幽州胡馬客歌 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白193

 開封・単父の滞在の外、華北のいたるところに行はれた李白の旅行の中で、最も注目すべきは、彼が幽州(北京)に赴いていることである。

 幽州には当時、契丹(キッタン)や奚(ケイ)などのこの方面の精悍な異民族の侵入を防ぐために、范陽節度使という軍司令官が置かれていたが、744年天宝三載以来この官にあったのは、のちに乱を起す安禄山である。李白のこの幽州の旅は、安禄山との間に何らかの交渉をもつためであった。このころ安禄山はその鋒さきをあらわしはしないが、長安から追放された李白にとってすがる思いがあったのかもしれない。
 ただし李白は幽州で安禄山が頼るべき相手ではないこと気付いたのである。
幽州での記録はほとんどないに等しい。
その李白が、「幽州の胡の馬客の歌」にあらわしているのである。


幽州胡馬客歌
幽州胡馬客。 綠眼虎皮冠。
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
笑拂兩只箭。 萬人不可干。
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
彎弓若轉月。 白雁落云端。
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。
雙雙掉鞭行。 游獵向樓蘭。
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
出門不顧後。 報國死何難。』

いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。
天驕五單于。 狼戾好凶殘。
匈奴の単于は自らを天の驕児と称した。 狼の如く心ねじれた道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
牛馬散北海。 割鮮若虎餐。
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
雖居燕支山。 不道朔雪寒。
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。
婦女馬上笑。 顏如赭玉盤。
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。
翻飛射鳥獸。 花月醉雕鞍。』
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射るものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがって酔うのだ。
旄頭四光芒。 爭戰若蜂攢。
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
白刃洒赤血。 流沙為之丹。
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。
名將古誰是。 疲兵良可嘆。
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。
何時天狼滅。 父子得安閑。』

いずれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならないのだ。 



幽州の胡の馬客(かく)、緑眼 虎皮の冠。

笑って両隻(りょうせき)の箭を払へば、万人も干(ふせ)ぐべからず。

弓を彎(ひ)くこと月を転ずるごとく、白雁 雲端より落つ。

双双 鞭を掉(ふ)って行、遊猟して楼蘭に向ふ。 

門を出づれば後を顧みず、国に報ずる死なんぞ難からん。

天驕 五単于(ぜんう) 狼戻(ろうれい)にして兇残を好む。

牛馬は北海に散じ、鮮を割(さ)くこと虎の餐(くら)ふがごとし。

燕支山に居るといへども 朔雪の寒きを道(い)はず。 

婦女も馬上に笑ひ、顔は赭(あか)き玉盤のごとし。

翻飛(ほんぴ)して鳥獣を射、花月には雕鞍(ちょうあん)に酔ふ。

旄頭(ぼうとう) 四(よも)に光芒あり、争戦する蜂の(あつま)るがごとし

白刃 赤血を灑(そそ)ぎ、流沙 これがために丹(あか)し。

名将 いにしへ誰か是(これ)なる、疲兵まことに嘆ずべし。

いづれの時か天狼 滅し、父子 閒安を得ん。 



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(本文)
幽州胡馬客歌
幽州胡馬客。 綠眼虎皮冠。
笑拂兩只箭。 萬人不可干。
彎弓若轉月。 白雁落云端。
雙雙掉鞭行。 游獵向樓蘭。
出門不顧後。 報國死何難。』

(下し文)
幽州の胡の馬客(かく)、緑眼 虎皮の冠。
笑って両隻(りょうせき)の箭を払へば、万人も干(ふせ)ぐべからず。
弓を彎(ひ)くこと月を転ずるごとく、白雁 雲端より落つ。
双双 鞭を掉(ふ)って行、遊猟して楼蘭に向ふ。 
門を出づれば後を顧みず、国に報ずる死なんぞ難からん。

(現代語訳)
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。


幽州胡馬客 綠眼虎皮冠
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
胡馬客 北方異民族出身の馬にのった流寓の人。
緑眼 中東のペルシャ、白人系の目をいう。 ・虎皮の冠 騎馬民族が被る帽子。



笑拂兩只箭 萬人不可干
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
両隻(りょうせき)二本。 矢の幹の部分。



彎弓若轉月 白雁落雲端
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。

雙雙掉鞭行 遊獵向樓蘭
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
双双 二人ならんでか。・楼蘭 漢代、いまの新疆省のロプ・ノール付近にあった国。



出門不顧後 報國死何難
いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。





(本文)
天驕五單于。 狼戾好凶殘。
牛馬散北海。 割鮮若虎餐。
雖居燕支山。 不道朔雪寒。
婦女馬上笑。 顏如赭玉盤。
翻飛射鳥獸。 花月醉雕鞍。』

(下し文)
天驕 五単于(ぜんう) 狼戻(ろうれい)にして兇残を好む。
牛馬は北海に散じ、鮮を割(さ)くこと虎の餐(くら)ふがごとし。
燕支山に居るといへども 朔雪の寒きを道(い)はず。 
婦女も馬上に笑ひ、顔は赭(あか)き玉盤のごとし。
翻飛(ほんぴ)して鳥獣を射、花月には雕鞍(ちょうあん)に酔ふ。

(現代語訳)
匈奴の単于は自らを天の驕児と称した。 狼の如く心ねじれた道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射るものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがって酔うのだ。



天驕五單于 狼戻好兇殘
匈奴の単于はみづからを天の驕児と称した。 狼の如く心ねぢけ道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
天驕 匈奴の単于はみづからを天の驕児と称した。・五単于(ぜんう)漢の宣帝のとき匈奴は五単于ならび立った。・狼戻(ろうれい)狼の如く心ねぢけ道理にもとる。
 

牛馬散北海 割鮮若虎餐
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
割鮮 鳥獣の新しく殺したもの。



雖居燕支山 不道朔雪寒
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。 
脂(支)山 甘粛省河西回廊の「張掖」の東南にある。李白「秋思」に登場。・朔雪 北方の雪。



婦女馬上笑 顏如赭玉盤
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。

翻入射鳥獸 花月醉雕鞍
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射いるものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがってに酔うのだ。
翻飛 とび上って。




(本文)
旄頭四光芒。 爭戰若蜂攢。
白刃洒赤血。 流沙為之丹。
名將古誰是。 疲兵良可嘆。
何時天狼滅。 父子得安閑。』

(下し文)
旄頭(ぼうとう) 四(よも)に光芒あり、争戦する蜂の攢(あつま)るがごとし
白刃 赤血を灑(そそ)ぎ、流沙 これがために丹(あか)し。
名将 いにしへ誰か是(これ)なる、疲兵まことに嘆ずべし。
いづれの時か天狼 滅し、父子 閒安を得ん。
 

(現代語訳)
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。
いずれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならないのだ。 



旄頭四光芒 爭戰若蜂攢
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
旄頭 胡の星と考へられる昴(すばる)の星。四方に輝きを放っているときには、異民族が攻めてくる。



白刄灑赤血 流沙為之丹
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。



名將古誰是 疲兵良可嘆
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。

何時天狼滅 父子得閒安』
いづれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならない。 
天狼 盗賊を表わし、侵略をかたちづくるといふ大犬座シリウスの漢名。・閒安 しづかにして安らか。