秋浦歌十七首 其十三 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 -257/350


秋浦歌十七首其十三
淥水淨素月、月明白鷺飛。
郎聽采菱女、一道夜歌歸。

 
       

秋浦の歌 十七首 其の十三

(ろくすい) 素月(そげつ)(きよ)らかに、

月明らかにして白鷺(はくろ)飛ぶ。

(ろう)は聴く  菱(ひし)を採()る女、

一道(いちどう)  夜に歌いて帰る。


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秋浦歌十七首其十三 現代語訳と訳註
(本文) 其十三

淥水淨素月。 月明白鷺飛。
郎聽采菱女。 一道夜歌歸。


(下し文) 其の十三
淥水(ろくすい)  素月(そげつ)浄(きよ)らかに、月明らかにして白鷺(はくろ)飛ぶ。
郎(ろう)は聴く  菱(ひし)を採(と)る女、一道(いちどう)  夜に歌いて帰る。


(現代語訳)
この平天湖すみきった水面に白く輝く月の影を映してさらに清らかにしてくれる。月明かりは真昼のように照らすので白鷺は飛んでいる。
こんな美しい光景の中に叛乱軍の慰安婦が大勢いるのだ、明るいから少しは恥ずかしさはないのか、なんの臆面もなく一本道で道すがら、一緒に唄いながら歩いている。(しかし白鷺は永王軍をしめし、藩鎭諸侯も永王軍にすり寄る。)


(訳注)
淥水淨素月、月明白鷺飛。

この平天湖すみきった水面に白く輝く月の影を映してさらに清らかにしてくれる。月明かりは真昼のように照らすので白鷺は飛んでいる。
淥水 すみきった水。平天湖をしめす。其十二参照。○素月 しろい月。

淥水=白 素=白 月=白 、月=白 明=白 白鷺=白 ここで一句に3つの白、聯で6つの白を挿入している。まず起句から、淥水は透明な水昼は緑に見え、夜は黒で、月明かりで白ある。素月は霜月で澄み切ったもの、汚れていないものをいう、それをさらに清らかにする。そういう景色とはどんな景色なのか?承句の白鷺は常識的にはつがいもしくは複数でいるもの。そうであればたくさんの白があることになる。しかし、白鷺が夜飛ぶのか?飛ばない。これも不思議な光景である。


郎聽采菱女。 一道夜歌歸。
こんな美しい光景の中に叛乱軍の慰安婦が大勢いるのだ、明るいから少しは恥ずかしさはないのか、なんの臆面もなく一本道で道すがら、一緒に唄いながら歩いている。(しかし白鷺は永王軍で藩鎭諸侯も永王軍にすり寄る。)
 男。ここでは叛乱軍の兵士。○採菱 菱の実(食用)をつみとる。慰安婦を示す。〇一道 ひとすじの遺。あるいは「みちすがら」という意味? 

 転句において男女が出る、この時代の菱摘みは食料用のはず、そして、沼地である。水に浮いて育ち、水面一面に葉が敷き詰められたような景色である。李白の『蘇台覧古』『越女詞』『淥水曲』などと違っている。結句では道すがら詠って帰るのである。

絶句として、起承転結、李白は、まず、景色の面白さをうたい、清らかなものがさらに清らかであう一転、採菱女と男が道で詠いながら帰っていく景色のギャップを詠ったのだ、夜飛ぶはずのない白鷺が飛び、月が明るいと男女は何もできないはずが堂々と歩くという、この詩は李白の詩の面白さだけなのだろうか、次々と疑問が湧き出てくるのである。ここまで疑問を持っているのは文献を探してもなかなか見つからない。

 秋浦の歌十七首全体不思議なものが多いのであるが、作時を756年秋に設定すると詩における不可解な点はすべて謎は解けた。

 ここでも、李白は安禄山に協力する潘鎮の兵士からマークされていたのだろう。したがって、異民族の文か。漢民族ではしないこと、中国人の奥ゆかしさがなく、平気でやれる民族性を秋浦のうつくしい自然の中に不思議な出来事があると詩の中に織り込んだと考える。


李白『蘇台覧古』では菱歌と月の表現が見える
旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。


李白が中国四大美人の一人と呼ばれる西施をうたっているが俗説では絶世の美女である彼女にも一点欠点があったともいわれており、それは大根足であったとされ、常にすその長い衣が欠かせなかったといわれている。逆に四大美女としての画題となると、彼女が川で足を出して洗濯をする姿に見とれて魚達は泳ぐのを忘れてしまったという俗説から「沈魚美人」と称された。それを踏まえて、越女詞の天真爛漫な純真な美しさをうたった。

越女詞其一 李白
長干吳兒女,眉目豔新月。
屐上足如霜,不着鴉頭襪。
長干の呉の娘は、眉目麗しく星や月にも勝る
木靴の足は霜の如く、真白き素足の美しさ

越女詞 五首 其四
東陽素足女,會稽素舸郎。
相看月未墮,白地斷肝腸。
東陽生まれの素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。
月が沈まないので、わけもなくせつない思いにくれている。
○東陽 いまの浙江省東陽県。会稽山脈の南方にある。○素足女 この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであった。○会稽 いまの浙江省紹興。会稽山脈の北端にある。○素舸 白木の舟。○郎 若い男。〇白地 口語の「平白地」の略。わけもなく、いわれなく。○肝腸 きもとはらわた


淥水曲          
淥水明秋日、南湖採白蘋。
荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。
(下し文) 
淥水曲(りょくすいきょく)
淥水秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖  白蘋(はくひん)を採る
荷花(かか)  嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人
淥水は、澄んだ川や湖。詩の趣旨は「採蓮曲」と同じ。「白蘋」は水草の名。四葉菜、田字草ともいう。根は水底から生え、葉は水面に浮き、五月ごろ白い花が咲く。白蘋摘みがはじまるころには、蓮の花も咲いている。「南湖」という湖は江南のどこかにあるもので特定はげきないようだ。「愁殺」の殺はこれ以上なというような助詞として用いられている。前の句に「荷花:蓮の花があでやかで艶めかしく物言いたげ」な思いに対して、「船を動かす娘たちのこれ以上耐えられない思い」を対比させている。


 以上みたように、男女を詠いつつもどこかに、気恥ずかしさ、奥ゆかしさを感じさせるものである。
 しかし秋浦の歌十三の男女には、秋浦の美しい自然の景色の中で何の臆面もなくそれに及ぶような雰囲気はどこかに違和感を生じるものであり、異民族の風習ということにはなりはしないか。


其十三
淥水淨素月。 月明白鷺飛。
郎聽采菱女。 一道夜歌歸。
すみきった水にきよらかに、しろい月が浮ぶ。月明りのなかを、白さぎが飛ぶ。
男はじっと聞いている。菱採り女の歌声に聴きほれて
夜道をいっしょに  歌って帰る