漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2014年08月

73-#2 《冬日歸舊山》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#2> Ⅰ李白詩1238 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4738

しばらくはここに留まっているつもりであるが、この時、若しここを立ち去るということになるなら、今度は、全く浮世と絶縁して、三清の大空へ昇天したいとおもうのだ。

 
 2014年8月31日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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73-#2 《冬日歸舊山》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#2> Ⅰ李白詩1238 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4738 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-03 《莫相疑行-#1》 杜甫index-15<803-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4740 杜甫詩1500-803-#1-1119/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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73-#2 《冬日歸舊山》Index-3- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#2> Ⅰ李白詩1238 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4738

 

 

index-3*-3- 720年開元八年20

6

No.

詩題

詩文初句

 

1

上李邕

大鵬一日同風起,

卷八

2

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,

巻十八

3

登錦城散花樓

日照錦城頭,

巻二十

4

登峨眉山

蜀國多仙山,

巻二十

5

冬日歸舊山

未洗染塵纓,

巻二十五

6

春感詩

茫茫南與北,

巻二十五

 

 

制作年:              720年開元八年20

卷別:    卷一八五              文體:    五言古詩

詩題:    冬日歸舊山

作地點:              戴天山(劍南道北部 / 綿州 / 無第三級行政層級)

及地點:              戴天山 (劍南道北部 綿州 昌明) 別名:大康山、大匡山、匡山  

 

 

冬日歸舊山

(この詩は、冬日、むかしの山居に帰るときに心境を詠った。)#1

未洗染塵纓,歸來芳草平。

塵に染まった冠の紐を未だに洗うことなどしないままで、旧山に帰ってみるとその辺一帯はあれはてて芳草が平らかにしいた様に生えている。

一條藤徑綠,萬點雪峰晴。

そこに通じている一筋の小道には、藤の蔓がからみあっていて、その色は緑であるし新たに雪を頂きにかぶった万点の峰は、晴れた空にくっきりと聳えている。

地冷葉先盡,谷寒雲不行。

地には、日光を受けずして、冷ややかなるによって、葉はまずすべて落ち去って、谷は寒く、雲も湧いてゆくことはない。

嫩篁侵舍密,古樹倒江橫。

若竹は、家を侵して、密に繁り、古樹、古木は江水の辺に倒れて横たわっている。

白犬離村吠,蒼苔壁上生。

白い犬は、村を離れて吠え、青苔は壁上にしょうじている。

#2

穿廚孤雉過,臨屋舊猿鳴。

それから、厨房が穿っていて、そこから一羽の雉が飛び過ぎていく。屋根の上には、昔馴染みの猿がないている。

木落禽巢在,籬疏獸路成。

中に入って、寝牀を掃うと蒼鼠が走り回り、手文庫をひっくり返してみると紙魚が驚いて飛び出す。

拂床蒼鼠走,倒篋素魚驚。

それから硯を洗って、この屋の修繕について良策を書き連ねてみる、松の木を敲いて、この身も、松特有の貞節になぞられるものとおもうのだ。

洗硯修良策,敲松擬素貞。

しばらくはここに留まっているつもりであるが、この時、若しここを立ち去るということになるなら、此時重一去,去合到三清。

今度は、全く浮世と絶縁して、三清の大空へ昇天したいとおもうのだ。

 

冬日歸舊山

未だ洗わず 塵に染むるの纓,歸り來れば芳草平らかなり。

一條 藤徑綠に,萬點 雪峰の晴。

地 冷やかにして 葉 先ず盡き,谷寒くして雲行かず。

嫩篁【どんこう】舍を侵して密,古樹 江に倒れ橫たう。

白犬 村を離れて吠え,蒼苔 壁上りて生ず。

#2

廚を穿って孤雉【こち】過ぎ,屋に臨んで舊猿鳴く。

木落ちて禽巢在り,籬 疏にして 獸路成る。

床を拂えば蒼鼠【そうそ】走り,篋【きょう】を倒【さかしま】にすれば素魚驚く。

硯を洗うて良策を修し,松を敲いて素貞に擬す。

此の時 重ねて一去,去らば合【まさ】に 三清に到るべし。

2蜀の山00 

 

『冬日歸舊山』 現代語訳と訳註

(本文)#2

穿廚孤雉過,臨屋舊猿鳴。

木落禽巢在,籬疏獸路成。

拂床蒼鼠走,倒篋素魚驚。

洗硯修良策,敲松擬素貞。

 

(下し文)#2

廚を穿って孤雉【こち】過ぎ,屋に臨んで舊猿鳴く。

木落ちて禽巢在り,籬 疏にして 獸路成る。

床を拂えば蒼鼠【そうそ】走り,篋【きょう】を倒【さかしま】にすれば素魚驚く。

硯を洗うて良策を修し,松を敲いて素貞に擬す。

此の時 重ねて一去,去らば合【まさ】に 三清に到るべし。

 

(現代語訳)

それから、厨房が穿っていて、そこから一羽の雉が飛び過ぎていく。屋根の上には、昔馴染みの猿がないている。

中に入って、寝牀を掃うと蒼鼠が走り回り、手文庫をひっくり返してみると紙魚が驚いて飛び出す。

それから硯を洗って、この屋の修繕について良策を書き連ねてみる、松の木を敲いて、この身も、松特有の貞節になぞられるものとおもうのだ。

しばらくはここに留まっているつもりであるが、この時、若しここを立ち去るということになるなら、今度は、全く浮世と絶縁して、三清の大空へ昇天したいとおもうのだ。

李白図102 

(訳注) #2

冬日歸舊山

(この詩は、冬日、むかしの山居に帰るときに心境を詠った。)#2

 

穿廚孤雉過,臨屋舊猿鳴。

それから、厨房が穿っていて、そこから一羽の雉が飛び過ぎていく。屋根の上には、昔馴染みの猿がないている。

穿廚 厨房が穿っている。台所には食べ物の残りかすがあり、屋根が破れて、そこから雉が飛び出した。

 

木落禽巢在,籬疏獸路成。

木の葉はすっかり落ちて、鳥の巣が丸見えでわかるし、籬は疎らになっていて、野獣の通路が出来上がっている。

 

拂床蒼鼠走,倒篋素魚驚。

中に入って、寝牀を掃うと蒼鼠が走り回り、手文庫をひっくり返してみると紙魚が驚いて飛び出す。

 寝牀。

 書物を蔵する箱。

素魚 「シミ(衣魚、紙魚)」と総称される。人家に生息するものが本を食害すると思われていたため「紙魚」と書かれる。

 

洗硯修良策,敲松擬素貞。

それから硯を洗って、この屋の修繕について良策を書き連ねてみる、松の木を敲いて、この身も、松特有の貞節になぞられるものとおもうのだ。

素貞 松特有の貞節が男としての貞節に擬す。

 

此時重一去,去合到三清。

しばらくはここに留まっているつもりであるが、この時、若しここを立ち去るということになるなら、今度は、全く浮世と絶縁して、三清の大空へ昇天したいとおもうのだ。

到三清 三清の大空へ昇天したいということ。

 nat0001

73-#1 《冬日歸舊山》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#1> Ⅰ李白詩1237 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4733

塵に染まった冠の紐を未だに洗うことなどしないままで、旧山に帰ってみるとその辺一帯はあれはてて芳草が平らかにしいた様に生えている。そこに通じている一筋の小道には、藤の蔓がからみあっていて、その色は緑であるし新たに雪を頂きにかぶった万点の峰は、晴れた空にくっきりと聳えている。

 
 2014年8月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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73-#1 《冬日歸舊山》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#1> Ⅰ李白詩1237 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4733 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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437-#2 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID <1150> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4734韓愈詩-437-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-02 《除草》 杜甫index-15 杜甫<802-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4735 杜甫詩1500-802-#2-1118/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor15-455《黃鐘樂一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-638-15-(455) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4737 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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73-#1

《冬日歸舊山》Index-3- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <73-#1> Ⅰ李白詩1237 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4733

 

 

index-3*-3- 720年開元八年20

6

No.

詩題

詩文初句

 

1

上李邕

大鵬一日同風起,

卷八

2

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,

巻十八

3

登錦城散花樓

日照錦城頭,

巻二十

4

登峨眉山

蜀國多仙山,

巻二十

5

冬日歸舊山

未洗染塵纓,

巻二十五

6

春感詩

茫茫南與北,

巻二十五

 

 

制作年:              720年開元八年20

卷別:    卷一八五              文體:    五言古詩

詩題:    冬日歸舊山

作地點:              戴天山(劍南道北部 / 綿州 / 無第三級行政層級)

及地點:              戴天山 (劍南道北部 綿州 昌明) 別名:大康山、大匡山、匡山  

 

 

冬日歸舊山

(この詩は、冬日、むかしの山居に帰るときに心境を詠った。)#1

未洗染塵纓,歸來芳草平。

塵に染まった冠の紐を未だに洗うことなどしないままで、旧山に帰ってみるとその辺一帯はあれはてて芳草が平らかにしいた様に生えている。

一條藤徑綠,萬點雪峰晴。

そこに通じている一筋の小道には、藤の蔓がからみあっていて、その色は緑であるし新たに雪を頂きにかぶった万点の峰は、晴れた空にくっきりと聳えている。

地冷葉先盡,谷寒雲不行。

地には、日光を受けずして、冷ややかなるによって、葉はまずすべて落ち去って、谷は寒く、雲も湧いてゆくことはない。

嫩篁侵舍密,古樹倒江橫。

若竹は、家を侵して、密に繁り、古樹、古木は江水の辺に倒れて横たわっている。

白犬離村吠,蒼苔壁上生。

白い犬は、村を離れて吠え、青苔は壁上にしょうじている。

#2

穿廚孤雉過,臨屋舊猿鳴。

木落禽巢在,籬疏獸路成。

拂床蒼鼠走,倒篋素魚驚。

洗硯修良策,敲松擬素貞。

此時重一去,去合到三清。

 

冬日歸舊山

未だ洗わず 塵に染むるの纓,歸り來れば芳草平らかなり。

一條 藤徑綠に,萬點 雪峰の晴。

地 冷やかにして 葉 先ず盡き,谷寒くして雲行かず。

嫩篁【どんこう】舍を侵して密,古樹 江に倒れ橫たう。

白犬 村を離れて吠え,蒼苔 壁上りて生ず。

#2

廚を穿って孤雉【こち】過ぎ,屋に臨んで舊猿鳴く。

木落ちて禽巢在り,籬 疏にして 獸路成る。

床を拂えば蒼鼠【そうそ】走り,篋【きょう】を倒【さかしま】にすれば素魚驚く。

硯を洗うて良策を修し,松を敲いて素貞に擬す。

此の時 重ねて一去,去らば合【まさ】に 三清に到るべし。

 

nat0001 

『冬日歸舊山』 現代語訳と訳註

(本文)

冬日歸舊山―#1

未洗染塵纓,歸來芳草平。

一條藤徑綠,萬點雪峰晴。

地冷葉先盡,谷寒雲不行。

嫩篁侵舍密,古樹倒江橫。

白犬離村吠,蒼苔壁上生。

 

(下し文)

冬日歸舊山

未だ洗わず 塵に染むるの纓,歸り來れば芳草平らかなり。

一條 藤徑綠に,萬點 雪峰の晴。

地 冷やかにして 葉 先ず盡き,谷寒くして雲行かず。

嫩篁【どんこう】舍を侵して密,古樹 江に倒れ橫たう。

白犬 村を離れて吠え,蒼苔 壁上りて生ず。
 

(現代語訳)

(この詩は、冬日、むかしの山居に帰るときに心境を詠った。)#1

塵に染まった冠の紐を未だに洗うことなどしないままで、旧山に帰ってみるとその辺一帯はあれはてて芳草が平らかにしいた様に生えている。

そこに通じている一筋の小道には、藤の蔓がからみあっていて、その色は緑であるし新たに雪を頂きにかぶった万点の峰は、晴れた空にくっきりと聳えている。

地には、日光を受けずして、冷ややかなるによって、葉はまずすべて落ち去って、谷は寒く、雲も湧いてゆくことはない。

若竹は、家を侵して、密に繁り、古樹、古木は江水の辺に倒れて横たわっている。

白い犬は、村を離れて吠え、青苔は壁上にしょうじている。

 

(訳注)

冬日歸舊山

(この詩は、冬日、むかしの山居に帰るときに心境を詠った。)#1

 

未洗染塵纓,歸來芳草平。

塵に染まった冠の紐を未だに洗うことなどしないままで、旧山に帰ってみるとその辺一帯はあれはてて芳草が平らかにしいた様に生えている。

 

一條藤徑綠,萬點雪峰晴。

そこに通じている一筋の小道には、藤の蔓がからみあっていて、その色は緑であるし新たに雪を頂きにかぶった万点の峰は、晴れた空にくっきりと聳えている。

藤徑 藤の蔓が這いまつわっている小路。

雪峰 雪を頂く嶺。雪嶺山脈に雪を頂いている。

 

地冷葉先盡,谷寒雲不行。

地には、日光を受けずして、冷ややかなるによって、葉はまずすべて落ち去って、谷は寒く、雲も湧いてゆくことはない。

雲不行 古代では、雲は巌谷、洞窟から湧き出るものとされるが、谷が寒気に覆われ出て来ないという。

 

嫩篁侵舍密,古樹倒江橫。

若竹は、家を侵して、密に繁り、古樹、古木は江水の辺に倒れて横たわっている。

嫩篁 若竹。

 

白犬離村吠,蒼苔壁上生。

白い犬は、村を離れて吠え、青苔は壁上にしょうじている。
nat0002 

61 《登峨眉山》Index-2Ⅰ- 2-720年開元八年20歳13登峨眉山蜀國多仙山, <61> Ⅰ李白詩1225 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4673

蜀の国には仙郷の山が多くある。その中でも峨嵋山だけは邈然として、他にその類を見ないくらいのものである。仙山といわれる山を周遊して、一度登覧をこころみたが、その特に奇怪なる事物どもは、どうしても詳悉することができない。

 
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61 《登峨眉山》Index-2- 2-720年開元八年2013登峨眉山蜀國多仙山, <61> Ⅰ李白詩1225 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4673

 

 

Index-3

- 3-720年開元八年20

6

ID

No.

詩題

詩文初句

 

10

1

上李邕

大鵬一日同風起,

卷八

11

2

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,

巻十八

12

3

登錦城散花樓

日照錦城頭,

巻二十

13

4

登峨眉山

蜀國多仙山,

巻二十

14

5

冬日歸舊山

未洗染塵纓,

巻二十五

15

6

春感詩

茫茫南與北,

巻二十五

 

制作年:              720年開元八年20

卷別:    卷一八○              文體:    五言古詩

詩題:    登峨眉山

作地點:              峨眉山(劍南道北部 / 嘉州 / 峨眉山)

及地點:峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)    

 

 

登峨眉山

(峨嵋山に登って、概観したもので若い時の作)

蜀國多仙山,峨眉邈難匹。

蜀の国には仙郷の山が多くある。その中でも峨嵋山だけは邈然として、他にその類を見ないくらいのものである。

周流試登覽,怪安可息。

仙山といわれる山を周遊して、一度登覧をこころみたが、その特に奇怪なる事物どもは、どうしても詳悉することができない。

青冥倚天開,彩錯疑畫出。

眺めてみると、山色は青くして暗く、それが天に倚りかかって開いている。交錯している色彩は、描き出したものと見紛うほどなのである。

泠然紫霞賞,果得錦囊術。

ここにいたって、泠然軽挙、紫霞が漂い、棚引く景色を観賞しつつ、果然、錦囊に納めるべき仙家の秘術を習得した。

#2

雲間吟瓊簫,石上弄寶瑟。

平生有微尚,歡笑自此畢。

煙容如在顏,塵累忽相失。

儻逢騎羊子,攜手凌白日。

 

峨眉山に登る

蜀國 仙山多く,峨眉 邈として匹し難し。

周流 登覽を試む,怪 安んぞ息う可けんや。

青冥 天に倚って開き,彩錯 畫き出すかと疑う。

泠然たる紫霞の賞,果して錦囊の術を得たり。

#2

雲間 瓊簫を吟じ,石上 寶瑟を弄す。

平生 微尚有り,歡笑 此より畢る。

煙容 顏に在るが如く,塵累 忽ち相い失う。

儻し騎羊の子に逢わば,手を攜えて白日を凌がん。

2蜀の山00 

 

『登峨眉山』 現代語訳と訳註

(本文)

登峨眉山

蜀國多仙山,峨眉邈難匹。

周流試登覽,怪安可息。

青冥倚天開,彩錯疑畫出。

泠然紫霞賞,果得錦囊術。

 

登峨眉山

蜀國多仙山,峨眉邈難匹。

周流試登覽,怪安可息。

青冥倚天開【青冥倚天關】,彩錯疑畫出。

泠然紫霞賞,果得錦囊術。

 

(下し文)

峨眉山に登る

蜀國 仙山多く,峨眉 邈として匹し難し。

周流 登覽を試む,怪 安んぞ息う可けんや。

青冥 天に倚って開き,彩錯 畫き出すかと疑う。

泠然たる紫霞の賞,果して錦囊の術を得たり。

 

(現代語訳)

(峨嵋山に登って、概観したもので若い時の作)

蜀の国には仙郷の山が多くある。その中でも峨嵋山だけは邈然として、他にその類を見ないくらいのものである。

仙山といわれる山を周遊して、一度登覧をこころみたが、その特に奇怪なる事物どもは、どうしても詳悉することができない。

眺めてみると、山色は青くして暗く、それが天に倚りかかって開いている。交錯している色彩は、描き出したものと見紛うほどなのである。

ここにいたって、泠然軽挙、紫霞が漂い、棚引く景色を観賞しつつ、果然、錦囊に納めるべき仙家の秘術を習得した。

李白図102 

(訳注)

登峨眉山

(峨嵋山に登って、概観したもので若い時の作)#1

道教や中国の仏教で言うところの聖地で、中国三大霊山(五台山、天台山、峨眉山)や中国四大仏教名山(五台山、九華山、普陀山、峨眉山)の一つである。26の寺院を有し、普賢菩薩の霊場とされる。一帯は聖地となっていたために自然が護られ、約3,000種の植物と、絶滅危惧種を含む約2,000種の動物の宝庫でもある。一番高い峰が万仏頂(標高3,098メートル)で、頂まで32の名刹が続いている。後漢時代から仏教施設の建設が始まり、南宋時代に最盛期を迎えた。現代最大の寺院は、登山口にあたる報国寺で、明代1615年(万暦43年)に明光道人が創建したとされている。

 

蜀國多仙山,峨眉邈難匹。

蜀の国には仙郷の山が多くある。その中でも峨嵋山だけは邈然として、他にその類を見ないくらいのものである。

多仙山 青城山、載天山、鹤鸣山、峨嵋山など。

 

周流試登覽,怪安可息。

仙山といわれる山を周遊して、一度登覧をこころみたが、その特に奇怪なる事物どもは、どうしても詳悉することができない。

 

青冥倚天開,彩錯疑畫出。

眺めてみると、山色は青くして暗く、それが天に倚りかかって開いている。交錯している色彩は、描き出したものと見紛うほどなのである。

 

泠然紫霞賞,果得錦囊術。

ここにいたって、泠然軽挙、紫霞が漂い、棚引く景色を観賞しつつ、果然、錦囊に納めるべき仙家の秘術を習得した。

泠然 少しも心を動かさずひややかな態度でいるさま。

錦囊術 錦囊に納めるべき仙家の秘術。

71 《登錦城散花樓》Index-2Ⅰ- 2-720年開元八年20歳12登錦城散花樓日照錦城頭, <60> Ⅰ李白詩1224 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4668

晴れた日蔭は、成都城や周りを照らし、朝の鮮やかな光は散花樓に充満している。その散花樓には黄金を鏤めた窓があって、綺麗に彩色したとびらをはめこみ、珠の簾は巻き上げて、銀鉤にかかっている。

 
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71 《登錦城散花樓》Index-2Ⅰ- 2-720年開元八年20歳12登錦城散花樓日照錦城頭, <60> Ⅰ李白詩1224 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4668 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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436-#6 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1148> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4724韓愈詩-436-#6 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-02 《營屋》 杜甫index-14 764年 杜甫<801-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4725 杜甫詩1500-801-#2-1116/2500765年永泰元年54歲-02 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor15-453《生查子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-636-15-(453) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4727 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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71《登錦城散花樓》Index-2- 2-720年開元八年2012登錦城散花樓日照錦城頭, <60> Ⅰ李白詩1224 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4668

 

 

制作年:              720年開元八年20

卷別:    卷一八○              文體:    五言古詩

詩題:    登錦城散花樓

作地點:              錦城(劍南道北部 / 益州 / 錦城)

及地點:              散花樓 (劍南道北部 益州 錦城)       

 

 

登錦城散花樓

(成都錦城の摩訶池のほとりにある散花樓にのぼって詠う。) 

日照錦城頭,朝光散花樓。

晴れた日蔭は、成都城や周りを照らし、朝の鮮やかな光は散花樓に充満している。

窗夾繡珠箔懸銀鉤。

その散花樓には黄金を鏤めた窓があって、綺麗に彩色したとびらをはめこみ、珠の簾は巻き上げて、銀鉤にかかっている。

飛梯綠雲中,極目散我憂。

自分はというと飛梯を踏み上ると、綠雲の中にいる。そして、両目でこの景色を眺めると心中にある不安や愁いというのがどこかに飛び散ったようだ。

雨向三峽,春江繞雙流。

終日ここにいると、夕方の雨は三峡に向って飛び去り、春の岷江は二筋に別れて城をめぐっている。

今來一登望,如上九天遊。

今、こうして登り来たって一たび、曠望すれば、九天に登って遊んでいるような気がして仙人の壮快の念にたえられないというものである。

 

錦城の散花樓に登る

日は照らす 錦城の頭,朝光す 散花の樓。

金窗 繡珠箔 銀鉤を懸く。

飛梯 綠雲の中,極目 我が憂いを散ず。

暮雨 三峽に向い,春江 雙流を繞る。

今 來って 一たび登望すれば,九天に上って遊ぶが如し。

 

成都関連地図 00 

『登錦城散花樓』 現代語訳と訳註

(本文)

登錦城散花樓

日照錦城頭,朝光散花樓。

金窗夾繡珠箔懸銀鉤。

飛梯綠雲中,極目散我憂。

暮雨向三峽,春江繞雙流。

今來一登望,如上九天遊。

 

(登錦城散花樓)

日照錦城頭,朝光散花樓。

金窗夾繡,珠箔懸銀鉤【珠箔懸瓊鉤】。

飛梯綠雲中,極目散我憂【極目散我愁】。

暮雨向三峽,春江繞雙流。

今來一登望,如上九天遊。

 

(下し文)

錦城の散花樓に登る

日は照らす 錦城の頭,朝光す 散花の樓。

金窗 繡を夾み,珠箔 銀鉤を懸く。

飛梯 綠雲の中,極目 我が憂いを散ず。

暮雨 三峽に向い,春江 雙流を繞る。

今 來って 一たび登望すれば,九天に上って遊ぶが如し。

 

(現代語訳)

(成都錦城の摩訶池のほとりにある散花樓にのぼって詠う。) 

晴れた日蔭は、成都城や周りを照らし、朝の鮮やかな光は散花樓に充満している。

その散花樓には黄金を鏤めた窓があって、綺麗に彩色したとびらをはめこみ、珠の簾は巻き上げて、銀鉤にかかっている。

自分はというと飛梯を踏み上ると、綠雲の中にいる。そして、両目でこの景色を眺めると心中にある不安や愁いというのがどこかに飛び散ったようだ。

終日ここにいると、夕方の雨は三峡に向って飛び去り、春の岷江は二筋に別れて城をめぐっている。

今、こうして登り来たって一たび、曠望すれば、九天に登って遊んでいるような気がして仙人の壮快の念にたえられないというものである。

李白図102 

(訳注)

登錦城散花樓

(成都錦城の摩訶池のほとりにある散花樓にのぼって詠う。) 

錦城 成都夷里橋南岸道西にあった。成都府城のことで、錦官とか錦里という。

散花樓 摩訶池のほとりにあった。

 

日照錦城頭,朝光散花樓。

晴れた日蔭は、成都城や周りを照らし、朝の鮮やかな光は散花樓に充満している。

 

金窗夾繡珠箔懸銀鉤。

その散花樓には黄金を鏤めた窓があって、綺麗に彩色したとびらをはめこみ、珠の簾は巻き上げて、銀鉤にかかっている。

 

飛梯綠雲中,極目散我憂。

自分はというと飛梯を踏み上ると、綠雲の中にいる。そして、両目でこの景色を眺めると心中にある不安や愁いというのがどこかに飛び散ったようだ。

 

暮雨向三峽,春江繞雙流。

終日ここにいると、夕方の雨は三峡に向って飛び去り、春の岷江は二筋に別れて城をめぐっている。

暮雨・三峽 朝雲となり暮に雨となる、宋玉《高唐賦》に基づく。三峽瞿塘峡、巫峡、西陵峡

 岷江。

雙流 岷江と錦江とは成都をめぐって合流す。

 

今來一登望,如上九天遊。

今、こうして登り来たって一たび、曠望すれば、九天に登って遊んでいるような気がして仙人の壮快の念にたえられないというものである。

九天遊 仙郷に比す。

70 《酬宇文少府見贈桃竹書筒》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <70> Ⅰ李白詩1234 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4718

その書筒の中に仙書を入れ、これを携帯して、峨嵋山に分け入るためにここを去ったとしても、千里の先まで携えれば長しえに君を思って忘れることはできないだろう。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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70 《酬宇文少府見贈桃竹書筒》Index-3- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <70> Ⅰ李白詩1234 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4718

 

 

index-3*-3- 720年開元八年20

6

No.

詩題

詩文初句

 

1

上李邕

大鵬一日同風起,

卷八

2

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,

巻十八

3

登錦城散花樓

日照錦城頭,

巻二十

4

登峨眉山

蜀國多仙山,

巻二十

5

冬日歸舊山

未洗染塵纓,

巻二十五

6

春感詩

茫茫南與北,

巻二十五

 

 

作年:    720年開元八年20

卷別:    卷一七八              文體:    七言古詩

詩題:    酬宇文少府見贈桃竹書筒

作地點:              渝州(山南西道 / 渝州 / 渝州)

及地點:              峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)    

交遊人物:宇文少府           書信往來

 

 

酬宇文少府見贈桃竹書筒

(この詩は某縣の尉である宇文某が、桃竹で作った書筒を送ったから、これに謝して歌ったものである。)

桃竹書筒綺繡文,良工巧妙稱群。

桃竹でつづられた書筒は、その面に綺繡の様な斑文があって、まことに綺麗である。そのうえ、上手な作り手が巧妙に細工をしているから世に群のものと称される。

靈心圓映三江月,彩質疊成五色雲。

その霊心は円かにして、三江の月に映じて、彩質は重なり合って、五色の雲を為すかと思われる。

中藏寶訣峨眉去,千里提攜長憶君。

その書筒の中に仙書を入れ、これを携帯して、峨嵋山に分け入るためにここを去ったとしても、千里の先まで携えれば長しえに君を思って忘れることはできないだろう。

(宇文少府の桃竹書筒を贈らる見に酬ゆ)

桃竹の書筒 綺繡の文,良工 巧妙 群とす。

靈心 圓映ず 三江の月,彩質 疊成す 五色の雲。

中に寶訣を藏して峨眉に去り,千里 提攜 長く君を憶う。

 

李白図102 

酬宇文少府見贈桃竹書筒』 現代語訳と訳註

(本文)

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,良工巧妙稱群。

靈心圓映三江月,彩質疊成五色雲。

中藏寶訣峨眉去,千里提攜長憶君。

 

(下し文)

(宇文少府の桃竹書筒を贈らる見に酬ゆ)

桃竹の書筒 綺繡の文,良工 巧妙 群と稱す。

靈心 圓映ず 三江の月,彩質 疊成す 五色の雲。

中に寶訣を藏して峨眉に去り,千里 提攜 長く君を憶う。

 

(現代語訳)

(この詩は某縣の尉である宇文某が、桃竹で作った書筒を送ったから、これに謝して歌ったものである。)

桃竹でつづられた書筒は、その面に綺繡の様な斑文があって、まことに綺麗である。そのうえ、上手な作り手が巧妙に細工をしているから世に群のものと称される。

その霊心は円かにして、三江の月に映じて、彩質は重なり合って、五色の雲を為すかと思われる。

その書筒の中に仙書を入れ、これを携帯して、峨嵋山に分け入るためにここを去ったとしても、千里の先まで携えれば長しえに君を思って忘れることはできないだろう。

 

(訳注)

酬宇文少府見贈桃竹書筒

(この詩は某縣の尉である宇文某が、桃竹で作った書筒を送ったから、これに謝して歌ったものである。)

桃竹 桃枝竹で江南に産する。葉は椶のようであり、身は竹のようで、密節で書筒に向くものであるという。

 

桃竹書筒綺繡文,良工巧妙稱群。

桃竹でつづられた書筒は、その面に綺繡の様な斑文があって、まことに綺麗である。そのうえ、上手な作り手が巧妙に細工をしているから世に群のものと称される。

 

靈心圓映三江月,彩質疊成五色雲。

その霊心は円かにして、三江の月に映じて、彩質は重なり合って、五色の雲を為すかと思われる。

 

中藏寶訣峨眉去,千里提攜長憶君。

その書筒の中に仙書を入れ、これを携帯して、峨嵋山に分け入るためにここを去ったとしても、千里の先まで携えれば長しえに君を思って忘れることはできないだろう。

寶訣 仙書。

峨眉 道教や中国の仏教で言うところの聖地で、中国三大霊山(五台山、天台山、峨眉山)や中国四大仏教名山(五台山、九華山、普陀山、峨眉山)の一つである。26の寺院を有し、普賢菩薩の霊場とされる。一帯は聖地となっていたために自然が護られ、約3,000種の植物と、絶滅危惧種を含む約2,000種の動物の宝庫でもある。
55moon 

69 《上李邕》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <69> Ⅰ李白詩1233 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4713

世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。

 
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436-#4 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1146> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4714韓愈詩-436-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-99 《送王侍御往東川放生池祖席【案:草堂逸詩拾遺。】》 杜甫index-14 764年 杜甫<800> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4715 杜甫詩1500-800-1114/2500廣徳2年764-99 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor15-451《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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6

No.

詩題

詩文初句

 

1

上李邕

大鵬一日同風起,

卷八

2

酬宇文少府見贈桃竹書筒

桃竹書筒綺繡文,

巻十八

3

登錦城散花樓

日照錦城頭,

巻二十

4

登峨眉山

蜀國多仙山,

巻二十

5

冬日歸舊山

未洗染塵纓,

巻二十五

6

春感詩

茫茫南與北,

巻二十五

 

 

作年:    720年開元八年20

卷別:    卷一六八              文體:    七言律詩

詩題:    上李邕〔此首蕭士贇云是偽作。〕

作地點:              渝州(山南西道 / 渝州 / 渝州)

交遊人物:李邕    當地交遊(山南西道 渝州 渝州)

 

上李邕〔此首蕭士贇云是偽作。〕

大鵬一日同風起,摶搖直上九萬里。

假令風歇時下來,猶能簸卻滄溟水。

世人見我恆殊調,聞余大言皆冷笑。

宣父猶能畏後生,丈夫未可輕年少。

(この詩は李邕にこの詩を奉って、自分の抱負を述べたのである。)

〔この首、蕭士贇は李白の詩ではないと言っている。〕

大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ 九万里を飛ぶのだ。

もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。

世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。

孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)

 

(李邕に上【たてまつ】る)

大鵬  一日  風と同じく起ち、扶揺  直ちに上る九万里。

仮令【たとえ】  風歇【や】みて時に下り来るとも、猶お能く簸却【はきゃく】す滄溟の水を。  

時人 我の恒に調を殊にするを見、余が大言を聞きて皆【ことごと】く冷笑す。

宣父 猶お能く后生【こうせい】を畏る、丈夫  未だ年少を軽んず可からず。

 

 長安と西域 地図01

『上李邕』 現代語訳と訳註

(本文)

上李邕〔此首蕭士贇云是偽作。〕

大鵬一日同風起,摶搖直上九萬里。

假令風歇時下來,猶能簸卻滄溟水。

世人見我恆殊調,聞余大言皆冷笑。

宣父猶能畏後生,丈夫未可輕年少。

 

(下し文)

(李邕に上【たてまつ】る)

大鵬  一日  風と同じく起ち、扶揺  直ちに上る九万里。

仮令【たとえ】  風歇【や】みて時に下り来るとも、猶お能く簸却【はきゃく】す滄溟の水を。  

時人 我の恒に調を殊にするを見、余が大言を聞きて皆【ことごと】く冷笑す。

宣父 猶お能く后生【こうせい】を畏る、丈夫  未だ年少を軽んず可からず。

 

(現代語訳)

(この詩は李邕にこの詩を奉って、自分の抱負を述べたのである。)

〔この首、蕭士贇は李白の詩ではないと言っている。〕

大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ 九万里を飛ぶのだ。

もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。

世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。

孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)

 

(訳注)

上李邕

(この詩は李邕にこの詩を奉って、自分の抱負を述べたのである。)

〔此首蕭士贇云是偽作。〕

〔この首、蕭士贇は李白の詩ではないと言っている。〕

詩型 七言律詩
押韻 起、里。/來、水。/調、笑、少。

大鵬一日同風  摶搖直上九萬
假令風歇時下來  猶能簸卻滄溟
世人見我恆殊調  聞余大言皆冷
宣父猶能畏後生  丈夫未可輕年

●○●●○△●  △○●●△●●

△△△●○●△  △△●●△△●

△○●●?○△  △○●○○△●

○●△△●●△  ●○●●△○●

 李邕は『文選』に注をほどこした李善の子で、文と書にすぐれた大家で、このとき六十二、三歳であった。青州(北海郡)の太守に左遷されていたのだ。朝廷の高官が一地方郡の知事クラスということは、この頃の李林甫の文人を遠ざける施策の最大の犠牲者であった。
 それでも李白と杜甫にとっては作った詩歌を見てほしいと思ったことであろう。

そのとき李白が李邕に献じた詩が「上李邕」と思われる。李白も天子のおそばで翰林院供奉であった片りんを見せている。この大家に自分を『荘子』逍遥游篇の大鵬に比してみせている。

太白山001 

 

大鵬一日同風起,摶搖直上九萬里。

大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
大鵬 中国神話の伝説の鳥、霊鳥である。羽ある生物の王。李白の才能を示す。

扶揺 東の海中に生えているという伝説の大木。つむじかぜ。

扶桑東海の日の出る所にあるという神木。日本の別名 

九万里 36km大鵬の飛ぶ距離、慣用語。

 

假令風歇時下來,猶能簸卻滄溟水。

もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
仮令 もし、仮に。

簸却 ふるわせたり、静かにさせる。

滄溟 果てしない大海原。

 

世人見我恆殊調,聞余大言皆冷笑。

世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
時人 今どきの人。

恒殊調 常に優れた詩文の調子。

 

宣父猶能畏後生,丈夫未可輕年少。

孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)
宣父 孔子 

○后生 後に生まれたもの
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->李白図102
<!--[endif]-->

68 《訪載天山道士不遇 李白1》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <68> Ⅰ李白詩1232 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4708

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 
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《訪載天山道士不遇 李白1Index-2 -1-718年開元六年18歳載天山に隠れ道士の修行 <68> Ⅰ李白詩1232 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4708

 

 

Index-2

- 2-718年開元六年18

3

ID

No.

詩題

詩文初句

 

7

1

贈江油尉

嵐光深院裡,

巻二十五

8

2

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,

巻二十二

9

3

訪載天山道士不遇 李白1

犬吠水聲中,

巻二十二

 

 

制作年:        718年開元六年18

卷別:  卷一八二       文體:  五言律詩

李太白集 巻二十二

詩題:  訪戴天山道士不遇

作地點:        戴天山(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:        戴天山 (劍南道北部綿州 昌明) 別名:大康山、大匡山、匡山         

交遊人物:戴天山道士    當地交遊(劍南道北部 綿州昌明)

 

 

訪戴天山道士不遇

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

無人知所去,愁倚兩三松。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 

(載天山の道士を訪ねて遇わず)
犬は吠ゆ  水声の中、桃花は露を帯びて濃【こま】やかなり。
樹は深くして  時に鹿を見、渓は午にして  鐘を聞かず。
野竹は青靄【せいあい】を分け、飛泉は碧峰に挂【か】かる。
人の去る所を知る無し、愁えて倚る  両三の松。

竹林0021 

『訪戴天山道士不遇』 現代語訳と訳註

(本文)

訪戴天山道士不遇

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

無人知所去,愁倚兩三松。

 

(下し文)

(載天山の道士を訪ねて遇わず)
犬は吠ゆ  水声の中、桃花は露を帯びて濃【こま】やかなり。
樹は深くして  時に鹿を見、渓は午にして  鐘を聞かず。
野竹は青靄【せいあい】を分け、飛泉は碧峰に挂【か】かる。
人の去る所を知る無し、愁えて倚る  両三の松。

 

(現代語訳)

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。
木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 

(訳注)

訪戴天山道士不遇

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

○載天山 四川省彰明県の北にある山。別名として、大康山、康山、大匤山、とある。李白が少年時代、読書をしたところ。

○道士 道教の修行につとめ、その祭儀を執り行う専門家。道家。 ・神仙の術を行う人。仙人。方士。 

不遇 隠遁者の生活環境は「閑」であり、「静」である。会えないのが基本。 *陶淵明の詩「尋隠者不遇」詩の生成のイメージを借りている。

 

 李白は十八歳のころには郷里の近くにあった載天山の大明寺に下宿して読書に励んでいる。
詩は載天山に道士を訪ねていって会えなかったときのもので、十六、七歳で本格的に学問をはじめたころの作品。こまやかな観察と少年のころの李白の淳朴な姿が写し出されていて、初期の習作のなかでは佳作に属する微笑ましい詩だ。

 

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。
犬吠 静寂を示す。猿が鳴くのは、愁いを示す。鳥が鳴くのはうるさいことを示す。 

 

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

○溪午 渓谷にいると正午に気が付かないほど時の移り変わり様であることをいう。隠遁者にとっては時間経過を問題としない。

 

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

 

無人知所去,愁倚兩三松。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間悵然としていた。
泰山の道観 

67 《尋雍尊師隱居》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <67> Ⅰ李白詩1231 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4703

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

 
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436-#2 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1144> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4704韓愈詩-436-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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67 《尋雍尊師隱居》Index-2 -1-718年開元六年18 載天山に隠れ道士の修行 <67> Ⅰ李白詩1231 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4703

 

 

 

Index-2

- 2-718年開元六年18

3

ID

No.

詩題

詩文初句

 

7

1

贈江油尉

嵐光深院裡,

巻二十五

8

2

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,

巻二十二

9

3

訪載天山道士不遇 李白1

犬吠水聲中,

巻二十二

 

 

制作年:              718年開元六年18

卷別:    卷一八二              文體:    五言律詩

李太白集 巻二十二

詩題:    尋雍尊師隱居

交遊人物:雍尊師              當地交遊

 

尋雍尊師隱居

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

群峭碧摩天,逍遙不記年。

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

撥雲尋古道,倚石聽流泉。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

花暖青牛臥,松高白鶴眠。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

語來江色暮,獨自下寒煙。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

 

(尋雍尊師隱居)

群峭【ぐんしょう】碧 摩天し,逍遙 年を記せず。

雲を撥して 古道を尋ぬ,石に倚りて 流泉を聽く。

花は 暖くして 青牛臥し,松高くして 白鶴眠る。

語り來れば 江色暮れ,獨り自ら寒煙を下る。

 

2蜀の山00 

『尋雍尊師隱居』 現代語訳と訳註

(本文)

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,逍遙不記年。

撥雲尋古道,倚石聽流泉。

花暖青牛臥,松高白鶴眠。

語來江色暮,獨自下寒煙。

 

(下し文)

(尋雍尊師隱居)

群峭【ぐんしょう】碧 摩天し,逍遙 年を記せず。

雲を撥して 古道を尋ぬ,石に倚りて 流泉を聽く。

花は 暖くして 青牛臥し,松高くして 白鶴眠る。

語り來れば 江色暮れ,獨り自ら寒煙を下る。

 

(現代語訳)

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

807        巻二十二              尋雍尊師隱居

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

雍尊師 この僧侶は不明。尊師・大師・老師・御坊・導師。

群峭碧摩  逍遙不記
撥雲尋古道  倚石聽流
花暖青牛臥  松高白鶴
語來江色暮  獨自下寒

○●●△○  ○○△●○

●○○●●  △●△○○

○●○○●  ○○●●○

●△○●●  ●●●○○

 

群峭碧摩天。 逍遙不記年。

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

○群峭 群峰。四川成都盆地は群峰に囲まれる。

○逍遙 気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩。

 

撥云尋古道。 倚石聽流泉。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

○この二句は山水画を意識した景色である。

 

花暖青牛臥。 松高白鶴眠。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

青牛臥 五行思想で青は春、遠くの山は青山であり、遠ざかるほど黒に近い単色となり、牛が伏せたようである。

松高白鶴 とりわけ高く聳える松は高潔な印象を与え、男性的でやや威圧的でもある

鶴もまた、「鶴寿千歳」と称されるように長寿の象徴であり、なかでも白鶴の優美な姿は清廉潔白な印象を与え女性的な優しさを持つ、 めでたさの上にもめでたさを重ね、さらに仙境を思わせるような洒脱な雰囲気をかもし出している。

 

語來江色暮。 獨自下寒煙。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

江色暮 ゆうやけ。

寒煙 春山は夕暮れには寒くなるということと、李白自身、隠遁者を感じている様子を詠うものである。
李白図102 

66 《贈江油尉》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <66> Ⅰ李白詩1230 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4698

日が傾きかけてくると下役吏のものが来て伺候し、簾を巻き上げれば、亂峰が青く見えてくる。あなたは五色の衣を着た神仙の人で尉である。こんな僻地の小吏に甘んじているにもかかわらず、香を焚いて修業し、道経を読みふけっているのである。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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66 《贈江油尉》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <66> Ⅰ李白詩1230 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4698 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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66 《贈江油尉》Index-2 -1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <66> Ⅰ李白詩1230 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4698

 

 

Index-2

- 2-718年開元六年18

3

ID

No.

詩題

詩文初句

 

7

1

贈江油尉

嵐光深院裡,

巻二十五

8

2

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,

巻二十二

9

3

訪載天山道士不遇 李白1

犬吠水聲中,

巻二十二

 

718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行

制作年:              718年開元六年18

卷別: 李太白集 巻二十五補遺     文體:              五言律詩

詩題: 贈江油尉

作地點:              江油(劍南道北部 / 龍州 / 江油)

及地點:              江油 (劍南道北部 龍州 江油)           

交遊人物:江油尉              書信往來(劍南道北部 龍州 江油)

 

 

贈江油尉

(成都の北西の龍州應霊郡の江油の尉にこの詩を贈る。)

嵐光深院裡,傍砌水泠泠。

山気は深院の裡にみちている、階砌の側に沿うようにして、清泉が霊例として流れている。

野燕巢官舍,溪雲入古廳。

野原に飛んでいたツバメは官舎に巣を作っている、渓谷から湧いてくる雲は古い時代から続くこの庁舎に入って来る。

日斜孤吏過,簾捲亂峰青。

日が傾きかけてくると下役吏のものが来て伺候し、簾を巻き上げれば、亂峰が青く見えてくる。

五色神仙尉,焚香讀道經。

あなたは五色の衣を着た神仙の人で尉である。こんな僻地の小吏に甘んじているにもかかわらず、香を焚いて修業し、道経を読みふけっているのである。

 

江油の尉に贈る

嵐光 深院の裡,砌の傍うて水泠泠。

野燕 官舍に巢い,溪雲 古廳に入る。

日は斜にして孤吏 過ぎ,簾は捲かれ 亂峰青し。

五色 神仙の尉,香を焚いて道經を讀む。

 

2蜀の山00 

『贈江油尉』 現代語訳と訳註

(本文)

贈江油尉

嵐光深院裡,傍砌水泠泠。

野燕巢官舍,溪雲入古廳。

日斜孤吏過,簾捲亂峰青。

五色神仙尉,焚香讀道經。

 

(下し文)

江油の尉に贈る

嵐光 深院の裡,砌の傍うて水泠泠。

野燕 官舍に巢い,溪雲 古廳に入る。

日は斜にして孤吏 過ぎ,簾は捲かれ 亂峰青し。

五色 神仙の尉,香を焚いて道經を讀む。

 

(現代語訳)

(成都の北西の龍州應霊郡の江油の尉にこの詩を贈る。)

山気は深院の裡にみちている、階砌の側に沿うようにして、清泉が霊例として流れている。

野原に飛んでいたツバメは官舎に巣を作っている、渓谷から湧いてくる雲は古い時代から続くこの庁舎に入って来る。

日が傾きかけてくると下役吏のものが来て伺候し、簾を巻き上げれば、亂峰が青く見えてくる。

あなたは五色の衣を着た神仙の人で尉である。こんな僻地の小吏に甘んじているにもかかわらず、香を焚いて修業し、道経を読みふけっているのである。

 成都南部01

(訳注)

贈江油尉

(成都の北西の龍州應霊郡の江油の尉にこの詩を贈る。)

道教の修行中なのか、任侠での付き合いなのか、相手の人物が未詳の江油の尉であったものに贈ったのである。江油は剣南道龍州應霊郡の辺鄙なところであった。その地は道教神仙の地にしているのは、書を詠み、修行をしているこの地の尉がいるからである。

 

嵐光深院裡,傍砌水泠泠。

山気は深院の裡にみちている、階砌の側に沿うようにして、清泉が霊例として流れている。

 

野燕巢官舍,溪雲入古廳。

野原に飛んでいたツバメは官舎に巣を作っている、渓谷から湧いてくる雲は古い時代から続くこの庁舎に入って来る。

 

日斜孤吏過,簾捲亂峰青。

日が傾きかけてくると下役吏のものが来て伺候し、簾を巻き上げれば、亂峰が青く見えてくる。

 

五色神仙尉,焚香讀道經。

あなたは五色の衣を着た神仙の人で尉である。こんな僻地の小吏に甘んじているにもかかわらず、香を焚いて修業し、道経を読みふけっているのである。

五色神仙 道教の陰陽五行の思想にのっとった道教の五色の旗。

65 《雨後望月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <65> Ⅰ李白詩1229 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4693

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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65 《雨後望月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <65> Ⅰ李白詩1229 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4693

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    雨後望月

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

雨後望月

(雨が上がったので、満月を迎える。)

四郊陰靄散,開半蟾生。

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

萬里舒霜合,一條江練橫。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

出時山眼白,高後海心明。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

為惜如團扇,長吟到五更。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

 

(雨後の望月)

四郊 陰靄【いんあい】散じ,けば半蟾【はんせん】生ず。

萬里 舒霜合し,一條 江練 橫たう。

出づる時 山眼白く,高き後 海心明かなり。

為に惜む團扇の如く,長吟 到五更にる。

満月 

 

『雨後望月』 現代語訳と訳註

(本文)

雨後望月

四郊陰靄散,開半蟾生。

萬里舒霜合,一條江練橫。

出時山眼白,高後海心明。

為惜如團扇,長吟到五更。

 

(下し文)

(雨後の望月)

四郊 陰靄【いんあい】散じ,けば半蟾【はんせん】生ず。

萬里 舒霜合し,一條 江練 橫たう。

出づる時 山眼白く,高き後 海心明かなり。

為に惜む團扇の如く,長吟 到五更にる。

 

 

(現代語訳)

(雨が上がったので、満月を迎える。)

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

太白山001 

 

(訳注)

雨後望月

(雨が上がったので、満月を迎える。)

満月(まんげつ)・十五夜(じゅうごや)・望月(もちづき)・三五の月。

 

四郊陰靄散,開半蟾生。

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

蟾生 月が生まれ出ること。ここでは昇りはじめ半分でかかったことをいう。

 

萬里舒霜合,一條江練橫。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

舒 舒州、現在の安徽省潜山今の安徽省天柱山、三官山の南,江より北地区をいう。

 

出時山眼白,高後海心明。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

山眼 鼻筋があり、尾根を挟んで両目に見えることをいう。

 

為惜如團扇,長吟到五更。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

如團扇 班捷伃《怨歌行》において、どんなに寵愛を受けていても、やがて團扇のように棄てられてしまということをいう。

班捷伃《怨歌行》(怨詩)  

新裂齊紈素,皎潔如霜雪。

裁爲合歡扇,團團似明月。

出入君懷袖,動搖微風發。

常恐秋節至,涼風奪炎熱。

棄捐篋笥中,恩情中道絶。

 (怨歌行)

新たに 齊の 紈素を 裂けば,皎潔にして  霜雪の 如し。

裁ちて 合歡の扇と 爲せば,團團として  明月に 似たり。

君が懷袖に  出入し,動搖すれば  微風 發す。

常に恐らくは  秋節の至りて,涼風  炎熱を 奪ひ。

篋笥の中に  棄捐せられ,恩情  中道に 絶えんことを。

新たらしい斉の国産の白練り絹を裂いている、それは純白、潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。

裁断して、両面から張り合わせの扇を作っている。丸くしてまるで満月のようです。

この扇はわが君の胸ふところや袖に出たり入ったりして、搖動かすたびに、そよ風を起していくでしょう。

でもいつもこころに恐れていることがあるのは秋の季節が来ることなのです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまうのです。

そうすると、屑籠の中に投げ捨てられてしまうことになります。わが君、帝王の寵愛が途中で絶えてしまうことになるのです。

怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 ・古詩源・文選 女性詩547 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458
55moon 

64 《初月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <64> Ⅰ李白詩1228 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4688

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 
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434 《青青水中蒲,三首之二》韓愈(韓退之)ID <1141> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4689韓愈詩-434 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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64 《初月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <64> Ⅰ李白詩1228 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4688

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    初月

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:              銅雀園 (河北道南部 相州 臨漳) 別名:西園  

 

 

初月

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。
玉蟾離海上,白露花時。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

西園賞,臨風一詠詩。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 

(初月)

玉蟾 海上を離れ,白露 花をすの時。

雲畔 風 爪を生じ,沙頭 水 眉を浸す。

樂しいかな 弦管の客,愁殺す 戰征の兒。

西園の賞をつに因って,風に臨んで 一たび詩を詠ず。

moon4733 

 

『初月』 現代語訳と訳註

(本文)

初月

玉蟾離海上,白露花時。

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

西園賞,臨風一詠詩。

 

(下し文)

(初月)

玉蟾 海上を離れ,白露 花をすの時。

雲畔 風 爪を生じ,沙頭 水 眉を浸す。

樂しいかな 弦管の客,愁殺す 戰征の兒。

西園の賞をつに因って,風に臨んで 一たび詩を詠ず。

 

(現代語訳)

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 

 

(訳注)

初月

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。

・初月 初月【はつづき】三日月。陰暦で月の初めに西の空に見える細い月。陰暦八月三日の月を指すこともあり、「秋」の季語でもある。 また、月と太陽の視黄経が等しくなるその時刻を指し、朔(さく)と言われることもある。新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。秦州における杜甫の五言律詩『初月』「光細弦欲上,影斜輪未安。微升古塞外,已隱暮雲端。河漢不改色,關山空自寒。庭前有白露,暗滿菊花團。」秦州抒情詩(8)  初月 杜甫 <293に“「八月三日の月」初月、三日月は、その光が細くこの日その弦形の尖端をうわむきにしている、しかしその影の部分は半円形の底辺のあたりはおちつかぬさまだ。三日月の影の部分が広がって満月になるエネルギー、そのことは自分の夢、希望を満たすことであり、それが自分とその家族の安寧、安定、おちつきにつながる輪、満月の満足までにはなっていない。”この『初月』に基づいている。


杜甫『成都府』翳翳桑楡日,照我徵衣裳。我行山川異,忽在天一方。

但逢新人民,未蔔見故。大江東流去,遊子日月長。

曾城填華屋,季冬樹木蒼。喧然名都會,吹簫間笙簧。

信美無與適,側身望川梁。鳥雀夜各歸,中原杳茫茫。

初月出不高,眾星尚爭光。自古有羈旅,我何苦哀傷!

成都紀行(12)”  成都府 杜甫詩1000 <352#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1711 杜甫1500- 527



玉蟾離海上,白露花時。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

 

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

 

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

 

西園賞,臨風一詠詩。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

西園賞 ・西園 河南省臨漳縣、鄴城宮の銅雀園。銅雀臺での酒宴、曹丕と、曹植の詩に基づく。

曹植《公讌》  
公子敬愛客、終宴不知疲。
清夜游西園、飛蓋相追随。
明月澄清景、列宿正参差。
秋蘭被長坂、朱華冒緑池。
潜魚躍清波、好鳥鳴高枝。
神飇接丹轂、軽輦随風移。
飄颻放志意、千秋長若斯。

公子 客を敬愛し、宴を終るまで疲るるを知らず。
清夜 西園に遊び、蓋を飛ばして相追随す。
明月 清景を澄え、列宿 正に参差たり。
秋蘭は長坂を被い、朱華は緑池を冒う。
潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く。
神風 丹轂に接わり、軽輦 風に随いて移る
飄颻として 志意を放にし、千秋 長えに斯くの若くならん。

曹丕公子は賓客を敬愛され、宴会が終るまでお役を務められても疲れ知らずである。
宴は秋の清々しい夜になり、西園の銅雀園での遊びもたけなわになり、客たちはおのおの飛蓋の車がつき従って軽快に疾走している。
ときに、仲秋の明月の影はすずやかな光を風景にたたえている、大空につらなる薄くなっていく銀河、多くの星々は、いまやあちこちに点滅するだけだ。
かんばしい秋の蘭と美しい女性は、この長い坂道にいっぱいにおおっている、赤い荷花が縁り一面の池に覆い尽くすほど咲いている。
水にひそむ魚は、時におどり出て清らなる波をおこす、かわいい小鳥が、高い枝でさえずる。
公子の乗る朱塗りの車がとおりすぎると神がかりなふしぎな風を伴っている、転ろやかな輦は風のまにまに移動していく。
私はゆらゆらと天にものぼるここちがし、心のはせゆくがままにまかせる。ああいついつまでも、このようでありたいものだ。

閶闔門001銅雀臺00 

曹丕《芙蓉池作》

乗輦夜行游、逍遥歩西園。双渠相漑灌、嘉木繞通川。

卑枝払羽蓋、脩条摩蒼天。驚風扶輪轂、飛鳥翔我前。

丹霞挟名月、華星出雲間。上天垂光彩、五色一何鮮。

寿命非松喬、誰能得神仙。遨游快心意、保己終百年。

輦【れん】に乗りて夜行きて遊び、逍遥して西園に歩す。

双渠【そうきょ】相い漑灌【がいかん】し、嘉木【かぼく】通川を繞る。

卑枝は羽蓋【うがい】を払い、脩条【しゅうじょう】は蒼天を摩す。

驚風は輪轂【りんこく】を扶け、飛鳥は我が前を翔ける。

丹霞【たんか】名月を挟み、華星【かせい】は雲間より出づ。

上天は光彩を垂れ、五色一に何ぞ鮮やかなる。

寿命は松喬に非ず、誰か能く神仙たるを得ん。

遨遊して心意を快くし、己を保ちて百年を終えん。

 

春もたけなわであり、車に乗って夜の行楽にでかける。春風にぶらぶらと車を引かせて銅雀台につく。

この園に流れ込む二つの堀の流れはどちらもそそぎこんでいる。堀の堤にきれいな木々が植えてあり、その木を廻りきれいな川が水を堀に注ぎ込んでいる。

低い枝をはった木々は車の羽の被いをかすめる、長く伸びた枝は高くそびえ、は天に接するほどなのだ。

こんな夜に無粋な風は追い風となって車の進みを助け、無粋な鳥が飛んできて私の前を遮るのだ。(曹丕に媚を売って來る奸臣らを指すもの)

丹庭の中のかがり火で赤い霞に包まれ、雲とともにきれいな月を挟んで見える。華やかな星が雲間から出てるように、華やかに男女がとばりの中で楽しんでいる。

そんなことでここにいる男女の上に光りにかがやき、五色のいろにおおわれて何と鮮やかなことだろうか。

人の寿命というものは赤松子と王子喬のように不老長寿というわけにはいかないものだ。誰がどうやっても仙人のようにはなれないのだから今のこの時を愉しもうではないか。

だから、ここに心行くまで大いに遊び、この限られた人生をこうした気持ちを保って百年の人生を極めていきたいものなのだ。」


 


月の姿呼び名名前の由来など
旧暦日付
新月朔のこと。月が見えない時期のため、昔は三日月から逆に遡って、朔の日付を求めた。新月の呼び名は英語の「New Moon」からだそうなので、そんなに古い呼び名ではない。
 
 
(しんげつ)
1日頃
moon4733繊月二日月(ふつかづき)とも言う。日没後1時間前後のまだ明るい空に、繊維の様に細い月が見えることがある。
 
 
(せんげつ)
2日頃
 moon3402三日月通常、新月後最初に出る月であったので、「朏(みかづき・ひ)」という文字で表されることもある。三日月には異称が多く、初月(ういづき)・若月(わかづき)・眉月(まゆづき)など(・・他多数)とも呼ばれる。異称の多くは最初に見える月だということや、その形からの連想である。もっとも印象深い月である。
 
 
(みかづき)
3日頃
moon5411上弦の月夕方西の空に見え、西側が明るく輝いている。夕方の空にかかる姿を弓の形になぞらえると、弦を張った側(欠けぎわの側)が上に見えるからこの名前(※異説)。
 
 
(じょうげんのつき)
7日頃

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雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

 
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63 《曉晴【晚晴】》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <63> Ⅰ李白詩1227 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4683

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    曉晴【晚晴】

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

曉晴

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

野花妝面山草紐斜齊。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

 

(曉晴)

野涼 疏雨 歇み,春色 遍えに萋萋。

魚は躍って 青池滿ち,鶯は吟じて 綠樹低し。

野花 妝 面のあたり山草 紐 斜に齊し。

零落す 殘雲片,風吹いて 竹溪に掛く。

 

DCF00048 

『曉晴』 現代語訳と訳註

(本文)

曉晴

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

野花妝面山草紐斜齊。

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

 

 

(下し文)

(曉晴)

野涼 疏雨 歇み,春色 遍えに萋萋。

魚は躍って 青池滿ち,鶯は吟じて 綠樹低し。

野花 妝 面のあたりい,山草 紐 斜に齊し。

零落す 殘雲片,風吹いて 竹溪に掛く。

 

(現代語訳)

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

hinode0100

(訳注)

曉晴

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

この詩の前に、《對雨》がある。

卷簾聊舉目,露草綿芊。古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

水紋愁不起,風線重難牽。盡日扶犁叟,往來江樹前。

62 《對雨》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

 

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

疏雨 小雨、細雨と同じで風があるとまばらになるさま。

萋萋 【せいせい】草木の茂っているさま。

 

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

 

野花妝面山草紐斜齊。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

 

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

零落 ちぎれちぎれになる。
DCF00003 

62 《對雨》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

 
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《對雨》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    對雨

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

對雨

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

卷簾聊舉目,露草綿芊。

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

水紋愁不起,風線重難牽。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

盡日扶犁叟,往來江樹前。

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。

 

(雨に對す)

簾を卷いて聊か目を舉げれば,露 して草 綿芊【めんせん】。

古岫【こしゅう】雲毳【うんせい】を藏き,空庭に碎煙を織る。

水紋 愁えて起らず,風線 重くして牽き難し。

盡日 犁を扶けるの叟,往來す 江樹の前。

2蜀の山00 

 

對雨』 現代語訳と訳註

(本文)

對雨

卷簾聊舉目,露草綿芊。

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

水紋愁不起,風線重難牽。

盡日扶犁叟,往來江樹前。

 

(下し文)

(雨に對す)

簾を卷いて聊か目を舉げれば,露 して草 綿芊【めんせん】。

古岫【こしゅう】雲毳【うんせい】を藏き,空庭に碎煙を織る。

水紋 愁えて起らず,風線 重くして牽き難し。

盡日 犁を扶けるの叟,往來す 江樹の前。

 

(現代語訳)

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。

李白図102 

 

(訳注)

對雨

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

 

卷簾聊舉目,露草綿芊。

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

綿芊 草木が茂盛している貌。

 

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

古岫 雲の湧き出る山にある穴。雲は巌谷の洞窟から生じると考えられていた。

雲毳 雲の毛織物。

 

水紋愁不起,風線重難牽。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

 

盡日扶犁叟,往來江樹前。

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。
安史の乱当時の勢力図 

61 《望夫石》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <61> Ⅰ李白詩1225 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4673

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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61 《望夫石》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <61> Ⅰ李白詩1225 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4673

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    望夫石

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:              望夫石 (淮南道 濠州 塗山) 別名:望夫臺      

 

 

望夫石

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

露如今日淚,苔似昔年衣。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

有恨同湘女,無言類楚妃。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

寂然芳靄猶若待夫婦。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

 

 (望夫石)

彷彿たり 古容儀,愁を含んで 曙輝【しょき】を帶ぶ。

露 今日の淚の如く,苔は昔年の衣に似たり。

恨み有り 湘女に同じ,言無く 楚妃に類す。

寂然たり 芳靄【ほうあい】の,猶お夫を待つ婦の若し。

太白山001 

 

『望夫石』 現代語訳と訳註

(本文)

望夫石

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

露如今日淚,苔似昔年衣。

有恨同湘女,無言類楚妃。

寂然芳靄猶若待夫婦。

 

(下し文)

(望夫石)

彷彿たり 古容儀,愁を含んで 曙輝【しょき】を帶ぶ。

露 今日の淚の如く,苔は昔年の衣に似たり。

恨み有り 湘女に同じ,言無く 楚妃に類す。

寂然たり 芳靄【ほうあい】の,猶お夫を待つ婦の若し。

 

(現代語訳)

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

李白図102 

(訳注)

望夫石

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

望夫石 湖北省武昌の北の山の上にある岩。昔、貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える。

 

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

彷彿 【ほうふつ/髣髴】 ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのものを思い浮かべること。

古容儀 いにしえの石となった女の容姿。

曙輝 朝日のこと。

 

露如今日淚,苔似昔年衣。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

 

有恨同湘女,無言類楚妃。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

湘女 《楚辞、章句》に「堯用二女妻舜。有苗不服,舜往征之,二女從而不反,道死于沅湘之中,因湘夫人也。」(堯、二女を用て舜に妻はす。有苗 服せず,舜 往いて之を征す,二女 從って反らず,道にして沅湘の中に死し,因って湘夫人となる。)とある。

楚妃 《左伝》「楚子息,以息嬀歸,生堵敖及成王焉。未言, 楚子問之,對曰:'吾一婦人而事二夫,勿能死,其又奚言。」(楚子、息を滅し,息嬀を以って歸り,堵敖及び成王を生む。未だ言わず, 楚子、之をう,對えて曰く:'吾 一婦人にして二夫に事う,縱い能く死する勿きも,其れ又た奚ぞ言わん。)

 

寂然芳靄猶若待夫婦。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

60 《題竇圌山》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <60> Ⅰ李白詩1224 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4668

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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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李白は、唐の長安(則天武后)元年(701)に生まれたことになっている。このとき長庚(金星、太白星)を夢みたところ生まれたので、白と名づけ、太白と字することとなった。また、彼は後にみずからを青蓮居士、酒仙翁ともした。

四歳までは、当時、西域といわれる砕葉で過ごしており、五歳のとき、はじめて父とともに四川省に移住した。時に中宗の神竜元年(705)である。これより二十五歳まで、この四川に住んだ。

李白自身も蜀を郷里として意識し、その住まいは紫雲山のほとりで、四川省綿陽県(当時は彰〔昌〕明県)境にあって、そこの清廉郷(青蓮郷)というところであった。李白が郷里の名をとって

青蓮居士と号したのである。

四川時代の詩ははなはだ少なく、彼の生活を詳しく知る由もないが、家庭は相当に富裕であった。彼の父は李客といった。後年、李白が維揚(揚州)に遊んだとき、一年足らずのうちに、落魄公子のために、三十余万の金を費やした「上安州裴長史」(安州の裴長史に上る書)というところを見ると、相当の金を李白が持っていたと考えられる。つまり、それは彼の父に金があったことになる。父親は富裕の商人であった。こうした商人は、中央アジアと長安の経済交流の盛んな情勢に乗じて、長安にやって来る。また、長安と蜀との経済交流の行なわれた当時、李白の父は長安から蜀にやって来たものと思われる。

 

十五歳ごろまではもっぱら教養として読書で過ごしている。五歳のころ六甲を誦し、十歳では百家を観たと自ら言っている「上安州裴長史」(安州の裴長史に上る書)。「六甲」とは十干十二支で表わす組み合わせを覚えたということである。漢の司馬相如の「子虚の賦」を暗誦した秋於敬亭送從姪耑遊廬山序秋、敬亭山に於いて、侄耑の盧山に遊ぶを送るの序)。李白の口からは経書をとくに学んだとはいっていないが、教養として当然学んだものである。そのほかに諸子百家に及んでいることは、彼の教養を広く豊かなものにして、彼の想像力をふくらませる詩作の助けになっている。

 

また、剣術も習っていた「与韓荊州書」(韓荊州に与うる書」)。彼は後年、しばしば剣のことを歌うが、その素養もこのころ養われたのであろう。「贈從兄襄陽少府皓」(従兄の裏陽の少府暗に贈る)を見ると、「結髪」(二十歳)のころのことを述べて、「結發未識事,所交盡豪雄。」(結發未だ事を識らず、交わる所は尽く豪雄)といい、文人ではなく、武勇の徒と思われる。そして、「託身白刃里,殺人紅塵中。」(身を白刃の裏に託し、人を紅塵の中に殺す)といって、自刃を奮って血を流し人を殺すようなことは、しばしばあったといっている。これを見ると、若い時は必ずしも後年に見られるような詩人としての活躍はほとんどなかったといえよう。友人魏顥の『李翰林集』序にいう「少くして任侠、手ずから数人を刃す」というのも、真実を伝えているものであろう。要するに苦いときは、いわゆる任侠の徒であったということだ。

 

剣を持つことは、元来、文人の教養の一つではあるが、李白は、むしろ任侠の徒として剣を常に挟んでおり、後年になっても、彼の身辺に絶えずあって、単なる飾りではなくて、あふるる感慨を洩らすときの相手でもあった。「撫劍夜吟嘯。 雄心日千里。」(剣を撫して夜吟嗜し、雄心日に千里)「贈張相鎬」(張相鎬に贈る)、「知音不易得,撫劍增感慨。」(知音は得易からず、剣を撫して感慨を増す)「贈從兄襄陽少府皓」(従兄の裏陽の少府暗に贈る)、「長劍一杯酒、男兒方寸心。」(長剣一杯の酒、男児方寸の心」「贈崔侍御」(崔侍御に贈る)、「三杯拂劍舞秋月。 忽然高詠涕泗漣。」(三杯剣を払い秋月に舞わし、忽然として高詠し沸酒漣る)「玉壺吟」などは、壮士的悲横の感慨を剣に託して表わしている。

 

この時期に、なおもっとも注目すべきことは、有名な道教徒、東厳子(趙蕋)とともに岷山に隠れたり、戴天山道士らの道教徒と交友のあったことである。このことは、李白の人格形成、思想形成の上に重大な影響を及ぼしているのである。戴天山道士を訪ねたとき、遇えなかった詩がある。これを見ると、戴天山の静寂境と幽遠の山水の美しきを色彩を交えて描写している。後年の李白の詩の一つの特色である自然の美しさとか、静けさとか、神秘さとかを歌う審美眼も、じつはこの多感の青年期の筍において大いに養われたものと思われる。

 

李白は、生来、性格的にも自然の風景が好きであったかもしれないが、彼は蜀の自然の美しきにひかれて、苛の各地をしばしば遊覧している。成都の散花楼に登っては、「登錦城散花樓」(錦城の散花楼に登る)がある。これは、散花楼の朝の光の中の羊しき、蜀の川のたたずまい、過ぎ行く暮雨の風景などを歌い、いずれの景色もすべて彼の目をじゅうぶん楽しませているものであることが分かる。いったい、李白は生涯、自然の風景を楽しんでいるが、それはこうした蜀の美しい風景に触発されて感得した美的感覚がもとになっているのであろう。

 

 

制作年: 715年開元三年  15

卷別:  文體: 五言古詩 

詩題: 題竇圌山 

作地點: 劍南道北部 綿州 昌明 

及地點:  竇圌山【とうすいざん】 (劍南道北部 綿州 昌明) 別名:猿門山、圌山   道教名山古蹟で、隠遁者が多くいた。

綿州 昌明 竇圌山

四川省江油縣竇圌山

四川省 >> 綿陽市 >>江油市 >> 竇圌山

 

 竇圌山

樵夫與耕者,出入畫屏中。

 

(竇圌山【とうすいざん】に 題す

樵夫と耕者とが,出でては入る 畫屏の中。 

 

 竇圌山

隠遁者が多く棲む竇圌山に題す

樵夫與耕者,出入畫屏中。

木こりや、百姓は、さながら畫屏の内に出入りするがごとく、竇圌山の景色は、まことに格別である。 

 

 

幼い頃から十分な教育的環境の中で育って来た李白は、十代に入ると勉強好きの面だけでなく、空想好きで豪快な気質も目立ち始める。十代半ばには剣を学んで任侠の士と交際したと、これも自分で告白している。

 

 

Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る

6


 

 

ID

No.

詩題

詩文初句

 

 

 

1

1

題竇圌山

樵夫與耕者,

 

 

 

 

 

樵夫與耕者,出入畫屏中。

 

 

 

 

2

2

望夫石

彷彿古容儀,

 

 

 

 

25

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。
露如今日淚,苔似昔年衣。
有恨同湘女,無言類楚妃。
寂然芳靄
,猶若待夫歸。

 

 

 

 

夫を恋い慕うあまり死して石となった女の話を題材にしている。

 

 

3

3

對雨

卷簾聊舉目,

 

 

 

 

25

卷簾聊舉目,露草綿芊。
古岫藏雲毳,空庭織碎煙。
水紋愁不起,風線重難牽。
盡日扶犁叟,往來江樹前。

 

 

 

 

詩は全体が雨の中の景色の描写になっていて、。霧雨にけぶる、いかにも南中国の情景らしい詩である。李白の詩は約千首ほど残っているが、雨を詠ったものは非常に少ない。季節は春か初夏、小雨にけぶる景色をさまざまな角度から詠み、前半は部屋の中から眺め、後半は外に出て風に吹かれながら眺めている。

 

 

4

4

曉晴【晚晴】

野涼疏雨歇,

 

 

 

 

25

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。
魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。
野花妝面
,山草紐斜齊。
零落殘雲片,風吹掛竹溪。

 

 

 

 

5

5

初月

玉蟾離海上,

 

 

 

 

25

玉蟾離海上,白露花時。
雲畔風生爪,沙頭水浸眉。
樂哉弦管客,愁殺戰征兒。
西園賞,臨風一詠詩。

 

 

 

 

「初月」 は三日月という意味で、詩は或る春の夜、三日月を眺めて心に浮かんだことを詠う。前半は三日月が出て来て空に浮かぶまでのようすを描き、関連伝説を連想させ、たのしませ、後半は「月を見ていると楽しい。宴会の席で音楽を聴きながら月を見る人々は、その楽しさもひとしおであろう。しかし考えてみると、月は出征している兵士たちをひどく悲しませるものでもある筈だ。だから私は楽しいだけの月見の宴会はやめて、今、春の夜風に吹かれながら詩を作っているのだ」、と。

 

 

6

6

雨後望月

四郊陰靄散,

 

 

 

 

25

四郊陰靄散,開半蟾生。
萬里舒霜合,一條江練橫。
出時山眼白,高後海心明。
為惜如團扇,長吟到五更。

 

 

 

 

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作年:    757年至德二年57

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十九

 

 

古風,五十九首之五十九

(この詩は、交道の全うからざることを歎じたもので、自分が天子からとおざけられ、栄辱、その処を易えた後は、昔親しかった友も、態度を変え、相手をしなくなったということを慨嘆したもの。)

惻惻泣路岐,哀哀悲素絲。

むかし楊子は路のわかれめの所にくると、さめざめと泣いた。墨子は白い糸を見ると、ひどく歎き悲しんだ。

路岐有南北,素絲易變移。

それは何故かというと、路のわかれた所は、南へも北へも行けるので迷うし、白い糸はどんな色にも染まって変りやすいからである。

萬事固如此,人生無定期。

人間万事、何事も、もともとこんなもので、絶対に定まれる時期というものはなく、楊朱、墨翟が感嘆したのも尤もなことで、人生にはあてにできる事柄はないということなのだ。

田竇相傾奪,賓客互盈虧。

漢の武安侯田蚡と魏其竇嬰とはいずれも、外戚の親を以て、権柄を専らにし、はじめは賓客が竇嬰の方に集まり、次第に田蚡が勢いを強くするとそちらに多く集まったので、自然に賓客を奪い合ったというようになり、人情は月が満ち欠けするように定まらないものであるということなのだ。

#2

世途多翻覆,交道方嶮巇。

したがって、世わたりのみちには手の平をかえすようなことが多く、人の交際の道は平たんのように見えて、まことにけわしいものである。

斗酒強然諾,寸心終自疑。

一斗の酒をまえにおいて歓をまじ得るときにむりに「よろしい」とひきうけるということもあるが、方寸の心のうちでさいごには疑いをいだくということなのである。

張陳竟火滅,蕭朱亦星離。

漢の張耳と陳余は、はじめは刎頸の交わりを結んだが、その親しい交わりが、怒った陳余によって同盟は破棄され、火のきえた仲になってしまった、後漢の粛青と朱博は、非常に仲が良かったけれど、仕舞には仇敵となって、星のようにばらばらに離れた。

眾鳥集榮柯,窮魚守枯池。

たくさんの鳥は日向に花の盛んにさいた枝に集まるものであり、それとは反対に、水のかれた池には、死にぞこないとか、追いつめられた魚が、そこを守っている。

嗟嗟失權客,勤問何所規。

ああ一度寵愛を失った居候よ、せっせとごきげんをうかがっても何をしようというのか。

 

古風,五十九首之五十九

惻惻として 路岐に泣き,哀哀として 素絲を悲しむ。

路岐れては 南北有り,素き絲は 變移し易し。

萬事 固より此の如く,人生 定期無し。

田竇【でんとう】相い傾奪し,賓客 互に盈虧【えいき】す。

#2

世途 翻覆多く,交道 方に嶮巇【けんぎ】。

斗酒 強いて然諾【ぜんだく】し,寸心 終に自から疑う。

張陳 竟に火滅し,蕭朱 亦た星離す。

眾鳥は集榮柯にり,窮魚は枯池を守る。

嗟嗟 失權の客よ,勤めて問うも 何の規る所ぞ。

 

安史期のアジアssH

 

『古風,五十九首之五十九』 現代語訳と訳註

(本文) #2

世途多翻覆,交道方嶮巇。

斗酒強然諾,寸心終自疑。

張陳竟火滅,蕭朱亦星離。

眾鳥集榮柯,窮魚守枯池。

嗟嗟失權客,勤問何所規。

 

(下し文)#2

世途 翻覆多く,交道 方に嶮巇【けんぎ】。

斗酒 強いて然諾【ぜんだく】し,寸心 終に自から疑う。

張陳 竟に火滅し,蕭朱 亦た星離す。

眾鳥は集榮柯にり,窮魚は枯池を守る。

嗟嗟 失權の客よ,勤めて問うも 何の規る所ぞ。

 

(現代語訳)

したがって、世わたりのみちには手の平をかえすようなことが多く、人の交際の道は平たんのように見えて、まことにけわしいものである。

一斗の酒をまえにおいて歓をまじ得るときにむりに「よろしい」とひきうけるということもあるが、方寸の心のうちでさいごには疑いをいだくということなのである。

漢の張耳と陳余は、はじめは刎頸の交わりを結んだが、その親しい交わりが、怒った陳余によって同盟は破棄され、火のきえた仲になってしまった、後漢の粛青と朱博は、非常に仲が良かったけれど、仕舞には仇敵となって、星のようにばらばらに離れた。

たくさんの鳥は日向に花の盛んにさいた枝に集まるものであり、それとは反対に、水のかれた池には、死にぞこないとか、追いつめられた魚が、そこを守っている。

ああ一度寵愛を失った居候よ、せっせとごきげんをうかがっても何をしようというのか。

安史の乱当時の勢力図

(訳注) #2

古風,五十九首之五十九

(この詩は、交道の全うからざることを歎じたもので、自分が天子からとおざけられ、栄辱、その処を易えた後は、昔親しかった友も、態度を変え、相手をしなくなったということを慨嘆したもの。)

この詩を古風の五十九での最後に置いたということは、そうしたことが人生において大きな問題であったということである。

世途多翻覆 交道方嶮
斗酒強然諾 寸心終自
張陳竟火滅 蕭朱亦星
眾鳥集榮柯 窮魚守枯
嗟嗟失權客 勤問何所

 

 

世途多翻覆,交道方嶮巇。

したがって、世わたりのみちには手の平をかえすようなことが多く、人の交際の道は平たんのように見えて、まことにけわしいものである。

○世途 世わたりの路。

○交道 交際の道。

○嶮巇 けわしい。

 

斗酒強然諾,寸心終自疑。

一斗の酒をまえにおいて歓をまじ得るときにむりに「よろしい」とひきうけるということもあるが、方寸の心のうちでさいごには疑いをいだくということなのである。

○斗酒 一斗の酒。多量の酒。

○然諾 人の頼みを「よし」と言って引受けること。

○寸心 一寸四方の心。小さいむねの中。

 

張陳竟火滅,蕭朱亦星離。

漢の張耳と陳余は、はじめは刎頸の交わりを結んだが、その親しい交わりが、怒った陳余によって同盟は破棄され、火のきえた仲になってしまった、後漢の粛青と朱博は、非常に仲が良かったけれど、仕舞には仇敵となって、星のようにばらばらに離れた。

○張陳 秦末漢初の張耳と陳余の二人。同郷の陳余が張耳に仕えており、まるで父子のようであったが、かつての藺相如と廉頗に倣ってお互いに首を斬られても良いという刎頸の交わりを結んだ。楚漢戦争が始まり、項羽を包囲するために各国と同盟を結んだ漢王劉邦だったが、趙と同盟を結ぶには実力者の陳余の承諾が必須だった。陳余は同盟の条件に憎き張耳の首級の差し出しを要求した。そこで劉邦は張耳に似た囚人を処刑し、その首を届けさせた。陳余は納得し漢と趙は同盟することとなった。だが、紀元前205年の彭城の戦いの際、張耳が生存していることが露見し、怒った陳余によって同盟は破棄された。戦いの結果は、韓信の背水の陣の計略により漢軍が勝利。陳余は戦死し趙歇も捕虜となり処刑された。

○蕭朱 後漢の粛育と朱博の二人。粛育と朱博は若い頃からの交友関係にあっ. たが、後に二人には隙が生じ、「故に世は交を以て難しと残す」とされている。また、紅陽侯王立は、一旦は淳子長と対立していたが、その後、 粛育を媒介にして淳子長とも関係があった朱博とも「相善」の仲になったりしている。

○星離 星のようにばらばらになる。

 

眾鳥集榮柯,窮魚守枯池。

たくさんの鳥は日向に花の盛んにさいた枝に集まるものであり、それとは反対に、水のかれた池には、死にぞこないとか、追いつめられた魚が、そこを守っている。

○榮柯 花のさいた枝。

○窮魚 進退きわまった魚。

 

嗟嗟失權客,勤問何所規。

ああ一度寵愛を失った居候よ、せっせとごきげんをうかがっても何をしようというのか。

○嗟嗟 なげいて発する声。

○失權 よろこびを失う。

○勤問 勤は、せっせと。間は訪問。敬意を表わす。

○規 はかる。

太白山001









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漢の武安侯田蚡と魏其竇嬰とはいずれも、外戚の親を以て、権柄を専らにし、はじめは賓客が竇嬰の方に集まり、次第に田蚡が勢いを強くするとそちらに多く集まったので、自然に賓客を奪い合ったというようになり、人情は月が満ち欠けするように定まらないものであるということなのだ。


 
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59 -#1《古風五十九首之五十九》Index-36-11 757年至德二年57757古風,五十九首之五十九惻惻泣路岐, <59> Ⅰ李白詩1222 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4658

 

 

作年:    757年至德二年57

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十九

 

 

古風,五十九首之五十九

(この詩は、交道の全うからざることを歎じたもので、自分が天子からとおざけられ、栄辱、その処を易えた後は、昔親しかった友も、態度を変え、相手をしなくなったということを慨嘆したもの。)

惻惻泣路岐,哀哀悲素絲。

むかし楊子は路のわかれめの所にくると、さめざめと泣いた。墨子は白い糸を見ると、ひどく歎き悲しんだ。

路岐有南北,素絲易變移。

それは何故かというと、路のわかれた所は、南へも北へも行けるので迷うし、白い糸はどんな色にも染まって変りやすいからである。

萬事固如此,人生無定期。

人間万事、何事も、もともとこんなもので、絶対に定まれる時期というものはなく、楊朱、墨翟が感嘆したのも尤もなことで、人生にはあてにできる事柄はないということなのだ。

田竇相傾奪,賓客互盈虧。

漢の武安侯田蚡と魏其竇嬰とはいずれも、外戚の親を以て、権柄を専らにし、はじめは賓客が竇嬰の方に集まり、次第に田蚡が勢いを強くするとそちらに多く集まったので、自然に賓客を奪い合ったというようになり、人情は月が満ち欠けするように定まらないものであるということなのだ。

#2

世途多翻覆,交道方嶮巇。

斗酒強然諾,寸心終自疑。

張陳竟火滅,蕭朱亦星離。

眾鳥集榮柯,窮魚守枯池。

嗟嗟失權客,勤問何所規。

 

古風,五十九首之五十九

惻惻として 路岐に泣き,哀哀として 素絲を悲しむ。

路岐れては 南北有り,素き絲は 變移し易し。

萬事 固より此の如く,人生 定期無し。

田竇【でんとう】相い傾奪し,賓客 互に盈虧【えいき】す。

#2

世途 翻覆多く,交道 方に嶮巇【けんぎ】。

斗酒 強いて然諾【ぜんだく】し,寸心 終に自から疑う。

張陳 竟に火滅し,蕭朱 亦た星離す。

眾鳥は集榮柯にり,窮魚は枯池を守る。

嗟嗟 失權の客よ,勤めて問うも 何の規る所ぞ。

 

 

 

『古風,五十九首之五十九』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十九

惻惻泣路岐,哀哀悲素絲。

路岐有南北,素絲易變移。

萬事固如此,人生無定期。

田竇相傾奪,賓客互盈虧。

 

(下し文)

古風,五十九首之五十九

惻惻として 路岐に泣き,哀哀として 素絲を悲しむ。

路岐れては 南北有り,素き絲は 變移し易し。

萬事 固より此の如く,人生 定期無し。

田竇【でんとう】相い傾奪し,賓客 互に盈虧【えいき】す。

 

(現代語訳)

(この詩は、交道の全うからざることを歎じたもので、自分が天子からとおざけられ、栄辱、その処を易えた後は、昔親しかった友も、態度を変え、相手をしなくなったということを慨嘆したもの。)

むかし楊子は路のわかれめの所にくると、さめざめと泣いた。墨子は白い糸を見ると、ひどく歎き悲しんだ。

それは何故かというと、路のわかれた所は、南へも北へも行けるので迷うし、白い糸はどんな色にも染まって変りやすいからである。

人間万事、何事も、もともとこんなもので、絶対に定まれる時期というものはなく、楊朱、墨翟が感嘆したのも尤もなことで、人生にはあてにできる事柄はないということなのだ。

漢の武安侯田蚡と魏其竇嬰とはいずれも、外戚の親を以て、権柄を専らにし、はじめは賓客が竇嬰の方に集まり、次第に田蚡が勢いを強くするとそちらに多く集まったので、自然に賓客を奪い合ったというようになり、人情は月が満ち欠けするように定まらないものであるということなのだ。

李白図102 

 

(訳注)

古風,五十九首之五十九

(この詩は、交道の全うからざることを歎じたもので、自分が天子からとおざけられ、栄辱、その処を易えた後は、昔親しかった友も、態度を変え、相手をしなくなったということを慨嘆したもの。)

この詩を古風の五十九での最後に置いたということは、そうしたことが人生において大きな問題であったということである。

惻惻泣路  哀哀悲素
路岐有南北  素絲易變
萬事固如此  人生無定
田竇相傾奪  賓客互盈

 

惻惻泣路岐,哀哀悲素絲。

むかし楊子は路のわかれめの所にくると、さめざめと泣いた。墨子は白い糸を見ると、ひどく歎き悲しんだ。

○惻惻泣路岐,哀哀悲素絲 「准南子」に見える話にもとづく。戦国時代の哲学者、楊子(楊朱)は、都会の大通りを見て、声をあげて泣いた。その道が、南へも行けるし、北へも行けるからであった。また同時代の哲学者、墨子(墨翟)は、白い糸を見て泣いたっその糸が、黄色にも、また黒にも染められるからであった。(墨子の方の話は「呂氏春秋」にも見える。)惻惻は、かなしみいたむさま。

 

路岐有南北,素絲易變移。

それは何故かというと、路のわかれた所は、南へも北へも行けるので迷うし、白い糸はどんな色にも染まって変りやすいからである。

 

萬事固如此,人生無定期。

人間万事、何事も、もともとこんなもので、絶対に定まれる時期というものはなく、楊朱、墨翟が感嘆したのも尤もなことで、人生にはあてにできる事柄はないということなのだ。

○定期 たしかにあてになること。

 

田竇相傾奪,賓客互盈虧。

漢の武安侯田蚡と魏其竇嬰とはいずれも、外戚の親を以て、権柄を専らにし、はじめは賓客が竇嬰の方に集まり、次第に田蚡が勢いを強くするとそちらに多く集まったので、自然に賓客を奪い合ったというようになり、人情は月が満ち欠けするように定まらないものであるということなのだ。

○田竇 武安侯田蚡と魏其竇嬰。ともに、漢の武帝の時の権力者。どちらも、天子の外戚であったが、竇嬰は魏其侯に封ぜられ、田蚡は武安侯に封ぜられ、相ついで武帝の宰相となった。はじめ、竇嬰に勢力のあったころは、天下の藩士や賓客は争って竇嬰のもとに集まったが、田蚡が策略をめぐらして宰相となると、勢利にさとい役人たちや士人は、みな竇嬰のもとを去って、田蚡についた。「史記」や「漢書」に二人の伝記がある。

○賓客 客分として抱えておく家来。食客。

○盈虧 月がみちたり、欠けたりする。
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(この詩は、李白が夜郎に遷謫せられるとき、その道すがら、巫山の下を過ぎる際、古を弔って作ったので、遊覧懐古の詩である。)私は三峡を遡って巫山県の巫山縣の汀邊に至り、やがて陽臺に登って、古をたずねた。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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58 《古風,五十九首之五十八》Index-38-1 759年乾元二年59832古風,五十九首之五十八我到巫山渚, <58> Ⅰ李白詩1221 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4653

 

 

作年:    759年乾元二年59

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十八

作地點:              巫山(山南東道 / 夔州 / 巫山)

 

 

古風,五十九首之五十八

(この詩は、李白が夜郎に遷謫せられるとき、その道すがら、巫山の下を過ぎる際、古を弔って作ったので、遊覧懐古の詩である。)

我行巫山渚,尋古登陽臺。

私は三峡を遡って巫山県の巫山縣の汀邊に至り、やがて陽臺に登って、古をたずねた。

天空綵雲滅,地遠清風來。

陽臺は千秋の艶跡として、人口に膾炙しているが、今来て見れば天宇空濶にして、彩雲の影だに無く、地は僻遠にして、唯だ江上から清風が吹き来たるだけである。

神女去已久,襄王安在哉。

神女の薦寝のことなど、その有無、実はその詳細は分かっておらず、また、仮にそうしたことがあったとして、既に歳月を経過しており、襄王は、今、もういないのだ。

荒淫竟淪替,樵牧徒悲哀。

但し、襄王も荒淫の跡と称する巫山の祠廟臺観などは、すべて荒廃し、木こりや牧童をして、いたずらに悲哀の情を催さしむるばかりである。

 

(古風,五十九首の五十八)

我 巫山の渚に到り,古しえを尋ねて陽臺に登る。

天は空しくして 綵雲滅し,地は遠くして 清風來る。

神女 去って已に久しく,襄王 安くにか在る哉。

荒淫 竟に淪沒,樵牧 徒らに 悲哀。

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『古風,五十九首之五十八』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十八

我行巫山渚,尋古登陽臺。

天空綵雲滅,地遠清風來。

神女去已久,襄王安在哉。

荒淫竟淪替,樵牧徒悲哀。

 

(含異文)

古風,五十九首之五十八

我行巫山渚【我到巫山渚】,尋古登陽臺。

天空綵雲滅,地遠清風來。

神女去已久,襄王安在哉。

荒淫竟淪沒【荒淫竟淪替】,樵牧徒悲哀。

 

(下し文)

(古風,五十九首の五十八)

我 巫山の渚に到り,古しえを尋ねて陽臺に登る。

天は空しくして 綵雲滅し,地は遠くして 清風來る。

神女 去って已に久しく,襄王 安くにか在る哉。

荒淫 竟に淪沒,樵牧 徒らに 悲哀。

 

(現代語訳)

(この詩は、李白が夜郎に遷謫せられるとき、その道すがら、巫山の下を過ぎる際、古を弔って作ったので、遊覧懐古の詩である。)

私は三峡を遡って巫山県の巫山縣の汀邊に至り、やがて陽臺に登って、古をたずねた。

陽臺は千秋の艶跡として、人口に膾炙しているが、今来て見れば天宇空濶にして、彩雲の影だに無く、地は僻遠にして、唯だ江上から清風が吹き来たるだけである。

神女の薦寝のことなど、その有無、実はその詳細は分かっておらず、また、仮にそうしたことがあったとして、既に歳月を経過しており、襄王は、今、もういないのだ。

但し、襄王も荒淫の跡と称する巫山の祠廟臺観などは、すべて荒廃し、木こりや牧童をして、いたずらに悲哀の情を催さしむるばかりである。

 

(訳注)

古風,五十九首之五十八

(この詩は、李白が夜郎に遷謫せられるとき、その道すがら、巫山の下を過ぎる際、古を弔って作ったので、遊覧懐古の詩である。)

 

我行巫山渚,尋古登陽臺。

私は三峡を遡って巫山県の巫山縣の汀邊に至り、やがて陽臺に登って、古をたずねた。

巫山・陽臺 宋玉《高唐賦》「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:'妾,巫山之女也。為高唐之客。閘君遊 4 。回唐,願荐枕席。」王因幸之。去而辭曰:「妾在巫山之陽,高丘之阻。曰一為行雲,暮為行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。」旦朝視之,如言。故為立廟,號曰朝雲。」王日:「朝雲始出,狀若何也?

昔、楚の襄王と宋玉 雲夢之台に遊び,高の觀に望む,其の上、獨り雲氣有り,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問うて玉曰く:“此れ何の氣ぞや?”玉 對えて曰く:“所謂 朝雲なる者なり。”王曰く:“何謂朝雲?”玉曰く:“昔、先王 嘗て高唐に遊び,怠って晝寢し,夢に一婦人を見る 曰く:'妾,巫山の女也。高唐の客と為り。君が遊 ぶを閘く。回唐,願わくば枕席を荐めん。」王 因って之を幸す。去って辭して曰く:「妾は巫山の陽,高丘の阻に在り。曰く一たび行雲と為り,暮には行雨と為る。朝朝暮暮,陽臺之下。」と。旦朝、之を視て,言の如し。故に為に廟を立てて,號して朝雲と曰う。」王日く:「朝雲 始めて出づ,狀 若何也?

楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。 

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

 

天空綵雲滅,地遠清風來。

陽臺は千秋の艶跡として、人口に膾炙しているが、今来て見れば天宇空濶にして、彩雲の影だに無く、地は僻遠にして、唯だ江上から清風が吹き来たるだけである。

 

神女去已久,襄王安在哉。

神女の薦寝のことなど、その有無、実はその詳細は分かっておらず、また、仮にそうしたことがあったとして、既に歳月を経過しており、襄王は、今、もういないのだ。

 

荒淫竟淪替,樵牧徒悲哀。

但し、襄王も荒淫の跡と称する巫山の祠廟臺観などは、すべて荒廃し、木こりや牧童をして、いたずらに悲哀の情を催さしむるばかりである。
李白図102 

57 《古風,五十九首之五十七》Index-39Ⅴ-2 760年上元元年60歳874江夏送倩公歸漢東彼美漢東國, <57> Ⅰ李白詩1220 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4648

禽鳥の類は、宇宙の化育を受け、大は鵬より、下は斥鷃に至るまで、それ相応に、おのおの依託するところがある。ここに周周という鳥がいて、首は重く、尾が軽く、六翮をひらいてとぶことができないのはもともとに気の毒なことで、どんなに罪を犯して、このように生れついたのか。

 
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57 《古風,五十九首之五十七》Index-39-2 760年上元元年60874江夏送倩公歸漢東彼美漢東國, <57> Ⅰ李白詩1220 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4648

 

 

制作年:              760年上元元年60

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十七

 

古風,五十九首之五十七

(この詩は、禽鳥に託して、賢人同志で朝にあるものは、適切に野にあるものを吸引すべきものであるのに、今の朝廷でそうしている者はいない慨嘆の極みであると詠う。)

羽族稟萬化,小大各有依。

禽鳥の類は、宇宙の化育を受け、大は鵬より、下は斥鷃に至るまで、それ相応に、おのおの依託するところがある。

周周亦何辜,六翮掩不揮。

ここに周周という鳥がいて、首は重く、尾が軽く、六翮をひらいてとぶことができないのはもともとに気の毒なことで、どんなに罪を犯して、このように生れついたのか。

願銜眾禽翼,一向黃河飛。

その周周が水を飲むときには羽を銜えてもらって、それから川に臨むというので、必ず力あるものによるものと見える。しかし、この力あるものが、多くの周周共が羽を銜えてくれろと願っている間に、一向にそんなことに頓着せずして、直ちに黄河に向って飛び去ったならば、どうであろうか。

飛者莫我顧,歎息將安歸。

かくて飛び去ったものは、我が方を振り向こうともせず、そこで残ったものは嘆息の極み、どうしたらよいのかと、さまざまに思い煩っているが、どうにも仕方がない。

 

古風,五十九首之五十七   

羽族は萬化を稟【う】け,小大 各【おのお】の依る有り。

周周 亦た何の辜【つみ】,六翮【ろくかく】掩うて 揮【ふる】わず。

眾禽の翼を銜むを願いしに,一たび黃河に向って飛ぶ。

飛ぶもの 我を顧るなく,歎息 將に安にか歸らんとす。

 

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『古風,五十九首之五十七』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十七

羽族稟萬化,小大各有依。

周周亦何辜,六翮掩不揮。

願銜眾禽翼,一向黃河飛。

飛者莫我顧,歎息將安歸。

 

(下し文)

古風,五十九首之五十七   

羽族は萬化を稟【う】け,小大 各【おのお】の依る有り。

周周 亦た何の辜【つみ】,六翮【ろくかく】掩うて 揮【ふる】わず。

眾禽の翼を銜むを願いしに,一たび黃河に向って飛ぶ。

飛ぶもの 我を顧るなく,歎息 將に安にか歸らんとす。

 

(現代語訳)

(この詩は、禽鳥に託して、賢人同志で朝にあるものは、適切に野にあるものを吸引すべきものであるのに、今の朝廷でそうしている者はいない慨嘆の極みであると詠う。)

禽鳥の類は、宇宙の化育を受け、大は鵬より、下は斥鷃に至るまで、それ相応に、おのおの依託するところがある。

ここに周周という鳥がいて、首は重く、尾が軽く、六翮をひらいてとぶことができないのはもともとに気の毒なことで、どんなに罪を犯して、このように生れついたのか。

その周周が水を飲むときには羽を銜えてもらって、それから川に臨むというので、必ず力あるものによるものと見える。しかし、この力あるものが、多くの周周共が羽を銜えてくれろと願っている間に、一向にそんなことに頓着せずして、直ちに黄河に向って飛び去ったならば、どうであろうか。

かくて飛び去ったものは、我が方を振り向こうともせず、そこで残ったものは嘆息の極み、どうしたらよいのかと、さまざまに思い煩っているが、どうにも仕方がない。

安史の乱当時の勢力図 

(訳注)

古風,五十九首之五十七

(この詩は、禽鳥に託して、賢人同志で朝にあるものは、適切に野にあるものを吸引すべきものであるのに、今の朝廷でそうしている者はいない慨嘆の極みであると詠う。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

羽族稟萬化,小大各有依。

禽鳥の類は、宇宙の化育を受け、大は鵬より、下は斥鷃に至るまで、それ相応に、おのおの依託するところがある。

羽族 禽鳥の類。

稟萬化 宇宙の化育を受け、大は鵬より、下は斥鷃に至るまで。

 

周周亦何辜,六翮掩不揮。

ここに周周という鳥がいて、首は重く、尾が軽く、六翮をひらいてとぶことができないのはもともとに気の毒なことで、どんなに罪を犯して、このように生れついたのか。

周周 首は重く、尾が軽い鳥。

六翮 力羽、翼の中に固く強く骨の役割をする六枚の羽をいう。

 

願銜眾禽翼,一向黃河飛。

その周周が水を飲むときには羽を銜えてもらって、それから川に臨むというので、必ず力あるものによるものと見える。しかし、この力あるものが、多くの周周共が羽を銜えてくれろと願っている間に、一向にそんなことに頓着せずして、直ちに黄河に向って飛び去ったならば、銅であろうか。

 

飛者莫我顧,歎息將安歸。

かくて飛び去ったものは、我が方を振り向こうともせず、そこで残ったものは嘆息の極み、どうしたらよいのかと、さまざまに思い煩っているが、どうにも仕方がない。
安史期のアジアssH

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(この詩は、世人が真仮をわきまえないことを嘲ったもので、《古風その五十》の世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだものと同様のものである。)南の南越の人が海底から明真珠を採り当てた。これを手に携えて、南隅のその国を出て都の上った。

 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-90 《初冬》 杜甫index-14 764年 杜甫<791> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4645 杜甫詩1500-791-1100/2500廣徳2年764-90 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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56 《古風,五十九首之五十六》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43276古風,五十九首之五十六越客採明珠, <56> Ⅰ李白詩1219 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4643

 

 

制作年:              743年天寶二年43

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十六

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

古風,五十九首之五十六

(この詩は、世人が真仮をわきまえないことを嘲ったもので、《古風その五十》の世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだものと同様のものである。)

越客採明珠,提攜出南隅。

南の南越の人が海底から明真珠を採り当てた。これを手に携えて、南隅のその国を出て都の上った。

清輝照海月,美價傾皇都。

その真珠はもとより特別なもので、その清らかな輝きは、海上の月の照り輝きのようで美しいものであり、都を傾けるほど、驚きの価値である。

獻君君按劍,懷寶空長吁。

そこで、この南越の人は、君王に献上したのであるが、あまりに光り輝くのが不思議で、唯のものではあるまいと、剣の柄に手をかけて、身がまえをしてこれを睨み付け、気にいるばかりか、恩賞の話もないので、南越人はそれを懐に入れて、長い嘆息して退出した。
魚目復相哂,寸心增煩紆。

魚の目は珠の形をしているが、なんの価値もないものである。しかるに、今の世では、この方が帰って珍とされるぐらいで、魚目は、南越の明珠を笑っているというもので、何らの価値を見出さないのである。君子が君王に見いだされないで、かえって小人共の侮蔑されるのも、丁度この事と同じことであり、これを思えば、方寸の心の中で、頻りに思いは乱れるのである。

 

(古風,五十九首之五十六)

越の客 明珠を採り,提げ攜えて 南隅を出づ。

清輝 海月を照らし,美價 皇都を傾く。

君に獻ずれば 君 劍を按じ,寶を懷いて 空しく長吁す。

魚目して 復た相い哂い,寸心 煩紆を增す。

 

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『古風,五十九首之五十六』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十六

越客採明珠,提攜出南隅。

清輝照海月,美價傾皇都。

獻君君按劍,懷寶空長吁。

魚目復相哂,寸心增煩紆。

 

(下し文)

(古風,五十九首之五十六)

越の客 明珠を採り,提げ攜えて 南隅を出づ。

清輝 海月を照らし,美價 皇都を傾く。

君に獻ずれば 君 劍を按じ,寶を懷いて 空しく長吁す。

魚目して 復た相い哂い,寸心 煩紆を增す。

 

(現代語訳)

(この詩は、世人が真仮をわきまえないことを嘲ったもので、《古風その五十》の世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだものと同様のものである。)

南の南越の人が海底から明真珠を採り当てた。これを手に携えて、南隅のその国を出て都の上った。

その真珠はもとより特別なもので、その清らかな輝きは、海上の月の照り輝きのようで美しいものであり、都を傾けるほど、驚きの価値である。

そこで、この南越の人は、君王に献上したのであるが、あまりに光り輝くのが不思議で、唯のものではあるまいと、剣の柄に手をかけて、身がまえをしてこれを睨み付け、気にいるばかりか、恩賞の話もないので、南越人はそれを懐に入れて、長い嘆息して退出した。
魚の目は珠の形をしているが、なんの価値もないものである。しかるに、今の世では、この方が帰って珍とされるぐらいで、魚目は、南越の明珠を笑っているというもので、何らの価値を見出さないのである。君子が君王に見いだされないで、かえって小人共の侮蔑されるのも、丁度この事と同じことであり、これを思えば、方寸の心の中で、頻りに思いは乱れるのである。

 

安史期のアジアssH 

(訳注)

(この詩は、世人が真仮をわきまえないことを嘲ったもので、古風五十の世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだものと同様のものである。)

 

古風,五十九首之五十六

(この詩は、世人が真仮をわきまえないことを嘲ったもので、古風五十の世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだものと同様のものである。)

古風,五十九首之五十(この詩は、世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだもの)

宋國梧臺東,野人得燕石。

誇作天下珍,卻哂趙王璧。

趙璧無緇磷,燕石非貞真。

流俗多錯誤,豈知玉與珉。

宋國 梧臺の東,野人 燕石を得たり。

誇って 天下の珍と作し,卻って 趙王の璧を哂う。

趙璧は 緇磷【しりん】無く,燕石は 貞真に非らず。

流俗 錯誤多し,豈に玉と珉とを知らんや。

50 《古風五十九首之五十》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳275古風,五十九首之五十宋國梧臺東, <50> Ⅰ李白詩1213 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4613

 

越客採明珠,提攜出南隅。

南の南越の人が海底から明真珠を採り当てた。これを手に携えて、南隅のその国を出て都の上った。

越客 南越、今のヴェトナム。

南隅 南方のイメージをいう。

 

清輝照海月,美價傾皇都。

その真珠はもとより特別なもので、その清らかな輝きは、海上の月の照り輝きのようで美しいものであり、都を傾けるほど、驚きの価値である。

 

獻君君按劍,懷寶空長吁。

そこで、この南越の人は、君王に献上したのであるが、あまりに光り輝くのが不思議で、唯のものではあるまいと、剣の柄に手をかけて、身がまえをしてこれを睨み付け、気にいるばかりか、恩賞の話もないので、南越人はそれを懐に入れて、長い嘆息して退出した。

獻君 君王に献上すること。

君按劍 あまりに光り輝くのが不思議で、唯のものではあるまいと、剣の柄に手をかけて、身がまえをしてこれを睨み付ける。

 

魚目復相哂,寸心增煩紆。

魚の目は珠の形をしているが、なんの価値もないものである。しかるに、今の世では、この方が帰って珍とされるぐらいで、魚目は、南越の明珠を笑っているというもので、何らの価値を見出さないのである。君子が君王に見いだされないで、かえって小人共の侮蔑されるのも、丁度この事と同じことであり、これを思えば、方寸の心の中で、頻りに思いは乱れるのである。

魚目 魚の目

寸心 方寸の心の中。

煩紆 頻りに思いは乱れる。

 安史の乱当時の勢力図

55 《古風,五十九首之五十五》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳370古風,五十九首之五十五齊瑟彈東吟, <55> Ⅰ李白詩1218 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4638

李白  古風,五十九首之五十五

齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。慷慨動顏魄,使人成荒淫。

彼美佞邪子,婉孌來相尋。一笑雙白璧,再歌千黃金。

珍色不貴道,詎惜飛光沈。安識紫霞客,瑤臺鳴素琴。

(この詩は、いたずらに、外面の美に眩せられ、色を珍とし、媚に甘く、道を貴ばざる世俗の愚を嘲ったものである。)  齊の国で出来た瑟を弾じて、つぎには、秦の国から出た弦をはらって、西国の音律を弄す。聞く人にそれを聞き分けてもらおうと、様々な曲を演奏すると、これに深く感じ入って,心顏を動かし、はては、荒淫の情を催すようになる。

彼の美人は、佞邪なものであって、巧みに媚をあらわして、人の意を迎えていて、艶やかで、飛び切り美しい顔達で風情ありげにこちらに来て尋ねている。齊瑟秦弦、東吟西音と使分けて相手の心を動かして、最初に一笑すれば、白璧一雙を博し得、再び唄えば、千両の黄金を手にするという有様である。美人の愛嬌は、もとより言をまたざれども、これに惑わされる衆人の不束は愈々持って甚だしいものである。もちろん現代一般の風として、ただの色の美なるをめずらしがり、道の貴きを知らず、つまらぬことに打ち興じて、日月の沈みゆくのを惜しむことがあろうか。このようにして、艶めかしく心を動かす美人の音楽などに比較すれば、霞を食するという仙人が玉で飾った美しい高殿のうえに座して、ことを断ずる、その声の方がはるかに貴く、且つ、思いを得ているのであるから、世人はこれを解さないから仕方がないというものである。

李太白集巻一43

五十九首之五十五

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7480

Index-24

744年天寶三年44歳 

56-7

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-370-055巻一55 古風,五十九首之五十五 (齊瑟彈東吟,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-55

文體:

五言古詩

李太白集 

01-55

 

 

詩題:

古風,五十九首之五十五

序文

 

作地點:

 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 崑崙山

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

制作年:              744年天寶三年    44

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十五

 

 

古風,五十九首之五十五

(この詩は、いたずらに、外面の美に眩せられ、色を珍とし、媚に甘く、道を貴ばざる世俗の愚を嘲ったものである。)

齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。

齊の国で出来た瑟を弾じて、つぎには、秦の国から出た弦をはらって、西国の音律を弄す。

慷慨動顏魄,使人成荒淫。

聞く人にそれを聞き分けてもらおうと、様々な曲を演奏すると、これに深く感じ入って,心顏を動かし、はては、荒淫の情を催すようになる。

彼美佞邪子,婉孌來相尋。

彼の美人は、佞邪なものであって、巧みに媚をあらわして、人の意を迎えていて、艶やかで、飛び切り美しい顔達で風情ありげにこちらに来て尋ねている。

一笑雙白璧,再歌千黃金。

齊瑟秦弦、東吟西音と使分けて相手の心を動かして、最初に一笑すれば、白璧一雙を博し得、再び唄えば、千両の黄金を手にするという有様である。

珍色不貴道,詎惜飛光沈。

美人の愛嬌は、もとより言をまたざれども、これに惑わされる衆人の不束は愈々持って甚だしいものである。もちろん現代一般の風として、ただの色の美なるをめずらしがり、道の貴きを知らず、つまらぬことに打ち興じて、日月の沈みゆくのを惜しむことがあろうか。

安識紫霞客,瑤臺鳴素琴。

このようにして、艶めかしく心を動かす美人の音楽などに比較すれば、霞を食するという仙人が玉で飾った美しい高殿のうえに座して、ことを断ずる、その声の方がはるかに貴く、且つ、思いを得ているのであるから、世人はこれを解さないから仕方がないというものである。

古風,五十九首之五十五

齊瑟 東吟を彈じ,秦弦 西音を弄ぶ。

慷慨 顏魄を動かし,人をして 荒淫を成さしむ。

彼の美 佞邪【はいじゃ】の子,婉孌【えんれん】 來って相い尋ぬ。

一笑せば 雙の白璧,再歌せば 千黃金。

珍色 道を貴ばざる,詎んぞ 飛光の沈むを惜まん。

安んぞ紫霞の客を識らん,瑤臺 素琴を鳴らすを。

 

霓裳羽衣舞002 

『古風,五十九首之五十五』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十五

齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。

慷慨動顏魄,使人成荒淫。

彼美佞邪子,婉孌來相尋。

一笑雙白璧,再歌千黃金。

珍色不貴道,詎惜飛光沈。

安識紫霞客,瑤臺鳴素琴。

(異文)

齊瑟彈東吟【齊瑟揮東吟】,秦弦弄西音。

慷慨動顏魄【慷慨動顏色】,使人成荒淫。

彼美佞邪子,婉孌來相尋。

一笑雙白璧,再歌千黃金。

珍色不貴道,詎惜飛光沈。

安識紫霞客,瑤臺鳴素琴【瑤臺鳴玉琴】。

 

(下し文)

古風,五十九首之五十五

齊瑟 東吟を彈じ,秦弦 西音を弄ぶ。

慷慨 顏魄を動かし,人をして 荒淫を成さしむ。

彼の美 佞邪【はいじゃ】の子,婉孌【えんれん】 來って相い尋ぬ。

一笑せば 雙の白璧,再歌せば 千黃金。

珍色 道を貴ばざる,詎んぞ 飛光の沈むを惜まん。

安んぞ紫霞の客を識らん,瑤臺 素琴を鳴らすを。

花蕊夫人002 

(現代語訳)

(この詩は、いたずらに、外面の美に眩せられ、色を珍とし、媚に甘く、道を貴ばざる世俗の愚を嘲ったものである。)

齊の国で出来た瑟を弾じて、つぎには、秦の国から出た弦をはらって、西国の音律を弄す。

聞く人にそれを聞き分けてもらおうと、様々な曲を演奏すると、これに深く感じ入って,心顏を動かし、はては、荒淫の情を催すようになる。

彼の美人は、佞邪なものであって、巧みに媚をあらわして、人の意を迎えていて、艶やかで、飛び切り美しい顔達で風情ありげにこちらに来て尋ねている。

齊瑟秦弦、東吟西音と使分けて相手の心を動かして、最初に一笑すれば、白璧一雙を博し得、再び唄えば、千両の黄金を手にするという有様である。

美人の愛嬌は、もとより言をまたざれども、これに惑わされる衆人の不束は愈々持って甚だしいものである。もちろん現代一般の風として、ただの色の美なるをめずらしがり、道の貴きを知らず、つまらぬことに打ち興じて、日月の沈みゆくのを惜しむことがあろうか。

このようにして、艶めかしく心を動かす美人の音楽などに比較すれば、霞を食するという仙人が玉で飾った美しい高殿のうえに座して、ことを断ずる、その声の方がはるかに貴く、且つ、思いを得ているのであるから、世人はこれを解さないから仕方がないというものである。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之五十五

(この詩は、いたずらに、外面の美に眩せられ、色を珍とし、媚に甘く、道を貴ばざる世俗の愚を嘲ったものである。)

1 古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。

齊の国で出来た瑟を弾じて、つぎには、秦の国から出た弦をはらって、西国の音律を弄す。

2 齊瑟 瑟は25絃以上の大きい琴。『史記』「蘇秦伝」に臨淄(斉の首都)の豊かな生活を表現するため、臨淄の民で様々な楽器や遊戯を楽しまない者はいないとし、その中の一つに「鼓瑟(瑟を演奏する)」が出てくる。

曹植(曹子建) 《贈丁廙》 「魏詩秦箏發西氣,齊瑟揚東謳。」(秦箏【しんそう】西気を発し、斉瑟【せいしつ】東謳【とうおう】を揚ぐ。)秦の筝は西方の国のメロディーを流し西方の気分にしてくれる。斉の瑟をかなでると東方の国の歌を声を張り上げて歌うのだ。 

36曹植(曹子建) 《贈丁廙》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3106

3 東吟 東国の歌。

4 秦弦 秦の国から出た弦。

5 西音 西国の音律。魏文帝詩《東舞南歌》「齊倡發東舞,秦箏奏西音。有客從南來,為我彈清琴。」(齊倡 東舞を發き,秦箏 西音を奏る。客有り南從り來り,我が為に清琴を彈く。)とあるにもとづく。唐代は音楽が発達したばかりではない。舞踊もまた黄金時代を現出した。宮中では常時、大規模な歌舞の催しが開かれていた。たとえば、「上元楽」、「聖寿楽」、「孫武順聖楽」等であり、これらには常に宮妓数百人が出演し、舞台は誠に壮観であった。宮廷でも民間でも、舞妓は常に当時の人々から最も歓迎される漬物を演じた。たとえば、霓裳羽衣舞(虹色の絹と五色の羽毛で飾った衣裳を着て踊る大女の舞)、剣器舞(西域から伝来した剣の舞)、胡旋舞(西域から伝来した飛旋急転する舞)、柘枝舞(中央アジアから伝来した柘枝詞の歌に合わせて行う舞)、何満子(宮妓の何満子が作曲し、白居易が作詩し、沈阿翹が振り付けした歌舞)、凌波曲(美人がなよなよと歩く舞)、白貯舞(白絹を手にした舞)等々が白居易は「霓裳羽衣舞」を舞う妓女たちの、軽く柔かくそして優美な舞姿を描写している。

 

慷慨動顏魄,使人成荒淫。

聞く人にそれを聞き分けてもらおうと、様々な曲を演奏すると、これに深く感じ入って,心顏を動かし、はては、荒淫の情を催すようになる。

6 慷慨 ① 世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆くこと。② 意気が盛んなこと。また、そのさま。

7 顏魄 心顏。

 

彼美佞邪子,婉孌來相尋。

彼の美人は、佞邪なものであって、巧みに媚をあらわして、人の意を迎えていて、艶やかで、飛び切り美しい顔達で風情ありげにこちらに来て尋ねている。

8 佞邪 不正な心をもちながら、人にへつらうこと。また、その人。

9 婉孌 艶やかで、飛び切り美しい顔達。妖艶な顔。班固《漢書述哀記》曰「婉孌董公、惟亮天工」顔師古註 婉孌美貌。美貌。 《詩齊風甫田》: “婉兮孌兮, 總角丱兮。”

 

一笑雙白璧,再歌千黃金。

齊瑟秦弦、東吟西音と使分けて相手の心を動かして、最初に一笑すれば、白璧一雙を博し得、再び唄えば、千両の黄金を手にするという有様である。

10 一笑 一笑千金【釋義】:美女一笑,價千金。形容美人一笑很難得。 【出處】:漢·崔駰《七依》:“回顧百萬,一笑千金。”白居易《長恨歌》眸一笑百眉生( 眸を廻めぐらして一笑すれば百眉ひゃくび生ずる。)

 

珍色不貴道,詎惜飛光沈。

美人の愛嬌は、もとより言をまたざれども、これに惑わされる衆人の不束は愈々持って甚だしいものである。もちろん現代一般の風として、ただの色の美なるをめずらしがり、道の貴きを知らず、つまらぬことに打ち興じて、日月の沈みゆくのを惜しむことがあろうか。

11 飛光 1日月、飛逝的光陰。 南朝  沈約 《宿東園》「飛光忽我遒, 豈止云暮。」(飛光忽ち我に遒る, 豈に止云暮。) 張銑の註に 飛光とは日月をいう也

 

安識紫霞客,瑤臺鳴素琴。

このようにして、艶めかしく心を動かす美人の音楽などに比較すれば、霞を食するという仙人が玉で飾った美しい高殿のうえに座して、ことを断ずる、その声の方がはるかに貴く、且つ、思いを得ているのであるから、世人はこれを解さないから仕方がないというものである。

12 紫霞客 霞を食するという仙人。

13 瑤臺 玉で飾った美しい高殿。仙人の住む所。淮南子·本經:「帝有桀紂,為琁室瑤臺象廊玉床。」 仙人居住的地方。

李白《巻四30清平調三首之一》(興慶宮での宴の模様を述べる)「若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。」(雲には、衣裳かと想い、花には、容かと想う、春風 檻を払って、露華 濃かなり。若し 群玉山頭に見るに非ざれば、会ず 瑤臺の月下に向って逢わん。)雲の艶めかしさを思い、ながめると美しい衣裳で、牡丹の花はあでやかな豊満な容姿をおもわせる美しさ、春風は龍池の屋外舞台の欄干を通り抜け、霓裳羽衣舞の羽衣による愛撫により、夜の華やかな露はなまめかしくつづく。ああ、これはもう、西王母の「群玉山」のほとりで見られるといわれるものであるし、崑崙山の五色の玉で作られた「瑤台」に月光のさしこむなかでめぐり逢えるという素晴らしい美人である。

743年(44)李白362 巻四30-《清平調詞,三首一》(雲想衣裳花想容,) 362Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(44) <李白362> Ⅰ李白詩1703 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7063

14 素琴 琴の素朴にして、金玉珍宝を飾りにしていないものをいう。

嵇康《幽憤詩》「習習谷風吹我素琴。」 素琴とは琴の素樸を謂う。金玉や珍寶を用いず、以て飾を為す者なり。

54 《古風五十九首之五十四》Index-32Ⅳ-7 753年天寶十二年53歳592古風,五十九首之五十三戰國何紛紛, <54> Ⅰ李白詩1217 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4633

あおあおとした雑草は、かさなった丘におおいかぶさり、うつくしい王に似た香草は、ふかい谷間にかくれている。鳳凰は西の海に鳴いているが、とまろうと思っても、とまるべき珍しい木がない。ところが、からすは、わがもの顔にのさばっており、よもぎの下に大勢のなかまがいっぱいいる。


 
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54 《古風五十九首之五十四》Index-32-7 753年天寶十二年53592古風,五十九首之五十三戰國何紛紛, <54> Ⅰ李白詩1217 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4633

 

 

作年:    753年天寶十二年53

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十四

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

古風,五十九首之五十四

〔この詩は、朝廷から下って随分経つが、悪風頽俗、日に甚だしく、殊に小人の跋扈しているのを謗ったものである。〕

倚劍登高臺,悠悠送春目。

剣をぶらさげて高台にのぼり、はるかに、はるかに、春のながめに目をあそばせる。

蒼榛蔽層丘,瓊草隱深谷。

あおあおとした雑草は、かさなった丘におおいかぶさり、うつくしい王に似た香草は、ふかい谷間にかくれている。

鳳鳥鳴西海,欲集無珍木。

鳳凰は西の海に鳴いているが、とまろうと思っても、とまるべき珍しい木がない。

鸒斯得所居,蒿下盈萬族。

ところが、からすは、わがもの顔にのさばっており、よもぎの下に大勢のなかまがいっぱいいる。

晉風日已窮途方慟哭。

わたしは阮籍の悲しみを知ることができる。晋朝の風俗は、太陽がすでにくずれかたむいてゆくようであった。だからこそ、どんづまりの道で、大声をあげて泣いたのだ。

 

(古風,五十九首の五十四)

剣に劍って 高台に登り、悠悠として 春日を送る。

蒼榛は 層邸を蔽い、瓊草は 深谷に隠る。

鳳鳥は 西海に鳴き、集まらんと欲するも 珍木無し。

鸒斯は 居る所を得、蒿下に 万族を盈たす。

晋風 日は己にる、窮途 方に働突す。

 

安史の乱当時の勢力図

『古風,五十九首之五十四』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十四

倚劍登高臺,悠悠送春目。

蒼榛蔽層丘,瓊草隱深谷。

鳳鳥鳴西海,欲集無珍木。

鸒斯得所居,蒿下盈萬族。

晉風日已窮途方慟哭。

 

倚劍登高臺,悠悠送春目。

蒼榛蔽層丘,瓊草隱深谷。

鳳鳥鳴西海,欲集無珍木。

鸒斯得所居,蒿下盈萬族。

晉風日已,窮途方慟哭。

【翩翩眾鳥飛,翔在珍木。群花亦便娟,榮耀非一族。歸來愴途窮,日暮還慟哭】

 

(下し文)

(古風,五十九首の五十四)

剣に劍って 高台に登り、悠悠として 春日を送る。

蒼榛は 層邸を蔽い、瓊草は 深谷に隠る。

鳳鳥は 西海に鳴き、集まらんと欲するも 珍木無し。

鸒斯は 居る所を得、蒿下に 万族を盈たす。

晋風 日は己にる、窮途 方に働突す。

 

(現代語訳)

〔この詩は、朝廷から下って随分経つが、悪風頽俗、日に甚だしく、殊に小人の跋扈しているのを謗ったものである。〕

剣をぶらさげて高台にのぼり、はるかに、はるかに、春のながめに目をあそばせる。

あおあおとした雑草は、かさなった丘におおいかぶさり、うつくしい王に似た香草は、ふかい谷間にかくれている。

鳳凰は西の海に鳴いているが、とまろうと思っても、とまるべき珍しい木がない。

ところが、からすは、わがもの顔にのさばっており、よもぎの下に大勢のなかまがいっぱいいる。

わたしは阮籍のの悲しみを知ることができる。晋朝の風俗は、太陽がすでにくずれかたむいてゆくようであった。だからこそ、どんづまりの道で、大声をあげて泣いたのだ。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之五十四

〔この詩は、朝廷から下って随分経つが、悪風頽俗、日に甚だしく、殊に小人の跋扈しているのを謗ったものである。〕

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

倚劍登高臺,悠悠送春目。

剣をぶらさげて高台にのぼり、はるかに、はるかに、春のながめに目をあそばせる。

〇倚劍 六朝の江掩の詩に「倍剣臨八荒」とあり、李周翰の注によると、倍は佩、剣を腰にさげること。

○悠悠 遠くはるかなさま。

○送春目 謝朓の詩「遠近送春目」とあるのにもとづく。春の景色をながめわたす。

 

蒼榛蔽層丘,瓊草隱深谷。

あおあおとした雑草は、かさなった丘におおいかぶさり、うつくしい王に似た香草は、ふかい谷間にかくれている。

○蒼榛 あおあおと茂った雑草。

○瓊草 美しい玉のような香草。

 

鳳鳥鳴西海,欲集無珍木。

鳳凰は西の海に鳴いているが、とまろうと思っても、とまるべき珍しい木がない。

○鳳鳥 ほうおう。瑞鳥であり、掌にたとえる。

○珍木 珍しい木。鳳は、崑崙山上の珍木にとまるといわれている。

 

鸒斯得所居,蒿下盈萬族。

ところが、からすは、わがもの顔にのさばっており、よもぎの下に大勢のなかまがいっぱいいる。

○鸒斯 「爾雅」によると、鵯(ひよどり)ここでは小人にたとえる。

○蔦 よもぎ。

〇万族 たくさんのなかま。

 

晉風日已窮途方慟哭。

わたしは阮籍の悲しみを知ることができる。晋朝の風俗は、太陽がすでにくずれかたむいてゆくようであった。だからこそ、どんづまりの道で、大声をあげて泣いたのだ。

○晋風 晋朝の風俗。

〇日已 阮籍の詠懐詩に「灼灼西頽日、余光照我衣」とある。

○窮途 「晋書」の阮籍伝にみえる話。阮籍は、時に気が向くと、ひとりで馬軍にのって出かけたが、車が通れないところにぶっつかると、大声をあげて慟哭しながら引返したという。

○慟哭 悲しみのあまり、声をあげて泣くこと。

三国鼎立時代の勢力図


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実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。

 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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作年:    753年天寶十二年53

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十三

 

 

古風,五十九首之五十三

(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)

戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。

戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。

趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。

かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の56家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。

姦臣欲竊位,樹黨自相群。

そうすると、元来、奸臣が王位を竊()もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。

果然田成子,一旦殺齊君。

実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。

 

(古風,五十九首の五十三)

戰國 何ぞ紛紛たり,兵戈 浮雲亂る。

趙 兩虎の鬥に倚り,晉 六卿の分と為す。

姦臣 位を竊まんと欲し,黨を樹てて 自ら相い群る。

果然とす 田成子,一旦 齊君を殺す。

 春秋戦国勢力図

 

『古風,五十九首之五十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十三

戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。

趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。

姦臣欲竊位,樹黨自相群。

果然田成子,一旦殺齊君。

 

 

(下し文)

(古風,五十九首の五十三)

戰國 何ぞ紛紛たり,兵戈 浮雲亂る。

趙 兩虎の鬥に倚り,晉 六卿の分と為す。

姦臣 位を竊まんと欲し,黨を樹てて 自ら相い群る。

果然とす 田成子,一旦 齊君を殺す。

 

(現代語訳)

(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)

戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。

かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の56家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。

そうすると、元来、奸臣が王位を竊()もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。

実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。

 

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(訳注)

古風,五十九首之五十三

(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。

戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。

 

趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。

かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の56家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。

兩虎鬥 廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていた。「刎頸の交わり」(ふんけい まじわり)は中国の戦国時代に趙で活躍した藺相如と廉頗が残した故事。「刎頸の友」ともいう。『史記』原文には「刎頸(之)交」とある。「お互いに首を斬られても後悔しないような仲」という成語として用いられる。

晉為六卿分 春秋末期、晋は事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の56家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされるようになった。この6家系は他の有力大夫を排除して、六卿を世襲するようになっていた。さらに出公のときに范氏、中行氏の領地を智、趙、韓、魏氏が分割しようとしたため、出公は怒り、斉や魯と同盟して四氏を討とうとしたが失敗し、斉へ亡命しようとしてその途中で亡くなったために(紀元前457年)、晋室は全く力を失った。

 

姦臣欲竊位,樹黨自相群。

そうすると、元来、奸臣が王位を竊()もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。

 

果然田成子,一旦殺齊君。

実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。

田成子  〔田氏、斉をのっとる〕申午の日に、田常は、簡公を徐州で殺して、簡公の弟のゴウを立てた。これが平公である。平公が即位すると、田常が宰相となって斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とした。

  平公の八年に、越が呉を滅ぼした。二十五年に、平公が死んだ。その子の宣公積が立った。宣公は五十一年に死んだ。その子の康公貸が立った。田会がリン丘で反乱を起こした。康公の二年に、韓・魏・趙が、はじめて諸侯に列した。十九年に、田常の曾孫の田和がはじめて諸侯となり、康公を海浜に遷した。二十六年に、康公が死んだ。かくて、呂氏はついに宗廟の祭祀を絶った。田氏が斉国をのっとり、威王(田和の孫)にいたって、天下の強国となった。

齊君 齊の簡公。


史記・齊世家「鴟夷子皮事田成子。田成子去齊,走而之燕,鴟夷子皮負傳而從。至望邑,子皮曰:“子獨不聞涸澤之蛇乎?澤涸,蛇將徙。有小蛇謂大蛇曰:'子行而我隨之,人以為蛇之行者耳,必有殺子者。子不如相銜負我以行,人必以我為神君也。
李白図102 

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(この詩は、歳月人を待たず、折角優秀な芸才を持っていても、老いては、とかく、世に棄てられるもので、これを傷んだもの。人もまたこの通りであり、たとえ、才徳があるといっても、明君に出会わなければ、到底登用される機会はなく、草木の日々に零落すると同じに、やがて老いさらばえて、恨んで死んでいくことになるのである。容姿端麗であっても、芸に秀でても、才徳があっても登用という機会がなければどうしようもないのである。)

 
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作年:    728年開元十六年28

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十二

 

 

古風,五十九首之五十二

(この詩は、歳月人を待たず、折角優秀な芸才を持っていても、老いては、とかく、世に棄てられるもので、これを傷んだもの)

青春流驚湍,朱明驟回薄。

青春は、早瀬の波にしたがって、用意に流れ去り、朱明の夏もがぜんめぐりさってしって、やがて秋となった。

不忍看秋蓬,飄揚竟何託。

秋になれば西風に吹きまかれる転蓬を観ては飄颻として、いずこともなく飛んで行って、竟に託する所がないというのと似ている。

光風滅蘭蕙,白露洗葵藿。

雨がやみ、日が出て、風が吹いて草木が生き生きとして光り輝くはずの蘭惠も風雨が強ければ砕かれて形も香りもなくなり、白露が冷ややかに注いで、葵や豆の葉など、何時しか枯れ、万物、すべて凋落してしまうのである。

美人不我期,草木日零落。

人もまたこの通りであり、たとえ、才徳があるといっても、明君に出会わなければ、到底登用される機会はなく、草木の日々に零落すると同じに、やがて老いさらばえて、恨んで死んでいくことになるのである。容姿端麗であっても、芸に秀でても、才徳があっても登用という機会がなければどうしようもないのである。

 

古風,五十九首之五十二

青春 驚湍に流れ,朱明 驟【にわ】かに回薄。

秋蓬を看る忍びず,飄揚 竟に何くにか託する。

光風 蘭蕙を滅し,白露 葵藿【きかく】を洗う。

美人 我と期せず,草木日に 零落。

pla010 

 

『古風,五十九首之五十二』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十二

青春流驚湍,朱明驟回薄。

不忍看秋蓬,飄揚竟何託。

光風滅蘭蕙,白露洗葵藿。

美人不我期,草木日零落。

(含異文)

青春流驚湍,朱明驟回薄【朱火驟回薄】。

不忍看秋蓬,飄揚竟何託。

光風滅蘭蕙,白露洗葵藿【白露委蕭藿】。

美人不我期,草木日零落。

 

(下し文)

古風,五十九首之五十二

青春 驚湍に流れ,朱明 驟【にわ】かに回薄。

秋蓬を看る忍びず,飄揚 竟に何くにか託する。

光風 蘭蕙を滅し,白露 葵藿【きかく】を洗う。

美人 我と期せず,草木日に 零落。

 

(現代語訳)

(この詩は、歳月人を待たず、折角優秀な芸才を持っていても、老いては、とかく、世に棄てられるもので、これを傷んだもの)

青春は、早瀬の波にしたがって、用意に流れ去り、朱明の夏もがぜんめぐりさってしって、やがて秋となった。

秋になれば西風に吹きまかれる転蓬を観ては飄颻として、いずこともなく飛んで行って、竟に託する所がないというのと似ている。

雨がやみ、日が出て、風が吹いて草木が生き生きとして光り輝くはずの蘭惠も風雨が強ければ砕かれて形も香りもなくなり、白露が冷ややかに注いで、葵や豆の葉など、何時しか枯れ、万物、すべて凋落してしまうのである。

人もまたこの通りであり、たとえ、才徳があるといっても、明君に出会わなければ、到底登用される機会はなく、草木の日々に零落すると同じに、やがて老いさらばえて、恨んで死んでいくことになるのである。容姿端麗であっても、芸に秀でても、才徳があっても登用という機会がなければどうしようもないのである。

太白山001 

 

(訳注)

古風,五十九首之五十二

(この詩は、歳月人を待たず、折角優秀な芸才を持っていても、老いては、とかく、世に棄てられるもので、これを傷んだもの)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

詠史詩

 

青春流驚湍,朱明驟回薄。

青春は、早瀬の波にしたがって、用意に流れ去り、朱明の夏もがぜんめぐりさってしって、やがて秋となった。

青春 五行思想で青は東、春の盛りをいう。

驚湍 早瀬。王維、輞川集・欒家瀨(13) 颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。波跳自相濺、白鷺驚復下。」 颯颯(さつさつ)たる秋雨(しゅうう)の中(うち)、浅浅(せんせん)として石溜(せきりゅう)に瀉ぐ。波は跳(おど)って自(おのずか)ら相い濺(そそ)ぎ、白鷺(はくろ)は驚きて復()た下(くだ)れり。
朱明 五行思想で、南、夏のこと。

川集 20首     もうせんしゅう




1孟城幼 もうじょうおう

2華子岡 かしこう

3文杏館ぶんきょうかん

4斤竹嶺 きんちくれい

5鹿柴   ろくさい 

6木蘭柴 もくらんさい

7茱萸拌 しゅゆはん

8宮塊陌 きゅうかいはく

9臨湖亭 りんこてい

10南 陀 なんだ

11欹 湖 いこ

12柳 浪 りゅうろう

13欒家瀬らんからい

14金屑泉 きんせつせん

15白石灘はくせきたん

16 陀 ほくだ

17竹里館 ちくりかん

18辛夷塢 しんいお

19漆 園 しつえん

20椒 園 しょうえん


回薄 めぐりせますこと。

 

不忍看秋蓬,飄揚竟何託。

秋になれば西風に吹きまかれる転蓬を観ては飄颻として、いずこともなく飛んで行って、竟に託する所がないというのと似ている。

秋蓬 秋になって蓬が枯れること。秋風が吹きつけることで根が切れぬけて轉蓬となる。

pla014 

光風滅蘭蕙,白露洗葵藿。

雨がやみ、日が出て、風が吹いて草木が生き生きとして光り輝くはずの蘭惠も風雨が強ければ砕かれて形も香りもなくなり、白露が冷ややかに注いで、葵や豆の葉など、何時しか枯れ、万物、すべて凋落してしまうのである。

光風 雨がやみ、日が出て、風が吹いて草木が生き生きとして光り輝くこと。

蘭蕙 ともに蘭の香草で、一茎一花を蕙といい、一茎多花を蘭という。

葵藿 薬用あおい、藿は豆の苗、葉っぱで食用にする。

 

美人不我期,草木日零落。

人もまたこの通りであり、たとえ、才徳があるといっても、明君に出会わなければ、到底登用される機会はなく、草木の日々に零落すると同じに、やがて老いさらばえて、恨んで死んでいくことになるのである。容姿端麗であっても、芸に秀でても、才徳があっても登用という機会がなければどうしようもないのである。

美人 ここでは、時の君、明君のこと。一般的には妓女をいう。
pla004 


 


 


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(この詩は、殷・楚の末運より、比干・屈原の事、および、忠貞の思いが、世に容れられず、空しく禍にかかったことを李白は自分の佳形に照らして時事に感じたことを詩に詠った。)殷の紂王は天の綱紀をみだしたし、楚の懐王もまた昏愚であったために、二君ともに、どの国をうしなうこととなった。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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作年:    753年天寶十二年53

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十一

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

古風,五十九首之五十一

(この詩は、殷・楚の末運より、比干・屈原の事、および、忠貞の思いが、世に容れられず、空しく禍にかかったことを李白は自分の佳形に照らして時事に感じたことを詩に詠った。)

殷后亂天紀,楚懷亦已昏。

殷の紂王は天の綱紀をみだしたし、楚の懐王もまた昏愚であったために、二君ともに、どの国をうしなうこととなった。

夷羊滿中野,菉葹盈高門。

殷の紂王の末年には、夷羊という神獣が牧野に現れ、殷の紂王が、後にここに敗軍する兆を示したし、海王の時は菉葹などの悪草に比すべき、小人が朝廷に満ちて、しきりに権力を振るっていた。

比干諫而死,屈平竄湘源。

こうして、比干は殷の紂王を諌め、あまりはげしくやったので、ついに胸を裂かれて死んでしまい、屈原は、折角の才芸が累をなし、同僚の上官太夫に讒言を以て、とうとう湘江のほとりに放逐されてしまったのである。

虎口何婉孌,女空嬋媛。

比干は虎口におちいるも顧みず、ひたすらその君を顧慕し、つかの間も忘れず、そのために、覚えず極諫したのであるし、屈原は、その姉の女嬃に引き留められ、あまり正直にするのは身のためにならないから、少しは、控えめにせよと、酷く叱られた。賢者の心は、世俗の人にわからず、かえって、その諸行を否定される位である。

彭咸久淪沒,此意與誰論。

顧みれば、彭咸のような賢人は、没して既に久しく、この忠義の心をだれと共に論ずればよいのか、今の世には、それができる人物が全くいないのだから仕方がないということだ。

 

(古風,五十九首の五十一)

殷后 天紀を亂し,楚懷 亦た已に昏し。

夷羊 中野に滿ち,菉葹【りょくし】高門に盈つ。

比干は 諫めて死し,屈平は湘源に竄す。

虎口 何ぞ婉孌【えんれん】たる,女【じょしゅ】空しく嬋媛【せんえん】

彭咸 久しく淪沒,此の意 誰れと論ぜん。

 

rihakustep足跡 

古風,五十九首之五十一』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十一

殷后亂天紀,楚懷亦已昏。

夷羊滿中野,菉葹盈高門。

比干諫而死,屈平竄湘源。

虎口何婉孌,女空嬋媛。

彭咸久淪沒,此意與誰論。

 

(下し文)

(古風,五十九首の五十一)

殷后 天紀を亂し,楚懷 亦た已に昏し。

夷羊 中野に滿ち,菉葹【りょくし】高門に盈つ。

比干は 諫めて死し,屈平は湘源に竄す。

虎口 何ぞ婉孌【えんれん】たる,女【じょしゅ】空しく嬋媛【せんえん】。

彭咸 久しく淪沒,此の意 誰れと論ぜん。

 

(現代語訳)

(この詩は、殷・楚の末運より、比干・屈原の事、および、忠貞の思いが、世に容れられず、空しく禍にかかったことを李白は自分の佳形に照らして時事に感じたことを詩に詠った。)

殷の紂王は天の綱紀をみだしたし、楚の懐王もまた昏愚であったために、二君ともに、どの国をうしなうこととなった。

殷の紂王の末年には、夷羊という神獣が牧野に現れ、殷の紂王が、後にここに敗軍する兆を示したし、海王の時は菉葹などの悪草に比すべき、小人が朝廷に満ちて、しきりに権力を振るっていた。

こうして、比干は殷の紂王を諌め、あまりはげしくやったので、ついに胸を裂かれて死んでしまい、屈原は、折角の才芸が累をなし、同僚の上官太夫に讒言を以て、とうとう湘江のほとりに放逐されてしまったのである。

比干は虎口におちいるも顧みず、ひたすらその君を顧慕し、つかの間も忘れず、そのために、覚えず極諫したのであるし、屈原は、その姉の女嬃に引き留められ、あまり正直にするのは身のためにならないから、少しは、控えめにせよと、酷く叱られた。賢者の心は、世俗の人にわからず、かえって、その諸行を否定される位である。

顧みれば、彭咸のような賢人は、没して既に久しく、この忠義の心をだれと共に論ずればよいのか、今の世には、それができる人物が全くいないのだから仕方がないということだ。

 

李白図102 

(訳注)

古風,五十九首之五十一

(この詩は、殷・楚の末運より、比干・屈原の事、および、忠貞の思いが、世に容れられず、空しく禍にかかったことを李白は自分の佳形に照らして時事に感じたことを詩に詠った。)

 

殷后 亂天紀,楚懷 亦已昏。

殷の紂王は天の綱紀をみだしたし、楚の懐王もまた昏愚であったために、二君ともに、どの国をうしなうこととなった。

殷后 后は君、紂をしめす。

天紀 天の綱紀。

 

夷羊 滿中野,菉葹 盈高門。

殷の紂王の末年には、夷羊という神獣が牧野に現れ、殷の紂王が、後にここに敗軍する兆を示したし、海王の時は菉葹などの悪草に比すべき、小人が朝廷に満ちて、しきりに権力を振るっていた。

夷羊 「神獣の夷羊、商のまさに亡びんとするや、商郊牧野の地にあらわる。」とある。

菉葹 部屋の中に生えてきた草、菉(かりやす)・葹(おなもみ)のような雑草、人にとって悪い草ということ。屈原《楚辞・離騒》「薋菉葹以盈室兮,判獨離而不服。」(薋菉葹を以て室を盈たすに,判獨離而不服 判として獨り離れて服せず。)(はまびし)・菉(かりやす)・葹(おなもみ)のような雑草は部屋に満ちているのにただひとり離れてそれを身につけぬとは

薋菉葹以盈室兮,判獨離而不服衆不可戸説兮,孰云察余之中情世竝舉而好朋兮,夫何煢獨而不予聽。

 

比干 諫而死,屈平 竄湘源。

こうして、比干は殷の紂王を諌め、あまりはげしくやったので、ついに胸を裂かれて死んでしまい、屈原は、折角の才芸が累をなし、同僚の上官太夫に讒言を以て、とうとう湘江のほとりに放逐されてしまったのである。

比干 殷(いん)王朝の人。紂(ちゅう)の叔父。淫乱な紂王を諫(いさ)めたため、紂王に胸を裂かれて殺された。箕子(きし)・微子とともに殷の三仁と称される。

屈平 屈原のこと。(くつげん、紀元前343121日頃 - 紀元前27855日頃)は、中国戦国時代の楚の政治家、詩人。姓は羋、氏は屈。諱は平または正則。字が原。春秋戦国時代を代表する詩人であり、政治家としては秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられず、楚の将来に絶望して入水自殺した。

湘源 湘江の上流を指す。

 

虎口 何婉孌,女 空嬋媛。

比干は虎口におちいるも顧みず、ひたすらその君を顧慕し、つかの間も忘れず、そのために、覚えず極諫したのであるし、屈原は、その姉の女嬃に引き留められ、あまり正直にするのは身のためにならないから、少しは、控えめにせよと、酷く叱られた。賢者の心は、世俗の人にわからず、かえって、その諸行を否定される位である。

虎口 ①《恐ろしい虎の口の意》非常に危険な所、また、危険な状態のたとえ。危機。虎穴。②城郭における出入り口のことで、「こぐち」には狭い道・狭い口という意味がある。「小口」とも書く。「虎口(ここう)」とよむ場合は、中世の戦場や陣地における危険な場所を意味する。

婉孌 顧慕。“慕う”、“従う”、美しいことの形容。

 母のことを姐(しゃ)といい、巫女(神に仕える女)の長を女(じょしゅ)という。 姉・姐・女というのは同じ系列の語で、それぞれの地位・身分をあらわすものであろう。ここでは、屈原に生き方の助言をした姉ということとされている。

嬋媛 【せんえん】あでやかで美しいさま。優美であるさま。「暮れんとする春の色の、―として、しばらくは冥邈(めいばく)の戸口をまぼろしに彩どる中に」〈漱石・草枕〉

 

彭咸 久淪沒,此意 與誰論。

顧みれば、彭咸のような賢人は、没して既に久しく、この忠義の心をだれと共に論ずればよいのか、今の世には、それができる人物が全くいないのだから仕方がないということだ。

彭咸 殷の賢明な臣下で、君主を諫めたが聞き入れられず、ために入水する。或いは、巫、みこの名。水に身を投げて入水し、水神となる。

 

《楚辭・離騷》 屈原

帝高陽之苗裔兮,  朕皇考曰伯庸。

攝提貞于孟陬兮,  惟庚寅吾以降。

 

皇覽揆余初度兮,  肇錫余以嘉名。

名余曰正則兮,    字余曰靈均 。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

           (中略)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

亂曰:

已矣哉!

國無人莫我知兮,    又何懷乎故都?

既莫足與爲美政兮,  吾將從彭咸之所居!

 

(離騷)

 

帝 高陽の苗裔にて ,朕(わ)が皇考は 伯庸と 曰(い)ふ。

攝提孟陬に貞(あた)りて,惟れ 庚寅(かのえとら)に吾れ以って降(うま)る。

皇(ちち)覽ずるに余の初めて度すを揆(はか)りて,肇(はじ)めて余に錫(たま)ふに 嘉名を以てす。

余に 名づけて正則と曰(い)ひ,余に 字(あざな)して 靈均と 曰(い)ふ 。

・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

 亂に曰く:

 已矣哉(やんぬるかな)!

 國に人 無く 我を 知るもの莫し, 又 何ぞ 故都を 懷しまんや?

 既に 與に 美政を爲すに 足るもの  莫し,吾れ將に彭咸に從ひて居す所に之(ゆ)かん!
 Nature1-011

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この様な話は、一人、宋人のことだけではなく、滔々たる末世の風俗として、物事に錯誤が多く、玉とこれに似て非なる珉戸を全く判別することなく、つまらぬものを大切にし、貴きものを打ち棄てるということが、間間あるのである。まことに慨嘆に堪えぬ次第である。

 
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制作年:743年天寶二年43

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之五十

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              梧臺 (河南道 青州 臨淄)    

李白図102 

 

古風,五十九首之五十

宋國梧臺東,野人得燕石。

誇作天下珍,卻哂趙王璧。

趙璧無緇磷,燕石非貞真。

流俗多錯誤,豈知玉與珉。

(この詩は、世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことをいたんだもの)

昔から、愚鈍の評判のある宋国の人が、梧台の東において、普通のつまらぬ燕石を拾ったという。

一途に趙王の秘蔵する卞和の璧玉にも勝る天下の至宝だと思い込んで、折角だから、これを大切にしたいという話がある。

かの趙の碧玉は少しの傷もなく、その上光明爛然たるものであるがこの燕石はその質、すでに、堅貞清真にあらず、もとより三文の値打もないものである。

しかし、この様な話は、一人、宋人のことだけではなく、滔々たる末世の風俗として、物事に錯誤が多く、玉とこれに似て非なる珉戸を全く判別することなく、つまらぬものを大切にし、貴きものを打ち棄てるということが、間間あるのである。まことに慨嘆に堪えぬ次第である。

 

古風,五十九首之五十

宋國 梧臺の東,野人 燕石を得たり。

誇って 天下の珍と作し,卻って 趙王の璧を哂う。

趙璧は 緇磷【しりん】無く,燕石は 貞真に非らず。

流俗 錯誤多し,豈に玉と珉とを知らんや。

rika03

 

『古風,五十九首之五十』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之五十

宋國梧臺東,野人得燕石。

誇作天下珍,卻哂趙王璧。

趙璧無緇磷,燕石非貞真。

流俗多錯誤,豈知玉與珉。

 

(含異文)           

宋國梧臺東,野人得燕石【宋人枉千金,去國買燕石】。

 

(下し文)

古風,五十九首之五十

宋國 梧臺の東,野人 燕石を得たり。

誇って 天下の珍と作し,卻って 趙王の璧を哂う。

趙璧は 緇磷【しりん】無く,燕石は 貞真に非らず。

流俗 錯誤多し,豈に玉と珉とを知らんや。

 

(現代語訳)

(この詩は、世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことをいたんだもの)

昔から、愚鈍の評判のある宋国の人が、梧台の東において、普通のつまらぬ燕石を拾ったという。

一途に趙王の秘蔵する卞和の璧玉にも勝る天下の至宝だと思い込んで、折角だから、これを大切にしたいという話がある。

かの趙の碧玉は少しの傷もなく、その上光明爛然たるものであるがこの燕石はその質、すでに、堅貞清真にあらず、もとより三文の値打もないものである。

しかし、この様な話は、一人、宋人のことだけではなく、滔々たる末世の風俗として、物事に錯誤が多く、玉とこれに似て非なる珉戸を全く判別することなく、つまらぬものを大切にし、貴きものを打ち棄てるということが、間間あるのである。まことに慨嘆に堪えぬ次第である。

 

太白山001 

(訳注)

古風,五十九首之五十

(この詩は、世俗のものは短見であり、すべてものの真贋、人の賢否を弁別せぬことを傷んだもの)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

宋國梧臺東,野人得燕石。

昔から、愚鈍の評判のある宋国の人が、梧台の東において、普通のつまらぬ燕石を拾ったという。

宋國梧臺東,野人得燕石 宋の愚人、燕石を梧臺の東()に得て、西に帰ってこれを蔵し、以て大寶となす。周の客聞いてみる。主人斉すること七日、 端冕玄服、以て大寶となす。十重,巾十。客これを見て、首を傾げ、口を覆い、盧胡して笑って曰く「これ、燕石なり、瓦甓と异ならず。主人大いに怒って曰く「商買の言、醫匠のこころなり。」と。これを蔵すること、愈々固し。」とある。

燕石は 燕山所的一种似玉的石亦称"燕珉"不足珍之物とされる。

この二句は、《太平御》卷五十一子》曰:宋之愚人得燕石于梧台之西藏之以大宝。周客焉。主人端冕玄服以宝,华匮十重,巾十。客之,胡而笑曰:「此燕石也,与瓦甓不异。」主人大怒,藏之愈固。

 

誇作天下珍,卻哂趙王璧。

一途に趙王の秘蔵する卞和の璧玉にも勝る天下の至宝だと思い込んで、折角だから、これを大切にしたいという話がある。

趙王璧 楚の卞和の璧で、後に趙王の手に還したとされる。

 

趙璧無緇磷,燕石非貞真。

かの趙の碧玉は少しの傷もなく、その上光明爛然たるものであるがこの燕石はその質、すでに、堅貞清真にあらず、もとより三文の値打もないものである。

緇磷 少しの傷もなく、その上光明であること。

 

流俗多錯誤,豈知玉與珉。

しかし、この様な話は、一人、宋人のことだけではなく、滔々たる末世の風俗として、物事に錯誤が多く、玉とこれに似て非なる珉戸を全く判別することなく、つまらぬものを大切にし、貴きものを打ち棄てるということが、間間あるのである。まことに慨嘆に堪えぬ次第である。

玉與珉 礼記に「君子、玉を貴んで、珉を賤む。珉は石、玉に似て非なり。」とある。

 春秋戦国勢力図

49 《古風五十九首之四十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳274古風,五十九首之四十九美人出南國, <49> Ⅰ李白詩1212 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4608

唐の宮女この宮女は、召されて後宮に入ったもののとても陰湿に競い合う嫉妬が過ぎるため、この生活に堪えきれぬと、最早きっぱりと断念して故郷の瀟湘の水のほとりに帰りたいと思っているけれど、いくら沈吟して、くよくよ思い悩んだとしても今さら仕方のないことなのである。


 
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49 《古風五十九首之四十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43274古風,五十九首之四十九美人出南國, <49> Ⅰ李白詩1212 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4608

 

 

製作年:743年天寶二年43

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之四十九

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

古風,五十九首之四十九

(宮女の生き方、寵愛を受けるために陰湿な戦いを行うが、朝廷内におけるのも同様な陰湿な陰謀、讒言により貶められることをいう。)

美人出南國,灼灼芙蓉姿。

南国に生れた美人は、灼灼たる芙蓉の花が新たに水を得たようで極めて鮮やかに、且つ美しいのだ。

皓齒終不發,芳心空自持。

こんなにも美しい女が天子の愛寵を得ているのなら、どんなにか楽しいことかと思うのであるが、白い歯を出して笑ったことがないというし、芙蓉に比べられても見劣りしない芳心を空しく持っているばかりで、たえず、何かを悩んでいるのだ。

由來紫宮女,共妒青蛾眉。

昔から後宮の宮女たちは、特に優れたる美人が集められていて、天子の寵愛を受けることだけを考えて競い合っている、嫉妬、讒言、陰謀によって寵愛を維持しようと排斥し合っている。

歸去瀟湘沚,沈吟何足悲。

この宮女は、召されて後宮に入ったもののとても陰湿に競い合う嫉妬が過ぎるため、この生活に堪えきれぬと、最早きっぱりと断念して故郷の瀟湘の水のほとりに帰りたいと思っているけれど、いくら沈吟して、くよくよ思い悩んだとしても今さら仕方のないことなのである。

 

(古風,五十九首之四十九)

美人 南國にず,灼灼たる芙蓉の姿。

皓齒 終に發かず,芳心 空しく自ら持す。

由來 紫宮の女,共に青蛾眉を妒む。

歸り去れ 瀟湘の沚【なぎさ】,沈吟 何んぞ悲むに足らん。

 

閶闔門001 

『古風,五十九首之四十九』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十九

美人出南國,灼灼芙蓉姿。

皓齒終不發,芳心空自持。

由來紫宮女,共妒青蛾眉。

歸去瀟湘沚,沈吟何足悲。

 

(下し文)

(古風,五十九首之四十九)

美人 南國にず,灼灼たる芙蓉の姿。

皓齒 終に發かず,芳心 空しく自ら持す。

由來 紫宮の女,共に青蛾眉を妒む。

歸り去れ 瀟湘の沚【なぎさ】,沈吟 何んぞ悲むに足らん。

 

(現代語訳)

(宮女の生き方、寵愛を受けるために陰湿な戦いを行うが、朝廷内におけるのも同様な陰湿な陰謀、讒言により貶められることをいう。)

南国に生れた美人は、灼灼たる芙蓉の花が新たに水を得たようで極めて鮮やかに、且つ美しいのだ。

こんなにも美しい女が天子の愛寵を得ているのなら、どんなにか楽しいことかと思うのであるが、白い歯を出して笑ったことがないというし、芙蓉に比べられても見劣りしない芳心を空しく持っているばかりで、たえず、何かを悩んでいるのだ。

昔から後宮の宮女たちは、特に優れたる美人が集められていて、天子の寵愛を受けることだけを考えて競い合っている、嫉妬、讒言、陰謀によって寵愛を維持しようと排斥し合っている。

この宮女は、召されて後宮に入ったもののとても陰湿に競い合う嫉妬が過ぎるため、この生活に堪えきれぬと、最早きっぱりと断念して故郷の瀟湘の水のほとりに帰りたいと思っているけれど、いくら沈吟して、くよくよ思い悩んだとしても今さら仕方のないことなのである。

大明宮-座標02 

(訳注)

古風,五十九首之四十九

宮女の生き方、寵愛を受けるために陰湿な戦いを行うが、朝廷内におけるのも同様な陰湿な陰謀、讒言により貶められることをいう。)

詩経の語句を巧みに、点綴しそれによって離隔の思いを述べ、女盛りを過ぎた女性が棄てられるのを自己に比した《古風,五十九首之四十四》と同じように、美人、草木を借りて、美人ゆえの妬み、能力あるが故の讒言、を詠ったものである。

綠蘿紛葳蕤,繚繞松柏枝。

草木有所託,寒尚不移。

奈何夭桃色,坐歎葑菲詩。

玉顏豔紅彩,雲髮非素絲。

君子恩已畢,賤妾將何為。

44 《古風五十九首之四十四》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43272古風,五十九首之四十四綠蘿紛葳蕤, <44> Ⅰ李白詩1207 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4583

 

美人出南國,灼灼芙蓉姿。

南国に生れた美人は、灼灼たる芙蓉の花が新たに水を得たようで極めて鮮やかに、且つ美しいのだ。

美人 宮女、宮妓、あるいは、妓女をいうが、ここでは、唐の「内官」制度の規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、姪好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した宮女達の総称としていったものである。

南國 江南、瀟湘、越の国に美人が多いとされる。李白は西施、はじめ越多く取り上げている

李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 五首 其一 李白12

越女詞 五首 其の二 李白13

越女詞 五首 其三 李白14-3

越女詞 五首 其四

越女詞五首 其五

2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

李白18 相逢行 19  階怨

李白20 辺塞詩 (春思、秋思)

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

 

皓齒終不發,芳心空自持。

こんなにも美しい女が天子の愛寵を得ているのなら、どんなにか楽しいことかと思うのであるが、白い歯を出して笑ったことがないというし、芙蓉に比べられても見劣りしない芳心を空しく持っているばかりで、たえず、何かを悩んでいるのだ。

皓齒 笑った時の白い歯。

不發 花が開かないこと、ここでは笑わないので口が開かないことをいう。

 

由來紫宮女,共妒青蛾眉。

昔から後宮の宮女たちは、特に優れたる美人が集められていて、天子の寵愛を受けることだけを考えて競い合っている、嫉妬、讒言、陰謀によって寵愛を維持しようと排斥し合っている。

由來 昔から後宮の宮女たちは、中国全土から、特に優れたる美人が集められていて、死ぬまで、天子の寵愛を受けることだけのために生活をさせられる。

紫宮女 天帝の後宮で天帝の住まう紫微宮(しびきゅう)を文字っている。宮女をいう。

共妒 嫉妬の競争、天子の寵愛を受けることだけを考えて競い合っている、嫉妬、讒言、陰謀によって寵愛を維持しようと排斥し合っていることをいう。

青蛾眉 特に若くて優れたる美人、若くない年を重ねた美人は競争には勝てないからあきらめて生活する。

 

歸去瀟湘沚,沈吟何足悲。

この宮女は、召されて後宮に入ったもののとても陰湿に競い合う嫉妬が過ぎるため、この生活に堪えきれぬと、最早きっぱりと断念して故郷の瀟湘の水のほとりに帰りたいと思っているけれど、いくら沈吟して、くよくよ思い悩んだとしても今さら仕方のないことなのである。

 

 

唐の宮女

 

1.  唐の宮女の規定『内職』について

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、姪好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で一二二人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされ

た。

 

2.   皇太子の東宮にも「内官」

また、皇太子の東宮にも「内官」 があり、太子妃一人、その下に良妹、良嬢、承徴、昭訓、奉儀などの晶級があった。諸親王の王妃の下にも清人等の腱妾の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嬢が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には睾皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、実績、孫嬢、雀嬢、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭捷好、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、過度妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高捷好、柳捷好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嬢がたしかに最も多かったようである。

 

3.   後宮の宮女たちの選抜と出身

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴職を気にかけなかったが、彼女たちに地位・晶級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

 

唐代の記録にある二十六人の皇后の内、死後追贈された人、あるいは息子の即位によって尊ばれて太后に封ぜられた人、こうした若干の例外を除く他の大多数の皇后は、その時代の高官か名門の家柄の出であり、そのうちの八人はやはり皇族の出身であった。時に皇帝が家柄などにそう拘泥しないこともあったが、しかし大臣たちが家柄を最も有力な理由にして反対したので、皇帝でさえどうすることもできなかった。武則天の父は若い頃商人であったが、建国後に高い地位に上り、格の低い名もなき家柄とはいえなかったけれども、武則天を皇后に立てることに反対した大臣たちはやはり、彼女の「門地は、実に微賎である」と攻撃した(『資治通鑑』巻二〇三、則天后光宅元年)。一方、高宗が努めて衆議を排して彼女を皇后にしようと議した時にも、また懸命になって「家門は勲庸(勲功)著しい」とか、「地位は櫻献(冠帯と印綬)ともに華である」(『資治通鑑』巻二〇〇、永徴六年)などと強調した。武宗の王賢妃はたいへんな寵愛を受け、また武宗が即位する際に大きな功績もあったので、武宗は彼女を皇后にしようとした。しかし、大臣たちは「子が無く、また家柄も高貴ではない。恐らく天下の議を話すことになろう」といって反対したので、ついに出身が下賎ということで皇后にできなかった。皇帝でさえ名門の女性を皇后に立てるという原則に逆らえなかったことが分かる。

名門出身という、この資本がなかったならば、たとえ皇帝の寵愛をほしいままにしたり、皇子を早く生んだとしても、ただ死後に称号を追贈されるか、子が即位して始めて正式に太后になることが許されたのである。

 

唐代の皇后の内、四、五人は低い家柄の出身であった。たとえば、粛宗の呉后は、罪人の家族として宮中の下婦にされた人であり、憲宗の鄭后、珍宗の斎后はともに侍女の出であり、両者とも生んだ子が即位して始めて尊ばれて太后になることができた。

  皇后を立てることに比べて、妃嬢を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬢の晶階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の超麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃嬢でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

   美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

 

4.   政治闘争に巻き込まれる

富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

『新・旧唐書』の「后妃伝」に記載されている三十六人の后妃のうち、意外なことに十五人は非命の最期をとげている。二人は後宮で皇帝の寵愛を争って死に、二人は動乱のなかで行方不明となり、一人は皇帝の死に殉じて自殺し、一人は皇太后として皇帝から罪を問われて死んだ。その他の九人はすべて政治闘争、宮廷政変で死に、そのうちの三人は朝廷の政治に関与して政敵に殺され、残りの六人は罪もないのに政争の犠牲となった。

 

5.   天子の寵愛を失う

彼女たちの第二の脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と難難を共にしたことによっ々寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。

 

王皇后と玄宗は難難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った韋后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔難難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

 

6.   皇帝の死去

后妃にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬢はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

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作年:747年天寶六年47

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之四十八

index-26

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李白index- 26 《747年天寶六年47歳 春、揚州金陵,月当塗、丹陽横山に隠れる。後、溧陽、金陵、兗州に帰り年を越》1097kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4033 

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古風,五十九首之四十八

(この詩は、古風,五十九首 其三で見た秦の始皇帝は、絶対英主であったものを詠ったものである。)

秦皇按寶劍,赫怒震威神。

秦の始皇帝は、絶対英主であって、赫怒して神威を振るい、天下ことごとく僣服した。

逐日巡海右,驅石駕滄津。

それから四方端まで巡行し、日を遂うて、次第に東海の岸を通り、日のいずるところまで橋をかけて、そこへ行ってみたいと思う。

徵卒空九宇,作橋傷萬人。

そのために、九州から人夫を募集して、石を海中に投じ、そこに橋を造りかけるところまでうまくいかず、負傷者が多く出たのである。

但求蓬島藥,豈思農雇春。

ただ、そこから、蓬莱山の神仙三島にあるという長生不死の仙藥をしきりにもとめて、春になって農業を奨励するなどと言うことは少しも念頭になかったのである。

力盡功不贍,千載為悲辛。

国の力は疲弊して、それら一つも成功せず、やがて始皇帝が崩御すると、間もなく、秦も滅亡してしまったので、それ以来千年も経過しても、不老長寿に大きな変化はなく、人をして悲辛の念に堪えられないということなのだ。

(古風,五十九首の四十八)

秦皇 寶劍を按じ,赫怒 威神を震う。

日を逐うて海右を巡り,石を驅って滄津を駕す。

卒を徵して九宇を空しうし,橋を作って萬人を傷く。

但だ 蓬島の藥を求め,豈に農雇の春を思わんや。

力盡きて 功 贍【にぎわ】はず,千載 為に悲辛。

春秋戦国勢力図 

 

『古風,五十九首之四十八』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十八

秦皇按寶劍,赫怒震威神。

逐日巡海右,驅石駕滄津。

徵卒空九宇,作橋傷萬人。

但求蓬島藥,豈思農雇春。

力盡功不贍,千載為悲辛。

(含異文)           

秦皇按寶劍,赫怒震威神。逐日巡海右,驅石駕滄津【驅石架滄津】。

徵卒空九宇,作橋傷萬人。但求蓬島藥,豈思農雇春。力盡功不贍,千載為悲辛。

 

(下し文)

(古風,五十九首の四十八)

秦皇 寶劍を按じ,赫怒 威神を震う。

日を逐うて海右を巡り,石を驅って滄津を駕す。

卒を徵して九宇を空しうし,橋を作って萬人を傷く。

但だ 蓬島の藥を求め,豈に農雇の春を思わんや。

力盡きて 功 贍【にぎわ】はず,千載 為に悲辛。

 

(現代語訳)

(この詩は、古風,五十九首 其三で見た秦の始皇帝は、絶対英主であったものを詠ったものである。)

秦の始皇帝は、絶対英主であって、赫怒して神威を振るい、天下ことごとく僣服した。

それから四方端まで巡行し、日を遂うて、次第に東海の岸を通り、日のいずるところまで橋をかけて、そこへ行ってみたいと思う。

そのために、九州から人夫を募集して、石を海中に投じ、そこに橋を造りかけるところまでうまくいかず、負傷者が多く出たのである。

ただ、そこから、蓬莱山の神仙三島にあるという長生不死の仙藥をしきりにもとめて、春になって農業を奨励するなどと言うことは少しも念頭になかったのである。

国の力は疲弊して、それら一つも成功せず、やがて始皇帝が崩御すると、間もなく、秦も滅亡してしまったので、それ以来千年も経過しても、不老長寿に大きな変化はなく、人をして悲辛の念に堪えられないということなのだ。

 

banri03 

(訳注)

古風,五十九首之四十八

(この詩は、古風,五十九首 其三で見た秦の始皇帝は、絶対英主であったものを詠ったものである。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

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秦皇按寶劍,赫怒震威神。

秦の始皇帝は、絶対英主であって、赫怒して神威を振るい、天下ことごとく僣服した。

威神 神の威光。神の威力。神威とおなじ。

 

逐日巡海右,驅石駕滄津。

それから四方端まで巡行し、日を遂うて、次第に東海の岸を通り、日のいずるところまで橋をかけて、そこへ行ってみたいと思う。

海右 海の西岸。東海に面する岸のこと。

驅石 「始皇帝、石橋を造り、海を過ぎて、日の出国をみむと欲す神ひとあり、能く石を駆て海に下す。陽城の十一山、石ことごとく起立し、巍巍東に傾いて、相従って行く状の如し。石去ること速やかなら坐れば、神輒これを鞭うち、石、皆血を流す。」

駕 架けるに同じ。

滄津 大海。滄海。

 

徵卒空九宇,作橋傷萬人。

そのために、九州から人夫を募集して、石を海中に投じ、そこに橋を造りかけるところまでうまくいかず、負傷者が多く出たのである。

九宇 九州。

 

但求蓬島藥,豈思農雇春。

ただ、そこから、蓬莱山の神仙三島にあるという長生不死の仙藥をしきりにもとめて、春になって農業を奨励するなどと言うことは少しも念頭になかったのである。

蓬島藥 蓬莱山の神仙三島にあるという長生不死の仙藥

農雇春 になって農業を奨励すること。左傳·昭十七年》「九爲九農正。以此八,幷上鴳爲九。鳸鳻鶞,夏 ,秋竊藍,冬竊黃,桑竊脂,棘竊丹,行唶唶,宵嘖嘖。」とある

 

力盡功不贍,千載為悲辛。

国の力は疲弊して、それら一つも成功せず、やがて始皇帝が崩御すると、間もなく、秦も滅亡してしまったので、それ以来千年も経過しても、不老長寿に大きな変化はなく、人をして悲辛の念に堪えられないということなのだ。

 雁門関、別名を西陘関

47 《古風五十九首之四十七》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳273古風,五十九首之四十七桃花開東園, <47> Ⅰ李白詩1210 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4598

東園にある桃李は、爛漫の花を開いて、白日に向って笑いを含んでいる。桃李は、春風のおかげによって、この艶陽の質を生じたのである。もとより、佳人に比すべき嬌麗なる色はあるが、ただ、花を咲かせるばかりで、実を結ばないのはいかにも物足らないことである。

 
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47 《古風五十九首之四十七》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43273古風,五十九首之四十七桃花開東園, <47> Ⅰ李白詩1210 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4598

 

 

製作年:              743年 天寶二年 43

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之四十七

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

古風,五十九首之四十七

(この詩は、士の実行の無いものが、偶然に得た栄達を嘲ったものである。)

桃花開東園,含笑誇白日。

東園にある桃李は、爛漫の花を開いて、白日に向って笑いを含んでいる。

偶蒙東風榮,生此豔陽質。

桃李は、春風のおかげによって、この艶陽の質を生じたのである。

豈無佳人色,但恐花不實。

もとより、佳人に比すべき嬌麗なる色はあるが、ただ、花を咲かせるばかりで、実を結ばないのはいかにも物足らないことである。

宛轉龍火飛,零落早相失。

かくてひとたび龍火が宛転として西にくずれ、夜が秋になれば、零落して、何も残っていない。

詎知南山松,獨立自蕭飋。

これに比すれば南山の松はさすがに偉いもので、独立して、さわさわと長風に鳴り響いているのである。

 

古風,五十九首の四十七

桃花は東園に開き,含笑をんで白日に誇る。

偶ま東風の榮を蒙って,此の豔陽の質を生ず。

豈に佳人の色無からんや,但だ恐る 花の實らざるを。

宛轉として 龍火飛び,零落すれば 早に相い失う。

詎んぞ知らん 南山の松,獨立 自ら蕭飋たるを。

 

 

『古風,五十九首之四十七』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十七

桃花開東園,含笑誇白日。

偶蒙東風榮,生此豔陽質。

豈無佳人色,但恐花不實。

宛轉龍火飛,零落早相失。

詎知南山松,獨立自蕭飋。

 

(含異文)

桃花開東園,含笑誇白日。

偶蒙東風榮,生此豔陽質【矜此豔陽質】。

豈無佳人色,但恐花不實。

宛轉龍火飛,零落早相失。

詎知南山松,獨立自蕭飋。

【案:此詩一作〈感興〉云:芙蓉嬌綠波,桃李誇白日。偶蒙春風榮,生此豔陽質。豈無佳人色,但恐花不實。宛轉龍火飛,零落互相失。詎知凌寒松,千載長守一。】

 

(下し文)

古風,五十九首の四十七

桃花は東園に開き,含笑をんで白日に誇る。

偶ま東風の榮を蒙って,此の豔陽の質を生ず。

豈に佳人の色無からんや,但だ恐る 花の實らざるを。

宛轉として 龍火飛び,零落すれば 早に相い失う。

詎んぞ知らん 南山の松,獨立 自ら蕭飋たるを。

 

(現代語訳)

(この詩は、士の実行の無いものが、偶然に得た栄達を嘲ったものである。)

東園にある桃李は、爛漫の花を開いて、白日に向って笑いを含んでいる。

桃李は、春風のおかげによって、この艶陽の質を生じたのである。

もとより、佳人に比すべき嬌麗なる色はあるが、ただ、花を咲かせるばかりで、実を結ばないのはいかにも物足らないことである。

かくてひとたび龍火が宛転として西にくずれ、夜が秋になれば、零落して、何も残っていない。

これに比すれば南山の松はさすがに偉いもので、独立して、さわさわと長風に鳴り響いているのである。

太白山001 

(訳注)

古風,五十九首之四十七

(この詩は、士の実行の無いものが、偶然に得た栄達を嘲ったものである。)

古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。

 

 

桃花開東園,含笑誇白日。

東園にある桃李は、爛漫の花を開いて、白日に向って笑いを含んでいる。

 

偶蒙東風榮,生此豔陽質。

桃李は、春風のおかげによって、この艶陽の質を生じたのである。

豔陽質 春のことの別表現。万物が覚醒し、成長を始める。艶の心も蘇ることなどをいう。

 

豈無佳人色,但恐花不實。

もとより、佳人に比すべき嬌麗なる色はあるが、ただ、花を咲かせるばかりで、実を結ばないのはいかにも物足らないことである。

 

宛轉龍火飛,零落早相失。

かくてひとたび龍火が宛転として西にくずれ、夜が秋になれば、零落して、何も残っていない。

龍火飛 張協の七命に秋になることをいう。龍火西頽。《文選·張協<七命>之一》:“若乃火西頽,暄気初收。飛霜迎,高送秋。

 

詎知南山松,獨立自蕭飋。

これに比すれば南山の松はさすがに偉いもので、独立して、さわさわと長風に鳴り響いているのである。

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南山松 終南山の松。この詩を作る時期は長安に仕えていた時である。

蕭飋 寂しげに突風が吹く。蕭瑟:風の吹く音がさびしげであること。
nat0022 

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(この詩は、唐朝が「開元の治」と隆盛であったが、ようやく衰運に向おうとし始めた、時尚の日に非なるを吡り、併せて、自分の操守び及んだものである。)唐建国140年になろうとしている、今しも、国力強勢の絶超に達し、国の光は赫然として、外夷にまで何と輝きわたっていることだろうか。

 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログIndex-14廣徳2年764-85 《遣悶奉呈嚴公二十韻》 杜甫index-14 764年 杜甫<783-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4595  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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46 《古風五十九首之四十六》Index-32-7 753年天寶十二年53590古風,五十九首之四十六一百四十年, <46> Ⅰ李白詩1209 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4593

 

 

製作年:753年 天寶十二年 53

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之四十六

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              五鳳樓 (都畿道 河南府 洛陽)           

 

 

古風,五十九首之四十六

(この詩は、唐朝が「開元の治」と隆盛であったが、ようやく衰運に向おうとし始めた、時尚の日に非なるを吡り、併せて、自分の操守び及んだものである。)

一百四十年,國容何赫然。

唐建国140年になろうとしている、今しも、国力強勢の絶超に達し、国の光は赫然として、外夷にまで何と輝きわたっていることだろうか。

隱隱五鳳樓,峨峨橫三川。

都長安の宮城には五鳳樓というところが隠々として簇がっており、しかも、峨峨として高く、涇水・渭水・洛水という三川の間に横たわっているのである。

王侯象星月,賓客如雲煙。

権勢の盛りを誇る王侯諸侯たちは、星月の天上に輝くにかたどり、その家に出入する賓客のおびただしい数は、まるで雲煙の様なものである。

 

鬥雞金宮裡,蹴瑤臺邊。

舉動搖白日,指揮回青天。

當塗何翕忽,失路長棄捐。

獨有揚執戟,閉關草太玄。

 

古風,五十九首之四十六

一百四十年,國容 何ぞ赫然たる。

隱隱たる五鳳樓,峨峨として三川に橫う。

王侯は星月に象り,賓客は雲煙の如し。

 

雞を鬥わす 金宮の裡,る 瑤臺の邊。

舉動 白日を搖す,指揮 青天を回す。

當塗 何ぞ翕忽【きゅうこつ】,失路 長く棄捐【きえん】。

獨り 揚執【ようしつ】戟有り,關を閉じて 太玄を草す。

 

長安城皇城図 

『古風,五十九首之四十六』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十六

一百四十年,國容何赫然。

隱隱五鳳樓,峨峨橫三川。

王侯象星月,賓客如雲煙。

 

(下し文)

古風,五十九首之四十六

一百四十年,國容 何ぞ赫然たる。

隱隱たる五鳳樓,峨峨として三川に橫う。

王侯は星月に象り,賓客は雲煙の如し。

 

(現代語訳)

(この詩は、唐朝が「開元の治」と隆盛であったが、ようやく衰運に向おうとし始めた、時尚の日に非なるを吡り、併せて、自分の操守び及んだものである。)

唐建国140年になろうとしている、今しも、国力強勢の絶超に達し、国の光は赫然として、外夷にまで何と輝きわたっていることだろうか。

都長安の宮城には五鳳樓というところが隠々として簇がっており、しかも、峨峨として高く、涇水・渭水・洛水という三川の間に横たわっているのである。

権勢の盛りを誇る王侯諸侯たちは、星月の天上に輝くにかたどり、その家に出入する賓客のおびただしい数は、まるで雲煙の様なものである。

 

 唐長安城図00

(訳注)

古風,五十九首之四十六

(この詩は、唐朝が「開元の治」と隆盛であったが、ようやく衰運に向おうとし始めた、時尚の日に非なるを吡り、併せて、自分の操守び及んだものである。)

 

一百四十年,國容何赫然。

唐建国140年になろうとしている、今しも、国力強勢の絶超に達し、国の光は赫然として、外夷にまで何と輝きわたっていることだろうか。

一百四十年 唐建国140年。

 

隱隱五鳳樓,峨峨橫三川。

都長安の宮城には五鳳樓というところが隠々として簇がっており、しかも、峨峨として高く、涇水・渭水・洛水という三川の間に横たわっているのである。

五鳳樓 開元二十三年、上、五鳳樓に御して酭宴す。

三川 涇水・渭水・洛水をいう。

 

王侯象星月,賓客如雲煙。

権勢の盛りを誇る王侯諸侯たちは、星月の天上に輝くにかたどり、その家に出入する賓客のおびただしい数は、まるで雲煙の様なものである。
大明宮-座標02 

長安付近図00 

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もし明君が自分を用いてくれるのなら、留まってやっても良いと思うのだが、そうでなければ白い馬に跨って、則世界を離れ、そして、空山に往って、「わが場藿を食わん。」という詩でも詠ってやろうとおもう。

 
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製作年:              至德二年

寫作時間:           757

寫作年紀:           57

卷別:    卷一六一              文體:    五言古詩

詩題:    古風,五十九首之四十五

 

 

古風,五十九首之四十五

(この詩は、李白が安史の乱に遭遇して、超然高踏の志を述べたものである。)

八荒馳驚飆,萬物盡凋落。

暴風、颯然として、一度天地の間を吹くめくれば、ありとあらゆるものが、ことごとく枯れて、凋んでしまう。

浮雲蔽陽,洪波振大壑。

仰いで望めば浮雲とび迷うて、落日を蔽い、伏してみれば、大波が東海をふるいうごかして、万象すべて惨澹、逆臣一たび起って、四海兵戈にくるしむもようも、やはり、これとおなじである。

龍鳳罔罟,飄颻將安託。

こうして、龍や鳳凰が幸いに網をのがれたところで、飄々として何処へ行ってよいかわからない。自分も幸いに難を遁れたが、如何にしようか。

去去乘白駒,空山詠場藿。

もし明君が自分を用いてくれるのなら、留まってやっても良いと思うのだが、そうでなければ白い馬に跨って、則世界を離れ、そして、空山に往って、「わが場藿を食わん。」という詩でも詠ってやろうとおもう。

 

(古風,五十九首之四十五)

八荒 驚飆を馳せ,萬物 盡く凋落す。

浮雲 陽をい,洪波 大壑を振う。

龍鳳 罔罟【もうこ】をし,飄颻として將に安にか託せんとす。

去去 白駒に乘じ,空山 場藿を詠ず。

安史の乱当時の勢力図 

 

古風,五十九首之四十五』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十五

八荒馳驚飆,萬物盡凋落。

浮雲蔽陽,洪波振大壑。

龍鳳罔罟,飄颻將安託。

去去乘白駒,空山詠場藿。

 

(下し文)

(古風,五十九首之四十五)

八荒 驚飆を馳せ,萬物 盡く凋落す。

浮雲 陽を蔽い,洪波 大壑を振う。

龍鳳 罔罟【もうこ】をし,飄颻として將に安にか託せんとす。

去去 白駒に乘じ,空山 場藿を詠ず。 

 

(現代語訳)

(この詩は、李白が安史の乱に遭遇して、超然高踏の志を述べたものである。)

暴風、颯然として、一度天地の間を吹くめくれば、ありとあらゆるものが、ことごとく枯れて、凋んでしまう。

仰いで望めば浮雲とび迷うて、落日を蔽い、伏してみれば、大波が東海をふるいうごかして、万象すべて惨澹、逆臣一たび起って、四海兵戈にくるしむもようも、やはり、これとおなじである。

こうして、龍や鳳凰が幸いに網をのがれたところで、飄々として何処へ行ってよいかわからない。自分も幸いに難を遁れたが、如何にしようか。

もし明君が自分を用いてくれるのなら、留まってやっても良いと思うのだが、そうでなければ白い馬に跨って、則世界を離れ、そして、空山に往って、「わが場藿を食わん。」という詩でも詠ってやろうとおもう。

 

春秋戦国勢力図 

(訳注)

古風,五十九首之四十五

(この詩は、李白が安史の乱に遭遇して、超然高踏の志を述べたものである。)

 

八荒馳驚飆,萬物盡凋落。

暴風、颯然として、一度天地の間を吹くめくれば、ありとあらゆるものが、ことごとく枯れて、凋んでしまう。

驚飆 暴風、颯然とする。

 

浮雲蔽陽,洪波振大壑。

仰いで望めば浮雲とび迷うて、落日を蔽い、伏してみれば、大波が東海をふるいうごかして、万象すべて惨澹、逆臣一たび起って、四海兵戈にくるしむもようも、やはり、これとおなじである。

 落日。

大壑 東海。

 

龍鳳罔罟,飄颻將安託。

こうして、龍や鳳凰が幸いに網をのがれたところで、飄々として何処へ行ってよいかわからない。自分も幸いに難を遁れたが、如何にしようか。

罔罟 罔は鳥に用いる網、罟は魚に用いる網。

 

去去乘白駒,空山詠場藿。

もし明君が自分を用いてくれるのなら、留まってやっても良いと思うのだが、そうでなければ白い馬に跨って、則世界を離れ、そして、空山に往って、「わが場藿を食わん。」という詩でも詠ってやろうとおもう。

白駒 詩経「賢者は白駒に乗って去るもの有り。」

場藿 馬が農場の苗を食うように官禄をはむのを慙じる。『詩経、小雅、白駒篇』に「皎皎たる白馬、我が場苗を食まば、之か繋ぎ之を維【つな】ぎて、以て今朝を永うせん」と。白馬がわが畑の苗を食ってくれるならば、繋いで今朝だかでも永く止めておきたい。賢人の留まるのを願う詩。二君にまみえることを恥じてみせる。

『詩経、小雅、白駒篇』

大夫刺宣王也.

皎皎白駒.食我場苗.縶之維之.以永今朝.所謂伊人.於焉逍遙。

皎皎白駒.食我場藿.縶之維之.以永今夕.所謂伊人.於焉嘉客。

皎皎白駒.賁然來思.爾公爾侯.逸豫無期.慎爾優游.勉爾遁思。

皎皎白駒.在彼空谷.生芻一束.其人如玉.毋金玉爾音.而有遐心。

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