李白 89 將進酒(李白と道教)


 盛唐期  恐らくこの時代に最も不幸だったのは、玄宗皇帝だともいえる。この帝のデビューはすさまじいものであった。710年に中宗を毒殺し、父親の睿宗を即位させた、しかし翌年暮、クーデターを起こし712年即位したのである。唐朝は玄宗がクーデターを起こすまでの足かけ10年、政争を繰り返し政治的に不安定な状態であった。しかし、初唐期における律令体制は間違いなくこの国を他の周辺諸国に比較して圧倒的に豊かにしていった。国土もかってない広大なものとなったのは農耕民族の勝利でもあった。この蓄積を使い果たしたのが、玄宗なのである。

 唐は、道教の僧の予言(隋の煬帝期)の通り、李世民大宗皇帝により、盤石な地盤を整え、諸々の問題はあったとしても則武天(則天武后)が発展させた。しかし、則武天は道教から仏教を重視しようとしたため、政争は、仏教か、道教かの争いでもあった。玄宗は道教と宦官を背景にクーデターを成功させた。

 玄宗の時代の前半は「開元の治」と天下、泰平を謳歌した。しかしこの繁栄の陰に、律令体制の一翼である府兵制度が崩壊したのであるが、不幸なことはここに何の手も加えなかったこと、皇帝の力の及ぶ軍隊が消滅していくのを修正しなかった。李林甫と宦官に政治をゆだね、楊貴妃と奢侈な生活に逃避した。道教を国教とし、宦官と結託して行う陰湿な体制ができあがることを阻止できなくなっていった。そのことは何よりも皇帝、朝廷の権威も失墜させたのだ。血筋、地籍を重んじる朝廷に、無籍の官僚の台頭を許した。李林甫は、敵対派、皇帝側近を貶謫,投獄し、大量殺戮により、玄宗時代を継続させたが、李林甫(65歳位)が病死、楊国忠がこれに変わったが、いつ、クーデターが起こってもおかしくない時代に入っていく。そして、玄宗が逃避・享楽するために求めたのが、楊貴妃と道教とであったが、哀れにもこの双方に裏切られた。玄宗の最後は哀れというよりない。

 道教は、したたかに儒虚精神に飽き飽きしていた国民の支持を得、国の全土に寺観を建てることができた。皇帝、朝廷に対して、宦官を使うことと、神仙思想、回春の媚薬は最大の力を発揮した。

李白・杜甫、多くの詩人は、こうした時代に生まれ、育ち、生きたのである。

 李白の幸福は、他人より勝っている点は何より明朗であることと酒である。酒は前述の如く、彼にとっては道教的生活への入門であったけれど、同時にこの道教生活に徹底しなかったことは救いであるともいえるのではないだろうか。

雑言古詩

將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
岑夫子,丹丘生。
岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 


將進酒
楽府旧題。鼓吹曲辭になる。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ


この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。


君不見黄河之水天上來、奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
 ○君不見 あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。樂府体に使われる。 ○黄河之水 黄河の流れ。 ・天上來:天上より流れ来る。黄河の源は(伝説の)崑崙とされた。 ・奔流 激しい勢いの流れ。 ○到海 海に到る。 ○不復 二度とは…ない。永遠に…ない。一度も…ない、ということ。 ○回 かえる。もどる。


君不見高堂明鏡悲白髮、朝如青絲暮成雪。

君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
 ○高堂 立派なお屋敷の高貴な人々の意味。 ○明鏡 澄みわたった鏡。 ○悲白髮 (鏡を覗き込んで)白髪の老齢になったことを悲しむ。
○「朝」「暮」は、一日のうちの日の出、日の入りを指すが、ここでは人生の「朝」「暮」の時期のことをいう。 ○朝 あさ。あした。 ○青絲 黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。 ○暮 夕方。 ○成雪 雪のように真っ白になる。


人生得意須盡歡、莫使金尊空對月。

人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
○人生 人が生きる。人生。 ○得意 自分の気持にかなうこと。目的を達して満足していること。意を得る。また、自分の気持を理解する人。 ○須 する、必要がある。せねばならぬ。すべからく…べし。 ○盡歡 充分に楽しむ。よろこびをしつくす。歓楽を尽くす。
○莫使 …させてはいけない。…に…させてはいけない。○金尊 黄金製の酒器。また、黄金の酒樽。 ○空 むなしく。無意味に。 ○對月 月に向かう。

天生我材必有用、千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
○天生 天は…を生む。また、生まれつき。 ○我材 わたしという人材。 ○必有用 きっと、用いるところがあるはずだ。○千金 大金。 ○散盡 使い果たす。 ○還復來 また再び帰ってくる。

烹羊宰牛且爲樂、會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
○烹羊宰牛 羊や牛を料理する。 ○烹宰 食物の料理をすること。 ○烹 煮る。 ○宰 さい 料理する。切る。屠る。 ○且:しばし。しばらく。短時間の間をいう。 ○爲樂 楽しみとする。 ○會須 きっと必ず…べきだ。まさに…(す)べし。 ○一飮三百杯 一回の飲酒の席では、三百杯飲む。後漢・経学家の鄭玄は、三百杯を飲んで酔わなかったという。『襄陽歌』では「杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯」 と使う。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ



岑夫子,丹丘生。 岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
 一般的解釈で、「宴席でこの二人が賓客となって李白が主宰して接待をしていることになる」が、そうではなくて、道教で尊敬する両人に宴で酒を進めているのである。李白の性格と、資産状況で主催できるはずがない。 ○岑夫子 岑先生。岑勳のこと。同時代の詩人、岑参といわれてもいたが李白より10歳も年したで状況に当てはまらない。 ○丹丘生 道教の先輩。丹丘君。不老不死の神仙の道を求める道士・元丹邱のこと。李白45 元丹丘歌(李白と道教(1))  (2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子   参照 

將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
 ○將進酒 酒をお勧めする。 ○杯 さかづき。 ○莫 禁止、否定の語。ここでは、(~する)なかれ。 ○停 (手を途中で)とめる。途中でとどめる。「杯莫停」を「君莫停」ともする。君停(とどむ)るなかれ
 
與君歌一曲、請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。 
○與 …ために。為に。 ○君 あなた。岑夫子、丹丘生を指す。 ○歌 唱う。動詞。
○請君:あなたにお願いする。どうか…(て)ほしい。 ○爲我 わたしのために。 ○傾耳 耳を傾ける。傾聴する。 ○聽 (聴こうと意識をして)聴く。注意して聞く。聞き耳を立てて聴く。

鐘鼓饌玉不足貴、但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
○鐘鼓 カネや太鼓。音楽のこと。 ○饌玉 せんぎょく ごちそう。飲食物。 ○不足 …とするにたらない。 ○貴 とうとい。 ○但願 ひたすら…であることを願う。 ○長醉 長はいつも。とこしえに。 ○不用 用いるまでもない。いらない。  ○醒 (酔いから)さめる。
 

古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
 ○古來 昔から今に至るまで。今まで。 ○聖賢 聖人と賢人。 ○皆 みな。ことごとく。全部。 ○寂寞 ひっそりとしてもの寂しいさま。○惟有 ただ…だけがある。=唯有。 ○飮者 飲み助。呑兵衛。 ○留其名 その勇名を記録に留め(てい)る。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
陳王の曹植は平楽観で宴を開いたとき。 陳王・曹植は斗酒を大金で手に入れ、よろこびたわむれることをほしいままにした。
○陳王 三国時代魏の曹植のこと。 ○昔時 むかし。 ○宴 うたげをする。 ○平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。○斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 ○斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 ○斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 ○十千 一万。 ○恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 ○歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
○主人 酒屋のあるじ。 ○何爲 何ゆえ。どうして。 ○言 声に出して言う。 ○少錢 お金が足らない。お金が少ない。 ○徑 直ちに。速く。ついに。 ○須 ぜひとも…する必要がある。すべからく…べし。 ○沽取 こしゅ 酒を買い取る。手に入れる。酒を持ってこさせるという意味。 ○酌 酒を注(つ)ぐ。

五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
 ○五花馬 美しい毛並みの馬。青白雑色の馬。 ○千金裘 高価な皮衣。白狐のかわごろも。狐裘のこと。狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服。戦国時代の孟嘗君が持っていたという白狐の皮衣。天下に二つとないもの。

呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 
○兒 年若い使用人。ボーイ。給仕。 ○將出 持ち出す。 ○換 交換する。○爾 あなた。なんぢ。 ○ 同じくする。動詞としての用法。 ○銷 消す。とかす。≒消。 ○萬古愁 昔から永遠に解かれることのない愁い。死の恐怖。



將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
天生我材必有用,千金散盡還復來。
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
岑夫子,丹丘生。
將進酒,杯莫停。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
五花馬,千金裘。
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

將進酒
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻(かへ)らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝(あした)には青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
羊を烹(に)、牛を宰(に)て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子(シンプウシ) 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側(そばだ)てて 聴け。
鐘鼓 饌玉(センギョク) は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽(かい)取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換(か)へ、なんじとともに銷(け)さん 万古の愁。 

 この「将進酒」と題する長篇は、元丹邱と岑夫子とに対して憂鬱を打ち明けたという詩である。ここで李白は「万古の愁い」を消してくれる酒を飲もう。竹林の時代より酒こそが一番だ。道教の先輩たちに李白の明朗さは酒を愛したことによるものだろうか。「天生我材必有用、千金散盡還復來。」(天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。)この思想が李白の基本であり、道教の思想である。