漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

2015年03月

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

209-#3 《巻15-13 送楊少府赴選 -#3》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <209-#3> Ⅰ李白詩1445 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5773

李白 巻15-13 送楊少府赴選  ―♯3  我々はもとより、功名富貴に意があるわけではなく、知人が栄遷したからといって、冠を弾じて相い慶するというようなことはないが、ここに感動して別れするにあたって、胸襟を開いて心に思うことを十分の述べるのである。そして、この野に遺賢なく、したがって白駒で空谷に乗り込むような人を見る事は無く、賢人も悲吟する必要もない。

 

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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209-#3 《巻15-13 送楊少府赴選  -#3Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <209-#3> Ⅰ李白詩1445 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5773

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七五               李太白集巻十五 13  文體:   五言古詩

詩題:    送楊少府赴選

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

交遊人物/地點:楊少府      當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

大國置衡鏡,準平天地心。

大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

群賢無邪人,朗鑒窮情深。

こうして群賢の中には奸佞の小人はいないので、その鑑別も明鏡の如く、情深を極め、決して濁乱浅薄のものではない。

吾君詠南風,袞冕彈鳴琴。

今、吾らの天子は、古の虞舜のように、孝行を教える「南風」詩を吟詠して天下自ずから治まり、画衣冠冕を召して、鳴琴をきいていられる。

時泰多美士,京國會纓簪。【時泰多英士、京國富纓簪】

この時代、安泰して、美才の士も多く、京國には公卿を會して、さすがに衣冠の府たるにそむかない。

 

山苗落澗底,幽松出高岑。

もとより、山苗は落ちて澗底にあるのであって、幽松は高岑の上に植えられ伸び出るべきもので、才器に随って高下し、その場に適応する能力を持っている。

夫子有盛才,主司得球琳。

楊君は、それほどに盛才あるがゆえに、上司の者はこれを選挙し、見事な崑崙の美玉のように扱ってくれるはずである。

流水非鄭曲,前行遇知音。

かの伯牙の琴を鼓いた「流水の曲」は鄭衛の曲」が動けば心は淫するではいけないもので、鍾子期にあらざれば、これを賞する人も少なくないが、君は幸いにも知音と呼べる人がと出遭って、今次、選に赴くので、まことにめでたいことである。

衣工剪綺繡,一誤傷千金。

かの着物の仕立屋が、錦繍綺羅を裁断するときに一度誤って裁断すると、千金を台無しにするというものだ。

 

何惜刀尺餘,不裁寒女衾。

刀尺の餘りの裁断ミスの残り屑では、いくら物が良くても寒女の衾に裁縫する事さえできない。こうして、人才を選赴するのに推薦されるというのも容易なことではなく、選赴で上京する以上、頑張ってもらいたいものである。

我非彈冠者,感別但開襟。

我々はもとより、功名富貴に意があるわけではなく、知人が栄遷したからといって、冠を弾じて相い慶するというようなことはないが、ここに感動して別れするにあたって、胸襟を開いて心に思うことを十分の述べるのである

空谷無白駒,賢人豈悲吟。

そして、この野に遺賢なく、したがって白駒で空谷に乗り込むような人を見る事は無く、賢人も悲吟する必要もない。

大道安棄物,時來或招尋。

世間に棄てられた不遇の者も、大道に安んじて、やがて、時が来れば招尋されるということである。

爾見山吏部,當應無陸沈。

君を選赴した主司は、昔の山濤の様な人で、こういう人がおれば、水なくして沈むように、無理に隠遁する者もいないはずであり、今後にも期待が持てるということである。

 

(楊少府の赴選さるを送る)

大國 衡鏡を置き,天地の心を準平す。

群賢 邪人無く,朗鑒【ろうかん】 情深を窮む。

吾が君 南風を詠じ,袞冕【こんべん】鳴琴を彈ず。

時 泰にして 美士多く,京國 纓簪【えいしん】を會す。

 

山苗 澗底に落ち,幽松 高岑に出づ。

夫子 盛才有り,主司 球琳を得る。

流水 鄭曲に非ず,前行 知音に遇う。

衣工 綺繡を剪り,一誤 千金を傷む。

 

何ぞ惜まん 刀尺の餘,寒女の衾を裁せず。

我 彈冠の者に非ず,別に感じて 但だ襟を開く。

空谷に 白駒無し,賢人 豈に悲吟せんや。

大道 棄物を安じて,時來って或は招尋せる。

爾見よ 山吏部,當に應に陸沈無かるべし。

Ta唐 長安近郊圖  新02洛陽 函谷関 嵩山005 

 

『送楊少府赴選』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

何惜刀尺餘,不裁寒女衾。

我非彈冠者,感別但開襟。

空谷無白駒,賢人豈悲吟。

大道安棄物,時來或招尋。

爾見山吏部,當應無陸沈。


(下し文)
何ぞ惜まん 刀尺の餘,寒女の衾を裁せず。

我 彈冠の者に非ず,別に感じて 但だ襟を開く。

空谷に 白駒無し,賢人 豈に悲吟せんや。

大道 棄物を安じて,時來って或は招尋せる。

爾見よ 山吏部,當に應に陸沈無かるべし。

(現代語訳)
刀尺の餘りの裁断ミスの残り屑では、いくら物が良くても寒女の衾に裁縫する事さえできない。こうして、人才を選赴するのに推薦されるというのも容易なことではなく、選赴で上京する以上、頑張ってもらいたいものである。

我々はもとより、功名富貴に意があるわけではなく、知人が栄遷したからといって、冠を弾じて相い慶するというようなことはないが、ここに感動して別れするにあたって、胸襟を開いて心に思うことを十分の述べるのである

そして、この野に遺賢なく、したがって白駒で空谷に乗り込むような人を見る事は無く、賢人も悲吟する必要もない。

世間に棄てられた不遇の者も、大道に安んじて、やがて、時が来れば招尋されるということである。



(訳注)

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

楊少府 縣尉であった楊某。地方職官名。與縣丞同為古時縣令(或縣)的首要佐官吏

赴選 縣尉の職によく任えて、政績彰、顕著であることで、これを選んで、都に上らせ、他の職に栄遷させることをいう。・撰/選:人を選んで役職に就ける。

 

何惜刀尺餘,不裁寒女衾。

刀尺の餘りの裁断ミスの残り屑では、いくら物が良くても寒女の衾に裁縫する事さえできない。こうして、人才を選赴するのに推薦されるというのも容易なことではなく、選赴で上京する以上、頑張ってもらいたいものである。

 

我非彈冠者,感別但開襟。

我々はもとより、功名富貴に意があるわけではなく、知人が栄遷したからといって、冠を弾じて相い慶するというようなことはないが、ここに感動して別れするにあたって、胸襟を開いて心に思うことを十分の述べるのである

彈冠 「貢禹彈冠」のことで冠を弾じて相い慶すること、《漢書·王吉傳》:“吉與貢禹為友,世稱'王陽在位,貢公彈冠'。言其取捨同也。”にもとづくもの。

 

空谷無白駒,賢人豈悲吟。

そして、この野に遺賢なく、したがって白駒で空谷に乗り込むような人を見る事は無く、賢人も悲吟する必要もない。

白駒 “賢を用うる能わず、賢人 白駒に乗じて去者有り。”に基づく。《毛萇、詩傳》「白駒、大夫、刺宣王也。宣王之末、不能用賢、賢人有乗白駒而去者。」其末章云「皎皎白駒在彼空谷生芻楚俱切一束其人如玉毋音無金玉爾音而有遐心。」

 

大道安棄物,時來或招尋。

世間に棄てられた不遇の者も、大道に安んじて、やがて、時が来れば招尋されるということである。

 

爾見山吏部,當應無陸沈。

君を選赴した主司は、昔の山濤の様な人で、こういう人がおれば、水なくして沈むように、無理に隠遁する者もいないはずであり、今後にも期待が持てるということである。

山吏部 山濤 吏部尚書のこと。晉書 「其以濤爲吏部尚書。”濤辭以喪病,章表懇切。會元皇后崩,遂扶興還洛。逼迫詔命,自力就職。前後選擧,周遍内外,而並得其才。濤所奏甄拔人物,各爲題目,時稱《山公事》。」とある。

陸沈 “大隠は市に隠る”の意である成語。 俗人と共に暮らし、表面は俗人と同様の生活を営みながら隠者として暮らすあり方を形容した言葉である。けだし妙であるという言葉であり、荘子・雑篇の則陽に、『陸沈者』として出てくる。
李白の足跡0000 

209-#2 《巻15-13 送楊少府赴選 -#2》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <209-#2> Ⅰ李白詩1444 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5768

李白 巻15-13 送楊少府赴選 -♯2  もとより、山苗は落ちて澗底にあるのであって、幽松は高岑の上に植えられ伸び出るべきもので、才器に随って高下し、その場に適応する能力を持っている。楊君は、それほどに盛才あるがゆえに、上司の者はこれを選挙し、見事な崑崙の美玉のように扱ってくれるはずである。

 

 
 2015年3月30日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-45-#3奉節-36-#3 《巻16-06 八哀詩八首〔六〕故秘書少監武功蘇公源明 -3》 杜甫index-15 杜甫<908-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5770 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-36韋荘114《巻3-14 喜遷鶯二首 其二》三巻14-〈114〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5772 
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209-#2 《巻15-13 送楊少府赴選  -#2Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <209-#2> Ⅰ李白詩1444 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5768

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七五               李太白集巻十五 13  文體:   五言古詩

詩題:    送楊少府赴選

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

交遊人物/地點:楊少府      當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

大國置衡鏡,準平天地心。

大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

群賢無邪人,朗鑒窮情深。

こうして群賢の中には奸佞の小人はいないので、その鑑別も明鏡の如く、情深を極め、決して濁乱浅薄のものではない。

吾君詠南風,袞冕彈鳴琴。

今、吾らの天子は、古の虞舜のように、孝行を教える「南風」詩を吟詠して天下自ずから治まり、画衣冠冕を召して、鳴琴をきいていられる。

時泰多美士,京國會纓簪。【時泰多英士、京國富纓簪】

この時代、安泰して、美才の士も多く、京國には公卿を會して、さすがに衣冠の府たるにそむかない。

 

山苗落澗底,幽松出高岑。

もとより、山苗は落ちて澗底にあるのであって、幽松は高岑の上に植えられ伸び出るべきもので、才器に随って高下し、その場に適応する能力を持っている。

夫子有盛才,主司得球琳。

楊君は、それほどに盛才あるがゆえに、上司の者はこれを選挙し、見事な崑崙の美玉のように扱ってくれるはずである。

流水非鄭曲,前行遇知音。

かの伯牙の琴を鼓いた「流水の曲」は鄭衛の曲」が動けば心は淫するではいけないもので、鍾子期にあらざれば、これを賞する人も少なくないが、君は幸いにも知音と呼べる人がと出遭って、今次、選に赴くので、まことにめでたいことである。

衣工剪綺繡,一誤傷千金。

かの着物の仕立屋が、錦繍綺羅を裁断するときに一度誤って裁断すると、千金を台無しにするというものだ。

 

何惜刀尺餘,不裁寒女衾。

我非彈冠者,感別但開襟。

空谷無白駒,賢人豈悲吟。

大道安棄物,時來或招尋。

爾見山吏部,當應無陸沈。

 

(楊少府の赴選さるを送る)

大國 衡鏡を置き,天地の心を準平す。

群賢 邪人無く,朗鑒【ろうかん】 情深を窮む。

吾が君 南風を詠じ,袞冕【こんべん】鳴琴を彈ず。

時 泰にして 美士多く,京國 纓簪【えいしん】を會す。

 

山苗 澗底に落ち,幽松 高岑に出づ。

夫子 盛才有り,主司 球琳を得る。

流水 鄭曲に非ず,前行 知音に遇う。

衣工 綺繡を剪り,一誤 千金を傷む。

 

何ぞ惜まん 刀尺の餘,寒女の衾を裁せず。

我 彈冠の者に非ず,別に感じて 但だ襟を開く。

空谷に 白駒無し,賢人 豈に悲吟せんや。

大道 棄物を安じて,時來って或は招尋せる。

爾見よ 山吏部,當に應に陸沈無かるべし。

 

 

『送楊少府赴選』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
《巻15-13 送楊少府赴選  -#2
山苗落澗底,幽松出高岑。

夫子有盛才,主司得球琳。

流水非鄭曲,前行遇知音。

衣工剪綺繡,一誤傷千金。


(下し文)
山苗 澗底に落ち,幽松 高岑に出づ。

夫子 盛才有り,主司 球琳を得る。

流水 鄭曲に非ず,前行 知音に遇う。

衣工 綺繡を剪り,一誤 千金を傷む。

(現代語訳)
もとより、山苗は落ちて澗底にあるのであって、幽松は高岑の上に植えられ伸び出るべきもので、才器に随って高下し、その場に適応する能力を持っている。

楊君は、それほどに盛才あるがゆえに、上司の者はこれを選挙し、見事な崑崙の美玉のように扱ってくれるはずである。

かの伯牙の琴を鼓いた「流水の曲」は鄭衛の曲」が動けば心は淫するではいけないもので、鍾子期にあらざれば、これを賞する人も少なくないが、君は幸いにも知音と呼べる人がと出遭って、今次、選に赴くので、まことにめでたいことである。

かの着物の仕立屋が、錦繍綺羅を裁断するときに一度誤って裁断すると、千金を台無しにするというものだ。


(訳注) 《巻15-13 送楊少府赴選  -#2

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

楊少府 縣尉であった楊某。地方職官名。與縣丞同為古時縣令(或縣)的首要佐官吏

赴選 縣尉の職によく任えて、政績彰、顕著であることで、これを選んで、都に上らせ、他の職に栄遷させることをいう。・撰/選:人を選んで役職に就ける。

 

山苗落澗底,幽松出高岑。

もとより、山苗は落ちて澗底にあるのであって、幽松は高岑の上に植えられ伸び出るべきもので、才器に随って高下し、その場に適応する能力を持っている。

山苗落澗底 左思〈詠史〉詩「鬱鬱澗底松,離離山上苗。」(鬱鬱たり 澗底の松、離離たり 山上の苗。)谷底に松が鬱蒼と繁っている。山上では苗木がのびのびと枝を伸ばしている。

 

夫子有盛才,主司得球琳。

楊君は、それほどに盛才あるがゆえに、上司の者はこれを選挙し、見事な崑崙の美玉のように扱ってくれるはずである。

球琳 球琳琅玕の美玉。 《淮南子·形訓》:「西北方之美者,有昆崙之球琳琅玕焉。」 高誘注:「球琳琅玕,皆美玉也。とある。

 

流水非鄭曲,前行遇知音。

かの伯牙の琴を鼓いた「流水の曲」は鄭衛の曲」が動けば心は淫するではいけないもので、鍾子期にあらざれば、これを賞する人も少なくないが、君は幸いにも知音と呼べる人がと出遭って、今次、選に赴くので、まことにめでたいことである。

流水 呂氏春秋「伯牙鼓琴。鍾子期聽之。方鼓琴而志在太山。鍾子期曰。善哉乎鼓琴。巍巍乎若太山。少選之間。而志在流水。鍾子期又曰。善哉乎鼓琴。湯湯乎若流水。」

鄭曲 史記「鄭衛之曲動而心淫。」(鄭衛の曲が動けば心は淫するもの。)とみえる。

知音 知音は、『列子(湯問)』などの故事に由来する。 中国春秋時代、伯牙(はくが)という琴の名手がいた。 友人の鐘子期(しょうしき)が死に、伯牙は自分の琴の音をよく理解してくれる者がいなくなったと嘆き、琴の弦を切って二度と弾かなかった。 そこから、自分を知ってくれる人や親友を「知音」というようになった。

 

衣工剪綺繡,一誤傷千金。

かの着物の仕立屋が、錦繍綺羅を裁断するときに一度誤って裁断すると、千金を台無しにするというものだ。

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李白 巻15―13 送楊少府赴選 ―#1 楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる。大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

 

 
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年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七五               李太白集巻十五 13  文體:   五言古詩

詩題:    送楊少府赴選

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

交遊人物/地點:楊少府      當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

大國置衡鏡,準平天地心。

大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

群賢無邪人,朗鑒窮情深。

こうして群賢の中には奸佞の小人はいないので、その鑑別も明鏡の如く、情深を極め、決して濁乱浅薄のものではない。

吾君詠南風,袞冕彈鳴琴。

今、吾らの天子は、古の虞舜のように、孝行を教える「南風」詩を吟詠して天下自ずから治まり、画衣冠冕を召して、鳴琴をきいていられる。

時泰多美士,京國會纓簪。【時泰多英士、京國富纓簪】

この時代、安泰して、美才の士も多く、京國には公卿を會して、さすがに衣冠の府たるにそむかない。

 

山苗落澗底,幽松出高岑。

夫子有盛才,主司得球琳。

流水非鄭曲,前行遇知音。

衣工剪綺繡,一誤傷千金。

 

何惜刀尺餘,不裁寒女衾。

我非彈冠者,感別但開襟。

空谷無白駒,賢人豈悲吟。

大道安棄物,時來或招尋。

爾見山吏部,當應無陸沈。

 

(楊少府の赴選さるを送る)

大國 衡鏡を置き,天地の心を準平す。

群賢 邪人無く,朗鑒【ろうかん】 情深を窮む。

吾が君 南風を詠じ,袞冕【こんべん】鳴琴を彈ず。

時 泰にして 美士多く,京國 纓簪【えいしん】を會す。

 

山苗 澗底に落ち,幽松 高岑に出づ。

夫子 盛才有り,主司 球琳を得る。

流水 鄭曲に非ず,前行 知音に遇う。

衣工 綺繡を剪り,一誤 千金を傷む。

 

何ぞ惜まん 刀尺の餘,寒女の衾を裁せず。

我 彈冠の者に非ず,別に感じて 但だ襟を開く。

空谷に 白駒無し,賢人 豈に悲吟せんや。

大道 棄物を安じて,時來って或は招尋せる。

爾見よ 山吏部,當に應に陸沈無かるべし。

洛陽 函谷関 嵩山005 

 

『送楊少府赴選』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

送楊少府赴選

大國置衡鏡,準平天地心。

群賢無邪人,朗鑒窮情深。

吾君詠南風,袞冕彈鳴琴。

時泰多美士,京國會纓簪。

(下し文)
(
楊少府の選に赴くを送る)

大國 衡鏡を置き,天地の心を準平す。

群賢 邪人無く,朗鑒【ろうかん】 情深を窮む。

吾が君 南風を詠じ,袞冕【こんべん】鳴琴を彈ず。

時 泰にして 美士多く,京國 纓簪【えいしん】を會す。

(現代語訳)
(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

こうして群賢の中には奸佞の小人はいないので、その鑑別も明鏡の如く、情深を極め、決して濁乱浅薄のものではない。

今、吾らの天子は、古の虞舜のように、孝行を教える「南風」詩を吟詠して天下自ずから治まり、画衣冠冕を召して、鳴琴をきいていられる。

この時代、安泰して、美才の士も多く、京國には公卿を會して、さすがに衣冠の府たるにそむかない。


(訳注)

送楊少府赴選

(楊少府が縣尉の職によく任えて栄遷のため都に上京するのをおくる)

楊少府 縣尉であった楊某。地方職官名。與縣丞同為古時縣令(或縣)的首要佐官吏

赴選 縣尉の職によく任えて、政績彰、顕著であることで、これを選んで、都に上らせ、他の職に栄遷させることをいう。・撰/選:人を選んで役職に就ける。

李白の足跡0000 

大國置衡鏡,準平天地心。

大国には詮衡の職が設置されており、その職の者は天地の心に準平せしむることに勤めて、その官に適うものはどしどし登庸するのである。

衡鏡 詮衡の職によって、その官に適うものはどしどし登庸する。北周庾信《代人乞致仕表》「出擁干旄, 入參衡鏡。」とある。鏡は「準平天地心」のことをいう。

 

群賢無邪人,朗鑒窮情深。

こうして群賢の中には奸佞の小人はいないので、その鑑別も明鏡の如く、情深を極め、決して濁乱浅薄のものではない。

朗鑒 明鏡。朗は明朗、鑒は鏡。晉の陸機《君子行》「朗鑒豈遠假, 取之在傾冠。」とあり、 晉の葛洪に《抱樸子嘉遯》「使夫承蘭風以傾柯, 擢清波以遣穢者, 若沈景之應朗鑒, 方圓之赴規矩。」

 

吾君詠南風,袞冕彈鳴琴。

今、吾らの天子は、古の虞舜のように、孝行を教える「南風」詩を吟詠して天下自ずから治まり、画衣冠冕を召して、鳴琴をきいていられる。

詠南風 《禮記,樂記》:「昔者舜作五弦之琴,以歌《南風》。」鄭玄注:「〈南風〉,長養之風。」孔穎達疏:「舜有孝行,故以此五弦之琴歌〈南風〉之詩而敎天下之孝也。」(昔者、舜五弦の琴を作し、以て《南風》を歌う。)鄭玄の注に(〈南風〉,“長養の風”。)孔穎達疏に(舜に孝行有り,故に以て此れ五弦の琴歌〈南風〉之の詩で天下の孝を敎う也。)

袞冕 袞衣(こんえ) 斧依と冕冠(べんかん)とからなる天子の礼服。天子の衣冠。袞冕十二章:古代から中国の皇帝(天子)が着用していた12種類の刺繍が記された礼服。

 

時泰多美士,京國會纓簪。

この時代、安泰して、美才の士も多く、京國には公卿を會して、さすがに衣冠の府たるにそむかない。

纓簪 公卿に同じ。

208-#3 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#3》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#3> Ⅰ李白詩1442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5758

李白《巻12-21 北山獨酌寄韋六   -#3これほどのことをどうして世の中の人は知ろうとしないのであろうか、名誉と利益を求めようとする気持ちばかり先に立ち、秩序なく動きまわるだけではないか、そんなことより君も、衣の塵を払って、ここに来て、一緒に、凊修を事としてはいかがだろうか。

 
 2015年3月28日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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208-#3 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#3》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#3> Ⅰ李白詩1442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5758 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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50-§3-3 《上張僕射書-#8》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1355> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5759 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#10奉節-35-#10 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -10》 杜甫index-15 杜甫<907-10> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5755 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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208-#3 《巻12-21 北山獨酌寄韋六   -#3Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#3> Ⅰ李白詩1442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5758

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七二                李太白集 巻12 21首目  文體:五言古詩

詩題:    北山獨酌寄韋六

作地點:              白兆山(淮南道 / 安州 / 白兆山)

及地點:              白兆山 (淮南道 安州 白兆山) 別名:北山      

交遊人物:韋六    書信往來 (京畿道 京兆府 長安)

 

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#1

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

巢父將許由,未聞買山隱。

巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。

道存跡自高,何憚去人近。

つまり、道家の道にして存すれば、その人の行跡、自ずから高く、大隠は市中に棲むというように、人間を去ること近くとも、そんなことは一向に構わないはずである、

紛吾下茲嶺,地閒喧亦泯。

ここに、吾、この峰を下ると地閒にして、世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。

#2

門橫群岫開,水鑿眾泉引。

谷間を入る崖は門とは、群岫に対して横に向って開いており、水は、山中の衆泉を遠くから集め引いて来て滝となって落ちて流れを穿っている。

屏高而在雲,竇深莫能準。

それから四面の靑嶂は屏風のように屹立して、その頂は、兀として雲を抜け、洞窟の深いものはとてもその奥を測ることはできないくらいである。

川光晝昏凝,林氣夕淒緊。

川の色は昼だというのに暗くて、太陽が動いても暗さは変わらない、森の木々の嵐気は夕べのような冷気がすごくて身に浸みる。

於焉摘朱果,兼得養玄牝。

ここでは、熟した朱色の果物を摘み取り、そして老子の云う「神秘なる母性」なる宇宙の大道をこの身に涵養することができる。

#3

坐月觀寶書,拂霜弄瑤軫。

そして、名月の秋には、坐して仙書を讀み、霜を払って、琴柱を引き締めやがて糸を掻き鳴らす。

傾壺事幽酌,顧影還獨盡。

酒壺を傾けて、一人心静かに、また、酌み、そして月影を顧みて、またその尽きるに任せる。

念君風塵游,傲爾令自哂。

北山山中の幽居の趣きはおおよそこんなところで、君が今風塵にさまよい歩くのを思い、吾は既にその処を得ているので、傲然として、君がいまだに浮世に執着しているのを自然と笑ってしまうのである。

安知世上人,名利空蠢蠢。【案:一本此下有以下二句:安知世上人,名利空蠢蠢。】

これほどのことをどうして世の中の人は知ろうとしないのであろうか、名誉と利益を求めようとする気持ちばかり先に立ち、秩序なく動きまわるだけではないか、そんなことより君も、衣の塵を払って、ここに来て、一緒に、凊修を事としてはいかがだろうか。

 

(北山に獨酌し韋六に寄す)

巢父 將許由と,未だ聞かず 山を買うて隱るるを。

道 存すれば 跡 自ら高し,何ぞ憚らん 人を去ろこと 近きを。

紛として 吾 茲の嶺を下る,地閒にして 喧の亦た 泯【ほろ】ぶ。

 

門は群岫に橫って開き,水は眾泉を鑿って引く。

屏 高くして 雲に在り,竇 深くして能く準ずる莫し。

川光 晝 昏凝【こんぎょう】,林氣 夕べに淒緊【せいきん】。

於焉【ここ】に朱果を摘み,兼ねて 玄牝を養うを得たり。

 

月に坐して寶書を觀,拂霜をうて瑤軫【ようしん】を弄す。

壺を傾けて 幽酌を事とし,影を顧りみて還た獨り盡く。

君が風塵の游ぶを念えば,傲爾【ごうじ】として自ら哂わ令む。

安ぞ知らん 世の上人,名利 空しく蠢蠢【しゅんしゅん】。

 

 

『北山獨酌寄韋六』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》
#3

坐月觀寶書,拂霜弄瑤軫。

傾壺事幽酌,顧影還獨盡。

念君風塵游,傲爾令自哂。

安知世上人,名利空蠢蠢。

(下し文)
月に坐して寶書を觀,拂霜をうて瑤軫【ようしん】を弄す。

壺を傾けて 幽酌を事とし,影を顧りみて還た獨り盡く。

君が風塵の游ぶを念えば,傲爾【ごうじ】として自ら哂わ令む。

安ぞ知らん 世の上人,名利 空しく蠢蠢【しゅんしゅん】。


(現代語訳)
そして、名月の秋には、坐して仙書を讀み、霜を払って、琴柱を引き締めやがて糸を掻き鳴らす。

酒壺を傾けて、一人心静かに、また、酌み、そして月影を顧みて、またその尽きるに任せる。

北山山中の幽居の趣きはおおよそこんなところで、君が今風塵にさまよい歩くのを思い、吾は既にその処を得ているので、傲然として、君がいまだに浮世に執着しているのを自然と笑ってしまうのである。

これほどのことをどうして世の中の人は知ろうとしないのであろうか、名誉と利益を求めようとする気持ちばかり先に立ち、秩序なく動きまわるだけではないか、そんなことより君も、衣の塵を払って、ここに来て、一緒に、凊修を事としてはいかがだろうか。


(訳注) #3

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

 

坐月觀寶書,拂霜弄瑤軫。

そして、名月の秋には、坐して仙書を讀み、霜を払って、琴柱を引き締めやがて糸を掻き鳴らす。

寶書 歴史書。寶は保の意で、世々、傳えていくべき戒めと為すべきものである貴重な書籍。天子が収集された書籍。道学傳「夏禹撰眞靈之玄要,集天官之寶書。」(夏禹は眞靈の玄要を撰し、天官の寶書を集む。)とあり、寶書は眞經であるとされる。ここでは道教に関する書籍、仙書。

瑤軫 軫は琴柱に弦の枕を言い、絃を張り調音することをいう。《魏書、樂志》「以軫調聲」に基づく。

 

傾壺事幽酌,顧影還獨盡。

酒壺を傾けて、一人心静かに、また、酌み、そして月影を顧みて、またその尽きるに任せる。

幽酌 杯を傾けるが風流を愛で、静かに、また酌むというほどの意。

 

念君風塵游,傲爾令自哂。

北山山中の幽居の趣きはおおよそこんなところで、君が今風塵にさまよい歩くのを思い、吾は既にその処を得ているので、傲然として、君がいまだに浮世に執着しているのを自然と笑ってしまうのである。

 

安知世上人,名利空蠢蠢。

これほどのことをどうして世の中の人は知ろうとしないのであろうか、名誉と利益を求めようとする気持ちばかり先に立ち、秩序なく動きまわるだけではないか、そんなことより君も、衣の塵を払って、ここに来て、一緒に、凊修を事としてはいかがだろうか。

世上  世の中。世間。 -の風聞」 -取りざたされているうわさ」 まわりの世界。あたり。近辺。

名利【みょうり】名誉と利益。また、それを求めようとする気持ち。

蠢蠢【しゅんしゅん】とは。意味や解説、類語。[ト・タル][文][形動タリ]1 虫などがうごめくさま。「―として御玉杓子(おたまじゃくし)の如く動いて居たものは」〈漱石・趣味の遺伝〉2 おろかで無知なさま。また、そうした人が秩序なく動きまわるさま。

208-#2 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#2》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#2> Ⅰ李白詩1441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5753

李白《巻12-21 北山獨酌寄韋六   -#2ここでは、熟した朱色の果物を摘み取り、そして老子の云う「神秘なる母性」なる宇宙の大道をこの身に涵養することができる。

 

 

 
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208-#2 《巻12-21 北山獨酌寄韋六   -#2Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#2> Ⅰ李白詩1441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5753

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七二                李太白集 巻12 21首目  文體:五言古詩

詩題:    北山獨酌寄韋六

作地點:              白兆山(淮南道 / 安州 / 白兆山)

及地點:              白兆山 (淮南道 安州 白兆山) 別名:北山      

交遊人物:韋六    書信往來 (京畿道 京兆府 長安)

 

 

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#1

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

巢父將許由,未聞買山隱。

巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。

道存跡自高,何憚去人近。

つまり、道家の道にして存すれば、その人の行跡、自ずから高く、大隠は市中に棲むというように、人間を去ること近くとも、そんなことは一向に構わないはずである、

紛吾下茲嶺,地閒喧亦泯。

ここに、吾、この峰を下ると地閒にして、世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。

#2

門橫群岫開,水鑿眾泉引。

谷間を入る崖は門とは、群岫に対して横に向って開いており、水は、山中の衆泉を遠くから集め引いて来て滝となって落ちて流れを穿っている。

屏高而在雲,竇深莫能準。

それから四面の靑嶂は屏風のように屹立して、その頂は、兀として雲を抜け、洞窟の深いものはとてもその奥を測ることはできないくらいである。

川光晝昏凝,林氣夕淒緊。

川の色は昼だというのに暗くて、太陽が動いても暗さは変わらない、森の木々の嵐気は夕べのような冷気がすごくて身に浸みる。

於焉摘朱果,兼得養玄牝。

ここでは、熟した朱色の果物を摘み取り、そして老子の云う「神秘なる母性」なる宇宙の大道をこの身に涵養することができる。

#3

坐月觀寶書,拂霜弄瑤軫。

傾壺事幽酌,顧影還獨盡。

念君風塵游,傲爾令自哂。

安知世上人,名利空蠢蠢。【案:一本此下有以下二句:安知世上人,名利空蠢蠢。】

 

(北山に獨酌し韋六に寄す)

巢父 將許由と,未だ聞かず 山を買うて隱るるを。

道 存すれば 跡 自ら高し,何ぞ憚らん 人を去ろこと 近きを。

紛として 吾 茲の嶺を下る,地閒にして 喧の亦た 泯【ほろ】ぶ。

 

門は群岫に橫って開き,水は眾泉を鑿って引く。

屏 高くして 雲に在り,竇 深くして能く準ずる莫し。

川光 晝 昏凝【こんぎょう】,林氣 夕べに淒緊【せいきん】。

於焉【ここ】に朱果を摘み,兼ねて 玄牝を養うを得たり。

 

月に坐して寶書を觀,拂霜をうて瑤軫【ようしん】を弄す。

壺を傾けて 幽酌を事とし,影を顧りみて還た獨り盡く。

君が風塵の游ぶを念えば,傲爾【ごうじ】として自ら哂わ令む。

安ぞ知らん 世の上人,名利 空しく蠢蠢【しゅんしゅん】。

 

李白の足跡0000 

『北山獨酌寄韋六』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#2

門橫群岫開,水鑿眾泉引。

屏高而在雲,竇深莫能準。

川光晝昏凝,林氣夕淒緊。

於焉摘朱果,兼得養玄牝。


(下し文)
門は群岫に橫って開き,水は泉を鑿って引く。

屏 高くして 雲に在り,竇 深くして能く準ずる莫し。

川光 晝 昏凝【こんぎょう】,林氣 夕べに淒緊【せいきん】。

於焉【ここ】に朱果を摘み,兼ねて 玄牝を養うを得たり。

(現代語訳)
谷間を入る崖は門とは、群岫に対して横に向って開いており、水は、山中の衆泉を遠くから集め引いて来て滝となって落ちて流れを穿っている。

それから四面の靑嶂は屏風のように屹立して、その頂は、兀として雲を抜け、洞窟の深いものはとてもその奥を測ることはできないくらいである。

川の色は昼だというのに暗くて、太陽が動いても暗さは変わらない、森の木々の嵐気は夕べのような冷気がすごくて身に浸みる。

ここでは、熟した朱色の果物を摘み取り、そして老子の云う「神秘なる母性」なる宇宙の大道をこの身に涵養することができる。



(訳注)  #2

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

 

門橫群岫開,水鑿眾泉引。

谷間を入る崖は門とは、群岫に対して横に向って開いており、水は、山中の衆泉を遠くから集め引いて来て滝となって落ちて流れを穿っている。

群岫 岫は山穴で、山に洞窟がたくさんある。

 

屏高而在雲,竇深莫能準。

それから四面の靑嶂は屏風のように屹立して、その頂は、兀として雲を抜け、洞窟の深いものはとてもその奥を測ることはできないくらいである。

 

川光晝昏凝,林氣夕淒緊。

川の色は昼だというのに暗くて、太陽が動いても暗さは変わらない、森の木々の嵐気は夕べのような冷気がすごくて身に浸みる。

 

於焉摘朱果,兼得養玄牝。

ここでは、熟した朱色の果物を摘み取り、そして老子の云う「神秘なる母性」なる宇宙の大道をこの身に涵養することができる。

朱果 果物の中で朱色のもの、熟したもの。

玄牝 老子はこれを玄牝:“神秘なる母性”と呼んでいる。老子の『道徳経』第6章。「谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地根。緜緜若存、用之不勤。」(谷神は死せず。これを玄牝と謂う。玄牝の門、これを天地の根と謂う。緜緜として存する若く、これを用いて勤【つ】きず。)万物を生み出す谷間の神は、とめどなく生み出して死ぬ事は無い。これを私は「玄牝(げんぴん) 神秘なる母性」と呼ぶ。この玄牝は天地万物を生み出す門である。その存在はぼんやりとはっきりとしないようでありながら、その働きは尽きる事は無い。(大河の源流にある谷神は、とめどなく生命を生み出しながらも絶えることはない。谷神同様、女性(器)もまた、万物を生み出す源であり、その働きは尽きることがない。)
洛陽 函谷関 嵩山005 

208-#1 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#1》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#1> Ⅰ李白詩1440 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5748

李白《巻12-21 北山獨酌寄韋六》(嵩山の北山において独酌しつつ、道士の韋六というものに寄せた詩)巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。


 
 2015年3月26日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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208-#1 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#1》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#1> Ⅰ李白詩1440 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5748 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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50-§3-1 《上張僕射書》-#6韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1353> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5749 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#9奉節-35-#9 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -9》 杜甫index-15 杜甫<907-9> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5750 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》三巻10-〈110〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5752 
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208-#1 《巻12-21 北山獨酌寄韋六   -#1Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#1> Ⅰ李白詩1440 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5748

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一七二                李太白集 巻12 21首目  文體:五言古詩

詩題:    北山獨酌寄韋六

作地點:              白兆山(淮南道 / 安州 / 白兆山)

及地點:              白兆山 (淮南道 安州 白兆山) 別名:北山      

交遊人物:韋六    書信往來 (京畿道 京兆府 長安)

 

 

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#1

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

巢父將許由,未聞買山隱。

巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。

道存跡自高,何憚去人近。

つまり、道家の道にして存すれば、その人の行跡、自ずから高く、大隠は市中に棲むというように、人間を去ること近くとも、そんなことは一向に構わないはずである、

紛吾下茲嶺,地閒喧亦泯。

ここに、吾、この峰を下ると地閒にして、世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。

#2

門橫群岫開,水鑿眾泉引。

屏高而在雲,竇深莫能準。

川光晝昏凝,林氣夕淒緊。

於焉摘朱果,兼得養玄牝。

#3

坐月觀寶書,拂霜弄瑤軫。

傾壺事幽酌,顧影還獨盡。

念君風塵游,傲爾令自哂。

安知世上人,名利空蠢蠢。【案:一本此下有以下二句:安知世上人,名利空蠢蠢。】

 

(北山に獨酌し韋六に寄す)

巢父 將許由と,未だ聞かず 山を買うて隱るるを。

道 存すれば 跡 自ら高し,何ぞ憚らん 人を去ろこと 近きを。

紛として 吾 茲の嶺を下る,地閒にして 喧の亦た 泯【ほろ】ぶ。

 

門は群岫に橫って開き,水は眾泉を鑿って引く。

屏 高くして 雲に在り,竇 深くして能く準ずる莫し。

川光 晝 昏凝【こんぎょう】,林氣 夕べに淒緊【せいきん】。

於焉【ここ】に朱果を摘み,兼ねて 玄牝を養うを得たり。

月に坐して寶書を觀,拂霜をうて瑤軫【ようしん】を弄す。

壺を傾けて 幽酌を事とし,影を顧りみて還た獨り盡く。

君が風塵の游ぶを念えば,傲爾【ごうじ】として自ら哂わ令む。

李白の足跡0000 

『北山獨酌寄韋六』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#1

巢父將許由,未聞買山隱。

道存跡自高,何憚去人近。

紛吾下茲嶺,地閒喧亦泯。



(下し文)
北山に獨酌し韋六に寄す
巢父 將許由と,未だ聞かず 山を買うて隱るるを。

道 存すれば 跡 自ら高し,何ぞ憚らん 人を去ろこと 近きを。

紛として 吾 茲の嶺を下る,地閒にして 喧の亦た 泯【ほろ】ぶ。


(現代語訳)
(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。

つまり、道家の道にして存すれば、その人の行跡、自ずから高く、大隠は市中に棲むというように、人間を去ること近くとも、そんなことは一向に構わないはずである、

ここに、吾、この峰を下ると地閒にして、世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。



(訳注)

《巻12-21 北山獨酌寄韋六》#1

(嵩山の北山において独酌しつつ、韋六というものに寄せた詩)

 

巢父將許由,未聞買山隱。

巢父と許由は耳を洗って隠遁したものだが、ところが山を買ってしかる後に隠遁したというような話は未だに聞いたことが無い。

巢父・許由 許由と巣父の故事による。許由は、中国古代の三皇五帝時代の人と伝わる、伝説の隠者である。伝説によれば、許由は陽城槐里の人でその人格の廉潔さは世に名高く、当時の堯帝がその噂を聞き彼に帝位を譲ろうと申し出るが、それを聞いた許由は箕山に隠れてしまう。さらに堯帝が高い地位をもって許由に報いようとすると、許由は潁水のほとりにおもむき「汚らわしいことを聞いた」と、その流れで自分の耳をすすいだという。

それを見聞きしていたやはり伝説の高士として知られる巣父は、まさに牛にその川の水を飲ませようとしていたが、「牛に汚れた水を飲ませるわけにはいかぬ」と立ち去ったという。

買山 もっぱら山を使い、自分の為だけのために支配するために購入する。《世新語/排調》「支道林因人就深公買印山,深公答曰:「未聞巢、由買山而隱。」(支道林 因て人 深公に就いて印山を買う,深公 答えて曰く:「未だ巢、由の山を買うて而隱るるを聞かず。」)

 

道存跡自高,何憚去人近。

つまり、道家の道にして存すれば、その人の行跡、自ずから高く、大隠は市中に棲むというように、人間を去ること近くとも、そんなことは一向に構わないはずである、

去人近 人間を去ること近くとは、大隠は市中に棲むということをいう。

 

紛吾下茲嶺,地閒喧亦泯。

ここに、吾、この峰を下ると地閒にして、世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。

喧亦泯 世俗の喧騒もすでに滅して、もう耳には聞こえてはこない。
洛陽 函谷関 嵩山005 

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年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一七二          李太白集巻12 文體:        五言古詩

詩題:  安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰【春歸桃花巖貽許侍御】

作地點:        白兆山(淮南道 / 安州 / 白兆山)

及地點:        白兆山 (淮南道 安州白兆山) 別名:北山   

桃花巖 (淮南道 安州 安陸)       

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級羅浮山)     

交遊人物:劉綰  書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰 #1

(李白が再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖に籠ったに就いて、侍御史の劉綰に寄せた詩である)

雲臥三十年,好閒復愛仙。

われ、山にこもり白雲に臥して暮らして30年、その間、生来の閑暇を好んで隠遁し、それはまた神仙の道を愛しているからである。
蓬壺雖冥鸞鶴心悠然。

蓬萊山は杳冥の際にありと雖も、悠悠として鸞鶴に驂せんとする志は依然として残っている。

のような心はゆったりとしています。
【幼采紫房談,早愛滄溟仙。心跡頗相誤,世事空徂遷。歸來丹巖曲,得憩青霞眠】。

歸來桃花巖,得憩雲窗眠。

こうして、今回、再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖下に帰ってきて棲み、雲窓のもとに休息することとなった。
對嶺人共語,飲潭猿相連。

山中には屋舎もとより稀であるため、山嶺をへだてて人とともに語り合い、猿は、潭水を飲むために、手を取り合って下って来るのである。
時昇翠微上,邈若羅浮

それから、時には、翠微の上に登れば、邈として、羅浮山の絶巓のような気がする。
#2

兩岑抱東壑,一嶂橫西天。

その山を形成している、二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような一嶂は西の空に横たわっている。

樹雜日易隱,崖傾月難圓。【崖傾月難延】

もとより、樹々紛雜に茂り合って日陰になりやすく、崖壁は急傾斜で危険そのもの、ここに登る 満月もその形が丸くなり難く見えにくい。

芳草換野色,飛蘿搖春煙。

そして、芳草は、ほのかにかおりをはなちつつ、野色を変化させてゆく、なびく飛蘿は木々にはびこり、まるで春霞のようはゆらめいている。

入遠構石室,選幽開上田。

遠く山中に石室をかまえ、分け入って、幽遂の場所を選んで高いところに山田をひらいた。

獨此林下意,杳無區中緣。

こうして、ひとり山中桃花巖の奥深くわけいって林下に、読書室で楽しむ気持ちであり、世間との縁は杳然として絶無というということになってしまったということだ。

永辭霜臺客,千載方來旋。

私は、霜臺にときめく劉綰侍御史の客分となり、そして一時辞しておりましたが、千載の一時として、今ようやくこの地に帰って来たのでご報告します。

 

(安陸の白兆山桃花巌にて劉侍御綰に寄す)
雲臥すること三十年、閑を好み復()た仙を愛す。
蓬壷【ほうこ】  冥絶すと雖も、鸞鳳  心 悠然。
帰り来る桃花巌【とうかがん】 、雲窻【うんそう】に憩うて眠るを得たり。
嶺に対して人は共に語り、潭に飲んで猿 相い連なる。
時に翠微【すいび】の上に昇れば、邈【ばく】として羅浮【ふら】の巓【いただき】の若し。
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両岑 東壑【とうがく】を抱き、一嶂 西天を横たう。
樹 雑にして 日 隠れ易く、崖 傾いて 月 円【まどか】なり難し。
芳草 野色を換え、飛蘿【ひら】 春煙を揺るがす。
遠きに入りて石室を構え、 幽きを選んで 山田【さんでん】を開く。
獨 此の林下の意、杳【よう】として区中【くちゅう】の縁無し。
永く霜台の客を辞し、千載【せんざい】 方【まさ】に来り 旋【かえ】らん。

 

華山道教

『安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

兩岑抱東壑,一嶂橫西天。

樹雜日易隱,崖傾月難圓。【崖傾月難延】

芳草換野色,飛蘿搖春煙。

入遠構石室,選幽開上田。

獨此林下意,杳無區中緣。

永辭霜臺客,千載方來旋。


(下し文)
両岑 東壑【とうがく】を抱き、一嶂 西天を横たう。

樹 雑にして 日 隠れ易く、崖 傾いて 月 円【まどか】なり難し。

芳草 野色を換え、飛蘿【ひら】 春煙を揺るがす。

遠きに入りて石室を構え、 幽きを選んで 山田【さんでん】を開く。

獨 此の林下の意、杳【よう】として区中【くちゅう】の縁無し。

永く霜台の客を辞し、千載【せんざい】 方【まさ】に来り 旋【かえ】らん。

(現代語訳)
その山を形成している、二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような一嶂は西の空に横たわっている。

もとより、樹々紛雜に茂り合って日陰になりやすく、崖壁は急傾斜で危険そのもの、ここに登る 満月もその形が丸くなり難く見えにくい。

そして、芳草は、ほのかにかおりをはなちつつ、野色を変化させてゆく、なびく飛蘿は木々にはびこり、まるで春霞のようはゆらめいている。

遠く山中に石室をかまえ、分け入って、幽遂の場所を選んで高いところに山田をひらいた。

こうして、ひとり山中桃花巖の奥深くわけいって林下に、読書室で楽しむ気持ちであり、世間との縁は杳然として絶無というということになってしまったということだ。

私は、霜臺にときめく劉綰侍御史の客分となり、そして一時辞しておりましたが、千載の一時として、今ようやくこの地に帰って来たのでご報告します。


安陸・南陽・嚢陽 李白00
(訳注) #2

安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰 

(李白が再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖に籠ったに就いて、侍御史の劉綰に寄せた詩である)

白兆山 淮南道 安州 白兆山) 別名:北山 安陸縣西30里に在る。一統志「伯兆山は徳安府城の西30里に在り、下に桃花巖、及び李白の読書室あり。」とある。別のテクストには733年開元二十一年春、桃花巖に帰って許侍御に貽るとある。

【起六句:幼采紫房談,早愛滄溟仙。心跡頗相誤,世事空徂遷。歸來丹巖曲,得憩青霞眠】。

 

兩岑抱東壑,一嶂橫西天。

その山を形成している、二つの岑峰が東の谷を抱いてそそり立ち、屏風のような一嶂は西の空に横たわっている。

○兩岑 二つの先のとがった山。 爾雅. 釋山第十一「河南華,河西嶽,河東岱,河北恒,江南衡。」「山小而高,岑。」

○壑 がく 谷間。あな。いわや。抱く東と横わる西が対句になる。

○一嶂 高く嶮しい山。屏風、障子のようにそばだった峰。

 

樹雜日易隱,崖傾月難圓。【崖傾月難延】

もとより、樹々紛雜に茂り合って日陰になりやすく、崖壁は急傾斜で危険そのもの、ここに登る 満月もその形が丸くなり難く見えにくい。

 

芳草換野色,飛蘿搖春煙。

そして、芳草は、ほのかにかおりをはなちつつ、野色を変化させてゆく、なびく飛蘿は木々にはびこり、まるで春霞のようはゆらめいている。

○飛蘿 サネカズラ(実葛、学名: Kadsura japonica)はマツブサ科サネカズラ属の常緑つる性木本。ふつう雌雄異株で、8月頃開く花は径1cmほど、10枚前後の白い花被に包まれ、中央におしべ、めしべがそれぞれ多数らせん状に集まる。雌花の花床は結実とともにふくらみ、キイチゴを大きくしたような真っ赤な丸い集合果をつくる。花は葉の陰に咲くが、果実の柄は伸びて7cmになることもあり、より目につくようになる。単果は径1cmほどで、全体では5cmほどになる。果実は個々に落ちて、あとにはやはり真っ赤なふくらんだ花床が残り、冬までよく目立つ。

 

入遠構石室,選幽開上田。

遠く山中に石室をかまえ、分け入って、幽遂の場所を選んで高いところに山田をひらいた。

 

獨此林下意,杳無區中緣。

こうして、ひとり山中桃花巖の奥深くわけいって林下に、読書室で楽しむ気持ちであり、世間との縁は杳然として絶無というということになってしまったということだ。

○杳 杳然。 くらい。はるかな。はっきりしない。 ここは悦楽を示唆する。

 

永辭霜臺客,千載方來旋。

私は、霜臺にときめく劉綰侍御史の客分となり、そして一時辞しておりましたが、千載の一時として、今ようやくこの地に帰って来たのでご報告します。
李白の足跡0000 

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207-#1 《(改訂版) 巻12-1 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰  -#1》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <207-#1> Ⅰ李白詩1438 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5738

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一七二          李太白集巻12 文體:        五言古詩

詩題:  安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰【春歸桃花巖貽許侍御】

作地點:        白兆山(淮南道 / 安州 / 白兆山)

及地點:        白兆山 (淮南道 安州白兆山) 別名:北山   

桃花巖 (淮南道 安州 安陸)       

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級羅浮山)     

交遊人物:劉綰  書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰 #1

(李白が再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖に籠ったに就いて、侍御史の劉綰に寄せた詩である)

雲臥三十年,好閒復愛仙。

われ、山にこもり白雲に臥して暮らして30年、その間、生来の閑暇を好んで隠遁し、それはまた神仙の道を愛しているからである。
蓬壺雖冥鸞鶴心悠然。

蓬萊山は杳冥の際にありと雖も、悠悠として鸞鶴に驂せんとする志は依然として残っている。

のような心はゆったりとしています。
【幼采紫房談,早愛滄溟仙。心跡頗相誤,世事空徂遷。歸來丹巖曲,得憩青霞眠】。

歸來桃花巖,得憩雲窗眠。

こうして、今回、再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖下に帰ってきて棲み、雲窓のもとに休息することとなった。
對嶺人共語,飲潭猿相連。

山中には屋舎もとより稀であるため、山嶺をへだてて人とともに語り合い、猿は、潭水を飲むために、手を取り合って下って来るのである。
時昇翠微上,邈若羅浮

それから、時には、翠微の上に登れば、邈として、羅浮山の絶巓のような気がする。
#2

兩岑抱東壑,一嶂橫西天。

樹雜日易隱,崖傾月難圓。【崖傾月難延】

芳草換野色,飛蘿搖春煙。

入遠構石室,選幽開上田。

獨此林下意,杳無區中緣。

永辭霜臺客,千載方來旋。

 

(安陸の白兆山桃花巌にて劉侍御綰に寄す)
雲臥すること三十年、閑を好み復()た仙を愛す。
蓬壷【ほうこ】  冥絶すと雖も、鸞鳳  心 悠然。
帰り来る桃花巌【とうかがん】 、雲窻【うんそう】に憩うて眠るを得たり。
嶺に対して人は共に語り、潭に飲んで猿 相い連なる。
時に翠微【すいび】の上に昇れば、邈【ばく】として羅浮【ふら】の巓【いただき】の若し。
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両岑 東壑【とうがく】を抱き、一嶂 西天を横たう。
樹 雑にして 日 隠れ易く、崖 傾いて 月 円【まどか】なり難し。
芳草 野色を換え、飛蘿【ひら】 春煙を揺るがす。
遠きに入りて石室を構え、 幽きを選んで 山田【さんでん】を開く。
獨 此の林下の意、杳【よう】として区中【くちゅう】の縁無し。
永く霜台の客を辞し、千載【せんざい】 方【まさ】に来り 旋【かえ】らん。

李白の足跡0000 

 

『安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰 #1

雲臥三十年,好閒復愛仙。

蓬壺雖冥鸞鶴心悠然。

【幼采紫房談,早愛滄溟仙。心跡頗相誤,世事空徂遷。歸來丹巖曲,得憩青霞眠】。

歸來桃花巖,得憩雲窗眠。

對嶺人共語,飲潭猿相連。

時昇翠微上,邈若羅浮


(下し文)

(安陸の白兆山桃花巌にて劉侍御綰に寄す)

雲臥すること三十年、閑を好み復()た仙を愛す。

蓬壷【ほうこ】  冥絶すと雖も、鸞鳳  心 悠然。

帰り来る桃花巌【とうかがん】 、雲窻【うんそう】に憩うて眠るを得たり。

嶺に対して人は共に語り、潭に飲んで猿 相い連なる。

時に翠微【すいび】の上に昇れば、邈【ばく】として羅浮【ふら】の巓【いただき】の若し。


(現代語訳)
(李白が再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖に籠ったに就いて、侍御史の劉綰に寄せた詩である)

われ、山にこもり白雲に臥して暮らして30年、その間、生来の閑暇を好んで隠遁し、それはまた神仙の道を愛しているからである。
蓬萊山は杳冥の際にありと雖も、悠悠として鸞鶴に驂せんとする志は依然として残っている。

のような心はゆったりとしています。
こうして、今回、再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖下に帰ってきて棲み、雲窓のもとに休息することとなった。
山中には屋舎もとより稀であるため、山嶺をへだてて人とともに語り合い、猿は、潭水を飲むために、手を取り合って下って来るのである。
それから、時には、翠微の上に登れば、邈として、羅浮山の絶巓のような気がする。

安陸・南陽・嚢陽 李白00
(訳注)

安陸白兆山桃花巖寄劉侍御綰 #1

(李白が再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖に籠ったに就いて、侍御史の劉綰に寄せた詩である)

白兆山 淮南道 安州 白兆山) 別名:北山 安陸縣西30里に在る。一統志「伯兆山は徳安府城の西30里に在り、下に桃花巖、及び李白の読書室あり。」とある。別のテクストには733年開元二十一年春、桃花巖に帰って許侍御に貽るとある。

【起六句:幼采紫房談,早愛滄溟仙。心跡頗相誤,世事空徂遷。歸來丹巖曲,得憩青霞眠】。

 

雲臥三十年,好閒復愛仙。

われ、山にこもり白雲に臥して暮らして30年、その間、生来の閑暇を好んで隠遁し、それはまた神仙の道を愛しているからである。
○雲臥 道家が山中に入って隠遁する。自然に同化し、白雲に臥す。

○愛仙 道教の神仙の道

 

蓬壺雖冥鸞鶴心悠然。

蓬萊山は杳冥の際にありと雖も、悠悠として鸞鶴に驂せんとする志は依然として残っている。

のような心はゆったりとしています。
○蓬壺 蓬莱山とおなじ。中国東方の海中にあって、不老不死の仙人が住むところ。 

古風,五十九首之四十八

秦皇按寶劍,赫怒震威神。

逐日巡海右,驅石駕滄津。

徵卒空九宇,作橋傷萬人。

但求蓬島藥,豈思農雇春。

力盡功不贍,千載為悲辛。

48 《古風五十九首之四十八》Index-26-1 747年天寶六年47467古風,五十九首之四十八秦皇按寶劍, <48> Ⅰ李白詩1211 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4603

○冥 果てしなく遠いさま。手の届かない存在。 

○鸞鶴 想像上の鳥。天子の乗る御車。 

○悠然 ゆったりとしたさま。

 

歸來桃花巖,得憩雲窗眠。

こうして、今回、再び安陸縣西の白兆山なる桃花巖下に帰ってきて棲み、雲窓のもとに休息することとなった。
桃花巖 (淮南道安州 安陸)山巖名。 現在の湖北省安陸縣, 李白が讀書をした處。

 

對嶺人共語,飲潭猿相連。

山中には屋舎もとより稀であるため、山嶺をへだてて人とともに語り合い、猿は、潭水を飲むために、手を取り合って下って来るのである。
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時昇翠微上,邈若羅浮

それから、時には、翠微の上に登れば、邈として、羅浮山の絶巓のような気がする。
○昇 のぼる。成熟する。

○翠微 1 薄緑色にみえる山のようす。また、遠方に青くかすむ山。2 山の中腹。八合目あたりのところ。

○邈 ばく はるか、はなれる。もだえる。 

羅浮 羅浮山のこと。広東省恵州市博楽県長寧鎮にある。 広州の東90キロに位置する羅浮山は古くは東樵山といわれ南海の西樵山と姉妹関係にある。広東四大名山の一つで、道教の聖地として中国十大名山の一つにも数えられている。主峰飛雲頂は海抜1296m、は香港の北、広州市の東、東莞市の北東に所在する山である。広東省の道教の聖地「羅浮山」羅浮仙ラフセン:隋の趙師雄が梅の名所の羅浮山で羅をまとった美女と出会い酒を酌み交わす酒に酔い伏し梅の樹の下で気が付いた美女は梅の精で羅浮仙ラフセンと呼ばれた故事もある。
李白『江西送友人之羅浮
爾去之羅浮、我還憩峨眉。
中閥道萬里、霞月逼相思。
如尋楚狂子、瓊樹有芳枝。
李白『金陵江上遇蓬池隱者』
心愛名山游、身隨名山遠。 
羅浮麻姑台、此去或未返。
初発石首城 謝霊運(康楽) 詩<56-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155
初發石首城

「游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。」游びには當に羅浮【らふ】に行くべし,息うは必ず廬 霍に期す。海を越えて三山を淩ぎ,湘に遊びて九嶷【きゅうぎ】を曆ん。

 てん 山頂。ものの上側。おちる。

206 《(改訂版) 巻24-20春夜洛城聞笛 (誰家玉笛暗飛聲)》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <206> Ⅰ李白詩1437 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5733

李白《(改訂版) 巻24-20春夜洛城聞笛 (誰家玉笛暗飛聲)(春の夜に洛陽の街で「折楊柳」の笛曲を奏でるのをきく。)この夜、流れてくる数曲中に、別れの曲「折楊柳」の曲が聞こえてきたけれど、誰が故郷を思う気持ちを起こさずにおれようか、きっと、起こしてしまうのは自分一人だけではないだろう。

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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206 (改訂版) 巻24-20春夜洛城聞笛 (誰家玉笛暗飛聲)Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32 12首 <206> Ⅰ李白詩1437 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5733

 

 

年:732年開元二十年32

卷別:    卷一八四              文體:    七言

詩題:    春夜洛城聞笛

作地點:              洛陽(都畿道 / 河南府 / 洛陽)

及地點:             

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下      

 

 

春夜洛城聞笛

(春の夜に洛陽の街で「折楊柳」の笛曲を奏でるのをきく。)
誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。

誰が家で笛を吹いているのかしらないが、宵闇に玉笛の聲だけが聞こえてくるが、嚠喨の音は、飄散して春風に乗って洛陽城中にひびきわたった。
此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。

この夜、流れてくる数曲中に、別れの曲「折楊柳」の曲が聞こえてきたけれど、誰が故郷を思う気持ちを起こさずにおれようか、きっと、起こしてしまうのは自分一人だけではないだろう。

 

(春夜 洛城に 笛を聞く) 
誰が家の玉笛か  暗に 聲を飛ばす,散じて 春風に 入って 洛城に 滿つ。
此の夜 曲中  「折柳」を聞く,何人か 故園の情を 起こさざらん

touRAKUYOjou1000 

 

『春夜洛城聞笛』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春夜洛城聞笛

誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。

此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。


(下し文)
(春夜 洛城に 笛を聞く) 

誰が家の玉笛か  暗に 聲を飛ばす,散じて 春風に入って 洛城に 滿つ。

此の夜 曲中  「折柳」を聞く,何人か 故園の情を 起こさざらん。

(現代語訳)

(春の夜に洛陽の街で「折楊柳」の笛曲を奏でるのをきく。)
誰が家で笛を吹いているのかしらないが、宵闇に玉笛の聲だけが聞こえてくるが、嚠喨の音は、飄散して春風に乗って洛陽城中にひびきわたった。
この夜、流れてくる数曲中に、別れの曲「折楊柳」の曲が聞こえてきたけれど、誰が故郷を思う気持ちを起こさずにおれようか、きっと、起こしてしまうのは自分一人だけではないだろう。


(訳注)

七言絶句 春夜洛城聞笛

(春の夜に洛陽の街で「折楊柳」の笛曲を奏でるのをきく。)
同様のモチーフのものに、王翰の『涼州詞』「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」や、王昌齢 『出塞』「秦時明月漢時關、萬里長征人未還。但使龍城飛將在、不敎胡馬渡陰山。」がある。漢文委員会総合サイト漢文委員会 漢詩総合サイト 辺塞/塞下/塞上/涼州にある。

洛陽 函谷関 嵩山005漢魏隋唐の洛陽城 

誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。
誰が家で笛を吹いているのかしらないが、宵闇に玉笛の聲だけが聞こえてくるが、嚠喨の音は、飄散して春風に乗って洛陽城中にひびきわたった。
・誰家:どこ。だれ。 *かならずしも「だれの家」と、住処を尋ねていない。 

・玉笛:宝玉でできた笛。立派な笛。 ・暗:暗闇に。宵闇に。或いは、密やかに。 

・飛聲:笛の音を飛ばす。笛の音を流す。 ・聲:ひびき。おと。ふし。

・散入:散らばって(春風に)乗って。 

・洛城:洛陽城。東都洛陽の都。洛陽の街。 

・城:都市。城市。都会。街。

 

此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。

この夜、流れてくる数曲中に、別れの曲「折楊柳」の曲が聞こえてきたけれど、誰が故郷を思う気持ちを起こさずにおれようか、きっと、起こしてしまうのは自分一人だけではないだろう。

・曲中:玉笛の聲裏ということ。 

・折柳:折楊柳のこと。横吹曲の一。別れの情をうたった曲名。別離の折り、水の畔まで見送り、柳の枝を折って贈った故事に基づくもの。前出、『涼州詞』「夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」の影響を受けていよう。

・何人不起:誰が起こさないだろうか。いや、起こす。(反語反問の気勢の語形。) ・何人:〔なんびと〕誰。 ・不起:起こさない。 

・故園情:故郷を思う気持ち。郷愁。・故園:故郷。 ・情:想い。
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春夜洛城聞笛

誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。
此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。

(春夜 洛城に 笛を聞く) 
誰が家の玉笛か  暗に 聲を飛ばす,散じて 春風に 入って 洛城に 滿つ。
此の夜 曲中  「折柳」を聞く,何人か 故園の情を 起こさざらん

 

 

李白 32歳 

 

杜甫 《秋笛》

清商欲盡奏,奏苦血沾衣。

他日傷心極,徵人白骨歸。

相逢恐恨過,故作發聲微。

不見秋雲動,悲風稍稍飛。

(秋笛)

清商 奏を盡さんと欲す,奏苦して血 衣を沾す。

他日 傷心 極り,徵人 白骨 歸る。

相逢いて恨過を恐れ,故に聲微を發するを作す。

秋雲の動きを見えず,悲風 稍稍として飛ぶ。

秦州抒情詩(19) 秋笛 杜甫 <304> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1379 杜甫詩 700- 424

 

 

杜甫 《1712 吹笛》

吹笛秋山風月清,誰家巧作斷腸聲。

風飄律呂相和切,月傍關山幾處明。

胡騎中宵堪北走,武陵一曲想南征。

故園楊柳今搖落,何得愁中曲盡生。

 

(吹笛)

笛を吹く秋山の風月の清きに,誰が家か 巧に斷腸の聲を作す。

風は律呂を飄して相い和すること切に,月は關山に傍うて幾處か 明なる。

胡騎 中宵に北走するに堪へたり,武陵 一曲 南征を想う。

故園の楊柳は 今 搖落す,何ぞ 愁中に 曲 盡く生ずることを得んや。

205 -#2 《巻24-1題隨州紫陽先生壁 -#2》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <205 -#2> Ⅰ李白詩1436 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5728

李白《巻24-1題隨州紫陽先生壁 -#2》 我今ここに至って、忽ち笙歌の樂に耽り、それによって軒冕の情をもおおかた忘れてしまうというものだ。ということで、願うことなら仙の金液を恵まれて、我も共に昇仙し、私の手を携えて、大空を歩みつつ、天上を凌駕したいのであ