漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2013年12月

班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523

班固《西都賦》(41) さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。
 

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 240《九辯 第八段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3526 (12/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<1124118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523      

 

 

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

原野蕭條,目極四裔。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

禽相鎮壓,獸相枕藉。

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

然後收禽會眾,論功賜胙。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

 

(42)162

割鮮野食,舉烽命釂。

饗賜畢,勞逸齊。

大路鳴鑾,容與徘徊。

集乎豫章之宇,臨乎昆明之池。

左牽牛而右織女,似雲漢之無涯。

茂樹蔭蔚,芳草被隄。

 

(43)163

蘭茞發色,曄曄猗猗。

若摛錦布繡,瀦燿乎其陂。

鳥則玄鶴白鷺,黃鵠鵁鸛。

鶬鴰鴇,鳧鷖鴻鴈。

朝發河海,夕宿江漢。

沈浮往來,雲集霧散。

 

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

是に於いて天子 乃ち屬玉の館に登り,長楊の榭を歷る。

山川の體勢を覽,三軍の殺獲を觀る。

原野 蕭條として,目 四裔【しえい】を極める。

禽は相い鎮壓【ちんあつ】し,獸は相い枕藉【しんしゃ】す

然る後 禽を收め 眾を會し,功を論じ胙を賜う。

輕騎を陳【つら】ねて以て炰【ほう】を【や】り,酒車を騰【あ】げてて斟酌【しんしゃく】す

 

(42)162

鮮を割【さ】きて野に食らわしめ,烽を舉げて釂【しゃく】を命ず。

饗賜【きょうし】畢【おわ】り,勞逸【ろういつ】齊しく。

大路鑾【すず】を鳴らし,容與【ようよ】として徘徊す。

豫章【よしょう】の宇に集まり昆明の池に,臨む。

牽牛を左にし織女を右にし,雲漢の涯【かぎり】無きに似たり。

茂樹【もじゅ】蔭蔚【いんうつ】して,芳草 隄に被う。

 

(43)163

蘭茞【らんし】色を發し,曄曄【えうえう】猗猗【いい】とする。

錦を摛【の】ぶると繡【しゅう】を布【し】くとの若く,其の陂【つつみ】に瀦【てり】燿【かがや】く。

鳥には則ち玄鶴【げんかく】白鷺【はくろ】,黃鵠【こうこく】鵁鸛【こうかん】あり。

鶬鴰【そうか】鴇【ほうげき】,鳧鷖【ふえい】鴻鴈【こうがん】あり

朝に河海を發し,夕べに江漢に宿す。

沈浮【ちんふ】往來して,雲のごとく集り霧のごとく散ず。

函谷関長安地図座標005 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

原野蕭條,目極四裔。

禽相鎮壓,獸相枕藉。

然後收禽會眾,論功賜胙。

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

 

(下し文)

是に於いて天子 乃ち屬玉の館に登り,長楊の榭を歷る。

山川の體勢を覽,三軍の殺獲を觀る。

原野 蕭條として,目 四裔【しえい】を極める。

禽は相い鎮壓【ちんあつ】し,獸は相い枕藉【しんしゃ】す

然る後 禽を收め 眾を會し,功を論じ胙を賜う。

輕騎を陳【つら】ねて以て炰【ほう】を【や】り,酒車を騰【あ】げてて斟酌【しんしゃく】す

 

(現代語訳)

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

nat0022 

 

(訳注)

(41)16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。

さて、こうして、天子は、属玉の館に登り、長楊官の台樹を通りぬける。

屬玉 館の名。「属玉は水鳥、鵁鶄に似る」(宣帝紀晋灼注)。これを館に作ってすえてある。場所は三輔の一つ右扶風にあり(『三輔黄図』)。栢梁台の火災後、縁起をかついで火に勝つ意から、上林苑の建物は多く水鳥の名をつける(『西京雑記』)。属玉は一説玉で飾るとある。

長楊之樹 宮殿の名。樹は、土の台の上に木造の屋を建てたもの。「長楊の樹は長楊宮に在り。秋冬其の下に校猟し、武士に命じて禽獣を搏射せしめ、天子比に登りて以て観る」。

 

覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。

そこで、山川の形勢に目をとめて、全軍の殺戮した獲物を仔細に視察なさるのである。

三軍 中国、周代の兵制で、上軍・中軍・下軍それぞれ12500人、合計37500人の軍隊。周代の軍制で、天子の統率した6個の軍。一軍が12500人で、合計75000人の軍隊。六師(りくし)

 

原野蕭條,目極四裔。

原野は静まりかえり生物一つなく、四方の果てまで日はとどきわたる。

 

禽相鎮壓,獸相枕藉

鳥は上に下にと重なりあい、獣はたおれて重なりあう。

 

然後收禽會眾,論功賜胙。

この後で獲物を収容して士卒を集合させ、功を論じて胙を賜う。

 ひもろぎ。神に供える肉。

 

陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。

軽騎兵の軍官が列を組んで肉を丸焼きにし、酒の車を馳せて酒をつぐ。

 物を包んで焼く。

 馳す。
上林苑01 

班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518

班固《西都賦》(40) 獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる。深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。
 

2013年12月30日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
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735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 239  《九辯 第七段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3521 (12/30)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)15-3 文選 賦<1124018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。

大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。

 

 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

挾師豹,拖熊螭。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

曳犀犛,頓象羆。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

超洞壑,越峻崖。

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

蹶嶄巖,鉅石隤。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

松柏仆,叢林摧。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

草木無餘,禽獸殄夷。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

長安城の位置関係 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(下し文) (40)15-3

角を【おと】し脰【うなじ】を挫【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を拖【ひ】く。

犀犛【さいり】を曳き,象羆【ぞうひ】を頓【ひ】く。

洞壑【どうがく】を超え,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を蹶【ふ】めば,鉅石【きょせき】隤【くず】れる。

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける。

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】殄【ことごと】く夷【ころ】さる。

 

(現代語訳)

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

 

(訳注) (40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

角を抜き頭をくじき、素手でうちすえ、ひとりで殺してしまう。

徒縛 徒手で打つ。

 

挾師豹,拖熊螭。

獅子や豹をかきいだき、熊や螭を引きずりこむ。

師豹 獅子と豹。

蠣 角のない龍といわれる。螭は中国の龍の一種。龍にまだ角がはえていないような存在のこと。蛇は1000年から1500年生きると龍になるという。螭はその途中の存在だろうか。

 

曳犀犛,頓象羆。

犀や犛牛を後にひっぱり、象や熊を引きよせる

 牛に似て尾が長い。

頓 引く。扽と同じ。

 

超洞壑,越峻崖。

深い谷をとびこえ、けわしい崖をのり越える。

 

蹶嶄巖,鉅石隤。

きり立つ岩の峰に足をかけると、巨石は崩れる。

 

松柏仆,叢林摧。

松柏は横倒しされ、やぶはひしがれる。

 

草木無餘,禽獸殄夷。

残る草木一つだになく、禽獣はあますところなく殺される。

上林苑01 

班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513

班固《西都賦》(39) 平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。
 

2013年12月29日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513
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班孟堅(班固)《西都賦》(39)15-2 文選 賦<1123918分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、
窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

nat0022 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (39)15-2

平原赤,勇士厲,

猿狖失木,豺狼懾竄。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

許少施巧,秦成力折。

掎僄狡,扼猛噬。

 

(下し文)(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく,

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は懾【おそ】れ竄【かく】れる。

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む。

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く。

僄狡【ひょうこう】を掎【あしと】り,猛噬【もうぜい】を扼【くび】る。

 

(現代語訳)

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。

大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。 

終南山03 

 

(訳注) (39)15-2

平原赤,勇士厲,

平原は赤く染まり、勇士はいきり立つ。

 いきりたつ。

 

猿狖失木,豺狼懾竄。

黒手長大猿は木より落ち、狼はおそれおののき身をかくす。

猿狖 別のテキストに猨とあり、黒色でひじがながく、ふつうの猿より大きい。狖は黒猿、狸に似ているというもの。

豺狼 やまいぬと狼。

 

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

かくて部隊を移し険阻な土地にそっと急がせて、深い草むらを列をなしてふみつけると、

潛穢 潜は深い、潛穢は蕪(雑草)。

 

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

追いつめられた虎は飛ぶがごとく暴走突進し、狂った野牛はつまずきひっくりかえる。

兕 牛に似た一角、青色で重さ千金(爾雅』釈獣)ともいわれる。

觸蹶 蝕は角のふるること、撞くこと。蹶は踶、たおれること。

 

許少施巧,秦成力折。

すばしこさで有名な古の許少のごときわざ師が、わざをかけてとりおさえる。大力で有名な古の秦成のごとき力士が、力づくでとりひしぐ。

許少・秦成 古の敏捷な人と、古の力士。

 

掎僄狡,扼猛噬。

すばしこい獣はその後足を引き倒し、威猛けだかにかみつく獣はその首をおさえこむ。
儒数 すばしこい獣。
sunrise001 

班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508

班固《西都賦》(38) かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 237 《九辯 第五段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3511 (12/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 16 喜遷鶯三首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-393-9-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3512
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《西都賦》(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<1123818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508

 

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

 

(39)15-2

平原赤,勇士厲,

猿狖失木,豺狼懾竄。

爾乃移師趨險,並蹈潛穢。

窮虎奔突,狂兕觸蹶。

許少施巧,秦成力折。

掎僄狡,扼猛噬。

 

(40)15-3

角挫脰,徒搏獨殺。

挾師豹,拖熊螭。

曳犀犛,頓象羆。

超洞壑,越峻崖。

蹶嶄巖,鉅石隤。

松柏仆,叢林摧。

草木無餘,禽獸殄夷。

 

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて【ほこ】に【あた】う

機は虛【むな】しく【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(39)15-2

平原赤くして,勇士厲【はげ】しく

猿狖【えんゆう】木を失い,豺狼【さいろう】は【おそ】れ【かく】れる

爾して乃ち師を移し險に趨【おもむ】き,潛穢【せんわい】を並び蹈めしむ。

窮虎【きゅうこ】奔り突き,狂兕【きょうじ】觸れ蹶【ふ】む

許少 巧を施し,秦成【しんせい】力をもって折【くじ】く

僄狡【ひょうこう】を【あしと】り,猛噬【もうぜい】を【くび】る

 

(40)15-3

角を【おと】し【うなじ】を【くじ】き,徒搏【とばく】して獨り殺す。

師豹【しひょう】を挾み,熊螭【ゆうち】を【ひ】く

犀犛【さいり】を,象羆【ぞうひ】を【ひ】く

洞壑【どうがく】を,峻崖を越える。

嶄巖【そがん】を【ふ】めば,鉅石【きょせき】【くず】れる

松柏 仆【たお】れ,叢林摧【くだ】ける

草木 餘り無く,禽獸【きんじゅう】【ことごと】く【ころ】さる

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

機不虛掎,弦不再控。

矢不單殺,中必疊雙。

颮颮紛紛,矰繳相纏。

風毛雨血,灑野蔽天。

 

(下し文)

爾【しか】して乃ち期門【きもん】佽飛【じひ】,刃を列ね鍭【やさぎ】を鑽【あつ】め,趹【はし】るを要【むか】え蹤【にぎ】るを追う。

鳥は驚いて絲【あみ】に觸【ふ】れ,獸は駭【おどろ】いて鋒【ほこ】に【あた】う。

機は虛【むな】しく掎【ひ】かず,弦【ゆみづる】は再び控ず。

矢は單つを殺さず,中れば必ず雙を疊【かさ】ねる。

颮颮【ばくばく】紛紛として,矰繳【そうしゃく】相い纏い。

風毛【ふうもう】雨血【うけつ】,野に灑【そそ】ぎ天に蔽う。

 

(現代語訳)

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。

nat0022 

 

(訳注)

(38)15(上林苑の狩猟ⅱ)-1

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。

かくて、「期門」の勇士と古の名剣士「佽飛」の武官の両々が、刃をつらねヤサキをそろえて、後足をけって走り来る獲物を待ち伏せ、逃げるものは追いかける。

期門 勇士、軍門の意。武帝の時設けた。「北地良家子にして騎射を能くする者と諸(これ)を殿門に期す」(『漢書』東方朔伝)とある。名称はここによる。「期門は兵(武器)を執りて送従するを掌る。武帝の建元三年に初めて置き、即に比す。員なし、多きときは千人に至る。秩千石に比す」(百官公卿表)。平帝に至り虎賁郎と改めらる。

 もと古の名剣士の名。ここは武官の名。はやきこと飛ぶがごとしの意味である。「武帝の太初元年、左弋(よく)を飛と為す。…弋射を掌る。九丞、両尉あり」(同上)。。

 金のやじりで羽のついたもの。「殺矢・矢は近射、田猟に用ふ」(『周礼』夏官)。

 渠める。こぞりよせるの意。

 後の足でけってはしる。

 

鳥驚觸絲,獸駭鋒。

鳥は驚いて網にひっかかり、獣はうろたえ鋒にあたる。

 

機不虛掎,弦不再控。

だから、石弓の仕掛けを引くも一発必中はずすわけにはいかないし、弓弦をしぼる場合も一発必中しなければいけないのだ。

 後に引く。

 ひきつけて引く。

 

矢不單殺,中必疊雙。

矢は一つの獲物を射とめるだけでなく、あたれば必ず二つをつらぬく。

 

颮颮紛紛,矰繳相纏。

びゅうびゅうと次々に飛んで矰繳がまといついてとらえる。

颮颮紛紛 いぐるみが音をたてて飛ぶことの疾(はや)いきま。同音を二字重ねるのはいぐるみの数の多いことをしめす。紛粉は、つぎつぎと。

矰繳【いぐるみ は短い矢、はまだ練ってない生糸のひも。

 

風毛雨血,灑野蔽天。

毛は風に舞いあがり血は雨となってふり、原野一面にそそぎ天をおおう。
長安付近図00 

班孟堅(班固)《西都賦》(37)#14-3 文選 賦<112―37>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩991 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3503

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班孟堅(班固)《西都賦》(37)143 文選 賦<1123718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩991 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3503

 

 

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 (37) 143

披飛廉,入苑門。

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

六師發逐,百獸駭殫。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

震震爚爚,雷奔電激。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

草木塗地,山淵反覆。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

(下し文) (37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

(現代語訳)

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 

 

(訳注) (37) 143

披飛廉,入苑門。

都の飛廉館の門を左右に開いて出御され、上林苑の門内に入る。

飛廉 館の名、飛廉は「神禽、能く風気を致す者なり」(『漢書』武帝紀応邵注)。武帝の元封二年、武帝は飛廉館を置いた。音義によれば、飛廉は神禽(鳥)で、鹿のような頭を持ち、 杯の足のような角を生やし、蛇のような尾には豹のような模様がある。 明帝の永平五年(62)に長安から飛廉及び銅馬を迎え取り、上西門外に置いて平楽館と名付けた。

長安付近図00

遂繞酆鄗,歷上蘭。

続いて周の文王の古都である酆と、武王の古都である鄗の地の外郭をまわり、上蘭観を通過する。

酆鄗 酆()は、周の文王の都、京兆の杜陵(О)の西。鄗()は、武主の郡、同じく西南にあり。上林苑(陝西省長安県の西と鄂県との間)の中にある。

上蘭 観の名。上林苑中にある(『三輔黄図』)。「上蘭に校猟す」(『漢書』の元后伝)。

 

六師發逐,百獸駭殫。

全軍はそれとばかりに起ちあがって獲物を追えば、百獣は驚きうろたえる。

六師 周代の軍制で、天子の統率した6個の軍。一軍が12500人で、合計75000人の軍隊。六師(りくし)。。諸侯のうち大国は三軍、小国は一軍(『周礼』夏官の大司馬)。

 馬がきそい走ること。

駭殫 うろたえおそれる。

 

震震爚爚,雷奔電激。

ごろごろ、ぴかぴかと急雷が鳴り稲妻が激突するかのように震動する。

震震 雷の音のさま。

爚爚 電光のさま。

 

草木塗地,山淵反覆。

草木は地にまみれ、山もくつがえれば淵もかたむく。

 

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

獲物の十の二か三をふみにじってから、やっと昂奮をおさえてひと息つく。

 一時おさえる。
終南山03 

 終南山の夕日函谷関長安地図座標005

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固)《西都賦》(36)142 文選 賦<1123618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩990 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3498  (36)142

 

 

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 (37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

上林苑01 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)(36)142

水衡虞人,修其營表。

種別群分,部曲有署。

罘網連紘,籠山絡野。

列卒周匝,星羅雲布。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

 

(下し文)

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】紘【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る。

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に乘り,法駕【ほうが】を備え,群臣を帥【ひき】いる。

 

(現代語訳)

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

 

 Ta唐 長安近郊圖  新02

(訳注) (36)142

水衡虞人,修其營表。

神苑管理の水衛、虞人の役人が、狩人の隊伍を整える。

水衡 「古代の山林の営を衝といい、諸の池苑を掌る」(漢書)』。武帝の元鼎二年、水衡都尉を置き、上林苑を掌らせたし衝は産物を公平にする意U

虞人 「山沢を掌るの官」(『礼記』鄭玄注)。また「苑囿を守るの吏」(『孟子』趙注)。虞は度の意。

営表 表をたて行列(隊伍)を正しく組み分けすること。「虞人田する所の野を萊りて表と為す」

 

種別群分,部曲有署。

各部隊に分かれた各班に編成されて、部隊と班(曲)とにはそれぞれその長がいる。

部曲 軍隊の部わけ、曲は部の小わけ。

 長。将軍は「部」をもち、大将軍は五部。部ごとに校尉一人、部の下の「曲」は、曲ごとに軍候一人がある。

 

罘網連紘,籠山絡野。

網はその紘を長々と張りまわし、山を包みこみ野をとりまいている。

罘網 鳥獣をとらえる網。罘も網。

 大きな綱。

 

列卒周匝,星羅雲布。

その周辺を勢子たちがぐるりと包囲して、星のごとく点々とつらなり、雲のごとく展開して待機する。

列卒 狩り子の士卒たち。

 

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

この時天子は御車に乗り、六頭立ての馬をしたて、群臣をひきいられている。

鸞輿 天子の鳳凰の類の飾りのある車。

法駕 六頭立ての馬車、天子の軍、一名金根車。「天子出づるや、軍駕次第あり。之を鹵簿と謂ふ。大駕有り、小駕あり、法駕あり。大駕は公卿奉引して、千乗万騎を備ふれども、法駕は公卿鹵簿中に在らず。惟だ河南尹(長官)、執金吾(金吾は足を鍍金した銅製の棒で、これを持って護衛する警備の兵、一説金吾は不祥をはらう鳥といい、これを持って先導する)を奉引して、侍中騎乗するのみ」(蔡邕著の独断)。
pla024 

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班固《西都賦》(35)(上林苑の狩猟ⅰ) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

 

2013年12月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
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班孟堅(班固)《西都賦》(35)14(上林苑の狩猟ⅰ)-1 文選 賦<1123518分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩989 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3493            (35)14(上林苑の狩猟)-1

 

 

(35)14(上林苑の狩猟ⅰ)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

 (36)142

水衡虞人,修其營表。

種別群分,部曲有署。

罘網連紘,籠山絡野。

列卒周匝,星羅雲布。

於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。

(37) 143

披飛廉,入苑門。

遂繞酆鄗,歷上蘭。

六師發逐,百獸駭殫。

震震爚爚,雷奔電激。

草木塗地,山淵反覆。

蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

 

「爾【しか】して乃ち游の壯觀を盛んにし,泰武【たいぶ】を上囿【じょうゆう】に【ふる】う

茲に因って以って戎を威【おど】し狄を夸【ほこ】り,威靈【いれい】を耀かして武事を講ず。

荊州に命じて鳥を起て使め,梁野【りょうや】に詔して獸を驅らしむ。

毛群 【み】ち,飛羽【ひう】上に覆う。

翼を接し足を側【そばだ】て,禁林に集りて屯聚【とんしゅう】す

(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に,法駕【ほうが】を,群臣を帥【ひき】いる

(37) 143

飛廉を披き,苑門に入る。

遂に酆鄗【ほうこう】を繞り,上蘭を歷る。

六師【りくし】發逐【はつちく】し,百獸駭殫【がいたん】す

震震 爚爚【やくやく】として,雷のごとく奔り 電【いなずま】のごとく激す。

草木 地に塗【まみ】れ,山淵【さんえん】反覆【はんぷく】す。

其の十二三を蹂躪【じゅうりん】し,乃ち怒りを拗【おさ】えて少【しばら】く息【いこ】う。

 

上林苑01 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

毛群闐,飛羽上覆。

接翼側足,集禁林而屯聚。

 

(下し文)(36)142

水衡【すいこう】虞人,其の營表を修む。

種別れ群分れて,部曲 署有り。

罘網【ふもう】紘【つな】を連ね,山を籠め野を絡【めぐ】る。

列卒【れつそつ】周匝【しゅうそう】し,星のごとく羅【つらな】り雲のごとく布く。

是に於いて鑾輿【らんよ】に乘り,法駕【ほうが】を備え,群臣を帥【ひき】いる。

 

(現代語訳)

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。

漢長安図 

(訳注)

(35)14(上林苑の狩猟)-1

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。

(上林苑の狩猟) さて、壮観を極める遊猟を盛大に行って、上林苑で錬武にはげむ。

泰武 泰は「太」。「大」に作るものあり。周の武王の音楽に「大武」があり、その天下を平定した武功を表すが、ここは音楽を述べたものでない。「大武は大いに武事を陳ぬるを謂ふ」(『後漢書』班固伝の李賢注)にある。李善は注がない。通釈は錬武としておいた。

上田 天子の禁苑。園は謄(紳)をまわし禽獣を放つ所、上林宛。

司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078

 

因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。

これで西戎を威圧し北狄に誇示し、武技を訓練して威力を遠く四方に示す。

戎・狄 西方を戒、北方を狄という。種族の名。武帝は匈奴、西域の征服・開拓にも意を注いだ。

話武事 式記』月令に「孟冬の月、天子すなはち将帥に命じて武を講じ、射御を習はしむ」とある。

 

命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。

荊州の人に命じて鳥を飛びたたせ、梁野の人に詔げて獣を追い出させる。

荊州 ここは「江・湘の地。その俗、鳥を捕ふに習ふ。故に其の人をして之を起たしむ」(『後漢書』注)。

梁野 ここは「巴・漢の人、其の俗、獣を逐ふに習ふ、故に其の人をして之を駆らしむ」(同上注)。

 

毛群闐,飛羽上覆。

獣の群れは苑内にいっぱいになり、鳥の群れはその上空を覆う。

毛羣 獣類羣れ。

 苑内満ちる。

 

接翼側足,集禁林而屯聚。

翼をまじえ足をそばだて立錐の余地もなく、上林の禁苑に集まって一所に群がり集まる。
長安城の位置関係 

班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488

班固《西都賦》(34) 天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 233  《九辯 序文と一段目》 宋玉  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3491 (12/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<1123418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488

 

 

(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。

 

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

 

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。」

漢長安図 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

 

(下し文)

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。」

 

(現代語訳)

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。

長安城の位置関係 

(訳注) (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

天に向かって仙人の掌をおしあげて甘露を受けるようにして、一対の直立する銅柱を高く上へのばす。

仙掌・承露 仙掌・承露盤。漢の武帝のとき,建章宮に高さ二十丈、大きさ七囲の銅柱の承露盤を作り,その上にこれを置いて甘露を受けたと伝えられる。また,この甘露は,玉屑と混ぜて飲むと,長生不死ができると信じられた(《漢書》郊祀志)。なお,サボテンの漢名も仙人掌と書く。

 

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

塵挨によごれた下界のにごりを越えて、天の垢ない白い気の結ぶ露こそ清浄という次第なのだ。

 埃も、もほこり。

顥気 天の白い気。

 いさざよし。清浄。

清英 澄んでまじり気のない気。

 

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

これを建てた武帝は、方士の文成将軍の大ぼらにのり、方士の五利将軍の詐術をほしいままに実行したのだ。

文成 斉の方士の李少翁は、方術を使い武帝にまみえ、神と通ずるためには、宵室や衣服などを神の物にかたどられないと、天神は現れないと説き、武帝は彼を文成将軍となし、甘泉官を造営した。

五利 樊大という方士は、不死の薬を手に入れ、仙人を招くことができるといい、武帝をよろこはせたので、五利将軍に任命されたことに基づく。

所刑 刑とは、法る。方術のこと。

 

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

古代の赤松子や王子喬などの神仙どもが、常にこの庭で自分と遊んでもらいたいと思った。

松喬 赤松子と王子喬のこと。・赤松子は、神農のころの雨師(雨の神)水玉(水精。水晶)を服用し、それを神農にも教えた。 自焼することで火によって尸解したという。西王母の石室に宿り風雨とともに山を上り下りした。 炎帝(神農)の末娘が赤松子を追ってきて仙人になり、二人とも姿を消した。黄帝の曾孫の高辛氏の時代に再び雨師になった。・王子喬は、後漢の蔡邕(さいよう)の〈王子喬碑文〉はいつの時代の人かわからぬという。《列仙伝》は,《国語》や《逸周書》に賢者として見える太子晋に結びつけ,周の霊王の太子の姫晋であるとする。笙の笛を吹くことを好み,鳳凰の鳴声を模することができた。道士の浮丘公に会い,つれられて嵩高山(すうこうざん)に入って仙人となった。魏晋南北朝時代以来,赤松子とならんで古代の仙人の代表とされ,詩文や絵画に登場することが多い。

 

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

まことにその通りここは仙人たちの館であっても、われら人間の安んじて住む邸宅ではない。
hinode0100 

班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1

班固《西都賦》(33)(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 232  《桃源圖》 韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3486 (12/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<1123318分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483       (33)#13(神仙境)-1

 

 

(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 (34)#13(神仙境)-2

抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。

軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。

騁文成之丕誕,馳五利之所刑。

庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。

實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

 

 

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

 

仙掌を抗げて以て承露し,雙立の金莖を擢【ぬ】く

【あいあい】の混濁を軼き,顥氣【こうき】の清英を鮮【いさぎよし】とす

文成の丕誕【ひたん】を【はせ】し,五利の刑【のり】とする所を馳【はせ】す

【こいねが】わくば松喬【しょうきょう】の群類,時に斯の庭に遊從せん。

實に列仙の館する攸【ところ】にして,吾人の寧【やすん】ずる所にら非ず。

miyajima 709330 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

於是靈草冬榮,神木叢生。

巖峻崒,金石崢嶸。

 

(下し文)

唐中を前にして太液をに後す,滄海の湯湯【しょうしょう】たるを覽る。

波濤を碣石【けっせき】に揚げ,神岳の嶈嶈【しょうしょう】たるに激す。

瀛洲【えいしゅう】と方壺とを濫【うか】べ,蓬萊 中央にる。

是に於いて靈草冬榮し,神木叢生【そうせい】す

巖峻【がんしゅん】【しゅうしゅつ】として,金石 崢嶸【そうこう】たり

  

(現代語訳)

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

 

(訳注)(33)#13(神仙境)-1

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。

(神仙境) 建章宮の前には中庭があり池があり、そこにつながる後に太液の池があり、そちらに目をそそげば仙郷にむかう滄海がありそこにみずは滔滔と流れている。

唐中 池の名(『三輔黄図』、五臣注)一説庭の道の名(李注義疏)。建章宮の西にあり、数十里にわたるという(『漢書』郊祀志)。『漢書』は「商中」につくる。商とは金を意味し、秋であり西の意となる。ただし『漢書』の班固伝の賦には唐中に作り、唐とは庭、中唐すなわち中庭のこととする。

太液 池の名。建章宮の西北にありとする。「漸台あり高さ二十余丈。…地中蓬莱、方丈、瀛洲、壷梁あり、海中の神山、亀魚の属に象る」(郊祀志)。

湯湯 水の流れるさま。

 

揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。

大きな波を碣石山にうち揚げるようにし、そして高い神岳にぶつかって奔流する。

碣石 海岸の山の名(『尚書』禹貢)。これに太液池の山をにせて作ったということ。

神岳 石山。

嶈嶈 高いさま。一説に「水の山に激する声」(呂延済注)。通釈は前者をとる。 

 

濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。

太液の池には漏洲・方丈・壺梁の仙山がうかび、蓬莱山がその中央にそびえ立っている。

 泛ぶ。水の上にうかび沈まないこと。

方壺 「勃海の東に大壑あり。其の中に山有り。…三に日く方壷、四に日く瀛洲、五日く蓬莱」(『列子』湯問篇)。

中央 蓬莱山は瀛洲と方丈・壺梁の二山の間にある。

 

於是靈草冬榮,神木叢生。

ここには、霊草が冬も花を開き枯れることなく、太古以来の神木がむらがりそだっている。

霊草・神木 不死の薬となる。

 

巖峻崒,金石崢嶸。

けわしい山岳が高々とそびえ、金や石の峰がさかしくそそり立っている。

巌峻 けわしくさかしい山。

 上の字は、山の高いこと、下の字は山の危うく高いこと。岩石の絶壁のある山頂のけわしい形容。
五重塔(2) 

班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478

班固《西都賦》(32) 魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 231 《桃源行》 王維 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3481 (12/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(32)122 文選 賦<1123218分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478 

 

 

(31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

 (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

 hinode0100

(31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

(32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

DCF00208 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

 

(下し文) (32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

 

(現代語訳)

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

漢長安図 

 

(訳注) (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

魂はうつろに度を失い、まわりまわった道をめぐって下へおりてくる。

怳怳 自失するさま。

 

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

高楼に登り遠くを望見するはもう懲りこりと思いとどまって、そこを降り処々をめぐり歩きして、先を急がず徘徊する。

周流・徬徨 めぐり、彷徨うがたちもってしまうの義。その場所を離れがたく思う表現に使う。

 

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

高い閣道の渡り廊下の中にふみこんで、ぐるぐるまがりまがると、さらに奥は深くなり暗くて日もささぬ。

甬道 楼閣の問をつなぐ複通(上と下との二重の廊下)。

縈紆 回曲する(『説文』)。

番探 はるかに深く、光がとどかぬさま。

 

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

そこで飛閣の屋根に張り出した小門をおしひらき上に出ると、あたかも天外をはるかに見わたすかのようで、すがるものとてなくて身は虚空にただようかのよう。

飛闥 高い飛園に設けた小門(李善注)、小さな出口。また飛関につき出た方形の木材(辞綜旺)ともいう。

洋洋 広がりの中にただようさま。

長安付近図00 


建章宮

武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属する。

 

建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。長安城の位置関係

班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473

班固《西都賦》(31) 建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 230  《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3476 (12/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《西都賦》(31)12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<1123118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473           

 杏の白花012

 

(31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

 (32)122

魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。

既懲懼於登望,降周流以徬徨。

步甬道以縈紆,又杳而不見陽。

排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

 

(31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

(32)122

魂怳【こんきゅう】怳【きゅう】として以て度を失い,迴塗【かいと】を巡りて下低す。

既に登望に懲懼【ちょうく】し,降りて周流して以て徬徨【ほうこう】す。

甬道【ようどう】を步して以て縈紆【えいう】し,又た杳【ようじょう】として陽を見ず。

飛闥【ひたつ】を【おしひら】いて上り出づれば,目を天表に遊ばしむる若く,依る無くして洋洋たるに似たり。

長安付近図00 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

 

(下し文) (31)121

神明 鬱として其れ特り起ち,遂に偃蹇【えんけん】して上躋【じょうせい】し。

雲雨を太半に軼【す】ぎ,虹霓【こうげい】棼楣【ふんびん】に迴帶【かいたい】す。

輕迅【けいじん】と僄狡【ひょうこう】と雖も,猶お【ろうち】して階【のぼ】ること能わず。

井幹【せいかん】を攀【よじ】って未だ半ならざるに,目 眴轉【げんてん】して意【こころ】迷い。

櫺檻【れいかん】を舍【す】てて卻【しりぞ】き倚り,顛【てん】墜つるが若くにして復た稽【とどま】る。

 

(現代語訳)

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

nat0017gif615 

(訳注) (31)12(建章宮の高楼)-1

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。

(建章宮の高楼)建章宮の神明台は、むくむくと身を起こして独りだちとなり、引き続き高々と上へ上へと高さ五十丈ものぼっていく。

神明 神明台の名。『漢書』の郊祀志に「其の南(建章宮の南)に玉堂・璧門・大鳥の属あり。神明台・井斡樓を立つ。(ともに)高さ五十丈(116m)、輦道相属なる」。顔師古の注に「神明台は上に九室あり、恒に九天道士百人を置く。井幹樓は木を積みて高くし、樓を為すこと井幹の形の若し。井幹とは、井上の本欄なり。其の形或は四角或は八角。西京の賦に『井幹畳りて百層』と云ふほ即ち此の楼なり」とある。井幹は木で方形に組んだ井げた。その形をなす楼閣。

 むくむくと高く興起るさま。

偃蹇 高く上へあがるさま。

 上になって行くこと。

 

軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。

三分の二ほどのところで雲雨を追い抜き、最上層の棟と梁のまわりには虹が帯のようにとりまいている。

 後より前に出る。

太半 三分の二ほど。あらかた。

虹霓 にじ。雄を虹雌を完という。

棼楣 二重屋根の棟梁。

 

雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。

たとえ身軽く早業のものや、すばしこいものであっても、これにはたじろいて見つめるばかりで、そこまで一気にのぼりつくことができない。

軽迅 身軽で早い。迅とは、ここかと思えばまたあちらというような意味。

僄狡 すばしこい。天性野生的にすばしこい。

 愕は、思いがけぬことに後すぎりしてたじろぐ。胎は、おどろいて両税すること。

 

攀井幹而未半,目眴轉而意迷。

井幹楼をよじのぼったら、まだ半分にも達しないのに、目はくらみ心は動転するほどだ。

 

舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。

手すりをはなしたら、後すざりしてよりかかろうとすれば、今にも転落しそうな気がして、またふみとどまる。

櫺檻 れんじの手すり。欄干。

倚・稽 絹者は、身を託する。後者は、留まる。

 

漢長安図 

建章宮

武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属する。

 

建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。

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班固《西都賦》(30) 建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる

 

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班孟堅(班固)《西都賦》(30)11-2 文選 賦<1123018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩984 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3468

 

 

(29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る閣道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

 

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

長安城の位置関係 

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

 

(下し文)

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

 

(現代語訳)

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

漢長安図 

 

(訳注) (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

その内側に風の方向を知るという別風闕の望楼があり、高きが上にも高く、壮麗きわまる美観を呈し、細工の巧をつくしてそそり立つ。

 建章宮の正門の内側。

別風 闕の名。城外にあり風の方向を識別するに都合がよいので建てた。高さ五十丈(『黄囲』)。

嶕嶢 高くさかしい。

眇麗 精巧で壮麗なさま。

 

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

千という門を設け、万という門扉を立て、夜と昼とにしたがって開閉する。

千門・万戸 「武帝建章宮を作り、度りて千門万戸を為り、前殿(正殿)は度りて未央宮より高くす」(『漢書』の郊祀志)。

陰陽 夜昼。

 

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

かくて建章宮の正殿は高大で層を重ねて構築され、その高さは未央の宮殿を下に見おろすほどである。

 

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

四つの殿堂があり、駘盪殿を通り抜け馺娑殿より出て、殿をつきぬけると天梁殿に達する。

駘盪・馺娑 建章宮内の殿堂。次項も同じ。馺娑は「馬の行くことの疾い貌。馬行迅疾。一日の間宮中を遍くす。宮中の大なるを言ふ」(『三輔黄図』原注)。駘盪は「春時景物駘蕩として宮中に満つるなり」(同上)。殿堂の名称の意味を記す。

・天梁 前者は「木の名。宮中美木茂盛なり」(同上)。名は「梁木大に至る。宮の高きを言ふなり」。

 

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

殿堂を覆う屋根は、はね上がる飛簷の軒であるので、宮殿の美しい輝きが、外の日光に反射して逆光となり、宮室にさしこみ照りはえる。

蓋戴 覆う。

日景 日光。太陽の光に反射して逆光となり室内にさしこむ(呂延濟の注)。

長安付近図00 

 建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

 

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

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(班固)《西都賦》(29)(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る閣道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 (30)11-2

則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。

張千門而立萬,順陰陽以開闔。

爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。

經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。

上反宇以蓋戴,激日景而納光。

 

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

には則ち別風、嶕嶢【しょうぎょう】にして,眇麗【みょうれい】巧にして聳【そび】え擢【ぬきん】でる。

千門を張りて萬立ち,陰陽に順って以て開闔【かいこう】す。

爾して乃ち正殿、崔嵬【さいかい】として,層構し、厥【そ】の高きこと,未央に臨む。

駘盪【たいとう】を經て馺娑【きゅうさ】を出で,詣【えいけい】に洞【とお】りて以て天梁に與【およ】ぶ。

反宇【はんう】上げて以て蓋戴【がいたい】し,日景【にっけい】を激して光を納【い】る。

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

輦路經營,脩除飛閣。

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

道而超西墉,建章而連外屬。

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

 

(下し文)

周廬 千列し,徼道【きょうどう】綺錯【きさく】す。

輦路【れんろ】經營,脩除【しゅうじょ】飛閣あり。

未央より桂宮に連なり,北のかた明光を彌【わた】りて長樂に亙【わた】る。

道【とうどう】を凌いで西墉【せいよう】を超え,建章に【おなじゅう】して連外に屬【つづ】く。

璧門と鳳闕【ふうけつ】を設【もう】け,上は觚稜【こりょう】して金爵【きんじゃく】を棲ましむ

 

 

(現代語訳)

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

 

 漢長安図

(訳注) (29)11-1

周廬千列,徼道綺錯。

(閣道と建章宮) 未央宮の周囲は、衛卒の宿直の詰所が幾重にも列をつくり、巡視の道路が迷路のように入りまじる。

周廬 末央官をとりまく宿直の屯所。郎中などの居るところを署といい、衛卒の居るところを臆という。

徼道 見まわりの夜の別なく巡視する。中尉の官の職とするところで、京師全体を巡察して盗賊にそなえた。武帝の時中尉の名を改めて執金吾という(百官公卿表)。

綺錯 は、縦横だけでなく斜めもあり、迷走して入り乱れる。

・建章宮 秦始皇帝の上林苑のほか,咸陽の離宮で渭水の水を引いて池を作り蓬萊山(ほうらいさん)を築いているのは人工的な築山(つきやま)の先駆である。前漢武帝は上林苑を拡張し,建章宮では太液池(たいえきち)中に東海神山をかたどった築山を作った。茂陵の袁広漢の造園は石の築山,砂の洲浜を備え,珍奇な禽獣や樹木を集め,多くの建築を配したもので,すでに山水,花木と建築を組み合わせる中国庭園の原型がうかがえる。

・未央宮:中国,漢の長安城内南西隅にあった宮城。前漢の高祖7(200)より丞相の蕭何(しようか)が中心となって築き,恵帝から平帝までの皇帝が常居とした。東闕,北闕,前殿をはじめ宣室殿,温室殿,清涼殿など多数の殿閣,武庫,太倉等があったと伝える。王莽(おうもう)のとき廃され,後漢末に修復,前趙,西魏,唐にも修復された。遺跡は陝西省西安市北西郊にあり,宮牆はおよそ東西2300m,南北2000m,前殿基壇は約南北200m,東西100mの規模をもつ。

 

輦路經營,脩除飛閣。

輦車の通る間道は、まっすぐな通路となる所もあれば、弧を画く通路となるところもあり、長く伸びた閣道と高々と架けわたした飛閣とが続く。

 天子の輦が通る路。高く架けた閣道になっている。閣道は上下二重の廊下であり、複道ともいう。

経営 「直行を経となし、周行を營となす」(「魏郡の賦」の張銑注)。直線的にのびたり、由線的に湾曲したりして閣道が続くさま。

 情は長い。除は、徐すなわち塗(みち)。

飛閣 高く弧を画いてかけ相のようになっている閣道。「城中を小なりとし乃ち(末央)宮の西のかた城池を跨ぎて飛閣を作り、建章宮に通じ、輦道を構へ以て上下す。」(『三輔黄図』)

 

自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。

閣道は末央宮から桂宮につらなり、北は明光殿に至り、そこから東の長楽宮にわたってゆく。

桂官・明光 末央官の北にある殿の名。前者は武帝の造営。周園十金箱ぺその中に後者の明光殿がある。「金玉珠城(円い玉と四角な玉)もて旅箔(折だ)を為(い)り、処処に明月の珠、金の陛(賢)、玉階あり、昼夜光明なり」 (『三秦記』)。

彌 終わるの意あり。向こうまでつらぬきとおる。

亙 おしかけてわたる。

長楽 宮殿の名。もと秦の興楽官。漢はこれを大きくする。楼台や五つの御殿があった。

高祖は未央官を朝廷の集会に使い、平素は東の長楽宮に居る。その後太后が住み、恵帝から平帝までは未央宮に居た。宣帝の時鳳凰がとまったという(『三輔黄図』)。

 

道而超西墉,建章而連外屬。

坂道を越えて登り西のかたの城郭を飛びこえ、建章官と合体してから宮外に続く。

 越える。

 坂

西墉 西の垣、城郭。

 「同」の意。

連外属 版本によっては「連属」とあるが、「外」は衍字であるが意味として、宮外に続く。

 

設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。

璧門という建章宮の正門と鳳闕という望楼とを設け、屋眼は隅を高くそりあげて、金色の鳳凰が据えられている。

璧門之鳳闘 「之」は「興」と同じ。壁門と鳳闕。前者は建章宮の正門。三層で高さ二十余丈、階陛はみな玉で、楼の橡(たるき)に璧玉をはめて飾ってあったという(漢の武帝故事)。後者はその正門の東にあり、高さ二十余丈、その上に鳳凰か飾ってあった。

觚稜 弧は、觚は、柧と同じ。四角の木材の角。四阿作りの宮殿の四方(二重屋根の場合は八方)の屋根の角を上へそらせてあること。また屋の最も高い所とも考えられる。

金爵 爵は雀。銅製の鳳凰で、金をかぶせてある。

長安城の位置関係 



建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

 

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

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班固《西都賦》(28) 礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

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班孟堅(班固)《西都賦》(28)10-3 文選 賦<1122818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩982 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3458

函谷関長安地図座標005 

 

10-1

左右庭中,朝堂百寮之位。

(朝廷の百官) 未央宮の広庭の朝堂に左右して、百官の座がある。

蕭曹魏邴,謀謨乎其上。

高祖の宰相蕭何・曹参や、宣帝の宰相魏相・邴吉などは、その堂上で国事の方針を決めた。

佐命則垂統,輔翼則成化。

高祖受命の大業を手伝っては皇統を永く子孫に伝え、宣帝をたすけては太平の世とする。

流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。

そして大漢の仁政を天下にはどこし、亡秦の虐政の毒害を一掃した。

故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。

だから西都の人々は太平楽に合わせて和累の声を揚げ、「画一の歌」まで作ることとなったのだ。

10-2

功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。

功業徳行ともに祖宗の先帝を顕彰し、その恩沢は、しもじもの民草にまでおよんだ。

又有天祿石渠,典籍之府。

さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。

命夫惇誨故老,名儒師傅。

かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、

講論乎六蓺,稽合乎同異。

六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。

又有承明金馬,著作之庭。

また承明盧・金馬門という著作の官署がある。

大雅宏達,於茲為群。

すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

10-3

元元本本,殫見洽聞。

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

發篇章,校理秘文。

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

陛戟百重,各有典司。

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

 漢長安図

 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10-3

元元本本,殫見洽聞。

發篇章,校理秘文。

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

陛戟百重,各有典司。

 

(下し文) 10-3

元【はじめ】を元【もと】め、本を本【もと】める,殫【ことごと】く見て洽【あまね】く聞く。

篇章を【けいはつし】,秘文を校理【こうり】す

【めぐら】すに鉤陳【こうちん】のてし,衛るに嚴更の署を以てす。

禮官の甲科を總【す】べ,百郡の廉孝【れんこう】を群める。

虎賁【こほん】贅衣【ぜいい】,閹尹【えんいん】閽寺【こんじ】とす

陛戟【へいげい】百重【ひゃくちょう】,各【おのお】の典司【つかさ】

 

(現代語訳)

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

 

(訳注) 10-3

元元本本,殫見洽聞。

根源、典籍の板木にさかのぼり、もれなく見聞して、

元元本本 元は源、本は根。典籍の板木。

 

發篇章,校理秘文。

文章の意義を明らかにし、秘蔵の文献を校定整理する。

發 啓発:人が気づかずにいるところを教え示して、より高い認識・理解に導くこと。。

 

周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。

星座鉤陳の六つの星が紫微官を守る位置にあるように、未央官の周囲には、夜警の官署を置いて護衛する。

鉤陳之位 紫微官を守る六つの星の位置。この天の星座を地上の未央宮とこの周囲の護衛の官署になぞらえる。

嚴更 夜警番。夜に鼓をうつのを監督して行う。夜を五更に分割して一刻とし、一刻ごとにうつ。更とは時の経過すること。肢史の署は、郎(近侍の官)の宿衛の役所。末央宮内にある。

 

總禮官之甲科,群百郡之廉孝。

礼官の試験の甲科に合格し郎中となった者をここにあつめ、また群国から推挙された廉直、孝行の士をよせあつめる。

礼官之甲科 礼官とは奉常(太常ともいう)。甲科とは甲乙丙の科があり、礼官が甲科で合格させた者の意。官吏登用試験にこの三科があり、漢の平帝では甲科四十人を郎中とした(『漢書』儒林伝)。採用試験の方法は、射策といって、題意を策に書き、問題の大小により甲科、乙科などと記し、これをかくしておいて受験生に選ばせ、解釈させる。その優劣を判定する。甲科の及第者は郎中となり禁衛の職に当たる。右の蕭望之は丞相までなった人であるが、最初はこの甲科に合格、門侯(時刻により門の開閉をつかさどる門衛)に補せられた。

廉孝 孝廉と同じ。押韻の関係で適にする。「元光元年、冬十一月初めて那因をして孝と廉と各一人を挙げしむ」(武帝紀)とあるが、孝廉一つにした場合もある(李注義疏)。これも禁衛の職に当たる。

 

虎賁贅衣,閹尹閽寺。

さらに虎賁の武土、近臣、宦官の長、門衛、中臣たちがおり、

虎賁 古の勇士。転じて一般の勇士、武士。

贅衣 綴衣ともいい、惟優に近い近臣をさすらしい。

閹尹 官官の長。

閽寺 閽人と寺人。刑余の門衛と君側の後宮をつかさどる小臣、宦官。

 

陛戟百重,各有典司。

きざはしの下に戟戈を手にし、十重列、二十重列と整列して守護し、そのおのおのには監督の司が設けられている。

陛戟 きざはしをはさんで、戟戈をもち侍立する武官。
長安城の位置関係 botan00

班孟堅(班固)《西都賦》(27)#10-2 文選 賦<112―27>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩981 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3453

班固《西都賦》(27) さて未央宮の西は、天疎開・石渠閣という典籍を所蔵する書庫がある。かの一意専心指南する古老、名儒、師、傳に命じて、六芸を講論させ、諸説の同異を比較検討させる。また承明盧・金馬門という著作の官署がある。すぐれた文学者や博学達識の学者が、ここには群れをなしている。

 

2013年12月17日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《西都賦》(27)#10-2 文選 賦<112―27>18分割55回 Ⅱ李白に影