漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

2015年05月

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078

李白  春日獨酌,二首之二  

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078


 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之二

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

(改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
思對一壺酒,澹然萬事閒。

ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松,把酒望遠山。

そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
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(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『春日獨酌,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之二

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(含異文)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒【且對一壺酒】,澹然萬事閒。橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(下し文)
(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

(現代語訳)
春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

我有紫霞想、緬懷滄洲間。 
私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 紫霞をしたいということを思っている。老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。また紫は天子を示す。ここでは仙人志願をしているということ。。

 遙かな。とおくに。

滄州 隠者の棲む場所。東海の神仙三山の海、滄海が臨めるあたり。


思對一壺酒、澹然萬事閑。 
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教えをきほんにする。


橫琴倚高松、把酒望遠山。 
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。 
大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。 
ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  

宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  

秋顔 老顔。衰容。

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。


248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

李白  春日獨酌,二首之一  

東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

 

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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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70-#4(改訂版Ver.2.1) 《巻04-17 落歯 #4》【4分割】 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1418> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6074 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之一

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

 

 

『春日獨酌,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之一

東風扇淑氣,水木榮春暉。

白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。

彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。


(含異文)      東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。孤雲還空山,眾鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。對此石上月,長醉歌芳菲【長歌醉芳菲】。


(下し文)
(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

(現代語訳)
(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。
 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

 

(訳注)

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

東風扇淑氣、水木榮春暉。 
東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

○東風 ①ひがしかぜ、こちかぜ。(めでたい生気をあおる風)李白《巻22-19 春日独酌二首其一》「東風扇淑氣,水木榮春暉。」②春風、《禮記、月令》(孟春之月東風解凍, 蟄蟲始振, 魚上冰, 獺祭魚, 鴻雁來。」③草の名。一に冬風に作る。東風菜。

扇 あおぐ。あおる。そそのかす。

淑気 おごそかな気。新春,四辺に満ちている瑞祥(ずいしよう)の気。天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。

○水木 五行相生説でいう、万物を成長させる良い関係に在るもの、それぞれがそれぞれを生み出す関係のことを示しており、木→火→土→金→水→木の順番に循環しています。木は燃えて火が生まれ、火が燃えたあとには灰(土)が生まれ、土の中からは様々な鉱物(金)が生まれる、金属の表面が冷えて水滴(水)が生まれる、水は根から吸収されて木が生まれる。相性のよい関係、五行相生説である。どうじに、五行相克説があり、相性の悪い関係であり、木→土→水→火→金→木 の順番に循環する。木は土の栄養を搾取、土は水をせき止めて、流れをとめ、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り倒すという関係。つまり、春に最も変化するものが、水木である。

春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。 
曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

白日 輝く太陽。曇りのない日。宋玉《神女賦序》 「其始來也,耀乎若白日初出照屋梁。」夕日:王之渙〈登鸛雀樓〉詩:「白日依山盡,黃河入海流。」

綠草 萌黄色の成長する草草。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。 
眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。

空山 隠者の住む山。人気のない山。 

 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
 身を寄せる。五行思想による相関をいう。


對此石上月、長醉歌芳菲。 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
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友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    友人會宿

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
良宵宜清談,皓月未能寢。

時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
醉來臥空山,天地即衾枕。

すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
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 (友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『友人會宿』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。


(下し文)
(
友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

(現代語訳)
(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
○会宿 一緒に宿泊する。

 

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
○滌蕩/「滌盪」 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。

1.搖動。一播散。禮記·郊特牲:「殷人尚聲,臭味未成,滌蕩其聲,樂三闋,然後出迎牲。」2.洗除。南朝梁·陶弘景·授陸敬游十賚文:「滌蕩紛穢,表裡霜雪。」

唐·李白·友人會宿詩:「滌蕩千古愁,留連百壺飲。」

○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。

○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。

〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

 

良宵宜清談、皓月未能寢。【皓月誰能寢】。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
 夜。 

清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  

皓月  白く輝く月。すみきった月。

 

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。

 

 

李白のこの詩は、蕭士贇は劉伶の《酒德頌》「暮天席地」の句に基づいたものと解説しているので、竹林の七賢の一人、劉伶の概略と、《酒德頌》を紹介する。

劉伶 酒德頌

劉 伶(りゅう れい、221? - 300?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。

世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。
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『酒徳頌』:

酒徳は酒の功徳、頌は韻文の一種で褒め称える言葉すなわち賛歌である。大人先生という架空の人物に託した作者劉伶の自画像であり、老荘哲学の表白でもある。わが国の大伴旅人の「讃酒歌」などは、この作品の影響を受けたものといわれる。

 

《酒德頌》

有大人先生者,以天地為一朝,萬朝為須臾,日月為扃牖,八荒為庭衢。行無轍跡,居無室廬,暮天席地,縱意所如。止則操卮執觚,動則挈榼提壺,唯酒是務,焉知其餘?

 

有貴介公子,縉紳處士,聞吾風聲,議其所以。乃奮袂攮襟,怒目切齒,陳禮法,是非鋒起。先生於是方捧罌承槽,銜杯漱醪。奮髯箕踞[],枕麴藉糟,無思無慮,其樂陶陶。兀然而醉,豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲,熟視不睹泰山之形,不覺寒暑之切肌,利慾之感情。俯觀萬物,擾擾焉如江漢三載浮萍;二豪侍側焉,如蜾蠃之與螟蛉。

 

酒の功徳をたたえる 劉伶

大人先生という人物がいた。天地の生成をも一日のごとくみなし、一万年も瞬時、日と月とは戸口と窓、世界の果ても我が庭か往来のごとく見做していた。何処へ行くにも決まった道を通らず、何処にも決まった住まいを持たず、大空を屋根とし、大地を敷き莚(むしろ)として行きたい所へ出掛けていった。坐っていれば大盃やぐい呑みを手にし、出掛けるとき酒樽や徳利をぶら下げ、酒だけがつとめと心得、他のことは気にも掛けなかった。ある貴公子と大物の浪士が、先生の評判を聞き、そのわけを論じ合った。そこで大いに奮い立ち、勇んで出掛け、目を怒らせ歯がみして、礼法について述べ立て、鋭く論難した。先生はそのとき、酒がめをかかえますにうけ、杯をふくんで濁酒(どぶろく)を口に流し込み、ひげを捻って両足を投げ出し、こうじを枕に酒樽を敷布団にして横たわり、何の頓着もなく、陶然と楽しげであった。傲然と酔うているかと思うと、突然はっと醒めるが、耳をすましているようでも、雷の音さえ耳に入らず、目を凝らしているようでも、泰山の姿さえ目に入らぬ様子、寒暑が肌を刺し、利欲が心を動かすのも気付かぬげである。万物が乱れ騒ぐのを見下ろして、まるで大河が浮き草を浮かべたほどにも気に掛けぬ。二人のおえらがたは傍に侍り、ミイラ取りがミイラになった」

246 《巻22-16 獨酌》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <246> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  獨酌  

春草如有意,羅生玉堂陰。東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。過此一壺外,悠悠非我心。

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

246 《巻22-16 獨酌》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <246> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

 

 

 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    獨酌

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

(獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

 

 

『獨酌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

獨酌

春草如有意,羅生玉堂陰。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。

過此一壺外,悠悠非我心。


【春草遍綠野,新鶯有佳音。落日不盡歡,恐為愁所侵。獨酌勸孤影,閒歌面芳林。清風尋空來,巖松與共吟。手舞石上月,膝橫花下琴。過此一壺外,悠悠非我心。】


(下し文)
(
獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

(現代語訳)
(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。


(訳注)

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

 

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

羅生 連って生する。《楚辞、九歌、少司命》に「秋蘭兮蘼蕪、羅生兮堂下」 とあって、王逸の註にその堂下をめぐり羅列して生す」とある。秋蘭はフジバカマ(藤袴)。キク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。

 

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

 

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

勸孤影 陶淵明 《雜詩.十二首其二》「欲言無予和、揮杯勸孤影」(言らんと欲せど予に和する無く、杯を揮(て孤影に勸む)語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいない。杯をもちあげて、独りぼっちの自分の影に、酒を勧める。”とある。

面芳林 芳林に封する。面は対する。

 

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

 

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

 

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

245-#2 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245-#2> Ⅰ李白詩1502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6058

李白  答從弟幼成過西園見贈#2  

山童薦珍果,野老開芳樽。上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

 

245-2 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245-2> Ⅰ李白詩1502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6058

 

 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    答從弟幼成過西園見贈

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              西園 (淮南道 安州 安陸)    

交遊人物:李幼成         當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

#2

山童薦珍果,野老開芳樽。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

一笑復一歌,不知夕景昏。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

醉罷同所樂,此情難具論。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。

 

(從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

 

山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 

『答從弟幼成過西園見贈』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 #2

山童薦珍果,野老開芳樽。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

(下し文)
山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 (現代語訳)
やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。


(訳注) #2

答從弟幼成過西園見贈  #2

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

 

山童薦珍果,野老開芳樽。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

 

上陳樵漁事,下敘農圃言。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

 

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

蘭苕 らんのはなぶさ、此の句は作品の華麗なのにたとえる。六朝から続く、華麗華美、艶閨の詩を云う。《文選郭璞<游仙詩>》「翡翠戲蘭苕, 容色更相鮮。」 李善注に「蘭苕,蘭秀也。」(蘭苕は,蘭秀なり。) 南朝宋謝靈運《南樓中望所遲客》詩:瑤華未堪折, 蘭苕已屢摘。”(瑤華【あさのはな】は未だ折るに堪えざれど、蘭苕【らんしょう】 己に屢【しばし】ば摘【つ】む。) 南樓中望所遅客 謝霊運(康楽) 詩<38#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩419 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1074

 

杜甫《戲為六句,六首之四》「才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。」(才力 応に数公を誇【まさ】り難かるべし、凡そ今誰か是れ出群の雄なる。或は看る翡翠【ひすい】蘭苕【らんちょう】の上、未だ鯨魚を掣せず碧海【そうかい】の中。)

戲為六句,六首之四 蜀中転々 杜甫 <516  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2775 杜甫詩1000-516-749/1500

 

一笑復一歌,不知夕景昏。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

 

醉罷同所樂,此情難具論。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。

245 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053

李白  答從弟幼成過西園見贈  #1  

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

衣劍照松宇,賓徒光石門。
(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

 

245 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    答從弟幼成過西園見贈

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              西園 (淮南道 安州 安陸)    

交遊人物:李幼成         當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

#2

山童薦珍果,野老開芳樽。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

 

(從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

 

山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 

『答從弟幼成過西園見贈』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

答從弟幼成過西園見贈  #1

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

(下し文)
(
從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

(現代語訳)
(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。


(訳注)

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

 

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

瀟灑 すっきりとあか抜けしているさま。俗っぽくなくしゃれているさま。

囂諠 聲音が大きくして嘈雜である。

白居易《中隠》「大隠住朝市、小隠入丘樊。丘樊太冷落、朝市太囂諠。」(大隠は朝市に住み、小隠は丘樊に入る。丘樊は太だ冷落、朝市は太だ囂諠【ごうけん】。)

 

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

拙薄 才拙にして命薄きものをいう。

 

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

二季 従弟の輩をいうが、幼成ともう一人、共に来ていたのであろう。

華軒 立派な車。

 

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

松宇 松の翳せる大屋宇のこと。

賓徒 賓從僕徒

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李白  陳情贈友人 #5  

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

 

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

投珠冀相報,按劍恐相距。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

願假東壁輝,餘光照貧女。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 #5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

(下し文) #5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

(現代語訳)
今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。


(訳注)#5

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

この詩は、はじめ、交際親密であった庭が、中ごろから疎略に成った、それは、先方が讒誣の言を信じたるに因るので、これを弁明して、自己の衷情を述べたのである。そこで、季札鮑叔に筆を起し、次に往日の親交を囘顧し、次に刻下暌の離の状況に及び、他人縦以疎以下、殊に語真に、情勢に、容易に人を感動せしめる。そして、結末には、又一の故事を援引して、援助を望んだのである。

 

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

飄風 吹き廻る風をいう。『楚辞』九歌第二 (五)大司命「令飄風兮先驅 使涷雨兮灑塵. (飄風をして 先驅せしめ、 涷雨をして 塵に 灑がしむ。)とあり、王逸註に囘風を飄となす、飄風は無常の風、以て邪悪の象を起すなり、雲霓は悪気なり、以て佞人に喩える。

 

投珠冀相報,按劍恐相距。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

投珠 夜光の珠を投じる。

 

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

荊渚 荊州の渚。楚地方の川辺。

 

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

沈憂心 深い愁いに閉ざされた心。

 

願假東壁輝,餘光照貧女。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

餘光 貧女 漢·劉向《列女傳》卷六《辨通傳·齊女徐吾》

齊女徐吾者,齊東海上貧婦人也。與鄰婦李吾之屬會燭,相從夜績。徐吾最貧,而燭數不屬。李吾謂其屬曰:「徐吾燭數不屬,請無與夜也。」徐吾曰:「是何言與?妾以貧燭不屬之故,起常早,息常後,灑埽陳席,以待來者。自與蔽薄,坐常處下。凡為貧燭不屬故也。夫一室之中,益一人,燭不為暗,損一人,燭不為明,何愛東壁之餘光,不使貧妾得蒙見哀之?恩長為妾役之事,使諸君常有惠施於妾,不亦可乎!」李吾莫能應,遂復與夜,終無後言。

齊女徐吾は,齊の東海上の貧婦人なり。鄰婦と李吾の屬と會燭し,相い從って夜績す。徐吾最も貧にして,燭數は屬せず。李吾 其の屬に謂うて曰く:「徐吾 燭數 屬せず,請う 夜を與にする無からん。」徐吾 曰く:「是何言與?妾以貧燭不屬之故,起常早,息常後,灑埽陳席,以待來者。自與蔽薄,坐常處下。凡為貧燭不屬故也。夫 一室の中,一人を益すも,燭 為めに暗からず,一人を損するも,燭の為に明かならず,何ぞ東壁の餘光を愛しんで,貧妾をして恩を蒙むる之を哀しまん?長く妾役の事を為すをえさしめざる,諸君をして常に妾に惠施有らしむる,亦た可ならん乎!」と。李吾 能く應うるし,遂に復た夜を與にして,終に後言無し。

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李白  陳情贈友人-#4  

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#3

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。


(下し文) #4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

(現代語訳)
そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。


(訳注) #4

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

 

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

豹變 君子は過ちを悟ればすぐに改め、善に移ることが非常にはっきりしている。転じて、態度や考えなどを急にかえること。豹の毛色の変化することに喩えたもの。『易経』革「上六、君子豹變、小人革面。征凶、居貞吉。」

 

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

 

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

244-#3 《巻11-13 陳情贈友人 -#3》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#3> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

李白 陳情贈友人-#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

 

244-3 《巻11-13 陳情贈友人 -#3》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-3> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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年:737年開元二十五年37

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作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。


(下し文)
交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い,德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

(現代語訳)
人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。


(訳注) #3

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

 

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

逸藻 文学的に華麗的な才藻。 《藝文類聚》卷八九引晉傅咸《舜華賦》「朝陽照灼以舒暉, 逸藻采繁而光明。」

掩映 2つの事物が対照をなして互いに引き立てる.

 

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

舒文 文章を作る

頽波 ①くずれ落ちてくる波。 ②物事の勢いが衰えてすたれるたとえ。

彝倫 「彝」は常(つね)、「倫」は人のふみ行うべき道の意》人が常に守るべき道。人倫。

 

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

共井 同じ区割の中に居る。

為比鄰 親戚付き合いをする。

 

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

244-#2 《巻11-13 陳情贈友人 -#2》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#2> Ⅰ李白詩1497 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6033

李白  陳情贈友人 #2  

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。後世稱其賢,英風邈難尚。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。

後世稱其賢,英風邈難尚。


(下し文)
鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

(現代語訳)
次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。


(訳注) #2

 

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

鮑生薦夷吾 鮑叔牙が管仲と変り、後にこれを斉の桓公推薦した。管仲は鮑叔との友情を、後世の人が称えて管鮑の交わりと呼んだ。鮑叔の推薦により管仲は桓公と面会し、強兵の前に国を富ませることの重要性、そしてそれには民生の安定と規律の徹底が必要だと説き、即日宰相に命じられた。鮑叔は管仲の下の立場に入り、その補佐に回った。管仲は才を存分に発揮できる場所と右腕を得て、その優れた能力を発揮した。

齊相 斉の国の宰相。

 

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

 

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

辭讓 へりくだって他人に譲ること。辞退して他にゆずること。

 

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

難尚 加へ難きもの。尚:①こいねがう。②したう。③たっとぶ。④たかい。⑤加える。《論語、里仁》「我未見好仁者惡不仁者。好仁者無以尚之。惡不仁者其爲仁矣。」(我未だ仁を好む者、不仁を悪む者を見ず。仁を好む者は、以て之れに尚【くわ】うる無し。不仁んを悪む者は、其れ仁を為なさん。)⑥ひさしい。⑦めとる。⑧なお。⑨つかさどる。

244-#1 《巻11-13 陳情贈友人 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#1> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  陳情贈友人#1  

延陵有寶劍,價重千黃金。觀風歷上國,暗許故人深。

歸來掛墳松,萬古知其心。懦夫感達節,壯士激青衿。
季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

 

244-#1 《巻11-13 陳情贈友人 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#1> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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244-#1 《巻11-13 陳情贈友人 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#1> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
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67 -#4 《讀巻02-04 論今年停挙選状》 -#4 韓愈(韓退之)ID 802年貞元18年 36歳<1409> Ⅱ5章7分割 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6029 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻四01夢江南二首其一》『花間集』152全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6032 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。

後世稱其賢,英風邈難尚。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

陳情贈友人#1

延陵有寶劍,價重千黃金。

觀風歷上國,暗許故人深。

歸來掛墳松,萬古知其心。

懦夫感達節,壯士激青衿。

(下し文)
(
陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

(現代語訳)
(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。


(訳注)

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

延陵有寶劍 (呉王の子)季札が始めて、使者として(晋へ)赴く途中、北の徐の国を通った。徐君(徐の君主)は季札の剣を好ましく思ったが、口に出して敢えて欲しいとは言わなかった。また李札もその意を汲みながらも、使いする上国は礼儀の国で使者としての公務に(威儀を正すために)佩刀は必須、剣を差し上げることはできなかった。公務からの帰路に(徐君に譲ろうとして)、徐の国に至った。

ところが訪ねた時、徐君は既に死んでいた。季札は其の宝剣を解いて徐君の冢(墓)の樹に懸けて去ろうとした。従者は、「徐君は已に死んでいます、いったい誰(たれ)に予(あた)えるのですか?」季子は「そうではない。始めに来たとき私は、心中ですでに差し上げようと決めていたのだ。どうして死なれたからと言って自分の信の心に背くことができるだろうか。いやできない」と返答した。その後季札は延(えん)(りよう)に封ぜられ、延陵の季子とよばれた。

(延陵劍, 延陵) 劉向 《新序節士》載, 春秋 延陵季子 ( 公子 季札 )將出訪 晉國 帶寶劍經過 徐國 徐君 觀劍不言而色欲之。 延陵季子 為有 晉國 之使, 未即獻劍, 然心已許之。 及使 返, 徐君 已死。 於是乃以劍掛 徐君 墓樹而去。 後用為不忘故舊的典實。

(延陵劍) 漢の劉向 《新序節士》載す,「春秋の時、延陵の季子 (公子 季札)將に出て晉國に訪ず ,寶劍を帶びて徐國を經過す, 徐君劍を觀て言わずしてその色之を欲す。 延陵 季子晉國に 之を使す有る為す, 未だ即ち劍を獻ぜず, 然り 心 已に之を許す。使いに及びに 晉に 返し, 而して 徐君 已に死す。是に於て 乃ち以て徐君 墓樹に劍を掛け 而して去る。徐人これを歌って日く、「延陵季子兮不忘故、脱千金之剣兮挂墳墓。」とある。

 

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

上國 かみがた王畿に近い処。

 

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

墳松 陵墓の東側に松を植え、西側に柏を植える。

 

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

懦夫 意気地なし,臆病者,弱虫.用例只有懦夫才害怕火的生活。=意気地のないやつが火のように熱い生活を怖がるのだ.懒汉懦夫思想=ものぐさで意気地のない無気力な人間の考え方をいう。

青衿 《詩経、鄭風・子衿》。「青青子衿、悠悠我心。」(青青たる子が衿 悠悠たる我が心)とあって、学子の服するところ。

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李白  長歌行#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。
こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    長歌行

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

長歌行

(人生の儚きことを詠う)

桃李待日開,榮華照當年。【桃李得日開】

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

#2

桃李務青春,誰能貫白日。

桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

畏落日月後,強歡歌與酒。

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。
秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。

 

(長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

 

桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

 

 

『長歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

(下し文)
桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

(現代語訳)
桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。



(訳注) #2

(長歌行)

(人生の儚きことを詠う)

楽府歌辭 『長歌行』平調曲でその志を歌う。この古辞は、人生は無常であって英華もけっして久しく続かないゆえ、大いに努力すべきである、という内容を歌う。謝靈運《長歌行》「倐爍夕星流,昱奕朝露團。粲粲烏有停,泫泫豈暫安。徂齡速飛電,節騖驚湍。覽物起悲緒,顧已識憂端。朽貌改鮮色,悴容變柔顏。・・・・・・」

長歌行 謝霊運(康楽) 詩<69-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1290

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漢・古樂府  長歌行 

青青園中葵,朝露待日晞。陽春布德澤,萬物生光輝。

常恐秋節至,焜黄華葉衰。百川東到海,何時復西歸。

少壯不努力,老大徒傷悲。

(長歌行)

青青たる 園中の 葵,朝露 日を 待ちて 晞【かわ】く。

陽春 德澤を 布【し】き,萬物   光輝を 生ず。

常に恐る 秋節の 至りて,焜黄せる 華葉の 衰ふを。

百川 東のかた 海に 到るも,何れの時か 復た 西に 歸らん。

少壯にして 努力をせざれば,老大になりて 徒らに 傷悲せん。

魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

魏の文帝 

楽府 燕歌行 二首

曹丕 魏文帝

《魏文帝集》《玉臺新詠》文選 古詩源

其一

秋風蕭瑟天氣涼 草木搖落露為霜

群燕辭歸雁南翔 念君客遊多思腸

慊慊思歸戀故 君何淹留寄他方

賤妾煢煢守空房 憂來思君不敢忘

不覺淚下沾衣裳 援琴鳴弦發清商

短歌微吟不能長 明月皎皎照我床

星漢西流夜未央 牽牛織女遙相望

爾獨何辜限河梁

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709]

其二

別日何易會日難,山川遙遠路漫漫。

鬱陶思君未敢言,寄聲浮雲往不還。

涕零雨面毀容顏,誰能懷憂獨不嘆。

展詩清歌聊自寬,樂往哀來摧肺肝。

耿耿伏枕不能眠,披衣出步東西。

仰看星月觀雲間,飛鶬晨鳴聲可憐。

留連顧懷不能存。

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

 

桃李務青春,誰能貫白日。

桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

 

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

 

金石猶銷鑠,風霜無久質。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

銷鑠 金属が溶けるという意味から、意気がなくなるということのたとえ。「銷鑠縮栗」意気がなくなり、恐れて小さくなること。「縮栗」は体をすくめて小さくなって恐れること。

 

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

 

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。

蒲柳 1 カワヤナギの別名。2 《カワヤナギの葉が秋になるとすぐに落ちるところから》体質がひ弱なこと。「―の御身体時節柄殊に摂生第一に希望致し候」〈荷風・雨瀟瀟〉ほりゅうのしつ【蒲柳の質】からだが弱く病気にかかりやすい体質。

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(長歌行)

桃李待日開,榮華照當年。東風動百物,草木盡欲言。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。大力運天地,羲和無停鞭。

功名不早著,竹帛將何宣。

(人生の儚きことを詠う)桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

243-#1 《巻05-35 長歌行 #1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <243-#1> Ⅰ李白詩1494 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6018

 

 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    長歌行

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

長歌行

(人生の儚きことを詠う)

桃李待日開,榮華照當年。【桃李得日開】

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

 

(長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

 

桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

 

 

『長歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

(長歌行)

桃李待日開,榮華照當年。

東風動百物,草木盡欲言。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

大力運天地,羲和無停鞭。

功名不早著,竹帛將何宣。


(下し文)
(
長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

(現代語訳)
(人生の儚きことを詠う)

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。


(訳注)

(長歌行)

(人生の儚きことを詠う)

楽府歌辭 『長歌行』平調曲でその志を歌う。この古辞は、人生は無常であって英華もけっして久しく続かないゆえ、大いに努力すべきである、という内容を歌う。謝靈運《長歌行》「倐爍夕星流,昱奕朝露團。粲粲烏有停,泫泫豈暫安。徂齡速飛電,節騖驚湍。覽物起悲緒,顧已識憂端。朽貌改鮮色,悴容變柔顏。・・・・・・」

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漢・古樂府  長歌行 

青青園中葵,朝露待日晞。陽春布德澤,萬物生光輝。

常恐秋節至,焜黄華葉衰。百川東到海,何時復西歸。

少壯不努力,老大徒傷悲。

(長歌行)

青青たる 園中の 葵,朝露 日を 待ちて 晞【かわ】く。

陽春 德澤を 布【し】き,萬物   光輝を 生ず。

常に恐る 秋節の 至りて,焜黄せる 華葉の 衰ふを。

百川 東のかた 海に 到るも,何れの時か 復た 西に 歸らん。

少壯にして 努力をせざれば,老大になりて 徒らに 傷悲せん。

魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

魏の文帝 

楽府 燕歌行 二首

曹丕 魏文帝

《魏文帝集》《玉臺新詠》文選 古詩源

其一

秋風蕭瑟天氣涼 草木搖落露為霜

群燕辭歸雁南翔 念君客遊多思腸

慊慊思歸戀故 君何淹留寄他方

賤妾煢煢守空房 憂來思君不敢忘

不覺淚下沾衣裳 援琴鳴弦發清商

短歌微吟不能長 明月皎皎照我床

星漢西流夜未央 牽牛織女遙相望

爾獨何辜限河梁

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709]

其二

別日何易會日難,山川遙遠路漫漫。

鬱陶思君未敢言,寄聲浮雲往不還。

涕零雨面毀容顏,誰能懷憂獨不嘆。

展詩清歌聊自寬,樂往哀來摧肺肝。

耿耿伏枕不能眠,披衣出步東西。

仰看星月觀雲間,飛鶬晨鳴聲可憐。

留連顧懷不能存。

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桃李待日開,榮華照當年。

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

桃李 桃の木とスモモの木.「桃李不言,下自成蹊。」(桃李言わざれども,下おのずから蹊を成す)徳のある人のところへは黙っていても人が集まって来る.

2門下生,門弟.

 

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

東風 東から吹く風。ふつう、春風をいう。こちかぜ。[季語] 春。

 

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

醜葉 醜い古い葉。

涸水 日本での渇水期は中国では、 涸水期であり、大陸性気候の乾期渇水期をいう。かれる からす水がかれる。ひあがる。「涸渇・涸轍(こてつ)

 

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

羲和 中国古代の神話に登場する神。羲和に関する神話には、大まかにいって二つの流れがある。その一つは『楚辞(そじ)』や『淮南子(えなんじ)』などに描き出されている、天空をわたる太陽の運行を馬車の走るさまになぞらえ、その馬車を操縦する「太陽の御者」としての羲和である。もう一つは『山海経(せんがいきょう)』にみえる、中国東南の海のはるかかなたにある羲和の国に住むという女神羲和である。女神は俊帝(しゅんてい)と結婚して10個の太陽を生み、毎朝子供であるそれらの太陽を甘淵(かんえん)というみぎわで水浴させる「太陽の母」であるとされている。この二つの系統の神話の相互関係は不明であるが、羲和が太陽そのものの神格化ではないにせよ、太陽と関係の深い神であったことは確かである。ところが儒家の経典である『書経』では、羲和は堯帝(ぎょうてい)によって中国の東西南北に派遣された羲仲(ぎちゅう)、羲叔(ぎしゅく)、和仲、和叔という4人の役人に変化してしまう。しかし彼らがともに天文に関することをつかさどり、なかでも東西に派遣された羲仲と和仲が太陽の出入りにあたって先導を務めたという点に、羲和が太陽と関係のある存在であったおもかげをとどめている。

 

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

竹帛 《中国で、紙の発明以前に、竹簡や布帛に文字を記したところから》書物、特に、歴史書。また、歴史。竹素。竹帛に著す書物に書きあらわす。また、歴史に名を残す。竹帛に垂る歴史に名を残す。名を竹帛に垂る。

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李白  短歌行-#2  

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

 

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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一六四        文體:  樂府

詩題:  短歌行

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

#2

天公見玉女,大笑億千場。

しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

富貴非所願,與人駐顏光。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。

 

(短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

 

安陸・南陽・嚢陽 李白00 

『短歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。


(下し文)#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

(現代語訳)
しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。


(訳注) #2

短歌行  

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

魏の武帝、《短歌行》「対酒当歌、人生幾何。」(酒に對しては 當【まさ】に歌ふべし,人生 幾何【いくばく】ぞ。)あるいは、西晋、陸機《短歌行》「置酒高堂、悲歌臨觴。人寿幾何、逝如朝霜。」(高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む、人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし)とあり、長い人生を得ることは難しい、知友と共に行楽を楽しもうと思い、自ら戒飭することを述べている。李白も同じように述べるが、その地位が権力者ではない部分、道教色彩が強くでている。

 李白には、《巻五 35長歌行》もあり、魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

 

天公見玉女,大笑億千場。

しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

天公 天帝。上帝。また,天。

玉女 玉女投壷。『神異經』などにみられる傳 「東王公」(東王父とも)が玉女と投壺の遊びをした。今いう電光(稻妻)というのはこの点が大いに笑ったことをいうのである。《神異經東荒經》「東荒山中有大石室, 東王公居焉……恒與一玉女投壺, 每投千二百矯, 設有入不出者……矯出而誤不接者;天為之笑。” 張華注:言笑者, 天口流火炤灼,今天上不雨而有電光, 是為天笑也。「投壺」は矢を手で投げ,少し離れたところにおいた壺に入れて競う遊び。周の時代には既にあり、四書五経の一つ「礼記(らいき)」には、紀元前500年頃に遊ばれたことが記載されている。 三国、晋の時代にも投壺の記録があり、宋代には司馬光が「投壺格」「投壺新格」「投壺儀節」を著した。

億千場 何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで。

 

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

六龍 義和神話の中に出てくる神の名で、太陽が乗る車の馭者を意味する。『淮南子』に「日は車駕に乗るに、六龍を以てし、義和これが馭となる」とある。《淮南子》:「爰止羲和,爰息六螭,是謂懸車。」

 

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

北斗酌美酒 《楚辞九歌、東君》「操余弧兮反淪降,援北斗兮酌桂漿。」“自分の弓を取って立ちかえり降りて、北斗の星の柄杓を取り、肉桂の薫るこんずを酌む”に基づく。

 

富貴非所願,與人駐顏光。

【為人駐顏光】【與人駐光】【與人駐流光】【為人駐光】【為人駐流光】。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。

 

李白の足跡003 

 

短歌行   曹操
対酒当歌、人生幾何。
譬如朝露、去日苦多。
慨当以慷、幽思難忘。
何以解憂、唯有杜康。
青青子衿、悠悠我心。

但為君故沈吟至今
呦呦鹿鳴食野之苹
我有嘉賓鼓瑟吹笙
明明如月、何時可採。
憂従中來、不可断絶。

越陌度阡、枉用相存。
契闊談讌、心念旧恩。
月明星稀烏鵲南飛
繞樹三匝何枝可依
山不厭高海不厭深
周公吐哺天下帰心

《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#2 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558

 

短歌行  陸機(陸士衡) 

置酒高堂 悲歌臨觴

人寿幾何 逝如朝霜

時無重至 華不再陽

蘋以春暉 蘭以秋芳

来日苦短 去日苦長

今我不楽 蟋蟀在房

楽以会興 悲以別章

豈曰無感 憂為子忘

我酒既旨 我肴既臧

短歌有詠 長夜無荒

高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む

人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし

時は重ねて至ること無く 華は再び陽(ひら)かず

蘋(ひん)は春を以て暉き 蘭は秋を以て芳(かんば)し

来る日の短きに苦しみ 去る日の長きに苦しむ

今 我 楽しまずんば 蟋蟀(しつしゅつ)房に在らん

楽しきは会うを以て興り 悲しきは別れを以て章(あら)はる

豈に感無しと曰はんや 憂ひは子が為に忘らるる

我が酒既に旨く 我が肴既に臧(よ)し

短歌を詠ずること有らん 長夜にして荒(すさ)むこと無けん 

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李白  短歌行  #1  

白日何短短,百年苦易滿。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。
白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一六四        文體:  樂府

詩題:  短歌行

作地點:安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

#2

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。

 

(短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

 

 

『短歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

短歌行  #1

白日何短短,百年苦易滿。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

(下し文)
(
短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

(現代語訳)
(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。


(訳注)

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

魏の武帝、《短歌行》「対酒当歌、人生幾何。」(酒に對しては 當【まさ】に歌ふべし,人生 幾何【いくばく】ぞ。)あるいは、西晋、陸機《短歌行》「置酒高堂、悲歌臨觴。人寿幾何、逝如朝霜。」(高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む、人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし)とあり、長い人生を得ることは難しい、知友と共に行楽を楽しもうと思い、自ら戒飭することを述べている。李白も同じように述べるが、その地位が権力者ではない部分、道教色彩が強くでている。

 李白には、《巻五 35長歌行》もあり、魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

 

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

 

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

萬劫 万年と同じ。一万劫の意で,きわめて遠大な年月のこと。 「万劫」の類語:未来永劫終古 永久。

太極 太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずるとする。もともとは『易経』繋辞上伝にある言葉。天地が初めて形するの時という意。

 

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

麻姑 麻姑(まこ)は、中国神話に登場する下八洞神仙の一柱仙女である。西晋・東晋時代の葛洪の書『神仙伝』などに記述があり、その容姿は歳の頃1819の若く美しい娘で、鳥のように長い爪をしているという。また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は絵画の題材にとられることも多い。

李白《巻三17有所思》「西來青鳥東飛去,願寄一書謝麻姑。」

李白《巻四-36 短歌行》「麻姑垂兩鬢,一半已成霜。」

李白《卷六7西岳云台歌送丹丘子》「明星玉女備洒掃、 麻姑搔背指爪輕。」

李白《巻八40 贈嵩山焦煉師》「中有蓬海客,宛疑麻姑仙。」

李白《卷十15贈王漢陽》「吾曾弄海水,清淺嗟三變。果愜麻姑言,時光速流電。」

皮日休《華山李煉師所居》「麻姑古貌上仙才,謫向蓮峰管玉臺。」

麻姑仙 麻姑仙壇記 (唐代の楷書麻姑(まこ)は、中国神話に登場する下八洞神仙の一柱仙女である。西晋・東晋時代の葛洪の書『神仙伝』などに記述があり、その容姿は歳の頃1819の若く美しい娘で、鳥のように長い爪をしているという。また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は絵画の題材にとられることも多い。麻姑の名は『神仙伝』の巻二「王遠」と巻七「麻姑」の項に見られるが、麻姑に関する部分の記述はほとんど同じである。

漢の孝桓帝の代に、神仙の王遠が平民である蔡経の家に降臨し、使者をやって麻姑を呼び寄せた。麻姑は蔡経の弟の妻が出産数日後であることを遠目から知ると、しばらく近づかぬように言いつけ、清めのために少量の米粒を持ってこさせた。このとき地面に撒いた米は、悉く丹砂(巻七では真珠)に変わったという。麻姑は修行の時に、東海では3回も桑畑に変わる異変を見せる為に「滄海桑田(そうかいそうでん)」、「桑田碧海(そうでんへきかい)」の四字熟語が有名である。

蔡経は麻姑の爪が鳥のように伸びているのを見ると、彼女が神人であるにもかかわらず、心中「この爪で背中を掻けたら気持ちが良いだろう」と考えた。この心を見抜いた王遠は蔡経を捕まえて怒った。このとき蔡経は背を鞭で打たれたが、鞭を打つ人の姿は見えなかったという。

また同様の話は三国時代の『列異伝』にも見られ、この書では、麻姑の爪で背中を掻きたいと思った蔡経は彼女の怒りを買って地に倒れ、両目から血を流したという。

172-2 《巻08-40 贈嵩山焦煉師 并序 -(1)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <172-2> Ⅰ李白詩1385 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5473

 

短歌行   曹操
対酒当歌、人生幾何。
譬如朝露、去日苦多。
慨当以慷、幽思難忘。
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青青子衿、悠悠我心。

但為君故沈吟至今
呦呦鹿鳴食野之苹
我有嘉賓鼓瑟吹笙
明明如月何時可採
憂従中來不可断絶

越陌度阡枉用相存
契闊談讌心念旧恩
月明星稀烏鵲南飛
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山不厭高海不厭深
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短歌行  陸機(陸士衡) 

置酒高堂 悲歌臨觴

人寿幾何 逝如朝霜

時無重至 華不再陽

蘋以春暉 蘭以秋芳

来日苦短 去日苦長

今我不楽 蟋蟀在房

楽以会興 悲以別章

豈曰無感 憂為子忘

我酒既旨 我肴既臧

短歌有詠 長夜無荒

高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む

人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし

時は重ねて至ること無く 華は再び陽(ひら)かず

蘋(ひん)は春を以て暉き 蘭は秋を以て芳(かんば)し

来る日の短きに苦しみ 去る日の長きに苦しむ

今 我 楽しまずんば 蟋蟀(しつしゅつ)房に在らん

楽しきは会うを以て興り 悲しきは別れを以て章(あら)はる

豈に感無しと曰はんや 憂ひは子が為に忘らるる

我が酒既に旨く 我が肴既に臧(よ)し

短歌を詠ずること有らん 長夜にして荒(すさ)むこと無けん 

241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003

李白  巫山枕障  

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三                文體:七言

詩題:    巫山枕障

及地點:              巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

 

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 

『巫山枕障』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

巫山枕障

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

(下し文)
(
巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

(現代語訳)
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

巫山十二峰003
(訳注)

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

【解説】前半は、枕降を一寸見た時の物象で、後半は朝雲巴水を鼓し、更に之を細託して、これが画であることを云ったのである。

・三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

○高丘 (宋玉の『高唐賦』の「楚の懐王が昼寝をして一婦人を夢に見,その婦人が自分は巫山の南,高丘の頂におり,朝には朝雲となり夕べには雨となり,朝も夕も陽台の下にいますと告げた」という句から)男女の契り,巫山の雲雨.

○白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

○朝雲 朝雲暮雨 巫山之女臨去時妾在巫山之陽, 高丘之阻, 旦為朝雲, 暮為行雨, 朝朝暮暮, 陽臺之下。”

○巴水 即ち巫山の下を流るる水。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 夔州東川卜居図詳細 001

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瑩禪師房觀山海圖#2  李白

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

そうかと思ふと、かけり行く帆影は、空中に飄り、瀑布は、天半より灌ぎ堕ちる様である。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

この図中の渓山は、険阻であっても、跋渉することが出来るようにも見えるが、もとより、そういうわけにも行かす、それと想像するだけで、徒に嘆息を増すばかりである。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

しかし、その風景の佳絶なるは、沓然としで、眞心と冥契し、遂に静者の玩賞にかなうのである。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

即事能人,從茲得消散。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。


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李白  瑩禪師房觀山海圖  #1  

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

 

240 -#1 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#1> Ⅰ李白詩1489 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5993

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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年:736年開元二十四年36

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詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。

 

 

『瑩禪師房觀山海圖』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瑩禪師房觀山海圖  #1

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。


(下し文)
(
瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

(現代語訳)
(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。



(訳注)

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

 

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

精宇 寺のことをいう。

滅跡 隠居して外に出でざること、謝靈運《酬從弟惠連》「寢瘵謝人徒, 滅跡入雲峰。」瘵【やまい】に寢【い】ね 人徒【じんと】を謝し,滅跡【めつせき】して雲峯【うんほう】に入れり。

酬従弟謝惠連 五首その(1) 謝霊運(康楽) 詩<45>Ⅱ李白に影響を与えた詩432 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1113

 

 

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

列嶂 何曲かに連なった歩障、衝立。

攢峰 衝立に峰が何重、何層にも集まるように描かれている。

霄漢 地上遥かに広がる広大無辺の空間上空 大空 天空 天穹 蒼穹 蒼天 碧空 虚空 太虚 渾天 霄漢 天宮 天上 青天井。

 

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

丹崖 赤色の断崖。

清晝 清々しい昼。

卷幔 まんまくを巻き上げる。

 

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

蓬壺 神仙三山の蓬莱山。

瀛海 神仙三山の蓬莱山。神仙三山の瀛州山に到る大海。

几案 「几」も「案」も机(つくえ)の意で、机。

 

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

煙濤 煙れる波涛。

爭噴薄 大波が寄せ合って争い波しぶきが雨の様に煙のように書かれている。

島嶼 大海の中の洲を嶼という。初學記「海中の山を島といい、海中の洲を嶼という。」とある。

相凌亂 互に乱れ合って居る

239-#2 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#2> Ⅰ李白詩1488 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5988

李白  觀元丹丘坐巫山屏風 -#2  

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。
今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

(下し文)
高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、綵雲を夢むるかと。

(現代語訳)
画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。



(訳注) #2

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

○咫尺 1 距離が非常に近いこと。「―の間(かん)2 貴人の前近くに出て拝謁すること。【咫尺千里】近くにいても、互いに気持ちが通じなければ、千里も遠く離れているように感じられるということ。

 

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

○荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

○歷歷 一一はっきりしている貌。杜甫《卷一七56 歷歷》「歷歷開元事,分明在眼前。無端盜賊起,忽已時遷。巫峽西江外,秦城北斗邊。為郎從白首,臥病數秋天。」

○巴水 河川名。長江の上流、巴郡に在る部分をいう。(1) 湖北省羅田縣北に位置し,流は蘄水縣を經て、黃岡縣から,東南に長江に注入する河川をいう。亦稱為「巴河」。(2) 江西省崇仁縣南に位置する河川。(3) 位於四川省巴江の上流水源の河川。また「巴江」という。

 

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

潺湲 流れる貌。杜甫《1940 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻》「南開元曲,當時弟子傳。法歌聲變轉,滿座涕潺湲。

氛氳 気の盛んなるさま。

 

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑ふ渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

 

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

○緬邈 はるかに遠いこと。

○嵩丘 即ち嵩山、五岳の一つ。嵩山(すうざん、ピンイン:song-shan)は、中国河南省登封市にある山岳群。五岳の1つ(中岳)に数えられる。最高峰は太室山の標高1,440m。古代から山岳信仰の場として有名で、北魏時代からは少林寺などの道教、仏教の道場が建立された。また、唐代には副都であった洛陽から近い事から、政府との結びつきが強く、ここを本拠地としていた潘師正、普寂、慧安などの道士、僧侶らが皇帝の崇敬を受け、道教、禅宗はそれぞれ自派を拡大した。20世紀以降には、山麓に少林寺武術(少林拳)を教える武術学校が相次いで設置されており、中国各地から学生が集まっている。

○彩雲 五色の仙界の雲。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

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觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。


(下し文)
(
元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

(現代語訳)
(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。


(訳注)

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

○三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

○巫山十二峰 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

 

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

○陽臺 宋玉の高唐賦の序に「むかし、先王(懐王)かつて高唐に遊び、怠って昼寝ぬ。夢に一婦人を見る、日く、妾は巫山の女なり、高唐の客となる、君が高唐に遊ぶと聞き、院にくは、枕席を薦めむと。王、因って之を幸す。去って辞して日く、妾は巫山の陽、高邱の岨に在り、旦に朝雲となり、暮れに行雨となり、朝朝暮暮、陽臺の下」とみる。

 

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

○楚王神女 宋玉の神女賦の序に「楚の襄王.宋玉と雪夢の浦に遊び、玉をして、高唐の事も賦せしむ。その夜、王寝ね、夢に神女に遇ふ、その状、甚だ麗」とある。《楚()の懐王が夢の中で契りを交わした神女が、朝には雲に、夕暮れには雨になると言ったという、宋玉「高唐賦」などにみえる故事から》男女の堅い契り。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

 

 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七九              文體:    五言古詩

詩題:    宴鄭參卿山池

作地點:              太原府(河東道 / 太原府 / 太原府)

交遊人物:鄭參卿              當地交遊(河東道 太原府 太原府)

 

 

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。
今夕不盡杯,留歡更邀誰。
この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

 

(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。

 

 

『宴鄭參卿山池』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

(下し文)
(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。


(現代語訳)
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。


(訳注)

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

參卿 「參卿軍事。」(卿が軍事に參せしむ。)ということ。幕府軍事の参与。《2315冬晚送長孫漸舍人歸州》「參卿休坐幄,蕩子不歸。南客瀟湘外,西戎鄠杜旁。」(參卿 幄に坐するを休む,蕩子 らず。南客 瀟湘の外,西戎 鄠杜の旁。)

 

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

恐碧草晚 春に草が成長しているけれどやがて枯れゆく様に、参軍に意気、元気が失せてくることを恐れるというのは、立場上当り前であろう。

朱顏 紅顔とおなじ、高志の夢を持つ壮年であること。

 

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

正相宜 あたかもその時を得たることをいう。

 

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

舞影迴 舞う影が伸びて、この山池の清らかな水を廻る。

 

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

留歡 引き留めて春を感賞し、酒を飲んで歓喜をあげようという意。

237-#3 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#3> Ⅰ李白詩1485 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5973

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。
かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

237-#3 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#3Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#3> Ⅰ李白詩1485 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5973

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

我情既不淺,君意方亦深。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

相知兩相得,一顧輕千金。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

(下し文)
君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

(現代語訳)
君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。


(訳注) #3

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-3

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

憶君我遠來,我歡方速至。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

君 元丹邱。

 

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

 

我情既不淺,君意方亦深。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

 

相知兩相得,一顧輕千金。

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

 

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

 

 

《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

 

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

 
 2015年5月9日の紀頌之5つのBlog 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階墀。

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。


(下し文)
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階に造【いた】る。

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

(現代語訳)
そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。


(訳注) #2

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

 

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

蹇予 発語の助詞。《楚辞 九歌第二 雲中君》「蹇將憺兮壽宮、與日月兮齊光。」(蹇、まさに寿宮に憺んぜんとして、日月と光を斉しくす。)

 

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

 

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

 

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

瓊樹枝 ①像上の木の名。玉を生ずるという珍しい木。崑崙山の西にあるという。《李商隠・南朝》「誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩来」(誰か言ふ瓊樹朝朝に見はると、及ばず金蓮の歩歩来たりしに」②玉のように美しい木。③人格がすぐれていることのたとえ。

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

 

南 朝 
地險悠悠天險長、金陵王気應瑤光。
休誇此地分天下、只得徐妃半面粧。

地勢の恵み自然の要害によるはるかかなたまでの領土、天から気候、風土の恵みにより、長い距離移動、穀物生産による豊かな国。金陵という名は、昔から王気漂う運気の強いところ、天界の斗宿とも合致応じている。
これだけの国力があって、自分の国を誇れるまではない、漢民族が南を制しているだけで天下を二分されたままだ。ご自分の王妃、徐妃でさえ顔の半分だけに化粧をして馬鹿にされたと同様、たかだか全土の半分しか領土にし得なかったということだ。

南朝(梁・元帝) 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 47

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酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

不以千里遙,命駕來相招。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。
(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階墀。

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

不以千里遙,命駕來相招。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

(下し文)

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。

(現代語訳)
(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。


(訳注)

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

心曲 細々とした心の思い。  《詩経、秦風、小戎》「在其板屋、亂我心曲.」(その板屋に在りて 我が心曲を亂る)西域の板屋に寝起きされてさぞかし不自由な生活をされていることだろう、それを思えばわが心も千々に乱れるのである。

 

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

 

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

命駕 世説「嵆康、呂安と善し、一たび相思禹ごとに、千里駕をめいず。」とあり、李白《贈崔侍御》「不取回舟興。 而來命駕尋。」(回舟の興を取らず、爾来、駕を命じて尋ぬ。)とつかう

 

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

秋夜宿龍門香山寺 ―#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

 

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七二                李太白集 巻十二07  文體:             五言古詩

詩題:    秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

作地點:              伊闕(都畿道 / 河南府 / 伊闕)

及地點:              伊闕 (都畿道 河南府 伊闕) 別名:龍門山、闕口         

香山寺 (都畿道 河南府 伊闕)         

方城 (山南東道 唐州 方城)             

交遊人物:王方城              書信往來(山南東道 唐州 方城)

瑩上人 ;書信往來

李幼成 ;書信往來

李令問 ;書信往來

 

 

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

興在趣方逸,歡餘情未終。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。

 

(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。

#2

玉斗 網わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

 

 

『秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。


(下し文) #2

玉斗 網に橫わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

(現代語訳)
北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。


(訳注) #2

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

 

玉斗橫網銀河耿花宮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

玉斗 北斗、色明朗、珠の如く輝くことでいう。

 門扉の上に彫刻して方目を作った網目の格子

銀河 天の川あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。

 明淨の容貌。

花宮 仏寺をいう。花界、白六帖と云う言い方もある。

 

興在趣方逸,歡餘情未終。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

 

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

王子 王子喬のこと。周代の仙人。霊王の太子といわれる。名は晋。白い鶴にまたがり、笙(しょう)を吹いて雲中を飛んだという。

虎溪 在江西省九江市南盧山東林寺前。陶潛. 《蓮社高賢傳·百二十三人傳》「時遠法師居東林。其處流泉匝寺下入於溪。每送客過此。輒有虎號鳴。因名虎溪。」(遠法師 東林す。其の處 流泉匝寺下り溪に入る。客を送る每に此を過る。虎號鳴する。因って虎溪づく」とある。

 

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

蕭瑟 秋風が寂しく吹くこと。また、そのさま。

 

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。

伊水 黄河南岸支流洛河の支流の一,水源は熊耳山南麓的栾川陶湾であり,流域は嵩県、伊川,熊耳山南麓で,牛山北麓をながれ,洛陽に入る,東北偃師に至り洛河に注入される,ここで合流した後黄河に注入する。

盈盈 (1) (水が)澄みきった.(2) (姿や態度が)上品な.(3) 軽やかな.李白《宮中行楽詞 其一》「小小生金屋、盈盈在紫微。」小さい子供のときから、黄金で飾った家でそだてられ、みずみずしいうつくしさで天子の御殿に住んでいる。

古詩十九首の第二首に「青青河畔艸、欝欝園中柳。盈盈楼上女、皎皎当窓牅。青青 河畔の艸【くさ】、欝欝【うつうつ】たる園中の柳。盈盈【えいえい】たる 楼上の女、皎皎【こうこう】として窓牅【そうゆう】に当たる。)とある。

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李白  秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

朝發汝海東,暮棲龍門中。

水寒夕波急,木落秋山空。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

目皓沙上月,心清松下風。

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

 

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七二                李太白集 巻十二07  文體:             五言古詩

詩題:    秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

作地點:              伊闕(都畿道 / 河南府 / 伊闕)

及地點:              伊闕 (都畿道 河南府 伊闕) 別名:龍門山、闕口         

香山寺 (都畿道 河南府 伊闕)         

方城 (山南東道 唐州 方城)             

交遊人物:王方城              書信往來(山南東道 唐州 方城)

瑩上人 ;書信往來

李幼成 ;書信往來

李令問 ;書信往來

 

 

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

 

(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。

#2

玉斗 網わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

 

 

『秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

朝發汝海東,暮棲龍門中。

水寒夕波急,木落秋山空。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

目皓沙上月,心清松下風。


(下し文)
(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。


(現代語訳)
(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。


(訳注)

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

龍門香山寺 地名、伊闕ともいう。河南省洛陽の西南三十支部里(十七キロ)にあり、伊水によって断たれた峡谷。・香山寺:洛陽にある寺院の名。竜門の北岸にあって、南に香山寺と対する。なお、この香山寺の北側の琵琶峰上に白居易の墓園があり、白園と呼ばれている。龍門の東にあり、後出・龍門寺ともいう。《河南通志山川》:闕塞山在府城西南三十里。兩山對峙:東曰香山,西曰龍門。石壁峙立,伊. 水中出,又名伊闕。《左傳》:趙鞅納王,使女寬守闕塞,即此。又名伊闕。大禹疏龍門,伊水出其間。漢服虔謂南山,伊闕是也,

山。

《五年秋病後獨宿香山寺三絶句其一》  白居易

經年不到龍門寺,今夜何人知我情。

還向暢師房裏宿,新秋月色舊灘聲。

(五年の秋 病後に獨り香山寺に宿す 三絶句其一)

經年到らず 龍門寺,今夜 何人か 我が情を 知らん。

還た 暢師の房裏に 向【お】いて宿すれば,新秋の月色 舊灘の聲。

王方城十七丈 山南東道 唐州 方城の王十七丈。

奉國瑩上人 奉國寺の瑩上人。

從弟幼成・令問 二人の從弟である幼成と令問。

 

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

汝海 汝海は汝水のことである。枚乘《七發》「南望荊山、北望汝海」李白《題元丹丘潁陽山居》「遙通汝海月,不隔嵩丘雲。」

182-3 《巻24-03 題元丹丘潁陽山居 并序-3Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <182-3> Ⅰ李白詩1405 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5573

 

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

 

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

九霄迥 九天高く悠かに晴れ渡る。

賞幽 幽静な景色を賞賛す

 

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

 

 

詩文(含異文)     朝發汝海東,暮棲龍門中。水寒夕波急,木落秋山空。望極九霄迥,賞幽萬壑通。目皓沙上月,心清松下風。玉斗橫網,銀河耿花宮。興在趣方逸,歡餘情未終【咫尺世喧隔,微冥真理融】。鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

 

汝海

古水名。"水路」「汝水河南汝州出梁県勉郷西息山」は、上流すなわち今河南北汝河;歴史上に記載の三回避走:つまり元代至正年間は郾城截汝水入川を形成し、南北汝河明嘉靖の年間;截南汝水支流水入水(今洪河)を形成汝河と洪水係、しかし依然として西平県方向から来た柳堰河は上蔡南西に汝河;清朝の乾隆年間、西平県方向諸水がよどんで遮断され、河南省にある県名県、遂平県の水(今沙河)南汝河源流ダム建設形成宿鴨湖前の汝河河道の状況汝南以下、つまり今日南汝河や新蔡以下の洪河。解放後、宿鴨湖ダム建設と何度も汝河截取直曲がって、南汝河特に汝南県付近と「水路"を汝河出入りが大きい。

①古水名、臨汝県で臨水はと汝水集まって撫菜川名前の由来で、つまり江西省州市(現州大部は古い川)。撫菜川は鄱陽湖水係主要河川の一つで、発祥武夷山西麓广昌県駅前郷の血木嶺、全長312キロメートル、流域面積1.5811万平方キロメートル。一般に主本盱江を上流、その間は南から州がまばらに山、廖坊2か所火成岩段、以下は徐々に発展の平野や丘陵;州以下は下流、両岸を沖積台地で、広い田畑。た柴ベイ口を撫でて川に入って江西の撫平原。から矢江口東、西の2本の東の主流を経て、梁家渡下泄、青湖入鄱陽湖。

②古水名。上流すなわち今河南北汝河自郾城以下、旧コース南流から西平県今洪河東、南経上蔡県西から東は遂平県濯ぐ水(今沙河)、つまり今日この下南汝河や新蔡以下の洪河。元の至正間郾城カットオフ南流、上流と避走東今入穎川沙河と北汝、下流に変更は汝水を源として、名南汝。明嘉靖の末汝水また避走東(注水と呼ばれる洪河)、南汝遂改は水を源として、今の勢い。

 

五年秋病後獨宿香山寺三絶句其一》  白居易

經年不到龍門寺,今夜何人知我情。

還向暢師房裏宿,新秋月色舊灘聲。

(五年の秋 病後に獨り香山寺に宿す 三絶句其一)

經年到らず 龍門寺,今夜 何人か 我が情を 知らん。

還た 暢師の房裏に 向【お】いて宿すれば,新秋の月色 舊灘の聲。

235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

李白 將進酒3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

 

 
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(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

年:736年開元二十四年36

卷別:  卷一六二        文體:  樂府

詩題:  將進酒

作地點:        潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

及地點:平樂樓 (都畿道 河南府 洛陽)      

交遊人物:岑勛  當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘        當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。

(將進酒)
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

とまれ、羊を料理し、牛をころしてごちそうを作り、佳肴、山のようにあり、既にこうして酒盛りする以上は、「一飮三百杯」、朝から晩まで、しばらくのあいだ、ゆっくりと、楽しみごとをするとしよう。
岑夫子,丹丘生。將進酒,君莫停。

岑先生、丹丘先輩、われ卿に酒をお勧める以上、願わくば、卿、杯を途中で停めないように、まさに今、酒をお進めする。
與君歌一曲,請君為我側耳聽。

われ、また、卿のために、鼓吹曲辭、一曲歌いましょう。卿方々にお願いするが、しっかりと耳を傾けてほしい。 
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

ああ、鐘鼓の楽、美珍なる食い物、これらが必ずしも貴ぶべきものとするものではない。ただ、願うならば、何時までも酔いとおして、けっして長い酔いから醒めないようにしたいものである。
羊を烹【に】、牛を宰【に】て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子【しんぷうし】 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側【そばだ】てて 聴け。
鐘鼓 饌玉【せんぎょく】 は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。

3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか。
主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
五花馬,千金裘。

美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

 

 

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

『將進酒』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

(下し文)
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。

陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 

主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。

五花の馬 千金の裘。 

児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

(現代語訳)
古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか。
酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 

(訳注)

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

將進酒
(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

漢の鼓吹鐃歌十八曲の一つに、將進酒があり、六朝以降、楽府旧題。鼓吹曲辭になる。古詩には、「將進酒乘太白」とあり、宋の何承天の將進酒篇には、將進酒慶三朝備繁禮薦佳肴とある。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。

 

古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
○古來 昔から今に至るまで。今まで。 

○聖賢 聖人と賢人。 

○皆 みな。ことごとく。全部。 

○寂寞 ひっそりとしてもの寂しいさま

○惟有 ただ…だけがある。=唯有。 

○飮者 飲み助。呑兵衛。 

○留其名 その勇名を記録に留め(てい)る。

 

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか
○陳王 三国時代魏の曹植のこと。 

○昔時 むかし。 ○宴 うたげをする。 

○平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。○斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 

○斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 

○斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 

十千 一万。 

○恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 

歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

 

主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
○主人 酒屋のあるじ。 

○何爲 何ゆえ。どうして。 

○言 声に出して言う。 

○少錢 お金が足らない。お金が少ない。 

○徑 直ちに。速く。ついに。 

○須 ぜひとも…する必要がある。すべからく…べし。 

○沽取 こしゅ 酒を買い取る。手に入れる。酒を持ってこさせるという意味。 

○酌 酒を注(つ)ぐ。 

 

五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
○五花馬 美しい毛並みの馬。青白雑色の馬。 

○千金裘 高価な皮衣。白狐のかわごろも。狐裘のこと。狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服。戦国時代の孟嘗君が持っていたという白狐の皮衣。天下に二つとないもの。

 

呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
○兒 年若い使用人。ボーイ。給仕。 

○將出 持ち出す。 

○換 交換する。

爾 あなた。なんぢ。 

 同じくする。動詞としての用法。 

○銷 消す。とかす。≒消。 

○萬古愁 昔から永遠に解かれることのない愁い。死の恐怖。



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 この「将進酒」と題する長篇は、元丹邱と岑夫子とに対して憂鬱を打ち明けたという詩である。ここで李白は「万古の愁い」を消してくれる酒を飲もう。竹林の時代より酒こそが一番だ。道教の先輩たちに李白の明朗さは酒を愛したことによるものだろうか。「天生我材必有用、千金散盡還復來。」(天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。)この思想が李白の基本であり、道教の思想である。

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將進酒 -2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

岑夫子,丹丘生。

將進酒,君莫停。

與君歌一曲,請君為我側耳聽。

鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

羊を料理し、牛をころしてごちそうを作り、佳肴、山のようにあり、既にこうして酒盛りする以上は、「一飮三百杯」、朝から晩まで、しばらくのあいだ、ゆっくりと、楽しみごとをするとしよう。
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將進酒 #1

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

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(

改訂版) 《巻2-8 將進酒》

年:736年開元二十四年36

卷別:  卷一六二        文體:  樂府

詩題:  將進酒

作地點:        潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

及地點:平樂樓 (都畿道 河南府 洛陽)      

交遊人物:岑勛  當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘        當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。

2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

岑夫子,丹丘生。

將進酒,君莫停。

與君歌一曲,請君為我側耳聽。

鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

 

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

『將進酒』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

天生我材必有用,千金散盡還復來。

(下し文)
(將進酒)

君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。

君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。

人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。

天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。

(現代語訳)

(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
そもそも天が、わたしにこの才能を生しめたのは、けっしてぐうぜんでも、むいみでもなく、必ずどこかに役立てようとしたためである。確かに今不遇で、抑鬱であるが自暴自棄はよくないと思ってはいるが、富貴貧賤、皆一時の事であり、千金一擲して散じつくすともまた、戻って嚢中にはいることもあるであろう。

(訳注) (改訂版) 《巻2-8 將進酒》

將進酒
(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

漢の鼓吹鐃歌十八曲の一つに、將進酒があり、六朝以降、楽府旧題。鼓吹曲辭になる。古詩には、「將進酒乘太白」とあり、宋の何承天の將進酒篇には、將進酒慶三朝備繁禮薦佳肴とある。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。


君不見黄河之水天上來、奔流到海不復回。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
○君不見 あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。樂府体に使われる。 

○黄河之水 黄河の流れ。 ・天上來:天上より流れ来る。黄河の源は九曲であり、伝説の崑崙とされていた。 

・奔流 激しい勢いの流れ。 

到海 海に到る。 

不復 二度とは…ない。永遠に…ない。一度も…ない、ということ。 

回 かえる。もどる。


君不見高堂明鏡悲白髮、朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
○高堂 立派なお屋敷の主要な表座敷、高貴な人々というの意味もある。 

○明鏡 澄みわたった鏡。1 曇りのない鏡。2すぐれた手本。 明鏡止水:邪念がなく、澄み切って落ち着いた心の形容。

○悲白髮 鏡を覗き込んで、白髪の老齢になったことを悲しむ。
○「朝」「暮」は、一日のうちの日の出、日の入りを指すが、ここでは人生の「朝」「暮」の時期のことをいう。 ・朝 あさ。あした。 

○青絲 黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。 青絲曲。青絲白馬、

《巻2-8 將進酒》「朝如青絲暮成雪。」

《巻五 陌上桑》「青絲結金絡。 不知誰家子。」

《巻五 搗衣篇》「愿為雙燕泛中洲。 君邊云擁青絲騎。」

《卷12-18 新林浦阻風寄友人》 今朝東門柳。 夾道垂青絲。」

《巻二十二 待酒不至》 「玉壺系青絲、沽酒來何遲。」

○暮 夕方。 

○成雪 雪のように真っ白になる。


人生得意須盡歡、莫使金尊空對月。
人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
○人生 人が生きる。人生。 

○得意 自分の気持にかなうこと。目的を達して満足していること。意を得る。また、自分の気持を理解する人。 

○須 する、必要がある。せねばならぬ。すべからく…べし。 

○盡歡 充分に楽しむ。よろこびをしつくす。歓楽を尽くす。
○莫使 …させてはいけない。…に…させてはいけない

○金尊 黄金製の酒器。また、黄金の大酒樽()。真鍮製のものと考えられる。 

○空 むなしく。無意味に。 

○對月 月に向かう。

 

天生我材必有用、千金散盡還復來。
そもそも天が、わたしにこの才能を生しめたのは、けっしてぐうぜんでも、むいみでもなく、必ずどこかに役立てようとしたためである。確かに今不遇で、抑鬱であるが自暴自棄はよくないと思ってはいるが、富貴貧賤、皆一時の事であり、千金一擲して散じつくすともまた、戻って嚢中にはいることもあるであろう。
○天生 天は…を生む。また、生まれつき。 

○我材 わたしという人材。 

○必有用 きっと、用いるところがあるはずだ

○千金 大金。 

○散盡 使い果たす。 

還復來 また再び帰ってくる。

 

 

 

將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
天生我材必有用,千金散盡還復來。
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
岑夫子,丹丘生。
將進酒,杯莫停。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
五花馬,千金裘。
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

將進酒
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
羊を烹【に】、牛を宰【に】て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子【しんぷうし】 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側【そばだ】てて 聴け。
鐘鼓 饌玉【せんぎょく】 は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

 

234 《巻23-51 觀放白鷹二首其二 (寒冬十二月) 》 <234> Ⅰ李白詩1477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5933

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。
そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。

 

234 《巻23-51 觀放白鷹二首其二 (寒冬十二月)》 <234> Ⅰ李白詩1477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5933

 
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年:734年開元二十二年35

卷別:  卷一八三        文體:  五言

詩題:  觀放白鷹,二首之一

 

 

(改訂版)《巻23-50 觀放白鷹二首其一(八月邊風)》

觀放白鷹二首其一

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
八月邊風高,胡鷹白錦毛。

秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
孤飛一片雪,百里見秋毫。

子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
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(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。

 

 

年:    未編年

卷別:  卷一八三        文體:  雜言古詩

詩題:  觀放白鷹,二首之二

 

 

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

 

(觀放白鷹,二首の二)

寒冬 十二月,蒼鷹 八九毛。

言を寄す 燕雀 相い啅する莫れ,自ら雲霄 萬里の高き有り。

 

 

『觀放白鷹,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

(下し文)
(觀放白鷹,二首の二)

寒冬 十二月,蒼鷹 八九毛。

言を寄す 燕雀 相い啅する莫れ,自ら雲霄 萬里の高き有り。

(現代語訳)
(寒冬の侯、新たに飼われた蒼鷹を見て、この鷹のために気を吐いて作った詩)。

寒い冬の(陰暦)十二月の侯、新たに飼われた蒼鷹は、その勁翮を剪りさられ、遠挙颺去できなくしたので、間もなく狩にもちいられるだろう。

そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。



(訳注)

觀放白鷹,二首之二

(寒冬の侯、新たに飼われた蒼鷹を見て、この鷹のために気を吐いて作った詩)。

作時は不明であるが、太原旅行時、觀放白鷹二首之二が秋の終わりで、冬になってのものとした。

 

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寒い冬の(陰暦)十二月の侯、新たに飼われた蒼鷹は、その勁翮を剪りさられ、遠挙颺去できなくしたので、間もなく狩にもちいられるだろう。

寒冬十二月 寒い冬の(陰暦)十二月に。前漢、蘇武《詩四首 其四》「寒冬十二月,晨起踐嚴霜。」(寒冬 十二月,晨に起きて 嚴霜を踐む。)寒い冬の(陰暦)十二月の侯、朝起きて、ひどい霜をふむ。

蒼鷹八九毛 王琦 鷹は一歳色黄、二歳色變じて次に赤、三歳にして色はじめて蒼、故にこれを蒼鷹という。 八九毛とは、是初めて獲たるの鷹、その勁翮を剪り、遠挙颺去せざらん。

 

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。

啅 多く集まった鳥のさえずり。仕角切,音數。衆聲。又《集韻》《類篇》𠀤陟敎切,音罩。啅啅,鳥聲。

雲霄 雲を浮かべる大空。雲を浮かべるはるかな天。「霄漢・霄壌」

萬里高 天高く万里の先までつづく。

 

 

 

 

詩四首 其四   前漢、蘇武(蘇子卿)

燭燭晨明月,馥馥秋蘭芳。

芳馨良夜發,隨風聞我堂。

征夫懷遠路,遊子戀故鄕。

寒冬十二月,晨起踐嚴霜。

俯觀江漢流,仰視浮雲翔。

良友遠別離,各在天一方。

山海隔中州,相去悠且長。

嘉會難再遇,歡樂殊未央。

願君崇令德,隨時愛景光。

 

四首  其の四

燭燭たり 晨の明月,馥馥として 秋蘭 芳し。

芳馨 良夜に發し,風に隨ひて 我が堂に聞こゆ。

征夫 遠路を懷ひ,遊子 故鄕を戀ふ。

寒冬 十二月,晨に起きて 嚴霜を踐む。

俯して 江漢の流るるを 觀,仰ぎて 浮雲の翔るを 視る。

良友 遠く別離し,各〻 天の一方に在り。

山海 中州を隔て,相ひ去ること 悠にして且つ長し。

嘉會 再び遇ふこと難ければ,歡樂 殊に未だ央きず。

願はくは 君 令德を崇くし,時に隨ひて 景光を愛せよ。

233 《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風高)》 <233> Ⅰ李白詩1476 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5928

觀放白鷹二首其一

八月邊風高,胡鷹白錦毛。

孤飛一片雪,百里見秋毫。

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
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年:734年開元二十二年35

卷別:  卷一八三        文體:  五言

詩題:  觀放白鷹,二首之一

 

 

《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風)》

觀放白鷹二首其一

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
八月邊風高,胡鷹白錦毛。

秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
孤飛一片雪,百里見秋毫。

子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
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(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。

 

 

《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風)》

『觀放白鷹二首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀放白鷹二首其一

八月邊風高,胡鷹白錦毛。

孤飛一片雪,百里見秋毫。


(下し文)
(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。


(現代語訳)
(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。


(訳注)

觀放白鷹
(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
放鷹 たかを飛ばして小鳥をとること。鷹狩に白いたかを使う。



八月邊風高、胡鷹白錦毛
秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
八月 旧暦八月は、秋の中ごろ。

○辺風 海岸を吹く風。国境辺地の風、北風。鮑照《蕉城賦》「邊風急兮城上寒」

胡鷹 胡地に産する鷹。

錦毛 錦の美しいもようのある毛。錦:美しいものの喩。
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孤飛一片雪、百里見秋毫。
子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
秋毫 毫は細い毛。動物の毛は秋に殊に細くなるので、きわめで微細なものを秋毫という。

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