宮中行樂詞八首其五 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白146



宮中行樂詞八首 其五
繡戶香風暖。 紗窗曙色新。
きれいな飾りのある扉には、香しい春風が吹いて暖かくなった。うす絹をはった窓には、あけぼのの光が鮮やかで清新な明るさだ。
宮花爭笑日。 池草暗生春。
宮妓たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。池のほとりの草も、いつのまにか、春のいのちをもやしはじめる。
綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。
綠の木の間からは、歌う鳥の声がきこえ、昔、名君がすごした青い楼閣の上には、舞う美人の姿がみえる。
昭陽桃李月。 羅綺自相親。
趙飛燕が愛された昭陽殿では、桃花や李花のような美人が月の寝室で待つ、うす絹やあや絹の宮妓は互いに愛しあっている。


きれいな飾りのある扉には、香しい春風が吹いて暖かくなった。うす絹をはった窓には、あけぼのの光が鮮やかで清新な明るさだ。
宮妓たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。池のほとりの草も、いつのまにか、春のいのちをもやしはじめる。
綠の木の間からは、歌う鳥の声がきこえ、昔、名君がすごした青い楼閣の上には、舞う美人の姿がみえる。
趙飛燕が愛された昭陽殿では、桃花や李花のような美人が月の寝室で待つ、うす絹やあや絹の宮妓は互いに愛しあっている。


宮中行楽詞 其の五
繍戸 香風暖かに、紗窓 曙色新たなり。
宮花 争って日に笑い、池草 暗に春を生ず。
綠樹には 歌鳥を聞き、青楼には 舞人を見る。
昭陽 桃李の月、羅綺を白のずから相親しむ



繡戶香風暖。 紗窗曙色新。
きれいな飾りのある扉には、香しい春風が吹いて暖かくなった。うす絹をはった窓には、あけぼのの光が鮮やかで清新な明るさだ。
繍戸 きらびやかに飾りたてた扉。宮中の女の部屋をさす。〇紗窗 薄絹を張った窓。○曙色 あけぼのの光。



宮花爭笑日。 池草暗生春。
宮妓たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。池のほとりの草も、いつのまにか、春のいのちをもやしはじめる。
宮花争笑日 「劉子新論」に「春の葩は日を含みで笑うが似く、秋の葉は露に泫おいて泣くが如し」とある。宮妓たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。○弛草幡生春 南宋、謝霊運の長詩「登池上楼閣」
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初景革緒風、新陽改故陰。
池塘春草生、園柳変鳴禽。
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「池塘春草生じ、園柳鳴禽に変ず」から。
池のほとり(堤)に芽吹きがある、春が来た
同じKanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 李白「灞陵行送別」
上有無花之古樹、下有傷心之春草。とある。同じように使用している。



綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。
綠の木の間からは、歌う鳥の声がきこえ、昔、名君がすごした青い楼閣の上には、舞う美人の姿がみえる。
青楼 「南史」に、斉の武帝は、興光楼上に青い漆をぬり、世人これを青楼とよんだ、とある。
武帝(ぶてい、440年 - 493年)は、斉の第2代皇帝。姓は蕭、諱は賾。高帝蕭道成の長子。 父の死で即位する。即位後は国力増強に力を注ぎ、大規模な検地を実施した。あまりに厳しい検地であったため、逆に農民の反発を招くこととなってしまったこともあったが、反乱自体は微弱なものに過ぎず、検地は結果的に大成功したという。また戸籍を整理したり、貴族の利権を削減して皇帝権力の強化に務めるなどの政治手腕を見せた。このため、武帝は南朝における名君の一人として讃えられている。



昭陽桃李月。 羅綺自相親。
趙飛燕が愛された昭陽殿では、桃花や李花のような美人が月の寝室で待つ、うす絹やあや絹の宮妓は互いに愛しあっている。
昭陽 趙飛燕の宮殿の名。○羅綺 うすぎぬとあやぎぬと。○羅綺自相親 羅綺をつけた人びと(官女)がたがいに親しみあうという意味。



  李白の詩は儒教手解釈では理解できない。当時は身分の高い人たち中でこそ、下ネタをうまく詠いこむことが洒落であった。解釈書、漢詩紹介の本に欠如しているのは、あるいは、意味不明とされている。洒落として解釈しないとりかいできないのだ。解釈は詩人の主張する通りに理解しないといけない。そうでないと、つまらない詩のままで終わる。このブログでは、詩人はエロチックな表現によって体制批判をしていることが多い。この「宮中行樂詞八首其五」は間違いなく艶情詩なのだ。
後宮は、天界、、仙界、極楽を具現化したものであり、それを利用し、その世界を詠うものである。 
唐朝 大明宮01