憶東山二首其二 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -270

李白、会稽、紹興滞在中の作である。内容から、永王鄰の軍への参加より前の作である。朝廷に召される前に訪れたところ。謝安をまねて遊んだ。朝廷に上がる以上は隠遁以外で再び訪れることとは思っていなかった場所なのだ。
宮島(5)

其二
我今攜謝妓。 長嘯絕人群。
欲報東山客。 開關掃白云。

我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群を絕つ。
東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。


憶東山二首其二 現代語訳と訳註
(本文) 其二
我今攜謝妓。 長嘯絕人群。
欲報東山客。 開關掃白云。


(下し文)
我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群を絕つ。
東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。

(現代語訳)
私は今謝安が東山で芸妓ととも過ごしていたころと同じだ、気合を入れて、時が来れば、長い歌を吟じて奸臣の輩を絶滅させるのだ。
謝安のように東山の客としていた以上は同じように時期が来れば立ち上がって、国を救おうと思っている。長安の状態を打開して叛乱軍を平定して偽の皇帝と名乗っているものを払い落としてみせる。


(訳注)
我今攜謝妓。 長嘯絕人群。

私は今謝安が東山で芸妓ととも過ごしていたころと同じだ、気合を入れて、時が来れば、長い歌を吟じて奸臣の輩を絶滅させるのだ。
攜謝妓 晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。時期が来るまで、待っている賢者というものは、一喜一憂しない。敵を油断させる方法にも幾通りもある。ここに言う「芸妓を携えて」というのは、国外のみならず国内にも敵がおり、国を建てなおすにも相手の状況の分析を行い、時機が到来して立ち上がったのであるが、東山に白雲堂、明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、かれが妓女をつれて宴をもよおした所といわれ、妓女と酒を飲んで時期を待っていたことを言う。謝安について李白『送裴十八図南歸嵩山其二』「謝公終一起、相與済蒼生。」とあり、送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164
また、李白『梁園吟』「東山高臥時起來,欲濟蒼生未應晩。」とある。

長嘯 李白が長嘯という語を使うのはそれを機に行動を起こす場合の言葉としている李白42 梁園吟.。
經亂後將避地剡中留贈崔宣城 安史の乱と李白(4) Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 216
李白『經亂後將避地剡中留贈崔宣城」(乱を経たるの後将に地を剡中に避けんとし留めて崔宣城に贈る)では、安禄山の叛乱軍を小馬鹿にして長嘯している。
「雙鵝飛洛陽。五馬渡江徼。
何意上東門。胡雛更長嘯。」
(双鵝 洛陽に飛び、五馬 江徼(コウキョウ)を渡る
なんぞ意(おも)はん上東門、胡雛(コスウ)さらに長嘯せんとは。)
東門 洛陽の門。○胡雛 こすう胡雛 五胡十六国の時代、後趙の帝位に就いた羯の石勒の故事。少年の頃、物売りをしているとその声を聞いた王衍は、「さきの胡雛、吾れその声視の奇志有るを観る。恐らくは将に天下の息をなさん」と言って収監しようとしたがすでに去ったあとだった(『晋書』載記四)。「胡雛」はえびすの幼子。胡人の子供に対する蔑称。ここでは李白から見て蔑称の胡の子供並みであると安禄山のことを示す。
また、李白 『贈王大勧入高鳳石門山幽居』

贈王大勧入高鳳石門山幽居 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 200

「投躯寄天下、長嘯尋豪英。」(躯を投げて天下に寄せ、長嘯して豪英を尋ねんとす。) 天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
李白『游泰山六首其一』

李白 112 游泰山六首 (一作天寶元年四月從故御道上泰山)
「天門一長嘯。萬里清風來。」
天への門に向かって一たび長く唄い叫んだ、すると万里の先より清々しい風が吹いて釆た
天門に一たび長噴すれば、万里より清風釆たる

使い方としては「長嘯して~する」、ということである。



欲報東山客。 開關掃白云。
謝安のように東山の客としていた以上は同じように時期が来れば立ち上がって、国を救おうと思っている。長安の状態を打開して叛乱軍を平定して偽の皇帝と名乗っているものを払い落としてみせる。
東山客 謝安と同じ志を持っている李白のこという。○開關 関は関中で通常は長安をさすが、京畿とかんがえ洛陽を含む叛乱軍を指すと考える方が良い。
白云 天上にあるもの、手に届かないものであり、温かく見守るものの象徴としている。東山を思う二首の場合、天子を指している。其一では、希望夢であり、粛宗を指し、其の二では叛乱軍の大燕皇帝を指すものと思う。
李白『憶東山二首 其一』憶東山二首其一 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -269
不向東山久。 薔薇几度花。
白云還自散。 明月落誰家。
白雲は李白の希望、夢であった。白雲に対する明月は玄宗皇帝をあらわす

秋浦歌十七首 其十七 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 261/350
祧波一步地。  了了語聲聞。
闇與山僧別。 低頭禮白云。
暗闇に紛れてわたしは村人と別れを告げたのだ。そして、結をあらにして天子の入り法に向かって深々と頭を下げ礼を取ったのだ。

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