月下獨酌四首其一、其の二は李白の自分自身の考え方生き方と酒を詠っている。今回の其三、其四は自分の考え生き方と酒それに対する、儒教の思想に対する批判を述べている。
 其一から其四まで通して読まないと李白の思想生き方と酒が一体化していること、儒教的な生き方を自分はしないということを酒を称賛することで述べているので深い理解ができないのである。多くの李白の詩を紹介していてもこのように手を抜かないで紹介しているものは少ないと思う。
 現在、この李白ブログ、李商隠、杜甫を連載していますがどれも手を抜かないで行く予定である。
 
「トイレの神様」を自作した歌手が紅白出場に際して、「自分の詩はカットして短くすることはできない」と言って他の歌手たちの倍くらいの時間をとった。その結果、多くの人にそれぞれ違う涙を誘うことできた。詩に、省略ということはろう。 月下獨酌四首は其一だけ、二だけとか一と四とか通常、である。このブログでは可能な限り、割愛をしないでいきたい。
 
月下獨酌四首 其三 
三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
不知有吾身,此樂最為甚。

酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。


春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。 
  
其の三
三月 咸陽城、千花 昼 錦の如し
誰か能よく春 独り愁ふ、此に対して径ただちに須すべからく飲むべし
窮通きゅうつうと修短と、造化の夙つとに稟ひんする所
一樽 死生を斉ひとしく、万事 固もとより審つまびらかにし難し
酔ひし後 天地を失い、兀然ごつぜんとして孤り枕に就く
吾が身の有るを知らず、此の楽しみ 最も甚はなはだだしと為す



三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
咸陽城 長安 ・春の長安は牡丹が咲き乱れる。韋荘「長安の春」中唐・・中唐・孟郊「登科後」
昔日齷齪不足誇、今朝放蕩思無涯。
春風得意馬蹄疾、一日看尽
長安花

の花は牡丹である。貴族の邸宅は、牡丹を植えていた。
春の花は梨花早春の花といえば梅、赤いといえば牡丹、白い花は、雪と対にして梨の花が詠われている。ここでは千花晝如錦(千花昼錦の如し)綿のようにとあるのは蘇東坡の「和孔密州五言絶句 東欄梨花」にある柳絮が加わる。
梨花淡白柳深靑,柳絮飛時花滿城。
惆悵東欄一株雪,人生看得幾淸明。

・柳絮〔りうじょ〕柳の花が咲いた後の風に舞う綿毛のある種子。風に従って動くものの譬喩。流離(さすら)うもの。政治的な節操もなく情況に流されて揺れ動く者 李白は遊子の自分のことを示しているということになる。
千花は梅、牡丹、梨の花、柳絮ということになる。

誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。


窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
窮通 窮達とおなじ。困窮と栄達。  ○修短 長短と同じ。長いことと短いこと。○ つとに。朝早くから仕事をする。○ 天から受けた性質。俸給のこと。

一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
 整える。並べる。ただしい。○ 強く固める。固くなる。そなえる。


醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もありはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
兀然 こつぜん 高くそびえたつ。ゆったりしないさま。無知なさま。


不知有吾身,此樂最為甚。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。



○韻 綿、飲、稟、審、甚




月下獨酌四首 其四
窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
且須飲美酒,乘月醉高臺。

ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。
 


思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


其の四
窮愁きゅうしゅう千萬端美酒 三百杯
愁い多くして酒少なしと雖いえども、酒傾くれば愁ひは来たらず
所以ゆえに酒の聖なるを知り、酒酣たけなわにして心自ら開く
粟ぞくを辞して 首陽に臥し、屡しばしば空しくて顔回飢う
当代飲むを楽しまずんば、虚名安いずくんぞ用ひんや
蟹螯かいごうは即ち金液きんえき、糟丘そうきゅうは是れ蓬莱ほうらい
且しばらく須すべからく美酒を飲み、月に乗じて高台に酔ふべし


窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
窮愁 思うにまかせぬ愁いや哀しみ。「窮」は、物ごとが思いどおりにならず、行きづまること。政治的・社会的・経済的など、種々の面で用いられる。 ○ 心の緒。各種の心情のありかたを数える単位。量詞。


愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない


所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
○賢 濁り酒と清酒 賢人と仙人


辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
辞粟臥首陽 殿周革命の際、伯夷・叔斉の兄弟は、周の武王が殷の紂王を伐つのを諌めて聞かれず、暴力によって天下を奪った周の栗(穀物=俸禄)を受けることを辞退して、首陽山(一説に、河南省偃師県の西北)に隠れ、薇(野生の豆類)を採って食とし、ついに餓死した。(『史記』巻六十一「伯夷伝」)。○屡空 孔子の弟子の顔回は、「屡と空し(常に米櫃が空で経済的に困窮していた)」(『論語』先進)と孔子に評される貧困の中で、学を好み人格を磨いたが天折した。


當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。


蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
蟹堅 カニのハサミ(の肉)。ここでは、晋の畢茂世の言葉が意識されていよう。「一手に蟹の贅を持ち、一手に酒の盃を持ち、酒池の中に拍浮げは、便ち一生を了うるに足らん」(『世説新語』「任誕、第二十三」 の二一)。○金液1道教で黄金から精製するという不老不死の仙薬。○糟丘 酒糟で作った丘。○蓬莱 東海の中にあると伝えられる不老不死の仙山。

且須飲美酒,乘月醉高臺。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


*韻字 杯・来・開・回・哉・莱・台。




竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。

賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
○賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



  道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。