盛唐の詩人の間で流行っていたのだろう。杜甫も最初一首詠い、しばらくして、二首詠っている。どの詩人も貴族の親に向けて、批判はできないが、その息子らの破廉恥な様子を詠うことにより、貴族社会を批判している。

少 年 行
貴族の子弟が酒屋において倣慢ちきに酒をのむさまをうたう。(762)宝応元年、杜甫51歳の成都での作品。李白や、王維の同名の作品は楽府、音楽に合わせて歌うように詩を読むものであるが、杜甫のこの詩は詩言絶句である。


馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。

馬にうちのったどこの家のわかものかしらぬが、きざはしのそばで馬からおりてどっかと椅子に腰かけた。それから大ざっぱな様子でどこのだれとも名のらず、「あれをくれ」というて銀のさかがめを指ざしして酒をもとめてのんでいる。

○少年行 少年のことをよんだうた。  ○白面郎 かおのしろいわかもの。  ○階 さかやのきざはし。  〇人牀 他人の家のいす。○不通姓氏 だれそれと姓名をなのらぬ。  ○麤豪 細慎ならぬことをいう。人も無げな大ざっぱなふるまい。  ○指点 あれと指ざしする。○銀瓶 銀でこしらえたさかがめ。


●韻 郎、牀、嘗

(少年行)
馬上誰が家の白面郎ぞ
階に臨み馬より下りて人の牀に坐す
姓氏を通ぜず麤豪そごう甚し
銀瓶ぎんべいを指点して酒を索もとめて嘗なむ

杜甫の詩では、ほとんど取り上げられることのない詩である。さらにほとんど取り上げられていない下紹介してみる。

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少年行二首
杜甫51歳の成都での作品
(1)
莫笑田家老瓦盆、自從盛酒長兇孫。
傾銀注玉驚人眼、共酔終同臥竹根。

笑てはいけない農家の古ぼけた食器を、
それに酒、肴を盛って若者に提供する
銀や硝子の飾り物を盃にして、その家の人を困らせる
みんな酔っぱらって、ついに竹林で寝てしまう。

笑ふこと莫れ田家の老瓦盆
酒を盛りてより見孫に長ず
銀を傾け玉に注いで人の眼を驚かす
共に醉うて終に同じく竹根に臥す

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(2)
災燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東慙波。


多くのツバメは雛を育てたら全員去ってゆく
長江沿いの花は、女子供らが見ていった
片肌脱いだ貴族の息子どもは来て勝手に座っている
知っているだろう、御堂の前でしきりに頭っているのを


○燕去り子を結ぶ。夏の景を示す。○黄衫。唐の武徳四年廉人に敷して黄衣尨服せしむ  尨 ぼう。むくいぬ。


集燕 雛を養う渾べて去らんと欲す
花 子を結んで也多きこと無し
黄衫め年少 來ること宜しく數すべし
見ずや堂前東遯の波