漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2014年07月

44 《古風五十九首之四十四》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳272古風,五十九首之四十四綠蘿紛葳蕤, <44> Ⅰ李白詩1207 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4583

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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44 《古風五十九首之四十四》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43272古風,五十九首之四十四綠蘿紛葳蕤, <44> Ⅰ李白詩1207 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4583

 

 

製作年:743  天寶二年  43

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十四 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之四十四

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

草木有所託,寒尚不移。

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

君子恩已畢,賤妾將何為。

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

古風,五十九首之四十四

綠蘿は葳蕤【いすい】紛たり,繚繞【りょうじょう】す松柏の枝。

草木 託する所有り,寒 尚【こいねが】わくば移らざらん。

夭桃の色を奈何せん,坐して歎ず 葑菲の詩。

玉顏 紅彩豔なり,雲髮 素絲に非ず。

君子 恩 已に畢る,賤妾 將に何をか為さんとす。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之四十四』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十四

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

草木有所託,寒尚不移。

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

君子恩已畢,賤妾將何為。

 

 

(下し文)

古風,五十九首之四十四

綠蘿は葳蕤【いすい】紛たり,繚繞【りょうじょう】す松柏の枝。

草木 託する所有り,寒 尚【こいねが】わくば移らざらん。

夭桃の色を奈何せん,坐して歎ず 葑菲の詩。

玉顏 紅彩豔なり,雲髮 素絲に非ず。

君子 恩 已に畢る,賤妾 將に何をか為さんとす。 

 

(現代語訳)

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

(訳注)

古風,五十九首之四十四

(この詩は、詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比したものである。)

 

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

姫葛は、生き生きとして、緑鮮やかに、紛然としてふさふさと垂れ、それがジョブそうな松柏の枝に巻き付いている。

綠蘿 姫葛

葳蕤 ふさふさと垂れているさま。

 

草木有所託,寒尚不移。

姫葛は、もとより非常の草木であるが、託する所を知り、そして、松柏は、歳寒くして猶お、その色を改めぬという勁節を有しているから、姫葛は、やはり己が色も、また,何時までも変わらぬようにとこいねがっている。女が男に嫁するのも、やはり、この通りで、心を一つにして、何時までも変わらぬようにと願うのである。かくのごとく長しえに変わらぬようにと希うて身を託したのである。

 

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

その顔色は、さながら夭桃の綽々たるがごとく、きわめて美しきにかかわらず、わずかの間に、かの詩経谷風の詩にあるように、夫に棄てられてしまった。

夭桃色 《詩経、国風・周南》「桃之夭夭、灼灼其華。」(桃の夭夭たる、灼灼たり其の華)

葑菲詩 《詩経、邶風》「習習谷風,以陰以雨。黽勉同心,不宜有怒。」習習たる谷風、以て陰(くも)り以て雨ふる。黽勉(びんべん)として心を同じくして、怒ること有る宜からず。

 

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

もとより、色の衰えたために、愛がゆるむのならば仕方ないとして、その人はいまだに衰えず、その玉郎は、花の如く紅のつやがあるし、その髪は雲の如く長く美しく、白い糸の変じたいというわけでもない。

 

君子恩已畢,賤妾將何為。

しかるに、君子の恩は、既に終わって、全く棄てられたのである。もとより棄てられる覚えがないから、更に訳が分からぬが、もはや、何とも致し方のないしだいである。
李白図102 

43 《古風五十九首之四十三》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳369 <43> Ⅰ李白詩1205 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4573

李白  古風,五十九首之四十三

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。淫樂心不極,雄豪安足論。

西海宴王母,北宮邀上元。瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

李太白集巻一43

五十九首之四十三

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7475

Index-24

744年天寶三年44歳 

56-7

421 <1000

 

 
 2014年7月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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43 《古風五十九首之四十三》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳369 <43> Ⅰ李白詩1205 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4573 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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421 《早春呈水部張十八員外,二首之二》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1119>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4579韓愈詩-421 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor9-424《西溪子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-607-9-(424) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4582 
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-369-043巻一43 古風,五十九首之四十三 (周穆八荒意,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-43

文體:

五言古詩

李太白集 

01-43

 

 

詩題:

古風,五十九首之四十三

序文

 

作地點:

 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 崑崙山

 

交遊人物:

 

 

 

 

古風,五十九首之四十三

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

淫樂心不極,雄豪安足論。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

西海宴王母,北宮邀上元。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

(古風,五十九首之四十三)

周穆 八荒の意,漢皇 萬乘の尊。

淫樂 心極らず,雄豪 安んぞ論ずるに足らん。

西海 王母を宴し,北宮 上元を邀う。

瑤水に遺歌を聞き,玉杯 竟に空しく言う。

靈跡は蔓草を成し,徒らに千載の魂を悲しまん。

 

漢長安城 00 

『古風,五十九首之四十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十三

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

淫樂心不極,雄豪安足論。

西海宴王母,北宮邀上元。

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

 

 

(下し文)

(古風,五十九首之四十三)

周穆 八荒の意,漢皇 萬乘の尊。

淫樂 心極らず,雄豪 安んぞ論ずるに足らん。

西海 王母を宴し,北宮 上元を邀う。

瑤水に遺歌を聞き,玉杯 竟に空しく言う。

靈跡は蔓草を成し,徒らに千載の魂を悲しまん。

 

(現代語訳)

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。

 

(訳注)

古風,五十九首之四十三

(周の穆王、漢の武帝を幷挙し、これを借りて、玄宗の崩御を悼んだのである。玄宗は豪奢を事とし、殊に神仙の道を好んだその点が、二君に酷似しているので、これに擬したものである。)

 

周穆八荒意,漢皇萬乘尊。

周の穆王は八駿の名馬に乗って、造父を馭者として、八荒の遠いところまで、巡遊せられ、漢の武帝は万乗の君位にいて、四海を経営された。

1 周穆 齊賢曰“《列子》「周穆王駕八駿至赤水之陽、升崑崙丘觀黄帝之觴王母於瑶池之上。」王母爲王謡王和之。”(《列子》に「周の穆王、八駿に駕して赤水の陽に至り、崑崙の丘に升って黄帝の、王母に瑶池の上に觴す。」王母、王の爲に謡い、王、之に和す。周の穆王は8頭たての馬車に乗り、西の彼方にある赤水の南の神々が住むとされた崑崙山に立ち寄り西王母に会い、黄帝のを觀、王母に瑶池の上に酒を飲み、ねぎらってくれた。王母は王のために謡、穆王はこれに答えて歌った。

周穆王;在位期間:前985? - 940年。穆王(ぼくおう)は周朝の第5代王。昭王の子であり、昭王が楚への遠征途上で行方不明になったことより仮に王位に即位、その後に昭王の死が判明したので正式に即位した。彼は中国全土を巡るのに特別な馬(穆王八駿)を走らせていたと言われる。すなわち、土を踏まないほど速い「絶地」、鳥を追い越す「翻羽」、一夜で5,000km走る「奔霄」、自分の影を追い越す「越影」、光よりも速い「踰輝」と「超光」、雲に乗って走る「謄霧」、翼のある「挟翼」の8頭である。穆王はこの馬を駆って犬戎ら異民族を討った。また、司寇(司法官の長)である呂侯に命じて『呂刑』と呼ばれる刑法を定めて社会の安定を図ろうとしたが、その3千と言われる罪状の多さに却って諸侯や民衆の反感を買った。また彼は西の彼方にある、神々が住むとされた崑崙山にも立ち寄り西王母に会い、西王母が後に入朝したと言う。このことは穆天子伝としてまとめられている。神話、伝説の要素を多く含む中国最古の旅行記である。

2 漢皇 この句は太平廣記に見える故事で、前漢の武帝が仙道を求め,7月7日に女仙の西王母と上元夫人とが武帝のもとに降臨して道教経典と教戒とを授けたが,武帝が行いを慎まなかったため,結局,道を得ることができなかったことを記す。《太平廣記》「元封元年七月七日、王母乘/紫雲輦、駕九色斑麟降漢東向坐。帝跪問寒暄。畢因呼帝坐、遣侍女、與上元夫人相聞云、「比不相見四千餘年、劉徹好道、適來觀之。夫人可暫來否。」帝問、「上元何真也。」曰「是三天真皇之母、上元之官。」俄而夫人至可。年二十餘、頭作三角髻、餘髮散垂至腰。帝拜。夫人曰「汝好道乎。汝胎性暴、胎性淫、胎性奢、胎性酷、胎性賦、五者常舎于榮衛之中、雖暴長生亦自勞耳。」(元封元年七月七日、王母、/紫雲の輦に乘じ、九色の斑麟に駕して漢降る。東向して帝、跪いて寒暄を問う。畢るや、因って帝を呼んで坐せしめ、侍女を遣して、上元夫人と相聞して云う、「比れ相い見ざること四千餘年、劉徹 道を好む、適ま來って之を觀る。夫人、暫く來るべきや否や。」と。帝問う、「上元は何の真ぞや。」曰く「是れ三天真皇の母、上元の官。」と。俄にして、夫人至る可し。年二十餘ばかり、頭には三角髻を作し、餘髮は散垂して腰に至る。 夫人曰く「汝 道を好むや。汝、胎性暴、胎性淫、胎性奢、胎性酷、胎性賦、五者 常に榮衛の中に舎す、長生を暴うと雖も亦た自ら勞するのみ。

漢の武帝。159BC-87BC。前漢7代目。在位141BC-87BC。若くして皇帝となり、治世は54年に及ぶ。内外にわたり思い切った施策を行なう。匈奴には対抗的な政策を取り、衛青、霍去病などを登用する。この匈奴との抗争の際、捕虜となった李陵をめぐり、正論を発した司馬遷を宮刑にするなど、狭量な面もある。張騫を西方に遣わし、シルクロードを創始する。巨視的に見れば、卓越した君主であった。

 

淫樂心不極,雄豪安足論。

穆王は淫樂の心は極まらず、果ては中原で満足せず、何か変わったところに行ってみたいという考えを起こしたからであるし、武帝は、雄豪な人であったが、その結果を見ればもとより論ずるに足らないのである。

3 淫樂 みだらな楽しみ。肉欲の楽しみ。禎卿曰 淫樂二句言人君好荒淫樂佚則雖其/氣度超邁亦何足論哉。

 

西海宴王母,北宮邀上元。

穆王は、西海の端まで行って、西王母と酒宴を催して、武帝は北宮に於いて、上元夫人を迎えられた。

4 西王母 中国の神話上の女神。玉山または崑崙(こんろん)山に住む,人面・虎歯・豹尾の女神。のち,神仙思想の発展とともに仙女化され,周の穆(ぼく)王が西に巡狩した時,瑶池で宴を開き,漢の武帝に降臨して仙桃を与えたという。道教の成立後は東王父と一組の神格とされた。

5 北宮 北宮 長安城内にある。桂宮と近い。未央宮の北にある。周回十里。前殿の広さ五十歩(凡そ58m) 甘泉宮 またの一名を雲陽宮という。

・上元 『漢武内伝』王母侍女ヲ遣シテ上元夫人ヲ迎フ王母乃ち侍女郭密香を遣はし 上元夫人 ( じょうげんふじん ) に相問して云く、九光の王母敬謝す。 但し相見ざること四千余年なり。天事我を労し、以て  ( めん )   ( たが ) ふことを致す。

・六朝(りくちよう)初期の霊宝派や上清派の道教と密接な関係をもちつつ形成された仙伝『漢武内伝』。前漢の武帝が仙道を求め,7月7日に女仙の西王母と上元夫人とが武帝のもとに降臨して道教経典と教戒とを授けたが,武帝が行いを慎まなかったため,結局,道を得ることができなかったことを記す。七夕における女神たちとの神秘的な会合の場は,後世しばしば詩文の題材となった。

 

瑤水聞遺歌,玉杯竟空言。

二君ともに、その当時はこの上もないことだと思っておられたのだろうが、穆王が瑤池の宴が終わると、やがて西王母に別れを告げて帰ってしまい、白雲の詩のみが残っているだけで、その楽しみは決して再びすることはできない。武帝は間もなく崩御になって、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話もあって、いずれ誰かに墓を暴かれたのであろう。

5 瑤水 西王母が 穆王を接待したのが瑤地であり、天山山脈中の地点に比す人もある。

6 玉杯 武帝が崩御されて、茂陵に葬られ、その中に収められた玉杯が知らぬ間に長安の街にでたという話は三輔黄圖、廟記にみえる。《三輔黄圖、廟記》“曰「神明臺武帝。祭仙人處、上有承露盤、有銅仙人、舒掌、捧銅盤、玉杯、以承雲表之露。以露和玉屑、服之以求仙道。」(曰く「神明臺、武帝つくる。仙人を祭る處、上に承露盤有り、銅仙人有り、掌を舒べ、銅盤、玉杯、を捧げ、以って雲表の露を承く。露を以て玉屑に和し、之を服して、以て仙道を求む。」)とあり、別に、《太平御覽、漢武故事》には「上崩後鄠縣有一人。于市貨玉杯。吏 疑其御物、欲捕之。因忽不見。縣 送其器推問、乃茂陵中物也。霍光、自呼吏問之、説市人形貌、如先帝其事。」”「上崩ぜし後、鄠縣に一人有り。市に于て玉杯を貨す。吏 其の御物たるを疑うて、之を捕えんと欲す。因って忽ち見えず。縣 其の器を送って推問すれば、乃ち茂陵の中の物なり。霍光、自ら吏を呼んで之を問う、市人の形貌を説く、先帝の其の事の如し。」)とあることが、李白のこの詩と合致する。

 

靈跡成蔓草,徒悲千載魂。

そうしてみれば、これら帝王と雖も、死後には一物の存在するものはなく、折角の霊跡も、曼草となって、千歳の下、いたずらに人の魂を悲しませるのは誰しも皆同じことで、殊に淫楽をほしいままにし、雄豪をもって自ら心良しとしたとしても何にもならないことであろう。
長安付近図00

  

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李白  古風,五十九首之四十二

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。吾亦洗心者,忘機從爾遊。

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを白鴎をもって擬したもの。)波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。 


李太白集巻一42

五十九首之四十二

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7470

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-368-042巻一42 古風,五十九首之四十二 (搖裔雙白鷗,)

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-42

文體:

五言古詩

李太白集 

巻01-22

 

 

詩題:

古風,五十九首之四十

序文

 

作地點:

 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 

 

交遊人物:

 

 

 

古風,五十九首之五  #1

太白何蒼蒼,星辰上森列。去天三百里,邈爾與世

中有綠髮翁,披雲卧松雪。不笑亦不語,冥棲在岩穴。

#2

我來逢真人,長跪問寶訣。粲然玉齒,授以練葯

銘骨傳其語,竦身已電滅。仰望不可及,蒼然五情熱。

吾將營丹砂,永世與人別。

 

古風,五十九首之二十 #1

昔我遊齊都,登華不注峰。茲山何峻秀,綠翠如芙蓉。

蕭颯古仙人,了知是赤松。借予一白鹿,自挾兩青龍。

含笑凌倒景,欣然願相從。

#2

泣與親友別,欲語再三咽。勗君青松心,努力保霜雪。

世路多險艱,白日欺紅顏。分手各千里,去去何時還。

在世復幾時,倏如飄風度。

#3

空聞紫金經,白首愁相誤。撫己忽自笑,沈吟為誰故。

名利徒煎熬,安得閒余步。終留赤玉舄,東上蓬萊路。

秦帝如我求,蒼蒼但煙霧。

 

古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。 

感物動我心,緬然含歸情。

#2

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。 嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。 揮涕且複去,惻愴何時平。 

 

古風,五十九首之四十

鳳饑不啄粟,所食唯琅玕。焉能與群雞,刺蹙爭一餐。 

朝鳴昆丘樹,夕飲砥柱湍。歸飛海路遠,獨宿天霜寒。 

幸遇王子晉,結交青雲端。懷恩未得報,感別空長歎。 

 

古風,五十九首之四十二

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。 

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

 

古風,五十九首之四十三

  周穆八荒意,漢皇萬乘尊。淫樂心不極,雄豪安足論。 

  西海宴王母,北宮邀上元。瑤水聞遺歌,玉懷竟空言。 

  靈跡成蔓草,徒悲千載魂。 

 

古風,五十九首之五十五

  齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。慷慨動顏魄,使人成荒淫。 

  彼美佞邪子,婉孌來相尋。一笑雙白璧,再歌千黃金。 

  珍色不貴道,詎惜飛光沉。安識紫霞客,瑤台鳴素琴。 

 

 

40巻一 古風,五十九首之四十    鳳飢不啄粟。

年:744年  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

三門 (都畿道 陜州 三門) 別名:砥柱    

 

-367-040巻一40 古風,五十九首之四十 (鳳飢不啄粟,) 

古風,五十九首之四十

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

幸遇王子晉。 結交青云端。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)

鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。

そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。
かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。
渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。
ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。
しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

 

製作年:  744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十二 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之四十二 

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。

 

古風,五十九首之四十二 

搖裔たる雙白鷗,鳴いて飛ぶ滄江の流。

宜しく 海人と狎るべし,豈に伊れ雲鶴の儔【ちゅう】ならんや。

形を寄せて 沙月に宿し,芳に沿うて春洲に戲る。

吾 亦た 心を洗う者,忘機をれて 爾に從って遊ばん。 

漢文委員会紀頌之タイトル長安付近図00 

 

『古風,五十九首之四十二  』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十二 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

 

古風,五十九首之四十二 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

寄形宿沙月【寄影宿沙月】,沿芳戲春洲。

吾亦洗心者,忘機從爾遊。

 

 (下し文)

古風,五十九首之四十二 

搖裔たる雙白鷗,鳴いて飛ぶ滄江の流。

宜しく 海人と狎るべし,豈に伊れ雲鶴の儔【ちゅう】ならんや。

形を寄せて 沙月に宿し,芳に沿うて春洲に戲る。

吾 亦た 心を洗う者,忘機をれて 爾に從って遊ばん。 

 

(現代語訳)

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之四十二 

(滄海の上に飛ぶ白鷗を見て、仙郷に往き切れない自らを、白鴎をもって擬したもの。)

0 四十二【解説】 元、蕭士贇の補註の説によると、齊賢曰列子海上之人有好鷗鳥者每旦之海上從鷗鳥遊鷗鳥之至者百住而不止士。」「贇曰此太白託興之詩也雲中之鶴在位之人也海/上之鷗閒散之人也(齊賢曰く「列子海上の人、鷗鳥を好む者有り、每旦、海上に之き鷗鳥に從い鷗鳥と之を遊び至る者は百住して、士に止らず。」贇、曰く「此れ太白託興の詩なり。雲中の鶴は在位の人にうなり上の鷗は閒散の人にうなり

詩意は齊、謝朓、和徐勉出新林渚【和徐都曹出新亭渚】.に倣うものである。

和徐勉出新林渚【和徐都曹出新亭渚】(徐都曹の「新亭の渚に出づ」に和す。)

宛洛佳遨遊, 春色滿皇州,

宛・洛は、遨遊するに佳く,春色は皇州に滿つ。

結軫青郊路, 迴瞰蒼江流,

軫を青郊の路に結【めぐ】らし,迴【はる】かに蒼江の流れを瞰る。

日華川上動, 風光草際浮,

日華は川上に動き,風光は草際に浮ぶ。

桃李成蹊徑, 桑楡蔭道周,

桃李 蹊徑を成し,桑楡 道周を蔭う。

東都已俶載, 言歸望綠疇。

東都 已に載【こと】を俶【はじ】む,言【ここ】に歸りて 綠の疇を望まん。

また、南朝宋鮑照《擬行路難》詩之三「寧作野中之雙鳧,不願雲間之別鶴。」もこれの基づいているものとおもえる

雲中の鶴は、仙官の控御にあたる者たちであり、朝廷の者たちを示すものである。海上のカモメは、閒散の人にたとえたもので、李白の半官半隠の思いを示すものである。

 

搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。

波の上に浮きつ、沈みつする番の白鴎は、滄江の上に飛鳴している。

1 搖裔 波の上に浮きつ、沈みつする。

 

宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。

この白鴎は無心なる海上の若者と狎れて遊ぶべくして、仙人を載せて飛ぶという雲中の鶴の類いではない。

2 與海人狎 無心なる海上の若者と狎れて遊ぶ。

3 雲鶴 雲中の鶴。

 

寄形宿沙月,沿芳戲春洲。

この白鴎というのは、あくまで閑散を好み、その行動はすべて自在である。かくて形骸を寄せて、砂上の月に宿し、花の下にいては春の洲渚に戯れている。

 

吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

その長閑さは、他にその類を見ないくらい、我もまた塵心を洗い去り、浮世の機を忘れ、悠々として、汝に随って遊びたいものである。
 大明宮の圖003

 

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41-#2 《古風五十九首之四十一》Index-24-2 745年天寶四年45421古風,五十九首之四十一朝弄紫沂海, <41-#2> Ⅰ李白詩1204 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4568

 

 

製作年:  745  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十一 

 

 

古風,五十九首之四十一 

(遊仙郷の詩)

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

#2

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

一餐歷萬何用還故

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

永隨長風去,天外恣飄揚。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。

 

(古風,五十九首の四十一) 

朝に 紫の沂海に弄し,夕に丹霞の裳を披く。

手を揮って若木を折り,此の西日の光を拂う。

雲臥して八極に遊び,玉顏 已に千霜。

#2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬何んぞ故還るを用いん

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

 

閶闔門001 

『古風,五十九首之四十一』 現代語訳と訳註

(本文) #2

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚。

 

(含異文)

朝弄紫沂海【朝駕碧鸞車】,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極【雲舉遊八極】,玉顏已千霜【玉顏如清霜】。

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬,何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚【一本無此二句。】。 

 

(下し文) #2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬を歷て,何んぞ故に還るを用いん。

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

 

(現代語訳) #2

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。

安史の乱当時の勢力図 

 

(訳注)

古風,五十九首之四十一 

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(遊仙郷の詩)      

 

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

やがて、飄々としてどこまでも限りの無い大空にかけ行って、天宮に朝し、警手して上皇に拝謁していのる。

無倪 どこまでも限りの無い大空。

稽首 警手して上皇に拝謁する。

 

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

上皇はかたじけなくも我を召して、元気の集まれる太素の境に遊ばしめ結構な玉の盃に仙液を注いで、下し賜ったのである。

太素 《黄帝外経》とともに前漢末期(1世紀末)に存在したと記録されているが,どちらも早い時期に失われてしまい,その正確な内容も内経と外経にどのような区別があったかも不明である。

瓊漿 仙人の飲み物。また美酒。

 

一餐歷萬何用還故

これをただの一度だけ飲めば、万歳の齢を得るというので、どうして、いまさら、塵界の世俗に又帰ろうというのか。

 

永隨長風去,天外恣飄揚。

願わくば、長風に随って飛び去り、飄揚とし得て、勝手気ままに、天外を駆け巡りたいものである。
安史期のアジアssH 

41 《古風五十九首之四十一》Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 <41> Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

 
 2014年7月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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41 《古風五十九首之四十一》Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 <41> Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor8-421《滿宮花一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-604-8-(421) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4567 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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41 《古風五十九首之四十一》 <41> Index-24Ⅲ-2 745年天寶四年45歳420 Ⅰ李白詩1203 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4563

 

 

製作年:  745  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十一 

 

 

古風,五十九首之四十一 

(遊仙郷の詩)
朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

 

飄飄入無倪,稽首祈上皇。

呼我遊太素,玉杯賜瓊漿。

一餐歷萬何用還故

永隨長風去,天外恣飄揚。

 

(古風,五十九首の四十一) 

朝に 紫の沂海に弄し,夕に丹霞の裳を披く。

手を揮って若木を折り,此の西日の光を拂う。

雲臥して八極に遊び,玉顏 已に千霜。

#2

飄飄として無倪に入り,稽首して上皇に祈る。

我を呼んで太素に遊び,玉杯 瓊漿を賜う。

一餐 萬何んぞ故還るを用いん

永く長風に隨って去り,天外 恣【ほしいまま】に飄揚せん。

太白山00 

 

『古風,五十九首之四十一』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十一 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

 

(下し文)

古風,五十九首之四十一 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

揮手折若木,拂此西日光。

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

 

(現代語訳)

(遊仙郷の詩)

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

漢文委員会紀頌之タイトル002李白1000 

(訳注)

古風,五十九首之四十一 

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(遊仙郷の詩)      

 

朝弄紫沂海,夕披丹霞裳。

既に仙術を習得し、朝には紫泥の海に行って戯れ、夕べには霞と見間違えるかと見える様に赤い衣を着て自由に天を飛び廻る。

紫沂海 東方朔が仙郷の紫沂の海に入って何年も遊んで汚れた着物を紫水で洗濯し、帰った。浦島太郎のように年を経ていた。

丹霞裳 赤い色の衣。

 

揮手折若木,拂此西日光。

こうして、手を振って崑崙の西に生えている若木を斬り折り、これをもって一たびはらえば落ちかかった太陽を招きかえすことが出来るというので、その通力は大したものである。

若木 若木は崑崙の西に生えている。楚辞、離騒「折若木以拂日兮、聯逍遥以相羊」

 

雲臥遊八極,玉顏已千霜。

こうなれば、この身を雲に臥したままで精神を八極の表に遊ばせて、顔色は他のようであり、千年を経たとしても少しも変わった様子がないのである。

八極 八方、宇宙。

千霜 千年。
李白図102 

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朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。

 
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40巻一 古風,五十九首之四十    鳳飢不啄粟。

年:744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

三門 (都畿道 陜州 三門) 別名:砥柱    

 

 

古風,五十九首之四十

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。

幸遇王子晉。 結交青云端。

さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。

 

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

太白山001 

『古風,五十九首之四十』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

幸遇王子晉。 結交青云端。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

 

(下し文)

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅玕【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。
どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。
朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。
住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。
さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。

受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。

 

安史の乱当時の勢力図 

(訳注)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

鳳飢不啄粟、所食唯琅玕。
鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。
鳳凰ほうおう。姫を鳳、雌を凰といい、想像上の動物。聖人が天子の位にあれば、それに応じて現われるという瑞鳥である。形は、前は臍、後は鹿、くびは蛇、尾は魚、もようは竜、背は亀、あごは燕、くちばしは鶏に似、羽の色は五色、声は五音に中る。梧桐に宿り、竹の実を食い、酵泉の水を飲む、といわれる。李白自身を指す。

 穀物の総称。賄賂が平然となされていたことを示す。

琅玕 玉に似た一種の石の名。「山海経」には「崑崙山に琅玕の樹あり」とある。鳳がそれを食うといわれる。天子から受ける正当な俸禄。


焉能與羣鶏、刺蹙爭一餐。
どこにでもいるにわとりの群れに加わったとしても、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。
羣鶏 宮廷の官吏、宦官、宮女をさす。

刺蹙 こせこせ。


朝鳴崑邱樹、夕飮砥柱湍。
朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。
崑邱樹 崑崙山の絶頂にそびえる木。「山海経」に「西海の南、流沙の浜、赤水の後、黒水の前、大山あり、名を足寄の邸という」とある。朝の朝礼、天子にあいさつする。

砥柱濡 湖は早瀬。砥柱は底柱とも書き、黄河の流れの中に柱のように突立っている山の名。翰林院での古書を紐解き勉学する。

朝鳴二句「港南子」に「鳳凰、合って万仰の上に逝き、四海の外に翔翔し、崑崙の疏国を過ぎ、砥柱の浦瀬に飲む」とあるのにもとづく。


歸飛海路遠、獨宿天霜寒。
住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。
海路遠 仙境は海上はるか先の島ということ。李白の住まいは相応のもの以下だったのかもしれない。


幸遇王子晉、結交青雲端。
さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交を暖めるのだ。
王子晉むかしの仙人。周の霊王の王子で、名は晋。笙を吹いて鳳の鳴きまねをするのが好きで、道士の浮邱という者といっしょに伊洛(いまの河南省)のあたりに遊んでいたが、ついには白鶴に乗って登仙したといわれる。「列仙伝」に見える。○青雲 青雲の志、立身出世。
 

懐恩未得報、感別空長歎。
受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。
李白図102 

39 《古風五十九首之三十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳271古風,五十九首之三十九登高望四海, <39> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。

 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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39 《古風五十九首之三十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43271古風,五十九首之三十九登高望四海, <39> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

 

 

年:  743  天寶二年  43

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十九 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

古風,五十九首之三十九 

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

登高望四海,天地何漫漫。 

重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。

榮華東流水,萬事皆波瀾。 

過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。

白日掩徂輝,浮雲無定端。 

日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。 

今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。

且復歸去來,劍歌行路難。 

ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。

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(古風,五十九首の三十九) 

高きに登って四海を望めば,天地 何ぞ漫漫たる。

霜は被って 群物 秋なり,風は飄って 大荒 寒し。

榮華は 東流の水,萬事は 皆 波瀾なり。

白日 徂輝を掩い,浮雲 定端 無し。

梧桐に 燕雀を巢はしめ,枳棘【ききょく】鴛鸞を棲ましむ。

且つ 復た 歸り去り來らん,劍歌す「行路難」。 

 

2蜀の山00 

『古風,五十九首之三十九』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十九 

登高望四海,天地何漫漫。 

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

榮華東流水,萬事皆波瀾。 

白日掩徂輝,浮雲無定端。 

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。 

且復歸去來,劍歌行路難。 

 

(含異文)

登高望四海,天地何漫漫。 

霜被群物秋,風飄大荒寒。 

殺氣落喬木,浮雲蔽層巒。 

孤鳳鳴天倪,遺聲何辛酸。 

遊人悲舊國,撫心亦盤桓。 

倚劍歌所思,曲終涕泗瀾。 

 

登高望四海,天地何漫漫。

霜被群物秋,風飄大荒寒。

榮華東流水,萬事皆波瀾。

白日掩徂輝,浮雲無定端。

梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。

且復歸去來,劍歌行路難【劍歌悲路難】。

 

【登高望四海,天地何漫漫。

霜被群物秋,風飄大荒寒。

殺氣落喬木,浮雲蔽層巒。

孤鳳鳴天倪,遺聲何辛酸。

遊人悲舊國,撫心亦盤桓。

倚劍歌所思,曲終涕泗瀾】。 

 

(下し文)

(古風,五十九首の三十九) 

高きに登って四海を望めば,天地 何ぞ漫漫たる。

霜は被って 群物 秋なり,風は飄って 大荒 寒し。

榮華は 東流の水,萬事は 皆 波瀾なり。

白日 徂輝を掩い,浮雲 定端 無し。

梧桐に 燕雀を巢はしめ,枳棘【ききょく】鴛鸞を棲ましむ。

且つ 復た 歸り去り來らん,劍歌す「行路難」。 

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。
凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。
日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。
今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。

ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
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(訳注)

古風,五十九首之三十九

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

登高望四海,天地何漫漫。
重陽の日には高い山に登り、四方、天下を見わたすものであり、天も地もはるかであり、ひろびろとして人の世の出来事の小さいことかを認識する。
登高 九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。後漢の桓景の故事に基づいた重陽の風習の一。魏・曹植の「茱萸自有芳,不若桂與蘭」や魏・阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」 

四海 古来から四方の地の果ては海となっているからそれの内の意》国内。世の中。天下。また、世界。『孟子』尽心上に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるをイメージしている。


霜被群物秋,風飄大荒寒。
凛凛たる霜が降り被い尽くすと、あらゆる草木は、黄ばんで枯れ、すべて穀物、木この実がうれ、秋になる。颯颯たる西風が吹いて、ひろびろとした荒野には寒々として誰もいなくなる。
○霜被 霜が降り被い 

○群物秋 霜が降り被い 

○風飄 ヒューと風が吹く 

○大荒 ひろびろとした荒野 

○寒 寒々として誰もいない。
 

榮華東流水,萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、栄枯盛衰は世の習いなのだ。又東流した水は再びその地に帰ることはなくこの朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っているのだ。
東流 中國の大河は東流している。水は東に流れるもの。其の位置にはとどまらない。いつかは消えていくもの。 

○萬 すべてのことがら。


白日掩徂輝,浮云無定端。
日中の太陽、天子の威光であり、あるいは、正論というものが、李林甫、宦官共のようにつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような姦臣の宦官たちは常識の端がないように思うがままにしているのだ。
白日 日中の太陽。天子の威光。正論。

浮云 うきぐも。李白は朝廷内の宦官のことを暗天の比喩としていうことが多い。 

無定端 定めの端がない。好き勝手なことをする。


梧桐巢燕雀,枳棘棲鴛鸞。
今では、燕と雀の小人物が本来鳳凰が棲むはずの青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、ただ睦まじいだけのおしどりと鸞鳳が棲んでおり、その権勢を借りて、カラタチと棘の様に人の邪魔をしている。
梧桐 あおぎり。玄宗と楊貴妃の生活を示したもの。元代の戯曲「梧桐雨」がある。また、『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。猜疑心を抱きつつの後宮生活を示す。

燕雀 小人物のこと。趙飛燕。楊貴妃の事。

枳棘 からたちととげ。人の邪魔をすること。 

棲鴛鸞 おしどりと鸞鳳。楊貴妃とその兄弟の事。
この聯は『史記』・陳渉世家に「燕雀安知鴻鵠之志哉」(燕雀いずくんぞ鴻鵠之志を知るや。:小人物は大人物、鴻鵠の志を知ることができようか)の一節に基づくもの。


且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
歸去來 陶淵明が仕官80日あまりで官を辞して故郷に帰った時の辞。

劍歌 孟嘗君(もうしょうくん)に苦言を呈した馮驩(ふうかん)は剣の柄をたたき詩を吟じた。

行路難 古楽府の名。 

 

李白図102 

 

 

 

其三十九

登高望四海。 天地何漫漫。 霜被群物秋。 風飄大荒寒。 榮華東流水。 萬事皆波瀾。

白日掩徂輝。 浮云無定端。 梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。 且復歸去來。 劍歌行路難。

 

( 行一作悲 ) ( 此詩一作 登高望四海。天地何漫漫。 霜被群物秋。 風飄大荒寒。

殺氣落喬木。 浮云蔽層巒。 孤鳳鳴天倪。 遺聲何辛酸。 游人悲舊國。 撫心亦盤桓。

倚劍歌所思。 曲終涕泗瀾。)

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一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

 
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製作年:730  開元十八年  30

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十八 

 

38巻一古風,五十九首之三十八 (孤蘭生幽園)

 

古風,五十九首之三十八

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

雖照陽春暉、復悲高秋月。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

若無清風吹、香氣為誰發。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

 

古風,五十九首之三十八

孤蘭は幽園に生じ、眾草 共に蕪沒す。

陽春の暉を照らすと雖も、復た高秋の月を悲む。

飛霜 早く淅瀝【せきれき】、綠艷 恐らくは休歇せん。

若し 清風の吹く無くんば、香氣 誰が為にか發する。

 

太白山001 

『古風,五十九首之三十八』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十八

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

雖照陽春暉、復悲高秋月。

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

若無清風吹、香氣為誰發。

 

(下し文)

古風,五十九首之三十八

孤蘭は幽園に生じ、眾草 共に蕪沒す。

陽春の暉を照らすと雖も、復た高秋の月を悲む。

飛霜 早く淅瀝【せきれき】、綠艷 恐らくは休歇せん。

若し 清風の吹く無くんば、香氣 誰が為にか發する。

 

(現代語訳)

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

rihakustep足跡 

 

(訳注)

古風,五十九首之三十八

(李白は一時、玄宗の知遇を得て、君側に咫尺したが、宦官、高力士の讒言を受けて放遂されたので、この詩を作ったものだ。)

 

孤蘭生幽園、眾草共蕪沒。

蘭は国香とさえ称するほどの薫り高い草であるが、その生じた場所はよろしくないもので、むなしく幽園の中にあるから、誰にも賞賛されることがなくてつまらない集草と共に蕪没して枯れてしまう。

 

雖照陽春暉、復悲高秋月。

無論、陽春の日には、これを照らして花を咲かせるのであるが、九月の歓喜のために凋まされるのがかわいそうで仕方がないのだ。

高秋月 九月。

 

飛霜早淅瀝、綠艷恐休歇。

既に秋となったと思う間に、霜が降ってきてせっかくもって生まれた緑艶の色は全く賞美されることなくして、休歇してしまう。

淅瀝【せきれき】哀れで寂しいさま。また、風雨や葉の落ちる音のもの寂しいさま。

 

若無清風吹、香氣為誰發。

もし、そこに清風が吹いて来て、蘭の香気を四方に伝播してくれればよいのだが、吹かなかったとすれば、折角の香気も何ら効果をなさないで終るというもの、それは自分が、一時は天子の知遇をえて、君側に咫尺したが、宦官の讒言を受けて放遂されたのだ。ただ一つ頼みとするのは、知己の人の吸引である。そういう人がいなければ、自分の持っている才能も何の役にも立たないで終ってしまうということだ。

玄武門 

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浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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37-#2

《古風五十九首之三十七》Index-26-1 747年天寶六年47466古風,五十九首之三十七燕臣昔慟哭, <37-#2> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543

 

 

37巻一  古風,五十九首之三十七

製作年:  747  天寶六年  47

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之十七 

作地點: 婺州(江南東道 / 婺州 / 婺州

及地點:  金華 (江南東道 婺州 金華)     

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

 

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

燕臣昔慟哭、五月飛秋霜。

鄒衍は燕国に忠誠を尽くしたにもかかわらず獄につながれ、その時点を仰いで、慟哭すると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。

庶女號蒼天、震風擊齊堂。

また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。

精誠有所感、造化為悲傷。

つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。

#2

而我竟何辜、遠身金殿旁。

ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。

浮云蔽紫闥、白日難回光。

浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

群沙穢明珠、眾草凌孤芳。

思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。

古來共嘆息、流淚空沾裳。

それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。

 

(古風,五十九首之三十七)

燕臣 昔 慟哭すれば、五月 秋霜を飛ばす。

庶女 蒼天に 號けべば、震風 齊堂を擊つ。

精誠 感ずる所有り、造化 為に悲傷。

 

而して我 竟に何んぞ辜【つみ】か、身を遠ざく金殿の旁。

浮云【ふうん】 紫闥【したつ】を蔽い、白日 光を回らし難し。

群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。

古來 共に嘆息、流淚 空しく裳を沾【うるお】す。

閶闔門001

 

『古風,五十九首之三十七』 現代語訳と訳註

(本文)#2

而我竟何辜、遠身金殿旁。

浮云蔽紫闥、白日難回光。

群沙穢明珠、眾草凌孤芳。

古來共嘆息、流淚空沾裳。

 

(下し文)

(古風,五十九首之三十七)#2

而して我 竟に何んぞ辜【つみ】か、身を遠ざく金殿の旁。

浮云【ふうん】 紫闥【したつ】を蔽い、白日 光を回らし難し。

群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。

古來 共に嘆息、流淚 空しく裳を沾【うるお】す。

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。

浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。

思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。

 

 玄武門

(訳注)

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

而我竟何辜。 遠身金殿旁。
ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金殿の傍らからこの身を遠ざけられてしまうのだ」。


浮云蔽紫闥。 白日難回光。
浮雲は、天子の居ます宮闕を蔽い、陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のようになった。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。


群沙穢明珠。 眾草凌孤芳。
思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
○群沙 ただ集まっている砂。誠実ならざる姦物が多い 

 けがれている。荒れ果てる。


古來共嘆息。 流淚空沾裳。
それは昔から毎々あることであって、嘆かわしいことであった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。
長安城皇城図 

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ると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。

 
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37-#1 《古風五十九首之三十七》Index-26-1 747年天寶六年47466古風,五十九首之三十七 燕臣昔慟哭, <37> Ⅰ李白詩1197 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4533

 

 

37巻一  古風,五十九首之三十七

製作年:  747  天寶六年  47

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之十七 

作地點: 婺州(江南東道 / 婺州 / 婺州

及地點:  金華 (江南東道 婺州 金華)     

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

 

 

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

燕臣昔慟哭、五月飛秋霜。

鄒衍は燕国に忠誠を尽くしたにもかかわらず獄につながれ、その時点を仰いで、慟哭すると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。

庶女號蒼天、震風擊齊堂。

また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。

精誠有所感、造化為悲傷。

つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。

#2

而我竟何辜、遠身金殿旁。

浮云蔽紫闥、白日難回光。

群沙穢明珠、眾草凌孤芳。

古來共嘆息、流淚空沾裳。

 

(古風,五十九首之三十七)

燕臣 昔 慟哭すれば、五月 秋霜を飛ばす。

庶女 蒼天に 號けべば、震風 齊堂を擊つ。

精誠 感ずる所有り、造化 為に悲傷。

 

而して我 竟に何んぞ辜【つみ】か、身を遠ざく金殿の旁。

浮云【ふうん】 紫闥【したつ】を蔽い、白日 光を回らし難し。

群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。

古來 共に嘆息、流淚 空しく裳を沾【うるお】す。

 

春秋戦国勢力図 

『古風,五十九首之三十七』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十七

燕臣昔慟哭、五月飛秋霜。

庶女號蒼天、震風擊齊堂。

精誠有所感、造化為悲傷。

 

(下し文)

(古風,五十九首之三十七)

燕臣 昔 慟哭すれば、五月 秋霜を飛ばす。

庶女 蒼天に 號けべば、震風 齊堂を擊つ。

精誠 感ずる所有り、造化 為に悲傷。

 

(現代語訳)

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

鄒衍は燕国に忠誠を尽くしたにもかかわらず獄につながれ、その時点を仰いで、慟哭すると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。

また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。
つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。

 

(訳注)

古風,五十九首之三十七

(この詩も、感嘆の詩で、李白が高力士らの讒言にあって、長安を追放された後作ったもの。)

高力士は、李白によって、脱靴の恥を懐き、清平楽の詞の語を摘まんで楊貴妃に譖し、法遂せられたのである。

 

燕臣昔慟哭、五月飛秋霜。

鄒衍は燕国に忠誠を尽くしたにもかかわらず獄につながれ、その時点を仰いで、慟哭すると真夏である五月というのに、秋に降りるはずの霜が飛んだという。

○燕臣 鄒衍(前305-240)天地万物は陰陽二つの性質を持ち、その消長によって変化する(日・春・南・男などが陽、月・秋・夜・女・北などが陰)とする陰陽説と、万物組成の元素を土・木・金・火・水とする五行説とをまとめ、自然現象から世の中の動き、男女の仲まであらゆることをこの陰陽五行説によって説明。彼の説は占いや呪術とも結びついて後世に多大な影響を与えた。どれほど影響があるかは「陽気」「陰気」という言葉や、曜日の名前を思い浮かべればすぐわかる。

○飛秋霜 秋に降りる霜が降り、風に飛んだ。

 

庶女號蒼天。 震風擊齊堂。
また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。
庶女 斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられた。



精誠有所感。 造化為悲傷。
つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。

36 《古風五十九首之三十六》Index-32Ⅳ-7 753年天寶十二年53歳583古風,五十九首之二十五世道日交喪, <36> Ⅰ李白詩1194 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4518

魯中連は東海を踏んで碧水に沈みそうになり、老子が西のかた、函谷関にいれば、紫氣がこれに随ってきたという。この魯中連と老子の二人は、まことに、沈冥隠晦の所を得たもので、我もまたこれらの人を学び、その精美芳芬の徳を受け継いでいきたいと思うのである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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36 《古風五十九首之三十六》Index-32Ⅳ-7 753年天寶十二年53歳583古風,五十九首之二十五世道日交喪, <36> Ⅰ李白詩1194 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4518 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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416-#4 《示爽》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集823年長慶三年<1110>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4534韓愈詩-416-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ《過故斛斯校書莊,二首之一〔自注:老儒艱難時,病於庸蜀,歎其沒後方授一官。〕》 杜甫index-14 764年 杜甫<776> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4535 杜甫詩1500-776-1078/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor4-415《天仙子二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-598-4-(415) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4537 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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36 《古風五十九首之三十六》Index-32-7 753年天寶十二年53583古風,五十九首之二十五世道日交喪, <36> Ⅰ李白詩1194 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4518

 

 

製作年:  753  天寶十二年  53

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十六 

 

 

古風,五十九首之三十六

士のもちられぬのは、もとより不幸、またもちいられても、まごまごすると、災いに遭う。そこで、魯中連や老子のように、高挙遠踏するのが第一だという意を述べたものである。

抱玉入楚國,見疑古所聞。

昔、聞く所によれば、卞和という人が、玉璞を携えて、楚国に入り、わざわざ、これを楚王に献じたところが、誰もこれを見分けることが出来なかった。

良寶終見棄,徒勞三獻君。

そんなことで、良寶も終に棄てられてしいまい、骨折り損の無駄なことをして、三度目にようやく玉だとわかって、君の手元におさまった。士が偶々もちいられたとしても、ややもすれば、その才が帰って累を為すことがあるということだ。

直木忌先伐,芳蘭哀自焚。

例えば、木が真っ直ぐであることで、かえって切り倒されてしまうとか、香木が臭いを含んでいるからと言って燃やされる様なものである。

盈滿天所損,沈冥道為群。

全て物事が十分であるのは、よろしくないので、盈滿になると、天からこれを損する。また、沈冥隠晦の域に至ったとすれば、とこしえに、道と群をなして、一緒にいることが出来るのである。

東海沈碧水,西關乘紫雲。

そういうことで、魯中連は東海を踏んで碧水に沈みそうになり、老子が西のかた、函谷関にいれば、紫氣がこれに随ってきたという。

魯連及柱史,可以躡清芳。

この魯中連と老子の二人は、まことに、沈冥隠晦の所を得たもので、我もまたこれらの人を学び、その精美芳芬の徳を受け継いでいきたいと思うのである。

 

(古風,五十九首の三十六)

玉をい抱て楚國に入り,見疑われしは 古しえ聞く所なり。

良寶 終に棄て見れ,徒勞 三たび君に獻ず。

直木は 先ず伐らるるを忌み,芳蘭は自ら焚くを哀む。

盈滿は 天 損する所,沈冥 道 群を為す。

東海 碧水に沈み,西關 紫雲に乘ず。

魯連及び柱史,以って清芳を躡む可し。

春秋戦国勢力図 

 『古風,五十九首之三十六』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十六

抱玉入楚國,見疑古所聞。

良寶終見棄,徒勞三獻君。

直木忌先伐,芳蘭哀自焚。

盈滿天所損,沈冥道為群。

東海沈碧水,西關乘紫雲。

魯連及柱史,可以躡清芳。

 

〔此詩一作〈感興〉云:朅來荊山客,誰為珉玉分。良寶見棄,虛持三獻君。直木忌先伐,芬蘭哀自焚。盈滿天所損,沈冥道所群。東海有碧水,西山多白雲。魯連及夷齊,可以躡清芬。

 

(下し文)

(古風,五十九首の三十六)

玉をい抱て楚國に入り,見疑われしは 古しえ聞く所なり。

良寶 終に棄て見れ,徒勞 三たび君に獻ず。

直木は 先ず伐らるるを忌み,芳蘭は自ら焚くを哀む。

盈滿は 天 損する所,沈冥 道 群を為す。

東海 碧水に沈み,西關 紫雲に乘ず。

魯連及び柱史,以って清芳を躡む可し。

 

(現代語訳)

士のもちられぬのは、もとより不幸、またもちいられても、まごまごすると、災いに遭う。そこで、魯中連や老子のように、高挙遠踏するのが第一だという意を述べたものである。

昔、聞く所によれば、卞和という人が、玉璞を携えて、楚国に入り、わざわざ、これを楚王に献じたところが、誰もこれを見分けることが出来なかった。

そんなことで、良寶も終に棄てられてしいまい、骨折り損の無駄なことをして、三度目にようやく玉だとわかって、君の手元におさまった。士が偶々もちいられたとしても、ややもすれば、その才が帰って累を為すことがあるということだ。

例えば、木が真っ直ぐであることで、かえって切り倒されてしまうとか、香木が臭いを含んでいるからと言って燃やされる様なものである。

全て物事が十分であるのは、よろしくないので、盈滿になると、天からこれを損する。また、沈冥隠晦の域に至ったとすれば、とこしえに、道と群をなして、一緒にいることが出来るのである。

そういうことで、魯中連は東海を踏んで碧水に沈みそうになり、老子が西のかた、函谷関にいれば、紫氣がこれに随ってきたという。

この魯中連と老子の二人は、まことに、沈冥隠晦の所を得たもので、我もまたこれらの人を学び、その精美芳芬の徳を受け継いでいきたいと思うのである。

呉越の地図 

(訳注)

古風,五十九首之三十六

この詩は、感嘆の詩で、士のもちられぬのは、もとより不幸、またもちいられても、まごまごすると、災いに遭う。そこで、魯中連や老子のように、高挙遠踏するのが第一だという意を述べたものである。

 

抱玉入楚國,見疑古所聞。

昔、聞く所によれば、卞和という人が、玉璞を携えて、楚国に入り、わざわざ、これを楚王に献じたところが、誰もこれを見分けることが出来なかった。

抱玉入楚國 韓非子卞和の故事。楚の卞和が美しい玉を含包した石を れい 王と武王に献じたが理解されず欺く者として両足を切られた。 やがて文王の代になり、その文王がその原石を磨かせたところ本当に宝玉であったという故事。 《韓非子、和氏篇》

 

良寶終見棄,徒勞三獻君。

そんなことで、良寶も終に棄てられてしいまい、骨折り損の無駄なことをして、三度目にようやく玉だとわかって、君の手元におさまった。士が偶々もちいられたとしても、ややもすれば、その才が帰って累を為すことがあるということだ。

 

直木忌先伐,芳蘭哀自焚。

例えば、木が真っ直ぐであることで、かえって切り倒されてしまうとか、香木が臭いを含んでいるからと言って燃やされる様なものである。

直木忌先伐 《荘子 山木》直木先伐、甘井先竭(直木は先ず伐られる、甘井は先ず竭く。)才能のすぐれた人は早く使い切って衰えてしまうことのたとえ。

 

盈滿天所損,沈冥道為群。

全て物事が十分であるのは、よろしくないので、盈滿になると、天からこれを損する。また、沈冥隠晦の域に至ったとすれば、とこしえに、道と群をなして、一緒にいることが出来るのである。

 

東海沈碧水,西關乘紫雲。

そういうことで、魯中連は東海を踏んで碧水に沈みそうになり、老子が西のかた、函谷関にいれば、紫氣がこれに随ってきたという。

東海沈碧水 戦国時代に魯中連という人は 『秦がもし天下の政権を握るようなことがあったら. すぐ私は東海に身をなげて死ぬ。 私はどう しても秦の民となることはできぬ。』 と激しい. 口調で言った。 世人は魯中連の精神に感動し、 その言葉を小気味よいと思った。

西關乘紫雲 城西の門の衛兵・尹喜は、東の空に紫雲がたなびくのに気づき、4人の供を連れた老子を出迎え、知恵を書き残して欲しいと願った。《史記》「老子西入函谷關。關令尹喜見紫雲西邁。」

 

魯連及柱史,可以躡清芳。

この魯中連と老子の二人は、まことに、沈冥隠晦の所を得たもので、我もまたこれらの人を学び、その精美芳芬の徳を受け継いでいきたいと思うのである。

魯中連【ろちゅうれん】(約前305年—前245年) 戦国時代の斉の雄弁家。高節を守って誰にも仕えず、諸国を遊歴した。魯連。

柱史 老子のこと周の柱下の史であることからこう呼ぶ。老子は、古代中国の哲学者であり、道教創案の中心人物。「老子」の呼び名は「偉大な人物」を意味する尊称と考えられている。書物『老子』を書いたとされるがその履歴については不明な部分が多く、実在が疑問視されたり、生きた時代について激しい議論が行われたりする。

清芳 精美芳芬の徳を受け継いでいきたいということ。
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つまらない技巧は、出来上ったものが用途が無く、製作者が王に養われて美々しい衣服で身を飾ったに過ぎないということなのだ。かの詩経の大雅は文王の孝徳を賛じたもので、それはまことに結構なことだが、今日これを誦辭てみてもただ古を懐情するということだけだし、詩経、頌の一文は、立派なものではあるが、それ自体は崩れ淪んでから久しいのである。

 
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製作年:  750  天寶九年  50

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十五 

及地點:  邯鄲 (河北道南部 邯鄲)     

 

 

古風,五十九首之三十五

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)

醜女來效顰,還家驚四鄰。

むかし、醜女が来て、西施の癪を煩い胸の苦しい時に胸をかかえて顔をしかめるのを見た、家に還って自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がって、隣近所を驚かした。

壽陵失本步,笑殺邯鄲人。

寿陵というところの二男が行儀作法を趙の都、邯鄲に至って其の地方の歩き方を学んだが出来ず、又其の故の歩き方も忘れ、腹ばって帰った、というので邯鄲の人を大笑ひさせた。

一曲斐然子,雕蟲喪天真。

かの斐然として文章ある子弟輩が詩歌を作るのはよいが、雕蟲の様な小技を弄し、つまらぬ修辞に凝って天真爛漫な妙趣をなくしてしまう。

 

棘刺造沐猴,三年費精神。

実際、三年の間精根を打込んで懸命に会得しようとしたが、何の役にも立たず、ただその人が、物事を計るのに、基準と為る度量が無いならば,此のイバラのとげを彫刻するというような(荒唐無稽な)を論じる言説の士が多くなることでしょうということなのだ

功成無所用,楚楚且華身。

つまらない技巧は、出来上ったものが用途が無く、製作者が王に養われて美々しい衣服で身を飾ったに過ぎないということなのだ。

大雅思文王,頌聲久崩淪。

かの詩経の大雅は文王の孝徳を賛じたもので、それはまことに結構なことだが、今日これを誦辭てみてもただ古を懐情するということだけだし、詩経、頌の一文は、立派なものではあるが、それ自体は崩れ淪んでから久しいのである。

安得郢中質,一揮成斧斤。 

何とかして郢中の目標に、風を起こす斧を揮って一遍に削り落して見たいものだ。

 

(古風,五十九首の三十五)

醜女 來って顰【ひん】に效【なら】い,家に還って四鄰を驚かす。

壽陵 本步を失い,邯鄲【かんたん】の人を笑殺す。

一曲 斐然の子,雕蟲【ちょうちゅう】天真を喪う。

 

棘刺【きょくし】沐猴【もくこう】を造り,三年 精神を費す。

功 成って用うる所無く,楚楚 且つ身を華にす。

大雅 文王を思い,頌聲【しょうせい】久しく崩淪【ほうりん】。

安んぞ得ん 郢中【えいちゅう】の質,一揮 斧斤【ふうきん】を成すを。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之三十五』 現代語訳と訳註

(本文)

棘刺造沐猴,三年費精神。

功成無所用,楚楚且華身。

大雅思文王,頌聲久崩淪。

安得郢中質,一揮成斧斤。 

 

(下し文)

棘刺【きょくし】沐猴【もくこう】を造り,三年 精神を費す。

功 成って用うる所無く,楚楚 且つ身を華にす。

大雅 文王を思い,頌聲【しょうせい】久しく崩淪【ほうりん】。

安んぞ得ん 郢中【えいちゅう】の質,一揮 斧斤【ふうきん】を成すを。 

 

(現代語訳)

実際、三年の間精根を打込んで懸命に会得しようとしたが、何の役にも立たず、ただその人が、物事を計るのに、基準と為る度量が無いならば,此のイバラのとげを彫刻するというような(荒唐無稽な)を論じる言説の士が多くなることでしょうということなのだ

つまらない技巧は、出来上ったものが用途が無く、製作者が王に養われて美々しい衣服で身を飾ったに過ぎないということなのだ。

かの詩経の大雅は文王の孝徳を賛じたもので、それはまことに結構なことだが、今日これを誦辭てみてもただ古を懐情するということだけだし、詩経、頌の一文は、立派なものではあるが、それ自体は崩れ淪んでから久しいのである。

何とかして郢中の目標に、風を起こす斧を揮って一遍に削り落して見たいものだ。

 

(訳注)

古風,五十九首之三十五

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)

 

棘刺造沐猴,三年費精神。

実際、三年の間精根を打込んで懸命に会得しようとしたが、何の役にも立たず、ただその人が、物事を計るのに、基準と為る度量が無いならば,此のイバラのとげを彫刻するというような(荒唐無稽な)を論じる言説の士が多くなることでしょうということなのだ

・棘刺造沐猴 《韓非子、外儲説左上》宋人で燕王のために、イバラのとげの先端で猿を作ることを願った者がいた。必ず三ヶ月の間、潔斎をして、その後に始めて像を觀ることができるのだと言った。そこで燕王は兵車三台(を出せる格式)の俸給を出し宋人を養った。燕王のそばに仕える治工(かじや)は王にこう言った「私は、人の上に立つ君主が十日も宴会をせず潔斎することはないと聞いております。今、宋人は王が用もない器を観るために潔斎することなど不可能だと考えて,そこで三ヶ月を期限としたのでしょう。凡そ彫刻する者が,彫刻のために用いる道具は必ず削るものより小さい道具を使います。今、私は鍛冶屋ですが,(イバラのとげの先より小さい)そんな彫刻刀は作ることはできません。此れはありえない物であります。王よ、必ずこの事を御明察なさって下さい。」そこで王は、宋人を囚えて尋問したところ,果たして虚言だったので,この人を殺した。鍛冶屋は王にこう言った「物事を計るのに、基準と為る度量が無いならば,此のイバラのとげを彫刻するというような(荒唐無稽な)を論じる言説の士が多くなることでしょう。

・三年費精紳 是は上韓非子の故事と無関係だが、「荘子」列御寇篇に見える、朱泙が竜を屠るの術を学び、三年にして技成る、而して其の巧を用いる所無し、と云ふ寓話を結合したものらしい。

 

功成無所用,楚楚且華身。

つまらない技巧は、出来上ったものが用途が無く、製作者が王に養われて美々しい衣服で身を飾ったに過ぎないということなのだ。

・楚楚 鮮明の貌。

 

大雅思文王,頌聲久崩淪。

かの詩経の大雅は文王の孝徳を賛じたもので、それはまことに結構なことだが、今日これを誦辭てみてもただ古を懐情するということだけだし、詩経、頌の一文は、立派なものではあるが、それ自体は崩れ淪んでから久しいのである。

・思文王 「詩経」大雅の首十すだれ篇は主として周の文王に関することが詠じられてゐる。

・頌聾 「詩経」に周頌・裔頌・魯頌有り、主として其の先組を祭る歌。大雅と並んで荘重なる詩。

 

安得郢中質,一揮成斧斤。 

何とかして郢中の目標に、風を起こす斧を揮って一遍に削り落して見たいものだ。

・安得 あきらてのひら願望を表はす言葉。

・郢中質 郢の人が其の鼻の端に白土を蝿の翼ほど塗り付けて、匠石(石工)をして之を削らせてみると、斧を運らして風を成し、つちを削り取って鼻は傷かない。後に此の質になる男が死んでから、匠石の妙技も出来なくなった《荘子、徐無鬼》。

・質 もと弓の質的【まと】。ここでは運斤の目標である。

・成斧斤 宋本には「成斧斤」と有るが斤は斧である。
李白図102 

35ー#1 《古風五十九首之三十五》Index-29Ⅳ-4 750年天寶九年50歳538古風,五十九首之三十五醜女來效顰, <35ー#1> Ⅰ李白詩1195 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4523

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)むかし、醜女が来て、西施の癪を煩い胸の苦しい時に胸をかかえて顔をしかめるのを見た、家に還って自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がって、隣近所を驚かした。

 
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製作年:  750  天寶九年  50

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十五 

及地點:  邯鄲 (河北道南部 邯鄲)     

 

 

古風,五十九首之三十五

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)

醜女來效顰,還家驚四鄰。

むかし、醜女が来て、西施の癪を煩い胸の苦しい時に胸をかかえて顔をしかめるのを見た、家に還って自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がって、隣近所を驚かした。

壽陵失本步,笑殺邯鄲人。

寿陵というところの二男が行儀作法を趙の都、邯鄲に至って其の地方の歩き方を学んだが出来ず、又其の故の歩き方も忘れ、腹ばって帰った、というので邯鄲の人を大笑ひさせた。

一曲斐然子,雕蟲喪天真。

かの斐然として文章ある子弟輩が詩歌を作るのはよいが、雕蟲の様な小技を弄し、つまらぬ修辞に凝って天真爛漫な妙趣をなくしてしまう。

 

棘刺造沐猴,三年費精神。

功成無所用,楚楚且華身。

大雅思文王,頌聲久崩淪。

安得郢中質,一揮成斧斤。 

 

(古風,五十九首の三十五)

醜女 來って顰【ひん】に效【なら】い,家に還って四鄰を驚かす。

壽陵 本步を失い,邯鄲【かんたん】の人を笑殺す。

一曲 斐然の子,雕蟲【ちょうちゅう】天真を喪う。

 

棘刺【きょくし】沐猴【もくこう】を造り,三年 精神を費す。

功 成って用うる所無く,楚楚 且つ身を華にす。

大雅 文王を思い,頌聲【しょうせい】久しく崩淪【ほうりん】。

安んぞ得ん 郢中【えいちゅう】の質,一揮 斧斤【ふうきん】を成すを。 

 

安史の乱当時の勢力図 

『古風,五十九首之三十五』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十五

醜女來效顰,還家驚四鄰。

壽陵失本步,笑殺邯鄲人。

一曲斐然子,雕蟲喪天真。

 

(下し文)

(古風,五十九首の三十五)

醜女 來って顰【ひん】に效【なら】い,家に還って四鄰を驚かす。

壽陵 本步を失い,邯鄲【かんたん】の人を笑殺す。

一曲 斐然の子,雕蟲【ちょうちゅう】天真を喪う。

 

(現代語訳)

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)

むかし、醜女が来て、西施の癪を煩い胸の苦しい時に胸をかかえて顔をしかめるのを見た、家に還って自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がって、隣近所を驚かした。

寿陵というところの二男が行儀作法を趙の都、邯鄲に至って其の地方の歩き方を学んだが出来ず、又其の故の歩き方も忘れ、腹ばって帰った、というので邯鄲の人を大笑ひさせた。

かの斐然として文章ある子弟輩が詩歌を作るのはよいが、雕蟲の様な小技を弄し、つまらぬ修辞に凝って天真爛漫な妙趣をなくしてしまう。

安史期のアジアssH 

(訳注)

古風,五十九首之三十五

(この詩は、これまで詩賦を作るものが、その本領を了解していないことを嘲ったものである。)

 

醜女來效顰,還家驚四鄰。

むかし、醜女が来て、西施の癪を煩い胸の苦しい時に胸をかかえて顔をしかめるのを見た、家に還って自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がって、隣近所を驚かした。

○敦壕 《荘子、天運篇》〔西施が胸を病み,胸をかかえて顔をしかめるのを見た醜女が,自分もそのしぐさを真似れば美しく見えると思って顔をしかめたところ,人が気味悪がったという「荘子天運」の寓話から〕むやみに人の真似をして物笑いとなること。また,人の真似をしたものであることを謙遜していう場合に使う。西施捧心(ほうしん)。単に「顰みに倣う」とも。

 

壽陵失本步,笑殺邯鄲人。

寿陵というところの二男が行儀作法を趙の都、邯鄲に至って其の地方の歩き方を学んだが出来ず、又其の故の歩き方も忘れ、腹ばって帰った、というので邯鄲の人を大笑ひさせた。

矢本歩 壽陵の若者が趙の都、邯鄲に至って其の地方の歩き方を学んだが出来ず、又其の故の歩き方も忘れ、腹ばって帰った《荘子、秋水篇》。

(寿陵 中国の皇帝が生前にあらかじめ造営する陵墓。驪山(りざん)の始皇陵が最大だが,渭水北方の前漢の帝陵,洛陽付近の後漢の帝陵,醴泉(れいせん)の唐の太宗の昭陵も有名。)

 

一曲斐然子,雕蟲喪天真。

かの斐然として文章ある子弟輩が詩歌を作るのはよいが、雕蟲の様な小技を弄し、つまらぬ修辞に凝って天真爛漫な妙趣をなくしてしまう。

・一曲一隅である。一地方。

・斐然 文章を成すの貌。

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これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。

 
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製作年:  751  天寶十年  51

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十四 

寫及地點:  紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)     

 

古風,五十九首之三十四 #1

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

羽檄如流星,虎符合專城。

雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。

喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

白日曜紫微,三公運權衡。

白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。

地皆得一,澹然四海清。

老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。

#2

借問此何為,答言楚徵兵。

こうした太平という時において、このように騒ぐというのはいったいどうしたことかと問うてみると、答えていうには、楚の地方で兵隊を徴集しているというのだ。

渡瀘及五月,將赴雲南征。

ただでさえ、亜熱帯の雲南地方であついのである、五月になれば濾水を渡ることができ、それまでに徴兵して雲南におもむき、いくさをしようというのだ。

怯卒非戰士,炎方難遠行。

これまで、中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。

長號別嚴親,日月慘光晶。

そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣いて泣いて、泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。

#3

泣盡繼以血,心摧兩無聲。

そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。

困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。

千去不一回,投軀豈全生。

千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。

如何舞干戚,一使有苗平。  

ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。

 

(古風,五十九首之三十四)

羽檄は流星の如く,虎符は專城に合す。

喧呼 邊の急を救わんとす,群鳥 皆 夜鳴く。

白日 紫微に曜き,三公 權衡を運す。

天地 皆 一を得,澹然として四海清し。

#2

借問す 此れ何にをか為す,答えて言く 「楚 兵を徵す」と。

瀘を渡って五月に及び,將に雲南に赴いて征せんとす。

怯卒は 戰士に非らず,炎方は 遠行に難し。

長號して 嚴親に別れ,日月 光晶慘たり。

#3

泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。

困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。

千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。

如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。 

 

安史の乱当時の勢力図 

『古風,五十九首之三十四』 現代語訳と訳註

(本文)

泣盡繼以血,心摧兩無聲。

困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

千去不一回,投軀豈全生。

如何舞干戚,一使有苗平。

 

(下し文) #3

泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。

困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。

千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。

如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。 

 

(現代語訳)

そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。

これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。

千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。

ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。

 

 

古風,五十九首之三十四 #3

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

7514月楊國忠の雲南戦線の戦いに敗れ、死者6万人をかぞえるも、なお徴兵し続けた。高仙芝、大食国を攻め、タラス河において大敗す。

長安と西域 地図01 

#3

泣盡繼以血,心摧兩無聲。

そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。

 

困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。

 

千去不一回,投軀豈全生。

千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。

 

如何舞干戚,一使有苗平。 

ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。

〇千戚 たてとまさかり、転じて武器の稔称。むかし三皇五帝の聖人舜帝は干戚を手にして舞っただけで有苗族がたちまち服従したという故事を引用。

○有苗 中国古代の少数民族の名。
呉越の地図 

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中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。

 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
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製作年:  751  天寶十年  51

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十四 

寫及地點:  紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)     

 

古風,五十九首之三十四 #1

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

羽檄如流星,虎符合專城。

雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。

喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

白日曜紫微,三公運權衡。

白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。

地皆得一,澹然四海清。

老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。

#2

借問此何為,答言楚徵兵。

こうした太平という時において、このように騒ぐというのはいったいどうしたことかと問うてみると、答えていうには、楚の地方で兵隊を徴集しているというのだ。

渡瀘及五月,將赴雲南征。

ただでさえ、亜熱帯の雲南地方であついのである、五月になれば濾水を渡ることができ、それまでに徴兵して雲南におもむき、いくさをしようというのだ。

怯卒非戰士,炎方難遠行。

これまで、中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。

長號別嚴親,日月慘光晶。

そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣いて泣いて、泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。

#3

泣盡繼以血,心摧兩無聲。

困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

千去不一回,投軀豈全生。

如何舞干戚,一使有苗平。 

 

(古風,五十九首之三十四)

羽檄は流星の如く,虎符は專城に合す。

喧呼 邊の急を救わんとす,群鳥 皆 夜鳴く。

白日 紫微に曜き,三公 權衡を運す。

天地 皆 一を得,澹然として四海清し。

#2

借問す 此れ何にをか為す,答えて言く 「楚 兵を徵す」と。

瀘を渡って五月に及び,將に雲南に赴いて征せんとす。

怯卒は 戰士に非らず,炎方は 遠行に難し。

長號して 嚴親に別れ,日月 光晶慘たり。

#3

泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。

困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。

千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。

如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。 

2蜀の山00 

 

『古風,五十九首之三十四』 現代語訳と訳註

(本文) #2

借問此何為,答言楚徵兵。

渡瀘及五月,將赴雲南征。

怯卒非戰士,炎方難遠行。

長號別嚴親,日月慘光晶。

 

(下し文)#2

借問す 此れ何にをか為す,答えて言く 「楚 兵を徵す」と。

瀘を渡って五月に及び,將に雲南に赴いて征せんとす。

怯卒は 戰士に非らず,炎方は 遠行に難し。

長號して 嚴親に別れ,日月 光晶慘たり。

 

(現代語訳)

こうした太平という時において、このように騒ぐというのはいったいどうしたことかと問うてみると、答えていうには、楚の地方で兵隊を徴集しているというのだ。

ただでさえ、亜熱帯の雲南地方であついのである、五月になれば濾水を渡ることができ、それまでに徴兵して雲南におもむき、いくさをしようというのだ。

これまで、中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。

そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣いて泣いて、泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。

幻日環01 

(訳注) #2

古風,五十九首之三十四 #2

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

7514月楊國忠の雲南戦線の戦いに敗れ、死者6万人をかぞえるも、なお徴兵し続けた。高仙芝、大食国を攻め、タラス河において大敗す。

 

#2

借問此何為,答言楚徵兵。

こうした太平という時において、このように騒ぐというのはいったいどうしたことかと問うてみると、答えていうには、楚の地方で兵隊を徴集しているというのだ。

○借問 ちょっとたずねる。

○楚徴兵 天宝十載(751年)唐の玄宗は兵を発し、雲南地方の新興国、タイ族の商詔に遠征して大敗した。八万の大軍が渡水の南で全滅したにもかかわらず、宰相の楊国忠は勝利したと上奏し、それをごまかすために、ふたたび七万の軍で南詔を討とうとした。これがまた大敗したが、このとき人民は、十中八九まで倒れて死ぬという雲南のわるい毒気のうわさを聞いており、だれも募集に応じない。楊国忠は各地に使を派遣して徴兵の人数をわりあて、強制的に召集した。楚は、雲南地方に地を接する南方の地方。なお、中庸の詩人、白居易(楽天)の「新豊折臂翁」というすぐれた詩は、この雲南征伐の際、自分で自分の腕をへし折って徴兵をのがれたという厭戦詩である。

 

渡瀘及五月,將赴雲南征。

ただでさえ、亜熱帯の雲南地方であついのである、五月になれば濾水を渡ることができ、それまでに徴兵して雲南におもむき、いくさをしようというのだ。

○渡 楚から書簡に入るところに、瀘水という川がある。いまの雲南省の北境を流れる金沙江(長江の上流)のこと。この川がおそろしい川である。一種の毒ガスを発散して、毎年三月、四月にこの川をわたると必ず中毒で死ぬという。五月になると渡れるが、それでも吐気をもよおした。するという。

○五月 旧暦だから、真夏のさいちゅうである。

 

怯卒非戰士,炎方難遠行。

これまで、中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。

 

長號別嚴親,日月慘光晶。

そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣いて泣いて、泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。
李白図102 

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《古風五十九首之三十四》雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

 
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34-#1 《古風五十九首之三十四》Index-30-5 751年天寶十年51554古風,五十九首之三十四羽檄如流星, <34-#1> Ⅰ李白詩1192 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4508

 

 

製作年:  751  天寶十年  51

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十四 

寫及地點:  紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)     

 

古風,五十九首之三十四 #1

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

羽檄如流星,虎符合專城。

雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。

喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

白日曜紫微,三公運權衡。

白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。

天地皆得一,澹然四海清

老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。

#2

借問此何為,答言楚徵兵。

渡瀘及五月,將赴雲南征。

怯卒非戰士,炎方難遠行。

長號別嚴親,日月慘光晶。

#3

泣盡繼以血,心摧兩無聲。

困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

千去不一回,投軀豈全生。

如何舞干戚,一使有苗平。 

 

羽檄如流星,虎符合專城。喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

白日曜紫微,三公運權衡。天地皆得一,澹然四海清。

借問此何為,答言楚徵兵。渡瀘及五月,將赴雲南征【將赴雲南行】。

怯卒非戰士,炎方難遠行【炎方難遠征】。長號別嚴親,日月慘光晶。

泣盡繼以血,心摧兩無聲。困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。

千去不一回,投軀豈全生。如何舞干戚,一使有苗平。 

 

(古風,五十九首之三十四)

羽檄は流星の如く,虎符は專城に合す。

喧呼 邊の急を救わんとす,群鳥 皆 夜鳴く。

白日 紫微に曜き,三公 權衡を運す。

天地 皆 一を得,澹然として四海清し。

#2

借問す 此れ何にをか為す,答えて言く 「楚 兵を徵す」と。

瀘を渡って五月に及び,將に雲南に赴いて征せんとす。

怯卒は 戰士に非らず,炎方は 遠行に難し。

長號して 嚴親に別れ,日月 光晶慘たり。

#3

泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。

困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。

千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。

如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。 

李白図102 

『古風,五十九首之三十四』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十四 #1

羽檄如流星,虎符合專城。

喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

白日曜紫微,三公運權衡。

天地皆得一,澹然四海清。

 

 

(下し文)

古風 其の三十四

羽轍 流星の如く、虎符 専城に合す

喧しく呼んで 辺の急を救わんとし、群島は 皆 夜鳴く

白日 紫徴に曜き、天王三三

地ち公言、権衡を運らす

 

 

(現代語訳)

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。

いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。

老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。

 

(訳注)

古風,五十九首之三十四 #1

(この時期天宝十年前後の時事について詠う)

7514月楊國忠の雲南戦線の戦いに敗れ、死者6万人をかぞえるも、なお徴兵し続けた。高仙芝、大食国を攻め、タラス河において大敗す。

太白山001 

羽檄如流星,虎符合專城。

雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。

○羽檄 檄は木札通知書。急用のはあいに鶏の羽を目印につけた。この詩では、速達の召集令状。

○虎符 兵士を徴発するときに用いる割符。銅片か竹片を用い、虎の絵が刻みこまれ、半分は京に留め、半分は将軍に賜わり、その命令の真実であることの証拠とした。

○専城 城を専らにする、蒜の主、すなわち一州一部の主で、地方の将軍のこと。

 

喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。

いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。

○辺急 国境の危急。

 

白日曜紫微,三公運權衡。

白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。

○紫徴天子の御座所。

〇三公 周代以来、時代によって内容が異なるが、地位の最も高い大臣である。唐の制度では、大尉・司徒・司空を三公とした。

○権衡 はかりのおもりと竿と。これを運用するというのは、政治を正しく行うこと。

 

天地皆得一,澹然四海清。

老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。

○天地皆得一 天下太平のこと。「天は一を得て以て清く、地は一を得て以て寧し」というのは「老子」の言葉であるが、「一」というのは「道」といいかえてもよい。

○澹然 ごたごたせず、さっぱりとしておだやかなさま。

〇四海 大地の四方のはてに海があると中国人は意識していた。
DCF00207 

33 《古風五十九首之三十三》Index-4Ⅰ- 4-725年開元十三年25歳20古風,五十九首之三十三北溟有巨魚, <33> Ⅰ李白詩1191 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4503

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 孟郊張籍     
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33 《古風五十九首之三十三》Index-4- 4-725年開元十三年2520古風,五十九首之三十三北溟有巨魚, <33> Ⅰ李白詩1191 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4503

 

 

製作年:  725  開元十三年  25

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十三 

作地點: 江陵(山南東道 / 荊州 / 江陵

 

 

古風,五十九首之三十三

 (この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。)

北溟有巨魚,身長數千里。 

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

 

(五十九首の三十三)

北溟 巨魚有り,身長 數千里。

仰いで 三山の雪を噴き,橫たえて 百川の水を吞む。

憑陵 海の運するに隨い,燀赫 風の起るに因る。

吾れ 天を摩して飛ぶを觀るに,九萬 方に未だ已まず。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之三十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,身長數千里。 

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

 

(下し文)

(五十九首の三十三)

北溟 巨魚有り,身長 數千里。

仰いで 三山の雪を噴き,橫たえて 百川の水を吞む。

憑陵 海の運するに隨い,燀赫 風の起るに因る。

吾れ 天を摩して飛ぶを觀るに,九萬 方に未だ已まず。 

 

(現代語訳)

(この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。)

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之三十三

(この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。

荘子:「逍遥遊篇」

 「北冥有魚、其名為鯤。鯤之大、不知其幾千里也。化而為鳥、其名為鵬。鵬之背、不知其幾千里也。怒而飛、其翼若垂天之雲。是鳥也、海運則將徙於南冥。南冥者、天池也。齊諧者、志怪者也。諧之言曰「鵬之徙於南冥也、水?三千里、摶扶搖而上者九萬里、去以六月息者也。

魚あり、其の名を鯤【コン】と為す。鯤の大きさ其の幾千里なるかを知らず。化して鳥と為るや、其の名を鵬【ホウ】と為す。鵬の背【そびら】、其の幾千里なるかを知らず。怒【ド】して飛べば其の翼は垂天【スイテン】 の雲の若【ごと】し。是の鳥や、海の運【うご】くとき則ち将に南冥に徙【うつ】らんとす。南冥とは天池なり。齊諧【セイカイ】とは怪を志れる者なり。諧の言に曰わく、「鵬の南冥に徙【うつ】るや、水に擊【う】つこと三千里、扶搖【フヨウ・つむじかぜ】に摶【はう】ちて上ること九万里、去るに六月の息【かぜ】を以てする者なり」と。

  荘子が語る「逍遥遊」(ショウヨウユウ)の世界。開巻劈頭、「鵬鯤」の物語である。

  この世界の北の果て、波も冥(くら)い海に魚がいて、その名は鯤という。その鯤の大きさは、いったい何千里あるのか見当もつかないほどの、とてつもない大きさだ。

  この巨大な鯤が(時節が到来し)転身の時を迎えると、姿を変えて鳥となる。その名は鵬という。その背(せな)の広さは幾千里あるのか見当もつかない。

  この鵬という巨大な鳥が、一たび満身の力を奮って大空に飛びたてば、その翼の大きいこと、まるで青空を掩(おお)う雲のようだ。

  この鳥は、(季節風が吹き)海の荒れ狂うときになると、(その大風に乗って飛び上がり)、南の果ての海へと天翔(あまがけ)る。「南の果ての海」とは天の池である。

齊諧(セイカイ)という人は世の中の不思議な話をしっている物識りだが、彼の話によると、「鵬が南の果ての海に移る時には、水に撃(う)つこと三千里、つむじかぜに羽ばたいて上ること九万里、六月の風に乗って天がけり去る(飛び去る)のだ」という。

  かげろうか、塵埃(ジンアイ)か、生きとし生けるもののひしめきあって呼吸するこの地上の世界。

 

北溟有巨魚,身長數千里。 

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

 

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

三山 神仙三山は東海の蒼海に浮ぶ蓬莱・瀛州・方丈の山をいう。

 

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

 

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

摩天 天に達するほど(高い)摩天楼。

九萬 九万里
李白図102 

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秋の蝉は物寂しげに皆軒の先に留まって鳴いているものだが、そうした季節を示すものが私の感情を愁いにするものであってこの季節にはそれがおさまってしまうことなどないのだ。天運というもの尽きることはないし、良辰はいつともわからないものである。これは人にも言えることで、功名を立てるべき好機会に容易には出会うことなどなくて、やがては窮途に沈淪する。

 
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製作年:  753  天寶十二年  53

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十二 

 

古風,五十九首之三十二

(李白が秋について詠ったものであるが、宋玉の九弁に影響を受けて作っている。)

蓐收肅金氣,西陸弦海月。

秋を司る蓐收という神は金気が肅然として、見にしむ季節であり、海から上がって來る上弦の月は西陸の軌道を通ってゆく。

秋蟬號階軒,感物憂不歇。

秋の蝉は物寂しげに皆軒の先に留まって鳴いているものだが、そうした季節を示すものが私の感情を愁いにするものであってこの季節にはそれがおさまってしまうことなどないのだ。

良辰竟何許,大運有淪忽。

天運というもの尽きることはないし、良辰はいつともわからないものである。これは人にも言えることで、功名を立てるべき好機会に容易には出会うことなどなくて、やがては窮途に沈淪する。

天寒悲風生,夜久眾星沒。

こうして、この秋も暮れてゆけば、悲風蕭颯として寒空を拂い、そして夜も長く、多くの星もいつしか消えてしまう

惻惻不忍言,哀歌逮明發。

かくして、惻惻の情、自ずから言うに忍びず、しいて哀歌を発して秋の夜もすがら眠りもしないで立待夜が明けたしまったという次第だ。

 

(古風,五十九首の三十二)

蓐收【じょくしゅう】金氣肅たり,西陸 海月に弦す。

秋蟬 階軒に號び,物に感じて憂 歇まず。

良辰 竟に何許【いづこ】ぞ,大運に淪忽【りんこつ】有り。

天寒くして 悲風生じ,夜久しくして 眾星沒す。

惻惻として 言うに忍びず,哀歌 明發に逮す。

 

nat0019 

『古風,五十九首之三十二』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十二

蓐收肅金氣,西陸弦海月。

秋蟬號階軒,感物憂不歇。

良辰竟何許,大運有淪忽。

天寒悲風生,夜久眾星沒。

惻惻不忍言,哀歌逮明發。

 

(下し文)

(古風,五十九首の三十二)

蓐收【じょくしゅう】金氣肅たり,西陸 海月に弦す。

秋蟬 階軒に號び,物に感じて憂 歇まず。

良辰 竟に何許【いづこ】ぞ,大運に淪忽【りんこつ】有り。

天寒くして 悲風生じ,夜久しくして 眾星沒す。

惻惻として 言うに忍びず,哀歌 明發に逮す。

 

(現代語訳)

(李白が秋について詠ったものであるが、宋玉の九弁に影響を受けて作っている。)

秋を司る蓐收という神は金気が肅然として、見にしむ季節であり、海から上がって來る上弦の月は西陸の軌道を通ってゆく。

秋の蝉は物寂しげに皆軒の先に留まって鳴いているものだが、そうした季節を示すものが私の感情を愁いにするものであってこの季節にはそれがおさまってしまうことなどないのだ。

天運というもの尽きることはないし、良辰はいつともわからないものである。これは人にも言えることで、功名を立てるべき好機会に容易には出会うことなどなくて、やがては窮途に沈淪する。

こうして、この秋も暮れてゆけば、悲風蕭颯として寒空を拂い、そして夜も長く、多くの星もいつしか消えてしまう

かくして、惻惻の情、自ずから言うに忍びず、しいて哀歌を発して秋の夜もすがら眠りもしないで立待夜が明けたしまったという次第だ。

 

(55moon訳注)

古風,五十九首之三十二

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(李白が秋について詠ったものであるが、以下に示す宋玉の九弁に影響を受けて作っている。)

宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。
「秋を悲しむ」とよんでもよい。『九辯』については全文訳注を掲載していいる。
九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144

 

蓐收肅金氣,西陸弦海月。

秋を司る蓐收という神は金気が肅然として、見にしむ季節であり、海から上がって來る上弦の月は西陸の軌道を通ってゆく。

○蓐收【じょくしゅう】 秋の神。全身金色の片であり,左耳一条金蛇を穿つ,脚は两条金,面は人で身は虎である,肩には胛 羽翼を生ず. ①蓐收とは秋の神をいう,左耳有蛇,乘两条 ②白帝少昊神——秋神蓐收。③古代伝説中の西方の神名であり,秋を司る

○西陸 秋になって月の通過する軌道。立春立秋には月は東方青道を行く、東陸という。立夏夏至には月は南方黄道を行く南陸という。立秋秋分には月は西方白道を行く、西陸という。立冬冬至には月は北方黒道を行く、北陸という。

○弦 上弦の月、下弦の月。新月と満月の中間にある月をいう。

 

秋蟬號階軒,感物憂不歇。

秋の蝉は物寂しげに皆軒の先に留まって鳴いているものだが、そうした季節を示すものが私の感情を愁いにするものであってこの季節にはそれがおさまってしまうことなどないのだ。

 

良辰竟何許,大運有淪忽。

天運というもの尽きることはないし、良辰はいつともわからないものである。これは人にも言えることで、功名を立てるべき好機会に容易には出会うことなどなくて、やがては窮途に沈淪する。

○何許 何処。

○大運 天運。

○淪忽 秋がくれて行く様に人生も暮れてゆく。

 

天寒悲風生,夜久眾星沒。

こうして、この秋も暮れてゆけば、悲風蕭颯として寒空を拂い、そして夜も長く、多くの星もいつしか消えてしまう

 

惻惻不忍言,哀歌逮明發。

かくして、惻惻の情、自ずから言うに忍びず、しいて哀歌を発して秋の夜もすがら眠りもしないで立待夜が明けたしまったという次第だ。

 

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元来、鎬池の鎬は秦の都、咸陽を去ること遠からず、昔、周の武王のみやこしたところである。鎬池君は即ち、周の武王である。武王は生時に殷紂を打って、天下をとったのであるが、今や秦の始皇帝の荒淫は殷紂の如く、それも妤けれど、天命の巡り会わせで来年は死ぬというのである。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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31          巻一      

古風五十九首之三十一

鄭容西入關、行行未能已。

白馬華山君、相逢平原里。

璧遺鎬池君、明年祖龍死。

秦人相謂曰、吾屬可去矣。

一往桃花源、千春隔流水。

(この詩は、詠史詩と思われるが、秦人に機を知るの明あって、はやくせぞくをはなれて隠れたいと李白は理想を述べているのである。)

鄭容が西のかた、函谷関に入り、行き行きて止まらず、いよいよ咸陽に近づこうとして関中を歩いていた。

白馬に乗った華山の君が出てきて、平舒道に於いてであった。

その華山君が言うには、どうか、この玉を鎬池に住んでいる主の君に贈ってもらいたい。そうして来年には、祖龍が死ぬと伝言してくれといったのである。

元来、鎬池の鎬は秦の都、咸陽を去ること遠からず、昔、周の武王のみやこしたところである。鎬池君は即ち、周の武王である。武王は生時に殷紂を打って、天下をとったのであるが、今や秦の始皇帝の荒淫は殷紂の如く、それも妤けれど、天命の巡り会わせで来年は死ぬというのである。

祖龍の祖ははじまり、龍は人君ですなわち、始皇帝という隠語である。又一説には鎬池君は水神で、始皇帝が前年大江を渡るとき風雨に遭い、空を張れさすために珠を水中に投じたという。そこで大江の神が水の徳を持って王となったのであるから、その君、まさに亡ぼうとするに際し、水神に向かって、まずこれを告げて、そのつもりで居れといったものである。とにかく奇妙な話ではあったが、いずれにしても、始皇帝の世も命運が尽きたということとなったのである。

すると秦の人々は、これを聞いて、これは大変だ始皇帝が崩じられると、天下は再び乱れて、戦乱に乱れるようになるに違いないといった。我々は何時までも、安閑としてここにいるべきではないとここを去ったのである。

一度去って、桃花源に隠れたのちに、とこしえに一道の流水が、これを人間と隔てて、他人に成りすましたという。

 

(古風五十九首の三十一)

鄭容 西のかた關に入り、行行 未だ已む能わず。

白馬 華山君、相い逢う 平原の里。

璧は鎬池君に遺れ、明年 祖龍死せん。

秦人 相い謂って曰く、「吾が屬 去る可し」と。

一たび桃花源に往けば、千春 流水を隔つ。

 

函谷関長安地図座標005 

『古風五十九首之三十一』 現代語訳と訳註

(本文)

古風五十九首之三十一

鄭容西入關、行行未能已。

白馬華山君、相逢平原里。

璧遺鎬池君、明年祖龍死。

秦人相謂曰、吾屬可去矣。

一往桃花源、千春隔流水。

 

 

(下し文)

(古風五十九首の三十一)

鄭容 西のかた關に入り、行行 未だ已む能わず。

白馬 華山君、相い逢う 平原の里。

璧は鎬池君に遺れ、明年 祖龍死せん。

秦人 相い謂って曰く、「吾が屬 去る可し」と。

一たび桃花源に往けば、千春 流水を隔つ。

 

(現代語訳)

(この詩は、詠史詩と思われるが、秦人に機を知るの明あって、はやくせぞくをはなれて隠れたいと李白は理想を述べているのである。)

鄭容が西のかた、函谷関に入り、行き行きて止まらず、いよいよ咸陽に近づこうとして関中を歩いていた。

白馬に乗った華山の君が出てきて、平舒道に於いてであった。

その華山君が言うには、どうか、この玉を鎬池に住んでいる主の君に贈ってもらいたい。そうして来年には、祖龍が死ぬと伝言してくれといったのである。

元来、鎬池の鎬は秦の都、咸陽を去ること遠からず、昔、周の武王のみやこしたところである。鎬池君は即ち、周の武王である。武王は生時に殷紂を打って、天下をとったのであるが、今や秦の始皇帝の荒淫は殷紂の如く、それも妤けれど、天命の巡り会わせで来年は死ぬというのである。

祖龍の祖ははじまり、龍は人君ですなわち、始皇帝という隠語である。又一説には鎬池君は水神で、始皇帝が前年大江を渡るとき風雨に遭い、空を張れさすために珠を水中に投じたという。そこで大江の神が水の徳を持って王となったのであるから、その君、まさに亡ぼうとするに際し、水神に向かって、まずこれを告げて、そのつもりで居れといったものである。とにかく奇妙な話ではあったが、いずれにしても、始皇帝の世も命運が尽きたということとなったのである。

すると秦の人々は、これを聞いて、これは大変だ始皇帝が崩じられると、天下は再び乱れて、戦乱に乱れるようになるに違いないといった。我々は何時までも、安閑としてここにいるべきではないとここを去ったのである。

一度去って、桃花源に隠れたのちに、とこしえに一道の流水が、これを人間と隔てて、他人に成りすましたという。

太白山001 

(訳注)

古風五十九首之三十一

(この詩は、詠史詩と思われるが、秦人に機を知るの明あって、はやくせぞくをはなれて隠れたいと李白は理想を述べているのである。)

 

鄭容西入關、行行未能已。

鄭容が西のかた、函谷関に入り、行き行きて止まらず、いよいよ咸陽に近づこうとして関中を歩いていた。

搜神記に以下のようになる。

秦始皇三十六年,(前211年)使者 鄭容 關東より來り,將に函關に入る,西 華陰に至り,素車白馬,華山より上より下る望み見る。其の人に非らざるを疑う。道住く,止りて之を待つ。遂に至り,鄭容に問うて曰く:「安くにか之く?」答えて曰く:「咸陽に之くなり。」車上人 曰く:「吾は華山の使なり。願わくば一腫書を託して,鎬池君の所に致さん。子咸陽に之く,道 鎬池を過ぎて,一大梓を見む,文石有り, 取って梓を款る,當に應うる者有るべし。」と。即ち書を以って之に與う。容 其の言の如くし,石を以って梓樹を款けば,果して人有り來って書を取る。明年,祖龍死せむ。

 

白馬華山君、相逢平原里。

白馬に乗った華山の君が出てきて、平舒道に於いてであった。

 

璧遺鎬池君、明年祖龍死。

その華山君が言うには、どうか、この玉を鎬池に住んでいる主の君に贈ってもらいたい。そうして来年には、祖龍が死ぬと伝言してくれといったのである。

元来、鎬池の鎬は秦の都、咸陽を去ること遠からず、昔、周の武王のみやこしたところである。鎬池君は即ち、周の武王である。武王は生時に殷紂を打って、天下をとったのであるが、今や秦の始皇帝の荒淫は殷紂の如く、それも妤けれど、天命の巡り会わせで来年は死ぬというのである。

祖龍の祖ははじまり、龍は人君ですなわち、始皇帝という隠語である。又一説には鎬池君は水神で、始皇帝が前年大江を渡るとき風雨に遭い、空を張れさすために珠を水中に投じたという。そこで大江の神が水の徳を持って王となったのであるから、その君、まさに亡ぼうとするに際し、水神に向かって、まずこれを告げて、そのつもりで居れといったものである。とにかく奇妙な話ではあったが、いずれにしても、始皇帝の世も命運が尽きたということとなったのである。

 

秦人相謂曰、吾屬可去矣。

すると秦の人々は、これを聞いて、これは大変だ始皇帝が崩じられると、天下は再び乱れて、戦乱に乱れるようになるに違いないといった。我々は何時までも、安閑としてここにいるべきではないとここを去ったのである。

 

一往桃花源、千春隔流水。

一度去って、桃花源に隠れたのちに、とこしえに一道の流水が、これを人間と隔てて、他人に成りすましたという。

桃花源 「桃花源記」のなかで、「泰時の乱を避けた」といっていることからすれば、西晋末年に江南へ移住できなかった漢民族が、北方異民族の圧迫を避けて、外界と隔絶した平野部を探しあて、そこに暮らしていたとみることもできる。劉裕に随行して閑中入りしたときの見聞である戴延之の『西征記』にこうした記事が伝えられている。もしそうだとすれば、陶淵明は関中に行った友人の羊松齢の帰国談から、こうした話を聞き、刺激を受けたのかもしれない。

さらにまた、晋代には、劉麟之という男が衡山(湖南の名山)に薬草を採りに入って道に迷った話が伝わっている。この劉鱗之は「桃花源記」のなかの劉子礫を思わせる。

 桃花源記

晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業【わざ】と爲せり,

溪に縁【そ】ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽【たちま】ち 桃花の林に 逢ふ。

岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。

芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。

漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。

林 水源に盡き, 便ち 一山を得。

山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若【ごと】し。

便ち船を舎【す】てて 口 從【よ】り 入る。

#2

初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。

復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。

土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬【たぐひ】有り。

阡陌 交【こもご】も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。

其の中 往來し 種え作【たがや】す, 男女 衣著, 悉【ことごと】く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並【べつ】に 怡然として自ら樂しむ。

#3

漁人 見, 乃【すなは】ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具【つぶさ】に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。

酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き,咸【み】な來りて問ひ訊ぬ。

自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避【のが】れ,妻子 邑【むら】人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉【ここ】を出ず。

遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何【いづ】れの世なるかを問ふ,乃【すなは】ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。

此の人一一 爲に具【つぶさ】に聞かるる所を言へば, 皆 歎【たんわん】す。

餘人 各【おのお】の 復【ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。

#4

停【とどま】ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云【いは】く:外人の爲に道【い】ふに足【た】らざる也と。

既に出で, 其の船を得, 便ち 向【さき】の路に扶【よ】りて, 處處に之を誌【しる】す。

郡下に及び, 太守に詣【いた】り, 此【かく】の如く説く。

太守 即ち 人を遣りて其の往【ゆ】けるところに隨ひて, 向【さき】に誌【しる】せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復【ま】たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥【き】, 高尚の士也。 之を聞き欣【きん】然として往【ゆ】くを規【くはだ】つ。 未【いま】だ果たせずして, 尋【つい】で病に終る。 後【のち】 遂【つひ】に津を問ふ者 無し。

 《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#1>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
李白図102 

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それもまだしも、儒者を名乗り、大先生と称されるものが鹿爪らしく詩を詠い、いかにも人間を磨くようなことをいいふらしているけれど、荘子が言うように、利益のためには鉄拳をふるって、墓をあばき、金槌を揮い屍の口の中の珠を取り出して磨くようなことするということなのだ。こんな調子で、「山海経」にいう、蒼々と茂った珠の生る三株樹は、目をつぶるまでないし、出世の道をとても攀じ登ることできないだろうから、こまったものである。

 
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古風五十九首之三十 #1

玄風變太古。 道喪無時還。

擾擾季葉人。 雞鳴趨四關。

但識金馬門。 誰知蓬萊山。

(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)

道家思想である玄風の素朴に変化を生じたのは、太古からのことであるが、今、その大道が一旦喪われればとても太古のそれに還ることなどとても無い。

ここにおいて、栄枯得失などでもって、その身の損益とするし、ただ、名利にのみ走って、欲の為なら朝、鶏が鳴くと飛び起きて四つの関所に押しかけ欲に奔走するものである。

そういう彼等は、但だ、出世の入り口金馬門があり、そこでは、天子の恩賞を受けて富貴になれるということを知っているのだ。東海に仙郷があり、そこに、不老不死の仙郷蓬莱山があり、まことによろしきところであることを誰も知ろうとはしないのである。

#2

白首死羅綺。 笑歌無時閑。

綠酒哂丹液。 青娥凋素顏。

大儒揮金椎。 琢之詩禮間。

蒼蒼三株樹。 冥目焉能攀。

そうして、富貴になり、白髪頭になっても羅衣の綺麗ものを身に着け着飾った女を左右にずらっと侍らせ、淫楽ごとを好み、浮気は死ぬまで止まず、笑ったり歌ったり休む暇はないほど頽廃しているのである。

緑酒は、仙薬の丹液よりも良いものだと道教の考えを馬鹿にして飲もうとしないのである、若々しい美女も見る間に素顔が殻だらけのようになっていく、女たちは、若さだけを求められるから、少し年を取っただけで相手にされなくなるという風潮になるのである。

それもまだしも、儒者を名乗り、大先生と称されるものが鹿爪らしく詩を詠い、いかにも人間を磨くようなことをいいふらしているけれど、荘子が言うように、利益のためには鉄拳をふるって、墓をあばき、金槌を揮い屍の口の中の珠を取り出して磨くようなことするということなのだ。

こんな調子で、「山海経」にいう、蒼々と茂った珠の生る三株樹は、目をつぶるまでないし、出世の道をとても攀じ登ることできないだろうから、こまったものである。

(古風五十九首の三十)

玄風 太古に変ず、道喪 はれ時として還る無し。

擾擾たり季葉の人、難鳴 四関 に趨る。

但だ識る金馬門、誰か知らん蓬莱山。

 

白首 羅綺に死し、笑歌 休閑する無し。

緑酒 丹液を哂ひ、青蛾 素顏を凋ましむ。

大儒 金槌を揮ひ、之を琢く詩禮の間。

蒼蒼たる三株の樹、冥目 焉んぞ能く攀ぢんや。

 

 

『古風五十九首之三十』 現代語訳と訳註

(本文) #2

白首死羅綺。 笑歌無時閑。

綠酒哂丹液。 青娥凋素顏。

大儒揮金椎。 琢之詩禮間。

蒼蒼三株樹。 冥目焉能攀。

 

(下し文)

白首 羅綺に死し、笑歌 休閑する無し。

緑酒 丹液を哂ひ、青蛾 素顏を凋ましむ。

大儒 金槌を揮ひ、之を琢く詩禮の間。

蒼蒼たる三株の樹、冥目 焉んぞ能く攀ぢんや。

 

(現代語訳)

そうして、富貴になり、白髪頭になっても羅衣の綺麗ものを身に着け着飾った女を左右にずらっと侍らせ、淫楽ごとを好み、浮気は死ぬまで止まず、笑ったり歌ったり休む暇はないほど頽廃しているのである。

緑酒は、仙薬の丹液よりも良いものだと道教の考えを馬鹿にして飲もうとしないのである、若々しい美女も見る間に素顔が殻だらけのようになっていく、女たちは、若さだけを求められるから、少し年を取っただけで相手にされなくなるという風潮になるのである。

それもまだしも、儒者を名乗り、大先生と称されるものが鹿爪らしく詩を詠い、いかにも人間を磨くようなことをいいふらしているけれど、荘子が言うように、利益のためには鉄拳をふるって、墓をあばき、金槌を揮い屍の口の中の珠を取り出して磨くようなことするということなのだ。

こんな調子で、「山海経」にいう、蒼々と茂った珠の生る三株樹は、目をつぶるまでないし、出世の道をとても攀じ登ることできないだろうから、こまったものである。

 

(訳注) #2

古風五十九首之三十 #1

(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)

○古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

白首死羅綺。 笑歌無時閑。

そうして、富貴になり、白髪頭になっても羅衣の綺麗ものを身に着け着飾った女を左右にずらっと侍らせ、淫楽ごとを好み、浮気は死ぬまで止まず、笑ったり歌ったり休む暇はないほど頽廃しているのである。

〇羅綺 羅も給も絹織物の名。其れを着飾った女。

○笑歌 後宮では宮女が数万人、家妓が数百人というのが常識的な数であった。微笑は美人をあらわし、歌える物楽器を引くもの笛太鼓、などができるものをすべてそろえていた。基本は奴婢である。

 

綠酒哂丹液。 青娥凋素顏。

緑酒は、仙薬の丹液よりも良いものだと道教の考えを馬鹿にして飲もうとしないのである、若々しい美女も見る間に素顔が殻だらけのようになっていく、女たちは、若さだけを求められるから、少し年を取っただけで相手にされなくなるという風潮になるのである。

〇緑酒 丹液の丹(朱色)字に対し、濁り酒ではない清酒を緑色の酒とした。

〇晒 微笑である。諷刺の意が有る。道家を小馬鹿にすること。

〇青蛾 わかい美女。

 

大儒揮金椎。 琢之詩禮間。

それもまだしも、儒者を名乗り、大先生と称されるものが鹿爪らしく詩を詠い、いかにも人間を磨くようなことをいいふらしているけれど、荘子が言うように、利益のためには鉄拳をふるって、墓をあばき、金槌を揮い屍の口の中の珠を取り出して磨くようなことするということなのだ。

〇大儒揮金椎。 琢之詩禮間 「荘子」外物篇に大儒と中信が家をあばき、屍の口を金槌でこぢ開け口中の珠をとる寓話が有る。儒家を謗ったものである。

 

蒼蒼三株樹。 冥目焉能攀。

こんな調子で、「山海経」にいう、蒼々と茂った珠の生る三株樹は、目をつぶるまでないし、出世の道をとても攀じ登ることできないだろうから、こまったものである。

〇三株樹 「山海経」に、三株樹は赤水の上に生じ、其の葉は皆珠と為ると。

〇冥目 冥は瞑と通ず。瞑目は閉目。死を喩へる。

 

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(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)道家思想である玄風の素朴に変化を生じたのは、太古からのことであるが、今、その大道が一旦喪われればとても太古のそれに還ることなどとても無い。

 
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30          巻一      

古風五十九首之三十 #1

玄風變太古。 道喪無時還。

擾擾季葉人。 雞鳴趨四關。

但識金馬門。 誰知蓬萊山。

(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)

道家思想である玄風の素朴に変化を生じたのは、太古からのことであるが、今、その大道が一旦喪われればとても太古のそれに還ることなどとても無い。

ここにおいて、栄枯得失などでもって、その身の損益とするし、ただ、名利にのみ走って、欲の為なら朝、鶏が鳴くと飛び起きて四つの関所に押しかけ欲に奔走するものである。

そういう彼等は、但だ、出世の入り口金馬門があり、そこでは、天子の恩賞を受けて富貴になれるということを知っているのだ。東海に仙郷があり、そこに、不老不死の仙郷蓬莱山があり、まことによろしきところであることを誰も知ろうとはしないのである。

#2

白首死羅綺。 笑歌無時閑。

綠酒哂丹液。 青娥凋素顏。

大儒揮金椎。 琢之詩禮間。

蒼蒼三株樹。 冥目焉能攀。

 

(古風五十九首の三十)

玄風 太古に変ず、道喪 はれ時として還る無し。

擾擾たり季葉の人、難鳴 四関 に趨る。

但だ識る金馬門、誰か知らん蓬莱山。

 

白首 羅綺に死し、笑歌 休閑する無し。

緑酒 丹液を哂ひ、青蛾 素顏を凋ましむ。

大儒 金槌を揮ひ、之を琢く詩禮の間。

蒼蒼たる三株の樹、冥目 焉んぞ能く攀ぢんや。

 

 

『古風五十九首之三十』 現代語訳と訳註

(本文)

古風五十九首之三十 #1

玄風變太古。 道喪無時還。

擾擾季葉人。 雞鳴趨四關。

但識金馬門。 誰知蓬萊山。

 

(下し文)

(古風五十九首の三十)

玄風 太古に変ず、道喪 はれ時として還る無し。

擾擾たり季葉の人、難鳴 四関 に趨る。

但だ識る金馬門、誰か知らん蓬莱山。

 

(現代語訳)

(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)

道家思想である玄風の素朴に変化を生じたのは、太古からのことであるが、今、その大道が一旦喪われればとても太古のそれに還ることなどとても無い。

ここにおいて、栄枯得失などでもって、その身の損益とするし、ただ、名利にのみ走って、欲の為なら朝、鶏が鳴くと飛び起きて四つの関所に押しかけ欲に奔走するものである。

そういう彼等は、但だ、出世の入り口金馬門があり、そこでは、天子の恩賞を受けて富貴になれるということを知っているのだ。東海に仙郷があり、そこに、不老不死の仙郷蓬莱山があり、まことによろしきところであることを誰も知ろうとはしないのである。

 

(訳注)

古風五十九首之三十 #1

(この詩は、季世の薄俗、日にはなはだしく、儒者までがさまざまの悪いことをするといって憤激する考えを詠ったものである。)

○古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

玄風變太古。 道喪無時還。

道家思想である玄風の素朴に変化を生じたのは、太古からのことであるが、今、その大道が一旦喪われればとても太古のそれに還ることなどとても無い。

〇玄風 魏晋の頃、道家、即ち老子・荘子の思想に本づく清談が流行し、之を玄

風と謂った。ここでは道家思想を意味する。

〇欒太古 未詳。

 

擾擾季葉人。 雞鳴趨四關。

ここにおいて、栄枯得失などでもって、その身の損益とするし、ただ、名利にのみ走って、欲の為なら朝、鶏が鳴くと飛び起きて四つの関所に押しかけ欲に奔走するものである。

〇擾擾【じょうじょう】 乱れて落ち着かないさま。ごたごたするさま。

○季葉人 季世の人間たちのこと。

○四関 「洛陽記」に云ふ、洛陽に四脚有り、東は成皐、南は伊闕、北は孟津、西は函谷。

 

但識金馬門。 誰知蓬萊山。

そういう彼等は、但だ、出世の入り口金馬門があり、そこでは、天子の恩賞を受けて富貴になれるということを知っているのだ。東海に仙郷があり、そこに、不老不死の仙郷蓬莱山があり、まことによろしきところであることを誰も知ろうとはしないのである。

〇金馬門 漢の武帝が大宛の馬を得、銅を以て馬の像を鋳て之を宦者署の門に立て、因て以て名と為す。常時東方朔・主父偃・厳安・徐榮は皆金馬門に待詔(御用掛り)として出仕した。

〇蓬莱山 東海の中に在ると謂われる神仙三山の一つ。

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夏、殷、周の三代のあとは、春秋戰國の時代と分かれて国がたった。弱小国は大国に次々と併呑されていき、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国に収斂し、この七国を戦国の七雄ともいうが、さながら乱麻のようであった。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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紀年:  753  天寶十二年  53 

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十九

 

29          巻一      

古風五十九首之二十九

(乱世には賢者聖人が出現するが、それも、孔子や労使でさえも、岐路では、世間から離れ思い迷って、嘆息したのであって何にもならないものだ。)

三季分戰國。 七雄成亂麻。

夏、殷、周の三代のあとは、春秋戰國の時代と分かれて国がたった。弱小国は大国に次々と併呑されていき、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国に収斂し、この七国を戦国の七雄ともいうが、さながら乱麻のようであった。

王風何怨怒。 世道終紛

かくて大雅亡びて、王風がわずかに残ったものの、その詩は乱世の音であるから、恨んで且つ怒り、もとより、蕹和の気象に乏しく、当時の世道は掴み合いの大喧嘩をむねとしていた。

至人洞玄象。 高舉凌紫霞。

この間、聖人と称すべき人がいたが天象を見て、興亡の数を洞察し、とても、堯舜の道は行われないと見切りをつけたから、高くあがって風塵の表に出でて、仙を学んで紫霞凌ぐこととした。

仲尼欲浮海。 吾祖之流沙。

此れは、孔子が、世は愈々乱れて、道の到底行われないということを見ることにより、筏に乗って海に浮ばしむと謂い、我が祖、老子は周の衰えたるを見て、遙かに流砂の方へ行ってしまった。

聖賢共淪沒。 臨歧胡咄嗟。

このようにして、乱世には聖人賢者が皆、淪没して、世間から離れてしまうので、岐路に臨んで東へ行くか、西へ行こうかというように、さまざまに思い迷って、嘆息したところで何にもならないのだ。

 

古風五十九首の二十九

三季は戰國に分れ。 七雄は亂麻を成す。

王風 何ぞ怨怒【えんど】。 世道 終に紛拏【ふんど】。

至人じゃ玄象に洞【あき】らかに。 高舉して 紫霞を凌ぐ。

仲尼は海に浮ばんことを欲し。 吾が祖は流沙に之く。

聖賢 共に淪沒。歧に臨んで胡ぞ咄嗟せん。

 

 

『古風五十九首之二十九』 現代語訳と訳註

(本文)

古風五十九首之二十九

三季分戰國。 七雄成亂麻。

王風何怨怒。 世道終紛()

至人洞玄象。 高舉凌紫霞。

仲尼欲浮海。 吾祖之流沙。

聖賢共淪沒。 臨歧胡咄嗟。

 

(下し文)

古風五十九首       其二十九

三季は戰國に分れ。 七雄は亂麻を成す。

王風 何ぞ怨怒【えんど】。 世道 終に紛拏【ふんど】。

至人じゃ玄象に洞【あき】らかに。 高舉して 紫霞を凌ぐ。

仲尼は海に浮ばんことを欲し。 吾が祖は流沙に之く。

聖賢 共に淪沒。歧に臨んで胡ぞ咄嗟せん。

 

(現代語訳)

(乱世には賢者聖人が出現するが、それも、孔子や労使でさえも、岐路では、世間から離れ思い迷って、嘆息したのであって何にもならないものだ。)

夏、殷、周の三代のあとは、春秋戰國の時代と分かれて国がたった。弱小国は大国に次々と併呑されていき、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国に収斂し、この七国を戦国の七雄ともいうが、さながら乱麻のようであった。

かくて大雅亡びて、王風がわずかに残ったものの、その詩は乱世の音であるから、恨んで且つ怒り、もとより、蕹和の気象に乏しく、当時の世道は掴み合いの大喧嘩をむねとしていた。

この間、聖人と称すべき人がいたが天象を見て、興亡の数を洞察し、とても、堯舜の道は行われないと見切りをつけたから、高くあがって風塵の表に出でて、仙を学んで紫霞凌ぐこととした。

此れは、孔子が、世は愈々乱れて、道の到底行われないということを見ることにより、筏に乗って海に浮ばしむと謂い、我が祖、老子は周の衰えたるを見て、遙かに流砂の方へ行ってしまった。

このようにして、乱世には聖人賢者が皆、淪没して、世間から離れてしまうので、岐路に臨んで東へ行くか、西へ行こうかというように、さまざまに思い迷って、嘆息したところで何にもならないのだ。

 春秋戦国勢力図

(訳注)

古風五十九首  其二十九

(乱世には賢者聖人が出現するが、それも、孔子や労使でさえも、岐路では、世間から離れ思い迷って、嘆息したのであって何にもならないものだ。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

 

三季分戰國。 七雄成亂麻。

夏、殷、周の三代のあとは、春秋戰國の時代と分かれて国がたった。弱小国は大国に次々と併呑されていき、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国に収斂し、この七国を戦国の七雄ともいうが、さながら乱麻のようであった

○三季 夏、殷、周の三代。

○戦国 紀元前5~前3世紀までの秦・楚・燕・斉・韓・超・魏の七国が争った時代。周は洛邑(王城・成周)周辺を支配する小国となり、往時と比するべくもない程まで没落した。それでも権威だけは保持しており、諸侯たちはその権威を利用して諸侯の間の主導権を握ろうとした(春秋五覇)。そのわずかな権威も戦国時代に入ると完全に無くなり、各諸侯がそれぞれ「王」を称するようになった。その小さな王朝の中でも権力争いは続いており、東西に分裂したり、何度となく王が殺されることが起きた。

○七雄 春秋時代の中国には数多くの国家が存在したが、弱小国は大国に次々と併呑されていき、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国に収斂した。この七国を戦国の七雄ともいう。春秋時代には楚の君主だけが王を自称し、それ以外の国は天子である周王室の権威を尊重していたが、戦国時代に入ると他国の君主も次々と王を自称するようになった。秦と斉の君主に至っては、一時期であるが西帝・東帝を名乗っていた事もあった。

 

王風何怨怒。 世道終紛拏。

かくて大雅亡びて、王風がわずかに残ったものの、その詩は乱世の音であるから、恨んで且つ怒り、もとより、蕹和の気象に乏しく、当時の世道は掴み合いの大喧嘩をむねとしていた。

○王風 詩経の国風篇巻の六。周の都が東方の洛邑(今の河南洛陽)に遷都により、王室の尊厳が衰えたので、王城畿内の歌話を諸侯の国の民話(即ち国風)と同等に取扱って之を王風と日った。

○大雅 「詩経」の分類の一種で、周の王室に関することを詠じたものが多く、詩経中もっとも堂々として荘重な作が集められている。

○怨怒 恨んで且つ怒る。

○紛拏 掴み合いの大喧嘩。

 

至人洞玄象。 高舉凌紫霞。

この間、聖人と称すべき人がいたが天象を見て、興亡の数を洞察し、とても、堯舜の道は行われないと見切りをつけたから、高くあがって風塵の表に出でて、仙を学んで紫霞凌ぐこととした。

○至人 聖人に同じ。

○洞 洞察する。

○玄象 天象。

 

仲尼欲浮海。 吾祖之流沙。

此れは、孔子が、世は愈々乱れて、道の到底行われないということを見ることにより、筏に乗って海に浮ばしむと謂い、我が祖、老子は周の衰えたるを見て、遙かに流砂の方へ行ってしまった。

○仲尼 孔子。

○吾祖 老子。

 

聖賢共淪沒。 臨歧胡咄嗟。

このようにして、乱世には聖人賢者が皆、淪没して、世間から離れてしまうので、岐路に臨んで東へ行くか、西へ行こうかというように、さまざまに思い迷って、嘆息したところで何にもならないのだ。

○臨歧 分岐点。

咄嗟 嘆息。
李白図102 

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(この篇は、年華は頻りに移り、四時の節物は、常に推移し、現象界は変化極まらず、まことにつまらないから、そこで道を得て、宇宙の本体に参透したいということをのべる。)

 
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紀年:  753  天寶十二年  53 

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十八 

 

 

古風,五十九首之二十八 

(この篇は、年華は頻りに移り、四時の節物は、常に推移し、現象界は変化極まらず、まことにつまらないから、そこで道を得て、宇宙の本体に参透したいということをのべる。)

容顏若飛電,時景如飄風。 

人の容顔は電光の如く、つかの間に消えてゆくもので、昨日の紅顔も今日は血の気もなく青ざめてしまうし、四季折々の景色は、旋風の如く其移り変わることは極めて速やかなものである。

草綠霜已白,日西月復東。 

草木の緑もわずかな内で、忽ち霜を置いて白けてしまうし、日が西に沈めば、今度は月が又東の空に昇ってくる。それがこの世界の当たり前の景色というものである。

華鬢不耐秋,颯然成衰蓬。 

このように白髪になっているこの身はもとより秋には耐えず、一度、西風に遭えば颯然として枯れた蓬のようになるものである。人がこの世に存在するあいだは極めて短い年月である。

古來賢聖人,一一誰成功。 

古来より、賢者、聖人と称されるものすべて成功者というわけではないのである。賢者聖人と雖も、一人ひとり違った人生なのであり、せっかくの志を遂げずに死んだ者も少なくないのである。

君子變猿鶴,小人為沙蟲。 

周の穆王が南征して久しく帰らざる時に、三軍ことごとく覆没し、その中の君子は、猿鶴となり、小人はただの砂や虫けらになったというとおり、千変万化、極まりのないというものである。

不及廣成子,乘雲駕輕鴻。 

そうであれば、廣成子のように軽やかに飛んでいく鴻にまたがって、大空を自由に飛び回るのが一番で、自分のこの仙術をぜひ習得したいと思うところである。

 

古風,五十九首之二十八 

容顏は飛電の若く,時景は飄風の如し。 

草は綠にして霜は已に白く,日は西にして月は復た東なり。 

華鬢 秋に耐えず,颯然として 衰蓬を成す。 

古來 賢聖の人,一一 誰か功を成す。 

君子は猿鶴に變じ,小人は沙蟲と為る。 

及ばず 廣成子,雲に乘じて 輕鴻を駕するに。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之二十八』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十八 

容顏若飛電,時景如飄風。 

草綠霜已白,日西月復東。 

華鬢不耐秋,颯然成衰蓬。 

古來賢聖人,一一誰成功。 

君子變猿鶴,小人為沙蟲。 

不及廣成子,乘雲駕輕鴻。 

 

(含異文)

容顏若飛電,時景如飄風。草綠霜已白,日西月復東。華鬢不耐秋【華髮不耐秋】,颯然成衰蓬。古來賢聖人,一一誰成功。君子變猿鶴,小人為沙蟲。不及廣成子,乘雲駕輕鴻。 

 

(下し文)

古風,五十九首之二十八 

容顏は飛電の若く,時景は飄風の如し。 

草は綠にして霜は已に白く,日は西にして月は復た東なり。 

華鬢 秋に耐えず,颯然として 衰蓬を成す。 

古來 賢聖の人,一一 誰か功を成す。 

君子は猿鶴に變じ,小人は沙蟲と為る。 

及ばず 廣成子,雲に乘じて 輕鴻を駕するに。 

 

(現代語訳)

(この篇は、年華は頻りに移り、四時の節物は、常に推移し、現象界は変化極まらず、まことにつまらないから、そこで道を得て、宇宙の本体に参透したいということをのべる。)

人の容顔は電光の如く、つかの間に消えてゆくもので、昨日の紅顔も今日は血の気もなく青ざめてしまうし、四季折々の景色は、旋風の如く其移り変わることは極めて速やかなものである。

草木の緑もわずかな内で、忽ち霜を置いて白けてしまうし、日が西に沈めば、今度は月が又東の空に昇ってくる。それがこの世界の当たり前の景色というものである。

このように白髪になっているこの身はもとより秋には耐えず、一度、西風に遭えば颯然として枯れた蓬のようになるものである。人がこの世に存在するあいだは極めて短い年月である。

古来より、賢者、聖人と称されるものすべて成功者というわけではないのである。賢者聖人と雖も、一人ひとり違った人生なのであり、せっかくの志を遂げずに死んだ者も少なくないのである。

周の穆王が南征して久しく帰らざる時に、三軍ことごとく覆没し、その中の君子は、猿鶴となり、小人はただの砂や虫けらになったというとおり、千変万化、極まりのないというものである。

そうであれば、廣成子のように軽やかに飛んでいく鴻にまたがって、大空を自由に飛び回るのが一番で、自分のこの仙術をぜひ習得したいと思うところである。

 李白図102

 

(訳注)

古風,五十九首之二十八 

この篇は、年華は頻りに移り、四時の節物は、常に推移し、現象界は変化極まらず、まことにつまらないから、そこで道を得て、宇宙の本体に参透したいということをのべる。

 

容顏若飛電,時景如飄風。 

人の容顔は電光の如く、つかの間に消えてゆくもので、昨日の紅顔も今日は血の気もなく青ざめてしまうし、四季折々の景色は、旋風の如く其移り変わることは極めて速やかなものである。

時景 時時の景色。

飄風 旋風。急に激しく吹く風。つむじかぜ。はやて。《「老子」23章》(飄風は朝を終えず驟雨は日を終えず)つむじ風が朝の間じゅう吹きつづけることはないし、にわか雨が一日じゅう降りつづけることもない。不自然な出来事は長くは続かないというたとえ。

 

草綠霜已白,日西月復東。 

草木の緑もわずかな内で、忽ち霜を置いて白けてしまうし、日が西に沈めば、今度は月が又東の空に昇ってくる。それがこの世界の当たり前の景色というものである。

 

華鬢不耐秋,颯然成衰蓬。 

このように白髪になっているこの身はもとより秋には耐えず、一度、西風に遭えば颯然として枯れた蓬のようになるものである。人がこの世に存在するあいだは極めて短い年月である。

華鬢 白髪。

衰蓬 枯れた蓬。

 

古來賢聖人,一一誰成功。 

古来より、賢者、聖人と称されるものすべて成功者というわけではないのである。賢者聖人と雖も、一人ひとり違った人生なのであり、せっかくの志を遂げずに死んだ者も少なくないのである。

 

君子變猿鶴,小人為沙蟲。 

周の穆王が南征して久しく帰らざる時に、三軍ことごとく覆没し、、その中の君子は、猿鶴となり、小人はただの砂や虫けらになったというとおり、千変万化、極まりのないというものである。

君子變猿鶴 藝文類聚に引用している抱朴子には「周の穆王、南征して、久しく帰らず、君子は猿となり、小人は蟲となって、沙となる。」

 

不及廣成子,乘雲駕輕鴻。 

そうであれば、廣成子のように軽やかに飛んでいく鴻にまたがって、大空を自由に飛び回るのが一番で、自分のこの仙術をぜひ習得したいと思うところである。

廣成子 広成子『神仙伝』巻一の『広成子』によると、広成子は古代の仙人で、崆峒山の石の部屋で暮らしていた。彼が千二百歳の時に黄帝が至上の道の要旨について尋ねてきたが、広成子は「お前が天下を治めるようになってから鳥類はその季節にもならないのに飛び立ち、草木は黄葉する前に散るようになった」と言って断った。黄帝が三ヶ月間閉居した後に再び教えを請うと、広成子はこれに答えたという。また同じく『神仙伝』巻一の『老子』では、老子は黄帝のときは広成子になったという記述がある。

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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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製作年:  728  開元十六年  28

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十七 

 

 

古風,五十九首之二十七 

(后妃たちや王女には財産、生命、地位についての何の保障もなく、他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあった皇女のあるべき道を詠う)

燕趙有秀色,綺樓青雲端。

名だたる燕と趙の北地には佳人が多くその中でも秀でたものが青雲の上にそびゆる立派な二階の上に住んでいる。

眉目豔皎月,一笑傾城歡。

その眉目の美しいことは、皎月よりも艶やかであり、一度微笑めば満場の人を引き付け微笑ませて喜ばせるほどである。

常恐碧草晚,坐泣秋風寒。

ということであるが、この美人は独りで住んでいてその寂しさに堪えきれず、秋風ひと度訪れれば、寒気たちまち催し、今まで碧であった草木がたちまち枯れてしまうという。いかに美人でも夜と詩には勝てず、早く身の振り方を付けたいと思い悩んでいるものなのだ。

纖手怨玉琴,清晨起長歎。

朝早く夢が醒めた時など、思い悩んで長歎し、それを紛らすために、かぼそい手で宝玉の琴を奏でるのであるが、さすがに愁いを帯びた音色で奏でることになる。

焉得偶君子,共乘雙飛鸞。

そうであったとしても、君子の配偶者とし、やがて、弄玉と蕭史のように共に道を得て、鸞や竜にまたがり、双飛して昇天したいとすることが王女の道なのである。

 

古風,五十九首の二十七 

燕趙に 秀色有り,綺樓 青雲の端。

眉目 皎月よりも豔に,一笑すれば城を傾けて歡ぶ。

常に恐る 碧草の晚,坐ろに秋風の寒に泣くを。

纖手 玉琴を怨み,清晨 起って長歎す。

焉んぞ君子に偶し,共に雙飛鸞に乘ずるを得ん。

 

閶闔門001 

『古風,五十九首之二十七』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十七 

燕趙有秀色,綺樓青雲端。

眉目豔皎月,一笑傾城歡。

常恐碧草晚,坐泣秋風寒。

纖手怨玉琴,清晨起長歎。

焉得偶君子,共乘雙飛鸞。

 

(下し文)

古風,五十九首の二十七 

燕趙に 秀色有り,綺樓 青雲の端。

眉目 皎月よりも豔に,一笑すれば城を傾けて歡ぶ。

常に恐る 碧草の晚,坐ろに秋風の寒に泣くを。

纖手 玉琴を怨み,清晨 起って長歎す。

焉んぞ君子に偶し,共に雙飛鸞に乘ずるを得ん。

 

(現代語訳)

(后妃たちや王女には財産、生命、地位についての何の保障もなく、他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあった皇女のあるべき道を詠う)

名だたる燕と趙の北地には佳人が多くその中でも秀でたものが青雲の上にそびゆる立派な二階の上に住んでいる。

その眉目の美しいことは、皎月よりも艶やかであり、一度微笑めば満場の人を引き付け微笑ませて喜ばせるほどである。

ということであるが、この美人は独りで住んでいてその寂しさに堪えきれず、秋風ひと度訪れれば、寒気たちまち催し、今まで碧であった草木がたちまち枯れてしまうという。いかに美人でも夜と詩には勝てず、早く身の振り方を付けたいと思い悩んでいるものなのだ。

朝早く夢が醒めた時など、思い悩んで長歎し、それを紛らすために、かぼそい手で宝玉の琴を奏でるのであるが、さすがに愁いを帯びた音色で奏でることになる。

そうであったとしても、君子の配偶者とし、やがて、弄玉と蕭史のように共に道を得て、鸞や竜にまたがり、双飛して昇天したいとすることが王女の道なのである。

太白山00 

(訳注)

古風,五十九首之二十七 

(后妃たちや王女には財産、生命、地位についての何の保障もなく、他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあった皇女のあるべき道を詠う)

どんなに才能があっても用いられなければその力は発揮できないものである。最も高貴にして、最も権勢の高い人々であっても、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされることもある。皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。

 

燕趙有秀色,綺樓青雲端。

名だたる燕と趙の北地には佳人が多くその中でも秀でたものが青雲の上にそびゆる立派な二階の上に住んでいる。

○燕趙有秀色 燕や趙の北地には美人が多く「古詩十九首之十二」#2

燕趙多佳人,美者顏如玉。

被服羅裳衣,當理清曲。

音響一何悲!弦急知柱促。

馳情整巾帶,沈吟聊躑躅。

思為雙飛燕,銜泥巢君屋。

燕趙佳人多く、美なる者顏【かんばせ】玉の如し。

羅【うすもの】の裳衣を被服し、戸に当りて清曲を理【おさ】む。

音響一に何ぞ悲しき、絃急【げんきゅう】にして柱【ことじ】の促【せま】れるを知る。

情を馳せて巾帯を整へ、沈吟して聊【しばら】く躑躅【てきちょく】す。

思ふ雙飛燕【ひえん】と為りて、泥を銜んで君が屋に巢くはんことを。

古詩十九首之十二 漢の無名氏(12)-1 漢詩<99-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩531 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1410

燕や趙の北地には美人が多く、その美人の顔ははれやかな玉のようである。

そしてうす絹の衣裳を身にまとっているいて、戸口に立ってすんだ音色の曲をかなでているのだ。

そのひびきのひとつひとつのなんと悲しげなものであるのだろう。絃の音のテンポを急にし、琴柱を動かして絃の間をせばめ、絃声を高くしたりするのだ。

これを聴いてしまったら万感迫る思いを美人にはせ、まず自分の身なりをととのえるのであり、詩をうち沈みながら吟じてしばらく立ちどまるのである。

自分の思いはいっそつがいとなって飛ぶ燕ともなりたいものであり、泥を口に銜えてあなたの屋根の下に暮らしたいと思うのである。

 

 

眉目豔皎月,一笑傾城歡。

その眉目の美しいことは、皎月よりも艶やかであり、一度微笑めば満場の人を引き付け微笑ませて喜ばせるほどである。

○一笑傾城 佳人世傾人城傾人情傾北方傾國 傾國傾城 傾國風流傾城傾國 傾城國傾城目傾城色名花傾國國自傾延年妹思傾國世歌。劉方平, 烏棲曲二首之一, 蛾眉曼臉傾城國,鳴環動佩新相識

李延年『絶世傾国の歌』「北方有佳人、絶世而獨立。一顧傾人城、再顧傾人國。寧不知傾城與傾國、佳人難再得。」(北方に佳人有り、絶世にして獨立す。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の國を傾く。寧んぞ傾城と傾國とを知らざらんや、佳人は再びは得がたし。)連城の璧とは? 〔史記(藺相如伝)〕中国の戦国時代、秦の昭王が一五の城と交換しようといった、趙(ちよう)の恵文王所有の有名な宝玉のこと。転じて、無上の宝の意。

 

常恐碧草晚,坐泣秋風寒。

ということであるが、この美人は独りで住んでいてその寂しさに堪えきれず、秋風ひと度訪れれば、寒気たちまち催し、今まで碧であった草木がたちまち枯れてしまうという。いかに美人でも夜と詩には勝てず、早く身の振り方を付けたいと思い悩んでいるものなのだ。

○この時代の女性は、確定された生活というものはなかった。日本の家族制度とは異なっている。特にここでは、后妃、宮人に始まり、女性は一つの道具に過ぎなかった。

 

纖手怨玉琴,清晨起長歎。

朝早く夢が醒めた時など、思い悩んで長歎し、それを紛らすために、かぼそい手で宝玉の琴を奏でるのであるが、さすがに愁いを帯びた音色で奏でることになる。

○后妃(宮女)たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下稗が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。あるいは、皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。宮人は、身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

焉得偶君子,共乘雙飛鸞。

そうであったとしても、君子の配偶者とし、やがて、弄玉と蕭史のように共に道を得て、鸞や竜にまたがり、双飛して昇天したいとすることが王女の道なのである。

○共乘雙飛鸞 秦の穆王の弄玉と蕭史は二人道を得、鳳凰に乗って飛び去った。

蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。江淹「畫作秦王女乘鸞向煙霧。」とある。

『玉臺観二首其一』にものべる。

弄玉之を喜ぶ:秦の穆公の女の弄玉を妻にした。鳳樓を作り,弄玉に吹簫を教えた,鳳と感ぜられ來集す,弄玉は鳳に乘り、蕭史は龍に乘って,夫婦同じく仙に去る。

 ... 秦穆王有一女,名弄玉,善吹,一日梦一英俊青年戴羽冠、披氅、,由天而降,自称为华山之主,要娶弄玉

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根をおろすのに場所が良い所ではなかったからどうすることもできない。この碧荷の子頃では、崑崙山頂の華池のようなところに生えたいと思ったに違いない。そうであればその秀色を発揮し、馨香をも人が傳えて賞美されるに違いないのに。

 
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製作年:  728  開元十六年  28

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十六 

 

 

古風,五十九首之二十六 

碧荷生幽泉,朝日豔且鮮。 

秋花冒綠水,密葉羅青煙。 

秀色空世,馨香竟誰傳。 

坐看飛霜滿,凋此紅芳年。 

結根未得所,願託華池邊。 

(若き李白が碧荷に託して、自分の思いをのべる。)

幽泉に生じている碧の蓮はもともときれいで、そこに朝日が射しかかると、つややかであり、その上、あざやかにみえるのだ。
秋になると花は、綠の水の上におおいかぶさり、密生したおおきな葉は、青い靄に網をかぶせられたように見える。
こうして、そのすばらしい色は絶世のうつくしさをしめすものであるが、その場所が幽僻であるために折角よいかおりがあっても、だれのこれを世間につたえてくれるひとはいないのである。
そうこうしてるうちに、花の盛りはまことに短くて、秋も末になれば、やがて霜が一面に降りかかる時節ともなり、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならず、まことに情けないことである。

根をおろすのに場所が良い所ではなかったからどうすることもできない。この碧荷の子頃では、崑崙山頂の華池のようなところに生えたいと思ったに違いない。そうであればその秀色を発揮し、馨香をも人が傳えて賞美されるに違いないのに。

 

古風其の二十六
碧荷【へきか】は幽泉に生じ、朝日 艶にして且つ鮮【あざや】かなり。
秋花は綠水を冒【おお】い、密葉は青煙を羅【あみ】す。
秀色空しく絶世、馨香 竟に誰か伝えん。
坐【そぞろ】に看る 飛霜【ひそう】満ちて、此の紅芳の年を凋【しぼ】ましむを。

根を結んで 未だ所を得ず、願わくば華池の辺に託せん。
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『古風,五十九首之二十六』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十六 

碧荷生幽泉,朝日豔且鮮。 

秋花冒綠水,密葉羅青煙。 

秀色空世,馨香竟誰傳。 

坐看飛霜滿,凋此紅芳年。 

結根未得所,願託華池邊。 

 

(下し文)

古風其の二十六

碧荷【へきか】は幽泉に生じ、朝日 艶にして且つ鮮【あざや】かなり。

秋花は綠水を冒【おお】い、密葉は青煙を羅【あみ】す。

秀色空しく絶世、馨香 竟に誰か伝えん。

坐【そぞろ】に看る 飛霜【ひそう】満ちて、此の紅芳の年を凋【しぼ】ましむを。

根を結んで 未だ所を得ず、願わくば華池の辺に託せん。

 

(現代語訳)

(若き李白が碧荷に託して、自分の思いをのべる。)

幽泉に生じている碧の蓮はもともときれいで、そこに朝日が射しかかると、つややかであり、その上、あざやかにみえるのだ。
秋になると花は、綠の水の上におおいかぶさり、密生したおおきな葉は、青い靄に網をかぶせられたように見える。
こうして、そのすばらしい色は絶世のうつくしさをしめすものであるが、その場所が幽僻であるために折角よいかおりがあっても、だれのこれを世間につたえてくれるひとはいないのである。
そうこうしてるうちに、花の盛りはまことに短くて、秋も末になれば、やがて霜が一面に降りかかる時節ともなり、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならず、まことに情けないことである。

根をおろすのに場所が良い所ではなかったからどうすることもできない。この碧荷の子頃では、崑崙山頂の華池のようなところに生えたいと思ったに違いない。そうであればその秀色を発揮し、馨香をも人が傳えて賞美されるに違いないのに。

 

(訳注)

古風,五十九首之二十六 

(若き李白が碧荷に託して、自分の思いをのべる。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

碧荷生幽泉。 朝日艷且鮮。
幽泉に生じている碧の蓮はもともときれいで、そこに朝日が射しかかると、つややかであり、その上、あざやかにみえるのだ。
碧荷 みどり色の蓮。 ○幽泉 人目につかないところ。茂みの影の暗いところ。


秋花冒綠水。 密葉羅青煙。
秋になると花は、綠の水の上におおいかぶさり、密生したおおきな葉は、青い靄に網をかぶせられたように見える。
綠水 澄み切った水。 ○羅青煙 青い靄に網をかぶせられる。


秀色空世。 馨香竟誰傳。
こうして、そのすばらしい色は絶世のうつくしさをしめすものであるが、その場所が幽僻であるために折角よいかおりがあっても、だれのこれを世間につたえてくれるひとはいないのである。
馨香 よいかおり。


坐看飛霜滿。 凋此紅芳年。
そうこうしてるうちに、花の盛りはまことに短くて、秋も末になれば、やがて霜が一面に降りかかる時節ともなり、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならず、まことに情けないことである。


結根未得所。 願托華池邊。
根をおろすのに場所が良い所ではなかったからどうすることもできない。この碧荷の子頃では、崑崙山頂の華池のようなところに生えたいと思ったに違いない。そうであればその秀色を発揮し、馨香をも人が傳えて賞美されるに違いないのに。

華池 西王母の住む崑崙山上にある池の名。(瑤地)

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そもそも大道には栄枯盛衰があるのに、世人がその中にいて、私欲をほしいままにするのは、あたかも昆虫鳥獣が何も思わずに飛奔するようなものである。そうであれば、廣成子よ、早く人間世界を立ち去って、無窮の門に入って修行するのが良いのである。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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《古風五十九首之二十五》Index-32-7 753年天寶十二年53583古風,五十九首之二十五世道日交喪, <25> Ⅰ李白詩1182 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4458


 

 

製作年: 753年天寶十二年  53

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十五 

 

 

古風,五十九首之二十五

(この篇は、いよいよ世俗の諸事に憤激して、ここを去り、仙道を習得しようという決意を述べたものである。)

世道日交喪,澆風散淳源。

世道、日に日に衰えて、有道者を容認せず、有道者もまた世に用いられるを欲してはいない。互にその存在を失うような状況で、せっかく純朴であった原始的道徳は末俗の弊風のために全く悪化されてしまった。

不採芳桂枝,反棲惡木根。

世の有道者を用いず、かえって不道者を用いるのは、例えば、芳しき桂の花の枝をとらず、かえって、悪木の根に休んでいるようなものである。

所以桃李樹,吐花竟不言。

そうであれば、有道者が、世の道を重んぜざるを見て、ひとりその身をよくし、終身黙々として引っ込んでいるのは、ちょうど、桃李の樹が花を開いても、自らものを云わないのと同じである。

大運有興沒,群動爭飛奔。

そもそも大道には栄枯盛衰があるのに、世人がその中にいて、私欲をほしいままにするのは、あたかも昆虫鳥獣が何も思わずに飛奔するようなものである。

歸來廣成子,去入無窮門。

そうであれば、廣成子よ、早く人間世界を立ち去って、無窮の門に入って修行するのが良いのである。この世はとても有道者の棲むところではなく、たとえ住んでいたとしても、もちられなければ、それまでのことで、何の役にも立たない。早くこの世を棄て、仙人の業に専念すべきであろう。

 

(古風,五十九首の二十五)

世道 日に交も喪い,澆風 淳源を散ず。

芳桂の枝を採らずして,反って惡木の根に棲む。

桃李の樹,花を吐いて竟に言わざる所以なり。

大運び興沒有り,群動 爭って飛奔す。

歸り來れよ廣成子,去って無窮の門に入れ。 

 

 

『古風,五十九首之二十五』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十五

世道日交喪,澆風散淳源。

不採芳桂枝,反棲惡木根。

所以桃李樹,吐花竟不言。

大運有興沒,群動爭飛奔。

歸來廣成子,去入無窮門。

 

 

(下し文)

(古風,五十九首の二十五)

世道 日に交も喪い,澆風 淳源を散ず。

芳桂の枝を採らずして,反って惡木の根に棲む。

桃李の樹,花を吐いて竟に言わざる所以なり。

大運び興沒有り,群動 爭って飛奔す。

歸り來れよ廣成子,去って無窮の門に入れ。 

 

(現代語訳)

(この篇は、いよいよ世俗の諸事に憤激して、ここを去り、仙道を習得しようという決意を述べたものである。)

世道、日に日に衰えて、有道者を容認せず、有道者もまた世に用いられるを欲してはいない。互にその存在を失うような状況で、せっかく純朴であった原始的道徳は末俗の弊風のために全く悪化されてしまった。

世の有道者を用いず、かえって不道者を用いるのは、例えば、芳しき桂の花の枝をとらず、かえって、悪木の根に休んでいるようなものである。

そうであれば、有道者が、世の道を重んぜざるを見て、ひとりその身をよくし、終身黙々として引っ込んでいるのは、ちょうど、桃李の樹が花を開いても、自らものを云わないのと同じである。

そもそも大道には栄枯盛衰があるのに、世人がその中にいて、私欲をほしいままにするのは、あたかも昆虫鳥獣が何も思わずに飛奔するようなものである。

そうであれば、廣成子よ、早く人間世界を立ち去って、無窮の門に入って修行するのが良いのである。この世はとても有道者の棲むところではなく、たとえ住んでいたとしても、もちられなければ、それまでのことで、何の役にも立たない。早くこの世を棄て、仙人の業に専念すべきであろう。

2蜀の山00 

(訳注)

古風,五十九首之二十五

(この篇は、いよいよ世俗の諸事に憤激して、ここを去り、仙道を習得しようという決意を述べたものである。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

世道日交喪,澆風散淳源。

世道、日に日に衰えて、有道者を容認せず、有道者もまた世に用いられるを欲してはいない。互にその存在を失うような状況で、せっかく純朴であった原始的道徳は末俗の弊風のために全く悪化されてしまった。

世道日交喪 荘子、繕性第十六「世喪道矣、道喪世矣 世與道交相喪也。」(世が下るにつれて道が失われ、、道が失われるにつれて、世が堕落し、互いに、分離していくのである。)に基づいている。

澆風 澆季の世風のこと。澆季【ぎょうき】:1 道徳が衰え、乱れた世。世の終わり。末世。「―溷濁(こんだく)の俗界」〈漱石・草枕〉2 後の世。後世。末代。「―

淳源 純朴な源流。

 

不採芳桂枝,反棲惡木根。

世の有道者を用いず、かえって不道者を用いるのは、例えば、芳しき桂の花の枝をとらず、かえって、悪木の根に休んでいるようなものである。

 

所以桃李樹,吐花竟不言。

そうであれば、有道者が、世の道を重んぜざるを見て、ひとりその身をよくし、終身黙々として引っ込んでいるのは、ちょうど、桃李の樹が花を開いても、自らものを云わないのと同じである。

 

大運有興沒,群動爭飛奔。

そもそも大道には栄枯盛衰があるのに、世人がその中にいて、私欲をほしいままにするのは、あたかも昆虫鳥獣が何も思わずに飛奔するようなものである。

大運 天運と同じ。1 天から与えられた運命。自然の理法。「―に任せる」2 天体の運行。

群動 飛禽走獣が群れをなして行動すること。

 

歸來廣成子,去入無窮門。

そうであれば、廣成子よ、早く人間世界を立ち去って、無窮の門に入って修行するのが良いのである。この世はとても有道者の棲むところではなく、たとえ住んでいたとしても、もちられなければ、それまでのことで、何の役にも立たない。早くこの世を棄て、仙人の業に専念すべきであろう。

歸來 仙道に専念すべくかえることをいう。

廣成子 広成子『神仙伝』巻一の『広成子』によると、広成子は古代の仙人で、崆峒山の石の部屋で暮らしていた。彼が千二百歳の時に黄帝が至上の道の要旨について尋ねてきたが、広成子は「お前が天下を治めるようになってから鳥類はその季節にもならないのに飛び立ち、草木は黄葉する前に散るようになった」と言って断った。黄帝が三ヶ月間閉居した後に再び教えを請うと、広成子はこれに答えたという。また同じく『神仙伝』巻一の『老子』では、老子は黄帝のときは広成子になったという記述がある。
李白図102 


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(宮中の宦官、中貴が君寵を得て、さも得意げに振る舞っている有様を述べて、自己の不遇を対照にしたのである。)長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのにほこりで都大路を暗くしている。

 
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製作年:  731  開元十九年  31

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十四 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

古風,五十九首之二十四

(宮中の宦官、中貴が君寵を得て、さも得意げに振る舞っている有様を述べて、自己の不遇を対照にしたのである。)

大車揚飛塵,亭午暗阡陌。 

長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのにほこりで都大路を暗くしている。

中貴多黃金,連雲開甲宅。 

これは宮中の宦官が君寵を得て、さも得意げに振る舞って、いばっているやからが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。

路逢鬥雞者,冠蓋何輝赫。 

これら中貴の奴らの中でも町で闘鶏師であったものがその技をもって召されたものもあるが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。

鼻息干虹蜺,行人皆怵惕。 

街中を歩いてもその鼻息のあらさはかれらの権勢をひけらかす、空の虹にとどくばかりである。道行く人びとはおそれいって平伏し、よけていくのである。

世無洗耳翁,誰知堯與跖。 

この手合いのものは格別の才能もないのに、ちょっと天子に気にいられて、富貴になったのであり、今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。

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(古風,五十九首の二十四)
大車 飛塵を揚げ、亭午 阡陌暗し。
中貴は 黄金多く、雲に連なって 甲宅を開く。
路に闘鶏の者に逢う、冠蓋 何ぞ輝赫たる。
鼻息 虹霓を干し、行人 皆怵惕す。
世に耳を洗う翁無し、誰か知らん堯と跖と。

李白図102 

 

『古風,五十九首之二十四』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十四

大車揚飛塵,亭午暗阡陌。 

中貴多黃金,連雲開甲宅。 

路逢鬥雞者,冠蓋何輝赫。 

鼻息干虹蜺,行人皆怵惕。 

世無洗耳翁,誰知堯與跖。 

 

 

(下し文)

(古風,五十九首の二十四)

大車 飛塵を揚げ、亭午 阡陌暗し。

中貴は 黄金多く、雲に連なって 甲宅を開く。

路に闘鶏の者に逢う、冠蓋 何ぞ輝赫たる。

鼻息 虹霓を干し、行人 皆怵惕す。

世に耳を洗う翁無し、誰か知らん堯と跖と。

 

(現代語訳)

(宮中の宦官、中貴が君寵を得て、さも得意げに振る舞っている有様を述べて、自己の不遇を対照にしたのである。)

長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのにほこりで都大路を暗くしている。
これは宮中の宦官が君寵を得て、さも得意げに振る舞って、いばっているやからが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。

これら中貴の奴らの中でも町で闘鶏師であったものがその技をもって召されたものもあるが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。
街中を歩いてもその鼻息のあらさはかれらの権勢をひけらかす、空の虹にとどくばかりである。道行く人びとはおそれいって平伏し、よけていくのである。

この手合いのものは格別の才能もないのに、ちょっと天子に気にいられて、富貴になったのであり、今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。
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閶闔門001 

(訳注)

古風,五十九首之二十四

(宮中の宦官、中貴が君寵を得て、さも得意げに振る舞っている有様を述べて、自己の不遇を対照にしたのである。)

 

大車揚飛塵。 亭午暗阡陌。
長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのにほこりで都大路を暗くしている。
亭午 正午。

阡陌 たてよこのみち。


中貴多黃金。 連云開甲宅。
これは宮中の宦官が君寵を得て、さも得意げに振る舞って、いばっているやからが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。
中貴 宮中において幅をきかしていた宦官。

甲宅 第一等の邸宅。


路逢鬥雞者。 冠蓋何輝赫。
これら中貴の奴らの中でも町で闘鶏師であったものがその技をもって召されたものもあるが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。
闘鶏 一種のカケ事のあそびで、各自のもつ鶏を闘争させて勝負をきめえ。当時、玄宗をはじめ、唐の皇室や貴族たちの間で闘鶏がはやり、賈昌という男は幼い時から鳥のコトバを聞きわけで、鶏を取扱う特殊な才能があったので引き立てられた。○冠蓋 冠と車の上のおおい。


鼻息干虹霓。 行人皆怵惕。
街中を歩いてもその鼻息のあらさはかれらの権勢をひけらかす、空の虹にとどくばかりである。道行く人びとはおそれいって平伏し、よけていくのである。
虹霓 にじ。

怵惕 おそれてよける。


世無洗耳翁。 誰知堯與跖。
この手合いのものは格別の才能もないのに、ちょっと天子に気にいられて、富貴になったのであり、今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。
洗耳翁 太古堯帝の時の高士、許由のこと。責帝から天子の位をゆずろうと相談をもちかけられた時、受けつけず、穎水の北にゆき隠居した。堯帝が又、かれを招いて九州の長にしようとしたら、かれは、こういう話は耳がけがれるといって、すぐさま川の水で耳を洗った。李白「迭裴十八図南歸嵩山其二」紀頌之の漢詩 164  参照
堯与跖 堯は伝説中の古代の聖天子。跖は伝説中の春秋時代の大泥棒。堯と跖といえば聖人と極悪人の代表である。

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限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。

 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor14-398《陽柳枝四首 其四》孫光憲(58)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-581-14-(398) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4452 
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23-#2

《古風五十九首之二十三》Index-24-2 745年天寶四年45420古風,五十九首之二十三秋露白如玉, <23-#2> Ⅰ李白詩1180 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4448

 

 

製作年:745  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十三 

及地點:  牛山 (河南道 青州 牛山)     

 

 

古風,五十九首之二十三

(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)

秋露白如玉,團團下庭綠。 

庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。

我行忽見之,寒早悲促。 

わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。

人生鳥過目,胡乃自結束。 

人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。

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景公一何愚,牛山淚相續。 

むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。

物苦不知足,得隴又望蜀。 

そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。

人心若波瀾,世路有屈曲。 

人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。

三萬六千日,夜夜當秉燭。 

限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。

 

秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。
我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。
人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。
物は足るを知らざるに苦しみ、隴を得て 又た 蜀を望む。
人心は 波瀾の若く、 世路には 屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。

 

太白山001 

古風,五十九首之二十三』 現代語訳と訳註

(本文)  #2

景公一何愚,牛山淚相續。 

物苦不知足,得隴又望蜀。 

人心若波瀾,世路有屈曲。 

三萬六千日,夜夜當秉燭。 

 

(下し文)

景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。

物は足るを知らざるに苦しみ、隴を得て 又た 蜀を望む。

人心は 波瀾の若く、 世路には 屈曲有り。

三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。

 

(現代語訳)

むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。
そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。

人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。
限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。

 

(訳注)

古風,五十九首之二十三 #2

この詩は、(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)

 

景公一何愚、牛山淚相續。
むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。
景公二句 「列子」にある話。景公は、春秋時代の斉の景公、牛山は、斉の国都であった今の山東省臨淄県の、南にある山。 杜牧「九日齊山登高」 牛山何必獨霑衣。とある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎き、涙で濡らしたという。
これは儒教の考えをくだらないものとして比喩している。


物苦不知足、得隴又望蜀。
そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。

○物苦二句「十八史略-東漢[世祖光武皇帝][岑彭]」の、光武帝が岑彭に与えた富に「人は足るを知らざるに苦しむ。既に隴を平らげて復た蜀を望む」とある。隴はいまの甘粛省隴西県の地。蜀はいまの四川省。物は人間。


人心若波瀾。 世路有屈曲。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。
波瀾 大波、小波。起伏変化のさま。

処世 世渡り。世間で暮らしを立ててゆくこと。(荘子)
 
三萬六千日。 夜夜當秉燭。
限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。
三万六千日 百年の日数。李白お得意のわかりやす協調表現。詩の調子を激変させ集中させる効果がある。

夜夜当秉燭 秉は、手で持つ。漢代の古詩十九首の言「生年は百に満たず。常に千歳の憂を懐く。昼は短く、夜の長きを苦しむ。何ぞ燭を秉って遊ばざる」とある。
この最後の句でこの詩の集約している。

李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。
白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。

李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。

唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。
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李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。

白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。

李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。

唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->李白図102
<!--[endif]-->

 この詩「古風 其二十三」は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。

 李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。

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(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。

 
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製作年:745年  天寶四年  45

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十三 

及地點:  牛山 (河南道 青州 牛山)     

 

 

古風,五十九首之二十三

(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)

秋露白如玉,團團下庭綠。 

庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。

我行忽見之,寒早悲促。 

わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。

人生鳥過目,胡乃自結束。 

人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。

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景公一何愚,牛山淚相續。 

物苦不知足,得隴又望蜀。 

人心若波瀾,世路有屈曲。 

三萬六千日,夜夜當秉燭。 

 

秋露は白くして玉の如く、團團として庭綠に下る。
我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。
人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。

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景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。
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三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。

 

李白図102 

『古風,五十九首之二十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之二十三

秋露白如玉,團團下庭綠。 

我行忽見之,寒早悲促。 

人生鳥過目,胡乃自結束。 

 

(下し文)

秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。

我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。

人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。

 

(現代語訳)

(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)

庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
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(訳注)

古風,五十九首之二十三 #1

この詩は、(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)

李白の足跡300 

秋露白如玉,團團下庭綠。

庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
団団 まるいさま。露が丸い粒にかたまったさま。六朝の謝霊運の詩に「團團たり満葉の露」とある。李白「古郎月行」「仙人垂兩足、桂樹何團團。」(仙人 両足を垂る、桂樹 何ぞ団団たる。よく見ると、仙人が両足を垂らしているようにもみえた。桂の樹木が何と奥の奥までこんもりと茂っているのだ。)では木々のこんもり繁るさまに使っている。 

庭綠 庭の中の草木。

 

我行忽見之、寒早悲促。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
歳促 歳の瀬がせまる。


人生鳥過目、胡乃自結束。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
鳥過目 張協の詩に「人生は瀛海の内、忽上して鳥の目を過ぐるが如し」とある。飛鳥が目の前をかすめて過ぎるように、人生はつかのまの時間に限られる。

 ここではでたらめ。あやしい。つまらないこと。 

結束 窮屈にする。しばりつける。

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時節は流れる水のように早くながれてゆくもの、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。涙を払ってともかくも旅を続けて行こう、ああ、この重たく暗い思いは何時になったら平静になるのだろうか

 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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年:  744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十二 

 

古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。

胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。

感物動我心,緬然含歸情。

(此の詩は長安を追放されて去ったのちに、長安を去るものの気持ちを故郷を去りがたいことと一般化して詠ったものである。)

長安を旅立つものは東流する秦水がやがて隴山に別れを告げるのをみる、ひとしれずむせび泣き嗚咽して悲しい声を発てて流れてゆく。
胡地の馬は故郷の朔地の山に積もった雪の向こうを振り向いて、馬に付けた鈴や玉を鳴らして、いつまでも嘶きつづけるものなのだ。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、わかれにはいろんな思いにふけるものである、これから先の旅路のはるか遠くのことを考えると長安を旅立つというのではなくはやくこの故郷に帰ってきたいと思う気持ちの方が強いというものだ。
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(古風,五十九首の二十二)

秦水【しんすい】  隴首【ろうしゅ】に別れ、幽咽【ゆうえつ】して悲声多し。

胡馬【こば】  朔雪【さくせつ】を顧み、躞蹀【しょうちょう】として長く嘶鳴【しめい】す。

物に感じて我が心を動かし、緬然【めんぜん】として帰情を含む。

 

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。

嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。

揮涕且復去,惻愴何時平。 

家を出るときは秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春の蚕が生まれているころになっている。
桑はしなやかにまとわりつくように葉をつける、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添い垂れて、からむのだ。
時節は流れる水のように早くながれてゆくもの、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
涙を払ってともかくも旅を続けて行こう、ああ、この重たく暗い思いは何時になったら平静になるのだろうか

 

昔は視る  秋蛾【しゅうが】の飛ぶを、今は見る  春蚕【しゅんさん】の生ずるを。

嫋嫋【じょうじょう】として桑は葉を結び、萋萋【せいせい】として柳は栄を垂る。

急節  流水のごとく謝【さ】り、羇心【きしん】   懸旌【けんせい】を揺るがす。

涕を揮って且【しばら】く復()た去り、惻愴【そくそう】  何【いず】れの時か平かならん。

長安付近図00

『古風,五十九首之二十二』 現代語訳と訳註

(本文) 古風,五十九首之二十二

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。

嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。

揮涕且復去,惻愴何時平。 

 

(下し文)

昔は視る  秋蛾【しゅうが】の飛ぶを、今は見る  春蚕【しゅんさん】の生ずるを。

嫋嫋【じょうじょう】として桑は葉を結び、萋萋【せいせい】として柳は栄を垂る。

急節  流水のごとく謝【さ】り、羇心【きしん】   懸旌【けんせい】を揺るがす。

涕を揮って且【しばら】く復()た去り、惻愴【そくそう】  何【いず】れの時か平かならん。

 

(現代語訳)

家を出るときは秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春の蚕が生まれているころになっている。
桑はしなやかにまとわりつくように葉をつける、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添い垂れて、からむのだ。
時節は流れる水のように早くながれてゆくもの、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
涙を払ってともかくも旅を続けて行こう、ああ、この重たく暗い思いは何時になったら平静になるのだろうか

 函谷関長安地図座標005

 

(訳注)

古風,五十九首之二十二#2

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(此の詩は長安を追放されて去ったのちに、長安を去るものの気持ちを一般化して詠ったものである。)

 

昔視秋蛾飛。 今見春蠶生。
家を出るときは秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春の蚕が生まれているころになっている。
春蠶生 春になって生まれ蚕が生まれるが晩春を指す。浮気心が芽生えてきたことをあらわす句である。


裊裊桑柘葉。 萋萋柳垂榮。
桑はしなやかにまとわりつくように葉をつける、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添い垂れて、からむのだ。
裊裊 風で気が揺れる。細長く音が響くさま。しなやかにまとわりつく。

萋萋 草が生い茂るさま。雲が行くさま。女性の服のうつくしいさま。柳は男性を、楊は女性。この二句はすべての語が男女の情愛、情交をあらわす表現。


急節謝流水。 羈心搖懸旌。
時節は流れる水のように早くながれてゆくもの、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
羈心 旅人の心。楽天的な李白にはマイナスの要素はない。そして道教に本格的に向かう。

○搖懸旌 鳥の翅で作った房の様なものを旌といい、吹き流しの様なもので、良く揺れるので、心が揺れ動いて定まらないことをいう。


揮涕且復去。 惻愴何時平。
涙を払ってともかくも旅を続けて行こう、ああ、この重たく暗い思いは何時になったら平静になるのだろうか

惻愴 かなしむこと。重たく暗い思い。

 李白図102

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思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、わかれにはいろんな思いにふけるものである、これから先の旅路のはるか遠くのことを考えると長安を旅立つというのではなくはやくこの故郷に帰ってきたいと思う気持ちの方が強いというものだ。

 
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《古風五十九首之二十二》Index-23-1 744年天寶三年44366古風,五十九首之二十二秦水別隴首, <22> Ⅰ李白詩1172 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4408

 

 

Index-23-1 744年天寶三年44366

李白index- 23 《744年 高力士に讒言され首都追放。四方遊歴を再開する。》李白詩 全詩<李白index- 23> Ⅰ李白詩1094 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4018

年:  744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之二十二 

 

古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。

胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。

感物動我心,緬然含歸情。

(此の詩は長安を追放されて去ったのちに、長安を去るものの気持ちを故郷を去りがたいことと一般化して詠ったものである。)

長安を旅立つものは東流する秦水がやがて隴山に別れを告げるのをみる、ひとしれずむせび泣き嗚咽して悲しい声を発てて流れてゆく。
胡地の馬は故郷の朔地の山に積もった雪の向こうを振り向いて、馬に付けた鈴や玉を鳴らして、いつまでも嘶きつづけるものなのだ。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、わかれにはいろんな思いにふけるものである、これから先の旅路のはるか遠くのことを考えると長安を旅立つというのではなくはやくこの故郷に帰ってきたいと思う気持ちの方が強いというものだ。
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昔視秋蛾飛,今見春蠶生。

嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。

揮涕且復去,惻愴何時平。 

 

(古風,五十九首の二十二)

秦水【しんすい】 隴首【ろうしゅ】に別れ、幽咽【ゆうえつ】して悲声多し。

胡馬【こば】 朔雪【さくせつ】を顧み、躞蹀【しょうちょう】として長く嘶鳴【しめい】す。

物に感じて我が心を動かし、緬然【めんぜん】として帰情を含む。


昔は視る  秋蛾【しゅうが】の飛ぶを、今は見る  春蚕【しゅんさん】の生ずるを。
嫋嫋【じょうじょう】として桑は葉を結び、萋萋【せいせい】として柳は栄を垂る。
急節  流水のごとく謝【さ】り、羇心【きしん】   懸旌【けんせい】を揺るがす。
涕を揮って且【しばら】く復()た去り、惻愴【そくそう】 何【いず】れの時か平かならん。

 

太白山00 

『古風,五十九首之二十二』 現代語訳と訳註

(本文) 古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。

胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。

感物動我心,緬然含歸情。

 

(下し文)

(古風,五十九首の二十二)

秦水【しんすい】  隴首【ろうしゅ】に別れ、幽咽【ゆうえつ】して悲声多し。

胡馬【こば】  朔雪【さくせつ】を顧み、躞蹀【しょうちょう】として長く嘶鳴【しめい】す。

物に感じて我が心を動かし、緬然【めんぜん】として帰情を含む。

 

(現代語訳)

(此の詩は長安を追放されて去ったのちに、長安を去るものの気持ちを故郷を去りがたいことと一般化して詠ったものである。)

長安を旅立つものは東流する秦水がやがて隴山に別れを告げるのをみる、ひとしれずむせび泣き嗚咽して悲しい声を発てて流れてゆく。
胡地の馬は故郷の朔地の山に積もった雪の向こうを振り向いて、馬に付けた鈴や玉を鳴らして、いつまでも嘶きつづけるものなのだ。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、わかれにはいろんな思いにふけるものである、これから先の旅路のはるか遠くのことを考えると長安を旅立つというのではなくはやくこの故郷に帰ってきたいと思う気持ちの方が強いというものだ。
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(訳注)

古風,五十九首之二十二

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

(此の詩は長安を追放されて去ったのちに、長安を去るものの気持ちを故郷を去りがたいことと一般化して詠ったものである。)

 漢文委員会紀頌之タイトル002李白1000

秦水別隴首。 幽咽多悲聲。
長安を旅立つものは東流する秦水がやがて隴山に別れを告げるのをみる、ひとしれずむせび泣き嗚咽して悲しい声を発てて流れてゆく。
秦水 渭水の上流部。 

隴首 渭水が隴山のすそをながれるあたりは、杜甫の「前出塞九首」其三 

「磨刀嗚咽水,水赤刃傷手。欲輕腸斷聲,心緒亂已久。」(隴山までくるとむせび泣いている水が流れている、その水で刀をみがく。水の色がさっと赤くなる、刀の刃が自分の手を傷つけたのだ。自分はこんな腸はらわたを断たせるという水の音などはたいしたことはないつもりなのだが、家と国とのことを考えると以前からさまざま思っていて心がみだれているのだ。)「前出塞九首」其三 紀頌之の漢詩ブログ誠実な詩人杜甫特集 42

 


胡馬顧朔雪。 躞蹀長嘶鳴。
胡地の馬は故郷の朔地の山に積もった雪の向こうを振り向いて、馬に付けた鈴や玉を鳴らして、いつまでも嘶きつづけるものなのだ。
躞蹀 馬に付けた鈴や玉が鳴る音。旅立ちの寂しさをあらわす。

朔雪 朔は、北。ここでは山西省朔州の山に積もった雪とすれば、黄河合流点をこえ、洛陽に近づいて来たことになるが、ここは北の名馬の産地の背後の山である。

嘶鳴 馬が嘶くのが、李白自身が大声で泣きたい心境を示していると考えられもするが古風の詩であることを考慮すると、馬の嘶きが別れの時にはよく響き渡るものというほどの意味である。解釈者の中には長安を追われて去る際の詩と考えて、こじつけ解説されているのを見かけるが、それでは、李白が古風としてまとめた意図を解していないことになる。ここは、そういった事実を踏まえながらも、一般的な長安での別れを詠うものと解釈した方がスケールが大きい。


感物動我心。 緬然含歸情。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、わかれにはいろんな思いにふけるものである、これから先の旅路のはるか遠くのことを考えると長安を旅立つというのではなくはやくこの故郷に帰ってきたいと思う気持ちの方が強いというものだ。
緬然 はるかなさま。遠く思いやるさま。思いにふけるさま。


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古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。

胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。

感物動我心,緬然含歸情。

(古風,五十九首の二十二)

秦水【しんすい】  隴首【ろうしゅ】に別れ、幽咽【ゆうえつ】して悲声多し。

胡馬【こば】  朔雪【さくせつ】を顧み、躞蹀【しょうちょう】として長く嘶鳴【しめい】す。

物に感じて我が心を動かし、緬然【めんぜん】として帰情を含む。

 

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。

嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。

揮涕且復去,惻愴何時平。 

昔は視る  秋蛾【しゅうが】の飛ぶを、今は見る  春蚕【しゅんさん】の生ずるを。

嫋嫋【じょうじょう】として桑は葉を結び、萋萋【せいせい】として柳は栄を垂る。

急節  流水のごとく謝【さ】り、羇心【きしん】   懸旌【けんせい】を揺るがす。

涕を揮って且【しばら】く復()た去り、惻愴【そくそう】  何【いず】れの時か平かならん。
李白図102 

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