送魯郡劉長史遷弘農長史  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白187


魯郡の劉長史、弘農の長史に遷るを送る
 
744の冬には 道士になり、李白は任城の「魯の一婦人」のもとにもどって、冬から翌天宝四載(745)の春を過ごしている。
また、時には人から同情され、贈りものがあり、大いに感激にふるえることもあった。「魯郡の劉長史、弘農の長史に還るを送る」では、劉長史がよき地弘農に赴任する喜びを歌いつつ、赴任に際して李白に示してくれた厚き友情に感激して、歌ったものである。


送魯郡劉長史遷弘農長史

魯國一杯水。 難容橫海鱗。
魯國においての一人で杯水のようで役に立たない状態なのだ。食事に海鱗の鱠をならべることはむつかしい。
仲尼且不敬。 況乃尋常人。
いまは仲の良い女道士も敬って献納してはおれない。そんなことなので街の普通の人を尋ねたのである。
白玉換斗粟。 黃金買尺薪。』

白い輝く宝石を、数斗の粟に変えたし、黄金は揃えられた薪の束を買うのに使ったのだ。』
閉門木葉下。 始覺秋非春。
家の門を閉ざし木葉を下に敷き詰めた。 こんなことは初めてのことだ、いまは春ではない秋なのだということがしみじみわかった。
聞君向西遷。 地即鼎湖鄰。
君に聞きたい、西方の弘農の地に左遷され向おうというのだろう。 その地は即ち鼎湖の鄰のあたりで遠いところだ。
寶鏡匣蒼蘚。 丹經埋素塵。
宝石の鏡、サファイア石は鮮やかに光っている。それに比べ道教の経典は埃に埋もれている。
軒后上天時。 攀龍遺小臣。
皇后が御車で宮殿に上がられるとき。鳳凰と龍の飛び上がる勢いの置物を自分につかわされた。
及此留惠愛。 庶幾風化淳。 』

此に及んで 惠愛をありがたく思い。 常日頃から今後長きにわたって忘れてはいけないことだと淳心な気持ちになった。』
魯縞如白煙。 五縑不成束。
その魯地産の絹は白煙のごとく白く、わずか五匹では一束にはなりはしないのだ。
臨行贈貧交。 一尺重山岳。
きみは出立にあたって魯の絹をこの貧しき友に贈ってくれた。その厚意は一尺でも山岳より重いものがある」。
相國齊晏子。 贈行不及言。
そして、春秋時代、斉の大臣妟子は、旅の出立に際して、贈るものは、ことばがいちばんよいといったが、今、自分もよきことばを贈ろう。
托陰當樹李。 忘憂當樹萱。
木陰をたよりにしたいなら李の木を植えるべきであり、憂いを忘れたいなら忘憂草を植えるべきである。
他日見張祿。 綈袍懷舊恩。』
「人と交際するには徳ある人と交わるべきであり、才能ある人と交わるべきである。君よつまらぬ者と交際するな」。』


魯國 一杯の水。海鱗 橫わり容し難し。
仲尼 且 敬ず。況や乃 常人尋ねん。
白玉 斗粟に換る。 黃金 尺薪を買う。 』

門を閉ざし木葉の下。 始めて覺ゆ 秋 春に非らず。
君に聞く西遷に向わんと。 地 即ち鼎湖の鄰。
寶鏡 匣蒼 蘚なり。 丹經 素塵に埋る。
軒后 上天の時。 攀龍 小臣に遺る。
此に及び 惠愛を留む。 幾に庶り 風化 淳し。 』

魯の縞は白煙の如く、五縑にして束を成さず
行に臨んで貧しき交に贈らる、一尺は山岳より重し
相国の斉の貴子、行に贈るに言に及かずと
陰に託せんとすれば当に李を樹うべし、憂いを忘れんとすれば当に萱を樹うべし
他日 張禄を見ん、綿袖もて旧恩を懐わん』





送魯郡劉長史遷弘農長史 訳註と解説


(本文)
魯國一杯水。 難容橫海鱗。
仲尼且不敬。 況乃尋常人。
白玉換斗粟。 黃金買尺薪。

(下し文)
魯國 一杯の水。海鱗 橫わり容し難し。
仲尼 且 敬ず。況や乃 常人尋ねん。
白玉 斗粟に換る。 黃金 尺薪を買う。


(語訳)
 魯國においての一人で杯水のようで役に立たない状態なのだ。食事に海鱗の鱠をならべることはむつかしい。
いまは仲の良い女道士も敬って献納してはおれない。そんなことなので街の普通の人を尋ねたのである。
白い輝く宝石を、数斗の粟に変えたし、黄金は揃えられた薪の束を買うのに使ったのだ。



魯國一杯水。 難容橫海鱗。
魯國においての一人で杯水のようで役に立たない状態なのだ。食事に海鱗の鱠をならべることはむつかしい。
○杯水 盃に入れた水では役に立たない。孟子・告子「杯水車薪」いっぱいとは言え盃の水では火を消せないということ。



仲尼且不敬。 況乃尋常人。
いまは仲の良い女道士も敬って献納してはおれない。そんなことなので街の普通の人を尋ねたのである。



白玉換斗粟。 黃金買尺薪。
白い輝く宝石を、数斗の粟に変えたし、黄金は揃えられた薪の束を買うのに使ったのだ。




(本文)
閉門木葉下。 始覺秋非春。
聞君向西遷。 地即鼎湖鄰。
寶鏡匣蒼蘚。 丹經埋素塵。
軒后上天時。 攀龍遺小臣。
及此留惠愛。 庶幾風化淳。


(下し文)
門を閉ざし木葉の下。 始めて覺ゆ 秋 春に非らず。
君に聞く西遷に向わんと。 地 即ち鼎湖の鄰。
寶鏡 匣蒼 蘚なり。 丹經 素塵に埋る。
軒后 上天の時。 攀龍 小臣に遺る。
此に及び 惠愛を留む。 幾に庶り 風化 淳し。


(語訳)
家の門を閉ざし木葉を下に敷き詰めた。 こんなことは初めてのことだ、いまは春ではない秋なのだということがしみじみわかった。
君に聞きたい、西方の弘農の地に左遷され向おうというのだろう。 その地は即ち鼎湖の鄰のあたりで遠いところだ。
宝石の鏡、サファイア石は鮮やかに光っている。
それに比べ道教の経典は埃に埋もれている。
皇后が御車で宮殿に上がられるとき。鳳凰と龍の飛び上がる勢いの置物を自分につかわされた。
此に及んで 惠愛をありがたく思い。 常日頃から今後長きにわたって忘れてはいけないことだと淳心な気持ちになった。



閉門木葉下。 始覺秋非春。
家の門を閉ざし木葉を下に敷き詰めた。 こんなことは初めてのことだ、いまは春ではない秋なのだということがしみじみわかった



聞君向西遷。 地即鼎湖鄰。
君に聞きたい、西方の弘農の地に左遷され向おうというのだろう。 その地は即ち鼎湖の鄰のあたりで遠いところだ
鼎湖は広東省肇慶市に位置する(桂林と香港の中間あたり)



寶鏡匣蒼蘚。 丹經埋素塵。
宝石の鏡、サファイア石は鮮やかに光っている。それに比べ道教の経典は埃に埋もれている。
○寶鏡 宝飾で飾られた鏡。○匣蒼 サファイア玉。 ○丹經 道教の教本。 ○素塵 ほこり。



軒后上天時。 攀龍遺小臣。
皇后が御車で宮殿に上がられるとき。鳳凰と龍の飛び上がる勢いの置物を自分につかわされた。



及此留惠愛。 庶幾風化淳。
此に及んで 惠愛をありがたく思い。 常日頃から今後長きにわたって忘れてはいけないことだと淳心な気持ちになった



(本文)
魯縞如白煙、五縑不成束。
臨行胎貧交、一尺重山岳。
相国哲量子、潜行不及言。
託陰常樹李、忘憂普樹萱。
他日見張縁、組柏懐蕃恩。


(下し文)
魯の縞は白煙の如く、五縑にして束を成さず
行に臨んで貧しき交に贈らる、一尺は山岳より重し
相国の斉の貴子、行に贈るに言に及かずと
陰に託せんとすれば当に李を樹うべし、憂いを忘れんとすれば当に萱を樹うべし
他日 張禄を見ん、綿袖もて旧恩を懐わん

(語訳)

その魯地産の絹は白煙のごとく白く、わずか五匹では一束にはなりはしないのだ。
きみは出立にあたって魯の絹をこの貧しき友に贈ってくれた。その厚意は一尺でも山岳より重いものがある」。
そして、春秋時代、斉の大臣妟子は、旅の出立に際して、贈るものは、ことばがいちばんよいといったが、今、自分もよきことばを贈ろう。
「木陰をたよりにしたいなら李の木を植えるべきであり、憂いを忘れたいなら忘憂草を植えるべきである。
人と交際するには徳ある人と交わるべきであり、才能ある人と交わるべきである。君よつまらぬ者と交際するな」。


魯縞如白煙、五縑不成束。
その魯地産の絹は白煙のごとく白く、わずか五匹では一束にはなりはしないのだ。



臨行胎貧交、一尺重山岳。
きみは出立にあたって魯の絹をこの貧しき友に贈ってくれた。その厚意は一尺でも山岳より重いものがある」。

(今の貧乏暮らしの自分にとっては、じつにありがたい。一生忘れることはできない、と感謝している。)



相國齊晏子。贈行不及言。
そして、春秋時代、斉の大臣妟子は、旅の出立に際して、贈るものは、ことばがいちばんよいといったが、今、自分もよきことばを贈ろう。



托陰當樹李。 忘憂當樹萱。
木陰をたよりにしたいなら李の木を植えるべきであり、憂いを忘れたいなら忘憂草を植えるべきである。



他日見張縁、組柏懐蕃恩。
人と交際するには徳ある人と交わるべきであり、才能ある人と交わるべきである。君よつまらぬ者と交際するな」。




この戒めの喩えは、李白の過去の体験から来たものであるが参考にした故事は以下のとおりである。。

 
 さて、春秋時代、范雎は、はじめ魏の須賈に仕え、逐われて、のち張禄と姓名を変え、秦に仕えて大臣になった。須賈は知らずに秦に使いして、徴服の范雎に会い、その寒苦に同情して厚き上衣を与えた。そして、共に役所に行き、大臣となっているのを知って謝罪したという。ことは『史記』の「范雎伝」に詳しい。「君も将来、張禄のように出世されるであろう。そのときは、贈ってくださった魯の縞を思い出して旧恩に報いたいと思う」といい、その厚き友情に対する感謝の念を現わしている。貧しい日常の李白にとっては「旧恩」をいつまでも思ったことであろう。 

 貧しいがゆえにその感激はひとしおのものであった。
 以上に見られるような感慨は、長安に入るまでの第一次の遍歴時代にはまったく見られなかったところである。彼の生活がいかに苦しかったかが想像される。