(2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

 李白は少年時代、四川省にいた頃、処士東巌子といい者と岷山(ビンザン)に隠棲していたことがある。東巌子の素姓は不明だが、彼等の生活が十二分に道教的な色彩を帯びたものであったことは否めない。李白は20代後半から30代にかけ、しばしば隋州(湖北省)の胡紫陽の許に赴いた。胡紫陽の事蹟は李白の作「漢東紫陽先生碑銘」あり、ここに詳しく伝えられている。

 「胡紫陽は代々道士の家に生れ、九歳で出家し、十二歳から穀類を食うことをやめ(これが修行の第一段階である)、二十歳にして衡山(五嶽の一、南嶽、湖南省衡陽の北)に遊んだ。(この後は欠文があって判りにくいが、その後、召されて威儀及び天下採経使といふ道教の官に任ぜられ、隋州に飡霞楼を置いたなどのことが書かれている。)彼の道統は漢の三茅(茅盈、茅固、茅衷の三兄弟)、晋の許穆父子等に流を発し、その後、陳の陶弘景(陶隠居)、その弟子唐の王遠知(昇元先生)、その弟子潘師正(体元先生)、その弟子で李白とも交りのあった司馬承禎(貞一先生)を経て、李含光より伝はった。弟子は三千余人あったが、天宝の初、その高弟元丹邱はこれに嵩山(スウザン)及び洛陽に於いて伝籙をなさんことを乞うたが、病と称して往かぬといふ高潔の士であった。その後、いくばくもなくして玄宗に召されると、止むを得ないで赴いたが、まもなく疾と称して帝城を辞した。その去る時には王公卿士みな洛陽の龍門まで送ったが、葉県(河南省)まで来て、王喬(また王子喬、王子晋といい周の王子で仙人だったと)の祠に宿ったとき、しずかに仙化した。この年十月二十三日、隋州の新松山に葬った。時に年六十二歳であった。」

 と示しており、李白が紫陽と親交あり、紫陽の説教の十中の九を得たことをいっている。李白にはまた別に「隋州の紫陽先生の壁に題す」という詩があり、紫陽との交りを表している。しかし胡紫陽先生よりも、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の12首もある。

 1.西岳云台歌送丹邱子   「西嶽雲台の丹邱子を送る歌」、(11/7/1)
 2.元丹邱歌           「元丹邱の歌」、                            (11/6/30)
 3.潁陽元丹邱別准陽之   「潁陽にて元丹邱の准陽に之くに別かる」、
 4.詩以代書答元丹邱    「詩を以って書に代え元丹邱に答う」、
 5.酬岑勛見尋就元丹邱對酒相待以詩見招
            「岑勛に尋ねられ元丹邱に就いて酒に対して相待ち詩を以って招かれるに酬いる」、
 6.尋高鳳石門山中元丹邱      「高鳳の石門山中に元丹邱を酬いぬ」、
 7.觀元丹邱坐巫山屏風       「元丹邱が坐の巫山屏風を観る」、
 8.題元丹邱山居           「元丹邱の山居に題す」、
 9.題元丹邱潁陽山居 并序      「元丹邱の潁陽の山居に題す並びに序」、
10.題嵩山逸人元丹邱山居 并序  「嵩山の逸人元丹邱の山居に題す并びに序」
11.聞丹邱子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡、
12.與元丹邱方城寺談玄作 、


 以上の十二首である。その他にも詩中彼の名の表われる詩も五篇あるので、元丹邱を李白の第一の友、尊敬する先輩という存在であろう。これらの詩の中、第一のものは最も力作である。第2の元丹邱歌を最初に紹介したのはここに導入するためにふさわしいと考えたからである。

七言古詩  西嶽雲臺歌送丹邱子 
西嶽崢嶸何壯哉、黄河如絲天際來。 
黄河萬里觸山動、盤渦轂轉秦地雷。』
榮光休氣紛五彩、千年一清聖人在。 
巨靈咆哮擘兩山、洪波噴箭射東海。』 
三峰却立如欲摧、翠崖丹谷高掌開。 
白帝金精運元氣、石作蓮花雲作臺。』 
雲臺閣道連窈冥、中有不死丹邱生。 
明星玉女備灑掃、麻姑搔背指爪輕。』 
我皇手把天地戸、丹邱談天與天語。
九重出入生光輝、東來蓬萊復西歸。 
玉漿儻惠故人飲、騎二茅龍上天飛。』


西嶽はなんと荘厳で険しいことか、黄河は広く長く天まで糸が続くように。
黄河はどこまでも山に沿って動く、濁流が渦巻き水かきたて長安の街に地鳴りのように響く。』
河洛を祭ったら榮光が色とりどりに四方に立ち込めてくるような、千年に一人といわれる聖人なのである。
黄河の神は雄叫びをあげて両山を引き裂く、荒れ狂う波は飛沫を挙げながら東海へ。』
華山の三峰は立ちはだかって押しとどめようとしている、みどり茂る崖、赤き谷は両手を高く広げ仙人を招いている。
白帝の神は金精で元氣を運んでくるし、石作蓮花に雲はその臺となしている。
雲臺、楼閣への道は暗処につながっているが、働き盛りの丹邱生は死なない。
明星の玉女は掃除のために備えておられる、麻姑の神人は背をかく指も爪も鳥のように軽やかに伸びている。』
わが皇帝は天地の戸を自由にしておられるが、丹邱は天に肩を並べる皇帝と話をしている。
九重の御門を出入しても堂々としている、東のほうへ蓬萊の神を訪ね次は西の神を訪ねて歸ってくる
玉漿をもし私しに飲ませてくれたなら、華山にある呼子先のように、龍にのって天に昇り飛んで行くだろう。』

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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西嶽崢嶸何壯哉、黄河如絲天際來
西嶽はなんと荘厳で険しいことか、黄河は広く長く天まで糸が続くように。
崢嶸 そうこう けわしい様子


黄河萬里觸山動、盤渦轂轉秦地雷
黄河はどこまでも山に沿って動く、濁流が渦巻き水かきたて長安の街に地鳴りのように響く。』
盤渦 はんか  渦まいてまわる。  轂転 こくてん 車の甑(こしき)のように廻る。


榮光休氣紛五彩、千年一清聖人在。
河洛を祭ったら榮光が色とりどりに四方に立ち込めてくるような、千年に一人といわれる聖人なのである。
栄光休気 尭の七十年に河洛を祭ったら栄光が黄河から出、休気が四方に立ちこめたと。休は美。


巨靈咆哮擘兩山、洪波噴箭射東海。
黄河の神は雄叫びをあげて両山を引き裂く、荒れ狂う波は飛沫を挙げながら東海へ。
巨霊:黄河の神。咆哮;たけりほえる。どなる。擘:ひきさく。


三峰却立如欲摧、翠崖丹谷高掌開。
華山の三峰は立ちはだかって押しとどめようとしている、みどり茂る崖、赤き谷は両手を高く広げ仙人を招いている。
三峯:華山の蓮花、落雁、朝陽の三峰。翠崖:華山の東北には仙人掌といふ峰がある。


白帝金精運元氣、石作蓮花雲作臺。
白帝の神は金精で元氣を運んでくるし、石作蓮花に雲はその臺となしている。
白帝:白帝金天氏が華山の神。


雲臺閣道連窈冥、中有不死丹邱生。
雲臺、楼閣への道は暗処につながっているが、働き盛りの丹邱生は死なない。
窈冥 ようめい:暗処。


明星玉女備灑掃、麻姑搔背指爪輕。
明星の玉女は掃除のために備えておられる、麻姑の神人は背をかく指も爪も鳥のように軽やかに伸びている。
明星玉女 ;華山にいる神女。灑掃 さいそう:掃除のために。麻姑 まこ:神人、その爪は鳥のごとしと

我皇手把天地戸、丹邱談天與天語。
わが皇帝は天地の戸を自由にしておられるが、丹邱は天に肩を並べる皇帝と話をしている。
我皇手把天地戸:わが皇手に把かむ天地の戸 いま玄宗皇帝は西王母のごとく天地の戸を自由にしておられるが。丹邱談天與天語 天にたぐえるべき皇帝と。


九重出入生光輝、東來蓬萊復西歸
。 
九重の御門を出入しても堂々としている、東のほうへ蓬萊の神を訪ね次は西の神を訪ねて歸ってくる
九重:宮中の門は天と同じく九重。


玉漿儻惠故人飲、騎二茅龍上天飛
玉漿をもし私しに飲ませてくれたなら、華山にある呼子先のように、龍にのって天に昇り飛んで行くだろう。
玉漿:明星玉女の持つ仙薬。これにならって道教では金丹を作っていた。金丹は回春薬とされる。唐の歴代皇帝は愛用していたという。仮説であるが元丹邱の名はこの金丹製造者ではなかったのか。故人:李白。 騎二茅龍上天飛:華山にある呼子先のごとく、茅々で作った狗が化した龍にのって。



西嶽の雲台の歌、丹邱子を送る

西嶽 崢嶸ソウコウ としてなんぞ壮なるや、黄河は糸のごとく天際より来る。
黄河 万里 山に触れて動き、盤渦ハンカ  轂転コクテンして秦地 雷いかづちなる。』 
栄光 休気 五彩紛れる、干年ひとたび 清んで聖人あり。
巨霊 咆哮ホウコウして 両山を 擘つんざき 、洪波 箭を噴いて東海を射る。
三峯 却立キャクリツして摧くだこうとするが 如ごとし 、翠崖 丹谷 高掌開く。 』
白帝の金精 元気を運めぐらし、石は蓮花をなし雲は台をなす。
雲台の閣道は窈冥ヨウメイ に連なり、中に不死の丹邱生あり。
明星玉女  灑掃サイソウに備わり、麻姑マコ 背を掻いて指爪シソウ軽く。』
わが皇手に把かむ天地の戸、丹邱 天を談じ天と語る。
九重 出入して光輝を生じ、東のかた蓬萊を求めまた西に帰る。
玉漿 もし 故人 に恵んで飲ませば、二茅龍ボウリュウに 騎り 天に上って飛ばん。』
 
 この詩は、李白がいかに元丹邱のことを崇拝に近い敬愛していることがよくわかるものである。また、この詩では両嶽、即ち五嶽の一なる華山の景亀と、ここで修行した元丹邱が玄宗に招かれて山を上下したこととがしるされているが、丹邱はまた嵩山、即ち五嶽の中嶽でも修行していたことがあり、そこにいる彼を歌ったのが「元丹邱の歌」である。この詩の方が短いが丹邱の姿についてはよく表しているといえよう。
 (蛇足ではあるが、最終の2句が気になる。「もし故人李白玉漿を飲ませてくれたなら天に上る」と述べている。この薬は催淫作用をもつ春薬で、鉛・水銀・ヒ素の酸化物が含まれている。鉛・水銀・ヒ素が人体に入ると慢性中毒を起こし毛細血管が拡張し軽い炎症を起こし、催淫の作用もある。金丹を服した者の多くは、陽物がいきり立ち、女性の扱いがうまくなり、非常に壮健になったようで快く感じる。だから、唐の皇帝は聡明な人が多かったが、金丹を毒薬と気づかずに飲んだのである。-金丹常用により数々の皇帝が死んでいる。、唐代に謎の死が多い。道教は国教になっている。道教と金丹のことものちに取り上げよう

○韻 来、雷。』 彩、在、海。』 摧、開、台。』 冥、生、軽。』 戸、語、帰、飛。』 

元丹邱歌
元丹丘  愛神仙。
朝飲頴川之清流、暮還嵩岑之紫煙。
三十六峰長周旋。』
長周旋 躡星虹。
身騎飛龍耳生風、横河跨海与天通。
我知爾遊心無窮。』


元丹邱 神仙を愛す。

朝には頴川エイセンの清流を飲み、暮には嵩岑スウシン の紫煙に還る。
三十六峰 常に 周旋する』
長く周旋し 星虹を躡む。
身は飛龍に騎りて 耳に風を生ず、横河跨海與天通 河に横はり海に跨またがって天と通ず
われは知るなんじの遊心窮まりなきを。

 道教の体系には、中国固有の山嶽崇拝の思想が含まれている。 天に最も近く、従って神仙の棲家でもあると考えられた五嶽(嵩山、泰山、華山、衡山、恆山) をはじめとする諸方の霊山には、この時代には必ず道観が建てられ、道士がいた。李白の周遊は必ずしも轗軻不遇(かんかふぐう)のためばかりでもなく、これらの聖地への巡礼が含まれていたのである。