上李邕 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白188


上李邕
大鵬一日同風起、扶揺直上九万里。
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
仮令風歇時下来、猶能簸却滄溟水。
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
時人見我恒殊調、聞余大言皆冷笑。
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
宣父猶能畏后生、丈夫未可軽年少。

孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)


李邕に上る
大鵬(たいほう)  一日  風と同(とも)に起こり、扶揺(ふよう)  直ちに上る九万里。  
仮令(たとえ)  風歇(や)みて時に下り来るも、猶お能(よ)く  滄溟(そうめい)の水を簸却(はきゃく)す。  
時人(じじん)  我の恒に調(しらべ)を殊にするを見て、余の大言(たいげん)を聞きて皆(ことごと)く冷笑す
宣父(せんぷ)も猶お能く后生(こうせい)を畏(おそ)る
丈夫(じょうふ)  未だ年少を軽んず可からず


李邕に上る 訳註と解説
(本文)
大鵬一日同風起、扶揺直上九万里。
仮令風歇時下来、猶能簸却滄溟水。
時人見我恒殊調、聞余大言皆冷笑。
宣父猶能畏后生、丈夫未可軽年少。

(下し文)
大鵬(たいほう)  一日  風と同(とも)に起こり、扶揺(ふよう)  直ちに上る九万里。  
仮令(たとえ)  風歇(や)みて時に下り来るも、猶お能(よ)く  滄溟(そうめい)の水を簸却(はきゃく)す。  
時人(じじん)  我の恒に調(しらべ)を殊にするを見て、余の大言(たいげん)を聞きて皆(ことごと)く冷笑す
宣父(せんぷ)も猶お能く后生(こうせい)を畏(おそ)る
丈夫(じょうふ)  未だ年少を軽んず可からず


(現代語訳)
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)




大鵬一日同風起 扶揺直上九万里  
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
大鵬 中国神話の伝説の鳥、霊鳥である。羽ある生物の王。李白の才能を示す。○扶揺 東の海中に生えているという伝説の大木。つむじかぜ。・扶桑東海の日の出る所にあるという神木。日本の別名 ○九万里 36万km大鵬の飛ぶ距離、慣用語。



仮令風歇時下来 猶能簸却滄溟水  
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
仮令 もし、仮に。○簸却 ふるわせたり、静かにさせる。○滄溟 果てしない大海原。



時人見我恒殊調 聞余大言皆冷笑  
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
時人 今どきの人。○恒殊調 常に優れた詩文の調子。

宣父猶能畏后生 丈夫未可軽年少  
孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)
宣父 孔子 ○后生 後に生まれたもの



(解説)

詩型 七言律詩
押韻 起、里。/來、水。/調、笑、少。

 李邕は『文選』に注をほどこした李善(りぜん)の子で、文と書にすぐれた大家で、このとき六十二、三歳であった。青州(北海郡)の太守に左遷されていたのだ。朝廷の高官が一地方郡の知事クラスということは、この頃の李林甫の文人を遠ざける施策の最大の犠牲者であった。
 それでも李白と杜甫にとっては作った詩歌を見てほしいと思ったことであろう。

そのとき李白が李邕に献じた詩が「上李邕」と思われます。李白も天子のおそばで翰林院供奉であった片りんを見せている。この大家に自分を『荘子』逍遥游篇の大鵬に比してみせている。