自代内贈 #-3 李白 241 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -239―#3

李白が妻に代って詠じた詩である。



自代内贈 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -239-#1
自代内贈 #2 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -239-#2
自代内贈 #3 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -239-#3



自代內贈
寶刀截流水。無有斷絕時。妾意逐君行。纏綿亦如之。」
別來門前草。秋黃春轉碧。掃盡更還生。萋萋滿行跡。
鳴鳳始相得。雄驚雌各飛。」―#1
游云落何山。一往不見歸。估客發大樓。知君在秋浦。梁苑空錦衾。陽台夢行雨。妾家三作相。失勢去西秦。猶有舊歌管。淒清聞四鄰。」―#2
曲度入紫云。啼無眼中人。
曲のリズムは心地よいもので朝もやから立ち上って雲まで上がるのです、だけど、一人に気が付いて涙を浮かべ、眼に留まる人などいないのです。
妾似井底桃。開花向誰笑。
わたしは井戸の底で冷やすために下した桃のようなものなのです 花を開いたとして、誰に向って笑んだらよいのですか。
君如天上月。不肯一回照。
あなたは大空にのぼった月のようなものです、こうして一度照らしていても二度と照らしはしないのです。
窺鏡不自識。別多憔悴深。
鏡をのぞき見ても自分でも見わけがつかない、別れてからこんなに長くなったので憔悴が深くなってしまったものですから。
安得秦吉了。為人道寸心。」―#3

いまさらどうして九官鳥がいるっていうの、でも人につたえるためにわたしの心の中を言ってもらおう。


時。之。/碧。跡。飛。/歸。浦。雨。秦。鄰。/云。人。/笑。照。/深。心。

自ら内に代りて贈る
#-1
宝刀流水を截(た)つとも、断絶の時あるなし。
妾が意 君を逐うて行く、纏綿(てんめん)またかくのごとし。
別れてこのかた門前の草 秋は黄に春はまた碧(みどり)なり。
掃い尽せば更にまた生じ 萋萋(せいせい)として行跡に満つ。
鳴鳳 はじめあい得しが 雄驚いて雌おのおの飛ぶ。

#-2
遊雲いづれの山にか落つ 一たび往いて帰るを見ず。
估客大楼を発し 知る 君が秋浦にあるを。
梁苑むなしく錦衾 陽台 行雨を夢む。
妾が家は三たび相となりしが 勢を失って西秦を去る。
なほ旧歌管あり 凄清 四鄰に聞ゆ。

#-3
曲度(きょくど)  紫雲に入り 啼いて眼中の人なし。
妾は井底の桃のごとく 花を開けども誰に向ってか笑まむ。
君は天上の月のごとく あへて一たびも廻照せず。
鏡を窺ふもみづからも識らず 別多くして憔悴(しょうすい)深し。
いづくんぞ秦吉了(はっかちょう) 人のために寸心を道(い)はしめん。

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自代内贈 #-3 現代語訳と訳註
(本文)

曲度入紫云。啼無眼中人。妾似井底桃。開花向誰笑。
君如天上月。不肯一回照。 窺鏡不自識。別多憔悴深。
安得秦吉了。為人道寸心。」―#3

(下し文) #-3
曲度(きょくど)  紫雲に入り 啼いて眼中の人なし。
妾は井底の桃のごとく 花を開けども誰に向ってか笑まむ。
君は天上の月のごとく あへて一たびも廻照せず。
鏡を窺ふもみづからも識らず 別多くして憔悴(しょうすい)深し。
いづくんぞ秦吉了(はっかちょう) 人のために寸心を道(い)はしめん。

(現代語訳)
曲のリズムは心地よいもので朝もやから立ち上って雲まで上がるのです、だけど、一人に気が付いて涙を浮かべ、眼に留まる人などいないのです。
わたしは井戸の底で冷やすために下した桃のようなものなのです 花を開いたとして、誰に向って笑んだらよいのですか。
あなたは大空にのぼった月のようなものです、こうして一度照らしていても二度と照らしはしないのです。
鏡をのぞき見ても自分でも見わけがつかない、別れてからこんなに長くなったので憔悴が深くなってしまったものですから。
いまさらどうして九官鳥がいるっていうの、でも人につたえるためにわたしの心の中を言ってもらおう。

(訳注)#-3
曲度入紫云。啼無眼中人。

曲のリズムは心地よいもので朝もやから立ち上って雲まで上がるのです、だけど、一人に気が付いて涙を浮かべ、眼に留まる人などいないのです。
曲度 曲のリズム。#2にでた楽人の奏でる曲 ○紫雲 曙を彩る彩雲。前夜の紫煙が上り詰めてできる問うこと。○眼中 目にあたる、とまる。

妾似井底桃。開花向誰笑。
わたしは井戸の底で冷やすために下した桃のようなものなのです 花を開いたとして、誰に向って笑んだらよいのですか。
 妾は女性がかわいらしく自分のことを言う時に使う。めかけではない。○井底桃 戸の底で冷やすために下した桃。井は井戸。


君如天上月。不肯一回照。
あなたは大空にのぼった月のようなものです、こうして一度照らしていても二度と照らしはしないのです。


窺鏡不自識。別多憔悴深。
鏡をのぞき見ても自分でも見わけがつかない、別れてからこんなに長くなったので憔悴が深くなってしまったものですから。
窺鏡 鏡をのぞきこむ。○自識 自分でも見わけがつかない。○別多 別れてからこんなに長くなったこと。 ○憔悴深 こころがふさぎ込み身も痩せ細ったさま。


安得秦吉了。為人道寸心。」
いまさらどうして九官鳥がいるっていうの、でも人のためにわたしの心の中を言ってもらおう。
秦吉了 はっかちょう九官鳥。○寸心 心。



杜甫は、自分の気持ちをストレートに、誠実に詩に歌っている。詩に見る杜甫の妻について、他の詩人の家族に対する考え方。
月夜の背景  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 143

月夜 杜甫   kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 144

月夜 解説   kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145

儒教的見方からは、李白は、誠実さに欠ける、人の口を借りたり、相手が李白のことを「きっとこのように思っているであろう」と間接的に李白の考えをあらわしている。このような表現法に終始している。だから、数多く、娼婦や、妓女、あるいは線上に送り出した妻、行商人の妻というように景色を借りて妻のことを語っているのである。
 この詩のように、妻が特定できるのは少ない。特定できるものから判断して、4人の妻がいたことになっている。
 
この詩は明清の詩人が多く作った閨怨の詩よりも清新である。ところでここで問題になるのは、その梁苑にゐる妻とは誰かといふことである。李白の結婚に関しては魏顥(魏万)以外に拠るものがない。
それによると李白が妻を四度娶っていたことをいっている。①最初は許氏を娶って一男一女を生み(前述)、②次に劉氏を娶って離婚し、③三たび魯の一婦人を娶って一子頗黎(ハリ)を生んだという。杜甫と斉趙で遊んだ直後である。④四度目の結婚を「終ニ於宋ニ娶ル」といっている。そこで開封にいた妻は、この後の二人の中のどれかでなければならないが、この詩でみると新婚の情を湛へているやうな所もあるから、宋に娶った妻のようである。ところでまたこの宋が地を指すのか、姓を指すのかが問題になるが、李白が後に夜郎に流される時、宗璟といふ者に贈った詩があって、その姉が自分に嫁いだ趣をのべているから、宋は宗の誤りで、宗氏の婦人を娶ったと解すべきだろう。そうするとこの詩の「妾家三作相」というのは、則天武后の治世に三度宰相になった宗楚客の家の出ということになり、この婦人の素性は一層はっきりして来る。
この詩に表はれた孤閨にある自分の妻の心情をこれに代って詠ずるといふ詩作の態度が、李白の多くの閏怨の詩の基盤であったといふことである。即ち彼は自己の生活が常に羈旅にあり、そのため妻とは殆どすべて別居の状態にあったが、この別居に関しては彼もたえず責任を感じていた。従って妻の立場になって考へることしかできなかったということだ。
李白らしい表現ということなのだ。古表現を多くの人が指示したことが歴史の結果として理解する。いずれにしても、儒教的な思考の持ち主には理解が難しいということではある。