漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2014年07月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

44 《古風五十九首之四十四》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳272古風,五十九首之四十四綠蘿紛葳蕤, <44> Ⅰ李白詩1207 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4583

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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製作年:743  天寶二年  43

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十四 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之四十四

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

草木有所託,寒尚不移。

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

君子恩已畢,賤妾將何為。

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

古風,五十九首之四十四

綠蘿は葳蕤【いすい】紛たり,繚繞【りょうじょう】す松柏の枝。

草木 託する所有り,寒 尚【こいねが】わくば移らざらん。

夭桃の色を奈何せん,坐して歎ず 葑菲の詩。

玉顏 紅彩豔なり,雲髮 素絲に非ず。

君子 恩 已に畢る,賤妾 將に何をか為さんとす。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之四十四』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十四

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

草木有所託,寒尚不移。

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

君子恩已畢,賤妾將何為。

 

 

(下し文)

古風,五十九首之四十四

綠蘿は葳蕤【いすい】紛たり,繚繞【りょうじょう】す松柏の枝。

草木 託する所有り,寒 尚【こいねが】わくば移らざらん。

夭桃の色を奈何せん,坐して歎ず 葑菲の詩。

玉顏 紅彩豔なり,雲髮 素絲に非ず。

君子 恩 已に畢る,賤妾 將に何をか為さんとす。 

 

(現代語訳)

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

(訳注)

古風,五十九首之四十四

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

 

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

綠蘿 姫葛

葳蕤 ふさふさと垂れているさま。

 

草木有所託,寒尚不移。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

 

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

夭桃色 《詩経、国風・周南》「桃之夭夭、灼灼其華。」(桃の夭夭たる、灼灼たり其の華)

葑菲詩 《詩経、邶風》「習習谷風,以陰以雨。黽勉同心,不宜有怒。」習習たる谷風、以て陰(くも)り以て雨ふる。黽勉(びんべん)として心を同じくして、怒ること有る宜からず。

 

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

君子恩已畢,賤妾將何為。

しかるに、君子の恩は、既に終わって、全く棄てられたのである。もとより棄てられる覚えがないから、更に訳が分からぬが、もはや、何とも致し方のないしだいである。
李白図102 

43 《古風五十九首之四十三》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳369 <43> Ⅰ李白詩1205 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4573

李白  古風,五十九首之四十三

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。淫樂心不極,雄豪安足論。

西海宴王母,北宮邀上元。瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

李太白集巻一43

五十九首之四十三

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7475

Index-24

744年天寶三年44歳 

56-7

421 <1000

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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43 《古風五十九首之四十三》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳369 <43> Ⅰ李白詩1205 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4573 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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421 《早春呈水部張十八員外,二首之二》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1119>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4579韓愈詩-421 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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-369-043巻一43 古風,五十九首之四十三 (周穆八荒意,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-43

文體:

五言古詩

李太白集 

01-43

 

 

詩題:

古風,五十九首之四十三

序文

 

作地點:

 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 崑崙山

 

交遊人物:

 

 

 

 

古風,五十九首之四十三

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

淫樂心不極,雄豪安足論。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

西海宴王母,北宮邀上元。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

(古風,五十九首之四十三)

周穆 八荒の意,漢皇 萬乘の尊。

淫樂 心極らず,雄豪 安んぞ論ずるに足らん。

西海 王母を宴し,北宮 上元を邀う。

瑤水に遺歌を聞き,玉杯 竟に空しく言う。

靈跡は蔓草を成し,徒らに千載の魂を悲しまん。

 

漢長安城 00 

『古風,五十九首之四十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十三

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

淫樂心不極,雄豪安足論。

西海宴王母,北宮邀上元。

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

 

 

(下し文)

(古風,五十九首之四十三)

周穆 八荒の意,漢皇 萬乘の尊。

淫樂 心極らず,雄豪 安んぞ論ずるに足らん。

西海 王母を宴し,北宮 上元を邀う。

瑤水に遺歌を聞き,玉杯 竟に空しく言う。

靈跡は蔓草を成し,徒らに千載の魂を悲しまん。

 

(現代語訳)

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

 

(訳注)

古風,五十九首之四十三

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

 

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

1 周穆 齊賢曰“《列子》「周穆王駕八駿至赤水之陽、升崑崙丘觀黄帝之觴王母於瑶池之上。」王母爲王謡王和之。”(《列子》に「周の穆王、八駿に駕して赤水の陽に至り、崑崙の丘に升って黄帝の、王母に瑶池の上に觴す。」王母、王の爲に謡い、王、之に和す。周の穆王は8頭たての馬車に乗り、西の彼方にある赤水の南の神々が住むとされた崑崙山に立ち寄り西王母に会い、黄帝のを觀、王母に瑶池の上に酒を飲み、ねぎらってくれた。王母は王のために謡、穆王はこれに答えて歌った。

周穆王;在位期間:前985? - 940年。穆王(ぼくおう)は周朝の第5代王。昭王の子であり、昭王が楚への遠征途上で行方不明になったことより仮に王位に即位、その後に昭王の死が判明したので正式に即位した。彼は中国全土を巡るのに特別な馬(穆王八駿)を走らせていたと言われる。すなわち、土を踏まないほど速い「絶地」、鳥を追い越す「翻羽」、一夜で5,000km走る「奔霄」、自分の影を追い越す「越影」、光よりも速い「踰輝」と「超光」、雲に乗って走る「謄霧」、翼のある「挟翼」の8頭である。穆王はこの馬を駆って犬戎ら異民族を討った。また、司寇(司法官の長)である呂侯に命じて『呂刑』と呼ばれる刑法を定めて社会の安定を図ろうとしたが、その3千と言われる罪状の多さに却って諸侯や民衆の反感を買った。また彼は西の彼方にある、神々が住むとされた崑崙山にも立ち寄り西王母に会い、西王母が後に入朝したと言う。このことは穆天子伝としてまとめられている。神話、伝説の要素を多く含む中国最古の旅行記である。

2 漢皇 この句は太平廣記に見える故事で、前漢の武帝が仙道を求め,7月7日に女仙の西王母と上元夫人とが武帝のもとに降臨して道教経典と教戒とを授けたが,武帝が行いを慎まなかったため,結局,道を得ることができなかったことを記す。《太平廣記》「元封元年七月七日、王母乘/紫雲輦、駕九色斑麟降漢東向坐。帝跪問寒暄。畢因呼帝坐、遣侍女、與上元夫人相聞云、「比不相見四千餘年、劉徹好道、適來觀之。夫人可暫來否。」帝問、「上元何真也。」曰「是三天真皇之母、上元之官。」俄而夫人至可。年二十餘、頭作三角髻、餘髮散垂至腰。帝拜。夫人曰「汝好道乎。汝胎性暴、胎性淫、胎性奢、胎性酷、胎性賦、五者常舎于榮衛之中、雖暴長生亦自勞耳。」(元封元年七月七日、王母、/紫雲の輦に乘じ、九色の斑麟に駕して漢降る。東向して帝、跪いて寒暄を問う。畢るや、因って帝を呼んで坐せしめ、侍女を遣して、上元夫人と相聞して云う、「比れ相い見ざること四千餘年、劉徹 道を好む、適ま來って之を觀る。夫人、暫く來るべきや否や。」と。帝問う、「上元は何の真ぞや。」曰く「是れ三天真皇の母、上元の官。」と。俄にして、夫人至る可し。年二十餘ばかり、頭には三角髻を作し、餘髮は散垂して腰に至る。 夫人曰く「汝 道を好むや。汝、胎性暴、胎性淫、胎性奢、胎性酷、胎性賦、五者 常に榮衛の中に舎す、長生を暴うと雖も亦た自ら勞するのみ。

漢の武帝。159BC-87BC。前漢7代目。在位141BC-87BC。若くして皇帝となり、治世は54年に及ぶ。内外にわたり思い切った施策を行なう。匈奴には対抗的な政策を取り、衛青、霍去病などを登用する。この匈奴との抗争の際、捕虜となった李陵をめぐり、正論を発した司馬遷を宮刑にするなど、狭量な面もある。張騫を西方に遣わし、シルクロードを創始する。巨視的に見れば、卓越した君主であった。

 

淫樂心不極,雄豪安足論。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

3 淫樂 みだらな楽しみ。肉欲の楽しみ。禎卿曰 淫樂二句言人君好荒淫樂佚則雖其/氣度超邁亦何足論哉。

 

西海宴王母,北宮邀上元。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

4 西王母 中国の神話上の女神。玉山または崑崙(こんろん)山に住む,人面・虎歯・豹尾の女神。のち,神仙思想の発展とともに仙女化され,周の穆(ぼく)王が西に巡狩した時,瑶池で宴を開き,漢の武帝に降臨して仙桃を与えたという。道教の成立後は東王父と一組の神格とされた。

5 北宮 北宮 長安城内にある。桂宮と近い。未央宮の北にある。周回十里。前殿の広さ五十歩(凡そ58m) 甘泉宮 またの一名を雲陽宮という。

・上元 『漢武内伝』王母侍女ヲ遣シテ上元夫人ヲ迎フ王母乃ち侍女郭密香を遣はし 上元夫人 ( じょうげんふじん ) に相問して云く、九光の王母敬謝す。 但し相見ざること四千余年なり。天事我を労し、以て  ( めん )   ( たが ) ふことを致す。

・六朝(りくちよう)初期の霊宝派や上清派の道教と密接な関係をもちつつ形成された仙伝『漢武内伝』。前漢の武帝が仙道を求め,7月7日に女仙の西王母と上元夫人とが武帝のもとに降臨して道教経典と教戒とを授けたが,武帝が行いを慎まなかったため,結局,道を得ることができなかったことを記す。七夕における女神たちとの神秘的な会合の場は,後世しばしば詩文の題材となった。

 

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

5 瑤水 西王母が 穆王を接待したのが瑤地であり、天山山脈中の地点に比す人もある。

6 玉杯 武帝が崩御されて、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話は三輔黄圖、廟記にみえる。《三輔黄圖、廟記》“曰「神明臺武帝。祭仙人處、上有承露盤、有銅仙人、舒掌、捧銅盤、玉杯、以承雲表之露。以露和玉屑、服之以求仙道。」(曰く「神明臺、武帝つくる。仙人を祭る處、上に承露盤有り、銅仙人有り、掌を舒べ、銅盤、玉杯、を捧げ、以って雲表の露を承く。露を以て玉屑に和し、之を服して、以て仙道を求む。」)とあり、別に、《太平御覽、漢武故事》には「上崩後鄠縣有一人。于市貨玉杯。吏 疑其御物、欲捕之。因忽不見。縣 送其器推問、乃茂陵中物也。霍光、自呼吏問之、説市人形貌、如先帝其事。」”「上崩ぜし後、鄠縣に一人有り。市に于て玉杯を貨す。吏 其の御物たるを疑うて、之を捕えんと欲す。因って忽ち見えず。縣 其の器を送って推問すれば、乃ち茂陵の中の物なり。霍光、自ら吏を呼んで之を問う、市人の形貌を説く、先帝の其の事の如し。」)とあることが、李白のこの詩と合致する。

 

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。
長安付近図00

  

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李白  古風,五十九首之四十二

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。吾亦洗心者,忘機從爾遊。

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを白鴎をもって擬したもの。)波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。 


李太白集巻一42

五十九首之四十二

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7470

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-368-042巻一42 古風,五十九首之四十二 (搖裔雙白鷗,)

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-42

文體:

五言古詩

李太白集 

巻01-22

 

 

詩題:

古風,五十九首之四十

序文

 

作地點:

 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 

 

交遊人物:

 

 

 

古風,五十九首之五  #1

太白何蒼蒼,星辰上森列。去天三百里,邈爾與世

中有綠髮翁,披雲卧松雪。不笑亦不語,冥棲在岩穴。

#2

我來逢真人,長跪問寶訣。粲然玉齒,授以練葯

銘骨傳其語,竦身已電滅。仰望不可及,蒼然五情熱。

吾將營丹砂,永世與人別。

 

古風,五十九首之二十 #1

昔我遊齊都,登華不注峰。茲山何峻秀,綠翠如芙蓉。

蕭颯古仙人,了知是赤松。借予一白鹿,自挾兩青龍。

含笑凌倒景,欣然願相從。

#2

泣與親友別,欲語再三咽。勗君青松心,努力保霜雪。

世路多險艱,白日欺紅顏。分手各千里,去去何時還。

在世復幾時,倏如飄風度。

#3

空聞紫金經,白首愁相誤。撫己忽自笑,沈吟為誰故。

名利徒煎熬,安得閒余步。終留赤玉舄,東上蓬萊路。

秦帝如我求,蒼蒼但煙霧。

 

古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。 

感物動我心,緬然含歸情。

#2

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。 嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。 揮涕且複去,惻愴何時平。 

 

古風,五十九首之四十

鳳饑不啄粟,所食唯琅玕。焉能與群雞,刺蹙爭一餐。 

朝鳴昆丘樹,夕飲砥柱湍。歸飛海路遠,獨宿天霜寒。 

幸遇王子晉,結交青雲端。懷恩未得報,感別空長歎。 

 

古風,五十九首之四十二

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。 

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

 

古風,五十九首之四十三

  周穆八荒意,漢皇萬乘尊。淫樂心不極,雄豪安足論。 

  西海宴王母,北宮邀上元。瑤水聞遺歌,玉懷竟空言。 

  靈跡成蔓草,徒悲千載魂。 

 

古風,五十九首之五十五

  齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。慷慨動顏魄,使人成荒淫。 

  彼美佞邪子,婉孌來相尋。一笑雙白璧,再歌千黃金。 

  珍色不貴道,詎惜飛光沉。安識紫霞客,瑤台鳴素琴。 

 

 

40巻一 古風,五十九首之四十    鳳飢不啄粟。

年:744年  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

三門 (都畿道 陜州 三門) 別名:砥柱    

 

-367-040巻一40 古風,五十九首之四十 (鳳飢不啄粟,) 

古風,五十九首之四十

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

幸遇王子晉。 結交青云端。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)

鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。

そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。
かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。
渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。
ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。
しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

 

製作年:  744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十二 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之四十二 

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。

 

古風,五十九首之四十二 

搖裔たる雙白鷗,鳴いて飛ぶ滄江の流。

宜しく 海人と狎るべし,豈に伊れ雲鶴の儔【ちゅう】ならんや。

形を寄せて 沙月に宿し,芳に沿うて春洲に戲る。

吾 亦た 心を洗う者,忘機をれて 爾に從って遊ばん。 

漢文委員会紀頌之タイトル長安付近図00 

 

『古風,五十九首之四十二  』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十二 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

 

古風,五十九首之四十二 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月【寄影宿沙月】,沿芳戲春洲。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。

 

 (下し文)

古風,五十九首之四十二 

搖裔たる雙白鷗,鳴いて飛ぶ滄江の流。

宜しく 海人と狎るべし,豈に伊れ雲鶴の儔【ちゅう】ならんや。

形を寄せて 沙月に宿し,芳に沿うて春洲に戲る。

吾 亦た 心を洗う者,忘機をれて 爾に從って遊ばん。 

 

(現代語訳)

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之四十二 

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

0 四十二【解説】 元、蕭士贇の補註の説によると、齊賢曰列子海上之人有好鷗鳥者每旦之海上從鷗鳥遊鷗鳥之至者百住而不止士。」「贇曰此太白託興之詩也雲中之鶴在位之人也海/上之鷗閒散之人也(齊賢曰く「列子海上の人、鷗鳥を好む者有り、每旦、海上に之き鷗鳥に從い鷗鳥と之を遊び至る者は百住して、士に止らず。」贇、曰く「此れ太白託興の詩なり。雲中の鶴は在位の人にうなり上の鷗は閒散の人にうなり

詩意は齊、謝朓、和徐勉出新林渚【和徐都曹出新亭渚】.に倣うものである。

和徐勉出新林渚【和徐都曹出新亭渚】(徐都曹の「新亭の渚に出づ」に和す。)

宛洛佳遨遊, 春色滿皇州,

宛・洛は、遨遊するに佳く,春色は皇州に滿つ。

結軫青郊路, 迴瞰蒼江流,

軫を青郊の路に結【めぐ】らし,迴【はる】かに蒼江の流れを瞰る。

日華川上動, 風光草際浮,

日華は川上に動き,風光は草際に浮ぶ。

桃李成蹊徑, 桑楡蔭道周,

桃李 蹊徑を成し,桑楡 道周を蔭う。

東都已俶載, 言歸望綠疇。

東都 已に載【こと】を俶【はじ】む,言【ここ】に歸りて 綠の疇を望まん。

また、南朝宋鮑照《擬行路難》詩之三「寧作野中之雙鳧,不願雲間之別鶴。」もこれの基づいているものとおもえる

雲中の鶴は、仙官の控御にあたる者たちであり、朝廷の者たちを示すものである。海上のカモメは、閒散の人にたとえたもので、李白の半官半隠の思いを示すものである。

 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

1 搖裔 波の上に浮きつ、沈みつする。

 

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

2 與海人狎 無心なる海上の若者と狎れて遊ぶ。

3 雲鶴 雲中の鶴。

 

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

 

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。
 大明宮の圖003

 

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41-#2 《古風五十九首之四十一》Index-24-2 745年天寶四年45421古風,五十九首之四十一朝弄紫沂海, <41-#2> Ⅰ李白詩1204 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4568

 

 

製作年:  745  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十一 

 

 

古風,五十九首之四十一 

(遊仙郷の詩)

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

#2

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

一餐歷萬何用還故

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

永隨長風去,天外恣飄揚。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。

 

(古風,五十九首の四十一) 

朝に 紫の沂海に弄し,夕に丹霞の裳を披く。

手を揮って若木を折り,此の西日の光を拂う。

雲臥して八極に遊び,玉顏 已に千霜。

#2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬何んぞ故還るを用いん

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

 

閶闔門001 

『古風,五十九首之四十一』 現代語訳と訳註

(本文) #2

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚。

 

(含異文)

朝弄紫沂海【朝駕碧鸞車】,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極【雲舉遊八極】,玉顏已千霜【玉顏如清霜】。

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬,何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚【一本無此二句。】。 

 

(下し文) #2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬を歷て,何んぞ故に還るを用いん。

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

 

(現代語訳) #2

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。

安史の乱当時の勢力図 

 

(訳注)

古風,五十九首之四十一 

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(遊仙郷の詩)      

 

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

無倪 どこまでも限りの無い大空。

稽首 警手して上皇に拝謁する。

 

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

太素 《黄帝外経》とともに前漢末期(1世紀末)に存在したと記録されているが,どちらも早い時期に失われてしまい,その正確な内容も内経と外経にどのような区別があったかも不明である。

瓊漿 仙人の飲み物。また美酒。

 

一餐歷萬何用還故

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

 

永隨長風去,天外恣飄揚。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。
安史期のアジアssH 

41 《古風五十九首之四十一》Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 <41> Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

 
 2014年7月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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41 《古風五十九首之四十一》Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 <41> Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor8-421《滿宮花一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-604-8-(421) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4567 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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41 《古風五十九首之四十一》 <41> Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563

 

 

製作年:  745  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十一 

 

 

古風,五十九首之四十一 

(遊仙郷の詩)
朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

 

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚。

 

(古風,五十九首の四十一) 

朝に 紫の沂海に弄し,夕に丹霞の裳を披く。

手を揮って若木を折り,此の西日の光を拂う。

雲臥して八極に遊び,玉顏 已に千霜。

#2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬何んぞ故還るを用いん

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

太白山00 

 

『古風,五十九首之四十一』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十一 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

 

(下し文)

古風,五十九首之四十一 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

 

(現代語訳)

(遊仙郷の詩)

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

漢文委員会紀頌之タイトル002李白1000 

(訳注)

古風,五十九首之四十一 

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(遊仙郷の詩)      

 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

紫沂海 東方朔が仙郷の紫沂の海に入って何年も遊んで汚れた着物を紫水で洗濯し、帰った。浦島太郎のように年を経ていた。

丹霞裳 赤い色の衣。

 

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

若木 若木は崑崙の西に生えている。楚辞、離騒「折若木以拂日兮、聯逍遥以相羊」

 

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

八極 八方、宇宙。

千霜 千年。
李白図102 

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朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。

 
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40巻一 古風,五十九首之四十    鳳飢不啄粟。

年:744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

三門 (都畿道 陜州 三門) 別名:砥柱    

 

 

古風,五十九首之四十

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。

幸遇王子晉。 結交青云端。

さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。

 

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

太白山001 

『古風,五十九首之四十』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

幸遇王子晉。 結交青云端。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

 

(下し文)

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅玕【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。
どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。
朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。
住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。
さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。

受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。

 

安史の乱当時の勢力図 

(訳注)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

鳳飢不啄粟、所食唯琅玕。
鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。
鳳凰ほうおう。姫を鳳、雌を凰といい、想像上の動物。聖人が天子の位にあれば、それに応じて現われるという瑞鳥である。形は、前は臍、後は鹿、くびは蛇、尾は魚、もようは竜、背は亀、あごは燕、くちばしは鶏に似、羽の色は五色、声は五音に中る。梧桐に宿り、竹の実を食い、酵泉の水を飲む、といわれる。李白自身を指す。

 穀物の総称。賄賂が平然となされていたことを示す。

琅玕 玉に似た一種の石の名。「山海経」には「崑崙山に琅玕の樹あり」とある。鳳がそれを食うといわれる。天子から受ける正当な俸禄。


焉能與羣鶏、刺蹙爭一餐。
どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。
羣鶏 宮廷の官吏、宦官、宮女をさす。

刺蹙 こせこせ。


朝鳴崑邱樹、夕飮砥柱湍。
朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。
崑邱樹 崑崙山の絶頂にそびえる木。「山海経」に「西海の南、流沙の浜、赤水の後、黒水の前、大山あり、名を足寄の邸という」とある。朝の朝礼、天子にあいさつする。

砥柱濡 湖は早瀬。砥柱は底柱とも書き、黄河の流れの中に柱のように突立っている山の名。翰林院での古書を紐解き勉学する。

朝鳴二句「港南子」に「鳳凰、合って万仰の上に逝き、四海の外に翔翔し、崑崙の疏国を過ぎ、砥柱の浦瀬に飲む」とあるのにもとづく。


歸飛海路遠、獨宿天霜寒。
住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。
海路遠 仙境は海上はるか先の島ということ。李白の住まいは相応のもの以下だったのかもしれない。


幸遇王子晉、結交青雲端。
さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。
王子晉むかしの仙人。周の霊王の王子で、名は晋。笙を吹いて鳳の鳴きまねをするのが好きで、道士の浮邱という者といっしょに伊洛(いまの河南省)のあたりに遊んでいたが、ついには白鶴に乗って登仙したといわれる。「列仙伝」に見える。○青雲 青雲の志、立身出世。
 

懐恩未得報、感別空長歎。
受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。
李白図102 

39 《古風五十九首之三十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳271古風,五十九首之三十九登高望四海, <39> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。

 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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39 《古風五十九首之三十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43271古風,五十九首之三十九登高望四海, <39> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

 

 

年:  743  天寶二年  43

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十九 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之三十九 

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

登高望四海,天地何漫漫。 

重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。

榮華東流水,萬事皆波瀾。 

過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。

白日掩徂輝,浮雲無定端。 

日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。 

今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。

且復歸去來,劍歌行路難。 

ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。

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(古風,五十九首の三十九) 

高きに登って四海を望めば,天地 何ぞ漫漫たる。

霜は被って 群物 秋なり,風は飄って 大荒 寒し。

榮華は 東流の水,萬事は 皆 波瀾なり。

白日 徂輝を掩い,浮雲 定端 無し。

梧桐に 燕雀を巢はしめ,枳棘【ききょく】鴛鸞を棲ましむ。

且つ 復た 歸り去り來らん,劍歌す「行路難」。 

 

2蜀の山00 

『古風,五十九首之三十九』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十九 

登高望四海,天地何漫漫。 

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

榮華東流水,萬事皆波瀾。 

白日掩徂輝,浮雲無定端。 

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。 

且復歸去來,劍歌行路難。 

 

(含異文)

登高望四海,天地何漫漫。 

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

殺氣落喬木,浮雲蔽層巒。 

孤鳳鳴天倪,遺聲何辛酸。 

遊人悲舊國,撫心亦盤桓。 

倚劍歌所思,曲終涕泗瀾。 

 

登高望四海,天地何漫漫。

霜被群物秋,風飄大荒寒。

榮華東流水,萬事皆波瀾。

白日掩徂輝,浮雲無定端。

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。

且復歸去來,劍歌行路難【劍歌悲路難】。

 

【登高望四海,天地何漫漫。

霜被群物秋,風飄大荒寒。

殺氣落喬木,浮雲蔽層巒。

孤鳳鳴天倪,遺聲何辛酸。

遊人悲舊國,撫心亦盤桓。

倚劍歌所思,曲終涕泗瀾】。 

 

(下し文)

(古風,五十九首の三十九) 

高きに登って四海を望めば,天地 何ぞ漫漫たる。

霜は被って 群物 秋なり,風は飄って 大荒 寒し。

榮華は 東流の水,萬事は 皆 波瀾なり。

白日 徂輝を掩い,浮雲 定端 無し。

梧桐に 燕雀を巢はしめ,枳棘【ききょく】鴛鸞を棲ましむ。

且つ 復た 歸り去り來らん,劍歌す「行路難」。 

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。
凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。
日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。
今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。

ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
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(訳注)

古風,五十九首之三十九

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

登高望四海,天地何漫漫。
重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。
登高 九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。後漢の桓景の故事に基づいた重陽の風習の一。魏・曹植の「茱萸自有芳,不若桂與蘭」や魏・阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」 

四海 古来から四方の地の果ては海となっているからそれの内の意》国内。世の中。天下。また、世界。『孟子』尽心上に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるをイメージしている。


霜被群物秋,風飄大荒寒。
凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。
○霜被 霜が降り被い 

○群物秋 霜が降り被い 

○風飄 ヒューと風が吹く 

○大荒 ひろびろとした荒野 

○寒 寒々として誰もいない。
 

榮華東流水,萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。
東流 中國の大河は東流している。水は東に流れるもの。其の位置にはとどまらない。いつかは消えていくもの。 

○萬 すべてのことがら。


白日掩徂輝,浮云無定端。
日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。
白日 日中の太陽。天子の威光。正論。

浮云 うきぐも。李白は朝廷内の宦官のことを暗天の比喩としていうことが多い。 

無定端 定めの端がない。好き勝手なことをする。


梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。
今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。
梧桐 あおぎり。玄宗と楊貴妃の生活を示したもの。元代の戯曲「梧桐雨」がある。また、『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。猜疑心を抱きつつの後宮生活を示す。

燕雀 小人物のこと。趙飛燕。楊貴妃の事。

枳棘 からたちととげ。人の邪魔をすること。 

棲鴛鸞 おしどりと鸞鳳。楊貴妃とその兄弟の事。
この聯は『史記』・陳渉世家に「燕雀安知鴻鵠之志哉」(燕雀いずくんぞ鴻鵠之志を知るや。:小人物は大人物、鴻鵠の志を知ることができようか)の一節に基づくもの。


且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
歸去來 陶淵明が仕官80日あまりで官を辞して故郷に帰った時の辞。

劍歌 孟嘗君(もうしょうくん)に苦言を呈した馮驩(ふうかん)は剣の柄をたたき詩を吟じた。

行路難 古楽府の名。 

 

李白図102 

 

 

 

其三十九

登高望四海。 天地何漫漫。 霜被群物秋。 風飄大荒寒。 榮華東流水。 萬事皆波瀾。

白日掩徂輝。 浮云無定端。 梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。 且復歸去來。 劍歌行路難。

 

( 行一作悲 ) ( 此詩一作 登高望四海。天地何漫漫。 霜被群物秋。 風飄大荒寒。

殺氣落喬木。 浮云蔽層巒。 孤鳳鳴天倪。 遺聲何辛酸。 游人悲舊國。 撫心亦盤桓。

倚劍歌所思。 曲終涕泗瀾。)

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一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

 
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製作年:730  開元十八年  30

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十八 

 

38巻一古風,五十九首之三十八 (孤蘭生幽園)

 

古風,五十九首之三十八

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

雖照陽春暉、復悲高秋月。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

若無清風吹、香氣為誰發。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

 

古風,五十九首之三十八

孤蘭は幽園に生じ、眾草 共に蕪沒す。

陽春の暉を照らすと雖も、復た高秋の月を悲む。

飛霜 早く淅瀝【せきれき】、綠艷 恐らくは休歇せん。

若し 清風の吹く無くんば、香氣 誰が為にか發する。

 

太白山001 

『古風,五十九首之三十八』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十八

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

雖照陽春暉、復悲高秋月。

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

若無清風吹、香氣為誰發。

 

(下し文)

古風,五十九首之三十八

孤蘭は幽園に生じ、眾草 共に蕪沒す。

陽春の暉を照らすと雖も、復た高秋の月を悲む。

飛霜 早く淅瀝【せきれき】、綠艷 恐らくは休歇せん。

若し 清風の吹く無くんば、香氣 誰が為にか發する。

 

(現代語訳)

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

rihakustep足跡 

 

(訳注)

古風,五十九首之三十八

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

 

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

 

雖照陽春暉、復悲高秋月。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

高秋月 九月。

 

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

淅瀝【せきれき】哀れで寂しいさま。また、風雨や葉の落ちる音のもの寂しいさま。

 

若無清風吹、香氣為誰發。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

玄武門 

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浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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37-#2

《古風五十九首之三十七》Index-26-1 747年天寶六年47466古風,五十九首之三十七燕臣昔慟哭, <37-#2> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

 

 

37巻一  古風,五十九首之三十七

製作年:  747  天寶六年  47

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之十七 

作地點: 婺州(江南東道 / 婺州 / 婺州

及地點:  金華 (江南東道 婺州 金華)     

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

 

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

燕臣昔慟哭、五月飛秋霜。

鄒衍は燕国に忠誠を尽くしたにもかかわらず獄につながれ、その時点を仰いで、慟哭すると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。

庶女號蒼天、震風擊齊堂。

また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。

精誠有所感、造化為悲傷。

つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。

#2

而我竟何辜、遠身金殿旁。

ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。

浮云蔽紫闥、白日難回光。

浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

群沙穢明珠、眾草凌孤芳。

思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。

古來共嘆息、流淚空沾裳。

それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。

 

(古風,五十九首之三十七)

燕臣 昔 慟哭すれば、五月 秋霜を飛ばす。

庶女 蒼天に 號けべば、震風 齊堂を擊つ。

精誠 感ずる所有り、造化 為に悲傷。

 

而して我 竟に何んぞ辜【つみ】か、身を遠ざく金殿の旁。

浮云【ふうん】 紫闥【したつ】を蔽い、白日 光を回らし難し。

群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。

古來 共に嘆息、流淚 空しく裳を沾【うるお】す。

閶闔門001

 

『古風,五十九首之三十七』 現代語訳と訳註

(本文)#2

而我竟何辜、遠身金殿旁。

浮云蔽紫闥、白日難回光。

群沙穢明珠、眾草凌孤芳。

古來共嘆息、流淚空沾裳。

 

(下し文)

(古風,五十九首之三十七)#2

而して我 竟に何んぞ辜【つみ】か、身を遠ざく金殿の旁。

浮云【ふうん】 紫闥【したつ】を蔽い、白日 光を回らし難し。

群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。

古來 共に嘆息、流淚 空しく裳を沾【うるお】す。

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。

浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。

 

 玄武門

(訳注)

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

而我竟何辜。 遠身金殿旁。
ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。


浮云蔽紫闥。 白日難回光。
浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。


群沙穢明珠。 眾草凌孤芳。
思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
○群沙 ただ集まっている砂。誠実ならざる姦物が多い 

 けがれている。荒れ果てる。


古來共嘆息。 流淚空沾裳。
それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。
長安城皇城図 

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ると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。

 
 2014年7月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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