金陵酒肆留別 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 225



「漢水の下流、長江をさかのぼり、廬山の頂きに登りたいと思う。香炉峰の紫煙は消えて、瀑布は大空より落下しているであろう。その廬山の高いところに登り、そのまま星によじ登って、大空のかなたに行くとすれば、この俗世界ともお別れであり、諸君とも別れだ。手を振ってかなたの世界より気持ちをこめて別れの挨拶しょう」。廬山に登って隠棲しょうという気持ちを表わしている。これが俗世に希望を失った李白のこの時の真情である。また、金陵の酒場では、飲み友だちが集まってきて、俗世との別れという気持ちで、李白の奔放な性格まるだしの大騒ぎの送別の宴が催されている。

金陵酒肆留別

白門柳花滿店香、吳姬壓酒喚客嘗。
金陵城の白門の土手に柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちあふれている、呉の国の美女がしぼり酒をだし、客を呼び、味見をさせている。
金陵子弟來相送、欲行不行各盡觴。
金陵の諸公、子弟たちが 集まって別れの宴を開いてくれ、行こうとするが立ち去りがたく、心ゆくまで杯を重ね合う
請君問取東流水、別意與之誰短長。
諸君尋ねてみたらよいと思う、長江流れは当たり前のように東流する水に、別れるということの意味がどれほどなのか、 どちらが深く長いか、短いのかと。


金陵の酒肆にて留別す

白門の柳花(りゅうか)に  満店 香(かん)ばし、呉姫(ごき)は酒を圧して 客を喚びて嘗()めしむ。

金陵の子弟(してい) 来りて相い送り、行かんと欲して行かず  各々觴(さかずき)を尽くす。

請う君 問取れ  東流(とうりゅう)の水に、別意(べつい)と之(これ)と  誰か長短なるやと。



 天門から北へ流れていた長江が東へ向きを変えると、舟はやがて江寧(こうねい・江蘇省南京市)の渡津(としん)に着く。江寧郡城は六朝の古都建康(けんこう)の跡である。雅名を金陵(きんりょう)といい、李白はほとんどの詩に「金陵」の雅名を用いている。金陵の渡津は古都の南郊を流れる秦淮河(しんわいか)の河口にあり、長干里(ちょうかんり)と横塘(おうとう)の歓楽地があ。そして白門をくぐると、酒旗高楼が林立している。



金陵酒肆留別 現代語訳と訳註
(本文)

風吹柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
請君問取東流水、別意与之誰長短


(下し文) 金陵の酒肆にて留別す
白門の柳花(りゅうか)に  満店 香(かん)ばし、呉姫(ごき)は酒を圧して  客を喚びて嘗(な)めしむ。
金陵の子弟(してい) 来りて相い送り、行かんと欲して行かず  各々觴(さかずき)を尽くす。
請う君  問取れ  東流(とうりゅう)の水に、別意(べつい)と之(これ)と  誰か長短なるやと。


(現代語訳)
金陵城の白門の土手に柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちあふれている、呉の国の美女がしぼり酒をだし、客を呼び、味見をさせている。
金陵の諸公、子弟たちが 集まって別れの宴を開いてくれ、行こうとするが立ち去りがたく、心ゆくまで杯を重ね合う
諸君尋ねてみたらよいと思う、長江流れは当たり前のように東流する水に、別れるということの意味がどれほどなのか、 どちらが深く長いか、短いのかと。


(訳注) 金陵酒肆留別
○金陵  
現在の南京市。金陵城西樓月下吟 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 212参照)。○酒肆  酒を飲ませる店。酒場。○留別 別れの気持を書き留める。旅立つ人が詩を書きのこす場合の用語。人を送る場合の用語「送別」の対語。
          
白門柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
金陵城の白門の土手に柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちあふれている、呉の国の美女がしぼり酒をだし、客を呼び、味見をさせている。
○白門 金陵城の中の歓楽街に入る門。五行思想で西は白色、西側から入るため白門としていた。白門を金陵の色町があまりに有名であり、南京そのものを示す語になっている。一つ。○柳花 「柳絮」(柳のワタ)。初夏のころ種子をつけて飛ぶ柳のワタを花と見てこういう。○呉姫 呉(現在の南京市や蘇州市など)の地方のむすめ。「姫」は女性の美称。呉の国には美女が多いとされていた。○圧酒 新しく醸した酒をモロミごと樽に入れ、強く圧縮して絞り出す。○ 味わわせる。

金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
金陵の諸公、子弟たちが 集まって別れの宴を開いてくれ、行こうとするが立ち去りがたく、心ゆくまで杯を重ね合う
子弟 わかものたち。詩題に諸公とあるので全体的には諸公。○相送 (わたしを)送る。相手がいる場合に使う、相は動作に対象のある場合に用いる副詞。〇 角製のさかずき。

請君問取東流水、別意与之誰長短。
諸君尋ねてみたらよいと思う、長江流れは当たり前のように東流する水に、別れるということの意味がどれほどなのか、 どちらが深く長いか、短いのかと。
問取 取は、助字化され軽く添えた用法。○東流水 金陵のまちに添って東に流れる長江の水。中国では川の流れは東流するものとして当たり前のこととされている。○ どちら。この「誰」は、疑問詞としての広い用法。「だれ」ではない。



 李白は秋から翌年の春にかけて、金陵の街で過ごし、地元の知識人や若い詩人たちと交流した。半年近く滞在した後、756年開元十四年、暮春に舟を出し、さらに東へ進む。詩は金陵を立つ時の別れの詩で、呉の美女がいる酒肆(しゅし)に知友が集まり、送別の宴を催してくれる。

 李白は秋から翌年の春にかけて、金陵の街で過ごし、地元の知識人や若い詩人たちと交流した。半年近く滞在した後、756年開元十四年、暮春に舟を出し、さらに東へ進む。詩は金陵を立つ時の別れの詩で、呉の美女がいる酒肆(しゅし)に知友が集まり、送別の宴を催してくれる。
金陵から江をさかのぼって鷹山に入り、五老峰の下の屏風畳にしばらく隠棲することにした。756年至徳元年五十六歳のときである。安禄山が天下を二分してしまった危機を打開したいとは思うが、叛乱軍に見つかれば生きてはおれない。もはや世を救える人物たりえない、ここは屏風畳に隠れ住むよりしかたがないと李白は考えたのだ。かくて廬山の諸名勝を眺めながら、世俗を超越して無心に廬山の自然に融けこんで、ここで生涯を送ろうと考えるほかなかったようだ。


○詩型 七言古詩
○押韻 香、送、觴。/嘗、短。

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首