贈從弟南平太守之遙二首 #3 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -291

「天宝の初め、玄宗皇帝は詔を下して李白を召して、金馬門に入らしめ、ここで畏くも輦(こし)を下りて徒歩で迎へられること、かの商山の四皓を漢の高祖が 迎へた如くし、七宝の牀を以て食を賜い、御手ずから羹(あつもの)をととのえて食べさされ、宣うには『卿(おんみ)は布衣(フイ:平民)なるに、その名が朕に知れたというのは、もとより道義を蓄(たくわ)へたのでなけれ ば、どうしてここに及ぼう』と。

金鑾殿に置き、翰林官の中に入れしめ、問うに国政を以てしたまい、ひそか に詔を草せしめたまうた。」

 金鑾殿(きんらんでん)は漢代の名称で、唐代の右銀台門であらう。金鑾殿はこの門を入ったところにある御殿である。玄宗 が賢士を優遇したことは「開元天宝遺事」にも多く見えているから、李白に対して、かくの如き待遇があったといふのも、あながち誇張と見るべきではなかろうが、李白が朝廷時代のことを詩にしたのは、それで、喰うことができたからであろう。長期間無収入ではどうしようもない。詩文を金にし、酒にするには、詩中にきらめくもの雲の上の生活をにじませることにあった。詩そのものが素晴らしいうえに、天子のところで活躍された人だということで、敬われたのであろう。

 安禄山に酔う叛乱、洛陽、長安があっさり陥落し、玄宗は蜀に走ったのである。これは、李白の胸に電撃が走ったものだった。朝廷で何度も顔を合わせており、叛乱軍が王朝軍を徹底的な掃討をかけていたなら、李白も捕獲されればただでは済まないはずである。だから江南から出ようとしなかったのであろう。
miyajima 681

贈從弟南平太守之遙二首
( 太白自注:南平時因飲酒過度。貶武陵。)

其一 #1
少年不得意。 落魄無安居。
愿隨任公子。 欲釣吞舟魚。
常時飲酒逐風景。壯心遂與功名疏。
蘭生谷底人不鋤。云在高山空卷舒。
漢家天子馳駟馬。赤車蜀道迎相如。
天門九重謁聖人。龍顏一解四海春。
#2
彤庭左右呼萬歲。拜賀明主收沉淪。
翰林秉筆回英眄。麟閣崢嶸誰可見。
承恩初入銀台門。著書獨在金鑾殿。
龍駒雕鐙白玉鞍。象床綺席黃金盤。
當時笑我微賤者。卻來請謁為交歡。
#3
一朝謝病游江海。 疇昔相知几人在。
ある朝、病気を理由に職を辞して長江江南地方に游旅に出た。その頃互いに知り合った幾人かの知人がいる。
前門長揖後門關。 今日結交明日改。
朝廷に入る、翰林院に仕えるときには恭しくしたものだが官を辞してからは朝廷の門に至ることはない、今日になってその頃知り合ったものと友好を結んで明日にはこれを改めてしまうことになるのだ
愛君山岳心不移。 隨君云霧迷所為。
君は隠遁生活の山岳を愛しているが心だけでは映らない。君についていこうと思うけど雲霧の中に、あるいはその流れにどうしていいのかわからない現状なのではないか。
夢得池塘生春草。 使我長價登樓詩。
夢得るには池や堤に春の草が生えているようにあるのだ。この私をさせようとしている人生の中で最も価値があることというのは高楼登ってあたりを眺め、詩を詠うことにあるのだ
別後遙傳臨海作。 可見羊何共和之

君と別れて後は、遙か先から伝ってくる滄海に臨んだ詩を作るのである。しかし異民族の叛乱軍の輩とはこうした詩を唱和することはできないのだから。


從弟の南平の太守之遙に贈る二首#1
少年 意を得ず、魄 落く 安ぞ居む無し。
愿みて 任公子に隨う。吞みて舟に魚を釣んうと欲す。
常時 飲酒 風景 逐。壯心 與に遂う 功名疏(うと)んず。
蘭 谷底に生え 人鋤えず。云 高山に在る 空しく舒を卷く。
漢家の天子  駟馬(しば)を馳せ、赤軍もて蜀道に相如 (しょうじょ)を迎ふ。
天門 九重(きゅうちょう) 聖人に謁し、龍顔 一たび解くれば四海 春なり。
#2
彤庭(とうてい)に左右 万歳を呼ばひ、拝賀す 明主の沈淪(ち んりん)を收むるを。
翰林 筆を秉(と)って 英眄(えいべん)を回(めぐ)らし、麟閣 崢嶸(そうこう) たり誰か見るべき。
恩を承(う)けて初めて 入る銀台門、0書を著してひとり金鑾殿にあり。
寵鉤(ちょうこう) 雕鐙(ちょうとう)  白玉の鞍 賜った名馬には玉を刻んだあぶみや白玉の鞍をおかせ、象牀(ぞうしょう) 綺 席 黄金の盤
当時わが微賤なるを笑ひし者、かへって来って謁を請うて交歓をなす。
#3
一朝病を謝(つ)げて江海に遊べば、疇昔(ちゅうしゃく)の相知 幾人か在る。
前門には長揖(ちょうゆう)して後門は関 (とざ)す、 今日 交りを結んで明日は改まる。
君を愛するは山岳 心 移さず。君に隨うは云霧 為す所を迷う。
夢 池塘を得 春草生える。我 長價に使う 登樓の詩。
別後 遙に傳う 臨海と作す。 可見 羊 何ぞ 共に之を和す

鳥居(3)

#3 現代語訳と訳註
(本文) #3

一朝謝病游江海。 疇昔相知几人在。
前門長揖後門關。 今日結交明日改。
愛君山岳心不移。 隨君云霧迷所為。
夢得池塘生春草。 使我長價登樓詩。
別後遙傳臨海作。 可見羊何共和之。


(下し文) #3
一朝病を謝(つ)げて江海に遊べば、疇昔(ちゅうしゃく)の相知 幾人か在る。
前門には長揖(ちょうゆう)して後門は関 (とざ)す、 今日 交りを結んで明日は改まる。
君を愛するは山岳 心 移さず。君に隨うは云霧 為す所を迷う。
夢 池塘を得 春草生える。我 長價に使う 登樓の詩。
別後 遙に傳う 臨海と作す。 可見 羊 何ぞ 共に之を和す。


(現代語訳)
ある朝、病気を理由に職を辞して長江江南地方に游旅に出た。その頃互いに知り合った幾人かの知人がいる。
朝廷に入る、翰林院に仕えるときには恭しくしたものだが官を辞してからは朝廷の門に至ることはない、今日になってその頃知り合ったものと友好を結んで明日にはこれを改めてしまうことになるのだ
君は隠遁生活の山岳を愛しているが心だけでは映らない。君についていこうと思うけど雲霧の中に、あるいはその流れにどうしていいのかわからない現状なのではないか。
夢得るには池や堤に春の草が生えているようにあるのだ。この私をさせようとしている人生の中で最も価値があることというのは高楼登ってあたりを眺め、詩を詠うことにあるのだ。
君と別れて後は、遙か先から伝ってくる滄海に臨んだ詩を作るのである。しかし異民族の叛乱軍の輩とはこうした詩を唱和することはできないのだから。


(訳注)
一朝謝病遊江海 疇昔相知幾人在

一朝病を謝(つ)げて江海に遊べば、疇昔の相知 幾人か在る。
ある朝、病気を理由に職を辞して長江江南地方に游旅に出た。その頃互いに知り合った幾人かの知人がいる。
○疇昔 むかし。また、きのう。


前門長揖後門關 今日結交明日改
前門には長揖(ちょうゆう)して後門は関 (とざ)す、 今日 交りを結んで明日は改まる。
朝廷に入る、翰林院に仕えるときには恭しくしたものだが官を辞してからは朝廷の門に至ることはない、今日になってその頃知り合ったものと友好を結んで明日にはこれを改めてしまうことになるのだ
前門・後門 入門することと、退門すること。

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長揖 中国の礼法。両手を組み合わせて前方やや上にあげ、そのまま下におろす略式の礼。


愛君山岳心不移。 隨君云霧迷所為。
君を愛するは山岳 心 移さず。君に隨うは云霧 為す所を迷う。
君は隠遁生活の山岳を愛しているが心だけでは映らない。君についていこうと思うけど雲霧の中に、あるいはその流れにどうしていいのかわからない現状なのではないか。
愛君山岳 李白は道教に関わり合いを持ち続けた。中國の名山には必ず寺観があり、素での隠遁はしないものの名山にある道教の寺観を活用していた。どっぷり道教に使っていたわけではないが、李白詩に多大な影響を与えているのは間違いないことである。


夢得池塘生春草。 使我長價登樓詩。
夢 池塘を得 春草生える。我 長價に使う 登樓の詩。
夢得るには池や堤に春の草が生えているようにあるのだ。この私をさせようとしている人生の中で最も価値があることというのは高楼登ってあたりを眺め、詩を詠うことにあるのだ。


別後遙傳臨海作。 可見羊何共和之。
別後 遙に傳う 臨海と作す。 可見 羊 何ぞ 共に之を和す。
君と別れて後は、遙か先から伝ってくる滄海に臨んだ詩を作るのである。しかし異民族の叛乱軍の輩とはこうした詩を唱和することはできないのだから。

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