秋猟孟諸夜帰置酒単父東楼観妓 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白182


「寄李白」 任華 
権臣炉盛名
葦犬多吠撃
有数放君
却蹄隠冷感
高歌大笑出関去


「高歌大笑」して長安を去ったとはいえ、それは失意の悲しみと、前途への不安とが入り交じったものであろう。
李白が長安の都を去った744年天宝三年春から、安禄山の乱が勃発した755年天宝十四年に至る十年間が、李白の第二回目の遍歴時代になる。彼の44歳から55歳までの時代である。
この間の足跡は十分には分かりかねるとされながらおおむね次の通りとされる。「北のかた趨・魏・燕・晋に抵り、西のかた岐・邠州を渉り、商於を歴て、洛陽に至り、梁に游ぶこと最も久し、復た斉・魯に之き、南のかた推・泗に游び、再び呉に入り、転じて金陵に徒り、秋浦・尋陽に止まる。」(「李太白文集後序」)
その多くは梁すなわち汴州(開封)地方において費やしていることになる。


 天宝三年 744年、杜甫はこの年も洛陽に留まっている。そうして夏のころ、高力士らの讒言によって長安の宮廷を追放され、傷心を抱いて洛陽にやって来た李白と、はじめて会っている。
 時に李白は四十四歳、杜甫より十一歳の年長であり、すでにその文名は天下に高かった。まだ無名の存在である杜甫は、あこがれと尊敬の念をもって李白の話に耳を傾けたのである。そうして、李白の謫仙人というべき人物と新鮮な詩風に心ひかれるままにその跡を追った杜甫は、当時やはり不遇であった高適(時に四十四歳)とも出会い、三人で梁・宋(河南省の開封・商邦)の地に遊ぶ。「壮遊」と同じく晩年に襲州で作られた「遣懐」(懐いを遣る)また「昔遊」の中に、そのときの様子が次のように詠われている。

まず「遣懐」では、梁州でのことが、
遣懐 杜甫    
昔我遊宋中、惟梁孝王都。
名今陳留亜、劇則貝魏倶。
邑中九万家、高棟照通衢。
舟車半天下、主客多歓娯。
白刃讎不義、黄金傾有無。
殺人紅塵裏、報答在斯須。

憶与高李輩、論交入酒壚。
両公壮藻思、得我色敷腴。
気酣登吹台、懐古視平蕪。
芒碭雲一去、雁鶩空相呼。


昔我遊宋中、惟梁孝王都。
昔  宋州で遊んだことがある、梁の孝王が都としたところだ
名今陳留亜、劇則貝魏倶。
名は陳留につぐが、にぎわいは貝州や魏州にひとしい
邑中九万家、高棟照通衢。
城内には九万戸の家々、高い棟木が十字の街路につらなっている
舟車半天下、主客多歓娯。
舟や車は  天下の半ばを集め、土地の者も旅人も  共に楽しく暮らしている
白刃讎不義、黄金傾有無。
不義の者は白刃でこらしめ、黄金は有無にかかわらず使いつくす
殺人紅塵裏、報答在斯須。
街上で人を殺せば、すぐに報復を受けるのだ
憶与高李輩、論交入酒壚。
思い起こせば高適・李自らと、交わりを結んで酒店に入った。
両公壮藻思、得我色敷腴。
二人は文章への思いは盛んで、私という相手を得て、のびやかに談じていた。
気酣登吹台、懐古視平蕪。
酒が回って意気は上がり、吹台(開封の東南にある台)に登って、うち続く荒野を眺めわたしながら、この地にまつわる昔の出来事をしのんだ。
芒碭雲一去、雁鶩空相呼。
 芝山や楊山のあたりには(昔、秦の始皇帝の追及の手を逃れた漢の高祖がそこに隠れ、その間つねに立ち上っていたという)帝王の雲気はいまや去ってしまい、雁や鷲がむなしく鳴き交わしているだけであった


「昔遊」では
昔者与高李、晩登単父台。
寒蕪際碣石、万里風雲来。
桑柘葉如雨、飛藿共徘徊。
清霜大沢凍、禽獣有余哀
「その昔、高適・李白と、夕暮れに単父台に登った。寒々とした荒地は遠く瑞石のあたりまで続いており、万里の果てから風雲が吹きつけてきた。桑や柘の葉が雨のように飛散し、なかに豆の葉も吹き迷っていた。清らかな霜が降りて大沢は凍り、鳥獣は近づく狩猟の季節におびえていた」
と詠われている。


梁・宋での遊びののち、高適は南方楚の地に遊び、杜甫は李白に従って斉・魯に行くことにした。李白は兗州(山東省滋陽)の我が家に帰り、北海(山東省益都)の道士高天師のところへ出かけて道教のお札をもらうためであった。

この時、李白は次のように詠っている。

秋獵孟諸夜歸置酒單父東樓觀妓
傾暉速短炬。 走海無停川。
傾く夕陽は 燃えつきる炬火(たいまつ)よりも速く沈み、流れる川は 海へ向かって止まるを知らない
冀餐圓邱草。 欲以還頹年。
願うことは、円邱の不老不死の草をごちそうになりたい、老いる身にもとの若さをとりもどしたいとおもう。
此事不可得。 微生若浮煙。
こんなことは不可能であるということは分かっている、人の一生というものは流れる煙のようにはかない
駿發跨名駒。 雕弓控鳴弦。

速やかに名馬にまたがり出発しよう、彫刻の飾りのついた弓を引き絞って矢を放つのだ。
鷹豪魯草白。 狐兔多肥鮮。
寒さに草は白く枯れ、鷹は猛々しくなる、狐や兎は  肥えて元気がよい多くいる。
邀遮相馳逐。 遂出城東田。
待ち受け、囲い込んで追い立ていく、城の東の狩り場に出る
一掃四野空。 喧呼鞍馬前。
四方野原の獲物を取りつくし、馬を降りて収獲の歓声を挙げる
歸來獻所獲。 炮炙宜霜天。
城にもどって獲物を献上する、丸焼や串焼をする寒さにむいた料理にする
出舞兩美人。 飄搖若云仙。
やがて二人の芸妓がでて舞いはじめる、しなやかに風のように軽やかな姿は雲中の仙人のように包まれる。
留歡不知疲。 清曉方來旋。

疲れを忘れて歓楽しつづける、すがすがしい明け方になって家路についたのだ。


傾く夕陽は 燃えつきる炬火(たいまつ)よりも速く沈み、流れる川は 海へ向かって止まるを知らない
願うことは、円邱の不老不死の草をごちそうになりたい、老いる身にもとの若さをとりもどしたいとおもう。
こんなことは不可能であるということは分かっている、人の一生というものは流れる煙のようにはかない
速やかに名馬にまたがり出発しよう、彫刻の飾りのついた弓を引き絞って矢を放つのだ。
寒さに草は白く枯れ、鷹は猛々しくなる、狐や兎は  肥えて元気がよい多くいる。
待ち受け、囲い込んで追い立ていく、城の東の狩り場に出る
四方野原の獲物を取りつくし、馬を降りて収獲の歓声を挙げる
城にもどって獲物を献上する、丸焼や串焼をする寒さにむいた料理にする
やがて二人の芸妓がでて舞いはじめる、しなやかに風のように軽やかな姿は雲中の仙人のように包まれる。
疲れを忘れて歓楽しつづける、すがすがしい明け方になって家路についたのだ。



秋、孟諸に猟し、夜帰りて単父の東楼に置酒して妓を観る

傾暉(けいき)は短炬(たんきょ)よりも速(すみや)か、走海(そうかい)  停川(ていせん)無し
冀(こいねが)わくは円邱(えんきゅう)の草を餐(くら)って、以て頽年(たいねん)を還(かえ)さんと欲す
此の事  得(う)可からず、微生(びせい)は浮烟(ふえん)の若(ごと)し
駿発(しゅんはつ)して名駒(めいく)に跨(またが)り、雕弓(しゅうきゅう)鳴弦(めいげん)を控(ひか)う

鷹(よう)は豪(ごう)にして魯草(ろそう)白く、狐兎(こと)  肥鮮(ひせん)多し
邀遮(ようしゃ)して相(あい)馳逐(ちちく)し、遂に城東(じょうとう)の田(でん)に出づ
一掃して四野(しや)空(むな)しく、喧呼(けんこ)す  鞍馬(あんば)の前(まえ)
帰り来たって獲(と)る所を献じ、炮炙(ほうしゃ)  霜天(そうてん)に宜(よろ)し
出でて舞う両美人(りょうびじん)、飄颻(ひょうよう)として雲仙(うんせん)の若(ごと)し
留歓(りゅうかん)して疲れを知らず、清暁(せいぎょう)  方(まさ)に来旋(らいせん)す



傾暉速短炬。 走海無停川。
傾く夕陽は 燃えつきる炬火(たいまつ)よりも速く沈み、流れる川は 海へ向かって止まるを知らない
炬火 たいまつ。*水はその位置に留まらない 


冀餐圓邱草。 欲以還頹年。
願うことは、円邱の不老不死の草をごちそうになりたい、老いる身にもとの若さをとりもどしたいとおもう。
 願うことは    ○圓丘 先輩の道士、元丹邱、元圓をさしたもの。金丹

此事不可得。 微生若浮煙。
こんなことは不可能であるということは分かっている、人の一生というものは流れる煙のようにはかない


駿發跨名駒。 雕弓控鳴弦。
速やかに名馬にまたがり出発しよう、彫刻の飾りのついた弓を引き絞って矢を放つのだ。


鷹豪魯草白。 狐兔多肥鮮。
寒さに草は白く枯れ、鷹は猛々しくなる、狐や兎は  肥えて元気がよい多くいる。


邀遮相馳逐。 遂出城東田。
待ち受け、囲い込んで追い立ていく、城の東の狩り場に出る
邀遮 待ち受け、囲い込む。○東田 東の狩り場 謝朓の「遊東田」に基づいている。
謝朓「遊東田」
戚戚苦無踪、攜手共行樂。
尋雲陟纍榭、隨山望菌閣。
遠樹曖仟仟、生煙紛漠漠。
魚戲新荷動、鳥散餘花落。
不對芳春酒、還望青山郭。
(憂愁深く楽しみの無いのに苦しみ、友と手を携えて一緒に山野を行楽する。雲の高さを尋ねては幾重にも重なる高殿に登り、山道をたどっては美しい楼閣を遠くに眺める。遠くの木々はぼんやりとかすみつつ生い茂り、わき上がる靄は果てしなく広がっている。魚が戯れつつ泳ぐと 芽生えたばかりのハスの葉が動き、鳥が木から飛び立つと 春の名残の花は散り落ちる。芳しい春の酒には目もくれず。)


一掃四野空。 喧呼鞍馬前。
四方野原の獲物を取りつくし、馬を降りて収獲の歓声を挙げる
○四野 四つの方向の野原。


歸來獻所獲。 炮炙宜霜天。
城にもどって獲物を献上する、丸焼や串焼をする寒さにむいた料理にする


出舞兩美人。 飄搖若云仙。
やがて二人の芸妓がでて舞いはじめる、しなやかに風のように軽やかな姿は雲中の仙人のように包まれる。


留歡不知疲。 清曉方來旋。
疲れを忘れて歓楽しつづける、すがすがしい明け方になって家路についたのだ。