李白の江南地方での若いときの旅は2年程度であった。この地方を題材にした詩は多く残されているが、詩の目線は中年のものが多いようである。推測ではあるが、若いときに作った作品を、後年再び訪れた時修正したのではないかと感じられる。淥水曲りょくすいきょく 清らかな澄んだ水、純真な心もった娘たちの歌である。
李白11 五言古詩

淥水曲          
淥水明秋日、南湖採白蘋。
清らかな水に 秋の日が明るく映える
            ここ南湖で 白蘋
はくひんの花を摘む

荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。

蓮の花は あでやかに嬌なまめかしく物言いたげ
        耐え難い想いは 船を蕩うごかすひとにも



   
清らかな水に 秋の日が明るく映える
ここ南湖で 白蘋はくひんの花を摘む
蓮の花は あでやかに嬌なまめかしく物言いたげ
耐え難い想いは 船を蕩うごかすひとにも


 淥水は、澄んだ川や湖。詩の趣旨は「採蓮曲」と同じ。「白蘋」は水草の名。四葉菜、田字草ともいう。根は水底から生え、葉は水面に浮き、五月ごろ白い花が咲く。白蘋摘みがはじまるころには、蓮の花も咲いている。「南湖」という湖は江南のどこかにあるもので特定はげきないようだ。「愁殺」の殺はこれ以上なというような助詞として用いられている。前の句に「荷花:蓮の花があでやかで艶めかしく物言いたげ」な思いに対して、「船を動かす娘たちのこれ以上耐えられない思い」を対比させている。この詩の主張はここにある。これを理解するためには西施の物語を知っておかないといけない。

 越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた西施(施夷光)は谷川で洗濯をしている素足姿を見出されてたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
 「あでやかな物言いたげな」は西施たちを意味し、同じように白蘋を取る娘たちも白い素足を出している。娘らには、何も魂胆はないけれど見ている作者に呉の国王のように心を動かされてしまう。若い娘らの魅力を詠ったものである。(当時は肌は白くて少し太めの足がよかったようだ)
 李白に限らず、舟に乗って白蘋(浮き草)を採る娘たちを眺めるのは、とても素敵なひとときだったであろう。


五言絶句
 韻は蘋、人。

淥水曲          
淥水明秋日、南湖採白蘋。
荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。

(下し文) 
淥水曲(りょくすいきょく)
淥水秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖  白蘋(はくひん)を採る
荷花(かか)  嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人