李白42 梁園吟

洛陽の下流、開封近くにある梁園に立ち寄った際の作。梁園とは前漢の文帝の子梁孝王が築いた庭園。詩にある平臺は梁園にあり、また阮籍は梁園付近の蓬池に遊んだ。李白はそうした史実を引用しながら、過去の栄華と今日の歓楽、そして未来への思いを重層的に歌い上げている。


雑言古詩 梁園吟


  我浮黄雲去京闕,掛席欲進波連山。

  天長水闊厭遠涉,訪古始及平台間。』

  平台爲客憂思多,對酒遂作梁園歌。

  卻憶蓬池阮公詠,因吟淥水颺洪波。』

  洪波浩盪迷舊國,路遠西歸安可得。』

  人生達命豈暇愁,且飲美酒登高樓。

  平頭奴子搖大扇,五月不熱疑清秋。』

  玉盤楊梅爲君設,鹽如花皎白雪。

  持鹽把酒但飲之,莫學夷齊事高潔。』


  昔人豪貴信陵君,今人耕種信陵墳。

  荒城虛照碧山月,古木盡入蒼梧雲。』

  梁王宮闕今安在,枚馬先歸不相待。

  舞影歌聲散綠池,空汴水東流海。』

  沉吟此事淚滿衣,黄金買醉未能歸。

  連呼五白行六博,分曹賭酒酣馳輝。』

  酣馳輝,歌且謠,意方遠。

  東山高臥時起來,欲濟蒼生未應晚。』



私は、黄河に浮かんで都を去る。

高く帆を掛けて進もうとすれば、波は山のように連なって湧く。

空は果てもなくつづき、水は広々とひろがって、旅路の遥けさに厭きながら、

古人の跡を訪ねて、ようやく平台のあたりまでやってきた。』

平台の地に旅住まいして、憂い思うこと多く、

酒を飲みつつ、たちまち「梁園の歌」を作りあげたのだ。

ふり返って、院籍どのの「蓬池の詠懐詩」を憶いおこし、それに因んで「清らかな池に大波が立つ」と吟詠する。

洪波はゆらめき広がって、この旧き梁国の水郷に迷い、船路はすでに遠く、西のかた長安に帰るすべはない。』

人として生き、天命に通達すれば、愁い哀しんでいる暇はない。

ひとまずは美酒を飲むのだ、高楼に登って。

平らな頭巾の下僕が、大きな団扇をあおげは、

夏五月でも暑さを忘れ、涼やかな秋かと思われる。』

白玉の大皿の楊梅は、君のために用意したもの、

呉の国の塩は花のように美しく、白雪よりも白く光る。

塩をつまみ、酒を手にとって、ただただ飲もう。

伯夷・叔斉が〝高潔さ〞にこだわった、そんな真似などやめておこう。』


昔の人々は、魏の信陵君を、豪勇の貴人と仰いでいたのに、

今の人々は、信陵君の墓地あとで、田畑を耕し種をまいている。

荒れはてた都城を空しく照らすのは、青い山々にのぼった明るい月、

世々を経た古木の梢いちめんにかかるのは、蒼梧の山から流れてきた白い雲。』

梁の孝王の宮殿は、いまどこに在るというのだろう。

枚乗(ばいじょう)も司馬相如も、先立つように死んでゆき、この身を待っては居てくれない。

舞い姫の影も、歌い女の声も、清らかな池の水に散ってゆき、

あとに空しくのこったのは、東のかた海に流れ入る汴水だけ。』

栄華の儚さを深く思えば、涙が衣服をぬらしつくす。

黄金を惜しまず酒を買って酔い、まだまだ宿には帰れない。

「五白よ五白よ」と連呼して、六博の賭けごとに興じあい、

ふた組に分かれて酒を賭け、馳せゆく時の間に酔いしれる。』

馳せゆく時の間に酔いしれて、

歌いかつ謡えば、

心は、今こそ遠くあこがれゆく。

かの東山に隠棲して、時が来れば起ちあがるのだ。

世の人民を救おうというこの意欲、遅すぎるはずはない。』


つづく
この詩はブログ向きではなかったので
漢文委員会 7漢詩ZERO 李白42 粱園吟 雑言古詩 で確認していただけることを希望します。

 

 

 

 

 

 

梁園吟

○「梁園」は、梁苑。前漢の文帝の子、景帝の弟、梁孝王劉武が築いた庭園。現在の河南省商丘市東南5kmに在った。参照:『史記』巻五十八「梁孝王世家」の「史記正義」「吟」は、詩歌の一体。この詩は、第一次在京期の後、長安を離れて梁園に遊んだおり、三十代前半の作と考えられる。

 

我浮黄雲去京闕,掛席欲進波連山。

私は、黄河に浮かんで都を去る。高く帆を掛けて進もう与れば、波は山のように連なって湧く。

○京関!都、長安。王本などでは「京朗」に作る。煩語やあるが、七言詩の第一句としては、韻字としての「閑」が勝るであろう。景宋威串本も「関」に作る。○捷席-船に帆(席)を掛ける。船旅をする。「席」はイグサの頬で織った席の帆。○波連山-大波が山を連ねたように湧き立つ。木筆の「海賦」(『文選』巻十九)に「波は山を遵ぬるが如し」とある。

 

天長水闊厭遠涉,訪古始及平台間。

空は果てもなくつづき、水は広々とひろがって、旅路の遥けさに厭きながら、

○遠渉1遠い旅路。○平台-漢の梁孝王が賓客を集めて遊宴した楼台。もとは、春秋時代の宋の平公が築かせた。場所は、現在の商丘市の東北(虞城県の西約二〇キロ)とされる。

 

平台爲客憂思多,對酒遂作梁園歌

平台の地に旅住まいして、憂い思うこと多く、酒を飲みつつ、たちまち「梁園の歌」を作りあげたのだ。

○遂-動作や行為がスムーズに進むことを表わす副詞。「すぐさま・たやすく・かくして」などの意。

 

卻憶蓬池阮公詠,因吟淥水颺洪波。

ふり返って、院籍どのの「郵野の詠懐詩」を憶いお。し、それに因んで「清らかな池に大波が立つ」と吟詠する。

○蓬池阮公詠-魂の院籍の「詠懐詩、其の十六〔陳伯君『院籍集校注』(中華書局)による〕」に、「蓬池(梁園付近の池)の上を誹御し、還って大梁(開封)を望む」とあるのをさす。○淥水颺洪波-同じく「其の十六」の詩句。「浅水」は青く澄んだ水や川や池。

 

洪波浩盪迷舊國,路遠西歸安可得。

洪波はゆらめき広がって、この旧き梁国の水郷に迷い、船路はすでに遠く、西のかた長安に帰るすべはない。

○浩蕩-水の広がるさま。○旧国-旧い都の地。梁園のあった商丘地方が、先秦時代の宋国、漢の梁国など、旧くからの都だったので、こう表現した。一説に、長安をさすとする。

 

人生達命豈暇愁,且飲美酒登高樓。

人として生き、天命に通達すれば、愁い哀しんでいる暇はない。ひとまずは美酒を飲むのだ、高楼に登って。

○達令-自己の天命に通達する。

 

平頭奴子搖大扇,五月不熱疑清秋。

平らな頭巾の下僕が、大きな団扇をあおげは、夏五月でも暑さを忘れ、涼やかな秋かと思われる。』

○量傾愁-「豊暇愁」(愁えている暇がない)と同義。○平頭奴子-上の平らな頭巾をかぶった下僕、召使い。ただし異説も多い。

 

玉盤楊梅爲君設,鹽如花皎白雪。

白玉の大皿の楊梅は、君のために用意したもの、呉の国の塩は花のように美しく、白雪よりも白く光る。

○楊梅-ヤマモモの頼。〇校-白く光るさま。

 

持鹽把酒但飲之,莫學夷齊事高潔。』

塩をつまみ、酒を手にとって、ただただ飲もう。伯夷・叔斉が〝高潔さ〞にこだわった、そんな真似などやめておこう。』

○夷斉-伯夷と叔斉の兄弟。段周革命の際に・周の武重が武力によって殿の肘王を討つのを諌めた。周の世になってからは、首陽山に隠れて薇(野生のマメの槙)を採って食に充て、餓死して士筈示した。儒教の「名分論」を体現する人物像として、伝承されている。○事高潔-臣下(武王)として主君(肘王)を討つべきではない、という「大義名分論」に殉じた高潔な事跡をいう。

 

○韻 関・山・間/多・歌・波/国・得/愁・楼・秋/設・雪・潔



続く