望天門山 李白 6

 江陵を発った李白と呉指南は、長江を下って岳州(湖南省岳陽市)に着く。岳州の州治は岳陽にあり、南に洞庭湖が広がっている。唐代の洞庭湖は現在の六倍もの広さがあったので、まるで海だ。二人は夏のあいだ湖岸の各地を舟でめぐり歩く。洞庭湖に南から流れこむ湘水を遡って、上流の瀟湘(しょうしょう)の地へも行った。

望天門山          

天門中断楚江開、碧水東流至北回。
天門山を割って楚江はひらけ、紺碧の水は東へ流れ  北へ向かって曲がる
両岸青山相対出、孤帆一片日返来。

両岸の山が   相対してそば立つなか、帆舟がぽつり  かなたの天から進んできた


天門山を割って楚江はひらけ
紺碧の水は東へ流れ  北へ向かって曲がる
両岸の山が   相対してそば立つなか
帆舟がぽつり  かなたの天から進んできた


 夏の終わりに、呉指南が湖上で急死。李白は旅の友を失い悲しみに打ちひしがれる。友の遺体を湖畔に埋葬して旅を続ける。岳陽を出て長江を下ると、やがて鄂州(湖北省武漢市武昌区)に着く。鄂州の江夏県城は大きな街だ。ここで暫く体を休めたあと、江州(江西省九江市)へ向かった。江州の州治は尋陽(じんよう)で、南に名勝廬山(ろざん)がある。
 長江は江州から東北へ流れを転じて、やがて江淮(こうわい)の大平原へと流れ出てゆく。天門山を過ぎるところから長江は真北へ流れ、やがてゆるやかに東へ移ってゆく。北へ向きを変えた長江の東岸に博望山、西側に梁山が向かい合い、山の緑が印象的であった。それを割るようにして長江は楚地から呉地へと流れてゆく。
 この詩を詠った時の李白は、帆舟が一艘、天の彼方から進むように、水平線のあたりからこちらに向かって近づいてくる。李白はそれを自分の舟の上で見ながら詠っている。


韻は、開、回、来。

望天門山
天門中断楚江開、碧水東流至北回。
両岸青山相対出、孤帆一片日返来。


(下し文)天門山を望む
天門(てんもん)  中断して楚江(そこう)開き
碧水(へきすい)  東流して北に至りて回(めぐ)る
両岸の青山(せいざん)  相対して出で
孤帆(こはん)  一片  日返(にっぺん)より来(きた)る