北風行 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白196
雑言古詩



北風行
燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。
燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。
箭空在、人今戦死不復囘。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということだ。
不忍見此物、焚之己成灰。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。
黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。

よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。


北風の行
燭竜 寒門に棲み、光耀 猶お旦に開く。
日月之を照らすも何ぞ此に及ぼざる、唯だ北風の号怒して天上より来る有り。
燕山の雪花 大なること席の如し、片片吹き落つ 軒轅台。
幽州の思婦 十二月、歌を停め笑いを罷めて 双蛾摧く。
門に倚って 行人を望む、君が長城の苦寒を念えば 良に哀しむ可し。
別るる時 剣を提げ 辺を救うて去り、此の虎文の金靫鞞を遺す。
中に一双の白羽箭有り、蜘味は網を結んで 塵埃を生ず。
箭は空しく在り、人は今戦死して 復た回らず。
此の物を見るに忍びず、之を焚いて 己に灰と成る。
黄河土を捧げて 尚お塞ぐ可し、北風雪を雨らし 恨み裁ち難し。


北風行 訳註と解説

(本文)
北風行
燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
箭空在、人今戦死不復囘。
不忍見此物、焚之己成灰。
黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。

(下し文)
燭竜 寒門に棲み、光耀 猶お旦に開く。
日月之を照らすも何ぞ此に及ぼざる、唯だ北風の号怒して天上より来る有り。
燕山の雪花 大なること席の如し、片片吹き落つ 軒轅台。
幽州の思婦 十二月、歌を停め笑いを罷めて 双蛾摧く。
門に倚って 行人を望む、君が長城の苦寒を念えば 良に哀しむ可し。
別るる時 剣を提げ 辺を救うて去り、此の虎文の金靫鞞を遺す。
中に一双の白羽箭有り、蜘味は網を結んで 塵埃を生ず。
箭は空しく在り、人は今戦死して 復た回らず。
此の物を見るに忍びず、之を焚いて 己に灰と成る。
黄河土を捧げて 尚お塞ぐ可し、北風雪を雨らし 恨み裁ち難し。

(現代語訳)
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということだ。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。
よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。


 

北風行 ・『詩経』の邶風(はいふう)に「北風」の詩がある。:乱暴な政治に悩む人、国を捨てて逃げようというの歌。 ・飽照の楽府に「代北風涼行」があり、北風が雪をふらし、行人の帰らないことを傷む。李白もそれにたらい、戦死して帰らぬ兵士の妻の気持をうたう。



燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
燭竜 「准南子」に出てくる神竜。北極の山の、日の当らぬ所に住む。身長は千里の長さ、顔は人間の顔で、足がない。ロにともし火をくわえ、太陰(夜の国)を照らす。日をひらくと、その国は昼となり、目をとじると、その国は夜となる。息をはきだすと、その国は冬となり、大声を出すと、その国は夏となる。また、「楚辞」の「天間」に「日は安くにか到らざる、燭竜は何ぞ照せる」という句がある。○寒門 北極の山。○旦開 朝日が昇るさま。



日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。

燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
燕山 山の名。いまの河北省玉田県の西北にある。燕山山脈(燕山、えんざんさんみゃく、Yanshan)は中華人民共和国北部にある山地。河北省の河北平原の北を囲むようにそびえる。名は、南に燕国があったことにちなむ。北京市の北部の軍都山から潮白河の峡谷を超えて山海関までを東西に走る。特に北京市西部の潮白河峡谷から山海関までの間(小燕山)が狭義の燕山であり、大房山、鳳凰山、霧霊山などの名山が点在する。北京北部の軍都山から潮白河峡谷までは大燕山とも呼ばれ、軍都山西端の拒馬河峡谷と居庸関の向こうは、河北平原の西を南北に走る太行山脈である。海抜は400mから1,000mで、最高峰の霧霊山(承徳市興隆県)は海抜2,116mに達する。南の華北と北の内モンゴルおよび遼西を隔てる燕山には多数の渓谷があり、これらは南北を結ぶ隘路として戦略上重要な役割を持っていた。主な道には古北口(潮河峡谷、北京市密雲県)、喜峰口(灤河峡谷、唐山市と承徳市の間)、冷口などがある。また万里の長城の東端は燕山の上を走る。○雪花 雪片を花のようにたとえていうことば。○ むしろ。たたみ。○片片 軽く飛ぶさま。○軒轅臺 中国上古の皇帝と伝えられる黄帝は、軒轅の丘に住み、軒轅氏と称した。その黄帝の登ったという軒轅台の遺跡は、いまの河北省凍涿鹿県附近にあるといわれる。



幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
幽州 唐代の幽州は、鞄陽郡ともいい、いまの河北省のあたりにあった。○思婦 思いにしずむ女。○十二月 スバルの星が輝く12月異民族は南下して攻撃してくる。○双蛾 美人の両の眉。



倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
○行人 ここでは、出征した夫。○長城 万里の長城。



別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
○辺 国境。○虎文 虎のもよう。○靫鞞 矢をいれる袋。やなぐい。



中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。



箭空在、人今戦死不復囘。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということなのだ。



不忍見此物、焚之己成灰。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。


黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。
よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。
黄河捧土 「後漢書」の朱浮伝に、「これはちょうど黄河のほとりの人人が、土を捧げて轟津を塞ぐようなものだ。」とある。



(解説)
 冬になると北方異民族からの攻撃が始まり、寒い冬の闘に備えた。しかし、出征した兵士の多くは帰らないのである。唐王朝は幽州の守りを安禄山に任せきりになっていた。統治能力の全くないものが、唐の国内に充満し、堆積していたフラストレーションを時流に乗っただけのものであった。
西方の戦いでも局地戦で大敗し、南方の雲南でも局地戦を大敗するというもので、安禄山だけが無傷であった。