漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2014年02月

張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

張衡《西京賦》(17) 後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

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張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

 

 

#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 

漢宮 未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

 (下し文)

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

カンナ113 

(現代語訳)

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。
長安城漢唐 

(訳注) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

火齊 玫瑰と【ばいかい】ともいう。紫色で光りかがやき、軽く雲母に似る。「西都の賦」に見える。

絡 いく重にもからませてまとうこと。

 

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

懸黎 美玉の壁で夜光の壁と同じように光るから、夜光を流すとした。

随珠 随侯の玉。随侯は周の姫姓の諸侯、大蛇の傷を治療した礼に大珠を口にふくんできた。

 

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

 

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

琳碧 ともに美石、ただし琳を美玉と緑の美石。

 玉に似た美石。

 上に同じ。

璘彬 玉の光色が文(瑚)をなしいろいろ入りまじるさま(醇注)。

 

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

珍物 珍は宝、宝玉。

羅生 段々にそれからそれへと列をなしてならび、玉の形と色とが現れ出ること。

崑崙「西北の美なる者に、崑崙の璆(きゅう)琳、琅、玕あり」(『爾雅』釈地)。また「崑崙に、珠樹、文玉樹、玗琪樹、琅玕樹あり」(『山海経』の海内西経)。『山海経』 は樹木の名称なるも玉や美石の名産地として崑崙山は目された。

 

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

裁 体制、つくり方。「其の裁制、事事至尊より狭小なりと雖も、其靡麗の好みは乃つて之に過ぐ」。
漢長安図02 

張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813

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張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813

 

 

#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【tsくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 漢宮未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

故其館室次舍,采飾纖縟。

裛以藻繡,文以朱綠。

 

(下し文) #7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】,

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 に顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

(現代語訳)

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 

漢長安図02

(訳注)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

昭陽・飛翔・增成・合驩・蘭林・披香・鳳皇・鴛鸞  後宮内の八つの御殿の名称。すべて宮城内にある。このうち鳳皇殿と駕鸞殿とは未央殿の東にある。前者は宣帝の時上林苑に鳳凰がとまったという瑞兆にちなんで建てた(『漢書』郊祀志)。その他、通光殿というのもあった(『三輔黄図』)。

 

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

 

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

羣 あつめる。

嗟 声を出して感嘆するためいき。

 後をふりかえり見る。「車中内顧せず」(『論語』の郷党)。

観 観(み)る。物を見てその実体を確かめる意あり。

 

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

次舎 休暇を過ごす屋舎。『周礼』の天官に「宮伯は八次八舎を授く」の鄭玄注に「次とは其の宿衛の在る所、舎とは其の休沐の処」とある。休沐は休暇をとり休養すること。次の建物は宮中、舎は宮中の外にある。ここは後宮について『周礼』と同様な次舎の制があったことをいう。

采飾 五彩。五色の飾り。

纖縟 細密で手がこんでいるさま。

 

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 包む。

藻繡, 「楹桷(柱とたるき)に藻草(もぐさ)を彫り、文(かざ)るに朱縁を以てす」(傳毅の七激)。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808

張衡)《西京賦》(15) 殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。


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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-2 《太子張舍人遺織成褥段―#2》 ふたたび成都 杜甫<667-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3810 杜甫詩1000-667-#2-956/1500775
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808

(末央宮の内外)

 

 

#6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #6

有常侍謁者,奉命當御。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

徼道外周,千廬附。

衛尉八屯,警夜巡晝。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

 

(下し文)

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

 

(現代語訳)

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

漢宮未央宮

(訳注) #6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

常侍 官官でなく士大夫で、宮中に侍る中常侍をいう。

謁者 賓客を導く儀式を掌る(同上)。常侍とともに宮殿内の内官。

御 進む。天子の命をうけて衣服、飲食、就床などの世話をすることを一語で御という。

 

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

蘭台 宮中の宮中書庫の名。御史中丞が掌る。後に蘭台令史をおき、図書や文書の校定をさせる。

金馬 金馬門のこと。未央宮にあり、待命官の居るところ。武庫が大宛の馬の銅像をこの署(役所)の門に立てた。警護の士がここに居る。

玄武門 

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

天祿石渠 天祿は典籍を蔵する閣で、未央殿の北に在り(余蕭客の『文選紀聞』というが、『水経』の渭水注では東に在りとする。漢初蕭何これを造る。その下に石で組んだ人工の川があるから名づく。

虎威章溝 ともに警衛の詰所となる役所の名。その位置は明らかではない。虎威は勇猛の意をとる。「蜀都の賦」にもこの名あり。白虎の絵のある門の役所であるところから名づけた。章溝は長安に御溝(渠より小さい人工の川)があり、楊溝というのが章溝に当たるかという説ある。

厳更 夜間の時刻を厳にする意でその役所。

 

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

徼道 巡視の通路。

千廬 千は数の多いこと。は衛士の宿舎。殿内に密接して、殿外に外向きに立つ。

 

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

衛尉 宮殿の門内に役所あり衛士と屯兵とを掌る。丞(輔佐)一人。属官には、国事、散召を掌る公車司馬(官車で召された人を送迎また宮中を夜間巡視する宮殿の司馬門の役所を掌る武官)、衛士(宿衛の士)、旅蕡三令丞(戎と盾とをもち王車を護衛する三人の令、長と丞、衛士三人の丞)、また諸屯の衛候(見張役)、司馬二十二人(宮殿の外門を総称して司馬門といいまた単に司馬ともいう。その近衛兵)。

八屯 未央宮殿の外四方、四角に兵の屯所が八つある。東南南北の各二屯ずつある。「衛供、司馬は衛士をつかさどり宿衛を巡する。面ごとに各々二司馬あり」八屯は衛尉の管轄。

 

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 柱。ここは樹立の意。

鎩・𤟢 前者は両刃の剣に𤟢はほこ。長い矛。後者は盾。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

張衡《西京賦》(14) 未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。


2014年2月25日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

 

杏の花01 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。
若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(下し文) (14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く。

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

 

(現代語訳)

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

漢長安図02 

(訳注) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

環 繞る。宮殿、台閣が未央殿を北極星に見たてて、これを取り巻く星のように建物がならんでいること。「西都の賦」にも「煥として列宿の紫宮を走れ環れるが若し」とある。

極 北極星。

叛 煥の意。火光が四方を大いに照らすさま。光芒四方に輝いて光りきらめく。

赫戯 炎の盛んなさま。

煇煌 光りかがやいて鮮明なこと。煇は輝く、煌は明らかの意あり。

 

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

路寝 表御殿、周の制度の呼び名、漢では正殿という。

朝 朝見する。朝見して政事を謀る。その場所が正殿の庭に設けられ、正殿に近い方を内朝といい、遠い方を外朝という。羣辟 王侯、公卿、大夫、士を指す。辟とは土地を所有するものの通称。

 

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

大夏 夏は厦と書く。大屋、屋根のひさしが四方にはり出た建物。

耽耽 奥深いさま。ここは奥行きの深いさま。

九戸 明堂は九室あるから、正殿もその通りとすると九室がある。戸びらは九戸。九重、九戸は漢の制度。。

闢 開と同じ。

 

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

積 盛んに茂るさま、多いさま。

 

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 高大なさま。高門は皐門、皐は高の意。正殿から最も遠い門で、その門の左右に金人が並ぶ。

 夷の服装をした銅像の金人。『史記』の秦本紀に始皇帝が天下の兵器をつぶして金人十二を作る。各々重さ千斤という。漢もこの鋼人を長楽官の大夏殿前に置いた(『三輔旧事』)というが、この賦では未央官に置いたことになる。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

張衡《西京賦》(13)(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

 

 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

麒麟朱鳥,龍興含章,

 

(下し文) (13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 嶫【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し。

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

 

(現代語訳)

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

漢長安図02 

 

(訳注) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

朝堂 天子が政事を議する御殿。東に面する。日の出で朝礼。前殿、宣室、温室殿、清涼殿、麒麟殿、金華殿、承明殿、掖庭宮、椒房殿、高門殿、金馬門などのさまざま建物があった。諸侯や大臣と朝会を開く場所である前殿は龍首山の丘陵を利用して建てられており、長安の城壁より高い位置にあった。

温調 殿の名。末央殿の北にある。温室(『三輔黄図』)に当たる。

延 陳【つらな】る。

 

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

玉臺 未央殿の西にある。台とは四方をながめられるよう、土を方形に積む、また上に建てた建物、高殿、台閣などをいう。ここは天帝のすむ所を王台といい、玉で台をつくるといわれる(『楚辞』王逸の九思篇の注)。大玉堂、小玉堂あり(『三輔黄図』)というが、この台を指すか。

昆徳 殿の名。未央殿の西にある。漢の時の建物。

 

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

嵯峨 高峻なさま。

 は山がつらなるさま、は山の高いさま。ここは建物の群を抜く高さをいう。

所則 手本とするもの。

 

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

長年神仙、宣室玉堂 四つとも殿の名。「西都の賦」に見える。『三輔黄図』に見えるものは、宜室(政教を布く室)、玉堂のみ。未央殿の東にあり。

 

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

麒麟朱鳥龍興含章 四つとも殿の名。
長安城漢唐

張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

張衡《西京賦》(12) 楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。


2014年2月23日の紀頌之5つのブログ
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)  (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(下し文)(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり。

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり。

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

 

(現代語訳)

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

漢長安図02 

 

(訳注) (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

坻崿 塩は宮殿の基礎、『広雅』に「除」(階段)の意あり。未央宮は龍首山にあれば、その宮殿に至るまで階段がある。崿は隆起するさま。

鱗眴 宮殿に至る段々が上へ高々と並んでいるさま。

 棧は高いさま。は歯の露出するさま。高々と歯をむきだしているような形をいう。

 高峻なさま。

 

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

襄岸 嚢は高の意。岸はここは殿階。

夷塗 平らかな路。

脩路陖險 慨は長い。峻は山勢が直立する。のぼる。

 

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

重門 層をなす門。

 襲は重ねる。厳重に固める。

 二字意同じ。悪徒。分けると内に在るを姦、外に在るをという。

 

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

福 同じ。

 

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

洪鐘 大鐘。

 三十斤をという(『説苑』弁物篇)。

猛虞 猛は怒るさま。虞は鐘かけ台のたてはしらの柎(うてな)。神獣の猛獣をここに刻んで装飾とする。『漢書』の郊祀志には羽のある銅人もある。また『後漢書』には、鹿頭龍身の神獣の銅製がある。大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台が作ってある。

 

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

筍 鐘をかける横木。

業 板、鐘をかける横木をおおう飾り板。

長安城漢唐 函谷関長安地図座標005

張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

張衡《西京賦》(11)  水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 


2014年2月22日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

(宮殿の造営)

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

 (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

 

(下し文) (11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり。

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり。

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける。

 

(現代語訳)

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

蔕 蓮の茎をならべる。

倒茄 さかさの蓮の垂。

藻井 水草模様を画く組天井。水草は火をさけるというので描く。

紅葩 紅い花びら。

狎獵 重なり接する。

 

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

華榱 装飾模様の桷(方形)。

璧璫 玉壁で飾る木頭。

景曜 日の光。

韡曄 かがやくさま。

 

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

雕楹 彫刻琢磨した柱。

 柱の下のいしずえが玉になっているもの。

繡栭 えぎぬを施した斗拱。

 雲気紋のはり。

 

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

三階 未央宮の南面に、三だんになった階がある。「西都の賦」に「重軒三階」とある。

重軒 重なった軒(てすり)。

鏤檻 彫刻した欄干。

 はたるきのほしにさしわたした横木。瓦をうける。

 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

右平左 平は化粧瓦などで平らかにする。乗車用。城は階段をなすきざはし。人道用。

青瑣 青色で、宮門の戸にくさり模様を画いたものをいう。『漢書』に「赤堀青墳」(元后伝)とある。顔師古の注に「刻して環文を為りて青く之を塗る」とある。

 丹の漆で塗った階前の庭。宮殿の階上の、朱で土地を赤ぬりこめた庭。

 

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

刊層堂 刊は削る。層は重なった地層。堂は高いところ。

切 砌、敷き瓦の階段。

 山の端のがけ。二字同義。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

張衡《西京賦》(10)(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。


2014年2月21日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集」 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(1)温庭筠の詩目次
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

玄武門 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける


(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

 

(下し文)

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり。

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

 

(現代語訳)

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注)(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

乃 すなわち。「爾」とあるテクストもある。

覧 見てみとるの意。

跨 越える。公平にみてもまさる。

 

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

百堵 一丈を板、五枚を堵という。板は城壁の高さの単位。

側陋 せまい。側も陋の意。『詩経』の小雅に「室を築くこと百堵、その戸を西南にす」(斯干)と、周の宣王の宮室をうたう。ここは“それもなおせまし”とすること。

九筵 筵は竹製の敷物。周代堂の広さと長さの単位、『周礼』考工記「周人の明堂は九尺の筵を度とす。東西九筵、南北七筵、堂の崇(たかさ)一筵」とある。

追脅 土地のせまいこと。なお原文は明宝の建築を述べたもの。1956年漢の長安城の南郊に当たる所に、明堂の遺跡が発見された。『漢書』平帝紀に「安漢公(玉奔)、明堂、辟雍を立てんことを奏す」(元始三年)。武帝も明宝を泰山の麓に作る(郊祀志下)。

 

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

紫宮 紫微宮、星の名、天帝の居所。これをとって未央宮の別名とす。

嶢闕 高い門観。

閶闔 天の紫宮の門。

 

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

龍首 山名。西京の北。これを切り開いて蕭何が未央官を建てた(『水経注』渭水注)。

巍峩以岌 巍峩は高大、高峻のさま。岌は衆山を抜いて高く高壮なこと。

 

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

亙 相去ることの遠いこと。先の見えないところまで梁がわたしてあること。

雄虹 五色で彩る朱の梁、色彩鮮明の色を雄、くろい色を雌という。

結棼橑 二重屋根の棟木と榱とがかみ合う。

長安城漢唐 

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張平子(張衡)《西京賦》(9)#3-2 文選 賦<114―(9)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1046 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3778

 

 

(8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(下し文) (9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや?

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん!

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

(現代語訳)

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

長安城漢唐

(訳注) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天衢 ここは帝都洛陽。

 高祖の故郷を豊という。その地の社。社にこのにれの木あり。豊の東北にあり。

 

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

不滔 不謟と同じ。一定不変。

疇 誰と同じ。

喩易の意。かわる。

 

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

径輪・広袤 径は直径、輪は円周、広は東西、袤は南北。前者は地形を円形にし、後者は地形を方形にし、ともに面積をはかることである。輪は運るの意あり、袤はひろさの意。『周礼』に「九州の地、広輪の数」(大司徒)とある。

洫 広さ八尺、深さ八尺をいう(『周礼』)。

 

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

郭 城の外郭。

殊裁 異色ある作り方をすること。

八都 八方(邦)の都。

度 尺度。
扶風雍州長安003 

張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773

張衡《西京賦》(8)(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。


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張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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(8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

婁敬委輅,幹非其議,

天啓其心,人惎之謀,

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

 

(下し文) (8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(現代語訳)

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

扶風雍州長安003 

(訳注) (8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

五緯 辰星、熒惑、太白、星、填星の五星。その星はそれぞれ木星・火星・金星・水星・土星に当たる。そして天を右にまわる。二十八宿は不動であるから経というに対し、これはまわるから緯という。

相汁 相叶(かな)う。

旅 つらなる。周が殷を討とうとした時、また斉の桓公が覇者となろうとした時、五星があっまった(『宋害』の天文志)。

東井 二十八宿の一。秦の分野にあたる。「西都の賦」参照。高祖受命の端数。

 

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

婁敬 戌卒の人名。

輅 車前の横木、これで車を引く。

幹 正す。非【そし】るに対す。

 

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

啓 教える。啓蒙。ひらく、「蒙」はくらいの意》人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと。

惎 教う。

 

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

意 こうであろうと見込む。

神祀 天地の神。

天邑 帝都長安。 
 

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(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

 

玄武門 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(下し文) (7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

錫【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に翦【つく】す。

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや?

 

 

(現代語訳)

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

漢長安図02 

(訳注) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

大帝説秦繆公 大帝は天帝。秦の繆公(穆公)は春秋時代の五覇の一人。説は悦ぶ。『史記』の趨世家に、穆公が病にたおれ七日間眠り続け、天帝を夢み、大いに楽しんだとある。五覇は諸説あって、斉の桓公(在位紀元前685 - 紀元前643年)、秦の穆公(在位紀元前659 - 紀元前621年)、宋の襄公(在位紀元前651 - 紀元前637年)、晋の文公(在位紀元前636 - 紀元前628年)、晋の襄公(在位紀元前628 - 紀元前621年)らをいう。

鈞天廣樂 鈞は大の意。廣も同じ。天上の音楽の美称。繆公が百神とこの音楽をたのしみ感動した説話がある。

 

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

金策 策は竹の札、天帝が金策に詔をしるしたものを下賜されたこと。

 

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

翦諸鶉首 翦は尽くすこと。鶉首は秦の分野に当たる星座の名。『漢書』の地理志に「井より柳に至るを、これを鶉首の次(星座)と謂ふ。秦の分野なり。故に関中はこれを鶉居と謂ふ」。尽くすとほ井(星の名)より柳(同上)までのこらずの意。天の星座の分野と地の分野とは相応ずるとされた。古代中国天文学における天球分割法の一つで、天球を天の赤道帯にそって西から東に十二等分したもの。各次の名称は、星紀(せいき)・玄枵(げんきょう)・娵訾(しゅし)・降婁(こうろう)・大梁(たいりょう)・実沈(じっちん)・鶉首(じゅんしゅ)・鶉火(じゅんか)・鶉尾(じゅんび)・寿星(じゅせい)・大火(たいか)・析木(せきぼく)。戦国期以降に行われ、太陽・月・惑星の位置や運行を説明するための座標系として使用された。特に重要な用途が二つあり、第一は木星の十二次における位置で年を記すことであり、第二には、季節ごとの太陽の位置を十二次で示し、二十四節気の移動を説明することである。

 

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

 

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

四海同宅西秦 始皇帝に至り六国はすべて併合さる。穆公から四百年後のことである。

 唐長安城図00

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

張平子(張衡)《西京賦》(6) #2-3 文選 賦<114―(6)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1043 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3763

 

 

(4)#2-1

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

  漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢宮 建章宮00 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城漢唐 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

 

(下し文) (6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす,

日 北に至れども凍【こおり】を含み,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす。

爾【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

 

(現代語訳)

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 

(訳注) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

 後ろよりによる。拠は依と同じく、よりそう。

涇 陝西を東南に流れ高陵を通り洞水に合流する。関中随一の水利をもたらし、有名な鄭国渠あり、沃野を開き、秦の富国強兵のもととなる。陝西省中部の渭河(渭水)の支流,涇河ともいう。寧夏回族自治区と甘粛省の境界,六盤(りくばん)山系に発し,南東へ流れ,渭河盆地の中央付近で渭河と合流する。全長約450km。黄土高原をへるため土砂が多く水はにごり,〈涇渭〉として本流の澄んだ渭河と対比される。秦代に東方の洛河とを結ぶ鄭国渠(ていこくきよ)が開かれ,また,漢の武帝時代には渭河に直結する白渠も開削されるなど,早くから灌漑に利用されてきた。

 

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

澶漫靡迤 澶漫は平原の広大なさま。靡迤は高陵の起伏のつらなりきたり限りないさま。

作鎮 ここは長安近傍の鎮めの山となること。鋲は山の大なるものをいう。すなわち高陵(長安の東北に展開する丘陵)のこと。漢の左端朝に属する。前代の秦県。

 

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

九嘩甘泉 九は高陵の西北の山名、九峯の高い山。は山々が高くより集まるをいう。山高六百余丈といわれ甘泉山と並ぶ。「西都の賦」に「冠するに九を以てし、陪するに甘泉を以てす」とある。甘泉は高陵の西北、前者よりさらに西北にあり。甘泉がわくので山名とする。漢の武帝甘泉宮をここに作る。・九嵕 山名、『漢書』地理志に左清朝に属すとある。陳西省の西醒泉県(11の東北にそびえる。境は九峯が集まっている峯の意。(地図15)・甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。孟堅(班固)《西都賦》(14)5-3 文選 賦<1121418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388

陰転寒 は凝る。は閉じる。『左伝』昭公四年の語。「上林の賦」に「盛夏凍を含み地を裂く」とある。

九峻山00 

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

清暑『漢書』武五千伝に「時に上(武帝)疾(や)みて、薯を甘泉宵に遅く」。西漢の諸帝の多くはここを避暑地とす。五月に登り八月に長安に帰ったともいわれる。東漢はこの風衰う。

 

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 は地の平らかなこと。

神皐 神を迎える地域。広雅に皐は「局(界局の意)なり」とある。雍州は古来神域で、天地五帝の神の祠があり、これを祭る土地、これを畤(し)という。甘泉山はこれで有名。

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張衡《西京賦》(5) 長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

2014年2月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-31 《四松#2》 ふたたび成都 杜甫<671> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3760 杜甫詩1000-671-946/1500765
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 287 《遊城南十六首:出城》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3761 (02/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -16 採桑子一首  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-443-12-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3762
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

張平子(張衡)《西京賦》(5) #2-2 文選 賦<114―(5)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1042 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3758

(長安の地勢) 

 

 

(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。
高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

函谷関長安地図座標005 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

 

(下し文)

右には靴底の隈有り、華戒を隔て関り、岐梁田

葬、陳皆鳴難在り。前には則ち終南太二隆嘱崖輝、隠麟鬱律

たり。岡を濾家に連ね、杜を抱き郡を含み、浬を飲ひ鏑を吐く。

宴に藍出有りて、珍玉是より出づ。後には則ち高陵中原あ

り。潤に按り澤に据し、浪漫靡蓮として、近きに鎮作り。其の遠

きは則ち九峻甘泉有り。洞陰担寒にして、口北に至れども裸を

含む。此れ蔦に署を掃うす。爾して乃ち廣桁なる沃野あり。

豚の町は上の上、定に地の奥匠挿皐と馬す。昔老大帝秦の捲

公を悦んで之を観、饗するに釣天の廣架を以てす。帝酔ふ有

り。乃ち金策を為り、錫ふに此の土を用てし、諸を鶉首に裏

す。是の時や拉びに瞳園為る老六有り。然れども四海同じく

西秦に宅る。豊詭しからずや。

 杜甫乱前後の図001奉先

 

(現代語訳)

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 

(訳注) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

隴坻 坻は山の意。隴山、隴坂(坂は九廻すといわれる)、龍首ともいう。「論都の賦」も「隴坻之隘,隔閡華戎」という。北は沙漠、南は洴水、渭水が流れる。

隔閡 へだてふさぐ。

 

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

岐 山の名、陝西の西部にあり。

染 山の名、陝西の岐山の北。

洴 山の名、陝西の西北、洴水の源。

雍 山の名、陳西の鳳翔県の西、雍水の源。

陳宝 神の名(『史記』封禅書)。

鳴鶏 陳宝の神は雄鶏の形、鳴くと野鶏も鳴く。秦の文公(東周の時、穆公以前)が陳倉山で鶏に似た石を得てこれを祭ると、その神が東南から飛来し祠にとまる。それが陳宝の神であった(同上)。陳倉山は陳西の宝鶏県の東南。

終南山03 

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

終南太一 終南山は南山、秦嶺ともいう。長安の正面、渭水の南にあり。太一は終南山から秦嶺山脈中の一番高峰の太白山とする。「終南山は泰嶺山脈の全体の名と見ると、太一山はその山脈中の一山、武功県の太白山なりといぅ(『読史方輿紀要』)。陝西省南部を東西によこぎる断層山脈。平均標高20003000m,最高峰の太白山(3767m)をはじめ,《詩経》にみえる終南山(2604m),玉泉山(1291m)などの山峰がある。渭河と漢水の分水嶺をなし,北側は急峻な断層崖のため,古来,渭水盆地では〈南山〉と称し〈九州の名阻,天下の険峻〉とよんだ。

隆崛 高く特起する。

崔崒 山の高く大きいさま。

 

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

隠鱗 山の大いに重なり、きり立つさま。轔は嶙と音、義とも同じ。きりたつ形。

鬱律 山の深くてけわしいきま。

岡 山の育。

嶓冢 山名、快西の西境、嶓冢山脈中の山。

 

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

杜・鄠 県名。前者は長安の東南の杜陵の地。後者は長安の西南の地。

灃・鎬 ともに川の名。長安の西南にあり。前者は南山より発して渭水に流入し、後者は同じく発して昆明地、北の地に流入する(『三種読図』、『水経』)。「西都の賦」はは地名、川といわない。ここに川をいうのは、「沃野をうるおす」たくさんの池に流入することをいうためである(長安近郊図参照)。

 

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

藍田 山名、長安の東南、秦嶺の北。美玉の有名な産地。
九峻山00 

張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

張衡《西京賦》(4) (長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。


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張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

(長安の地勢) 

唐長安城図00 

 

(4)#2-1

(長安の地勢)
漢氏初都,在渭之涘,

漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

(6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。
 

函谷関長安地図座標005

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城皇城図 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (4)#2-1

漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

左有崤函重險、桃林之塞,

綴以二華,巨靈贔屓,

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

 

(下し文) (4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

 

(現代語訳)

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

終南山04

 

(訳注) (4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

渭 長安の北を流れる川の名。

 

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

為 謂と同じ。

咸陽 渭水の北。秦の孝公(六国時代)十二年ここに都す。繆公(穆公ともかく)死後二百六十一年のことである。

 

左有崤函重險、桃林之塞,

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

崤函 崤山と函谷山(関あり)。

桃林之塞 潼関より函谷関までをいう。

 

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

綴 潼関以西長安まで、その間を二華すなわち太華山(華陰県の南、西嶽といい、予州の山鎮)と少華山(華県、西嶽より八十里の地点)とが、つながっていること。

巨霊 巨神、川の神、古語に昔二つの華山が一つになっていた。黄河がそのためまっすぐ流れないので、河神が手で山をおし開き、足で麓をおし分けて河水を通した。その手足の跡がのこっているという。

贔屓 全力をふりしぼるさま。

 

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

河曲 河水の曲流。
華山000 

張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

張衡《西京賦》(3) この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

 

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

高祖都西而泰,光武處東而約,

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

政之興衰,恆由此作。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。

 

 (1)#1-1

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識