贈王大勧入高鳳石門山幽居 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 200


彼は梁園を中心に数年、北方にまた西方に遍歴を続けていたが、鄭中(河南省臨彰県)では、親友の王大に詩を贈って、現在の不遇の心境を述べ、それでもなお世を救済する策を献じたいと、往年の気力を見せている。「贈王大勧入高鳳石門山幽居」(鄭中にて王大勧八、高風の石門山に幽居するに贈る)がそれである。
「王大」については、詩中から察して親しい交際をしている人であろう。まず、現在の飄蓬の境遇を詠う。


贈王大勧入高鳳石門山幽居


一身竟無託、遠興孤蓬征。

人間ひとつの身になり、とうとう落ち着くところがなくなってしまった。現在は孤蓬のような身分で、風が吹くと舞い上がりどこへでも行くのである。
千里失所依、復將落葉幷。

千里四方探しても教理などなく失ってしまっている、今日もまた、落葉と同じような気持ちになっているのだ。
中途偶良朋、問我將何行。

そんな中であなたのようなよい朋に遭遇できたことはよかった。あなたはどこに遍歴の旅をするのかと聞かれ、教理のことを思ってくれた。
欲献濟時策、此心誰見明。

自分は時世を救う策を天子に献上したいと思っているのである。しかし、今の心境は複雑なものであり、だれにこの気持ちを明らかにしたらよいだろうかと思っていたところだった。
投躯寄天下、長嘯尋豪英。

天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
恥学瑯琊人、龍蟠事躬耕。

今は、もう学ぶことを恥と思う『瑯琊の出身の諸葛孔明』ことを。龍ほどの能力を持っているものが、みずからで一から畑を耕すことから始めるということには躊躇するものである。

一身は竟に託するところ無く、遠く孤蓬とともに征く。

千里のかなた依る所を失い、復た落葉と(とも)になる。

中途に良き朋に偶い、我に問う将に何くに行かんとするやと。

時を済(すく)わんとする策を献ぜんと欲す、此の心誰にか明らかに見(しめ)さん。

躯を投げて天下に寄せ、長嘯して豪英を尋ねんとす。

恥ずらくは瑯の人を学び、竜のごと蟠り躬から耕すを事とするを。






贈王大勧入高鳳石門山幽居 現代語訳と訳註、解説

(本文)
一身竟無託、遠興孤蓬征。
千里失所依、復將落葉幷。
中途偶良朋、問我將何行。
欲献濟時策、此心誰見明。
投躯寄天下、長嘯尋豪英。
恥学瑯琊人、龍蟠事躬耕。



(下し文)
一身は竟に託するところ無く、遠く孤蓬とともに征く。
千里のかなた依る所を失い、復た落葉と幷(とも)になる。
中途に良き朋に偶い、我に問う将に何くに行かんとするやと。
時を済(すく)わんとする策を献ぜんと欲す、此の心誰にか明らかに見(しめ)さん。
躯を投げて天下に寄せ、長嘯して豪英を尋ねんとす。
恥ずらくは瑯琊の人を学び、竜のごと蟠り躬から耕すを事とするを。



(現代語訳)
人間ひとつの身になり、とうとう落ち着くところがなくなってしまった。現在は孤蓬のような身分で、風が吹くと舞い上がりどこへでも行くのである。
千里四方探しても教理などなく失ってしまっている、今日もまた、落葉と同じような気持ちになっているのだ。
そんな中であなたのようなよい朋に遭遇できたことはよかった。あなたはどこに遍歴の旅をするのかと聞かれ、教理のことを思ってくれた。
自分は時世を救う策を天子に献上したいと思っているのである。しかし、今の心境は複雑なものであり、だれにこの気持ちを明らかにしたらよいだろうかと思っていたところだった。
天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
今は、もう学ぶことを恥と思う『瑯琊の出身の諸葛孔明』ことを。龍ほどの能力を持っているものが、みずからで一から畑を耕すことから始めるということには躊躇するものである。




(訳註)
一身竟無託、遠興孤蓬征。
人間ひとつの身になり、とうとう落ち着くところがなくなってしまった。現在は孤蓬のような身分で、風が吹くと舞い上がりどこへでも行くのである。
○託 まかせる。たよる。定着する。落ち着く


千里失所依、復將落葉幷。
千里四方探しても教理などなく失ってしまっている、今日もまた、落葉と同じような気持ちになっているのだ。
○所依 しょえ 仏語。教理などのよりどころ。


中途偶良朋、問我將何行。
そんな中であなたのようなよい朋に遭遇できたことはよかった。あなたはどこに遍歴の旅をするのかと聞かれ、教理のことを思ってくれた。


欲献濟時策、此心誰見明。
自分は時世を救う策を天子に献上したいと思っているのである。しかし、今の心境は複雑なものであり、だれにこの気持ちを明らかにしたらよいだろうかと思っていたところだった。


投躯寄天下、長嘯尋豪英。
天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
○長嘯 詩を長く吟ずる「尋豪英」という詩を詠いながら。


恥学瑯琊人、龍蟠事躬耕。
今は、もう学ぶことを恥と思う『瑯琊の出身の諸葛孔明』ことを。龍ほどの能力を持っているものが、みずからで一から畑を耕すことから始めるということには躊躇するものである。
○躬耕 天子が畑を耕す礼式のこと。この場合、能力のあるものが、一から畑を耕すことから始めるという意味である。


(解説)
孤独で頼る人もない寂しい境遇に置かれていることを訴えている。長安の都に入る第一次の遍歴中には、まったく見られぬ心境である。その寂しい中にきみとめぐり会った。
一時挫折した気持ちも、友人に会って再び勇気が出て、政治の舞台に躍り出ようという。ところで、今は天下太平、腕の振るいどころもなく、「憂いに沈み乱れて縦横たり、飄飄として意を得ず」である。しかし、今自分の望むところは、
ここでも世に出たい希望が、まだ胸中に去来している。とはいえ、寄るべなき放浪の身の孤独の寂しさは、隠すべくもなく、王大の友情を頼りにする思いであった。
このときの李白の心境は、おそらく孤独の寂しさに堪えつつ、なお将来、いつかは再び政治の場に浮かび上がる夢を抱いていたにちがいない。
 今の王朝では、家臣のものが天子に世間のことを伝えていない。だから、どんなに一からやり直したとしてもそのことで、「三顧の礼」で迎えられることにはならないのである。
 地方官であっても、多くの知識人に自分を認めてくれる人を多くしたいのだ云っている。