宣城見杜鵑花 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-244/-350
宣城にて杜鵑の花を見る

754天宝十三年から、宜城に遊んだことは間違いない。宣城は金陵の南西に長江を登ったところにあり、この地は李白の思慕する六朝の斉の謝朓が太守をしていたところである。謝朓の遺跡を訪ねて、謝謝の追憶にふけりながら、ここでも多くの優れた作品を残している。


天宝十四載(755)になり、李白は宣城で二度目の春を迎えた。二十四歳で蜀を出てから(旅立ちの詩「眉山月歌 李白 2」)一度も郷里に帰ることのなかった。宣城の杜鵑(つつじ)の花をみて、故郷の春の盛りを思い出さずにはいられなかった。
 「杜鵑花」はつつじだが、「子規鳥」(ほととぎす)は別名を「杜鵑」(とけん)ともいい、古代の蜀王杜宇の化身とされているのだ。この詩は「不如帰去」(帰り去くに如かず)と望郷の想いで鳴いた声、吐いた血が赤いつつじの花になったという伝説に基づいている。


宣城見杜鵑花  李白
蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。
一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。

 

宣城にて 杜鵑花を見る
蜀國に 曾て聞く  子規(しき)の鳥,宣城に 還また 見る  杜鵑(とけん)の花。
一叫 一廻  腸(はらわた) 一斷,三春 三月 三巴(さんぱ)を 憶おもう。

杜鵑
ホトトギス
鳥  春の鳥 自然大博物館より

植物 
token hana
秋の花 杜鵑花
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つつじは春。

皐月躑躅(さつきつつじ)」を 省略したもの。つつじの一種。 ・「杜鵑花」とも書く。 杜鵑花(ほととぎす)が鳴く頃に咲く花で あることから。 ・江戸時代から人気があって園芸化がすすみ、 現在、1500種ほどもあるらしい。
 

宣城見杜鵑花 現代語訳と訳註
(本文)

蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。
一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。


(下し文)

蜀國に 曾て聞く  子規(しき)の鳥,宣城に 還また 見る  杜鵑(とけん)の花。
一たび叫(な)くこと 一廻  腸(はらわた) 一斷を,三たび春すこと 三月 憶(こころ)の三巴(さんは)。


(現代語訳)

蜀の国にいた頃、かつて子規鳥(ホトトギス)を聞いたことがあったが。今宣城で、杜鵑花(ツツジ)を見た。
一たび鳴けば、一回断腸の思いがして。春の三か月のうち季春の三月に、(故郷の蜀の国の)三巴の地域を思い出してしまう。



(訳注)
宣城見杜鵑花
 現・安徽省南部の宣城で、杜鵑花(ツツジ)を見て故郷のことを思い出した。全対格で構成、また数字を有効に使っている。この詩の主旨は「今、宣城で杜鵑花(ツツジの花)を見て、昔、故郷で聞いた子規鳥(ホトトギス)のことを思い出した」ということである。その聯想のキーワードは【ホトトギス】。⇒「杜鵑花(ツツジの花)」と「子規鳥(ホトトギス)」のことである。「杜鵑」も「子規」もホトトギスのことで、そこから聯想された。・杜鵑花:ツツジの花。なお、「杜鵑」はホトトギスのことでもある。「子規鳥」とはホトトギスのことである。
 
 

蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。
蜀の国にいた頃、かつて子規鳥(ホトトギス)を聞いたことがあったが。今宣城で、杜鵑花(ツツジ)を見た。 
蜀國 現・四川省。また、現・四川省にあった三国時代の王国。蜀漢。ここでは李白の故郷の意として使われている。○曾聞 昔、聞いたことがある。かつて耳にした。 ○子規鳥 ホトトギス。

燕臺詩四首 其二-#1 現代語訳と訳註
(本文)其二-#1
前閣雨簾愁不巻、後堂芳樹陰陰見。
石城景物類黄泉、夜半行郎空柘彈。」
綾扇喚風閶闔天、軽帷翠幕波淵旋。
蜀魂寂寞有伴未、幾夜瘴花開木棉。』
(下し文)
前閣の雨簾 愁(うれい)て巻かず、後堂の芳樹 陰陰として 見 ゆ。
石城の景物 黄泉に類し、夜半の行郎 空しく柘彈(しゃだん)す。
綾扇(りょうせん) 風を喚(よぶ) 閶闔(しょうこう)の天、軽帷(けいい) 翠幕(すいばく) 波 淵旋(えんせん)す。
蜀魂(しょくこん) 寂寞(せきばく)たり 伴有るや未だしや、幾夜か 瘴花(しょうか)を 木棉(もくめん)を開く。』


李商隠1錦瑟 詩注参照。
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。
(下し文)
錦瑟きんしつ端無はし なくも  五十弦ご じうげん,一弦いちげん一柱いっちゅう  華年かねんを思う。
莊生さうせいの曉夢ぎょう む は  蝴蝶こ ちょう に迷い,望帝ぼうていの春心しゅんしん は  杜鵑 と けん に托たくす。
滄海そうかい 月 明あきらかにして  珠たまに涙 有り,藍田らんでん 日ひ 暖かにして  玉は煙を 生ず。
此の情 追憶と成なるを 待つ可べけんや,
只 是れ 當時より  已すでに惘然ぼうぜん。

杜鵑花 (ツツジ)とは、「杜鵑(ホトトギス)の花」(鳴いて血を吐くホトトギスのように赤い花)の意で、そこから故郷の杜鵑(ホトトギス)ことを思い出した、ということ。 


一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。
一たび鳴けば、一回断腸の思いがして。春の三か月のうち季春の三月に、(故郷の蜀の国の)三巴の地域を思い出してしまう。
「一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴」と「一」や「三」のリズミカルな繰り返しで構成された詠いやすい詩句である。 
一叫 一たび鳴く。 ○一廻 一回。 ○腸 〔ちゃう〕はらわた。性に関する思い、もどかしさ。 ○腸斷 断腸の思いになる。妻との性交の思いを言う。断腸と春が繋がっている。 ○三春 春の三か月。陰暦の孟春(正月)、仲春(二月)、季春(三月)。三度の春。三年。 ○三月 〔さんぐゎつ〕陰暦・三月は季春で、春の最後の月。また、三ヶ月。 ○ 〔おく〕思い出す。忘れない。 ○三巴 現・四川省の東半分の郡名。後漢に置かれた巴・巴東・巴西の三郡の地域。ここでは、前出・「蜀國」とほぼ同意で、作者・李白の故郷の意として使われている。「巴」は四川省東部一帯を指す古名。巴の國に属する山といえは巫山があり、楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させる。李商隠 6 「重過聖女詞」(重ねて聖女詞を過ぎる)詩注参照。





() 國 曾  子規 鳥,



() 城 還  杜鵑 花。





()  一  腸一斷



()  三  憶三巴



こういう「お遊び」をたくさんしている李白の天才たる所以である。



 

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