漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2014年02月

張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

張衡《西京賦》(17) 後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

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張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

 

 

#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 

漢宮 未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

 (下し文)

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

カンナ113 

(現代語訳)

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。
長安城漢唐 

(訳注) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

火齊 玫瑰と【ばいかい】ともいう。紫色で光りかがやき、軽く雲母に似る。「西都の賦」に見える。

絡 いく重にもからませてまとうこと。

 

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

懸黎 美玉の壁で夜光の壁と同じように光るから、夜光を流すとした。

随珠 随侯の玉。随侯は周の姫姓の諸侯、大蛇の傷を治療した礼に大珠を口にふくんできた。

 

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

 

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

琳碧 ともに美石、ただし琳を美玉と緑の美石。

 玉に似た美石。

 上に同じ。

璘彬 玉の光色が文(瑚)をなしいろいろ入りまじるさま(醇注)。

 

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

珍物 珍は宝、宝玉。

羅生 段々にそれからそれへと列をなしてならび、玉の形と色とが現れ出ること。

崑崙「西北の美なる者に、崑崙の璆(きゅう)琳、琅、玕あり」(『爾雅』釈地)。また「崑崙に、珠樹、文玉樹、玗琪樹、琅玕樹あり」(『山海経』の海内西経)。『山海経』 は樹木の名称なるも玉や美石の名産地として崑崙山は目された。

 

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

裁 体制、つくり方。「其の裁制、事事至尊より狭小なりと雖も、其靡麗の好みは乃つて之に過ぐ」。
漢長安図02 

張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813

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張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813

 

 

#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【tsくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 漢宮未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

故其館室次舍,采飾纖縟。

裛以藻繡,文以朱綠。

 

(下し文) #7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】,

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 に顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

(現代語訳)

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 

漢長安図02

(訳注)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

昭陽・飛翔・增成・合驩・蘭林・披香・鳳皇・鴛鸞  後宮内の八つの御殿の名称。すべて宮城内にある。このうち鳳皇殿と駕鸞殿とは未央殿の東にある。前者は宣帝の時上林苑に鳳凰がとまったという瑞兆にちなんで建てた(『漢書』郊祀志)。その他、通光殿というのもあった(『三輔黄図』)。

 

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

 

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

羣 あつめる。

嗟 声を出して感嘆するためいき。

 後をふりかえり見る。「車中内顧せず」(『論語』の郷党)。

観 観(み)る。物を見てその実体を確かめる意あり。

 

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

次舎 休暇を過ごす屋舎。『周礼』の天官に「宮伯は八次八舎を授く」の鄭玄注に「次とは其の宿衛の在る所、舎とは其の休沐の処」とある。休沐は休暇をとり休養すること。次の建物は宮中、舎は宮中の外にある。ここは後宮について『周礼』と同様な次舎の制があったことをいう。

采飾 五彩。五色の飾り。

纖縟 細密で手がこんでいるさま。

 

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 包む。

藻繡, 「楹桷(柱とたるき)に藻草(もぐさ)を彫り、文(かざ)るに朱縁を以てす」(傳毅の七激)。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808

張衡)《西京賦》(15) 殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。


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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-2 《太子張舍人遺織成褥段―#2》 ふたたび成都 杜甫<667-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3810 杜甫詩1000-667-#2-956/1500775
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808

(末央宮の内外)

 

 

#6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #6

有常侍謁者,奉命當御。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

徼道外周,千廬附。

衛尉八屯,警夜巡晝。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

 

(下し文)

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

 

(現代語訳)

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

漢宮未央宮

(訳注) #6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

常侍 官官でなく士大夫で、宮中に侍る中常侍をいう。

謁者 賓客を導く儀式を掌る(同上)。常侍とともに宮殿内の内官。

御 進む。天子の命をうけて衣服、飲食、就床などの世話をすることを一語で御という。

 

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

蘭台 宮中の宮中書庫の名。御史中丞が掌る。後に蘭台令史をおき、図書や文書の校定をさせる。

金馬 金馬門のこと。未央宮にあり、待命官の居るところ。武庫が大宛の馬の銅像をこの署(役所)の門に立てた。警護の士がここに居る。

玄武門 

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

天祿石渠 天祿は典籍を蔵する閣で、未央殿の北に在り(余蕭客の『文選紀聞』というが、『水経』の渭水注では東に在りとする。漢初蕭何これを造る。その下に石で組んだ人工の川があるから名づく。

虎威章溝 ともに警衛の詰所となる役所の名。その位置は明らかではない。虎威は勇猛の意をとる。「蜀都の賦」にもこの名あり。白虎の絵のある門の役所であるところから名づけた。章溝は長安に御溝(渠より小さい人工の川)があり、楊溝というのが章溝に当たるかという説ある。

厳更 夜間の時刻を厳にする意でその役所。

 

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

徼道 巡視の通路。

千廬 千は数の多いこと。は衛士の宿舎。殿内に密接して、殿外に外向きに立つ。

 

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

衛尉 宮殿の門内に役所あり衛士と屯兵とを掌る。丞(輔佐)一人。属官には、国事、散召を掌る公車司馬(官車で召された人を送迎また宮中を夜間巡視する宮殿の司馬門の役所を掌る武官)、衛士(宿衛の士)、旅蕡三令丞(戎と盾とをもち王車を護衛する三人の令、長と丞、衛士三人の丞)、また諸屯の衛候(見張役)、司馬二十二人(宮殿の外門を総称して司馬門といいまた単に司馬ともいう。その近衛兵)。

八屯 未央宮殿の外四方、四角に兵の屯所が八つある。東南南北の各二屯ずつある。「衛供、司馬は衛士をつかさどり宿衛を巡する。面ごとに各々二司馬あり」八屯は衛尉の管轄。

 

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 柱。ここは樹立の意。

鎩・𤟢 前者は両刃の剣に𤟢はほこ。長い矛。後者は盾。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

張衡《西京賦》(14) 未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。


2014年2月25日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

 

杏の花01 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。
若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(下し文) (14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く。

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

 

(現代語訳)

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

漢長安図02 

(訳注) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

環 繞る。宮殿、台閣が未央殿を北極星に見たてて、これを取り巻く星のように建物がならんでいること。「西都の賦」にも「煥として列宿の紫宮を走れ環れるが若し」とある。

極 北極星。

叛 煥の意。火光が四方を大いに照らすさま。光芒四方に輝いて光りきらめく。

赫戯 炎の盛んなさま。

煇煌 光りかがやいて鮮明なこと。煇は輝く、煌は明らかの意あり。

 

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

路寝 表御殿、周の制度の呼び名、漢では正殿という。

朝 朝見する。朝見して政事を謀る。その場所が正殿の庭に設けられ、正殿に近い方を内朝といい、遠い方を外朝という。羣辟 王侯、公卿、大夫、士を指す。辟とは土地を所有するものの通称。

 

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

大夏 夏は厦と書く。大屋、屋根のひさしが四方にはり出た建物。

耽耽 奥深いさま。ここは奥行きの深いさま。

九戸 明堂は九室あるから、正殿もその通りとすると九室がある。戸びらは九戸。九重、九戸は漢の制度。。

闢 開と同じ。

 

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

積 盛んに茂るさま、多いさま。

 

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 高大なさま。高門は皐門、皐は高の意。正殿から最も遠い門で、その門の左右に金人が並ぶ。

 夷の服装をした銅像の金人。『史記』の秦本紀に始皇帝が天下の兵器をつぶして金人十二を作る。各々重さ千斤という。漢もこの鋼人を長楽官の大夏殿前に置いた(『三輔旧事』)というが、この賦では未央官に置いたことになる。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

張衡《西京賦》(13)(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

 

 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

麒麟朱鳥,龍興含章,

 

(下し文) (13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 嶫【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し。

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

 

(現代語訳)

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

漢長安図02 

 

(訳注) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

朝堂 天子が政事を議する御殿。東に面する。日の出で朝礼。前殿、宣室、温室殿、清涼殿、麒麟殿、金華殿、承明殿、掖庭宮、椒房殿、高門殿、金馬門などのさまざま建物があった。諸侯や大臣と朝会を開く場所である前殿は龍首山の丘陵を利用して建てられており、長安の城壁より高い位置にあった。

温調 殿の名。末央殿の北にある。温室(『三輔黄図』)に当たる。

延 陳【つらな】る。

 

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

玉臺 未央殿の西にある。台とは四方をながめられるよう、土を方形に積む、また上に建てた建物、高殿、台閣などをいう。ここは天帝のすむ所を王台といい、玉で台をつくるといわれる(『楚辞』王逸の九思篇の注)。大玉堂、小玉堂あり(『三輔黄図』)というが、この台を指すか。

昆徳 殿の名。未央殿の西にある。漢の時の建物。

 

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

嵯峨 高峻なさま。

 は山がつらなるさま、は山の高いさま。ここは建物の群を抜く高さをいう。

所則 手本とするもの。

 

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

長年神仙、宣室玉堂 四つとも殿の名。「西都の賦」に見える。『三輔黄図』に見えるものは、宜室(政教を布く室)、玉堂のみ。未央殿の東にあり。

 

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

麒麟朱鳥龍興含章 四つとも殿の名。
長安城漢唐

張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

張衡《西京賦》(12) 楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。


2014年2月23日の紀頌之5つのブログ
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)  (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(下し文)(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり。

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり。

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

 

(現代語訳)

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

漢長安図02 

 

(訳注) (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

坻崿 塩は宮殿の基礎、『広雅』に「除」(階段)の意あり。未央宮は龍首山にあれば、その宮殿に至るまで階段がある。崿は隆起するさま。

鱗眴 宮殿に至る段々が上へ高々と並んでいるさま。

 棧は高いさま。は歯の露出するさま。高々と歯をむきだしているような形をいう。

 高峻なさま。

 

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

襄岸 嚢は高の意。岸はここは殿階。

夷塗 平らかな路。

脩路陖險 慨は長い。峻は山勢が直立する。のぼる。

 

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

重門 層をなす門。

 襲は重ねる。厳重に固める。

 二字意同じ。悪徒。分けると内に在るを姦、外に在るをという。

 

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

福 同じ。

 

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

洪鐘 大鐘。

 三十斤をという(『説苑』弁物篇)。

猛虞 猛は怒るさま。虞は鐘かけ台のたてはしらの柎(うてな)。神獣の猛獣をここに刻んで装飾とする。『漢書』の郊祀志には羽のある銅人もある。また『後漢書』には、鹿頭龍身の神獣の銅製がある。大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台が作ってある。

 

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

筍 鐘をかける横木。

業 板、鐘をかける横木をおおう飾り板。

長安城漢唐 函谷関長安地図座標005

張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

張衡《西京賦》(11)  水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 


2014年2月22日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

(宮殿の造営)

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

 (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

 

(下し文) (11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり。

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり。

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける。

 

(現代語訳)

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

蔕 蓮の茎をならべる。

倒茄 さかさの蓮の垂。

藻井 水草模様を画く組天井。水草は火をさけるというので描く。

紅葩 紅い花びら。

狎獵 重なり接する。

 

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

華榱 装飾模様の桷(方形)。

璧璫 玉壁で飾る木頭。

景曜 日の光。

韡曄 かがやくさま。

 

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

雕楹 彫刻琢磨した柱。

 柱の下のいしずえが玉になっているもの。

繡栭 えぎぬを施した斗拱。

 雲気紋のはり。

 

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

三階 未央宮の南面に、三だんになった階がある。「西都の賦」に「重軒三階」とある。

重軒 重なった軒(てすり)。

鏤檻 彫刻した欄干。

 はたるきのほしにさしわたした横木。瓦をうける。

 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

右平左 平は化粧瓦などで平らかにする。乗車用。城は階段をなすきざはし。人道用。

青瑣 青色で、宮門の戸にくさり模様を画いたものをいう。『漢書』に「赤堀青墳」(元后伝)とある。顔師古の注に「刻して環文を為りて青く之を塗る」とある。

 丹の漆で塗った階前の庭。宮殿の階上の、朱で土地を赤ぬりこめた庭。

 

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

刊層堂 刊は削る。層は重なった地層。堂は高いところ。

切 砌、敷き瓦の階段。

 山の端のがけ。二字同義。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

張衡《西京賦》(10)(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。


2014年2月21日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集」 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(1)温庭筠の詩目次
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

玄武門 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける


(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

 

(下し文)

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり。

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

 

(現代語訳)

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注)(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

乃 すなわち。「爾」とあるテクストもある。

覧 見てみとるの意。

跨 越える。公平にみてもまさる。

 

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

百堵 一丈を板、五枚を堵という。板は城壁の高さの単位。

側陋 せまい。側も陋の意。『詩経』の小雅に「室を築くこと百堵、その戸を西南にす」(斯干)と、周の宣王の宮室をうたう。ここは“それもなおせまし”とすること。

九筵 筵は竹製の敷物。周代堂の広さと長さの単位、『周礼』考工記「周人の明堂は九尺の筵を度とす。東西九筵、南北七筵、堂の崇(たかさ)一筵」とある。

追脅 土地のせまいこと。なお原文は明宝の建築を述べたもの。1956年漢の長安城の南郊に当たる所に、明堂の遺跡が発見された。『漢書』平帝紀に「安漢公(玉奔)、明堂、辟雍を立てんことを奏す」(元始三年)。武帝も明宝を泰山の麓に作る(郊祀志下)。

 

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

紫宮 紫微宮、星の名、天帝の居所。これをとって未央宮の別名とす。

嶢闕 高い門観。

閶闔 天の紫宮の門。

 

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

龍首 山名。西京の北。これを切り開いて蕭何が未央官を建てた(『水経注』渭水注)。

巍峩以岌 巍峩は高大、高峻のさま。岌は衆山を抜いて高く高壮なこと。

 

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

亙 相去ることの遠いこと。先の見えないところまで梁がわたしてあること。

雄虹 五色で彩る朱の梁、色彩鮮明の色を雄、くろい色を雌という。

結棼橑 二重屋根の棟木と榱とがかみ合う。

長安城漢唐 

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張平子(張衡)《西京賦》(9)#3-2 文選 賦<114―(9)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1046 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3778

 

 

(8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(下し文) (9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや?

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん!

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

(現代語訳)

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

長安城漢唐

(訳注) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天衢 ここは帝都洛陽。

 高祖の故郷を豊という。その地の社。社にこのにれの木あり。豊の東北にあり。

 

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

不滔 不謟と同じ。一定不変。

疇 誰と同じ。

喩易の意。かわる。

 

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

径輪・広袤 径は直径、輪は円周、広は東西、袤は南北。前者は地形を円形にし、後者は地形を方形にし、ともに面積をはかることである。輪は運るの意あり、袤はひろさの意。『周礼』に「九州の地、広輪の数」(大司徒)とある。

洫 広さ八尺、深さ八尺をいう(『周礼』)。

 

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

郭 城の外郭。

殊裁 異色ある作り方をすること。

八都 八方(邦)の都。

度 尺度。
扶風雍州長安003 

張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773

張衡《西京賦》(8)(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。


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張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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(8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

婁敬委輅,幹非其議,

天啓其心,人惎之謀,

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

 

(下し文) (8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(現代語訳)

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

扶風雍州長安003 

(訳注) (8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

五緯 辰星、熒惑、太白、星、填星の五星。その星はそれぞれ木星・火星・金星・水星・土星に当たる。そして天を右にまわる。二十八宿は不動であるから経というに対し、これはまわるから緯という。

相汁 相叶(かな)う。

旅 つらなる。周が殷を討とうとした時、また斉の桓公が覇者となろうとした時、五星があっまった(『宋害』の天文志)。

東井 二十八宿の一。秦の分野にあたる。「西都の賦」参照。高祖受命の端数。

 

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

婁敬 戌卒の人名。

輅 車前の横木、これで車を引く。

幹 正す。非【そし】るに対す。

 

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

啓 教える。啓蒙。ひらく、「蒙」はくらいの意》人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと。

惎 教う。

 

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

意 こうであろうと見込む。

神祀 天地の神。

天邑 帝都長安。 
 

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(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

 

玄武門 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(下し文) (7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

錫【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に翦【つく】す。

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや?

 

 

(現代語訳)

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

漢長安図02 

(訳注) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

大帝説秦繆公 大帝は天帝。秦の繆公(穆公)は春秋時代の五覇の一人。説は悦ぶ。『史記』の趨世家に、穆公が病にたおれ七日間眠り続け、天帝を夢み、大いに楽しんだとある。五覇は諸説あって、斉の桓公(在位紀元前685 - 紀元前643年)、秦の穆公(在位紀元前659 - 紀元前621年)、宋の襄公(在位紀元前651 - 紀元前637年)、晋の文公(在位紀元前636 - 紀元前628年)、晋の襄公(在位紀元前628 - 紀元前621年)らをいう。

鈞天廣樂 鈞は大の意。廣も同じ。天上の音楽の美称。繆公が百神とこの音楽をたのしみ感動した説話がある。

 

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

金策 策は竹の札、天帝が金策に詔をしるしたものを下賜されたこと。

 

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

翦諸鶉首 翦は尽くすこと。鶉首は秦の分野に当たる星座の名。『漢書』の地理志に「井より柳に至るを、これを鶉首の次(星座)と謂ふ。秦の分野なり。故に関中はこれを鶉居と謂ふ」。尽くすとほ井(星の名)より柳(同上)までのこらずの意。天の星座の分野と地の分野とは相応ずるとされた。古代中国天文学における天球分割法の一つで、天球を天の赤道帯にそって西から東に十二等分したもの。各次の名称は、星紀(せいき)・玄枵(げんきょう)・娵訾(しゅし)・降婁(こうろう)・大梁(たいりょう)・実沈(じっちん)・鶉首(じゅんしゅ)・鶉火(じゅんか)・鶉尾(じゅんび)・寿星(じゅせい)・大火(たいか)・析木(せきぼく)。戦国期以降に行われ、太陽・月・惑星の位置や運行を説明するための座標系として使用された。特に重要な用途が二つあり、第一は木星の十二次における位置で年を記すことであり、第二には、季節ごとの太陽の位置を十二次で示し、二十四節気の移動を説明することである。

 

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

 

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

四海同宅西秦 始皇帝に至り六国はすべて併合さる。穆公から四百年後のことである。

 唐長安城図00

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

張平子(張衡)《西京賦》(6) #2-3 文選 賦<114―(6)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1043 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3763

 

 

(4)#2-1

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

  漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢宮 建章宮00 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城漢唐 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

 

(下し文) (6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす,

日 北に至れども凍【こおり】を含み,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす。

爾【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

 

(現代語訳)

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 

(訳注) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

 後ろよりによる。拠は依と同じく、よりそう。

涇 陝西を東南に流れ高陵を通り洞水に合流する。関中随一の水利をもたらし、有名な鄭国渠あり、沃野を開き、秦の富国強兵のもととなる。陝西省中部の渭河(渭水)の支流,涇河ともいう。寧夏回族自治区と甘粛省の境界,六盤(りくばん)山系に発し,南東へ流れ,渭河盆地の中央付近で渭河と合流する。全長約450km。黄土高原をへるため土砂が多く水はにごり,〈涇渭〉として本流の澄んだ渭河と対比される。秦代に東方の洛河とを結ぶ鄭国渠(ていこくきよ)が開かれ,また,漢の武帝時代には渭河に直結する白渠も開削されるなど,早くから灌漑に利用されてきた。

 

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

澶漫靡迤 澶漫は平原の広大なさま。靡迤は高陵の起伏のつらなりきたり限りないさま。

作鎮 ここは長安近傍の鎮めの山となること。鋲は山の大なるものをいう。すなわち高陵(長安の東北に展開する丘陵)のこと。漢の左端朝に属する。前代の秦県。

 

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

九嘩甘泉 九は高陵の西北の山名、九峯の高い山。は山々が高くより集まるをいう。山高六百余丈といわれ甘泉山と並ぶ。「西都の賦」に「冠するに九を以てし、陪するに甘泉を以てす」とある。甘泉は高陵の西北、前者よりさらに西北にあり。甘泉がわくので山名とする。漢の武帝甘泉宮をここに作る。・九嵕 山名、『漢書』地理志に左清朝に属すとある。陳西省の西醒泉県(11の東北にそびえる。境は九峯が集まっている峯の意。(地図15)・甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。孟堅(班固)《西都賦》(14)5-3 文選 賦<1121418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388

陰転寒 は凝る。は閉じる。『左伝』昭公四年の語。「上林の賦」に「盛夏凍を含み地を裂く」とある。

九峻山00 

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

清暑『漢書』武五千伝に「時に上(武帝)疾(や)みて、薯を甘泉宵に遅く」。西漢の諸帝の多くはここを避暑地とす。五月に登り八月に長安に帰ったともいわれる。東漢はこの風衰う。

 

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 は地の平らかなこと。

神皐 神を迎える地域。広雅に皐は「局(界局の意)なり」とある。雍州は古来神域で、天地五帝の神の祠があり、これを祭る土地、これを畤(し)という。甘泉山はこれで有名。

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張衡《西京賦》(5) 長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

2014年2月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-31 《四松#2》 ふたたび成都 杜甫<671> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3760 杜甫詩1000-671-946/1500765
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 287 《遊城南十六首:出城》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3761 (02/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -16 採桑子一首  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-443-12-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3762
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

張平子(張衡)《西京賦》(5) #2-2 文選 賦<114―(5)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1042 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3758

(長安の地勢) 

 

 

(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。
高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

函谷関長安地図座標005 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

 

(下し文)

右には靴底の隈有り、華戒を隔て関り、岐梁田

葬、陳皆鳴難在り。前には則ち終南太二隆嘱崖輝、隠麟鬱律

たり。岡を濾家に連ね、杜を抱き郡を含み、浬を飲ひ鏑を吐く。

宴に藍出有りて、珍玉是より出づ。後には則ち高陵中原あ

り。潤に按り澤に据し、浪漫靡蓮として、近きに鎮作り。其の遠

きは則ち九峻甘泉有り。洞陰担寒にして、口北に至れども裸を

含む。此れ蔦に署を掃うす。爾して乃ち廣桁なる沃野あり。

豚の町は上の上、定に地の奥匠挿皐と馬す。昔老大帝秦の捲

公を悦んで之を観、饗するに釣天の廣架を以てす。帝酔ふ有

り。乃ち金策を為り、錫ふに此の土を用てし、諸を鶉首に裏

す。是の時や拉びに瞳園為る老六有り。然れども四海同じく

西秦に宅る。豊詭しからずや。

 杜甫乱前後の図001奉先

 

(現代語訳)

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 

(訳注) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

隴坻 坻は山の意。隴山、隴坂(坂は九廻すといわれる)、龍首ともいう。「論都の賦」も「隴坻之隘,隔閡華戎」という。北は沙漠、南は洴水、渭水が流れる。

隔閡 へだてふさぐ。

 

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

岐 山の名、陝西の西部にあり。

染 山の名、陝西の岐山の北。

洴 山の名、陝西の西北、洴水の源。

雍 山の名、陳西の鳳翔県の西、雍水の源。

陳宝 神の名(『史記』封禅書)。

鳴鶏 陳宝の神は雄鶏の形、鳴くと野鶏も鳴く。秦の文公(東周の時、穆公以前)が陳倉山で鶏に似た石を得てこれを祭ると、その神が東南から飛来し祠にとまる。それが陳宝の神であった(同上)。陳倉山は陳西の宝鶏県の東南。

終南山03 

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

終南太一 終南山は南山、秦嶺ともいう。長安の正面、渭水の南にあり。太一は終南山から秦嶺山脈中の一番高峰の太白山とする。「終南山は泰嶺山脈の全体の名と見ると、太一山はその山脈中の一山、武功県の太白山なりといぅ(『読史方輿紀要』)。陝西省南部を東西によこぎる断層山脈。平均標高20003000m,最高峰の太白山(3767m)をはじめ,《詩経》にみえる終南山(2604m),玉泉山(1291m)などの山峰がある。渭河と漢水の分水嶺をなし,北側は急峻な断層崖のため,古来,渭水盆地では〈南山〉と称し〈九州の名阻,天下の険峻〉とよんだ。

隆崛 高く特起する。

崔崒 山の高く大きいさま。

 

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

隠鱗 山の大いに重なり、きり立つさま。轔は嶙と音、義とも同じ。きりたつ形。

鬱律 山の深くてけわしいきま。

岡 山の育。

嶓冢 山名、快西の西境、嶓冢山脈中の山。

 

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

杜・鄠 県名。前者は長安の東南の杜陵の地。後者は長安の西南の地。

灃・鎬 ともに川の名。長安の西南にあり。前者は南山より発して渭水に流入し、後者は同じく発して昆明地、北の地に流入する(『三種読図』、『水経』)。「西都の賦」はは地名、川といわない。ここに川をいうのは、「沃野をうるおす」たくさんの池に流入することをいうためである(長安近郊図参照)。

 

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

藍田 山名、長安の東南、秦嶺の北。美玉の有名な産地。
九峻山00 

張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

張衡《西京賦》(4) (長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。


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張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

(長安の地勢) 

唐長安城図00 

 

(4)#2-1

(長安の地勢)
漢氏初都,在渭之涘,

漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

(6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。
 

函谷関長安地図座標005

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城皇城図 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (4)#2-1

漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

左有崤函重險、桃林之塞,

綴以二華,巨靈贔屓,

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

 

(下し文) (4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

 

(現代語訳)

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

終南山04

 

(訳注) (4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

渭 長安の北を流れる川の名。

 

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

為 謂と同じ。

咸陽 渭水の北。秦の孝公(六国時代)十二年ここに都す。繆公(穆公ともかく)死後二百六十一年のことである。

 

左有崤函重險、桃林之塞,

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

崤函 崤山と函谷山(関あり)。

桃林之塞 潼関より函谷関までをいう。

 

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

綴 潼関以西長安まで、その間を二華すなわち太華山(華陰県の南、西嶽といい、予州の山鎮)と少華山(華県、西嶽より八十里の地点)とが、つながっていること。

巨霊 巨神、川の神、古語に昔二つの華山が一つになっていた。黄河がそのためまっすぐ流れないので、河神が手で山をおし開き、足で麓をおし分けて河水を通した。その手足の跡がのこっているという。

贔屓 全力をふりしぼるさま。

 

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

河曲 河水の曲流。
華山000 

張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

張衡《西京賦》(3) この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

 

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

高祖都西而泰,光武處東而約,

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

政之興衰,恆由此作。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。

 

 (1)#1-1

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

 

(下し文) (3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

 

(現代語訳)

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。

長安城漢唐 

(訳注)(3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

雍 雍州で、陝西省の咸陽。地味のこえた地。

予 予州。ここは河南省を主とす。周の平王洛陽に都す。地味のやせた地(『尚書』南京)。

 

高祖都西而泰,光武處東而約,

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

 

政之興衰,恆由此作。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

 

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。
漢魏隋唐の洛陽城 

張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743

張衡《西京賦》(2) 肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。


2014年2月13日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-28 《草堂 #7》 ふたたび成都 杜甫<668> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3745 杜甫詩1000-668-943/1500 762
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 284 《遊城南十六首:贈張十八助教》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3746 (02/13)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -13 天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-440-12-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3747
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743


衡ちょう こう(78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。青年時代洛陽と長安に遊学し、太学で学んだ。永元十四年(102年)、張衡24歳の時,南陽郡守の幕僚(南陽郡主簿)となった。永初元年(107年)には、29歳で洛陽を描いた「東京賦」と長安を描いた「西京賦」を著した(これらを総称して「二京賦」という)。当初は南陽で下級官吏となった。永初五年(111年)、張衡34歳の時、京官の郎中として出仕した。元初三年(116年)張衡38歳の時、暦法機構の最高官職の太史令についた。建光二年(122年),公車馬令に出任した。永建三年から永和元年(128-136年)の間、再び太史令を勤めた。最後は尚書となった。

30歳くらいで、天文を学び始め、「霊憲」「霊憲図」「渾天儀図注」「算網論」を著した。彼は歴史と暦法の問題については一切妥協しなかった為、当時争議を起こした。順帝の時代の宦官政治に我慢できず、朝廷を辞し、河北に去った。南陽に戻り、138年に朝廷に招聘されたが、139年に死去した。文学作品としては他に、「帰田賦」、「四愁詩」、「同声歌」がある。

 

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

京兆地域図00 

(1)#1-1

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

長安城漢唐 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

小必有之,大亦宜然。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

化俗之本,有與推移。

 

(下し文)

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

 

(現代語訳)

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 

(訳注) (2) #1-2

西京賦

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

張平子 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。三輔、京師に遊び、五経・六芸に通じ、天文・歴算・陰陽などに詳しく、安帝・順帝に仕え尚書となる。西京、東京の二篇は永元年間に作られた。でき上がるまで十年を要した(『後漢書』本伝)。本伝に「永元中、天下承平日久しく、王公より以下移【おごり】をこえざるはなし。衡乃ち班固の両都に擬して二京の賦を作り、以て諷諌す。」とある。永元は和帝の年号。十五年間続く。この末年ごろにはできあがっていたか。孫文青氏の「張衡年譜」では安帝の永初元年、三十歳のころに完成したという。

 

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

逸 安らか、楽なさま。

労 苦しい、つらい。

 

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

驩 驩/歓【かん】ともに打ち解けて楽しむこと。よろこぶ。

褊 心が狭く性急な.

 

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

小・大 小市民。下々のもの。えらい人。

 

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

天地 陰陽の季節と地の沃瘠。肥沃(沃)であるか不毛な土地(瘠)から教育が向上すると低下する。

 

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

與推移 與は組になる。推移は移りかあり、転換する。
幻日環01 

張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738

張衡《西京賦》(1) (西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。その公子が安処先生に向かって口を開く。


2014年2月12日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-27 《草堂 #6》 ふたたび成都 杜甫<667> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3740 杜甫詩1000-667-942/1500 761
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 283 《遊城南十六首:贈同遊》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3741 (02/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -12 天仙子二首 其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-439-12-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3742
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738

 

 

衡ちょう こう(78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。青年時代洛陽と長安に遊学し、太学で学んだ。永元十四年(102年)、張衡24歳の時,南陽郡守の幕僚(南陽郡主簿)となった。永初元年(107年)には、29歳で洛陽を描いた「東京賦」と長安を描いた「西京賦」を著した(これらを総称して「二京賦」という)。当初は南陽で下級官吏となった。永初五年(111年)、張衡34歳の時、京官の郎中として出仕した。元初三年(116年)張衡38歳の時、暦法機構の最高官職の太史令についた。建光二年(122年),公車馬令に出任した。永建三年から永和元年(128-136年)の間、再び太史令を勤めた。最後は尚書となった。

30歳くらいで、天文を学び始め、「霊憲」「霊憲図」「渾天儀図注」「算網論」を著した。彼は歴史と暦法の問題については一切妥協しなかった為、当時争議を起こした。順帝の時代の宦官政治に我慢できず、朝廷を辞し、河北に去った。南陽に戻り、138年に朝廷に招聘されたが、139年に死去した。文学作品としては他に、「帰田賦」、「四愁詩」、「同声歌」がある。

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

小必有之,大亦宜然。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

化俗之本,有與推移。

(3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

長安付近図00 

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (1)#1-1

西京賦

  有憑虛公子者,心奓體忲,

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

言於安處先生曰:夫人在陽時則舒,

在陰時則慘,此牽乎天者也。

 

(下し文)

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

 

(現代語訳)

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

その公子が安処先生に向かって口を開く。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 

(訳注) (1)#1-1

西京賦

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

張平子 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。三輔、京師に遊び、五経・六芸に通じ、天文・歴算・陰陽などに詳しく、安帝・順帝に仕え尚書となる。西京、東京の二篇は永元年間に作られた。でき上がるまで十年を要した(『後漢書』本伝)。本伝に「永元中、天下承平日久しく、王公より以下移【おごり】をこえざるはなし。衡乃ち班固の両都に擬して二京の賦を作り、以て諷諌す。」とある。永元は和帝の年号。十五年間続く。この末年ごろにはできあがっていたか。孫文青氏の「張衡年譜」では安帝の永初元年、三十歳のころに完成したという。

 

有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

憑虚公子 薛綜の注に「憑は依託なり。虚は無なり。この公子有る無きなり」とある。無有公子と同じ。仮託の人物。なお「二京の賦」には薛綜(三国時代の呉の文人)の注がある。李善はその妥当なものを残したという。

体 行い。

 

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

旧史氏 太史。図典〔地凶経典)を掌り、古く三代の旧官の意。 『後漢書』の百官志によれは天時、星暦を掌るとある。図典の語は楊雄の劇秦美新の作にも見える。古記録の意。

 

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

安処先生 無有先生と同じ。いずこに処らんやの意。

 

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

陽時 春夏、陰時の秋冬に対す。

 快適、楽しい。

惨 憂う。悲しい。
長安城漢唐 

班孟堅(班固)《東都賦》(35)(白雉の詩) 文選 賦 賦<113―35>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1037kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3733 (35)(白雉の詩)

班固《東都賦》(35)古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。


2014年2月11日 の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《別趙子》#3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <950>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3734韓愈詩-245
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-26 《草堂 #5》 ふたたび成都 杜甫<666> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3735 杜甫詩1000-666-941/1500760
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 282 《遊城南十六首:風折花枝》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3736 (02/11)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(35)(白雉の詩) 文選 賦 賦<1133518分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1037kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3733 (35)(白雉の詩)

 


(31) 16

明堂詩

けがれなき、政教を明らかにされるところ、明堂の詩

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

猗歟緝熙,允懷多福。 

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

(靈臺の詩)

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。 

hinode0100(34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。 

白雉詩

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)
靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

嘉祥阜兮集皇都。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

(白雉【はくち】の詩)

靈篇【れいへん】を【ひら】きて瑞圖【ずいと】を披【ひら】き、白雉を獲て素烏【そう】を效す。

嘉祥 阜【ゆた】かにして皇都に集まる。

皓羽【こうう】を發し、翹英【ぎょうえい】を奮い、容は絜朗にして於【ああ】純精なり。

皇徳を彰すこと周成に侔【ひと】しく、永く延長して天慶を膺【う】けん。

幻日環01 

『東都賦、白雉詩』 現代語訳と訳註

(本文) (35) 20

白雉詩

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

嘉祥阜兮集皇都。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

 

(下し文) (35) 20

(白雉【はくち】の詩)

靈篇【れいへん】を【ひら】きて瑞圖【ずいと】を披【ひら】き、白雉を獲て素烏【そう】を效す。

祥 阜【ゆた】かにして皇都に集まる。

皓羽【こうう】をし、英【ぎょうえい】を奮い、容は絜朗にして於【ああ】純精なり。

皇徳を彰すこと周成に【ひと】しく、永く延長して天慶を【う】けん。

 

(現代語訳)

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)
古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

 

 

(訳注) (35) 20

白雉詩

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

霊篇 古くから伝えられる大切な河図洛書。

瑞園 めでたき図、もったいなくも瑞応図の類(『隋書』経籍志)。

白雉 永平十一年(68)、また蘆江の太守は澡湖から出た黄金の鼎を献上。この時麒麟、白雉、醴泉、嘉禾などが出た(『後漢書』明帝紀)。

效 献ず。

素烏 明帝には記録なく、章帝、元和二年の詔に白鳥あり。また李賢によれは班固集ではこれを「自雉素烏の歌」とすという。

 

嘉祥阜兮集皇都。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

嘉祥 めでたいしるし。瑞祥(ずいしょう)

 

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

英 長き羽、英は玉英(白玉の一種)。英とすべきを韻の関係で逆にする。

 

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

 周の成王。『韓詩外伝』に「成王の時、越裳氏白雉を周公に献ず」とある。

 助辞。語勢をのばし、歌のリズムを調え、もったいをつける。『説文』に「詩歌の余声なり」とある。
辟雍00 

班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<113―34>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728

班固《東都賦》(34)(寶鼎の詩)王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<113―34>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor12 -10 薄命女一首 其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-437-12-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3732
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<1133418分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。 

けがれなき、政教を明らかにされるところ、明堂の詩

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

(靈臺の詩)

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。 

(34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

辟雍00 

寶鼎詩』 現代語訳と訳註

(本文) (34) 19

寶鼎詩

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

 

(下し文) (34) 19

(寶鼎の詩)

嶽は貢を修め、川は珍をし、金景を吐いて浮雲をす。

賓鼎見れて色紛縕たり、として其れきて文をむる。

廟に登りて聖を享し、靈德を昭にして億年をらん。

 

(現代語訳)

(王雒山から出土の鼎の詩)

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

 

(訳注) (34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

宝鼎 明帝の永平六年(63)、蘆江(安徽省)の太守は王雒山から出土の鼎を献上(『東観漢紀』)。またその詔に「易に日く、鼎三公に象ると。豈公卿職を奉じてその理を得たるか。太常其れ約祭(夏の祭り)の日を以て、鼎を廟に陳ベ、以て器用に備へよ」とある。次に永平十一年(68)、また蘆江の太守は澡湖から出た黄金の鼎を献上。この時麒麟、白雉、醴泉、嘉禾などが出た(『後漢書』明帝紀)。春,二月,王雒山出寶鼎,獻之。夏,四月,甲子,詔曰:“祥瑞之降,以應有德;方今政化多僻,何以致茲!

 

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

嶽 鼎が出土した王雒山。

貢 貢は、鼎のみつぎもの。は、そなえる。

 致す。

吐 光をはなつ。

金景 黄金の光。

 カク。気を上へ吹き上げる。

 

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

 盛んで多いさま。

 火のもえる時、外に出る光を原義とす。

 火光。転じてきわだって明るくかがやく。

 

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

祖廟 光武帝の廟。

霊徳 世祖光武帝の徳。
漢宮 建章宮00 

班孟堅(班固)《東都賦》(33) 文選 賦 賦<113―33>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1035 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3723

班固《東都賦》(33) (靈臺の詩)そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。


2014年2月9日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《東都賦》(33) 文選 賦 賦<113―33>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1035 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3723
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《別趙子》#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <948>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3724韓愈詩-243
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(33) 文選 賦 賦<1133318分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1035 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3723

 

 

(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

(靈臺の詩)

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

辟雍00 

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

 

 

(下し文)

靈臺の詩

乃れ靈臺【れいだい】を経【いとな】みて、靈臺既に崇し。

帝 勤めて時に登り、爰【ここ】に休徴を考ふ。

三光 精を宣べ、五行 布き序【つい】づ。

習習たる祥風祁祁【きき】たる甘雨。

百穀 蓁蓁【しんしん】として、庶草 蕃廡【はんぶ】す。

屢【しばし】ば惟れ豊年、於【ああ】皇【おおい】に楽し。

 

(現代語訳)

(靈臺の詩)

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

hakubai01 

(訳注)

靈臺詩

詩經大雅文王之什靈臺. 毛詩序:《靈臺》「經始靈臺、經之營之。 庶民攻之、不日成之。 經始勿亟、庶民子來。」靈臺とは文王が密を討じて後に豊邑を作って、此の台を築いたのである。名称は人民が文王の死後、その仁徳に対し、その善霊の徳を仰いで、霊台と称した。

韻 前二聯と、次の三聯、すべて偶数句にあり換韻する。崇・は各々冬部、通韻。序・雨・は古音の魚部に属する。

 

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

経霊台 「霊台を経始し、之を経し之を営む」(『詩経』大雅、文王之什の霊台篇)。

既崇 前記詩篇の句に続いて「庶民之を攻(紬)め、日ならずして之を成す」とある。嵩は上へ高くするの意。

 

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

帝 明帝

勤 足しげく…するの意。

 

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

三光 日月星をいう。霊台は天文現象を見て、政治の善悪を正す。永平二年の詔に「霊台に登り、儀度を正す」(明帝紀、『東観漢記』など)。

宣精 光明。宣輪はくもりなく三つともかがやきわたることで、善政の吉兆。

五行 水火金木土(『尚書』洪範)。万物を生ずる五元素。この元素が始めて生じた順序に並ぶ。この順序がみだれないと、万物はそだち、太平の世となる。

 

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

習習 そよそよ吹く風。「習習たる谷風」(『詩経』邶風)。

祁祁 しずかなさま。風雨がおだやかだと、祥風甘雨が万物をそだてる。天文とも関係あり、たとえば「熒惑(星)順行は、廿雨の時」(『尚書』考霊耀)という。

 

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

蓁蓁蕃廡 前者は茂るで、しげるでものびていく。後者は繁るで広がりふえる。

 

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

 は辟薙詩の荏止の止と同じく、助詞の働きをする。用例「君子楽常す」(『詩経』)などと見える。
長安城漢唐 

班孟堅(班固)《東都賦》(32)(辟雍の詩) 文選 賦 賦<113―32>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1034 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3718

《東都賦》(32)(辟雍の詩)(天子が建てられた大学、辟雍の詩)天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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班孟堅(班固)《東都賦》(32)(辟雍の詩) 文選 賦 賦<1133218分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1034 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3718     (32)(辟雍の詩)

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

辟雍00 

 

『辟雍詩』 現代語訳と訳註

(本文)

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

 

(下し文)

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

 

 

(現代語訳)

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(訳注)(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

「辟雍」とは、古代中国の天子が建てた最高学府のこと。周代の礼法によると、「辟雍」は周囲に円形の池をめぐらせたという。

「辟雍」は、その故事に倣い、建物の周りをぐるりと円形の池が囲む。周代の礼法では、天子の建てる「辟雍」に対し、地方の諸侯が建てる大学の池は半円形で、「泮水」ないし「泮池」と称された。

 

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

流 浮かび上がる。

湯湯 水の盛んなさま。

 

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

蒞止 臨席する際の儀礼、作法にのっとったふるまい。莅()()とは。意味や日本語訳。到る,臨む,列席する.莅 lìlín[]《書》(一般に貴賓が)臨席する.句末に沿えるの語を助ける意味のない助詞。

 

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

皤皤 白髪のさま。

国老 三老五更。永平二年三月、明帝は群臣とともに国老を養い、大射の礼を行う(明帝紀)。

乃父乃兄 乃ほ意義なく、四吉のリズムをととのえる。『孝経』援神契という書に、「天子一二老に尊(兢)として事へ、五更に兄として事ふ」とある。

 

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなとあってはならない。

抑抑 慎密、注意深く細心。

友 兄弟仲のよいこと。

 

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

示我携行「我が周行を示す」(『詩経』小雅の鹿鳴篇)に基づく。周は至(徳の列位)、行は道なり。

 

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

永観厥成「永く厥の成を観る」(『詩経』周頌の有瞽篇)に基づく。
海棠花022 

班孟堅(班固)《東都賦》(31) 文選 賦 賦<113―31>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1033 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3713

班固《東都賦》(31) ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。


2014年2月7日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《東都賦》(31) 文選 賦 賦<1133118分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1033 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3713

 

 

(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

唐長安城図00 

『東都賦・明堂詩』 現代語訳と訳註

(本文) (31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

,允懷多福。

 

(下し文) (31) 16

明堂

於【ああ】昭かなるかな明堂、明堂孔【はなは】だ陽【あきら】かなり。

聖皇の宗祀、穆穆煌煌たり。

上帝宴饗し、五位時に序【つい】づ。

誰か其れ之に配する、世祖【せいそ】光武【こうぶ】。

普天率土、各【おのお】の其の職を以てす。

あ あ Lふき   まこと おは    さいはひ  きた

猗歟【ああ】緝熙【しゅうき】、允【まこと】に多くの福【さいわい】を懐す。

 

(現代語訳)

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

長安城漢唐 

(訳注) (31) 16

明堂詩

明堂 帝王がそこで政教を明らかにしたとされる建物。政治,儀礼,祭祀,教育といった,国家の重要な営みはすべてそこで行われたが,のちにそれらは朝廷,圜丘(えんきゆう)(天をまつる壇),宗廟(そうびよう),辟雍(へきよう)(学校)などに分化していったといわれる。《周礼(しゆらい)》や《礼記(らいき)》などの経書に記載されているが,その具体的な規模についてはよくわからず,古来より経学上の重要な争点の一つであった。

杏の花01 

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

昭 けがれのないこと。

陽 鮮明、さやけし。

 

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくしてう美しく立派なこととされる。

宗祀【そうし】 最も大切なものとしてまつること。

穆穆 威儀の多いさま。敬度なすがた。

煌煌 皇皇と同じ。美しく立派なこと。

 

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

上帝 天上にあって万物を主宰する者。天の神。天帝。また、地上の主宰者である天子。

宴饗 宴会を催して人をもてなすこと。宴饗楽のことで天地山川の神をまつる郊祀楽,儀礼をおこなう。宴饗の雅楽の起源は太古の祭祀と結びついた歌舞にあるが,雅楽という観念は,春秋時代(8~前5世紀)に孔子が雅声(雅正の楽)と鄭声(娯楽的で人の耳をよろこばす鄭国や衛国の楽)を区別し,儒教の礼楽として雅声を尊重したことに始まる。戦国時代(5~前3世紀)には祖先をまつる廟祭楽,天地山川の神をまつる郊祀楽,儀礼宴饗の宴饗楽があり,文武の舞が行われた。舞人ははじめ4人であったが,戦国時代末には12人の六佾の舞が現れた。

五位 五行思想・陰陽思想の五方の神、天神の最高の神を大言いい、それに仕える神を五帝(蒼帝・赤帝・黄帝・白帝・黒帝)とす。これを中央、四方に配当し、五方の神とす。(『漢書』郊祀志)。

 

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

世祖 永平二年、「光武皇帝を明堂に宗祀し、帝及び公卿列侯は始めて冠冕、衣裳、玉佩、絢縷を服し以て事を行ふ。礼畢りて、雲台に登り、…詔して日く、今令月吉日、光武皇帝を明堂に宗和し、以て五帝に配せよと」。賦の原文も異民族来貢のことにふれるが、この時来朝したのは百蠻、濊貊。「咸く来りて祭を助く」とある。

 

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

普天率土 「普天の下、王土に非ざるなし。率土の浜、王臣に非ざるなし」(『詩経』小雅の北山篇)。・普天:大地をあまねくおおっている広大な天。また、天がおおう限りの地。全世界。天下。率土の浜【そっとのひん】陸地と海との接する果て。また、国土。 -

各以其職 「四海の中、各々其の職を以て来りて祭を助く」(『孝経』の聖治章)。

 

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

緝熙 光の明るいさま。徳があり広く知れわたることのたとえ。

允懐 「ここに多福を懐【きた】す」(『詩経』大雅の大明篇)。懐は来す。
漢宮 建章宮00

班孟堅(班固)《東都賦》(30)#15(五篇の詩について) 文選 賦 賦<113―30>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1032 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3708

班固《東都賦》(30)(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。


2014年2月6日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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班孟堅(班固)《東都賦》(30)#15(五篇の詩について) 文選 賦 賦<1133018分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1032 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3708

 

 

(30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

賓既卒業,乃稱曰:

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

小子狂簡,不知所裁。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

でも正しい道理を拝聞したからには、終身この詩を請えさせていただきましょう。」。その詞は次のとおり。

 

(30)#15(五篇の詩について)

主人の辭 未だ終わざるに,西都の賓 矍然【かくぜん】容を失う。

逡巡して階を降り,然【てんぜん】として意下り,手を捧げて辭せんと欲す。

主人曰く:「位に復せよ,今 將に子に授くるに五篇の詩を以てせんとす。」と。

賓 既に業を卒し,乃ち稱して曰く:

「美【よ】いかな斯の詩かな!義 楊雄よりも正しく,事 相如よりも實なり。

唯だ主人の學を好むのみに匪らず,蓋【けだ】し乃ち斯の時に遭遇せり。

小子【わたくし】狂簡【きょうかん】にして,裁する所を知らず。

既に正道を聞けり,請う 身を終るまで之を誦せん。」と。其の詩に曰く。

辟雍00 

 

『東都賦』(30) 現代語訳と訳註

(本文) (30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」

賓既卒業,乃稱曰:

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

小子狂簡,不知所裁。

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

 

(下し文) (30)#15(五篇の詩について)

主人の辭 未だ終わざるに,西都の賓 矍然【かくぜん】容を失う。

逡巡して階を降り,然【てんぜん】として意下り,手を捧げて辭せんと欲す。

主人曰く:「位に復せよ,今 將に子に授くるに五篇の詩を以てせんとす。」と。

賓 既に業を卒し,乃ち稱して曰く:

「美【よ】いかな斯の詩かな!義 楊雄よりも正しく,事 相如よりも實なり。

唯だ主人の學を好むのみに匪らず,蓋【けだ】し乃ち斯の時に遭遇せり。

小子【わたくし】狂簡【きょうかん】にして,裁する所を知らず。

既に正道を聞けり,請う 身を終るまで之を誦せん。」と。其の詩に曰く。

 

(現代語訳)

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

でも正しい道理を拝聞したからには、終身この詩を請えさせていただきましょう。」。その詞は次のとおり。

 

(訳注) (30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

矍然 驚いてみつめるさま。

失容 面目を失う。「矍然として容を易う」(東方朔の非有先生論)。東方朔:前154ころ~前93ころ]中国、前漢の文人。平原厭次(山東省)の人。字(あざな)は曼倩(まんせい)。武帝に仕えたが、巧みなユーモアと奇行により道化的存在だった。西王母の桃を盗んで食べ長寿を得たという伝説がある。著「答客難」「非有先生論」など。 謡曲。才能がありながら発揮しないのは不忠だと咎められるものとする。

 

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

逡巡 決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

慄然 恐濯するさま。

意下 へりくだる。謙遜なさまになること。

 

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

授 教える。

 

賓既卒業,乃稱曰:

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

業 伝授の意。

 

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

義 道理。

楊雄 字は子雲。前漠の学者で賦家。成帝の時、宮廷に召され賦を作る。「甘泉の駅」、「長梅の賦」、「羽猟の拭」(以上『文選』にあり)その他諸作あり三二駅とも成帝の馨修を風刺する。同郷(四川)の司馬相如ほその先輩。後に王葬に仕えた。班園と文学観を異にするについては「余説」を見よ。簡単にいえは、楊雄の説は奪修といい、倹約といい、相対的なものという。別間は倹約こそが道理であるという。

柏如 西漢武帝の時の文奉じその「子鹿、上林の賦」(貢選』)は、班国によれは、豪華で軽薄、人を興奮させるだけのものだと見る。それに対し自作の詩賦を質実とする。

 

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

遭遇乎斯時 束漠の御代にめぐりあったことというのは、揚雄は西漠の衰える時、相如ほ西漢の盛んな時であるが、物質的膨脹時代である。そこに欠けたものは、道徳と文化である。賓客が「斯の時」というのは、この二つが調和した秩序ある時代という意味である。

 

小子狂簡,不知所裁。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

 

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

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班孟堅(班固)《東都賦》(29)#14(東都漢の美点)-4 文選 賦 賦<113―29>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1031 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3703

班固《東都賦》(29)遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-20 《閬山歌》 蜀中転々 杜甫 <660>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3705 杜甫詩1000-660-935/1500754
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 276 《遊城南十六首:賽神》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3706 (02/05)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固)《東都賦》(29)#14(東都漢の美点)-4 文選 賦 賦<1132918分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1031 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3703

 

 

(26) 14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

寒花004 

 

『東都賦』(29) 現代語訳と訳註

(本文) (29)#14(東都漢の美点)-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(下し文)

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

(現代語訳)

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

長安城漢唐 

(訳注) (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

游俠踰侈 李白、王維、杜甫がそれぞれ、長安五陵での『少年行』詩に貴公子のふるまいをのべている。

 

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

翼翼 慎むさま。

済済 威儀あること。

 

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

阿房 長安の西北上林苑中に築く。前殿を阿房宮という。東西五百歩。南北五十丈。閣道をめぐらし、宮殿より南山に至り、南山を関門に見たて、また渭水をわたり咸陽の都に至る複道があり、天の星座に象った(『史記』)。「天に造る」はその壮大な建築の比喩であり、これを借りて西都の法外な奢侈を風刺している。

 

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

函谷 河南省にあり、絶壁をなし要害の地。山東方面の防衛地点じ

無外 天下を包容する。「王者には外無し」(『公羊伝』倍公二十四年)。光武帝は山東の援助により天下を取る。右の原文にある地名、建物、その他すでに「西都の賦」に注したものは省く。

辟雍00 

班孟堅(班固)《東都賦》(28)#14(東都漢の美点)-3 文選 賦 賦<113―28>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1030 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3698

班固《東都賦》(28) 霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。


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班孟堅(班固)《東都賦》(28)#14(東都漢の美点)-3 文選 賦 賦<1132818分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1030 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3698

漢宮 建章宮00

 

(26) 14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

建章甘泉,館御列仙。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

孰與靈臺明堂,統和天人?

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

太液昆明,鳥獸之囿。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

曷若辟雍海流,道德之富?

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

長安城漢唐 

『東都賦』(27) 現代語訳と訳註

(本文) (27)#14(東都漢の美点)-3

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

 

 

(下し文)(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

 

(現代語訳)

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 

 (訳注)(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

四瀆 四つの河川。長江、黄河、淮河、済河の四大河水。瀆は大きな溝の意。

五嶽 陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北 の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市)、嵩山(中嶽;1,440m河南省鄭州市登封市)、泰山(東嶽;1,545m山東省泰安市泰山区)、衡山(南嶽;1,298m湖南省衡陽市衡山県)、恒山(北嶽;2,016,m山西省大同市渾源県)とともに五嶽の一つにかぞえられ、中国大陸の西方をつかさどる山の神とされている。

泝洛 黄河へ西から東へ注ぐ洛水に、逆流して淵をつくる。

図書 河図洛書、河図は黄河、洛書は洛水から出た。

 

建章甘泉,館御列仙。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

●建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。

 

乃有靈宮起乎其中。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

皇宮 甘泉山に甘泉宮、益寿、延寿の土館、通天台を作り、洞を設け神仙を招き、そのため官室を増築した。通天台は高さ三十丈、長安奴が見えた(「漢旧儀」⊇一輔黄図』)。秦漢 甘泉宮は秦の二世皇帝胡亥の営造、一名雲陽官また林光宮ともいった。漢は武帝の建元年間に増築し、宮殿の周囲十余里から十九里に拡大した(『三輔黄図〇。それで秦漢という。

 

秦漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,於是乎存焉。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

所極観 観は、壮麗ながめ、つまり宮殿をいう。

淵雲 漢の王子淵(王褒)と揚子雲(揚雄)。前者は皇帝の時「甘泉の頒」を作り、後者は成帝の時「甘泉の賦」を作る(『文選』所載)。揚雄 《甘泉賦 序》 文選  詩<107>Ⅱ李白に影響を与えた詩854 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2818

揚雄 《甘泉賦》 文選 賦<108-(2)#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩855 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2823

 

孰與靈臺明堂,統和天人?

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

 

太液昆明,鳥獸之囿。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

 

曷若辟雍海流,道德之富?

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

辟雍海流 宮廷の大学「辟雍」は四方を水に囲まれ、橋があって通路となる。
辟雍00 

班孟堅(班固)《東都賦》(27)#14(東都漢の美点)-2 文選 賦 賦<113―27>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1029 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3693

班固《東都賦》(27)『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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潮州刺史謝上表》(10)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <942>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3694韓愈詩-242-(10)
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 274 《人日城南登高》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3696 (02/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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班孟堅(班固)《東都賦》(27)#14(東都漢の美点)-2 文選 賦 賦<1132718分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1029 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3693

 

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

長安付近図00 

 

『東都賦』(27) 現代語訳と訳註

(本文) (27)#14(東都漢の美点)-2

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

 

 

(下し文)(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

 

(現代語訳)

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

カンナ223 

(訳注) (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

溫故知新 『論語、為政』昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること。ふるきをたずねて新しきを知る。

知徳 「子曰、由、知徳者鮮矣。」(子曰わく、由【ゆう】よ、徳を知る者は鮮【すく】なしかな。」(『論語』衛霊公)。原文はこれを借り漢の徳とする。

 

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

西戎 西夷。西方の異民族と長安は近接していた。

 

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

土中 国土の中央。洛陽が天下の中心であることを力説する措辞。

 

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固)《東都賦》(26)#14(東都漢の美点)-1 文選 賦 賦<113―26>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1028 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3688

班固《東都賦》(26)ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。


2014年2月2日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 273 《符讀書城南》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3691 (02/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -2 小重山二首其二 和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-429-12-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3692
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(26)#14(東都漢の美点)-1 文選 賦 賦<1132618分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1028 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3688

 

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

『東都賦』(26) 現代語訳と訳註

(本文) (26)#14(東都漢の美点)-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

 

(下し文)(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

 

(現代語訳)

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 

(訳注)

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

虞夏之書 「尚書(書経)』のこと。虞書、史書で始まる。書経または尚書は、政治史・政教を記した中国最古の歴史書。堯舜から夏・殷・周の帝王の言行録を整理した演説集である。また一部、春秋時代の諸侯のものもあり、秦の穆公のものまで扱われている。甲骨文・金文と関連性が見られ、その原型は周初の史官の記録にあると考えられている。儒教では孔子が編纂したとし、重要な経典である五経のひとつに挙げられている。時代順に並べられ、虞書・夏書・商書・周書に分けられる。

殷周之詩 『詩経』のこと。商(段)、周の詩で代表させる、五経の一つ。孔子以来,儒家の経典とされた。諸国の民謡を集めた〈風〉,宮廷の音楽〈雅〉,宗廟の祭祀の楽歌〈頌〉の三部分から成る。〈風〉は,〈国風〉とも呼ばれ,周南・召南・邶・鄘・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・豳の15160編,〈雅〉は,小雅74編・大雅31編,〈頌〉は,周頌31編・魯頌4編・商頌5編を収める。風は,結婚,恋愛,狩猟,建築,労働,出征,農事など当時の人民の生活の各方面を題材に,愛の喜び,死者への哀悼,肉親への思い,搾取者への憎悪,時間の推移への恐れ,時代の悪さへの悲嘆など,さまざまの感情を率直にうたう。

 

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

羲文之易 五経の一。経文と解説書である「十翼」をあわせて一二編。陰と陽を六つずつ組み合わせた六十四卦(け)によって自然と人生との変化の法則を説く。「十翼」は,これに儒家的な倫理や宇宙観を加えて解説してある。古来,伏羲(ふつき)氏が卦を画し,周の文王が卦辞を,周公が爻辞(こうじ)を,孔子が「十翼」をつくったといわれるが根拠はない。

春秋 孔子の作という。春秋時代の魯の歴史書。五経の一。魯(山東省)の史官の遺した記録に孔子が加筆し、自らの思想を託したといわれる。魯の隠公元年(前722)から哀公14年(前481)までの12公、242年間の編年体の記録。のちに、孔子が加筆した意図を解釈し、あるいはその記事を補うために公羊伝・穀梁伝・左氏伝の春秋三伝が作られた。

 

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

古今之清濁 清は聖人。濁は賢者。

 

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

舊典 四書、五経など儒者の尊重する経典のこと。 四書:《論語》《孟子》《大学》《中庸》の総称。五経:儒教の経典として最も尊重される五つの経書。「易経」「詩経」「書経」「礼記(らいき)」「春秋」。

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班孟堅(班固)《東都賦》(25) 文選 賦 賦<113―25>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1027 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3683

班固《東都賦》(25) 師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。


2014年2月1日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(8)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <940>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3684韓愈詩-242-(8)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-9-1 《別唐十五誡因寄禮部賈侍郎》 蜀中転々 杜甫 <659-1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3685 杜甫詩1000-659-1-931/1500753-1 4分割
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 272 《嘲魯連子》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3686 (02/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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班孟堅(班固)《東都賦》(25) 文選 賦 賦<1132518分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1027 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3683

 

 

(24) 13-1

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。

(百官の役割) さて百官のもろ人は、過去の過失を清め、面目を一新し、天子のけがれなき明徳に範を仰いで光明正大、卓越した知徳に導かれる。

形神寂漠,耳目弗營。

身心は不安動揺もなく平静、耳目は外物にまどわされぬ。

嗜欲之源滅,廉恥之心生。

財貨富貴をたしなむ欲も消えていき、廉恥の心が生まれる。

莫不優游而自得,玉潤而金聲。

誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。

是以四海以,學校如林,庠序盈門。

されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。

 (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

下舞上歌,蹈德詠仁。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。

 

(24) #13

是に於いて百姓 瑕【きず】を滌【すす】ぎ穢【けがれ】を盪【とろ】かして,至清に鏡む。

形神 寂漠として,耳目 營わず。

嗜欲【しよく】の源 滅【き】え,廉恥【れんち】の心生ず。

優游【ゆうゆう】して自得し,玉のごとく潤うて金のごとく聲ならざるは莫し。

是を以て四海の以,學校 林の如く,庠序【しょうじょ】門に盈つ。

(25) 

獻酬【けんしゅう】交錯し,俎豆【そとう】莘莘【しんしん】たり。

下に舞い 上に歌う,德を蹈【ふ】み仁を詠ず。

登降 飫宴【ようえん】の禮 既に畢【おわ】り,因って相い與【とも】に玄德を嗟歎【さたん】し,讜言【とうげん】【こうぜい】す。

咸【ことごと】く和を含みて氣を吐き,頌して曰く:盛んなる哉 斯の世!」と。

hinode0100 

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

下舞上歌,蹈德詠仁。

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

 

(下し文) (26) 

獻酬【けんしゅう】交錯し,俎豆【そとう】莘莘【しんしん】たり。

下に舞い 上に歌う,德を蹈【ふ】み仁を詠ず。

登降 飫宴【ようえん】の禮 既に畢【おわ】り,因って相い與【とも】に玄德を嗟歎【さたん】し,讜言【とうげん】【こうぜい】す。

咸【ことごと】く和を含みて氣を吐き,頌して曰く:盛んなる哉 斯の世!」と。

 

(現代語訳)

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

(訳注) (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

献酬 先ず主人が賓客に酒を酌むを献、賓客が主人にそれをかえすを酢、主人が飲んでまた賓客に酒を酌むを献、主人

にそれをかえすを酢、主人がまた飲んで賓客に酌むを酬という。

交錯 東西を交、ななめを錯という。

俎豆 祭礼饗燕に犠牲をのせる俎と椒黍を盛る高杯。中国の祭器の名。俎と豆。俎はいけにえの肉をのせるまないた、豆は菜を盛るたかつき。転じて、礼法。

莘莘 衆多のさま。

 

下舞上歌,蹈德詠仁。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

下舞上歌 『礼記』の郊特性に 「歌ふ者上に在り、砲(用)竹下に在るは、人声を貴ぶなり」(鞄は笠と竿)。

 

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

登降 上り下りる。

飫宴 立食を飫、坐食を宴という。履のまま堂に升り食するのが立食、す足で坐るを坐食という。酒宴の儀礼。

玄徳 奥の深い徳、高徳。

讜言 美言のこと。

弘説 大いに弁舌で説きふせる。

 

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

含和 和は親愛の情があること。

吐気 ここは快心の声をあげること。

頌 美徳をたたえる文辞をのべる。
漢魏隋唐の洛陽城 唐長安城図

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