登邯鄲洪波台置酒観発兵 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 263/350
(邯鄲の洪波台に登り置酒して兵を発するを観る)

李白の行動を752年春まで戻る。場所は、広平・邯鄲に遊んでいる。李林甫は病気がちになり、権力移譲が安禄山、楊国忠、哥舒翰の方向へ、始まっていたのだ。安禄山のもとには、当時の王朝に不満をもつ者が集結し始め始めたのだ。李白もある程度の期待をもって安禄山に接近したということであろう。
         

登邯鄲洪波台置酒觀發兵

我把兩赤羽。 來游燕趙間。
各地から、ここに集まっているが、私は、赤羽根矢など武具を携えてここに来た。安禄山の治める燕趙の地方に旅して来て、いろんなことを経験している。
天狼正可射。 感激無時閑。
南で、楊国忠の軍が大敗したが、天下の敵は北方の異民族であり、まさにいま、この異民族を討つべきときなのだ。この地に来て、わたしの胸は高鳴り、敵に向かう気持ちは最高潮に達していて、 心は片時もやすまらないのだ。
觀兵洪波台。 倚劍望玉關。
天下は不安定な時期であり、洪波の司令部から出陣していく徴兵された兵隊の行進を見ている、剣や弓矢でもって西域の戦いに向けて玉門関に向かうのであろう。
請纓不系越。 且向燕然山。
漢の終軍(しゅうぐん)は何度も北方民族への使者となる詩、纓(冠を着けるための永い紐)を請うて南越王を縛り上げてくると言って出掛けたが、越を従えることはできなかった。いまは北のかた敵の本陣である燕然山に向かうときである。
風引龍虎旗。 歌鐘昔追攀。
風は天子から将軍を任じられたこと示す龍虎の旗をなびかせ行進する。鳴る鐘の音(ね)に、昔のこと、天子から下命を受けたことなどを次々に想い出す。
擊筑落高月。 投壺破愁顏。
筑を鳴らしてうたうときは月が昇り月の沈むときまで酒を酌み交わすものだ。投壺の勝負を競うときは昔の愁いも何もかも打ち破ってどよめきおお笑いをするものだ。
遙知百戰勝。 定掃鬼方還。

西域で高仙之が敗れ、安禄山は、南詔を討って大敗し、大食国を討って大敗したが、これからはわが軍はきっと百戦連勝してくれるはずである、そして、異民族の軍を打ち破って、平らげて凱旋してくれるであろう。


(邯鄲の洪波台に登り置酒して兵を発するを観る)

我 両(ふたつ)の赤羽(せきう)を把(と)り、燕趙(えんちょう)の間(かん)に来遊す。
天狼(てんろう)  正(まさ)に射る可く、感激 時に閑(かん)なる無し。
兵を洪波台(こうはだい)に観(み)んとし、剣を倚(あわ)せて玉関(ぎょくかん)に望む
纓(えい)を請(こ)うて越(えつ)を繋(つな)がず、且(しばら)く燕然山(えんぜんざん)に向かう。
風は龍虎の旗を引き、歌鐘(かしょう)は昔を追攀(ついはん)す。
撃筑(げきちく) 高くある月 )落としむ、投壺(とうこ) 愁顔(しゅうがん)を破る。
遥かに知る  百戦を勝つを、鬼方(きほう)を定掃(ていそう)して還(かえ)らんとす。

邯冉唐宋時代の地図00邯鄲かんたん

登邯鄲洪波台置酒觀發兵 現代語訳と訳註
(本文)

我把兩赤羽。 來游燕趙間。
天狼正可射。 感激無時閑。
觀兵洪波台。 倚劍望玉關。
請纓不系越。 且向燕然山。
風引龍虎旗。 歌鐘昔追攀。
擊筑落高月。 投壺破愁顏。
遙知百戰勝。 定掃鬼方還。

(下し文)
我 両(ふたつ)の赤羽(せきう)を把(と)り、燕趙(えんちょう)の間(かん)に来遊す。
天狼(てんろう)  正(まさ)に射る可く、感激 時に閑(かん)なる無し。
兵を洪波台(こうはだい)に観(み)んとし、剣を倚(あわ)せて玉関(ぎょくかん)に望む
纓(えい)を請(こ)うて越(えつ)を繋(つな)がず、且(しばら)く燕然山(えんぜんざん)に向かう。
風は龍虎の旗を引き、歌鐘(かしょう)は昔を追攀(ついはん)す。
撃筑(げきちく) 高くある月 )落としむ、投壺(とうこ) 愁顔(しゅうがん)を破る。
遥かに知る  百戦を勝つを、鬼方(きほう)を定掃(ていそう)して還(かえ)らんとす。

(現代語訳)
各地から、ここに集まっているが、私は、赤羽根矢など武具を携えてここに来た。安禄山の治める燕趙の地方に旅して来て、いろんなことを経験している。
南で、楊国忠の軍が大敗したが、天下の敵は北方の異民族であり、まさにいま、この異民族を討つべきときなのだ。この地に来て、わたしの胸は高鳴り、敵に向かう気持ちは最高潮に達していて、 心は片時もやすまらないのだ。
天下は不安定な時期であり、洪波の司令部から出陣していく徴兵された兵隊の行進を見ている、剣や弓矢でもって西域の戦いに向けて玉門関に向かうのであろう。
漢の終軍(しゅうぐん)は何度も北方民族への使者となる詩、纓(冠を着けるための永い紐)を請うて南越王を縛り上げてくると言って出掛けたが、越を従えることはできなかった。いまは北のかた敵の本陣である燕然山に向かうときである。
風は天子から将軍を任じられたこと示す龍虎の旗をなびかせ行進する。鳴る鐘の音(ね)に、昔のこと、天子から下命を受けたことなどを次々に想い出す。
筑を鳴らしてうたうときは月が昇り月の沈むときまで酒を酌み交わすものだ。投壺の勝負を競うときは昔の愁いも何もかも打ち破ってどよめきおお笑いをするものだ。
西域で高仙之が敗れ、安禄山は、南詔を討って大敗し、大食国を討って大敗したが、これからはわが軍はきっと百戦連勝してくれるはずである、そして、異民族の軍を打ち破って、平らげて凱旋してくれるであろう。


(訳注)
我把兩赤羽。 來游燕趙間。

各地から、ここに集まっているが、私は、赤羽根矢など武具を携えてここに来た。安禄山の治める燕趙の地方に旅して来て、いろんなことを経験している。
兩赤羽 二本の赤羽根の矢。戦いに参加できる武器を携えていたことを言う。安禄山軍に参加するつもりであった。 ○來游 着ていて経験しているさま。現在進行形。○燕趙 春秋十二列国で北京から遼東半島にかけを示す国で、北京を都とした。趙(ちょう)は、戦国時代に存在した国(紀元前403年 - 紀元前228年)で、戦国七雄の一つに数えられる。国姓は趙。首府は邯鄲。


天狼正可射。 感激無時閑。
南で、楊国忠の軍が大敗したが、天下の敵は北方の異民族であり、まさにいま、この異民族を討つべきときなのだ。この地に来て、わたしの胸は高鳴り、敵に向かう気持ちは最高潮に達していて、 心は片時もやすまらないのだ。
天狼 朝廷内は、大きくいえば、三分されていた。李林甫が病死して以後、安禄山と楊国忠が雌雄を決して対峙していて、どっちつかず、時代に流されるグループであった。戦いも、王朝内部で一触即発を抱えながら、北方へは安禄山、南方へ楊国忠、第三グループが西域を担当していたが。北方の安禄山に一番の生き王があったのだ。ここでは以上のことを踏まえて、天敵の胡、異民族ということを表現している。


觀兵洪波台。 倚劍望玉關。
天下は不安定な時期であり、洪波の司令部から出陣していく徴兵された兵隊の行進を見ている、剣や弓矢でもって西域の戦いに向けて玉門関に向かうのであろう。
洪波台 邯鄲の東平郡成安城にあった軍司令部で、その地域の行政も兼ねて行うところ。徴兵されたものが集結して、ここから北方辺境守備、玉門関に向かうこともあったのだろう。この時西域の局地戦が激しくなっていた。ただ、李白は洪波(おおなみ)。洪濤(こうとう)。をよく使っている。同時期の 『西嶽雲臺歌送丹邱子』「巨靈咆哮擘兩山、洪波噴箭射東海。」 (黄河の神は雄叫びをあげて両山を引き裂く、荒れ狂う波は飛沫を挙げながら東海へ。』) 『梁園吟』「洪波浩盪迷舊國,路遠西歸安可得。」(ふり返って、阮籍どのの「蓬池の詠懐詩」を憶いおこし、それに因んで「清らかな池に大波が立つ」と吟詠する。)と時代の不安定を詠う場合に使っている。
 2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

李白42 梁園吟



請纓不系越。 且向燕然山。
漢の終軍(しゅうぐん)は何度も北方民族への使者となる詩、纓(冠を着けるための永い紐)を請うて南越王を縛り上げてくると言って出掛けたが、越を従えることはできなかった。いまは北のかた敵の本陣である燕然山に向かうときである。
請纓不系越 漢の終軍は匈奴に使者を出すという話を聞くと、自ら使者となることを願い出た。武帝は彼を諫大夫とした。その後、南越が漢と和親を結ぶと、武帝は終軍を南越に遣わし、王に長安への入朝を勧めさせようとした。終軍は「長い紐をいただければ南越王をつないで連れてきましょう」と言った。終軍は南越王を説得し、王は国を挙げて漢に従うこととしたが、南越の宰相である呂嘉は降伏を欲せず、挙兵して王や漢の使者を殺し、終軍も死んだ(元鼎5年(紀元前112年))。
燕然山 漢の武帝の時代、李広利弐師将軍が戦は勝利していたが、孤立した。その時、味方を信じ切れず、燕然山まで退却し大敗をした。「燕然山之恥」といわれ、以来その場所が異民族の本拠地、象徴的な場所として使われる。


風引龍虎旗。 歌鐘昔追攀。
風は天子から将軍を任じられたこと示す龍虎の旗をなびかせ行進する。鳴る鐘の音(ね)に、昔のこと、天子から下命を受けたことなどを次々に想い出す。
龍虎旗 天子から将軍を任じられたこと示す旗。竜虎将軍の旗。○追攀 ついはん 追は招く、攀はあがる、で朝廷に召されたこと言うのであるが、前句で下命を受けた旗であるから、李白自身の天子からの命を受けたことを示すものである。


擊筑落高月。 投壺破愁顏。
筑を鳴らしてうたうときは月が昇り月の沈むときまで酒を酌み交わすものだ。投壺の勝負を競うときは昔の愁いも何もかも打ち破ってどよめきおお笑いをするものだ。
撃筑 ・ 楽器の一種。形は琴に似ていて、左手で首をおさえ、右手で竹を持ち、たたいて鳴らす。李白『醉後贈從甥高鎮』「欲邀擊筑悲歌飲、正值傾家無酒錢。」 故事に云う「筑を撃ちならし悲歌慷慨する」悲壮歌を歌う時は仲間をむかえて酒を飲みたいものだが、ちょうどいま、家計は傾き、酒を買う銭も無いのが正直なところだ。・撃筑悲歌 筑は、中国古代の楽器。形は琴に似ていて、竹尺で綾を撃ち鳴らす。戦国時代の燕の国の侠客、荊軻は、酒がすきで、かれの友だちである犬殺しや高漸離という筑の名手と、毎日、燕の市中で酒を飲んだ。酔いがまわると、高漸離が筑を撃ち、荊封がそれにあわせて悲壮な歌をうたった。いっしょに慷慨して泣き、傍に人がいないかのようにふるまった。話は、「史記」刺客列伝に見える。

醉後贈從甥高鎮  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350-206


投壺(とうこ). 太鼓の胴の形をした壺(つぼ)へ矢を投げ入れ、勝負を争う遊び。 つぼうちとも呼ばれる。投扇興のルーツと言われる二人対戦の遊び。 中国周の時代には既にあり、 四書五経の一つ「礼記(らいき)」には、紀元前500年頃に遊ばれたことが記載されている。


遙知百戰勝。 定掃鬼方還。
西域で高仙之が敗れ、安禄山は、南詔を討って大敗し、大食国を討って大敗したが、これからはわが軍はきっと百戦連勝してくれるはずである、そして、異民族の軍を打ち破って、平らげて凱旋してくれるであろう。
遙知 この時、外敵とやる気なしのようにどこもかしこも大敗している。国内の権力闘争に勢力が向けられていて、外敵に兵を向けられていなかったのである。国内の政治をしっかりして、王朝の国力を向上させるというものはいなくなって、奸臣が朝廷に蔓延していた。李白の正義感、任侠の気持ちが安禄山とどくということは全くなかった。


blogram投票ボタン

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ


700Toho shi


kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首


800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首



burogutitl770

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/