溫泉侍從歸逢故人 :李白130 都長安(翰林院供奉)

李白は宮廷に召され、高官からも厚遇され、絶頂を迎えている。漢の武帝の時、楊雄もかなり年を取ってから朝廷に上がり、寵愛されている。楊雄を自分に重ねていたのだろう。国政にも参画していい助言をしたいものと考えていたようだ。しかし、玄宗は、必ずしも国政に李白を参与させるという意図を最初からもってはいない。李白の優れた詩才を愛して、文人としての才能を重要視しただけなのである。華やかな宮廷生活に興趣を添える人として李白を迎えたようである。玄宗の関心は楊貴妃にあり、国政にかかる事務までも任せきる状況であった。



溫泉侍從歸逢故人
漢帝長楊苑。 夸胡羽獵歸。
漢の武帝は長楊苑で狩猟をなされた。猛々しい獣や鳥の狩りを持ち帰った。
子云叨侍從。 獻賦有光輝。
お供をした楊雄は畏れ多く申し上げ、羽獵などの賦を献上したところたいそうおほめにあずかった。
激賞搖天筆。 承恩賜御衣。
激賞され、御自ら筆をとられ、恩を受けて、御衣冠を賜れ、以後寵愛を受けた。
逢君奏明主。 他日共翻飛。

賢明な君主である唐の国の皇帝に合うことができた、過去の日は過ぎた話、ともに大空に翻り飛び立とう。



漢の武帝は長楊苑で狩猟をなされた。猛々しい獣や鳥の狩りを持ち帰った。
お供をした楊雄は畏れ多く申し上げ、羽獵などの賦を献上したところたいそうおほめにあずかった。
激賞され、御自ら筆をとられ、恩を受けて、御衣冠を賜れ、以後寵愛を受けた。
賢明な君主である唐の国の皇帝に合うことができた、過去の日は過ぎた話、ともに大空に翻り飛び立とう。


溫泉に侍從して歸って故人に逢う。
漢帝 長楊苑、夸胡 羽獵し 歸る。
子云 侍從せりは叨し。賦を獻じ 光輝有り。
激賞して 天筆が搖る。恩を承けて 御衣を賜る。
君逢う 奏の明主。 他日 共に翻飛せん。



漢帝長楊苑、夸胡羽獵歸。
漢の武帝は長楊苑で狩猟をなされた。猛々しい獣や鳥の狩りを持ち帰った。
漢帝 漢の武帝。 ○夸胡 おごるけもの ○羽獵 鳥類の狩猟。楊雄の賦にあるのでそれを示す。


子云叨侍從、獻賦有光輝。
お供をした楊雄は畏れ多く申し上げ、羽獵などの賦を献上したところたいそうおほめにあずかった。
子雲 漢の文人。揚雄、あざなは子雲。前漢の末期、紀元前一世紀、蜀(四川)の成都の人。学問だけが好きで、それ以外の欲望は全くなく、財産もあまりなかったが満足していた。ドモリで議論ができなかったので、よく読書し、沈思黙考した。成帝の時、承明宮に召されて、甘泉、河東、長楊、羽猟の四つの賦を奏上した。かれの著書はすべて古典の模倣で、「易」に似せて「太玄経」を作り、「論語に似せて「法言」を作った。かれは晩年、ある事件の巻き添えで、疑われて逮捕されようとしたとき、天禄閣という建物の中で書物調べに没頭していたので、驚きあわてて閣上から飛び降りて、あやうく死にかけた。 ○ むさぼる。身分不相応。恐れ多い。 ○侍從 君主のおそばに同行する。
 

激賞搖天筆、承恩賜御衣。
激賞され、御自ら筆をとられ、恩を受けて、御衣冠を賜れ、以後寵愛を受けた。
御衣 冠位。この詩は、古風其八にと同様の内容なのでブログ紀頌之の漢詩参照


逢君奏明主。 他日共翻飛。
賢明な君主である唐の国の皇帝に合うことができた、過去の日は過ぎた話、ともに大空に翻り飛び立とう。
奏明主 秦の名君である玄宗皇帝を指す。○他日 きのうまでのこと。これから先の日。いつか。




参考
揚 雄(よう ゆう、紀元前53年(宣帝の甘露元年) - 18年(王莽の天鳳五年))は、中国前漢時代末期の文人、学者。現在の四川省に当たる蜀郡成都の人。字は子雲。また楊雄とも表記する。
 
蜀の地に在った若いころは、郷土の先輩司馬相如の影響から辞賦作りに没頭していたが、30歳を過ぎたとき上京する。前漢最末期の都長安で、何とか伝手を頼って官途にありつくと、同僚に王莽、劉歆らの顔があった。郷里では博覧強記を誇った揚雄も、京洛の地で自らの夜郎自大ぶりを悟り、成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成果を踏まえ「甘泉賦」「長揚賦」「羽猟賦」などを次々とものし、辞賦作家としての名声をほしいままにした。
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