蜀の国から都に出てきた無名の詩人が時の宰相に会えた。 李白が時の宰相、張説(ちょうえつ)の世話になったことは凄いことではある。なぜこの時仕官できなかったのであろうか。確かに張説は前後して没してはいる(730年歿)ものの宰相をしている時に会い、家の世話までしてもらっている。しかし、その事跡も1000年もの間埋もれてしまうほどこの頃の李白に問題があったのか、訴えるものがなかったのか、出自に問題ありとされたのか、疑問の残る点である。ただ、張説が没したのち息子の張洎(ちょうき)がどこまで李白をフォローしたかについては分からない。(張説ものがたり  安史の乱  安史の乱の三詩人)

 しかし、李白はこの張洎に対し詩を残している。(この張説の息子張洎は安史の乱の際、玄宗絶対の信頼があった。しかし、絶対ないと思われていた裏切りを見せ後死亡)其の一では(729年秋に)その張洎に家を探してもらってそこでの生活を詠っている。この段階では、貧しさも求職のことも全く触れていない。其の二では、一変して強烈な詩に転じている。この詩は、内容、韻で三分割して読んだほうが分かりやすいかと文末に下し分を添えて示した。

李白32 玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首(其の二) 

其二
苦雨思白日。浮云何由卷。稷契和天人。陰陽乃驕蹇。
秋霜劇倒井。昏霧橫絕巘。欲往咫尺涂。遂成山川限。
潀潀奔溜聞。浩浩驚波轉。泥沙塞中途。牛馬不可辨。』
飢從漂母食。閑綴羽陵簡。園家逢秋蔬。藜藿不滿眼。
蠨蛸結思幽。蟋蟀傷褊淺。廚灶無青煙。刀機生綠蘚。』
投箸解鷫。換酒醉北堂。丹徒布衣者。慷慨未可量。
何時黃金盤。一斛荐檳榔。功成拂衣去。搖曳滄洲旁。』


長雨続きで困ったものだ、カンカン照りがなつかしい。農耕の神様、后稷こうしょくや契の伝説の時代は天地がうまくなじんでいたが、太陽も月も驕っている。秋の長雨はバケツを返したような豪雨で、雨霞は峰まで覆い尽くしている。手じかなところへ行こうと思っても、山川にさえぎられる。
ごうごうとため池に水があふれ、浩々と大波が寄せてくる。
 土石流は行く手を遮り、牛か馬か見分けはつかない。
本筋を投げ捨て皮のころもを質に入れ、酒を手に入れ奥座敷で酔っぱらう。』


ひもじいと老女(漂母)からでも食を貰い、暇に任せて虫に食われた本を綴りなおす
農家では秋野菜の収穫期であるのに、わが家には豆の葉っぱもない
蜘蛛は網の上で静かにしているし、コオロギは狭い場所をうれいている。
釜戸には紫炎などないし、包丁やまな板は青カビが生えている。』


丹徒にいた無冠位のものがいた、計り知れないほど辱められた
いつになったら黄金の大皿に、一斛の檳榔を盛り出せるのか
功が達成すれば衣の塵を払って去り、滄洲のあたりで のんびり暮したい』

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●后稷(こうしょく)は、伝説上の周王朝の姫姓の祖先。中国の農業の神として信仰されている。


●漂母 韓 信(かん しん、生未詳 - 紀元前196年)は、貧乏で品行も悪かったために職に就けず、他人の家に上がり込んでは居候するという遊侠無頼の生活に終始していた。こんな有様であったため、淮陰の者はみな韓信を見下していた。とある亭長の家に居候していたが、嫌気がした亭長とその妻は韓信に食事を出さなくなった。いよいよ当てのなくなった韓信は、数日間何も食べないで放浪し、見かねた老女に数十日間食事を恵まれる有様であった。韓信はその老女に「必ず厚く御礼をする」と言ったが、老女は「あんたが可哀想だからしてあげただけのこと。御礼なんて望んでいない」といわれた。老女が真綿を晒す老女であったことから、漂母という。


●丹徒の布衣者と一斛いっこくの檳榔びんろう
 劉 穆之(りゅう ぼくし、360年 - 417年)は、中国五胡十六国時代の東晋末期に劉裕(宋の武帝)に仕えた政治家のことさす。若く貧しかった頃は、妻の兄である江氏の家に食事を乞いに行っては、しばしば辱められ、妻にも行くのを止められたが、これを恥としなかった。後に劉穆之は江氏の祝いの宴会に赴き、食後の消化に檳榔を求めたが、江氏の兄弟に「いつも腹を空かしているのにそんなものがいるのか」とからかわれた。妻は髪を切った金で兄弟に代わり劉穆之に食事を出したが、これ以後、劉穆之の身繕いをしなくなった。後に劉穆之は丹陽尹となると、妻の兄弟を呼び寄せようとした。妻が泣いて劉穆之に謝ると、劉穆之は「もともと怨んでもいないのだから、心配することもない」といい、食事で満腹になると金の盆に盛った1斛の檳榔を彼らに進めたという。

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 李白は科挙の試験同様に故事を引用し、自分も才能があり、必ず出世できる。出世をして恩を返しをしたい。張洎に求職を訴えたのだ。同時に、スポンサーを求めたのだ。スポンサー、パトロンがいないとどうしようもないのが詩人である。宮廷詩人になる早道は、科挙試験に及第すること、詩を披露するチャンスは圧倒的に増大する。李白のように高級官僚に詩を贈り認めてもらう間接的なやり方はかなり困難な手段であったのだ。こののち杜甫も同様に貴族宛に詩を贈るが、全く相手にされなかった。求職というより、パトロン探しというのが本命であったと思う。
 この詩を送られた人間、あるいは客観的な人間から見て、どうだろう。千数百年の昔の人は説得されたであろうか、詩は曲に合わせて歌われれば内容はどうだっていいのだろうか。これだけ、詩才があり、知識がある人がいっていることだから、きっと良いことを言っている。受け取る側が好意的でないと理解できないのではなかろうか。
 もうひとつは、これが理解してもらえないならまた別な人に訴えよう、別のところに行こう、というのか。

○韻巻、蹇、、転。辨、簡、眼、浅、蘚。/ 霜、堂、量、榔、傍。



玉真公主の別館に雨に苦しみ衛尉張卿に贈る 二首(一を録す)
苦雨(くう) 白日(はくじつ)を思う、浮雲(ふうん) 何に由(よ)ってか巻かん。
稷(しょく) 契(せつ) 天人(てんじん)を和し、陰陽 仍(な)お驕蹇(きょうけん)たり。
秋霖(しゅうりん) 劇(はげ)しく井を倒(さかしま)にし、昏霧(こんむ) 絶巘(ぜつけん)に横たわる
咫尺(しせき)の塗(みち)を往(ゆ)かんと欲するも、遂に山川(さんせん)の限りを成(な)す。
潨潨(そうそう)として奔溜(ほんりゅう)瀉(そそ)ぎ、浩浩(こうこう)として驚波(きょうは)転ず
泥沙(でいさ)  中途を塞(ふさ)ぎ、牛馬(ぎゅうば)  辨(べん)ず可からず』

飢えて漂母(ひょうぼ)に従って食し、閑(かん)に綴る  羽林(うりん)の簡(かん)
園家(えんか)  秋蔬(しゅうそ)に逢(あ)うに、藜藿(けいかく)  眼(め)に満たず
蠨蛸(しょうしょう) 思幽(しゆう)を結び、蟋蟀(しつしゅつ) 褊浅(へんせん)を傷(いた)む
厨竃(ちゅうそう)青烟(せいえん)無く、刀机(とうき)  緑蘚(りょくせん)を生ず』

筋(はし)投じて鷫霜(しゅくそう)を解(と)き、酒に換えて北堂(ほくどう)に酔う
丹徒(たんと)布衣(ふい)の者、慷慨(こうがい)  未だ量(はか)る可からず
何(いずれ)の時か 黄金の盤(ばん)、一斛(いっこく)の檳榔(びんろう)を薦(すす)めん
功(こう)成(な)らば衣(い)を払って去り、滄洲(そうしゅう)の傍(かたわら)に揺裔(ようえい)せん』



玉真公主の別館に雨に苦しみ衛尉張卿に贈る 二首(一を録す)


苦雨思白日。浮雲何由巻。稷契和天人。陰陽仍驕蹇。
秋霖劇倒井。昏霧横絶巘。欲往咫尺塗。遂成山川限。
潨潨奔溜瀉。浩浩驚波転。泥沙塞中途。牛馬不可辨。』

苦雨(くう) 白日(はくじつ)を思う、浮雲(ふうん) 何に由(よ)ってか巻かん。
稷(しょく) 契(せつ) 天人(てんじん)を和し、陰陽 仍(な)お驕蹇(きょうけん)たり。
秋霖(しゅうりん) 劇(はげ)しく井を倒(さかしま)にし、昏霧(こんむ) 絶巘(ぜつけん)に横たわる
咫尺(しせき)の塗(みち)を往(ゆ)かんと欲するも、遂に山川(さんせん)の限りを成(な)す。
潨潨(そうそう)として奔溜(ほんりゅう)瀉(そそ)ぎ、浩浩(こうこう)として驚波(きょうは)転ず
泥沙(でいさ)  中途を塞(ふさ)ぎ、牛馬(ぎゅうば)  辨(べん)ず可からず』



飢従漂母食。閑綴羽林簡。園家逢秋蔬。藜藿不満眼。
蠨蛸結思幽。蟋蟀傷褊浅。厨竃無青烟。刀机生緑蘚。』

飢えて漂母(ひょうぼ)に従って食し、閑(かん)に綴る  羽林(うりん)の簡(かん)
園家(えんか)  秋蔬(しゅうそ)に逢(あ)うに、藜藿(けいかく)  眼(め)に満たず
蠨蛸(しょうしょう) 思幽(しゆう)を結び、蟋蟀(しつしゅつ) 褊浅(へんせん)を傷(いた)む
厨竃(ちゅうそう)青烟(せいえん)無く、刀机(とうき)  緑蘚(りょくせん)を生ず』



投筋解鷫霜。換酒酔北堂。丹徒布衣者。慷慨未可量。
何時黄金盤。一斛薦檳榔。功成払衣去。揺裔滄洲傍。』

筋(はし)投じて鷫霜(しゅくそう)を解(と)き、酒に換えて北堂(ほくどう)に酔う
丹徒(たんと)布衣(ふい)の者、慷慨(こうがい)  未だ量(はか)る可からず
何(いずれ)の時か 黄金の盤(ばん)、一斛(いっこく)の檳榔(びんろう)を薦(すす)めん
功(こう)成(な)らば衣(い)を払って去り、滄洲(そうしゅう)の傍(かたわら)に揺裔(ようえい)せん』


参考

其一

秋坐金張館。 ( 秋一作愁 ) 繁陰晝不開。 空煙迷雨色。 蕭颯望中來。 翳翳昏墊苦。

沉沉憂恨催。 清秋何以慰。 白酒盈吾杯。 吟詠思管樂。 此人已成灰。獨酌聊自勉。

誰貴經綸才。 彈劍謝公子。 無魚良可哀。


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