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漢詩李白 233 留別金陵諸公  Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 223-#1


留別金陵諸公  #1
海水昔飛動。 三龍紛戰爭。
鐘山危波瀾。 傾側駭奔鯨。
黃旗一掃蕩。 割壤開吳京。
六代更霸王。 遺跡見都城。
至今秦淮間。 禮樂秀群英。
-#2
地扇鄒魯學。 詩騰顏謝名。
五月金陵西。 祖余白下亭。
欲尋廬峰頂。 先繞漢水行。
香爐紫煙滅。 瀑布落太清。
若攀星辰去。 揮手緬含情。
( 跡一作都 ) ( 都一作空 )

#1
海水 昔 飛動し、三龍 紛として戦争す。
鐘山 波瀾に危うく、傾側して奔鯨を駭(おどろ)かす。
黄旗一たび掃蕩し、割り尽くして呉京を開けり。 
六代 更に霸王、遺跡 都城を見る。
今に至る秦淮の間、禮樂 群英 秀し。
#2
地扇 魯學を鄒。 詩騰 顏謝の名。
五月 金陵の西。 祖余 白下亭。
盧峰の頂を尋ね、先に漢水を繞(めぐ)り行かんと欲す。
香炉の紫煙滅し、瀑布落ちること太(はなは)だ清ならん。
もし星辰を攀じり去らんも、手を揮うに緬として情を含まん。


-#1
海水昔飛動、三龍紛戦争。
むかし、金陵のあたりまで海水が飛びあがるように遡ってきたことがあった。三匹の龍が激しく争い戦ったのだ。
鐘山危波瀾、傾側駭奔鯨。
金陵山は「王気がある」ことからみだされ渦に呑みこまれそうになった、傾き崩れ自在な巨鯨のような始皇帝によって驚かされたのだ。
黄旗一掃蕩、割尽開呉京。
黄色い旗を建てて帝王が現われ、混乱を収拾したのだ、壊され傾いた部分を打ち壊して、呉の都、金陵を開いたのだ。
六代更霸王、遺跡見都城。
六朝といわれるように国々が交代し王がつづいた、その後遺跡となって帝都では無くなったが東南の都の城郭をみている。
至今秦淮間、禮樂秀群英。
今にいたるも金陵の秦淮河のほとりは華やかだ、礼儀と音楽、礼記と楽記の文人の秀でたものがあつまり英知の中心の地なのだ。

海水 昔 飛動し、三龍 紛として戦争す。
鐘山 波瀾に危うく、傾側して奔鯨を駭(おどろ)かす。
黄旗一たび掃蕩し、割り尽くして呉京を開けり。 
六代 更に霸王、遺跡 都城を見る。
今に至る秦淮の間(ほとり)、禮樂 秀(すぐれ) 群る英。


留別金陵諸公 現代語訳と訳註
(本文)

海水昔飛動。 三龍紛戰爭。
鐘山危波瀾。 傾側駭奔鯨。
黃旗一掃蕩。 割壤開吳京。
六代更霸王。 遺跡見都城。
至今秦淮間。 禮樂秀群英。

(下し文)
海水 昔 飛動し、三龍 紛として戦争す。
鐘山 波瀾に危うく、傾側して奔鯨を駭(おどろ)かす。
黄旗一たび掃蕩し、割り尽くして呉京を開けり。 
六代 更に霸王、遺跡 都城を見る。
今に至る秦淮の間(ほとり)、禮樂 秀群の英(はな)。

(現代語訳)
むかし、金陵のあたりまで海水が飛びあがるように遡ってきたことがあった。三匹の龍が激しく争い戦ったのだ。
金陵山は「王気がある」ことからみだされ渦に呑みこまれそうになった、傾き崩れ自在な巨鯨のような始皇帝によって驚かされたのだ。
黄色い旗を建てて帝王が現われ、混乱を収拾したのだ、壊され傾いた部分を打ち壊して、呉の都、金陵を開いたのだ。
六朝といわれるように国々が交代し王がつづいた、その後遺跡となって帝都では無くなったが東南の都の城郭をみている。
今にいたるも金陵の秦淮河のほとりは華やかだ、礼儀と音楽、礼記と楽記の文人の秀でたものがあつまり英知の中心の地なのだ。


(訳注)
海水昔飛動、三龍紛戦争。
むかし、金陵のあたりまで海水が飛びあがるように遡ってきたことがあった。三匹の龍が激しく争い戦ったのだ。
この二句の根拠戦国時代に呉と楚と秦の三国がここ金陵の地で戦いがあったことを示している。
 
鐘山危波瀾、傾側駭奔鯨。
金陵山は「王気がある」ことからみだされ渦に呑みこまれそうになった、傾き崩れ自在な巨鯨のような始皇帝によって驚かされたのだ。
この二句の根拠 春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚は金陵邑を設置。その後秦朝による統一事業が達成され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵県と改称している。このことを示している。○鐘山 金陵の東の郊外にある紫金山(鍾山)を金陵山と呼ぶところから生まれた。-現在の南京市の雅名。李白は特にこの名を愛用している。金陵 現在の南京市。六朝の古都。南朝の各朝の首都。金陵、建業、建、建康、南京。戦国時代の楚の威王が金を埋めて王気を鎮めたことによる。○奔鯨 秦の始皇帝を指す。


黄旗一掃蕩、割尽開呉京。
黄色い旗を建てて帝王が現われ、混乱を収拾したのだ、壊され傾いた部分を打ち壊して、呉の都、金陵を開いたのだ。
黄旗 孫権による呉の建国。○呉京 呉の都、建業(金陵)とした。


六代更霸王、 遺跡見都城。
六朝といわれるように国々が交代し王がつづいた、その後遺跡となって帝都では無くなったが東南の都の城郭をみている。
かつては呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、王朝の都であった。


至今秦淮間、 禮樂秀群英。
今にいたるも金陵の秦淮河のほとりは華やかだ、礼儀と音楽、礼記と楽記の文人の秀でたものがあつまり英知の中心の地なのだ。
禮樂礼儀と音楽、礼記と楽記、周から漢にかけて儒学者がまとめた礼に関する書物を、戴聖が編纂したものである。全49篇。これは唐代以降、五経の1つとして尊重された。楽記‐一説に前漢の武帝のときに河間献王が編纂させたといわれている。その他、公孫尼子、荀子などの説もある。○長江と秦淮河の辺には歓楽街があった。



○押韻 動、争。鯨。京。城。英。