渡荊門送別 李白 5

 湖北地方に出た李白らが、足をとどめたのは江陵(湖北省沙市市)だ。江陵は荊州(けいしゅう)の州治のある県で、唐代には中隔城壁が設けられ、南北両城に区分された大城である。大都督府の使府も置かれ、軍事的にも重要な都市であった。李白と呉指南は江陵で冬を越し、地元の知識人と交流して翌年の春までを過ごす。


李白 5 
渡荊門送別       

荊門を渡って送別す
渡遠荊門外、来従楚国遊。
遠く荊門に外までやってきた、はるばると楚の国へ旅をする
山随平野尽、江入大荒流。
平野が広がるにつれ  山は消え去り、広大な天地の間へと  江は流れてゆく
月下飛天鏡、雲生結海楼。
月が傾けば  天空の鏡が飛ぶかとみえ、雲が湧くと   蜃気楼が出現したようだ
仍憐故郷水、万里送行舟。

だがしかし   しみじみと心に沁みる舟の旅、故郷の水が  万里のかなたへ送るのだ



荊門を渡って送別す
遠く荊門に外までやってきた、はるばると楚の国へ旅をする
平野が広がるにつれ  山は消え去り、広大な天地の間へと  江は流れてゆく
月が傾けば  天空の鏡が飛ぶかとみえ、雲が湧くと   蜃気楼が出現したようだ
だがしかし   しみじみと心に沁みる舟の旅、故郷の水が  万里のかなたへ送るのだ


 李白は江陵で当時の道教教団、最高指導者の司馬承禎(しばしょうてい)と会っている。司馬承禎は玄宗皇帝から幾度も宮中に召され、法籙(ほうろく・道教の免許)を授けるほどに信頼された人物だ。司馬承禎は南岳衡山(こうざん)での祭儀に参加するため湖南に行く途中で、江陵にさしかかったのだった。すでに高齢に達していた司馬承禎に李白は詩を呈し、道教について教えを乞うた。司馬承禎が李白を「仙風道骨あり、神とともに八極の表に遊ぶべし」と褒めた。
725年 開元十三年の春三月、二十五歳の李白と呉指南は江陵に別れを告げ、「楚国の遊」に旅立ちます。詩は江陵を去るに当たって知友に残した作品で、留別の詩。
 李白は眼前に広がる楚地の広大な天地に意欲をみなぎらせ、同時に「仍(な)お憐れむ 故郷の水 万里 行舟を送るを」と感傷もにじませる。


韻は、遊、流、楼、舟。

渡荊門送別       
渡遠荊門外、来従楚国遊。
山随平野尽、江入大荒流。
月下飛天鏡、雲生結海楼。
仍憐故郷水、万里送行舟。


(下し文)渡荊門送別 李白 5
渡ること遠し荊門(けいもん)の外
来りて従う  楚国(そこく)の遊(ゆう)
山は平野に随いて尽き
江(かわ)は大荒(たいこう)に入りて流る
月は下りて  天鏡(てんきょう)飛び
雲は生じて  海楼(かいろう)を結ぶ
仍お憐れむ  故郷の水
万里  行舟(こうしゅう)を送るを


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李白の詩 連載中 7/25現在 100首

2011・6・30 3000首掲載
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