漢詩李白 220 玩月金陵城西孫楚酒樓達曙歌吹、日晚乘醉著紫綺裘烏紗巾與酒客數人棹歌、秦淮往石頭訪崔四侍御  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -220

(金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹す。日晩れて酔いに乗じて紫綺裳、烏紗巾をけ、酒客数人と、秦淮に歌し、石頭に往きて、崔四侍御を訪ぬ)



金城付近の自然を鑑賞し、好きな月を楽しみ、友人たちと酒を飲み、歌姫をひやかし、歓楽の興に浸りこんでいる李白の姿が、このころ見られる。長安追放のことなどすべて過去のものとして忘れ去ってしまったかのようである。


鉤。樓。頭。裘。/笑。猷。流。侯。揄。羞。橈。橋。搖。/招。霄。飇。謠。


玩月金陵城西孫楚酒樓達曙歌吹日晚、乘醉著紫綺裘烏紗巾與酒客數人棹歌、秦淮往石頭訪崔四侍御
『金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹しつづけた。それでも朝からさらに飲んで、日暮れになって酔いにまかせて朝廷の制服、紫綺裳、烏紗巾を着て、酒客数人と、船に乗り込み秦淮に行き着くまで舟歌の樟歌をうたった。そして石頭に着いたので、崔四侍御を訪ねたのである。』

#1
昨玩西城月。 青天垂玉鉤。
昨晩、金陵の西にある孫楚亭で月を楽しむ。大空はいっぱいに広がっていて、三日月は光り輝く鉤をを垂らしたようである。
朝沽金陵酒。 歌吹孫楚樓。
朝になると金陵の売り酒を持ってこさせた、孫楚楼に楽曲を歌い笛を吹いて楽しんだ。
忽憶繡衣人。 乘船往石頭。
それから長安の朝廷で刺繍のある着飾った宮廷人をおもいだし、船に乗って石頭に往くのである。
草裹烏紗巾。 倒披紫綺裘。』
烏紗巾をおふざけで阿弥陀にかぶり、紫椅裳を裏返しに着てみたのだ。
兩岸拍手笑。 疑是王子猷。
両岸にいた人たちは手をたたいて笑いっている、これは風流のひとであった王子猷の再来かと驚いている。
酒客十數公。 崩騰醉中流。』

舟の中では十数人がぐでんぐでんに酔っぱらってくずれている。


 
#2
謔浪棹海客。 喧呼傲陽侯。
半道逢吳姬。 卷帘出揶揄。』
我憶君到此。 不知狂與羞。
一月一見君。 三杯便回橈。
舍舟共連袂。 行上南渡橋。
興發歌綠水。 秦客為之搖。』
#3
雞鳴復相招。 清宴逸云霄。
贈我數百字。 字字凌風飇。
系之衣裘上。 相憶每長謠。』




(金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹す。日晩れて酔いに乗じて紫綺裳、烏紗巾をけ、酒客数人と、秦淮に歌し、石頭に往きて、崔四侍御を訪ぬ)


#1
昨(きのう)西城の月を翫(たの)しむ、青天に玉の鉤を垂る。
朝に金陵の酒を清い、孫楚の楼に歌い吹く。
忽ち繍衣の人を憶い、船に乗って石頭に往く。
烏紗巾を草かに豪り、紫椅裳を倒に披る。』
両岸のもの手を拍ちて笑い、疑うらくは是れ王子献ならんかと。
酒客は十数公、崩勝れて中流に酔う。』

諺浪れて海客を綽い、喧呼びて陽侯に倣る。
半道にて呉姫に逢い、簾を巻きて野でて椰拾う。
我は君を憶いて此に到る、狂と差とを知らず。
月下に一たび君に見えは、三杯にて便ちに槙を廻らさん。
舟を捨てて共に枚を連ね、行きて南渡の橋に上る。
興発こりて漁水を歌えば、秦客之が為に揺らぐ。』
難鴨に復た相い招かれ、清宴は雲番に逸る
我に贈る数百字、字字風鵬を凌ぐ
之を衣裳の上に繋け、い憶うて毎に長謡せん』


 現代語訳と訳註
詩題
玩月金陵城西孫楚酒樓達曙歌吹、日晚乘醉著紫綺裘烏紗巾與酒客數人棹歌、秦淮往石頭訪崔四侍御

(本文) #1
昨玩西城月。 青天垂玉鉤。
朝沽金陵酒。 歌吹孫楚樓。
忽憶繡衣人。 乘船往石頭。
草裹烏紗巾。 倒披紫綺裘。』
兩岸拍手笑。 疑是王子猷。
酒客十數公。 崩騰醉中流。』

(下し文)
詩題

(金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹す。日晩れて酔いに乗じて紫綺裳、烏紗巾をけ、酒客数人と、秦淮に歌し、石頭に往きて、崔四侍御を訪ぬ)

#1
昨西城の月を翫しむ、青天に玉の釣を垂る。
朝に金陵の酒を清い、孫楚の楼に歌い吹く。
忽ち繍衣の人を憶い、船に乗って石頭に往く。
烏紗巾を草(おろそ)かに裹(かぶ)り、紫椅裳を倒(うら)に披(き)る。』
両岸のもの手を拍ちて笑い、疑うらくは是れ王子献ならんかと。
酒客は十数公、崩勝(よいくず)れて中流に酔う。』


(現代語訳)
『金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹しつづけた。それでも朝からさらに飲んで、日暮れになって酔いにまかせて朝廷の制服、紫綺裳、烏紗巾を着て、酒客数人と、船に乗り込み秦淮に行き着くまで舟歌の樟歌をうたった。そして石頭に着いたので、崔四侍御を訪ねたのである。』

昨晩、金陵の西にある孫楚亭で月を楽しむ。大空はいっぱいに広がっていて、三日月は光り輝く鉤をを垂らしたようである。
朝になると金陵の売り酒を持ってこさせた、孫楚楼に楽曲を歌い笛を吹いて楽しんだ。
それから長安の朝廷で刺繍のある着飾った宮廷人をおもいだし、船に乗って石頭に往くのである。
烏紗巾をおふざけで阿弥陀にかぶり、紫椅裳を裏返しに着てみたのだ。
両岸にいた人たちは手をたたいて笑いっている、これは風流のひとであった王子猷の再来かと驚いている。
舟の中では十数人がぐでんぐでんに酔っぱらってくずれている。


(訳注)詩題
玩月金陵城西孫楚酒樓達曙歌吹日晚、乘醉著紫綺裘烏紗巾與酒客數人棹歌、秦淮往石頭訪崔四侍御
金陵城の西の孫楚の酒楼にて月を玩しみ、曙に達するまで歌吹しつづけた。それでも朝からさらに飲んで、日暮れになって酔いにまかせて朝廷の制服、紫綺裳、烏紗巾を着て、酒客数人と、船に乗り込み秦淮に行き着くまで舟歌の樟歌をうたった。そして石頭に着いたので、崔四侍御を訪ねたのである。
孫楚 東晋の酒を愛した詩人。彼の名に因んだ酒楼があったという。○紫綺裳、烏紗巾 ともに李白が、長安の翰林供奉時代に着ていた宮中の官吏服であろう。酔ったまぎれに、昔を思い出しつつ、かつての宮中における李白の権威を見せつける気持ちもあったのであろう。○崖四侍御 名は分からない。排行は四で、侍御史である。


#1
昨玩西城月。 青天垂玉鉤。

昨晩、金陵の西にある孫楚亭で月を楽しむ。大空はいっぱいに広がっていて、三日月は光り輝く鉤をを垂らしたようである
西城 金陵の西にある孫楚亭 ○翫 たのしむ。○玉の鉤 光るもので作った簾を巻き上げて止めるものが三日月に見えるのか、三日月を行として大空に垂しているといったのか。

朝沽金陵酒。 歌吹孫楚樓。
朝になると金陵の売り酒を持ってこさせた、孫楚楼に楽曲を歌い笛を吹いて楽しんだ。
 売っている酒。


忽憶繡衣人。 乘船往石頭。
それから長安の朝廷で刺繍のある着飾った宮廷人をおもいだし、船に乗って石頭に往くのである。
繡衣人 長安の朝廷で刺繍のある着飾った宮廷人


草裹烏紗巾。 倒披紫綺裘。 』
烏紗巾をおふざけで阿弥陀にかぶり、紫椅裳を裏返しに着てみたのだ。
烏紗巾 黒の紗の頭巾。○紫綺裳 紫のあや絹の上着。この服は後に掲載の「金陵の江上にて、蓬池隠者に遇う」詩を見ると、隠者と飲み、「わが紫扮装を解き、且く金陵の酒に換う」といって、酒に換えてしまうのである。


兩岸拍手笑。 疑是王子猷

両岸にいた人たちは手をたたいて笑いっている、これは風流のひとであった王子猷の再来かと驚いている。
王子猷 王子猷 王徽之[おうきし](?~388年)王徽之は書聖晋の王羲之の第五番目の子供で、彼もまた行・草書を善くしました。『世説新語』「任誕」に
「王子猷嘗暫寄人空宅住、便令種竹。或問、暫住何煩爾。
王嘯詠良久、直指竹曰、何可一日無此君」
(王子猷はかつて他人の空家にしばらく仮住まいをしていたが、すぐに竹を植えさせた。ある人が尋ねた。「少しの間しか住まないのに、どうしてわざわざそんなことをするのですか。」王はやや久しく嘯詠[うそぶ]いてから、竹をまっすぐ指して言った。「どうして一日でも此の君が無くてよかろうか」と。)  たとえ仮住まいであっても、風流な生活を忘れない王徽之は文人の典型と言うべきひとであった。 王徽之にはまた、「人琴倶亡(人と琴ともにほろぶ)」という言葉を残している。これは琴の名手であった弟の王献之(344~386年、字は子敬)の死に際して発した言葉で、『世説新語』(「傷逝篇第十七」)。にみえる。


酒客十數公。 崩騰醉中流。』
舟の中では十数人がぐでんぐでんに酔っぱらってくずれている。
○崩騰 ぐでんぐでんに酔っぱらっているさま

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