦》(40) 獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる。深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。
 

2013年12月30日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
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735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 239  《九辯 第七段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3521 (12/30)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)15-3 文選 賦<1124018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。

大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。

 

 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

挾師豹,拖熊螭。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

曳犀犛,頓象羆。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

超洞壑,越峻崖。

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

蹶嶄巖,鉅石隤。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

松柏仆,叢林摧。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

草木無餘,禽獸殄夷。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

長安城の位置関係 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(下し文) (40)15-3

角を【おと】し脰【うなじ】を挫【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を拖【ひ】く。

犀犛【さいり】を曳き,象羆【ぞうひ】を頓【ひ】く。

洞壑【どうがく】を超え,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を蹶【ふ】めば,鉅石【きょせき】隤【くず】れる。

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける。

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】殄【ことごと】く夷【ころ】さる。

 

(現代語訳)

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

 

(訳注) (40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

徒縛 徒手で打つ。

 

挾師豹,拖熊螭。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

師豹 獅子と豹。

蠣 角のない龍といわれる。螭は中国の龍の一種。龍にまだ角がはえていないような存在のこと。蛇は1000年から1500年生きると龍になるという。螭はその途中の存在だろうか。

 

曳犀犛,頓象羆。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

 牛に似て尾が長い。

頓 引く。扽と同じ。

 

超洞壑,越峻崖。

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

 

蹶嶄巖,鉅石隤。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

 

松柏仆,叢林摧。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

 

草木無餘,禽獸殄夷。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

上林苑01 

班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513

班固《西都賦》(39) 平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。
 

2013年12月29日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513
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班孟堅(班固)《西都賦》(39)15-2 文選 賦<1123918分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、
窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

nat0022 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (39)15-2

平原赤,勇士厲,

猿狖失木,豺狼懾竄。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

許少施巧,秦成力折。

掎僄狡,扼猛噬。

 

(下し文)(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく,

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は懾【おそ】れ竄【かく】れる。

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む。

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く。

僄狡【ひょうこう】を掎【あしと】り,猛噬【もうぜい】を扼【くび】る。

 

(現代語訳)

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。

大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。 

終南山03 

 

(訳注) (39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

 いきりたつ。

 

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

猿狖 別のテキストに猨とあり、黒色でひじがながく、ふつうの猿より大きい。狖は黒猿、狸に似ているというもの。

豺狼 やまいぬと狼。

 

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、

潛穢 潜は深い、潛穢は蕪(雑草)。

 

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

兕 牛に似た一角、青色で重さ千金(爾雅』釈獣)ともいわれる。

觸蹶 蝕は角のふるること、撞くこと。蹶は踶、たおれること。

 

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

許少・秦成 古の敏捷な人と、古の力士。

 

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。
儒数 すばしこい獣。
sunrise001 

班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508

班固《西都賦》(38) かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 237 《九辯 第五段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3511 (12/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 16 喜遷鶯三首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-393-9-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3512
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《西都賦》(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<1123818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

猿狖失木,豺狼懾竄。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

許少施巧,秦成力折。

掎僄狡,扼猛噬。

 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

機不虛掎,弦不再控。

矢不單殺,中必疊雙。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

風毛雨血,灑野蔽天。

 

(下し文)

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて鋒【ほこ】に【あた】う。

機は虛【むな】しく掎【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる。

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(現代語訳)

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

nat0022 

 

(訳注)

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

期門 勇士、軍門の意。武帝の時設けた。「北地良家子にして騎射を能くする者と諸(これ)を殿門に期す」(『漢書』東方朔伝)とある。名称はここによる。「期門は兵(武器)を執りて送従するを掌る。武帝の建元三年に初めて置き、即に比す。員なし、多きときは千人に至る。秩千石に比す」(百官公卿表)。平帝に至り虎賁郎と改めらる。

 もと古の名剣士の名。ここは武官の名。はやきこと飛ぶがごとしの意味である。「武帝の太初元年、左弋(よく)を飛と為す。…弋射を掌る。九丞、両尉あり」(同上)。。

 金のやじりで羽のついたもの。「殺矢・矢は近射、田猟に用ふ」(『周礼』夏官)。

 渠める。こぞりよせるの意。

 後の足でけってはしる。

 

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

 

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

 後に引く。

 ひきつけて引く。

 

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

 

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

颮颮紛紛 いぐるみが音をたてて飛ぶことの疾(はや)いきま。同音を二字重ねるのはいぐるみの数の多いことをしめす。紛粉は、つぎつぎと。

矰繳【いぐるみ は短い矢、はまだ練ってない生糸のひも。

 

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。
長安付近図00 

班孟堅(班固)《西都賦》(37)#14-3 文選 賦<112―37>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩991 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3503

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班孟堅(班固)《西都賦》(37)143 文選 賦<1123718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩991 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3503

 

 

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 (37) 143

披飛廉,入苑門。

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

六師發逐,百獸駭殫。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

震震爚爚,雷奔電激。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

草木塗地,山淵反覆。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

(下し文) (37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

(現代語訳)

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 

 

(訳注) (37) 143

披飛廉,入苑門。

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

飛廉 館の名、飛廉は「神禽、能く風気を致す者なり」(『漢書』武帝紀応邵注)。武帝の元封二年、武帝は飛廉館を置いた。音義によれば、飛廉は神禽(鳥)で、鹿のような頭を持ち、 杯の足のような角を生やし、蛇のような尾には豹のような模様がある。 明帝の永平五年(62)に長安から飛廉及び銅馬を迎え取り、上西門外に置いて平楽館と名付けた。

長安付近図00

遂繞酆鄗,歷上蘭。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

酆鄗 酆()は、周の文王の都、京兆の杜陵(О)の西。鄗()は、武主の郡、同じく西南にあり。上林苑(陝西省長安県の西と鄂県との間)の中にある。

上蘭 観の名。上林苑中にある(『三輔黄図』)。「上蘭に校猟す」(『漢書』の元后伝)。

 

六師發逐,百獸駭殫。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

六師 周代の軍制で、天子の統率した6個の軍。一軍が12500人で、合計75000人の軍隊。六師(りくし)。。諸侯のうち大国は三軍、小国は一軍(『周礼』夏官の大司馬)。

 馬がきそい走ること。

駭殫 うろたえおそれる。

 

震震爚爚,雷奔電激。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

震震 雷の音のさま。

爚爚 電光のさま。

 

草木塗地,山淵反覆。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

 

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 一時おさえる。
終南山03 

 終南山の夕日函谷関長安地図座標005

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固)《西都賦》(36)142 文選 賦<1123618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩990 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3498  (36)142

 

 

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 (37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

上林苑01 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)(36)142

水衡虞人,修其營表。

種別群分,部曲有署。

罘網連紘,籠山絡野。

列卒周匝,星羅雲布。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

 

(下し文)

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】紘【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る。

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に乘り,法駕【ほうが】を備え,群臣を帥【ひき】いる。

 

(現代語訳)

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 

 Ta唐 長安近郊圖  新02

(訳注) (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

水衡 「古代の山林の営を衝といい、諸の池苑を掌る」(漢書)』。武帝の元鼎二年、水衡都尉を置き、上林苑を掌らせたし衝は産物を公平にする意U

虞人 「山沢を掌るの官」(『礼記』鄭玄注)。また「苑囿を守るの吏」(『孟子』趙注)。虞は度の意。

営表 表をたて行列(隊伍)を正しく組み分けすること。「虞人田する所の野を萊りて表と為す」

 

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

部曲 軍隊の部わけ、曲は部の小わけ。

 長。将軍は「部」をもち、大将軍は五部。部ごとに校尉一人、部の下の「曲」は、曲ごとに軍候一人がある。

 

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

罘網 鳥獣をとらえる網。罘も網。

 大きな綱。

 

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

列卒 狩り子の士卒たち。

 

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

鸞輿 天子の鳳凰の類の飾りのある車。

法駕 六頭立ての馬車、天子の軍、一名金根車。「天子出づるや、軍駕次第あり。之を鹵簿と謂ふ。大駕有り、小駕あり、法駕あり。大駕は公卿奉引して、千乗万騎を備ふれども、法駕は公卿鹵簿中に在らず。惟だ河南尹(長官)、執金吾(金吾は足を鍍金した銅製の棒で、これを持って護衛する警備の兵、一説金吾は不祥をはらう鳥といい、これを持って先導する)を奉引して、侍中騎乗するのみ」(蔡邕著の独断)。
pla024 

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班固《西都賦》(35)(上林苑の狩猟ⅰ) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

 

2013年12月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
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班孟堅(班固)《西都賦》(35)14(上林苑の狩猟ⅰ)-1 文選 賦<1123518分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩989 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3493            (35)14(上林苑の狩猟)-1

 

 

(35)14(上林苑の狩猟ⅰ)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

種別群分,部曲有署。

罘網連紘,籠山絡野。

列卒周匝,星羅雲布。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

(37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

毛群闐,飛羽上覆。

接翼側足,集禁林而屯聚。

 

(下し文)(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】紘【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る。

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に乘り,法駕【ほうが】を備え,群臣を帥【ひき】いる。

 

(現代語訳)

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

漢長安図 

(訳注)

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

泰武 泰は「太」。「大」に作るものあり。周の武王の音楽に「大武」があり、その天下を平定した武功を表すが、ここは音楽を述べたものでない。「大武は大いに武事を陳ぬるを謂ふ」(『後漢書』班固伝の李賢注)にある。李善は注がない。通釈は錬武としておいた。

上田 天子の禁苑。園は謄(紳)をまわし禽獣を放つ所、上林宛。

司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078

 

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

戎・狄 西方を戒、北方を狄という。種族の名。武帝は匈奴、西域の征服・開拓にも意を注いだ。

話武事 式記』月令に「孟冬の月、天子すなはち将帥に命じて武を講じ、射御を習はしむ」とある。

 

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

荊州 ここは「江・湘の地。その俗、鳥を捕ふに習ふ。故に其の人をして之を起たしむ」(『後漢書』注)。

梁野 ここは「巴・漢の人、其の俗、獣を逐ふに習ふ、故に其の人をして之を駆らしむ」(同上注)。

 

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

毛羣 獣類羣れ。

 苑内満ちる。

 

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。
長安城の位置関係 

班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488

班固《西都賦》(34) 天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 233  《九辯 序文と一段目》 宋玉  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3491 (12/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<1123418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488

 

 

(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。

 

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

 

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。」

漢長安図 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

 

(下し文)

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。」

 

(現代語訳)

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。

長安城の位置関係 

(訳注) (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

仙掌・承露 仙掌・承露盤。漢の武帝のとき,建章宮に高さ二十丈、大きさ七囲の銅柱の承露盤を作り,その上にこれを置いて甘露を受けたと伝えられる。また,この甘露は,玉屑と混ぜて飲むと,長生不死ができると信じられた(《漢書》郊祀志)。なお,サボテンの漢名も仙人掌と書く。

 

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

 埃も、もほこり。

顥気 天の白い気。

 いさざよし。清浄。

清英 澄んでまじり気のない気。

 

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

文成 斉の方士の李少翁は、方術を使い武帝にまみえ、神と通ずるためには、宵室や衣服などを神の物にかたどられないと、天神は現れないと説き、武帝は彼を文成将軍となし、甘泉官を造営した。

五利 樊大という方士は、不死の薬を手に入れ、仙人を招くことができるといい、武帝をよろこはせたので、五利将軍に任命されたことに基づく。

所刑 刑とは、法る。方術のこと。

 

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

松喬 赤松子と王子喬のこと。・赤松子は、神農のころの雨師(雨の神)水玉(水精。水晶)を服用し、それを神農にも教えた。 自焼することで火によって尸解したという。西王母の石室に宿り風雨とともに山を上り下りした。 炎帝(神農)の末娘が赤松子を追ってきて仙人になり、二人とも姿を消した。黄帝の曾孫の高辛氏の時代に再び雨師になった。・王子喬は、後漢の蔡邕(さいよう)の〈王子喬碑文〉はいつの時代の人かわからぬという。《列仙伝》は,《国語》や《逸周書》に賢者として見える太子晋に結びつけ,周の霊王の太子の姫晋であるとする。笙の笛を吹くことを好み,鳳凰の鳴声を模することができた。道士の浮丘公に会い,つれられて嵩高山(すうこうざん)に入って仙人となった。魏晋南北朝時代以来,赤松子とならんで古代の仙人の代表とされ,詩文や絵画に登場することが多い。

 

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。
hinode0100 

班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1

班固《西都賦》(33)(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 232  《桃源圖》 韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3486 (12/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<1123318分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483       (33)#13(神仙境)-1

 

 

(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

 

 

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

 

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。

miyajima 709330 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

於是靈草冬榮,神木叢生。

巖峻崒,金石崢嶸。

 

(下し文)

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

  

(現代語訳)

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 

(訳注)(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

唐中 池の名(『三輔黄図』、五臣注)一説庭の道の名(李注義疏)。建章宮の西にあり、数十里にわたるという(『漢書』郊祀志)。『漢書』は「商中」につくる。商とは金を意味し、秋であり西の意となる。ただし『漢書』の班固伝の賦には唐中に作り、唐とは庭、中唐すなわち中庭のこととする。

太液 池の名。建章宮の西北にありとする。「漸台あり高さ二十余丈。…地中蓬莱、方丈、瀛洲、壷梁あり、海中の神山、亀魚の属に象る」(郊祀志)。

湯湯 水の流れるさま。

 

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

碣石 海岸の山の名(『尚書』禹貢)。これに太液池の山をにせて作ったということ。

神岳 石山。

嶈嶈 高いさま。一説に「水の山に激する声」(呂延済注)。通釈は前者をとる。 

 

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

 泛ぶ。水の上にうかび沈まないこと。

方壺 「勃海の東に大壑あり。其の中に山有り。…三に日く方壷、四に日く瀛洲、五日く蓬莱」(『列子』湯問篇)。

中央 蓬莱山は瀛洲と方丈・壺梁の二山の間にある。

 

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

霊草・神木 不死の薬となる。

 

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

巌峻 けわしくさかしい山。

 上の字は、山の高いこと、下の字は山の危うく高いこと。岩石の絶壁のある山頂のけわしい形容。
五重塔(2) 

班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478

班固《西都賦》(32) 魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 231 《桃源行》 王維 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3481 (12/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(32)122 文選 賦<1123218分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478 

 

 

(31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

 (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

 hinode0100

(31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

(32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

DCF00208 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

 

(下し文) (32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

 

(現代語訳)

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

漢長安図 

 

(訳注) (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

怳怳 自失するさま。

 

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

周流・徬徨 めぐり、彷徨うがたちもってしまうの義。その場所を離れがたく思う表現に使う。

 

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

甬道 楼閣の問をつなぐ複通(上と下との二重の廊下)。

縈紆 回曲する(『説文』)。

番探 はるかに深く、光がとどかぬさま。

 

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

飛闥 高い飛園に設けた小門(李善注)、小さな出口。また飛関につき出た方形の木材(辞綜旺)ともいう。

洋洋 広がりの中にただようさま。

長安付近図00 


建章宮

武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属する。

 

建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。長安城の位置関係

班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473

班固《西都賦》(31) 建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 230  《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3476 (12/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(31)12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<1123118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473           

 杏の白花012

 

(31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

 (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

 

(31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

(32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

長安付近図00 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

 

(下し文) (31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

 

(現代語訳)

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

nat0017gif615 

(訳注) (31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

神明 神明台の名。『漢書』の郊祀志に「其の南(建章宮の南)に玉堂・璧門・大鳥の属あり。神明台・井斡樓を立つ。(ともに)高さ五十丈(116m)、輦道相属なる」。顔師古の注に「神明台は上に九室あり、恒に九天道士百人を置く。井幹樓は木を積みて高くし、樓を為すこと井幹の形の若し。井幹とは、井上の本欄なり。其の形或は四角或は八角。西京の賦に『井幹畳りて百層』と云ふほ即ち此の楼なり」とある。井幹は木で方形に組んだ井げた。その形をなす楼閣。

 むくむくと高く興起るさま。

偃蹇 高く上へあがるさま。

 上になって行くこと。

 

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

 後より前に出る。

太半 三分の二ほど。あらかた。

虹霓 にじ。雄を虹雌を完という。

棼楣 二重屋根の棟梁。

 

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

軽迅 身軽で早い。迅とは、ここかと思えばまたあちらというような意味。

僄狡 すばしこい。天性野生的にすばしこい。

 愕は、思いがけぬことに後すぎりしてたじろぐ。胎は、おどろいて両税すること。

 

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

 

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

櫺檻 れんじの手すり。欄干。

倚・稽 絹者は、身を託する。後者は、留まる。

 

漢長安図 

建章宮

武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属する。

 

建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。

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班固《西都賦》(30) 建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる

 

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班孟堅(班固)《西都賦》(30)11-2 文選 賦<1123018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩984 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3468

 

 

(29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る閣道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

 

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

長安城の位置関係 

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

 

(下し文)

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

 

(現代語訳)

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

漢長安図 

 

(訳注) (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

 建章宮の正門の内側。

別風 闕の名。城外にあり風の方向を識別するに都合がよいので建てた。高さ五十丈(『黄囲』)。

嶕嶢 高くさかしい。

眇麗 精巧で壮麗なさま。

 

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

千門・万戸 「武帝建章宮を作り、度りて千門万戸を為り、前殿(正殿)は度りて未央宮より高くす」(『漢書』の郊祀志)。

陰陽 夜昼。

 

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

 

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

駘盪・馺娑 建章宮内の殿堂。次項も同じ。馺娑は「馬の行くことの疾い貌。馬行迅疾。一日の間宮中を遍くす。宮中の大なるを言ふ」(『三輔黄図』原注)。駘盪は「春時景物駘蕩として宮中に満つるなり」(同上)。殿堂の名称の意味を記す。

・天梁 前者は「木の名。宮中美木茂盛なり」(同上)。名は「梁木大に至る。宮の高きを言ふなり」。

 

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

蓋戴 覆う。

日景 日光。太陽の光に反射して逆光となり室内にさしこむ(呂延濟の注)。

長安付近図00 

 建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

 

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

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(班固)《西都賦》(29)(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る閣道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

 

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

輦路經營,脩除飛閣。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

道而超西墉,建章而連外屬。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

 

(下し文)

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

 

(現代語訳)

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 

 漢長安図

(訳注) (29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

周廬 末央官をとりまく宿直の屯所。郎中などの居るところを署といい、衛卒の居るところを臆という。

徼道 見まわりの夜の別なく巡視する。中尉の官の職とするところで、京師全体を巡察して盗賊にそなえた。武帝の時中尉の名を改めて執金吾という(百官公卿表)。

綺錯 は、縦横だけでなく斜めもあり、迷走して入り乱れる。

・建章宮 秦始皇帝の上林苑のほか,咸陽の離宮で渭水の水を引いて池を作り蓬萊山(ほうらいさん)を築いているのは人工的な築山(つきやま)の先駆である。前漢武帝は上林苑を拡張し,建章宮では太液池(たいえきち)中に東海神山をかたどった築山を作った。茂陵の袁広漢の造園は石の築山,砂の洲浜を備え,珍奇な禽獣や樹木を集め,多くの建築を配したもので,すでに山水,花木と建築を組み合わせる中国庭園の原型がうかがえる。

・未央宮:中国,漢の長安城内南西隅にあった宮城。前漢の高祖7(200)より丞相の蕭何(しようか)が中心となって築き,恵帝から平帝までの皇帝が常居とした。東闕,北闕,前殿をはじめ宣室殿,温室殿,清涼殿など多数の殿閣,武庫,太倉等があったと伝える。王莽(おうもう)のとき廃され,後漢末に修復,前趙,西魏,唐にも修復された。遺跡は陝西省西安市北西郊にあり,宮牆はおよそ東西2300m,南北2000m,前殿基壇は約南北200m,東西100mの規模をもつ。

 

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

 天子の輦が通る路。高く架けた閣道になっている。閣道は上下二重の廊下であり、複道ともいう。

経営 「直行を経となし、周行を營となす」(「魏郡の賦」の張銑注)。直線的にのびたり、由線的に湾曲したりして閣道が続くさま。

 情は長い。除は、徐すなわち塗(みち)。

飛閣 高く弧を画いてかけ相のようになっている閣道。「城中を小なりとし乃ち(末央)宮の西のかた城池を跨ぎて飛閣を作り、建章宮に通じ、輦道を構へ以て上下す。」(『三輔黄図』)

 

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

桂官・明光 末央官の北にある殿の名。前者は武帝の造営。周園十金箱ぺその中に後者の明光殿がある。「金玉珠城(円い玉と四角な玉)もて旅箔(折だ)を為(い)り、処処に明月の珠、金の陛(賢)、玉階あり、昼夜光明なり」 (『三秦記』)。

彌 終わるの意あり。向こうまでつらぬきとおる。

亙 おしかけてわたる。

長楽 宮殿の名。もと秦の興楽官。漢はこれを大きくする。楼台や五つの御殿があった。

高祖は未央官を朝廷の集会に使い、平素は東の長楽宮に居る。その後太后が住み、恵帝から平帝までは未央宮に居た。宣帝の時鳳凰がとまったという(『三輔黄図』)。

 

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

 越える。

 坂

西墉 西の垣、城郭。

 「同」の意。

連外属 版本によっては「連属」とあるが、「外」は衍字であるが意味として、宮外に続く。

 

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

璧門之鳳闘 「之」は「興」と同じ。壁門と鳳闕。前者は建章宮の正門。三層で高さ二十余丈、階陛はみな玉で、楼の橡(たるき)に璧玉をはめて飾ってあったという(漢の武帝故事)。後者はその正門の東にあり、高さ二十余丈、その上に鳳凰か飾ってあった。

觚稜 弧は、觚は、柧と同じ。四角の木材の角。四阿作りの宮殿の四方(二重屋根の場合は八方)の屋根の角を上へそらせてあること。また屋の最も高い所とも考えられる。

金爵 爵は雀。銅製の鳳凰で、金をかぶせてある。

長安城の位置関係 



建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

 

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

班孟堅(班固)《西都賦》(28)#10-3 文選 賦<112―28>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩982 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3458

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班孟堅(班固)《西都賦》(28)10-3 文選 賦<1122818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩982 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3458

函谷関長安地図座標005 

 

10-1

左右庭中,朝堂百寮之位。

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

佐命則垂統,輔翼則成化。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

功業徳行ともに祖宗の先帝を顕彰し、その恩沢は、しもじもの民草にまでおよんだ。

又有天祿石渠,典籍之府。

さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、

講論乎六蓺,稽合乎同異。

六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。

又有承明金馬,著作之庭。

また承明盧・金馬門という著作の官署がある。

大雅宏達,於茲為群。

すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

10-3

元元本本,殫見洽聞。

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

發篇章,校理秘文。

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

陛戟百重,各有典司。

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

 漢長安図

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10-3

元元本本,殫見洽聞。

發篇章,校理秘文。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

陛戟百重,各有典司。

 

(下し文) 10-3

元【はじめ】を元【もと】め、本を本【もと】める,殫【ことごと】く見て洽【あまね】く聞く。

篇章を【けいはつし】,秘文を校理【こうり】す

【めぐら】すに鉤陳【こうちん】のてし,衛るに嚴更の署を以てす。

禮官の甲科を總【す】べ,百郡の廉孝【れんこう】を群める。

虎賁【こほん】贅衣【ぜいい】,閹尹【えんいん】閽寺【こんじ】とす

陛戟【へいげい】百重【ひゃくちょう】,各【おのお】の典司【つかさ】

 

(現代語訳)

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

 

(訳注) 10-3

元元本本,殫見洽聞。

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

元元本本 元は源、本は根。典籍の板木。

 

發篇章,校理秘文。

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

發 啓発:人が気づかずにいるところを教え示して、より高い認識・理解に導くこと。。

 

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

鉤陳之位 紫微官を守る六つの星の位置。この天の星座を地上の未央宮とこの周囲の護衛の官署になぞらえる。

嚴更 夜警番。夜に鼓をうつのを監督して行う。夜を五更に分割して一刻とし、一刻ごとにうつ。更とは時の経過すること。肢史の署は、郎(近侍の官)の宿衛の役所。末央宮内にある。

 

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

礼官之甲科 礼官とは奉常(太常ともいう)。甲科とは甲乙丙の科があり、礼官が甲科で合格させた者の意。官吏登用試験にこの三科があり、漢の平帝では甲科四十人を郎中とした(『漢書』儒林伝)。採用試験の方法は、射策といって、題意を策に書き、問題の大小により甲科、乙科などと記し、これをかくしておいて受験生に選ばせ、解釈させる。その優劣を判定する。甲科の及第者は郎中となり禁衛の職に当たる。右の蕭望之は丞相までなった人であるが、最初はこの甲科に合格、門侯(時刻により門の開閉をつかさどる門衛)に補せられた。

廉孝 孝廉と同じ。押韻の関係で適にする。「元光元年、冬十一月初めて那因をして孝と廉と各一人を挙げしむ」(武帝紀)とあるが、孝廉一つにした場合もある(李注義疏)。これも禁衛の職に当たる。

 

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

虎賁 古の勇士。転じて一般の勇士、武士。

贅衣 綴衣ともいい、惟優に近い近臣をさすらしい。

閹尹 官官の長。

閽寺 閽人と寺人。刑余の門衛と君側の後宮をつかさどる小臣、宦官。

 

陛戟百重,各有典司。

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

陛戟 きざはしをはさんで、戟戈をもち侍立する武官。
長安城の位置関係 botan00

班孟堅(班固)《西都賦》(27)#10-2 文選 賦<112―27>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩981 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3453

班固《西都賦》(27) さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。また承明盧・金馬門という著作の官署がある。すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <894>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3454韓愈詩-227-11
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

班孟堅(班固)《西都賦》(27)10-2 文選 賦<1122718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩981 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3453 

 

 

10-1

左右庭中,朝堂百寮之位。

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

佐命則垂統,輔翼則成化。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

功業徳行ともに祖宗の先帝を顕彰し、その恩沢は、しもじもの民草にまでおよんだ。

又有天祿石渠,典籍之府。

さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、

講論乎六蓺,稽合乎同異。

六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。

又有承明金馬,著作之庭。

また承明盧・金馬門という著作の官署がある。

大雅宏達,於茲為群。

すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

10-3

元元本本,殫見洽聞。

發篇章,校理秘文。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

陛戟百重,各有典司。

長安城の位置関係 

 

(27)10-2

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (27)10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

又有天祿石渠,典籍之府。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

講論乎六蓺,稽合乎同異。

又有承明金馬,著作之庭。

大雅宏達,於茲為群。

 

(下し文) 10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

又有天祿石渠,典籍之府。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

講論乎六蓺,稽合乎同異。

又有承明金馬,著作之庭。

大雅宏達,於茲為群。

 

(現代語訳)

功業徳行ともに祖宗の先帝を顕彰し、その恩沢は、しもじもの民草にまでおよんだ。

さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。

かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、

六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。

また承明盧・金馬門という著作の官署がある。

すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

漢長安図 

 

(訳注) 10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

功業徳行ともに祖宗の先帝を顕彰し、その恩沢は、しもじもの民草にまでおよんだ。

黎庶 もろもろの民。

 

又有天祿石渠,典籍之府。

さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。

天祿石渠 ともに楼閣の書庫。末央宮の北にあった。蕭何の造営。貴重図書を収蔵し賢才の士をおいた。石渠閣は閣の下に石組で作った溝に水を引き、秦の図書を収めた。宣帝の時ここで諸書を講論した。

 

命夫惇誨故老,名儒師傅。

かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、

故老 古老。

 

講論乎六蓺,稽合乎同異。

六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。

 詩・書・礼・楽・易・春秋の六経。「五経の同異を講ぜしむ」(宣帝紀)。「韋玄成詔を受け、太子の大傳の蕭望之及び五経の諸倫と、同異を石渠閣に雑論し、其の対を条ごとに奏す」(韋玄成伝)などと『漢書』に見える。

 

又有承明金馬,著作之庭。

また承明盧・金馬門という著作の官署がある。

承明金馬 承明盧は、石渠閣の外に在り、直宿(当直)のやどる所を盧という。金馬門は、未央官にある官吏の出仕するところ(『史記』『三輔黄哉図』)。

 

大雅宏達,於茲為群。

すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

大雅 『詩経』の大雅の篇より転じて、学識文才ある士をいう。「上林の賦」の張揖の注に「大雅の材三十一人」とある。
大明宮-座標02 

班孟堅(班固)《西都賦》(26)#10-1(朝廷の百官) 文選 賦<112―26>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩980 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3448

班固《西都賦》(26)(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

2013年12月16日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(26)#10-1(朝廷の百官) 文選 賦<112―26>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩980 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3448
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 225  《贈鄭夫子魴》 孟郊(孟東野)  唐宋詩kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3451 (12/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固)《西都賦》(26)#10-1(朝廷の百官) 文選 賦<1122618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩980 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3448

 

 

10-1

左右庭中,朝堂百寮之位。

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

佐命則垂統,輔翼則成化。

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

又有天祿石渠,典籍之府。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

講論乎六蓺,稽合乎同異。

又有承明金馬,著作之庭。

大雅宏達,於茲為群。

10-3

元元本本,殫見洽聞。

發篇章,校理秘文。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

陛戟百重,各有典司。

長安城の位置関係 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (26)#10-1

左右庭中朝堂,百寮之位。

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

佐命則垂統,輔翼則成化。

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

 

 (下し文) 10-1

庭中の朝堂に左右して、百寮の位あり。

蕭曹【しょうそう】魏邴【ぎへい】,乎其の上に謀謨【ぼうぼ】し

命を佐【たす】けては則ち統を垂れ,輔翼しては則ち化を成し。

大漢の愷悌【がいてい】を流きて,亡秦の毒螫【どくせき】を【ほろぼ】す

故に斯の人をして樂和の聲を揚げ,畫一【かくいつ】の歌を作ら令める。

 

(現代語訳)

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

 

漢長安図 

(訳注) 10-1

左右庭中,朝堂百寮之位。

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

庭中 天子が議事を行う広場。漢代はここに坐して会議を開くこともあった。

朝堂 政務をとる堂。中庭にあり大臣の坐る所。東によったところにあり南向き。

百寮 百官。

位 ここは朝里の左右の坐席の順位。

 

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

 何。高祖の相国(宰相)となる。 何(しょう か、? - 紀元前193年)は、秦末から前漢初期にかけての政治家。劉邦に天下を取らせた、漢の三傑の一人。

曹 曹参。粛何に代わって相国となる。中国,漢の高祖の功臣。沛(はい)(江蘇省沛県)の人。沛県の獄吏であったが,劉邦が挙兵すると彼に従って各地を転戦。漢の天下統一後は斉王の相となり,平陽侯に封ぜられた。蕭何(しようか)が死ぬと漢の相国(宰相)の職を継いだが,すべて蕭何の定めた規約に従い,一事として変更することはなかった。その政治は,道家の精神により清静無為を尊び,言辞は正道,人民は休息を得て,賢相とたたえられた。

 魏相。宣帝の丞相。魏 相(ぎ しょう、? - 紀元前59年)は、前漢の政治家。字は弱翁。 済陰郡定陶の出身で、後に平陵に移住した。易経を学んで郡の卒史から賢良に挙げられ、茂陵令となった。茂陵は大いに治まったという。 河南太守に昇進し、豪族も憚る厳格な統治を行なった。

 吉。魏相に代わって丞相となる。邴吉(?~前55),字少卿,国北海人,曾官廷尉,光武省右。昭帝曾任大将军长

 

佐命則垂統,輔翼則成化。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

佐命 天命を受けた高祖を助ける。仕は手伝うの意。

垂統 天子の血統をたれる。

輔翼 たすける。

成化 太平の世にする。

 

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

愷悌 やわらぎ楽しむ。仁政を指す。

毒蟄 虐政の比喩。

 

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

楽和 音楽のどかなこと。軽じて楽しくやわらぐの意。歌は徳を、舞は功を表す。

畫一之歌 曹参をたたえた歌。「百姓之を歌ひて曰く、何法を為り、較かにすること画一の若し。曹参之に代はり、守りて失ふ勿し。其の清浄を載ひて、民以て寧一なり」(『漢書』曹参伝)。

函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固) 《西都賦》(25)#9―4 文選 賦<112―25>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩979 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3443

班固《西都賦》(25) 後宮の女性の称号に十四の位の別がある。しとやかな美女もあり、花盛りの美女もあり、たがいに栄達したがいに高貴の身となる。この序列におる宮女はおよそ百をもって数える。

2013年12月15日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(25)#9―4 文選 賦<112―25>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩979 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3443
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 4 浣溪紗八首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-380-9-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3447
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固) 《西都賦》(25)#94 文選 賦<1122518分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩979 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3443

 

 

#9(後宮の華麗)

(22)#9―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

合歡增城,安處常寧。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

茞若椒風,披香發越。

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

 

(23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。

屋不呈材,牆不露形。

その棟梁の材木は木地をかくし、牆は形をむきださず、

裛以藻繡,絡以綸連。

五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。
隨侯明月。錯落其間。

随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。

金釭銜璧,是為列錢。

轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

 

(24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

弱翠の羽飾りのある火斉の天明りは、遠くまで照らし光を内に含んでいる。

懸黎垂棘,夜光在焉。

天下の名宝、懸黎や垂棘の玉、それに夜光の玉もここにはそろっている。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

ここの堂の前は漆塗りの黒色のたたき、階段は黄金塗りの敷きみぎわの瓦、白玉のきざはし、朱色の中庭がある。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

そこにあるのさざれ石は、色どりも美しくきめこまか、琳蒞の石は、青色に光っている。

珊瑚碧樹,周阿而生。

珊瑚や碧樹の玉石の林が、庭のくまをめぐり生えている。

 

(25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

宮女の紅い薄絹の長袖は長くうちなびき、あや絹の組みひもはもつれ乱れる。

曜華燭,俯仰如神。

そのまぶしいまでのうるわしさ、はなやかなおしゃれが照りかがやいて、身のこなしはまるで女神さながらである。

後宮之號,十有四位。

後宮の女性の称号に十四の位の別がある。

窈窕繁華,更盛迭貴。

しとやかな美女もあり、花盛りの美女もあり、たがいに栄達したがいに高貴の身となる。

處乎斯列者,蓋以百數。

この序列におる宮女はおよそ百をもって数える。

燕尾を垂らす 

 後宮には則ち掖庭【えきてい】椒房【しょうぼう】が有り,后妃の室なり。

合歡【ごうかん】增城【ぞうじょう】,安處【あんしょ】常寧【じょうねい】あり。

茞若【しじゃく】椒風【しょうふう】,披香【ひこう】發越【はつえつ】と。

蘭林【らんりん】蕙草【けいそう】,鴛鸞【えんおう】飛翔【ひしょう】と之れ列らる。昭陽 特に盛んにして,孝成に隆にす。

屋は材を呈【あらわ】にせず,牆【かきね】は形を露【あらわ】さず。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以ってし,絡【まと】うに綸連【りんれん】を以ってす。

隨侯の明月あり。其の間に錯落す。

金釭璧【たま】を銜み,是れ列錢【れっせん】と為す。翡翠【ひすい】の火齊【かせい】,耀【かがやき】を流し英【ひかり】を含む。

懸黎【けんれい】垂棘【すいきょく】,夜光在り。

是に於いて玄墀【げんち】釦砌【こうぜい】,玉階彤庭【とうてい】あり。

礝磩【ぜんせき】は綵緻【さいち】にして,琳蒞【りんぴん】は青熒【せいけい】なり。

珊瑚【さんご】碧樹【へきじゅ】,阿を周りて生ず。紅羅 颯纚として,綺組 繽紛たり。

精曜 華燭,俯仰すること神の如し。

後宮の號,十有四位あり。

窈窕 繁華,更に盛んい迭【たが】いに貴し。

斯の列に處【お】る者,蓋し百を以て數う。

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

精曜華燭,俯仰如神。

後宮之號,十有四位。

窈窕繁華,更盛迭貴。

處乎斯列者,蓋以百數。

 

(下し文)
(25)#9―4

紅羅 颯纚として,綺組 繽紛たり。

精曜 華燭,俯仰すること神の如し

後宮の號,十有四位あり。

窈窕 繁華,更に盛んい迭いに貴し。

斯の列に處る者,蓋し百を以て數う。

 

(現代語訳)

宮女の紅い薄絹の長袖は長くうちなびき、あや絹の組みひもはもつれ乱れる。

そのまぶしいまでのうるわしさ、はなやかなおしゃれが照りかがやいて、身のこなしはまるで女神さながらである。

後宮の女性の称号に十四の位の別がある。

しとやかな美女もあり、花盛りの美女もあり、たがいに栄達したがいに高貴の身となる。

この序列におる宮女はおよそ百をもって数える。

bijo01 

(訳注) (25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

宮女の紅い薄絹の長袖は長くうちなびき、あや絹の組みひもはもつれ乱れる。

颯纚 長袖のひるがえるさま。

綺組 あやのある組みひも。

 

精曜華燭,俯仰如神。

そのまぶしいまでのうるわしさ、はなやかなおしゃれが照りかがやいて、身のこなしはまるで女神さながらである。

精曜 まぶしいまで麗しいさま。

華燭 はなやかなおしゃれが照りかがやくこと。

 

後宮之號,十有四位。

後宮の女性の称号に十四の位の別がある。

十有四位 昭儀、*婕妤、*姮娥、傛華、美人、八子、*充依、七子、良人、長使、少使、五官、順帝、無涓、共和、娯霊、保体、良使、夜着。このうち無渦以下六つの称号は同じく第十四位。昭儀(元帝時これをおく)第一位、以下順に無涓の第十四位に至る。*印は武帝の時爵位あり。第一位以下名称の意味については外戚伝の師古の江を参照されたい。この外に職号もない良家の士女もおり、それを家人子といった。

 

窈窕繁華,更盛迭貴。

しとやかな美女もあり、花盛りの美女もあり、たがいに栄達したがいに高貴の身となる。

窈窕 美しくしとやかなさま。男として魅力のあることをいう。セックスアピールのこと。
『為焦仲卿妻作』-其七 「雲有第三郎,窈窕世無雙。」(媒酌人が言うには県令さまには第三男があります。美しくしとやかであり、世に二人とはないお方です。)

為焦仲卿妻作-其七(16) 漢詩<159>古詩源 巻三 女性詩599 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1614

 

處乎斯列者,蓋以百數。

この序列におる宮女はおよそ百をもって数える。

班孟堅(班固)《西都賦》(24)#9―3 文選 賦<112―24>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩978 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3438

班固《西都賦》(24) 弱翠の羽飾りのある火斉の天明りは、遠くまで照らし光を内に含んでいる。天下の名宝、懸黎や垂棘の玉、それに夜光の玉もここにはそろっている。ここの堂の前は漆塗りの黒色のたたき、階段は黄金塗りの敷きみぎわの瓦、白玉のきざはし、朱色の中庭がある。

2013年12月14日  の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《西都賦》(24)#93 文選 賦<1122418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩978 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3438

 

 

9(後宮の華麗)

(22)#9―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

合歡增城,安處常寧。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

茞若椒風,披香發越。

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

 

(23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。

屋不呈材,牆不露形。

その棟梁の材木は木地をかくし、牆は形をむきださず、

裛以藻繡,絡以綸連。

五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。
隨侯明月。錯落其間。

随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。

金釭銜璧,是為列錢。

轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

 

(24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

弱翠の羽飾りのある火斉の天明りは、遠くまで照らし光を内に含んでいる。

懸黎垂棘,夜光在焉。

天下の名宝、懸黎や垂棘の玉、それに夜光の玉もここにはそろっている。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

ここの堂の前は漆塗りの黒色のたたき、階段は黄金塗りの敷きみぎわの瓦、白玉のきざはし、朱色の中庭がある。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

そこにあるのさざれ石は、色どりも美しくきめこまか、琳蒞の石は、青色に光っている。

珊瑚碧樹,周阿而生。

珊瑚や碧樹の玉石の林が、庭のくまをめぐり生えている。

 

(25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

精曜華燭,俯仰如神。

後宮之號,十有四位。

窈窕繁華,更盛迭貴。

處乎斯列者,蓋以百數。

長安城の位置関係 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

 (24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

懸黎垂棘,夜光在焉。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

珊瑚碧樹,周阿而生。

 

(下し文) (24)#9―3

翡翠【ひすい】の火齊【かせい】,耀【かがやき】を流し英【ひかり】を含む。

懸黎【けんれい】垂棘【すいきょく】,夜光在り。

是に於いて玄墀【げんち】釦砌【こうぜい】,玉階彤庭【とうてい】あり。

礝磩【ぜんせき】は綵緻さいち】にして,琳蒞【りんぴん】は青熒【せいけい】なり

珊瑚【さんご】碧樹【へきじゅ】,阿を周りて生ず。

 

(現代語訳)

弱翠の羽飾りのある火斉の天明りは、遠くまで照らし光を内に含んでいる。

天下の名宝、懸黎や垂棘の玉、それに夜光の玉もここにはそろっている。

ここの堂の前は漆塗りの黒色のたたき、階段は黄金塗りの敷きみぎわの瓦、白玉のきざはし、朱色の中庭がある。

そこにあるのさざれ石は、色どりも美しくきめこまか、琳蒞の石は、青色に光っている。

珊瑚や碧樹の玉石の林が、庭のくまをめぐり生えている。

hinode0100 

(訳注) (24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

弱翠の羽飾りのある火斉の天明りは、遠くまで照らし光を内に含んでいる。

翳翠 翡は雄で赤色の毛、翠は雌で青色の毛のものをいう。ここは前項『漢書』の明珠・翠羽にしたがい、鳥の羽とする。烏でなく青緑色の石であっても意味は通じる。

火斉 火珠。玟瑰(ばいかい)ともいう。鶏卵状で数尺にわたり照らし、太陽が真上にあれば、火を出す。

含英 英は光、火斉の珠についていえば、火を内蔵すること。

 

懸黎垂棘,夜光在焉。

天下の名宝、懸黎や垂棘の玉、それに夜光の玉もここにはそろっている。

懸黎 美玉の名、「梁に懸黎あり、楚に和璞ありて天下の名器たり」(『戦国策』)。

垂棘 春秋時代の晋の美玉(『左伝』)。

夜光 美玉の名。『戦国策』(「楚策」)、『史記』李斯伝、張衡の思玄賦などに見える。

 

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

ここの堂の前は漆塗りの黒色のたたき、階段は黄金塗りの敷きみぎわの瓦、白玉のきざはし、朱色の中庭がある。

 玄は赤味をおびた黒色の漆塗りの意、は堂前の平地すなわち殿上のたたきの廊下。

 は階みぎわ、階段の石だたみ。釦は黄金で塗る。銅を重ね合わせてめっきする。玉階は中庭に下る階段である。

 

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

そこにあるのさざれ石は、色どりも美しくきめこまか、琳蒞の石は、青色に光っている。

/ 玉に次ぐ美石。「白きこと氷の如く、半ば赤色をおびる。」(「子虚の賦」の注)。次于玉的美石。

 玉に次ぐ美石。前項に類す。

琳蒞 琳は光沢ある美玉。は石質が玉に次ぐ美石。

 青く光る。

 

珊瑚碧樹,周阿而生。

珊瑚や碧樹の玉石の林が、庭のくまをめぐり生えている。

碧樹 靑玉の樹林。

長安付近図00 

班孟堅(班固) 《西都賦》(23)#9―2 文選 賦<112―23>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩977 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3433

班固《西都賦》(23) ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

2013年12月13日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固) 《西都賦》(23)#9―2 文選 賦<112―23>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩977 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3433

9(後宮の華麗)

(22)#9―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

合歡增城,安處常寧。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

茞若椒風,披香發越。

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

 

(23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。

屋不呈材,牆不露形。

その棟梁の材木は木地をかくし、牆は形をむきださず、
裛以藻繡,絡以綸連。

五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。
隨侯明月。錯落其間。

随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。

金釭銜璧,是為列錢。

轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

 

(24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

懸黎垂棘,夜光在焉。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

珊瑚碧樹,周阿而生。

 

(25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

精曜華燭,俯仰如神。

後宮之號,十有四位。

窈窕繁華,更盛迭貴。

處乎斯列者,蓋以百數。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

屋不呈材,牆不露形。

裛以藻繡,絡以綸連。

隨侯明月。錯落其間。

金釭銜璧,是為列錢。

 

(下し文) (23)#9―2

昭陽 特に盛んにして,孝成に隆にす。

屋は材を呈【あらわ】にせず,牆【かきね】は形を露【あらわ】さず。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以ってし,絡【まと】うに綸連【りんれん】を以ってす。

隨侯明月あり。其錯落す。

金釭璧【たま】を銜み,是れ列錢【れっせん】と為す。

 

 

(現代語訳)

ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。

その棟梁の材木は木地をかくし、牆は形をむきださず、
五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。

随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。

轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

漢長安図 

 

(訳注) (23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

ことに昭陽殿は盛大で、成帝の代にはますます栄えた。

昭陽 殿の名。成帝の趙(飛燕)皇后の妹が、昭儀(女官の最高位。位は丞相に比し、爵は諸侯王に比す)となり、昭陽の殿舎にすむ。姉は飛燕といわれたが後に寵愛されなくなり、妹が愛された。趙飛燕(?‐前1)中国,前漢末の女性で,成帝の皇后。もと踊り子の出で,軽快な身のこなしが燕を思わせるところから飛燕と称された。成帝に見そめられて,妹とともに後宮に入り,帝の寵愛を一身に集めて栄華を誇った。哀帝が立つと皇太后となったが,帝の死とともに権勢を失墜して自殺した。彼女の故事を物語化した《飛燕外伝》1巻があり,漢の伶元(れいげん)の撰と称されるが,おそらく六朝人の創作であろう。

 

屋不呈材,牆不露形。

その棟梁の材木は木地をかくし、牆は形をむきださず、

 

裛以藻繡,絡以綸連。

五色のあや模様の錦蹄でまいてつつみこみ、靑糸の組みひもが巻きつけてある。

藻繍 美しいあや模様。藻は五色の糸。

綸連 青糸の綬(ひも)。

 

隨侯明月。錯落其間。

随侯の明月といわれる珠玉が、その中に入りまじる。

随侯明月 随侯の玉。姫姓の諸侯の二つである随侯が、大蛇の腸が傷ついているのを、薬をつけてなおしてやったところ、後に大きな珠(拍)を川の中からくわえてきて、その恩に報いた。これが明月の玉といわれる。これを夜光の珠という説があるが、班国はこの文によると夜光の玉は随侯の玉とは別の玉としている。

錯落 いりまじる。落も錯(まじる)各種の玉があちこちいりまじる。

 

金釭銜璧,是為列錢。

轂鉄塾の黄金の環は、璧の帯のごとき横木を飾り、玉をふくみ、これを銭の行列さながらに連続させる。

金鉦 車の轂(こしき)の中の鉄、『漢書』外戚伝の昭陽殿の条に「壁帯往往黄金釭を為し、藍田の璧を函み、明珠、翠羽もて之を飾る。」とある。壁帯は壁(牆)の中に横にわたした帯状の横木。両方の柱と柱との間にわたす。そこに講金の釭型の装飾がつけてある。釭はこしきの穴で、そこに軸を受ける。その穴の車に璧玉がはめてある。それが列銭すなわち串ざしの銭をならべた形になる。玉は円形でまん中は方形の孔のある璧玉であるから、銭の形と似ている。
長安城の位置関係 

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(班固)《西都賦》(22)(後宮の華麗)後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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9(後宮の華麗)

(22)#9―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

合歡增城,安處常寧。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

茞若椒風,披香發越。

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

 

(23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。

屋不呈材,牆不露形。

裛以藻繡,絡以綸連。

隨侯明月。錯落其間。

金釭銜璧,是為列錢。

 

(24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。

懸黎垂棘,夜光在焉。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。

珊瑚碧樹,周阿而生。

 

(25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。

精曜華燭,俯仰如神。

後宮之號,十有四位。

窈窕繁華,更盛迭貴。

處乎斯列者,蓋以百數。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (22)#9(後宮の華麗)―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

合歡增城,安處常寧。

茞若椒風,披香發越。

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

 

(下し文) (22)#9―1

後宮には則ち掖庭【えきてい】椒房【しょうぼう】が有り,后妃の室なり。

合歡【ごうかん】增城【ぞうじょう】,安處【あんしょ】常寧【じょうねい】あり。

茞若【しじゃく】椒風【しょうふう】,披香【ひこう】發越【はつえつ】と。

蘭林【らんりん】蕙草【けいそう】,鴛鸞【えんおう】飛翔【ひしょう】と之れ列らる。

 

(現代語訳)

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。

漢長安図

(訳注) (22)#9―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。

(後宮の華麗) 後宮には、掖庭宮、椒房殿があり、ともに后妃のすまいである。

掖庭 後宮、奥御殿。掖とは、宮殿のかたわらにある御殿。垣、門、庭などがあり、宮殿をかたわらから助ける意。庭とはその中庭で一体とした御殿。

椒房 皇后の住むところ。山椒を壁にぬりこめる。暖かく、芳香がある。子宝に恵まれるという意あり。

 

合歡增城,安處常寧。

それには、合歓殿・増城殿・安処殿・常寧殿があり、

合歓 後宮の御殿の名。この殿以下計十二、それに昭陽殿を加えると十三になる。『三輔黄図』によると、武帝の後宮八区とあり、上記十三のほかに、鳳凰殿を加えて十四とする。

 

茞若椒風,披香發越。

若殿・椒風殿・披香殿・発越殿とつづき、

 

蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

蘭林殿・蕙草殿・鴛鸞殿・飛翔殿の御殿がおしならぶのである。
長安城の位置関係 

班孟堅(班固) 《西都賦》(21)#8(數々の宮殿)-2 文選 賦<112―21>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩975 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3423

班固《西都賦》(21) 御殿の区域は各々この通りであり、とてもことごとく語りつくせないのである。重なりあって屈曲する御殿あり、高々とそびえた御殿あり、高きも低きもともどもあざやかにかがやいている。独特の形をしたものや珍しい造作のものや、一つ一つ各々外観が違っている。

2013年12月11日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(21)#8(數々の宮殿)-2 文選 賦<112―21>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩975 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3423
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子二首其二 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-376-6-#68  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3427
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固) 《西都賦》(21)8(數々の宮殿)-2 文選 賦<1122118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩975 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3423

 

 

20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

閨房周通,門闥洞開。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それにあん接するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

是に於て、左は、右は、重軒三階、

閏房周く通じ、門闥【もんたつ】【ほがらか】に開く。

鍾虡【しょうきょ】を中庭に列ね、金人を端闈【たんい】に立つ。

檜崖にりて閾【しきみ】を衡【よこた】へ、岐路に臨んで扉を啓【ひら】き、

徇【めぐ】らすに離宮別を以てし、承【うく】るに崇臺館を以てす。

21)#8-2

煥若列宿,紫宮是環。

あたかももろもろの居並ぶ星座や紫微官の星座が天帝の紫宮のまわりをめぐるがごとく、照りかがやいている。

清涼宣溫,神仙長年。

清涼殿・宣温殿・神仙殿・長年殿がある。

金華玉堂,白虎麒麟。

そして、金華殿・玉堂殴・白虎殿・麒麟殿とあり、

區宇若茲,不可殫論。

御殿の区域は各々この通りであり、とてもことごとく語りつくせないのである。

增盤崔嵬,登降炤爛。

重なりあって屈曲する御殿あり、高々とそびえた御殿あり、高きも低きもともどもあざやかにかがやいている。

殊形詭制,每各異觀。

独特の形をしたものや珍しい造作のものや、一つ一つ各々外観が違っている。

乘茵步輦,惟所息宴。

手輿をかつがせたり、手車をひかせたりして、高貴の婦人たちがもっぱら息い安らぐ場所となっている。

 

煥【かん】として列宿の紫宮を是れるが若く、

清涼、宣温、神仙、長年、

金華、玉堂、白虎、麒麟、

區宇【くう】茲【かく】の若く、【ことごと】く諭ず可からず。

增盤【そうばん】崔嵬【さいかい】,登降 炤爛【しょうらん】

殊形【しゅけい】詭制【きせい】、毎に各のを異にす。

乘茵【じょういん】步輦【ほれん】、惟だ息宴する所のままなり。

長安城の位置関係 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 21)#8-2

煥若列宿,紫宮是環。

清涼宣溫,神仙長年。

金華玉堂,白虎麒麟。

區宇若茲,不可殫論。

增盤崔嵬,登降炤爛。

殊形詭制,每各異觀。

乘茵步輦,惟所息宴。

 

(下し文)

煥【かん】として列宿の紫宮を是れるが若く、清涼、宣温、神仙、長年、金華、玉堂、白虎、麒麟、區宇【くう】茲【かく】の若く、【ことごと】く諭ず可からず。

增盤【そうばん】崔嵬【さいかい】,登降 炤爛【しょうらん】

殊形【しゅけい】詭制【きせい】、毎に各のを異にす。

乘茵【じょういん】步輦【ほれん】、惟だ息宴する所のままなり。

 

(現代語訳)

あたかももろもろの居並ぶ星座や紫微官の星座が天帝の紫宮のまわりをめぐるがごとく、照りかがやいている。

清涼殿・宣温殿・神仙殿・長年殿がある。

そして、金華殿・玉堂殴・白虎殿・麒麟殿とあり、

御殿の区域は各々この通りであり、とてもことごとく語りつくせないのである。

重なりあって屈曲する御殿あり、高々とそびえた御殿あり、高きも低きもともどもあざやかにかがやいている。

独特の形をしたものや珍しい造作のものや、一つ一つ各々外観が違っている。

手輿をかつがせたり、手車をひかせたりして、高貴の婦人たちがもっぱら息い安らぐ場所となっている。

 

(訳注) 21)#8-2

煥若列宿,紫宮是環。

あたかももろもろの居並ぶ星座や紫微官の星座が天帝の紫宮のまわりをめぐるがごとく、照りかがやいている。

紫宮 北辰ともいい,中国では見かけ上不動の恒星で,天空の星座がこの星を中心として回転することから,古来方位を定めるのに利用されるとともに,もっとも尊貴な星として崇拝されてきた。《史記》天官書などの記述によると,北極星は天帝太一神の居所であり,この星を中心とする星座は天上世界の宮廷に当てられて紫宮,紫微宮とよばれ,漢代には都の南東郊の太一祠においてしばしば太一神の祭祀が行われた。その後,讖緯(しんい)思想(讖緯説)の盛行につれて,後漢ころには北辰北斗信仰が星辰信仰の中核をなすようになり,北辰は耀魄宝(ようはくほう)と呼ばれ群霊を統御する最高神とされた。

 

清涼宣溫,神仙長年。

清涼殿・宣温殿・神仙殿・長年殿がある。

清涼 御殿の名。以下七つも同じ。

 

金華玉堂,白虎麒麟。

そして、金華殿・玉堂殴・白虎殿・麒麟殿とあり、

 

區宇若茲,不可殫論。

御殿の区域は各々この通りであり、とてもことごとく語りつくせないのである。

区宇 区域、場所。

 

增盤崔嵬,登降炤爛。

重なりあって屈曲する御殿あり、高々とそびえた御殿あり、高きも低きもともどもあざやかにかがやいている。

増盤 「増は重なる。盤は屈(まが)る。」盤は鏧と同じ。

崔嵬 高くそびえるさま。前後項とともに宮殿の外観の形容。

登降 高い所でも低い所でもの意。

炤爛 焙は、照と同じ。爛はあきらか。

 

殊形詭制,每各異觀。

独特の形をしたものや珍しい造作のものや、一つ一つ各々外観が違っている。

 

乘茵步輦,惟所息宴。

手輿をかつがせたり、手車をひかせたりして、高貴の婦人たちがもっぱら息い安らぐ場所となっている。

乘茵 車の褥であるが、ここは四人でかつぐ輿(こし)のこと。

步輦 手ぐるま。皇后や婕妤はにのり、余りは皆茵で行く。
漢長安図

班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<112―20>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418

班固《西都賦》(20(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

2013年12月10日  の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<1122018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418

 

 

20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

閨房周通,門闥洞開。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

21)#8-2

煥若列宿,紫宮是環。

清涼宣溫,神仙長年。

金華玉堂,白虎麒麟。

區宇若茲,不可殫論。

增盤崔嵬,登降炤爛。

殊形詭制,每各異觀。

乘茵步輦,惟所息宴。

 

是に於て、左は、右は、重軒三階、

閏房周く通じ、門闥【もんたつ】【ほがらか】に開く。

鍾虡【しょうきょ】を中庭に列ね、金人を端闈【たんい】に立つ。

檜崖にりて閾【しきみ】を衡【よこた】へ、岐路に臨んで扉を啓【ひら】き、

徇【めぐ】らすに離宮別を以てし、承【うく】るに崇臺館を以てす。

 

煥【かん】として列宿の紫宮を是れるが若く、清涼、宣温、神仙、長年、金華、玉堂、白虎、麒麟、區宇【くう】茲【かく】の若く、【ことごと】く諭ず可からず。

增盤【そうばん】崔嵬【さいかい】,登降 炤爛【しょうらん】

殊形【しゅけい】詭制【きせい】、毎に各のを異にす。

乘茵【じょういん】步輦【ほれん】、惟だ息宴する所のままなり。

魚玄機が宮島に 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

閨房周通,門闥洞開。

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

 

(下し文)

カンナ113是に於て、左は、右は、重軒三階、

閏房周く通じ、門闥【もんたつ】【ほがらか】に開く。

鍾虡【しょうきょ】を中庭に列ね、金人を端闈【たんい】に立つ。

檜崖にりて閾【しきみ】を衡【よこた】へ、岐路に臨んで扉を啓【ひら】き、

徇【めぐ】らすに離宮別を以てし、承【うく】るに崇臺館を以てす。

 

(現代語訳)

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

漢長安図 

 

(訳注) 20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

右平 南面して左右という。とはきざはし。階段がついて人道。平とはなだらかで、凹凸のない車道。

重軒 二重の欄干。

三階 階段が三つ。

 

閨房周通,門闥洞開。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

閏房 閏は、宮中の小門。房は、室、つぼね。小門にある部星。

洞閲 たがいに向かいあう。あい対すること。

 

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

 鐘をかける台

金人 鋼製の人物像。秦の始皇帝は天下の兵器を鋳つぶして、金人十二をつくり、門の右にならべ、また鐘かけ台もつくった(『史記』)。

端闈 は宮中の通路の門。端は正の意で、正門のこと。

 

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

仍 因と同じ。下地のあるのをそのまま利用する。

 

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

 めぐらす。

別寝 はなれてある別の正殿。正寝以外に天子のいる御殿。

閒館 大きな館。

班孟堅(班固) 《西都賦》(19)#7-2 文選 賦<112―19>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩973 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3413

班固《西都賦》(19) 珍木の材木を利用し、細工の妙を尽くして、翼をもつ応龍のごとく湾曲させた虹梁をせりあげる。棟木と橑を次々と並べて屋限づまを翼のようにそりかえり、張り広がっていて、あたかも大小の棟木を肩に荷って空高くおどりあがらんばかりである。

2013年12月9日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(19)#7-2 文選 賦<112―19>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩973 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3413
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(3)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <886>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3414韓愈詩-227-3
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固) 《西都賦》(19)#7-2 文選 賦<1121918分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩973 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3413

 

 

(18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

其のかん宮室は、天地に象【かたど】り、陰陽を経緯し、

【こんれい】の正位にり、柴の方【えんぽう】に【なら】う。

中天の華闕【かけつ】を樹て、冠山の朱堂を豊にす。

  

(19)#7-2

因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。

珍木の材木を利用し、細工の妙を尽くして、翼をもつ応龍のごとく湾曲させた虹梁をせりあげる。

列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。

棟木と橑を次々と並べて屋限づまを翼のようにそりかえり、張り広がっていて、あたかも大小の棟木を肩に荷って空高くおどりあがらんばかりである。

雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。

堂内の大きな丸柱は、玉の礎を彫りさげてそこにすえ、屋根の榱の小口は、黄金の壁をしたててそのふち飾りとする。

發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

そこから五色の美しい光彩をはなち、焔のような光があかあかと色とりどりに輝いている。

  

瑰材【かざい】に困りて奇を究め、應龍【おうりょう】の虹梁【こうりょう】を抗【あ】ぐ。

棼橑【ふんりょう】を列ねて以てを布き、棟桴【とうふ】を荷ひて高く【あが】る。

【ぎょくてん】を【え】りて以て【はしら】を居え、金壁を裁ちて以て【とう】を飾る。

五色の渥彩【あくさい】を孜して、光【こうえん】朗【ほがらか】にして以て景彰かなり。
カンナ223 

唐長安城図 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (19)#7-2

因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。

列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。

雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。

發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

 

(下し文)

瑰材【かいざい】に困りて奇を究め、應龍【おうりょう】の虹梁【こうりょう】を抗【あ】ぐ。

棼橑【ふんりょう】を列ねて以てを布き、棟桴【とうふ】を荷ひて高く【あが】る。

【ぎょくてん】を【え】りて以て【はしら】を居え、金壁を裁ちて以て【とう】を飾る。

五色の渥彩【あくさい】を孜して、光【こうえん】朗【ほがらか】にして以て景彰かなり。

 

(現代語訳)

珍木の材木を利用し、細工の妙を尽くして、翼をもつ応龍のごとく湾曲させた虹梁をせりあげる。

棟木と橑を次々と並べて屋限づまを翼のようにそりかえり、張り広がっていて、あたかも大小の棟木を肩に荷って空高くおどりあがらんばかりである。

堂内の大きな丸柱は、玉の礎を彫りさげてそこにすえ、屋根の榱の小口は、黄金の壁をしたててそのふち飾りとする。

そこから五色の美しい光彩をはなち、焔のような光があかあかと色とりどりに輝いている。

 

(訳注) (19)#7-2

因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。

珍木の材木を利用し、細工の妙を尽くして、翼をもつ応龍のごとく湾曲させた虹梁をせりあげる。

瑰材 珍木の材木。

応龍 翼のある龍。

 

列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。

棟木と橑を次々と並べて屋限づまを翼のようにそりかえり、張り広がっていて、あたかも大小の棟木を肩に荷って空高くおどりあがらんばかりである。

券繚 棟木と橑【たるき】。これをならべて屋根とし、屋根づまがそりかえるようにする。

翼 翼に似た形になっている屋根づまのこと。鳥の翼に似ている。

棟桴 家屋の最高の所にあるむな木とその他のむなぎ。これによって屋根を作り、虹梁(湾曲した梁)がこれをささえる。

 馬が首をもたげて飛び上がる。屋根づまがそりかえっているから、巨大な巽の形になって、そのたや宮殿が飛び上がらんばかりに見える形容。

 

雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。

堂内の大きな丸柱は、玉の礎を彫りさげてそこにすえ、屋根の榱の小口は、黄金の壁をしたててそのふち飾りとする。

 柱の下の右をいう。

 堂に建てた大きな丸柱。

裁金 黄金を裁って玉にする。

 たる木の小口の飾り。

 

發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

そこから五色の美しい光彩をはなち、焔のような光があかあかと色とりどりに輝いている。

光爓 ひかりのほのお。もえるような光。

朗 光がピカピカとして目をいるさま。

景彰 京は、※色のひかり。彰は、五色の光がそれぞれ異彩をはなつ。
pla033 






















西都賦

 

 

1

有西都賓問於東都主人曰:「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。輟而弗康,寔用西遷,作我上都。主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。博我以皇道,弘我以漢京。」賓曰:「唯唯。

2

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。眾流之隈,汧涌其西。華實之毛,則九州之上腴焉;防禦之阻,則天地之隩區焉。是故橫被六合,三成帝畿。周以龍興,秦以虎視。及至大漢受命而都之也,仰悟東井之精,俯協河圖之靈。奉春建策,留侯演成。天人合應,以發皇明。乃眷西顧,寔惟作京。於是睎秦嶺,北阜。挾灃灞,據龍首。圖皇基於億載,度宏規而大起。肇自高而終平,世增飾以崇麗。歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

3

建金城而萬雉,呀周池而成淵。披三條之廣路,立十二之通門。則街衢洞達,閭閻且千。九市開場,貨別隧分。人不得顧,車不得旋。闐城溢郭,旁流百廛。紅塵四合,煙雲相連。於是既庶且富,樂無疆。都人士女,殊異乎五方。遊士擬於公侯,列肆侈於姜。曲豪舉,遊俠之雄。節慕原嘗,名亞春陵。連交合眾,騁騖乎其中。

4

若乃觀其四郊,浮遊近縣,則南望杜霸,北眺五陵。名都對郭,邑居相承。英俊之域,紱冕所興。冠蓋如雲,七相五公。與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。三選七遷,充奉陵邑。蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。」

5

「封畿之,厥土千里。逴躒諸夏,兼其所有。其陽則崇山隱天,幽林穹谷。陸海珍藏,藍田美玉。商洛緣其隈,鄠杜濱其足。源泉灌注,陂池交屬。竹林果園,芳草甘木。郊野之富,號為近蜀。其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,乃有靈宮起乎其中。秦漢之所極觀,淵雲之所頌歎,於是乎存焉。下有鄭白之沃,衣食之源。提封五萬,疆埸綺分。溝塍刻鏤,原隰龍鱗。決渠降雨,荷插成雲。五穀垂穎,桑麻鋪棻。

6

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。汎舟山東,控引淮湖,與海通波。西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。繚以周墻,四百餘里。離宮別館,三十六所。神池靈沼,往往而在。其中乃有九真之麟,大宛之馬。黃支之犀,條支之鳥。踰崑崙,越巨海。殊方異類,至于三萬里。」

7

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。據坤靈之正位,倣太紫之圓方。樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

8

於是左右平,重軒三階。閨房周通,門闥洞開。列鍾虡於中庭,立金人於端闈。仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。煥若列宿,紫宮是環。清涼宣溫,神仙長年。金華玉堂,白虎麒麟。區宇若茲,不可殫論。增盤崔嵬,登降炤爛。殊形詭制,每各異觀。乘茵步輦,惟所息宴。

9

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。合歡增城,安處常寧。茞若椒風,披香發越。蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。昭陽特盛,隆乎孝成。屋不呈材,牆不露形。裛以藻繡,絡以綸連。隨侯明月。錯落其間。金釭銜璧,是為列錢。翡翠火齊,流耀含英。懸黎垂棘,夜光在焉。於是玄墀釦砌,玉階彤庭。礝磩綵緻,琳蒞青熒。珊瑚碧樹,周阿而生。紅羅颯纚,綺組繽紛。精曜華燭,俯仰如神。後宮之號,十有四位。窈窕繁華,更盛迭貴。處乎斯列者,蓋以百數。

10

左右庭中,朝堂百寮之位。蕭曹魏邴,謀謨乎其上。佐命則垂統,輔翼則成化。流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。又有天祿石渠,典籍之府。命夫惇誨故老,名儒師傅。講論乎六蓺,稽合乎同異。又有承明金馬,著作之庭。大雅宏達,於茲為群。元元本本,殫見洽聞。發篇章,校理秘文。周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。總禮官之甲科,群百郡之廉孝。虎賁贅衣,閹尹閽寺。陛戟百重,各有典司。

11

周廬千列,徼道綺錯。輦路經營,脩除飛閣。自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。凌道而超西墉,建章而連外屬。設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。張千門而立萬,順陰陽以開闔。爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。上反宇以蓋戴,激日景而納光。

12

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。攀井幹而未半,目眴轉而意迷。舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。既懲懼於登望,降周流以徬徨。步甬道以縈紆,又杳而不見陽。排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

13

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。於是靈草冬榮,神木叢生。巖峻崒,金石崢嶸。抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。騁文成之丕誕,馳五利之所刑。庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

14

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。毛群闐,飛羽上覆。接翼側足,集禁林而屯聚。水衡虞人,修其營表。種別群分,部曲有署。罘網連紘,籠山絡野。列卒周匝,星羅雲布。於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。披飛廉,入苑門。遂繞酆鄗,歷上蘭。六師發逐,百獸駭殫。震震爚爚,雷奔電激。草木塗地,山淵反覆。蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

15

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。鳥驚觸絲,獸駭鋒。機不虛掎,弦不再控。矢不單殺,中必疊雙。颮颮紛紛,矰繳相纏。風毛雨血,灑野蔽天。平原赤,勇士厲,猿狖失木,豺狼懾竄。爾乃移師趨險,並蹈潛穢。窮虎奔突,狂兕觸蹶。許少施巧,秦成力折。掎僄狡,扼猛噬。角挫脰,徒搏獨殺。挾師豹,拖熊螭。曳犀犛,頓象羆。超洞壑,越峻崖。蹶嶄巖,鉅石隤。松柏仆,叢林摧。草木無餘,禽獸殄夷。

16

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。原野蕭條,目極四裔。禽相鎮壓,獸相枕藉。然後收禽會眾,論功賜胙。陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。割鮮野食,舉烽命釂。饗賜畢,勞逸齊。大路鳴鑾,容與徘徊。集乎豫章之宇,臨乎昆明之池。左牽牛而右織女,似雲漢之無涯。茂樹蔭蔚,芳草被隄。蘭茞發色,曄曄猗猗。若摛錦布繡,瀦燿乎其陂。鳥則玄鶴白鷺,黃鵠鵁鸛。鶬鴰鴇,鳧鷖鴻鴈。朝發河海,夕宿江漢。沈浮往來,雲集霧散。

17

於是後宮乘輅,登龍舟,張鳳蓋,建華旗。袪黼帷,鏡清流。靡微風,澹淡浮。櫂女謳,鼓吹震。聲激越,謍厲天。鳥群翔,魚窺淵。招白鷴,下雙鵠。揄文竿,出比目。撫鴻罿,御繒繳。方舟並騖,俛仰極樂。遂乃風舉雲搖,浮遊溥覽。前乘秦嶺,後越九嵕。東薄河華,西涉岐雍。宮館所歷,百有餘區,行所朝夕,儲不改供。禮上下而接山川,究休祐之所用。采遊童之讙謠,第從臣之嘉頌。

18

于斯之時,都都相望,邑邑相屬。國藉十世之基,家承百年之業。士食舊德之名氏,農服先疇之畎畝。商循族世之所鬻,工用高曾之規矩。粲乎隱隱,各得其所。」

 

「若臣者,徒觀跡於舊墟,聞之乎故老。十分而未得其一端,故不能遍舉也。 

班孟堅(班固) 《西都賦》(18)#7(宮室の美)-1 文選 賦<112―18>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩972 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3408

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2013年12月8日  の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固) 《西都賦》(18)#7(宮室の美)-1 文選 賦<1121818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩972 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3408

 

 

 (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

 

其のかん宮室は、天地に象【かたど】り、陰陽を経緯し、

【こんれい】の正位にり、柴の方【えんぽう】に【なら】う。

中天の華闕【かけつ】を樹て、冠山の朱堂を豊にす。
(19)#7-2

因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。

列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。

雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。

發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

 

瑰材【かいざい】に困りて奇を究め、應龍【おうりょう】の虹梁【こうりょう】を抗【あ】ぐ。

棼橑【ふんりょう】を列ねて以てを布き、棟桴【とうふ】を荷ひて高く【あが】る。

【ぎょくてん】を【え】りて以て【はしら】を居え、金壁を裁ちて以て【とう】を飾る。

五色の渥彩【あくさい】を孜して、光【こうえん】朗【ほがらか】にして以て景彰かなり。

唐朝 大明宮01 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

 

(下し文)

其のかん宮室は、天地に象【かたど】り、陰陽を経緯し、

【こんれい】の正位にり、柴の方【えんぽう】に【なら】う。

中天の華闕【かけつ】を樹て、冠山の朱堂を豊にす。

 

(現代語訳)

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

 

(訳注) (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

體象 も、かたどる。

天地 天の円形と地の方形。尾根はまるく、堂は四角。ここは宮室の中心である明堂をいう。これは上を円、下を四角の形に建てた。明堂は天子が祭政一致の政事をとるところ。その中央を太室といい、そこから南向きに張り出す堂を明堂といい、明とは南に面するから名づけたという。それが太室も含めて堂全体の呼称となった。

経緯乎陰陽 経は南北、緯は東西。陰陽とは陰陽の法則。陰陽は宇宙構成の法則となるものであるが、方角を定める場合もこれを応用する。『易』の緯書乾鑿度に、「乾坤(天地)は陰陽の主なり。…乾位は西北に在り。…坤位は西南に在り、陰の正位なり。」とある。八卦をもって大地の方角を表し、その四卦(離・妖・震・先)で南北、東西にあて、残りの四卦(離・坎・震・兌)で西北、西南、東北、東南の方角にあてる。前者を四正、後者を四維という。経緯は南北、東西のみを指す。明堂を陰陽の法則に合わせて南北、東西に区画し、内部に九室を造る。

 

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

坤霊 地形、地勢。地の神の意より転じて山などそのものを指すこともある。

正位 中正の位置。前々項の方角でいうと、乾の位置(西北)に対して西南の位すなわち陰の正位にあることとなる。また『易経』の「誓辞伝」では、「天一、地二。天三。地四。天五、地六。天七、地八。天九、地十。」とあり、陽の数は奇数、陰の数は偶数で示す。三は陽の正位、四は陰の正位とする。なお陰陽の法則は天地構成の法則だけでなく、四時の寒暑、五行説などと関係づけられた。明堂もその影響をうけ、これに合うよう造られた。天子の祭りも川時にしたがって、明宝の四方の室を順次移動した。

太紫 大赦と紫宮の二つの星座。前者は星の垣の名。北椅星近くにあり、天子の宮廷、五帝の座に象どる。獅子座の西の十星に当たるという。後者は、一名紫微宮。星垣の名。天帝の屑所がある。北極の星座の最も中心となる北極星がこれに当たる。広くいえば、この紫宮を含んでその周囲に紫徴垣と称する、多数の星座が取りまく。後に原文中に出てくる鉤陳(後宮)の星座もこの宮内にある。紫宮に対応して地上の天子の宮殿がある。ここでは未央宮。(『史記』の天官書、張衡の「西京の賦」など参考)。以上は、大子と呼ばれる帝王にふさわしいように、その宮殿が天地の形、陰陽の法則、星座の形にかなうこと。

 

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

華闕 動植物、人物その他の模様を彫刻した門。最大四層までのもあり、ますがたなどもある。漢の蕭何が東闕、北闕を未央宮の前に建てた(『三輔黄図』『漢書』)。

 宏祉な建物にする。この宮殿は未央宮で蕭何が高祖七年(前200年)に華闕とともに完成、北闕が正門、群臣の参内する門。未央宮はその前殿を始め多くの御殿にかこまれた。長安城内の西南の位置にあり、周囲二十八里、恵帝の時増㍊して三十二里とした。

冠山 陵首山をおおうように殿堂を建てる。

唐長安城図 

 






















長安城郭015


































西都賦

 

 

1

有西都賓問於東都主人曰:「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。輟而弗康,寔用西遷,作我上都。主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。博我以皇道,弘我以漢京。」賓曰:「唯唯。

2

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。眾流之隈,汧涌其西。華實之毛,則九州之上腴焉;防禦之阻,則天地之隩區焉。是故橫被六合,三成帝畿。周以龍興,秦以虎視。及至大漢受命而都之也,仰悟東井之精,俯協河圖之靈。奉春建策,留侯演成。天人合應,以發皇明。乃眷西顧,寔惟作京。於是睎秦嶺,北阜。挾灃灞,據龍首。圖皇基於億載,度宏規而大起。肇自高而終平,世增飾以崇麗。歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

3

建金城而萬雉,呀周池而成淵。披三條之廣路,立十二之通門。則街衢洞達,閭閻且千。九市開場,貨別隧分。人不得顧,車不得旋。闐城溢郭,旁流百廛。紅塵四合,煙雲相連。於是既庶且富,樂無疆。都人士女,殊異乎五方。遊士擬於公侯,列肆侈於姜。曲豪舉,遊俠之雄。節慕原嘗,名亞春陵。連交合眾,騁騖乎其中。

4

若乃觀其四郊,浮遊近縣,則南望杜霸,北眺五陵。名都對郭,邑居相承。英俊之域,紱冕所興。冠蓋如雲,七相五公。與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。三選七遷,充奉陵邑。蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。」

5

「封畿之,厥土千里。逴躒諸夏,兼其所有。其陽則崇山隱天,幽林穹谷。陸海珍藏,藍田美玉。商洛緣其隈,鄠杜濱其足。源泉灌注,陂池交屬。竹林果園,芳草甘木。郊野之富,號為近蜀。其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,乃有靈宮起乎其中。秦漢之所極觀,淵雲之所頌歎,於是乎存焉。下有鄭白之沃,衣食之源。提封五萬,疆埸綺分。溝塍刻鏤,原隰龍鱗。決渠降雨,荷插成雲。五穀垂穎,桑麻鋪棻。

6

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。汎舟山東,控引淮湖,與海通波。西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。繚以周墻,四百餘里。離宮別館,三十六所。神池靈沼,往往而在。其中乃有九真之麟,大宛之馬。黃支之犀,條支之鳥。踰崑崙,越巨海。殊方異類,至于三萬里。」

7

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。據坤靈之正位,倣太紫之圓方。樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

8

於是左右平,重軒三階。閨房周通,門闥洞開。列鍾虡於中庭,立金人於端闈。仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。煥若列宿,紫宮是環。清涼宣溫,神仙長年。金華玉堂,白虎麒麟。區宇若茲,不可殫論。增盤崔嵬,登降炤爛。殊形詭制,每各異觀。乘茵步輦,惟所息宴。

9

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。合歡增城,安處常寧。茞若椒風,披香發越。蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。昭陽特盛,隆乎孝成。屋不呈材,牆不露形。裛以藻繡,絡以綸連。隨侯明月。錯落其間。金釭銜璧,是為列錢。翡翠火齊,流耀含英。懸黎垂棘,夜光在焉。於是玄墀釦砌,玉階彤庭。礝磩綵緻,琳蒞青熒。珊瑚碧樹,周阿而生。紅羅颯纚,綺組繽紛。精曜華燭,俯仰如神。後宮之號,十有四位。窈窕繁華,更盛迭貴。處乎斯列者,蓋以百數。

10

左右庭中,朝堂百寮之位。蕭曹魏邴,謀謨乎其上。佐命則垂統,輔翼則成化。流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。又有天祿石渠,典籍之府。命夫惇誨故老,名儒師傅。講論乎六蓺,稽合乎同異。又有承明金馬,著作之庭。大雅宏達,於茲為群。元元本本,殫見洽聞。發篇章,校理秘文。周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。總禮官之甲科,群百郡之廉孝。虎賁贅衣,閹尹閽寺。陛戟百重,各有典司。

11

周廬千列,徼道綺錯。輦路經營,脩除飛閣。自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。凌道而超西墉,建章而連外屬。設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。張千門而立萬,順陰陽以開闔。爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。上反宇以蓋戴,激日景而納光。

12

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。攀井幹而未半,目眴轉而意迷。舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。既懲懼於登望,降周流以徬徨。步甬道以縈紆,又杳而不見陽。排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

13

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。於是靈草冬榮,神木叢生。巖峻崒,金石崢嶸。抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。騁文成之丕誕,馳五利之所刑。庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

14

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。毛群闐,飛羽上覆。接翼側足,集禁林而屯聚。水衡虞人,修其營表。種別群分,部曲有署。罘網連紘,籠山絡野。列卒周匝,星羅雲布。於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。披飛廉,入苑門。遂繞酆鄗,歷上蘭。六師發逐,百獸駭殫。震震爚爚,雷奔電激。草木塗地,山淵反覆。蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

15

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。鳥驚觸絲,獸駭鋒。機不虛掎,弦不再控。矢不單殺,中必疊雙。颮颮紛紛,矰繳相纏。風毛雨血,灑野蔽天。平原赤,勇士厲,猿狖失木,豺狼懾竄。爾乃移師趨險,並蹈潛穢。窮虎奔突,狂兕觸蹶。許少施巧,秦成力折。掎僄狡,扼猛噬。角挫脰,徒搏獨殺。挾師豹,拖熊螭。曳犀犛,頓象羆。超洞壑,越峻崖。蹶嶄巖,鉅石隤。松柏仆,叢林摧。草木無餘,禽獸殄夷。

16

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。原野蕭條,目極四裔。禽相鎮壓,獸相枕藉。然後收禽會眾,論功賜胙。陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。割鮮野食,舉烽命釂。饗賜畢,勞逸齊。大路鳴鑾,容與徘徊。集乎豫章之宇,臨乎昆明之池。左牽牛而右織女,似雲漢之無涯。茂樹蔭蔚,芳草被隄。蘭茞發色,曄曄猗猗。若摛錦布繡,瀦燿乎其陂。鳥則玄鶴白鷺,黃鵠鵁鸛。鶬鴰鴇,鳧鷖鴻鴈。朝發河海,夕宿江漢。沈浮往來,雲集霧散。

17

於是後宮乘輅,登龍舟,張鳳蓋,建華旗。袪黼帷,鏡清流。靡微風,澹淡浮。櫂女謳,鼓吹震。聲激越,謍厲天。鳥群翔,魚窺淵。招白鷴,下雙鵠。揄文竿,出比目。撫鴻罿,御繒繳。方舟並騖,俛仰極樂。遂乃風舉雲搖,浮遊溥覽。前乘秦嶺,後越九嵕。東薄河華,西涉岐雍。宮館所歷,百有餘區,行所朝夕,儲不改供。禮上下而接山川,究休祐之所用。采遊童之讙謠,第從臣之嘉頌。

18

于斯之時,都都相望,邑邑相屬。國藉十世之基,家承百年之業。士食舊德之名氏,農服先疇之畎畝。商循族世之所鬻,工用高曾之規矩。粲乎隱隱,各得其所。」

 

「若臣者,徒觀跡於舊墟,聞之乎故老。十分而未得其一端,故不能遍舉也。

班孟堅(班固)《西都賦》(17)#6-2 文選 賦<112―17>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩971 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3403

班固《西都賦》(17)  そこには神池・霊沼がいたるところに存在する。そして、その中には、南方九真郡(越南)の麒麟、西域大宛国の汗血馬がいる。そして、南海黄支国の犀、西方条支国の鳥がいる。崑崙の山をこえ、大海をわたっていくところにある。その異国の珍獣珍鳥が三万里のかなたからやってくるのである。
 

2013年12月7日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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班孟堅(班固)《西都賦》(17)6-2 文選 賦<1121718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩971 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3403

京畿道関内道00 

 

(16)6(東郊と西郊)-1

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。

(東郊と西郊) 東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。

汎舟山東,控引淮湖,與海通波。

舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。

西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。

西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、

繚以周墻,四百餘里。

牆をぐるりとめぐらすこと四百余里。

離宮別館,三十六所。

離宮・別館が三十六か所、神池・霊沼が至るところに存在する。

 

東郊には則ち通溝【つうこう】大漕有り、渭に潰【とお】り河に洞【とお】る。

舟を山東に汎べて淮湖【わいこ】を控引し、海と波を通ず。

 

西郊には則ち上囿【じょうゆう】禁苑【きんえん】,林麓【りんろく】藪澤【そうたく】、陂池【ひち】有り、蜀漢に連り乎。

繚【めぐ】らすに周墻【しゅうしょう】以ってすること,四百餘里。

離宮 別館,三十六所。

 (17)6-2

神池靈沼,往往而在。

そこには神池・霊沼がいたるところに存在する。

其中乃有九真之麟,大宛之馬。

そして、その中には、南方九真郡(越南)の麒麟、西域大宛国の汗血馬がいる。

黃支之犀,條支之鳥。

そして、南海黄支国の犀、西方条支国の鳥がいる。

踰崑崙,越巨海。

崑崙の山をこえ、大海をわたっていくところにある。

殊方異類,至于三萬里。

その異国の珍獣珍鳥が三万里のかなたからやってくるのである。

神池 靈沼【れいしょう】,往往に在り。

其の中には乃ち九真の麟,大宛【だいえん】の馬有り。

黃支の犀【さい】,條支の鳥とある。

崑崙【こんろん】を踰【こ】え,巨海を越える。

殊方の異類,三萬里より至る。

駿馬04 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (17)6-2

神池靈沼,往往而在。

其中乃有九真之麟,大宛之馬。

黃支之犀,條支之鳥。

踰崑崙,越巨海。

殊方異類,至于三萬里。

 

(下し文) (17)6-2

神池 靈沼【れいしょう】,往往に在り。

其の中には乃ち九真の麟,大宛【だいえん】の馬有り。

黃支の犀【さい】,條支の鳥とある。

崑崙【こんろん】を踰【こ】え,巨海を越える。

殊方の異類,三萬里より至る。

 

(現代語訳)

そこには神池・霊沼がいたるところに存在する。

そして、その中には、南方九真郡(越南)の麒麟、西域大宛国の汗血馬がいる。

そして、南海黄支国の犀、西方条支国の鳥がいる。

崑崙の山をこえ、大海をわたっていくところにある。

その異国の珍獣珍鳥が三万里のかなたからやってくるのである。

nat0017gif615 

(訳注) (17)6-2

神池靈沼,往往而在。

そこには神池・霊沼がいたるところに存在する。

往往 処処、いたるところ。

 

其中乃有九真之麟,大宛之馬。

そして、その中には、南方九真郡(越南)の麒麟、西域大宛国の汗血馬がいる。

九真之麟 漢の宜帝の時九真郡(越南)より献上した麒麟。駒の形で麒麟の色をし、牛

に似た角があった。

大宛之馬 武帝の時大宛国(フエルガーナ)王の首を斬り入手した名馬、汗血馬という。西域大宛国とは紀元前2世紀頃より中央アジアのフェルガナ地方に存在したアーリア系民族の国家。

 

黃支之犀,條支之鳥。

そして、南海黄支国の犀、西方条支国の鳥がいる。

黃支之犀 平帝の元始二年目南郡の南、京師を去る三万里の国より献上の犀。今のタイ国という。

条枝之鳥 条枝国はイランまたはアラビアなど諸説あり、『史記』に大鳥の卵甕のごとしという。

 

踰崑崙,越巨海。

崑崙の山をこえ、大海をわたっていくところにある。

崑崙 パミルの東から中国に入るアジア最大の山脈。その一支脈が秦嶺。

 

殊方異類,至于三萬里。

その異国の珍獣珍鳥が三万里のかなたからやってくるのである。
函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固)《西都賦》(16)#6(東郊と西郊)-1 文選 賦<112―16>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩970 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3398

班固《西都賦》(16)(東郊と西郊)東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、

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班孟堅(班固)《西都賦》(16)#6(東郊と西郊)-1 文選 賦<112―16>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩970 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3398
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班孟堅(班固)《西都賦》(16)#6(東郊と西郊)-1 文選 賦<112―16>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩970 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3398


(東郊と西郊)

 

 

(16)6(東郊と西郊)-1

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。

汎舟山東,控引淮湖,與海通波。

西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。

繚以周墻,四百餘里。

離宮別館,三十六所。

(東郊と西郊) 東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。

舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。

西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、

牆をぐるりとめぐらすこと四百余里。

離宮・別館が三十六か所、神池・霊沼が至るところに存在する。

 

東郊には則ち通溝【つうこう】大漕有り、渭に潰【とお】り河に洞【とお】る。

舟を山東に汎べて淮湖【わいこ】を控引し、海と波を通ず。

 

西郊には則ち上囿【じょうゆう】禁苑【きんえん】,林麓【りんろく】藪澤【そうたく】、陂池【ひち】有り、蜀漢に連り乎。

繚【めぐ】らすに周墻【しゅうしょう】以ってすること,四百餘里。

離宮 別館,三十六所。

 (17)6-2

神池靈沼,往往而在。

其中乃有九真之麟,大宛之馬。

黃支之犀,條支之鳥。

踰崑崙,越巨海。

殊方異類,至于三萬里。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

nat0022(本文) (16)6(東郊と西郊)-1

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。

汎舟山東,控引淮湖,與海通波。

西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤。

陂池連乎蜀漢。

繚以周墻,四百餘里。

離宮別館,三十六所。

 

(下し文) (16)6-1

東郊には則ち通溝【つうこう】大漕有り、渭に潰【とお】り河に洞【とお】る。

舟を山東に汎べて淮湖【わいこ】を控引し、海と波を通ず。

 

西郊には則ち上囿【じょうゆう】禁苑【きんえん】,林麓【りんろく】藪澤【そうたく】、陂池【ひち】有り、蜀漢に連り乎。

繚【めぐ】らすに周墻【しゅうしょう】以ってすること,四百餘里。

離宮 別館,三十六所。

 

 (現代語訳)

(東郊と西郊) 東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。

舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。

西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、

牆をぐるりとめぐらすこと四百余里。

離宮・別館が三十六か所、神池・霊沼が至るところに存在する。

 

(訳注) (16)6-1

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。

(東郊と西郊) 東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。

東郊 東十五里までの町はずれ。

通薄大滑 堀り割り(疏水)と大運河。酒とは船で穀物などを運ぶの意からその運河もいう。

潰 水流が交わり流れること。

洞 水が疾行して流れ去ること。

 

汎舟山東,控引淮湖,與海通波。

舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。

控引 ひきこむ。

淮湖 淮水と湖水。

 

西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。

西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、

上囿禁苑 囿は王侯専用の森林もあり、鳥獣も飼ってある広大な遊猟地で、周囲は牆をめぐらす。苑とはまきばで木も茂るところ。上とは天子の意。禁とは民の出入を禁ずるの意。四字とも上林苑をいう。これは長安西方にある。もと秦の旧苑。建元三年(前140)、武帝の即位後三年これを拡大、周囲三百里。各種の宮殿、昆明地などがあった。司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078

林麓 麓は林の大なるもの。

薮沢 薮は水の少ないさわ。沢は水の多いさわ。大きな沢。

陂池 陂陀と同じ、傾斜するさま。

 

繚以周墻,四百餘里。

牆をぐるりとめぐらすこと四百余里。

 

離宮別館,三十六所。

離宮・別館が三十六か所、神池・霊沼が至るところに存在する。
上林苑01 
終南山03 

班孟堅(班固)《西都賦》(15)#5-4 文選 賦<112―15>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩969 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3393

班固《西都賦》(15) およそ合わせて五万頃の広さにわたり、畦は交錯して紋様を形づくる。支流用水路の溝と耕地の畝とは大地を彫刻したかのごとく、高原と低湿地帯とは龍の鱗のごとく重なり合う。

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班孟堅(班固)《西都賦》(15)#5-4 文選 賦<112―15>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩969 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3393
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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(12) 5(天子の直轄地)-1

封畿之,厥土千里。

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

逴躒諸夏,兼其所有。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

其陽則崇山隱天,幽林穹谷。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

陸海珍藏,藍田美玉。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

封畿の,厥の土 千里。

諸夏に逴躒【たくらく】して,其の有する所を兼ぬ。

其の陽【みなみ】は則ち崇山【しゅうざん】天を隱【おお】い,幽林 穹谷【きゅうこく】あり。

陸海の珍藏,藍田の美玉あり。

(13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。

源泉灌注,陂池交屬。

秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。

竹林果園,芳草甘木。

竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。

郊野之富,號為近蜀。

郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。

商洛 其の隈を緣【めぐ】り、鄠杜【こと】其の足に濱す。

源泉 灌注【かんちゅう】して陂池【ひち】交【こもご】も屬【つづ】く。

竹林 果園、芳草 甘木、

郊野の富、號して蜀に近しと為す。

 (14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

その北には、九嵕山がかぶさるようにせまり、そのそばに甘泉山がお供するようにそびえる。

乃有靈宮起乎其中。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,

於是乎存焉。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

下有鄭白之沃,衣食之源。

山のふもとには鄭渠・白渠とよぶ本流用水路のつくる沃野、衣食の源となる耕地がある。

 

其の陰は則ち冠するに九嵕【きゅうそう】を以てし、陪するに甘泉を以てす。

乃ち靈宮有りて、其の中に起る。

漢の観を極めし所、淵雲の頌嘆【しょうたん】せし所、是に於てか存す。

下には鄭白【ていはく】の沃【こや】せる、衣食の源有り。

(15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

およそ合わせて五万頃の広さにわたり、畦は交錯して紋様を形づくる。

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

支流用水路の溝と耕地の畝とは大地を彫刻したかのごとく、高原と低湿地帯とは龍の鱗のごとく重なり合う。

決渠降雨,荷插成雲。

水路をきり開けは、慈雨のごとく耕田をうるおし、拓を荷なう農民は、雲のようにむらがり集まる。

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

五穀は穂を垂れ、桑や麻は香りをはなつのである。

提封 五萬,疆埸【きょうえき】綺【あやぎぬ】のごとく分【まじ】わる。

溝塍【こうじょう】刻鏤【こくる】せるがごとく,原隰【げんしゅう】龍鱗【りょうりん】のごとし。

渠を決っすれば降雨のごとし,插【すき】を荷【にな】うもの雲を成す。

五穀 穎【ほ】を垂れ,桑麻【そうま】棻【ふん】を鋪【し】く。

demen07 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

決渠降雨,荷插成雲。

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

 

(下し文)

提封 五萬,疆埸【きょうえき】綺【あやぎぬ】のごとく分【まじ】わる。

溝塍【こうじょう】刻鏤【こくる】せるがごとく,原隰【げんしゅう】龍鱗【りょうりん】のごとし。

渠を決っすれば降雨のごとし,插【すき】を荷【にな】うもの雲を成す。

五穀 穎【ほ】を垂れ,桑麻【そうま】棻【ふん】を鋪【し】く。

 

 

(現代語訳)

およそ合わせて五万頃の広さにわたり、畦は交錯して紋様を形づくる。

支流用水路の溝と耕地の畝とは大地を彫刻したかのごとく、高原と低湿地帯とは龍の鱗のごとく重なり合う。

水路をきり開けは、慈雨のごとく耕田をうるおし、拓を荷なう農民は、雲のようにむらがり集まる。

五穀は穂を垂れ、桑や麻は香りをはなつのである。

 

(訳注) (15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

およそ合わせて五万頃の広さにわたり、畦は交錯して紋様を形づくる。

提封 およそ。合計。提は、挙げる、封は地域。地域内のすべての田が五万頃あること。疆埸 大きな界と小さな界と。堺はあぜとなる。

綺紛 あや織りのように美しく、大小の界が整然と縦横にのびて、田を左右に分けている。

 

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

支流用水路の溝と耕地の畝とは大地を彫刻したかのごとく、高原と低湿地帯とは龍の鱗のごとく重なり合う。

 田の用水路。広さ四尺深さ四尺、田と田との間を流れ、それに沿いあぜ道がある。 田の中のうね。

刻鏤 はりつける。

原湿 高くて平らかな土地と低くてしめっている土地。

 

決渠降雨,荷插成雲。

水路をきり開けは、慈雨のごとく耕田をうるおし、拓を荷なう農民は、雲のようにむらがり集まる。

決渠降雨、荷插成雲 前記白渠の支流用水路をきり開けば、雨が降ったのと同じ。すきをかつぐ農民は雲のごとくむれをなす。この二句は前項自公をはめた民歌の一節 「拓を挙(竹)ぐもの雲のごとく、渠を決すれば雨のごとし。」をふまえる。

 

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

五穀は穂を垂れ、桑や麻は香りをはなつのである。

五穀 米・麦・粟・豆・黍の類。

 香木。ここは香気の意。「紛」と同じ説があるが、その場合は盛んにしげること。
八女茶 畑

班孟堅(班固)《西都賦》(14)#5-3 文選 賦<112―14>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388

班固《西都賦》(14) その北には、九嵕山がかぶさるようにせまり、そのそばに甘泉山がお供するようにそびえる。ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。山のふもとには鄭渠・白渠とよぶ本流用水路のつくる沃野、衣食の源となる耕地がある。


2013年12月4日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(14)#5-3 文選 賦<112―14>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 709 《西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <616>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3390 杜甫詩1000-616-872/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 213  《渭上思帰》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3391 (12/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 紗䆫恨二首 其二 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-369-8-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3392
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(14)5-3 文選 賦<1121418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388

 

 

(12) 5(天子の直轄地)-1

封畿之,厥土千里。

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

逴躒諸夏,兼其所有。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

陽則崇山隱天,幽林穹谷。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

陸海珍藏,藍田美玉。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

封畿の,厥の土 千里。

諸夏に逴躒【たくらく】して,其の有する所を兼ぬ。

其の陽【みなみ】は則ち崇山【しゅうざん】天を隱【おお】い,幽林 穹谷【きゅうこく】あり。

陸海の珍藏,藍田の美玉あり。

(13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。

源泉灌注,陂池交屬。

秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。

竹林果園,芳草甘木。

竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。

郊野之富,號為近蜀。

郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。

商洛 其の隈を緣【めぐ】り、鄠杜【こと】其の足に濱す。

源泉 灌注【かんちゅう】して陂池【ひち】交【こもご】も屬【つづ】く。

竹林 果園、芳草 甘木、

郊野の富、號して蜀に近しと為す。

 (14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

その北には、九嵕山がかぶさるようにせまり、そのそばに甘泉山がお供するようにそびえる。

乃有靈宮起乎其中。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,於是乎存焉。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

下有鄭白之沃,衣食之源。

山のふもとには鄭渠・白渠とよぶ本流用水路のつくる沃野、衣食の源となる耕地がある。

 

其の陰は則ち冠するに九嵕【きゅうそう】を以てし、陪するに甘泉を以てす。

乃ち靈宮有りて、其の中に起る。

漢の観を極めし所、淵雲の頌嘆【しょうたん】せし所、是に於てか存す。

下には鄭白【ていはく】の沃【こや】せる、衣食の源有り。

 (15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

決渠降雨,荷插成雲。

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)(14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

乃有靈宮起乎其中。

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,

於是乎存焉。

下有鄭白之沃,衣食之源。

 

 (下し文)(14) 5-3

其の陰は則ち冠するに九嵕【きゅうそう】を以てし、陪するに甘泉を以てす。

乃ち靈宮有りて、其の中に起る。

漢の観を極めし所、淵雲の頌嘆【しょうたん】せし所、是に於てか存す。

下には鄭白【ていはく】の沃【こや】せる、衣食の源有り。

 

(現代語訳)

その北には、九嵕山がかぶさるようにせまり、そのそばに甘泉山がお供するようにそびえる。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

山のふもとには鄭渠・白渠とよぶ本流用水路のつくる沃野、衣食の源となる耕地がある。

 

 

(訳注) (14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

その北には、九嵕山がかぶさるようにせまり、そのそばに甘泉山がお供するようにそびえる。

陰 北。

冠 おおう。「西京の賦」に「南山を冠ふ」とある。

 山名、『漢書』地理志に左清朝に属すとある。陳西省の西醒泉県(地図11)の東北にそびえる。境は九峯が集まっている峯の意。(地図15

甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。

九峻山00 

乃有靈宮起乎其中。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

皇宮 甘泉山に甘泉宮、益寿、延寿の土館、通天台を作り、洞を設け神仙を招き、そのため官室を増築した。通天台は高さ三十丈、長安奴が見えた(「漢旧儀」⊇一輔黄図』)。秦漢 甘泉宮は秦の二世皇帝胡亥の営造、一名雲陽官また林光宮ともいった。漢は武帝の建元年間に増築し、宮殿の周囲十余里から十九里に拡大した(『三輔黄図〇。それで秦漢という。

 

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,於是乎存焉。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

所極観 観は、壮麗ながめ、つまり宮殿をいう。

淵雲 漢の王子淵(王褒)と揚子雲(揚雄)。前者は皇帝の時「甘泉の頒」を作り、後者は成帝の時「甘泉の賦」を作る(『文選』所載)。揚雄 《甘泉賦 序》 文選  詩<107>Ⅱ李白に影響を与えた詩854 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2818

揚雄 《甘泉賦》 文選 賦<108-(2)#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩855 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2823

於是乎 ここに。

存 存在するの意。

 

下有鄭白之沃,衣食之源。

山のふもとには鄭渠・白渠とよぶ本流用水路のつくる沃野、衣食の源となる耕地がある。

下 大地。

鄭白 鄭東と白渠、渠は水路。戦国時代に水工の鄭国が、秦の地に作った水路、陝西省の涇暢県の西北中山から涇水の水を引き、西は瓠口に至り、東は洛水に注ぎ、塩分性の土地四万余頃が沃野となる。これを鄭国渠とよぶ。漢の武帝の元鼎六年、鄭渠の水利でまに合わぬところを六輔の渠を開いて補給した。白渠は武帝の太始二年に白公が開いた水路。涇水を引いて擽陽をへて渭水に注ぐ、長さ二百里、四千五百余頃の田をうるおした。
漢魏隋唐の洛陽城 

班孟堅(班固)《西都賦》(13)#5-2 文選 賦<112―13>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩967 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3383

班固《西都賦》(13) 商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。
 

2013年12月3日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(13)#5-2 文選 賦<112―13>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩967 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3383
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《獨釣,四首之一》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <880>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3384韓愈詩-223
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 708 《薄暮》 蜀中転々 杜甫 <615>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3385 杜甫詩1000-615-871/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 212  《古別離》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3386 (12/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 紗窗恨 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-368-8-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3387
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(13)5-2 文選 賦<1121318分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩967 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3383

 

 

(12) 5(天子の直轄地)-1

封畿之,厥土千里。

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

逴躒諸夏,兼其所有。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

陽則崇山隱天,幽林穹谷。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

陸海珍藏,藍田美玉。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

封畿の,厥の土 千里。

諸夏に逴躒【たくらく】して,其の有する所を兼ぬ。

其の陽【みなみ】は則ち崇山【しゅうざん】天を隱【おお】い,幽林 穹谷【きゅうこく】あり。

陸海の珍藏,藍田の美玉あり。

(13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。

源泉灌注,陂池交屬。

秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。

竹林果園,芳草甘木。

竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。

郊野之富,號為近蜀。

郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。

商洛 其の隈を緣【めぐ】り、鄠杜【こと】其の足に濱す。

源泉 灌注【かんちゅう】して陂池【ひち】交【こもご】も屬【つづ】く。

竹林 果園、芳草 甘木、

郊野の富、號して蜀に近しと為す。

 (14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

乃有靈宮起乎其中。

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,

於是乎存焉。

下有鄭白之沃,衣食之源。

(15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

決渠降雨,荷插成雲。

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

長安付近図00 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

源泉灌注,陂池交屬。

竹林果園,芳草甘木。

郊野之富,號為近蜀。

 

 

(下し文) (13) 5-2

商洛 其の隈を【めぐ】り、【こと】其の足に濱す。

源泉 灌注【かんちゅう】して陂池【ひち】【こもご】も屬【つづ】く。

竹林 果園、芳草 甘木、

郊野の富、號して蜀に近しと為す。

 

(現代語訳)

商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。

秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。

竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。

郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。

 

(訳注) (13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

商邑、上雒の邑は水流の隈にそい、鄠邑、杜陽の邑は秦嶺の山足にせまる。

商洛 弘農郡(河南省の洛陽付近以西と、陝西省の商県以東の地)にある商県と上雒県(-2)。

其隈 河岸に沿うていること。隈は、水曲。縁は、順うの意。

杜 京畿(国都)長安に準ずる地方を輔といい、その数が三つあったから三輔という。前項弘農部もふくめ、長安以東を京兆尹とし、北は長陵以北を左馮翊とし、西は渭城以西を右扶風とし、三輔の長官は長安をも治めた。県(-3)と杜県(-3)とは右扶風に属する。前者は長安の西南七十里、後者は陝西省西端近くの隣県にある。

浜其足 山麓によりそっている。

京畿道関内道00 

源泉灌注,陂池交屬。

秦嶺を源泉とする水流が流入し、塘がこもごも連続する。

 

竹林果園,芳草甘木。

竹林、果樹園があり、芳香ただよう草、甘い実のなる木がそだつ。

 

郊野之富,號為近蜀。

郊外原野の富は、号して蜀の富に近いという。

 に似ていること。

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班固《西都賦》(12)(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

 

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班孟堅(班固)《西都賦》(12)5-1 文選 賦<1121218分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩966 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3378

 


(12) 5(天子の直轄地)-1


封畿之,厥土千里。

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

逴躒諸夏,兼其所有。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

其陽則崇山隱天,幽林穹谷。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

陸海珍藏,藍田美玉。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

封畿の,厥の土 千里。

諸夏に逴躒【たくらく】して,其の有する所を兼ぬ。

其の陽【みなみ】は則ち崇山【しゅうざん】天を隱【おお】い,幽林 穹谷【きゅうこく】あり。

陸海の珍藏,藍田の美玉あり。

 (13) 5-2

商洛緣其隈,鄠杜濱其足。

源泉灌注,陂池交屬。

竹林果園,芳草甘木。

郊野之富,號為近蜀。

(14) 5-3

其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,

乃有靈宮起乎其中。

漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,

於是乎存焉。

下有鄭白之沃,衣食之源。

(15) 5-4

提封五萬,疆埸綺分。

溝塍刻鏤,原隰龍鱗。

決渠降雨,荷插成雲。

五穀垂穎,桑麻鋪棻。

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (12) 5(天子の直轄地)-1

封畿之,厥土千里。

逴躒諸夏,兼其所有。

其陽則崇山隱天,幽林穹谷。

陸海珍藏,藍田美玉。
 

(下し文) (12) 5-1

封畿の,厥の土 千里。

諸夏に逴躒【たくらく】して,其の有する所を兼ぬ。

其の陽【みなみ】は則ち崇山【しゅうざん】天を隱【おお】い,幽林 穹谷【きゅうこく】あり。

陸海の珍藏,藍田の美玉あり。
 

(現代語訳)

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

終南山03



 

泰山の夕日02 




(訳注) (12) 5(天子の直轄地)-1

封畿之,厥土千里。

(天子の直轄地) 天子の直轄区域は、その土地が千里四方である。

封畿 王城を中心とする千里四方。天子の畿内。封は土地、畿は地域。

 

逴躒諸夏,兼其所有。

諸侯の国を卓絶し、その所有の土地を兼ねて領有する。

逴躒 逴も躒もすぐれていること。

諸夏 諸侯の国。中国全体をさす。

 

其陽則崇山隱天,幽林穹谷。

その南には、高い秦嶺の山脈が天をおおい、人跡を知らぬ森林、底の深い谷がある。

崇山 高い山。秦嶺山脈を指す。

隠 おおいかくす。

 

陸海珍藏,藍田美玉。

物産ゆたかな関中地域であり、珍宝の所蔵地で、有名な藍田の美玉がある。

陸海 関中(長安周辺の名) の山川の物産が豊かなこと。陸は高地で平原になっているところ。海は万物が産出する意。関中を陸海といい、九州の膏腴といわれる(『漢書』地理志)。

珍蔵 宝としてしまっておくもの。

藍田 陝西省西安市の南東約30kmにある県(座標地図-3。前4世紀,秦の孝公のときに県が設置されたのに始まる。長安を取り巻く要衝の一つとして,唐代に至るまでほぼ京兆に属した。藍田の南東にある嶢(ぎよう)関(藍田関)に秦軍と対峙した漢の高祖劉邦が,張良の奇計を用いて大いに秦を破り,藍田から咸陽に入って関中一番乗りを果たすとともに,秦の2世皇帝の降服をうけたことは著名な史実である。ところで〈玉の美なるものを球といい,その次なるを藍という〉と称するように,県内に美玉を出すことより藍田の名がおこった。

 京畿道関内道00

長安と近郊066長安付近図00


班孟堅(班固)《西都賦》(11)#4-2 文選 賦<112―11>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩965 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3373

班固《西都賦》(11) 三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(11)4-2 文選 賦<1121118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩965 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3373

 

 

(10)4-1

(王室の七陵)-1 

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

則南望杜,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

三選七遷,充奉陵邑。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

長安付近図00 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (11)4(王室の七陵)--2

冠蓋如雲,七相五公。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

三選七遷,充奉陵邑。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

 

(下し文) (11)4-2

冠蓋【かんがい】雲の如く、七相【しちしょう】五公あり。

州郡の豪傑と五都の貨殖【かしょく】と、

三選七遷【しちせん】して、陵邑【りょうゆう】に充奉す。

蓋し以て幹をくし枝を弱くし、上都を隆にして萬國【ばんこく】に観【しめ】すなり。

 

(現代語訳) (王室の七陵)-2

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

 

 

(訳注) (11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

〇冠蓋 冠と車のかさ。高官・富貴者の車馬。

〇七相五公 丞相七人、公とは三公の位にあるもの。ここは御史大夫・大司馬をいう。七相は、車千秋・黄覇・王高・韋腎・平当・魏相の七人。五公は、田蚡・張安世・朱博・平晏・韋賞の五人。いずれも長安付近の出身である。

 

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

〇豪傑 州郡の人材。豪族など。智が百人に過ぎたるものを傑といい、十人に過ぎたるものを豪という。

〇五都 洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五大都市。

○貨殖 豪商、富豪。

 

三選七遷,充奉陵邑。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

○三選 三つの選ばれた人、すなわち七相五公、州都の豪傑、それに五都の貨殖の徒。

〇七遷 七陵に居を移す。たとえは、七相では、丞相韋は平陵、車は長陵、黄は平陵、平、魏も同じく平陵に出身地から移る。李善注に五人だけ挙げたのは、他の二人は罪を得て死んだためという(『漢書』巻八十二、八十六)。作者班固には別の見解があったろう。五公では、御史大夫張湯、同じく杜周が茂陵、将軍蕭望之、馮奉世、史丹などが杜陵に居を移す。富豪では、安陵の杜氏、杜陵の樊嘉、茂陵の摯綱、平陵の如氏、苴氏などがあり、巨万の富家がいたという(『史記』の貨殖列伝)。ついでに遊侠の徒では、たとえば原渉のごとき、祖父の代(武帝の時)から豪傑を以て有名、出身地より茂陵に移り、父は哀帝の時南陽の太守となったが、彼は侠客となり、五陵の気節を尊ぶものたちに慕われた(『史記』の遊侠列伝)。

○充奉 墓陵の里で祭祀を奉ずる役にあてられた。

 

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

○強幹弱枝 王室を強化し、諸王・諸侯を弱体化し、中央集権体制を強化すること。

○隆上都 国都の権威を高めること。

○観万国 天下に見せつける。
唐長安城図 

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