漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2015年02月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

190 《巻24-35 寄遠,十一首之七》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <190> Ⅰ李白詩1414 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5618

李白《巻24-35 寄遠,十一首之七》妾(わたし)はいま舂陵の東に居て、君(あなた)は漢江の島にいって居て、たがいに去ること、すでに遠くなっています。眺めやれば、百里の間、花光、地にたれて、その間を人が往来して、草一つ生えない白道となって居ます。かくの如く、人の往来は頻繁であるが、われ等二人は、互に相会することができないでいます。

 
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190 《巻24-35 寄遠,十一首之七》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <190> Ⅰ李白詩1414 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5618

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之七

及地點:棗陽 (山南東道 隨州 棗陽) 別名:舂陵(山南東道北部図4)(李白足跡図6      

 

 

寄遠,十一首之七

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の七)

妾在舂陵東,君居漢江島。

妾(わたし)はいま舂陵の東に居て、君(あなた)は漢江の島にいって居て、たがいに去ること、すでに遠くなっています。

一日望花光,往來成白道。

眺めやれば、百里の間、花光、地にたれて、その間を人が往来して、草一つ生えない白道となって居ます。かくの如く、人の往来は頻繁であるが、われ等二人は、互に相会することができないでいます。

一為雲雨別,此地生秋草。

一たび、翻雲覆雨の別れをしてからずっと、春が過ぎ、草も秋のいろになりました。

秋草秋蛾飛,相思愁落暉。

その秋草の上には秋蛾が飛んで居て卵を産み付け越冬の準備をします。相思の情は、落日の際に於て、愈々夜長になって痛切におもうのです。

何由一相見,滅燭解羅衣。

そんな理由で、如何にして、再び相いまみえるを得れるのでしょうか、あなたさまと深閨の中、燈火を消してわたしの蘿衣を解いて楽しき夢を見たいのです。

 

(寄遠,十一首の七)

妾 舂陵の東に在り,君 漢江の島に居り。

一日 花光に望み,往來 白道を成す。

一たび為す 雲雨の別,此の地 秋草生ず。

秋草 秋蛾飛び,相思 落暉に愁う。

何に由って一たび相い見,燭を滅して羅衣を解く。

李白の足跡0000 

 

『寄遠,十一首之七』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之七

妾在舂陵東,君居漢江島。

一日望花光,往來成白道。

一為雲雨別,此地生秋草。

秋草秋蛾飛,相思愁落暉。

何由一相見,滅燭解羅衣。


(含異文)

妾在舂陵東,君居漢江島。

一日望花光,往來成白道【日日採蘼蕪,上山成白道】。

一為雲雨別,此地生秋草。

秋草秋蛾飛,相思愁落暉。

何由一相見,滅燭解羅衣【一本無此二句。「落暉」下有「昔時攜手去,今日流淚歸。遙知不得意,玉箸點羅衣」四句。】。


(下し文)
(寄遠,十一首の七)

妾 舂陵の東に在り,君 漢江の島に居り。

一日 花光に望み,往來 白道を成す。

一たび為す 雲雨の別,此の地 秋草生ず。

秋草 秋蛾飛び,相思 落暉に愁う。

何に由って一たび相い見,燭を滅して羅衣を解く。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の七)

妾(わたし)はいま舂陵の東に居て、君(あなた)は漢江の島にいって居て、たがいに去ること、すでに遠くなっています。

眺めやれば、百里の間、花光、地にたれて、その間を人が往来して、草一つ生えない白道となって居ます。かくの如く、人の往来は頻繁であるが、われ等二人は、互に相会することができないでいます。

一たび、翻雲覆雨の別れをしてからずっと、春が過ぎ、草も秋のいろになりました。

その秋草の上には秋蛾が飛んで居て卵を産み付け越冬の準備をします。相思の情は、落日の際に於て、愈々夜長になって痛切におもうのです。

そんな理由で、如何にして、再び相いまみえるを得れるのでしょうか、あなたさまと深閨の中、燈火を消してわたしの蘿衣を解いて楽しき夢を見たいのです。



(訳注)

寄遠,十一首之七

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の七)

この詩は、男目線の女から男に寄せた詩というスタンスで、その内容は、六朝からの格別新しくもないものであり、すべて、艶語、隠語を含んだものであって、誰が読んでも、わかり易いから、決して、陳套と思われないものである。

山南東道北部唐州随州01 

妾在舂陵東,君居漢江島。

妾(わたし)はいま舂陵の東に居て、君(あなた)は漢江の島にいって居て、たがいに去ること、すでに遠くなっています。

舂陵 【しょうりょう】(山南東道北部図4)(李白足跡図6

漢江島 襄陽の大堤

大堤曲

漢水臨襄陽。花開大堤暖。佳期大堤下。淚向南云滿。

春風無復情。吹我夢魂散。不見眼中人。天長音信斷。

李白53大堤曲

 

一日望花光,往來成白道。

眺めやれば、百里の間、花光、地にたれて、その間を人が往来して、草一つ生えない白道となって居ます。かくの如く、人の往来は頻繁であるが、われ等二人は、互に相会することができないでいます。

白道 道路の内のよく通る部分が白く際立っているところをいう。火の河(怒りを表す)と水の河(貪欲を表す)の間にある、極楽浄土に通じる白い道とされ、極楽往生を願う信心にたとえられる。

 

一為雲雨別,此地生秋草。

一たび、翻雲覆雨の別れをしてからずっと、春が過ぎ、草も秋のいろになりました。

 

秋草秋蛾飛,相思愁落暉。

その秋草の上には秋蛾が飛んで居て卵を産み付け越冬の準備をします。相思の情は、落日の際に於て、愈々夜長になって痛切におもうのです。

秋蛾 旧暦7 月から 月にかけて出現して秋の蛾が卵越冬する。

 

何由一相見,滅燭解羅衣。

そんな理由で、如何にして、再び相いまみえるを得れるのでしょうか、あなたさまと深閨の中、燈火を消してわたしの蘿衣を解いて楽しき夢を見たいのです。

滅燭解羅衣 、燈火を消してわたしの蘿衣を解いて楽しき夢を見たい。

南朝樂府

子夜四時歌之三 

開窗秋月光,滅燭解羅裳

含笑帷幌裏,舉體蘭蕙香。
 嚢陽一帯00

189 《巻24-34 寄遠,十一首之六》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <189> Ⅰ李白詩1413 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5613

李白《巻24-34 寄遠,十一首之六》その流れている波は、終に海に向って去り、落ち付く先もあるが、われは、わが思う人を見んとするも、到底その便宜さへも無い。されば、止むを得ず、一点の涙を以て、遙かに花の如き彼の人に寄せて、おのが心の苦を察しで貰おうと思うのみである。

 

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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189 《巻24-34 寄遠,十一首之六》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <189> Ⅰ李白詩1413 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5613

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之六

 

 

寄遠,十一首之六

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の六)

陽臺隔楚水,春草生黃河。

巫山の陽臺は楚水を隔て、千里望むを断え、わが思ふ人のところへ往くよすがもなく、今しも、春になって、綠の草は、黄河の岸上に生じた。

相思無日夜,浩蕩若流波。

わが相思の念は、日として、夜として、生じないことはなく、浩蕩として、流れている波の如くである。

流波向海去,欲見終無因。

その流れている波は、終に海に向って去り、落ち付く先もあるが、われは、わが思う人を見んとするも、到底その便宜さへも無い。

遙將一點淚,遠寄如花人。

されば、止むを得ず、一点の涙を以て、遙かに花の如き彼の人に寄せて、おのが心の苦を察しで貰おうと思うのみである。

 

(寄遠,十一首の六)

陽臺 楚水を隔て,春草 黃河に生ず。

相思 日夜無く,浩蕩として 流波の若し。

流波 海に向って去り,見んと欲するも終に因無し。

遙に一點の淚を將って,遠く寄す 花の如き人。

蜀中転々圖巫山十二峰003 

 

『寄遠,十一首之六』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之六

陽臺隔楚水,春草生黃河。

相思無日夜,浩蕩若流波。

流波向海去,欲見終無因。

遙將一點淚,遠寄如花人。


(含異文)

陽臺隔楚水,春草生黃河【陰雲隔楚水,轉蓬落渭河】。

相思無日夜,浩蕩若流波。

流波向海去,欲見終無因【定繞珠江濱】。

遙將一點淚,遠寄如花人。


(下し文)
(寄遠,十一首の六)

陽臺 楚水を隔て,春草 黃河に生ず。

相思 日夜無く,浩蕩として 流波の若し。

流波 海に向って去り,見んと欲するも終に因無し。

遙に一點の淚を將って,遠く寄す 花の如き人。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の六)

巫山の陽臺は楚水を隔て、千里望むを断え、わが思ふ人のところへ往くよすがもなく、今しも、春になって、綠の草は、黄河の岸上に生じた。

わが相思の念は、日として、夜として、生じないことはなく、浩蕩として、流れている波の如くである。

その流れている波は、終に海に向って去り、落ち付く先もあるが、われは、わが思う人を見んとするも、到底その便宜さへも無い。

されば、止むを得ず、一点の涙を以て、遙かに花の如き彼の人に寄せて、おのが心の苦を察しで貰おうと思うのみである。



(訳注)

寄遠,十一首之六

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の六)

 

陽臺隔楚水,春草生黃河。

巫山の陽臺は楚水を隔て、千里望むを断え、わが思ふ人のところへ往くよすがもなく、今しも、春になって、綠の草は、黄河の岸上に生じた。

陽臺 「宋玉《高唐賦》「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣」(昔、楚の襄王と宋玉 雲夢之台に遊び,高の觀に望む,其の上、獨り雲氣有る。)

古風,五十九首之五十八

我行巫山渚,尋古登陽臺。

天空綵雲滅,地遠清風來。

神女去已久,襄王安在哉。

荒淫竟淪替,樵牧徒悲哀。

楚水 長江中流域

黃河 黄河とは、中国の北部を流れ、渤海へと注ぐ川。全長約5,464kmで、中国では長江に次いで2番目に長く、世界では6番目の長さである。なお、河という漢字は本来固有名詞であり、中国で「河」と書いたときは黄河を指す。これに対し、「江」と書いたときは長江を指す

 

相思無日夜,浩蕩若流波。

わが相思の念は、日として、夜として、生じないことはなく、浩蕩として、流れている波の如くである。

浩蕩 広広として大きなさま。

 

流波向海去,欲見終無因。

その流れている波は、終に海に向って去り、落ち付く先もあるが、われは、わが思う人を見んとするも、到底その便宜さへも無い。

 

遙將一點淚,遠寄如花人。

されば、止むを得ず、一点の涙を以て、遙かに花の如き彼の人に寄せて、おのが心の苦を察しで貰おうと思うのみである。

如花人 絶色の美人。

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李白《巻24-33 寄遠,十一首之五》巫山の南でのことも思い出すが遠い日の事となった、その時は、花が咲き誇って日差しに照らされてパッと明るく、大江の流れも暖かくなり、春水も緑に澄んでいた。あれこれ迷って決心できないままに、いまだにたびだつことができないでいる、そうして、南の空の雲をみあげるたびに、涙がすぐにもこみあげてくる。

 

 
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188 《巻24-33 寄遠,十一首之五》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <188> Ⅰ李白詩1412 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5608

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之五

及地點:              巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

 

 

寄遠,十一首之五

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の五)

遠憶巫山陽,花明淥江暖。

巫山の南でのことも思い出すが遠い日の事となった、その時は、花が咲き誇って日差しに照らされてパッと明るく、大江の流れも暖かくなり、春水も緑に澄んでいた。

躊躇未得往,淚向南雲滿。

あれこれ迷って決心できないままに、いまだにたびだつことができないでいる、そうして、南の空の雲をみあげるたびに、涙がすぐにもこみあげてくる。

春風復無情,吹我夢魂斷。

ことしも春風が吹いてくると、また、わたしはつれなくなってくる、遠くから吹いてくるとわたしの慕情の夢を冷ましてしまう。
不見眼中人,天長音信短。

目の前でみていたあの人は、もう見ることができない。遠い空のかなたへ隔ててしまって、あの人の便りも途絶えてしまった。

 

(遠きに寄す,十一首の)

遠きに憶う 巫山の陽,花明くして 江の暖に淥す。

躊躇す 未だ往くを得ず,涙は南雲に向って満つ。

春風 復た 情 無く、我が 夢魂を吹いて散ず。

見えず 眼中の人、天 長【とお】くにして 音信 断つ。

 

 巫山十二峰002

『寄遠,十一首之五』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之五

遠憶巫山陽,花明淥江暖。

躊躇未得往,淚向南雲滿。

春風復無情,吹我夢魂斷。

不見眼中人,天長音信短。


(下し文)
(遠きに寄す,十一首の五)

遠きに憶う 巫山の陽,花明くして 江の暖にす。

躊躇す 未だ往くを得ず,涙は南雲に向って満つ。

春風 復た 情 無く、我が 夢魂を吹いて散ず。

見えず 眼中の人、天 長【とお】くにして 音信 断つ。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の五)

巫山の南でのことも思い出すが遠い日の事となった、その時は、花が咲き誇って日差しに照らされてパッと明るく、大江の流れも暖かくなり、春水も緑に澄んでいた。

あれこれ迷って決心できないままに、いまだにたびだつことができないでいる、そうして、南の空の雲をみあげるたびに、涙がすぐにもこみあげてくる。

ことしも春風が吹いてくると、また、わたしはつれなくなってくる、遠くから吹いてくるとわたしの慕情の夢を冷ましてしまう。
目の前でみていたあの人は、もう見ることができない。遠い空のかなたへ隔ててしまって、あの人の便りも途絶えてしまった。



(訳注)

寄遠,十一首之五

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の五)

 

遠憶巫山陽,花明淥江暖。

巫山の南でのことも思い出すが遠い日の事となった、その時は、花が咲き誇って日差しに照らされてパッと明るく、大江の流れも暖かくなり、春水も緑に澄んでいた。

巫山陽 巫山の南側のふもと、長江の北岸。

淥 春水の流れの色。

江暖 長江の春景色。

 

躊躇未得往,淚向南雲滿。

あれこれ迷って決心できないままに、いまだにたびだつことができないでいる、そうして、南の空の雲をみあげるたびに、涙がすぐにもこみあげてくる。

躊躇 あれこれ迷って決心できないこと。ためらうこと。

 

春風復無情,吹我夢魂斷。

ことしも春風が吹いてくると、また、わたしはつれなくなってくる、遠くから吹いてくるとわたしの慕情の夢を冷ましてしまう。
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<!--[endif]-->

 

不見眼中人,天長音信短。

目の前でみていたあの人は、もう見ることができない。遠い空のかなたへ隔ててしまって、あの人の便りも途絶えてしまった。

 

 

 

 

李白の生活ぶりは次の詩も象徴的だ。
 襄陽には遊女のいる歓楽街があった。襄陽を見るときこのことを外すわけにはいかない。



五言古詩 大堤曲

漢水臨襄陽。花開大堤暖。
佳期大堤下。淚向南云滿。
春風無復情。吹我夢魂散。
不見眼中人。天長音信斷。


漢江の水は、襄陽のまちに沿って流れゆく。町はずれの大堤の色町は、花が満開、なにかと暖かくする。
この大堤の下で逢うことを約束したのに来てくれない、
南の空の雲をみると、涙がすぐにもこみあげてくる。
春風も、わたしにはつれなく吹いて、慕情の夢を冷ましてしまう。
恋しいあの人の面影は、もう見えない。遠い空のかなた、あの人の便りも途絶えてしまった。


○大堤曲 『楽府詩集』#48「清商曲辞、西曲歌」。襄陽歌から派生したものとされる。 ・襄陽 湖北省、漢江にのぞむ町。 ○大境 嚢陽の南郊外にあり、行楽の土地。遊女が住んでいた。○漢水 襄陽の街を北西から、南東に廻るように流れている。大堤からすると南は下流の方角になり、江南からの人ということになる。あるいは、李白が色町の女性と別れた時に作ったのかもしれない。 ○佳期 男女の逢う約束。あいびきの時。○南雲 晋の陸機の「親(肉親)を憶う賦」に「南雲を指して、まごころを寄せ、帰風を望みて誠をいたす」とあり、故郷の肉親を思うと解釈されることが多いが、恋人を思う気持ちを詠っている。


 大堤で逢う約束を破られ、故郷の空へ向かって涙する女性というなら、最終句にもっていかないと理解できない。「いとしい人からの便りも途絶えた」を最終句にしているのは李白の心情だからと考えるほうが、自然体の纏まりがいい。

 李白は大堤の女性と別れたのである。
 儒教や仏教を基本に考える人ならば、故郷にいる肉親を思い、涙を浮かべることになるが、そうではない。女性観について良くも悪くも「楽府」故事を借りているのである。この短い詩の中で、多量の情報を提供し、そして見事に集約している。李白の秀作である。
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漢水は 嚢陽に臨【のぞ】み、花開いて 大堤暖かなり。
佳期 大堤の下【もと】、涙は南雲に向って満つ。
春風 復た 情 無く、我が 夢魂を吹いて散ず
眼中の人を見えず、天 長【とおく】にして 音信 断つ。
李白31歳 

187 《巻24-32 寄遠,十一首之四》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <187> Ⅰ李白詩1411 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5603

李白《巻24-32 寄遠,十一首之四》春去り、夏来たり、やがて、その夏も過ぎかかつて、蓮の花も大分末になり、人をして、意くだけしめるばかり。相思の余、惜気もなく、夢を見つづけ、魂は日夜、陽臺に向うのみである

 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 孟郊張籍     
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年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之四

及地點:              湖陽 (山南東道 唐州 湖陽)              

 

 

寄遠,十一首之四

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の四)

玉箸落春鏡,坐愁湖陽水。

玉の箸と見まごう涙は、春鏡に落ち、湖陽の水の渺茫たるを想って、坐ろに心を愁へしめる。

聞與陰麗華,風煙接鄰里。

その湖陽は、陰麗筆の故郷たる新野と相去ること遠からず、閬里相隣って居る。わが意中の人は、湖陽に居るので、われも、彼の光武帝が陰麗華を得て、その初志を達した様に成りたいと、常に心に念じて居る。

青春已復過,白日忽相催。

おもへば、青春の時代は、すでに過ぎ去り、白日は遠慮なく、しきりに相い促す。

但恐荷花晚,令人意已摧。

それから、春去り、夏来たり、やがて、その夏も過ぎかかつて、蓮の花も大分末になり、人をして、意くだけしめるばかり。

相思不惜夢,日夜向陽臺。

相思の余、惜気もなく、夢を見つづけ、魂は日夜、陽臺に向うのみである。

(寄遠,十一首の四)

玉箸、春鏡に落つ、坐ろに愁う 湖陽の水。

聞く陰麗華と、風煙、郷里に接す。

青春すでに復た過ぐ、白日忽ち相い催す。

但だ恐る、荷花晩く、人をして意すでに摧けしむ。

相思、夢を惜ます、日夜、陽臺に向ふ。

 

 

『寄遠,十一首之四』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之四

玉箸落春鏡,坐愁湖陽水。

聞與陰麗華,風煙接鄰里。

青春已復過,白日忽相催。

但恐荷花晚,令人意已摧。

相思不惜夢,日夜向陽臺。


(含異文)

玉箸落春鏡【玉筋落春鏡】,坐愁湖陽水。

聞與陰麗華,風煙接鄰里。

青春已復過,白日忽相催。

但恐荷花晚【但恐飛花晚】,令人意已摧。

相思不惜夢,日夜向陽臺。


(下し文)
(寄遠,十一首の四)

玉箸、春鏡に落つ、坐ろに愁う 湖陽の水。

聞く陰麗華と、風煙、郷里に接す。

青春すでに復た過ぐ、白日忽ち相い催す。

但だ恐る、荷花晩く、人をして意すでに摧けしむ。

相思、夢を惜ます、日夜、陽臺に向ふ。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の四)

玉の箸と見まごう涙は、春鏡に落ち、湖陽の水の渺茫たるを想って、坐ろに心を愁へしめる。

その湖陽は、陰麗筆の故郷たる新野と相去ること遠からず、閬里相隣って居る。わが意中の人は、湖陽に居るので、われも、彼の光武帝が陰麗華を得て、その初志を達した様に成りたいと、常に心に念じて居る。

おもへば、青春の時代は、すでに過ぎ去り、白日は遠慮なく、しきりに相い促す。

それから、春去り、夏来たり、やがて、その夏も過ぎかかつて、蓮の花も大分末になり、人をして、意くだけしめるばかり。

相思の余、惜気もなく、夢を見つづけ、魂は日夜、陽臺に向うのみである。

安陸・南陽・嚢陽 李白00
(訳注)

寄遠,十一首之四

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の四)

 

玉箸落春鏡,坐愁湖陽水。

玉の箸と見まごう涙は、春鏡に落ち、湖陽の水の渺茫たるを想って、坐ろに心を愁へしめる。

玉箸 涕が珠の雫として流れ落ちることをいう。白帖「甄后、面白く、涙雙垂すれば、玉箸の如し」とある。

ある。

坐愁 漢の無名氏『西門行』「何能坐愁拂鬱、當復待來茲。」(何んぞ能く坐し愁えて鬱を拂いて、當に復た來茲を待んや。)どうして座ったままでくよくよし悶々と苦悩したとしてまさに来年まで待たなければいけないなんてことはあるまいに。

西門行 漢の無名氏 詩<81-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩511 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1350

湖陵 本と漢の旧県、唐の時、唐州淮安郡に隷属していた。

 

聞與陰麗華,風煙接鄰里。

その湖陽は、陰麗筆の故郷たる新野と相去ること遠からず、閬里相隣って居る。わが意中の人は、湖陽に居るので、われも、彼の光武帝が陰麗華を得て、その初志を達した様に成りたいと、常に心に念じて居る。

陰麗華 漢の光武帝の后妃のこと。南陽新野の人。後漢の光武帝の皇后で明帝の母。諡は烈。異母兄に陰識、同母弟に陰興、陰訢、陰就がいる。 劉秀と同じ南陽郡の新野県出身の豪族陰氏の娘で、近隣でも評判の美女として、挙兵前の光武帝もあこがれるほどであったという。更始1年に劉秀に嫁いだ。 建武1年に劉秀が即位すると貴人として洛陽に迎えられた。

風煙接鄰里 新野(襄陽と南陽の中間)より東に100里、湖陵に至る、「道里遠近、百里に及ばす」故にこう云う。」

 

青春已復過,白日忽相催。

おもへば、青春の時代は、すでに過ぎ去り、白日は遠慮なく、しきりに相い促す。

 

但恐荷花晚,令人意已摧。

それから、春去り、夏来たり、やがて、その夏も過ぎかかつて、蓮の花も大分末になり、人をして、意くだけしめるばかり。

 

相思不惜夢,日夜向陽臺。

相思の余、惜気もなく、夢を見つづけ、魂は日夜、陽臺に向うのみである。

瑤臺 玉で飾った美しい御殿。玉のうてな。玉楼。台は四方が展望できる高館。《楚辭離騷》「望瑤臺之偃蹇兮, 見有娥之佚女。」(瑤臺の偃蹇たるを望み,有娥の佚女を見る。)唐·李白·清平調三首之一:「若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。」(若し群玉 山頭にて見るに非ずんば,會らず瑤臺月下に向いて逢わん。)

寄遠,十一首之三

本作一行書,殷勤道相憶。

一行復一行,滿紙情何極。

瑤臺有黃鶴,為報青樓人。

朱顏凋落盡,白髮一何新。

自知未應還,離居經三春。

桃李今若為,當窗發光彩。

莫使香風飄,留與紅芳待。
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李白《巻24-31 寄遠,十一首之三  -#2その香風をして、無暗に吹かしめることなく、せめては、その紅の花を留めて置いて、わが歸った時に見せる様にして呉れろと、こう云ってもらいたい。

 
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年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四               文體: 五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之三

 

 

寄遠,十一首之三

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)

本作一行書,殷勤道相憶。

はじめて、短い手紙を書いて、相憶うの意を慇懃に述べようとした。

一行復一行,滿紙情何極。

すると、一行又一行、いくら書いても、書き切れず、紙一ぱいに成っても、この情は、窮極するところがない。

瑤臺有黃鶴,為報青樓人。

瑤臺に居る黄鶴よ、どうか我がために青楼に居る人に言伝をして呉れたまえ。

 

朱顏凋落盡,白髮一何新。

われは、朱顔すでに凋落し尽くしてきている、それで、白髪は新に生えて、頭に雪を戴くばかりとなっている。

自知未應還,離居經三春。

われが、何時、そちらに還るべきかわからず、しかも、離居して、すでに三年を経過した。

桃李今若為,當窗發光彩。

あの桃李の樹は、どうなっているのか、今ごろは、定めて花を開き、窓にあたって光彩を発して居るであろう。

莫使香風飄,留與紅芳待。

その香風をして、無暗に吹かしめることなく、せめては、その紅の花を留めて置いて、わが歸った時に見せる様にして呉れろと、こう云ってもらいたい。

 

(寄遠,十一首之三)

本と一行の書を作し,殷勤 相い憶うを道う。

一行 復た一行,滿紙 情 何ぞ極まれん。

瑤臺に黃鶴有り,為に報ぜよ 青樓の人。

 

朱顏 凋落し盡し,白髮 一に何ぞ新なる。

自ら知る 未だ應に還るべからざるを,離居 三春を經たり。

桃李 今 若為【いかん】,窗に當って光彩を發す。

香風をして飄えら使むる莫れ,紅芳に留與して待つ。

李白図102 

 

『寄遠,十一首之三』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

朱顏凋落盡,白髮一何新。

自知未應還,離居經三春。

桃李今若為,當窗發光彩。

莫使香風飄,留與紅芳待。


(下し文)
朱顏 凋落し盡し,白髮 一に何ぞ新なる。

自ら知る 未だ應に還るべからざるを,離居 三春を經たり。

桃李 今 若為【いかん】,窗に當って光彩を發す。

香風をして飄えら使むる莫れ,紅芳に留與して待つ。

(現代語訳)
われは、朱顔すでに凋落し尽くしてきている、それで、白髪は新に生えて、頭に雪を戴くばかりとなっている。

われが、何時、そちらに還るべきかわからず、しかも、離居して、すでに三年を経過した。

あの桃李の樹は、どうなっているのか、今ごろは、定めて花を開き、窓にあたって光彩を発して居るであろう。

その香風をして、無暗に吹かしめることなく、せめては、その紅の花を留めて置いて、わが歸った時に見せる様にして呉れろと、こう云ってもらいたい。



(訳注)

寄遠,十一首之三 #2

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)

 

朱顏凋落盡,白髮一何新。

われは、朱顔すでに凋落し尽くしてきている、それで、白髪は新に生えて、頭に雪を戴くばかりとなっている。

 

自知未應還,離居經三春。

われが、何時、そちらに還るべきかわからず、しかも、離居して、すでに三年を経過した。

離居 離れて住むこと。また、その住居。

 

桃李今若為,當窗發光彩。

あの桃李の樹は、どうなっているのか、今ごろは、定めて花を開き、窓にあたって光彩を発して居るであらろう。

 

莫使香風飄,留與紅芳待。

その香風をして、無暗に吹かしめることなく、せめては、その紅の花を留めて置いて、わが歸った時に見せる様にして呉れろと、こう云ってもらいたい。

紅芳 江淹《銅爵妓》瑤色行應罷。紅芳幾為樂。
李白31歳 

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李白《巻24-31 寄遠,十一首之三  -#1(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)はじめて、短い手紙を書いて、相憶うの意を慇懃に述べようとした。すると、一行又一行、いくら書いても、書き切れず、紙一ぱいに成っても、この情は、窮極するところがない。

 

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四               文體:              五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之三

 

 

寄遠,十一首之三

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)

本作一行書,殷勤道相憶。

はじめて、短い手紙を書いて、相憶うの意を慇懃に述べようとした。

一行復一行,滿紙情何極。

すると、一行又一行、いくら書いても、書き切れず、紙一ぱいに成っても、この情は、窮極するところがない。

瑤臺有黃鶴,為報青樓人。

瑤臺に居る黄鶴よ、どうか我がために青楼に居る人に言伝をして呉れたまえ。

 

朱顏凋落盡,白髮一何新。

自知未應還,離居經三春。

桃李今若為,當窗發光彩。

莫使香風飄,留與紅芳待。

 

(寄遠,十一首之三)

本と一行の書を作し,殷勤 相い憶うを道う。

一行 復た一行,滿紙 情 何ぞ極まれん。

瑤臺に黃鶴有り,為に報ぜよ 青樓の人。

 

朱顏 凋落し盡し,白髮 一に何ぞ新なる。

自ら知る 未だ應に還るべからざるを,離居 三春を經たり。

桃李 今 若為【いかん】,窗に當って光彩を發す。

香風をして飄えら使むる莫れ,紅芳に留與して待つ。

 

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『寄遠,十一首之三』 現代語訳と訳註解説
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本文)

寄遠,十一首之三

本作一行書,殷勤道相憶。

一行復一行,滿紙情何極。

瑤臺有黃鶴,為報青樓人。


(下し文)
(寄遠,十一首之三)

本と一行の書を作し,殷勤 相い憶うを道う。

一行 復た一行,滿紙 情 何ぞ極まれん。

瑤臺に黃鶴有り,為に報ぜよ 青樓の人。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)

はじめて、短い手紙を書いて、相憶うの意を慇懃に述べようとした。

すると、一行又一行、いくら書いても、書き切れず、紙一ぱいに成っても、この情は、窮極するところがない。

瑤臺に居る黄鶴よ、どうか我がために青楼に居る人に言伝をして呉れたまえ。



(訳注)

寄遠,十一首之三

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の三)

 

本作一行書,殷勤道相憶。

はじめて、短い手紙を書いて、相憶うの意を慇懃に述べようとした。

一行書 短い手紙。

慇懃 1 真心がこもっていて、礼儀正しいこと。また、そのさま。ねんごろ。2 非常に親しく交わること。

 

一行復一行,滿紙情何極。

すると、一行又一行、いくら書いても、書き切れず、紙一ぱいに成っても、この情は、窮極するところがない。

 

瑤臺有黃鶴,為報青樓人。

瑤臺に居る黄鶴よ、どうか我がために青楼に居る人に言伝をして呉れたまえ。

瑤臺 玉で飾った美しい御殿。玉のうてな。玉楼。台は四方が展望できる高館。《楚辭離騷》「望瑤臺之偃蹇兮, 見有娥之佚女。」(瑤臺の偃蹇たるを望み,有娥の佚女を見る。)唐·李白·清平調三首之一:「若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。」(若し群玉 山頭にて見るに非ずんば,會らず瑤臺月下に向いて逢わん。)

黃鶴 仙人と黄色い鶴に関する黄鶴伝説 『列異伝』に出る故事。 子安にたすけられた鶴 (黄鵠) が、子安の死後、三年間その墓の上でかれを思って鳴きつづけ、鶴は死んだが子安は蘇って千年の寿命を保ったという。ここでは、鶴が命の恩人である子安を思う心の強さを住持に喩えたもの。

青樓 「南史」に、斉の武帝は、興光楼上に青い漆をぬり、世人これを青楼とよんだ、とある。

武帝(ぶてい、440 - 493年)は、斉の第2代皇帝。姓は蕭、諱は賾。高帝蕭道成の長子。 父の死で即位する。即位後は国力増強に力を注ぎ、大規模な検地を実施した。あまりに厳しい検地であったため、逆に農民の反発を招くこととなってしまったこともあったが、反乱自体は微弱なものに過ぎず、検地は結果的に大成功したという。また戸籍を整理したり、貴族の利権を削減して皇帝権力の強化に務めるなどの政治手腕を見せた。このため、武帝は南朝における名君の一人として讃えられている。
李白31歳 

185 《巻24-30 寄遠,十一首之二》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <185> Ⅰ李白詩1408 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5588

李白《巻24-30 寄遠,十一首之二》 意中の人の近状、かくの如きを想像して、われも相思の情に堪えず、そこで、短い手紙を書いて、二羽並んで空を飛ぶ雁に託して、あなたの所へ届けさせたいと思っているのだ。

 

 
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37-(1) 《巻02-21 駑驥 -#1》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1321> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5589 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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185 《巻24-30 寄遠,十一首之二》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年3143首 <185> Ⅰ李白詩1408 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5588

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之二

作地點:              目前尚無資料

 

 

寄遠,十一首之二

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の二)

青樓何所在,乃在碧雲中。

わが思う人の居る青楼は、どこに在るかといえば、晴れた日の碧雲の中に聾えて居る。

寶鏡掛秋水,羅衣輕春風。

そして、その室内には、寶鏡皎皎として、秋水の如く、身には薄い羅衣を著けて、軽く春風に翻る。

新妝坐落日,悵望金屏空。

新妝正に成りし後、夕陽の輝く欄干にもたれているが、金屏風の中に人なきを見て、惆悵の極み、自ら心が傷ましくなってくる。

念此送短書,願因雙飛鴻。

意中の人の近状、かくの如きを想像して、われも相思の情に堪えず、そこで、短い手紙を書いて、二羽並んで空を飛ぶ雁に託して、あなたの所へ届けさせたいと思っているのだ。

 

(遠きに寄す,十一首の二)

青樓 何れの所にか在る,乃ち碧雲の中に在る。

寶鏡 秋水に掛り,羅衣 春風に輕し。

新妝 落日に坐し,悵望 金屏空し。

此を念うて短書を送る,願わくば雙飛 鴻に因らん。

 

李白図102 

『寄遠,十一首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之二

青樓何所在,乃在碧雲中。

寶鏡掛秋水,羅衣輕春風。

新妝坐落日,悵望金屏空。

念此送短書,願因雙飛鴻。

 

(含異文)

青樓何所在,乃在碧雲中。

寶鏡掛秋水【寶鏡掛秋月】,羅衣輕春風。

新妝坐落日,悵望金屏空【悵望錦屏空】。

念此送短書【剪綵送短書】,願因雙飛鴻。


(下し文)
(遠きに寄す,十一首の二)

青樓 何れの所にか在る,乃ち碧雲の中に在る。

寶鏡 秋水に掛り,羅衣 春風に輕し。

新妝 落日に坐し,悵望 金屏空し。

此を念うて短書を送る,願わくば雙飛 鴻に因らん。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の二)

わが思う人の居る青楼は、どこに在るかといえば、晴れた日の碧雲の中に聾えて居る。

そして、その室内には、寶鏡皎皎として、秋水の如く、身には薄い羅衣を著けて、軽く春風に翻る。

新妝正に成りし後、夕陽の輝く欄干にもたれているが、金屏風の中に人なきを見て、惆悵の極み、自ら心が傷ましくなってくる。

意中の人の近状、かくの如きを想像して、われも相思の情に堪えず、そこで、短い手紙を書いて、二羽並んで空を飛ぶ雁に託して、あなたの所へ届けさせたいと思っているのだ。



(訳注)

寄遠,十一首之二

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の二)

 

巫山十二峰002 

青樓何所在,乃在碧雲中。

わが思う人の居る青楼は、どこに在るかといえば、晴れた日の碧雲の中に聾えて居る。

碧雲 晴れた日の雲。

 

寶鏡掛秋水,羅衣輕春風。

そして、その室内には、寶鏡皎皎として、秋水の如く、身には薄い羅衣を著けて、軽く春風に翻る。

掛秋水 その澄澈なるか形容して云う。

 

新妝坐落日,悵望金屏空。

新妝正に成りし後、夕陽の輝く欄干にもたれているが、金屏風の中に人なきを見て、惆悵の極み、自ら心が傷ましくなってくる。

 

 

念此送短書,願因雙飛鴻。

意中の人の近状、かくの如きを想像して、われも相思の情に堪えず、そこで、短い手紙を書いて、二羽並んで空を飛ぶ雁に託して、あなたの所へ届けさせたいと思っているのだ。

短書 文選、《李都尉(從軍)陵》江淹、「袖中有短書,願寄雙飛燕。」(袖中に短書有り,願わくば雙飛の燕に寄せん。)袖の中に持つ短い手紙をは、どうか二羽並んで飛ぶ燕にことづけ(妻に送り届け)たいと思う。

李都尉(從軍)

蹲酒送往人,蹄蹶在親宴。

日暮浮雲滋,握手淚如霰。

悠悠清川水,嘉紡得所薦,

而我在萬里,結髮不相見。

袖中有短書,願寄雙飛燕。

李白31歳 

184 《巻24-29 寄遠,十一首之一》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <184> Ⅰ李白詩1407 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5583

李白《巻24-29 寄遠,十一首之一》秦人と楚人とは、南北に遠く離れて、その心も、自然異なっているから、決して和合することもなく、皎皎としてその差別は明白である。しかし、あなたとは一心同体であり、千里の遠きにあっても、心は通じ合っているということだ。

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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184 《巻24-29 寄遠,十一首之一》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <184> Ⅰ李白詩1407 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5583

 

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之一

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

寄遠,十一首之一

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の一)

三鳥別王母,銜書來見過。

西王母には、大鶩、小鶩、青鳥という三羽の猛禽が仕えていたが別れて、手紙を口に加えてくるのを見届けた。

腸斷若剪弦,其如愁思何。

そこでその手紙を受けて、開いて見るとはらわたが断たれること、それが琴の絃を断ち切るように、愁思をつきることができるのだろうか。どうすることもできないだろう。

遙知玉窗裡,纖手弄雲和。

おもえばはるか遠くのあなたの棲む玉窓の内で、細い手に雲和の琴箏を弄していることであろう。

奏曲有深意,青松交女蘿。

琴曲を奏でるにしても、それには深い意味があって、青松の幹に女蘿が這いまとわりついている。そして己が身はつれなく、さびしく、独り空閨を守ってひたすら歎き詫びているだろう。

寫水山井中,同泉豈殊波。

今山際の井戸に水を注ぐと、若し同じ泉であるならば、その清冽の度も同じですっかり混一して、決して異なった波を起すことなどないのである。

秦心與楚恨,皎皎為誰多。

秦人と楚人とは、南北に遠く離れて、その心も、自然異なっているから、決して和合することもなく、皎皎としてその差別は明白である。しかし、あなたとは一心同体であり、千里の遠きにあっても、心は通じ合っているということだ。

 

(遠きに寄す,十一首之一)

三鳥 王母に別れ,書を銜んで來って過ぎらる。

腸斷って弦を剪るが若く,其れ愁思を如何【いかん】。

遙かに知る 玉窗の裡,纖手 雲和を弄するを。

曲を奏して深意有り,青松 女蘿に交る。

水を寫ぐ山井の中,同泉 豈に殊波ならんや。

秦心と楚恨と,皎皎 誰が為に多きを。

戦国七雄001 

 

『寄遠,十一首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之一

三鳥別王母,銜書來見過。

腸斷若剪弦,其如愁思何。

遙知玉窗裡,纖手弄雲和。

奏曲有深意,青松交女蘿。

寫水山井中,同泉豈殊波。

秦心與楚恨,皎皎為誰多。


(下し文)
(遠きに寄す,十一首之一)

三鳥 王母に別れ,書を銜んで來って過ぎらる。

腸斷って弦を剪るが若く,其れ愁思を如何【いかん】。

遙かに知る 玉窗の裡,纖手 雲和を弄するを。

曲を奏して深意有り,青松 女蘿に交る。

水を寫ぐ山井の中,同泉 豈に殊波ならんや。

秦心と楚恨と,皎皎 誰が為に多きを。

(現代語訳)
(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の一)

西王母には、大鶩、小鶩、青鳥という三羽の猛禽が仕えていたが別れて、手紙を口に加えてくるのを見届けた。

そこでその手紙を受けて、開いて見るとはらわたが断たれること、それが琴の絃を断ち切るように、愁思をつきることができるのだろうか。どうすることもできないだろう。

おもえばはるか遠くのあなたの棲む玉窓の内で、細い手に雲和の琴箏を弄していることであろう。

琴曲を奏でるにしても、それには深い意味があって、青松の幹に女蘿が這いまとわりついている。そして己が身はつれなく、さびしく、独り空閨を守ってひたすら歎き詫びているだろう。

今山際の井戸に水を注ぐと、若し同じ泉であるならば、その清冽の度も同じですっかり混一して、決して異なった波を起すことなどないのである。

秦人と楚人とは、南北に遠く離れて、その心も、自然異なっているから、決して和合することもなく、皎皎としてその差別は明白である。しかし、あなたとは一心同体であり、千里の遠きにあっても、心は通じ合っているということだ。

後漢三国州図001
(訳注)

寄遠,十一首之一

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の一)

 

三鳥別王母,銜書來見過。

西王母には、大鶩、小鶩、青鳥という三羽の猛禽が仕えていたが別れて、手紙を口に加えてくるのを見届けた。

三鳥 西王母には、大鶩、小鶩、青鳥という三羽の猛禽が仕えており、王母のために獣を捕らえて食事に差し出すことを役目としていた。《山海經大荒西經》:有三青鳥, 赤首黑目, 一名曰大 一名少 一名曰青鳥。「又西二百二十里,曰三危之山,三青鳥居之。是山也,廣員百里。」翩翩たる三羽の青鳥は、変わった毛色で愛らしい姿だ、朝には西王母の使いを勤め、夕にはねぐらの三危山に帰る。

 

腸斷若剪弦,其如愁思何。

そこでその手紙を受けて、開いて見るとはらわたが断たれること、それが琴の絃を断ち切るように、愁思を尽きることができるのだろうか。どうすることもできないだろう。

剪弦 琴の絃を断ち切る。

 

遙知玉窗裡,纖手弄雲和。

おもえばはるか遠くのあなたの棲む玉窓の内で、細い手に雲和の琴箏を弄していることであろう。

雲和 琴材を出す山の名。転じて、琴の称、雲龢【うんわ】。琴は、古代の弦楽器。ここでは、ギターや三味線のように斜めにいだく形式のものを指す。『周禮・春官宗伯第三』に「孤竹之管,雲和之琴瑟,雲門之舞」とある。

 

奏曲有深意,青松交女蘿。

琴曲を奏でるにしても、それには深い意味があって、青松の幹に女蘿が這いまとわりついている。そして己が身はつれなく、さびしく、独り空閨を守ってひたすら歎き詫びているだろう。

女蘿 地衣類の植物。松蘿ともいう。ひげのかずら。《楚辞九歌山鬼篇》「若有人兮山之阿,被薜荔兮。」 李白『春歸終南山松龕舊隱』

我來南山陽,事事不異昔。

卻尋溪中水,還望巖下石。

薔薇緣東窗,女蘿繞北壁。

別來能幾日,草木長數尺。

且復命酒樽,獨酌陶永夕。

178 《巻22-10 春歸終山松龕舊隱》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <178> Ⅰ李白詩1398 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5538

 

寫水山井中,同泉豈殊波。

今山際の井戸に水を注ぐと、若し同じ泉であるならば、その清冽の度も同じですっかり混一して、決して異なった波を起すことなどないのである。

 

秦心與楚恨,皎皎為誰多。

秦人と楚人とは、南北に遠く離れて、その心も、自然異なっているから、決して和合することもなく、皎皎としてその差別は明白である。しかし、あなたとは一心同体であり、千里の遠きにあっても、心は通じ合っているということだ。
李白31歳 

183 《巻24-21 嵩山采菖蒲者 》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <183> Ⅰ李白詩1406 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5578

李白《巻24-21 嵩山采菖蒲者 (李白が嵩山にいた時に、菖蒲を採るものを見つけて、漢の武帝の故事を思い出して作った詩。)むかしの神仙のものは、古めかしく貌奇なものであり、両耳は下がって肩に持たれる位である。嵩山に於いて、漢の武帝に遭い、いろいろ不老長寿を説いたのは、多分、九疑の仙人であったろう。

 

 
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183 《巻24-21 嵩山采菖蒲者 》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <183> Ⅰ李白詩1406 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5578 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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36-(1) 《巻05-30 答孟郊 -1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元十四年31歲<1319> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5579 
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年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    嵩山採菖蒲者

作地點: 嵩山(都畿道 / 河南府 / 嵩山)

及地點: 嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高      

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

金城 (京畿道 京兆府 金城) 別名:興平         

 

 

嵩山採菖蒲者

(李白が嵩山にいた時に、菖蒲を採るものを見つけて、漢の武帝の故事を思い出して作った詩。)

神仙多古貌,雙耳下垂肩。

むかしの神仙のものは、古めかしく貌奇なものであり、両耳は下がって肩に持たれる位である。

嵩嶽逢漢武,疑是九疑仙。

嵩山に於いて、漢の武帝に遭い、いろいろ不老長寿を説いたのは、多分、九疑の仙人であったろう。

我來採菖蒲,服食可延年。

そこで、自分も今、菖蒲を採取し、これを服食し、齢を延べて長生するつもりだと言っていたのだ。

言終忽不見,滅影入雲煙。

だが、そう言い終わると、忽ち見えなくなり、影を滅して雲煙の中に入ったが、この人は、けだし有道者の流れで、菖蒲を服して、天晴、見事に昇天する。

帝竟莫悟,終歸茂陵田。

しかし、九疑の仙人は、あれほどまでに武帝を諭したのに、武帝はそれを悟ることが出来ず、菖蒲を服しても、悶を覚えて不快だといい、やがて中止したものだから、ついに仙を得ず、人並みの死にざまであったし、果ては茂陵に葬られたということだ。

(嵩山に菖蒲を採る者)

神仙 古貌多し,雙耳 下って肩に垂る。

嵩嶽に漢武に逢い,疑うらくは是れ九疑の仙。

我れ來って菖蒲を採り,服食 年を延ぶ可し。

言終って忽ち見えず,影を滅して雲煙に入る。

帝にすも竟に悟る莫し,終に歸す茂陵の田。

 

 

『嵩山採菖蒲者』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

嵩山採菖蒲者

神仙多古貌,雙耳下垂肩。

嵩嶽逢漢武,疑是九疑仙。

我來採菖蒲,服食可延年。

言終忽不見,滅影入雲煙。

帝竟莫悟,終歸茂陵田。


(下し文)
(嵩山に菖蒲を採る者)

神仙 古貌多し,雙耳 下って肩に垂る。

嵩嶽に漢武に逢い,疑うらくは是れ九疑の仙。

我れ來って菖蒲を採り,服食 年を延ぶ可し。

言終って忽ち見えず,影を滅して雲煙に入る。

帝にすも竟に悟る莫し,終に歸す茂陵の田

(現代語訳)
(李白が嵩山にいた時に、菖蒲を採るものを見つけて、漢の武帝の故事を思い出して作った詩。)

むかしの神仙のものは、古めかしく貌奇なものであり、両耳は下がって肩に持たれる位である。

嵩山に於いて、漢の武帝に遭い、いろいろ不老長寿を説いたのは、多分、九疑の仙人であったろう。

そこで、自分も今、菖蒲を採取し、これを服食し、齢を延べて長生するつもりだと言っていたのだ。

だが、そう言い終わると、忽ち見えなくなり、影を滅して雲煙の中に入ったが、この人は、けだし有道者の流れで、菖蒲を服して、天晴、見事に昇天する。

しかし、九疑の仙人は、あれほどまでに武帝を諭したのに、武帝はそれを悟ることが出来ず、菖蒲を服しても、悶を覚えて不快だといい、やがて中止したものだから、ついに仙を得ず、人並みの死にざまであったし、果ては茂陵に葬られたということだ。



(訳注)

嵩山採菖蒲者

(李白が嵩山にいた時に、菖蒲を採るものを見つけて、漢の武帝の故事を思い出して作った詩。)

 

神仙多古貌,雙耳下垂肩。

むかしの神仙のものは、古めかしく貌奇なものであり、両耳は下がって肩に持たれる位である。

古貌 貌奇で古めかしいこと。仙人スタイル。

 

嵩嶽逢漢武,疑是九疑仙。

嵩山に於いて、漢の武帝に遭い、いろいろ不老長寿を説いたのは、多分、九疑の仙人であったろう。

嵩嶽逢漢武 《神仙傳·王興》: 昔漢武帝元封二年上嵩山,登大愚石室,起道宮,使董奉君東方朔等,斎潔思神,至夜,忽見仙人長二丈余,耳下垂至肩,武帝禮而問之,仙人曰:「吾九疑仙人也,聞中嶽有石上菖蒲,一寸九節,服之可以長生,故來采之。」忽然不見,武帝顧謂侍臣曰:「彼非欲學道服食者,必是中嶽之神,以此教朕耳。」乃采菖蒲服之,且二年,而武帝性好熱食,服菖蒲每熱者,輒煩悶不快,乃止。時從官多皆服之,然莫能持久,唯王興聞仙人使武帝常服菖蒲,乃采服之,不息,遂得長生。魏武帝時猶在,其鄰裏老小皆雲傳世見之,視興常如五十許人,其強健,日行三百裏,後不知所之。

九疑仙 舜が蒼梧の野で死去して零陵の九疑山に葬られたという伝説になり、その時に、二妃がこれを追って追いつかず、途中で溺れたというのは、だれもが信ずることができない伝説なのである。二妃の素晴らしさが後追いの伝説に変わった。

 

我來採菖蒲,服食可延年。

そこで、自分も今、菖蒲を採取し、これを服食し、齢を延べて長生するつもりだと言っていたのだ。

 

言終忽不見,滅影入雲煙。

だが、そう言い終わると、忽ち見えなくなり、影を滅して雲煙の中に入ったが、この人は、けだし有道者の流れで、菖蒲を服して、天晴、見事に昇天する。

滅影 天晴、見事に昇天する。

 

帝竟莫悟,終歸茂陵田。

しかし、九疑の仙人は、あれほどまでに武帝を諭したのに、武帝はそれを悟ることが出来ず、菖蒲を服しても、悶を覚えて不快だといい、やがて中止したものだから、ついに仙を得ず、人並みの死にざまであったし、果ては茂陵に葬られたということだ。

茂陵 前漢の武帝の墓。長安 (現在の西安) の北西,渭 () 水をへだてた丘陵上にある。この付近には文帝,宣帝を除く前漢9帝の陵があり,茂陵はそのなかの最大の陵で方台状をなし,方約 250m,高さ 36m

渭北高原の前漢陵墓中最も西辺にあり,かつ最も規模が大きい。陵は東西231m,南北約234m,高さ46.5mの方形台状である。四周に東西430m,南北414mの土壁をめぐらし四方に門闕をもつ。陵の西北に李夫人墓があるほか,東方には衛青・霍去病(かくきよへい)墓が北寄りに,霍光(かくこう)墓ほか十数基の陪冢(ばいちよう)が南寄りに,それぞれほぼ東西に列をなし,始皇陵と同じく陵が東向きであった可能性がある。

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李白《巻24-03 題元丹丘潁陽山居 并序-3遙かに汝水の月に通じ、嵩山の雲は、遠慮なく飛んでくる。元丹邱は、逸趣に合致したといって、大いに喜んでいるし、我もまた彼の作を見て、その清く芳しき趣きを欽慕するところなのだ。

 

 
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