漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2014年11月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

141-#1 《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<142> Ⅰ李白詩1327 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5183

李白《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一》-#1(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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141-#1 《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<142> Ⅰ李白詩1327 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5183 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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141-#1 《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<142> Ⅰ李白詩1327 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5183

 

李白詩index- 9 730年開元十八年30歳 安陸から長安に遊ぶ。》

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六八              文體:    五言古詩

詩題:    玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一

作地點:              終南山(京畿道 / 京兆府 / )

及地點:              金張館 (京畿道 京兆府 ) 別名:別館      

交遊人物:玉真公主           詩文提及

 

 

玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一

(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)

秋坐金張館,繁陰晝不開。

公主の別館は、古の金氏と張氏、二氏の邸宅に比すべきこの公主別館に逗留しているところへ、折からの秋の空が搔き曇り、昼になっても鬱陶しく、長雨となった。

空煙迷雨色,蕭颯望中來。

空には中天に煙雲がかかり、雨色を迷わしていたのであるが、果然、蕭颯として雨が降り注ぐのを眺めるのであった。

翳翳昏墊苦,沈沈憂恨催。

そこで、もやもやして、暗くて、湿気が多くなるのに閉口し、沈々とした気分は続き、憂恨の念が催してきたのである。

 

清秋何以慰,白酒盈吾杯。

吟詠思管樂,此人已成灰。

獨酌聊自勉,誰貴經綸才。

彈劍謝公子,無魚良可哀。

 

(玉真公主別館に苦雨に衛尉張卿に贈る,二首の一)

秋 金張の館に坐し,繁陰 晝 開かず。

空煙 雨色を迷い,蕭颯として 望中より來る。

翳翳【えいえい】として昏墊【こんてん】苦,沈沈として憂恨 催す。

 

清秋 何を以て慰めん,白酒 吾が杯に盈つ。

吟詠 管樂を思い,此の人 已に灰に成る。

獨酌 聊【いささ】か 自ら勉む,誰か貴ばん 經綸の才。

劍を彈じて 公子に謝す,魚無きは 良【まこと】に哀しむ可し。

 

華山道教 

『玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一

秋坐金張館,繁陰晝不開。

空煙迷雨色,蕭颯望中來。

翳翳昏墊苦,沈沈憂恨催。

 

(下し文)

(玉真公主別館に苦雨に衛尉張卿に贈る,二首の一)

秋 金張の館に坐し,繁陰 晝 開かず。

空煙 雨色を迷い,蕭颯として 望中より來る。

翳翳【えいえい】として昏墊【こんてん】苦,沈沈として憂恨 催す。

 

(現代語訳)

(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)

公主の別館は、古の金氏と張氏、二氏の邸宅に比すべきこの公主別館に逗留しているところへ、折からの秋の空が搔き曇り、昼になっても鬱陶しく、長雨となった。

空には中天に煙雲がかかり、雨色を迷わしていたのであるが、果然、蕭颯として雨が降り注ぐのを眺めるのであった。

そこで、もやもやして、暗くて、湿気が多くなるのに閉口し、沈々とした気分は続き、憂恨の念が催してきたのである。

楊貴妃清華池002 

(訳注)

玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之一

(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)

この詩は李白が玉真公主別館に滞在する間に、長雨に遭い、申し訳なく感じていたので、この詩を賦して、張説の息子張(求職を訴えていた)に贈ったもの。

玉真公主は睿宗のむすめ、字は持盈【じえい】、大極元年、出家して道士となった人である。この詩はその玉真公主に献じたものである。魏顥の言に倚れば李白は事あるごとに公主に献じていたという。

衛尉 宮殿の門内に役所あり衛士と屯兵とを掌る。丞(輔佐)一人。属官には、国事、散召を掌る公車司馬(官車で召された人を送迎また宮中を夜間巡視する宮殿の司馬門の役所を掌る武官)、衛士(宿衛の士)、旅蕡三令丞(戎と盾とをもち王車を護衛する三人の令、長と丞、衛士三人の丞)、また諸屯の衛候(見張役)、司馬二十二人(宮殿の外門を総称して司馬門といいまた単に司馬ともいう。その近衛兵)。

張卿 張? - 至徳2載(757年))は、唐代玄宗朝に仕えた政治家。名宰相とされる張説の次子であり、玄宗の娘婿であったが、安史の乱の際、安禄山に仕えたため、処刑された。兄に張均、弟に張がいる

 

秋坐金張館,繁陰晝不開。

公主の別館は、古の金氏と張氏、二氏の邸宅に比すべきこの公主別館に逗留しているところへ、折からの秋の空が搔き曇り、昼になっても鬱陶しく、長雨となった。

金張館 古の金氏と張氏、二氏の邸宅に比すべき玉真公主の別館。

晝不開 空が晴れることが無くなる。昼になっても鬱陶しくて心がひらかない。

 

空煙迷雨色,蕭颯望中來。

空には中天に煙雲がかかり、雨色を迷わしていたのであるが、果然、蕭颯として雨が降り注ぐのを眺めるのであった。

 

翳翳昏墊苦,沈沈憂恨催。

そこで、もやもやして、暗くて、湿気が多くなるのに閉口し、沈々とした気分は続き、憂恨の念が催してきたのである。

昏墊 暗くて、湿気が多くなる。

憂恨 () 1.猶愎恨。 固執, 乖戾。 2.憂愁怨恨。 南朝梁沈約《從軍行》「惜哉征夫子, 憂恨良獨多。」

141 《玉真仙人詞》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<141> Ⅰ李白詩1326 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5178

李白《玉真仙人詞》 中嶽である嵩山の中にある少室石闕銘の山に行かれたのであれば、仙女の女王である西王母が大歓迎で応対してくれ、早いうちに仙道を修得されることでしょう。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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141 《玉真仙人詞》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<141> Ⅰ李白詩1326 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5178 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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27-#12 《此日足可惜贈張籍-12》韓愈(韓退之)ID <1241> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5189 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-10-4奉節-2《客堂 -#4》 杜甫index-15 杜甫<876> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5190 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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141 《玉真仙人詞》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<141> Ⅰ李白詩1326 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5178

 

 

李白詩index- 9 730年開元十八年30歳 安陸から長安に遊ぶ。》李白

 

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六七              文體:    五言古詩

詩題:    玉真仙人詞

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳             

少室山 (都畿道 河南府 少室山)       

交遊人物:玉真公主           書信往來

 

 

玉真仙人詞

(玉真公主であった仙人にこの詞を献ずる)

玉真之仙人,時往太華峰。

玉真の仙人は、公主であられたお方であるのに道士になられた、時々、長安を発って華山の絶頂に赴かれるという。

清晨鳴天鼓,飆欻騰雙龍。

晴れ渡った清々しい夜明け時に道教の歯を鳴らして行う「天鼓の法」が行われ、やがて身を躍らして雙竜にまたがり、飄忽として天空を飛行された。

弄電不輟手,行雲本無蹤。

手に電光を弄してしばらく止まれず、そうしてその行方は、雲が流れるまま行かれ、後を残すことはなかった。

幾時入少室,王母應相逢。

それが、中嶽である嵩山の中にある少室石闕銘の山に行かれたのであれば、仙女の女王である西王母が大歓迎で応対してくれ、早いうちに仙道を修得されることでしょう。

 

(玉真仙人の詞)

玉真の仙人,時に太華峰に往く。

清晨 天鼓を鳴らし,飆欻【ひょうこつ】雙龍を騰【のぼ】らしむ。

電を弄して手を輟【や】めず,行雲 本と蹤無し。

幾時か少室に入って,王母 應に相い逢うべきか。

 華山道教

 

『玉真仙人詞』 現代語訳と訳註解説

(本文)

玉真仙人詞

玉真之仙人,時往太華峰。

清晨鳴天鼓,飆欻騰雙龍。

弄電不輟手,行雲本無蹤。

幾時入少室,王母應相逢。

 

 

(下し文)

(玉真仙人の詞)

玉真の仙人,時に太華峰に往く。

清晨 天鼓を鳴らし,飆欻【ひょうこつ】雙龍を騰【のぼ】らしむ。

電を弄して手を輟【や】めず,行雲 本と蹤無し。

幾時か少室に入って,王母 應に相い逢うべきか。

 

(現代語訳)

(玉真公主であった仙人にこの詞を献ずる)

玉真の仙人は、公主であられたお方であるのに道士になられた、時々、長安を発って華山の絶頂に赴かれるという。

晴れ渡った清々しい夜明け時に道教の歯を鳴らして行う「天鼓の法」が行われ、やがて身を躍らして雙竜にまたがり、飄忽として天空を飛行された。

手に電光を弄してしばらく止まれず、そうしてその行方は、雲が流れるまま行かれ、後を残すことはなかった。

それが、中嶽である嵩山の中にある少室石闕銘の山に行かれたのであれば、仙女の女王である西王母が大歓迎で応対してくれ、早いうちに仙道を修得されることでしょう。

花蕊夫人002 

(訳注)

玉真仙人詞

(玉真公主であった仙人にこの詞を献ずる)

玉真公主は睿宗のむすめ、字は持盈【じえい】、大極元年、出家して道士となった人である。この詩はその玉真公主に献じたものである。魏顥の言に倚れば李白は事あるごとに公主に献じていたという。

 

玉真之仙人,時往太華峰。

玉真の仙人は、公主であられたお方であるのに道士になられた、時々、長安を発って華山の絶頂に赴かれるという。

○太華峰 五岳の一つ華山のこと。華山は、中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山の一つで、西岳と称されている。最高峰となる南峰の標高は2,160m。花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cmほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険しい山として知られる。韓愈《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》「南伐旋師太華東,天書夜到冊元功。」《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <847  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3219韓愈詩-219

韓愈《華山女》(現在の陝西省華陰県にある山)に住む少女が、女道士となって、大変人気があったが、彼の女を取りまく信者たちの熱狂ぶりや、彼の女に妙な興味をいだく好き者たちの行動をえがいて、その愚かさを諷刺した。

華山女 韓退之(韓愈)詩<113-1>Ⅱ中唐詩553 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1778

 

清晨鳴天鼓,飆欻騰雙龍。

晴れ渡った清々しい夜明け時に道教の歯を鳴らして行う「天鼓の法」が行われ、やがて身を躍らして雙竜にまたがり、飄忽として天空を飛行された。

○天鼓 夜明け時に道教の経典を唱え、歯を鳴らして行う「天鼓の法」というもの。

 

弄電不輟手,行雲本無蹤。

手に電光を弄してしばらく止まれず、そうしてその行方は、雲が流れるまま行かれ、後を残すことはなかった。

 

幾時入少室,王母應相逢。

それが、中嶽である嵩山の中にある少室石闕銘の山に行かれたのであれば、仙女の女王である西王母が大歓迎で応対してくれ、早いうちに仙道を修得されることでしょう。

○少室 嵩山三闕銘(すうざんさんけつめい)の少室石闕銘のこと。中国の後漢代、元初5118)年から延光2123)年にかけて建てられた嵩山太室石闕銘・嵩山少室石闕銘・嵩山開母廟石闕銘の総称。隷書が公式書体であった漢代にあって、極めて珍しい篆書による金石文である。

○王母 中国で古くから信仰された女仙、女神。姓は楊、名は回。 九霊太妙亀山金母、太霊九光亀台金母、瑶池金母、王母娘娘などともいう。 王母は祖母の謂いであり、西王母とは、西方の崑崙山上に住する女性の尊称である。
函谷関002 

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李白《邠()歌行上新平長史兄粲》-#3これは人生のことであり、前に栄華を極めたものが、後には枯落するというもので、翻覆というものは常ならんもので、自分も今不遇の境遇にあるから、貴兄との義兄弟のよしみで、餘光を借りるを許して、どうか引き立ててもらいたいと思っている。

 
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年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六六              文體:    七言古詩

詩題:    ()歌行上新平長史兄粲

作地點:              邠州(京畿道 / 邠州 / 邠州)

及地點:             

邠州 (京畿道 邠州 邠州) 別名:桂陽、新平、豳         

邠谷 (京畿道 邠州 邠州)    

交遊人物:李粲    當地交遊(京畿道 邠州 邠州)

 

 

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

邠谷稍稍振庭柯,涇水浩浩揚湍波。

秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

哀鴻酸嘶暮聲急,愁雲蒼慘寒氣多。

その時、大雁は夕暮れにあたって悲しい声を残して飛んでゆく、雲は愁いを重ねる様に深く立ち込めて、そぞろに寒さを覚える。

憶昨去家此為客,荷花初紅柳條碧。

前日、家を去って、この地に来たので、その時は蓮の花が初めて紅の花を咲かせ、柳の枝葉が青く繁っていた。

(邠【ひん】歌行、新平の長史 兄粲【けいさん】に上【たてまつ】る)

邠谷 稍稍として 庭柯を振い,涇水 浩浩として 湍波を揚ぐ。

哀鴻【あいこう】酸嘶【さんせい】暮聲 急なり,愁雲 蒼慘 寒氣多し。

憶う 昨 去家をって此に客と為り,荷花 初めて紅にして 柳條 碧なり。

 

-#2

中宵出飲三百杯,明朝歸揖二千石。

ここに滞在している間、夜ごと,市中に出て宵の間に三百杯の酒を呑み、翌朝になれば、この州の長史である貴兄に会釈し、普通に仕事をこなしたのである。

寧知流寓變光輝,胡霜蕭颯繞客衣。

而も、この地に流寓している間に、太陽と月の輝きが変動し、北の国境の先の異民族地に霜が降り雪が降り、寒風が吹きつけるようになって、旅人の衣を廻るようになった。

寒灰寂寞憑誰暖,落葉飄揚何處歸。

火桶もすぐに灰になり、部屋は悲惨な状態になってしまう、誰も火を継ぎ足したり、暖かくしてくれる人があろうか、落ち葉は突風に吹かれて、飄颻として何処へ飛んでゆくのだろうか、帰って来ることはない。

-#2

中宵【ちゅうしょう】出でて 飲む 三百杯,明朝歸って 揖【ゆう】す 二千石。

寧ろ知らん 流寓 光輝を變じ,胡霜 蕭颯 客衣を繞るを。

寒灰 寂寞として 誰に憑ってか暖めん,落葉 飄揚として 何處にか歸る。
 

-#3

吾兄行樂窮曛旭,滿堂有美顏如玉。

このように、時節の移り変わりは、どうしようもないことで、我々は貴兄に薦めるのは、だからこそ、朝に、夕に行楽を極めることがよろしいと思うし、珠のように麗しい妓女たちがこの奥座敷にはいっぱいいるのだからなおさらであろう。

趙女長歌入綵雲,燕醉舞嬌紅燭。

趙の女は歌が上手で、その歌声は仙郷の彩雲まで届くし、燕の姫妓が酔うて踊るさまは紅燭に映じてとても艶めかしく見える。

狐裘獸炭酌流霞,壯士悲吟寧見嗟。

そこで秋の終わりになったので、狐裘の暖かい着物を着こんで、獸炭で酒を温めて流霞の盃を浮かべて痛飲すべく、壯士の悲吟をまねて、長嗟するにも及ばない。

前榮後枯相翻覆,何惜餘光及棣華。

これは人生のことであり、前に栄華を極めたものが、後には枯落するというもので、翻覆というものは常ならんもので、自分も今不遇の境遇にあるから、貴兄との義兄弟のよしみで、餘光を借りるを許して、どうか引き立ててもらいたいと思っている。

-#3

吾が兄 行樂 曛旭を窮めよ,滿堂 美有り 顏 玉の如し。

趙の女 長歌して 綵雲に入り,燕の 醉舞して 紅燭嬌なり。

狐裘 獸炭 流霞を酌み,壯士 悲吟 寧ろ 嗟せらる。

前榮後枯 相い翻覆し,何ぞ惜まん 餘光の棣華に及ぶを。

邠州亰兆府00 

 

『邠()歌行上新平長史兄粲』 現代語訳と訳註解説

(本文) -3

吾兄行樂窮曛旭,滿堂有美顏如玉。

趙女長歌入綵雲,燕醉舞嬌紅燭。

狐裘獸炭酌流霞,壯士悲吟寧見嗟。

前榮後枯相翻覆,何惜餘光及棣華。

 

(下し文) -3

吾が兄 行樂 曛旭を窮めよ,滿堂 美有り 顏 玉の如し。

趙の女 長歌して 綵雲に入り,燕の 醉舞して 紅燭嬌なり。

狐裘 獸炭 流霞を酌み,壯士 悲吟 寧ろ 嗟せらる。

前榮後枯 相い翻覆し,何ぞ惜まん 餘光の棣華に及ぶを。

 

(現代語訳)

このように、時節の移り変わりは、どうしようもないことで、我々は貴兄に薦めるのは、だからこそ、朝に、夕に行楽を極めることがよろしいと思うし、珠のように麗しい妓女たちがこの奥座敷にはいっぱいいるのだからなおさらであろう。

趙の女は歌が上手で、その歌声は仙郷の彩雲まで届くし、燕の姫妓が酔うて踊るさまは紅燭に映じてとても艶めかしく見える。

そこで秋の終わりになったので、狐裘の暖かい着物を着こんで、獸炭で酒を温めて流霞の盃を浮かべて痛飲すべく、壯士の悲吟をまねて、長嗟するにも及ばない。

これは人生のことであり、前に栄華を極めたものが、後には枯落するというもので、翻覆というものは常ならんもので、自分も今不遇の境遇にあるから、貴兄との義兄弟のよしみで、餘光を借りるを許して、どうか引き立ててもらいたいと思っている。

 

華州から秦州同谷成都00 (訳注) -#2

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

○邠() 周の先祖公劉が初めて都としたところ。邠州は、いにしえの豳国、西魏、豳州を置き、後周、隋の時も個の名称であった。唐開元十三年、邠州とし、天寶三載、新平郡とした。

○長史 州の佐職で、今でいえば県の理事官程度のものである。

 

吾兄行樂窮曛旭,滿堂有美顏如玉。

このように、時節の移り変わりは、どうしようもないことで、我々は貴兄に薦めるのは、だからこそ、朝に、夕に行楽を極めることがよろしいと思うし、珠のように麗しい妓女たちがこの奥座敷にはいっぱいいるのだからなおさらであろう。

○曛旭 朝に、夕に。

 

趙女長歌入綵雲,燕醉舞嬌紅燭。

趙の女は歌が上手で、その歌声は仙郷の彩雲まで届くし、燕の姫妓が酔うて踊るさまは紅燭に映じてとても艶めかしく見える。

○趙 現在の山西省と河北省の一部を指す。 戦国七雄の1つの趙国。

○燕 戦国七雄の一つ。河北省北部、現在の北京を中心とする土地を支配した。首都は薊(けい)で、現在の北京にあたる。

 

狐裘獸炭酌流霞,壯士悲吟寧見嗟。

そこで秋の終わりになったので、狐裘の暖かい着物を着こんで、獸炭で酒を温めて流霞の盃を浮かべて痛飲すべく、壯士の悲吟をまねて、長嗟するにも及ばない。

○獸炭 ① 粉炭をねって獣の形に作ったたどん。 活性炭の一種。獣の血・肉・骨などを乾留して作った黒色の炭素質の物質の総称。吸着剤として,薬用または脱臭・脱色用に用いる。骨炭・血炭など。

○流霞 李白『遊泰山.六首其一』「遺我流霞盃」(我に流霞【りゅうか】の盃を遺る。)

 

前榮後枯相翻覆,何惜餘光及棣華。

これは人生のことであり、前に栄華を極めたものが、後には枯落するというもので、翻覆というものは常ならんもので、自分も今不遇の境遇にあるから、貴兄との義兄弟のよしみで、餘光を借りるを許して、どうか引き立ててもらいたいと思っている。

○餘光 ① あとまで残る光。 先人の名声が,のちにまで影響を与えること。余徳。おかげ。

○棣華 兄弟愛の美しさを詠うもの、「常棣」じょうていの冒頭にある「常棣の華」のことです。『詩経』小雅・鹿鳴之什「常棣之華、鄂不、凡今之人、莫如兄弟」
李白図102 

140-#2 《邠(豳)歌行上新平長史兄粲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<140-#2> Ⅰ李白詩1326 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5178

李白《邠()歌行上新平長史兄粲》-#2 ここに滞在している間、夜ごと,市中に出て宵の間に三百杯の酒を呑み、翌朝になれば、この州の長史である貴兄に会釈し、普通に仕事をこなしたのである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六六              文體:    七言古詩

詩題:    ()歌行上新平長史兄粲

作地點:              邠州(京畿道 / 邠州 / 邠州)

及地點:             

邠州 (京畿道 邠州 邠州) 別名:桂陽、新平、豳         

邠谷 (京畿道 邠州 邠州)    

交遊人物:李粲    當地交遊(京畿道 邠州 邠州)

 

 

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

邠谷稍稍振庭柯,涇水浩浩揚湍波。

秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

哀鴻酸嘶暮聲急,愁雲蒼慘寒氣多。

その時、大雁は夕暮れにあたって悲しい声を残して飛んでゆく、雲は愁いを重ねる様に深く立ち込めて、そぞろに寒さを覚える。

憶昨去家此為客,荷花初紅柳條碧。

前日、家を去って、この地に来たので、その時は蓮の花が初めて紅の花を咲かせ、柳の枝葉が青く繁っていた。

(邠【ひん】歌行、新平の長史 兄粲【けいさん】に上【たてまつ】る)

邠谷 稍稍として 庭柯を振い,涇水 浩浩として 湍波を揚ぐ。

哀鴻【あいこう】酸嘶【さんせい】暮聲 急なり,愁雲 蒼慘 寒氣多し。

憶う 昨 去家をって此に客と為り,荷花 初めて紅にして 柳條 碧なり。

 

-#2

中宵出飲三百杯,明朝歸揖二千石。

ここに滞在している間、夜ごと,市中に出て宵の間に三百杯の酒を呑み、翌朝になれば、この州の長史である貴兄に会釈し、普通に仕事をこなしたのである。

寧知流寓變光輝,胡霜蕭颯繞客衣。

而も、この地に流寓している間に、太陽と月の輝きが変動し、北の国境の先の異民族地に霜が降り雪が降り、寒風が吹きつけるようになって、旅人の衣を廻るようになった。

寒灰寂寞憑誰暖,落葉飄揚何處歸。

火桶もすぐに灰になり、部屋は悲惨な状態になってしまう、誰も火を継ぎ足したり、暖かくしてくれる人があろうか、落ち葉は突風に吹かれて、飄颻として何処へ飛んでゆくのだろうか、帰って来ることはない。

-#2

中宵【ちゅうしょう】出でて 飲む 三百杯,明朝歸って 揖【ゆう】す 二千石。

寧ろ知らん 流寓 光輝を變じ,胡霜 蕭颯 客衣を繞るを。

寒灰 寂寞として 誰に憑ってか暖めん,落葉 飄揚として 何處にか歸る。

 

-#3

吾兄行樂窮曛旭,滿堂有美顏如玉。

趙女長歌入綵雲,燕醉舞嬌紅燭。

狐裘獸炭酌流霞,壯士悲吟寧見嗟。

前榮後枯相翻覆,何惜餘光及棣華。

 

 

-#3

吾が兄 行樂 曛旭を窮めよ,滿堂 美有り 顏 玉の如し。

趙の女 長歌して 綵雲に入り,燕の 醉舞して 紅燭嬌なり。

狐裘 獸炭 流霞を酌み,壯士 悲吟 寧ろ 嗟せらる。

前榮後枯 相い翻覆し,何ぞ惜まん 餘光の棣華に及ぶを。

 

華州から秦州同谷成都00

『邠()歌行上新平長史兄粲』 現代語訳と訳註解説

(本文) -#2

中宵出飲三百杯,明朝歸揖二千石。

寧知流寓變光輝,胡霜蕭颯繞客衣。

寒灰寂寞憑誰暖,落葉飄揚何處歸。

 

(下し文) -#2

中宵【ちゅうしょう】出でて 飲む 三百杯,明朝歸って 揖【ゆう】す 二千石。

寧ろ知らん 流寓 光輝を變じ,胡霜 蕭颯 客衣を繞るを。

寒灰 寂寞として 誰に憑ってか暖めん,落葉 飄揚として 何處にか歸る。

 

(現代語訳)

ここに滞在している間、夜ごと,市中に出て宵の間に三百杯の酒を呑み、翌朝になれば、この州の長史である貴兄に会釈し、普通に仕事をこなしたのである。

而も、この地に流寓している間に、太陽と月の輝きが変動し、北の国境の先の異民族地に霜が降り雪が降り、寒風が吹きつけるようになって、旅人の衣を廻るようになった。

火桶もすぐに灰になり、部屋は悲惨な状態になってしまう、誰も火を継ぎ足したり、暖かくしてくれる人があろうか、落ち葉は突風に吹かれて、飄颻として何処へ飛んでゆくのだろうか、帰って来ることはない。

邠州亰兆府00 

 (訳注) -#2

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

() 周の先祖公劉が初めて都としたところ。邠州は、いにしえの豳国、西魏、豳州を置き、後周、隋の時も個の名称であった。唐開元十三年、邠州とし、天寶三載、新平郡とした。

長史 州の佐職で、今でいえば県の理事官程度のものである。

 

 

中宵出飲三百杯,明朝歸揖二千石。

ここに滞在している間、夜ごと,市中に出て宵の間に三百杯の酒を呑み、翌朝になれば、この州の長史である貴兄に会釈し、普通に仕事をこなしたのである。

○三百杯、二千石 一回の飲酒の席では、三百杯飲む。李白將進酒會須一飮三百杯後漢・経学家の鄭玄は、袁紹が催した送別の宴席で、三百杯を飲んで酔わなかったという。

李白月下獨酌四首 其四《月下獨酌四首 其四》「窮愁千萬端,美酒三百杯。」李白と道教48襄陽歌「百年三萬六千日,一日須傾三百杯」

李延年は協律都尉に任命されて二千石の印綬を帯び、武帝と寝起きを共にするほど寵愛された。

 

寧知流寓變光輝,胡霜蕭颯繞客衣。

而も、この地に流寓している間に、太陽と月の輝きが変動し、北の国境の先の異民族地に霜が降り雪が降り、寒風が吹きつけるようになって、旅人の衣を廻るようになった。

 

寒灰寂寞憑誰暖,落葉飄揚何處歸。

火桶もすぐに灰になり、部屋は悲惨な状態になってしまう、誰も火を継ぎ足したり、暖かくしてくれる人があろうか、落ち葉は突風に吹かれて、飄颻として何処へ飛んでゆくのだろうか、帰って来ることはない。
芍薬001 

140-#1 《邠(豳)歌行上新平長史兄粲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<140-#1> Ⅰ李白詩1325 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5173

李白《邠()歌行上新平長史兄粲》-#1 秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

 
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140-#1 《邠()歌行上新平長史兄粲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<140-#1> Ⅰ李白詩1325 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5173

 

 

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六六              文體:    七言古詩

詩題:    ()歌行上新平長史兄粲

作地點:              邠州(京畿道 / 邠州 / 邠州)

及地點:             

邠州 (京畿道 邠州 邠州) 別名:桂陽、新平、豳         

邠谷 (京畿道 邠州 邠州)    

交遊人物:李粲    當地交遊(京畿道 邠州 邠州)

 

 

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

邠谷稍稍振庭柯,涇水浩浩揚湍波。

秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

哀鴻酸嘶暮聲急,愁雲蒼慘寒氣多。

その時、大雁は夕暮れにあたって悲しい声を残して飛んでゆく、雲は愁いを重ねる様に深く立ち込めて、そぞろに寒さを覚える。

憶昨去家此為客,荷花初紅柳條碧。

前日、家を去って、この地に来たので、その時は蓮の花が初めて紅の花を咲かせ、柳の枝葉が青く繁っていた。

(邠【ひん】歌行、新平の長史 兄粲【けいさん】に上【たてまつ】る)

邠谷 稍稍として 庭柯を振い,涇水 浩浩として 湍波を揚ぐ。

哀鴻【あいこう】酸嘶【さんせい】暮聲 急なり,愁雲 蒼慘 寒氣多し。

憶う 昨 去家をって此に客と為り,荷花 初めて紅にして 柳條 碧なり。

 

-#2

中宵出飲三百杯,明朝歸揖二千石。

寧知流寓變光輝,胡霜蕭颯繞客衣。

寒灰寂寞憑誰暖,落葉飄揚何處歸。

 

-#3

吾兄行樂窮曛旭,滿堂有美顏如玉。

趙女長歌入綵雲,燕醉舞嬌紅燭。

狐裘獸炭酌流霞,壯士悲吟寧見嗟。

前榮後枯相翻覆,何惜餘光及棣華。

 

 

-#2

中宵【ちゅうしょう】出でて 飲む 三百杯,明朝歸って 揖【ゆう】す 二千石。

寧ろ知らん 流寓 光輝を變じ,胡霜 蕭颯 客衣を繞るを。

寒灰 寂寞として 誰に憑ってか暖めん,落葉 飄揚として 何處にか歸る。

吾が兄 行樂 曛旭を窮めよ,滿堂 美有り 顏 玉の如し。

趙の女 長歌して 綵雲に入り,燕の 醉舞して 紅燭嬌なり。

狐裘 獸炭 流霞を酌み,壯士 悲吟 寧ろ 嗟せらる。

前榮後枯 相い翻覆し,何ぞ惜まん 餘光の棣華に及ぶを。

 

 

『邠()歌行上新平長史兄粲』 現代語訳と訳註解説

(本文)

()歌行上新平長史兄粲

邠谷稍稍振庭柯,涇水浩浩揚湍波。

哀鴻酸嘶暮聲急,愁雲蒼慘寒氣多。

憶昨去家此為客,荷花初紅柳條碧。

 

 

(下し文)

(邠【ひん】歌行、新平の長史 兄粲【けいさん】に上【たてまつ】る)

邠谷 稍稍として 庭柯を振い,涇水 浩浩として 湍波を揚ぐ。

哀鴻【あいこう】酸嘶【さんせい】暮聲 急なり,愁雲 蒼慘 寒氣多し。

憶う 昨 去家をって此に客と為り,荷花 初めて紅にして 柳條 碧なり。

 

(現代語訳)

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

その時、大雁は夕暮れにあたって悲しい声を残して飛んでゆく、雲は愁いを重ねる様に深く立ち込めて、そぞろに寒さを覚える。

前日、家を去って、この地に来たので、その時は蓮の花が初めて紅の花を咲かせ、柳の枝葉が青く繁っていた。

 

華州から秦州同谷成都00

(訳注)

()歌行上新平長史兄粲

(新平郡の長史である族兄の李粲というものに贈ったもの)

() 周の先祖公劉が初めて都としたところ。邠州は、いにしえの豳国、西魏、豳州を置き、後周、隋の時も個の名称であった。唐開元十三年、邠州とし、天寶三載、新平郡とした。

長史 州の佐職で、今でいえば県の理事官程度のものである。

 

邠谷稍稍振庭柯,涇水浩浩揚湍波。

秋の季節もいい時季に、身は依然として、邠州の谷間に寓居しているが、庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。涇水は漲って早瀬の波をうって流れている。

邠谷 邠州の谷間。

稍稍振庭柯 庭には木樹は、葉が落ちつくして枝だけがにょきにょきと交差している。

涇水 陝西省中部の渭河(渭水)の支流,涇河ともいう。寧夏回族自治区と甘粛省の境界,六盤(りくばん)山系に発し,南東へ流れ,渭河盆地の中央付近で渭河と合流する。全長約450km。黄土高原をへるため土砂が多く水はにごり,〈涇渭〉として本流の澄んだ渭河と対比される。秦代に東方の洛河とを結ぶ鄭国渠(ていこくきよ)が開かれ,また,漢の武帝時代には渭河に直結する白渠も開削されるなど,早くから灌漑に利用されてきた。

揚湍波 早瀬の波をうって流れている。

 

哀鴻酸嘶暮聲急,愁雲蒼慘寒氣多。

その時、大雁は夕暮れにあたって悲しい声を残して飛んでゆく、雲は愁いを重ねる様に深く立ち込めて、そぞろに寒さを覚える。

鴻 大雁。

酸嘶 悲しい声を残して飛んでゆく。


 

憶昨去家此為客,荷花初紅柳條碧。

前日、家を去って、この地に来たので、その時は蓮の花が初めて紅の花を咲かせ、柳の枝葉が青く繁っていた。

荷花初紅 蓮の花が初めて紅の花を咲かせる。

柳條碧 柳の枝葉が青く繁っていた。
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139 《鳳臺曲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <139> Ⅰ李白詩1324 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5168

李白《鳳臺曲》 聞くところによれば、かつて秦の穆公の娘の弄玉はたくみに玉簫を吹いて、鳳凰のまねたという。それより前のころに、仙子である蕭史に出会ったのであるが、その時に一目ぼれしたという。

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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139 《鳳臺曲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <139> Ⅰ李白詩1324 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5168 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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27-#8 《此日足可惜贈張籍-8》韓愈(韓退之)ID <1237> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5169韓愈詩-27-#8 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-9 《引水》 杜甫index-15 杜甫<872> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5170 杜甫詩1500-872-1205/2500766年大暦元年55歲-9 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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139 《鳳臺曲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <139> Ⅰ李白詩1324 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5168

 

 

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    鳳臺曲

作地點:              岐山(縣)(京畿道 / 岐州 / 岐山)

及地點:鳳女臺 (京畿道 岐州 岐山) 別名:鳳臺         

 

 

鳳臺曲

(弄玉のことを詠う。)

嘗聞秦帝女,傳得鳳凰聲。

聞くところによれば、かつて秦の穆公の娘の弄玉はたくみに玉簫を吹いて、鳳凰のまねたという。

是日逢仙子,當時別有情。

それより前のころに、仙子である蕭史に出会ったのであるが、その時に一目ぼれしたという。

人吹綵簫去,天借綠雲迎。

こうして二人は飾って綺麗な簫玉を吹いて、仙界に上った。天は綠雲をお迎えに出してきて、これを借りて昇ったのだ。

曲在身不返,空餘弄玉名。

かくて、玉簫の曲は、今に至って伝わっているが、人は再び帰ることはなく、ただ、弄玉という名前だけを余しているのだ。

 

鳳臺曲

嘗て聞く秦帝の女,鳳凰の聲を傳え得たり。

是の日 仙子に逢う,當時 別に情有り。

人は綵簫を吹いて去り,天は綠雲を借して迎う。

曲在れども 身返らず,空しく餘す弄玉の名。

 

 

鳳凰曲

嬴女吹玉簫,吟弄天上春。

青鸞不獨去,更有攜手人。

影滅彩雲斷,遺聲落西秦。

(蕭史弄玉二人が鳳凰に乗って仙界に上ったということからこの詩を作った。)

秦の穆公の娘の弄玉は玉簫を吹くことを学び、だんだん上手になって、此れを吹くことによって天上に春が満ちたような思いがする。

こうして、仕舞に鳳凰に乗じて仙界に昇ったが、ひとりで去ったのではなく、その夫、蕭史と手を携えていったのである。

それから、その影が見えなくなり、五色の彩雲も消えてしまったが、その玉簫の遺聲だけはこの西秦の地、岐山におちて鳳女臺として今に伝える。

 

 (鳳凰曲)

嬴女【えいじょ】玉簫を吹き,吟弄す 天上の春。

青鸞 獨り去らず,更に手を攜える人有り。

影は滅して 彩雲斷え,遺聲 西秦に落つ。

 

李白の足跡003 

『鳳臺曲』 現代語訳と訳註解説

(本文)

鳳臺曲

嘗聞秦帝女,傳得鳳凰聲。

是日逢仙子,當時別有情。

人吹綵簫去,天借綠雲迎。

曲在身不返,空餘弄玉名。

 

(含異文)

嘗聞秦帝女,傳得鳳凰聲。

是日逢仙子,當時別有情。

人吹綵簫去,天借綠雲迎。

曲在身不返【心在身不返】,空餘弄玉名。

 

(下し文)

鳳臺曲

嘗て聞く秦帝の女,鳳凰の聲を傳え得たり。

是の日 仙子に逢う,當時 別に情有り。

人は綵簫を吹いて去り,天は綠雲を借して迎う。

曲在れども 身返らず,空しく餘す弄玉の名。

 

(現代語訳)

(弄玉のことを詠う。)

聞くところによれば、かつて秦の穆公の娘の弄玉はたくみに玉簫を吹いて、鳳凰のまねたという。

それより前のころに、仙子である蕭史に出会ったのであるが、その時に一目ぼれしたという。

こうして二人は飾って綺麗な簫玉を吹いて、仙界に上った。天は綠雲をお迎えに出してきて、これを借りて昇ったのだ。

かくて、玉簫の曲は、今に至って伝わっているが、人は再び帰ることはなく、ただ、弄玉という名前だけを余しているのだ。

 

巫山十二峰002 

(訳注)

鳳臺曲

(弄玉のことを詠う。)

秦の穆王の弄玉と蕭史は二人道を得、鳳凰に乗って飛び去った。

蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。江淹「畫作秦王女乘鸞向煙霧。」とある。

漢の劉向《列仙傳・卷上・蕭史》「蕭史善吹簫,作鳳鳴。秦穆公以女弄玉妻之,作鳳樓,教弄玉吹簫,感鳳來集,弄玉乘鳳、蕭史乘龍,夫婦同仙去。 「弄玉」是秦穆公的女兒,她長得非常漂亮,而且很喜歡音樂,是一個吹簫高手。」(蕭史 善く簫を吹き,鳳鳴く作る。秦の穆公は以て女【むすめ】弄玉を之の妻とす,鳳樓を作り,弄玉に簫を吹くを教え,感じて鳳 來り集り,弄玉 鳳に乘り、蕭史 龍に乘る,夫婦 同に仙に去る。 「弄玉」是れ秦の穆公の女兒なり,她長 非常漂亮を得て,而して且つ音樂を喜歡する很【あらそ】う,是れ一個 簫を吹く高手なり。)

○鳳臺曲 楽府詩集に梁の武帝、上雲楽七曲を製していて其一を鳳臺曲としている。李白はこれに擬した。

 

嘗聞秦帝女,傳得鳳凰聲。

聞くところによれば、かつて秦の穆公の娘の弄玉はたくみに玉簫を吹いて、鳳凰のまねたという。

秦帝女 秦帝は、秦の穆公のこと。秦帝女 穆公の娘、弄玉。

 

是日逢仙子,當時別有情。

それより前のころに、仙子である蕭史に出会ったのであるが、その時に一目ぼれしたという。

仙子 蕭史のこと。

別有情 情思纏綿たるものがあったこと。たがいに一目ぼれをした。

 

人吹綵簫去,天借綠雲迎。

こうして二人は飾って綺麗な簫玉を吹いて、仙界に上った。天は綠雲をお迎えに出してきて、これを借りて昇ったのだ。

綠雲迎 途中まで蕭史は龍に乗り、弄玉は鳳凰に乗っていき、途中から綠雲を借りて二人で乗り換えて行った。

 

曲在身不返,空餘弄玉名。

かくて、玉簫の曲は、今に至って伝わっているが、人は再び帰ることはなく、ただ、弄玉という名前だけを余しているのだ。
岳陽樓詩人0051 

138 《鳳凰曲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <138> Ⅰ李白詩1323 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5163

李白《鳳凰曲》(蕭史弄玉二人が鳳凰に乗って仙界に上ったということからこの詩を作った。)その影が見えなくなり、五色の彩雲も消えてしまったが、その玉簫の遺聲だけはこの西秦の地、岐山におちて鳳女臺として今に伝える。

 

 
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138 《鳳凰曲》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <138> Ⅰ李白詩1323 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5163

 

 

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    鳳凰曲

作地點:              岐山(縣)(京畿道 / 岐州 / 岐山)

及地點:              鳳女臺 (京畿道 岐州 岐山) 別名:鳳臺         

 

 

鳳凰曲

(蕭史弄玉二人が鳳凰に乗って仙界に上ったということからこの詩を作った。)

嬴女吹玉簫,吟弄天上春。

秦の穆公の娘の弄玉は玉簫を吹くことを学び、だんだん上手になって、此れを吹くことによって天上に春が満ちたような思いがする。

青鸞不獨去,更有攜手人。

こうして、仕舞に鳳凰に乗じて仙界に昇ったが、ひとりで去ったのではなく、その夫、蕭史と手を携えていったのである。

影滅彩雲斷,遺聲落西秦。

それから、その影が見えなくなり、五色の彩雲も消えてしまったが、その玉簫の遺聲だけはこの西秦の地、岐山におちて鳳女臺として今に伝える。

 

 (鳳凰曲)

嬴女【えいじょ】玉簫を吹き,吟弄す 天上の春。

青鸞 獨り去らず,更に手を攜える人有り。

影は滅して 彩雲斷え,遺聲 西秦に落つ。

bijo01 

 

『鳳凰曲』 現代語訳と訳註解説

(本文)

鳳凰曲

嬴女吹玉簫,吟弄天上春。

青鸞不獨去,更有攜手人。

影滅彩雲斷,遺聲落西秦。

 

(下し文)

(鳳凰曲)

嬴女【えいじょ】玉簫を吹き,吟弄す 天上の春。

青鸞 獨り去らず,更に手を攜える人有り。

影は滅して 彩雲斷え,遺聲 西秦に落つ。

 

(現代語訳)

(蕭史弄玉二人が鳳凰に乗って仙界に上ったということからこの詩を作った。)

秦の穆公の娘の弄玉は玉簫を吹くことを学び、だんだん上手になって、此れを吹くことによって天上に春が満ちたような思いがする。

こうして、仕舞に鳳凰に乗じて仙界に昇ったが、ひとりで去ったのではなく、その夫、蕭史と手を携えていったのである。

それから、その影が見えなくなり、五色の彩雲も消えてしまったが、その玉簫の遺聲だけはこの西秦の地、岐山におちて鳳女臺として今に伝える。

 

(訳注)

鳳凰曲

(蕭史弄玉二人が鳳凰に乗って仙界に上ったということからこの詩を作った。)

教坊曲の基本になったもの。漢の劉向《列仙傳・卷上・蕭史》「蕭史善吹簫,作鳳鳴。秦穆公以女弄玉妻之,作鳳樓,教弄玉吹簫,感鳳來集,弄玉乘鳳、蕭史乘龍,夫婦同仙去。 「弄玉」是秦穆公的女兒,她長得非常漂亮,而且很喜歡音樂,是一個吹簫高手。」(蕭史 善く簫を吹き,鳳鳴く作る。秦の穆公は以て女【むすめ】弄玉を之の妻とす,鳳樓を作り,弄玉に簫を吹くを教え,感じて鳳 來り集り,弄玉 鳳に乘り、蕭史 龍に乘る,夫婦 同に仙に去る。 「弄玉」是れ秦の穆公の女兒なり,她長 非常漂亮を得て,而して且つ音樂を喜歡する很【あらそ】う,是れ一個 簫を吹く高手なり。)

 

嬴女吹玉簫,吟弄天上春。

秦の穆公の娘の弄玉は玉簫を吹くことを学び、だんだん上手になって、此れを吹くことによって天上に春が満ちたような思いがする。

○嬴女 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

 

青鸞不獨去,更有攜手人。

こうして、仕舞に鳳凰に乗じて仙界に昇ったが、ひとりで去ったのではなく、その夫、蕭史と手を携えていったのである。

○青鸞 希望を持った鳳凰。

 

影滅彩雲斷,遺聲落西秦。

それから、その影が見えなくなり、五色の彩雲も消えてしまったが、その玉簫の遺聲だけはこの西秦の地、岐山におちて鳳女臺として今に伝える。

○西秦 岐山、鳳女臺、別名を鳳臺という地点のこと。

 

 太白山00

 

 

 

 

 

 

 

 

○共乘雙飛鸞 秦の穆王の弄玉と蕭史は二人道を得、鳳凰に乗って飛び去った。

蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。江淹「畫作秦王女乘鸞向煙霧。」とある。

『玉臺観二首其一』にものべる。

弄玉之を喜ぶ:秦の穆公の女の弄玉を妻にした。鳳樓を作り,弄玉に吹簫を教えた,鳳と感ぜられ來集す,弄玉は鳳に乘り、蕭史は龍に乘って,夫婦同じく仙に去る。

 ... 秦穆王有一女,名弄玉,善吹,一日梦一英俊青年戴羽冠、披氅、,由天而降,自称为华山之主,要娶弄玉。

 

 李白図102

 

 

玉台觀 二首 之一

中天積翠玉台遙,上帝高居絳節朝。

遂有馮夷來擊鼓,始知嬴女善吹簫。

江光隱見黿鼉窟,石勢參差烏鵲橋。

更肯紅顏生羽翼,便應黃發老漁樵。

(玉台観 二首其の一)

中天 積翠 玉台逢かなり、上帝の高居 経節朝す。

遂に馮夷【ひょうい】の来たって鼓を撃つ有り、始めて知る嬴女【えいじょ】の善く寮を吹くを。

江光 隠見す黿鼉【げんだ】の窟、石勢 参差たり烏鵲橋【うじゃくきょう】。

更に肯て 紅顔羽翼を生ぜんや、便ち 応に黄髪 漁樵に老ゆべし。

(滕王のたてた玉台観の佇まいを述べる。)

山の中腹から頂上まで木が鬱蒼と茂っていて、空の真ん中に届かんばかり高く玉台観がはるかにみえる。ここは上帝の住居せられる高地であって、もろもろの仙官が経節をたてて参朝にくる。

いろいろなやつがくるが遂には「洛神賦」にいう馮夷という河伯が来て太鼓をうつし、また弄玉のような仙女が上手に簫を吹くというのもここ玉臺観なればこそとはじめて知られるのである。

この山に立つ観の上からみわたすと江の水のてるところ黿鼉の窟が見えがくれしたりしている、石が互い違いにならんで七夕の日に烏鵲が造ったという橋にもみまがうようにみえる。

自分はすこし慾張ったことをいうが、更にもし自分が紅顔であって羽翼がからだに生えるようになることができぬものだろうか。できるというのなら、甘んじてこの黄髪の老体をもってこの山間の漁礁とまじって隠遁してゆくであろう。

137 《秦女卷衣》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <137> Ⅰ李白詩1322 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5158

李白《秦女卷衣》天子のためにはこの身を惜しまぬ覚悟をしており、楚の昭王の夫人が、使者が命符を持参していなかったことによって、大水にも動かず水死したというような信義をもっており、また、馮婕妤が、熊が檻から飛び出した時、身を以て聖躬をかばったというように、天子の恩為ばかり思っているのです。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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137 《秦女卷衣》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <137> Ⅰ李白詩1322 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5158

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136 《長相思》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <136> Ⅰ李白詩1321 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153

李白《長相思》そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

 
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136 《長相思》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <136> Ⅰ李白詩1321 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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136 《長相思》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <136> Ⅰ李白詩1321 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153

 

729年・開元十七年・29

長相思【寄遠】,二首之一

日色已盡花含煙,月明欲素愁不眠。

趙瑟初停鳳凰柱,蜀琴欲奏鴛鴦弦。

此曲有意無人傳,願隨春風寄燕然。

憶君迢迢隔青天,昔日橫波目。【昔時橫波目】。

今成流淚泉。

不信妾腸斷,歸來看取明鏡前。

 

731年・開元十九年・31

長相思【寄遠】,二首之二

美人在時花滿堂,美人去後空餘床。

床中繡被卷不寢,至今三載猶聞香。

香亦竟不滅,人亦竟不來。

相思黃葉落,白露點青苔。

芍薬001

年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六二              文體:    樂府

詩題:    長相思

作地點:              終南山(京畿道 / 京兆府 / )

及地點:              長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

 

 

長相思

(寵愛を失っても、あの方のことを思い続けるしかないと詠う。)

長相思,在長安,絡緯秋啼金井闌。

あの人のことを長く思い続けている妃嬪は、長安に在る。秋も深く金の飾りを鏤めた井戸端のあたりでは蟋蟀がしきりに機織りの様な声を立てて啼いている。

微霜淒淒簟色寒,孤燈不明思欲

夜間、薄霜が降りて冷え冷えとし、“もしか”と思い寝牀に敷いていた簟の色さえ寒々としている。この時に当たり、半分消えかかったような孤燈をとってかかげて、絶えぬ愁いの意を抱き続けている。

卷帷望月空長歎,美人如花隔雲端。

そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

上有青冥之長天,下有淥水之波瀾。

上には、蒼蒼とした仙郷のごとく天は何処までも続き、下には、澄み切った水の上に波瀾を生じて広げる。

天長路遠魂飛苦,夢魂不到關山難。

このように天は長く、道は遠いために、魂が飛んでゆくことは苦しく、夢中の魂すら飛んでゆくことは難しい。

長相思,摧心肝。

そこで、ずっと長く思い続けるしかなく、それが心も体も砕くことになっても思い続けるのだ。

 

(長相思)

長相思,長安に在り,絡緯 秋啼く 金井闌。

微霜 淒淒 簟色寒し,孤燈 明らかならず 思いえんと欲す

帷を卷き 月を望んで空しく長歎し,美人 花の如く雲端を隔つ。

上には青冥の長天有り,下には淥水の波瀾有り。

天長く 路遠くして 魂 飛ぶこと苦なり,夢魂 到らず 關山難し。

長相思,心肝を摧く。

 

皇城001 

『長相思』 現代語訳と訳註解説

(本文)

長相思

長相思,在長安,絡緯秋啼金井闌。

微霜淒淒簟色寒,孤燈不明思欲

卷帷望月空長歎,美人如花隔雲端。

上有青冥之長天,下有淥水之波瀾。

天長路遠魂飛苦,夢魂不到關山難。

長相思,摧心肝。

 

(下し文)

(長相思)

長相思,長安に在り,絡緯 秋啼く 金井闌。

微霜 淒淒 簟色寒し,孤燈 明らかならず 思いえんと欲す。

帷を卷き 月を望んで空しく長歎し,美人 花の如く雲端を隔つ。

上には青冥の長天有り,下には淥水の波瀾有り。

天長く 路遠くして 魂 飛ぶこと苦なり,夢魂 到らず 關山難し。

長相思,心肝を摧く。

 

(現代語訳)

(寵愛を失っても、あの方のことを思い続けるしかないと詠う。)

あの人のことを長く思い続けている妃嬪は、長安に在る。秋も深く金の飾りを鏤めた井戸端のあたりでは蟋蟀がしきりに機織りの様な声を立てて啼いている。

夜間、薄霜が降りて冷え冷えとし、“もしか”と思い寝牀に敷いていた簟の色さえ寒々としている。この時に当たり、半分消えかかったような孤燈をとってかかげて、絶えぬ愁いの意を抱き続けている。

そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

上には、蒼蒼とした仙郷のごとく天は何処までも続き、下には、澄み切った水の上に波瀾を生じて広げる。

このように天は長く、道は遠いために、魂が飛んでゆくことは苦しく、夢中の魂すら飛んでゆくことは難しい。

そこで、ずっと長く思い続けるしかなく、それが心も体も砕くことになっても思い続けるのだ。

 

 

(訳注)

長相思

(寵愛を失っても、あの方のことを思い続けるしかないと詠う。)

〔久遠の辞、行人久寿戍、書を寄せて思うところをおくる。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるという女の気持ちを詠う。〕

漢の無名氏《古詩十九首之十八首》

客從遠方來,遺我一端綺。

相去萬餘里,故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。

著以長相思,緣以結不解。

以膠投漆中,誰能別離此?

客遠方より乗り、我に一端の綺を遣る。

相去ること萬餘里なるも、故人の心 尚ほ爾り。

文彩は雙鴛鴦、裁ちて合歓の被と為す。

著するに長相思を以てし、縁とるに結不解を以てす。

膠を以て漆中に投ぜば、誰か能く此を別離せん。

 

長相思,在長安,絡緯秋啼金井闌。

あの人のことを長く思い続けている妃嬪は、長安に在る。秋も深く金の飾りを鏤めた井戸端のあたりでは蟋蟀がしきりに機織りの様な声を立てて啼いている。

絡緯 虫の名で別に、莎雞、促織、蟋蟀、がある。絡緯はの鳴き声が機織りの様な声を立てて啼くことからの用語。

金井闌 後宮であろうか、高貴なところにある井戸端。擣衣、砧も意識させる。

 

微霜淒淒簟色寒,孤燈不明思欲

夜間、薄霜が降りて冷え冷えとし、“もしか”と思い寝牀に敷いていた簟の色さえ寒々としている。この時に当たり、半分消えかかったような孤燈をとってかかげて、絶えぬ愁いの意を抱き続けている。

 細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ寝牀のシーツ。水紋の模様で編みこむものが高級品。夏の敷物。《季 夏》

和凝『山花子二首 其二』

銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。

玉腕重金扼臂,澹梳粧。

幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。

佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

 

卷帷望月空長歎,美人如花隔雲端。

そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

美人 皇后以外の126人の妃嬪(四妃、九嬪、婕妤9人、美人9人、才人9人、宝林9人、御女27人、采女27人)が「礼記」、「内職」にみえる。芸妓をいう場合もある。

 

上有青冥之長天,下有淥水之波瀾。

上には、蒼蒼とした仙郷のごとく天は何処までも続き、下には、澄み切った水の上に波瀾を生じて広げる。

 

天長路遠魂飛苦,夢魂不到關山難。

このように天は長く、道は遠いために、魂が飛んでゆくことは苦しく、夢中の魂すら飛んでゆくことは難しい。

 

長相思,摧心肝。

そこで、ずっと長く思い続けるしかなく、それが心も体も砕くことになっても思い続けるのだ。
楊貴妃清華池002 

135 《感興,六首之六〔集本八首,感興,八首之八〕》Index- 9Ⅱ―4-729年開元十七年29歳 <135> Ⅰ李白詩1320 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5148

李白《感興,六首之六農夫としては、嘉穀が雑草と異なっている点を見分けもしないで、嘉穀は、折角穂を出してもそのまま捨て置かれ、格別保護されない。


 
 2014年11月21日の紀頌之5つのブログ 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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135 《感興,六首之六〔集本八首,感興,八首之八〕》Index- 9Ⅱ―4-729年開元十七年29歳 <135> Ⅰ李白詩1320 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5148 
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27-#4 《此日足可惜贈張籍-4》韓愈(韓退之)ID <1233> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5149 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-6-2 《贈鄭十八賁 -#2》 杜甫index-15 杜甫<869-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5150 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-538《菩薩蠻三首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-721-20-(538) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5152 
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135

《感興,六首之六〔集本八首,感興,八首之八〕》Index- 9Ⅱ―4-729年開元十七年29歳 <135> Ⅰ李白詩1320 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5148

 

 

Index-

9

Ⅱ― 4-729年開元十七年29

4

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

131

76

1

長相思【寄遠】,二首之一

日色已盡花含煙,

巻五

132

77

2

安州應城玉女湯作【《荊州記》云:「(常)有玉女乘車投此泉。」】

神女歿幽境,

巻二十一

133

78

3

擬古,十二首之十一

涉江弄秋水,

巻二十三

134

79

4

感興,六首之六〔集本八首,感興,八首之八