李白22 子夜呉歌

 子夜は、東晋以前に子夜という女性が、作った曲であり、その声は非常に悲しく苦しげだった、という。そして、唐時代になると、恋歌になっていた。
 ずっと楽府題(がふだい)が続く。この詩は五言六句を、春夏秋冬に配して季節四首組歌にしている。
 春の「羅敷女」は漢代の楽府に出てくる美女の名で、古辞では邯鄲(かんたん)の秦氏の女(むすめ)である。李白はそれを秦の農家の娘に変え、言い寄る「五馬」をそでにする話にしている。


子夜呉歌 其一 春        

秦地羅敷女、採桑緑水辺。
素手青条上、紅粧白日鮮。
蚕飢妾欲去、五馬莫留連。


秦の地の羅敷女ような美女、桑を摘む清らかな川のほとり。
白い手は緑の枝に伸び、ほほ紅が真昼の光に映えて鮮やかだ
蚕に餌をやるので 私は失礼いたします
太守さまはお急ぎお帰り下さいませ

 五馬とは五頭立ての馬車に乗ることが許されている州刺史(しゅうしし)または郡太守(ぐんたいしゅ)のこと。漢代の郡は行政機関で県の上に位置し、唐代には州と呼ぶようになる。県は市や町にあたる。なお、唐の長安の都は広大でしたので、城内の南の部分には農地もあり、農家や高官の別荘などが点在していた。
○韻 辺、鮮、連。

秦地羅敷女、採桑緑水辺。
素手青条上、紅粧白日鮮。
蚕飢妾欲去、五馬莫留連。

子夜呉歌(しやごか) 其の一 春
秦地(しんち)の羅敷女(らふじょ)
桑を採(と)る  緑水(りょくすい)の辺(ほとり)
素手(そしゅ)  青条(せいじょう)の上
紅粧(こうしょう)  白日(はくじつ)に鮮やかなり
蚕(かいこ)は飢えて妾(しょう)は去らんと欲す
五馬(ごば)   留連(りゅうれん)する莫(なか)れ





夏は一転して越の美女西施の再登場。

李白23
 子夜呉歌其二 夏         

鏡湖三百里、函萏発荷花。    
五月西施採、人看隘若耶。    
囘舟不待月、帰去越王家。
   

 
鏡のように澄んだ鏡湖は周囲三百里
蓮のつぼみが蓮の花をひらく
五月になって西施は花を摘み
見物人が集まって、若耶渓も狭くなる
舟の向きを変えて月の出を待たず
西施は越王の御殿へ帰ってゆく

 「西施」については『西施ものがたり」(李白12を参照)、中国の伝説的な美女。秦の美女、越の美女と、美女の話が李白らしく続けた。



鏡湖三百里、函萏発荷花。    
五月西施採、人看隘若耶。    
囘舟不待月、帰去越王家。

子夜呉歌(しやごか)  其の二 夏
鏡湖(きょうこ)   三百里
函萏(かんたん)  荷花(かか)を発(ひら)く
五月  西施(せいし)が採(と)るや
舟を囘(めぐ)らして月を待たず
帰り去る  越王(えつおう)の家