金郷迭韋八之西京 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -268

頌春00

金郷送韋八之西京
山東省滋陽県兗州金郷で長安に旅立つ韋八君を送る歌。
客自長安来、還辟長安去。
旅人の君は、長安から来たのだが、また旅人となって、あの大変な長安へ帰ってゆくのである。
狂風吹我心、西桂成陽樹。
長安に向かってくる風は狂おしいものでわたしの心を吹きとばし、西の方へはこんで長安の都をずっと見てきた木の枝にひっかけてしまうだろう。
此情不可道、此別何時遇。
思うことが多くて、この気持は言うことができないくらいなのだ、だから、大変なところへ行く君と別れるということになるがいつ又逢えることになるのだろうか。
望望不見君、連山起煙霧。

不安で、不安で仕方がない、眺めてみても、どんなに眺めたとしても君の姿は見えないのだ、あれだけ聳え、連なる山山に、靄がたちこめているのだ。


金郷にて韋八の西京に之くを送る
客は長安より来り、還た長安に帰り去る。
狂風 我が心を吹いて、酉のかた咸陽の樹に桂く。
此の情 道う可からず、此の別れ 何れの時か遇わん。
望み望めども 君を見ず、連山 煙霧を起す。


金郷送韋八之西京 現代語訳と訳註
(本文)
金郷迭韋八之西京
客自長安来、還辟長安去。
狂風吹我心、西桂成陽樹。
此情不可道、此別何時遇。
望望不見君、連山起煙霧。


(下し文) 金郷にて韋八の西京に之くを送る
客は長安より来り、還た長安に帰り去る。
狂風 我が心を吹いて、酉のかた咸陽の樹に桂く。
此の情 道う可からず、此の別れ 何れの時か遇わん。
望み望めども 君を見ず、連山 煙霧を起す。

(現代語訳)
山東省滋陽県兗州金郷で長安に旅立つ韋八君を送る歌。
旅人の君は、長安から来たのだが、また旅人となって、あの大変な長安へ帰ってゆくのである。
長安に向かってくる風は狂おしいものでわたしの心を吹きとばし、西の方へはこんで長安の都をずっと見てきた木の枝にひっかけてしまうだろう。
思うことが多くて、この気持は言うことができないくらいなのだ、だから、大変なところへ行く君と別れるということになるがいつ又逢えることになるのだろうか。
不安で、不安で仕方がない、眺めてみても、どんなに眺めたとしても君の姿は見えないのだ、あれだけ聳え、連なる山山に、靄がたちこめているのだ。


(訳注)
金郷迭韋八之西京

山東省滋陽県兗州金郷で長安に旅立つ韋八君を送る歌。
金郷 いまの山東省滋陽県(兗州)の近くにあった町の名。○韋八 この人のことはわからない。八は八郎。○西京 西の都、長安(いまの陝西省西安)のこと。東の都、洛陽に対する呼び方。特に、兩都が叛乱軍によって占拠されており、西の鳳翔から、長安にそして洛陽を奪回したことから、特に安史の乱の時期には西京というような表現が多く使われた。運河を使い、黄河を登るルートは叛乱軍の中を通るため、持物が強奪されるだけでなく、命も危ぶまれた。したがって長江の支流漢江を最上流に上り、山越えをするルートでいったのだ。


客自長安来、還辟長安去
旅人の君は、長安から来たのだが、また旅人となって、あの大変な長安へ帰ってゆくのである。
 旅人。韋八をさす。○長安来 反乱軍のことをうまく表現したもので、“行きはよいよい、帰りは恐い” を表現している。


風吹我心、西桂咸陽樹
長安に向かってくる風は狂おしいものでわたしの心を吹きとばし、西の方へはこんで長安の都をずっと見てきた木の枝にひっかけてしまうだろう。
狂風 李白の朝廷を追われたことを思い出して、朝廷内の冷ややかな目を強風というのか、安禄山の叛乱軍が、強奪、略奪をほしいままに行い、旧朝廷の人間たちは震え上がっていたことを示すもので、どちらも李白にとっていやなものでしかないのである。○咸陽 長安の渭水をへだてた対岸にあり、秦の時代の首都であるが、ここでは首都という意味で長安そのものをさす。詩人は、古い時代の地名を好んで使う。李白は秦樹という表現で長安の街を秦の昔からずっと見てきた樹という意味で使っている。


此情不可道、此別何時遇
思うことが多くて、この気持は言うことができないくらいなのだ、だから、大変なところへ行く君と別れるということになるがいつ又逢えることになるのだろうか。
此情 李白は長安の思いが言い表せないほどこみあげてくるものがあるのだ。それを強調するため次の句がある。○此別 ただでさえ大変なところへ帰るのに、今は、叛乱軍により、どうなることやら心配で仕方がないのだ。


望望不見君、連山起煙霧
不安で、不安で仕方がない、眺めてみても、どんなに眺めたとしても君の姿は見えないのだ、あれだけ聳え、連なる山山に、靄がたちこめているのだ。
望望不見君 望むというのは、景色であり、希望であり、はっきりしているものに使われる語デアるが、ここでは、まったく正反対の不安な状況を歌うものである。○連山起煙霧 連山も連なってはっきりしたものであるはずのものであるが、それが煙霧にかかっている。この時代、山東省は安禄山の拠点であり、黄河流域はまともな状態ではなかったのであろう。



(解説)
○詩型 五言律詩

○押韻 去、樹、遇、霧。


 都長安へ戻っていく旅人を送った詩。「狂風」は,詩人の心を掻きむしるような物狂おしい風である。金郷から遥か遠くの咸陽まで吹き通す強風であると同時に,「狂」字は,詩人の心の強い昂揚を表す。都に対する恋情・懐念が触発され,居ても立ってもいられない思いで心乱れる詩人の姿そのものとして描かれている。
 横江の白波が逆巻いて渡れない。狂ったように吹き荒れる強風が船頭たちを悩ませる。李白が自らの険難な前途を寓した詩として読めば,ここでもまた「狂風」は単なる自然現象としての烈風ではなく,詩人を取り巻く状況の困難,あるいは安禄山の乱が勃発した当時の政治的風波を象徴するものである。

横江西望阻西秦、漢水東連揚子津。
白浪如山那可渡、狂風愁殺峭帆人。
横江 西に望めば西秦と阻たり、
漢水 東に連なる揚子の津。
白浪 山の如し 那ぞ渡るべけんや、
狂風 愁殺す 峭帆の人 
(李白「横江詞六首」其三)



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