謝公亭 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 211


金陵から、その南にある宣城に李白の足は延びるが、金陵・宜城に至るまでの行動は、じつは明瞭にその足跡をたどることはできない。金陵は、李白の行動の中心的位置にある。したがって、作時の特定も難しい。朝廷の官吏の制服を着て、先人の詩の舞台を訪ね歩く生活を送っていた。
 rihakustep足跡

754天宝十三年には、宜城に遊んだことは間違いないとされている。宣城は金陵の南西に長江を登ったところにあり、この地は李白の思慕する六朝の斉の謝朓が太守をしていたところである。謝朓の遺跡を訪ねて、謝謝の追憶にふけりながら、ここでも多くの優れた作品を残している。

斉の謝朓464年 - 499は、当時五言詩の担い手であり、山水詩に優れ、朱の謝霊運と並び称せられ、霊運を大謝、桃を小謝という。その詩は清新さをもち、唐詩にも似たところがあって、李白・杜甫に好まれた。宜城の太守となり、江南の風景を歌い、亭を作って詩人花雲らと遊んだ。優れた詩人ではあるが、事件に坐して、下獄死亡した。三十六歳である。現存する詩は200首余り、その内容は代表作とされる山水詩のほか、花鳥風月や器物を詠じた詠物詩、友人・同僚との唱和・離別の詩、楽府詩などが大半を占める。竟陵八友のひとり。
[作品]
謝朓①玉階怨 ②王孫遊 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 ⑥金谷聚 


謝公亭 
謝公離別處。 風景每生愁。
謝公亭は いろんな別離がありそのためにある場所なのだ。辺りの風景は どんな別れに対してもいつも哀愁を感じさせているのだ
客散青天月。 山空碧水流。
ここの客は別離の人々、青い夜空に月が輝くその下で 散り散りになっていく。だれもいなくなった山あいのこの亭には 青い、青い水だけが流れているのだ。
池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
池に目をやれば池の中に、池の辺に春の花が日の光を受けて色明るく映えている。亭の窓辺に見える竹林からは秋の夜風を受けてさらさらと鳴りわたっていく。
今古一相接。 長歌懷舊游。
この謝公亭は、今の様々な別れも過去あったさまざまな出来事もそれぞれ結び合わせてくれて一にしてしまうのだ。ここで緩やかな調べを歌いうとむかしの日の交遊、遭遇、出来事のかずかずが懐かしく思い起こされるのだ。




謝亭 離別の處、風景 (つね)に愁を生ず。

客は散ず 青天の月、山 空しくして碧水 流れる。

池花 春 日に映じ、窗竹 夜 秋に鳴る。

今古 ひとえに相接する、長歌して舊游を懷う。





謝公亭 現代語訳と訳註 解説
(本文)

謝公離別處。 風景每生愁。
客散青天月。 山空碧水流。
池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
今古一相接。 長歌懷舊游。


(下し文)
謝亭 離別の處、 風景 每(つね)に愁を生ず。
客は散ず 青天の月、 山 空しくして碧水 流れる。
池花 春 日に映じ、 窗竹 夜 秋に鳴る。
今古 ひとえに相接する、長歌して舊游を懷う。

(現代語訳)
謝公亭は いろんな別離がありそのためにある場所なのだ。辺りの風景は どんな別れに対してもいつも哀愁を感じさせているのだ
ここの客は別離の人々、青い夜空に月が輝くその下で 散り散りになっていく。だれもいなくなった山あいのこの亭には 青い、青い水だけが流れているのだ。
池に目をやれば池の中に、池の辺に春の花が日の光を受けて色明るく映えている。亭の窓辺に見える竹林からは秋の夜風を受けてさらさらと鳴りわたっていく。
この謝公亭は、今の様々な別れも過去あったさまざまな出来事もそれぞれ結び合わせてくれて一にしてしまうのだ。ここで緩やかな調べを歌いうとむかしの日の交遊、遭遇、出来事のかずかずが懐かしく思い起こされるのだ。


(訳註)

謝亭離別處。 風景每生愁。
謝公亭は いろんな別離がありそのためにある場所なのだ。辺りの風景は どんな別れに対してもいつも哀愁を感じさせているのだ
謝公亭 安徽省宣城県の郊外にあった。李白の敬愛する六朝の詩人、謝朓むかし宜州の長官であったとき建てた。苑雲という人が湖南省零陵県の内史となって行ったとき、謝朓は出来たばかりの亭で送別し、詩を作っている。○風景 同じ景色も春夏秋冬、天候によって違うもの。○每生愁 どんな条件下であってもいつも哀愁を伴うところである。晴れの日は晴れの日の哀愁が、雨の日、風の日、木枯らし、真夏の炎天の日それぞれの別れを見ている風景。凄い句である。


客散青天月。 山空碧水流。
ここの客は別離の人々、青い夜空に月が輝くその下で 散り散りになっていく。だれもいなくなった山あいのこの亭には 青い、青い水だけが流れているのだ。
碧水 別れを終えた後の月明かりの中の澄み切った水を連想させる色である。意味慎重な泣別れであろうか。

池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
池に目をやれば池の中に、池の辺に春の花が日の光を受けて色明るく映えている。亭の窓辺に見える竹林からは秋の夜風を受けてさらさらと鳴りわたっていく。
池花春映日 この句は若い人の別れを感じさせてくれる。○窗竹夜鳴秋 風流な別れだろうか。出征兵士を送っているのか。

今古一相接。 長歌懷舊游。
この謝公亭は、今の様々な別れも過去あったさまざまな出来事もそれぞれ結び合わせてくれて一にしてしまうのだ。ここで緩やかな調べを歌いうとむかしの日の交遊、遭遇、出来事のかずかずが懐かしく思い起こされるのだ。
舊游 謝朓の時代の交友のありさまを言う。苑雲との交流を意識している。


(解説)
「ここは友人の花雲が零陵郡(湖南省零陵県)に赴任しょうとして謝桃が送別の宴を張ったところである。美しい風景も、その離別のことを思えば、見ていると悲しみの情が湧いてくる」。いったい、謝霊運は、山水の美を客観的に眺めて歌った詩人であるが、謝眺は、同じ山水の美を歌っておりながら、その中に憂愁の情をからませて歌った詩人である。自然の風景に愁いを感ずる詩人であった。そのことを意識しながら、それをさらにさまざまな場面、舞台を思い起こさせ「風景は毎に愁いを生ずる」と歌ったのである。
次の二行は、亭付近の静かな美しい風景であり、その表現も、謝眺が風景の美しきを歌う詩に似ている。あえて似せているのかもしれない。さて、「古えのことを思い浮かべて浸っていると、謝跳の遊びが思い出され、歌を歌い続けて彼を懐かしく偲んでいる」という。

 李白は尊敬しある時はその詩を模倣もした謝朓ゆかりの亭に来た。昼間は多くの人がここで別れた。出征前のひと時を過ごしたのか。同じ景色を愛でても後にはその景色だけが残っている。別れの悲しみを月、清い水、花、窓辺を静かに詠っている。別れを悲しみだけで詠わない李白、自慢の形式である。


宮島(1)

謝亭 離別の處、 風景 每(つね)に愁を生ず。
客は散ず 青天の月、 山 空しくして碧水 流れる。
池花 春 日に映じ、 窗竹 夜 秋に鳴る。
今古 ひとえに相接する、長歌して舊游を懷う。