内別赴徴 三首 其一李白122


 現代でも、並外れた、天才人間は、並みの考えは当てはまらない。タイガーウッズ、など枚挙にいとまがないほどだ。まして千三百年も前の時代儒教者、仏教徒、極めた人以外、女性について、愛情をもって接するとか、家族を大切にとかを前面に出すのは極めてまれなことであった。
 女性が芸妓、妾、かこわれ者、口減らし、というのが普通に存在する時代である。現代の倫理観で李白の詩を読むと間違いを起こしやすい。

 妻子があっても、旅に出る一旗揚げて帰るものもいれば、そのまま帰らないというのも大いにあった。くどいようだが、時代が違うのである。
 天才詩人、李白は、儒教的考え方に立たなければという前提条件をおいてみれば、思想的にもしっかりしているのではないだろうか。

 家族への愛情がないわけではなく、妻に対する愛情がないわけではないのだ。ただ、謫仙人にとって家族、妻子は一番難しい詩の題材であったのだ。現代の見方、儒教的な見方からすれば、冗談か、ふざけているのかと間違われることの多い詩である。



別內赴徵三首
其一
王命三徵去未還、明朝離別出吳關。 
勅命で三顧の礼で朝廷に迎えられるから、帰られないことがあるかも知れない、明日の朝には別れなくてはならない、そして 呉の関門を出ることになる。
白玉高樓看不見、相思須上望夫山。
大理石のきざはしのある宮妓がいる宮殿の高楼はわたしが見ようとしても後宮だから入ることもできないから見ようとしても看ることはできない。
互いに思っているのだから、望夫山に登らないといけないよ

勅命で三顧の礼で朝廷に迎えられるから、帰られないことがあるかも知れない、明日の朝には別れなくてはならない、そして 呉の関門を出ることになる。
大理石のきざはしのある宮妓がいる宮殿の高楼はわたしが見ようとしても後宮だから入ることもできないから見ようとしても看ることはできない。
互いに思っているのだから、望夫山に登らないといけないよ


王命三たび徴す  去らば未だ還(かえ)らざらん
明朝離別して呉関(ごかん)を出(い)ず
白玉(はくぎょく)高楼 看(み)れども見えず
相思(そうし)  須(すべか)らく上るべし望夫山


王命三徵去未還。 明朝離別出吳關。
勅命で三顧の礼で朝廷に迎えられるから、帰られないことがあるかも知れない、明日の朝には別れなくてはならない、そして 呉の関門を出ることになる。
王命 勅令 ○三徵 諸葛孔明が名のないころ劉備が三度草盧を訪れ礼を尽くして出馬を乞うた、三顧の礼をもじったものであろう。 ○吳關 唐朝は統一国家を形成していた、ここでは三国時代の呉と魏の国境を示すもので李白は南京を経て運河を北上し黄河を西に上ったのである。
三国鼎立時代の勢力図
 


白玉高樓看不見、相思須上望夫山。
白玉(はくぎょく)高楼 看(み)れども見えず
相思(そうし)  須(すべか)らく上るべし望夫山
大理石のきざはしのある宮妓がいる宮殿の高楼はわたしが見ようとしても後宮だから入ることもできないから見ようとしても看ることはできない。
互いに思っているのだから、望夫山に登らないといけないよ

白玉 白く輝く玉飾り。白と黄金は宮殿にだけ使用されたもので、宮殿をあらわす。白玉は大理石である。謝朓、李白、「玉階怨」のきざはしに使用されている。大理石のきざはしは宮妓を示す語である。李白は都での女性関係はないよとでも言いたかったのであろう。○望夫山 中国各地にある。府兵制で夫が辺地に出征するのが義務であった。どこの家で、働き手は女であった。夫の帰りを待ち望み、やがて、女性は石に変わっていた。そういう山が全国に存在した。

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李白55 贈内
三百六十日,日日醉如泥。
雖爲李白婦,何異太常妻。
内(つま)に 贈る
一年、三百 六十日,毎日 べろんべろんに酔っている。
〝李白"の妻とは名ばかりで,あの太常の妻と同じだということ。